ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

日本復活へのケインズ再考12

2011-02-28 08:45:08 | 経済
●ケインズの思想(2) 経済学を道徳で基礎づける(続き)

 ケインズ研究の第一人者スキデルスキーは、ケインズは、経済学者であると同時に、哲学者であり、モラリストだったと言う。ケインズは、若き日にジョージ・エドワード・ムーアの倫理学の影響を受けた。ムーアは、快楽・苦痛を数量化して功利(utility)を計算し、快楽を最大にすることを目的としたベンサムの功利主義を批判した。そして直観によって善であると把握されるさまざまなものを行為の目標とした。また、全体は部分の総和以上のものであるという有機的統一性の原理を説いた。ケインズは、ムーアの影響のもと、経済学を自然科学ではなく道徳科学であると考えた。道徳科学とは、倫理学の上に立つ社会科学である。
 ケインズは、アルフレッド・マーシャルを師とした。マーシャルは、限界革命に参与し、部分的均衡理論を樹立した経済学者である。一般にマーシャルは新古典派とされているが、マーシャルの経済学の根底には、倫理学があった。「マーシャルは倫理学を通じて経済学に行き着いたと繰り返し語っており、私は何よりもこの点でマーシャルの弟子だと考えている」とケインズは語っている。マ-シャルは他の新古典派経済学者と違い、人間をアトム的な個人ではなく社会的な関係の中にある存在と理解した。そして、イギリス伝統の騎士道精神を重んじ、騎士道精神を核とする経済倫理を以って、国民国家(ネイション)の維持・発展を目指した。その思想は、騎士道的ナショナリズムということができよう。
 マーシャルにとって、経済学は目的ではなく手段だった。ケインズにとっても経済学は手段だった。ケインズは、資本主義の効率性を評価してはいたが、資本主義を賛美してはいなかった。ケインズにとって富の追求は、それ自体が目的ではなく、「良い生活」を実現するための手段だった。「良い生活」とは「賢明に、快適に、裕福に」暮らす生活である、とケインズは考えていた。ケインズは、自分の孫の世代の時代である100年後には経済問題が解決し、人々は病的な「貨幣愛」を捨てて、余暇を増やし、効用より善を選び、「野の百合」のような生活をするようになる、という未来像を持っていた。
 ケインズは、経済学を道徳科学と考えた。この考えはケインズの独創ではなく、アダム・スミス以来の伝統を受け継ぐものでもあった。古典派経済学の祖スミスは「独占精神」に反対し、「自由競争」を主張したが、彼の説く自由競争は、自分の利益のためなら何をしてもよいというような、利己本位のものではなかった。スミスは、『国富論』(1776年)を書く前に、大学で道徳哲学を講じる学者だった。その講義をまとめて出版したのが、『道徳感情論』(1759年)である。スミスは『道徳感情論』において、個人の利己的な行動は、「公平な観察者」の「共感」が得られなければ、社会的に正当であるとは判断されない、個人は「公平な観察者」の「共感」が得られる程度まで自己の行動や感情を抑制せざるを得ない、と説いた。
 『国富論』にも、この見解が貫いている。スミスは、「見えざる手」に導かれて、市場の秩序が維持されると説いた。これは、人々が互いに「共感」を呼ぶ行動を行う場合のことである。もし人々が利己的一辺倒の行動を取るならば、市場は混乱を免れない、と予測した。スミスは相互共感に基く市民社会を構想した。市民社会においてデモクラシーが発達すれば国民国家(ネイション)となるから、スミスの思想はナショナリズムに通じるものだった。だが、実際の社会は自由放任の資本主義によって、弱肉強食の競争社会となった。利己的な個人、私益追求的な資本が跋扈し、市民社会的・国民国家的な道徳は衰退していった。
 スミス以後の経済学は、合理的に行動するアトム的な個人を仮定した理論を構築した。こうした人間像を「経済人(エコノミック・マン)」という。マーシャルは、経済人を「なんらの倫理的な影響を受けず、金銭上の利益を細心かつ精力的に、だが非情かつ利己的に追求しようとする人間」と定義した。彼が理想とした騎士道精神を持つ倫理的・愛国的な人間とは、正反対の人間像だった。20世紀の初頭から先進国では、所有と経営の分離が進み、産業資本と金融資本の分化が進んだ。株式会社と金融市場が中心的となった資本主義は、利己的な個人の行動を正当化した。そうした人間が横行闊歩する社会が破綻したのが、大恐慌だった。
 ケインズは、資本主義を否定せず、物質的な豊かさを追求することを否定しない。物質的な豊かさを達成してこそ、精神的な豊かさを実現できると考えた。だが、新古典派経済学は、価値判断を排除することによって、経済学から倫理を放逐した。市場原理主義は、他者の「共感」を考慮しない利己的な活動を促進した。資本主義は再び強欲に走り、大恐慌以来の世界経済危機が出現した。
 現在、人類は重要物資の不足により、資源・水・食糧等の争奪を繰り広げることになることが確実な状態にある。人類の生存と発展のため、ケインズの英知を再発見し、道徳をもって経済学を基礎づけ直す必要がある。

 次回に続く。

■追記

 本項を含む拙稿「日本復活へのケインズ再考」は、下記に掲示しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13k.htm
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日本復活へのケインズ再考11

2011-02-27 12:00:52 | 経済
●ケインズの思想(2) 経済学を道徳で基礎づける

 ケインズの思想の第二は、道徳である。
 1929年の大恐慌は、投機的な投資が一つの原因となって発生した。1920年代の資本主義は、ものの生産より金融が中心となり、金融市場が賭博場のようになっていた。
 ケインズは、株や債券の売買による利益追求を否定はしない。『一般理論』に、次のように書いている。
 「人が暴君となるなら、仲間の市民に対して暴君となるよりは、自分の銀行残高に対して暴君となる方が良い。後者は前者への手段にほかならないとして非難される場合もあるが、少なくとも時には後者は前者の代わりになる。しかし、これらの活動を刺激し、これらの性質を満足させるためにも、ゲームが今日のような高い賭金を目当てに演じられる必要はない。もっと低い賭金でも、競技者がそれに慣れてしまえば、同じように目的にかなうであろう。人間本性を変革する仕事とそれを統御する仕事とを混同してはならない。理想的な国家においては、人々が賭けに興味を持たないように教育され、鼓吹され、躾けられるということもあろうが、普通の人、あるいは社会の重要な階層の人たちさえもが、事実上金儲けの欲望に強くふけっているかぎり、ゲームを規則と制限のもとで演ずることを許すのがやはり賢明で思慮深い政治術というものであろう」と。
 これは、マネー・ゲームを制御しようという提案である。ケインズがこういう思想を開陳する前、アメリカでは大恐慌後、議会上院に銀行通貨委員会が設置された。この通称「ペコラ委員会」は、金融危機の原因と背景を解明するとともに、再発防止のための金融制度改革に取り組んだ。ペコラ委員会は、1929年の株価大暴落前後のウォール街の不正行為を暴き、銀行家が証券子会社を通じた銀行業務と一体的な業務展開をすることによって、巨額の利益を得ていたことなどの実態を明らかにした。その調査結果に基づき、1933年に銀行業務と証券業務の分離を定めたグラス・スティーガル法(銀行法)と証券法が成立した。また、翌34年には証券取引所法が成立し、ウォール街の活動を監視する証券取引委員会(SEC)が設立された。ケインズの思想は、こうした規制を理論的に裏付けるものとなった。
 大恐慌後に設けられた規制は、1970年代までは、巨大国際金融資本の活動を抑えるのに有効だった。また、ケインズの理論・政策・思想を継承したケインズ主義が世界的に普及したことにより、マネー・ゲームに対する一定の制御がかけられた。しかし、アメリカでは1980年代、レーガン政権の時代から徐々に規制が緩和された。そして、クリントン政権の1999年にグラム・ビーチ・ブライリー法が成立した。同法によって、銀行・証券・保険の分離が廃止された。その結果、金融機関は、持ち株会社を創ることで、金融に関するあらゆる業務を一つの母体で運営することが可能になった。これを理論的に推進したのが、後に述べる新自由主義・新古典派経済学だった。
 「自由」の名の下、アメリカの金融制度は大恐慌以前に戻ってしまった。ウォール街は、さまざまな金融派生商品(デリバティブ)を開発し、サブプライム・ローン、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)等を生み出し、世界中を狂乱のマネー・ゲームに巻き込んだ。そして、平成20年(2008)9月15日、リーマン・ブラザーズの倒産によって、猛威を振るった強欲資本主義は破綻した。
 大恐慌後に出されたケインズの提言は、よく生かされなかった。人間の欲望を抑える英知より、強欲の方が勝った。その結果、私たちは今日、大恐慌以来の経済危機を体験しているわけである。上記のケインズの言葉は、再び無視されることがあってはならない。そのためには、経済学は、ケインズの思想を振り返り、道徳を取り戻して、社会全体の調和ある発展に貢献するものとならなくてはいけない。

 次回に続く。

■追記

 本項を含む拙稿「日本復活へのケインズ再考」は、下記に掲示しています。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion13k.htm
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トッドの移民論と日本44

2011-02-26 14:33:51 | 国際関係
●異文明定住外国人への地方参政権付与、さらに問題な移民の大量受入れ

 オランダの混迷の原因には、宗教の相違に加えて、地方参政権付与と移民の入国数の問題がある。
 西尾氏は、「イスラム教徒に地方参政権を与えたことが、アリの一穴となった。小さな穴は行政を麻痺させ、しだいにこれが広がり、国全体がしばられた。『国連』とか『世界市民』といった美しい理想が、政治や行政を動かしていることに問題があった。政府がもっと常識をもち堅実であったなら、外国人にオランダ文化を教え、自由で近代的な法意識に従わせるよう教導したであろう。しかし、外国の文化を何よりも尊重し、『同化』ではなく『共生』が大切だという、ドイツでもフランスでも一時はやったあの思想に政府がとりつかれているので、一般のオランダ人の庶民が無法な目に遭っても放置される」と言う。
 「あの思想」とは、多文化主義のことである。オランダは多文化主義の思想に基づく多文化共存政策を急進的に進め、異文明から流入した移民に対してまで、地方参政権を与えてしまった。
 西尾氏は、次のようにも書いている。「外国人地方参政権を『EU国民にのみ与える』という他の西ヨーロッパの国々と同じ政策をとっていたら、EU国民は自由で近代的な法意識を共有しているので、ここまでひどい事態にはならなかっただろう」と。
 私の観点から言えば、EU加盟国同士の地方参政付与は、同一の文明の内部における権利付与である。私は、定住外国人を「文明内定住外国人」と「異文明定住外国人」とに区別することを提案する。「異文明定住外国人」への参政権付与は、「文明内定住外国人」とは、まったく異なる問題を生み出すのである。
 西尾氏はまた、次のように述べている。「他の西ヨーロッパの国々よりもイスラム系移民の人ロ比が高いことは、何よりもオランダを苦しめた。移民は出生率も高く劇的に増加する、というのが恐怖の的となっている」と。
 私は、この点の指摘が重要だと思っている。すなわち、移民の人口比が高くなりすぎたことである。オランダの大失敗は、非EU加盟国からの定住外国人に地方参政権を与えたことだけではない。そもそも、移民を多く受け入れすぎたことが失敗だったのである。ドイツ、フランス、イギリスにおける移民の人口比は7~9%だが、オランダは10%を超え、20%近くにまでなっている。しかも、オランダ人は出生率が低く、人口が減少する一方、イスラム系移民は出生率が高く、人口が急増する。そのため、今後、移民の人口比は大きくなり続ける。先に引いた先に引いた「デイリー・テレグラフ」紙は、オランダでは、近いうちにイスラム人口が過半数を超えてしまうと予想している。
 私は定住外国人へ地方参政権付与の有無にかかわらず、移民の人口比が高くなりすぎると、その社会には崩壊に向うと思う。ヨーロッパの事例を見ると、移民の人口比は10%近くなると危険だと考える。移民の流入を数的に制限すること、そして、外国籍のまま地方参政権を与えないことが、死活的に重要である。

 次回に続く。 

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日本復活へのケインズ再考10

2011-02-25 08:50:50 | 経済
●ケインズの思想(1) 全体主義から自由を守る

 前項まで、ケインズの理論と政策について見てきた。次に、ケインズの思想について述べたい。思想について触れなければならないのは、ケインズが単なる経済学者ではなく一個の思想家だったからである。ケインズはもともと数学に才能を示し、数学者を目指した。途中で経済学に転じたのだが、当然、優れた数理的能力を持っていた。しかし、ケインズは抽象的な概念と数式の操作で経済現象を理解するだけの学者ではなかった。むしろ、倫理学を根本において、社会における経済のあり方をとらえる社会思想家だった。そこで、ケインズの理論と政策の裏付けになっている思想について、自由、道徳、ナショナリズムの3点から書くことする。
 最初に、自由についてである。
 ケインズは、伊東光晴氏によれば、「資本主義の危機に際して、その原因を理論的にとらえる苦闘の中から、その危機を取り除く処方箋を引き出し、19世紀資本主義にかわる、現代資本主義をつくりだす支柱をつくりあげた」「古典的資本主義対社会主義の対立の中で、第三の、資本主義の修正の道があること」を示した。
 ケインズは、マルクス主義に対して徹頭徹尾、厳しい見方をした。ケインズはソ連の社会主義建設に全く幻想を抱かなかった。社会主義は経済体制としては極めて非効率だと考えた。1925年に刊行した『自由放任の終焉』に「これほど非論理的でつまらない学説が、人々の心と歴史にこれほど強い影響を与えうるという事は信じられないことだ」と書いている。ケインズは、手放しで資本主義を信奉していたのではないが、「賢明に運営される限り、資本主義は他のどんなシステムよりも効率的に経済的な目標を達成するに違いない」と考えた。
 大恐慌によって、自由主義的な資本主義は危機に瀕していた。ロシア革命後、西欧では共産主義が伸長し、またドイツ・イタリアでは国家社会主義が政権を牛耳っていた。ケインズは、自分が提案する「総需要管理政策」によって雇用問題を解決しなければ、「経済諸力の自由な作用」に重きを置く「伝統的な価値」そのものが崩壊する可能性があると危惧した。その伝統的価値とは、個人の自由を尊重する「個人主義」あり、自由主義である。ケインズは、自由放任的な資本主義の欠陥を修正することによって、資本主義の破壊とそれによる全体主義の支配を回避する道を選択した。
 ケインズは『一般理論』で、自分の理論について、「その含意において、適度に保守的である」と言っている。「なぜなら、それは現在主として個人の創意にゆだねられている問題について、ある種の中央管理を確立することが極めて重要であることを指示するが、なお影響されない広い活動の分野が残されているからである」と。
 ケインズはソ連の共産主義にもナチス・ドイツの国家社会主義にも反対する。これらの全体主義から自由を守るために、政府が個人の自由に一定の規制をかける必要性を説く。それは自由社会を維持するためであり、一定の規制をかけても個人の自由は十分保持されると考えた。
 国家社会主義については、「国家が引き受けるべき、重要な仕事は生産手段の所有ではない。もし国家が生産手段の増加に向けられる総資源量と、それを所有する人々に対する基本的な報酬率とを決定することができるなら、それで国家は必要なことのすべてを果たしたのである。その上、社会化のために必要な方策は、徐々に、社会の一般的な伝統を破壊することなしに導入することができる」と述べている。
 また「今日の独裁主義的な国家組織は、効率と自由を犠牲にして失業問題を解決しようとしているように見える。短い好況の時期を除けば、今日の資本主義的個人主義と結びついているーー私の考えでは、その結びつきは不可避的であるーー失業に、世界が遠からず我慢できなくなることはたしかである。しかし、効率と自由を保持しながら病弊を治療することは、問題の正しい分析によって可能となるであろう」と書いている。
 ケインズは、私有財産制度のもとでの漸進的社会改良を目指している。
 「もちろん、完全雇用を確保するために必要な中央管理は、政府の伝統的な機能の著しい拡大をともなうであろう。さらに、現代古典派理論そのものも、経済諸力の自由な作用を抑制したり誘導したりすることが必要となるさまざまな事情に注意を向けてきている。しかし、なお個人の創意と責任が働く広い分野が残されるであろう。この分野の中では個人主義の伝統的な利益が依然として妥当するであろう」と言う。
 そして、「消費性向と投資誘因とを相互に調整する仕事にともなう政府機能の拡張は、19世紀の評論家や現代のアメリカの銀行家にとっては個人主義に対する恐るべき侵害のように見えるかもしれないが、私は逆に、それは現在の経済様式の全面的な崩壊を回避する唯一の実行可能な手段であると同時に、個人の創意を効果的に機能させる条件であるとして擁護したい」と主張している。

 次回に続く。
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外資から日本の水と森を守れ

2011-02-24 09:03:29 | 時事
 私は、平成21年5月14日に「日本の水を中国が狙っている」という一文を書いた。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20090514
 題名の通り、水が「21世紀の石油」といわれるほど貴重になっている今日、水不足と水汚染に悩む中国が、わが国の水を狙って、水源地の買収を行っていることを知って書いたものだ。そこに転載した同年5月12日の産経新聞の記事が、国民に問題を知らせるきっかけとなった。
 その後、事態は悪化している。中国系を始めとする外国資本が、わが国各地で水源地や安全保障にかかわる重要な土地を次々に買い占めていることが明らかになり、今では多くの国民の関心事となっている。
 自民党では、安倍晋三元首相ら有志議員が「日本の水源林を守る議員勉強会」を立ち上げ、議員立法を目指す取り組みをしてきた。自民党は、森林の公有地化のための予算確保を図り、一定面積以上の森林取得には届け出義務や罰則強化を盛り込んだ森林法の改正案と、地下水を公共の資源ととらえて揚水可能な地域をあらかじめ指定し、水源を守る緊急措置法として地下水利用法案を、昨年の臨時国会に提出したが、成立しなかった。
 わが国には、大正15年施行で現行法でもある外国人土地法という法律がある。同法は、外国人による土地取得に関する制限を政令で定めるとしている。戦前は国防上重要な保護区域を定め、外国人が土地を取得する場合、陸相や海相の許可を必要としていた。大東亜戦争の敗戦後、すべての政令が廃止されたため、同法の実効性が失われたままになっている。それゆえ、有名無実化している外国人土地法の改正も、検討がされている。
 マスメディアでは、産経新聞がこの問題を積極的に取材・報道してきた。昨年12月、TBSテレビが、北海道における外国人による水資源・森林資源の買い占めを詳しく取り上げ、大きな反響を呼んだ。平成23年1月号の「WiLL」が、北海道の買収への規制や日本の森と水を守る法案を特集し、注目を集めた。
 こうしたなか、動きの鈍かった民主党も、今年に入って外国人や外国法人による土地取得を規制するための法整備を進める方針を固めた。1月20日に「外国人による土地取得に関するプロジェクトチーム(PT)」の初会合を開き、具体的な規制内容の検討に入ったという。また政府はPTからの提言を踏まえ関連法の整備を進め、今通常国会での成立を図る方針だと報じられる。実効性が失われていると指摘されてきた外国人土地法と森林法を整備し、安全保障上の懸念を払拭するのが目的である。
 戦後日本人の領土意識・国防意識は極端に低下している。外国勢力に侵されているのは、北方領土、竹島等の国土周縁部の島嶼だけでない。水源や森林を失ったら、日本人は生存・繁栄していくことが出来なくなる。日本の水と森を、外資の食いものにされてはならない。
 超党派で、早急に法的整備を進めてもらいたい。

 以下は、関連する報道のクリップ。

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●産経新聞 平成23年1月20日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110120/plc11012009140054-n1.htm
外国人の土地取得規制 政府・民主、今国会で関連法整備
2011.1.20 09:13

 北海道や長崎県・対馬(つしま)などで中国、韓国関係者らによる土地取得が進んでいる問題で、政府・民主党は19日、外国人や外国法人による土地取得を規制するための法整備を進める方針を固めた。民主党政策調査会が20日にプロジェクトチーム(PT)の初会合を開き、具体的な規制内容の検討に入る。政府はPTからの提言を踏まえ関連法の整備を進め、24日召集の通常国会での成立を図る方針。実効性が失われていると指摘されてきた法律の穴を埋め、安全保障上の懸念を払拭するのが狙いだ。
 法整備の対象となるのは、外国人土地法と森林法。
 大正15年施行で現行法でもある外国人土地法は、外国人による土地取得に関する制限を政令で定めるとしている。戦前は国防上重要な保護区域を定め、外国人が土地を取得する場合、陸相や海相の許可を必要としていた。こうした保護区域は22都道府県に上っていた。しかし、終戦に伴いすべての政令が廃止されたため、法律の実効性が失われている。
 PTでは政令で保護区域を設定することも含め検討する。同時に、法改正または新法で実態を把握できるようにする方針だ。また、森林法も改正し、森林を買収する場合は届け出制または許可制にする方向で調整する。
 ただ、保護区域の設定に関しては「経済活動を阻害することになりかねない」との慎重論もあり、調整が難航する可能性もある。
 外国人による土地取得をめぐっては、対馬で自衛隊施設に隣接する土地が韓国資本に購入されたことが判明した。全国各地で中国資本などが森林の買収を進めるケースも相次いでいる。
 特に北海道では近年、外国資本による森林取得が急増。道の調査によると、外資の森林取得はこれまでに33件、計約820ヘクタールに上る。このうち最も多いのが中国の12件だった。自衛隊施設周辺や水源地にあたる森林が買収されるケースもあり、安全保障や公共秩序維持の観点から問題視する声が強まっている。
 菅直人首相は昨年10月15日の参院予算委員会で、日本国内での外国人や外国法人による土地取引の規制について「ぜひ勉強して一つの考え方をまとめてみたい」との見解を表明。法務省に対し、防衛施設周辺などの土地取得の規制を検討するよう指示していた。
 自民党も土地取得の規制に向けた検討を有志議員が進めている。

●産経新聞 平成22年11月26日

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101126/plc1011262356029-n1.htm
北海道の森林 外資が33カ所取得 自衛隊施設望む高台も
2010.11.26 23:55

 民間による水源地などの森林や土地の取得が相次いでいる北海道で、外国資本企業や外国人が取得した私有林が33カ所820ヘクタールに上ることが26日、道の調査で分かった。中には陸上自衛隊施設を一望できる高台の森林も含まれていた。
 調査結果によると、取得しているのは、中国やシンガポール、オーストラリアなど10カ国の企業や個人。倶知安町や留寿都村、幌加内町などでの取得が目立つという。
 平成20年に英領バージン諸島の企業が倶知安町に取得した森林は、陸上自衛隊駐屯地から半径2キロ圏内の高台にあるほか、自衛隊や警察署など治安維持施設周辺で外資が取得した森林は27市町村で54件、579ヘクタールに上ることも分かった。
 取得目的については、「資産」が約35%と最多で、「二酸化炭素排出量取引に期待」(約13%)、「売買のための保有」(約11%)などの回答が続いたが、水資源の確保や国土、国防上の観点からの懸念も出ている。
 一方、水源を抱えるなど公益性が高い森林の所有者として記録があった企業2232社に文書で回答を求めた調査では、913社に調査文書が届かず、1万4千ヘクタールの森林の所有者が特定できずに終わった。
 北海道には森林を細分化して売却する分譲森林が2万5千ヘクタールあり、これらの森林は国土法の届け出が不要なことから、所有者が特定できない森林の合計は3万9千ヘクタールに達している。
 このほかに、長年、整備などを実施していない企業がもつ森林が3万3千ヘクタールあり、北海道では「倒産や廃業で所有者不明となった森林も相当ある」と判断。今後も調査を継続する方針で、所有者不明の森林面積はさらに増える見通しとなっている。 

●産経新聞 平成21年11月20日

http://sankei.jp.msn.com/region/kyushu/nagasaki/091121/ngs0911211049000-n1.htm
国境の島“眠れる法律”で守れ 大正14年制定 外国人土地法に脚光
2009.11.20 22:21

(略)外国人土地法は大正14年の制定。第4条で「国防上必要ナル地区ニ於テハ勅令ヲ以テ外国人又ハ外国法人ノ土地ニ関スル権利ノ取得ニ付禁止ヲ為シ又ハ条件若ハ制限ヲ附スルコトヲ得」とある。同条の2項では具体的な地区を「勅令ヲ以テ之ヲ指定ス」と定めている。
 超党派の議連「日本の領土を守るため行動する議員連盟」(会長、山谷えり子参院議員)のメンバーらから「対馬問題の解決の糸口となりうる」と注目され、法的効力が残っていることが国会質疑で確認されている。
 条文にある「勅令」は、現在は「政令」に読み替えるという規定があるため法改正の必要はなく、新たな政令をつくれば法の適用ができる。
 ただ、政令策定時に、具体的な制限区域の判断基準や要件などを定める作業は必要となる。さらに、既に買収された土地には財産権が発生するため、同法での解決は困難などの問題も残っている。議連ではこうしたさまざまな課題解決に向け外務省や防衛省の担当者からのヒアリングなど調査研究活動を始めた。
 対馬をめぐっては平成17年3月には韓国の馬山市議会が対馬を韓国領と宣言する「対馬島の日条例」を制定するなどの動きがある。20年7月には韓国の国会議員50人らが「対馬返還要求決議」を国会に提出する動きもあった。
 韓国資本などの土地買収も活発で、島内の自衛隊施設の隣接地域に韓国資本によるリゾート施設ができている。
 また、対馬に限らず、自衛隊の基地周辺の土地買収に外国人が触手を伸ばしたり、全国の水源地周辺の土地を外国資本が買いあさる-などの「安全保障上の脅威」が新たな形で次々と指摘されている。

●産経新聞 平成22年11月11日

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/101111/trd1011110341000-n1.htm
【主張】外国人の土地取得 危うくするな安保と国土
2010.11.11 03:41

 国内の水源地や安全保障にかかわる重要な土地が、外国人や外資に取得されている実態が明らかになってきた。
 北海道倶知安(くっちゃん)町で中国資本に57ヘクタールが買収され、うち32ヘクタールが水源機能を持つ保安林だった。近くのニセコ町でも外資が水源地を買収した。ニセコ町は「水の安定供給」を図るため、町の予算で水源地をすべて公有地にすることにした。長崎・対馬では自衛隊施設に隣接した土地が韓国資本により購入されたことが判明している。
 外国人・外資による土地所有については、「合法的ならば何ら問題ない」との主張もあるが、国土の保全に加え、安全保障や公共秩序維持の観点から放置してはならない。
 政府は実態の把握を急ぎ、いかなる手だてによってこうした事態を食い止めることができるのか、早急に結論を出すべきだ。
 現行法では外国人による土地所有に事実上、何の制約もない。大正14(1925)年制定の外国人土地法は、国防上重要な土地の取得制限を定めているが、戦後、規制対象を指定した政令が廃止され、実効性を失っている。外資による取引を規制する外為法も、不動産業の合併・買収について事後届を義務づけているだけだ。
 菅直人首相は先月15日の参院予算委で法規制について「研究してみたい。法相に勉強させ、一つの考えをまとめたい」と述べたが、いまだに省庁横断的な検討の動きは出ていない。政府の対応が鈍すぎる。
 法整備は、憲法で保障する財産権や世界貿易機関(WTO)における内外無差別の原則との整合性を取る必要があるが、安全保障上の土地取得制限は国際ルールとして認められている。まず外国人土地法と外為法を実効的にするように見直さなくてはならない。
 その上で個別法では対応が難しい事態も想定し、法の空白部分を埋めなくてはならない。米国では包括通商法によって、国の安全保障を脅かすと判断される場合には事後的にも取引を阻止できる権限を大統領に与えている。
 首相が研究して法制化すべきはこうした日本版の包括通商法だろう。自民党内でも、「日本の水源林を守る議員勉強会」などが議員立法の作業を進めている。日本の国益を守るために、国家の総力を挙げて不備を正すべきだ。

●産経新聞 平成22年11月5日

http://news.biglobe.ne.jp/domestic/1105/san_101105_3382100050.html
水源地を買収、公有地化へ 北海道ニセコ町、自治体として全国初
産経新聞11月5日(金)1時48分

 北海道ニセコ町が町内にある水源地を公有地にする買収交渉を進めていることが4日、分かった。町の水源地には外国資本所有の土地もあり、町は「水の安定供給を図るため」としている。町の予算で外資所有を含め水源地をすべて公有地にするのは全国で初めて。各地で外資が水源地を取得する動きが相次ぎ、日本の水や国土保全、安全保障上の観点から懸念される中、町レベルでのこうした取り組みは注目を集めそうだ。
 同町関係者によると、町内には15の水源があり、うち5つの水源が民間所有となっていた。これまで町は民間所有者から取水施設分の土地を借りて水を確保し、簡易水道で町内に供給していた。
 5つのうち個人所有の1つを除く4つの水源は企業が所有。道内屈指のスキー場とホテルの敷地内にある2つの水源地は外資などを経て、現在はマレーシア資本企業の手に渡っている。
 同町ではまず、2つの外資所有の水源地のうち取水施設や水道管がある部分約4千平方メートルを買収して町の公有地にする方針。今後、5つの民間所有地すべてで買収交渉を進める方向だ。外資所有の水源地を町所有にする交渉は全国的に例がない。町側は「狙いはあくまで水の安定供給。外資を敵視しているわけではない」と強調している。
 さらに、町では民間が地下水をくみ上げる際、許可が必要になる条例の制定も検討。町側は「水源を守るためには有効な策だ」としており、今年度中の成立を目指す。
 ニセコ町周辺は質のよいスキー場が外国人の人気を集め、香港資本やオーストラリア資本が相次いで進出。平成18年から20年にかけて、住宅地の地価上昇率が3年連続で全国一になった。
 外資による土地や水源地の取得に警戒感が広がる中、北海道も調査に乗り出し、20年に倶知安(くっちゃん)町で中国資本に57ヘクタールが買収されていたことが判明。うち32ヘクタールが水源機能を持つ保安林だった。
 21年にはニセコ町と蘭越、倶知安の3町と砂川市で中国、英国領バージン諸島の企業が4カ所353ヘクタールを買収。個人でもニュージーランドと豪州、シンガポール国籍の各3人が倶知安、ニセコ、日高の3町の計53ヘクタールを取得している。
 道内では林業や木材関係以外の企業2217社が水源機能の高い水源林を所有し、うち倶知安町で中国資本のリゾート開発会社1社が森林(0・2ヘクタール)を所有。ほかに外国資本の可能性がある企業が10社、112ヘクタール分あったほか、東京のJR山手線内のほぼ半分にあたる約2800ヘクタールもの広大な森林が民間所有で、売買対象になり得る状態だった。

●産経新聞 平成22年7月26日~31日

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100726/trd1007261605006-n1.htm
【水 異変】狙われる水源地(1) 「聖地」に伸びる中国の触手
2010.7.26 16:00

 (略)1千メートル級の峰が連なる三重県大台町の山地。伊勢湾に注ぐ宮川の源流を有する“水の聖地”だ。その水は「森の番人」と名付けられ、名古屋や大阪で市販されている。日本最多雨地域にも近く、森に点在する池は、モリアオガエルの繁殖地にもなっている山紫水明の地だ。
 「中国人が山を買収する」という情報が流れたのは2年半前。対象地の面積は、登記簿上は250ヘクタールだが、地積が不明確で、実際の面積は甲子園球場260個分の1千ヘクタールともいわれる。そもそもこの山を見ることすら、地元の人の案内なくしてはたどり着けないような山深い場所にある。
 「垣外俣谷(かいとまただに)の山を買いたいのだが」。50~60代とおぼしき中国人の男性が大台町役場にやってきたのは平成20年1月。中国人特有のなまりのある日本語だったが、「垣外俣谷」という難しい地名を知っていることについて、職員に驚きはなかった。ここ数年、中国名の会社や個人から10件以上の問い合わせが続いていたからだ。
 男性は立木調査の書類も持参しており、「いい木があると聞いてきた」と話したが、職員は「あそこは道もないし、木を切っても搬出するのが難しい」と返答した。男性は実際に現場を訪れた後、「次は和歌山の方へ行ってみます」と言って立ち去ったという。
 大阪の不動産業者のもとにも2年前、中国人がやってきた。買収対象は奈良・吉野の山林。業者が調べてみると、所有者は100人近くに上り、所有者がすでに死亡して相続時の名義変更が漏れているケースも多かった。業者が「書類が4千枚以上は必要になり、売買終了までに2、3年はかかるでしょう」と答えると、先方は「そんなにかかるのか」と驚いた様子だったという。
 「中国の北部は渇水で困っており、南部は水が汚くて使えない。中国は、水の確保に奔走しています」
 高知工科大の村上雅博教授(環境理工学)は、自作した「世界の水紛争マップ」を広げながら、中国の水不足の現状を説明した。水道整備が十分でないまま経済だけがどんどん発展したツケが、近年になって顕在化しているという。
 今年春に中国を訪れた水ジャーナリスト、橋本淳司氏は「長江は臭くてたまらなかった。北京の地下水は汚染物質に侵されており、自然界にありえない物質が入っている」と話す。
 昨年は、中国の小麦地帯で干魃(かんばつ)が深刻化し、数百万人分の飲料水不足が伝えられた。黄河や長江の流域に約4千あった湖も半減している。
 世界各地で深刻化する水不足は紛争を引き起こす。必ずしも銃火を交えたものではなく、水利権を巡る激しい経済紛争も含む争いだ。村上教授の水紛争マップには「紛争継続中」を示す赤い点が、いくつも打たれていた。
 水不足とは縁遠いと思われてきた日本の水源地に、中国系のブローカーらが触手を伸ばしている。日本も水紛争の“戦場”となるのか。国内の水源地をめぐる異変を報告する。

【水 異変】狙われる水源地(2) 外資進出、見えぬ実態
2010.7.27 21:56

 (略)政策研究機関の「東京財団」は今年1月、森や水などの国土資源と土地制度に関する提言を発表。中国など外国資本が日本の土地を買う場合に、制度上さまざまな問題があることを指摘した。
 財団によると、外資の触手は、神戸・灘の酒蔵を含む日本酒メーカーにまで伸びているという。酒造りに「良い水」は欠かせず、メーカーが持つ地下水の取水口(井戸)が魅力だという。
 日本酒離れが進む中、酒造会社の凋(ちょう)落(らく)は著しい。国内の酒類製造場の数は、平成18年で1887カ所。50年前の半分以下になった。
 財団によれば、投資ファンドが酒造会社を買い進めている例があり、ファンドのメンバーに中国人が加わっていることも確認された。通訳を伴い、1週間以上かけて紀伊半島など日本列島を縦断した中国人ミッション(視察団)の事例もあるという。
 中国による日本の水源地への進出は、政府にとっては「うわさの域」にとどめておきたい事柄なのかもしれない。昨年5月、中国の水源地の買収事例について本紙が報じると、農林水産省は火消しに走り、問い合わせた林業関係者に「記事にある事実は確認できていません」と答えたという。
 今年4月、民主党の「水政策推進議員連盟」の総会では、当時の農水省政務官が「日本の水源林が外国資本に買収されているといわれているが、調査した結果、そうした実態はない」と発言した。しかし、そもそも農水省の調査は、都道府県の担当部局に外国人の売買があったかどうかを問い合わせただけで、交渉の当事者に直接聞いたわけではない。
 もっとも、農水省だけを責められない。不十分な調査となった背景には、法制度の不備が大きな理由として横たわる。
 地権者の権利移転が地元の農業委員会などでチェックされる農地と違い、民有林地は、自由に売買することが可能だ。
 国土利用計画法では、1ヘクタール以上の土地の売買であれば、都道府県知事への届け出が義務づけられているが、1ヘクタール未満の土地は届け出義務がなく、都道府県レベルでは誰が買ったのかを把握しようがないのだ。
 水源地の山林に外資が触手を伸ばす背景には、制度上の盲点とともに、深刻な林業の荒廃がある。そして現状の放置は、将来的に取り返しのつかない事態を招くことにもつながりかねない。

http://sankei.jp.msn.com/life/environment/100731/env1007310107000-n1.htm
【水 異変】狙われる水源地(5) 目前に迫る「国家渇水」の危機
2010.7.31 01:04

 数年前、日本経済団体連合会のある会合に出席したドイツ銀行の日本支店長は、日本の脆弱(ぜいじゃく)な地籍管理の実情について「信じられない」と繰り返した。
 「国土の半数以上に測量図がなく、地籍調査が終わっていないなんて…。大きな問題だ。ドイツの本社に報告しておく」
 ドイツでは、軍の情報管理部門が、林地の一筆ごとの境界情報を一元的に管理している。地籍調査は、オランダでは19世紀前半に、韓国では20世紀初頭にすでに終了している。
 これに対し、日本の地籍調査は昭和26年から始まったが、いまだ国土全体の48%しか終わっていない。これほど整備が遅れている国は珍しく、政策研究機関「東京財団」の平野秀樹研究員は「そもそも国内の森林資源について、誰がどこを、何の目的でどれだけ所有しているか、国家として現状をきっちり把握する仕組みがない」と問題の根本を指摘する。
 豊臣秀吉が400年以上前に行った「太閤検地」以後、実面積すら把握できていない土地が数多く残っている現状は異常だ。森林地の中には、毛筆で示された漫画のような図面しか備わっていないところもある。
 特に私有林は、6割の地籍が未確定だという。水源地は奥地にあることが多く、さらに目の届かない状態になっている。
 こうした日本のウイークポイントを外国企業が知って進出を目指しているのだとすれば、外資のしたたかさにうならざるを得ない。
 かつてジャパン・マネーも、バブル期に米・ニューヨークの象徴的存在だったロックフェラービルを買い取り、「米国人の魂」ともいわれた映画会社、コロンビア・ピクチャーズを買収した。いま問題が表面化している外資などによる水源地買収を、かつての日本企業の姿に重ね合わせるような意見もある。
 韓国資本による長崎・対馬の不動産買収問題が顕在化した際にも、当時の麻生太郎首相は「土地は合法的に買っている。日本がかつて米国の土地を買ったのと同じで、自分が買ったときはよくて人が買ったら悪いとはいえない」と発言した。
 しかし、日本人の生命にかかわりかねない水源地買収は、安全保障の問題にも関係してくるはずだ。
 アジアでは、ほとんどの国が外国人の土地所有を強く規制している。インドでは原則外国人の土地所有は不可能。韓国でも国内法に基づき、申告または許可申請が必要になる。
 日本ほど、外国人が制限なく土地を所有できる国は、世界的にみればむしろ異例の存在といえる。
 土地購入とともに、用途についても日本は規制が緩い。所有者は、森林伐採も温泉や井戸の採掘も基本的には自由だ。東京財団の平野研究員は「森林地の扱いについて、これほど自由な先進国はないのではないか」と危惧(きぐ)する。
 日本は資源がない国だといわれる。確かに、石油などのエネルギーには恵まれていないが、水に関していえば、蛇口をひねれば飲料水が出てくること一つをとっても、他国に比べてはるかに豊かだ。
 ただ、水源地を外資や購入目的不明の業者などに次々と押えられていく事態に至れば、たちまち国家的危機に陥る。日本の水資源の豊かさは、いつ崩れてもおかしくないもろさをはらんでいる。
 地籍調査や、外国人の土地購入に関する規制の不十分さは、国にとって待ったなしの取り組むべき課題のはずだ。日本の水の危機は、目の前に迫っている。
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関連掲示
・世界の水問題と日本の貢献については、拙稿「日本は水技術で世界を潤せ」をご参照下さい。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20090515
コメント

日本復活へのケインズ再考9

2011-02-23 08:46:27 | 経済
●ケインズの政策(2) 将来の不確実性を軽減する

 先に書いたように、ケインズは、経済学において不確実性を強調し、資本主義は不安定で集団心理によって変動するものである、という見方を打ち出した。しかし、ケインズの『一般理論』は難解でよく整理されておらず、刊行後、この点について誤解を生じた。そこでケインズは、同書刊行の翌年「雇用の一般理論」という論文を書いて、自分の主旨を明らかにしようとした。
 この論文でケインズは、経済学に不確実性を取り込むことで、経済理論の一般化を図ろうとした意図をより明確に示した。ケインズは、新古典派経済学では不確実な変化を扱っている学者の場合でも、「不確実性が確実性と同じように計算可能な地位にまで還元できるものと想定されている」と言う。しかし、不確実性は確率論の問題とは違う、とケインズは強調する。「20年後の銅の価格や金利」とか、「1970年(駐 1937年から見た未来)に発明が陳腐化しているか、社会制度の中で富の私有がどう扱われているか」などといった問題については、「確率論的な計算のための科学的な根拠はない。われわれには、何も分からないのである」と言う。
 私見を述べると、将来の出来事には、どれくらい起こり得るかの確率を計算して、その危険(リスク)に備えることのできるようなものと、常人にはまったく予測のできない出来事がある。ケインズが強調する不確実性は、確率論の対象にならない、予測不可能性とでもいうべきものだろう。ニュートン力学の物理空間なら、方程式で結果を計算できる。新古典派経済学が想定するのは、それに類した数理的空間である。その延長に確率論的なリスク計算がある。しかし、現実の世界は、ニュートン的な世界とは違う。過去の経験や合理的推論では予測できないことが起こる。人々は、そうした世界で経済活動をしている。特に金融市場では、投資家の心理によって株式が大きく左右される。不確実な将来に向って、損得をかけて決断・行動する。そうした企業家の心理が、投資の額を左右し、生産と所得の額を左右する。特に金融の動きが産業に大きく影響し、景気の好不況を揺り動かす。
 ケインズは、『一般理論』で、将来の不確実性が引き起こす問題を軽減する方法を提案している。例えば、建設業など超長期的な投資を必要とする産業における事業者間の長期契約。長期的な投資を必要とする公益事業等を独占権によって保護する政策。これらによって、価格の変動を抑え、投機を封じることで、大規模で長期的な投資が可能になる。また、金利を常に低い水準に保つことで、民間投資需要の変動を小さくする低金利政策。変動の幅を小さくできれば、不確実性は軽減できる。そして、最も重要な軽減方法が、政府による財政出動である。
 金融市場が大幅に変動するような状況では、金利を操作する金融政策だけでは、投資を適切な水準まで増加させることは難しい。投資家が合理的に予測できない将来に向って投資を決めるのは、「確信(confidence)」である。ここでいう確信とは、期待や思い込みである。人々が確信を形成するもととなるのは、社会的な「慣習」である。慣習は過去の経験や制度に基づくものゆえ、将来の出来事については、確かな根拠のあるものではない。しかし、人々は、不確実な将来に向かうとき、慣習をもとに自分の行動を決める。
 これに関して、ひとつ重要なことがある。20世紀の資本主義は、所有と経営の分離が進んでいることである。企業は株式会社が主となり、産業より金融が経済の中心となっている。ケインズは、この点に着目していた。所有と経営の分離が進むと、投資をする人間の多くは、自分は経営に携わらない人間になる。そのため、経営のことが分からないから、投資について確信を持ち得ない。こういう状態を「確信の危機」という。人々が確信を持てないという集団的な心理状態が原因で、株式の値段が激しく変動する。金利の操作をするだけでは、彼らの確信を取り戻し、投資を十分行わせることができない。それゆえ、市場が「確信の危機」にあるときには、政府が財政出動をし、公共投資を行うことが必要だ、とケインズは主張する。深刻な不況とは、こうした政策の必要なときである。
 政府と中央銀行が連携して、財政金融政策を行うことが、安定的な経済成長を可能にする。ケインズ的な財政金融政策の中心は、投資政策である。それが有効に働くには、不況の時には、中央銀行が必要量の貨幣を金融市場に投入でき、また政府が国債を発行して公共投資をできなければならない。
 新古典派経済学は、均衡財政を説く。政府は市場にできるだけ介入せず、財政は収支をバランスさせるべきだとする。これに対し、ケインズは、政府は景気の状態に応じて柔軟に財政を組む伸縮財政を行うことを説く。そして、完全雇用の実現、所得格差の是正、賭博的投機への規制、階級の協調、国民全体の利益の追求に重点を置く。ケインズの政策は、単に景気を安定させるというだけでなく、政府が積極的に活動することによって、将来の不確実性を軽減し、国民全体の福祉を増進する政策なのである。
 ケインズの政策を実行するためには、政府の機能が強化されなければならない。そこには、政府が積極的に活動し、民利国益の実現に努める国家という国家像が浮かび上がってくる。アダム・スミス以来、古典派経済学は「夜警国家」という国家像をよしとしていた。夜警国家とは、政府の役割は、国防と治安の維持だけでよい、経済については自由放任で、市場の機能に任せたほうがよいという考え方である。それに対し、政府の積極的な活動を求めるケインズの考え方は、「福祉国家」という新しい国家観を生み出した。
 福祉国家とは、完全雇用と社会保障政策によって全国民の最低生活の保障と物的福祉の増大とを図ることを目的とした国家体制である。英語では、welfare stateという。第2次大戦中、イギリスでナチス・ドイツの「戦争国家(war state)」に対する宣伝用語として用いられた。大戦後、こうした国家のあり方が、世界に広まった。ケインズの政策は、単に経済のあり方を変える政策であっただけでなく、国家のあり方をも変える画期的な政策だったのである。

 次回に続く。
コメント (2)

「竹島の日」に日本の領土を考えよう

2011-02-22 09:51:06 | 時事



 本日は「竹島の日」である。平成17年3月に島根県議会がこの日を定めてから、6回目となる。2月22日というのは、明治38年(1905)に政府が竹島を島根県に編入し、この日に島根県知事が所属所管を明らかにする告示を行ったことに由来する。
 わが国は、大東亜戦争末期から敗戦直後にかけて旧ソ連によって北方領土を不法占拠された。続いて、連合国に占領されていた期間に、韓国の李承晩大統領が李承晩ラインを引いて竹島を自国の領土・領海に含めようとした。これに対し、わが国は有効な抗議・行動をせず、不法占拠を許し、実効支配を受ける状態となった。さらに近年、中国は、わが国の尖閣諸島及びその周辺海域について領有権を主張するようになった。
 今年に入って、新たな展開が出ている。旧ソ連を引き継いで北方領土の不法占拠を続けるロシアは、実効支配を強めており、中国や韓国の資本に北方領土への投資を呼びかけている。中国・韓国にはこれに呼応した動きがある。竹島を実効支配する韓国の国民は、北方領土に関するわが国の無様な対応を見て、一層、領有意識を強めるだろう。またその韓国の支配方法を見て、中国の政府や軍は尖閣諸島への野望を実現しようと図るだろう。わが国が領土をめぐって対立している国々、北方領土のロシア、竹島の韓国、尖閣の中国が連携して、わが国に向かってくるおそれがある。
 戦後日本人の領土意識は、極端に低下している。これを回復しないと、日本の現状は改革しえない。領土問題は主権の問題、国防の問題であり、つきつめると憲法問題である。そこに根本を置かないと、事態は決して好転しない。この点は、別に掲示している拙稿をご参照願いたい。

 拙稿「領土問題は、主権・国防・憲法の問題」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12.htm
 目次から02へ

 以下は「竹島の日」に関する報道のクリップ。

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●産経新聞 平成23年2月22日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110222/plc11022202480002-n1.htm
【主張】
「竹島の日」 なぜ政府が主導せぬのか
2011.2.22 02:48

 「竹島の日」の22日、今年も松江市で返還を求める行事が行われる。島根県が条例で定めてから6年たつが、今年も政府関係者の出席予定はない。残念である。
 この日は明治38(1905)年に閣議決定を経て竹島を島根県の所管とする同県告示が出された日だ。戦後独立した韓国の李承晩政権が昭和27年、竹島を韓国に組み込む「李ライン」を一方的に設定した。以来、竹島は日本固有の領土であるにもかかわらず、韓国政府が不法占拠を続けている。
 領土問題は本来、国が主導すべき問題だ。島根県は今年、前原誠司外相、高木義明文部科学相らに招待状を出したというが、いずれも「日程上の都合」で欠席するという。代理も出せないのか。
 沖縄県石垣市が条例で制定した「尖閣諸島開拓の日」の1月14日、同市が初めて行った記念式典にも、政府からは誰も出席しなかった。「北方領土の日」の2月7日、政府・自治体関係者ら約1500人が参加した返還要求全国大会に比べ、冷淡に過ぎる。
 尖閣諸島を守り、竹島を取り戻す運動を地方自治体に任せるのでなく、外務省などが率先して取り組むべきである。
 竹島問題は昨年の尖閣事件やロシア大統領の北方領土訪問などのニュースにかき消されがちだ。しかし、ロシアは中国と韓国に北方領土で合弁事業を呼びかけ、韓国をも領土問題に巻き込もうとしており、要注意だ。
 中国の軍拡や北朝鮮の核の脅威が深刻化する状況下で、日米韓3カ国は安全保障面で連携を強めなければならない時期でもある。
 だが、そのことと竹島問題は次元が違う。主権を守ることは国家の原則である。菅直人政権は譲歩してはならない。
 今回、竹島の日のフォーラムに渡辺周・民主党国民運動委員長が同党国会議員として初参加する。同氏は超党派「日本の領土を守るため行動する議員連盟」にも所属し、その活動に期待したい。
 今春、竹島を明記した学習指導要領解説書に基づく中学教科書の検定結果が発表される。この結果にも注目したい。教科書の記述の有無にかかわらず、学校の先生は事前に竹島や北方領土、尖閣諸島が日本固有の領土であることの由来などを十分に調べ、それを子供たちにきちんと教えるべきだ。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110222/edc11022202470000-n1.htm
【正論】
国学院大学教授・大原康男 竹島、尖閣の日を国が制定せよ
2011.2.22 02:46

≪今日は島根が定めた竹島の日≫
 本日2月22日は何の日か-と問われ、すぐに答えられる人がどれほどいるだろうか。実は「竹島の日」なのである。平成17年3月25日、島根県議会は「県民、市町村及び県が一体となって、竹島の領土権確立を目指した運動を推進し、竹島問題についての国民世論の啓発を図るため」、条例でこの日を定めたのである。明治38(1905)年1月28日に政府が竹島を島根県に編入、2月22日に島根県知事が所属所管を明らかにする告示を行ったことに由来する。
 周知のように、わが国はこの竹島のみならず、北方領土、尖閣諸島という固有の領土をめぐり、近隣諸国との間で長年にわたって領有権を争う深刻な葛藤に余儀なく巻き込まれてきた。残念ながら、解決の目途はほとんど立っていないが、この機会に長年の懸案に関し改めて全体的な視座を提示しておくのも意味あることと思い、以下、要点を摘記しておきたい。
 まず、念頭に置くべきは、これらの領土に関する正確な史実である。今さら繰り返すまでもないことだが、いずれの島嶼(とうしょ)も平穏かつ適法にわが国に編入された歴史を有する日本固有の領土である。
 韓国の竹島に対する領有権の主張は、連合国による日本占領末期の昭和27年1月に、韓国が一方的に「李承晩ライン」なる海上主権を宣言し、竹島を内に含む境界線を公海上に引いたことに始まった。中国の尖閣諸島へのそれも、国連アジア極東経済委員会の調査報告が東シナ海の大陸棚に巨大な石油資源埋蔵の可能性を指摘したことを契機に、46年に行われている。それまでの両国の公文書や新聞・地理書などには、日本領であることが明記されているにもかかわらず、である(後に、それらは隠蔽ないしは改竄(かいざん)された)。

≪固有の領土で国際世論形成を≫
 北方領土については、もはや多言を弄するまでもない。日ソ中立条約を踏みにじった対日開戦、日本のポツダム宣言受諾後も停戦せず北方領土に侵攻・占領し、60万人を不法抑留(うち6万人が死亡)した同宣言の蹂躙(じゅうりん)、さらには領土不拡張を宣明した連合国宣言(ソ連も署名)やカイロ宣言(ソ連も加わったポツダム宣言もこれを尊重)への違反-という三重の不法行為が原点になっている。
 政府はこれまで一貫して「領土問題はない」と言明してきたが、相手国が「既に解決済み」と突っぱねて実効支配を強化し続け、あるいは実効支配に向けて着実に準備しているという現状からすれば、当事国だけを対象とする主張では十分とは言い難い。これらの島々がわが国固有の領土であることを複数の外国語で簡明に説述する冊子を作成、在外公館を通して各国・地域・機関に広く頒布してわが国を支持する国際世論を地道に醸成することが肝要である。
 かのフォークランド紛争に際してもわが国民の関心は低かったように、「極東」の領土をめぐるもめ事など、当事国でない多くの国には縁遠い問題であるからだ。
 それだけに、米国は特に重要である。何よりも、米国は「竹島は1905年以降、島根県の管轄下にあり、韓国から過去に領土権の主張はなされていない」(ディーン・ラスク米国務次官補の書簡 昭和26年)、「国後など北方四島は正当に日本の主権下にあることを認める」(日ソ共同宣言発出時の公式声明 昭和31年)、「尖閣諸島は日本の施政下にある。従来通り安保条約の適用を確認した」(国務省の公式見解 平成21年)と日本の主張を支持してきた。

≪重要な米国との連携の強化≫
 米国の対応は対中、対韓外交の現場でぶれることもあるが、日米同盟を安全保障の支柱とするわが国は領土保全面でも米国との緊密な連携を保たねばなるまい。ただし、韓国は集団的自衛権の行使を認めており、わが国の対米同盟はその部分では後れをとっていることにも留意すべきであろう。
 さて、冒頭で紹介した「竹島の日」と並んで、「北方領土の日」(2月7日 昭和56年制定)と「尖閣諸島開拓の日」(1月14日 平成22年制定)がある。「北方領土の日」は閣議了解によるもので、当日には、首相も出席して盛大な返還要求大会が挙行される。
 だが、「尖閣諸島開拓の日」は歴史も新しく、地方自治体(沖縄県石垣市)の条例に基づくものであるため、政府の支援がないどころか、むしろ過敏な外交上の配慮から冷淡に扱われているという点で「竹島の日」と変わらない。
 ことは同じ領土問題である。実施すれば中韓両国が猛反発することは予想されるが、とりあえず、この2つの記念日を閣議了解で再制定し、地方マターを全国マターに格上げすることが望まれる。
 ここまでは政治レベルの事柄だが、国民の意識改革も必要。一部報道によれば、竹島を訪れる外国人の大部分が日本人であるというが、これでは、韓国の管轄権の事実上の容認につながりかねない。ロシアのビザによる北方領土訪問の自粛は既に政府方針となっているが、竹島への渡航もまず国民自らが控えるべきであろう。(おおはら やすお)
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国会で核論議を、と8割超が回答

2011-02-21 11:51:47 | 時事
 産経新聞社は2月12、13の両日、政治と安全保障政策に関する世論調査を実施した。北東アジアの核兵器の現状に不安を感じる人は84・1%、政府や国会が核問題の議論を行うことに「賛成」する人が86・7%を占めたという。
 回答者の8割以上が北東アジアの核兵器の現状に不安を感じ、政府や国会が核問題の議論を行うことに賛成している。私の知る限り、この結果は世論の新たな傾向を示すものである。中国や北朝鮮の核兵器の増大に脅威を感じる人が増えているのだろう。ついでに言うと、わが国の周辺には、もう一つ大きな脅威がある。北方領土の実効支配を強め、わが国に北方領土を諦めよと言わんばかりのロシアは、依然としてアメリカに次ぐ核大国である。

 私は、国民が国防に心を向け、核に関する議論をすることには賛成だが、そもそも国防とはどうあるべきか、国民が自ら国を守る国のあり方を回復するにはどうすべきか、をまずしっかり議論すべきだと思っている。この点は、マイサイトの「憲法・国防」のページに私見を掲載している。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08.htm
 06 国防は自然権であり堤防のようなもの
 07 国防を考えるなら憲法改正は必須
 08 憲法第9条は改正すべし
 09 集団的自衛権は行使すべし
 10 スイスに学ぶ平和国家のあり方

 これらに書いたことを前提として、拙稿から、核問題に関する部分を下記に転載し、参考に供したい。

* * * * * * * * * * * * *

■拙稿「中国の日本併合を防ぐには」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12a.htm
 (5)以下より抜粋

 わが国は、世界で唯一、核攻撃を体験した被爆国である。そのわが国は、わが国に原爆を落としたアメリカと安全保障条約を結び、アメリカに国防の大部分を委ねてきた。現在、わが国は「非核三原則」を「国是」としている。これは佐藤栄作首相が、昭和43年(1968)に核を「持たず、作らず、持ち込ませず」という政策を唱え、衆議院で決議したものである。
 その後、あたかも憲法の規定に並ぶ大原則であるかのように政治家は言う。しかし、この三原則は法制化されたものではない。また国際条約でもない。単なる政策に過ぎない。
 佐藤が非核三原則を唱えた時、核保有国は、国連安保理の常任理事国5カ国だけだった。注目すべきは、この時点で既に中国は核を保有していたことである。しかも、非核三原則が出されたわずか2年後に、中国はわが国を射程に入れた核ミサイルを開発した。佐藤の政策は、東アジア情勢に逆行し、わが国の国防を危うくするものだった。
 佐藤が非核三原則を提唱する前、わが国は、そのような原則を立ててはいなかった。岸信介首相は、昭和35年3月7日参議院予算委員会にて、次のように答弁している。
 「憲法は、言うまでもなく、憲法で持ち得ることは自衛権を持っており、これを裏づけるため必要な最小限度の実力を持つということを申しております。(略)いやしくも核兵器という名がついたから全部いかないのだという憲法解釈は、これは憲法の解釈としては、われわれとらないところだということを申しておる」と。
 岸発言は、憲法解釈上、将来における核兵器の保有を留保したものと言える。現行憲法は自衛権を認めていると解釈するのであれば、最小限度の自主的な核抑止力は自衛力の一部と考えることができる。あとは核の開発・保有がわが国の国益という観点からプラスかマイナスかの判断であり、これは政策上の問題である。そして、科学兵器の発達の度合いや国際環境の変化におうじて、政策の見直しは必要である。
 核の時代において、この約60年の国際社会の歴史が示しているのは、核攻撃を抑止できるものは、核兵器しかないという現実である。また、現代の国際社会で発言力を持つのは、核兵器を保有している国だけである。自力で国を守るという国防の基本に立ち返るなら、自衛の手段としての核抑止力についての検討がされねばならないと思う。
 核兵器は、人類を自滅に招きかねない兵器である。核廃絶は、人類の悲願である。唯一の被爆国である日本は、世界的な核廃絶の先頭に立って行動すべきである。しかし、その前にわが国が、中国や北朝鮮の核で壊滅してしまっては、本(もと)も子もない。日本人の多数が核攻撃で死亡し、生存者の大半が放射線障害に苦しみ、再起不能なほどに生産力を喪失したならば、世界平和への貢献どころではない。
 日本を侵されない体制を整え、国際社会での発言力を高めつつ、長期的に核の削減を進めていくべきものと思う。

 核の問題については、国連の敵国条項の存在、アメリカでは日本の核保有に反対論が多数で容認論は極少数という現実、NPT脱退の場合の各国の反応、日米原子力協定との関係等、複雑な問題が絡んでいる。だから、あらゆる角度から、徹底的な議論をすべきだと思う。核論議自体を封じようとするのは、東アジア事情と米中冷戦の時代から目をそらす、逃げの態度である。
 拙稿「人類史上最も危険な思想」に書いたが、中国の軍事指導者・朱成虎少将は、核先制攻撃と中国人核戦争生き残り戦略を唱えている。核の時代は、かつてないほど危険な思想を生み出したのである。当面の焦点は、台湾である。中国が台湾を軍事侵攻するとき、わが国は、中国から核の恫喝を受け、運命をかけた決断を迫られる状況となる。
 こうした事情・時代・状況に対して、核攻撃から国家と国民を守るため、わが国は何をなすべきか。

 第一に、私は、非核三原則の見直しをし、「持ち込ませず」という原則をはずすことが急務だと思う。またこれが現下で最も現実的な方法だと考える。アメリカの空母や原潜が核兵器を装備したまま、日本の基地を出入港していることは、公然の秘密である。まずこういう欺瞞的なことをやめることから、国民は意識を変える必要がある。
 現行憲法の前文と第9条2項といい、専守防衛の戦略思想といい、日本人は国防について自己欺瞞を続けている。人間は自己欺瞞を続けると、精神が荒廃し、ついには変調をきたす。核の問題についても、現実に向き合い、事実を認め、言葉と実際が一致するところから姿勢を正すべきである。
 ついでに言うと、現在、わが国が導入しているミサイル防衛システム(MDシステム)は、高価だが、実効は疑わしい。いろいろ問題点が指摘されている。高速で飛来するミサイルを、ミサイルで打ち落とすのは、鉄砲の弾に鉄砲の弾を撃ち当てるようなものである。また、ダミーを含む多数のミサイルを同時に発射されたら、打ち落とせずに着弾するものが必ず出る。それが核ミサイルであれば、一箇所数十万人の犠牲者が出るだろう。
 いま導入しているMDシステムが完成するのは平成22年(2010)だが、中国はその翌年にそれを上回る技術を完成させるという。だから、日本はそれ以上の新システムを、アメリカから買い続けなければならない。それがわかっていて、MDシステムに金をかけ、日本の防衛を託すことも、自己欺瞞だと私は思う。

 第二に、やむをえず核兵器を保有する場合は、ヨーロッパで採用されているニュークリアー・シェアリング方式を検討するとよいと思う。核共有方式である。志方俊之氏、中西輝政氏、原理(おさむ)氏らは、この方法を提案している。
 県立広島大学講師の原氏は、月刊『正論』平成18年12月号に「核兵器を保有しない日本が北朝鮮の核兵器に対し抑止力を持つ方法」という論文を載せた。氏によると、ニュークリアー・シェアリング方式(以後、NS)は、NPTで核兵器の保有を禁止されている国が、核抑止力を獲得する政策として採用されているものである。NATO加盟国のうち、ドイツ、イタリア、オランダ等の5カ国が採用している。国連憲章で旧敵国とされている独伊が含まれていることに注目したい。
 この方式では、平時は、非核保有国は核兵器を保有せず、アメリカが核兵器を完全に管理している。しかし戦時には、米軍は核兵器を同盟国に譲渡する。その後は、個々の同盟国が核兵器を保有して抑止力を持つことになる。
 例えば、アメリカが保有する核兵器をわが国内の米軍基地に配備し、核のボタンを日米で共有する。核兵器はわが国の所有物ではない。使用権を一部所有する。核のボタンが二つあり、その一つを日本が持つ。こうした共同管理の方式が考えられる。
 日本独自の核武装には、アメリカ人の多くが警戒心を持っているが、NS方式には理解を得られる可能性がある。

 第三に、最後の選択は、わが国が、自主的な核抑止力を持つことである。中川八洋氏、柿谷勲夫氏、兵頭二十八氏、日下公人氏、片岡鉄哉氏、伊藤貫氏らは、自主核武装論を説く。
 特に国際政治アナリストの伊藤氏は『中国の核が世界を制する』(PHP)で、具体的な政策を提案している。伊藤氏のいう「自主的核抑止力」は、小規模で安価な、必要最小限度の核抑止力である。先制核攻撃に使用できるICBMやSLBMのような長距離弾道核ミサイルはいらない。戦略爆撃機や大型空母も必要ない。小型駆逐艦と小型潜水艦をベースとする核弾頭付き巡航ミサイルを200~300基配備する。巡航核ミサイルは、日本が核攻撃を受けた場合に、報復核攻撃を実施する目的だけに使用できる兵器である。伊藤氏は、これらの配備に要する予算は、毎年1兆円程度、GDPの1.2%程度と試算している。
 この提案は、私の知る限り、最も具体的な提案である。ただし、その実施には相当の研究を要すると思う。わが国が独自に核を保有する意思を表すことは、現状ではアメリカ国民の多数を警戒させ、また中国・ロシアの反発を招くだろう。
 国際社会から孤立する結果を生むのでは、国家安全保障の目的に反する。自国を守るための選択が、逆に自国を危地に招くことのないようにしなければならない。政治・経済・外交・軍事の専門家を結集して、総合的な国家安全保障の研究を至急立ち上げるべきだと思う。

 最後に、私は核を持つこと自体が課題ではなく、日本人が日本精神を取り戻し、国民が団結することが最も重要だと思っている。いかに進んだ科学兵器を持とうとも、国民の精神が腐敗しているのでは、調和と繁栄の道を進むことは、できない。
 中国による併合という迫り来る危機に対処するためにも、改めて日本精神の復興を呼びかけたい。

* * * * * * * * * * * * *

 産経新聞は先の調査結果をもとに、今月14~17日核問題に関する記事を数本掲載した。うち注目すべきものを以下転載する。

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●産経新聞 平成23年2月14日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110214/stt11021422510013-n1.htm
【産経 政治安保世論調査】
国会で核議論すべき86・7%
2011.2.14 22:50

 産経新聞社は12、13の両日、政治と安全保障政策に関する世論調査を実施した。政府や国会が核問題の議論を行うことに「賛成」する人が86・7%を占め、「賛成しない」は8・5%にとどまった。北東アジアの核兵器の現状に不安を感じる人は84・1%。望ましい日本の安保体制を聞いたところ「核を保有した自主防衛」を支持する意見も10・2%だった。核論議は長くタブー視されてきたが、いよいよ国民が許容する時期を迎えている。
 日本周辺で中国とロシアが核兵器を保有し、北朝鮮が2度の核実験を行っているが、日本は「非核三原則」を堅持し、日米安全保障条約に基づき米国の核抑止力(核の傘)を依存しているのが実情だ。
 調査では、北朝鮮が開発を進めている核搭載可能なミサイルについては9割超が「脅威」と回答。日米安保体制については「堅持すべきだ」と思う人が77・3%を占め、「堅持すべきと思わない」は11・4%にすぎなかった。
 ただ、米国の「核の傘」を「信頼できる」は54・9%にとどまり「信頼できない」は32・6%に上った。
 昭和42年に佐藤栄作内閣が打ち出し、昨年3月に鳩山由紀夫首相が国会で「国是」と答弁した非核三原則(持たず、作らず、持ち込ませず)は、55・9%が「堅持すべきだ」と回答する一方、「見直すべきだ」との回答も39・0%となり4割に迫った。
 日本が核保有しなくても「日本の安全は守られる」としたのは半数をわずかに下回り48・6%。「思わない」は35・6%だった。
 望ましい日本の安全保障体制では「日米安保体制の堅持」が最多の43・4%、「核を保有しない自主防衛」(32・9%)、「核を保有した自主防衛」(10・2%)、「中国と連携」(6・1%)と続いた。

●産経新聞 平成23年2月14~17日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110214/plc11021422590013-n1.htm
【核ドミノの時代】
2011.2.14 22:57

 (略)元官房副長官補、柳澤協二(略)は防衛研究所所長時代の平成15年、所内で日本の核保有に関する論点整理を行った。当時の主任研究官、小川伸一がまとめたブリーフィング・メモでは日米安保が「有名無実化した場合には、日本の核武装の可否を問われる事態も排除されない」と明記した。日本の地理的条件から「戦略核戦力として期待できるのは潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)」とした。
 ただ、中国など周辺国が対抗策を講じ、米国の反発を招く危険性があることも列挙した。さらに、日本の総発電量の約30%が原子力発電で、天然ウランなどを輸入に頼っていることから禁輸措置に直面し、「高速増殖炉を実用化し核燃料サイクルを確立しない限り、日本経済に深刻な悪影響を及ぼす」とした。
 もっともその後、北朝鮮の核実験などが起きても、政府内で核をめぐる議論が深まることはなかった。(略)

 核をめぐる日本の逡巡(しゅんじゅん)ぶりをよそに、世界の動きは早い。作家で元外務省分析官の佐藤優は語る。
 「NPT(核拡散防止条約)体制が崩れる瀬戸際に来ている。各国が次々と核を保有すれば核による『新しい帝国主義時代』に入る。日本も核保有するか自動的に決断を迫られる」
 佐藤がNPT体制崩壊のきっかけになると指摘するのが、イランの動きだ。
 昨年12月21日、北朝鮮・平壌の空港にイランからの代表団が降り立った。友好関係にある両国だが、今回の訪問は趣が違った。
 昨年11月、北朝鮮が了解なしに新設のウラン濃縮施設の存在を公表したことにイラン側は「激怒し、北朝鮮の意図をただすために代表団を派遣した」(朝鮮半島情勢に詳しい情報筋)。
 同筋はイラン側の「激怒」の理由を説明する。
 「両国には北朝鮮が濃縮ウランを供与する見返りにイランが資金援助する秘密合意があった。イランは約20億ドル(約1660億円)を拠出しており、施設の存在が公となることは協力関係が白日の下にさらされ、大きなダメージを被ることになりかねない」
 北朝鮮の真意は明らかではないが、代表団には濃縮計画でのイランの役割を明らかにすることはないと述べたという。
 イランにとって北朝鮮の施設は重要な意味を持つ。中部ナタンツの濃縮施設が制御システムを誤作動させるコンピューターウイルスの攻撃を受け、核開発に2年以上の遅れが出ているとされる。安定した濃縮ウランの提供は「核開発の遅れを取り戻すために必要」(同筋)なわけだ。
 イラン側は北朝鮮との間に「いかなる核協力も存在しない」(在日本イラン大使館)と強調する。
 一方、米国務長官ヒラリー・クリントンは北朝鮮、イランの核開発が北東アジア、中東での軍拡を招くと牽(けん)制(せい)しているほか、中東諸国はイランの核開発に強い警戒感を示す。
 内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」が暴露した米外交公電によるとサウジアラビア、エジプトはイランが核兵器開発に成功した場合には、自国も核開発に着手する可能性があると米国に警告した。
 エジプトのムバラク政権は崩壊したものの、拓殖大大学院教授、森本敏は「中東情勢の不安定化により、核拡散の脅威は深刻さを増している」と危惧する。
 イスラエルの対外特務機関モサドの前長官、メイル・ダガンがイランの核保有について2015年以降になるとの見通しを示すなど、いつ核開発に成功するかは不明だが、サウジなどの反応はイランの核保有を引き金に中東で「核のドミノ」が起きる可能性を示したといえる。
 NPT体制が崩れた場合、核保有に踏み切ると制裁を受けるとの「ゲームのルール」に変化がおきると作家の佐藤優は言う。
 「NPT体制崩壊後、世界はどうなるかという情勢分析をする必要がある。米国の『核の傘』は機能するのか。尖閣諸島を防衛するための核保有は必要かの議論は当然でてくる。

 1月26、27の両日、米ワシントン市内で外交問題評議会、米国の核開発を担うロスアラモス国立研究所などがそれぞれ主催する会議が開かれた。その席で外務省総合外交政策局審議官、石井正文は米政府当局者らを前に「米軍の接近を阻止する中国の戦略は核の傘を中心とする拡大抑止にどう影響してくるか」などと問題提起した。
 出席者の一人は会議の模様をこう振り返る。
 「米露が核削減を進める中、中国の核戦力が相対的に高まることは大きな課題だ。これが参加者の共通認識だった」
 27日には石井も出席し、国防総省で新たに日米間でまとめる共通戦略目標をめぐる初の審議官級協議が開かれた。協議の最大のポイントとなるのは、対中戦略をどう打ち出すかだ。
 米国防総省によると、中国は145~180基の中距離以上の核搭載可能の弾道ミサイルを配備。多弾頭化や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発も進める。移動式の中距離弾道ミサイル東風21(DF21)を基に、洋上の大型艦船を標的にする対艦弾道ミサイル(ASBM)も開発中で、実戦配備されると在日米軍の港湾拠点を超え、米領グアム近くまで射程に収める。
 「中国が弾道ミサイル戦力の増強に努め、米国への報復能力を持つまでになった場合、中国が米国から核攻撃を受けることはないとの“安心感”から、限定的な軍事行動に出る可能性がある。尖閣はその一つだ」
 自衛隊幹部は日米同盟が弱体化した場合、尖閣で衝突がおきる現実味が増すとの懸念を示す。中国の軍備拡張は続くとみられるなか日本はどう対処すべきか。
 中国の安全保障に詳しい拓大名誉教授、茅原郁生はまず中国の核戦力を「脅威」と認識する必要性を強調したうえでこう訴える。
 「一番大事なことは最悪のシナリオを描き、対策を検討し、態勢をしっかりとすることだ」(略)

 産経新聞が行った世論調査では、「米国の核の傘は信頼できる」との回答は半数にとどまった。
 中国の軍拡など北東アジアの安全保障環境が激変するなか、日米の信頼性向上のため、元米国防長官ジェームズ・シュレジンジャーが提言したのが、核戦略を議論する北大西洋条約機構(NATO)の核計画グループ(NPG)をモデルに日米間の政策調整を緊密化させることだ。非核国のドイツ、オランダなどは協議だけでなく、有事に米国の核を自国の軍用機に搭載する「核シェアリング(共有)」にも参加している。
 日本政府内にも「米国の核を運命共同体にする措置を検討すべきだ」(外務省幹部)との意見もある。ただ、その場合非核三原則の見直しは不可欠となる。(略)

 「論点 潜水艦部隊の位置付け・隻数」と題された防衛庁(当時)の内部文書がある。平成16年初夏、年末の「防衛計画の大綱」策定に向け、庁内の「防衛力の在り方検討会議」で提示されたペーパーだ。
 「潜水艦は今後さらに重要な抑止力として位置付け」、「原子力推進については別に検討」
 「核アレルギー」の前に議論すら封じられてきた課題に初めて真正面から取り組んだ痕跡がくっきりと浮かび上がる。会議では中国の潜水艦への脅威認識が高まるなか、原潜導入は避けて通れない検討課題との認識が共有されたという。
 当時の防衛庁幹部は「抑止力という一点に絞ればおのずと原潜に行き着いた」と振り返る。しかし、導入は見送られた。「あまりに課題が多すぎたため」(同幹部)という。
 まず日本独自に原潜を開発するには莫大(ばくだい)な費用がかかる。技術的にも昭和49年に日本初の原子力船「むつ」が放射線漏れを起こした後、原子力推進の技術研究は停滞した。
 前大綱から6年後、新大綱では潜水艦の態勢は16隻から22隻に引き上げられた。ただ、予算の制約のなか製造ペースは維持しつつ、既存の潜水艦の退役時期を遅らせる苦肉の策を講じたにすぎない。

 東京、グアム、台湾の頭文字をとった三角形のTGT海域-。
 海上自衛隊幹部は「日本にとって生存と繁栄のための海域」と位置づける。中東や東南アジアからの海上輸送路が収束するからだ。米軍にとっても基地がある沖縄、グアムが含まれ東アジアに戦力を投入するための洋上の「橋頭堡(きょうとうほ)」となる。
 米政府は昨年4月に発表した「核戦略体制の見直し」(NPR)で大統領、バラク・オバマの掲げる「核のない世界」に触れる一方、核テロリズムや核拡散が「差し迫った」と警鐘を鳴らした。中国の核兵器近代化にも懸念を表明した。
 その2カ月前に発表した「4年ごとの国防計画見直し」(QDR)では、米軍戦力の東アジアへの展開を阻もうとする中国の意図に警戒感も打ち出している。
 米国の「核の傘」を無力化し、接近阻止で米軍の動きも止めるのが中国の戦略。日本の生存と繁栄に直結する脅威で、それを封じるうえでカギを握るのがTGT海域だ。
 元護衛艦隊司令官、金田秀昭はこの広範な海域を守るには高速の原潜導入が必要と力説する。
 「通常動力型潜水艦の静粛性を向上させ、忍び足で宗谷、津軽、対馬の3海峡で待ち受ければいい時代は終わった」
 「まずは米国に原潜をリースさせるべきだ」
 金田の提言だ。現役時代、高度なレーダーと防空戦闘システムを備えたイージス艦導入に携わった経験から「米側は最初『ノー』の一点張りだったが、10年越しで説得できた。原潜も意思表示が重要だ」と強調する。
 意思表示だけでなく手始めとして、米海軍の原潜に海自の連絡官を同乗させるのも現実的な方策だ。原潜のシステムや運用方法について身を持って学び、新大綱で打ち出した情報収集・警戒監視・偵察活動(ISR)での日米の共同対処能力の向上にも効果的といえる。
 拓殖大大学院教授、森本敏は原潜のリースと核シェアリング(共有)をあわせた選択肢を提示する。
 「平時には原潜を米国から借り乗員を訓練させ、有事となれば潜水艦発射の核ミサイルを譲り受ける」
 この方式であれば、核拡散防止条約(NPT)にも違反しないという。
 「抑止力というと、最初に非常に強く頭にあるのはやはり核抑止力」
 16日の衆院予算委員会で首相、菅直人はこう述べた。しかし、産経新聞が実施した世論調査では北東アジアの核兵器の現状に8割以上が不安を感じるとし、米国の「核の傘」の信頼性を疑問視する回答も3割以上に上った。
 86.7%が「核問題に関する議論に賛成」と答えた事実を首相らは重く受け止めるべきで、これ以上の核のタブー視は許されない。
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関連掲示
・拙稿「核大国化した中国、備えを怠る日本~日中戦後のあゆみ」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12c.htm
・拙稿「人類史上最も危険な思想~中国の積極的核戦争論」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12.htm
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日本復活へのケインズ再考8

2011-02-20 09:50:55 | 経済
●ケインズの提唱する政策(1) 失業問題を解決し、景気を安定させる

 これまでケインズの理論を見てきたが、その理論をもって、ケインズはどういう政策を打ち出したのか。次にそれを見てみたい。
 1936年に刊行された『一般理論』において、ケインズは失業問題の解決を最大課題とした。雇用を増やすには、有効需要を増やさねばならない。有効需要は、消費需要と投資需要で構成される。これら消費需要と投資需要を拡大するため、ケインズは主に三つの政策を打ち出した。

(1)消費性向を高める
 消費需要を増やすためには、消費性向を高める必要がある。社会全体の消費性向を高めれば、投資の量は同じであっても、乗数の値が大きくなる。理論的には投資額の乗数倍だけ、所得は増え、雇用量が増える。そのための方法が、租税政策による平準化政策である。
 消費性向を高めることと貯蓄性向を低めることは同じゆえ、貯蓄性向を低めることでも、同じ効果が得られる。普通、富裕層の貯蓄性向は大きく、低所得層のそれは小さい。所得がある程度より少なくなれば、収入を全部消費しても生活できず、貯蓄を取り崩して消費する場合もある。それゆえ、もし富裕層の所得を累進課税によって取り立て、低所得層に社会保障等で所得を再配分すれば、社会全体としての貯蓄性向は小さくなり、この条件を満たすことができる。所得格差の縮小である。低所得層への減税や失業保険も同じ効果がある。

(2)利子率を下げて民間投資を増やす
 投資需要を増やすには、利子率を下げて民間投資を増やす方法がある。ケインズはその具体的な政策として公開市場政策を提示した。
 利子率を下げるには、中央銀行が金融市場から国債や証券を買い入れ、資金を金融市場に流し入れる。いわゆる買いオペである。この操作は、債券や株を売って現金で持とうとする売り手の力を弱め、逆に現金を債券に替えようとする買い手を援助することになる。その結果、債券や株の時価は上がり、利回りで表現された利子率は低下する。それによって、民間の投資を増やすことができる。

(3)政府が公共投資を行う
 利子率を下げても、なかなか民間投資が増えない時がある。その時は、投資需要を増やすために、政府が進んで公共投資などのような政府投資を行う。あるいは、財政の赤字を人為的に作って、有効需要を作り出す政策を行う。
 ケインズは『一般理論』で印象的な例を挙げている。住宅やそれに類するものを建てるほうが賢明だろうが、それが困難であれば、大蔵省が古い壷に銀行券を詰め、地中深く埋めてゴミでふさぎ、民間企業に掘り出させる。こういう事業であっても、何もしないよりはよいというのである。深刻な不況で民間投資が極度に縮小している状態のときは、どのような公共投資でも投資拡大のための呼び水になる。

 これら三つの政策を、ケインズは主に提唱した。そのうち、(2)の利子率を下げて民間投資を増やすことを第一になすべき、とケインズは考えていた。(1)の租税政策による所得の再配分等は、すぐ効果が現れるものではない。効果は漸進的である。これに比べ、低金利政策は、投資家階級の「貨幣愛」という「病気」を取り除く直接的な手段だとケインズは考えた。ただし、低金利政策には限界がある。利子率にはこれ以下には、下がらないという限度がある。そのため、ケインズは、(3)の政府による公共投資政策が実行されなければならないと考えた。

 ケインズは、1930年代当時には、当面する不況を脱却し、雇用を確保し、景気を安定させるための政策を提唱した。その後、ケインズ的な政策が広く行われるようになり、ケインズというと公共投資を拡大する政策というイメージを、多くの人は持つようになっている。しかし、ケインズは、常に公共投資の拡大をすべしと説いたのではない。
 不況のため非自発的失業が多く生じている場合には、消費を増やすための租税政策、投資を増やすための低金利政策、それでも足りなければ、政府が公共投資を行うなどの政策を行う。逆に総需要が過剰で景気が過熱している場合は、増税、金利の引き上げ、公共投資の削減などの政策を行う。こうして、雇用を確保し、景気の安定化を図るのが、ケインズ的政策である。
 実際、第2次世界大戦の戦時中、イギリスでインフレの恐れが出ると、ケインズは『戦費調達論』というパンフレットを出して、インフレを避ける政策を提唱した。戦争は、軍事のための需要を生み出す。それにより当時、需要超過によるインフレが高進する可能性が出ていたのである。ケインズは、この時には、民間の投資をゼロにするという政策を打ち出した。また労働者の給料の一部を口座に振り込ませて戦争が終わるまで凍結するという強制貯蓄を提案した。ケインズ的な政策、イコール公共投資の増加では、ないのである。
 上記のようにケインズは、政府が積極的に経済活動に関与し、雇用を確保し、景気を安定させる政策を提唱した。またケインズは、より長期的な観点からに、政府が将来の不確実性を軽減する政策を打ち出してもいる。その点を次項に書く。

 次回に続く。
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トッドの移民論と日本43

2011-02-19 08:37:42 | 国際関係
●宗教的寛容が招いた宗教的対立

 オランダにおけるオランダ人とイスラム系移民の対立には、文化的宗教的要因がある。
 イスラム系人口の大半は、1960年代以降にオランダに入ってきた。彼らはヨーロッパで一番自由なオランダの文化を嫌悪した。彼らは、女性の権利、言論の自由、同性愛、麻薬・覚醒剤など、オランダのリベラリズムを象徴する自由と権利を軽蔑した。そしてイスラムの信条や生活様式のほうが、価値あるものと確信した。
 西尾幹ニ氏は、『外国人参政権~オランダ、ドイツの惨状』で、次のように述べている。
 「外国人(註 イスラム系移民)はオランダの生活習慣や価値観を嫌い、祖国のやり方を守るだけでなく、自由で近代的なオランダの文化や仕来りを自分たちの流儀に切り換え、変革しようとさえする。自国の宗教や文化を絶対視し、若い狂信派のテロリストを育てて、オランダの社会システムを破壊し、つくり変えようとする」と。
 平成16年(2004)、画家ヴィンセント・ファン・ゴッホの甥、映画監督のテオ・ファン・ゴッホが、イスラム教徒の女性の扱いを批判した映画を制作したことにより、モロッコ系移民に殺害された事件が起こった。これを切っ掛けに国内は騒然として、宗教内乱のような状況が発生した。
 オランダ政府は、イスラム系移民との民族融和のために、モスク(イスラム寺院)に資金援助などをしてきたが、効果がなかった。逆にモスクでは、若者を徹底的に教育し、自爆テロも躊躇しない過激派を育成した。オランダだけでなく、ヨーロッパ全域において「イスラム過激派」の軍隊を組織する動きがある。ある報告によると、ヨーロッパ在住の選ばれたイスラム教徒がアフガニスタンで軍事訓練を受け、帰国すると、習得してきた技術を、国内のイスラム教徒に指導・伝授しているという。
 オランダは宗教的寛容の国である。その宗教的寛容が、ユダヤ=キリスト教とは異なる価値観をもったイスラム教徒を、幅広く受け入れた。その結果生まれたのは、宗教の共存・協調ではなく、対立・抗争である。キリスト教とイスラムには、対立・抗争の歴史がある。今日の世界でも、ハンチントンが警告したように「文明の衝突」の主な要素は、キリスト教文明とイスラム文明の「衝突」である。それが、地理的空間的なフォルトラインにおいてではなく、一国の都市部で、旧来の住民とゲットーとの間で起こっているのである。
 私は、オランダ人の理想主義的な宗教的寛容が、逆に宗教的な対立・抗争を招いたことを指摘したい。イスラムは独自の論理により、同じセム系一神教であるユダヤ教、キリスト教を教義の中に位置付けている。しかし、それらを発展的に解消するものとはなっていない。一方、キリスト教における寛容は、ユダヤ教に対してと、カトリック・プロテスタントの間における態度に、もともと限定されていた。オランダ人は、近代的な自由主義の思想で、ユダヤ=キリスト教内部における寛容を、早急にイスラムにも広げられると考えたところに、陥穽があった。宗教を含む文化の相互理解には、適度な距離と、ゆっくりした時間が必要である。また宗教的寛容は、諸宗教が交流を通じて、従来の教義を超えて、より高次の精神文化へと発展するのでなければ、かえって対立・摩擦を生じる。人々が新しい精神的指導原理を見出したとき、初めて宗教の相違による争いが止み、人類は精神的な進化へと向うだろう。

 次回に続く。
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