ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

移民問題1~毎年20万人移民を受け入れる政策を政府が検討

2014-03-30 08:39:10 | 時事
 安倍政権において、政府は少子高齢化に伴って激減する労働力人口の穴埋め策として、移民の大量受け入れの本格的な検討に入ったと報じられている。内閣府は毎年20万人を受け入れることで、合計特殊出生率が人口を維持できる2・07に回復すれば、今後100年間は人口の大幅減を避けられると試算している。経済財政諮問会議の専門調査会を中心に議論を進め、年内に報告書をまとめる方針だという。
 私は、移民問題・移民政策はわが国の運命を左右する重大な案件と考える。この件に関しては、拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題」をマイサイトに掲載している。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09i.htm
 その第6章にて「移民受け入れ1000万人計画」の危険性について書いた。自民党・民主党の双方に外国人移民の大量増加をめざす動きがある。自民党は、同党の国家戦略本部に「日本型移民国家への道プロジェクトチーム」を設置し、平成20年(2008)6月に「人材開国!日本型移民国家への道」という報告書を福田康夫首相(当時)に提出した。この報告書は、今後50年間に、わが国の総人口の1割に匹敵する1000万人の移民を受け入れるという提言をしたものである。こうした動きは、財界における大量移民を求める動きに呼応したものである。
 今回は、政府機関の内閣府が主導している。試算では、2012年に8973万人だった20~74歳人口が、このままなら2110年に2578万人に減る。しかし、移民を入れれば7227万人になるとしている。毎年20万人を受け入れるとすれば、現在のように高度な専門性や技術を持つ人材に限定するのをやめ、単純労働を解禁することになるだろう。それによって、なし崩しに事実上の移民を拡大するというやり方と考えられる。
 政府は、移民受け入れの方向に世論を喚起するのと並行して、外国人労働者の受け入れ要件の緩和を先行させる考えである。東日本大震災の復興や東京五輪に向けて建設業を中心に人手不足となっていることから、最長3年の「技能実習制度の受け入れ期間を5年に延長し、日本への再入国も認める。また介護職は現在、介護福祉士の国家試験に合格しなければ、日本で働き続けることはできないが、介護職も技能実習制度に加えること等も検討している。改革案は6月にまとめる新たな成長戦略に反映させる予定という。
 だが、移民を多数受け入れたがために、深刻な社会問題を抱えるようになった国が少なくない。先の拙稿にオランダ、ドイツ、ノルウェー、カナダ、オーストラリア等の例を書いたが、本年2月、スイスでは、国民投票の結果、移民流入規制を行うことが承認された。カナダでは、政府が投資移民制度の廃止を決めたと発表した。続いて、そのスイス、カナダの例について書く。
 以下は、関連する報道記事。

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●産経新聞

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140313/plc14031319260010-n1.htm
毎年20万人の移民受け入れ 政府が本格検討開始
2014.3.13 19:24

 政府が、少子高齢化に伴って激減する労働力人口の穴埋め策として、移民の大量受け入れの本格的な検討に入った。内閣府は毎年20万人を受け入れることで、合計特殊出生率が人口を維持できる2・07に回復すれば、今後100年間は人口の大幅減を避けられると試算している。経済財政諮問会議の専門調査会を中心に議論を進め、年内に報告書をまとめる方針。ただ、大量受け入れには単純労働者を認めることが不可欠で、反対論も強まりそうだ。
 現在、外国人労働者は高度人材などに制限されており、日本国籍を付与する移民の大量受け入れとなれば国策の大転換となる。
 日本で働く外国人の届け出数(昨年10月末)は72万人弱で、前年より約3万5千人増えた。20万人はその6倍近い数だ。
 政府が移民の大量受け入れの検討に乗り出したのは、勤労世代の減少による経済や社会への影響が現実になり始めたため。成長戦略では女性や高齢者の活用を打ち出す一方で、移民も有力な選択肢として位置付けることにした。
試算では、2012年に8973万人だった20~74歳人口が、現状のままであれば2110年に2578万人に減る。しかし、移民を入れた場合は7227万人になるとしている。
 だが、移民政策には雇用への影響や文化摩擦、治安悪化への懸念が強い。しかも、現在は外国人労働者は高度な専門性や技術を持つ人材などに限定しているが、毎年20万人を受け入れることになれば高度人材だけでは難しい。単純労働に門戸を開く必要が出てくる。
 政府は移民議論と並行して、外国人労働者の受け入れ拡大を先行させる考え。
 東日本大震災の復興や東京五輪に向けて建設業を中心に人手不足が拡大していることから、最長3年となっている技能実習制度の受け入れ期間延長や、介護職種を対象に加えることなどを検討している。改革案は6月にまとめる新たな成長戦略に反映させる。
 こうした専門性や技能が高くない労働者の期間延長案には「実質的な単純労働解禁で、移民受け入れへの布石」(自民党議員)との批判が出ている。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140313/plc14031319180009-n1.htm
世論喚起? 外国人単純労働の段階的解禁への布石? 政府、異例の検討
2014.3.13 19:16

 国論を二分する移民政策について、政府が正面から取り上げたのは異例だ。ただ、内閣府の試算は希望的数値を前提としており、今回は人口減少対策の「1つの選択肢」になり得ることを国民に印象付ける意味合いが強そうだ。政府は世論喚起によって国民の“移民アレルギー”を薄めながら、他方で外国人の単純労働を段階的に解禁し、なし崩しに「事実上の移民」を拡大する作戦に出ようとしている。
 「50年間で1千万人というのは、相当インパクトのある移民という話だ」
 「全体として10人に1人ぐらいはアコモデート(許容)できる範囲ではないか」
 2月24日に行われた経済財政諮問会議の専門調査会では、内閣府が示した移民試算について活発な議論が交わされた。
 安倍晋三首相も同月13日の衆院予算委員会で「国の将来の形や国民生活全体に関する問題として、国民的議論を経た上で多様な角度から検討する必要がある」と答弁しており、移民議論の機運が急速に盛り上がりをみせ始めている。
 だが、内閣府の試算には現在1・41の合計特殊出生率が2・07に回復するとの楽観的な前提が置かれている。しかも、出生率回復には、移民として来日した人が子供をもうけることを織り込んでいる。前提そのものへの批判も予想され、「実現へのハードルは高い」(自民党反対派議員)などの受け止めが多い。
 しかし、「100年後まで1億1千万人の総人口を維持し、労働力人口の減少幅も抑えられることを示した意味は大きい」(自民党中堅)との評価もあり、印象付けは一定の成果を収めた形だ。
一方、政府が力点を置くのが、移民議論と並行して進める外国人労働者の受け入れ要件の緩和だ。移民政策は自民党内に反対論が多いことに加え、「国民の理解を得るために時間を費やしていては目前に迫った労働力不足に対応できない」(内閣府幹部)との危機感があるためだ。
 第一弾は人手不足が深刻化する建設業への対策だ。技能実習制度を見直し、最長3年の受け入れ期間を5年に延長し、日本への再入国も認める方向だ。
 しかし、最大の焦点になりそうなのが介護職種の緩和だ。現行では経済連携協定(EPA)に基づき介護福祉士の国家試験に合格しなければ、日本で働き続けることはできない。このため介護職も技能実習制度に加えようというのだ。
 これが認められると、国家試験の受験意思のない低技術の介護実習生が大量に来日する可能性があり、単純労働解禁の突破口となりかねない。反対派は「長期滞在できる単純労働者は事実上の移民だ。大量に入るとなれば、移民受け入れを容認したのと同じだ。国家の根幹をなす問題を、なし崩しに変えることは許されない」(閣僚経験者)と警戒を強めている。
 途上国支援の技能実習制度を労働力不足の穴埋め目的で拡大することにも異論があり、議論は難航も予想される。(河合雅司)
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 次回に続く。
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人権89~王権の強大化

2014-03-29 10:07:03 | 人権
●西欧における王権の強大化

 神聖ローマ帝国において始まった宗教改革、帝国を中心とした30年戦争、その後のウェストファリア条約体制を見てきたが、ここで帝国から西欧全体に視野を広げ、中世から近代への変化を、あらためて見てみよう。まず全体的な傾向を概術し、その後、イギリス、フランスにおける展開を書く。
 実は仏英では、神聖ローマ帝国より早くから権利関係・権力関係の変化が起こっていた。ウェストファリア条約体制によって、仏英が近代主権国家として覇を競う存在になったのは、そのためである。そこには、西欧の封建制に大きな変化が起こっていたことが背景にある。
 西欧の封建制に変化をもたらした原因の一つに、軍事的な技術の発達がある。14世紀以降、西欧では火器と傭兵制が登場し、騎士の存在意義が失われた。大砲や鉄砲の技術が進むと、傭兵軍隊を維持できる経済力を持った者でないと、戦いに勝ち残れない。国王の経済力の基盤は、土地所有である。土地を巡る戦いの勝者は、領地を拡大し、それによって経済力が増大した。経済力の増大は、軍事力の強化を可能にする。また軍事力の増大が経済力の増大をもたらす。こうして、戦いを繰り返す過程で、封建領主の中の第一人者に過ぎなかった国王が、各地で他に抜きん出た存在になっていった。国王とはいっても、この時点では封建制の国家の王であって、近代主権国家の統治権者とは異なる。
 13世紀末にイタリアに始まったルネサンスは、14~15世紀には西欧各地に広がった。15世紀には、文芸復興による文化的近代化が進み、中世以来、曖昧模糊としていた国家という理念が徐々に明確になっていった。なかでも英仏両国では早くから中央集権体制が確立していった。
 16~17世紀の西欧では、封建制の崩壊が進んだ。長く停滞していた商業の復活と貨幣経済の発達によって、地域間の結びつきが強まり、様々な封建制国家の国王は、地方の諸侯を支配下に組み込んでいった。王権の強大化は、経済活動に都合がよいので、都市の大商人から支持された。それによって、王権はますます強大化した。
 王は、都市の商工業者と同盟を結んで、力を拡大した。彼らから金をもらって軍を組織し、商工業の流通を守った。王が多数の傭兵を持つようになると、商工業者は、王に流通の安全を保護してもらった。やがて軍は常備軍となり、絶大なる王制への道を進んだ。また貨幣経済の浸透によって王の財政的基盤は転換した。直轄地からの租税が全国からの租税へと転換した。王の財政的基礎は拡大し強固なものとなった。
 国王の政府は、領域内において、組織的に武器を使用する物理的な強制力を独占し、それ以外の政治団体が実力を組織し、行使することを禁止するようになった。またそれを法によって制度化した。政府が軍事・警察に用いる実力を独占的に所有することで、国王は圧倒的な権力を持つに至った。
 権利論的に見ると、中世西欧における王は、領主の一人で、貴族の中で「対等なる者のうちの首席(primus inter pares)」に過ぎなかった。封建制の身分社会において、王の権利は、王の身分に伴う特権だった。王権(prerogative)は、王国(realm)の根本法である慣習法によって定められていた。貴族や聖職者も特権を持っていた。王の持つ大権も特権の一種であり、大権をもっても彼らの特権を否定することはできなかった。
 だが、王権が次第に強大になり、他の諸侯権(the privileges)を圧倒し、国王の主権(sovereignty)という概念が生じた。国王の主権は、それまでの王の大権が他の特権に比べて大きいという相対的なものだったのに対して、絶対的な権利を意味する。ここでの絶対的とは、一人の統治権者がすべての権力と権威を独占する状態をいう。国王の主権が確立されると、諸侯・聖職者・大商人は、王の命令には絶対服従しなければならない。王は自由に法律を作り、家臣や領民の生命,財産、自由を任意にでき、税金を課し、自ら信奉する宗教宗派を強制することさえした。
 国王はカトリック教会の教皇に対して、宗教的・世俗的な権利を主張するようになった。国王の宗教的権利は、自ら自由に信仰を持ち、領民にそれを信仰させることが究極の権利である。実際、イングランドでは国王がカトリック教会から離脱して国教会を創設し、北欧でも国王がプロテスタンティズムに改宗して、スウェーデン国教会やデンマーク国教会等が創設された。国王が統治する領域においては、教皇をさておいて、国王が神の権利と権力の代行者となろうとした。領域内という限られた範囲ではあるが、神の代理人が教皇から国王に代わりつつあったわけである。これは教皇権の縮小と国王権の拡大である。こうした変化が、神聖ローマ帝国の外で進んでいたのである。
 教皇権は教会の勢力圏における権利と権力だが、国王権は国家の統治領域における権利と権力である点が異なる。教皇権は宗教的権威に基づくものだが、国王権は世俗的実力に基づくものである。組織された武力が国王の権力の中核をなす。教皇権の教義の論戦で打ち破ることができるが、国王権は実力によって奪取しなければ移行しない。
 こうした中央集権化、実力の独占、宗教的自立という傾向が西欧で顕著になりつつあったところで、1618年ドイツで30年戦争が起こった。そして、近代主権国家が誕生し、今日の世界に似た主権国家が並立する国際社会が西欧に形成されたのである。

 次回に続く。

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天皇皇后両陛下の伊勢神宮ご参拝と「三種の神器」

2014-03-27 08:47:00 | 日本精神
 天皇、皇后両陛下は3月25日から28日のご予定で、昨年20年に1度の式年遷宮が行われた伊勢神宮に参拝されている。このご参拝に皇位の御印である「三種の神器」が世界の注目を集めている。
 両陛下の神宮ご参拝は平成13年11月以来だった。今回のご参拝では、皇位の印として伝わる「三種の神器」のうち、「剣璽(けんじ)」すなわち剣と勾玉を侍従らが携行する「剣璽ご動座」も行われている。
 神器は、「八咫鏡」「草薙剣」「八坂瓊勾玉」の三種。本体はそれぞれ伊勢神宮、熱田神宮、皇居に安置され、皇居には鏡と剣の「分身」としての複製品も収められている。
 戦前まで天皇が1泊以上の旅行で皇居を離れる際、侍従が剣璽を携えて随行した。剣璽は陛下とともにあるのが大原則とされるたからである。しかし、戦後は地方訪問が増えたことによる警備上の理由などにより、昭和21年6月の千葉県訪問を最後に「剣璽ご動座」が取りやめられた。その後、昭和49年昭和天皇が式年遷宮に伴い神宮を参拝した際に復活した。天皇皇后両陛下のご即位後は、即位の礼を終えたことを神宮に報告する平成2年の「親謁(しんえつ)の儀」で実施された。6年の式年遷宮後のご参拝の際にもご動座があった。今回のご動座は、それ以来ゆえ20年ぶりとなる。
 伊勢神宮の内宮には、「八咫鏡」が安置されている。両陛下が剣璽を伴って参拝されるということは、「三種の神器」がその場にそろうということである。

 ここで「三種の神器」に関する拙稿を再掲する。

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■「三種の神器」と知仁勇

 「三種の神器」とは、古代から天皇の位を象徴するものとして、歴代天皇に継承されてきたものです。

●「三種の神器」の由来

 記紀によると、皇室の祖先神とされる天照大神は、天孫ニニギノミコトを、葦原中国(あしはらのなかつくに)すなわちこの日本国に遣わす際、「三種の神器」を授けたとされます。つまり八咫鏡(やたのかがみ)、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)の三種です。
 天照大神は、天孫降臨に当たってニニギノミコトに対し、八咫鏡について神勅を下されました。『古事記』には「此れの鏡はもはら我が御魂として、吾が前を拝(いつ)くがごとく、斎(いつ)き奉れ」とまた『日本書紀』には「吾が児(みこ)、此の宝鏡を視(み)まさむこと、まさに吾を視るがごとくすべし」と記されています。
 三種の神器のうち、鏡は伊勢神宮に、剣は熱田神宮に、それぞれ祀られています。八坂瓊曲玉だけは神璽(しんじ)として宮中に安置されてきました。
 また、分霊された鏡が宮中の天照大神を祀る賢所(かしこどころ)に奉安されています。剣の分身と曲玉は、天皇のお側近くに常に安置されていると伝えられます。
 これら三種の神器は、代々の天皇により皇位の証として継承され、天皇が一日以上の行事に出かけられる時は、剣璽御動座(けんじごどうざ)といって剣と曲玉が陛下と共に渡御(とぎょ)されるのです。

●「知仁勇」の象徴

 我が国は、シナの孔子・孟子らの思想を消化吸収し、発展深化させてきました。その過程で「三種の神器」を「知仁勇」の象徴と解釈する試みが現れました。これを天皇の帝王学に生かしたのが、杉浦重剛(しげたけ)でした。
 杉浦は、「真の人格者」と尊敬された偉大な教育者でした。杉浦は、昭和天皇が皇太子の時代、数え16歳から21歳まで、天皇の倫理を説く重任にあたりました。その際、ご講義のために書いたのが、『倫理御進講草案』(三樹書房)です。(大正3年、1914)
 杉浦は『草案』の序文において、御進講の基本方針を掲げます。
 「今進講に就きて大体の方針を定め、左にこれを陳述せんとす。
一、三種の神器に則り皇道を体し給ふべきこと。
一、五條の御誓文を以て将来の標準と為し給ふべきこと。
一、教育勅語の御趣旨の貫徹を期し給ふべきこと」
 杉浦は、この方針の第一について、次のように述べます。
 「三種の神器及び之と共に賜はりたる天壌無窮の神勅は我国家成立の根底にして国体の淵源また実に此に存す。是れ最も先づ覚知せられざるべからざる所なり。
 殊に神器に託して与えられたる知仁勇の教訓は、国を統べ民を治むるに一日も忘るべからざる所にして、真に万世不易の大道たり。故に我国歴代の天皇は、皆此の御遺訓を体して能く其の本に報い、始に反り、常に皇祖の威徳を顕彰せんことを勉めさせ給へり。是れ我が皇室の連綿として無窮に栄え給ふ所以、また皇恩の四海に洽(あま)ねき所以なり。左れば将来我国を統御し給ふべき皇儲殿下は先づ能く皇祖の御遺訓に従ひ皇道を体し給ふべきものと信ず」
 ここには「神器」を「知仁勇」の三徳をもって解釈する通説が述べられています。

●将来の天皇へのご講義

 昭和天皇が受けた最初の講義は、「三種の神器」についてでした。
 御進講の最初の項目、「三種の神器」は、次のように始まります。
 「…三種の神器即ち鏡、玉、剣は唯皇位の御証(みしるし)として授け給いたるのみにあらず、此を以て至大の聖訓を垂れ給ひたることは、遠くは北畠親房、やや降りては中江藤樹、山鹿素行、頼山陽などの皆一様に説きたる所にして、要するに知仁勇の三徳を示されたるものなり。
 例へば鏡は明らかにして曇り無く、万物を照して其の正邪曲直を分ち、之を人心に比すれば則ち知なり。知は鏡の物を照すが如く、善悪黒白を判断するものなり。玉は円満にして温潤、恰も慈悲深き温乎たる人物に比すべし。是れ仁の体にして、仁とは博愛の謂なり。又剣は勇気決断を示すものなることは殆ど説明するまでも無く、若し之を文武の道に比すれば、鏡は文、剣は武なり。
 詮じ来れば三種の神器は知仁勇の三徳を宝物に託して垂示せられたるものなること益々明瞭なりとすべし」と。
 「鏡・玉・剣」はそれぞれ、「知・仁・勇」の徳を示すという儒教的な解釈が述べられています。もっともただ「知仁勇」を説くのであれば、シナ思想の崇拝・模倣にとどまります。私は、「三種の神器」に込められた神意を体現するための道具として、儒教の概念が借用されたに過ぎないと考えます。

●東西に共通する根本道徳

 話を戻すと、続いて杉浦は、「知仁勇」の来歴をシナにさかのぼります。
 「之を支那に見るに、知仁勇三つの者は天下の達徳なりと、『中庸』に記されたるあり。世に人倫五常の道ありとも、三徳なくんば、之を完全に実行すること能はず。言を換ふれば君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友の道も、知仁勇の徳によりて、始めて実行せらるべきものなりとす。支那の学者既にこれを解して、知は其の道を知り、仁は其の道を体し、勇は其の道を行ふものなりと云へり」

 杉浦は、「知仁勇」は四書の一つ『中庸』から来ていることを述べ、「人倫五常の道」は、「知仁勇」の「三徳」があって、初めて実行できる徳目であるとします。そして、人倫の「道」を「知る」のが「知」、「体する」のが「仁」、「行う」のが「勇」と説明しています。いわば、認識、体得、実行です。
 シナに続いて、杉浦は西洋について述べます。杉浦は、西洋における「知情意」は、シナの「知仁勇」と同じであるという解釈を示します。そして、「完全なる知情意」という「三種の神器」を「有する」のが「優秀なる人格」であると定義しています。
 このように杉浦は、「三種の神器」は「知仁勇」の徳を象徴するものと解釈するだけでなく、「知仁勇」は、シナにも西洋にも通じる普遍的な根本道徳であると説いています。説くところが世界大であるところに、浩然の気が感じられましょう。

●「実践躬行」

 『草案』の「三種の神器」と題された項目を結ぶにあたり、杉浦は、以下のように記しています。
 「支那にても西洋にても三徳を尊ぶこと一様なり。能くこれを修得せられたらんには、身を修め、人を治め、天下国家を平らかならしむるを得べきなり。皇祖天照大神が三種の神器に託して遺訓を垂れ給ひたるは、深遠宏大なる意義を有せらるるものなれば、宜しく此の義を覚らせ給ふべきなり。…
 凡そ倫理なるものは、唯口に之を談ずるのみにては何の功もなきものにて、貴ぶ所は実践躬行の四字にあり」と。

 このように、杉浦は、将来の天皇に対して、第一に「三種の神器」を説き、神器が象徴するものを「知仁勇」の三徳と解して、この徳を身につけられるように、申し上げたのです。そこで、最も強調されたのは、「実践躬行」でありました。「実践躬行」とは、口で言うだけでなく、自分で実際に行動することです。

 杉浦は、「帝王学とは」と聞かれ、「至誠の学問じゃ」と答えたと伝えられます。「至誠」については、『草案』では吉田松陰の一節に「至誠にして動かざる者は未だこれあらざるなり」という孟子の言葉が掲げられています。「至誠」とは、ただ「実践躬行」によってのみ、体得・感化できるものと申せましょう。杉浦が、「至誠」の人、吉田松陰を深く尊敬していたことは、言うまでもありません。

●忘れられた理想の想起

 倫理御進講とは、将来の天皇への御教育でした。天皇が自ら学び、実践すべき君主の倫理を明らかにしようとしたものでした。一方、国民には、明治天皇による「教育勅語」が、国民の倫理を示していました。
 この「勅語」は、天皇が国民に道徳的実践を命じたものではなく、天皇自らが実践するから、共に実践しようと、国民に親しく呼びかけるものでした。「教育勅語」の末尾の部分には、次のようにあります。
 「朕爾臣民と倶に挙挙服膺して咸(みな)其の徳を一にせんことを庶(こ)い幾(ねが)う」(私もまた国民の皆さんとともに、父祖の教えを常に胸に抱いて、その徳を一つにすることを、心から念願します)と。

 天皇は、神意を体するために、神器が象徴すると解される「知仁勇」を「実践躬行」する。その天皇の呼びかけに応えて、国民は徳を養おうと努める。こうして君民が徳を一つにする道義国家を目指すところに、明治日本の理想があったと言えましょう。
 その忘れられた理想を想起すること。それによってわが国は、活力を取り戻し、より豊かな精神文化を生み出してゆくことができるだろうと、私は思うのです。

 以上、「三種の神器」について伝統的な解釈を紹介しましたが、「三種の神器」には、「知仁勇」というような道徳的な観念では、到底とらえられない、もっと深遠なものが象徴されています。その点を初めて解明されたのが、大塚寛一先生です。時が来れば、「三種の神器」に込められた真に深遠な意味が一般の多くの人に知られるようになることでしょう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

関連掲示
・マイサイトの「日本精神」のページ
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion04.htm
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台湾で学生らが中台協定に反対運動

2014-03-26 08:57:21 | 国際関係
 台湾で、中国と台湾の「サービス貿易協定」に反対する学生らが、3月19日にわが国の国会に当たる立法院を占拠し、さらに行政院(内閣に相当)に突入した。これに対し、警察が強制排除に乗り出し、多数の負傷者が出た。3月25日馬英九総統が学生らと直接対話に応じる姿勢に変化し、学生もこれに応じると回答。今後、対話によって事態が好転するか注目される。

 問題の焦点となっている「サービス貿易協定」は、昨年6月上海に結ばれ、現在批准の可否が大きな議論となっている。この協定は、国共内戦以来65年間分断されていた中台間でサービス分野の市場開放を進めようとしており、電子商取引や医療、旅行業など、中国が80、台湾が64分野を相互に開放するとの取り決めでするもので、野党などの反対派は、協定は中国の大企業に有利ゆえ台湾の弱小産業の切り捨てにつながる。また台湾が中国の政治的圧力にさらされるようになると反発。一方、馬英九総統の与党・国民党は、協定を批准できなければ台湾が自由貿易協定(FTA)を増やす上で重大な障害になると警告している。
 この協定は内容、審議過程が公開されておらず、「ブラックボックス」と呼ばれている。その点が、TPPと似ている。
 立法院は協定の批准に向けた審議を委員会で行っていたが、3月17日国民党の立法委員が時間切れを理由に一方的に審議を打ち切った。これに対し、反対派は、委員会の採決は違法だと強く反発。18日夜には、批准に反対する学生らが数百人が庁舎内に乱入し、徹夜で議場を占拠した。一般民衆による議場の占拠は、台湾で史上初めてという。
 学生らによる占拠が続くなか、22日、わが国の首相に相当する行政院長の江宜樺氏が、立法院を訪れた。江氏は、1万人以上の市民らが取り囲む議場前で、学生らと対面し「協定は今後の台湾の貿易自由化に寄与する」「撤回するつもりはない」と断言した。学生らは立ち退きを拒否し、協定取り下げを求め、江氏に退出を促した。「馬総統、出てこい」と叫んで、総統との直接対話を要求した。
 これに対し、馬総統は23日、総統府で記者会見し、学生らに対する立場を初めて表明した。馬氏は台湾の貿易自由化の遅れで最も喜ぶのは「競争相手の韓国だ」とし、協定の早期承認を求めた。学生が要求する直接対話には応じない姿勢を示し、議場占拠については「法律の順守」が重要だと指摘し速やかな退去を求めた。学生らは馬氏の発言に反発。学生らのうち約千人が23日夜、立法院から数百メートル離れた行政院の敷地に侵入、一部の学生は建物内になだれ込み、警官隊数百人と衝突し、双方に負傷者が出た。江行政院長は警察当局に学生らの強制排除を指示し、馬総統も了承した。警察当局は24日未明、強制排除に乗りだし、警官隊約2千人や放水車を投入、朝までに大部分を排除した。この際、学生らと警官の双方で計145人が負傷し、学生ら37人が現行犯逮捕されたという。だが、一部の学生は議場の占拠を続けている。
 事ここに至って、馬総統は25日学生の代表を総統府に招き、直接対話を望むと伝えた。学生らはこの提案に基本的に同意したが、中台協定の監督システムの法制化や総統府前での公開討論等の要求を提示した。台湾の学生たちの政治意識の高さは、中国に対する危機感の表れだろう。

 振り返ると、台湾では、平成20年(2008)の総統選挙で親中的な馬英九氏が勝利し、24年(2012)には再選を果たした。馬政権は中台間の自由貿易協定に相当する経済協力枠組み協定(ECFA)を締結するなど、中国との関係を深めている。逆に言うと、中国が台湾に対する影響力を増大しているのである。
 いま問題になっている中台サービス貿易協定は、こうした中台関係を格段と進めるものとなる。馬総統は、今年の年頭演説で「台湾経済の突破年とする」と宣言。台湾の貿易自由化の取り組みが「手遅れになってしまう」と危機感をにじませ、サービス貿易協定の批准を求めている。中台の経済関係の拡大は、既に政治の領域にも入っている。今年2月に中台双方の所管官庁トップが南京市などで会談。中台首脳会談の可能性も取り沙汰されるまでになている。台湾当局の世論調査では、人口約2300万人の台湾で、人民の84・6%が中台関係の現状維持を望んでおり、中国との「統一」への警戒感は強い。サービス貿易協定に反対する学生らが、国会占拠などの直接行動に出たのは、こうした社会的背景があるだろう。
 仮にこのまま台湾が中国と事実上の一体化をするならば、わが国の安全保障は極めて厳しいものとなる。近年中国は、台湾に武力攻撃の恫喝をかけながら、経済の力で親中派を増大させてきている。中国の資本は台湾のマスコミの8割を買収し、親中的な世論の醸成を推進させている。民主的かつ合法的に併合をなしえれば、アメリカと戦火を交えることなく、国際社会の非難を受けることもなく、目的を達成できる。
 中国共産党が台湾に固執するのは、台湾の戦略的地政学的位置の重要性にある。台湾は中国が太平洋に進出するために、重要なカギとなる位置に存在する。台湾は東シナ海と南シナ海の間に位置し、渤海・黄海・東シナ海と南シナ海を二分する位置にある。もし中国が台湾を併合できれば、中国は太平洋に面した国になる。それが達成されれば、アジア、太平洋への覇権確立は可能になり、インド洋への戦力拡大も可能になる。逆に台湾を確保しなければ、中国の勢力は海に進出できない。だから台湾併呑は中国にとり、自らの生存にかかわる大きな課題となっている。
 戦前の日本では、満蒙はわが国の「生命線」と呼ばれた。今日、台湾はわが国の新たな「生命線」となっている。わが国の産業も国民生活も、石油なしには成り立たない。中東と日本を結ぶシーレーンの要に台湾がある。中国が台湾を併合すれば、日本は台湾海峡・バシー海峡というシーレーンの重要な拠点を押さえられたことになる。バシー海峡は、台湾とフィリピンの間の海峡である。
 台湾が中国の掌中に入れば、わが国の運命は中国の手に握られる。だから、台湾問題は、日本自体の問題となっている。だが、政府もマスメディアも、このことの重大性を、国民に周知しようとしていない。国民が自ら情報を収集し、共有化し、互いの啓発に努めていかねばならない。

関連掲示
・拙稿「中国の日本併合を防ぐには」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12a.htm
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人権88~近代主権国家の誕生

2014-03-24 08:48:30 | 人権
●ウェストファリア条約と近代主権国家の誕生

 ドイツ30年戦争で、キリスト教徒同士が際限のない戦争を続けた。ドイツの人口は、3分の1に減ったと言われる。30年戦争のさなか、オランダのフーゴー・グロティウスは、『戦争と平和の法』(1625年)を刊行した。グロティウスは、当時神の意思による宇宙と社会の秩序とされていた自然法を、「正しい理性の命令」と定義した。自然法は神の意思に基づくものだが、たとえ神が存在しないと仮定しても妥当するし、その定めは神さえ変えることができない不変なものであると説いた。これは信仰よりも理性を重んじる近代的な解釈である。そしてグロティウスは、人間理性に基づく人定法として、国家法のほかに万民法があるべきことを主張した。万民法は、国家間・国民間に共通の法であり、今日の国際法に当たるものである。そのグロティウスの思想をもとに結ばれたのが、ウェストファリア条約である。なお、自然法については、後に市民革命の章であらためて述べる。
 ウェストファリア条約は、戦局で優位に立ったフランスの主導で交渉が進められ、1648年に調印された。この条約は、宗教的側面から見れば、アウグスブルグの和議を再確認したに過ぎない。新旧両教徒の同権と相互尊重の原則を回復し、新たにカルヴァン派が加えられた。これによって、領邦君主は信教の自由を確立した。教皇の権威は低下した。一方、領主の信教の自由は、領主と宗派が一致しない領民には、信教の自由の侵害となった。彼らは、集団的に改宗を強制された。
 またウェストファリア条約は、政治的側面から見れば、約300のすべての諸侯国の主権を保障するという画期的なものだった。諸侯は、帝国の諸侯間だけでなく、外国とも同盟を結ぶことができ、交戦権も持つことになった。このことは皇帝権の大幅な縮小を意味する。諸侯の権力は、宗教的にもまた政治的にも、皇帝と帝国に敵対しない限りにおいて認められた。領邦の大小に関わらず、すべての諸侯が同権を持つ体制となった。この条約に西欧の66カ国が調印した。国際条約の初めである。ドイツ諸侯や周辺諸国の国王の主権が制度的に認められたわけである。
 神聖ローマ帝国は、事実上崩壊状態となった。様々な独立国家に分裂したと等しい状態となった。それと同時に、西欧に近代主権国家が誕生した。多数の主権国家が併存する関係が、法的な秩序として定着した。西洋文明は、中世の教会と帝国の二元的な社会から、主権国家が並立する近代的な国際社会に変わった。中世のヨーロッパは、国境のない一つの文明社会だった。教皇と皇帝という二つの頂点のもとに、様々な封建勢力が各地に所領を持って混在していた。その社会が、主権を備え、国境を持つ国家が互いに対等な関係を結ぶという新しい社会に変わった。教皇権・皇帝権が後退し、国王権が伸長して、近代的な国家主権となった。ただし、教皇の権威と皇帝の権力が全く否定されたのではない。後者は主権国家体制の中に、新たな性格を持って組み込まれたのである。主権は、教皇と皇帝から諸侯・諸王へと移譲されたが、教皇の主権と皇帝の主権も存続しているから、主権の所有者が多元化したのである。同時に、主権の性格が変わったのである。
 ウェストファリア条約によって誕生した主権国家は、それまでの西欧の封建制国家とは、明らかに異なる。近代国家は、国境で区画された領域内において、主権者が最高の統治権を持つ。領域内に政府の権力に従わない政治的権力を認めない。主権国家と主権国家は、国境で互いに接する。
 ウェストファリア体制のもと、英仏等では主権国家が発展した。一方、ドイツは小国群立のため、後進地域となった。神聖ローマ帝国は、死に体ではあったが、形の上ではその後も存続した。フランス市民革命から台頭したナポレオンが帝国の西部・南部諸侯にライン同盟を結成させたため、1806年皇帝フランツ2世は帝国の解散を宣言した。その後も、ハプスブルグ家によるオーストリア帝国は1918年まで存続した。神聖ローマ帝国終焉後のドイツが統一されるのは、1871年、プロイセンが主導する時を待たねばならなかった。
 国家は主権の及ぶ範囲の地域的な組織であり、主権とはその国家の政府が内外に主張する統治権である。この統治権の所有者が、国王から国民に拡大されていく過程で、人権の観念は発達した。その点を見るには、神聖ローマ帝国を中心とした見方から、西欧全体へと視野を広げねばならない。

 次回に続く。
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リフレ派の主張はデータと乖離~藤井聡氏

2014-03-23 08:49:07 | 経済
 私は3月21日の日記で、産経新聞編集委員・田村秀男氏の記事を紹介したが、田村氏はアベノミクスについて独自のデータ分析を行い、過去1年間ではっきりしたのは金融頼みの限界であると見ている。田村氏によると、平成25年の経常収支の黒字額は2年連続で過去最少を更新し、ピークの19年から約8分の1に縮んだ。輸出が伸びない中では、内需を増やすしかないが、昨年の名目成長率1%達成に最も貢献したのは13%増の公共投資である。ところが、頼みの公共工事の伸びは昨年春から秋にかけて目覚ましかったが、年末になって尻すぼみになっている。今後取るべき政策として、田村氏は、アベノミクスの第1の矢「異次元金融緩和」、第2の矢「機動的な財政出動」、第3の矢「成長戦略」を統合し、「日銀が創出する資金のうち100兆円を国土強靱化のための基金とし、インフラ整備に投入すればよい。強靱化目的の建設国債を発行し、民間金融機関経由で日銀が買い上げれば、いわゆる「日銀による赤字国債引き受け」にならずに、財源はただちに確保できる」と提言している。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/406ef1ccec34b9815767e04b19409c8c

 わが国では金融政策だけでデフレを脱却できるとする理論が有力であり、それを裏付けるとするデータが示されている。もとにはバーナンキらによるアメリカ大恐慌の研究かあるのだが、わが国の昭和恐慌に関する限り、金融政策は財政政策と緊密な連携をとってこそ、持続的な効果を発揮しうることが明らかである。金融政策ほぼ一辺倒の理論家の示すデータに問題はないのだろうか。
 京都大学大学院教授の藤井聡氏は、金融緩和によるデフレ脱却を軸に主張する「リフレ派」と呼ばれる浜田宏一氏、原田泰氏、岩田規久男氏三氏が、それぞれ自説を補強するために用いている「理論」や「データ」の妥当性を「検証」するという作業を行った。藤井氏は、デフレ脱却には金融緩和だけでなく大規模な財政出動が必要とし、特に国土強靭化のための公共事業の推進が、デフレ脱却と防災減災に不可欠と主張している学者である。検証の結果は藤井氏が発行するメールマガジンに掲載された。私は、経済評論家の三橋貴明氏のサイトで紹介されているもので知った。
 私は、浜田氏については「アベノミクスの金融政策を指南~浜田宏一氏」、「デフレ脱却の経済学~岩田規久男氏」をサイトに掲げている。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion13t.htm
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion13s.htm
 私は、デフレ脱却には大胆な金融緩和が必要とし、その点では浜田氏や岩田氏を評価するが、金融緩和だけでは不十分であり、大規模な財政出動が不可欠という考えである。財政政策・金融政策を一本化し、政府と日銀が一体となって、デフレ脱却を成し遂げ、日本経済を力強く成長軌道に乗せるべきと考える。
 藤井氏によるリフレ派の主張の検証結果は、注目すべきものである。その大意を掲載する。

 藤井氏によると、浜田氏はマンデル=フレミング(MF)モデルの主張に基づいて、財政政策の有効性は存在しないか、あるいは控えめに考えても限定的だと「明言」していると考えられる。MFモデルは,「財政出動→金利上昇」という因果関係を前提としており、「財政出動→金利上昇」という因果関係が存在していない状況では,適用できない。しかし、「財政出動→金利上昇」という因果関係は、今日の日本のデータを用いて誰もが明らかに示すことはできない。そのため、浜田氏の言説は「事実と乖離」しているという疑義がある。
 原田氏は「1990年代以降、政府支出の増大で景気刺激策を行ってきたときには,金融緩和をしていなかったので,政府支出の効果はほとんどなかった」と断定的に述べている。だが公共事業が名目GDPやデフレータと統計的相関があるのかを検証したところ、「公共事業とGDPとの間に相関が無い」という確率は、91年から97年で0.1%未満しかなく、98年以降でも1%未満しかない。また「公共事業とデフレータとの間に相関が無い」という確率は,91年から97年で10%未満しかなく、98年以降では0.1%未満しかない。
 次に、岩田氏は、著書で金融政策がデフレ脱却の要であることを強調する際、横軸にMB,縦軸に「期待インフレ率」のグラフを引用している。そして「日本のデータに基づくなら,MB→期待インフレ率という因果関係が示される」と断じている。しかし、このグラフは,「2009~2012」の限定的な期間のものであり、デフレ脱却において極めて重要な結論を演繹するためには、より長い期間のデータを用いて検証する方がより科学的に適切だろう。
 この認識の下、より長期間のデータを用いてこれら三氏の主張を確認したところ,岩田氏が取り上げた期間以前においては,三氏の主張は事実と乖離した傾向が見られる、と藤井氏は指摘している。
 藤井氏は、こうした指摘は浜田氏、原田氏、岩田氏が論じた言説が、氏の入手しうる「客観的事実」と「一致しているのか乖離しているのか」を確認(検証)したものであるに過ぎないとし、三氏の主張が正しいのか否か、あるいは藤井氏が指摘した検証が正しいのか否かという論点に立って議論を始めることを求めている。
 大規模な財政出動を伴わない金融緩和によってデフレ脱却が可能という主張は、長期間のデータが示すものとは乖離しているという指摘は、注目されよう。専門家による真摯な議論に期待したいところである。
 以下は、藤井氏の記事の全文。

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●三橋貴明の「新」日本経済新聞

http://www.mitsuhashitakaaki.net/2014/03/11/fujii-80/
三橋貴明公式サイトwww.mitsuhashitakaaki.net

【藤井聡】「エコノミストの言説」の検証

From 藤井聡@京都大学大学院教授

過去数回にわたりまして,本メルマガ誌上にて,明治大学の飯田先生と「政府・民間
の合理性・不合理性」あるいは,「事業効果=フロー効果の意義」等について,大変有意義な討論をさせて頂きました.
(先週ご紹介した当方の「再コメント」は,飯田先生,ならびに関係の皆様方のご好意で,「シノドス」にも掲載頂きました.飯田先生,皆様方,ありがとうございました!)
http://synodos.jp/economy/7322
こうした飯田氏との議論を重ねる間,筆者は,いわゆる「リフレ派」と呼ばれる「金
融緩和によるデフレ脱却」を軸に主張しておられる浜田宏一先生,岩田規久男先生,原田泰先生の三氏が,それぞれ自説を補強するために用いている「理論」や「データ」の妥当性を「検証」する,という作業をいたしました.
その結果の一部は既に,国会やTVの討論番組などでお話して参りましたので....
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22973887
http://www.nicovideo.jp/watch/1393576015
既にご覧になった方も多かろうと思いますが,未だ「文字」には未だ致しておりませ
んでしたので,この場をお借りして,改めて「文字」として記録しておきたいと思い
ます.
なぜなら,万一,そういった影響ある方々の「言説」が「正当でなかった」とするなら,我々はデフレ脱却に失敗し,国土強靱化,財政再建,社会保障の実現,中小企業の再生...といった今日的重大課題のことごとくが失敗してしまう「可能性」が増進してしまうからです.ついてはこうした議論は,一人でも多くの国民が,長期にわたって認識していくことは,極めて重要であると考えられます.
なお,本稿はあくまでも,「検証」だけを目途としたもので,特定の経済政策そのも
のを否定したり,肯定したりすることを企図したものでは無い点については,十二分
にご留意いただきたいと思います.

ではまず,浜田氏が公言した一つの言説の科学的信憑性を検証致しましょう.

(1)浜田氏の言説を検証する
浜田氏は,『アベノミクスとTPPが創る日本』(2013)という一般の諸点で販売さ
れている書籍の中で,下記の様に主張しておられます.
『日本における経済学の間違いは、政治家、官僚、ジャーナリストたちが、古い経済学を学んだ後、そこから新しい知識に更新されていないことにも起因していると思われます。これまで、日本の舵取りを務めてきた人たちは、「不況時のは財政政策しか効かない」という昔のケインズ経済学を教わってきました。もちろんケインズは偉大な経済学者ですが、「不況時には財政政策しか効かない」というのは、固定相場制の時代には正しくても変動相場制では当てはまりません。』
このご主張は,「固定相場制の時代には正しくても変動相場制では当てはまりません」と明言しておられることから,「マンデルフレミングモデル」(MFモデル)というノーベル経済学賞を受賞された先生方がつくったモデルを踏襲しての主張であると考えられます.
つまり,浜田氏は,MFモデルの主張に基づいて,財政政策の有効性は存在しない,あるいは控えめに考えても限定的だと「明言」しておられると考えられます.さて,このMFモデルは,ご案内の方も多かろうと思いますが,「財政出動→金利上昇」という因果関係を前提としています.逆に言うと,「財政出動→金利上昇」という因果関係が存在していない状況では,適用できない,ということになります.
したがって,浜田氏が上記の様に断じたということは,彼は「財政出動→金利上昇」という因果関係が今日の日本において存在するということを「断定」したと解釈可能です.
そうである以上,浜田氏がその存在を「断定」した「財政出動→金利上昇」という因果関係それ自身を,今日の日本のデータを用いて誰もが明らかに示す事ができるはずです.
しかし,残念ながら,そういう再現ができない事が,下記資料のスライド30(/35)に示されています.
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/images/stories/PDF/Fujii/201201-201203/
presentation/20120220fujii_economicgrowth.pdf
(H24年2月22日参議院国民生活・経済・社会保障に関する調査会 藤井聡参考人資
料)
この事はつまり,浜田氏が公衆の面前で断定した言説が「事実と乖離」している疑義を指し示している様に思えます.
(なお,筆者は,物価の変動を加味した「実質金利」に基づいて同様の検証を行いましたが,浜田氏が示唆する傾向は,再現されませんでした.詳細はまた,別の機会にパブリッシュする予定です)

(2)原田氏の言説を検証する
次に,浜田氏と『リフレが日本経済を復活させる』(2013)という書籍を編集しておられる原田泰氏は,WEDGE2014年三月号の原稿で,「1990年代以降,政府支出の増大で景気刺激策を行ってきたときには,金融緩和をしていなかったので,政府支出の効果はほとんどなかった」と,断定的に記述しておられます.
この記述の前半は,「1990年代以降...金融緩和をしていなかった」という主張がありますが,この下りが既に,事実と少々乖離しているように思われます.
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/wp-content/uploads/2014/02/sangiin_h26_
2.pdf
(平成26年2月26参議院国民生活のためのデフレ脱却及び財政再建に関する調査会 藤井聡参考人資料 の下記資料のスライド16(/18)を参照ください.なお,1990~1998年についても,データを確認しましたが,MBはその間に徐々に増加しており,1.38倍になっています).
とは言え,この点は少々マイナーな論点とも言えますので,それは一端さておくとすると,この原田氏の言説で特に重要なのは「1990年代以降....政府支出の効果はほとんどなかった」という部分です.
この点については,様々な検証の仕方がありますが,もっともシンプルな検証方法は,政府支出の増減と,名目GDPやデフレータの増減と相関を確認する方法です.
この点について,政府支出の中でも,とりわけ,この原稿で原田氏が直接言及している「公共事業」に着目し,これが,名目GDPやデフレータと「統計的相関」があるのかを(公共事業の水準として政府系建設投資額を用い,かつ,総輸出額の影響を除去した上で)検証しました.
その結果, 「(原田氏が示唆するように)公共事業とGDPとの間に相関が無い」という確率は,91年から97年で「0.1%未満しかなく」,98年以降でも「1%未満しかない」,という検定結果が得られました.
同様に ,「(原田氏が示唆するように)公共事業とデフレータとの間に相関が無い」という確率は,91年から97年で10%未満しかなく,98年以降では0.1%未満しかない,という結果も得られています.
(※ 詳細は,下記論文の表2,表3をご参照下さい)
http://www.union-services.com/shes/jhes%20data/10_85.pdf
これらのデータはもちろん,原田氏の示唆が完全に事実と「乖離」しているということを「証明」しているものではありません(そもそも,検定には必ず過誤がつきものであることは統計学の常識です)が,それでもなお,「事実と乖離している疑義」の存在を明確に示している事は間違いないように思われます.
(※なお,原田氏の言説の検証としては,下記PDFのスライド5(/10)でもまた別のものを記載しておりますが,分量が関係からここでは割愛し、また別の機会に「活字」にいたしたいと思います)
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/wp-content/uploads/2014/03/channelsakur
a_20140301.pdf

(3)岩田氏の言説を検証する
最後に,上記の原田氏と浜田氏と共に,先に紹介した『リフレが日本経済を復活させる』という書籍を編集しておられる岩田規久男氏の言説を検証いたしたいと思います.
岩田氏は,上記書籍にて金融政策がデフレ脱却の要であることを強調しておられますが,その中で横軸にMB,縦軸に「期待インフレ率」のグラフを引用しています.このグラフは確かに,MBが高い程に「期待インフレ率」が高くなり,MBが低いほどに「期待インフレ率」が低くなる,と「解釈」することが「可能」です.
事実,岩田氏もまた,この「解釈」を採用し,このグラフに対して『MBが半年間増え続けると,その期間の平均的な予想インフレ率は上昇ずることを示している』と断定的に解説しておられます.
つまり岩田氏は「日本のデータに基づくなら,MB→期待インフレ率という因果関係が示される」と断じておられると解釈することが可能かと思われます.
しかし,このグラフは,「2009 ~2012」の限定的な期間のものです.したがって,「MB→期待インフレ率という因果関係」という,デフレ脱却において極めて重要な結論を演繹するためには,より長い期間のデータを用いて検証する方が,より科学的に適切だと言うことができるでしょう.
この認識の下,より長期間のデータを用いて,岩田氏,ならびに,浜田氏,原田氏の主張を確認したところ,岩田氏が取り上げた期間「以前」においては,岩田氏を含むこの三氏の主張とは「乖離」した傾向が見られています.
http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/wp-content/uploads/2014/02/sangiin_h26_
2.pdf
(上記既出資料 スライド17(/18))
例えば,日銀は2006年にMBを大幅に低下させているのですが,それによって予想インフレ率は大きく低下してはいません.これは,岩田氏が主張する「MB→期待インフレ率という因果関係」を確証するものではなく,逆に「反証」するものであると解釈可能です.
・・・・とは言え,この点について,しばしば「MBの変化の影響には常に時間遅れ(タイム・ラグ)があり,したがって,2006年の引き締め策の影響は直ぐには生じない」と言う趣旨の説明が,主としてリフレ政策を擁護される方々からなされて参りました.
しかしもしそうなら,「この2006年の時にはタイムラグは存在するが、2009年のMB増加の時にはそのタイム・ラグが発生しなかった(あるいは,もっと短かった)」という事になります。
(※ 岩田氏の上記書籍に掲載した分析は,明確にタイムラグが存在しない,あるいは半年程度であった事を前提にしたものだったのです.なぜなら,各年次のMBとその年次の期待インフレ率との関係を,長期間のラグを想定せずに分析しておられるからです)
したがって、そうしたアドホック(場当たり的)な説明を採用する場合には、「この説明は、単に場当たり的でも恣意的なものでもない」という事を、理性的な論者なら大方が納得しうる様な格好で、説得的に語る事が必要となる、と言う点は、申し添えておきたいと思います。
....

以上,いかがでしょうか?
もう一度繰り返しますが,以上の指摘は,あくまでも,上記三氏が「論じた言説」が,筆者が入手しうる「客観的事実」と「一致しているのか乖離しているのか」を確認(検証)したものであるに過ぎません.
したがいまして,本記事を起点に始められるべき第一の議論は,「上記に取り上げた三氏の主張が正しいのか否か」あるいは「筆者が指摘した検証が正しいのか否か」という論点からズレるものであっては決してならないものと考えます.
無論,それを起点とした上で,より豊穣な議論を展開することは,素晴らしい事であると考えます。が,残念ながら,この手の議論は,常に「論点のすり替え」が往々にして生ずるものですので、万一に備え,この点についてはここに改めて明記しておきたいと思います(なお,ここで明示的にお名前を明記させて頂いた三氏は,少なくともそうしたすり替えは決してなさらない方々であると筆者が信じております事は,ここに明記すまでも無いことであろうと思います).
いずれにしても,日本国民,日本国家,ひいては日本の歴史そのものにとって今日の「デフレ脱却」は,極めて重大かつ深刻な問題です.ついては,本稿を通して適正な議論が喚起され,自身を含めた様々な専門家と国民一般の(現実の!)「経済」についての理解が適正化され,そしてそれを通してアベノミクスの三本の矢が「適切」な組み合わせで果敢に断行され,実際にデフレ脱却が叶う近未来に繋がります事を,「一学徒」として,心から祈念致したいと思います.
(※ ついてはその認識の下,こうした議論は,一般誌を含めた各種メディア上でさらに展開していきたいと,考えております)

<藤井聡からのお知らせ>
「アベノミクスの金融政策がなぜ有効であると考えられているか.…」といったあたりのお話を中心に、当方と同じく、内閣官房参与の本田悦郎先生にお話を伺っております。ご関心の方はどうぞ!
http://www.youtube.com/watch?v=Qc8n5acPAQA
「経済学」という狭い領域の些末な話はさておき,現代社会のより本質的,大局的な問題にご関心の方は….是非,下記にご参加下さい!
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=236248&userflg=0
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

関連掲示
・拙稿「アベノミクスの金融政策を指南~浜田宏一氏」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion13t.htm
・拙稿「デフレ脱却の経済学~岩田規久男氏」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion13s.htm
コメント (2)

アベノミクスが再び力強さを発揮するには~田村秀男氏

2014-03-21 08:29:32 | 経済
 産経新聞編集委員・田村秀男氏は、独自のデータ分析に基づいて明確な見解を述べる数少ないエコノミストの一人である。1月21日の日記に「アベノミクス始動1年の課題」と題して、田村氏の記事を紹介した。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/6f8061d6bef0e8f38a55b49755220e3b 
 そこで田村氏は「過去1年間ではっきりしたのは金融頼みの限界である」。これからについては、「今後の焦点は『第2の矢』財政出動と『第3の矢』成長戦略だが、いずれも迫力不足だ」と述べた。昨年10~12月期の国内総生産(GDP)の伸び率は大方の予想を大きく下回った。田村氏は2月23日の記事で、「アベノミクスは息切れし始めたのか、それとも再び力強さを発揮できるのか」と問いを発する。平成25年の経常収支の黒字額は2年連続で過去最少を更新し、ピークの19年から約8分の1に縮んだ。原発停止や円安の進行で化石燃料の輸入額が膨らむ一方、肝心の輸出が伸び悩み、貿易収支の赤字から抜け出せないのが最大の要因である。田村氏は「輸出が伸びない中では、内需を増やすしかないが、昨年の名目成長率1%達成に最も貢献したのは13%増の公共投資である」と指摘する。ところが、「頼みの公共工事の伸びは昨年春から秋にかけて目覚ましかったが、年末になって尻すぼみになっている」と言う。
 そして、昨年からのわが国経済の動向を次のように見る。「昨年、消費税増税を渋る安倍首相に踏み切らせようと企んだ財務省は、まずは公共投資の大幅な上積みを認めて、増税の判断基準になる4~6月の成長率をかさ上げし、さらに住宅などの駆け込み需要を演出した。御用学者やメディアを通じて、増税しても景気は大丈夫と思わせるように世論を誘導したのだが、家計消費も民間設備投資も足取りが重い。公共投資の減速とともに経済成長率は失速したというのが真相だ」と。
 この状態で4月から消費増税がされる。その影響などで消費者物価は3%上昇すると見込まれるが、賃上げ率が3%以上にならないと、現役世代は消費水準をさらに落とすしかない。「物価は上がっても需要が大きく減る「スタグフレーション」という最悪の局面になりかねない。その先はデフレ不況の再来だ」と田村氏は危惧する。
 これを避けるには、どうすべきか。田村氏は必要なのは、「大胆なデザイン」だという。アベノミクスの第1の矢「異次元金融緩和」、第2の矢「機動的な財政出動」、第3の矢「成長戦略」は、これまでばらばらに放たれてきた。これらを「統合する、つまり一つにまとめればよい」と提言する。そして「日銀が創出する資金のうち100兆円を国土強靱化のための基金とし、インフラ整備に投入すればよい。強靱化目的の建設国債を発行し、民間金融機関経由で日銀が買い上げれば、いわゆる「日銀による赤字国債引き受け」にならずに、財源はただちに確保できる」と述べている。
 以下は記事の全文。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●産経新聞 平成26年2月23日

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140223/fnc14022308280005-n1.htm

【日曜経済講座】
アベノミクスは息切れなのか 編集委員・田村秀男 
2014.2.23 08:25

矢を統合し成長軌道固めよ

 昨年10~12月期の国内総生産(GDP)伸び率が大方の予想を大きく下回った。ルー米財務長官は20カ国・地域(G20)宛ての書簡で、「日本の内需見通しに雲が垂れ込めている」と指摘した(本紙20日付)。安倍晋三首相による経済政策「アベノミクス」は息切れし始めたのか、それとも再び力強さを発揮できるのか。
 経済は消費、投資と輸出の総体であり、経済成長の度合いはこれらの増加分で決まる。輸出が伸びない中では、内需を増やすしかないが、昨年の名目成長率1%達成に最も貢献したのは13%増の公共投資である。



 公共投資の今後を左右する公共工事の受注、民間の設備投資意欲を示す機械受注と家計の消費水準動向を前年同期比で追ったのがグラフである。機械受注は昨年後半に盛り上がりかけたが、ここにきて失速し始めた。内閣府の見通しではこの1~3月期は10~12月期を下回る。家計消費は秋以降、前年よりマイナスという具合である。頼みの公共工事の伸びは昨年春から秋にかけて目覚ましかったが、年末になって尻すぼみになっている。
 筆者には最近、米欧の投資家グループから問い合わせが入る。中国バブル崩壊不安も重なっているので、アベノミクスの今後について世界の誰もが気にし始めたのだ。
 内需の動向を複雑にしているのは4月からの消費税増税である。増税前の駆け込み需要で住宅や自動車の売れ行きは好調だが、大半は需要の先食いであり、4月以降は反動減に転じる。
 昨年、消費税増税を渋る安倍首相に踏み切らせようと企んだ財務省は、まずは公共投資の大幅な上積みを認めて、増税の判断基準になる4~6月の成長率をかさ上げし、さらに住宅などの駆け込み需要を演出した。御用学者やメディアを通じて、増税しても景気は大丈夫と思わせるように世論を誘導したのだが、家計消費も民間設備投資も足取りが重い。公共投資の減速とともに経済成長率は失速したというのが真相だ。
 来年度は増税で8・1兆円の所得が政府に吸い上げられる。これに公的年金給付削減1兆円、さらに公共投資は補正予算を合わせた15カ月ベースで1・3兆円減るので、総額で10・4兆円の緊縮財政となり、GDPの2%分以上が消える。消費税増税の影響などで消費者物価は3%上昇すると見込まれるが、賃上げ率が3%以上にならないと、現役世代は消費水準をさらに落とすしかない。物価は上がっても需要が大きく減る「スタグフレーション」という最悪の局面になりかねない。その先はデフレ不況の再来だ。
 どうすべきか。必要なのは、大胆なデザインではないだろうか。突拍子もない政策に踏み切れ、というわけではない。アベノミクス第1の矢である「異次元金融緩和」、第2の矢「機動的な財政出動」、第3の矢「成長戦略」を統合する、つまり一つにまとめればよい。これまではそれぞれの矢をばらばらに放ってきたし、成長戦略に至っては実際にどの程度まで経済成長につながるか不確かな政策だらけだ。
 日銀は昨年、資金供給量(マネタリーベース)を61兆円増やしたが、そのうち59兆円は民間金融機関の日銀当座預金に留め置かれたままだ。銀行貸し出しは多少、増えているが、海外向け債権増加額のほうがはるかに多い。日銀がお札を刷るだけではGDPを押し上げられない、というのが過去1年間の教訓だ。
 日銀にはまだまだカネを刷る用意があるし、その余力も十分ある。問題はその生かし方だ。公共投資が内需拡大に絶大な効果を上げていることは前述した通りだ。日銀が創出する資金のうち100兆円を国土強靱(きょうじん)化のための基金とし、インフラ整備に投入すればよい。強靱化目的の建設国債を発行し、民間金融機関経由で日銀が買い上げれば、いわゆる「日銀による赤字国債引き受け」にならずに、財源はただちに確保できる。
 大事なのは実行プログラムだが、成立済みの国土強靱化法は地方の再生など、成長戦略と考え方は共通している。強靱化はコンクリートと人の両方がそろわないと不可能だ。若者ら現役世代が不在なら、インフラは生かせないし、維持できない。人は地域経済が成長しないと集まらない。だからこそ成長戦略が鍵になる。「特区」「規制緩和」「減税」などは地方経済の活性化に結びついてこそ、導入する価値がある。今のアベノミクスに欠けているのは矢の数ではなく、その構想力なのである。
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クリミアの次は尖閣ーー中露の連携を警戒すべし

2014-03-20 08:53:28 | 国際関係
 ロシアがクリミア自治共和国の併合を決め、併合条約に調印した。冷戦が終焉し、ソ連が解体して後、旧ソ連圏で初めて、現状変更となる歴史的な事件である。クリミア併合は旧ソ連圏でドミノ現象を引き起こす恐れがある。周辺諸国はロシアの介入や親露派地域がロシアへの編入を求める動きを警戒している。
 ロシアのクリミア併合は、わが国にとって「対岸の火事」ではない。3月17日の日記に私は次のように書いた。
 「米欧のロシアへの制裁が不調に終わり、クリミア併合が行われたならば、中国はロシアの支持または黙認を確保して、尖閣諸島侵攻作戦を強行する可能性がある」と。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20140317
 だが、わが国ではこうした見方をする有識者は、まだ少ないようである。
 これに比し、欧米のメディアには、私の見方と似た見方が出てきている。産経新聞3月18日号の「日々是世界」は、「欧米メディアはオバマ政権の今後のかじ取り次第では、ロシアだけでなく、尖閣諸島を虎視眈々と狙う中国を勢いづけかねないと警鐘を鳴らしている」として、欧米メディアの記事を紹介した。長文だが、主要部分を引用する。

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 「(今回の米国の対露戦略は)いつの日にか起こりうる中国との、より大規模な衝突のテストケースになるだろう」
 英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のギデオン・ラックマン記者は11日付の解説記事で、米国の対応にはプーチン政権だけでなく、中国指導部も固唾をのんで見守っていると指摘した。
 ラックマン氏は21世紀の世界では「最も危険なライバルが、そのまま重要な貿易相手になる」と指摘し、軍事的な「力の誇示」が最大の武器だった冷戦当時と現代では事情が異なると述べ、経済制裁を優先するオバマ政権に一定の理解を示す。
 それでも、これ以上、オバマ政権が手をこまねいていれば、プーチン露政権の増長を許し、ロシアによる現状変更が既成事実になりかねない。
 尖閣諸島や南シナ海への影響も必至だ。オバマ政権は「力による現状変更は認めない」と繰り返しているが、すでに中国は防空識別圏の設定で一方的に現状を変更している。軍事力を背景にした隣国への圧力に米国が何ら手を打たないことがクリミア情勢で明確となれば、中国が“次の一手”を打ってくる可能性は増してくる。
 尖閣諸島はクリミア半島と異なり、日米安保条約第5条の適用範囲であり、米国に防衛義務が生じるが、それでもラックマン氏は、クリミアでさえ手をこまねくオバマ政権が、米国にとっては「地球の裏側の無人の岩」を守るため、本当に中国と対峙するのだろうかと指摘。世界第2位の経済大国で、米国債の保有高では世界最大の中国に対し、返り血を浴びることも恐れずに経済制裁を発動できるのかとも問いかけた。
 保守系の米シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ政策研究所」のマイケル・オースリン日本部長は、さらに強硬だ。
 5日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルで、プーチン政権への強力な対抗策を見いだせずに「減少するばかりの米国の信頼性は(中露の)攻撃的な日和見主義を扇動する」と指摘。尖閣諸島やスプラトリー(南沙)諸島で軍事プレゼンスを引き上げなければ、中国の威圧に日本や他国は抵抗しきれなくなると警告する。
 ジョンズ・ホプキンズ大のエリオット・コーエン教授も米紙ワシントン・ポストへの寄稿で、「ロシアが罰を受けずに(クリミア自治共和国を)引きはがすことができれば、中国が尖閣で同じことをできないはずはない」と考えるだろうと指摘した。
 ワシントン・ポストの3日付社説も習近平政権が尖閣諸島をめぐり、日本に「砲艦外交」を仕掛けていると指摘し、バラク・オバマ大統領に中露の「不品行の責任はないが、彼らが行動を起こす前に代償と対価を考慮させる仕組みを構築するため、主導的な役割を果たせるだろう」として、より積極的に圧力を加え、中露を封じ込める重要性を強調している。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140318/amr14031809060002-n1.htm
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  「日々是世界」は、このように欧米メディアの記事を紹介したうえで「クリミア半島の緊張を伝える欧米メディアの論説記事では、ロシアの行動に覇権主義をむき出しにする中国を重ね、米国に対応を迫るケースが多いのが特色。中露の覇権主義への警戒感は強まる一方だ」と結んでいる。
 紹介された記事の論調は、わが国のメディアの多くの論調よりも、クリミア問題が今後の中国の行動に影響を与えることを強く警戒している。世界全体で尖閣諸島が次の焦点として具体的に論じられている。クリミアの次は尖閣なのである。
 フィナンシャル・タイムズのラックマン記者は、「世界第2位の経済大国で、米国債の保有高では世界最大の中国に対し、返り血を浴びることも恐れずに経済制裁を発動できるのか」と書いているが、こうした経済的な観点も重要である。冷戦時代と違い、世界経済はグローバル化が進み、欧米とロシアの間でも経済的利害が複雑に絡み合っている。ロシアに経済制裁を行っても、巡り巡って、制裁する側も損害を受ける。そこに、グローバル化した世界において、領土拡張を目指す地域覇権主義に対抗するうえでの難しさがある。中国は、クリミア問題に対する欧米の経済制裁とその効果を見て、当然今後の軍事行動の参考にするだろう。中国は、ロシアより世界経済への影響力は、はるかに大きい。とりわけ米国は、米国債の多くを中国に依存している。中国が東シナ海で領有権拡大のための軍事行動を起こした場合、米国はどこまで対中経済制裁を行うことができるのかーー欧米のメディアには疑問の声が挙がっている。
 私は、だからこそ、尖閣侵攻を未然に防ぐための軍事的な抑止力の強化が必要だと考える。軍事力に対して経済制裁で対抗するには限度がある。まして軍事行動がなされた後に、経済制裁をしても、原状回復は難しい。軍事力に対しては軍事力で対抗して、その行使を抑止するのが良策である。尖閣諸島の場合、防衛上の問題はわが国にある。現行憲法第9条とその政府解釈が、わが国の防衛力を縛っており、これを改め、まず集団的自衛権を行使できるようにし、日米安保条約第5条を真に実効あるものにしなければならない。
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どうした安倍首相。「河野談話見直しせず」と明言

2014-03-18 08:47:04 | 慰安婦
 私は3月7日の日記に「政府は韓国のけん制に屈せず、河野談話の検証を進めよ」と書いた。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20140307
 その時点では、安倍首相は「時機を逸せずに、議論を真剣にやる必要がある」と述べ、談話の検証に意欲を示したと伝えられ、菅官房長官も朴大統領が河野談話の検証を批判していることについて、「検証は必要だ」と反論するなど、積極的な姿勢が感じられた。
 ところが、その後、姿勢に変化が出てきている。菅官房長官は、3月10日の記者会見で、河野談話の見直しはしないものの、談話の成立過程に関する検証は「きちんと行っていく」と述べた。検証はするが、それがどういう結果であれ、談話は見直さないというのは、非常におかしな態度である。
 官房長官に続いて、安倍首相は14日の参院予算委員会で、河野談話について「安倍内閣で見直すことは考えていない」と明言した。官房長官による談話見直し否定を、首相が確定したことになる。これは、国民に対して、不誠実な態度である。
 政府は検証の結果をもとに、談話を見直すかどうかを検討すべきである。見直さないことを前提として、検証を行うというのであれば、国民の批判をかわすために、形式的に行うだけとも受け取れる。それでは、最初から客観的かつ厳正な検証が行われるどうか疑わしい。安倍首相は、「談話の評価については、検証の結果を見て判断する」とか「厳正な検証をすることなく、談話の見直しをすることはない」などと答えておけばよかったのである。
 わが国の政府は、安倍首相のもと、慰安婦問題について迷走を始めている。これは、韓国のけん制だけでなく、日韓関係を憂慮する米国政府の圧力によるものだろう。北朝鮮情勢や中国の軍事的な動向等の国際環境が影響しているものと思われる。だが、河野談話が深刻化させた慰安婦問題は、一時的な国際間の駆け引きで済ませるべき事柄ではない。慰安婦問題によって、日本人の名誉は深く傷ついた。このままでは、失われた日本人の誇りは永遠に回復することができない。私は、安倍首相に強く再考を求めたい。
 以下は関連する報道記事。

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●産経新聞 平成26年3月14日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140314/plc14031412340009-n1.htm
河野談話「見直し考えていない」首相が明言 「歴史問題を政治・外交問題化すべきでない」
2014.3.14 12:31

 安倍晋三首相は14日午前の参院予算委員会で、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の「河野洋平官房長官談話」について「安倍内閣で見直すことは考えていない」と明言した。すでに菅義偉官房長官が記者会見で談話見直しを否定しており、首相が改めて強調した格好だ。自民党の有村治子氏への答弁。
 首相は「政治家、特に行政のトップにあるものは歴史に謙虚でなければならない」と説明。その上で、慰安婦問題に関し「筆舌に尽くし難い、つらい思いをされた方々のことを思い、非常に心が痛む」と語った。
 過去の「植民地支配と侵略」への「心からのおわびの気持ち」などを表明した7年の「村山富市首相談話」にも触れ、「歴史認識については歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」と言明。さらに「歴史問題は政治・外交問題化されるべきものではない。歴史の研究は有識者や専門家の手に委ねるべきだ」との考えも示した。
 一方、菅氏は河野談話の作成経緯の検証に関し、韓国側とのすり合わせについて「談話作成過程の実態を把握することが必要だ。しかるべき形で明らかにすべきだ」と重ねて言及した。
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クリミア問題と日中関係~宮家邦彦氏と北野幸伯氏

2014-03-17 08:50:52 | 国際関係
 3月16日ウクライナのクリミア自治共和国では予定通り、住民投票が実施された。ロシア系住民が過半数を占める地域ゆえ、ロシアへの編入が決定されるのは確実である。クリミア自治共和国はロシア編入を公式に要請するだろう。これに対し、ロシアが迅速に併合を実現するのか、またはクリミアの独立を承認したうえで実効支配を継続するのか、が注目される。

 住民投票の前の段階で、元外交官でキヤノングローバル戦略研究所研究主幹の宮家邦彦氏は、クリミア問題について、3月13日号の産経新聞で見解を述べた。
 宮家氏は、その記事で最初に元クリントン政権高官の意見を紹介している。その元高官の見方は、次の通りである。
  「今回のクリミア侵攻は、衰退するロシアの苦し紛れの反撃というよりも、1994年に出来上がった冷戦後欧州の基本的枠組みに対するあからさまな挑戦と見るべきだ。こうしたプーチンの行動は『現実離れした妄想』などではなく、むしろロシア民族主義に基づき周到かつ戦略的に計画・準備されたものだ。プーチンは西側とチェス・ゲームを戦っているのであり、欧米諸国はこの事件を契機に対ロシア政策を根本的に再考する必要があるだろう」。
 続いて宮家氏は、この分析が正しいとすれば、「当然東アジア諸国も従来の政策を戦略的・地政学的見地から見直す必要がある」として、自らの見解を述べている。
 「オバマ政権が打ち出したアジア『リバランス』政策の前提は『欧州は平和、中東での戦争は終了、だからアジアを重視』というものだった。しかし、今や欧州が緊張し、中東も不安定化必至となれば、当然アジア重視政策へのインパクトも不可避となる。特に、ウクライナ問題に関する米国の対応次第では、中国に誤ったシグナルを送ることにもなりかねない。
 具体的には、米国の対応が不十分ならロシアのクリミア併合は黙認され、中国の人民解放軍は東アジアでも『力による現状変更』が可能と誤解する可能性がある。逆に、米国がロシアをクリミアから放逐すれば、新たな現状を維持するため欧州への追加的関与が必要となるので、人民解放軍は『米のアジア重視政策は終わった』と誤解するかもしれない。
 さらに日本にとって注意すべきは、ウクライナ問題を解決して欧州方面の戦略的安定を確保しない限り、ロシアは極東での中国の潜在的脅威を実感しそうもない、というジレンマがあることだ。逆に言えば、ウクライナがロシアへの反抗を続ける限り、中国は対ロシア関係を懸念する必要がないということでもある。この点でも、日本と欧米は微妙な戦略的相反関係にある。
クリミアは日本にとって対岸の火事どころか、欧州・中東・東アジアの将来を左右する戦略的問題だ。この機会に日本は改めてユーラシア大陸を地政学的に見直すべきではないだろうか」と。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140313/erp14031314250005-n1.htm
 宮家氏は、クリミア問題は日本にとって「対岸の火事」どころか、東アジアの将来をも左右する戦略的問題だとし、米国の出方によっては中国の人民解放軍が東アジアでも「力による現状変更」が可能と誤解したり、「米のアジア重視政策は終わった」と誤解するかもしれないと述べている。これは、ウクライナへの力による介入を許せば、中国も東アジアで同様の行動を取る可能性があると見るもので、クリミア問題は日本にとっても重大な問題であると主張している。

 モスクワ在住の国際関係アナリスト、北野幸伯(きたの・よしのり)氏は、週プレNEWSのインタビューに答え、宮家氏より、さらに差し迫った情勢分析を語っている。まず、北野氏は「欧米は、今回のロシアの軍事介入にどう対抗するか」という質問に対して、次のように答える。
 「米軍やNATO軍がロシア軍と戦う可能性は低いでしょう。NATOには、『加盟国が攻撃された時は、共同で戦う』という規定があるからです。しかし、ウクライナはまだNATO加盟国ではないので、欧米がロシアと戦う法的根拠はありません。欧米は当面、経済制裁で対抗するしかないでしょう。しかし困るのは、ウクライナ新政権です。自国領クリミアが、住民投票でロシアに編入されてしまう。これを黙認すれば、ウクライナ国民は激怒するでしょう。再びクーデターが起き、過激な民族主義者が政権を奪う可能性も出てきます。そのとき、米軍・NATO軍の支援なしに単独で戦っても、圧倒的な軍事力のロシア軍に勝てるはずがありません。新政権は、『戦わなくても地獄』『戦っても地獄』という、きわめて厳しい立場に立たされるでしょう」と。
 そして、「では、日本は国際的にどういう立場を取るべきか」という質問に対して、次のように答えている。
 「全然関係ない話に聞こえるかもしれませんが、日本が現在抱える最大の問題は、中国です。具体的には、『中国は、日本と戦争になっても尖閣を奪う強い意志を示していること』です。産経新聞2月23日付は、ダボス会議で中国の代表が、『多くの中国人は、尖閣諸島への侵攻で軍事的な優位を見せつけ、島を完全に支配できると信じている』『日米の軍事的対処で事態が大きな戦争につながっても、さほどひどいこととは思わない』と発言。他国を仰天させた、と報じています。
 今は日中戦争前夜、という視点からみると、日本にとって最も重要なのは、もちろん軍事同盟国アメリカとの関係です。仮に日中戦争が起きても、日米対中国であれば圧勝できるからです。しかし、安倍内閣はここ一年で、日米関係をかなり悪化させてしまいました。では、アメリカのロシア制裁を、諸手を挙げて支持すればいいのかというと、そう単純ではありません。日本にとって、ロシアも重要な国だからです。ひとつは、北方領土問題。もうひとつは、エネルギー。原発停止で、電気料気の高騰、貿易赤字の恒常化などが問題になっていますが、ロシアは、日本に液化天然ガスを安く売る意向を示しています。
 しかし、最重要なのは、これも中国がらみです。日中戦争が起こった時、ロシアは最低でも中立でいてもらわなければなりません。中ロが一体化して日本を攻撃すれば、アメリカは日本を支えきれなくなるかもしれない。もしアメリカが日本を助けなければ、完全敗北は間違いありません。
というわけで、日本は、アメリカとロシア、両国となんとか仲良くしなければならないのです。具体的には、上の“ロシアとの関係を壊せない3つの理由”をアメリカに説明し、対ロ制裁には加わらない。しかし、ウクライナ問題がひと段落したら、アメリカの求める集団的自衛権行使にむけた政策を進め、日米関係修復に全力を注ぐべきです。
 ともあれ、日本政府は、今は日中戦争前夜であることを肝に銘じ、何か行動する際には、『これは、日米、日ロ関係を改善するか? 悪化させるか?』と熟考しなければなりません。軽率な言動はくれぐれも慎むべきです」と。
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/03/11/25846/

 宮家氏は、ウクライナへの力による介入を許せば、中国も東アジアで同様の行動を取る可能性があり、クリミア問題は日本にとっても重大な問題であると主張するが、中国の対日軍事行動を近い将来の切迫した可能性とまでは見ていない。これに比べ、北野氏は、「今は日中戦争前夜」と認識し、その観点からクリミア問題を捉え、わが国がどのような対米政策・対露政策を取るべきかを論じている。
 このたび行われたクリミアの住民投票に先立ち、3月15日国連安保理は、住民投票は無効とする米国起草の決議案を採択し、13か国が賛成したものの、ロシアの拒否権発動で廃案となった。決議案は武力の行使や脅しによる領土獲得は違法とし、「ウクライナの主権、独立と領土の一体性」を再確認するものだった。中国は棄権した。これは、中国が新疆ウイグル自治区等の民族問題や台湾との関係があり、主権や領土の一体性を否定することのできない事情にあるためと見られる。
 わが国としては、ロシアに連動した中国の動きが警戒される。ロシアのクリミア編入に対し、米欧は対露経済制裁を行えば、中国はその効果を打ち消す動きをするだろう。米欧のロシアへの制裁が不調に終わり、クリミア併合が行われたならば、中国はロシアの支持または黙認を確保して、尖閣諸島侵攻作戦を強行する可能性がある。こうした中露の連携が行われるかもしれない。わが国は唯一の同盟国である米国との同盟を強化し、領土と国益を守らねばならない。


関連掲示
・拙稿「ロシアがウクライナのクリミア半島を軍事制圧」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12.htm
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