ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ユダヤ6~啓示・契約・啓典の宗教

2017-01-31 11:33:58 | ユダヤ的価値観
●集団救済の宗教

 宗教には、個人救済の宗教と集団救済の宗教がある。ユダヤ教は、個人救済の宗教ではなく、集団救済の宗教である。神が奇跡を起こして救うのは、ユダヤ民族という集団である。集団を救うことによって、その集団を構成する個人をも救う。集団から切り離された個人の救済は、目的としていない。
 ユダヤ教徒は、神が自ら選んだ民族のみを救済すると信じる。言い換えれば、自らを選民と信じる民族が神に集団救済を求める宗教が、ユダヤ教である。こうした観念を否定して、信奉する個人を直接対象にして救うという考え方は、ユダヤ教では成り立たない。ユダヤ教は民族的共同体の宗教であって、共通の信仰を持つ個人の集合体の宗教ではない。またそれゆえに、ユダヤ教は、民族的共同体である集団を救済するタイプの集団救済の宗教である。

●啓示宗教
 
 ユダヤ教は、啓示宗教である。神ヤーウェが人間に教えや奇跡をもって真理を示すことを信じ、モーセや預言者が神の言葉として伝えたものを教義の根本とする。

●契約宗教

 ユダヤ教は、契約宗教である。ユダヤ民族の祖先アブラハムが神ヤーウェと契約を結び、神からカナンの地を与えるという約束を受けたとする。これをアブラハム契約という。
 また、ユダヤ民族の指導者モーセは、シナイ山において神と契約を結んだ。これをシナイ契約という。この契約によって、アブラハム=モーセの神はイスラエル人の唯一の神とされ、後世のユダヤ民族は神ヤーウェに選ばれた唯一の民族と信じられた。
 また、古代の王ソロモンは、エルサレムのシオンの丘に神殿を建立した。神ヤーウェはダビデ家をイスラエルの支配者として選び、シオンを神を祀る唯一の場所に定める約束をしたと理解された。これをダビデ契約という。
 これら神との三つの契約――アブラハム契約、シナイ契約、ダビデ契約――が、ユダヤ教の信仰の核になっている。また、ユダヤ教では、人と人との間の契約も、神の前に誓い、これを証人とすることで有効とされる。近代西欧の契約観念は、ユダヤ=キリスト教に根差すものである。契約に違反したり、破ったりすることは、罪とされる。その考え方が西欧発の近代法及び資本主義社会に与えた影響は大きい。

●啓典宗教
 
 ユダヤ教は、啓典宗教である。神の言葉を記したとされる啓典を持つ。単に聖典ではなく、啓典と書くのは、神の啓示を記録したものと信じられているからである。

●聖書
 
 ユダヤ教では、いわゆる旧約聖書を単に聖書と呼ぶ。イエスによる神との新たな契約、すなわち新約を認めないから、自らの聖書を旧約聖書とはいわない。
 ユダヤ教徒が聖書を確定したのは、紀元90年ごろである。紀元70年にエルサレムの都市と神殿がローマ軍によって破壊され、ユダヤ人は祖国を喪失して流浪の民となった。そのとき彼らは、民族を統合するものとして啓典を定めた。時代背景には、キリスト教徒が急激に増加し、自分たちの文書を作って、それを独自の聖書としはじめていたことがある。
 ユダヤ教の聖書はヘブライ語で書かれた。律法(トーラー)、預言書(ネビーイーム)、諸書(ケスービーム)に区分され,その順に並べられている。ユダヤ教徒は、聖書を、3区分の頭文字をとって「タナハ」、または読誦を意味する「ミクラー」と呼ぶ。
 「タナハ」または「ミクラー」は、キリスト教の旧約聖書と、基本的には同じ書物である。ただし、成立状況が異なるので、配列が異なる。

●律法
 
 ユダヤ教では、モーセは神と契約を結んだ時、神から十戒を中心とした律法(トーラー)を与えられたとする。ユダヤ教は、この律法に基づく宗教、律法主義の宗教である。
 律法は、神から与えられた宗教上・生活上の命令や掟である。同時にそれが書かれているモーセ五書を指す。モーセ五書は、聖書の最初に置かれているもので、『創世記』『出エジプト記』『レビ記』『民数記』『申命記』をいう。律法は、広義ではこれら以外に口伝のものも含む。
 神ヤーウェが定めた律法は、神と人間との間にある大きな断絶を埋め、橋渡しをするものとされる。敬虔なユダヤ教徒は、律法を厳格に守ることによって、神の前に義とされ、神の国に入る資格を得る。それが彼らの人生最大の目的である。

●預言書と諸書

 聖書には、16巻の預言書がある。預言書とは、預言者に関する書物である。預言者とは、神の意思を理解し、またそれを自覚できた人間を指す。紀元前9世紀ころに現れたエリヤを最初とする。
 聖書の預言書のうち、代表的な預言者の名を冠した『イザヤ書』『エレミヤ書』『エゼキエル書』『ダニエル書』の各書は、大預言書といわれる。その外は小預言書という。
聖書のうち、律法、預言書以外のものを、諸書という。

●タルムード
 
 啓典である聖書以外にも、重視される書物がある。その第一のものが、タルムードである。タルムードは、注解を意味する。タルムードは、律法の注解書である。紀元5世紀から約1200年かけて議論を積み重ねたユダヤ人の知恵の集大成である。タルムードは、律法学者(ラビ)が書いた書物であり、農業、安息日・祝日、結婚等、損害に関する法律、神殿・祭司、祭儀上の清浄の6項目に分かれている。
 タルムードには、ユダヤ人の人生に対する教訓が記されている。たとえば、「弱い人を搾取するな、弱いのをよいことにして。貧しい人を城門で踏みにじってはならない」「父に聞き従え、生みの親である父に。母が年老いても侮ってはならない」「悪事を働く者に怒りを覚えたり、主に逆らう者のことに心を燃やすことはない。悪者に未来はない。主に逆らう者の灯は消える」「貧乏でも、完全な道を歩む人は、二筋の曲がった道を歩む金持ちよりも幸いだ」などである。

●カバラー
 
 カバラーという神秘主義思想の文献もまた重視される。カバラー神秘主義は、ユダヤ教の伝統に基づく創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想である。終末の救済の秘儀にあずかるために、律法を順守することを説き、また神から律法の真意を学ぶことを目的とした。それゆえ、正統的なユダヤ教から外れるものではないと見られている。西方キリスト教では、神秘主義は、カトリック教会やプロテスタンティズムから排除されたが、ユダヤ教では、正統的な教義と神秘主義とが親和的であることが特徴的である。

 次回に続く。
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トランプ政権下の米国は正義の議論が必要~サンデル

2017-01-29 09:28:20 | 国際関係
 アメリカの政治学者マイケル・サンデルは、読売新聞本年1月3日付の記事で、トランプ現象について見解を述べた。
 私は、拙稿「人権――その起源と目標」第10章で「人権と正義」について述べた際、サンデルの公共哲学における正義論について論じた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i-4.htm
 サンデルは、コミュニタリアン(共同体主義者)に分類できる。彼は、近代西洋のリベラリズム(自由主義)の根底にある自由に選択できる独立した自己の概念を「負荷なき自己(unencumbered self)」と呼んで批判し、共同体との繋がりを自覚したコミュニタリアン的な「位置づけられた自我(situated self)」を対置する。また、道徳的責任のカテゴリーの一つとして「連帯の義務」があると主張する。また、カントやロールズの正義論のように正義と善を区別するのではなく、正義と善を結合する必要があることを説き、目的論を再評価している。
 なお、西洋哲学における正義(justice)は、悪に対する善と重なる意味を持つ日本語の「正義」とは違い、「公正、公平、平等」を意味する。近代欧米社会では、自由に対する平等を重視するのが、justice としての正義である。

 さて、上記のような思想を説くサンデルが、トランプ現象をどう理解し、どのような対応を説くか、私には興味深い。
 サンデルは、読売の記事で、トランプが大統領選で当選したことについて、概略次のように見る。
 「1980年代以来の新自由主義的なグローバル化の果実が、1%・5%・10%の最上層の手に渡る一方、(ほそかわ註 アメリカの)中流・労働者層は取り残され、『排除された』と感じてきた」「中流・労働者層は社会で尊重されず、『エリート連中に見下されている』との思いを募らせてきた。怒りと恨みを溜め込み、変化に飢えてきたのだ。トランプ氏は大富豪だが、庶民の怒りと恨みを理解し、それに同調して、はっきりと訴えた」
 トランプの政策については、次のように言う。「処方箋として、トランプ氏は“アメリカ第一主義”という極端なナショナリズムを掲げている」「アメリカは『正解がわかっているのは自分だ』と主張して、他国の政治や民主主義の在り方に口出しすべきではない。しかし、世界から手を引くべきではない。同盟国を尊重し、世界に関与し続けることが重要だ。民主主義の力強い実例を世界に示すことが、アメリカにとって大切なのだ。“アメリカ第一主義”はショック療法かもしれないが、成功するとは思えない。新自由主義的なグローバル化の行き過ぎに対して、正しい解答ではないからだ」
 では、どうすればよいとサンデルは考えるのか。
 「不平等が極端に広がる中で、市場の価値観が家族や地域共同体への帰属意識・愛国心を曇らせてしまうと、民主主義を難持するのが難しくなる。このことを我々は学んだ」「民主主義を力強いものにする為には、グローバル化の恩恵が全ての人々に共有される社会を作る必要がある。『正義に適った公平な社会に住んでいる』と、人々が実感することが必要なのだ。民主主義には正義が大切なのだ」。
 ここでサンデルは、彼の持論である正義の実現の必要性を説く。正義を実現するには、具体的にはどうすれば良いか。
 「1つは、世界の国々が協力し、行き過ぎた資本主義を規制する国際合意を作ること。もう1つは、国家が公共財を充実させて、『地域・国家に帰属している』という安心感を国民に与えること。家族から出発し、地域社会の結び付きを強め、倫理観を養う。公教育を強化し、社会福祉を充実することだ。グローバルとナショナルの双方のレベルで、資本主義を万民の為に機能させる方法を見い出すことが重要だ」と説く。
 そして、次のように言う。「トランプ氏は人々の怒りと恨みを理解したが、人々の連帯感を生み出し、資本主義の果実が皆に行き渡るような社会が今、必要なことは理解していない。社会の繋がりとは何か、正しい社会とは何か、社会はどうすれば纏まるのか、ニューテクノロジーの時代に労働の尊厳をどうやって回復するのか。そして、こうした問題に際し、国家の役割は何か――。民主主義が脅かされている今日、正義を含めて、社会全体で議論することが一層重要になっている」と。
 果たして、トランプ政権下のアメリカで、サンデルが求めるような正義をめぐる議論が社会的に行われていくかどうか、注目したい。

 さて、サンデルが正義の実現のために必要だとして説いていることには、政策として具体性がなく、また彼以外の論者--セン、ミラー等――が説いている正義論及びその政策論を検討して取り込むこともしていない。私は、拙稿「人権――その起源と目標」で、人権を発達させるための実践にあたって重要と考えることを12点述べた。トランプ時代における世界的な正義の実現に係ることと重複していることが多くあるので、ご参照願いたい。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/e23dcc3b8f9f399f3853178cd593f190
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i-4.htm

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●読売新聞 平成29年1月3日

http://tskeightkun.blog.fc2.com/blog-entry-1126.html
【2017・問う】(01) グローバルvsナショナル、試されるトランプ流――マイケル・サンデル氏(政治哲学者)
 ドナルド・トランプ新政権誕生で始まる2017年。世界は大きな岐路に立つように見える。世の中はどう変わり、日本はどう対処すべきか。内外の有識者らに問い掛け、今年を考えてみる。

 ドナルド・トランプ氏は、アメリカ大統領選で無礼な発言を重ね、数多の集団を侮辱し、外交や統治について無知を晒した。にも関わらず、当選した。アメリカの中流層と労働者層で高じている、変化を求める強い渇望に結び付いたからだ。
 一夜で生じた渇望ではない。1980年代以来の新自由主義的なグローバル化の果実が、1%・5%・10%の最上層の手に渡る一方、中流・労働者層は取り残され、「排除された」と感じてきた。大概の労働者の暮らしは良くならず、一部は悪くなった。中流・労働者層は社会で尊重されず、「エリート連中に見下されている」との思いを募らせてきた。怒りと恨みを溜め込み、変化に飢えてきたのだ。トランプ氏は大富豪だが、庶民の怒りと恨みを理解し、それに同調して、はっきりと訴えた。
 現行のグローバル化は、強烈な個人主義をその哲学としている。アメリカは極端な個人主義に走るようになった。日本はそうでもないが、イギリスやヨーロッパ諸国はアメリカの後を追っている。この間に、人々の生活のあらゆる面がカネで勘定されるようになった。この現象を、私は“市場社会”と呼ぶ。売り買いの対象は、車やテレビだけでない。健康・教育・人間関係にも値が付けられる。市場の値踏みが、人々の暮らしを支配するようになった。市場社会の最中で、カネの無い人々は不幸を痛感している。
 グローバル化の在り方への怒りや、支配層への恨みを、トランプ氏は理解した。イギリスで『ヨーロッパ連合(EU)』離脱を説いた人々も、ヨーロッパ各地のポピュリスト(大衆迎合主義の)政治家らもそれを理解し、支持を広げている。その処方箋として、トランプ氏は“アメリカ第一主義”という極端なナショナリズムを掲げている。移民を敵視し、国内の不法移民1100万人の追放を視野に置き、対メキシコ国境には「壁を築く」と発言している。
 アメリカは、セオドア・ルーズベルト大統領(在任1901-1909年)以米、1世紀余り、国際社会で主要な役割を演じてきた。世界に十分に関わってきた。トランプ氏の下で、アメリカは内向きになるのか? 同氏は、選挙戦の物言いでは、世界からの撤退を望んでいた。大統領としてはどうか? 新政権の外交は予測し辛い。それだけに不安だ。アメリカは「正解がわかっているのは自分だ」と主張して、他国の政治や民主主義の在り方に口出しすべきではない。しかし、世界から手を引くべきではない。同盟国を尊重し、世界に関与し続けることが重要だ。
 民主主義の力強い実例を世界に示すことが、アメリカにとって大切なのだ。“アメリカ第一主義”はショック療法かもしれないが、成功するとは思えない。新自由主義的なグローバル化の行き過ぎに対して、正しい解答ではないからだ。「新自由主義的なグローバル化こそが、未来に通じる道だ。なすべきは、資本・モノ・人の自由な流れを阻むものを取り払うこと。そうすれば、資本主義と民主主義が進歩する」。そう、我々は想定していた。それは、1989年の冷戦終結と1991年のソビエト連邦解体で確信に変わった。――間違いだった。行き過ぎた市場社会に対し、米欧で怒り・恨み・抗議が広がる。アメリカやヨーロッパのポピュリスト(大衆迎合主義者)らは其々、極端なナショナリズムに訴え、移民を敵視し、自由貿易に反対する。昨年、イギリスの国民投票でEU離脱派が勝ち、アメリカの大統領選でトランプ氏が勝利した。ポピュリズムには勢いがある。反移民・反EUの極右ポピュリスト政党は、今春のオランダ総選挙・フランス大統領選挙で勝利する可能性さえある。
 「民主主義に未来はあるのか?」。これが、今日の大きな問いだ。勿論、未来はある。民主主義は終わらない。しかし、「米欧流の民主主義は更に進歩し、世界に広がっていくのが当然だ」と呑気に信じてきた第2次世界大戦後からの時代は、終わりを迎えている。不平等が極端に広がる中で、市場の価値観が家族や地域共同体への帰属意識・愛国心を曇らせてしまうと、民主主義を難持するのが難しくなる。このことを我々は学んだ。
 この市場社会は、市場経済と区別して考えるべきだ。市場経済は生産活動を系統立てる有効な手段で、世界の国々に豊かさを齎した。民主主義を力強いものにする為には、グローバル化の恩恵が全ての人々に共有される社会を作る必要がある。「正義に適った公平な社会に住んでいる」と、人々が実感することが必要なのだ。民主主義には正義が大切なのだ。
 どうすれば良いか? 1つは、世界の国々が協力し、行き過ぎた資本主義を規制する国際合意を作ること。もう1つは、国家が公共財を充実させて、「地域・国家に帰属している」という安心感を国民に与えること。家族から出発し、地域社会の結び付きを強め、倫理観を養う。公教育を強化し、社会福祉を充実することだ。グローバルとナショナルの双方のレベルで、資本主義を万民の為に機能させる方法を見い出すことが重要だ。
 トランプ氏は人々の怒りと恨みを理解したが、人々の連帯感を生み出し、資本主義の果実が皆に行き渡るような社会が今、必要なことは理解していない。社会の繋がりとは何か、正しい社会とは何か、社会はどうすれば纏まるのか、ニューテクノロジーの時代に労働の尊厳をどうやって回復するのか。そして、こうした問題に際し、国家の役割は何か――。民主主義が脅かされている今日、正義を含めて、社会全体で議論することが一層重要になっている。 (聞き手/編集委員 鶴原徹也)

⦿読売新聞 2017年1月3日付掲載⦿
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ユダヤ5~神の名はヤーウェ

2017-01-27 09:52:05 | ユダヤ的価値観
神ヤーウェ

 ユダヤ民族の祖先であるアブラハムが契約を結んだとされる神は、ヤーウェという。一部で使われているエホバは誤読で、ヤーウェが正しいとされる。ヤハウェとも書く。
 ヤーウェは、「わたしはある。わたしはあるという者だ」(『出エジプト記』3章14節)と述べる。唯一神であり、人格神であり、その性格は男性神である。また、宇宙を無から創造したとされる超越的な存在である。これを超越神という。超越神は観念的な存在だが、同時にユダヤ民族の歴史において人間に介入したと信じられている。そして、神とユダヤ民族が結んだという契約の観念が、ユダヤ教の信仰の核心になっている。また、ユダヤ民族は神に選ばれた民族であるという選民思想が、ユダヤ教の特徴となっている。

・全知全能
 神ヤーウェは全知全能であり、神聖にして完全な存在、永遠の生命あるものである。
 ユダヤ教において、神の存在は自明であって、存在の証明を必要としない。神は、その意志によって、宇宙を創造し、人間を創造し、正義によってこれを支配する。神は宇宙を超越した存在でありながら、同時に宇宙に遍在している。また、神は自らの意志で、地球の人間界に介入する。ユダヤ民族を選び、その民族指導者や預言者に啓示を与えたとされる。

・愛の神にして怒りの神
 ユダヤ教では、神ヤーウェは愛の神とされる。『レビ記』19章18節には「復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。」とある。
 だが、ヤーウェの愛は、自らが選んだユダヤ民族にしか注がれない。ヤーウェは、自らと契約した民のみを守護する。その愛は、特定的で排他的な愛である。また、その愛は無条件のものではない。
 神は自ら選んだユダヤ民族に服従を求め、従わねば厳しく罰し、時に大量に滅ぼしさえする。それゆえ、ヤーウェは単に愛の神ではなく、愛の反対感情である妬みや憎しみを表す神でもある。
 聖書は、神の行いについて、軍事と裁きを強調する。ヤーウェは、ユダヤ民族のために他の民族と戦う。これを最もよく表すのは、「万軍の神なる主」または「万軍の主」という尊称である。
 『サムエル記上』15章に、次のように記されている。2節「万軍の主はこう言われる。イスラエルがエジプトから上って来る道でアマレクが仕掛けて妨害した行為を、わたしは罰することにした。」、3節「行け。アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」、18節「主はあなたに出陣を命じ、行って、罪を犯したアマレクを滅ぼし尽くせ、彼らを皆殺しにするまで戦い抜け、と言われた。」と。それゆえ、ユダヤ民族による異民族の虐殺は、神の命令によるものなのである。
 この命令によく表れているように、神ヤーウェは、ユダヤ民族に対しては愛を注ぐが、他民族に対しては憎しみを向ける。ヤーウェは、怒る神であり、また復讐の神である。
 ユダヤ民族の神の観念が闘争的性格を持っているのは、その神と契約したと考える集団の中に、対立と支配、他集団との闘争があることの反映であるだろう。激しい集団間の闘争・支配・隷属・嫉妬・復讐等が、ユダヤ民族の神観念の土壌であると考えられる。

・主権の概念への影響
 ユダヤ教が世界に大きな影響を与えているものの一つに、主権(sovereignty)の概念がある。主権とは統治権であり、至高の統治権を意味する。主権の概念は、近代西欧社会で生まれ、世界に広がった。
 ユダヤ教及びキリスト教の唯一神は、「主」と呼ばれる。主権は、その「主」としての神が持つとされる「完全な自由とすべてを支配する力」に由来する。即ち、創造主の自由と力である。ここで自由とは、自由に創造できる能力であり、いわば絶対的な自由権である。また力とは、最高の力、至高の権力である。神の統治権としての主権が、ローマ教皇の権利・権力となり、それが西欧において、国王の権利・権力、さらに人民の権利・権力へと転じた。こうした主権の概念が、近代西洋文明から生まれた主権国家の概念のもとにある。現代の世界が、主権国家の集合した国際社会となっているのは、根本的にはユダヤ教の影響である。
 主権の概念は、資本主義社会における私有の概念にも影響を与えている。近代資本主義社会は、個人は所有物をどのように処理することもできる絶対的な権利を持ち、互いに自由に契約を結ぶことができることを原則としている。統治権としての主権が、神から人へと転じたように、被造物に対する神の主権が、所有物に対する人の主権に転じたと考えられる。
 主権の絶対性と私有権の絶対性は、ともにユダヤ教の唯一神の観念に由来する。

 次回に続く。
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藤井厳喜氏はなぜトランプ大統領誕生を最も早く予測できたか3

2017-01-26 09:22:40 | 国際関係
●藤井氏の世界及びアメリカに関する見方(続き)

 藤井氏は、グローバリズムが目指すもの及び世界の将来について、次のように書いている。
 「無国籍企業的なエスタブリッシュメントを代表する組織としては、日米欧3極委員会や、ビルダーバーグ委員会、ダボス会議などが挙げられる。これらの組織に属している無国籍的財界人からすれば、アメリカの共和党と民主党は、それぞれ長所と欠点を持ち合わせている」「それぞれ帯に短し、たすきに長しであるが、彼らを右手と左手として巧く使い分けて、彼らは無国籍的な国境なき市場原理主義の世界を創り上げてゆこうとしている」
 「無国籍企業的グローバリズムが目指すものは、最終的には全ての国民国家を破壊した世界的な市場原理主義の世界である。世界的な『市場至上主義』と言い換えてもよい。ここにおいて存在するのは、ただ二種類の人間の階層である。第一の階層は、無国籍企業の資本家や経営者であるエリート階級である。第二の階層は彼らに雇用される労働者階級である。この国家亡き市場主義の世界は、同時に、グローバル全体主義の社会でもある。ITによって統制された超管理社会と言い換えてもよい」
 グローバリズムの進展による世界的な変化について、藤井氏が次のように捉えている。
 「先進国の労働者の賃金や労働条件は、低開発国の労働者の世界労働市場への参入によって、大幅に引き下げられる。低開発国の労働者の労働条件や賃金は、僅かだが上昇する。ここに世界的な労働者階級が誕生する。先進国の近代的な法律制度や社会福祉制度によって守られていた先進国の労働者の権利や立場は、最早失われることになる。世界には均一な労働市場で働かされる単一の労働者階級が生まれる」。
 この現象を藤井氏は「フラット化」と呼ぶ。
 「一方で、『フラット化』しないで寧ろ垂直化する現象もある。つまり世界的に貧富の格差は拡大するということだ。無国籍企業に属するエリート達は、その出身地や肌の色に関わらず、高額の収入を約束される。世界的な単一の無国籍企業的エリート層が誕生する。そしてこのエリート層と労働者階級の格差は、二極化してゆくことになる」
 「国家という存在そのものを否定してしまえば、そこに残るのは弱肉強食の市場原理主義しかない。国家が破壊されてしまえば、世界が向かうのは、そのような一元的な階級社会である。つまり『フラット化(水平化)』する世界とは、同時に『垂直化(階級化)』する世界でもある。容易に想像できるのは、この階級的な差別社会が、IT技術を多用した超管理社会でもあるということだ。それはビッグ・ブラザー的なグローバル・ファシズム社会と言ってもよい。未来のファシズムは国家主義から生まれるのではなく、国家を否定するグローバリズムから生まれるのである」
 最後に出て来る「ビッグ・ブラザー」は、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する全体主義国家の独裁者の名称である。

 藤井氏は、上記の引用が示すように、現代世界の支配構造を深くとらえ、米国大統領選挙をその構造理解の上で分析している。またグローバリズムの進展による人類社会の将来を鋭く描いている。藤井氏は、こうした見識を以て、今回の米大統領選を考察し、トランプの勝利を予測・的中したものと、私は理解している。
 藤井氏は、平成28年8月に刊行した「『国家』の逆襲 グローバリズム終焉に向かう世界」(祥伝社新書)の第1章を「トランプ現象とは何か」と題し、当時共和党の候補者に指名されたばかりのトランプについて、豊富な情報と的確な分析を書いた。本書は、藤井氏の国際的な政治経済の大局的な把握力と緻密な分析力をよく示している。氏は、パナマ文書公開によるタックスヘイブンの崩壊、イギリスEU離脱、難民流入とEU崩壊、中国の覇権主義等の一見、脈絡がないように見える事象が、グローバリズムの崩壊と国家の台頭という大きな潮流の中で起こっていることを論じている。その中で特にトランプ現象に注目して事象の第一に挙げているところに、藤井氏の炯眼が光っている。

●主観的期待が客観的予測と一致、だが見方には甘さが

 さて、先に述べたように藤井氏は、トランプ当選を予測できたのは「科学的かつ合理的」にモノを考え、「出来る限り広く情報収集を行ない、それをもとに健全な常識で判断」を下したからだと書いている。この点についてあらためて私見を述べると、私には、氏の予測が純粋に客観的な予測だったとは思えない。
 氏は、グローバリズム・民主党・オバマ政権に強く批判的である。また民主党・共和党の二大政党及びエスタブリッシュメントに強く批判的である。過去の米大統領選挙では、共和党予備選に出たリバータリアンのロン・ポールに共感を示していた。また、グローバリズムに反対し、かつ二大政党及びエスタブリッシュメントに挑戦する政治家に賛意を表してきた。そうした氏にとって、今回の選挙でトランプは唯一注目できる候補者であり、彼に期待を寄せたものと思う。そうした期待が根底にあり、そのうえで各種の世論調査や情報を分析して、トランプの当選を予測したものと思う。つまり、主観的な期待と客観的な予測が一致したということだろう。
 藤井氏の予測通り、トランプは勝った。ただし、その勝利は、決して大衆の圧倒的な支持を得た勝利ではない。選挙人の獲得では304人と、ヒラリーの227人を大きく上回ったが、総得票数ではヒラリーより280万票以上も下回った。2.1ポイントの差は大きい。トランプは、米国人口の約35%を占める高卒以下の低学歴の白人労働者に目をつけた。オバマ政権下で、彼らは、不法移民を含む有色人種の移民に仕事を奪われたり、移民の存在によって給与が下がったりしている。そのことに対する不満が鬱積しているのを、トランプ陣営は読み取った。また、激戦州に効果的に力を入れた。トランプ陣営は、それまで大統領選挙の投票にあまり行かなかった白人約500万人の票に狙いを定めて、選挙運動を行った。そして激戦州に力を集中して、効果的な戦いを行った。私は、トランプの勝利は、こうした選挙戦略と選挙運動の技術に負うところがかなり大きいと思う。その技術に不足があれば、敗れていた可能性はある。
 また、藤井氏は、ヒラリーの諸問題については、厳しくまた詳細に追及・批判する一方、トランプに対しては、個人的な諸問題――人種的・性的に差別的な発言、数多くのセクハラ、事業での訴訟になった詐欺的行為、政治家・軍人としての経験の無さ、ロシア諜報機関に握られている破廉恥行為等――について、ほとんど論じていない。これは、氏がトランプに期待し、その政策に賛同し、実質的に応援してきたものと理解される。
 藤井氏は、トランプに期待し、彼を支持するスタンスを取っているため、トランプが独裁的傾向を示したり、政治家としての経験不足のまま暴走したり、エスタブリッシュメントに取り込まれたり、プーチンに弱みを握られて利用されたりする可能性を重視していない。既成の二大政党の枠を破るトランプに期待を寄せることによって、彼を理想化し、彼の持つ弱点や危険性への見方が甘くなっていると思う。もしそこに政治的・党派的な判断が加わっているとすれば、政治学というより政治活動の色彩を帯びる。
 大統領選の結果、ヒラリー・クリントンが大統領になることの危険性は避けられた。だが、権力の座に就いたトランプには独裁的傾向があり、経験不足のまま暴走する恐れがあると私は見ている。私はまた選挙戦の途中から、トランプはエスタブリッシュメントに取り込まれ、エスタブリッシュメントに新しいメンバーとして迎え入れられており、また最も懸念されることとしてプーチンに弱みを握られて利用される可能性があると思う。それだけに彼の周りのスタッフの役割が重要であると考える。補佐官・顧問・閣僚等がトランプの欠点を補い、大統領が暴走しないように、実務的な経験とバランス感覚を発揮してもらいたいものである。勿論、彼らにとっては米国の国益が第一なのだが、世界全体の安定と繁栄こそが、究極的には米国と米国民の真の利益となることをよく認識して補佐してもらいたいものである。(了)
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ユダヤ4~教祖のいない唯一神教

2017-01-25 09:32:39 | ユダヤ的価値観
●教祖はいない

 ユダヤ教には、教祖として特定できる個人はいない。ユダヤ教は、民族の長い歴史を通じて発達してきた。ユダヤ民族の祖とされるアブラハムは、神ヤーウェと契約を結んだ。契約の時期は紀元前2千年紀の初頭と考えられるので、ユダヤ教はそれ以来、またはそれ以前からの歴史を持つと言えよう。アブラハムは、神と最初に契約した族長であって、ユダヤ教の創始者ではない。紀元前13世紀に神から律法を授けられたモーセ(モーゼとも書く)も、宗教的指導者ではあるが、創唱者ではない。彼らの後に現れ、ユダヤ教を発展させた預言者や律法学者(ラビ)も、この民族宗教の創設者ではなく、既にユダヤ教は民族の宗教として発達していた。この点で、ユダヤ教は自然宗教であり、セム系一神教の中で、創唱宗教であるキリスト教・イスラーム教とは、異なっている。

●唯一神教の一神教
 
 ユダヤ教が出現する前、人類の諸社会は、アニミズム、シャーマニズム、多神教、ユダヤ教以前の一神教等の諸宗教が並存していた。ユダヤ教は、アニミズム、シャーマニズム、多神教等を否定し、従来の一神教を排斥した。そして、新たな形態の一神教を生み出した。それが唯一神教である。
 ユダヤ民族の唯一神教は、唯一の神のみを神とし、自己の集団においても他の集団においても、一切他の神格を認めない。その点が、従来の一神教すなわち自集団・他集団とも多くの神格を認める単一神教や、自集団では神格は一つだが他集団では多数の神格を認める拝一神教と異なる。
 ユダヤ民族は、全知全能の唯一神という観念を確立し、他の神々や霊的存在を偶像として非難し、それらの崇拝を禁止する。こうした排他的・闘争的な唯一神への信仰は、それまでの諸宗教が並存する状態に挑戦するものである。また、アニミズム、シャーマニズム等にみられる祖先崇拝・自然崇拝を全否定するものだった。
 歴史家・評論家のポール・ジョンソンは、著書『ユダヤ人の歴史』において、ユダヤ教は「その誕生においては、最も革命的な宗教であった」と書き、全知全能の唯一神への信仰は、「それまでの人類の世界観を打ち砕くほどの変革力を持っていた」と見ている。
 全知全能の神という観念にいたったユダヤ人にとっては、宇宙全体が神の被造物に過ぎない。神以外に力の源はどこにもない。この点でユダヤ教は神を一元的に抽象化している。この思考は一元的な原理に基づくものであり、その原理に依拠する合理性を示す。
 ユダヤ教の神は無限の偉大さを持つとされ、神の姿を限定的に表現することは禁止される。また他の一切の祖先神や自然神を認めず、偶像崇拝を禁止する。この思想は、排他的で闘争的である。さらに、これに選民思想が加わり、ユダヤ教を極めて排他的で闘争的な宗教にしている。
 私は、ユダヤ教で唯一神とされた観念的存在は、もともとユダヤ民族の祖先神だったのだろうと推測する。その祖先神は他の諸民族の祖先神と並存・競合したものだった。だが、自己の民族の祖先神が他の民族の祖先神より優れているという観念が強まり、天地創造の主体という原理的存在へと抽象化された。原理的存在ゆえに唯一の神であるとされ、唯一の実在とされた。その結果、他の民族の神々は否定されるべきものとされた。このような過程を経て、唯一神への信仰が形成されたと考える。
 この推察は、イスラーム教の発生過程に示唆を受けたものである。イスラーム教のアッラーはアラブの古い神であり、ムハンマドの出自であるクライシュ族の部族神でもあった。アッラーはカーバ神殿の主神ではあったが、多数の部族神の中の一つだった。だが、ムハンマドは、アッラーの絶対唯一性を主張し、アッラーをユダヤ教のヤーウェと同定した。そのうえでアッラーこそ真の神であり、ヤーウェはそれを誤り伝えているものとした。ムハンマドはクライシュ族の部族神を唯一神に祀り上げた。その過程から、ユダヤ教における唯一神の観念の誕生の過程が類推される。
 ユダヤ民族の神がもともとは彼らの祖先神だっただろうことは、神は人間を神の似姿として創造したという観念にも窺われる。人間の子孫は祖先と同型である。同じ人間である祖先から生命を継承して誕生したからである。祖先を神格化した祖先神を原理的存在へと抽象化した後も、その神が生命の源であるという観念は維持される。もともと祖先神であるから、その神が創った人間は、神に似ていると考えられたのだろう。
 私の推測では、本来は祖先神として子孫と血のつながりを持ったものだった神が抽象化され、人間の創造者とされた。祖先ではなく絶対的な支配者とされた。そして、ユダヤ民族に求められるのは、祖先への自然な崇敬ではなく、支配者と結んだ契約の順守とされた。ここで神と人間の関係は、祖先と子孫の関係ではなく、主人と奴隷の関係に転換された。神に対する義務は、祖先に対する子孫の義務ではなく、主人に対する奴隷の義務となった。こうした観念が発生したのは、ユダヤ民族が他の民族の支配下に置かれ、長い年月のうちに奴隷的な思考が定着したからだろう。神に対して奴隷のように従い、従わねば奴隷のように殺されると信じることになったと思われる。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「イスラームの宗教と文明~その過去・現在・将来」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-2.htm
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藤井厳喜氏はなぜトランプ大統領誕生を最も早く予測できたか2

2017-01-24 09:54:46 | 国際関係
●藤井氏の世界及びアメリカに関する見方

 藤井厳喜氏は、著書「トランプ革命で復活するアメリカ」で、世界情勢及び今回の米国大統領選の背景について、次のような見解を述べている。

 藤井氏は、2016年米国大統領選挙の対立構図を次のように捉えていた。
 「ドナルド・トランプ候補とヒラリー・クリントン候補が代表していたのは、全く2つの異なる、そして対立的な政治トレンドであった」「もっとも単純化して言えば、トランプが代表していたのが国家を再建しようというナショナリズムであり、ヒラリーが代表していたのが国家を破壊しようとしているグローバリズムであった」。また、ヒラリーはエリート主義、トランプは大衆主義(ポピュリズム)を代表した。
 トランプの政策は「グローバリズム推進一辺倒から、国民全体の利益を重視するネオ・ナショナリズムへの明確な方向転換」を示している。
 「多国籍企業派がヒラリーを押しなべて支持したのが、2016年の米大統領選挙であった。そしてこの多国籍企業派の中には、勿論、アメリカの大手マスコミも含まれる。という事は、大手マスコミはヒラリー支持で団結していたのである。大マスコミは臆することなく露骨な情報操作でヒラリーの当選を計り、トランプの当選を阻止しようとした。今年の大統領選は単純化して言えば、大マスコミのヒラリー支持の情報操作と、インターネットによる草の根市民のトランプ支持活動の決選であった」
 アメリカでは、マスコミに批判的な人々は、大マスコミを「MSM」と呼ぶ。「メイン・ストリーム・メディア」の略である。アメリカの大衆、特に共和党支持者の多くは、MSMの報道を信用しなくなっている。
 「今までの大統領選挙では、共和党はエスタブリッシュメントの右手であり、民主党はエスタブリッシュメントの左手に過ぎなかった。役割を交代しながら、大企業エスタブリッシュメントを守る為に機能してきたのが、アメリカの二大政党であった。ところが、今回はこの大きな前提が崩れてしまった」「大企業エスタブリッシュメントそのものが攻撃される時になれば、民主党も共和党も手を結んで既成支配層を守るのである。トランプのような候補者が現れることによって、その事がハッキリと分かってしまった。いわば、手品のネタがばれてしまったようなものである」

 藤井氏は、過去約40年間の世界情勢を次のように捉えている。
 「過去30年から40年程を振り返ると、アメリカの労働者、特にその中産階級ほど自由貿易によって被害を被ってきたグループは存在しないだろう。この間の自由貿易推進による一番の『負け組』は、アメリカをはじめとする先進国の勤労者階級・中産階級であった。一番の勝ち組は、多国籍または無国籍企業とその経営者、エリート層、株主であった。これに次いで第2の勝ち組は、多国籍企業からの投資を受け入れた低開発国、特にチャイナやインドの中産階級であった。これが過去30年間の自由貿易の勝敗表である」
 藤井氏の見方によれば、グローバリズムの進展の中で一番の『負け組』となっているアメリカの労働者、その中産階級がこうした矛盾を感じ、MSMの報道に意識操作をされずに、グローバリズムからナショナリズムへの転換を説くトランプを支持したということになるだろう。
 藤井氏は、グローバリズムの推進者を次のように捉えている。
 「グローバリスト経営者達は、共産主義国家の上からの全体的統制を好ましく思っている。彼らの視点からすれば、中国共産党はビジネス上のベスト・パートナーなのである。何故ならチャイナでは、労働者の基本的人権は認められておらず、自由な労働組合の結成すら許されていない。言論の自由、報道の自由などの市民的自由も全く存在しない。言い換えれば中国共産党は、完璧な労務管理者なのである。低賃金で労働者をいくらでも、こき使うことができる。しかも、環境汚染はやりたい放題で、汚染防止対策のコストを完全にカットすることもできる。欧米の大企業が喜んでチャイナに投資しているのはこの為なのだ。
 こういった欧米の無国籍企業経営者にとっては、理想の組み合わせは、(1)先進国の豊かなマーケット、(2)チャイナなどの低開発国の低賃金労働者(略)、そして(3)タックスヘイブンの利用である。(1)と(2)の格差で儲けた利益をタックスヘイブンに温存するのだ」
 ここで無国籍企業と藤井氏が呼ぶのは、「真の国籍を持たず、タックスヘイブンなどの脱税システムを多用する」ような多国籍企業のことである。
 ヒラリー・クリントンは中国との関係が深く、「グローバリスト経営者達」にとって望ましい政治家だった。これに対し、トランプは中国共産党政府に対し、厳しく批判的である。グローバリズムからナショナリズムに転換しようとするならば、グローバリストが結託する中国の政策を批判することになるわけである。

 次回に続く。
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ユダヤ3~ユダヤ教徒とユダヤ人の違い

2017-01-23 09:30:59 | ユダヤ的価値観
ユダヤ教徒とユダヤ人の違い
 
 ユダヤ教を信じる者をユダヤ教徒という。ユダヤ教徒はユダヤ人だが、すべてのユダヤ人がユダヤ教徒ではない。「ユダヤ人>ユダヤ教徒」という関係にある。
 ユダヤ人は、身体的特徴を有する人種ではない。またユダヤ人には宗教的定義と民族的定義がある。前者は狭義、後者は広義の規定となる。
 狭義のユダヤ人は、宗教的定義によるものであり、ユダヤ教徒のことである。これに対し、広義のユダヤ人は、民族的定義によるものであり、ユダヤ民族のことである。キリスト教等の他宗教に改宗した者や、ユダヤ教を棄教し宗教を否定する無神論者・唯物論者等も含む。前者はイスラエルの法律の規定に基づくものであり、後者は、社会科学的なとらえ方である。歴史的・文化的・思想史的な記述をする場合は、主に後者の定義による。
 イスラエルでは、ユダヤ人の定義を帰還法に定めている。帰還法は、対象者をユダヤ人と認めて国籍を与える法律である。1970年改定の帰還法によると、ユダヤ人とは、(1)ユダヤ人の母親から生まれた者、(2)ユダヤ教に改宗した者で他の宗教に帰依していない者をいう。同法は、非ユダヤ人のイスラエルへの移住を認めている。祖父母のうち一人がユダヤ人である場合、ユダヤ人の配偶者と子供の場合等の移住が可能である。
 定義の(1)において、血統を母方とするのは、宗教法典『シュルン・アルフ』と『タルムード』の規定による。これは民族的な定義のようだが、母親がユダヤ教徒であることが前提になっている。母親がユダヤ教徒であれば、その母親が人種的には白人であっても黒人であってもアジア人であっても、生まれた子はユダヤ人と認める。そのことにより、民族的と同時に宗教的でもある定義となっている。なお、父親ではなく母親とするのは、幼い子供に与える影響力は、父親より母親の方が圧倒的に大きいからと見られる。ただし、戒律が最もゆるい宗派である改革派では、父親だけがユダヤ人でもその子をユダヤ人と認めている。
 定義の(2)は、宗教的な定義である。ユダヤ教に改宗した者は、もとはアングロ・サクソン人であれアラブ人であれシナ人であれ、ユダヤ人と認められる。世界中のすべての人種・民族は、ユダヤ教に改宗すればユダヤ人となりうる。逆に、ユダヤ人が他宗教に帰依するならば、狭義のユダヤ人ではなくなる。
 では、改宗・帰依によってイスラエルではユダヤ人と認められなくなった者は、何者なのか。私は、その者がユダヤ文化を保持し、また自分はユダヤ人だという意識を持っているならば、ユダヤ人と言わねばならないと考える。イスラエル帰還法におけるユダヤ人の定義は、宗教的定義に傾き、民族的定義を軽視している。しかし、世界史において特異に優れた能力を発揮してきたユダヤ人の過去・現在・将来を描くには、民族的な定義に基づく必要がある。そこで私はユダヤ教徒的ユダヤ人と非ユダヤ教徒的ユダヤ人がおり、その両方を合わせた集団をユダヤ民族とする。ユダヤ民族というエスニック・グループの中心的部分には、ユダヤ教徒的ユダヤ人があり、その周辺を非ユダヤ教徒的ユダヤ人が取り囲んでいるという構図になる。
 次に注意すべきは、イスラエルの国民と、イスラエルのユダヤ人は一致しないことである。イスラエルは、ユダヤ教徒のみの国家ではなく、またユダヤ人のみの国家でもない。イスラエルの国民は、約8割をユダヤ教徒及びユダヤ人が占めるが、その他に、アラブ人のイスラーム教徒やキリスト教徒がいる。またドルーズ族、チェルケス族もいる。イスラエルは、多民族・多宗教国家であり、政教分離を原則としており、ユダヤ教を国教としていない。
 2009年現在の数字によると、ユダヤ人は、全世界に約1330万人いるとされる。それらのユダヤ人におけるユダヤ教徒と非ユダヤ教徒の割合については、正確なデータがない。

●キリスト教・イスラーム教との関係

 ユダヤ教は、ユダヤ民族の宗教である。またユダヤ民族の宗教が、ユダヤ教である。だが、ユダヤ教は、単にエスニック・グループ(民族)の持つエスニック(民族的)な宗教であるだけでなく、二つの世界宗教の母体となった。すなわち、ユダヤ教からキリスト教が派生し、またユダヤ教の影響のもとにイスラーム教が発生した。これら二つの世界宗教は、ユダヤ教と同じく唯一神の観念を共有する。また、ユダヤ教の他の特徴である啓示宗教・契約宗教・啓典宗教という性格をともにしている。ただし、ユダヤ教が自然宗教であるのに対し、キリスト教・イスラーム教は創唱宗教である点は異なる。
 紀元1世紀の前半にパレスチナに、ユダヤ教の改革者としてイエスが登場し、彼の教えを信じる者は神によって救済されるという脱民族的な教えを説いた。それがキリスト教へと発展した。キリスト教は、ユダヤ教と神をともにし、ユダヤ教の聖書を旧約聖書、イエスの言行録や弟子たちの手紙等を新約聖書とする。この「約」は、神との契約を意味する、それゆえ、ユダヤ教はキリスト教の母体となっている。しかし、ユダヤ教は、イエスを救世主とは認めず、独自の救世主の到来を待っている。
 次に、イスラーム教は、8世紀のアラビアで、ムハンマドがユダヤ教とキリスト教を批判して独自の教えを開いたものである。聖典『クルアーン』は、イスラーム教もユダヤ教もキリスト教も唯一絶対の神を崇拝する本質的に同じ宗教だと説く。アッラーと、ユダヤ教の神、キリスト教の神は、名称は異なるが、同じ神を表していると考える。神は一つであり、一体異名という考え方である。しかし、ユダヤ教は、自らの神ヤーウェとイスラーム教の神アッラーとは異なるものとし、イスラーム教の教義を受け入れない。
 キリスト教はユダヤ教から出て世界宗教となった。イスラーム教もまたユダヤ教から一定の影響を受けて世界宗教となった。これらユダヤ教及びそれを元祖とする宗教であるセム系一神教は、それ以外の諸宗教と人間観・世界観・実在観が大きく異なる。人類の共存調和のためには宗教間の相互理解・相互協力が必要だが、それにはセム系一神教同士の対話と協調が強く求められている。その対話と協調の可能性を探るには、ユダヤ教の研究が必要である。

 次回に続く。
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藤井厳喜氏はなぜトランプ大統領誕生を最も早く予測できたか1

2017-01-22 10:02:40 | 国際関係
藤井氏は最も早くトランプ当選を予測し的中させた

 2016年(平成28年)の米国大統領選挙について、わが国には、少数ながら早くからトランプの勝利を予想していた有識者がいる。その中で最も早くトランプの当選を予測し、その予測を一貫して公言し、的中させたのが、国際政治学者の藤井厳喜氏である。
 藤井氏は、ハーバード大学国際問題研究所の元研究員であり、幅広い情報収集に基づいて、国際情勢の政治学的な分析を行うとともに、経済現象についても理論的な解明を行っている。また、現代アメリカのウォッチャーとして、わが国屈指の存在として知られる。私は、拙稿「東日本大震災からの日本復興構想」第3章で氏の提言を紹介するなどしてきた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13l.htm
 藤井氏は、2016年(平成28年)の年頭、「今年の予想」の第一として、トランプが米大統領になるとビデオ・メッセージで語った。大胆な予想だった。予想の根拠は、世界的なグローバリズムへの反対の動きとナショナリズムの復興という大きな流れを踏まえてのものだった。この時点で、トランプの勝利を確信を以って公言した有識者は、彼の他にいなかったと思う。
 7月19日、共和党大会でトランプが同党の候補者として正式に指名を受けた。その段階になると、トランプが勝利する可能性を語る者は藤井氏の他にもいたが、氏のように明確に勝つと公に断言する人は、他に副島隆彦氏くらいだったと思う。
 今回の米国大統領選挙について、私は予備選の段階から、ほぼ毎日のようにアメリカのテレビ・ニュースを見たり、新聞記事をチェックしていた。だが、数か月間にわたりネットに文章を書く気がわかなかった。理由は、あまりにも候補者に問題が多く、水準が低かったからである。ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンとの戦いは、嫌われ者同士の戦いであり、史上最低の大統領選となった。アメリカの衰退が顕著になり、どちらの候補者が勝っても、アメリカの衰退は一層進むと予想され、そのことによる世界への影響が懸念された。
 昨年10月の初め、ようやく私は、大統領選挙について書く気になった。そのきっかけは、ヒラリーに関する問題の深刻さをマスメディアが軽視していたからである。マスメディアのほとんどはヒラリーの優位を報じていた。それらの報道による限り、彼女の優位は揺るがないと思われる反面、ヒラリーの問題が社会的にもっと知られるようになれば、トランプが勝つ可能性が十分あると考えられた。ヒラリーの問題とは、国務長官時代の私的メールアカウントの使用、クリントン財団への献金を見返りとした口利き、夫ビルの女性問題での相手女性への脅し、夫妻周辺における不審死者の異常な多さ、本人の重病説等である。特に国務長官時代の私的メールアカウントの使用は、極めて重大な問題である。国政を担う政治家として失格であり、刑事罰に問われるのが当然である。
 アメリカのマスメディアのほとんどは、11月8日の投票日の直前まで、ヒラリーの圧倒的な優位を予想し、当日になってもそれを繰り返していた。だが、トランプが勝つ可能性は、10月下旬から11月の初めにかけて、どんどん大きくなっていると私は感じた。ヒラリーの当選を阻止しようとするCIAやFBIの動きも伝えられた。私は、諜報機関だけの動きではなく、米欧の所有者集団の意思が働いているのではないかと感じた。彼らはヒラリーを大統領にするシナリオで選挙戦を進めていたが、特にヒラリーの重要機密に関わるメールが大問題になり、かばいきれなくなったので、トランプに乗り換え、彼の抱き込みを図っているのではないかと推測した。
 選挙戦の結果は、マスメディア多数の予想に反し、トランプは勝利した。「まさか」の番狂わせという報道がされたが、選挙戦終盤の動向から見て、「あり得ることが起った」というのが、私の感想である。
 トランプの勝利によって、最も早くからトランプの当選を予測し、一貫してその予測を公言し、的中させた藤井厳喜氏への評価が急激に高まった。大胆な予測を公言し、結果として、予測通りになったことに、私は深く敬意を表したい。
 なぜ藤井氏は、早くからトランプの当選を予測し、的中させることができたのか。氏は、「トランプ革命で復活するアメリカ」(勉誠出版、2016年12月刊行)で、自分がトランプの当選を予測できた理由について、大意次のように書いている。
 「筆者は2015年の春の時点から、このレース(註 米国大統領選挙)を詳細にウオッチし始めた。最も初期からドナルド・トランプに注目し、その足跡を詳細に追跡してきた」「筆者は一貫して、トランプの当選を予測してきた。共和党予備選の段階においては、彼が共和党の指名を獲得することを予測」した。「予備選勝利を確信」したのは、「2015年11月」だった。本選挙になってからも、「日米のマスコミが、圧倒的にヒラリー・クリントン優位を伝える中で、筆者は一貫してトランプの当選を予測してきた」
 「『何故、トランプ当選が予測できたのですか』と多くの方々に聞かれるが、単純に言えば、『科学的かつ合理的にモノを考えたからだ』としか言いようがない。もう少し詳しく言えば、出来る限り広く情報収集を行ない、それをもとに健全な常識で判断を下していったまでである」。たとえば、世論調査については、「2016年は大手マスコミが絡んだ世論調査は全く信用が出来なかった。そこで、政治的に比較的に中立であり、過去の選挙においても実績のある世論調査をいくつか選んで筆者はそれに注目してきた。今回、それらの予測はほぼ正しかったと言える」「正しい世論調査を見ていたので、正しい予測が出来たのである」と。
 このように藤井氏は、「科学的かつ合理的」にモノを考え、「出来る限り広く情報収集を行ない、それをもとに健全な常識で判断」を下したと書いている。藤井氏が「政治的に比較的に中立であり、過去の選挙においても実績のある世論調査」とする世論調査は、わが国のマスメディアにはほとんど登場せず、一般人はその情報に触れることは少ないものと思われる。もっともそうした世論調査やマスメディア以外の情報を見るだけで、的確な分析や予測ができるわけではない。藤井氏は「健全な常識で判断」したというが、的確な分析と予測には、深い学識をもとにした政治学的・経済学的な考察が必要になる。この点で、藤井氏は、大局的な把握と緻密な分析を同時に行う高い能力を持つ学者である。その点を次に書く。

 次回に続く。

■追記
 本稿の全文を編集して、下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-3.htm
 補説の(1)へ
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ユダヤ2~ユダヤ教の宗教学的・文明学的な位置づけ

2017-01-21 09:29:34 | ユダヤ的価値観
●ユダヤ教の宗教学的位置づけ

 ユダヤ教の概要について、まずユダヤ教の宗教学的及び文明学的位置づけを述べる。
 宗教学では、宗教の原初形態として、マナイズム、アニミズム、フェティシズム、動物崇拝、トーテミズム、天体崇拝、自然崇拝、シャーマニズムなどが挙げられる。また、人類の歴史において現れた様々な宗教の分類が行われている。自然宗教/創唱宗教、祖先崇拝/自然崇拝、多神教/一神教/汎神教、啓典宗教/啓典なき宗教、部族宗教/民族宗教/世界宗教、、個人救済の宗教と集団救済の宗教等である。
 わが国の代表的な宗教学者・岸本英夫は、宗教には「神を立てる宗教」と「神を立てない宗教」という分け方をする。前者は崇拝・信仰の対象として神を立てるもので、一神教・多神教・汎神教等である。後者は、神観念を中心概念はしない宗教で、マナイズムやいわゆる原始宗教・根本仏教等である。この分類の仕方によれば、ユダヤ教は「神を立てる宗教」であり、そのうちの一神教である。
 一神教は、基本的に多神教と対比される。多神教は、多数の神々を祀る宗教である。多神教は、自然の事象、人間・動物・植物等を広く崇拝・信仰の対象とする。汎神教といったほうがよいものも、ここではこれに含む。多神教では、自然が神または原理であり、人間は自然からその一部として生まれたと考える。宗教的には、日本の神道、シナの道教・儒教、ヒンドゥー教、仏教、アニミズム、シャーマニズムである。地理学的・環境学的には、森林に現れた宗教という特徴を持つ。森林の自然が人間の心理に影響したものと考えられる。多神教には、多元的多神教と一元的多神教がある。前者は、多くの神々が並列しており、そこにそれらを統合する神または原理が存在しないものである。後者は、根源的な神または原理があって、その様々な現れとして多数の神々が存在するものである。私は神道はこの後者と考えており、そのことを拙稿「日本文明の宗教的中核としての神道」に書いた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09l.htm
 一方、一神教は、一つの神のみを祀る宗教である。これには、単一神教、拝一神教、唯一神教がある。単一神教は、自己の集団において多くの神々を認め、その中に主神と従属神があるとし、他の集団の神格も認める。従属神を認める点では、多神教に近い性格を持つ。拝一神教は、自己の集団において唯一の神のみを認めるが、他の集団における神格をも認める。唯一神教は、唯一の神のみを神とし、自己の集団においても他の集団においても、一切他の神格を認めない。この唯一神教の元祖となっているのが、古代中東に現れたユダヤ教である。ユダヤ教からキリスト教が派生し、またユダヤ教の影響のもとにイスラーム教が生まれた。これらの唯一神教は、地理学的・環境学的には、砂漠に現れた宗教という特徴を持つ。砂漠の自然が人間の心理に影響したものと考えられる。
 ユダヤ教は、唯一神教であるとともに、その唯一の神の啓示を受けたとする啓示宗教、神と結んだという契約による契約宗教、また神の言葉を記したとする啓典を持つ啓典宗教である。創唱者を持たない自然宗教であり、ユダヤ民族の宗教である。また、ユダヤ民族という集団を救う集団救済の宗教である。ここで民族とは、エスニック・グループを意味する。一般にしばしば民族と訳される近代的なネイション(国家・国民)とは区別される。
 ユダヤ民族は、最初の人間をアダムとする。アダムの子孫であり大洪水で生存したとされるノアには、セム・ハム・ヤペテの三人の子があったとする。長子セムはアッシリア人、アラム人、ヘブライ人、アラブ人の祖先とされている。言語学ではセム語族という言語系統の集団がある。セム語族には、アッカド語、バビロニア語、ヘブライ語、フェニキア語、アッシリア語、アラビア語などが所属する。私は略してセム系という。ユダヤ民族は、セム語系のヘブライ語を話す。セム系以外を非セム系と言う。非セム系には、ユダヤ民族の伝承に含まれない諸民族を含む。
 ユダヤ民族は、伝説のセムの子孫であるアブラハムをユダヤ民族の始祖とする。ユダヤ民族はアブラハムが契約した神ヤーウェを信仰している。その信仰がユダヤ教である。ユダヤ教からキリスト教が派生した。さらにこれらの宗教の影響を受けて、セム語系のアラビア語地域にイスラーム教が誕生した。
 ユダヤ人もアラブ人もともにアブラハムを祖先とし、それゆえにまたセムを祖先とすると信じる。そこで私は、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教を、総称してセム系一神教と呼んでいる。非セム系では多神教が主であり、その中にはアニミズム、シャーマニズム、ヒンドゥー教、仏教、儒教、道教、神道等が含まれる。これらは、非セム系多神教である。非セム系には、一神教もある。ユーラシア大陸の遊牧民族における天空信仰は、天空を信仰対象とする一神教であり、非セム系一神教の一例である。私が一神教と多神教という分け方にセム系と非セム系という区別を加えるのは、一神教におけるユダヤ思想の影響を強調するためである。また、次の項目で述べる文明の分類においても、セム系一神教と非セム系多神教という分け方をしている。

関連掲示
・本稿は、私の宗教論の第3作となる。既に書いたものは、次の通りである。
 「日本文明の宗教的中核としての神道」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09l.htm
 「イスラームの宗教と文明~その過去・現在・将来」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-2.htm

●ユダヤ教の文明学的位置づけ

 世界の文明は、主要文明と周辺文明に分けられる。私の定義では、主要文明とは、独自の文明の様式をもち、自立的に発展し、かつ文明の寿命が千年以上ほどに長いか、または現代世界において重要な存在であるものである。また周辺文明とは、主要文明の文化的刺激を受けて発生し、これに依存し、宗教・政治制度・文字・芸術・技術等を借用する文明である。
 文明学者アーノルド・トインビーは、文明の中核には、宗教があると説いた。国際政治学者サミュエル・ハンチントンは、この説を受けて、世界に現存する主要文明を主に宗教によって分類している。すなわち、キリスト教的カソリシズムとプロテスタンティズムを基礎とする西洋文明(西欧・北米)、東方正教文明(ロシア・東欧)、イスラーム文明、ヒンドゥー文明、儒教を要素とするシナ文明、日本文明、カトリックと土着文化を基礎とするラテン・アメリカ文明。これに今後の可能性のあるものとして、アフリカ文明(サハラ南部)を加え、7または8と数えている。
 この分類によれば、世界の宗教のうち現代世界における主要文明の中核となっている宗教は、キリスト教、イスラーム教、ヒンドゥー教、儒教、神道の5つである。これら以外の宗教、アニミズム、シャーマニズム、仏教や様々な民族宗教を中核にしている文明は、主要文明ではなく周辺文明に留まっている。私は、世界の諸文明は、そうした宗教によって大きく二つのグループに分けている。セム系一神教による文明群、非セム系多神教による文明群である。そして、これらをセム系一神教文明群、非セム系多神教文明群と呼ぶ。
 セム系一神教文明群は、ハンチントンのいう西洋文明、東方正教文明、イスラーム文明、ラテン・アメリカ文明の四つの主要文明がこれに属する。私は、ユダヤ文明を、この文明群に属する周辺文明の一つとして位置づける。ユダヤ文明は、ユダヤ教を宗教的中核とし、ユダヤ民族が創造した文明である。
 トインビーは、世界史において、「充分に開花した文明」が過去に23あったとした。その一つとしてユダヤ文明を挙げた。ユダヤ教社会は、古代シリア文明にさかのぼる。シリア文明は、紀元前1200年頃のフェニキア文明以来、中東で発展してきた文明である。ユダヤ民族は、シリア文明の一弱小民族だった。その後、ユダヤ民族はその周辺文明として独自の文明を創造したが、ローマ帝国によって滅ぼされた。その過程で、ユダヤ文明は、ユダヤ教から派生した新たな宗教を生み出した。それが、キリスト教である。キリスト教はローマ帝国の国教となり、ユダヤ民族の亡国離散、ローマ帝国の滅亡の後も、世界宗教となって伝播し続けた。そして、ユダヤ民族は、ユダヤ=キリスト教という文化要素を、ギリシャ=ローマ文明経由でヨーロッパ文明に提供することになった。
 ローマ帝国に滅ぼされて各地に離散したユダヤ教諸社会を、まとめて一個の文明と見ることはできない。しかし、ロシア、東欧、西欧、北米等に離散したユダヤ人は、19世紀後半からパレスチナに移住し始めた。そして、第2次世界大戦後、イスラエルを建国し、ここに世界各地から多くのユダヤ人が移住するようになった。私は、イスラエル建国後のユダヤ教社会を現代ユダヤ文明と呼ぶ。これに対し、古代に滅びたユダヤ文明を古代ユダヤ文明と呼ぶ。現代ユダヤ文明は、古代ユダヤ文明を復活させたものである。これらの継続性を認めて、総称したものが、ユダヤ文明である。また、私は西洋文明、東方正教文明を主要文明とする文明群を、ユダヤ=キリスト教諸文明とも呼ぶ。
 建国後のイスラエルは、ユダヤ教を宗教的な文化要素としつつ、ロシア、東欧、西欧、北米の諸文化、諸思想が混在する社会となっている。また、ユダヤ文明は、イスラエルを中心とし、米国、フランス、カナダ、イギリス、ロシア等に広がる文明社会である。それと同時に、ユダヤ=キリスト教系の主要文明である西洋文明、東方正教文明に対する周辺的存在である。この周辺文明は、他の主要文明の文化要素を取り入れながらも、逆にそれらに強力な影響を与え続けている。このような例を他に人類の文明史に見出すことはできない。
 ユダヤ教は、ユダヤ文明の精神的中核となっている宗教である。またそれと同時に、世界有数の主要文明である西洋文明、東方正教文明、イスラーム文明に対して大きな影響を与えている宗教である。そうした宗教の事例を、現代世界において他に見出すこともできない。
 本稿は、ユダヤ教を上記のように宗教学的及び文明学的に位置づけるものである。

 次回に続く。
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ユダヤ的価値観の超克~新文明創造のために1

2017-01-19 09:32:41 | ユダヤ的価値観
●はじめに

 人類は今日、核戦争による自滅と地球環境の破壊による生存の危機に直面している。未曾有の危機を解決するには、現代の世界を覆っている近代西洋文明の欠陥を是正し、その弊害を除去しなければならない。そして、人類が互いに共存共栄でき、自然と調和できる新しい文明を創造する必要がある。そのためには、東洋の精神文化が興隆し、物心両面のバランスを実現することが切望される。とりわけ日本の精神文化に、人類の文明を物心調和・共存共栄の文明へと導く可能性がある。
 このように考える者として、私は日本精神の実践・究明・啓発に努める傍ら、近代西洋文明の歴史を振り返り、その欠陥・弊害の原因を追究してきた。その過程で、近代西洋文明におけるユダヤ人・ユダヤ教・ユダヤ文明の影響の大きさを認識した。そして、「近代西洋文明において、ユダヤ人はどういう役割を果してきたか」「現代世界においてユダヤ的な価値観はどういう影響を及ぼしているか」「それを超克するため何をなすべきか」という問いを問い続けてきた。
 この問題を解明するには、人類の文明、近代西洋文明の特質、ユダヤ人の歴史と文化、移民問題、人権、宗教、精神文化等についての考察が必要である。そこで、まず「人類史に対する文明学の見方」(平成17年、2005年)を始めとして文明学に関する拙稿を書いた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09a.htm
 そのうえで、上記の問いに関する準備的な考察を行った。それが、「西欧発の文明と人類の歴史」(平成20年、2008年)、その続編としての「現代の眺望と人類の課題」及び「現代世界の支配構造とアメリカの衰退」(平成21年、2009年)である。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09e.htm
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09f.htm
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09k.htm
 次に、移民と人権の問題を検討する必要を感じ、「トッドの移民論と日本の移民問題」(平成24年、2012年)及び「人権――その起源と目標」(平成28年、2016年)を書いた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09i.htm
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i.htm
 これらにおいて、ユダヤ人の歴史と文化、自由と権利等について書いた。また、この間に書いた文明学や国際関係・国際経済・宗教と精神文化等に関する著述においても、しばしば関連することを述べた。
 こうした拙稿における考察を踏まえて、ようやくユダヤの宗教・民族・文明について主題的に書く段に至った。
 近代西洋文明は、ギリシャ=ローマ文明、ユダヤ=キリスト教、ゲルマン民族の文化という三つの要素が融合してその骨格が出来上がった。それらのうち、ユダヤ=キリスト教が文明の宗教的な中核になっている。特にユダヤ教に基づく価値観が文明を強く性格づけており、近代西洋文明の欠陥・弊害のかなりの部分はユダヤ的価値観によっている、と私は考える。
 ユダヤ的価値観とは、ユダヤ教の教えに基づいて発達した価値観であり、近代西洋文明に浸透し、全世界的に普及しつつある物質中心・金銭中心の考え方、自己中心、対立・闘争の論理、自然の管理・支配の思想である。人類が未曾有の危機を乗り越えて、この地球に物心調和・共存共栄の新文明を創造するには、ユダヤ的価値観の超克が必要不可欠の課題である。
 本稿の目的は、人類新文明の創造のためにユダヤ的価値観の超克を図ることである。最初にユダヤ教とユダヤ人の概要を書き、続いてユダヤの宗教・民族・文明の歴史を書く。そして、最後に現代世界に浸透しているユダヤ的価値観をいかに超克するかについて述べる。ブログとMIXIへの連載は、150回程度を予定している。
 なお、本稿における聖書の引用は、日本聖書協会の新共同訳による。

●宗教の定義

 ユダヤ教は、現存する世界の諸宗教の中で、最も古く歴史をさかのぼることのできる宗教の一つである。ユダヤ教とはどのような宗教か。そのことを述べるに当たり、最初に宗教とは何かということから始めたい。
 漢字単語の「宗教」という言葉は、西欧言語の英語・独語・仏語のreligionの訳語として作られた言葉である。religion は、ラテン語のreligio に由来する。religio は「再び(re)」「結びつける(ligio)」を意味する。漢字単語の「宗教」は、もともと仏教において「宗の教え」つまり究極の原理や真理を意味する「宗」に関する「教え」を意味していた。その「宗教」の語が、幕末期に西洋言語のreligion等の訳語として、今日のような宗教一般をさす語として採用され、明治初期に広まり、現在に至っている。
 宗教の定義は、多くの宗教学者・宗教研究者によって試みられてきた。それらを簡単に集約すれば、宗教とは、人間の力や自然の力を超えた力や存在に対する信仰と、それに伴う教義、儀礼、制度、組織が発達したものをいう。宗教の中心となるのは、人間を超えたもの、霊、神、仏、理法、原理等の超越的な力や存在の観念である。その観念をもとにした思想や集団的な感情や体験が、教義や儀礼で表現され、また生活の中で確認・再現・追体験されるのが、宗教的な活動である。宗教は、社会を統合する機能を持ち、集団に規範を与える。また社会を発展させる駆動力ともなる。国家の形成や拡張を促進し、諸民族・諸国家にまたがる文明の中核ともなる。同時に、個人を人格的成長に導き、心霊的救済を与えるものでもある。
 今日宗教と呼ばれるものの多くは、古代に発生し、幾千年の年月に渡って継承され、発展してきたものである。それらの宗教には、その宗教を生み出した社会の持つ習俗・神話・道徳・法が含まれている。
 習俗とは、ある社会で昔から伝わっている風習や、習慣となった生活様式、ならわしをいう。その起源はきわめて古く、人類諸社会の文化の発生と同時に生じたものが、世代から世代へと継承され、伝統を形作ってきている。習俗の一部は、その社会で伝承されてきた神話で語られる物語に起源を持つ。
 神話は、宇宙の始まり、神々の出現、人類の誕生、文化の起源等を象徴的な表現で語る物語である。一つの世界観の表現であり、またその世界で生きていくための規範が表現されている。神話は、共同体の祭儀において、人類の遠い記憶を呼び覚まし、人間の自己認識、世界の成り立ち、そして生きることの意味を確認するものだった。神話においては、宗教・道徳・法は未分化であり、それらが分かれる前の思考が象徴的な形式で表現されている。その思考は、不合理のようでいて独自の論理が見られる。
 宗教は、こうした習俗や神話をもとにしながら、人間の力や自然の力を超えた力や存在に対する信仰と、それに伴う教義、儀礼、制度、組織が発達したものをいう。
 宗教から人間の力や自然の力を超えた超越的な要素をなくすか、または薄くすれば、道徳となる。道徳は、集団の成員の判断・行動を方向づけ、また規制する社会規範の体系である。善悪の判断や行動の可否の基準を示すものである。道徳のうち、制裁を伴う命令・禁止を表すものが、法である。法は、集団の成員に一定の行為を命じるか、禁じるかし、これに違反したときには制裁を課する決まりごとの体系をいう。
 宗教は、習俗・神話とともに道徳・法を含むものであり、これらを抽出して完全に分離することはできない。宗教はまた生活の知恵や技術、制度、芸術をも中に含む。現代においては、宗教と無関係であり、むしろ対立するものと考えられる傾向のある科学でさえも、そのよって立つ基本的な人間観や世界観は、宗教に深く根ざしている。人間が創り出した精神文化を最も総合的に表しているのが、宗教である。
 そうした宗教の一つであるユダヤ教には、ユダヤ民族の習俗・神話・道徳・法が混然と含まれており、ユダヤ民族が生み出した生活の知恵や技術、制度、芸術、科学の萌芽等もそこに見ることができる。
 続いて、ユダヤ教について概要を示し、教義、組織、信仰、生活の四つの項目に分けて概述する。

 次回に続く。

■追記
 本項に始まる拙稿「ユダヤ的価値観の超克~新文明創造のために」の全文は、下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-4.htm
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