ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

対米緊張関係で揺れるイラン1

2020-01-21 10:32:14 | 国際関係
 1月3日米国は、イラン革命防衛隊の海外作戦を担当するコッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官を無人機による攻撃で殺害した。これに対し、イランは8日、米軍及び有志国軍が駐留するイラク軍基地2か所を地対地ミサイルで攻撃した。イランは米軍兵士80人を殺害したと発表したが、米国は人命被害はないと発表した。
 昨年10月から1月8日までの経緯について、河野太郎防衛大臣がブログに経緯の詳細を書いた。

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https://www.taro.org/…/%e3%82%a4%e3%83%a9%e3%82%af%e3%81%a7…
イラクで何が起こったのか
ごまめの歯ぎしり ,防衛大臣
2020.01.08

 2020年1月8日(日本時間)、イランから発射されたミサイルが米軍及び有志国も駐留するアル・アサド及びエルビルの二つのイラク軍基地に着弾しました。イラン革命防衛隊は、地対地ミサイルの発射を発表しています。
 イラクで何が起きたのか、公開情報で時系列に見ていきます。

 2019年10月以降、イラクで米軍が駐留する基地に対する攻撃が多発しました。
 バグダッドで10月2日、タジ空軍基地で10月28日、バグダッドで10月30日、アサド空軍基地で12月3日、バラド空軍基地で12月5日、バグダッドで12月9日、12月12日、ロケット弾などでの攻撃がありました。
 アメリカ人には被害はなかったもののアメリカはソレイマニ司令官の関与を主張。
 12月27日、対ISIL有志連合が駐留するイラク中部キルクークのイラク軍基地にロケット弾30発以上が着弾し、米軍が契約する民間人が1人死亡、米軍兵士4人とイラク治安部隊2人が負傷しました。
 29日、アメリカはこの攻撃を含む米軍への相次ぐ攻撃を行ったとしてイスラム教シーア派の武装組織カタイブ・ヒズボラの拠点5カ所(イラク西部3カ所及びシリア東部2カ所)へ「防御的対応」として精密攻撃を実施。
 12月31日、カタイブ・ヒズボラに対する米軍による攻撃に反発したイラクの民衆がバグダッドにあるアメリカ大使館を襲撃し、大使館の建物が損傷し、米国務省はイラク在住のアメリカ国民に対し、イラク国外への退去を要請。
 アメリカは、イランと関係の深いシーア派民兵組織がデモを扇動し、デモの中に民兵組織の制服を着た構成員を確認したと主張。
 同日、大使館防護を目的にクウェートから海兵隊を緊急展開するとともに、エスパー国防長官が空挺師団から一個大隊(約750人)を緊急展開する計画を発表。
 1月2日、エスパー国防長官は、イランとその代理勢力がアメリカへの攻撃を実施する兆候がある、局面は変化し、米軍はイランへの先制攻撃を辞さずと警告。
 1月3日現地時間00:30、ソレイマニ司令官の搭乗機がバグダッド国際空港に着陸。司令官は車両に乗車。
 空港を出発し、貨物ターミナル付近を走行しているところに米無人機から発射された誘導ミサイルが命中し、司令官は死亡、同乗していたカタイブ・ヒズボラのムハンディス司令官も死亡。
 3日、トランプ大統領が、戦争を開始するためではなく防ぐための攻撃だと主張。
 同じく3日、イランの最高指導者ハメネイ師は3日間の喪に服すこと及びその後の報復を宣言し、イランの国連大使は国連事務総長宛ての書簡で自衛権の行使を示唆。
 1月4日、バグダッド市内のアメリカ大使館が所在するグリーンゾーンにロケット弾2発が着弾しイラク人3人が負傷し、さらに米軍が駐留するバグダッド北部のバラド空軍基地にロケット弾3発が着弾。
 トランプ大統領はイランが報復すれば、アメリカはイランの重要な施設52カ所を攻撃すると警告。
 米国防省は、中東地域に米軍3000人を追加派遣すると発表したとの報道。
 1月5日、ハメネイ師の軍事顧問がイランは米軍施設に直接報復すると発言したとの報道。
 イランは核合意の濃縮能力に関する制限を遵守せずと表明するもIAEAとの協力関係は維持する旨を発表。
 5日、イラクの議会は米軍その他の外国部隊の撤退を求める決議を可決。
 1月6日、テヘランでソレイマニ司令官の葬儀が行われ、国営メディアは数百万人が集まったとの報道。
 イラクのアブドルマハディ暫定首相は米大使に対し、駐留部隊の撤退への協力を要請。
 1月8日(日本時間)、イランから発射されたミサイルが米軍及び有志国も駐留するアル・アサド及びエルビルの二つのイラク軍基地に着弾。イラン革命防衛隊は、地対地ミサイルの発射を発表。

 日本政府は情勢の分析を進めると同時に、今後の変化を見極めるべく努力をしていきます。
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 イランは、イラク軍基地攻撃後、ロウハニ大統領が、米国は、イランのソレイマニ司令官という「腕を切り落とした」かもしれないが、イランは報復として中東地域の米国の「足」を切り落とすと述べた。また、最高指導者アリ・ハメネイは、米国に「顔への平手打ち」を食らわせたと表現した。
だが、イランは、攻撃を実施するとともに米国に書簡を送り、戦争をする意思はないことを伝えていたとのことであり、また基地攻撃は人命損傷を避けた仕方だったと見られ、トランプ政権はさらなる報復攻撃をせず、経済制裁で対抗することを表明した。当面事態の拡大はなさそうである。
 ただし、イランの服喪期間は40日で、それが明ける2月11日がイスラム革命記念日ということから、その日以降に報復攻撃が行なわれる可能性があると警戒する専門家もいる。イランの外交は2枚舌どころか3枚、4枚の舌があるのかと思われるほど巧妙なものなので、予断を許さない。
 イラン革命防衛隊は直接、作戦行動を実施せず、その影響下にある各地の軍事組織が米軍に対して小規模な攻撃を繰り返す可能性もある。イランの影響を受けているテロ集団がテロを行なうことも警戒される。

 次回に続く。

************* 著書のご案内 ****************

 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
 
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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インド43~大乗仏教の勃興

2020-01-20 09:32:55 | 心と宗教
●釈迦の超人化・神格化

 釈迦は、ヴェーダの神々を否定することでブラフマンからダルマへという「神から法へ」の転換を行った。だが、釈迦の入滅後、釈迦は単なる人間ではないとして、超人化されるようになった。釈迦の生涯を伝える話には、多くの神話的要素が加えられていった。釈迦は、超人的存在として崇拝され、人々がその慈悲にすがる信仰の対象となり、救済者としての神に似た性格を持つことになった。一種の神格化である。この超人化・神格化によって、今度は「法から神へ」の逆行が起った。
 その兆しとなったのが、仏塔信仰である。

●仏塔信仰

 部派仏教の時代に、在家者の間で、釈迦の遺骨を納めた仏塔を中心とする信仰が起った。釈迦の遺骨は、舎利または仏舎利といわれる。分骨された舎利を収めるため、ストゥーパ(卒塔婆)と呼ばれる塔が、在家者によって造られた。その仏塔を中心として、在家者の集団が生まれた。インド文明では本来、墓を造らない。そうした社会において、釈迦の遺骨を守る信仰が発達したことは、釈迦の超人化・神格化への動きである。
 超人化・神格化が進む中で、釈迦は最初のブッダ(目覚めた人、悟りを得た人)ではなく、彼以前にもブッダが何人か存在したという過去仏の信仰が現れた。やがて釈迦は歴代のブッダのうちの6人目とされた。在家者の中にはヴェーダの宗教から改宗した者たちが少なくなかっただろうから、歴代のブッダへの信仰はヴェーダの宗教の中にあった信仰が仏教に持ち込まれたものかもしれない。
 こうしたことから、仏塔信仰が大乗仏教の起源となったとする見方がある。これを大乗仏塔起源説という。

●新たな経典の出現

 部派仏教の盛んななか、紀元前後の時期から新しい性格を持った経典が現れ出した。その内容は、釈迦が折々に説いた教えを集成したものとは違い、新たな思想を表現したものである。それらの経典のうち、特に古いと考えられているのは、『般舟三昧経』、『阿閦仏国経』、『大阿弥陀経』である。続いて、般若経の経典群、浄土系経典、『法華経』、『華厳経』等が作られた。後代のものになるほど、経典に神話的要素や文学的色彩が目立つようになった。

●大乗仏教の勃興

 一連の新経典が立脚するのは、出家者が個人の解脱を目指す立場ではなく、在家者を中心として大衆の救済を求める立場である。自分が解脱して涅槃寂静に至ることを目指すことを自利、一切衆生の救済を助けることを利他という。自利より利他を尊ぶ立場の信仰運動から興ったのが、大乗仏教である。また、一連の新経典を大乗経典と呼ぶ。
 大乗とはマハー・ヤーナの漢訳で、「大きな乗り物」を意味する。乗り物とは、川のこちら側から向こう岸へと渡る船をイメージしたものであり、迷いの世界である此岸から悟りの世界である彼岸へ行くための手段である。
 大乗に対する小乗はヒーナ・ヤーナの漢訳で、「小さな乗り物」または「劣った乗り物」を意味する。これは、大乗仏教の側から部派仏教を呼んだ蔑称である。現在では、世界宗教会議での合意により、小乗仏教という言葉は使用しない。インド仏教史上では部派仏教と呼ぶ。

●クシャーナ朝における発展

 マウリヤ朝の衰滅後、インドは小国が興亡する分裂時代を経て、紀元後1世紀に、イラン系の遊牧民族クシャーン人がインド北西部に支配を及ぼして統一国家を作り、クシャーナ朝が成立した。彼らを月氏と呼ぶ。月氏の支配はインド南部には及ばなかった。
 2世紀前半、クシャーナ朝のカニシカ王は仏教を篤く保護した。当時の仏教の主流は大乗仏教に替わっていた。クシャーナ朝では、陸路でローマ帝国との交易が盛んに行われた。そのため、ギリシャ=ローマ文明のヘレニズムの影響によって、ガンダーラで多くの仏像彫刻が造られた。
この頃から、大乗仏教はパミールを越え、西域を経てシナ、さらに朝鮮や日本に伝わった。この地域に伝来した仏教を、北伝仏教という。一方、部派仏教のうち保守的で権威のある上座部仏教は、スリランカやビルマ、タイ等に広がったので、その名称で呼ぶか、または南伝仏教という。

 次回に続く。

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台湾は地政学的に重要~楊海英氏

2020-01-17 14:25:39 | 国際関係
 1月11日に行われた台湾の選挙では、蔡英文氏が過去最多得票を更新して再選された。台湾の人民の多数は、中国共産党による「一国二制度」の導入にNOを突き付けた。副総統となった頼清徳氏は自他ともに認める独立派ゆえ、次期蔡政権は、これまで以上に独立志向を強めると見られる。立法院の立法委員選挙でも、民進党が過半数を維持し、今後4年間の政権運営の基盤が安定した。ひとまず台湾が中国の覇権主義にのみこまれることは、防がれた。
 日本人は、台湾の地政学的な重要性を深く理解する必要がある。その重要性について、静岡大学教授・楊海英氏が、産経新聞令和2年1月9日付に次のように書いている。
 「台湾は日本のエネルギー輸入のシーレーン上にある。中国がもし台湾を「解放」して自国に併呑すれば、日本が今まで以上に対中宥和(ゆうわ)政策を実施しても、生かすも殺すも主導権は北京に握られてしまう。経済の大動脈が牛耳られれば、衰退は止められず、中華人民共和国の「自治区」になる以外に選択肢はなくなる。
 それだけではない。もし台湾が陥落すれば、中国が軍事戦略上に位置づける第2列島線も悠々と突破され、沖縄から対馬を経て、北極に向かう長大な防衛上の弧線も人民解放軍の掌中に入る。そこから始まるのは太平洋の東西二分で米中の覇権争いが大和の空を凌駕する形で展開されることになる。
 日本政府は民主主義制度で選ばれた台湾を今まで以上に積極的に支援しなければ、悪夢は現実となる危険性がある。そして香港も新疆のウイグル人も、チベット人と内モンゴル自治区のモンゴル人も未来への希望を失う。果たして政府は今後、台湾とどんな付き合いをするのかが問われている」と。
 以下は、楊氏の記事の全文。

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●産経新聞 令和2年1月9日

年頭にあたり 「香港・ウイグル人権法」論議を 文化人類学者、静岡大学教授・楊海英
2020.1.9

 2020(令和2)年が明けた。日本と世界にとって、どんな一年になるのか。実は日本政府の行動が国内のみならず、国際社会にも大きな影響を与える年となりそうだ。

≪地政学的に重要な台湾≫
 まず台湾の総統選であるが、民進党の候補で現職の蔡英文氏の当選確実の勢いは止まらない。蔡氏の最大の「援軍」はほかでもない中国の習近平総書記(国家主席)だ。習氏は昨年の1月早々に演説し、一国二制度を台湾にも適用、武力による侵攻も辞さない強硬な態度を示したことで台湾の遠心力を加速させた。
 私は以前に台湾の国立大学、それも国民党系の幹部養成校が前身の伝統校で教鞭(きょうべん)を執ったことがあり、今も若い学生たちと交流を続けている。「天然独」即(すなわ)ち「生まれながらの台湾独立派」が圧倒的に多いのが、台湾の若年層の政治的思想的特徴である。若い人たちは台湾の未来について真剣に考えているし、政府の進める経済面での脱中国政策も実りつつある。
 台湾は日本のエネルギー輸入のシーレーン上にある。中国がもし台湾を「解放」して自国に併呑(へいどん)すれば、日本が今まで以上に対中宥和(ゆうわ)政策を実施しても、生かすも殺すも主導権は北京に握られてしまう。経済の大動脈が牛耳られれば、衰退は止められず、中華人民共和国の「自治区」になる以外に選択肢はなくなる。
 それだけではない。もし台湾が陥落すれば、中国が軍事戦略上に位置づける第2列島線も悠々と突破され、沖縄から対馬を経て、北極に向かう長大な防衛上の弧線も人民解放軍の掌中に入る。そこから始まるのは太平洋の東西二分で米中の覇権争いが大和の空を凌駕(りょうが)する形で展開されることになる。
 日本政府は民主主義制度で選ばれた台湾を今まで以上に積極的に支援しなければ、悪夢は現実となる危険性がある。そして香港も新疆のウイグル人も、チベット人と内モンゴル自治区のモンゴル人も未来への希望を失う。果たして政府は今後、台湾とどんな付き合いをするのかが問われている。

≪ポスト五輪の戦略が必要≫
 靖国神社など各地の桜の頃、世界最大の独裁国家の習近平氏が、日本に「国賓」として訪れる見込みだ。習氏の訪問で尖閣諸島周辺海域への中国公船の侵入はストップし、一方的なガス田開発も止まるか。そして歴史問題で事あるごとに日本にくぎを刺す牽制(けんせい)手法を改めるか否か。拘束された十数人もの日本人にいつ自由を与えるのか。ウイグル人を100万人単位で強制収容所に閉じ込める強権的政策を中止するのか。日本国民にとってこれらの問題はどれも喉(のど)に刺さった棘(とげ)のような存在で、明確な解決が示されない限り、「国賓」待遇は令和新時代のスタートに冷水を浴びせる結末になる。
 習氏の訪問で陰翳(いんえい)に包まれる日本は暑い夏に五輪を開催する。前回の1964年東京五輪の年に、中国は新疆ウイグル自治区で原爆の実験を強行し、平和祭典と逆の暴挙に打って出た。今回も安心はできない。それでも、もてなしの精神で日本国民は世界各国からの賓客を迎え、無事に閉幕へと導かれる自信を持っている。
 問題はその後だ。2025年には「大阪・関西万博」の開催が予定され、多くの日本人はそこに次の希望を託すだろう。1970年の万博の際には「人類の進歩と調和」精神が貫徹されていた。
 私も岡本太郎氏らがデザインした「太陽の塔」が建つ万博公園にある国立民族学博物館で人類学を学び、偉大な先達たちの薫陶を受けた。来る万博に如何(いか)なる希望を寄託しどんな将来に日本国を牽引していくのかという国家ビジョンはまだ開催に反映されていない。

≪国会で世界見渡した論戦を≫
 21世紀に入った日本は今、隣国からの核脅威にさらされている。唯一の被爆国であるとともに、米国の「核の傘」の下にいる日本は核武装すべきか否かのタブーを破ろうとしない。「核の傘」を差し出す同盟国米国に対して「反抗する」かのような対中宥和姿勢を強める現政権の異質ぶりは、日本が未(いま)だに「戦後レジーム」から飛躍できていない証左ではないか。
 その同盟国も秋には大統領選を控えている。特段の異変がない限り、安倍晋三首相の親友トランプ氏は再選されるだろう。同盟の上に更に「ディール(取引)」を重ねるトランプ氏の目に、対中宥和姿勢が懸念材料にならないことを祈りたい。
 安倍一強政権に対し、スキャンダル探しに終始していては野党に将来がない。16年ぶりに党綱領の改定を進め、中国批判を強める共産党にはぜひ自民党より先駆けて「香港・新疆ウイグル人権法」を国会に提出してほしい。こうした法案を議論の材料に、台湾からペルシャ湾へと、更にはユーラシア全体を照射した建設的な論戦が新年の国会で繰り広げられれば、日本の将来にも一抹の明るい光が見えてくるに違いない。(よう かいえい)
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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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インド42~マウリア朝、部派仏教

2020-01-15 09:28:16 | 心と宗教
●マウリヤ朝と仏教の最盛期

 仏教教団が発展を続けていた時代に、インドは外部からの侵入を受けた。紀元前326年に、インド北西部はマケドニアの王アレクサンドロス(アレクサンダー大王)に支配された。アレクサンドロス大王はインダス川流域まで到達した。これに刺激されて、インド北部の都市国家に統一への動きが生じ、前317年頃、チャンドラグプタがマウリヤ朝を創始した。チャンドラグプタは、インドのほぼ全域及びアフガニスタンとバルチスターンにわたる大帝国を建設した。この時はじめてインド全体が統一された。首都はパータリプトラに置かれた。統一帝国の形成・拡大は、宰相カウティリヤの画策に負うところが大きかったとされる。
 紀元前3世紀半ば、チャンドラグプタの孫アショーカ王の時代に、マウリヤ朝の発展は絶頂に達した。アショーカは、仏教を篤く信仰し、仏教の教えに基づく政治を志し、教典の結集等の事業を行った。同王の治世の時から、仏教は急激にインド中に広がって、他の宗教に対して圧倒的に優勢になった。また、諸外国にも伝わった。この頃が、インドにおける仏教の最盛期となった。現在でもこの時期に造られた石柱碑が各地に残されている。
 アショーカは熱心な仏教信者だったが、他の宗教を排斥しなかった。ヴェーダの宗教、ジャイナ教等の宗教も仏教同様に保護し、すべての宗派を崇敬した。これは、アショーカ個人の寛容性だけでなく、インドにおける宗教の寛容性をよく表す事実である。
 紀元前232年にアショーカが亡くなると、マウリヤ朝は急速に衰えた。その後、インドは小国が興亡する分裂期が、紀元後1世紀のクシャーナ朝の成立まで続いた。この間、強力な王の保護を失った仏教は、困難な時期にあった。

●部派仏教

 根本分裂で一度、分裂を起こした仏教教団は、次々に分裂を繰り返した。これを枝末分裂という。その結果、20の部派に分かれた。
 部派仏教の時代には、それまでに成立していた経蔵・律蔵に加えて、論蔵(アビダルマ・ピタカ)が作られた。これは釈迦の教えについて、各部派が研究し、解釈したものをまとめた文献である。分類や定義づけを目的とするもので、学者たちによる詳細な教義論である。論蔵は、紀元前1世紀までには出来上がった。これによって、経蔵・律蔵・論蔵の三蔵(トリ・ピタカ)が成立した。
 各部派は独自の所論(アビダルマ)を持ち、教義に関する論争をした。出家者による議論は、在家者には理解しがたい高度で、また煩瑣なものだった。教義論争を続ける部派仏教は、一層ドグマ的になり、在家者の心から離れていった。
 部派仏教は、基本的に上座部と大衆部に分かれており、上座部から11派が派生し、大衆部は8派に分かれた。これらのうち重要なのは、上座部から分派した説一切有部と、さらにそこから分派した経量部である。
 説一切有部は、当時最大の学派だった。三世実有・法体恒有を基本的な立場とする。三世実有とは、森羅万象を形成するものとして、約70の構成要素を想定し、これを法(ダルマ)と呼び、法は過去・現在・未来の三世に常に実在するという説である。未来に存在する様々な可能性を持つ法が現在に引き出され、現在における瞬間に認識され、過去へ去っていくと説く。法には、一時的に現れる作用と、永遠に実在する本体があるとする。これを、法体恒有という。一種の存在論であり、時間論である。また、説一切有部は、心の理論としては、心心所相応説を説く。これは、約70の法のうち46を「心所」と呼ばれる精神的要素とし、その要素が「心」と呼ばれる基体と結合して、心理現象が現れると説くものである。説一切有部の教義は、紀元後100~150年頃に編集された阿毘達磨大毘婆沙論で確立された。
 説一切有部は、法を恒常的に実在するものとする点で、諸行無常の考え方とは異なり、釈迦の本来の教えから逸脱する。これに対し、説一切有部から分派した経量部は、三世実有・法体恒有の説を批判し、現在有体・過未無体の立場をとる。これは、法は非有から現れ、一瞬の間、発現し、次の瞬間には消滅するという説である。だが、経量部の立場からは、法が発現する潜在的可能性や発現と消滅の必然性は、よく説明することができない。また、経量部は、心心所相応説を否定し、心を基体と精神的要素に区別せずに、統一的にとらえるべきだとした。これも説一切有部の説を完全に斥けるほどの説得力を持たない。そのため、議論は収束せず平行線となった。
 部派仏教の時代に、出家者たちは、釈迦が戒めた形而上学的な議論に入り込み、そこから抜け出せなくなっていったといえよう。

 次回に続く。

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台湾総統選は蔡英文氏が圧勝

2020-01-14 09:54:20 | 国際関係
 1月11日に台湾で総統選が行なわれた。続いて、4月15日に韓国で国会議員選、9月上旬頃に香港で立法会選、11月3日に米国で大統領選が行われる。本年行われるこれらの選挙に共通するのは、中国の影である。
 世界的な覇権を目指して勢力を強めている中国に対し、台湾や香港では自由と民主主義を守る戦いが繰り広げられている。今回の台湾、9月の香港の選挙の結果は、自由民主主義の堅持か、共産主義的全体主義の勢力拡張かにかかわる重要なものである。また、日米の側から中国・北朝鮮の側にはっきりと軸足を移した韓国での4月の選挙は、文在寅政権がさらに左傾化し、中朝寄りに固まるか、それを自由民主主義の勢力が防ぐことができるかの戦いとなる。また、11月の米国大統領選挙は、中国と経済的な覇権争いを行なっているトランプ政権が国民の支持を保ち続けるかどうかの争いとなる。
 中国は、これらの選挙を通じて、軍事力、経済力、外交力、広報力、諜報力、サイバー攻撃力等、あらゆる力を使い、躍起になって覇権拡大を推進するだろう。これを防ぐには、わが国、米国、台湾と韓国の自由民主主義勢力、香港の市民の国際的な連携が必要である。
 こうした本年の国際情勢において、このたびの台湾での選挙、正確には総統と立法委員(国会議員に当たる)の選挙は、まず今後の東アジア及び太平洋地域の命運に関わるものだった。
 総統選は、蔡英文氏が過去最多得票を更新して再選された。昨年、習近平中国国家主席が台湾にも「一国二制度」を導入すると発言し、これに対する警戒と反発が強まるなかで、中国共産党が香港の民主化要求デモを力で弾圧。香港の若者や市民は命がけの行動をしている。それを見た台湾の人々の多数が自由と民主主義を守ることの大切さをあらためて感じたことだろう。それが、今回の選挙の結果にはっきり表れた。
 副総統となった頼清徳氏は自他ともに認める独立派ゆえ、次期蔡政権は、これまで以上に独立志向を強めると見られる。日本の国会に当たる立法院の立法委員選挙でも、民進党が過半数を維持し、今後4年間の政権運営の基盤が安定したことも、大きい。
 中国は、5月の蔡氏の就任時期に向けて、空母等を使って軍事的な圧力をかけたり、経済・報道・広報等のあらゆる手段を使って妨害するだろう。
 日本は、台湾がこれに屈することのないように支援し、中国の覇権主義から東アジアの自由と民主主義を守るために、また日本自体の存立を維持するために、蔡政権と連携を深めるべきである。

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インド41~初期仏教教団、根本分裂

2020-01-13 09:36:13 | 心と宗教
●インド仏教の歴史的展開

 仏教は、釈迦生前に教団が形成された。釈迦の死後、彼の直弟子やその弟子や後継世代によって教団が発展し、初期仏教、部派仏教、大乗仏教、密教が展開した。
 釈迦の生きていた時代を含む150年ほどの期間の仏教を初期仏教という。原始仏教、根本仏教ともいう。だが、釈迦の死後100年ほど経った時に、教団の最初の分裂が起った。それ以後の仏教を部派仏教という。一度分裂した教団は、様々な部派に分裂を続けた。
 仏教は創設後、インドで一時、アーリヤ人のヴェーダの宗教より優勢になったが、ヴェーダの宗教は非アーリヤ系の土着の信仰を取り込んで、紀元前5世紀頃以降にヒンドゥー教へと発展した。仏教は、ヒンドゥー教の影響を受け、本来の無神教から有神教化するようになった。
 紀元前後に、在家者を中心に部派仏教を批判する大乗仏教が起こり、多くの信者を獲得していった。紀元500年頃には、大乗仏教が主流となった。これにより、仏教は有神教化が一層進むとともに、次第に教勢を失っていった。その後、紀元650年~700年頃から大乗仏教の多くが密教化し、それによって命脈を保った。だが、13世紀にイスラーム勢力が侵入すると大きな打撃を受け、インドでは衰滅した。
 この間、スリランカ、チベット、東アジア、東南アジア等の各地に広まり、今日まで信仰されている。世界三大宗教の一つに数えられる。

●初期仏教教団

 初期仏教の教団をサンガと呼ぶ。サンガは「集団」「群れ」「共同体」「部族的な共和政体」などを意味する言葉で、そこから、「出家者の集団」「教団」を意味する。僧伽と漢訳する。
 ヴェーダの宗教では、修行者が集団を作ることはなかった。教団の形成は、仏教の特徴である。この特徴は、ジャイナ教にも共通する。
 仏教の教団は、王侯や新興商工業者の保護を受けて維持され、発展した。釈迦の教説は、弟子たちによって集成され、文献にまとめられていった。それが経蔵(スートラ・ピタカ)である。また、釈迦が定め、弟子たちが整備した戒律も文献にまとめられていった。これが律蔵(ヴィナヤ・ピタカ)である。
 釈迦の入滅後、教説や戒律を確定するための会議が行われた。これを第一結集(けつじゅう)という。この会議において、経蔵と律蔵が比丘たちによって決定された。こうして基本的な教義が形成された。
 教団の充実によって、仏教は一時期、ヴェーダの宗教をしのぐほどの教勢を示した。

●根本分裂

 釈迦の入滅後100年ほど経ったころ、教団の内部で大きな意見対立が起こった。戒律に関する新たな主張が現れたためである。10項目にわたる主張だったので、この事件を十事の非法という。その主張とは、戒律を緩めて、食事、飲み物、習慣等に関する例外を認めようというものだった。第10番目の「金銀を蓄えてもよい」という主張が最大の争点となった。長老たちは、10項目の主張を否定し、戒律を厳格に守るべきことを決定した。議論が起った時期については、紀元前3世紀のアショーカ王の時代という伝承もある。
 この事件を重く見た長老たちは、教義の乱れを質すため、700人が集まって会議を行った。これを第二結集という。この会議では、新たな聖典を編纂したのではなく、経も律も決して変えないことを再確認した。
 この決定に不満を抱く比丘たちは、大衆部(だいしゅぶ、マハーサンギカ)を形成した。長老を中心とする者たちは、上座部(テーラヴァーダ)を形成した。教団が二つに分裂したのである。これが根本分裂である。
 釈迦が教えたのは、出家者が厳しい戒律を守って修行に専念する道である。だが、根本分裂で現れた大衆部は、戒律の緩和を行い、さらに人の心は清浄であり、生死も涅槃も仮名(けみょう)すなわち現象に過ぎないと説くようになった。この思想を推し進めていけば、出家して解脱を目指す修行やそのための戒律の必要性は低下していく。そこに在家者を中心とした信仰が生じる土壌が作られ、その土壌から、後の大乗仏教の萌芽が生じることになった。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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 『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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インド40~縁起、四法印、ダルマ

2020-01-11 09:37:20 | 心と宗教
●縁起

 釈迦は、すべての事物は五蘊が仮に集まって出来上がっているにすぎないと説くが、これは事物のあり方に関する教えである。これに対し、事物の生じ方に関する教えが、縁起説である。
 縁起説とは、すべてのものは、何らかの原因と条件によって生じるという縁起の理法を説き明かすものである。縁起説では、直接的原因を「因」、間接的条件を「縁」という。これらを合わせて、因縁と呼ぶ。また、縁起説を因縁生起説ともいう。
 縁起説は、ヴェーダの宗教が説くような、世界が「一なるもの」から発生したとする説や、神が世界を造ったという説を否定する理論である。また、ある行為に相応の結果が生じるのは、ヴェーダの宗教が説くように神の意志によるのではなく、因縁果の法則によると説くものである。
 仏教は、人間の苦しみの原因を突き止め、その原因や条件を消滅することで、解脱に至ることができると説く。苦しみからの解放のために、苦の原因・条件をさかのぼって根本原因を明らかにする理論が、十二縁起説である。十二因縁説ともいう。
 十二の項目は、無明(むみょう)、行、識、名色(みょうしき)、六処、触(そく)、受、愛、取、有、生(しょう)、老死である。これらのうち、名色は名称と形態、六処は眼・耳・鼻・舌・身・意の六種の感覚器官、愛は渇愛、取は執着、有は生存を意味する。
 ここで苦の根本原因とされるのが、無明である。無明は、真理に暗いことであり、無知である。これこそ、一切の煩悩の根源とされる。十二縁起説の順序は、結果から原因を推量するのではなく、原因から結果へと展開する説き方になっている。

●四法印

 五蘊の理論と縁起説を合わせる時、すべてのものは何らかの原因・条件によって生じており、そのもとになっている原因・条件が尽きた時に滅びるという考え方が明確に浮かび上がる。あらゆるものは相関的であり、変化して止まず、恒常不変の本質を持たない。他に拠ることなくそれ自体で存在するもの、無条件に成立しているもの、永遠に存続するものは、存在しない。釈迦は、これを真理とし、その真理を悟って煩悩を絶つことによって、涅槃に入ることができると説いた。
 こうした教えは、やがて三法印として整理された。法印の印は、しるし、標識を意味し、法印は、仏教の根本的な教義を特徴づける教えをいう。
 三法印は、次の通りである。

 諸行無常: あらゆるものは変化し、恒常的なものは存在しない。
 諸法無我: あらゆるものは因縁によって生じ、不変の実体である我は存在しない。
 涅槃寂静: 迷いを払拭した悟りは、静かな安寧をもたらす。

 これらに、すべてのものは思い通りにならないことを意味する「一切皆苦」を加えて、四法印ともいう。
 四法印と四諦を比較すると、諸行無常と諸法無我は四諦にはなかったものである。四諦になかった存在論的考察を加えたものと言えよう。一切皆苦は苦諦に当たり、涅槃寂静は四諦の真理を学んで目指すべき目標である。
 四法印は、仏教が有神教的・一元論的・実体論的なヴェーダの宗教とは根本的に異なる教えであることを明確に示している。

●ダルマ

 仏教では、ダルマ(法)の語は、主に釈迦の教え、また、その教えの内容である真理を意味する。仏法ともいう。
 ダルマには一般に、ものの本質・特性という意味もあることから、部派仏教では、森羅万象を形成する事物の構成要素の意味でも使われる。また、四法印の一つ、諸法無我における法は、事物あるいは存在者を意味する。
 ここで注意したいのは、五蘊の理論と十二縁起説は、ともに人間の認識能力や心理作用に関するものであり、認識論的であり、また心理学的であるのに対し、四法印は人間だけでなく自然を含むすべての事物に関する教義となっていることである。すなわち、存在論的側面や自然学的側面を含む総合的な真理として定式化されている。

●ヴェーダの宗教との違い

 釈迦は、ヴェーダの宗教から輪廻、業、解脱等の観念を継承した。特に『ウパニシャッド』の影響は明白である。だが、釈迦は、『ウパニシャッド』の思想を新たな方向に発展させ、有神教から無神教へ、神から法へ、有我説から無我説へと転換した。
 この立場は、ヴェーダ文献の権威に異を唱え、バラモン階級の優位を認めないものである。仏教はまたカースト制を否定する。それゆえ、仏教は、インドでは非正統派とされる。
 以上が教義の概説であるが、教義の詳細を書くには、インド仏教以外の各地域での仏教の展開を踏まえる必要がある。別途、仏教論を準備しており、詳細はそちらに書く予定である。

●組織

 仏教がヴェーダの宗教及びヒンドゥー教と違う点の一つは、教団を組織することである。教団は、釈迦の生前に出家者が集団をつくったことにはじまる。大乗仏教では、在家者を中心とする信仰が盛んになったが、この場合も出家者の集団は存続している。

●実践

 仏教は、解脱または涅槃寂静を目指して修行を行う。修行の最も基本的な方法は、ヨーガの一種である瞑想である。しかし、後代になるに従い、実践の内容は多様化した。

●生活

 基本的には、出家者と在家者の生活に分かれる。出家者は、一般社会を離れ、解脱を目指す修行に専念する。在家者は、家庭生活・職業生活をするなかで、仏・如来・菩薩等を信仰する。これらの2種の生活の仕方も、歴史の進行とともに極めて多様化している。
 組織・実践・生活の具体的な内容を述べるには、仏教の歴史をたどり、歴史的に現れる形態・宗派について語ることが必要であるので、本稿ではごく簡単に留める。別途、準備中の仏教論に書く予定である。

 次回に続く。

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中国で「宗族潰し」=「民間潰し」が始まった~石平氏

2020-01-10 09:56:06 | 国際関係
 シナ系日本人評論家の石平氏は、中国では宗族潰しが始まっていることを伝え、これを民間潰しによって人民を完全に共産党の直接支配下に組み込む動きと見ている。
 石氏は、令和元年12月5日付の産経新聞の記事でこの問題について書いた。
 石氏によると、宗族とは「中国独特の父系同族集団」で、「農村の地域社会では昔から、同じ先祖を共有する人々が数百年、場合によっては千年以上にわたって祖先崇拝の場である祠堂を中心に同族集団をつくり、半ば自立した一族共同の社会生活を営んできた」という。
 一般的に氏族は同一の始祖を持つと信じる人々の集団だが、シナの宗族は父系の同族集団である点に特徴がある。本家と多くの分家から構成され、本家の家父長が統率する。氏族も宗族も祖先崇拝で結びついている。日本の氏族は、父系と母系の両方を尊重する双系の集団である。祖先の霊を氏神として神社に祀り、その神社を中心とした共同体を構成する。シナの宗族も、祖先崇拝を行なう点は共通している。神社に当たるものを祠堂という。
 石氏によると、中華人民共和国成立後、共産党政権は宗族組織を完全に潰して、人民公社をつくって農村社会を再統合した。だが、鄧小平の改革開放時代に、人民公社が解体され、農村地域で宗族が徐々に復活してきた。しかし今、宗族潰しが再び、政権の主導下で開始されたという。
 宗族潰しは、湖北省の農村地域から始まった。宗族の祠堂が「社会主義の核心的価値観を伝播するための文化センター」に改造されつつあるという。これから全国に広がっていくと見られる。
 習近平政権は、宗教への弾圧を強めているが、いよいよシナの社会で最も基底的な祖先崇拝の駆逐に手を付けたのだろう。石氏は「宗族の祭祀の場である祠堂が潰されていくと、宗族そのものが、いずれ崩壊してしまうであろう」と懸念する。
 宗族だけではない。習政権は民間企業における「党の組織建設」を強力に進めているという。石氏は、「このままでは中国は、かつての毛沢東時代と同様、すべての民間組織が解体され、国民全体と社会生活のあらゆる面が共産党の直接支配に置かれるような全体主義社会に逆戻りするだろう」と予想する。
 全体主義のあり方には、政府と個人の間にある中間団体を統率し、その中間団体を通じて個人を支配する仕方と、中間団体を解体し、直接個人を支配する仕方がある。前者の場合、中間団体には個人を保護する機能もあるが、後者の場合、個人は直接国家権力によって支配される。中間団体には、家族、親族、地域共同体、企業、職能団体等がある。最も苛烈な全体主義支配は、家族を解体し、親子・夫婦・兄弟姉妹を互いに監視させ、告発させる仕方である。毛沢東は、宗族を潰して人民公社を作っただけでなく、文化大革命で家族の解体まで支配を徹底した。石氏のいう宗族潰し及び民間潰しが徹底的に進められるならば、再び家族の解体による個人への支配が行われることになるだろう。1960~70年代の文化大革命の時代との大きな違いは、高度なテクノロジーによる監視システムが発達し、AIによる管理が行われることである。
 以下は、石氏の記事の全文。

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●産経新聞 令和元年12月5日

「宗族潰し」は民間潰し~石平のChina Watch

 中国湖北省の農村地域で今、伝統の宗族組織に対する「取り潰し作戦」が展開されている。
宗族は、中国独特の父系同族集団のこと。農村の地域社会では昔から、同じ先祖を共有する人々が数百年、場合によっては千年以上にわたって祖先崇拝の場である祠堂(しどう)を中心に同族集団をつくり、半ば自立した一族共同の社会生活を営んできた。
 大きな宗族の場合、族人は数万人もいるから、近代以前に中国の農村社会を形づくり、支えていたのはまさに宗族組織であった。
 中華人民共和国成立後、共産党政権は宗族組織を完全に潰してしまい、「人民公社」をつくって農村社会を再統合した。だが、鄧小平の改革開放時代に、人民公社が解体されてからは、農村地域で宗族が徐々に復活してきた。
 しかし今、「宗族祠堂整頓・治理」という名目の「宗族潰し」が再び、政権の主導下で湖北省から始まったのである。同省赤壁市で、市政府の公式サイトが10月に配信した「政府活動報告」によると、同月16日、市の公安局・民生局などの関連部門が副市長の下で「宗族祠堂整頓・治理工作会議」を開いた。その中で市政府は、市内の宗族祠堂を「整頓」した上で、それらをすべて「文化ホール」に改造していく方針を決めた。
 同じ湖北省の崇陽県では今年7月から各級党組織の指導下で県内の宗族祠堂に対する「整頓・治理」が始まった。伝統の宗族祠堂は続々と、「赤い文化の伝播(でんぱ)センター」に改造されていった。
 通山県の仕事はもっと早い。今年4月、県政府は「宗族祠堂対処会議」を開き、「祠堂の整頓・治理は当面の重要な政治任務」だと強調した上で、「緊迫感と責任感」をもった任務の完遂を関係部門や幹部たちに指示した。
 以来半年間、政府関係部門が「緊迫感と責任感」をもって任務を成し遂げた結果、県内517軒の宗族祠堂のうち、約半分の245軒が見事に改造され、「社会主義の核心的価値観を伝播するための文化センター」に変身したのである。
 このようにして、湖北省全体で今、地方政府の主導下で宗族祠堂に対する「改造」が急速に進んでいる。
本来、宗族という民間組織の祖先祭祀(さいし)の場である祠堂が、政権の力によって共産党イデオロギー宣伝の場へと無理やり改造されてしまうことは、まさに、政治権力による民間信仰と民衆の権利に対する侵害である。宗族の祭祀の場である祠堂が潰されていくと、宗族そのものが、いずれ崩壊してしまうであろう。
湖北省政府がやっていることは、まさに政権による宗族潰しであり、おそらくそれは今後、一種の政治運動として全国に広がっていくのであろう。習近平政権は、鄧小平の改革時代以来復活してきた農村の宗族組織をもう一度葬り去るつもりらしい。
 同時に、習政権は民間企業における「党の組織建設」を強力に進めている。あらゆる民間組織の自立性を奪い、「民間」というものを完全に共産党の直接支配下に組み込むのは、まさに習政権の既定政策なのであろう。
 このままでは中国は、かつての毛沢東時代と同様、すべての民間組織が解体され、国民全体と社会生活のあらゆる面が共産党の直接支配に置かれるような全体主義社会に逆戻りするだろう。
 それによって、共産党の一党独裁は、より盤石になるかもしれない。だが、同時に中国社会が窒息してしまい、鄧小平時代以来の活力を失うのは間違いない。
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インド39~無記、我の否定、五蘊

2020-01-09 09:32:28 | 心と宗教
●無記

 釈迦は、ある修行者から、世界が永遠か否か、世界は無限か有限か、修行を完成した者は死後存在するのかしないか等の問いを向けられると、それに答えなかった。この態度を無記という。釈迦は、その修行者を「毒矢のたとえ」を以って諭した。
 釈迦は大意次のように述べた。毒矢で射抜かれた者がいるとして、その者が射た者は誰か、どういう人間か、弓はどういう弓か、弦は何で出来ているか、矢羽は何の鳥の羽か等と考えていたら、その者はその答えを得る前に死んでしまう。それらがどうであろうと、生、老、死、悲しみ、嘆き、苦しみ、憂い、悩みはあるのだから、毒矢の手当てをすることを自分は教えるのだ。先の問いは、修行の目的にかなわない。修行のための基礎にもならず役に立たないから、自分は説かない。逆に四諦は、目的にかない、修行のための基礎になり、役に立つから、自分は説くのだ、と。
こうした釈迦の教えは、解脱の目的に直結しない形而上学的な議論を戒めるものと理解される。

●我の否定

 ヴェーダの宗教において、『ウパニシャッド』は、ものの固有の本質や永遠不変の実在を探究する思考を行った。これに対し、仏教は、すべてのものは他との関係において存在するとし、また事物を変化し続けるものととらえた。実体ではなく関係、恒常ではなく変化において、事物をとらえるところに、仏教の特徴がある。この見方が自己に対して向けられるとき、アートマン(我)の否定となる。
 『ウパニシャッド』は、アートマンを個人の本体であり、自己の精神原理とする。また、これをブラフマンと同一とするが、釈迦は、そのようなアートマンの存在を否定した。この主張は、しばしば無我説と呼ばれる。しかし、この主張は我というものは無いと、その存在を全く否定するという単純な意味ではなく、自己を現象としては認めるが、それが常住不変のものではないとして実体性を否定するものと考えられる。
 ヴェーダの宗教は、ブラフマン(梵)とアートマン(我)の同一性を説き、梵我一如を目標とする。この場合、梵と一体になった我は、宇宙とともに活動を続ける。それに対し、仏教は梵という神格化された原理を認めず、我の完全な活動停止(涅槃)を目標とする。この場合、我は消滅する。

●五蘊

 無我説は、五蘊の理論に基づく。釈迦は、心と身体及び世界を観察し、五つの要素に分解した。この五つの要素を五蘊という。蘊はスカンダの漢訳で、「集まり」「集合体」を意味する。
五蘊とは、色(しき)・受・想・行(ぎょう)・識をいう。色は身体を含む物一般である。受は感情・感覚などの感受作用、想は表象・観念を生み出す表象作用、行は能動的・積極的な意志作用、識は対象を区別・判断する認識作用と考えられる。
 近代西欧哲学は、デカルトによる主観と客観、精神と物質という二元的な分け方を基本とする。この分け方によれば、色は客観的なもの、物質的なものに関わり、受・想・行・識は主観的なもの、精神的なものに関わる。ただし、単純にこれらを客観と主観、物質と精神とには、分けられない。色は対象となり得るものであり、外界や環境だけでなく身体をも含むことに注意しなければならない。受・想・行・識は心の作用であり、対象となり得ないものをいう。
 近代西欧哲学の二元的な分け方は、主に自然の観察に基づく。これに対し、仏教は主に心の観察に基づいて五蘊の理論を説く。前者が自然学的であるのに対し、後者は心理学的である。
五蘊は、人間が物事に執着する根拠になっているものであり、「五取蘊」とも呼ばれる。「取」は執着を意味する。
 釈迦は、すべての事物は、何らかの条件によって五蘊が仮に集まって出来上がっているにすぎないと説く。これを五蘊仮和合(ごうんけわごう)と呼ぶ。そして、五蘊以外にそれらから独立した「我」はないと説く。五蘊は、仮の集まりにすぎず、常住不変のものではない。それゆえ、五蘊に基づく「我」は、常住不変のものではない。また、それ自体で存在する実体ではない。
釈迦は、このように説くことで、我への執着を捨てることを促す。

 次回に続く。

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米国による司令官殺害にイランは報復

2020-01-07 09:15:10 | 国際関係
 昨年6月から緊張関係が続いていたアメリカとイランの間で、新年早々、大きな動きが生じた。イラン革命防衛隊の海外作戦を担当するコッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官をアメリカが殺害したことに対し、イランの報復が行われることは確実である。
 イランのラバンチ国連大使は、ソレイマニ司令官の殺害について「イラン国民に対する戦争行為だ」と批判し、「イランに対する開戦に等しく、(二国間関係は)新たな段階に入った」と述べた。「我々は目を閉じていられない。間違いなく報復する。厳しい報復だ」と語り、「軍事行動」に出るとも宣言した。
 次に、BBCのジョナサン・マーカス防衛外交担当編集委員の記事から引用する。
 「報復が予想される。攻撃と反撃の連鎖で、両国は直接対決に近づく可能性がある」「中東におけるドナルド・トランプ米大統領の戦略は、もし戦略があるのならば、かつてないほど試されることになる」
 「ソレイマニ殺害の決定を説明するにあたり、国防総省はその過去の行動を強調するだけでなく、今回の空爆による殺害は抑止的行動だったのだと力説した。司令官が『イラクと中東全域で、米外交官や軍関係者への攻撃計画を積極的に策定していた』のだと」
 「たとえ直ちにではないとしても、イランが強力な反撃に打って出ないなど考えがたい」「中東全域には親イラン勢力が広がっている。まさにソレイマニが後押しし、資金を提供し、作り上げてきたイランの代理勢力だ。イラン政府はその存在を活用しようとするかもしれない」

 わが国は、新たな湾岸戦争、新たな中東戦争ないし中東広域同時多発テロへの備えを急ぐべきである。昨年末、政府は、この2月に中東へ海上自衛隊の護衛艦1隻を派遣し、ソマリア沖で活動中のP3C哨戒機を振り充てることを決定した。火種が大きくならないうちに、自国の船舶は自国で守る態勢を取れるようにしなければならない。
 関連掲示として、拙稿「ホルムズ海峡で緊張増大~自国の船は自国で守れ」を下記のE07に掲載しているので、ご参照願いたい。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12.htm

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