ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

仏教21~悟りへの道、信仰と救済

2020-06-29 08:31:26 | 心と宗教
●修行(続き)

・悟りへの道の諸段階
 大竹によると、インドの大乗仏教では、われわれ自身に内在する真如は仏性等と呼ばれた。仏性とは、衆生に備わっている仏と同じ本性、または仏となるべき因をいう。大竹は、仏性を「心の本性」としている。大竹によると、シナの大乗仏教では、仏性を「初めて実見すること」が「見性」と呼ぶようになった。禅宗を中心として、インド仏教における見道に該当するものを「見性」と呼んだ。日本の大乗仏教では、禅宗を中心として、見性に該当するものを「悟り」と呼ぶようになった。
 日本の大乗仏教でいう「悟り」は、一般的に言えば、覚醒体験である。これは言い換えると、「目覚め」の体験である。「目覚め」とは、真理、宇宙の真相、真の自己に目覚めることである。無明の状態にあって眠っていた者が精神的に目覚めて、真理、宇宙の真相、真の自己を悟ること、すなわち明確に理解し、会得することである。
悟りには、段階がある。いくらか修行を重ねれば、一気に悟りに到達できるというものではない。大竹は、仏教における覚醒体験を「悟り体験」と呼び、「悟り体験」には、(1)自他亡失体験、(2)真如顕現体験、(3)自我解消体験、(4)基層転換体験、(5)叡智獲得体験の5段階があるとする。
 大竹によると、第一段階の自他亡失体験とは、「いまだ通常の心である“自我の殻”を残しているにせよ、自己と他者との隔てを亡失して、ただ心のみとなる体験」である。第二段階の真如顕現体験とは、「“自我の殻”を破って、真如が顕現する体験」である。真如とは、法無我である。第三段階の自我解消体験とは、「真如が顕現したことによって、通常の心である“自我の殻”が解消される体験」である。第四段階の基層転換体験とは、「“自我の殻”が解消されたことによって、存在の基層が従来の基層から転換する体験」である。存在の基層とは仏教で言う五蘊であり、現代的に言えば心(精神)と身体(肉体)である。第五段階の叡智獲得体験とは、「存在の基層が従来の基層から転換したことによって、かつてない叡智を獲得する体験」である。第三段階である自我解消体験と、第四段階である基層転換体験とは、第二段階である真如顕現体験の直後にほぼ同時に起こる。第五段階である叡智獲得体験はそれらが終わった後に起こる。
 ただし、私見を述べると、叡智獲得体験にまで至ったとしても、まだ三道の最初である見道の段階であり、その先に修道、無学道があると考えられる。このことは、叡智獲得体験をしている聖人でさえ、ようやく預流向の階位にあるにすぎないことを意味する。
 悟りへの道の諸段階について詳述するには、インド、シナ、日本における仏教の歴史を踏まえる必要がある。そこで、第2部「仏教の歴史と現在」でインド仏教、シナ仏教について書いたのちに、日本仏教の項目で詳しく記すことにする。

●信仰

 出家して修行をして解脱を目指すのは容易なことではない。そこで、釈迦の入滅後、仏や菩薩に帰依すれば救済されるという教えが広まった。これは、信仰による救いの道である。
仏教における信仰は帰依と表現される。唯一神教とは異なり、諸仏や菩薩が信徒に対して絶対服従を求めることはない。
 帰依信仰による救いの道を説く事例の一つが、阿弥陀信仰である。阿弥陀信仰は、現世に出現した釈迦仏への信仰ではなく、西方の極楽浄土にいるとされる阿弥陀仏または阿弥陀如来への信仰である。阿弥陀仏または阿弥陀如来を信仰することで、死後、極楽浄土に往生できるとする。
 「往生」という漢語は、往と生の2文字で構成されるが、サンスクリット語の言語である upa-✓pad、ut-✓pad、✓dhr等は、「生まれる」という意味の言葉である。それゆえ、「往生」は「生まれること」を意味する。極楽に往(い)くことが、そこに生まれることなのである。
 インドの阿弥陀信仰は、浄土に生まれた後、阿弥陀如来の説法を聞いて修行をして悟ることを目指す。それゆえ、信仰だけでなく、修行も必要だとする。シナでは、浄土信仰は独立した宗派を形成することがなかった。シナで発生した禅宗は、禅の修行を行う宗派だが、浄土思想を取り入れ、禅浄の融合が進んだ。これは、修行と信仰の両立の道である。ところが、わが国における阿弥陀信仰は、浄土真宗の開祖・親鸞の教えが典型的であるように、「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで、誰もが阿弥陀如来のいる極楽浄土に往生できると信じるようになった。信仰だけにより、修行は必要ないという考え方である。
 出家して一生を厳しい修行に打ち込んでも、容易に解脱できないのに、帰依信仰のみで来世で救われると説くのは、人々の心の支えや慰めにすぎず、真の救済ではない。

●救済

 仏教における救済とは、解脱である。解脱とは、一切の煩悩から脱して自由になることである。解脱して涅槃に入った者は、輪廻転生の世界から出て、もはや生まれ変わってくることはないとされる。
救済は、本来、他者による救いをいう。解脱を救済というのは、修行を通じた自己の救済である。これを自力救済という。これに対して、他者の助けによる救済の道が現れた。これは信仰による救済の道であり、他力救済である。
 いずれにしても、仏教の教えは因果説だから、自分が救われる原因をつくらないと救済を得ることはできない。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
 『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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世界コロナ危機をどう見るか7~エドワード・ルトワック1

2020-06-28 07:40:04 | 国際関係
●エドワード・ルトワックのコロナ危機論

 イアン・ブレマーの見方は、全体を通じて状況論的な予想としては、現在までのところ、多くの点で当たっている。その一方、米中対立のとらえ方においては、共産中国の見方が表面的で浅い。この点については、エドワード・ルトワックの方が鋭く、深い見方をしている。
 ルトワックは、ルーマニア生まれの米国の歴史学者で、戦略研究の世界的な権威として知られる。イスラエル軍、米軍などでの豊富な現場経験と古今東西の歴史的教養を併せ持つ。米国の国防長官室や国家安全保障会議(NSC)などでコンサルタントを務め、現在は政策研究機関「戦略国際問題研究所」(CSIS)上級顧問をしている。また、安倍晋三首相に戦略に関して提言していると伝えられる。
 世界コロナ危機に関するルトワックの発言を掲載する前に、ルトワックの日本、米中関係、及び国際関係に関する見方を紹介する。その見方を土台にして、コロナ危機について発言しているからである。
 一般に日本人は戦略的思考を欠くと言われるが、逆にルトワックは日本には優れた戦略文化があると評価する。平成30年(2018年)9月刊行の『日本4.0』(文春新書)で、ルトワックは概略次のように述べている。

◆日本1.0=江戸システム
 戦乱の世が続いていたところで、徳川家康という大戦略家が江戸幕府という世界で最も精妙な政治体制をつくりあげ、内戦を完璧に封じ込めた。

◆日本2.0=明治システム
 幕末期、西洋列強の脅威に直面した日本は、江戸システムを捨て去り、見事に新しい明治システムを構築して、包括的な近代化を達成した。

◆日本3.0=戦後システム
 1945年の敗戦後、米国は帝国陸海軍の再建を禁じたが、日本は弱点を強みに変えて軽武装・経済重視の戦後システムを構築し、世界でも有数の経済大国となった。

◆日本4.0=新たなシステムの構築が必要
 激変する東アジア情勢において、もはや従来のシステムでは対応できない。戦後システムの基盤であった日米同盟を有効に活用しつつも、自前で眼前の危機にすばやく実践的に対応できるシステムが必要である。

 このように説くルトワックは、日本に関して、「すでに米中は、長期的な対立関係に入っている。かつての米ソのような新たな『冷戦』と言っても過言ではない。米中冷戦がいつ終わるかは分からないが、中国の現政権が崩壊することによって終わることだけは確かである。それゆえ、日本もこれに長期的に対応していくしかない」と述べている。
 産経新聞平成30年(2018年)12月28日付は、ルトワックに単独インタヴューを行った記事を載せた。黒瀬悦成記者は、氏の主張の要点を次のように紹介した。

・米国を中心とする国々と中国との貿易や知的財産権をめぐる「冷戦」において、習近平体制は主要国の先端技術を盗み出すスパイ行為などをやめ、かつて中国が掲げた「平和的台頭」路線に回帰しない限り、長期にわたる戦いの末に中国の現体制崩壊という結果を迎える。
・中国との「冷戦」の本質は、本来は「ランドパワー(陸上勢力)」である中国が「シーパワー(海洋勢力)」としても影響力の拡大を図ったことで、米国や周辺諸国と衝突する「地政学上の争い」に加え、経済・貿易などをめぐる「地経学」、そして先端技術をめぐる争いである。
・特に先端技術分野では、中国はこれまで米欧などの先端技術をスパイ行為によって好き勝手に盗んできた。トランプ政権が平成30年(2018年)10月に米航空産業へのスパイ行為に関与した疑いのある中国情報部員をベルギー当局の協力で逮捕し米国内で起訴するなど、この分野で米中全面戦争の火ぶたを切った。
・中国が南シナ海の軍事拠点化を進めている問題に関しては、トランプ政権が積極的に推進する「航行の自由」作戦で中国による主権の主張は全面否定され、中国は面目をつぶされた。中国の軍事拠点は無防備な前哨基地にすぎず、軍事衝突になれば5分で吹き飛ばせる。象徴的価値しかない。
・中国の覇権的台頭を受けて、平成20年(2008年)以降、米国と日本、オーストラリア、ベトナム、インドなどの国々が自然発生的かつ必然的な「同盟」を形成するに至った。これらの国々を総合すれば人口、経済力、技術力で中国を上回っており、中国の封じ込めは難しくない。
・さらに、これらの国々が中国に対抗するための能力向上を図る必要がある。日本としては例えばインドネシアの群島防衛のために飛行艇を提供したり、モンゴルに装甲戦闘車を供与するなど、「同盟」諸国の防衛力強化のために武器を積極的に輸出すべきだ。
・中国が万が一強大になりすぎた場合に備え、日本は対中牽制のため、ロシアとの関係を維持すべきだ。
・中国がこれらの国々を向こうに回して勝てる可能性は一切ない。中国は国際法を順守し、他国を脅かすのをやめ、体制存続のため「平和的台頭」を希求すべきだ。

 こうした見方をするルトワックは、米中対立による新たな冷戦が進行しているととらえる。その中で、武漢ウイルスによる世界的なコロナ危機が起こった。パンデミックは、米中冷戦にどう影響するか、あるいは米中はパンデミックを冷戦の戦略・戦術にどう利用するか。それを考えるため、次にルトワックの見解を紹介する。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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仏教20~三道と四向四果

2020-06-27 10:15:33 | 心と宗教
●修行(続き)

#修行者
 仏教の信徒は、普通人である凡夫と、聖者である聖人 (しようにん)に分けられる。凡夫は、煩悩に束縛されて迷っている者である。修行者の多くは凡夫である。修行を重ねた者たちのうち、僅かな者だけが、聖人と呼ばれるようになる。

・三道
 インドの初期仏教や部派仏教では、修行の段階は三つに分けられる。
第1段階を見道という。苦諦・集諦・滅諦・道諦の四諦の真理を体験的に理解した段階である。見道以上に達した者を聖人という。第二段階を修道という。見道で悟った真理を、具体的な事象の上で反復して観察する段階である。第三段階を無学道という。修行を完成し、学ぶべきもののなくなった段階である。
 見道、修道、無学道を合わせて、三道という。

・四向四果
 初期仏教や部派仏教では、聖人を基本的に四つの階位に分ける。下から順に記す。

(1)預流(よる):今後、天上道と人間道を七度往来する間に修行が進んで、悟りを得る者。
(2)一来(いちらい):天上道と人間道を一度往復して悟りを得る者。
(3)不還(ふげん):再びこの世に還(かえ)ることなく、天上道で悟りを得る者。
(4)阿羅漢(あらかん):修行の完成者。この世で煩悩を滅尽し、悟りを得る者。生前解脱者。阿羅漢はブッダの異称でもある。
 
 四つの階位について、それぞれ「向(こう)」すなわちその段階へ向かいつつある者と、「果」すなわちその段階に到達した者を置く。それゆえ、細かくは、①預流向、②預流果、③一来向、④一来果、⑤不還向、⑥不還果、⑦阿羅漢向、⑧阿羅漢果の8階位となる。それらをまとめて四向四果(しこうしか)という。

・三道と四向四果の関係
 以下の記述は、仏教の覚醒体験の研究者である大竹晋の著書『「悟り体験」を読む: 大乗仏教で覚醒した人々』に負うところが大きい。
 三道と四向四果の関係は、インド仏教以降、大きく三つに分かれた。
 北伝の部派仏教では、インド仏教と同じく、三道を説く。①預流向が見道に当たる階位、②預流果から⑦阿羅漢向までが修道に当たる階位、⑧阿羅漢果が無学道の階位に当たる。
 南伝仏教では、三道を説かず、①預流向が見(けん)、②預流果から⑦阿羅漢向が修(しゅ)に対応されている。
 修行の過程は、まず四諦の真理を体験的に理解して、煩悩の一部を断ち切る。次にその真理を反復的に観察しながら、煩悩の全部を断ち切っていく。それを成し遂げた時に阿羅漢果に到達し、涅槃寂静に至る。
 注意すべきは、この過程は一度の人生で一気に到達できるとは考えられていないことである。凡夫が預流の階位に入ることができたとしても、以後、天上道と人間道を七度往来する間に修行が進むならば、悟りを得られるということである。天上道の住人の寿命は、一番下層の寿命の一番短い者であっても9百万年とされる。人間道の寿命を仮に50年として、七度往来するには、6千3百万年以上かかるという計算になる。インド流の大数だが、現代の科学は人類が発生してから数百万年と見ているから、この期間の数字は、ほとんど不可能であることを示唆するものである。
 大乗仏教では、部派仏教と異なり、聖人として、十地(じゅうじ)の菩薩と、仏地(ぶつじ)のブッダを置く。十地とは、①歓喜地、②離垢地、③発光地、④焔慧地、⑤難勝地、⑥現前地、⑦遠行地、⑧不動地、⑨善慧地、⑩法雲地をいう。第一地の歓喜地の途中までが見道、第二地から第十地までが修道、仏地が無学道に当たる。
部派仏教では、見道において体験的に理解する内容は四諦だが、大乗仏教では、その内容が真如とされる。4世紀インドのヴァスヴァンドウ(世親)は、『五蘊論』にて、真如を諸法の法性(ほっしょう)であり、法無我であると説いている。私見を述べると、真如を理解するとは、諸法無我または一切皆空を体験的に理解することである。

 次回に続く。

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世界コロナ危機をどう見るか6~イアン・ブレマー3

2020-06-26 10:10:11 | 国際関係
◆民主主義と権威主義/自由主義と統制主義

――強権国家の方が、パンデミックに対処できるということでしょうか。(朝日新聞 2020.4.29)
「確かに、監視国家の方が効果的な危機対応ができるでしょう。だが、日本や主要な欧州諸国などの先進国はそれほど中国になびきません。むしろ気がかりなのは、ブラジルなどの新興国です。医療制度が貧弱で、国際通貨基金(IMF)などから十分な財政支援を得られていません。1年以内に、新興国発の金融危機が起きる懸念があります」

――権威主義の国は国家権力とハイテクを駆使した監視で感染を押さえ込んでいる。人権を重視する民主主義は危機対応で不利か(産経新聞 2020.5.11)
「2001年の米中枢同時テロ後にもあった議論だが、安全保障と人々の自由やプライバシーは(一方を優先させると他方が損なわれる)トレードオフの関係にある。現在の状況は、民主主義下でも監視の必要性がある程度あることを示しているのかもしれない。今後、経済活動の再開が本格化し、人々が職場に戻っていく過程で(追跡技術などを提供する)ハイテク企業の役割は重要になる」
「(統治能力が)弱い新興国には中国が効率的な統合モデルだと映るだろう。世界では多くの人が、欧米先進国でも社会・経済制度は都合よく操作され格差拡大を招いていると考え始めている。こうした傾向は(西欧的な)代議制民主主義の土台をむしばみかねない」

ほそかわ
 武漢ウイルス・パンデミックによって、欧米先進国における格差が拡大した場合、社会主義・共産主義等の勢力が伸長する可能性がある。中国共産党は、各国の左派勢力や少数民族の過激派、少数集団の急進派等とつながっており、様々な工作を行っていると見られる。世界コロナ危機に乗じて、それらの勢力や団体への影響力を強め、自分たちの目的のために利用しようとするだろう。

◆日本の対応

――日本の新型コロナへの対応をどう見ますか。(朝日新聞 2020.4.29)
「緊急事態宣言や外出制限の遅れで安倍晋三首相が批判されています。ただ、他の先進国と比較すれば、日本は社会的に安定し、経済格差も小さい。パンデミックの影響は甚大ですが、統治システムが危機に陥るほどだとは思えません。むしろ日本が心配すべきは、米中関係悪化の経済的な余波です」

ほそかわ
 ここでブレマーの「G0」論について私見を書きたい。
 ブレマーの「GX」というとらえ方は、国際社会における先進国首脳会議の役割を重視した見方である。1975年以前は、米・英・仏・西独・日の5か国が「G5」と呼ばれていた。「G」は group の略である。1975年にイタリアが参加して、第1回先進国首脳会議が開催された。76年にカナダが加わって第2回先進国首脳会議が開催され「G7(Group of Seven)」となった。注意すべきは、この時代は米ソ冷戦の時代であり、「G7」はソ連を中心とする東側に対抗する西側の主要国の会議体だった。それゆえ、実態は「G7」が対抗するものとして、ソ連が存在した。米ソ二大超大国の二極体制における一方の側のグループが「G7」だった。
 1991年にソ連が崩壊し、米国が唯一の超大国となった。1998年に、旧ソ連の中心国であるロシアが「G7」に加わり、「G8」となった。2014年にロシアがウクライナのクリミア半島の併合で「G8」を追放され、「G7」に戻った。
 「G7」に対する「G20(Group of Twenty)」は、「G7」にEU、ロシア及び新興国11か国の計20か国・地域からなるグループである。新興国のメンバーは、中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ共和国、オーストラリア、韓国、インドネシア、サウジアラビア、トルコ、アルゼンチンである。
 「G7」と「G20」の違いのポイントの一つは、中国が「G7」には入っていないが、「G20」には入っていることである。また、ロシアは「G7」から追放されているが「G20」には入っていることもポイントである。
 一体、「G7」「G20」が国際社会の協議機関としてどの程度、有効に機能してきたかについては、肯定的と否定的の様々な見方がある。ブレマーは、肯定的な立場である。
私は、「G7」の実態を見るには、「G8」の時代から先進7か国財務大臣・中央銀行総裁会議が別途行われていたことに注目する必要があると思っている。「G20」もまた財務大臣・中央銀行総裁会議が別途行われている。ということは、国際政治に関する層より、国際経済に関する層が深いレベルにあり、その層は各国の政府から巨大国際金融資本の集団につながっていることを意味すると思う。これは、現代世界の支配構造を考えるうえで、重要な点である。現代世界の支配構造については、本稿全体の最後で触れる。
 また、これに加えて見逃してはならないのは、核時代における安全保障の問題である。現代世界で190以上の国と地域が参加する最大の国際組織、国際連合(連合国)は、第2次世界大戦における連合国が、大戦後に拡大され、恒常的な軍事同盟組織に発展したものである。安全保障に関する限り、国連創立後、安保理常任理事国である米国・イギリス・フランス・ソ連(崩壊後はロシア)・中国(中華民国から中華人民共和国に交代)の5カ国が、言わば「G5」でもいうべきグループとなっている。これらの5カ国は核兵器を保有する主な国々である。「G7」「G20」が主に国際的な政治・経済に関する会議体であるのに対し、安全保障に関しては「G5」が最も重要な会議体となっている。これは、米ソ二大超大国の二極体制の時代から現在まで変わっていない。
 次に、ブレマーの「G0」というとらえ方は、唯一の超大国によるリーダーシップの不在を強調する一方、米中という二大国の対立をうまく表現できていないと私は思う。米国は、長期的に衰退の過程にあるとはいえ、今なお世界一の経済力・軍事力を持つ。また、中国は、その米国から地球的な覇権を奪取しようとする野望を持ち、「一帯一路」戦略を展開している。多極化した21世紀の世界において、米国と中国が他国に抜きんでた力を発揮しつつ、世界的な主導権をめぐって争っている。「G0」の強調は、この対立構造を明示できていない。
 第2次世界大戦後、米ソ二大超大国による冷戦の時代が続いた。この時代の世界は、二極体制だった。ソ連崩壊後、米国が唯一の超大国となり、一時的に一極体制となったが、その体制は長く続かなかった。1990年代末の世界を、国際政治学者のサミュエル・ハンチントンは、一つの超大国による一極世界ではなく、一超大国と複数の地域大国からなる「一極・多極体制」ととらえた。このとらえ方にならうならば、米国がその当時より衰退し、一方、中国が勢力を増強した現在の世界は「二極・多極体制」と表現できると私は考えている。より具体的に書くならば、「二大極・多小極体制」である。
 今回の世界コロナ危機において、中国がWHOを牛耳っていることが明らかになった。これは中国が国際機関に影響力を浸透させて、世界的な覇権を拡大しようとしていることの表れである。中国は、かつてのソ連ほどの影響力を発揮し得ていない。それは、ソ連にとっての東ヨーロッパ諸国のような多くの従属国を持っていないからである。だが、中国は「核心的利益」という概念を用いて、内陸部・海洋部の両方に支配領域を積極的に拡大しようとしている。ブレマーは、世界コロナ危機にある世界に関して「希望があるとすれば、世界経済を牽引する中国が再開しつつあること」を挙げているが、共産中国の覇権主義、ファシズム的な共産主義の危険性に対する認識が浅いと私は思う。中国に対抗し、その野望を抑止できる国家は、米国しかない。ブレマーのいう「G0」の世界で争われているのは、会議体で発揮されるリーダーシップ(leadership)すなわち指導性や指導者の地位より、国際社会におけるスプレマシー(supremacy)すなわち優越や支配権、覇権である。

関連掲示
・拙稿「ハンチントンの『文明の衝突』と日本文明の役割」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09j.htm

 次回に続く。

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仏教19~実践の目標と修行

2020-06-25 10:12:55 | 心と宗教
●実践の目標

 仏教は、死後、魂は輪廻転生すると説く。生まれ変わりは人間に限らず、様々な生命体が想定される。輪廻転生の世界から抜け出ることが、実践の目標である。解脱または涅槃寂静を目指して、出家して戒律を守って修行することが、もともとの教えだった。実践には、戒・定・慧の三つが備わっていなければならない。戒は戒律、定は瞑想、慧は悟りの智慧を意味する。戒を守り、定を修めることによって、慧が得られるとする。

●修行

#出家
 釈迦は、俗世間においては徹底的な修行をすることが困難であることを強調し、出家して修行に専心することを勧めた。だが、家族を捨てて出家することは、一大決心を要する。また、出家した後、修行生活を貫くことは容易なことではない。人間の煩悩は深く、煩悩に打ち勝つことは極めて困難である。また、厳しい修行に一生打ち込んでも、悟りに達し解脱を得る者は、極めてまれと見られる。釈迦の後に仏陀となると期待される弥勒菩薩が成仏するのは、56億7000万年後というから、それまでの間に悟りに達し得る見込みのある者はないと説いているに等しい。これは、仏教によって、悟りに達することはほぼ不可能と言っているのと同じである。
 宗教の理想は、人間の本性に従って、社会生活・家庭生活を送って、社会貢献・家族繁栄をしたうえで、最後に大安楽往生することである。インドの伝統的な宗教では、家住期に社会的・家族的義務を果たしてから、林住期・遊行期を通じて解脱を目指す。しかし、それでは目的を達せられないから、仏教は出家を勧める。だが、その道であっても、ほとんど目的を達せられない。すなわち、インドの伝統的な道も仏教の道も、従来宗教では解脱に至ることは、極めて難しいということである。

#戒
 戒については、教義の「罪と罰」の項目に書いた。釈迦が定めたのは、不殺生・不妄語・不偸盗・不邪淫・不飲酒の五戒である。不殺生戒は殺人、不妄語戒はうそをつくこと、不偸盗はものを盗むこと、不邪淫は淫事、不飲酒は飲酒を禁じるものである。これらのうち、僧尼については結婚・性交を禁止している。戒は、規律を守ろうとする自発的・自律的な誓いである。
 初期仏教の教団では、さらに細かい戒が定められ、男子出家者者の比丘は250戒、女子出家者の比丘尼は348戒となった。
 出家者は集団生活をしているので、僧尼が守るべき生活規律がある。これを、律という。律は、戒めと違い、他律的な規範であり、罰則を伴う。出家者のみに適用され、在家者は対象外である。律はまた戒などを説く文献である律蔵を意味することがある。
 このように戒と律は区別されるが、ともに教団の秩序を維持する機能を持つので、まとめて戒律と言う。また、しばしば混用される。
 戒律を破った時は、懺悔する。重い場合は、教団から追放となる。
 初期仏教の戒律は、部派仏教に継承された。これを、大乗仏教の側では、小乗戒という。出家者を対象とするので、出家戒ともいう。
 北伝仏教では、小乗戒をもって具足戒と呼ぶ。比丘であれば、250戒を守れば、自ずから徳は具足つまり十分備わることを意味する。だが、日本天台宗を開いた最澄は、伝統的な具足戒をやめ、戒の数を絞った緩やかな大乗戒に替えた。『梵網経』の十重戒・四十八軽戒を基にしたもので、円頓戒または円戒と呼ぶ。
 シナには鳩摩羅什等が妻帯した例がある。浄土真宗を開いた親鸞は、僧侶の身で公然と肉食妻帯した。

#定
 実践のうち定とは、ヨーガの一種である瞑想である。釈迦が取り入れて、基本的な行法とした。シナでは、サンスクリット語のディヤーナを音写して禅那と訳し、その禅那を省略して、禅たは坐の字を加えて座禅という。
 座禅は、静座をして精神の集中・統一を図ることである。座る姿勢には、両足の裏を上向けにする結跏趺坐と、右足裏だけ上向けにする半跏趺坐がある。眠りに陥ったり、妄想が湧くのを防ぐために、半眼を開く。
 座禅は仏教の基本的な修行法だが、シナでは、座禅のうちに戒も智慧もあると考え、座禅に特化した宗派、すなわち禅宗が成立した。

#慧
 慧とは、真理を明らかに知る能力をいう。

 次回に続く。

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世界コロナ危機をどう見るか5~イアン・ブレマー2

2020-06-23 10:13:17 | 国際関係
◆政治への影響

――大規模な経済政策で政府の存在感も強まっています。(朝日新聞 2020.4.29)
「安全網の担い手としての政府の存在感は増すでしょう。同時に、公的支援と引き換えに民間企業に対する政府の介入も強まる可能性があります。たとえば『自国民の雇用を優先せよ』といった具合です」
「見逃せないのは、パンデミックの最中に情報やモノを届けてきたIT企業の役割です。冷戦時代の軍産複合体のように、政府とIT企業の連携が進むでしょう」

――格差が拡大する(NHK-ETV特集 2020.4.11)
「コロナ以降の世界は、格差が大きく広がっていく。中国以外の新興国が危機の対応を誤るからです。米国はもともと格差が大きい国ですが、今後さらに広がるでしょう。欧州も同じです。持つものと持たざる者の差が大きくなるでしょう。本当に大きな格差を目の当たりにすることになります」

――膨大な失業者の発生など、米国が直面する経済危機の影響は(産経新聞 2020.5.11)
「好景気だったコロナ危機の以前でも、『自分たちは置き去りにされてきた』と感じた人たちが政治の支配層に反感を募らせ、英国の欧州連合(EU)離脱やポピュリズム(大衆迎合主義)といった動きにつながった。そんな労働者層や中間所得層が職を失い、最も大きな打撃を受けている。多くの民主主義国でみられた(体制不信の)傾向は強まると怖れている」

――新興国と発展途上国に深刻な影響(NHK-ETV特集 2020.4.11)
「先進国は余力があるのでこの危機に対処できるかもしれませんが、多くの新興国や途上国は深刻な影響を受けると思います。医療制度が不備な状況で不況になれば、国民は家族を守ることができなくなるでしょう。そういった国から社会不安が広がることは容易に想像できます。暴力、体制の変更や崩壊、そして過激化が広がるでしょう」

――政治的な影響も大きそうです。(朝日新聞 2020.4.29)
「大勢の人が仕事を失いますが、しわ寄せは特に労働者層や中間層に重くのしかかり、経済格差につながります。世界的に経済が順調だった過去10年間ですら、ポピュリズムやナショナリズムの伸長が見られました。パンデミック後の急激な変化はこれらがさらに加速し、エスタブリッシュメント(既得権益層)への反発が盛り上がるでしょう。特に途上国では、中国のような強権モデルに魅力を感じる層が増える可能性もあります」

ほそかわ
 ブレマーは「中国以外の新興国が危機の対応を誤る」という言い方で、共産中国の武漢ウイルスへの対応を評価する見方をしている。だが、中国は最初から対応を誤っており、感染拡大を隠蔽したことが世界的なパンデミックの重要な原因となったことは明らかである。しかも、感染者数や死亡者数について虚偽の数字を発表していると見られる。武漢ウイルスは人工的なもので、生物兵器として開発されたという疑いもある。また、社会的な格差の拡大についても、中国では、武漢ウイルス・パンデミックで多数の失業者が出ており、格差の拡大が進んでいると見られる。ブレマーの中国に対する見方は、全体に表面的である。

◆国際社会への影響

――世界の秩序も変わるでしょうか。(朝日新聞 2020.4.29)
「国家が台頭する一方で、国際機関などグローバルな統治システムが弱体化する。これは、国際社会がリーダーシップを欠き、各国間の連携が取れないことの表れです」
「新型コロナ問題の対応で世界保健機関(WHO)の弱さが露呈しました。ただ、これは『中国に甘い』のが問題なのではなく、加盟国に厳しくものを申せない事なかれ主義が、中国につけこまれる結果を招いたのです。もっとも、WHOの役割は重要で、存在意義を否定すべきではありません」

ほそかわ
 ブレマーは、誰もリーダーシップを取らない「G0」の世界において、G7もG20も機能していないというとらえ方をしている。その中で、国際連合(連合国)や国際機関の機能について具体的に述べていない。また、国連そのものが持つ問題点について踏み込んでいない。この件については、後に「G0」論について私見を書く際に書く。

◆米中対立は激化する

――米中対立について(NHK-ETV特集 2020.4.11)
「更に米中の対立は激しさを増していきます。これまではテクノロジー産業が中心だったのが、今後はサプライチェーン、製造業、サービス業にも広がるでしょう。米大統領選でトランプが中国への非難を強めることは容易に想像がつきます」
「これらの分断は、地球規模の危機に対して大きな問題をもたらします。気候問題、サイバーセキュリティ、AIやバイオテクノロジーの倫理問題、民族主義、ポピュリズム。これらの問題に対して国際社会が協調できないのは深刻な状況を生むと思います」

――米国のトランプ政権が、パンデミックを機に中国の批判を強めています。(朝日新聞 2020.4.29)
「米国では中国の初期対応をめぐる調査が始まり、『雇用を中国から取り戻せ』という圧力も強まるでしょう。トランプ大統領は、11月の大統領選を見据えて、『アメリカ・ファースト』をさらに強く打ち出すはずです。しかし、米中が互いに敵意を募らせ、相互依存を減らすのは、国際秩序の安定にとってきわめて危険です」

◆中国の影響力が拡大か

――米中対立の中国への影響について(朝日新聞 2020.4.29)
「米中の関係悪化によって地政学的に真空状態が生まれる事態は、中国にとっても好ましくありません。ただ、優位な面もあります。世界の注目は政治体制や人権の問題より、『シャットダウンから脱却できない欧米』と『経済活動を再開する中国』の対比に移っているためです。新型コロナと効果的に戦う模範モデルと見なされる利益を享受できます」

――政治的な影響も大きそうです。(朝日新聞 2020.4.29)
「大勢の人が仕事を失いますが、しわ寄せは特に労働者層や中間層に重くのしかかり、経済格差につながります。世界的に経済が順調だった過去10年間ですら、ポピュリズムやナショナリズムの伸長が見られました。パンデミック後の急激な変化はこれらがさらに加速し、エスタブリッシュメント(既得権益層)への反発が盛り上がるでしょう。特に途上国では、中国のような強権モデルに魅力を感じる層が増える可能性もあります」

――中国への依存は世界的に弱まるのか(産経新聞 2020.5.11)
「中国の労働力単価が上昇し、世界の工場とされた中国で生産する収益性は低下した。法の支配がなく、検閲が行われる政治システムを見て、中国に成長の機会を見出してきた多くの企業は以前と異なる目を中国に向けつつある」
「ただ、中国は新型コロナの流行封じ込めのため住民を迅速かつ効果的に隔離し、欧米諸国に先駆けて経済活動の再開につなげた。他国への支援を積極的に進めたこともあり、多くの国が中国への傾斜を強めるかもしれない。特に東南アジアやアフリカ南部、南欧、南米で米国よりも中国と手を結ぼうという国が増えてもおかしくはない」

 次回に続く。

************* 著書のご案内 ****************

 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
 『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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仏教18~修行者と聖職者、労働と喜捨

2020-06-22 10:17:02 | 心と宗教
●修行者と聖職者

 仏教には、聖職者は、本来存在しない。ヴェーダの宗教及びヒンドゥー教において祭儀を行うバラモンのような特別の階級や、ローマ・カトリック教会において人間と神の中間に位置し、神へのとりなしを果たす役割を持つ者はいない。出家者は、自らの解脱を目指す修行者である。しかし、大乗仏教では、僧侶が在家者のために儀礼や指導を行うようになり、職業化した。
 ヒンドゥー教では、人生を四住期に分け、それを段階的に辿る生き方が原則である。学生期・家住期を経て、林住期・遊行期へ進む。遊行者は集団をつくらず、個々に修行して解脱を目指す。釈迦は、当時のインドの慣習に従い、結婚して跡継ぎになる長子を設けてから出家した。だが、仏教では、家住期の家長の義務を果たすことなく出家する者が多い。
 家族的な共同体から離脱して、教団に入って集団で修行を行うのが出家者である。基本的に僧侶は、出家者である。出家者でない僧侶がいるのは、日本だけである。

●女性修行者

 釈迦の生前から仏教では、インドでは認められない女性の出家者を受け入れている。彼女らを比丘尼という。女性にも解脱を目指す出家修行の道を開いたことは、画期的である。

●寺院

 仏教の寺院は本来、修行者である僧侶の修行の場所である。それが、在家者が参拝したり、指導を受けたりする場所となった。また、寺院は巨大化し、先住の職員を多く置くようになった。
 インドでは一般に墓を造らないが、日本では墓を造る慣習があり、多くの寺は墓所を設け、僧侶がそれを管理している。

●労働

 サンガ(教団)は、労働を禁止していた。物を生産するために労働していたのでは、解脱をめざす修行に差し支える。また、生き物を傷つけない、殺さないというアヒンサーの思想により、農作業等は虫等を殺す恐れがあるからと、労働を控えたといわれる。
 教団は生活共同体ではなく、修行者の集団である。労働をせずに修行生活を維持するためには、人々の喜捨(寄付)に頼らねばならない。食事・衣類等の生活必需品は、すべて信者の喜捨によった。教団は、次第に、信者から土地の寄進を受け、大規模な土地経営者になり、多くの富を所有するようになった。
 大乗仏教では、僧侶の修行生活を支える在家信者は、勤勉が美徳とされる。シナで発生し主要な宗派となった禅宗では、宋代以降、自立した共同生活を行うために、食糧を生産するなどの労働(作務)が重視され、それが修行の一環となった。
 キリスト教の修道院は、厳格な戒律のもとに修行を行う集団であり、仏教のサンガと似ている。だが、修道院では労働が行われた。「祈れ、そして働け」と教え、信仰生活だけでなく労働を重視し、荒れた土地を開墾し、農業技術やそれに伴う醸造・製造技術を発展させた。彼らの集団労働は強大な生産力を発揮し、修道院はその生産力によって、経済的に完全な独立を成し遂げた。また、結果として富を蓄積することになった。信者から多くの土地の寄進を受け点は、仏教の寺院と共通している。

●喜捨

 仏教の喜捨は本来、義務ではない。出家者に対して行う自発的な寄付である。だが、在家者の組織化によって、喜捨は在家者にとって寺院を支えるための実質的な義務となっている。ただし、日本では社会的な制度とはなっていない。
 この点、イスラーム教では、喜捨(ザカート)は五行の一つとして、シャリーア(イスラーム法)の定める信徒の義務であり、貧しい者の救済・援助のために寄付を行う。義務化された施しなので、実質的な宗教税、救貧税である。

●政治と宗教

 仏教は本来、国家・社会とは直接関係のない教えである。だが、古代インドで国王や政治的有力者が仏教に帰依したことにより、国家の鎮護を説く経典が作られ、鎮護国家が祈念されるようになった。インド以外の地域に広がった後も、それぞれの地域で国王や政治的有力者が仏教に帰依することによって、仏教が国家体制を支える宗教となった場合がある。仏教が国家宗教になった国家の多くでは、僧尼が国家の管理の下に置かれ、公務員として宗教業務を行った。また、官位が設けられ、それに地位と権力と富が伴うことによって、しばしば僧侶の堕落が生じた。
 近代西洋文明の影響によって近代化が進んだ後は、政治と宗教の分離が行われた国家が多い。ブータンは、チベット仏教を国教としている。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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世界コロナ危機をどう見るか4~イアン・ブレマー1

2020-06-21 10:14:57 | 国際関係
●イアン・ブレマーのコロナ危機論

 米国の国際政治学者でコンサルティング会社ユーラシアグループ社長のイアン・ブレマーは、「G0(ゼロ)論」で知られる。G0論とは、現在の世界を有力な指導国のない世界ととらえるものである。ブレマーには『「Gゼロ」後の世界:主導国なき時代の勝者はだれか』『スーパーパワー:Gゼロ時代のアメリカの選択』『対立の世紀:グローバリズムの破綻』(日本経済新聞出版社)等の著書がある。
 ブレマーによると、米ソ冷戦終焉後の世界は、最初米国がリーダー役だったが、その後、主要先進国が協議に参加するG7、そこに新興国が加わったG20へとバトンをつないできた。だが、現在は、G7の個々の国にリーダー役を担う余裕がなくなり、G20も政治的・経済的な価値観が共有されていないために限界がある。そのため、リーダー役不在の状況となっている。このG0の世界で最も高い確率で起こり得るケースは、米中が対立し、米中以外の国々は地域限定的な強さを発揮するという地域分裂的な分断の世界である。米国は、リーダー役の限界を受け入れざるを得なくなり、米国の世界に対する貢献は再構築を迫られる、とブレマーは見ている。
 ブレマーは、昨年末、週刊ダイヤモンドの取材に応えて、今年(令和2年、2020年)の世界情勢を地政学的観点から次のように予想した。
 「米中関係はさらに悪化し得る上、世界経済のサイクルは弱体化の方向に転じており、米国の大統領選挙は深刻な問題を抱えている。こうしたひどい状況に人々が怒りを覚えても、各国政府に多くのツールは残されていない。よって、2020年はより危険な年になり得ます」
 彼がこのように語った時点では、まだ武漢ウイルスの世界的な感染拡大は始まっていなかった。より危険な年になると彼が予想していたところに、パンデミックが起こった。
 中国から武漢ウイルスの感染が世界各地に広がった後、ブレマーは、NHKテレビ、朝日新聞、産経新聞のインタヴューに応えた。
 4月11日に放送されたNHKのETV特集「緊急対談 パンデミックと世界 海外の知性が語る展望」では、ジャック・アタリ、ユヴァル・ノア・ハラリとともに登場し、G0論に基づく分析と予想を語った。4月29日付の朝日新聞は「新型コロナウイルスの感染拡大は、米国の国力低下と中国の台頭、さらには世界各地で分断が広がる中で起きている。パンデミックを経て、国際社会はどのように変化をするのか」をブレマーに尋ねたとして、彼の発言を載せた。5月11日付の産経新聞のシリーズ「コロナ 知は語る」の記事は、「米国と中国の対立が新型コロナウイルス感染拡大の責任をめぐり一段と激しくなっている。G7を構成する主要先進国が指導力を失い、G20も機能しなくなった『Gゼロ』という国際社会のリスクを警告してきた米国際政治学者のイアン・ブレマー氏は、双方の分断がさらに深まり、世界の『最大の脅威』になると懸念する」と紹介した。
 次に、NHK、朝日、産経による三つのインタヴューを、アタリの項目と同じ仕方で掲載する。

◆パンデミックの世界的な影響

―――「G0」の世界で経験する最初の危機について(NHK-ETV特集 2020.4.11)
「今回のパンデミックは『Gゼロ』の世界つまり指導者なき世界で私たちが経験する最初の危機です。その結果として、この危機に各国がバラバラに対応しています。協調性が欠けています。リーマンショック(ほそかわ註 2008年)や9・11(同註 2001年)の時は世界各国が米国のリーダーシップの下で団結しました。2020年の今、これまでで最も深刻な危機が発生しています。それなのにアメリカ国民は団結していません、世界も団結していません。G7の協調行動もありません。G20の協調もありません。経済的な打撃は大きな問題ですが、政治的な問題は更に大きいと思います」

――米中対立について(NHK-ETV特集 2020.4.11)
「更に米中の対立は激しさを増してきます。(略)(それによって起こる)分断は、地球規模の危機に対して大きな問題をもたらします。気候問題、サイバーセキュリティ、AIやバイオテクノロジーの倫理問題、民族主義、ポピュリズム。これらの問題に対して国際社会が協調できないのは深刻な状況を生むと思います」

――「Gゼロ」の世界がパンデミックに見舞われました(朝日新聞 2020.4.29)
「第2次大戦以来のグローバル危機です。(医療物資の)供給網、人やモノの移動の管理、ワクチン開発、経済刺激策などあらゆる面で国際連携がフル回転すべきです。なのに、だれもリーダーシップをとらない。G7もG20も機能しない。実に恐ろしいです」
「希望があるとすれば、世界経済を牽引する中国が再開しつつあることや、欧米のIT企業が危機下でも機能していることです。おかげで、在宅中も商品の宅配やサービスを享受でき、経済の完全停止を免れています」

ほそかわ
 ブレマーの見方の基本は、「G0」である。この見方が適当かどうかについては、後に私見を書く。

◆世界はどう変わるか

――新型コロナ危機で世界はどう変わるか(産経新聞 2020.5.11)
「グローバリゼーションは減速し、米中の経済圏が分断される『デカップリング』が深まる。分断はすでに先端技術のサプライチェーン(調達・供給網)で進み、今回の危機では医療品や医療用品を囲い込む動きが目立った。製造・サービス業に今後広がり、(消費地の近くで生産する)ローカリゼーションや(外部委託した業務を自社に戻す)インソーシングも進む。その結果、国や企業の生産性や成長率が低下する」
「米中は新型コロナの発生源をめぐり非難合戦を展開し、互いに信頼を欠く。経済の相互依存が弱まるにつれ、両国の対立は一段と厳しくなっていくはずであり、地政学的に最大の脅威になると懸念している」

◆パンデミックの克服と世界経済

――米国の一部の州では経済活動再開をめぐって論議が広がっています。(朝日新聞 2020.4.29)
「9・11の同時多発テロの教訓は、物事の一つの側面だけを見て判断してはならないことです。米国はあのとき、対テロに突っ走った結果、アフガニスタンで膨大なカネを費やすことになりました。今回、経済活動の休止による代償は甚大です。一方、経済活動を再開すれば感染が再び広がり、さらに人命が失われる危険があります。リーダーに問われるのは『どちらか』の選択ではなく、『トレードオフ(妥協点)』の見極めです」

ほそかわ
 ブレマーの指摘の通り、生命の尊重か経済の優先かは、どちらかを選ぶかの二者択一の選択ではない。各国の指導者には、そのバランスの見極めが求められている。
 なお、ブレマーが例示する2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件について、彼のとらえ方は表層的である。この事件には謎が多い。事件の真相を追及しないと、事件以後の世界を深くとらえることができない。私は、拙稿「9・11~欺かれた世界、日本の活路」でこの事件について書いた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12g.htm

――パンデミックを克服すれば、世界は元の繁栄に戻れるのでしょうか(朝日新聞 2020.4.29)。
「ワクチンの完成に1年半かかるとされます。それを世界中に届ける必要があります。接種のための啓発活動も必要です。経済が復興し、人々が安心して旅行できるようになるまで3年はかかるでしょう」
「ですが、それでも今までとは全く違う世界になります。物流は在庫を抑える『ジャスト・イン・タイム方式』から、危機に備えて在庫を確保する『ジャスト・イン・ケース方式』に転換する。経済活動は世界に広がるグローバル展開から、消費者に近いローカルなものに移行するでしょう。人の作業がなくても済むオートメーション(自動化)も進み、世界の経済人が将来のものとして予想していた第4次産業革命が一気に到来します」

――ー保護主義が強まることを心配しているか(産経新聞 2020.5.11)
「世界でマスクや防護服などの医療用品が足りず、(物資を自国で抱え込む)保護主義的な行動が見られた。ワクチンも仮に開発に成功すれば、その対象になりかねない。気候変動が深刻化し、(農産物が不作となって)各国が食糧の調達を競い合う事態も懸念される。保護主義的な傾向は感染の収束後も続き、加速する恐れがある。政治の機能不全や国際的な対立は、この問題を一層悪化させる要因となる」

ほそかわ
 ブレマーは、世界コロナ危機で生じる食糧問題に関して、気候変動の深刻化に触れている。食糧問題の専門家・柴田明夫(資源・食糧問題研究所)は、週刊エコノミスト2020.4.25号の「新型コロナでついに勃発!『世界同時多発食料危機』が自給率4割の日本を襲う」という記事で、新型コロナウィルスの感染拡大による農業生産への影響、移民労働者不足、港湾での荷役作業遅延、トラック運転手の敬遠等による輸出規制の動きが重なり、世界同時多発で食料連鎖危機が起きる懸念が出てきたことを述べている。
 食糧生産に対して、武漢ウイルスの感染拡大による影響に、気候変動の影響が重なる可能性は高い。気候変動の深刻化については、デイビッド・ウォレス=ウェルズの著書『地球に住めなくなる日 「気候崩壊」の避けられない真実』(NHK出版)が、最新の研究やデータをもとに衝撃的な報告をしている。気候崩壊は、食糧生産だけでなく、人類の社会と文明の存続に関して、感染症のパンデミックより遥かに危険な重大問題である。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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仏教17~教団、十大弟子、デーヴァダッタ

2020-06-20 08:50:58 | 心と宗教
●教団

 教団を意味する言葉は、サンガである。サンガは、「集団」「群れ」「共同体」「部族的な共和政体」などを意味する言葉で、そこから、「出家者の集団」「教団」を意味する。僧伽と漢訳する。
 教団は、釈迦の生前に出家者が集団をつくったことにはじまる。仏教がインドにおいてヴェーダの宗教及びヒンドゥー教と違う点の一つは、出家者の集団を作ったことだった。
ヴェーダの宗教及びヒンドゥー教は、それを信奉する社会全体が、バラモン階級を中心とした宗教的共同体となっている。仏教はそれらの宗教から離脱した修行者たちが、集団を作った。大乗仏教では、在家者を中心とする信仰が盛んになったが、この場合も出家者すなわち僧侶の集団は存続している。

●十大弟子

 釈迦には、直弟子が多数いた。その中から後世の人たちが十大弟子を選んだ。彼らは、釈迦自身が指名したものではない。キリスト教の十二使徒は、これとは違い、イエスが多くの弟子たちの中から選び、特別の伝道の使命を与えた者たちである。
 十大弟子のうち、舎利弗(しゃりほつ)は智慧第一、目犍連(もくけんれん)は神通第一、摩訶迦葉(まかかしょう)は頭陀(ずだ)第一、阿那律(あなりつ)は天眼第一、須菩提(しゅぼだい)は解空(げくう)第一、富楼那(ふるな)は説法第一、迦旃延(かせんねん)は論義第一、優婆離(うばり)は持律第一、羅睺羅(らごら)は密行第一、阿難陀は多聞(たもん)第一といわれる。
 彼らのうち、目犍連(モッガラーナ)は、バラモンに襲撃されて死んだと伝えられる。羅睺羅(ラーフラ)は、釈迦の実子である。阿難陀(アーナンダ)は、釈迦の従弟で、晩年の釈迦の身の回りの世話をした。釈迦に反逆したとされる堤婆達多(デーヴァダッタ)の兄弟である。
 
●デーヴァダッタ

 釈迦の直弟子の一人、デーヴァダッタ(提婆達多)は、釈迦に背いたとされる。釈迦生前の教団では、戒律はそれほど厳しいものではなかった。デーヴァダッタは、釈迦に対して、より厳しい戒律を提案したが、受け入れられなかったので、厳格な生活規則を定めた別の教団をつくったとされる。
 5世紀にシナからインドを訪れた法顕は、『仏国記』にて、ネパール国境近くで、デーヴァダッタ派の教団に会ったことを報告している。また、7世紀の玄奘は、『大唐西域記』に、ベンガル地方ではデーヴァダッタ派の教団が存在し、開祖の遺訓を尊び、独自の戒律を定め、釈迦を除く過去の六仏を信仰していたことを記している。釈迦を超人的な存在とせず、あくまでも偉大な指導者としていたと見られる。
 仏教教団では、後年、デーヴァダッタを釈迦に違背した大罪人とするようになった。だが、その一方、『法華経』は、提婆達多品の章に、デーヴァダッタは将来、悟りを開き、天王如来 (デーヴァラージャ) という仏になると記している。分派した教団をこのようにして復権しているところに、『法華経』の特異性がある。

 次回に続く。

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仏教16~菩薩、明王、天

2020-06-18 10:14:01 | 心と宗教
●菩薩

 菩薩(ボーディサットヴァ)は、悟りを求めて修行する者である。もとは悟りに達する前の釈迦及び前世の彼を菩薩と呼んだ。大乗仏教では、釈迦の弟子ないし釈迦の説法を聞いて悟った者を声聞(しょうもん)、師なくして法を悟った者ないし釈迦以外の縁によって真理を悟った者を縁覚という。そして、声聞・縁覚は自利のみとし、自利とともに利他すなわち一切衆生の救済を誓願して実践する修行者を、菩薩という。
 ただし、菩薩という言葉は、修行者だけでなく、救済を祈願する信仰対象をいったり、大乗仏教を信奉するすべての者をいうなど、多義的に使われる。
 大乗仏教は、観世音(観音)・勢至・普賢・文殊・弥勒・地蔵等の菩薩を生み出した。これらは想像上の超人的存在であり、キリスト教の天使にも比せられる。多神教化した大乗仏教において、菩薩は一種の神格であり、熱心な信仰を集めている。
 観世音菩薩は、観自在菩薩ともいう。大慈大悲で衆生を済渡することを本願とし、勢至菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍。『法華経』に現れる。
 勢至菩薩は、智慧の光を以って一切を照らし、衆生に菩薩心の種子を与えるとされる。
普賢菩薩は、仏の理・定・行の徳を象徴する。文殊菩薩とともに、釈迦如来の脇侍。智慧の文殊に対し、慈悲の普賢ともいう。『華厳経』『法華経』に現れる。
 文殊菩薩は、仏の智慧を象徴し、特に般若経の経典群で説かれる。
 弥勒菩薩は、現在、兜率天で修行中の菩薩であり、釈迦入滅の56億7000万年後に、この世に下生して、釈迦の救いに洩れた衆生を救済すると信じられている。弥勒三部経がある。
 地蔵菩薩は、釈迦の入滅後、弥勒仏が出生するまでの間、六道に出没し、そこで苦しんでいる衆生を教化・救済するという。六道を守護することから、六地蔵とされる。
 菩薩は、すべて男性である。観世音菩薩は女性的に見えるが、これも男性である。

●明王

 明王は、密教の大日如来の使者・捕吏である。忿怒の相を現し、強い力を振るって、悪魔を打ち砕く。不動・愛染・降三世・金剛夜叉等がある。
 多くの菩薩は優しく人間を導く母性的な性格を示すが、明王は厳しく人間の悪魔性に怒りを表す父性的な性格を発揮する。
 仏教は智慧の宗教であり、また慈悲の宗教である。だが、明王を取り入れたことは、多くの人を導き、救うには、智慧と慈悲だけではなく、悪と戦い、悪を滅ぼす意思が必要であることを示すものだろう。この意思を勇気と呼ぶならば、智慧と慈悲と勇気という三つの徳がそろってこそ、多くの人を導き、救うことができる。わが国に伝わる三種の神器は、伝統的に知・仁・勇の徳を象徴すると解釈されてきた。知は智慧、仁は慈悲、勇は勇気に対応する。仏教における明王は、仏教に付け加わったものというより、仏教に欠けていたものを補う結果となっている。

●天

 仏教の○○天は、多神教の神々に当たる。実際、帝釈天は、ヴェーダの宗教の有力神インドラ、大黒天はヒンドゥー教の最高神ヴィシュヌを取り込んだものである。
 漢語で「神」の文字は「霊魂」を意味する。そのため、シナではインドの神々を「天」と訳した。ここで「天」とは、遊牧民族の天空父神ではなく、仏教の天上道に住む天人である。天人は仏陀はもとより菩薩にも及ばないが、信仰の対象ともなってる。
 天人としての神々は衆生の一種であり、仏教によって救済されるべき者である。神々と人間には大差はなく、神々は人間以上の能力を持つにすぎない。人間と神々をまとめて人天(にんてん)とも言う。
 諸天のうちには、四天王がある。仏教の世界観では、世界の中心に須弥山という想像上の高山があるとし、その頂上に帝釈天、中腹の四方に四天王の宮殿があるとする。四天王とは、東方の持国天、南方の増長天、西方の広目天、北方の多聞天をいう。多聞天は、毘沙門天とも訳す。彼らは帝釈天配下の武将で、甲冑をつけた忿怒の姿で邪気を踏み、東西南北の四方を守護するとする。

 次回に続く。

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