ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

インド10~ヒンドゥー教の河川崇拝・聖牛崇拝

2019-10-18 09:29:22 | 移民
・河川崇拝
 ヒンドゥー教に特徴的なものの一つに、河川崇拝がある。とりわけガンガー(ガンディース川)は、最も聖なる川とされ、「母なる川」として河川崇拝の中心となっている。ガンガーは、沐浴する者の罪を清める川として有名である。その川の水は、神シヴァの身体を伝って流れ出て来た聖水とされ、また、川そのものが女神ガンガーと仰がれている。
 ガンガーは、神話においては天国にある川であり、「天国のガンガー」と呼ばれる。その川が地上に降下し、さらに地底にある下界パーターラに流れ落ちていくと信じられている。
 ガンガーでは、対岸に日の出を拝みながら沐浴できる場所が聖地となっている。日の出を拝みながら行う沐浴は、太陽神と川の女神の信仰が重合したものである。こうした信仰は農耕に根差したものである。農耕には日光と水が必要であることから、太陽と河川への信仰が発達した。『リグ・ヴェーダ』では特に重要でなかった太陽神の一つ、ヴィシュヌがシヴァと並ぶ二大神となったように、ガンガーも農耕と結びつくことで有力な女神となったと見られる。

・聖牛崇拝
 ヒンドゥー教で別に特徴的なものとして、聖牛崇拝がある。動物に対する崇拝は世界各地にあるが、インドにおけるほど広く深く社会に普及している例は、他にない。神話にはしばしば牛が登場する。聖別されているのは主として瘤牛であり、特に牝牛が崇拝されている。水牛は崇拝の対象ではなく、次々と姿を変える悪魔マヒシャの化身の一つとされている。
 牛はアーリヤ人にとって貴重な財宝であり、その実用的価値から牛の神聖視が生じたものと見られる。牡牛は、遊牧生活のアーリヤ人にとって移動・運搬の強力な手段であり、定住後は農耕に欠かせぬ労働力となった。ヒンドゥー教では、シヴァはナンディンという牡牛を乗り物とする。また牝牛は、牛乳やバター、ヨーグルトといった蛋白質の供給源であり、その牛糞は燃料や厩肥として貴重な資源となる。これに浄めの尿を加えた牝牛の五つの産出物をパンチャガヴヤ、すなわち五宝という。
 ヒンドゥー教はカースト制から脱却しないと世界宗教にはなり得ないと先に書いたが、牛の神聖視もまたヒンドゥー教が世界化し得ない理由の一つと私は考えている。

・日本神道との違い
 ヒンドゥー教と日本の神道は、代表的な多神教である。ともに人間神、自然神、宇宙神等の神々を仰ぐ。
 ヒンドゥー教における主要な神々のうち、ヴィシュヌはもともと太陽神であり、シヴァは暴風神が変容したものである。これらの神々の関係は、日本神道における天照大神と素戔嗚尊の関係と類似点がある。天照大神は太陽神であり、素戔嗚尊には暴風神という性格があるからである。日本神話では、これらの神々は姉と弟とされる。ヴィシュヌとシヴァには、そういう関係はない。
 古事記の神話で、素戔嗚尊は、天照大神が治める高天原で乱暴狼藉を働く。その暴れ方は、暴風を連想させる。素戔嗚尊はその罪を負って、高天原から降りて出雲の国に着く。そこで八岐大蛇を退治して、人々に平和と繁栄をもたらす。シヴァには、破壊と恩恵の両面があるが、素戔嗚尊にも破壊と恩恵という両面がある。天照大神は皇室の祖先とされ、素戔嗚尊は出雲族の一系統の祖先とされる。そして、それぞれの子孫が今日まで続いていると信じられている。インドには、こうした神と人の生命の連続性は見られない。
 ここで注目したいのは、ヒンドゥー教と神道の人間神における違いである。神道には氏族・部族に由来する祖先神が多い。神々の中心とされる天照大神は、太陽を象徴した自然神でありながら、皇室の祖先神とされる。その天照大神を祀る伊勢神宮が、神道の中心的な神社となっている。古代から皇室に仕えてきた藤原氏の祖先は、天児屋根命とされ、春日大社の祭神とされている。伊勢神宮に次ぐ出雲大社は、創建以来、天照大神の子の天穂日命を祖とする出雲国造家が祭祀を担っている。その他、全国各地に、氏神を祀る神社がある。
 これに比べて、ヒンドゥー教では、ヴェーダの時代において既に、神々と人間の関係は、祖先と子孫という関係ではなくなっている。ヴェーダの主要な神々であるインドラ、ヴァルナ、ミトラ等は自然神であり、特定の氏族・部族の祖先神ではない。インドでは輪廻転生説が形成され、先祖の霊は死後、別の生命体に生まれ変わり、転生を繰り返すと考えるようになった。そうなれば、神道のように祖先の霊を氏神として祀る意味がなくなる。インドにも祖先崇拝はあるが、家庭で父祖の霊を供養するにすぎず、神道のように古代から連綿と続く祖先神として祀るのではない。
 日本では、皇室の祖先神・天照大神が今日まで、神々の中心として国民の尊崇を集めている。だが、インドでは、『リグ・ヴェーダ』の主要な神々であるインドラ、ヴァルナ、ミトラ等は、ヴィシュヌやシヴァに取って代わられている。ヴェーダの神々が没落し、新たな神々が興隆して、ヒンドゥー教が発達した。インド学者は、前者の神々は人気がなくなり、後者の神々の人気が高まったというが、なぜそうした神々の主役の交代が起ったのは、よくわかっていない。神道では、古事記・日本書紀に現れる神々が古代から今日まで一貫して崇拝の対象となっていることと対照的である。日本では、古代から皇室を中心とした社会の秩序が維持され、それに伴って、皇祖神を中心として組織化された神々の体系が維持されてきた。インドでは、バラモン階級が古代からずっと権威を保ち続けてはいるが、彼らが祀る主要な神々が別の一群と交代してしまっている。これは、日本には、古代から今日まで一貫して続く皇室があり、インドには日本の皇室のような中核になる家系がないことによっている。インドでは、神話の時代において、既にアーリヤ人の王家が存続した形跡がなく、二大叙事詩に歌われる王家は物語の中の存在でしかない。

 次回に続く。

************* 著書のご案内 ****************

 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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参院選、改憲勢力3分の2に届かず

2019-07-22 10:04:05 | 移民
 参院選は、自公与党は改選124議席の過半数となる63議席を確保したものの、自公維を「改憲勢力」と見た場合、非改選議席と合わせても国会発議に必要な3分の2となる164議席には届きませんでした。実質5議席ほど不足と見られます。大方の予想通りですが、残念な結果です。これが日本の現状でしょう。3年後には、きっちり憲法改正ができるように、国民の意識を高め、また国会での議論を前進させなければなりません。
 選挙区では、改憲勢力が東京で6議席中4議席(うち自民が2)、大阪で4議席中4議席(うち維新が2)、北海道で3議席中2議席(うち自民が2)などとなりました。比例代表では、自民党の和田政宗氏、佐藤正久氏、有村治子氏、衛藤晟一氏が当選したのはよかったです。NHKから国民を守る党の立花孝志氏は当選、れいわ新選組の山本太郎氏は落選となりました。
https://www.sankei.com/politics/news/190722/plt1907220054-n1.html
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キリスト教218~キリスト教と人権の基礎づけ

2019-06-29 13:30:12 | 移民
●キリスト教と人権の基礎づけ

 人権の思想は、キリスト教から発生したものであり、キリスト教を抜きにして、現代の人権の思想は成り立たない。キリスト教では、人間は神(ゴッド)が神に似せて創造したものであり、人間は神の下では平等と考えた。それゆえ、人権は、神から平等に与えられた「人間の権利」であるという考えが出てくる。人間の尊厳は、神の被造物であることに淵源する。神が偉大であるゆえに、神が創造した人間も尊厳を持つ。だが、キリスト教の神という後ろ盾を排除すれば、人間の尊厳の根拠はなくなってしまう。また人権の思想は、キリスト教以外の宗教や哲学・世界観を持つ国民・民族にとって、理解し難い要素がある。もともとキリスト教を信じない者にとっては、人間は神(ヤーウェ)の被造物だとする考えは受け入れられない。アダムもアブラハムも、自分たちの先祖ではない。それゆえ、人権の普遍性とは、未だ見せかけの普遍性に過ぎない。人権と呼ばれる権利の根拠として、キリスト教文明群以外の文明にも普遍的に認められる世界観や人間観は、いまだ確立されてはいないのである。
 では今日、キリスト教文明は、さらに世界をキリスト教化し、キリスト教に基づく人権思想を世界に広める感化力を持っているだろうか。否。欧米諸国ではキリスト教の勢力は徐々に低下し、キリスト教を土台とした西洋文明の世俗化が進んでいる。そのような状態で、非キリスト教文化圏にキリスト教文化を伝道していくことは難しい。
 むしろ、西洋文明で世俗化が進んでいることが、西洋文明の周辺文明と化しつつある非西洋文明に対して、世俗化という影響を与えつつある。前章に書いたように、19世紀末の西欧にあって、ニーチェは、キリスト教によって代表される伝統的価値が、人々の生活において効力を失っていると洞察した。この状況を「神は死んだ」と表現した。ニーチェは、西洋思想の歴史は、プラトンのイデアやキリスト教道徳など、彼にとっては本当はありもしない超越的な価値、つまり無を信じてきたニヒリズムの歴史であるという。ニーチェのニヒリズムは多義的であり、ニヒリズムは、超越的な価値の否定ないし喪失をも意味する。そして、ニーチェは、その意味でのニヒリズムが表面に現われてくる時代の到来を予言した。
 そうしたニヒリズムが20世紀後半から西欧・北米だけでなく、非西洋文明の諸社会へと本格的に広がりつつある。一旦ある程度、キリスト教化した非西洋文明諸社会が、今度は脱キリスト教化しつつあるのである。この変化は近代化・合理化の世界的進展でもある。キリスト教文明がもはや世界をキリスト教化する感化力を失っている中で、近代化・合理化が世界的に進展しているのである。
 では、脱キリスト教化し、近代化・合理化の進む世界で、人権はキリスト教以外の根拠を持ち得るか。人類は、キリスト教及びそれに基づく思想に代わって、その根拠となるような共通の世界観・人間観には未だ到達していない。現在、キリスト教的な西洋文明諸国が、経済力・軍事力において優位に立っており、欧米諸国が力において世界を圧倒しているので、人権という西欧発の思想が、ある程度の普及力をもっているに過ぎない。
 現在の世界においては、脱キリスト教化しつつ国際化した人権の思想を裏付けるものは、キリスト教の神、ゴッドではない。またアッラーやブラフマンや天やカミ等でもない。ましてや、各文化の伝統・慣習ではあり得ない。今のところその裏付けは、国連や「宣言」に加盟している国々の政府の合意のみであり、意思の合成を担保するものは、外見的には「憲章」や「宣言」の言葉である。その言葉を担保するものは、国家間の力関係である。
 第2次世界大戦で勝者となった連合国の主要国の多くは、キリスト教国だった。日本の占領者アメリカもキリスト教国だった。勝者の価値観・歴史観が敗者に押し付けられ、敗者を精神的に支配するようになったのである。人権の思想の世界化自体が、キリスト教的西洋文明諸国の力の優位の現れである。
 この力の優位が、「連合国=国連」を中心とした第2次世界大戦後の世界秩序を生み出している。その権力と秩序の上に成立しているのが、今日の人権の思想である。これに対抗する力も存在する。たとえば、旧ソ連や中国、イスラーム教諸国等が、人権というカードによる干渉を斥けるのは、その国家間の権力関係の現れである。こうした国際社会の「力の政治」(パワー・ポリテックス)の現実をとらえずに、「憲章」や「宣言」の言葉だけによって、人権を考えると、大きな錯覚に陥る。
 人権は、キリスト教から発生した。しかし、現代世界の人権問題を解決する力を、キリスト教は持っていない。キリスト教に替わる新しい精神的指導原理の出現が期待されている。その指導原理は、新しい人間観をもたらし、そのもとに人権の基礎づけを可能にし、真に人間の幸福と発展を実現するものでなければかならないだろう。

 次回に続く。

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 細川一彦著『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1

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キリスト教213~キリスト教徒の激増と中国共産党による弾圧

2019-06-17 10:45:08 | 移民
●キリスト教徒の激増と中国共産党による弾圧

 中国では、1978年から鄧小平理論による改革開放政策が進められた。それによって国家資本主義的な発展を続ける中国社会は、マルクス=レーニン主義、毛沢東思想とは、大きく乖離した。また社会主義市場経済によって共産主義の原則を曲げているため、共産主義思想では、もはや国民を統合できなくなった。1993年に国家主席になった江沢民は、その思想に替わるものとして愛国主義を打ち出し、反日的な教育を徹底した。
 こうしたなかで、共産主義思想に替わって心の支えとなるものとして宗教が浮上した。特にキリスト教に帰依する者が、都市部を中心に急速に増加した。さらに農村部や辺境地にまで、キリスト教が爆発的に浸透し、教勢を増している。ピュー・リサーチ・センターによれば、中国のキリスト教人口は、共産中国建国時の1949年には100万人程度とみられていたが、2010年には5800万人にまで急増した。ブリタニカ国際年鑑の2017年発行版は、中国のキリスト教徒は、公認教会と非公認教会の信者の合計で、9100万~9750万人としている。これは人口の7~7.5%に相当する。海外に在住する中国人の人権活動家やジャーナリストなどによると、信者総数の実態は、人口の10%を超え、1億3000万人以上にのぼるという。これら複数のデータをもとに推計すれば、2010年から2017年までの7年間で、キリスト教徒は1.5倍から2倍以上へと増加したことになる。米ニュースサイトのハフポストによると、カトリックを含む中国のキリスト教徒は2030年までに2億4700万人となり、米国を抜いて世界最多になるとの試算があるという。
 信者急増の傾向に対し、共産党政権は、キリスト教への対応を強化している。特に政府が公認していない中国国内のローマ・カトリック教会の信者に対して、2010年11月より弾圧を強めた。これに対し、同年12月25日、ローマ教皇ベネディクト16世は、ヴァチカン市国サン・ピエトロ広場でのクリスマスの説教において、異例の声明を出した。「宗教と良心の自由に対する制限があっても心を失うことなく、キリストと教会への忠誠を保ち、希望の炎をともし続けるように」と信者に訴え、また「政治・宗教指導者に、信教の自由を尊重する考えがもたらされることを願う」と述べた。この教皇の声明に対して、中国国家宗教事務局は「極めて無礼で根拠がない」と反論した。また、中国天主教愛国会の劉柏年名誉議長もヴァチカンを非難した。
 中国では共産党員は宗教に入ることを禁止している。しかし、近年、共産党員でありながら宗教に入る者が増加している。しかも、キリスト教への入信は、幹部級の党員やその家族の間にも広がり、勢いを増しているため、共産党政権は統制を強化している。
 2012年に樹立された習近平政権は、宗教への弾圧を強めている。2016年(平成28年)10月に「改正宗教事務規定」を出して、「愛国心、平和、中国の夢、穏健、道徳、そして良いふるまい」を盛り込んで、宗教活動への新たな規制が開始された。この規定により、次の事項が禁止された。海外での宗教的訓練、会議、活動に参加するよう市民を組織すること、説教、宗教的活動を組織すること、宗教的施設の設立、学校内に宗教的な場所を設けること、インターネット上で宗教的なサービスを提供すること、不認可の宗教的場所で宗教活動を組織することーーである。
 こうした禁止事項は、宗教活動を厳しく規制するものである。「改正宗教事務規定」の施行以後、キリスト教の地下教会の集会のほか、イスラーム教徒のメッカへの巡礼などが監視されるようになっている。
 華東中部に位置し、東シナ海に面する浙江省では、2016年2月、政府当局がキリスト教会の屋根に取り付けられた十字架を強制撤去し、撤去に抗議する信徒を相次ぎ拘束するという事件が発生した。同省の温州市は、人口の15%をキリスト教徒が占め、「中国のエルサレム」と呼ばれている。同市では、2017年に入って、市内のキリスト教会から、ヴァチカンが任命した司教が失踪した。ローマ教皇庁は、この司教について「何者かに無理やり連れ去られて行方不明になっている」と深刻な懸念を示した。ヨーロッパのマスメディアは、「外国の影響力を嫌う中国政府がこの司教を拘束した」と報道している。習政権は、2017年に各地の教会に監視カメラの設置を要求した。これを拒否したため、破壊された教会が出ている。
 共産党の支配に幻滅したり、心の満たされない者がキリスト教に入る。聖書やイエスの教えを学ぶことによって、共産党に背を向け、批判的になる者が増える。その拡大を恐れる政府が厳しい締め付けを行う。この傾向が高じれば、やがて人々の不満が爆発することになるだろう。 以下は、キリスト教に関することではないが、中国共産党は、1950年(昭和25年)にチベット侵攻を開始し、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺以後最大のジェノサイド(民族大虐殺)が行ってきている。チベット人は仏教徒であり、唯物論的共産主義による宗教弾圧が行われている。また、新疆ウィグル自治区でも、弾圧・虐殺を行っている。ウィグル人はイスラーム教徒であり、ここでも宗教弾圧が行われている。
 非宗教的な気功団体である法輪功にも、激しい弾圧が行われている。法輪功は、1992年以降、爆発的に学習者が増えた。これを警戒した江沢民は、法輪功を「邪教」だと断じて弾圧を開始した。法輪功の学習者は、当時7000万人以上に上っていて、彼らが結託して、共産党の支持者を上回る集団となって政治的な関与を行うことを恐れたものとみられる。法輪功は、中国国内での活動が禁止されている。学習者は投獄され、虐待。拷問を受け、多数の死者が出ている。また生きたまま臓器移植用に臓器を取り出されたという事例の告発が絶えない。
 こうした弾圧がキリスト教徒にも向けられるようにならないとは限らない。中国のキリスト教徒は、チベットや新疆ウィグルや法輪功を他人事とせず、宗教・宗派を超えて、信教の自由を確保する取り組みをする必要があるだろう。

●共産主義から宗教へ

ここまで共産主義とキリスト教について書いてきた。20世紀の世界を席巻した共産主義は、西洋物質文明を極度に進めたものだったが、その共産主義が矛盾を暴露し、ソ連や東欧諸国では共産党政権が崩壊した。それによって、共産主義は世界的には大きく後退した。共産党の支配から脱した国々では、人々の多くは宗教に心の渇きの癒しを求めている。また、中国では、強固な共産党支配が持続する中で、宗教に心の支えを求める人々が激増している。そうした人々の多くの向かうところが、キリスト教となっている。
 しかし、物質科学文化が発達し、近代化・合理化の進んだ今日の社会において、キリスト教は、現代の人々が求めるものに応えることができるだろうか。欧米で人々のキリスト教離れが進んでいることは、キリスト教には、これに応える力のないことを示している。悩める人々は、とりあえず既存の宗教に拠り所を求めているにすぎないと言わざるを得ない。

 次回に続く。

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 細川一彦著『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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キリスト教212~現代シナのキリスト教

2019-06-14 09:39:22 | 移民
●現代シナのキリスト教

 シナ大陸では、1949年に中華人民共和国が建国された。中国共産党が事実上の一党独裁を行う社会主義国である。
 中国政府は、憲法で信教の自由を保障しているが、実態は唯物論的共産主義によって、宗教活動への制限や監視が行われている。その規制のもとでも、宗教者は存在する。
 シナ人は、現世的、実利的な民族性を持つ。固有の宗教として道教、儒教があるが、ともに現世志向が強く、来世志向が強いキリスト教、仏教とは対照的である。シナの民衆は宗教的な救済よりも、政治的な経世済民を求める傾向がある。
 現代シナの宗教事情としては、「世界宗教文化」2014年版によると、2012年の調査で、伝統崇拝、道教または無宗教が87.4%、 仏教 が6.2%、キリスト教が2.3%、イスラーム教が1.7%などとなっている。この調査結果では、最も多いのが「伝統崇拝、道教または無宗教」とされているため、無宗教の割合がわからない。また全体としての宗教者の割合もわからない。
ここで本稿が注目するのは、キリスト教の2.3%という数字である。わが国のキリスト教徒は、文化庁の調査によると2013年の時点で人口の2.3%とされるから、中国でも日本でも人口に対して同じ割合のキリスト教徒がいることになる。当然、信徒数では、日本と中国の人口比から言って、中国には日本の約10倍のキリスト教徒がいるという計算になる。
 後に詳しく述べるが、中国のキリスト教徒の数については、人口の7~7.5%で9000万人以上という調査結果や、人口10%以上で1億3000万人を超えるという情報もある。これらの数値であれば、中国には日本の人口に迫るか、それを超えるほどのキリスト教徒がいることになる。
 中国共産党は、日本の内閣に相当する国務院直属の組織である国家宗教事務局を設けて、宗教管理政策を行っている。政府が認めた宗教しか活動が許されず、外国の勢力の影響を受けた宗教団体の存在を認めていない。キリスト教に対しては、政府主導によって教会を組織して指導・監視している、外国人の聖職者は国内から退去させ、彼らが中国内で活動できないようにしている。また、政府が公認しない教会は政府の登録を受けられない地下教会となっている。
 旧ソ連に存在した主要なキリスト教会はロシア正教会だった。ロシア正教会には、帝政ロシアの教会として体制化・土着化した長い歴史がある。これに比べ、共産中国に存在するプロテスタント及びカトリックの教会は、欧米に本部を持つ宗教である。共産党政権は、これらの教会と外国との関係を断ち切り、自らの支配下に置いたのである。
 中国ではカトリック系の教派を天主教、プロテスタント系の教派を基督教または耶蘇教と呼ぶ。また、ロシアなどから伝来した正教会を東正教と呼んでいる。
 シナのキリスト教は、歴史的に欧米列強の侵略の先兵の役を果たしたため、非難を受けている。だが、20世紀の党初頭、キリスト教の自立化をめざす三自運動が唱えられた。三自とは自治、自養、自伝を指す。外国との関係を絶って自治を行い、経済的に自養し、思想的に自力で伝道するという意味である。
 共産中国の建国後、1950年にプロテスタントの指導者、呉耀宗が反帝国主義の三自愛国運動の方針を示し、プロテスタント諸教派は、共産党と協議して、中国基督教会宣言を表明して、中国基督教三自愛国運動委員会を組織した。同委員会は、政府公認のプロテスタント系キリスト教の指導機関とされる。1966年から76年まで行われた文化大革命は、毛沢東による権力闘争だったが、その中で宗教に対する激しい批判・攻撃が行われた。政府公認のプロテスタントも弾圧を受けた後、1980年にプロテスタントの合同教会である中国基督教協会を設立した。
 中国では、プロテスタントよりカトリックの方が強い弾圧を受けている。中国共産党は、ローマ教皇を最高権威とするカトリック教会を公認していない。1951年に教皇大使のアントニオ・リベリ大司教を「諜報活動」を理由に追放し、ヴァチカン市国と断交し、現在に至っている。
 共産党政権は、その後、1957年に政府公認の中国天主教愛国会を設立した。同会の宗旨は、中国政府の統一戦線方針に沿ったもので、「全国の聖職者と信者を団結し、愛国主義の精神を発揚し、国家の政策と法令を遵守し、積極的に祖国の社会主義近代化の建設に参加し、国際的なカトリックの人々との友好的な往来を促進し、帝国主義と覇権主義に反対し、世界平和を守り、ならびに政府の宗教と信仰の自由への政策の貫徹に協力する」としている。共産党は、同会を通じて、国内のカトリック教会を支配している。
 中国天主教愛国会は、共産党政権の指導下にあり、教皇が有する叙任権・管轄権を認めていない。1958年から聖職者の任命と叙階を独自に行っている。そのため、同会はローマ教皇庁から承認されていない。また、日本をはじめ各国司教評議会からも正統なカトリック組織と認められていない。一方、共産党政権は、ヴァチカン市国と国交を断絶し、カトリック教会を非合法組織として取り締まりの対象としている。
 中国の東正教すなわち東方正教会の政府公認教会は、中国正教会という。同教会では、政府に公認された聖職者が近年すべて逝去したため、教勢は衰退の道をたどっている。
 中国のキリスト教の教派の割合について、確かなデータはない。数年前のデータで、公認カトリック系の天主教が500万人、公認プロテスタント系の基督教が1700~1800万人とするものがあり、それをもとに推定すれば、公認カトリック系1対公認プロテスタント系3.4~3.6の割合となる。
 これら公認の教会以外に、非公認の教会がある。これも実態を示す確かなデータはないが、公認教会1に対して非公認教会2の割合と見られる。非公認教会は、地下教会と呼ばれる。地下教会には、ローマ教皇に忠誠を誓うカトリック系のものや、政府支配下のプロテスタント系教会への協力を拒否するものなどがある。当然のこととして、公権力による迫害を受けている。

 次回に続く。

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 細川一彦著『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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アイヌ新法2~先住民族に関する国連宣言・国会決議

2019-04-11 09:56:07 | 移民
●先住民族に関する国連宣言・国会決議

 こうした国際的な左翼の動きの結果、平成19年(2007年)9月13日、国連で「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が採択された。国連宣言は、先住民族に関して、自己決定権、自治権、国政への参加と独自の制度の新設、奪われた権利の賠償、土地・領土・資源の返還等を認めるべきことが書いてある。
 アメリカ、カナダ、オーストラリアなどは、国連宣言に反対した。彼らはインディアンやアボリジニの土地を奪って大量虐殺している。この宣言を認めれば、どれほどの賠償金や広大な土地返還が要求されるかわからない。だから、反対した。日本はこの国連宣言に賛成した。アイヌは日本人であり、先住民族と見ていなかったからである。
 国連宣言には、先住民族とは何かという明確な定義はない。ただし、宣言の全体を読むと、ここにいう先住民族とは、大体次のようなものと理解できる。すなわち、“15世紀以降、白人が世界各地に進出した過程で、植民地化され、人権や基本的自由を剥奪された民族”を指しており、また“独自の文化・伝統を持ち、侵略者によって集団的に虐殺されたり、文化を奪われたり、差別された人々”である。アメリカのインディアンやオーストラリアのアボリジニは、まさにこれである。だが、アイヌは、これには当てはまらない。アイヌは800年以上前から和人との交流を持ち続け、混血が進んだ。明治政府によって保護され、自ら日本語を学んで同化した。他の少数民族のように強制的に同化されたのではない。
 ところが、国連宣言の翌年、平成20年(2008年)6月6日、国会で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が可決された。衆参両院全会一致だった。決議案は突然出され、質問も反対意見も述べる機会も与えられないまま、翌日に全会一致で決議された。自民党内でも正規の手続きを踏まずに提案されたものだった。新党大地の鈴木宗男議員と今津寛自民党道連会長がこの提案を進めた。アイヌ問題は、公明党が熱心に進めており、自民党は公明党の選挙協力を得るために、満足な議論もせずに、国会決議を進めたとみられる。
 先ほど述べたように、国連宣言には先住民族の明確な定義がない。それなのに、国会がアイヌを先住民族とすることを求める決議をしてしまった。これに乗じて、一部のアイヌや左翼が、この10年ほどの間、アイヌを先住民族と認めるよう政府に執拗な働きかけをしてきた。そして、ついに今回、アイヌを先住民族と盛り込む法案が国会に出された。現状では、法案が成立する可能性が非常に高い。
 そのことの何が問題なのかを述べるために、アイヌの歴史と現状から話す。

 次回に続く。
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外国人政策に関する拙稿をアップ

2019-03-13 11:32:07 | 移民
 2月6日から3月9日にかけて、ブログとMIXIに連載した外国人政策に関する拙稿を編集して、マイサイトに掲載しました。通してお読みになりたい方は、下記へどうぞ。

■外国人労働者受け入れ拡大で、日本の再建が一層の急務
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13-03.htm
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キリスト教171~ラテン・アメリカへの拡大

2019-03-10 08:49:27 | 移民
キリスト教のラテン・アメリカへの拡大

 ハンチントンは、冷戦終結後の世界には7~8の主要文明があるとし、その一つとしてカトリックと土着文化を基礎とする「ラテン・アメリカ文明」を挙げる。
 ラテン・アメリカとは、中南米地域を言う。中米はメキシコ・中央アメリカ諸国・カリブ海域を含み、南米は南米大陸を意味する。ラテンとは、スペイン、ポルトガル、フランスの支配によって、ラテン系の文化を継承することを意味する。ただし、一部にはイギリス、オランダ等、非ラテン系の文化が支配的な地域もある。
 中南米は、15世紀末まで、先住民による文明が複数存在した。ヨーロッパ諸国が侵攻した後は、それぞれの地域で支配的な白人種の国家の教派が人民を教化した。
 ヨーロッパ人が中南米に上陸したのは、1492年、コロンブスがバハマ諸島に上陸したのが、始めとされる。彼はその地をインドと誤解した。そのため、中南米の先住民はインディオと呼ばれる。コロンブスを皮切りに、スペイン・ポルトガルが各地に進出して植民地にした。カトリックの宣教師が布教を行い、中南米の多くがカトリック圏となった。それによって、ヨーロッパのラテン系の文化が浸透し、中南米にラテン・アメリカ文明が発達した。
 スペイン人は最初、黄金を求めてカリブ海域から、アメリカ大陸の南北に進出した。中米に侵攻したコルテスは、1521年にメキシコでアステカ文明を滅ぼした。南米に侵攻したピサロは、1533年にペルーでインカ文明を滅ぼした。スペインの領土は、北米南西部からブラジルを除く南米全体に及んだ。
 スペイン支配のラテン・アメリカでは、エンコミエンダ制の下で、先住民が大農場や鉱山で酷使された。エンコミエンダ制は、インディオのキリスト教化と保護を条件に、国王が植民者に征服地の土地・住民の統治を委託する制度である。国内法では奴隷を否定していたスペインは、この制度を使ってインディオを実質的に奴隷化し、土地・資源・労働力を支配下に組み入れた。エンコミエンダ制の根底には、キリスト教徒以外は人間と見なさないという偏狭で傲慢な発想があった。有色人種への虐待・虐殺は、教皇の権威と聖書の文言によって正当化された。宣教師は、異文明への侵攻、異教徒の支配の先鋒となった。
 苛酷な労働と、外来の天然痘等の伝染病によって、先住民の人口は激減した。ヨーロッパ文明と出会う前、中米の人口は7千万人から9千万人あったと推定されているが、15世紀末にスペイン人が侵入してから、わずか1世紀の間に、350万人に激減したと見積もられる。インディオ人口が激減する中で、1720年にエンコミエンダ制が廃止されると、土地の所有権をもつ大地主が多くの債務を負わせたインディオを債務奴隷として支配するアシェンダ制に変わった。この一方、労働力不足を補うために、アフリカ大陸から黒人奴隷が輸入された。
 黒人奴隷の奴隷貿易は、1530年ころ始まった。その後、カリブ海域を中心に砂糖のプランテーションが広がると、黒人奴隷が多数売買されるようになった。アフリカから拉致された黒人は、3千万人から6千万人に及び、その3分の2が航海途上で死亡して、大西洋に捨てられたといわれる。有色人種の犠牲者数は、20世紀の近代兵器による世界大戦の死亡者数をも上回る。それを行ったのが、イエスを信じるキリスト教徒である。
 スペイン、ポルトガルに続いて、オランダ、イギリス、フランスなども進出した。これらの国々は、主にカリブ海地域を植民地にした。17世紀の西欧では茶やコーヒーが流行し、砂糖の需要が増加した。オランダは、ガイアナでプランテーション経営を行った。イギリス人は砂糖の製法をオランダ人から学び、バルバドス、次いでジャマイカ島へと砂糖プランテーションを拡大した。フランスもこれに続いた。18世紀には、紅茶やコーヒーの飲用が普及して、砂糖の需要がますます増大した。イギリス支配下のジャマイカ島は、ブラジルを抜き、世界有数の砂糖の産出地になった。フランス領のサン=ドマングはカリブ海における最も富裕な砂糖植民地となった。生きる上の必需品ではない嗜好品のために、有色人種が犠牲にされたのである。
 こうして中米のメキシコから南米大陸までは主にスペイン、ポルトガル、カリブ海諸国はイギリス、オランダ、フランス等が支配するという分割がされた。
 ラテン・アメリカでは、白人種の支配のもと、インディオと黒人奴隷の混血と人種による階層化が起こった。すなわち、本国生まれの白人、現地生まれの白人であるクリオーリョ、白人と先住民が混血したメスティーソ、先住民のインディオ、先住民と黒人が混血したムラート、黒人という人種的な集団的による身分制が形成された。彼らのうち、支配層にあるクリオーリョは、本国政府に代わって直接的な支配を確立するには、独立の道を選ぶしかないと考えるようになった。
 18世紀後半、北米でアメリカ合衆国が独立し、フランスで市民革命が起こると、その影響がラテン・アメリカの植民地にも及んだ。スペインがナポレオンに征服されたことを機に、各地で独立運動が活発となった。最初は1804年にフランス領サン=ドマングが国名をハイチとして独立した。続いて、1810年代から20年を中心に、パラグアイ、アルゼンチン、チリ、ペルー、メキシコ、ブラジル、ウルグアイ等、18の独立国家が誕生した。カリブ海諸国の独立は、20世紀を待たねばならず、同世紀初頭にキューバ、パナマ、1960年代に他の諸国が続いた。
 ラテン・アメリカ諸国は、近代世界システムの中核部における国民国家(ネイション・ステイト)に対抗して、建設された国家である。中核部の国民国家とは出生が異なり、周辺部=下層に位置する国家としての特徴を持っている。独立は得たものの、資本主義の垂直的分業体制の不可欠の部分として、西洋文明の下層に組み込まれた。中枢部―半周辺部―周辺部という三層構造における下層化である。経済学者・歴史学者のアンドレ・グンター・フランクは、ラテン・アメリカの発展を「低開発の開発」と呼んだ。
 ラテン・アメリカ諸国では、植民地時代の大土地所有制が存続し、極端な貧富やカウディーリョ(軍事的実力者)の抗争などで社会は安定せず、現在にいたるまでクーデタが頻発している。そうした中で、21世紀に入り、ラテン・アメリカ最大の国民国家ブラジルが、新興国のグループ、BRICSの一角として、ロシア・インド・中国・南アフリカと並んで、急速に成長しつつあることは、地域全体の成長可能性を表すものとして注目される。

 次回に続く。
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外国人政策11~憲法改正が一層重要に

2019-03-09 09:45:06 | 移民
 最終回。

●結びに~憲法改正が一層重要に

 4月からの外国人労働者受け入れ拡大の開始を前にして、ここで真剣に考えなければいけないのは、わが国は、未だ日本人自らの手による憲法の改正ができていないことである。
 わが国は、戦後、外国から憲法を押しつけられ、それを今日まで改正できずに来ている。今の憲法には、日本の国柄・伝統・歴史が書かれていない。どこの国の憲法かわからないような内容になっている。戦勝国によって国防に規制がかかられ、自国の存立を他国に委ねさせられている。国民には納税と教育の義務しかなく、国家への忠誠や国防の義務がない。そのため、日本は独立主権国家としての要件を欠いており、日本人は国家・国民・国防の意識が薄弱となっている。
 「あなたは戦争になったら、自分の国を守るために戦いますか」という国際的なアンケートが行われた。その結果、日本は最下位だった。戦うという人は15%しかいなかった。多くの国では、50~60%以上の人が戦うと答えている。日本の平和と繁栄のためには、国民の意識を高め、憲法を改正して、国のあり方を根本から立て直すことが先決問題である。
 日本の平和と繁栄のためには、この憲法を改正して、国のあり方を根本から立て直すことが先決問題である。
 ヨーロッパ諸国のように、自らの手で作った憲法を持ち、国家・国民・国防の意識がしっかりしている国であっても、外国人移民が多くなりすぎると、彼らをうまく同化することが出来ず、対立や分断を生じ、テロが頻発するようになっている。日本は、いまの憲法のもとで、なし崩し的に外国人労働者を多く受け入れれば、国家が崩壊してしまう恐れがある。
 だが、わが国は、憲法の改正が出来ていないのに、外国人労働者の受け入れ拡大を決めてしまった。こうなったからには、憲法の全面的な改正を急ぎ、国のあり方を根本から立て直さなくてはならない。私は、今回の外国人労働者の受け入れ拡大によって、憲法改正の重要性が一層高まったと考える。自衛隊の明記、緊急事態条項の新設等だけでなく、全面的な改正が必要である。
 安倍首相は、1月30日通常国会の代表質問に答えて、憲法改正の必要性を訴えた。自民・維新は前向きだが、公明・立憲は憲法改正に触れもしなかった。国会で議論がされるように働きかけていかなければならない。
 日本人が日本精神に目覚め、日本とはどういう国であるかを、憲法に明記し、自らの国家・国民・国防の意識を高めることが必要である。日本はどういう国柄・伝統・歴史を持つ国であり、これからどういう理想に向かって進むのか。それを憲法に書き込むことは、日本人の自覚を高めることになる。
 在留外国人が日本語を学び、日本の文化を身に付けてもらうには、まず日本人自身が自国の言語・国柄・伝統・文化・歴史を学び、それを外国人に伝えられるようにならなくてはいけない。そのための教育を学校や社会でしっかり行うことが必要である。日本人が自覚を高めることが、外国人が日本の国柄・伝統・歴史を学んで、日本の平和と繁栄のために貢献する国民となってもらうことにつながる。そのためにも憲法の改正が必要である。
 これを欠いたまま、外国人労働者を多数受け入れ、一般永住者を増やしてしまうと、日本は独自の国柄・伝統・歴史を失い、日本としての特徴や美点を失ってしまうだろう。
 また、憲法の改正において、国民には国防の義務と国家への忠誠の義務があることを定めるべきである。憲法に国民には国防の義務があると定めないと、日本国籍を取った外国人が、元の祖国と日本の間で紛争が起った時に、元の祖国のために裏切り行為をする可能性がある。また、わが国には、スパイ防止法がなく、スパイ天国といわれる。憲法に国家への忠誠の義務を定めないと、外国人が日本国籍を取って元の祖国を利するためにスパイ行為をする可能性がある。憲法をしっかり改正しないまま、外国人を多数受け入れ、一般永住権を与え、さらに地方参政権を与えたり、国籍まで簡単に与えるようなことをすれば、日本は亡国に至る。まさに自滅行為である。
 憲法の改正に関して、最も必要なことは、日本人自身の手で新しい憲法をつくる意志を持つことである。それにはまず日本人は、世界に比類ない国柄・伝統・歴史に誇りを持ち、先祖代々受け継がれてきた日本精神を取り戻さなければならない。(了)
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キリスト教170~東北ヨーロッパ・旧ソ連圏の宗教事情

2019-03-08 12:17:02 | 移民
●東北ヨーロッパ(中欧北部)

 次に、東北ヨーロッパの主な国々におけるキリスト教の歴史を見ていこう。
 ヨーロッパ北西部に位置し、バルト海に面するポーランドは、10世紀に国家として認知され、16~17世紀にはポーランド・リトアニア共和国を形成し、広大な国土を持った。しかし、18世紀には、ロシア、プロイセン、オーストリアによって4度にわたり分割され、1795年に国家が消滅した。第1次世界大戦後、1918年に独立を回復したが、第2次世界大戦の開始前、ナチス・ドイツとソ連は、独ソ不可侵条約にポーランド分割を秘密裏に盛り込んでいた。開戦と同時に、両国によってポーランドは国土を分割され、消滅した。大戦後、スターリンはポーランド東部を正式に自国へ併合し、ドイツ東部をポーランドに与えた。1952年に、ようやくポーランド人民共和国が樹立され、国家主権が復活した。だが、それはソ連の衛星国となったに過ぎなかった。こうした苦難の歴史を持つポーランドは、1989年東欧の民主化運動の震源地となり、民主化を成し遂げて現在の共和国となった。
 宗教は、ジェトロの資料によると国民の約93%がカトリック教徒である。この割合は、世界一とされる。ドイツやロシアに挟まれながら、ルター派やロシア正教会がほとんど浸透していない。ポーランドのカトリック教徒は、その4分の3は敬虔な信者とされる。スラヴ系で初めて、そして約500年ぶりに非イタリア人のローマ教皇に就いたヨハネ・パウロ2世は同国の出身である。ポーランドの民主化には、同国出身の教皇とカトリック教徒の連携が強く作用した。
 ポーランドの南に位置するチェコとスロヴァキアは、かつては一個のチェコ・スロヴァキア共和国だった。
 チェコは、国民の大多数がスラヴ系のチェコ人である。15世紀にヤン・フスがカトリック教会批判をした。その後、ほとんどのチェコ人はフス派の信者になった。しかし、17世紀前半のドイツ30年戦争後、人民は支配者からカトリックへの改宗を強制された。19世紀後半から、チェコはオーストリア=ハンガリー二重帝国に組み込まれた。第1次世界大戦後、チェコ・スロヴァキア共和国として独立したが、ナチス・ドイツが台頭するとズデーテン地方を割譲させられるなどして、国家が消滅した。第2次世界大戦後は、ソ連の衛星国にされた。1968年、「プラハの春」と呼ばれる自由を求める民衆の運動が起こったが、ソ連によって鎮圧された。ようやくその約20年後、1989年に共産主義政権が崩壊して、民主化が実現した。その後、93年にスロヴァキアが平和裏に分離・独立した。
 チェコでは、20世紀前半は、国民の大多数がカトリックだったが、共産党政権下で無宗教者が増えた。そのうえ、民主化の後、さらに宗教離れが進んだ。2011年の調査では、人口の34.2%が宗教を持っていないと解答し、全世界で最も宗教人口の少ない国家の一つになっている。カトリックは1991年には人口の39%を占めていたが、2011年の国勢調査では人口の10.3%に過ぎなくなった。約20年間で4分の1近くに激減したわけである。プロテスタントは人口の0.8%で、うち約6割がチェコ兄弟団福音教会、約4割がフス派教会に所属している。
 スロヴァキアは、国民の大多数がスラヴ系のスロヴァキア人である。チェコよりスロヴァキアの方が宗教を持っている者の割合が多い。ジェトロの資料によると、カトリックが最も多く62%で、プロテスタント6.1%。ギリシャ正教3.8%等となっている。
 ハンガリーは、スロヴァキアの南、オーストリアの東に位置する。東ヨーロッパにおいて、唯一アジア系のマジャール人の国家である。マジャール人は、10世紀にハンガリー王国を建て、11世紀からカトリック国家として発展した。14世紀からオスマン帝国の圧力を受け、16世紀半ばに、オスマン帝国とオーストリア帝国によって分割支配された。オスマン帝国が後退すると、ハプスブルグ家の支配が広がり、1867年にオーストリア=ハンガリー帝国となった。第1次世界大戦では敗戦国となり、オーストリアと分離された。第2次大戦では、ナチス・ドイツの圧迫を受けて枢軸国に加わった。敗戦後、ソ連に占領され、その衛星国となった。1956年には自由を求めるハンガリー動乱が起こったが、ソ連の戦車によって鎮圧された。その33年後、ようやく東欧の民主化運動は成功し、1989年にハンガリーも民主化された。
 宗教は、2011年の国勢調査によると、カトリックが39.0%と最も多い。その一方、カルヴァン派も11.6%いる。

●旧ソ連圏

 旧ソ連の宗教事情とキリスト教については、別の項目に書いた。また、共産主義とキリスト教の関係を各項目で詳しく書く。ここでは第2次世界大戦後とソ連解体後のことについて簡単に書いておきたい。
 第2次大戦後も旧ソ連において、宗教への弾圧がつづいた。ロシア正教会に対する弾圧は、ペレストロイカ時代に緩和された。共産党政権の崩壊後、ロシア正教会は、この地域のキリスト教徒の精神的なよりどころとして、再び教勢を伸ばしている。ただし、欧米や日本に比べると、国民の権利は規制されており、ロシアのキリスト教徒が、政権批判を含む自由な活動ができているわけではない。
 ロシア連邦の宗教人口は、2014年のロシア国家統計局の報告によると、ロシア正教75~80%、プロテスタント 7~10%、カトリック1.3%とされ、他にイスラーム教10~14%、仏教 1%等である。キリスト教徒との関係で重要なのは、2000万人規模のイスラーム教徒の存在である。
 また、ソ連解体後、ロシアを中心につくられた独立国家共同体(CIS)にはイスラーム教徒が多い国が、6カ国ある。カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャンである。また、CIS参加国のうちロシア以外でキリスト教徒が多い国は、ベラルーシ、アルメニア、モルドヴァ、ウクライナである、CISを脱退したジョージア(グルジア)もキリスト教徒が多い。
 より詳しくは、共産主義とキリスト教の項目に書く。

 次回に続く。
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