ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

日中首脳会談で論語と環境保護

2007-12-30 23:52:00 | 国際関係
 年内最後の掲示です。
 本年もお世話になりました。
 よいお年をお迎えください。
 
 今回の日中首脳会談では、中国での論語ブームや精神文明の建設が語られたという。私は、このことには、それを語った両国首脳の理解以上に大きな意味があると思う。また、中国指導層が環境問題に取り組まざるを得なくなり、日本が中国の環境保護に協力するようになったことも同様に、両国首脳の認識以上に大きな意味があると私は思う。

 中国の再生は、共産主義・唯物思想の呪縛から脱し、シナのよき伝統に基づいて人心の建て直しを行う以外、道はない。中国共産党は、シナの伝統的道徳を否定し、儒教・道教・仏教等の宗教を弾圧し、生態系を破壊してきた。しかし、一部シナ人の心には、いまも天人の合一、自然との調和、仁や惻隠の情等の道徳的理想が生き続けている。シナでは老子・孔子・孟子以来の東洋哲学がまだ死んではいない。そのシナのよき伝統を取り戻すことを促進できるのは、わが国・日本しかない。
 論語にしても、中国では文化大革命の時代に徹底的に排除した。だから、中国では論語を深く研究するための基盤がなくなっている。これに対し、わが国では江戸時代以来の論語研究の蓄積がある。わが国の書店や図書館には、論語の本が多数陳列されている。そして、あらゆる角度から、研究がされている。中国人は、日本に来て、日本人が深め、発展させたシナ思想に触れることによって、自らの伝統の最良の部分を再発見することになるだろう。

 この過程は、日本から中国に日本精神が伝播する過程ともなるだろう。日本精神は、人と人、人と自然が調和して生きる精神である。わが国がこうした日本精神を中国に伝えることによって、中国に伝統的な精神文化を復活することができれば、中国は共産主義・唯物思想の呪縛から解放されるだろう。逆にわが国が中国を変えることができなければ、他のどんな国も現代中国を変えることはできない。そして中国が今のままで変わらなければ、かの国は強大になればなるほど、地球の自然と文明を破壊するに違いない。中国がどう進むかは、人類の運命を左右するほど、重要な事柄になっている。
 中国にとっても他国を敵視し、対立・抗争の道を進み、またとめどなく自然を破壊し続けることは、一時の繁栄や欲望の充足に過ぎず、結局は自らのためにならない。東洋の仁愛・慈悲・大同和の精神を取り戻し、世界平和に貢献すること、また天地大自然と調和した文化を築くことが、中国国民の幸福と繁栄のために最善の道である。中国で精神の復興が遅れれば、中国は大混乱に、そして世界は修羅場となる。日中両国の再建と真の友好、アジアの安全と世界の平和は、東洋精神文化の興隆にかかっていると私は思う。その鍵となるもの、それは日本人が日本精神を取り戻すことであり、自らの歴史的な使命に献身する意思を高めることである。
 私が対中外交で、わが国が取るべき戦略と考えるのは、以上のような日本精神の復興による東洋精神文化の興隆を中軸においた戦略である。福田首相を始め、中国との外交・交易に当たる人々は、日本精神にも基づく戦略ということに深く思いを向けてほしいと思う。
 以下は報道のクリップ。

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■互恵関係の強化で一致=「敏感な問題」を適切処理-胡主席・日中首脳会談
(時事通信社 - 12月29日 01:02)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=373483&media_id=4

 【北京28日時事】中国を公式訪問中の福田康夫首相は28日夜(日本時間同)、北京の釣魚台迎賓館で胡錦濤国家主席と初の首脳会談を行った。両首脳は、日中の共通利益を追求する「戦略的互恵関係」を発展、強化することで一致。胡主席は歴史認識や東シナ海のガス田共同開発問題などを念頭に「対話を通じ相互信頼を図る。特に敏感な問題は適切に処理したい」と述べた。(略)
 戦略的互恵関係強化の具体策として胡主席は「環境や省エネルギー、情報通信、金融サービス面で協力を進めたい」との考えを示し、首相も同意した。(略)日本側の説明では、焦点のガス田問題で具体的なやりとりはなく、北朝鮮問題も話題にならなかった。(略)

■福田首相「迎春の旅」は成功=住民投票不支持を称賛-中国
(時事通信社 - 12月29日 01:01)

 【北京28日時事】中国外務省の劉建超報道局長は28日夜の記者会見で、福田康夫首相と中国首脳との会談で「一連の重要な問題で広範な共通認識が得られた」と述べ、「訪中は成功を収めた」と評価した。福田首相は今回の訪問を「迎春の旅」と表現したが、劉局長は「道理がある」と賛同。日中関係が春を迎えたとの認識を示した。中国は昨年10月の安倍晋三首相(当時)訪中を「氷を砕く旅」、今年4月の温家宝首相訪日を「氷を溶かす旅」と位置付けている。(略)

■「論語ブーム」で話弾む=日中首脳の夕食会
(時事通信社 - 12月29日 07:01)

 【北京29日時事】中国訪問中の福田康夫首相は28日、胡錦濤国家主席が催した夕食会で、胡主席と「論語ブーム」について語り合った。胡政権が伝統文化を重視する中、両首脳の会話は「大いに盛り上がった」(同行筋)という。
 夕食会で福田首相は、「日本では論語ブームが起きており、改めて孔子の教えが学ばれている」と切り出した。これに胡主席は「中国でもブームで、解説本もいろいろ出ている」と応じ、「中国には最近、伝統的な文化に戻る雰囲気がある」と語り始めた。
胡主席はさらに、伝統文化が文化大革命期に否定されたことを紹介。その後、改革・開放で経済発展し物質的に豊かになる中で、「精神文明の建設も強化すべきだという意識が人々の間で広まっている」とブームの背景を分析した。 

■環境保護の協力強化で一致=福田首相、全人代委員長と会談
(時事通信社 - 12月28日 23:02)

 【北京28日時事】中国を公式訪問している福田康夫首相は28日午後、北京の人民大会堂で呉邦国全国人民代表大会常務委員長(国会議長)と会談し、環境保護分野をめぐり日中間の協力を強化することで一致した。 
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福田首相の戦略なき媚中外交

2007-12-29 12:36:45 | 国際関係
 このたび福田首相が訪中し、胡錦濤国家主席と日中首脳会談を行った。会談は戦略的互恵関係を具体化するのが目的だが、福田氏は親中派であり、重要閣僚にも親中派が目立つ。福田政権の対中外交は関係改善と経済実利が優先されている。外交はこちらに戦略があって初めて、国益にかなうものとなる。戦略なき外交は、相手の戦略に取り込まれる。

 海底油田の開発問題では、中国はやはり強硬な姿勢である。首脳会談でも共同開発の具体的方策を決めることができなかった。わが国にはエネルギー・資源政策に明確な方針がない。これに対し、中国は、アメリカに対抗してエネルギー・資源を確保するための行動を世界規模で展開している。そうした中国と、妥協と譲歩で折り合いをつけられるのではないかという姿勢では、交渉を有利に進めることはできない。海洋資源という国益にかかわる重大問題で、トップ同士でも合意できないのが、日中関係である。中国との戦略的互恵関係を構築するには、国益の追求を明確にしなければ、相手の術中にはまるおそれがある。

 日中関係には、江沢民政権時代からの愛国主義・反日教育が大きな障害となっている。昨年は、アメリカ下院で、旧日本軍の慰安婦問題を非難する決議が採択されたが、この決議を進めた議員に、中国共産党は多額の資金を提供してきた。また、中国は、南京事件70年に合わせて、南京大虐殺記念館の拡張改修工事を完成させた。同館は、誇大な犠牲者数を打ち出し、旧日本軍の残虐性を強調している。さらに、南京事件を主題としたハリウッド映画の製作には、中国共産党が資金を提供している。国際社会で日本のイメージを貶めるために、中国はこの事件をますます利用している。こういう対日政策を行っている国と、戦略的互恵関係を築くことが本当にできるかどうか、政府・官僚・財界人は見直しをすべきである。

 最大の懸案は、中国人民解放軍の急激な軍拡である。現在の中国の軍拡は、大戦間期のナチス・ドイツの例を上回っている。中国は海軍の増強に力をいれ、西太平洋やインド洋への進出を図っている。とりわけ台湾に対しては、あらゆる手段を講じて「統一」を狙っている。中台紛争が生じたならば、わが国は厳しい選択を迫られる。こうした政策を取っている中国の共産党政権と、戦略的互恵関係を築くことが本当にできるのか、大いに疑問である。アメリカ、インド、オーストラリア等の国々との間の互恵関係と同質のものを追求すると思うのは錯誤であり、戦略なきまま外交を続けるなら、軌道を誤ることになりかねないと思う。
 以下は報道のクリップ。

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●毎日新聞 平成19年12月28日付

日中首脳会談 互恵協力を推進
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=373447&media_id=2
<日中首脳会談>首相が胡国家主席と会談 互恵協力を推進
(毎日新聞 - 12月28日 22:03)

 【北京・中田卓二】中国を訪問中の福田康夫首相は28日夜(日本時間同)、北京の釣魚台迎賓館で胡錦濤国家主席と約30分間会談し、その後、近年では異例の国家主席招待の夕食会に臨んだ。
 会談で、胡主席は「福田首相は就任後、中日善隣友好を強調し、戦略的互恵関係の発展を重視してきた」と歓迎し、環境問題やエネルギー、情報通信分野などで互恵関係を新たな局面に導きたい考えを表明した。
 福田首相もこれに同意し、東シナ海ガス田開発問題を念頭に「何から何まで一致することはあり得ないが、(両国の主張の)違いは小さくなってきた」と述べ、中国側が解決への歩み寄り姿勢を見せたことを評価した。
 胡主席は「対話と協議を通じ、相互理解と信頼を進め、特に敏感な問題を適切に処理したい」と述べ、台湾問題で日本に慎重な姿勢を求めた。また「歴史を鏡とし、未来に向かう精神の下、共に努力したい」と述べた。
 これに先立つ温家宝首相との共同記者会見で、福田首相は台湾の国連加盟に関する住民投票について「(中台間の)一方的な現状変更につながっていくなら支持できない。『二つの中国』または『一つの中国、一つの台湾』という立場はとっていないし、台湾の独立は支持していない」と明言した。
 「台湾の独立を支持しない」という方針自体は、安倍晋三前首相も4月の温首相との会談で表明しているが、福田首相はこれより踏み込んだ表現で中国の立場に支持を表明した。

●読売新聞 平成19年12月29日付

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071228ig90.htm
日中首脳会談 国際責任を果たしてもらわねば(12月29日付・読売社説)

 経済的にも軍事的にも台頭する中国との「戦略的互恵関係」構築に向けて、ようやく入り口に立ったということだろう。
 福田首相は、北京での胡錦濤国家主席、温家宝首相らとの会談で、来年を「飛躍の年」とすることで一致した。そのためには今後「互恵関係」の一層の具体化が必要になる。だが実際はまだ、かけ声にとどまっている。
 例えば、最大の懸案である東シナ海のガス田開発の問題だ。共同開発の具体的方策は秋までに両国首脳に報告することになっていた。
 しかし、首脳会談でも決着することができなかった。福田首相は、記者会見で早期決着へ向け、「断固たる決意を共有した」と述べたが、具体的解決の道筋は示せなかった。
 エネルギー資源に対する主権確保の問題は、国家の安全保障問題にも直結する海洋戦略そのものである。
 こうした国家利益にかかわる問題で、容易に合意できない事実が、戦略的互恵関係構築の困難さをあらわしている。
 来春の胡主席の来日までに、共同開発の対象区域などについて、双方が受け入れ可能な案を探らねばならない。
 来年の洞爺湖サミット(主要国首脳会議)の主要テーマは気候変動問題だ。
 急速な経済発展により、中国の温室効果ガスの排出量は、米国を抜き、世界一になったといわれる。だが、中国は、先進国側の排出量削減を要求し、自ら削減義務を負うことには消極的だった。
 首相が、温首相に対して、日中両国は「国際社会に責任がある」と強調したのも、こうした問題で中国が大国としての責務を果たすよう求めたものだろう。
 温首相は記者会見で、「責任ある態度で積極的に交渉に参加し、各措置を真剣に履行していく」と約束した。京都議定書に続く温室効果ガス削減の枠組みに入り、国際的責任を果たすべきである。
 温首相は、「歴史問題と台湾問題に正しく対処し、処理することが、両国関係の政治的基盤を強化するうえで極めて重要だ」と指摘した。歴史問題は、決して消えたわけでなく、日本側の動向を見守る姿勢を示したのだろう。
 日中関係を冷却化させた歴史問題を再び、外交上の争点にする愚は繰り返してはなるまい。中国側も一方的な歴史認識を押しつけるやり方は改めるべきだ。
 アジア地域の平和と安定を図るのも両国の責任だ。だが、不透明な軍事力の増強などこれに相反する動きを止めないのも中国である。日本は中長期にわたり国益を守ることのできる対中外交を進めていかなければならない。
(2007年12月29日1時23分 読売新聞)

●産経新聞 平成19年12月29日付

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071229/plc0712290408002-n1.htmf
【主張】日中首脳会談 真の互恵関係作りが宿題
2007.12.29 04:08

 訪中した福田康夫首相が、胡錦濤国家主席や温家宝首相らと首脳会談を行った。双方は、懸案の東シナ海ガス田問題の早期解決や胡主席の来春の訪日、環境・省エネルギー協力などを通じ、日中の戦略的互恵関係を強化していくことで合意した。両国首脳が日中関係の改善を確認し、幅広い交流と協力を進めることは結構だ。しかし課題は、これを機に後戻りしない持続的な真の互恵関係をどう築いていくかにある。
 「日中関係が春を迎えた」-福田首相と温家宝首相は会談後の記者会見でこう口をそろえた。昨年10月の安倍晋三首相の訪中と4月の温首相訪日を経て、今回の福田訪中で日中関係が大きく改善したことを両国首相が内外に宣言した形だ。
 両国首相が共同記者会見をしたことや、福田首相の北京大学での講演を中国のテレビ局が生中継したのは、日中関係では異例のことだ。
 ガス田問題では「具体的解決策について積極的進展が得られ、早期決着の決意を温首相と確認」(福田首相)した。青少年交流の拡大(4年間で4000人)や環境協力として日本側が今後3年間で1万人の中国人研修者を受け入れる-ことなどでも合意した。
 ガス田問題をめぐる立場の開きはなお大きいが、温首相は「両国民に受け入れられるいい案をめざしたい」と語るなど軟化の気配もうかがえた。
 中国側は、台湾の陳水扁総統が「台湾名義での国連加盟」の是非を問う住民投票を計画していることへの反対表明を福田首相から引き出そうとした。これに対し、福田首相が中台関係の緊張緩和を双方に求め、「一方的な現状変更の試み」への不支持を表明するにとどめたことは賢明だった。
 日本が従来の台湾政策を変更することは、台湾を刺激し、かえって中台関係の緊張を高めることにつながりかねないからだ。
 日中が、朝鮮半島や台湾海峡を含む地域の安定と発展のためにも、互恵関係を強化することに異論はない。そのためには中国に江沢民政権時代からの反日歴史教育の見直しを求めたい。このほど拡張改修工事を終えた「南京大虐殺記念館」には、旧日本軍の残虐性を強調する展示物がさらに増えたという。中国の真意に疑問符がつく。
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「つくる会」が教科書抗議声明

2007-12-28 08:26:11 | 教育
 「新しい歴史教科書をつくる会」は、沖縄戦集団自決に関する日本史教科書検定問題で抗議声明を出し、記者会見で文科大臣の責任を追及した。
 「つくる会」は組織としては問題があるが、歴史教科書問題に関しての主張には、参考にできるものがある。
 以下はサイトからの転載。

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「沖縄集団自決」の教科書検定結果に関する抗議声明
                                       平成19年12月26日
                                   新しい歴史教科書をつくる会

 (1)本日、文部科学省は「沖縄集団自決」についての高校日本史教科書の検定に関して、教科書会社からの訂正申請を承認することを決定し、その内容を公表した。「新しい歴史教科書をつくる会」は、この問題について、この6月から12月までの間に都合4回にわたって文部科学大臣に「意見書」を提出し、見解を表明してきた。その主眼は、歴史の事実に反する記述が復活することを阻止し、教科書検定制度を有名無実化する危険を回避することにあった。今回の文科省の決定は、遺憾ながら、私たちの憂慮が現実のものとなったものであり、考え得る限りの最悪の結果となった。

 (2)公表された文科省の資料によれば、教科用図書検定調査審議会第二部会日本史小委員会は、12月3日に開催した第4回会合において、「訂正文の内容等を調査審議するに当たっての沖縄戦及び集団自決に関する日本史小委員会としての基本的とらえ方」なる文書を決定した。訂正申請の審査は、この「基本的とらえ方」を基準になされた。その全文は、すでに沖縄タイムス紙が12月9日付けで「指針」として報道したものとほとんど違いのないものであった。
 私たちは、「意見書(その4)」においてこの「指針」の内容を分析し、集団自決の複合的な背景や要因を教科書に書かせるといいながら、そこで例示されているのは、「教育訓練」、「感情の植え付け」、「軍による手榴弾の配布」、「壕の追い出し」の4点であり、これらはすべて、「軍の強制」説に立つ論者がしきりに強調してきたものであることを指摘した。しかも、文科省の例示からは「米軍の猛爆」という、直接に沖縄の住民を集団自決に追いつめた要因が除かれていた。
 だから、検定意見撤回のキャンペーンを張ってきた琉球新報も、12月8日付け社説で、「これらの背景を羅列することで軍のみに焦点が当たるのを避けようとしている」と文科省の意図を推測しつつ、「だが、それはまったく逆だろう。むしろ軍の強制を根拠付けるものとなる」と書いていたのである。検定結果は、まさにこの社説が期待していた通りのものとなった。

 (3)文科省が承認した訂正申請の記述の特徴は、第一に、上記「基本的とらえ方」に示された「複合的な背景・要因」を書けという指示に従って、日本軍の責任を糾弾する記述が大幅に書き足されたことである。例えば清水書院の「日本史B」では、「なかには集団自決に追い込まれた人もいた」という検定後の記述が、次のように書き足された。
 <また、軍・官・民一体の戦時体制のなかで、 捕虜になることは恥であり、 米軍の捕虜になって悲惨な目にあうよりは自決せよ、と教育や宣伝を受けてきた住民のなかには、日本軍の関与のもと、 配布された手榴弾などを用いた集団自決に追い込まれた人々もいた。>
 この訂正申請を承認した理由を、日本史小委員会は「人々が集団自決に追い込まれた背景・要因について、沖縄における戦時体制や日本軍の関与も含めた様々な事柄を記述することによって説明している」と書いている。「書かせる検定」が行われたのである。しかし、ここには米軍の残虐行為が実際にあったこと、直接に住民を自決に追い込んだのは米軍の猛爆であったこと、日本軍の隊長は自決を押しとどめたが、村の村長や助役が住民に指令したこと、などの事情・要因はすべて除外されている点で、一方的であり、極めて不当な記述である。これでは、「なかには日本軍に集団自決を強制された人もいた」という、もとの申請段階の簡単な記述よりももっと反軍的・反日的になっているとさえ言える。

 (4)第二の特徴は、直接的な「軍の命令」や「強制」の記述は認めなかったといいながら、実際はそれすらもさまざまなやり方で実質上容認していることである。例えば、三省堂「日本史B」では、<また最近では、集団自決について、日本軍によってひきおこされた「強制集団死」とする見方が出されている。>という脚注の追加が認められた。日本史小委員会は、これを「『強制集団死』については『最近の見方』についてのものである」という意味不明のコメントで正当化している。誰かが何かを主張すれば、それが「最近の見方」であるという理由で教科書に書けるなら、どんな説でも教科書に書き込めることになろう。いずれにせよ、こうした表現を認めることで、実質的に「軍の強制」説が教科書に書き込まれたのである。
 また、検定意見を撤回しなかったと文科省は今回の決定を説明するかも知れないが、検定で削除された文言が復活した事例がある。実教出版「日本史B」では、申請段階で<日本軍により、県民が戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、>という記述が、検定意見で「日本軍により」が削除された。ところが、教科書会社は、「学習上の支障」を理由に「主語を明確にする」として「日本軍により」の語句を復活させる訂正申請をおこなった。文科省はこれを承認した。これは、どのように説明しようと、文科省が事実上検定意見を撤回し、検定意見の眼目であった軍の「強制」記述の復活を認めたものである。自民党の山崎拓・沖縄振興委員長は、軍強制記述は「回復」したと語っているが、まさにその通りになったと言うべきである。

 (5)第三に、信憑性に疑義のある資料の引用が認められた。東京書籍「日本史A」では、渡嘉敷島の集団自決について、「囲み」記事として次のような記述が承認された。
 <日本軍はすでに三月二十日ごろには、三十名ほどの村の青年団員と役場の職員に手榴弾を二こずつ手渡し、「敵の捕虜になる危険が生じたときには、一こは敵に投げ込みあと一こで自決しなさい」と申し渡したのです。>
 これは、富山真順証言としてその真偽が争われているもので、専門家として意見聴取に応じた秦郁彦氏も、その意見書のなかで、3月20日は日本軍が米軍の慶良間来攻を予測していなかったことなどを理由にして、資料としての信憑性に疑問を呈していたものである。この専門家の指摘を無視して記述を承認した日本史小委員会の見識が疑われる。

 (6)第四に、東京書籍「日本史A」では、側注の追加として次の記述が認められた。
<沖縄県では、県議会・全市町村議会で検定意見の撤回を求める意見書が可決され、同年9月には大規模な県民大会が開催された。>
 これはいかなる意味でも「歴史」の記述ではない。このように、直前におこったことを、事実の確定もできず、評価も定まらない時点で何でも書いてよいということになれば、およそ安定的な歴史の概念は存在しなくなり、党派性の強い個々の主張が「歴史」を僭称して無際限に歴史教科書に書かれることになる。このような非常識な教科書行政は、到底容認できるものではない。

 (7)文科省は今回の検定で、政治的圧力に屈して一面的な歴史記述を容認し、教科書検定制度の根幹を揺るがすという重大な汚点を残した。こうした事態をもたらした福田首相と渡海文科相の責任は極めて重大である。私たちは、この責任を徹底的に追及するとともに、以下の方針を掲げて、歴史教科書の改善のために今後とも取り組んでいく決意を表明する。
① 今回の検定の失態は、福田内閣の左翼的・反日的な本質の表れである。具体的な経過も含めて事態を明らかにし、その責任を追及する。また、日本史小委員会の委員の責任も免れない。匿名の人物については、情報公開を求める。
② 沖縄集団自決は、沖縄戦の一環として起こった出来事である。今後は、「日本軍は沖縄県民を守らなかった」という、沖縄戦全体の誤ったイメージを転換するための研究・調査・啓蒙活動を精力的に行う。
③ 長い間沖縄戦の記述が放置されてきたのは、「近隣諸国条項」の適用項目に「沖縄戦」が含まれていたという事情がある。この際、諸悪の根源となっている「近隣諸国条項」を撤廃する運動を進めてゆく。                                   以上


福田康夫首相、渡海紀三朗文科大臣、山崎拓衆議院議員に抗議FAXを!

 「 今回の検定問題がこの様な結果となった最大の原因は、福田康夫首相と渡海紀三朗大臣、山崎拓衆議院議員によって不当な政治介入が行われたからに他なりません。
 直ちに、「抗議のFAX」を送付するよう要請します。

<抗議FAX先>
福田康夫首相     03-3508-3611
渡海紀三朗文科大臣  03-3508-3230
山崎拓衆議院議員   03-3508-7082
                                以上
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集団自決の記述に政治的決着

2007-12-27 21:43:02 | 教育
 高校日本史教科書の沖縄戦の集団自決の記述について、結論が出た。軍による集団自決の「強制」「強要」という表現は認めないが、軍の「関与」があったとし、や「強制的状況」という表現は認めるというものだ。政府は、今春の検定意見への反発に政治的な譲歩をする一方、軍命令を含む「強制」は認めないとの当初の検定意見は変えないという玉虫色の決着をしたといえるだろう。新たな歴史的事実が発見されたわけではないから、政府の対応は、今後の教科書検定に大きな禍根を残すものとなったと思う。 

 このほど文部科学大臣の諮問機関である教科用図書検定調査審議会(検定審)は、教科書会社から提出されていた訂正申請を承認する見解をまとめ、渡海文部科学相に報告した。報告を受けた、文科省は訂正申請を承認した。
 評価できる点は、日本軍の命令を集団自決の直接原因とする記述や、軍による「強制」と決め付ける表現は認めず、検定意見の撤回にも応じなかったことである。その点はよいが、検定審の報告は、教科書の記述方針を示す「基本的とらえ方」において、「集団自決が起こった要因にも様々なものがある。手榴弾の配布など軍の関与は主要なものととらえることができる」「住民に対する直接的な軍の命令で行なわれたことを示す根拠は現時点では確認できていないが、住民から見れば自決せざるを得ないような状況に追い込まれたとも考えられる」と趣旨を述べており、この点には問題があると私は思う。
 軍による強制は存在しないが、「関与」はあったとし、しかもそれが集団自決の主要な要因と見なしているわけだが、学者・研究者の間には、諸説ある。「関与」という表現は、「強制」と言う以上に、茫漠としている。手榴弾は、当時の我が国では一般に自決には用いられなかったという証言もある。「自決せざるを得ないような状況に追い込まれたとも考えられる」というところも、「考えられる」とは、考察であって立証ではない。史実の表現としては、客観性を欠く。

 今回の行政の姿勢変化に対し、教科書会社7社のうち6社が訂正申請をした。訂正申請において、三省堂と実教出版の2社は、「強制」という文言を用い、清水書院は「強要」という文言を用いていた。検定審の報告は、「強制」「強要」という表現は不適切としつつも、軍の「関与」は認めるものだった。
 それを受け、最終記述では、7社中6社は、「集団自決」に「追い込まれた」、1社は「追いやられた」という表現となった。また、「関与」の文言を用いたのは2社で、三省堂は「日本軍の関与によって集団的自決に追いこまれた人もいる(略)」、清水書院は「日本軍の関与のもと、配布された手榴弾などを用いた集団自決に追い込まれた人々もいた」とした。三省堂は「強制」を、清水書院は「強要」を、「関与」に替えたものである。実教出版は「強制」の替わりに「強制的」という文言を用い、「強制的な状況のもとで、住民は、集団自害と殺しあいに追いこまれた」とした。

 「命令」の証拠がなければ「強制」。「強制」とまで言えなければ「関与」。しかも、「状況」という客観的とも主観的とも取れるような表現。こうした事柄を、高校生用の教科書に詳細記述して教える必要があるのか、私は疑問を感じる。
 今回の政府の対応は、今後、慰安婦問題、在日朝鮮人問題、部落問題等に関しても、一部の国民が検定に反発すれば、そのたびに教科書の記述が書き改められ、教育の中立性が失われるおそれがある。政治的譲歩は、今後の教科書検定に大きな禍根を残すものとなったと思う。
 以下は報道のクリップ。

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●読売新聞 平成19年12月27日付

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=371911&media_id=20
「沖縄」教科書 “政治的訂正”の愚を繰り返すな (読売新聞 - 12月27日 02:14)

 検定意見を正面から否定するような記述訂正は認められなかった。とは言え、きわめて疑問の多い“政治的訂正”であることに変わりはない。
 来年度から使用される高校日本史教科書の沖縄戦・集団自決の記述について、教科用図書検定調査審議会は、教科書会社6社から提出されていた訂正申請を承認する見解をまとめ、渡海文部科学相に報告した。これを受け、文科省は訂正申請を承認した。
 例えば、今春の検定で「集団自決に追い込まれた人々もいた」とされていた記述は、「日本軍の関与のもと、配布された手榴弾(しゅりゅうだん)などを用いた集団自決に追い込まれた人々もいた」と訂正された。捕虜になるよりは自決せよとの教育や宣伝があったことも背景として付記された。
 最初の訂正申請では「日本軍の強制によって集団自決に追い込まれた人々もいた」とされていたが、審議会の意向を受け、申請内容が修正された。
 今回、9人の専門家から意見聴取した審議会は、集団自決が日本軍の命令で行われたことは「確認できていない」、集団自決の要因には「様々なものがある」などとする見解をまとめている。
 集団自決の際の軍命令の有無が裁判で争われていることなどを踏まえて、軍の「関与」はあったが「強制」は明らかでないとした、今春の検定意見の趣旨から逸脱するものではない。
 しかし、日本軍が「自決しなさい」と言って住民に手榴弾を手渡したとの記述も訂正申請で認められた。これについては、その根拠となった住民の証言の信頼性を疑問視する研究者もいる。
 今回の検定意見の撤回を求める沖縄県議会の意見書が採択されたことを追加記載して、認められた教科書もあった。
 検定済み教科書に対するこのような訂正申請がなし崩し的に認められていくのであれば、内外の政治的思惑によって、教科書検定制度そのものが揺らいでいくことにもなりかねない。
 政府が異例の訂正申請を認める発端となったのは、9月29日に沖縄県宜野湾市で開かれた検定意見の撤回を求める県民大会だった。
 「参加者11万人」という主催者発表の数字が伝えられたが、その後、俯瞰(ふかん)写真に写っている参加者を数えた東京の大手警備会社は、1万8000~2万人と指摘している。
 実数を5倍以上も上回っていた主催者発表の数字に、政府が驚いたことで始まった“訂正劇”だった。
 政府は、教科書検定に対する政治介入の愚を二度と繰り返してはならない。

●産経新聞 平成19年12月27日付

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071227/stt0712271417003-n1.htm
自民党歴史教育議連、教科書“再検定”を批判
2007.12.27 14:32

 沖縄戦集団自決をめぐる高校日本史教科書検定問題で、自民党有志の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(会長・中山成彬元文部科学相)は27日、党本部で「沖縄問題小委員会」(萩生田光一委員長)を開いた。
 小委員会では、自決への軍の強制性を示す記述を認めた教科書検定審議会(会長=杉山武彦・一橋大学長)の審議結果に対し「史実の新たな発見がないのに、政治介入で教科書の歴史記述を書き換えるような危険なことがあっていいのか」などと批判の声があがった。
 議連は、1月に渡海紀三郎文科相を招き直接、検定審の審議結果について説明を受ける方針だ。
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集団的自衛権は行使すべし2

2007-12-26 11:13:20 | 憲法
●自衛権とは何か

 わが国の政府は、集団的自衛権の行使は憲法上、認められていないという解釈を取っている。これは、憲法が国防に関して制約をかけた条文になっていることによる。わが国は憲法第9条のもと、自力による国防を整備できない状態に置かれている。この憲法とセットになっているのが、日米安保条約であり、わが国は現行憲法のもと、アメリカに対し本質的に片務的な軍事同盟を結んでいる。
 それゆえ、集団的自衛権について考えるには、そもそも国家にとって自衛とは何か、ということが、最大のポイントなのである。

 そもそも自衛は、生物に授けられている基本的な機能である。動物はみな自ら守る機能を備えている。例えば、イカはスミ、蜂は剣、牛は角で防衛する。防衛する武器を持たない動物は保護色を持っている。
 人間の場合も、この自然の理に基づき、個人でも他人から危害を加えられそうなとき、急迫、不正でほかに手段がない場合は、正当防衛が認められている。国家も同じ行動を取ることが国際法上、認められている。自衛権は、国家の正当防衛権である。自衛権は、自己保存権と同じく自然法上の基本権、不可譲権に由来する権利である。

 世界の諸国は、この固有の権利に基づいて、国防を行っている。自分の国を一致協力して守るということは、その国民の義務であり、そのように憲法に規定している国が多い。しかし、日本国憲法は国防について大きな制約が課せられており、国民の国防の義務も規定されていない。戦後の学校教育では、自衛力や自衛戦争までも「悪」というイメージが植え付けられ、若者から自分の国を守るという気概も失われている。
 日本国憲法の原案を作成したのは、GHQである。もし、日本国憲法の規定が本当に良いと思うならば、まずアメリカ自身が自国の憲法に取り入れるべきだろう。

 誰でも風邪を引かないように、予防をする。うがいや手洗いをしたり、衣類を調節したり、部屋の温度や湿度に気をつけたりもする。国防も、これと同じことである。インフルエンザが流行っている時に、予防を怠っていると、ウイルスに入り込まれ、高い熱やせきに襲われる。ひどい時は数日も寝込んだり、悪くすると命に係ることさえある。実際、人体に生来備わっている免疫機能が充分働くときは、侵入したウイルスを押し込め、健康を回復できる。しかし、白血病やネフローゼの人など、免疫機能が極度に低下している人は、風邪一つでも命を落としかねない。ここで健康を平和に、免疫機能を国防力に置き換えてみると、国防の大切さがわかるだろう。

 病気に限らず、個人や家庭では、火事や事故など、いざという時のために備えをしておかねばならない。国家においても備えを怠ると、将来にわたって取り返しのつかない大悲劇を招く。防災や国防は、まさかのために必要なのである。軍備というものは、海岸でいえば津波や洪水を防ぐ防波堤、河川でいえば堤防のようなものである。非常事態に備え不断に整えておかなければならないのである。
 例えば、大東亜戦争の末期、日本が戦闘能力をほとんど失ったとき、ソ連は、一方的に日ソ中立条約を破棄して、満州や樺太等を侵攻した。昭和20年8月9日のことである。その結果、多くの日本人が殺戮され、また暴行を受けた婦女も多数あった。さらに、スターリンは国際法を無視し、日本人を俘虜として抑留し、極寒のシベリア等の地で強制労働を課した。わが国の厚生省援護局(当時)の資料によると、抑留者は約57万5,000人、うち死亡者は、約5万5,000人とされている。日本の防衛がしっかりしていた時には、このような侵攻が防がれていたわけであり、軍備は海岸の防波堤、河川の堤防の役割を果たしていたのである。

 自衛権は、国民の生命と財産、国家の独立と主権を守るために、欠かすことのできない権利である。自衛権を他によって制約されたり、または自ら制約したりするならば、万が一、他国に侵攻された場合、自ら国家・国民を守ることができず、その国家は他国に支配されるか、国家として消滅する。 
 人類は世界平和をめざして、粘り強い努力を続けなければならない。しかし、今の世界はまだまだ弱肉強食の傾向を示している。こうした中で、諸国民の公正と信義に信頼して日本は無防備でよいと、現実離れした理想を主張する憲法にとらわれていると、恐ろしいことになることを認識すべきである。

 国連憲章第51条は、国家の「固有の権利」として、個別的自衛権及び集団的自衛権を保障している。すなわち、「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」と規定されている。
 自衛権は国家における正当防衛権である。個別的自衛権は、自国のためにする正当防衛権であり、集団的自衛権は、自国他国相互のためにする正当防衛の権利である。
 個別的自衛権と並べて集団的自衛権をも国家の「固有の権利」として認めた点に、国連憲章の画期的な意義がある。国連加盟国が大半を占める今日の国際社会では、個別的と集団的を含む自衛権が、国家の固有の権利、自然権として認められているのである。
 国連に加盟して個別的自衛権と集団的自衛権を行使する国は、190カ国以上にのぼっている。しかし、わが国の憲法にならって第9条を取り入れ、集団的自衛権を自ら封じる国はない。

 次回に続く。

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集団的自衛権は行使すべし1

2007-12-25 08:03:35 | 憲法
 平成19年8月15日に放送されたNHKのテレビ番組、NHKスペシャル「日本の、これから」では、憲法第9条を主題とする討論が行なわれた。私は市民の一人として参加した。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20070816
http://jp.youtube.com/watch?v=2Dd5MeUPEOg
 この番組では、視聴者のアンケートが行われた。「集団的自衛権の意味を知っていますか?」という質問に対しての回答は、「知っている」が44%、「知らない」が49%。実にほぼ半数の人は、集団的自衛権の意味を知らないという結果だった。
 憲法第9条は、集団的自衛権を抜きに論じることはできない。集団的自衛権とは何かを知らずに、平和や国防を語っても、問題の中心部分に迫ることはできない。
 そこで、本稿では、集団的自衛権の定義、本質、制定の経緯、戦後日本の課題等を記し、わが国は、憲法を改正し、自らの意思で集団的自衛権を行使すべきことを主張したいと思う。十数回の連載になると思う。

●政府解釈と国際的理解の違い

 集団的自衛権の意味を知る人の多くがもっている理解は、集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力を持って阻止する権利」というものではないか。これは、昭和56年の内閣法制局による答弁書から抜粋した定義でもあるのだが、そういう政府の定義が集団的自衛権に関する国民の理解に一定の方向付けをしているものと思う。
 政府は、わが国は国際法上、集団的自衛権を保有しているが、憲法上これを行使することは許されないという立場を取っている。これに対し、多くの国々は、集団的自衛権は当然行使できる権利という認識に立って、安全保障政策を行っている。わが国のように、集団的自衛権を憲法上、行使できないという立場を取っている国は、稀である。逆に、憲法の規定ないしその解釈が、集団的自衛権を行使できないものとしているので、政府は集団的自衛権について、国際社会では珍しい解釈を取っていると見ることができる。

 集団的自衛権は行使できるという立場を取っている国々における集団的自衛権についての定義は、「ある国が第3国から武力攻撃を受けた場合、ある国の同盟国など密接な関係のある国が、自国に直接攻撃を受けていなくとも、その攻撃が自国に対する攻撃と認められるときは、第3国に反撃を行なうことができる権利」と要約できるだろう。
 こうした国際的理解と比較すると、わが国の政府解釈は、「その攻撃が自国に対する攻撃と認められるときは」という部分が強調されていない。そのため、集団的自衛権とは、第3国の攻撃がやがて自国に及んでくる可能性が高く、それゆえに自国に対する重大な脅威となる状況に関する権利である点が、見落とされやすい。しかも、政府解釈は、「自国が直接攻撃されていないにもかかわらず」という表現を入れることによって、わが国が他国の戦争に巻き込まれ、他国の防衛に利用されることを想定した理解となっている。またそれと同時に、政府解釈は、集団的自衛権は、自国の安全保障に全く関係がない場合でも、武力行使のできる権利であるというイメージを与える表現となっている。

 わが国の政府が集団的自衛権に関して、こういう特徴的な解釈をしているのは、日本国憲法や日米安保条約の規定に基づく。憲法第9条にいわゆる戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認が定められ、国防に制約がかかっている。また、日米安保によってわが国がアメリカに対し軍事的に従属的な関係にある。このことが、政府解釈の基盤となっている。さらに、わが国は1970年代から専守防衛政策を取って、一層国防に自己規制をかけ、集団的自衛権の行使を一般的に禁止するにいたっているのである。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「憲法第9条は改正すべし」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08m.htm
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天皇誕生日を奉祝する

2007-12-23 23:00:20 | 皇室
 天皇陛下は、本日74歳の誕生日を迎えられた。陛下は平成15年に前立腺がんの摘出手術を受けられた。以後も健康維持に努められ、ご公務に精励されていることに深く敬意を表し、ご聖寿の万歳を祈念申し上げたい。
 宮内庁によると、本年陛下が国事行為に関する書類に署名、捺印されたのは1051件にのぼる。また、公務ご訪問の地は、10道府県、26市町村にわたる。こうした激務の中で、陛下は常に国民の生活に心を寄せておられる。このたびの天皇誕生日に先立つ記者会見でも、食品偽装や年金問題に触れ、「生活の基本である食と住に関して国民に不安をもたらすような事情が明らかになったことは残念」とこの一年を振り返り、年金問題について「一生懸命まじめに働いてきた人々が、高齢になって不安を持つことがないように、解決に向かっていくことを願っています」と述べられた。

 こうしたお言葉は、今上陛下の個人的なご性格に由来するものではない。わが日本皇室の長い伝統に根ざした御心の表れである。陛下のお名前は、明仁と申される。お名前につけられている「仁」という文字は、明治天皇の睦仁、大正天皇の嘉仁、昭和天皇の裕仁、皇太子殿下の徳仁、秋篠宮様の文仁、秋篠宮家ご長男の悠仁というように、皇族男子の方々のお名前についている文字だ得る。これは平安時代からの伝統だという。このことは、皇室が「仁」ということを非常に大切にされていることを表わしている。
 「仁」は、いつくしみ、思いやりを意味する言葉である。そしてこの一字に象徴されるように、日本では、建国の神話以来、天皇が国民をわが子のようにいつくしみ、国民に思いやりを持ってまつりごとを行う。国民はこうした天皇の御心に応え、天皇をわが親のように慕い、天皇を中心として国民が家族のように結び合って生活してきた。こうした精神的伝統があればこそ、わが国は、21世紀の今日まで、一系の皇室が125代も続いているのである。

 小泉政権では、女性天皇・女系天皇容認の方向で皇室典範の改定が行われようとした。しかし、秋篠宮紀子様の御懐妊により、その動きがとどめられ、約40年ぶりに皇室に男子が誕生されたことにより、男系継承の保持が可能となった。
 安倍政権は、男系継承の伝統を維持するための方策を具体的に検討する意思を明らかにしていた。しかし、安倍首相が辞任したことによって引き潮となり、福田政権になってからは、課題取り組みの姿勢は見えない。非常に残念な現状ではある。
 今上陛下がお元気な間に、皇位継承の伝統をしっかり守っていくための方策を策定、実行し、世界に比類ないわが国の国柄を確固としたものとしていきたいものである。

 なお、上記の記者会見において、富田日記と卜部日記の中に出てくる昭和天皇が当時の入江侍従長に書き取らせた拝聴録なるものについてご質問がされた。これは宮内庁が存在しないと言っているものであるが、天皇陛下はご覧になったことがない旨、答えられた。記憶にとどめておきたいと思う。
 以下は報道のクリップ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――ー
●読売新聞 平成19年12月23日付

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071223i501.htm?from=yoltop
天皇陛下74歳に、国民の食と住の不安に「残念」
 天皇陛下は23日、74歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち宮殿で記者会見し、「生活の基本である食と住に関して国民に不安をもたらすような事情が明らかになったことは残念」とこの一年を振り返り、年金問題について「一生懸命まじめに働いてきた人々が、高齢になって不安を持つことがないように、解決に向かっていくことを願っています」と述べられた。
 ご家族についての質問には「それぞれに幸せであってほしい」と答えたうえで、5月の訪欧前の記者会見で述べた「私どもは私的に外国を訪問したことは一度もありません」という発言が、「皇太子一家のオランダ静養に対する苦言」と一部で報じられたことに言及し、「意図したところと全く違っています」と反論された。
 陛下は発言の真意について、皇太子時代の両陛下の訪問の多くが昭和天皇の名代で、相手国が天皇が来ると考えているところに皇太子が訪問するため、厳しく自らを律する必要があったこと、平成になってそうした訪問がなくなり、今の皇太子ご夫妻は様々な形で国際交流ができることを述べたと説明。「また私の意図と違ったように解釈される心配を払拭(ふっしょく)することができません。したがってこの質問へのこれ以上の答えは控えたく思います」とされた。
 一方、11月に琵琶湖畔で行われた式典で外来魚のブルーギルの繁殖に「心痛む」と述べたことに関連し、釣った魚を放す「キャッチ・アンド・リリース」で繁殖したとの認識を示し、「おいしく食べられる魚と思いますので、食材として利用することにより、繁殖を抑え、日本で生活してきた魚が安全に育つ環境が整えられることを願っています」と述べられた。
(2007年12月23日5時1分 読売新聞)

●ご会見の抜粋

http://www.yomiuri.co.jp/features/impr/im20071223_02.htm
――(関連質問)この2年ほどの間に昭和天皇の側近の日記などが相次いで世に出ております。昨年の富田日記に続きまして、今年は卜部侍従日記が公表されました。この富田日記と卜部日記の中に、昭和天皇が当時の入江侍従長に書き取らせた拝聴録の話が出ております。入江侍従長自身も日記の中で、再三拝聴録について触れております。拝聴録、確かに存在したと見られるのですが、陛下はこれを御覧になったことがございますでしょうか。また現在お手元にあるとも言われておりますが、それについてはいかがでございましょうか。

ご回答
 それは見たことがありません。

――現在、お手元にもないということでございましょうか。

ご回答
 無いと思います。少なくとも私が知っているところには無いということです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
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MDシステムと集団的自衛権

2007-12-21 22:28:14 | 国際関係
 先ごろ海上自衛隊のイージス艦「こんごう」が、米ハワイ沖で海上発射型迎撃ミサイルSM3の初の実射訓練を行い、大気圏外での模擬ミサイルの迎撃に成功したと報じられた。これは集団的自衛権に係る問題である。
 安倍前首相が辞任し、福田政権になってから、集団的自衛権に関する検討が止まっている。しかし、我が国は、ミサイル防衛システム(MDシステム)の導入を進めており、その運用について検討を進めなければ、膨大な資金を当てて整備しているMDシステムシステムは、いざというときに有効に機能しないだろう。導入した以上は、実効あるものにしないと、壮大な無駄になる。

 安倍前首相は、平成19年5月有識者懇談会を設立し、集団的自衛権に関する検討を諮問した。安倍氏は、「日本を取巻く安全保障環境は格段に厳しさを増している。私は、より実効的な安全保障体制を構築する責任を負っている」と強調した。
 当時安倍氏の念頭にあったのは、中国の急激な軍拡や北朝鮮のミサイル発射・核実験による新たな脅威の増大だっただろう。安倍氏は、懇談会に四つの4類型を挙げて、有識者に検討を求めた。以下の4類型である。

(1)公海、公の海の上でアメリカ軍の艦船が攻撃を受けた場合、近くにいる自衛隊が何もできなくてよいのか。
(2)アメリカを狙った弾道ミサイルを打ち落とすことができなくてよいのか。
(3)PKOなどで、他国の部隊を武器を使いながら救援することができなくてよいのか。
(4)他国への後方支援を行う場合、今まで通りの条件が必要なのかです。

 これらのうち、集団的自衛権の行使と密接に関連するのは、(1)と(2)である。ここで直接関係するのが、(2)の場合である。弾道ミサイル防衛については、従来の政府解釈では、自衛隊が日本を狙ったミサイルを打ち落とすことは個別的自衛権の行使であるから、可能である。アメリカ本土を狙ったミサイルを迎撃することは、集団的自衛権の行使にあたるので、憲法上できないとされている。
 MDシステムは、平成15年12月、小泉政権のもとで導入が決定された。その際には、「専守防衛」に徹し、「第三国の防衛のために用いられることはない」という方針だった。これに対し、アメリカは、MDシステムがアメリカの防衛に直接寄与するように要望している。安倍氏は、これに応えて、憲法解釈の見直しができないか、有識者懇談会に検討を求めていたわけである。
 ただし、現在配備されているイージス艦搭載のSM3では、高高度を飛翔する長距離ミサイルを迎撃することは技術的に不可能である。安倍氏の問題意識は、将来的に、技術水準の向上を見越して、法的な検討を進めるという意図だったと考えられる。

 この問題には、法的な側面と軍事的な側面がある。
 私は、法的には、憲法解釈の見直しで収まる問題ではないと考える。我が国は、自国の防衛のためには、現行憲法を改正し、国防を整備することを急務としている。アメリカの戦争に協力するためではない。万が一他国の侵攻に備えて、国防を怠らないのは、独立主権国家として当然のことである。現行憲法を放置して、解釈で切り抜けようという発想では、国家の主権と独立、国民の生命と財産は守りえない。憲法にどう書いてあるかではなく、国を守るにはどうすべきかから考えなくてはいけない。国民に自力のみで国を守るという決意があるのなら、集団的自衛権は自制してもいいかも知れない。しかし、現代の世界では、自力のみで国を守ることは、技術的にも費用的にも不可能である。そこにおのずと集団的自衛権の行使が不可欠となる。
 次に軍事的には、MDシステムに、過剰な期待をすべきではないと思う。高速で飛来するミサイルをミサイルで打ち落とすのは、鉄砲の弾に鉄砲の弾を撃ち当てるようなものである。今回の迎撃実験は成功したといっても、実験は実験であって、現実とは違う。いつ不意に襲い来るか知れぬミサイルを、確実に迎撃できるようになるには、相当の技術進歩が必要だろう。ダミーを含む多数のミサイルを同時に発射されたら、打ち落とせずに着弾するものが必ず出る。それが核ミサイルであれば、一箇所数十万人の犠牲者が出るだろう。現在導入中のMDシステムが完成するのは平成22年(2010)だが、中国はその翌年にそれを上回る技術を完成させるという。

 今日の戦争では、遠隔地からのミサイル攻撃は、基本的な戦術である。しかも、宇宙空間を利用した軍事技術の優劣が勝敗を決する段階に入っている。我が国へのミサイル攻撃から防衛するには、アメリカとの同盟は現状において、不可欠である。良かれ悪しかれ、アメリカの軍事力に依存せざるを得ない。
 こうした状況において、我が国が、アメリカ本土に向かうミサイルを我が国がレーダーで探知しても、憲法上、集団的自衛権は行使できないので、MDシステムで迎撃することはできないという姿勢で、アメリカの政府及び国民の理解を得られるかどうか。
 自分に何かあったら守ってくれと相手に求めるだけで、相手が攻撃されたときには、助けることはできないというのは、自己中心である。それでは、いつか愛想をつかされる恐れがある。
 さらにそれ以前の問題として、我が国が北朝鮮なり中国なりのミサイルで実際に攻撃された場合、どういう事態が生じうるのか、国民は考えなければならない。政府もまた国民に真剣に問題を投げかけるべきである。
 先日、政府は、民主党議員の質問に答えて、UFOの「存在を確認していない」とする答弁書を閣議決定した。官房長官や防衛大臣がUFOやゴジラ、モスラを語るのもいいが、もっと現実的な安全保障の問題を取り上げ、国民に意識を喚起すべきだろう。
 以下は、報道のクリップ。

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●産経新聞 平成19年12月18日

MD発射成功 弾道ミサイルの脅威へ対抗
2007.12.18 23:31

 海上自衛隊のイージス護衛艦「こんごう」が米国以外で初めてミサイル防衛(MD)システムの基幹をなす海上配備型迎撃ミサイル(SM3)の迎撃実験を成功させたことで、中国や北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に日米が共同で立ち向かう基礎が完成した。今後、米国向けミサイル迎撃に関する集団的自衛権の問題をどう解決するか、日米の情報共有や作戦をいかに効率的に実行するかといった課題に関し、日米間での緊密な協議が必要となる。(加納宏幸)
 米ハワイ・カウアイ島沖での迎撃実験に出席した防衛省の江渡聡徳副大臣は記者会見で「今回の成功は同盟関係の変革を現すものであり、日米同盟にとって記念すべき歴史の1ページとなった」と胸を張った。
 「こんごう」は来年1月初旬に日本に帰国し、実戦配備される。防衛省は当初、来年3月までの配備を予定していたが、昨年7月の北朝鮮による弾道ミサイル発射や同年10月の核実験を受け、米側に整備の加速を要請、約3カ月の前倒しが可能になった。
 北朝鮮、中国がそれぞれ1000基以上の弾道ミサイルを持つとされる中、日本にMDの一翼を担わせようという米政府の意欲の表れだ。米ミサイル防衛局のオベリング局長は「成功は日米のMDにとって大きな一歩となった。MDで日本が指導的な立場の国として開発計画を推進していることに感謝する」と期待感を示す。
日本政府はすでに、SM3が撃ち漏らした弾頭を地上から迎撃する地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を首都圏の2カ所に配備し、20年度末には2隻目のSM3搭載イージス艦を配備して日本全土をカバーする態勢を整える。
 米軍もSM3搭載イージス巡洋艦「シャイロー」を横須賀基地(神奈川県)、PAC3を嘉手納基地(沖縄県)、移動式早期警戒レーダー(Xバンドレーダー)を航空自衛隊車力分屯基地(青森県)にそれぞれ配備し、日本でのMDシステム整備を進めている。
 米国がMD整備で日本を重視しているのは、中朝両国による弾道ミサイルでの攻撃により、自衛隊や在日米軍が無力化する恐れがあるからだ。米本土やハワイに届く中国の移動式弾道ミサイル東風31号や北朝鮮のテポドン2の脅威に対する抑止効果も期待している。
 米側はこうしたミサイルの迎撃が可能になる技術的進歩を見据え、日本に配備されたMDシステムが米国防衛に直接寄与するように日本政府に対し、集団的自衛権を行使できないとする憲法解釈の見直しを求めている。
 安倍晋三前首相は「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」で米国向けミサイルの迎撃や、米イージス艦が攻撃を受けた場合に日本が反撃できるかといった課題の検討を始めた。しかし、集団的自衛権の行使に否定的な福田康夫首相の下で懇談会は一度も開かれておらず、今すぐに憲法解釈が見直される可能性はほとんどない。
 また、イージス艦中枢情報流出事件で露呈した日本側の機密保全態勢のずさんさはミサイル発射の兆候に関する情報共有の障害となる。今回の迎撃実験成功により日米両国のMDシステムは「運用の時代」に入ったといえ、日米両国が円滑にシステムを運用する態勢の整備が急務となる。

●読売新聞 平成19年12月21日

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071220ig91.htm
ミサイル防衛 効果的運用へ日米連携が重要だ
(12月21日付・読売社説)

 来年1月の運用開始へ、訓練と技術的な検証を重ね、実効性のある防衛網を構築したい。
 海上自衛隊のイージス艦「こんごう」が米ハワイ沖で海上発射型迎撃ミサイルSM3の初の実射訓練を行い、大気圏外での模擬ミサイルの迎撃に成功した。
 北朝鮮は日本列島を射程に収めるノドン・ミサイルを200基以上配備しているが、日本は何の防御策もなかった。
 SM3搭載の「こんごう」が海自佐世保基地に帰港すれば、航空自衛隊入間基地などに配備が始まっている地対空誘導弾パトリオット・ミサイル3(PAC3)と合わせて、二段構えのミサイル防衛(MD)体制がようやく整備される。
 2010年度までに、イージス艦4隻へのSM3搭載と、大都市周辺の16高射隊などへのPAC3配備が完了する。
 MDは無論、万能ではない。軍事上の抑止には、報復攻撃による懲罰的抑止と、敵の攻撃を無力化・軽減する拒否的抑止がある。MDの拒否的抑止は、米軍による懲罰的抑止を組み合わせてこそ、効果が高まる。その意味で、米軍の抑止力の重要性は変わらない。
 MDの効果的な運用には、同盟関係に基づく日米間の緊密な連携が死活的意味を持つ。弾道ミサイルの発射の兆候や発射を確認するには、米軍の偵察衛星や早期警戒衛星の情報が頼りだからだ。
 昨年7月の北朝鮮のミサイル連射時には、日米間や海自・空自間の通信や情報伝達が不十分だったと指摘された。米軍は日本にSM3搭載イージス艦数隻と嘉手納基地にPAC3を配備している。共同訓練を通じて日米の役割分担や情報共有の体制を確立しなければならない。
 日米両政府は、14年度を目標に能力向上型のSM3を共同開発している。能力向上型SM3は、ノドンより長射程のテポドンや、「おとり」を備えた弾道ミサイルなどにも対応できるとされる。
 現在のMD計画は、8000億~1兆円を要する見通しだ。能力向上型SM3を追加配備する場合、費用が膨らみ、他の防衛予算にしわ寄せが出る。MDの費用対効果を慎重に検討し、バランスの取れた防衛装備体系を作る必要がある。
 「集団的自衛権は行使できない」とする政府の憲法解釈に従えば、米本土に向かうミサイルをレーダーで探知しても、迎撃は許されない。現在のSM3では技術的に迎撃できないが、能力向上型なら、迎撃できる可能性がある。それでも本当にミサイルを黙って見過ごすのか。
 日米同盟の重要性を踏まえれば、政府は当然、憲法解釈を変更し、迎撃を可能にする手続きを急ぐべきである。
(2007年12月21日1時41分 読売新聞)
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韓国保守系大統領を歓迎する

2007-12-20 10:29:31 | 国際関係
 本年12月から来年11月にかけて、わが国及びわが国を取り巻く諸国で、重要な選挙が続く。まずわが国では、この間に衆議院選挙が行なわれるだろう。本年7月の参議院議員選挙では、与党が惨敗し、民主党が参議院第1党となった。「ねじれ国会」と言われる勢力関係は、最低6年、場合によっては9年間続く。今度の衆議院選挙でも、与党が大幅に議席を減らすことが予想される。政権交代も起こりうる。自公が政権を維持し得た場合、民主が政権を奪った場合、いずれにしても非常に不安定な政治情勢となるだろう。
 こうしたなか、このたび韓国で大統領選挙が行なわれた。親北反日反米の路線の継続となるか、保守政権への転換となるか、大いに注目される選挙だった。続いて、来年3月には、台湾で総統選挙がある。中国共産党との連携を深める大陸派が勝つか、中共と距離を置き、親日親米路線を取る自主独立志向派が勝つか、わが国の国際関係への影響は大きい。さらに11月には、アメリカで大統領選挙がある。民主党のヒラリー・クリントンの任期は下降し、一時のような圧倒的な優勢は失われているものの、親中的で日本を軽視する政権が誕生した場合、わが国の外交は難しくなる。
 これらの韓・台・米の一連の選挙は、わが国にとっても、東アジア全体にとっても、重要な選挙である。もし韓国で親北反日反米政策が継続となり、台湾で親中反日の総統が誕生し、アメリカで民主党の親中反日の大統領が登場した場合、わが国は最も厳しい立場となる。

 それゆえ、韓国の大統領選挙で、保守系の野党ハンナラ党の李明博前ソウル市長が当選したことは、わが国にとって歓迎すべきことである。韓国においては、金大中、盧武鉉と2代10年、左翼系の政権が続いた。金大中の北朝鮮「太陽政策」を引き継いだ盧武鉉は、北朝鮮が主導する統一政策を推し進めた。さらに、わが国に対しては、竹島、教科書、靖国神社、慰安婦等の諸問題で対立的な姿勢を強め、一時は首脳会談拒否という強硬手段まで取った。これに対し、李明博新大統領は、経済界の出身で実利を重んじる現実主義者のようである。「経済大統領」を看板に、いつも過去より現在、未来を考えてきたという。
 選挙前の11月、訪韓した塩崎恭久元官房長官が面会した際、李氏は、政権を取ったら日韓関係を「強化していきたい」と述べ、「(盧武鉉政権の)外交を見ていると、共通の価値観を持っている日本や米国との関係が弱くなっているのではないかと思う」「是非、復元をしたい」と強調したと報じられた。塩崎氏が北朝鮮による拉致問題に言及すると、李氏は「拉致問題は人権問題として正面から取り組んでいかないといけない」と語ったという。
 選挙戦において、李氏は、韓国が置かれた国際環境を踏まえ、「韓米日関係の強化」を主張した。その一方、核廃棄を前提に北朝鮮支援を継続する意向で、南北関係に急激な変化はないと見られる。
 ただし、以下のような情報もある。

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http://wkp.fresheye.com/wikipedia/%E6%9D%8E%E6%98%8E%E5%8D%9A

対日姿勢

 韓国の政治家の多分に漏れず、時局にあわせた反日的性向を時折見せる。例えば以下のような発言や活動が挙げられる。

・日本統治時代に建てられた現ソウル市庁舎を太極旗で全面覆うイベントを開催。
・日本の歴史歪曲教科書採択阻止のため寄付金1億3200万ウォンを集金。
・ソウル南山に建設されるユースホステルに日本の修学旅行生を誘致して竹島(韓国名・独島)領有権や日帝の残虐性について学習する機会を設ける計画を考案。
・「石原慎太郎(東京都知事)は四流、五流の政治家」と発言。
・「経済大国の日本の戦後処理はドイツのそれと比べてケチ臭い」と発言。
・大統領選挙中の2007年12月14日「北朝鮮の国民生活を改善させるための財源となる400億ドルを国際機構と日本に出させる」趣旨の発言

 その一方で、2006年1月のダボス会議では、「一部アジアの政治指導者は、過去の歴史に縛られて、国家間の緊張を高め、未来を暗くしている」と盧武鉉政権を批判する発言をして、政権与党であるウリ党から「親日発言」だと批判されたり、同年11月に訪日して、安倍晋三総理(当時)と会談した際にも、「韓国国民の3大懸案(歴史、竹島、靖国神社)を未来志向的な解決に向け、積極的な努力をお願いしたい」と直接表現を避ける発言をする等、内外で言動を巧み使い分ける。
 また、現代建設時代の経験から、日本の財界に人脈があると言われている(『SAPIO』2007年1月4日号『世界の「反日首魁vs親日巨人」』より)。
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 韓国の大統領の任期は5年である。これから5年間、わが国は、この隣国の新しい指導者と付き合っていく事になる。彼の政策、思想を理解するとともに、相手に振り回されず、日本国としての主体的な外交を行なって、日韓の共存共栄を図っていきたいと思う。
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沖縄戦集団自決の教科書記述

2007-12-19 19:02:56 | 教育
 来年4月から使用される高校日本史教科書をめぐり、教科書検定制度自体がゆれる事態となっている。文部科学省は今春、沖縄戦での「集団自決」について、日本軍の「命令」や「強制」によるものとした記述に検定意見を付け、修正を求めた。これに反発して、検定意見の撤回を求める動きが沖縄を中心に広がりつつある。9月29日に開催された沖縄県民集会には、11万人が集まったと報道され、政府はこれに対応する形で、各教科書会社による自主訂正を容認する方針に転換した。
 文部科学省は4日、教科書会社に「複合的な背景によって住民が集団自決に追い込まれた」とする教科書検定審議会の見解を伝え、再考を促した。これは事実上、検定意見撤回となるものである。当然、教科書の執筆者及び教科書会社は、「集団自決」が日本軍の「命令」や「強制」によるものとする記述を復活する訂正を申請する流れとなっている。

 教科書の記述で重要なのは、年齢に応じて教える内容として適当であることと、教える内容として史実に基づいて正確であることだと思う。沖縄戦による「集団自決」については、軍命令や軍の強制によるという見解に対し、実証的な研究を踏まえた有力な反論が出ている。なにより集団自決せよと命令した軍命令の証拠がない。今春の検定における検定意見もそのような研究に配慮し、記述内容の正確さを期したものだろう。
 軍命令とは、最高司令官が軍の部下に与えるものである。それ以外の下士官などが、何か言ったとしても軍命令ではない。軍が民間人に軍命令を出すことはありえない。民間の防衛隊の人たちが、県民に自決を促すようなことを言ったとしても、それは軍命令ではない。これに対し、軍の命令は無くとも、軍の強制があったという主張がある。しかし、強制は、拒否したり抵抗したりすれば、実力で意思を強いるというものでなければ、強制とは言えない。受け手の主観によって、感じ方が異なるものまでも強制というならば、とめどなく拡大解釈が可能になっていくだろう。慰安婦問題における「広義の強制性」と似た発想が読み取れる。

 私は、今回の政府の判断は、教科書検定制度を揺るがす大失策であると思う。私は平成8年、翌春から使用される中学校の歴史教科書に慰安婦問題が記述されることを知って、インターネット上に意見掲示を始めた。当時から教科書の記述内容をめぐって激しい応酬が行なわれ、中学校の歴史教科書に関しては、この約10年の間に、かなりの改善がなされてきた。今回の政府の対応は、こうした改善の動きを逆戻りさせ、内容の後退・悪化を招くものと思う。今後、慰安婦問題、在日朝鮮人問題、部落問題等に関しても、一部の国民が検定に反発すれば、そのたびに教科書の記述が書き改められることになり、教育の中立性は失われるおそれがある。
 既に広く知られているが、9月29日の沖縄県民集会は、参加者11万人と報道されたが、航空写真から参加者数を数え上げた警備会社「テイケイ」の調査では、会場全体を捉えた写真に写っているのは約1万8千人だったという。警察当局の発表でもは4万3千人だった。11万人という数字は、誇大なものと疑われている。そのような集会の政治的な圧力とマスメディアによる虚偽報道によって、教育の根本に関る政府の方針を変えることは、断じて許されない。
 以下は報道のクリップ

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●産経新聞 平成19年12月17日

http://sankei.jp.msn.com/life/education/071217/edc0712171740003-n1.htm
教科書検定審見解 軍命断定せずに評価も 沖縄集団自決
2007.12.17 17:40

 沖縄戦集団自決をめぐる高校日本史の教科書検定で、教科書会社が軍強制の記述復活を求めた訂正申請の可否を決める作業が年内決着へ向けて大詰めを迎えている。文部科学省は4日、教科書会社に「複合的な背景によって住民が集団自決に追い込まれた」とする教科書検定審議会の見解を伝え、再考を促した。識者からは「軍の直接的な命令は確認できていない」と検定意見堅持への評価が相次ぐ一方、軍強制のニュアンスを否定していないことなどを疑問視している。(小田博士)
■軍関与の例適切?
 検定審の日本史小委員会が示した見解について、ある委員は「審議会として主体的に考え方を表そうとした。『軍強制ばかり書くな』という趣旨だ」と話す。
 だが、藤岡信勝拓殖大教授は「『生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず』といった戦陣訓や手榴(しゅりゅう)弾の配布を書かせることで、軍強制のイメージが出て、事実上認めたことになる」と憤る。
 軍関与の主な例として「手榴弾の配布」「壕の追い出し」を挙げたことへの批判もある。
 現代史家の秦郁彦氏は当初の検定意見を堅持したことを評価しつつも、「集団自決の際に使われた主な武器はナタやカマなどだ。手榴弾は攻撃用の武器であり、自決に流用された例は少ない」と指摘。さらに「軍がいる場所が主戦場で危険だったため、『心を鬼にして追い出した』という軍側の証言もある」と善意の追い出しがあった事例にも留意すべきだとする。

■自決の概念否定?
 検定審の見解が「自決に追い込まれた」との視点を強調。自らの意思で自決したニュアンスが盛り込まれていないことを疑問視する声もある。
 沖縄戦に参加した皆本義博・元陸軍海上挺進第3戦隊中隊長は「戦後の風潮は旧日本軍イコール悪となっているが、当時の国民感情は『一億総特攻。竹やりでも戦う』だった。潔く自決した当時の沖縄県民の純朴で崇高な精神を侮辱している」と話す。
 中村粲獨協大名誉教授は「沖縄県民は捕虜になるより自決するという『皇民道徳』をストレートに実践した。大変痛ましい悲劇ではあるが、ユダヤ人は(対ローマ反乱の拠点となった)マサダの自決を誇りにしている」と述べ、否定的側面だけでとらえることに懸念を示している。
 検定審議会のある委員は「自らの意思で死んだという視点を排除するものではない」と強調するが、検定審の見解に沿えば「集団自決」より「(強制)集団死」の表記の方が適切ともなりかねない。

■「書かせる」検定?
 教科書検定は、学習指導要領に沿わない記述でなければ、誤った記載に修正を求めるというのが原則だ。検定審や文科省が記述の欠陥を指摘する場合、「こう書け」と具体的に指示せず、認めない理由や背景を示すのみにとどめている。
 文科省では「教科書会社に現段階での検定審の考え方を伝えただけであり『指針』ではない」と強調する。だが、検定審の見解は「…教科書記述が望ましい」として、「指針」と受け取られてもやむを得ない表現だ。
 藤岡教授は「文科省主導で多様な背景を記述させようとしており、『書かせる検定』に近い。検定意見撤回派と堅持派の双方を納得させようとしたのだろうが、いずれの陣営にも不満が残る」と指摘。さらに「教科書は確実な事実だけ書けばよい。パンドラの箱を開けてしまったのではないか」と話している。

●産経新聞 平成19年11月22日

http://sankei.jp.msn.com/life/education/071122/edc0711220335000-n1.htm
【正論】再論・沖縄集団自決 拓殖大学教授・藤岡信勝
2007.11.22 03:35

■検定再審を渡海文科相に問う 制度否定の記述訂正を認めるな

≪歴史に汚名を残すのか≫
 拝啓 渡海紀三朗・文部科学大臣殿
 率直に申し上げます。このまま推移するなら、福田首相と渡海文科大臣はあの悪名高い「近隣諸国条項」を推進した宮沢官房長官と同じ、拭(ぬぐ)いがたい汚点の刻印を文教行政に刻んだ政治家としてその名前を後世に記憶されることになります。
 渡海大臣は「9・29沖縄県民大会」直後に方針を大転換し、高校日本史教科書に「沖縄集団自決」で日本軍の「命令・強制」があったとの記述を回復しようとする教科書会社の訂正申請があればこれを「真摯(しんし)に検討」すると言い出しました。
 教科書会社各社は早速、検定意見をつけられた5社7冊のみならず検定意見をつけられなかった1社1冊までもが便乗して、11月上旬までに訂正申請を提出しました。
 例えば実教出版は、【検定前】「日本軍のくばった手榴弾(しゅりゅうだん)で集団自害と殺し合いをさせ」→【検定後】「日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺し合いがおこった。」→【訂正申請】「日本軍は、住民に手榴弾をくばって集団自害と殺し合いを強制した。」と変遷しています。
 この訂正申請が承認されるなら、文科省が一度つけた「沖縄戦の実態について誤解を与える表現である」という検定意見は完全に否定され、検定前よりもさらにあくどい反軍イデオロギーに基づく歴史の虚構が教科書に載ることになります。目の前でこのような歴史の再偽造が行われ子供に提供されるのを見るのは到底耐えられません。
 ≪異例ずくめの展開≫
 大臣もよくご存じのとおり、「軍の命令」とは「司令官の命令」にほかなりません。下士官や兵士が何を言おうとそれは「軍の命令」ではありません。そして、慶良間諸島の集団自決で司令官たる2人の隊長が命令を出したという確かな証拠は何一つありません。教科書記述から「軍の命令・強制」の要素を取り除いた検定意見と検定実務には何一つ瑕疵(かし)はないのです。それなのにこれまでの事態は異例ずくめの展開です。
 第1に、実数2万人以下の沖縄県民大会が「11万人」と誤報された直後に方針転換したことです。「集会で歴史を書き換えさせる」という前例をつくることは法治国家の基礎を揺るがす最悪の「政治介入」です。
 第2に、沖縄戦については昭和57年にも日本軍による住民の「虐殺」の記述に検定意見がつき、今回と同じ撤回運動が起こって文部大臣が妥協した前例がありますが、その時でも、次期検定で県民感情に配慮すると答弁したのであって、今回のように同一検定期間内に検定意見の事実上の撤回に踏み切ったのは初めてです。
 第3に、文科省は訂正申請を出させる際、その理由を「学習をすすめる上に支障となる記載」とするよう教科書会社に示唆しました。しかし、教科用図書検定規則第13条に定められた訂正申請制度の趣旨は、検定終了時点から使用開始にいたる約1年の間に発見された誤記・誤植・脱字などについて教科書会社からの訂正申請を認めるもので、検定意見を否定するような訂正は認められていません。ところが、今回は文科省みずから教科書会社をたきつけて「学習上の支障」というこじつけで検定意見を否定する訂正申請をさせているのです。

≪見識ある人物を入れよ≫
 第4に、訂正申請を受けて教科用図書検定調査審議会が開催されたことです。本来、訂正申請の審査はあくまで検定意見の範囲内で行われるべきものであり、検定審議会を開催する必要はありません。それなのに、11月5日には、この問題を審議する日本史小委員会が開催され、集団自決に関して沖縄戦の専門家から意見を聞くこと、人選はこれから詰めることなどを決めたとされています。
 これでは、検定意見撤回運動を推進してきた特定勢力の4つの目標、すなわち、(1)検定意見の撤回(2)「軍の命令・強制」記述の復活(3)沖縄条項の制定(4)検定審議会の改組-のすべてに対して全面的に屈服・容認することになります。
 そこで具体的な提言をさせていただきます。日本史小委員会の特別委員またはヒアリングに少なくとも秦郁彦、中村粲、曽野綾子の諸氏など集団自決問題に見識と実績のある学者・研究者・作家をくわえねばなりません。そして、年内に結論を出すなどという無謀な拙速主義はやめて、結論を次回検定以降に持ち越し、時間をかけた検証と公開の討論を組織すべきです。国民の歴史認識の成熟を甘く見た対応をなさらないよう切にご忠告申し上げておきます。敬具
 (ふじおか のぶかつ)
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関連掲示
・拙稿「教科書を改善し、誇りある歴史を伝えよう~戦後教科書の歴史と教科書改善運動の歩み」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion06c.htm
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