●セム系一神教の内部からの改革に期待する
文明の中核には、宗教がある。世界の主要な文明は、宗教を精神的な中核としてきた。それゆえ、今日の世界における諸国家・諸民族の対立・抗争の考察は、文明と宗教の関係という視点からも見ていく必要がある。また実際、対立・抗争には文明と宗教が関わっている。
ハンチントンは、冷戦終結後の世界の主要文明を7または8と数えた。教義の項目に書いたように、私は、彼の説を受けつつ、世界の主要文明を一神教文明群と多神教文明群の二つに分けている。それは、世界の主な宗教を、一神教と多神教に分けることに基づく。ここで文明群に関して一神教というのは、セム系唯一神教を指す。セム系唯一神教を文明の中核とする文明のグループが、一神教文明群である。一方、人類に広く見られる多神教を文明の中核とする多神教文明群である。
セム系唯一神教では、神が無から宇宙を創造したとし、人間はその超越神によって創造されたものとする。その神を信じる者は、世界的大洪水で生存したノアの長子セムの系統に立ち、神と契約したアブラハムの子孫と考えられている。宗教的には、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教である。これらの文明における超越神は、唯一男性神とされる観念的な存在であり、神との契約が宗教の核心にある。地理学的・環境学的には、砂漠に現れた宗教という特徴を持つ。砂漠的な自然が人間心理に影響したものと考えられる。
こうしたセム系唯一神教を文明の中核とする諸文明が、一神教文明群である。西洋文明、東方正教文明、イスラーム文明、ラテン・アメリカ文明の四つが、そのうちの主要文明である。私は、この文明群に属する周辺文明の一つとして、ユダヤ文明を挙げる。また、一神教文明は、ユダヤ=キリスト教諸文明とイスラーム文明に分けることもできる。
人類の多数は、人間の起源についてセム系唯一神教とは違う見方をする。またセムを祖先とは考えない。その意味では非セム系である。セム系一神教以外の大多数の宗教は、多神教である。多神教では、自然が神または原理であり、人間は自然からその一部として生まれたと考える。宗教的には、アニミズム、シャーマニズム、ヒンドゥー教、シナの儒教・道教、日本の神道等である。仏教の一部(大乗仏教、密教)もこれに含めることができる。地理学的・環境学的には、森林に現れた宗教という特徴を持つ。森林的な自然が人間心理に影響したものと考えられる。
こうした多神教を中核とする諸文明が、多神教文明群である。日本文明、シナ文明、インド文明に新興のアフリカ文明の四つつが、そのうちの主要文明である。いわゆる東洋文明はこれらのうち、インド文明、シナ文明、日本文明及びそれらの周辺文明を総称するものである。
今日の世界の不安定の要因の一つに、一神教文明群の中での対立・抗争がある。イスラエルの建国後、ユダヤ文明の担い手であるイスラエルと、イスラーム文明の担い手であるアラブ諸国は数次にわたって戦争を行ってきた。西洋文明の担い手であるアメリカとイスラーム文明の国々は、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争等で戦ってきた。東方正教文明の担い手だった旧ソ連は、イスラーム文明の担い手であるアフガニスタンとアフガン戦争で戦った。今日はイスラーム文明の国々に根拠地を持つ過激派集団が、ユダヤ文明・西洋文明・東方正教文明等の諸国でテロリズムを繰り広げている。その掃討のために、国家とテロ集団の間で新たな形態の戦争が行われている。これらは、一神教文明群におけるユダヤ=キリスト教諸文明とイスラーム文明の対立・抗争である。その対立は、ともに自らをセム及びアブラハムの子孫と信じる者同士の骨肉の争いである。
今後、西洋文明、東方正教文明、ユダヤ文明等のユダヤ=キリスト教諸文明とイスラーム文明の対立・抗争が、さらに深刻化していくか、それとも協調・融和へと向かっていくか。このことは、人類全体の将来を左右するほどに重大な問題である。
特に中東では、争いが互いの憎悪を膨らませ、報復が報復を招いて、抜き差しならない状態となっている。イスラエル=パレスチナ紛争を焦点として、ユダヤ教・キリスト教・イスラーム教のセム系唯一神教の内部争いによって、中東の一部は修羅場のような状態になっている。中東に平和と安定をもたらすことができないと、世界平和は実現しない。平和を維持するための国際的な機構や制度を整備・強化していっても、中東で対立・抗争が続いているならば、そこでの宗教戦争・民族戦争に世界全体が巻き込まれる可能性がある。最悪の場合は、一神教文明群における対立・抗争から核兵器を使用した第3次世界大戦が勃発するおそれがある。
いかに中東で平和を実現するか。中東に平和を実現できるかどうかは、なにより宗教間の問題である。キリスト教は、世界で最も多くの信者数を持つ。これまでの歴史の延長線で考えれば、21世紀の半ばを過ぎる2070年ごろまでは、その状態が続くと予想される。キリスト教には、ユダヤ教とイスラーム教の争い、ユダヤ人・アラブ人・イラン人・クルド人等の民族間の争い等を収めて地域の平和を実現するために、果たすべき重要な役割がある。中東の平和は、キリスト教にとっても不可欠の目標だろう。イスラエルが支配しているエルサレムは、ユダヤ教の聖地であり、イスラーム教にとっても重要な場所だが、キリスト教にとっても、保ち続けなければならない聖地である。その聖地のある中東に恒久平和を実現することは、キリスト教自体にとっても安寧をもたらすことである。だが、キリスト教は神の愛と隣人愛を説く宗教でありながら、これまで平和を実現する役割をよく果たし得ていない。むしろ争いを生み出す要因となっている側面が大きい。
2017年12月、トランプ大統領はエルサレムをイスラエルの首都と認定し、大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると発表した。これに対し、パレスチナ側やアラブ諸国から激しい反発が起こった。事態を重視した国連は緊急総会を開き、アメリカのエルサレム首都認定を無効とする決議案を賛成多数で採択した。だが、アメリカは首都認定を取り消そうとしない。
トランプ大統領の背後には、イスラエルと結びついたユダヤ・ロビー及び彼の支持基盤であるキリスト教右派がある。トランプは、特にキリスト教右派の支持を固めるために、今回の発表を行ったと見られる。トランプ政権において、アメリカ=イスラエル連合は一段と関係を強化している。その強化をもたらしたのは、ユダヤ・ロビー及びそれと結びついたアメリカ国内のキリスト教右派である。これに対し、キリスト教の内部から排他的な信徒を共存調和的な考えに向かわせる働きかけが増大することが期待される。
次回に続く。
************* 著書のご案内 ****************
細川一彦著『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
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文明の中核には、宗教がある。世界の主要な文明は、宗教を精神的な中核としてきた。それゆえ、今日の世界における諸国家・諸民族の対立・抗争の考察は、文明と宗教の関係という視点からも見ていく必要がある。また実際、対立・抗争には文明と宗教が関わっている。
ハンチントンは、冷戦終結後の世界の主要文明を7または8と数えた。教義の項目に書いたように、私は、彼の説を受けつつ、世界の主要文明を一神教文明群と多神教文明群の二つに分けている。それは、世界の主な宗教を、一神教と多神教に分けることに基づく。ここで文明群に関して一神教というのは、セム系唯一神教を指す。セム系唯一神教を文明の中核とする文明のグループが、一神教文明群である。一方、人類に広く見られる多神教を文明の中核とする多神教文明群である。
セム系唯一神教では、神が無から宇宙を創造したとし、人間はその超越神によって創造されたものとする。その神を信じる者は、世界的大洪水で生存したノアの長子セムの系統に立ち、神と契約したアブラハムの子孫と考えられている。宗教的には、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教である。これらの文明における超越神は、唯一男性神とされる観念的な存在であり、神との契約が宗教の核心にある。地理学的・環境学的には、砂漠に現れた宗教という特徴を持つ。砂漠的な自然が人間心理に影響したものと考えられる。
こうしたセム系唯一神教を文明の中核とする諸文明が、一神教文明群である。西洋文明、東方正教文明、イスラーム文明、ラテン・アメリカ文明の四つが、そのうちの主要文明である。私は、この文明群に属する周辺文明の一つとして、ユダヤ文明を挙げる。また、一神教文明は、ユダヤ=キリスト教諸文明とイスラーム文明に分けることもできる。
人類の多数は、人間の起源についてセム系唯一神教とは違う見方をする。またセムを祖先とは考えない。その意味では非セム系である。セム系一神教以外の大多数の宗教は、多神教である。多神教では、自然が神または原理であり、人間は自然からその一部として生まれたと考える。宗教的には、アニミズム、シャーマニズム、ヒンドゥー教、シナの儒教・道教、日本の神道等である。仏教の一部(大乗仏教、密教)もこれに含めることができる。地理学的・環境学的には、森林に現れた宗教という特徴を持つ。森林的な自然が人間心理に影響したものと考えられる。
こうした多神教を中核とする諸文明が、多神教文明群である。日本文明、シナ文明、インド文明に新興のアフリカ文明の四つつが、そのうちの主要文明である。いわゆる東洋文明はこれらのうち、インド文明、シナ文明、日本文明及びそれらの周辺文明を総称するものである。
今日の世界の不安定の要因の一つに、一神教文明群の中での対立・抗争がある。イスラエルの建国後、ユダヤ文明の担い手であるイスラエルと、イスラーム文明の担い手であるアラブ諸国は数次にわたって戦争を行ってきた。西洋文明の担い手であるアメリカとイスラーム文明の国々は、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争等で戦ってきた。東方正教文明の担い手だった旧ソ連は、イスラーム文明の担い手であるアフガニスタンとアフガン戦争で戦った。今日はイスラーム文明の国々に根拠地を持つ過激派集団が、ユダヤ文明・西洋文明・東方正教文明等の諸国でテロリズムを繰り広げている。その掃討のために、国家とテロ集団の間で新たな形態の戦争が行われている。これらは、一神教文明群におけるユダヤ=キリスト教諸文明とイスラーム文明の対立・抗争である。その対立は、ともに自らをセム及びアブラハムの子孫と信じる者同士の骨肉の争いである。
今後、西洋文明、東方正教文明、ユダヤ文明等のユダヤ=キリスト教諸文明とイスラーム文明の対立・抗争が、さらに深刻化していくか、それとも協調・融和へと向かっていくか。このことは、人類全体の将来を左右するほどに重大な問題である。
特に中東では、争いが互いの憎悪を膨らませ、報復が報復を招いて、抜き差しならない状態となっている。イスラエル=パレスチナ紛争を焦点として、ユダヤ教・キリスト教・イスラーム教のセム系唯一神教の内部争いによって、中東の一部は修羅場のような状態になっている。中東に平和と安定をもたらすことができないと、世界平和は実現しない。平和を維持するための国際的な機構や制度を整備・強化していっても、中東で対立・抗争が続いているならば、そこでの宗教戦争・民族戦争に世界全体が巻き込まれる可能性がある。最悪の場合は、一神教文明群における対立・抗争から核兵器を使用した第3次世界大戦が勃発するおそれがある。
いかに中東で平和を実現するか。中東に平和を実現できるかどうかは、なにより宗教間の問題である。キリスト教は、世界で最も多くの信者数を持つ。これまでの歴史の延長線で考えれば、21世紀の半ばを過ぎる2070年ごろまでは、その状態が続くと予想される。キリスト教には、ユダヤ教とイスラーム教の争い、ユダヤ人・アラブ人・イラン人・クルド人等の民族間の争い等を収めて地域の平和を実現するために、果たすべき重要な役割がある。中東の平和は、キリスト教にとっても不可欠の目標だろう。イスラエルが支配しているエルサレムは、ユダヤ教の聖地であり、イスラーム教にとっても重要な場所だが、キリスト教にとっても、保ち続けなければならない聖地である。その聖地のある中東に恒久平和を実現することは、キリスト教自体にとっても安寧をもたらすことである。だが、キリスト教は神の愛と隣人愛を説く宗教でありながら、これまで平和を実現する役割をよく果たし得ていない。むしろ争いを生み出す要因となっている側面が大きい。
2017年12月、トランプ大統領はエルサレムをイスラエルの首都と認定し、大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると発表した。これに対し、パレスチナ側やアラブ諸国から激しい反発が起こった。事態を重視した国連は緊急総会を開き、アメリカのエルサレム首都認定を無効とする決議案を賛成多数で採択した。だが、アメリカは首都認定を取り消そうとしない。
トランプ大統領の背後には、イスラエルと結びついたユダヤ・ロビー及び彼の支持基盤であるキリスト教右派がある。トランプは、特にキリスト教右派の支持を固めるために、今回の発表を行ったと見られる。トランプ政権において、アメリカ=イスラエル連合は一段と関係を強化している。その強化をもたらしたのは、ユダヤ・ロビー及びそれと結びついたアメリカ国内のキリスト教右派である。これに対し、キリスト教の内部から排他的な信徒を共存調和的な考えに向かわせる働きかけが増大することが期待される。
次回に続く。
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細川一彦著『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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