ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

人権98~アメリカ独立革命の達成

2014-05-31 08:51:24 | 人権
●アメリカ独立革命の達成

 イギリスの植民地アメリカは、本国から独立し、一個の主権国家を建設した。アメリカの独立革命は、主権と民権と人権の歴史において、重要な意義を持つ。
 大陸でドイツ30年戦争が行われていた1620年、イギリスからメイフラワー号に乗って北米に移民したプロテスタントがいた。彼らはジェームズ1世の宗教弾圧に絶望し、信教の自由と新天地を求めたピューリタンだった。ピルグリム・ファーザーズ(巡礼始祖)と呼ばれる。彼らに続いてオランダ、イギリス、フランス等からも移民が渡り、先住民であるインディアンを駆逐していった。
 18世紀中ごろまでに、北米東岸ではイギリスの13植民地が成立し、それぞれ議会を設けて自治を行っていた。黒人奴隷が人口の2割を占め、その9割は南部に集中した。1755年、英仏間で北米での覇権を巡ってフレンチ=インディアン戦争が勃発し、イギリスが勝利した。
 北米の仏領植民地は英領となったものの、イギリスは戦費のため多くの負債を抱え、広大な植民地の経費もかさんだ。ジョージ3世は財政難を改善するため、植民地への課税を強化した。植民地側は、マグナ・カルタ以来の国王と臣民の権利関係の原則に立って「代表なくして課税なし」と本国政府に反発した。イギリス製品の不買運動を起こし、印紙税を撤廃させた。このころ独立を唱える声はまだ少数で、政策変更を迫るという程度だった。
 しかし、1773年、経営難に陥っていた東インド会社に茶の独占販売権を与える茶法が制定されると、植民地側は、ボストン茶会事件を起こした。急進派が先住民の扮装をし、港に停泊していた東インド会社の船に乗り込んで茶箱を海に捨てるという直接行動をしたのである。
 これに本国が強硬な姿勢を示したので、74年植民地の代表らが集まって大陸会議を開いて抗議した。そして、イギリスはこれを無視した。そこで、75年4月、レキシントンで両者はついに武力衝突した。ここにアメリカ独立戦争が始まった。
 ジョージ・ワシントンが総司令官に選ばれ、本国との戦いが繰り広げられた。ただし、なお植民地人の間には国王への忠誠心や英国人意識が強かった。イギリス本国政府は議会主権の発想に基づいて、議会の意思によって「古き良き権利」を否定できるという新たな統治理念を植民地に押し付けてきた。これに対し、植民地人は、最初は、イギリス臣民としての伝統的な権利・自由と財産の不可侵を主張する旧来の理念をもって抵抗した。
 世論が一挙に独立に傾いたのは、76年1月、トマス・ペインが刊行した『コモン・センス』による。ペインは、植民地人の権利を守らないイギリスの支配から脱し、アメリカが独立するという考えは「コモン・センス(常識)」だと説いた。ペインによって、世論は抵抗から独立へと大きく動いた。ただし、本国の国王を交替させるのではなく、自分たちが本国からの独立をめざす戦いだった。
 ロックの思想は、アメリカにも伝わっていた。ロックは、人民の抵抗権・革命権を認めていた。独立運動は、ロックの思想を急進化したものである。ロックの思想は、フリーメイソンに影響を与えていた。近代フリーメイソンは、17世紀イギリスではじまり、フランス・アメリカ等に広がった。アメリカ独立革命の指導者には、ワシントン、フランクリンを始め、フリーメイソンが多かった。合衆国の国璽には、メイソンの象徴が印されている。

●アメリカ独立宣言の思想

 1776年7月4日、大陸会議で独立宣言採択・公布された。独立宣言は、起草委員会でトマス・ジェファーソンが草案を作成、ベンジャミン・フランクリンとジョン・アダムスが若干の加筆修正を行って成案した。
 独立宣言は、前文の主要部にて言う。「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主(Creator)によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、その中に生命、自由および幸福の追求の含まれることを信ずる。また、これらの権利を確保するために人類の間に政府が組織されたこと、そしてその正当な権力は被治者の同意に由来するものであることを信ずる。そしていかなる政治の形体といえども、もしこれらの目的を毀損するものとなった場合には、人民はそれを改廃し、かれらの安全と幸福とをもたらすべしと認められる主義を基礎とし、また権限の機構を持つ、新たな政府を組織する権利を有することを信ずる」
 独立宣言は、上記の部分で、自然権、社会契約思想、「合意の支配」、革命権を謳っている。この内容は、ロックの思想を発展させ、自然権と社会契約説に基づいて人民の抵抗権を主張し、圧政下にある植民地の人民が自由独立の国家を建設することを公言したものである。
 独立宣言は、権利の根源を「造物主」に置く。ここにおける「造物主」は、基本的にはユダヤ=キリスト教的な神である。ユダヤ=キリスト教では、神(God)が天地を創造し、人間は神が創造したものであり、神の前で人間は平等であるとする。独立宣言は、その世界観に立って、すべての人間は平等に造られ、造物主によって、一定の不可譲の権利を与えられているとする。これを天賦人権論という。人権は、普遍的・生得的な権利であるという思想が、宣言の形で打ち出された。天賦人権論は、基本的にユダヤ=キリスト教の信仰に基づくものである。その宗教的信条を除くならば、権利の根拠を持たない概念が、独立宣言の人権の概念である。
 植民地アメリカの人民が本国から独立を勝ち取ろうとすると、イギリス本国の歴史や国王の存在から自己を断絶する必要があった。そこで、人々の権利は、歴史的・社会的・文化的に形成されたイギリス臣民の「古来の自由と権利」ではなく、神によって賦与された権利であるという論理が打ち出された。アメリカは、信教の自由を求め、新天地で宗教的理想を追求しようとしたピルグリム・ファーザーズに始まるピューリタンの国である。それゆえ、ユダヤ=キリスト教的な観念が外形上、強調されたものである。人民の権利からイギリスにおける「臣民の権利」の歴史性が否定された。同時にそれに替わる権利の根拠として、造物主によって与えられたものということが強調された。この思想によって、権利は歴史の所産であり、祖先の英知の結晶であるという考え方を、独立宣言は否定したのである。
 独立宣言には、ロックやピューリタニズム以外にも重要な要素がある。ピューリタン革命における水平派やフリーメイソンである。独立宣言の思想は、その要素を踏まえて理解する必要がある。その点は、第9章で市民革命から20世紀初めまでの時代に現れた思想について書く際に述べる。

 次回に続く。
コメント

荒れる南シナ海と米中のせめぎ合い6

2014-05-30 09:19:33 | 国際関係
●ASEAN諸国が中国けん制のために団結

 5月10日東南アジア諸国連合(ASEAN)は、ミャンマーの首都ネピドーで外相会議を行った。ASEANは域内6億人の巨大市場を抱え、年々世界経済の中で存在感を増している。米中はASEAN諸国を勢力下に置くべく、激しく競い合っている。近年は中国が影響力を増していたが、米国が巻き返しを図り、ミャンマーのように中国離れを進める国も出ている。元来、ASEANは1967年に共産主義に対抗するために発足した地域組織で、武力紛争を終結したカンボジア、ラオス、ベトナムを迎え入れ、経済発展と貧困脱出に成果を上げてきている。
 現在の加盟国は10カ国。そのうち4か国が、中国と南シナ海で領有権を争っている。今回開かれたASEAN外相会議は、南シナ海情勢について「深刻な懸念」を表明する緊急声明を採択した。声明は、中国を直接批判することは避けるながらも、「進行中の事案が海域の緊張を高めた」と中越の対立にふれ、武力の行使や脅しではなく、国連海洋法条約等の順守による「平和と安定を脅かす行為の回避」を求めた。
 ASEANと中国は昨年9月、南シナ海の衝突回避、緊張緩和をめざし、法的拘束力を持つ「行動規範」の策定に向け、初の公式協議を実施した。10月にはブルネイでの首脳会議でも策定へ努力することを確認した。だが、中国は二国間での交渉を優先する姿勢を変えず、協議は進展していない。このため声明は、行動規範の早期策定の重要性についても改めて言及し、中国の対応を促した。
 加盟国外相による緊急声明は、5月11日の首脳会議を待たずに発表されたもので、各国に危機感が共有されたものだろう。ベトナムとフィリピンは、団結して中国に対抗する姿勢を他の加盟国に要望した。加盟国が一致して、力による実効支配を強める中国を牽制したのは、ASEAN諸国に団結が実現しつつあることの表れだろう。
 11日には、引き続きネピドーでASEAN首脳会議が行われた。各国首脳は南シナ海情勢などについて協議し、関係国に自制と武力の不使用を求めることを盛り込んだ「ネピドー宣言」を採択した。
 宣言は南シナ海問題について、「緊張をさらに高めるような行動を控えるよう求める」とした。また、「行動規範」の策定で早期に結論を出すことを要請した。消極的な姿勢を示し続ける中国を、名指しを避けつつも非難する内容となった。
 ASEAN議長国のミャンマーのテイン・セイン大統領は閉幕後、記者会見し、ASEANが南シナ海問題などで連携を密にすることを確認したと語った。軍事政権時代に中国と緊密な関係だったミャンマーの南シナ海問題への対応が注目されたが、議長声明では、ASEAN外相会議による「声明の重要性を認識する」と強調。外相声明には盛り込まれたものの首脳会議の「ネピドー宣言」では見送られた「深刻な懸念」という文言を復活させた。ミャンマーは議長声明でも中国を牽制する姿勢を維持し、初の議長国として、以前の親中一辺倒から脱皮した姿勢を示した。

 中国は、南シナ海地域で孤立しつつある。だが、中国はASEAN諸国によるけん制に対しても、全く態度を変えようとしていない。5月13日、ベトナムは前日また新たな衝突があったと発表した。発表によると、中国側は現場海域に軍艦2隻を含む86隻を展開、石油掘削設備を防護している。同日朝、ベトナム沿岸警備隊の船が石油掘削設備に近づこうとしたところ、中国船3隻が放水等で攻撃し、うち1隻が左側面に体当たりしたため、排気装置や側面が10メートルにわたって壊れたという。
 同日、米国のケリー国務長官はまた中国とベトナムの艦船が衝突した問題について「最も新しい懸念がパラセル諸島に対する中国の挑戦であることは明らかだ」と述べ、この問題で、初めて米国の閣僚が中国を名指しで批判した。またこの問題でオバマ政権がベトナム側に立つことを宣明にした。そして、領有権争いの解決に向けた「行動規範」の策定と、国際法に基づいた平和的解決の重要性を訴えた。国務長官職をヒラリー・クリントンから継いだ時には、中国寄りの姿勢が懸念されたケリーがここまで変わった。それは、オバマ政権そのものの変化である。
 
 5月に入ってから、ベトナムでは中国に抗議するデモが相次いでいる。しかし、中国の行動は全く改まらない。既に中国側の艦船は、140隻以上に増加しており、常時石油掘削設備を防護している。26日には、ベトナムの漁船が中国の漁船から体当たりされ、沈没した。一連の衝突事故で、船の沈没は初めてである。現場は中国が設置した石油掘削設備の南南西約31キロ。ベトナム船1隻に対して、中国の漁船約40隻が取り囲んで、船をぶつけてきたと伝えられる。乗っていた漁民10人は別のベトナム船に救助され無事だったというが、同様の衝突事故で既に10数人のベトナム人が死亡していると発表されている。中国の場合は、民間船といっても、軍の関係者が乗って指揮を執っていると可能性がある。
 中国は、ASEAN諸国の声明を無視し、周辺諸国が諦めて中国の意思に従うまで、無法行為を続けるだろう。中国共産党伝統の持久戦である。また、軍と軍がぶつかり合うことなく、目的を達する孫子の兵法、戦わずして勝つの実践でもあるだろう。日本・米国を含む自由主義諸国側は、共産中国の戦略的な思想と行動をよく分析して、対応を誤らないようにしなければならない。

 次回に続く。
コメント

荒れる南シナ海と米中のせめぎ合い5

2014-05-28 08:45:23 | 国際関係
●南シナ海での中国VSベトナム・フィリピンの対立

 ロシアがウクライナのクリミアを併合し、ウクライナ東部では親露派が独立を志向する実力行動を起こしている一方、中国はユーラシア大陸の東部で虎視眈々と覇権の確立を狙っている。南シナ海では、領有権を争う中国とベトナム、フィリピンとの緊張が高まっている。
 南シナ海は、豊富な海洋資源を埋蔵し、海上交通の要衝でもある。その権益をめぐり、中国と東南アジア諸国は1960年代末期から摩擦を繰り返してきた。
 南シナ海にはパラセル(西沙)諸島とスプラトリー(南沙)諸島を中心に200以上の島や岩礁などが存在する。中国はすべての島嶼の領有権を主張し、ベトナム、フィリピン等と争ってきた。
 ベトナム戦争末期、米軍がベトナムから撤退するや、中国は1974年、当時南ベトナムが支配するパラセル諸島をめぐって南ベトナム軍(当時)と衝突し、同諸島全域を掌握した。88年にはスプラトリー諸島でベトナム軍を攻撃し、一部の島を実効支配下に置いた。92年には領海法を制定し、南シナ海と東シナ海の島嶼を一方的に領土にした。一方、米ソ冷戦終結後、1992年に米軍がフィリピンから撤退すると、95年にはフィリピンが領有権を主張していたスプラトリー諸島のミスチーフ環礁を占拠した。
 この40年、中国は南シナ海で力づくの領域拡大を進めてきたわけである。他国の実効支配に挑戦し、あらゆる手段を駆使して現状変更を行い、国際社会の非難を受けても、これを無視してきた。
 中国が南シナ海で覇権を確立しようとする狙いは、まず海洋権益の獲得である。中国は南シナ海の資源埋蔵量につき、石油367億8千万トン、天然ガス7兆5500億立方メートルと推計し、「第2のペルシャ湾」と期待している。また別の狙いは、米国の軍事力への対抗である。海南島には潜水艦基地があり、南シナ海の深海から西太平洋への進出を図っている。中国は米国と太平洋を東西に分けて、西太平洋をシナの海にしようとしているものと見られる。
 しかし、オバマ大統領は、4月下旬のアジア歴訪を行い、アジア太平洋地域でのリバランス政策を具体化した。フィリピンでは新軍事協定を結び、米軍の定期的な派遣等を決めた。このことは、22年ぶりの米軍の回帰を意味する。中国はこれに反発するとともに、アジア太平洋地域ですでに実効支配している領域に対して強固な意志を示すとともに、米国がアジア太平洋地域にどこまで本気で関与しようとしているのか、測ろうとしていると見られる。
 その具体的な表れが、5月初めに中国がパラセル諸島海域で石油の掘削を進めたことである。この海域は、中国がベトナムと領有権を争っている地域である。
 5月2日ベトナムは、同国が排他的経済水域(EEZ)としている現場海域に2隻の船を派遣して抗議したが、中国側は撤退に応じない。そこで巡視船など約30隻を現場海域に派遣したが、中国側は80隻を展開し、中国公船とベトナム船が衝突する事態となった。
 パラセル諸島はベトナム戦争末期の1974年、米軍撤退の隙を突いて中国が実効支配した。中国は同諸島を「中国固有の領土」と主張し、ベトナムはこれに反発している。
 米国は5月7日にサキ国務省報道官は、「今回の一方的な行動は、平和と安定を損なう形で係争海域をめぐる主張を押し通そうとする中国の、より広範な行動様式の一部のように映る」と非難した。
 ベトナム側は5月8日、各国の報道機関に中越両国船衝突の際の映像を公開した。明らかに中国公船がベトナム船にぶつけてきている。ベトナム外務省高官は、中国を「国際司法機関に提訴することも排除しない」と述べた。スカボロー礁を中国海軍に事実上支配されているフィリピンは、中国を国際海洋裁判所に提訴している。ベトナムは、フィリピンに同調する姿勢を示したことになる。
 これに対し、中国は同日、外務省国境海洋事務局の易先良副局長が緊急記者会見し、「ベトナム船が故意に中国公船にぶつかってきた。驚いている」と述べ、ベトナム側の主張を全面否定した。石油掘削は「主権に基づく正当なものだ」と唱え、「10年間続けてきた事業で今年始まったわけではない」と強調した。そして、ベトナム側に「妨害を停止せよ」と船舶の撤退を要求した。 
 石油掘削の正当性の根拠として中国が主張しているのが、南シナ海のほぼ全域を9つの点で結んで囲む独自の「九段線」である。中国はその線の中を領海扱いしている。だが、これは陸地を基点とする領海とはまったく考え方であり、国際法上認められるものではない。
 ベトナムはフィリピンと違って、米国の同盟国ではない。だが、ベトナムも米国のリバランス政策の上で重要な国である。米国は非同盟国ベトナムのカムラン湾を米軍艦船の拠点とするために、軍事協力関係を強化しているからである。
 5月8日、ベトナムを訪問中のラッセル米国務次官補は、ミン副首相兼外相らと会談し、パラセル諸島の周辺海域における中国の石油掘削作業を批判し、「領有権問題は平和、外交的に解決されるべきで、力の行使は控えなければならない」と中国に自制を求めた。だが、中国は全く応じようとしていない。
 パラセル諸島の周辺海域は、中国とベトナムが領有権を争っている海域だか、中国は一方的に石油掘削を行っている。このまま中国の掘削作業が常態化すれば、係争海域がそのまま事実上、中国の領海と化していくだろう。わが国の尖閣諸島周辺海域でも、同じようなやり方をされることが容易に予想される。南シナ海で起こることは、東シナ海でも起こり得る。南シナ海と東シナ海は海洋資源でつながり、シーレーンでつながる一つの海の南方と東方である。わが国は、南シナ海での中国と周辺諸国の現在の抗争をまさに生きた事例として、領域防衛の体制を整えなければならない。

 次回に続く。
コメント

荒れる南シナ海と米中のせめぎ合い4

2014-05-27 08:48:31 | 国際関係
●アジア各国での米国外交の成果(続き)

 オバマ大統領は今回、米国大統領として48年ぶりにマレーシアを訪問した。マレーシアは、1974年にASEANの中で真っ先に中国との関係正常化を図った国であり、対中関係を重視してきた。だが、その一方で、米国との軍事協力関係を進めてもきた。米艦船のマレーシアへの寄港、同国軍将校の米国での軍事教育、マレーシアによるジャングル戦闘訓練地の提供等である。
 本年3月末、マレーシア航空機の行方不明事件が起こった。この事件でマレーシアと中国は、互いに情報発信の不手際を批判し合い、関係が一挙に悪化した。米国はこの機をとらえて、マレーシアとの関係を大きく改善した。オバマ大統領はナジブ政権の対応措置を弁護したうえで、「包括的パートナーシップ」に関する共同声明を出した。声明は、南シナ海における航行の自由、領有権解決に当たっての威嚇・強制・武力行使等の回避、行動規範宣言の早期規定化等を明記した。これによって、米国とマレーシアはともに対中批判の姿勢を示したのである。

 オバマ大統領は、最後にフィリピンを訪問し、アキノ大統領と会談した。両首脳は会談に先立って新軍事協定に署名した。新協定は、アメリカのアジア太平洋重視を明確に示すものとなった。
米比両国は相互防衛条約で結ばれている。だが、冷戦終結と反米感情の高まりを受け、駐留米軍は1992年にフィリピンから完全撤退し、その力の空白に乗じて中国が周辺海域に出てきた。ルソン島沖のスカボロー礁はすでに、中国海軍の事実上の支配下に落ち、フィリピン側が国際海洋裁判所に提訴している。スプラトリー(南沙)諸島東のセカンド・トーマス礁では、比軍兵が座礁船に籠城し領有権の孤塁を守っているのに対し、中国公船は物資補給の妨害に出ている。本年3月に、フィリピンが実効支配するアユンギン礁への補給船を中国の公船が妨害するなど、中国が実力行使を伴う領有権の主張を展開している。中国が力による現状変更を試みているという点で、尖閣諸島をめぐる構図と変わらない。違うのはフィリピンの場合、装備、兵力面で中国に圧倒的に劣ることだ。
 新軍事協定は、こうした中で結ばれた。協定により、米軍は定期的にフィリピンに派遣する。これは実質的な再駐留といってよい。冷戦終結後の1992年にフィリピンから完全撤退した米軍の22年ぶりの回帰である。また米軍は、フィリピン軍の基地内に独自の施設を建設できるようになり、航空機や艦船の巡回を拡大できる。一方、外国軍の駐留を禁じたフィリピンの憲法を考慮し、施設は恒久化しない。中国艦船の動きが活発な海域に近いルソン島の旧米海軍スービック基地などを対象とし、高性能レーダーや偵察機が配備される。核の持ち込みは禁じられる。協定の有効期間は10年間とする。ただし、更新が可能とする。
 オバマ大統領は、共同記者会見で、「われわれの2カ国関係は重要な新たな段階に入った」と語った。オバマ大統領は、1951年の米比相互防衛条約に従ってフィリピンを防衛すると明言した。フィリピンとの新軍事協定により米国は、日本、韓国、オーストラリア、シンガポールなどに加え、再均衡戦略の重要な足場を固めたものとなる。アジア太平洋地域で再均衡戦略を進める米国にとり、歴史的な転換点ともいえる。
 新協定は、南シナ海での中国の勢力拡大を視野に入れたものである。新協定により、フィリピン周辺の南シナ海へも激しい進出攻勢をかける中国に対する抑止力が強化される。ただし、オバマ大統領は会見で「中国の封じ込めが目的ではない」とし、国際法などルールに基づく紛争解決を主張した。
 オバマ大統領のアジア歴訪について、中国政府は、「中国を挑発する旅だ」と反発している。理由は、中国を避けて周辺国を訪問、尖閣諸島への日米安保条約第5条の適用を明言、中国が設定した防空識別圏を通過、中国の拡張を牽制する目的の新軍事協定をフィリピンと締結等である。これらは中国封じ込めの一環だという解釈が中国の外交関係者の間には広がっている。

 わが国としては、安倍首相・オバマ大統領による日米共同声明に、尖閣諸島が日米安保第5条の適用範囲であることが明言されたことは、大きな成果だった。また、米国が韓国・マレーシア・フィリピンと安全保障の協力関係を強化したことは、わが国にとってもプラスである。ただし、米国は財政危機の中で、今後国防予算が削減されるので、本当に約束が守られるのかという疑問はぬぐえない。それゆえ、わが国はあくまで自主防衛の充実に努力しなければならない。その上で、自国だけではできない課題について、同盟関係を活用していくという姿勢が必要である。米国に追従するのではなく、米国の力を活かして、アジア太平洋地の平和と安定を図るということである。そのために、可能な範囲で米国のリバランス政策に協力することが必要である。

 次回に続く。
コメント

荒れる南シナ海と米中のせめぎ合い3

2014-05-25 06:31:29 | 国際関係
●アジア各国での米国外交の成果

 オバマ大統領は、4月23日から28日かけて、日本・韓国・マレーシア・フィリピンを歴訪した。そこで何が話し合われ、何が決まったか。

 まずわが国においては、オバマ大統領は安倍首相と会談し、日米共同声明を発表した。声明は、尖閣諸島は日米安全保障条約の適用範囲に含まれるとした。米国は「最新鋭の軍事資産を日本に配備してきており、日米安保条約の下での関与を果たすために必要な全ての能力を提供している」と同盟上の誓約を確認した。このことは、中国に対する抑止になる。また声明は、クリミアを併合した「ロシアの違法な試み」を非難した。このことは、尖閣諸島等の奪取を狙っている中国への牽制となった。また声明はまた東シナ海及び南シナ海への領土拡大を進める中国を批判し、同時に中国の一方的な防空識別圏設定を批判した。
 なかでも尖閣諸島が日本の施政権下にあり、日米安全保障条約第5条の適用範囲にある、とオバマ大統領が米国大統領として初めて明言したことは、非常に重要な発言だった。同趣旨の発言はすでに、米国務長官、国防長官、また議会有力者等が行ってきたが、大統領が発言したことは重みが違う。
 日米共同声明及びオバマ大統領の発言は、中国への批判を避けてきた米国の方針が大きく変わったことを意味する。ただし、オバマ大統領は日米首脳会談でありながら、中国を「世界にとって非常に重要な国」と会見で繰り返していた。中国を刺激しないよう、中国に配慮した発言である。米国はあくまで自国の国益を中心に外交を行っているのであって、状況次第でいつまた政策を転換するか分からない。米国に過度の期待を寄せ、生存と安全を依存するべきではない。日本人が自ら国を守る、その意志を持ち、具体的に防備したうえで、同盟国と連携・協力するというのが、基本的な姿勢でなければならない。

 次に、韓国では、オバマ大統領は朴槿恵(パク・クネ)大統領と会談した。4月16日全羅南道の珍島沖合で、旅客船「セウォル号」が事故により沈没し、死者・行方不明者300名以上という大惨事が起こり、朴大統領の責任を問う声が上がっている中での会談となった。
 オバマ大統領は、4回目の核実験を強行する可能性がある北朝鮮に関し、米韓同盟を守るためには武力行使も辞さない、と発言した。韓国防衛のための戦時統制権を予定通り平成27年(2015)に米軍から韓国軍に移管する件については、保留した。米国はかつて朝鮮半島で大失敗をしている。昭和25年(1950)、北朝鮮の侵攻により朝鮮戦争が勃発したのは、アチソン国務長官が、「米国が責任を持つ防衛ラインは、フィリピン・沖縄・日本・アリューシャン列島までであり、それ以外の地域は責任を持たない」と発言し、朝鮮半島に言及しなかったことが誘因となった。現在、北朝鮮は、核・ミサイル開発を推進しており、また冒険主義的で挑発的な言動を繰り返している。北朝鮮が今の体制のまま、米軍が戦時統制権を韓国軍に移管することは、リスクを伴う。それゆえ、本件が保留されたのは、東アジアの安定のために有益である。
 残念だったのは、オバマ大統領が、旧日本軍の慰安婦問題について「恐るべき人権侵害の行為だ」等と発言したことである。米国大統領が公の場で慰安婦問題について、このように踏み込んだ発言をしたのは初めてだった。しかも、韓国首脳と行った共同記者会見におけるものゆえ、その発言は重い。韓国側は、オバマ発言を政治的・外交的に利用してくるだろう。韓国は中国と連携して、反日攻勢を強めている。そのただなかでの発言ゆえ、日韓関係の融和ではなく、悪化に作用するだろう。

 次回に続く。
コメント

人権97~イギリスの権利・権力構造

2014-05-24 08:43:35 | 人権
●先進国イギリスの権利・権力構造

 イギリスでは、17世紀以降、リベラリズム(自由主義)とデモクラシー(民衆参政主義)が発達した。もともと別の思想だったが、これらが合体して生まれたリベラル・デモクラシーの下で、イギリスのネイション(国民共同体)が形成された。リベラル・デモクラシーは、西欧の政治的近代化の中心思想となった。
 さて、本稿でイギリスと呼んでいる国の正式名称は、「the United Kingdom of Great Britain and North Ireland」すなわち「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」である。イギリスは、かつて大ブリテン島においてイングランド、スコットランド、ウェールズ等の諸国に分かれていた。15世紀末に成立したイングランドのチューダー朝のもとで、ウェールズの併合とアイルランドの植民地化が進められた。イギリスでは、ピューリタン革命、名誉革命を経て、17世紀末のイングランドに国民国家(nation-state)が形成され、1707年イングランドとスコットランドの合同がなり、両国の旗を合わせたユニオン・ジャックに象徴される「グレート・ブリテン連合王国」が成立した。その後、1801年にアイルランドを併合して、現在の連合王国となった。
 通説では、フランス市民革命によって身分制社会が解体され、革命の理念を継承したナポレオン・ボナパルトが、自由かつ平等な国民の結合による国民国家を打ち立て、それが西欧に普及したとされる。だが、その前に、イギリスで市民革命を通じて国民国家が登場し、それへの対抗において、フランス等の諸国に国民国家が広がったと考えないと、大きな流れは見えない。ネイションを形成しようとする思想・運動をナショナリズムというが、ナショナリズムもまたイギリスにおいて発達し、これに対抗して、周辺諸国にナショナリズムが勃興したと見るべきである。
 わが国では、共和制・国民主権を理想とするアメリカ・フランス系の思想が世界標準であるかのように、しばしば錯覚されている。実際は、リベラリズムもデモクラシーも、個人主義も資本主義も、国民国家もナショナリズムも、君主制・議会主権のイギリスにおいて発達した。今日の福祉国家の理念を生んだ漸進的な社会改良主義もまたイギリスで発達した。それらの主義が、イギリスから近代世界システムの中核部の諸国に広がった事実が見逃されやすいのは、共和主義及びその過激な形態としての共産主義を進歩的と奉る思想の影響である。
 ところで、イギリス市民革命は階級闘争だったが、そこには民族問題の要素があることを見逃してはならない。イギリスは、民族間支配の征服国家だった。そこで階級分化が起こり、被支配民族から新たな階級が現れ、自由と権利を追求した。ヨーマンリーやブルジョワジーの多くはアングロ=サクソン人だった。彼らの運動には、ノルマン人である国王や貴族に対し、被征服先住民の側から反抗したという一面があった。この権利と権力の闘争の中から、イギリスの近代議会政治が生まれた。征服・支配され権利を侵害された先住民が、支配階級となった渡来民に対して、権利の回復・拡大を求めて戦い、権利と権力の変動と均衡が生まれたのである。
 民族問題の要素は、市民革命期にとどまらない。19世紀に現れる労働党や社会主義の主唱者の大部分はケルト人だった。ノルマン人とアングロ=サクソン人の民族融和の外にあったケルト人から、社会主義に活路を求める者が多く出た。これと対照的なのは、ケルト系のロイド・ジョージが、自由党の有力政治家として活躍し、第1次世界大戦では首相として英国の勝利に貢献したことである。
 イギリスの民族関係は地域間の問題ともなっている。スコットランド、ウェールズ、アイルランドはケルト人が多い。アイルランドは、現在も深刻な民族紛争・宗教対立の地となっている。ただし、イギリスの国家は、民族支配に基礎を置く身分制を残存しながらも、民族間の融和が進み、連合王国として一個のネイション(国民共同体)を形成することに成功している。ネイションの形成をなし得たからこそ、大英帝国の繁栄が得られたのである。ウォーラーステインのいう「近代世界システム」において、イギリスは中核部に位置する。この広大な植民地を持つ帝国の本国では、その国民の特権として、自由と権利が拡大されたのである。イギリスのリベラル・デモクラシーは、植民地から収奪する富の上に発展したものだった。本国における労働者や下層階級もまた中核部の国民としての恩恵を受けていた。先住のケルト人や外来の民族であっても、リベラル・デモクラシーのもとに富と権力を得ることができたのである。
 19世紀後半、マルクスは、所有を中心に社会を分析した。そしてイギリスを始め、資本主義の先進国における階級闘争による共産主義革命を煽動した。だが、権利と権力の関係は、所有関係だけでなく、支配関係からも見ないととらえられない。マルクスが分析した近代資本主義発祥の地における権利と権力の変動には、民族問題が深く絡んでいたのである。
 イギリスの民族問題には、他の西欧諸国の多くと同様、ユダヤ人の問題もある。先にドイツ30年戦争の項目に書いたが、中世のヨーロッパでは、キリスト教に改宗しないユダヤ人は異教徒として差別され、市民権を与えられず、職業は金貸し、税の集金等に限定された。13世紀までには、ユダヤ人はイエスを磔刑に処し、死に至らしめた罪により、永久に隷属的地位に置かれるべきだという教えが、カトリック教会で確立された。イギリスでは、1290年にユダヤ人が追放された。以後、公式に撤回することはなかったが、17世紀後半になると事実上、ユダヤ人の居住を再び認め始めた。彼らの経済的能力への評価による。ピューリタン革命は、ユダヤ人に対する政策が再検討されるきっかけとなった。清教徒たちは、英訳の旧約聖書を読み、ユダヤ人に尊敬の念を持つようになった。クロムウェルは、ユダヤ人の経済力が国益にかなうという現実的判断をし、寛大な政策への道を開いた。王政復古後のチャールズ2世も同様にユダヤ人に対して正式に居住を認めた。理由は、イギリスの商人を守るよりユダヤ人を保護する方が経済的にずっと大きな利益が得られると判断したからだった。こうして17世紀末までには、ユダヤ人が正式にイギリスに住むことが出来るようになった。
 名誉革命は、さらにユダヤ人の地位を高めた。名誉革命は、オランダからオレンジ公ウィレムを招聘して、国王を交代させたが、そこにはユダヤ人の関与があった。1688年ウィレムが英国に出兵する際、オランダのユダヤ人ロペス・ソアッソ一族が経費を前貸しした。新国王が誕生すると、大勢のユダヤ人金融業者がロンドンに移り住んだ。ロンドンではウィリアムの時代に金融市場が発達したが、その創設にはユダヤ人が関った。その後のシティの繁栄は、ユダヤ人の知識・技術・人脈によるところが大きい。私は、大英帝国の文化は、単にアングロ・サクソン文化というより、アングロ・サクソン=ユダヤ文化というべきだと見ている。
 権利と権力について言えば、今日もイギリスは立憲君主国だが、主権は国王と貴族院・庶民院で構成される議会にあるとされる。これを「議会主権(Parliamentary Sovereignty)」という。君主は「議会における国王(または女王)(King [or Queen] in Parliament)」と呼ばれる。議会は、集団の意思の合成のための機関である。国王と貴族・庶民の代表者が意思を合成して、意思決定をする。その機関に主権があるということは、国王と国民が統治権を共有している体制と見ることができる。イギリスの議会主権は、国王主権とも国民主権とも違う形態だが、国王をその国籍によって国民の中に含めれば、君主制は広義の国民主権となる。国民主権には、こうした君主制による広義の国民主権と共和制による狭義の国民主権がある。前者は君民共有主権と呼ぶこともできる。君民共有主権の国民国家では、君主を特別の身分とするから、国民は皆平等という単純な平等論は成り立たない。
 イギリスには、中世以来の身分制が存続しており、議会は貴族院と庶民院で構成されている。国民の権利の調整を行う司法では、貴族院が「最高裁」の役目も負っている。イギリスには成文憲法がなく、法律より慣習が優先され、「良き伝統」という概念が重要とされる。貴族院が、これが「良き伝統」であると判断すれば、それが基準となる。この基準によって、権利と権利の衝突の調整をする。こうした「良き伝統」を否定するような人権の概念は認められない。近代化の先進国イギリスの実態は、以上のごときである。
 宗教についても、イギリスは英国国教会を「国教」と定めており、英国王は国教会の首長である。またこの宗教的伝統は権利を守る根拠とされている。市民革命の動機の一つは、信教の自由を守ることだったが、国教会以外のキリスト教宗派のほか、ユダヤ人の信仰するユダヤ教にも一定の自由が保障されるようになった。現在イギリスでは国教会の教徒が国民の4割以上を占める一方、他の宗派や宗教を信じる自由は保障されている。
 上記の議会主権及び国教と信教の自由については、十分注意する必要がある。イギリスは、こうした伝統を保ちながら、今日の世界で最も良く自由と権利が最もよく保障されている国の一つである。それは、自由と権利の拡大には、普遍的・生得的な人間の権利という思想は、必ずしも必要がないことを示していると言えよう。

 次回に続く。
コメント

慰安婦問題の誤解を解く英文冊子が刊行

2014-05-23 09:32:35 | 慰安婦
 日本政策研究センターが慰安婦問題に関する英文の小冊子を発行しました。著者は西岡力氏です。資料を提示して事実関係を示し、誤った情報に対して的確な反論をしています。同センターのサイトからダウンロード(無料)できます。和文版もあります。啓発活動に活用しましょう。
http://www.seisaku-center.net/sites/default/files/uploaded/The%20Comfort%20Women%20Issue-02.pdf
http://www.seisaku-center.net/sites/default/files/uploaded/The_Comfort_Women_Issue_Japanese.pdf
コメント

荒れる南シナ海と米中のせめぎ合い2

2014-05-22 08:45:22 | 国際関係

●アメリカの対中政策転換の経緯

 アメリカはなぜ対中抑止に舵を切ったのか。昨年秋、中国人民解放軍は、大規模な軍事演習「使命行動2013」を行い、その一部として尖閣奪取の大掛かりな訓練をした。
 一昨年9月にわが国が尖閣諸島3島の国有化を発表して以来、尖閣周辺での中国公船の活動は常態化した。昨年秋までの約1年間、平均して海警局の公船による接続水域進入は週7日のうち5日、領海侵入は6日に1日に上っていた。そういう状況において、人民解放軍は、尖閣奪取の大規模訓練を行ったのである。
 この大規模演習は、本年2月18日USNIニュース電子版に掲載された記事で明らかにされた。USNIは、United States Naval Institute(米国海軍研究所)の略称である。記事は、太平洋艦隊情報副部長のジェームズ・ファネル大佐が、2月13日にカリフォルニア州で開催されたシンポジウムで行った発言を伝えた。大佐は、中国軍の大規模演習を分析した結果、「人民解放軍には、東シナ海で日本の部隊を撃破する“電撃的な戦闘”を遂行できるよう、新しい任務が与えられている」と述べた。狙いは「尖閣諸島、さらに琉球諸島南部の奪取である」という。また大佐は、中国が南シナ海全域に領有権を主張する「九段線」に触れ、「海域に対する支配を徐々に強めていこうとする行動の表れ」だと強調した。
 大規模演習には、台湾正面を受け持つ南京軍区の1万7千人を中核に、広州軍区、東海艦隊、南海艦隊などから計4万人が動員された。兵力投射、火力運用、軍民連携による後方支援を展開したという。
 昨年秋と言えば、11月23日中国政府は沖縄県・尖閣諸島を含む東シナ海に「防空識別圏」を一方的に設定した。圏内で国防省の指令に従わない航空機には「武力で防御的な緊急措置」を取ると警告した。日本政府は「わが国固有の領土を含み、全く受け入れられない」と抗議し、ケリー米国務長官も「東シナ海の現状を変えようとする一方的な行動だ」と非難した。同月バイデン副大統領が訪中し、防空識別圏設定に関して中国要人と議論した。副大統領の帰国後、オバマ政権の外交・国防チームは中国の脅威に厳しく対応すると決定した。
 今年に入ると、1月末にメディロス国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長が厳しい対中批判を行った。2月初めには、ラッセル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が、下院外交委アジア太平洋小委員会で、ファネル大佐の発言を引用した証言を行った。尖閣を含む防空識別圏の一方的な設定と、「九段線」という根拠のない領有権主張を批判した。
 ファネル発言、それに続く政府高官の中国批判は、今回のオバマ大統領のアジア歴訪につながるものだろう。アジア歴訪における大統領の言動は、中国による「使命行動2013」が現実となることを防ぐために、米国と地域諸国の連携・協力を強化し、抑止力を高めるものとなったと言えよう。

 次回に続く。
コメント

荒れる南シナ海と米中のせめぎ合い1

2014-05-21 11:44:36 | 国際関係
●はじめに

 ロシアがウクライナのクリミア共和国を併合したことにより、冷戦終結後、かつてないほど世界の緊張は高まりつつある。中国は、ロシアに対する米国・EU・日本等の制裁の度合いを見て、尖閣諸島を含むアジア太平洋地域で海洋覇権の拡大を狙っている。これに対して、米国はどう対応するかが注目されてきた。
 そうしたなかで、オバマ大統領は4月23~28日、日本などアジア4カ国を歴訪した。オバマ大統領のアジア歴訪はアジア太平洋地域での同盟を強化し、覇権拡大政策をとる中国を牽制するために有益なものとなった。これまでの宥和策中心の姿勢から、中国の侵攻を阻止しようとする姿勢に転換したことを示すものとも考えられる。
冷戦時代に、米国と中国はインドシナ半島で激しく勢力争いをした。ベトナム戦争やカンボジア内戦は、米中の勢力争いの舞台だった。今日その争いの再現を思わせるほど、東南アジアは再び米中が激しく競い合う地域となっている。その点については、拙稿「米中が競い合う東南アジアと日本の外交」に書いた。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12p.htm
 今回はオバマ大統領のアジア歴訪が終了するや、5月初め中国は、南シナ海のパラセル(中国名・西沙)諸島海域で石油掘削を進めた。これを阻止しようとするベトナム船と中国公船が衝突を繰り返しており、南シナ海に緊張が高まっている。中国は、アメリカがアジア太平洋地域にどこまで本気で関与しようとしているのかを試しているものと見られる。
 本稿は、オバマ大統領のアジア歴訪の意義を踏まえ、南シナ海における中国と東南アジア諸国の対立及び米中のせめぎ合いについて書き、わが国の取るべき対応について述べるものである。7回を予定している。

●オバマ大統領のアジア歴訪の意義

 オバマ大統領の日本、韓国、マレーシア、フィリピンのアジア4カ国歴訪は、アジア太平洋地域での同盟を強化し、覇権拡大政策をとる中国を牽制するために有益なものとなった。オバマ政権は、これまでの宥和策中心の姿勢から、中国の攻撃を阻止する姿勢へと転換したことを示すものとも考えられる。
 オバマ大統領は、平成23年(2011)11月にオーストラリアでリバランス政策(再均衡政策)を打ち出した。海洋進出を図る中国に対抗するため、外交・安全保障の比重をアジア太平洋に移すという政策である。しかし、ダーウィンへの米海兵隊派遣、在沖縄海兵隊の一部グアム移転以外は目立った手を打ってこなかった。
 果たしてオバマ政権は、本気でアジア太平洋を重視する政策を行うのかどうか、日本や東南アジアでは疑問が湧くようになっていた。そうしたなか、本年3月18日ロシアがウクライナのクリミア自治共和国の併合を行った。冷戦終結後、はじめての現状変更の動きである。米国を始めとする先進諸国は、ロシアに対し、G8からの一時除名、資源系企業やプーチン大統領の関係者への経済制裁など、経済的な圧力を強めている。だが、EU諸国の多くは天然ガス等のエネルギー資源をロシアに多く依存しているから、経済制裁の強化は、わが身に返ってくる。米国も世界第2位の核大国・ロシアに対し、強力な制裁を断行することには慎重である。中国は、領土拡張を図るロシアに対し、米・欧・日がどう出るかを注視している。対露制裁とその効果の程度を見て、中国は東シナ海・南シナ海で海洋覇権拡大の行動を起こす機会を狙っている。中国はクリミア問題で、米・欧・日の側ではなく、実質的にロシア側に付いた。世界は、冷戦期のように、米・欧・日の側と露・中の側に、再び別れ出しているようにも見える。
 オバマ大統領のアジア歴訪は、こうした世界情勢における米国の行動だった。大統領は日本では尖閣防衛を明言した。韓国では米韓同盟を確認した。マレーシアでは軍事力行使や威嚇への反対で中国を牽制した。フィリピンでは新軍事協定に調印し、防衛関係を強化した。韓国からマレーシアに飛んだ米大統領専用機が、中国が一方的に設けた防空識別圏を無視したことも意義が大きい。
 米国は、今回のアジア歴訪でようやくリバランス政策を充実させ始めた。わが国やアジア太平洋地域諸国の疑念に対する答えと言えるだろう。地域に一定の安心感が広がっている。また、東南アジア諸国では、中国に対して結束して対応しようという機運が現れている。

 次回に続く。
コメント

2年後の同日選挙で憲法改正を~百地章氏

2014-05-19 08:49:46 | 憲法
 3月30日都内で行われた集会で、日本大学教授・百地章氏による「憲法改正の実現へ向けて」と題した講演を聴いた。百地氏は、自民党では2年後に衆参同日選挙を行う案が出ていると述べ、その時に憲法改正の国民投票を行うことを提案した。百地氏は、その講演と同じ主旨の文章を、産経新聞5月1日号に寄稿した。
 大意を記すと、現在衆院では憲法改正の発議に必要な改憲派の議員が3分の2を超え、参院でも潜在的には3分の2以上おり、国会の改憲発議は時間の問題だろう。ただ、懸念されるのが国民投票である。護憲派は10年近く前から反対運動の対象を国民投票にシフトして活動している。マスメディア等の影響もあって、憲法改正反対の声は増加しつつある。他方、改憲派の国民運動は遅れている。もし今国民投票が行われたら否決されてしまう恐れさえある。このような中で国民投票を行い改正を実現するためには、平成28年夏の衆参同日選挙に国民投票をぶつけるしかあるまい。安倍内閣の手でまず景気を回復させ、国民の活気を取り戻し、高い内閣支持率の下で憲法改正に打って出る以外考えられまい。この「黄金の2年間」をフル活用すべく、改憲を目指した国民運動が始動したーーとの旨である。
 先の集会では、憲法改正に向けたDVDが映写された。視聴したのは、「憲法に『家族条項』を明記し『家族の絆』を」。百地氏が解説者となり、10分程度で要点をわかりやすく、伝えている。この映像は「誰にでもわかる憲法改正の話」というシリーズの2作目で、1本目は「日本の平和を守るため、『9条2項』の改正を」。今後、憲法前文、天皇、緊急事態条項、改正条項、環境規定を制作予定という。
 2年後の憲法改正を目指して、国民の啓発を進めるために、有効なツールになるだろう。
 以下は、百地氏の記事の転載。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●産経新聞 平成26年5月1日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140501/plc14050103060003-n1.htm
【正論】
国民の憲法1年 2年後の同日選挙で改憲実現を 日本大学教授・百地章
2014.5.1 03:06 [憲法改正]

 憲法改正国民投票法の改正案が、連休明けの8日、衆議院憲法審査会において賛成多数で可決される見通しという。

≪テーマある程度絞り込め≫
 自民党の船田元・憲法改正推進本部長(当時代行)は年初、「通常国会の前半で決着をつけ、後半から憲法改正の中身について、どこから改正を始めるかという話を他党としたい」と意欲的に語っており(毎日新聞、1月11日付)、本格的改憲論議を期待したい。
 ここまで来た以上、改憲テーマについては優先順位を定め、何点かに絞り込んでいくべきだろう。基準の一つは、国家的に重要な課題であって緊急性を要すること、そして国民多数の支持が得られそうなもの-である。真っ先に考えられるのは、いつ発生するか分からない首都直下型大地震に備え、憲法に緊急事態条項を定めることである。これなら国民の多数の支持が得られるであろう。
 また国家的重要性と緊急性でいえば、迫りくる中国や北朝鮮の軍事的脅威から尖閣諸島や沖縄さらに本土を守るため、憲法9条2項を改正して自衛隊を「軍隊」とすることもあげられよう。国民に分かりやすく説明していけば、必ず道は開かれるはずである。
 先の日米首脳会談において、オバマ大統領から尖閣諸島が日米安全保障条約の対象になるとの約束を取り付けたのは画期的だ。が、現実に集団的自衛権が発動されるかどうかは分からない。なぜなら、条約第5条は、日米両国が「自国の憲法上の規定及び手続に従って」行動すると定めているからだ。米軍の出動を担保するためにも、わが国が自ら尖閣諸島を防衛する覚悟を定め、身を以て実践していかなければなるまい。
 現在衆議院では憲法改正の発議に必要な議員がゆうに3分の2を超え、参議院でも潜在的には3分の2以上の改憲勢力が形成されているという。つまりこれまで憲法改正の前に立ちはだかってきた3分の1の壁は崩れ落ちようとしている。これを突破するためには相当な政治力が必要だろうが、国会の発議は時間の問題と思われる。

≪成否を決する国民投票≫
 ただ、懸念されるのが国民投票である。護憲派は10年近く前から、反対運動の対象を国民投票にシフトしてきた。たとえ国会で発議されても国民投票で否決してしまおうとの戦略である。
 「九条を守る会」は全国に7500以上あるといわれ、「マスコミ九条の会」などといった職域別の会も多数存在する。また、今年の3月には、左翼系学者、文化人らによる「戦争をさせない1000人委員会」が発足した。それに護憲派マスメディア等の影響もあって、憲法改正反対の声は増加しつつある。他方、改憲派の国民運動は遅れており、もし今国民投票が行われたら否決されてしまう恐れさえある。
 このような中で国民投票を行い改正を実現するためには、2年後つまり平成28年夏に想定される衆参同日選挙に国民投票をぶつけるしかあるまい。それによって保守勢力を国民投票に総動員するわけだ。というのは、もし単独に国民投票を行った場合、護憲派は必死になって投票所に足を運ぶだろうが、改憲派の動向は読めないからである。

≪トリプル戦略で勝利を≫
 とはいえ、今後2年間で憲法改正をといわれても、戸惑う向きは多かろう。しかし、国会の両院で3分の2を超える改憲勢力が結集できたのは、憲法制定以来はじめてであり、これ以上のチャンスはない。しかも、2年後の衆参両院選挙の結果は未知数である。となれば、この「黄金の2年間」をフル活用するしかなかろう。安倍内閣の手でまず景気を回復させ、国民の活気を取り戻し、高い内閣支持率の下で憲法改正に打って出る以外考えられまい。
 昨年暮れ、「自民 憲法改正へ本格化」の大見出しのもと、「自民党憲法改正推進本部では、国民投票法改正を経て16年〔平成28年〕に憲法改正の発議・国民投票にこぎつける日程案が浮上している」との新聞報道があった(読売新聞、平成25年12月31日付)。そしてこれを裏付けるように、2年後の改憲を目指した国民運動が現実に始動し出している。3月議会では、石川県を皮切りに千葉県、熊本県など計8県議会で憲法改正促進を求める意見書が採択されており、6月議会ではさらに多くの県議会で議決が行われようとしている。
 思い出してみよう。第1次安倍内閣では、それまでの積み重ねがあったにせよ、従来まず不可能と考えられてきた教育基本法の改正を成し遂げた上、憲法改正国民投票法を制定し、さらに防衛庁を防衛省に昇格することができた。それもわずか1年間である。
 であれば、憲法改正とてできないはずがない。第2次安倍内閣の下、この2年間をかけて憲法改正を実現し、日本再建の力強い第一歩を踏み出そうではないか。(ももち あきら)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
コメント