ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

主権の全面回復には憲法改正が必須

2013-04-30 09:52:28 | 憲法
 4月28日、東京・憲政記念館で、政府主催による「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」が、天皇、皇后両陛下ご臨席のもとで開催された。
 安倍晋三首相は「きょうを一つの大切な節目とし、これまでたどった足跡に思いを致しながら、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」と述べた。沖縄の本土復帰が遅れたことにも言及し、「沖縄が経てきた辛苦に、深く思いを寄せる努力をすべきだ」と呼びかけた。
 多くのマスメディアは、日本国の国家主権の回復を記念する日の重要性を伝えるよりも、沖縄で反対運動があることを強調して報じた。確かに、沖縄県の仲井真弘多知事は式典に欠席し、高良倉吉副知事が代理出席した。沖縄では、野党系県議らがこの日を「屈辱の日」とし、式典に抗議する集会を開いた。だが、沖縄には「4月28日は沖縄にとっても大切な日。この日があるから昭和47年に祖国復帰できた」「屈辱の日ではない」という声もある。
 そもそも昭和27年4月28日に、サンフランシスコ講和条約の発効をもって、わが国が国家主権を回復した時、沖縄、奄美大島、小笠原諸島が米国の施政権下に置かれ、返還されなかったのは、米国の政策による。また、この時、旧ソ連に軍事占領されていた北方領土は、不況占拠されたままになっていた。そういう国際関係の中で考えずに、本土と沖縄の対立という国内的な視点で見るのは、視野が狭隘である。重要なことは、
 昭和27年4月28日に回復したのは、主権の全部ではなく、一部であり、わが国は引き続き主権の全面的回復に努めなければならない課題を持って、国際社会に復帰したことをしっかり認識することである。
 沖縄、奄美、小笠原は、日本国政府の粘り強い交渉にもって、米国から返還された。だが、北方領土については、現ロシアの間でも未解決である。安倍首相はこの度、ロシアを訪問し、プーチン大統領と首脳外交を行い、領土問題解決に強い意欲を見せている。沖縄県民が主権回復の日について政府に意見・要望を出すのであれば、北方領土についても言及すべきである。
 主権と領土の問題は、憲法の問題に帰結する。わが国は、占領下にGHQ製が英文で起草した憲法案を押し付けられ、それをもとに制定した憲法をいまも押し頂いている。
 現行憲法は、主権を構成する重要要素である国防に規制をかけており、主権を制限した憲法である。この憲法の改正無くして、わが国の真の主権回復はない。安倍首相は、憲法改正を今夏の参院選の争点に掲げる。選挙の結果、改憲派が3分の2以上になれば、まずは96条の改正要件の緩和の是非を国民投票で国民が決することになるだろう。
 自民党は、昨年4月、主権回復60年の年に、衆院選政権公約原案で「日本の再起のための7つの柱」を打ち立て、その第一に憲法改正を掲げた。自民党による憲法改正案の主な特徴は、次の通り。

①前文にわが国の歴史・文化・国柄を記載する。
②天皇を「元首」と位置付ける。
③国旗国歌は「表象」と明記し、尊重規定を盛り込む。
④元号に関する規定を盛り込み、皇位継承の時と明記する。
⑤戦争放棄については維持するが、自衛隊を「自衛軍」と位置づける。
⑥「自衛軍」の役割に領土領海領空の保全を加える。
⑦自然権としての自衛権を明文化する。
⑧家族の尊重規定を盛り込む。
⑨武力攻撃や大規模自然災害に対処する緊急事態条項を設ける。
⑩外国人参政権を容認せず、選挙権については日本国籍を有する成人として「国籍条項」を設ける。
⑪憲法改正の発議要件は、衆参各議院の3分の2以上から「2分の1以上」に緩和し。改正は国民投票により、有効投票の過半数をもって行うとする。
⑫国民の憲法尊重を規定する。

 私は、平成18年に「日本再建のための新憲法――ほそかわ私案」を公表し、マイサイトに掲載している。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08h.htm
 18年当時の自民党の憲法案は非常に内容が弱かった。24年版の改正原案の上記12点のうち、入っていたのは、①前文、⑤自衛軍、⑪改正要件の緩和の3項目のみだった。私は、あまりのお粗末さに落胆したものである。それで、もっとしっかりした憲法を作るべきだと考えて、ほそかわ私案を作った。さきほどの12点はみなこの私案に入っていたから、24年版の自民党案は、ほそかわ私案に大きく近づいたわけで、自民党がだいぶまともになってきていることの証だろう。だが、まだ足りない。
 自民党が憲法改正案を発表した後、他の政党も憲法改正に意欲を見せているが、しっかりした条文案を提示できているものはない。そうしたなか、産経新聞社は、本年4月26日「国民の憲法」要綱を発表した。要綱という名称ではあるが、12章に章立てされた117条の条文案が提示されている。自民党案以来の本格的な憲法改正案といえる。新聞社によるものとしては、読売新聞社の新憲法案に続くものである。
 産経版「国民の憲法」要綱は、有識者5名を起草委員会のメンバーとする田久保忠衛杏林大学名誉教授(委員長)、佐瀬昌盛防衛大学校名誉教授、西修駒沢大学名誉教授、大原康男国学院大学大学院客員教授、百地章日本大学教授の各氏である起草委員会によ立案の過程は、随時紙面に掲載されてきた。
「国民の憲法」要綱は、12の特徴を掲げている。ほそかわ私案と基本的な考え方に共通する点が多い。

①日本は立憲君主国と国柄を明記
②前文では独立自存の道義国家を謳う
③天皇は元首で国の永続性の象徴
④皇位継承は男系子孫に限る
⑤領土、主権、国旗・国歌を規定
⑥国の安全、独立を守る軍を保持
⑦国家の緊急事態条項を新設
⑧家族の尊重規定を新設
⑨国民は国を守る義務を負う
⑩参議院を特色ある良識の府に
⑪地方自治体に国との協力を明記
⑫憲法裁判を迅速化させる

 条文の検討は、これから行うこととして、まずは、新憲法案の提示に歓迎の意を表したい。日本国民は、各種憲法改正案を自ら読み、各所で議論を起こし、日本人の手による憲法を作り上げるための運動を盛り上げていこう。
 以下は関連する報道記事。

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●産経新聞 平成25年4月26日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130426/plc13042605010009-n1.htm
本紙「国民の憲法」要綱を発表 「独立自存の道義国家」
2013.4.26 05:00

 産経新聞は創刊80周年と「正論」40周年の記念事業として進めてきた「国民の憲法」要綱をまとめ26日、発表した。わが国にふさわしい「新憲法」として国柄を明記、前文で国づくりの目標を「独立自存の道義国家」と掲げた。平和を維持する国防の軍保持や「国を守る義務」、緊急事態条項を新たに設けた。「国難」に対応できない現行憲法の致命的欠陥を踏まえ「国民の憲法」要綱は危機に対処でき「国家の羅針盤」となるよう目指した。

■12章117条、「天皇は元首」「軍を保持」明記
 「国民の憲法」要綱は昨年3月からの起草委員会の27回に及ぶ議論を経てまとめた。国家や憲法とは何かなどから議論は始まり、現行憲法の不備を正しつつ堅持すべき事柄も精査した。
 「国民の憲法」要綱は、前文のあと、「天皇」「国の構成」「国防」と続き、12章117条で構成する。
 まず、わが国が天皇を戴(いただ)く立憲君主国という国柄を第1条で定めた。現在の「国民統合の象徴」に加えて天皇は「国の永続性の象徴」でもあるとした。たびたび議論があった天皇の法的地位も国の代表者である「元首」と明記。皇位も「皇統に属する男系の子孫」が継承するとした。
 前文ではわが国の文化、文明の独自性や国際協調を通じて重要な役割を果たす覚悟などを盛り込んだ。連合国軍総司令部(GHQ)の「押しつけ」とされる現行憲法で、特に前文は「翻訳調の悪文」「非現実的な内容」「日本の国柄を反映していない」といった批判があった。憲法は国民に大局的指針を示す格調ある法典でもあるべきだとして、全面的に見直した。
 「国民」「領土」「主権」や国旗・国歌について第二章「国の構成」で新たに規定した。国民主権を堅持し、国家に主権があることも明確にした。主権や独立などが脅かされた場合の国の責務も明らかにした。
 現行憲法で「戦争の放棄」だった章は第三章「国防」と改めた。国際平和を希求し、紛争の平和的解決に努めつつも、独立や安全確保、国民の保護と国際平和に積極貢献できるよう軍保持を明記。国家の緊急事態条項では、不測の事態下での私権制限が可能とした。
 国民の権利、義務の章では、家族の尊重規定や国を守る義務を新設。権利と義務の均衡を図りつつ環境権や人格権など新しい権利を積極的に取り入れた。
 国会では参議院を「特色ある良識の府」にすべく諸改革を提言。内閣では首相の指導力を強化するよう条文を見直した。憲法判断が迅速化するよう最高裁判所への専門部署の設置を提言したほか、地方自治の章では、地域に主権があるかのような主張を否定した。
 要綱の提言を通じ本紙は国民の憲法改正への論議が豊かで実りあるものとなるよう期待している。

■独立自存 他の力に頼ることなく、自らの力で生存を確保することをいう。哲学者、西田幾多郎も著書「善の研究」で独立自存の重要性を説いている。

●要綱全文と解説
http://sankei.jp.msn.com/pdf/2013/04/kenpou0426.pdf


【産経新聞「国民の憲法」要綱】
Q&A 日本の国柄とは? 国民と国家、憲法との関係は?
2013.4.26 09:39

 国家再生に向けて産経新聞社が提起した「国民の憲法」要綱の特色は何か。主な特色や論点をQ&A形式でまとめた。

◆国家・国民は運命共同体

Q 国民と国家、憲法との関係をどう考えたのか
A 憲法学界だけでなく、メディアの多くが「国家権力を規制するのが憲法」と強調する。国家と国民とを対峙(たいじ)する関係でみれば、誤りではないが一面的な見方と考えた。国家と国民は、よりよき国づくりを目標に、ともに力を合わせる、一体の関係でもあるからだ。
 憲法を考える際、もうひとつ念頭に置いたイメージがあった。それは、過去から受け継いだ独自の文化や伝統といった歴史のうえに今を生きる国民が立ち、支え合いながら家族や地域社会を築き、それが地方自治体、国家へと広がっていく家のようなイメージだ。憲法とは、国家・国民が独立を守り、未来へと進んでいく時間的な縦軸と、国際社会との協調や自然環境との共生を目指す空間的な横軸を持つ「運命共同体」のような家である。

◆わが国の特徴を骨格に規定

Q なぜ憲法に国柄を書くのか
A 人に人柄があるように国にも国柄がある。国柄とはその国を特徴付ける成り立ちや不易な価値や伝統を指す。憲法に国柄を盛り込むことは、国の骨格を規定する意味を持つ。
 ところが現行憲法にはどこにもそうした国柄の記述がない。重大な欠陥だ。現行憲法はさまざまな価値観をもたらしたが、今日、問題となっている国家観の喪失は現行憲法と無縁ではない。私たちは、ここを正すには国柄を明記することが不可欠だと考えた。

Q 日本の国柄とはどういうものか
A わが国は歴史的に、天皇を戴(いただ)く国家だった。貴族や武士による統治など政治形態はさまざまに変わったが、天皇が権威として君臨することだけは変わらなかった。
 欧州の王室や中国の皇帝と天皇とは決定的に異なる点がある。それは天皇は有史以来、民とともにあって、わが国と民の安寧や繁栄を脈々と祈り続ける、世界に類のない「ご存在」で敬慕の対象でもあったことだ。
 時が流れ、人は変わり、政治形態が変わっても、日本が日本である限り、こうした国柄はいつまでも変わってはならないと信じる。私たちの責任は、先人から受け継いだ歴史ある国柄を未来に引き継いでいくことである。私たちは、前文や第1条に、こうした思いを込めた。

◆天皇の地位明示し混乱解消

Q 天皇の地位を象徴かつ元首としたのはなぜか
A 天皇を「象徴にすぎない」という意味で象徴という言葉を使う場面がある。私たちは、これは問題だと考えた。
 だが、象徴とはそもそも、英国の思想家、ウォルター・バジョットの「英国憲法論」に語源がある言葉だ。バジョットは権力者としてではなく、権威的な存在として象徴という言葉を使っている。
 「象徴」という言葉自体を権威や国民精神のよりどころという意味合いで用いれば、むしろ天皇の本質にも合致し、歴史的な国柄に適(かな)った表現だと考えた。
 「象徴」という言葉が国民に受け入れられていることも重視した。憲法で「象徴」という言葉を採用する国も出てきており、象徴という規定は維持した。
 また、どんな組織、団体にも代表者が必要だ。そうでないと自らが困るだけでなく、相手にも迷惑がかかる。国も同様で、君主国なら君主が、共和国なら大統領などが元首にあたる。元首とは「the head of state」の訳語で、その国を代表する人を指す言葉だ。
 現行憲法下でも政府見解では日本は立憲君主国で天皇は元首だ。しかし、憲法条文にそういう規定がなく、そのため憲法学者の中には日本は共和制だとする主張まであった。
 こうした混乱を避けるために「国民の憲法」要綱では天皇の法的地位を元首と明記することにした。

Q 領土や国旗・国歌をなぜ盛り込んだのか
A 現行憲法に「国民」の規定はあるが、領土や国旗・国歌、国家の主権について規定がない。国家を構成する要素を何も説明していないのだ。
 例えば、現在のフランス憲法には「共和国の紋章は、青、白、赤の三色旗とする」「国歌はラ・マルセイエーズとする」とある。中国やポーランドなど、国旗や国歌を憲法で明記する国は多い。領土も「大韓民国の領土は、韓半島およびその付属島嶼(とうしょ)とする」と規定した韓国の例がある。
 憲法とは対外的にその国の形を示すもので、領土や国旗・国歌を定めた条項があるのはある意味、当然だとして新たに設けた。

◆国際標準に則り足かせ断つ

Q なぜ「軍」が必要なのか
A 現行憲法の最大の欠陥は、国を守る実力組織について言及がないことだ。
 自衛隊は法律で設置されているが、現行憲法第9条で「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とした欠陥が、さまざまな問題をもたらしている。
 例えば、政府は自衛隊を国内的には軍隊ではないとしているが、国際的には軍隊に当たると言っている。
 捕虜の扱いなどを定めたジュネーブ条約が自衛隊に適用されなくなってしまうためだが、“二枚舌”にほかならない。
 自衛隊の組織で歩兵を普通科、砲兵を特科、工兵を施設科などと、国民に分かりにくい表現に言い換えているのも、自衛隊が軍隊でないとしているからだ。
 イラクやインド洋への派遣の際、そのつど特別措置法を制定したうえで派遣しているのは、日本くらいだ。法案審議で時間がかかるなど弊害が多く、自衛隊が軍隊でないことを象徴する出来事だろう。
 軍になれば、国連平和維持活動(PKO)などでの海外活動の際に他国の軍隊に守ってもらうことも不要となり、自分たちの部隊は自身で守れるようになる。より積極的な国際貢献も可能で、邦人保護や救出、集団的自衛権や武器使用をめぐり、幾重にもあった足かせは解消されるだろう。
 諸外国の憲法をみても、軍隊の保持は当然のように規定されている。軍を保持することは国際的な標準なのであって、何ら特別なことではない。

Q 「国を守り、社会公共に奉仕する義務」とはどういうことか
A 国を守る、といっても、まず健全な国防意識を持つことが大事で、例えば外国人によるスパイ活動を許さない、敵対する国家を利する物品を輸出しない、といった心構えから始まる。東日本大震災のような国難の際、救助・支援活動をしたり、さらには国境離島に人が住み生活し続けることも、国を守ることにつながっているといえる。
 「国民の憲法」要綱では徴兵の義務は課していない。これは特に先進国で軍隊の高度技術集団化が進んでおり、国民皆兵制度が時代遅れとなりつつあるからだ。ただ徴兵をまったく否定しているわけでもない。憲法は将来、国際情勢の変化に柔軟に対応できるものでなければならない。

Q 地方分権に関する考えは
A 国の権限を地方へ移す地方分権を推進することは必要だ。
 ただ「主権」とは性質上、国民全体ないし国家が持っているもので(第10条、第13条)、地方が持ちうるものではない。それゆえ地域(地方)主権といった考え方は採用していない。
 地方自治の重要性を認めた上で、第107条で地方自治体に国との協力を求めたのは、地方分権に乗じて国を否定する誤った考え方が広まらないようにするためだ。

Q なぜ緊急事態の際に権利が制限されるのか
A 緊急事態とは第114条に例示されているように、まさに国家存亡の危機といった事態を指す。それゆえ平時と同様に憲法を順守していては、かえって国民の生命を危険にさらすことにもなりかねない。
 そのため一時的に内閣が法律に代わる政令を定めたり緊急財政処分をすることができる権限を持たせ、臨機応変に対応できるように規定している。
 こうした絶大な権限を内閣に持たせるにあたっては事前に国会の承認を得て緊急事態を宣言することが望ましいが、当の国会が損害を受けて機能しない事態も十分に考えられるため、事後の承認も可としている。
 もっとも内閣が何でもできるわけでもなく、制限できる国民の権利は第115条2項で列挙されているものだけだ。
 権利の制限も必要最小限であり、国民一丸となって国難に対処しうることが望まれている。
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関連掲示
・「日本再建のための新憲法――ほそかわ私案」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08h.htm
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「アベノミクスの金融政策を指南~浜田宏一氏」をアップ

2013-04-28 08:36:01 | 経済
 4月4日から25日にかけてブログとMIXIに連載した世界的な経済学者・浜田宏一氏に関する拙稿を編集し、マイサイトに掲載しました。通してお読みになりたい方は、下記へどうぞ。

■アベノミクスの金融政策を指南~浜田宏一氏
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion13t.htm

<目次>

はじめに~“伝説の教授”が安倍内閣の内閣官房参与に
1.浜田氏と安倍首相の関係
2.デフレ下の日本経済の状態
3.日銀がデフレの原因だ
4.日銀と短資会社の利権が国を傾けている
5.日銀法は改正すべし
6.財務省による増税路線は間違っている
7.安倍氏は日銀・財務省を批判する
8.わが国が取るべき政策はこれだ
9.インフレ目標の下で大胆な金融緩和をせよ
10.金融緩和を十分にやれば財政政策も有効
11.デフレ脱却とともに円高是正もできる
12.そのうえ経済成長を目指すには、国民の団結が必要
結びに~日本は必ず復活する

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人権42~権利の協同性と闘争性

2013-04-27 07:19:15 | 人権
●権利の協同性と闘争性

 次に権利と協同性と闘争性について述べる。これは権利の個人性と集団性から必然的に出てくる両面的な性格である。
 権利には協同性と闘争性があり、協同的権利と闘争的権利がある。これらの違いは、意思の一致か対立かによる。家族・氏族・部族は、生命を共有する集団である。集団の維持・存続・繁栄のために、ならわしや掟、法があり、成員はそれに従って生活する。そこでは通常、権利は協同的に行使される。組合・団体・社団は、一定の目的のもとに人々が結成した契約集団である。その目的のもとに、規約・規則が作られ、成員にはこれを順守する義務がある。その義務を果たす限りで成員には、成員としての権利が与えられる。成員は、集団の目的のために行動するから、通常、その権利は協同的に行使される。
 ならわし、掟、法、規約、規則等の決まりごとは、成員の権利と義務を決め、成員の間の争いを防ぐ機能を持つ。しかし、時に意思と意思がぶつかり合い、争いが起こる。家族における家長、氏族・部族における族長、組合・団体・社団における代表を、まとめて首長と呼ぶ。当事者同士の口論で解決しなければ、首長または集団の評議機関に裁定が求められる。権利の主張の正当性は、定められた決まりごとに照らして裁定される。裁定は、しばしば祖霊や神の前で行われる。それによって裁定の結果は神聖化される。評議の過程で和解に達すれば、合意した内容を互いに誓約する。誓約は、しばしば神または首長を立会人として行われ、侵しがたい拘束力を持つ。裁定の方法として、立会人を前にして当事者同士による決闘が行われる場合がある。実力による決着である。勝者は正当性を認められ、勝利はしばしば神や祖霊の意思・加護の結果と理解される。裁定や決闘による勝者と敗者、または和解による合意者の間には、何等かの意思の均衡状態が生まれる。
 社会関係の変化によって、権利の協同性が崩れたところに、闘争的権利が生まれる。闘争的権利は、指導者の専制や横暴とそれによる反発、階級分化による支配―服従、外部からの侵攻・征服等によって生じる。支配する権利と反抗する権利がぶつかり合う。闘争はしばしば物理的な実力の行使となる。強制しようとする意思とこれに反発する意思とが対決し、勝者は支配し、敗者は服従する。権利関係が変動し、勝者は権利を取得または拡張し、敗者は喪失または譲歩する。その構造が固定すると、支配者は服従者に税を納入させたり、労役を提供させたりする。それが徴税権や使役権となる。権利義務関係は法に定められて制度化され、社会秩序が安定する。その秩序は闘争的な権利の均衡状態である。しばしば支配者は税の徴収を重くしたり、労役を増やしたりしようとし、服従者は生産物に対する税の比率や労役の員数・回数等を減らすよう陳情や抵抗を行う。被支配集団が支配集団に反抗する場合、実力を用いて闘争し、権利関係が変化することがある。被支配集団が支配権を奪い、支配―服従の関係が逆転することもある。このように闘争的な権利は、闘争によって変化する。
 わが国においては、古来皇室を中心とした一大家族のような意識が発達し、社会の共同性が強い。そのため、権利は概ね協同的に行使され、闘争的な権利意識があまり発達しなかった。これに比し、西洋においては、古代ギリシャ=ローマ社会からゲルマン社会、近代西欧社会を通じて、権利の闘争性が強く発現された。諸民族による征服・支配の繰り返し、奴隷制の発達、圧政・暴政の多発等によるものである。そのため、西洋文明における権利の概念には、権利を力で勝ち取るという闘争の論理が内包されている。そして、権利の闘争性が強調される一方、権利の協同性についてはあまり考察がされていない。権利の協同性と闘争性は、侵略性と防衛性へと発展する。この点は後の項目に記す。
人権の概念にも、西洋文明における権利の闘争性が強く表れている。人権は闘争によって獲得すべきものであり、人権を守るためには戦う意思が求められる。だが、権利の本来的な協同性に目を向けると、個人の自由と権利の獲得・守衛以上に、集団の共同性の回復が重要な課題であることが浮かび上がるのである。

 次回に続く。
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4・28政府主催の主権回復記念式典が開催

2013-04-26 08:53:15 | 時事
 わが国は、敗戦後、約6年8か月という現代世界史上、異例に長い占領期間を経て、昭和27年4月28日、晴れて独立を回復した。この4月28日を「主権回復記念日」にしようという運動が、平成9年から続けられている。発起人は拓殖大学名誉教授の井尻千男(かずお)氏、東京大学名誉教授の小堀桂一郎氏、明治大学名誉教授の入江隆則氏の三氏である。私は、この運動を知った平成11年より微力ながら国民同胞の啓発に努めてきた賛同者の一人である。
 主権回復記念日運動は、年々賛同者が増えてきた。賛同の輪は、国会議員の間にも広がっている。平成23年8月、自民党の「4月28日を主権回復記念日にする議員連盟」(野田毅会長)は、4月28日を祝日にする祝日法改正案を衆院に提出し、サンフランシスコ講和条約発効60周年にあたる昨年からの施行を目指した。だが、これは実現しなかった。その後、まずは式典を定例化することから始めようという取り組みがされてきた。自民党は、昨年12月の衆院選の総合政策集「Jファイル」に「政府主催で4月28日を『主権回復の日』として祝う式典を開催」と明記した。
 衆院選で自民党が圧勝し、政権交代によって、第2次安倍晋三内閣が成立した。安倍首相は、3月7日の衆院予算委員会で、4月28日の式典について「主権を失った7年間の占領期間があったことを知らない若い人が増えている。日本の独立を認識する節目の日だ」と意義を強調した。そして、安倍内閣は3月12日の閣議で、サンフランシスコ講和条約が発効し、日本の独立が回復してから、61年を迎える今年の4月28日に「主権回復の日」として政府主催の式典を開くことを決めた。天皇、皇后両陛下も出席される。画期的なことである。
 安倍首相は、先の閣議で「式典にあたっては奄美群島、小笠原諸島、沖縄が戦後の一定期間、わが国の施政権の外に置かれた苦難の歴史を忘れてはならない」と強調し、講和条約発効で主権を回復したが、本土復帰まで米軍統治下に置かれた沖縄等に配慮した。
 沖縄県では、条約発効により米国の施政権下に置かれたこの日を「屈辱の日」と呼ぶなど一部に否定的な感情もある。菅官房長官は、閣議後の閣僚懇で、「沖縄の苦難の歴史を忘れてはならない。沖縄の基地負担の軽減に取り組むとともに、沖縄を含めたわが国の未来を切り開いていく決意を新たにすることが重要だ」と指摘した。また記者会見では、式典の意義について「わが国による国際社会の平和と繁栄への責任ある貢献の意義を確認するとともに、わが国の未来を切り開いていく決意を確固としたものにする」と説明した。
 政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」は、今年限りの開催の予定だという。それでは、60年目の年にできなかったことを、1年遅れで行うというだけになってしまう。そもそも4月28日の重要性を啓発する運動の目的は、この日を「主権回復記念日」にし、また国民の祝日にして、毎年意義ある行事や活動をしようというところにある。その主旨を再度確認し、政府主催の式典開催を第一歩として、祝日化を推進すべきである。
 小堀氏らが「主幹回復記念日」を提唱した当時の呼びかけ文によると、昭和20年8月15日は終戦の日ではない。その日に終わったとされるのは、彼我の間の戦闘状態にすぎない。「法的現実としての真の終戦の日は、軍事占領から完全に解放された昭和27年4月28日である」。4月28日は、わが国とその敵国であった連合国との間に結ばれた平和条約が効力を発生した日付である。「従って国際法的に本来の意味での大東亜戦争終戦の日である」。また同時に、「それまで旧敵国支配下の被占領国であった我が国が晴れて独立自存の国家主権の回復を認められた日付」である。「その日、我が国は、連合国による被占領状態が解消し、国家主権を回復した」のである。
 ところが、日本国民は、わが国の終戦手続き中の最重要案件であった国家主権の回復を、それにふさわしく認識し自覚しなかった。そして、この重要な日を然るべく記念することをせずに、「歴史的記念の日の日付」を「忘却」している。そして、「毎年8月15日のめぐり来るたびに、東京裁判の判決趣旨そのままに、過ぐる戦争への反省と謝罪を口にし、5月3日ともなれば占領軍即席の占領基本法たる1946年憲法への恭順を誓う」。こういうことを繰り返している。そのため、政府も国民も、ますます主権国家としての認識を欠き、主権意識の自覚を欠いている。それは、講和条約の締結によって、被占領状態が終ると共に、戦後処理は基本的に終結したという認識を欠くためである。
 それゆえ、小堀氏らによると、国民が記念すべき日は8月15日ではなく、4月28日である。8月15日は、敗戦による戦闘状態の終結と軍事占領時代の開始の日である。これに対し、4月28日は、連合国との講和条約が発効し、被占領状態の終結と独立の国家主権の回復の日だからである。そして、氏等は、「主権意識の再生と高揚」を推し進め、4月28日を、アメリカにおける独立記念日に当たるような国家的な記念日に制定しようと唱えているのである。
 私は、主権回復記念日運動を進める方々が、主権とその回復の重要性を指摘していることには、異論がない。ただし、名称と意義付けは、今のままでは一部の人には混乱を与え、多くの人には中途半端な印象を与えると思う。昭和27年4月28日における「国家主権の回復」とは、部分的限定的回復に過ぎない。この日は、そこから全面的回復に向かうためのスタートとなった日であって、それ以上ではない。
 憲法を改正して自主憲法を制定すること、自力で自国の国防を行う国軍を持つこと、不法占拠されている領土を回復すること。これらを成し遂げてはじめて、「国家主権の確立」と言える。4月28日は主権の回復をし終えたことを記念する日ではなく、主権の部分的回復を祝うとともに、主権の全面的回復という課題を確認し、主権の確立を決意する日とすべきと思う。本年の政府主催の式典を第一歩として、4月28日の意義を国民に知らしめ、国民の祝日である国家的な記念日とする運動を推進すべきである。
 今月18日主権回復記念日運動の提唱者の一人、小堀桂一郎氏が産経新聞の「正論」に、主権回復記念日運動に関する寄稿をした。参考に転載する。

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●産経新聞 平成25年4月18日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130418/plc13041803230003-n1.htm
【正論】
東京大学名誉教授・小堀桂一郎 主権国家の「実」を示し、誇る日に
2013.4.18 03:21

 政府は来る4月28日の対連合国平和条約発効61年目の記念日に、我が国が米軍による軍事占領といふ亡国的事態を脱却し、独立の国家主権を回復した歴史を記念する式典を、政府主催で挙行する旨を決議し、公表した。正式には「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」と呼ぶ由である。

≪被占領期の悲哀を語り継げ≫
 平和条約発効の日付を以て主権回復記念日とせよ、との聲(こえ)は早い時期から揚つてゐた。少くとも、筆者を含む少数の草莽(そうもう)の有志が「主権回復記念日国民集会」の開催を呼びかけて実行に移した平成9年4月以来連年、筆者は本紙のこの欄を借りてその意義を訴へ続けてきた。
 本年は運動を始めてから満16年、集会は第17回である。集会開催の主目的は、4月28日を「主権回復記念日」の名で国民の祝日とすべく祝日法の一部改正を求めるといふものだつた。
 もちろん、休日を一日ふやす事(こと)が目標なのではない。
 辛うじて戦中派の世代に入る発起人一統が、被占領期に体験した数々の敗戦国民の悲哀の意味を、それを体験してゐない後の世代の人々に語りつぎ、その記憶を分有してもらひたい、そして国家主権を他国に掌握されてゐるといふ屈辱的事態、又(また)その悲劇を専ら条理を尽しての外交交渉によつて克服し得た、この事績の貴重な意味を考へるよすがとしてもらひたい、といふのがこの運動を始めた最初の動機である。

≪「4月28日」を祝日にせよ≫
 この目的のためには、主権回復記念日の祝日法制化が有効であり、本年一回限りとされてゐる政府主催記念式典は必ずしも国民運動の要請の本命ではない。
 然(しか)し、運動を始めた当初の、国家主権とは何か、といふその理解から説き起してかからざるを得なかつた、当時の空気を思ひ出すと、16年目にして漸(ようや)くここまで漕ぎつけ得たか、との呼びかけ人一同の感慨は深いものがあり、政府主催の式典挙行には率直に歓迎の意を表しておきたい。
 ところで、この式典の開催を素直に喜ばない一部の世論があることも既に周知であらう。
 即(すなわ)ち沖縄県の地元メディアを代表とする一団の反政府分子からの異議申し立てである。記念日制定を呼びかける集会を毎年開催してきた私共とても、沖縄県からの集会参加者を通じ、あの形での平和条約発効といふ事態に対し、地元には深い失望の念があつたといふ事実はよく聞かされてゐた。
 只(ただ)その不満の聲は、それから20年間の同じく辛抱強い外交交渉の成果として昭和47年5月に沖縄県の祖国復帰が実現した、その大前提である昭和27年の史実に対する認識不足乃至(ないし)は意図的な軽視の所産なのではないかとの印象を禁じ得なかつた。
認識不足は深く咎(とが)めるには当らない。沖縄県の復活が20年遅れたのは、当時の国際社会にとつての深刻な脅威であつた米ソ間の所謂(いわゆる)冷戦の余殃(よおう)であつて、この間の複雑な因果関係を明白に説明する事は、国際関係論の専門家にとつてもさう簡単ではないと思はれる。
 それに現在の若い世代にすれば、1950年代の冷戦激化時代の世界的緊張の空気は直接の体験に裏付けられた記憶となつてはゐない。それは被占領期の屈辱的事態の伝聞が彼等(かれら)にとつて現実にさほど痛切にはひびかない事と余(あま)り違はないであらう。

≪妄想だった「全面講和論」≫
 だが意図的な軽視・無視となると、これは明らかに歪(ゆが)んだ政治的下心の産物である。その文脈での「沖縄は取残された」との差別への怨(うら)みの聲に接すると、図らずも思ひ出す昔話がある。
 それは平和条約の調印が現実の日程に上つてきた昭和25年1月頃から左翼知識人の一部が高唱し始めた「全面講和論」の妄想である。いまこの空疎な政治論の発生と末路までを辿(たど)り返してみる紙幅の余裕はないが、時の吉田茂首相がその主唱者を「曲学阿世の徒」と指弾したのも尤(もっと)もな、言ふべくして行はれ得ない事を敢へて言ひ立てる「ないものねだり」の幼稚な立論だつた。
 平和条約それ自体が一種の片務的な不平等条約であり、全国民が心から納得し歓迎できる様(よう)なものでなかつた事は慥(たし)かである。だがその不満からこの条約の提案を受容しなかつたとすれば、それは敗戦国としての主権喪失状態になほ甘んずる事態の方を選択するといふ錯謬(さくびゅう)に陥る。
 講和会議に招請されなかつた二つの中国、条約に調印しなかつたソ連等共産主義体制の3箇(か)国を取洩す形で連合国48箇国との間に平和条約は締結された。
 その判断が我が国の国際社会への復帰を可能にし、廃墟(はいきょ)からの再生と、やがての今日の繁栄を築く礎石となつた。
 この教訓を思ひ起し、先づはこの祝典を肯定し支持したい。その姿勢を踏まへて、独立主権国家としての強国の実を示す事が、国際社会、特に東アジアの安全保障に対しての大いなる寄与となる事に思ひを致すべきである。(こぼり けいいちろう)
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アベノミクスの金融政策を指南11~浜田宏一氏

2013-04-25 10:19:58 | 経済
 最終回。
 
●デフレ脱却から経済成長を目指すには、国民の団結が必要

 浜田氏の説く日本が取るべき政策を概観してきたが、こうした政策を行って、デフレ脱却から経済成長へ向かうプロセスはどうなるか。浜田氏は、次のように述べている。
 「物価が上がっても国民の賃金はすぐには上がりません。インフレ率と失業の相関関係を示すフィリップス曲線(インフレ率が上昇すると失業率が下がることを示す)を見てもわかる通り、名目賃金には硬直性があるため、期待インフレ率が上がると、実質賃金は一時的に下がり、そのため雇用が増えるのです。こうした経路を経て、緩やかな物価上昇の中で実質所得の増加へとつながっていくのです。その意味では、雇用されている人々が、実質賃金の面では少しずつ我慢し、失業者を減らして、それが生産のパイを増やす。それが安定的な景気回復につながり、国民生活が全体的に豊かになるというのが、リフレ政策と言えます」(ダイヤモンド・オンライン 2013.1.20)
 私がこの発言で重要だと思うのは、国民の共同意識の必要性である。働く人々が、実質賃金の面では少しづつ我慢をし、まず失業者を減らす。特に若者の雇用を増やす。それによって、国全体の生産能力を上げ、国内総生産、名目GDPを増やす。その結果、国民全体が豊かになることを目指すーーこういう考え方は、国民が共同意識を持ち、国民共同体に基づく国民経済を発展させようという考え方である。
 一個人、一企業、一業界の利益のみを追求するのでなく、国民全体の利益、民利国益を追求するのでなければ、デフレを脱却し、経済成長の軌道を進むことはできない。日本人が日本精神を取戻し、国民が団結することが、日本経済の復興、ひいては日本国復興の原動力である。それがまた究極的には一個人、一企業、一業界の利益にもなる。全体と部分、部分と部分が共存共栄の関係になっていてこそ、部分の維持・発展も可能になる。インフレもデフレも、資本の論理を規制する国家の論理の発動を要する現象である。なかでもデフレからの脱却には、市場経済における国民経済、ひいては国民共同体の回復・強化を必須とするのである。

●結びに~日本は必ず復活する

 “伝説の教授”であり、また安倍内閣の金融政策の指南役である浜田宏一氏は、日本国民に、わかりやすく日本復興のための経済学を説く。そして、日本経済は復活できると力強いメッセージを送ってくれている。
 平成25年(2013)2月浜田氏は、次のように語った。
 「そもそも日本経済は素晴らしい技術と洗練された製造ノウハウ、そして能力の高い人材を有していて、復活できない理由がありません。これまでは、政府や日銀の政策に問題があって、活気を取り戻せないでいただけなのです」(「週刊現代」2013年2月9日号)
 「日銀がようやく政策を百八十度転換したことで、今後の日本経済の復活の第一歩となりました。引き続き、必要に応じた財政政策などを取ることで、日本経済は必ずや、上向いていくことでしょう。私たちは、日本経済の復活に、大いに自信を持ってよいのです」(「週刊現代」2013年2月9日号)
 日本人に自信と勇気を与えてくれる言葉ではないか。
 最後に再び、浜田氏の『アメリカは日本経済の復活を知っている』(講談社)から、氏の言葉を引こう。浜田氏は、日米の著名なエコノミスト、政策当事者等60人以上に聞き取りを行った結果として、次のように書いている。「外国人学者のほとんどすべて、尊敬すべき日本の学者たちは、潜在的成長率のはるか下で運営されている日本経済を『ナンセンス』だと考えているのだ。そう、アメリカは、いや世界は、日本経済が普遍の法則に則って運営されさえすれば直ちに復活し、成長著しいアジア経済を取り込み、再び輝きを放つことができることを知っている」と。(了)
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アベノミクスの金融政策を指南10~浜田宏一氏

2013-04-23 08:47:05 | 経済
●デフレ脱却とともに円高是正もできる

 わが国は、デフレとともに円高に苦しんできた。円高は是正しなければならない。
 浜田氏は、「円高はドルに対して円の価値が高過ぎ、デフレはモノに対して貨幣の価値が高過ぎる。それを是正するには、他の要因も副次的には関係しますが、お金を刷って円の量を増やすのが第一歩です」と言っている。(ダイヤモンド・オンライン 2013.1.20)
 浜田氏の言うように、お金を刷って円の量を増やすことで、円高は是正される。ドルの総供給量に対して、円の総供給量が少ないと円高になる。それゆえ、円の供給量を増やすと、円安にできる。仮に1ドルが80円だとすると、円を1.5倍に増やせば、120円になる。このように、通貨の価格は、基本的には量的な相関関係で決まる。特にリーマン・ショック後、米英等が通貨の供給量を大幅に増やしているのに、日銀はほとんど供給量を増やしていない。そのため、円高が昂進した。
 現在の超円高は、デフレによる現象でもある。デフレだと、なぜ円高になるか。私の理解では、日本のデフレは、消費増税や財政支出削減による需要減少に加えて、金融引き締め政策による。需要不足・供給過剰の状態で通貨の供給量が少ないから、デフレが悪化している。デフレはものの価値が下がる一方、貨幣の価値が高くなる。このことは、円の購買力が上がるわけだから、為替市場では円高の傾向を生む。また、デフレが続くと多くの人が予想すると、景気が悪くなり、株は下がると予想するから、資金は株式より国債に向かう。日本国債の安定性を見た海外の投資家は、他国の債券を売り日本国債を買う。日本国債を買うために、ドル・ユーロ・アジア通貨等を売って円を買うので、円が高くなる。また、為替市場における通貨の売買は、それぞれの通貨を発行している国ないし国家連合の経済力への市場の評価が数字に表れる。リーマン・ショック後、財政悪化により暴落の可能性が懸念されるドルやユーロに比べて、円は安定した通貨と評価され、円買いが行われ、円の独歩高が進んだ。こうした諸要因による円高を抑えるには、日銀が円の供給量を増やして、適正な価格を維持できるようにしなければならないところだった。だが、日銀は自己流の理論によって、犯罪的な不作為を続けた。日銀による円の供給量がドルの供給量に比べて極めて過少だから、ひどく円高ドル安になってしまった。ユーロ、アジア通貨等に対しても同様である。
 では、ドルに対して円はどれくらいの水準が適当か。円高・円安の関係は、お金も一種の商品と考えると、分かりやすい。仮に1ドルで円を80円買えるのと、円を120円買えるのとを比べると、80円しか買えないのは円が高く、120円も買えるのは円が安いということになる。円高だと、日本からの輸出品はその分、高くなったと同じことになる。逆に日本への輸入品は安くなる。円安だと、日本からの輸出品は安くなり、日本への輸入品は高くなる。例えば、1ドル120円だったのが、1ドル80円になったとすると、以前は1万ドルで120万円の日本車が買えたのに、円高のために、同じ1万ドルで80万円の日本車しか買えなくなる。120万円の日本車を買おうとすると、1万5千ドル払わねばならない。このように円高になると、日本製品は海外では高くなって売れなくなる。輸出製品を製造・販売している企業は、他国の類似商品に価格面で太刀打ちできなくなってしまう。
 エルピーダメモリが倒産し、ソニー、パナソニック、シャープ等が他国の企業との競争に勝てない最大の要因は、急速な円高にあった。個々の企業の経営努力の範囲を超えたハンディキャップが、日本の企業を苦しめ、日本の技術と人材の海外流出を招いてきた。自国の企業を援護しなければならない政府・日銀が自国の企業を不利にし、結果として国益を損い、国富を失うことをやってきた。悪政が日本衰退の危機を引き起こしている。
 経験的には、1ドル70~80円だと日本企業は輸出でひどく不利になる。1ドル120~130円だと、圧倒的に有利である。だが、円安があまり進むと、相手国と貿易摩擦が大きくなる。不買運動が起こったり、規制をかけられたりし、政治問題にも発展する。ドルに対する円の水準について、浜田氏は、次のように言う。
 「私は、1ドル100円前後が望ましいと考えています。110円では、少し行き過ぎでしょう。一刻も早く、100円の水準まで持っていくことが必要です」(「週刊現代」2013年2月9日号)
 昨年(平成24年)12月衆議院選挙で自民党が大勝し、安倍政権が誕生することになったときから、市場の期待は高まり、株高円安が続いている。これに対し、欧米では、日本の円安で通貨戦争に発展するのではないかとの懸念が出ている。
 これについて、浜田氏は次のように言う。
 「『通貨戦争は悪である』という考え方は、前世紀の固定相場制下の発想です。いまの変動相場制下においては『通貨政策の失敗はそれぞれの国の責任である』というのが、政治経済学の国際常識なのです」「そもそも(略)、日本はこの3年間、世界中からいいように食い物にされてきたのです。今回は、それをようやく正常な形に戻すことに決めたということです。それを海外が非難すること自体、おかしなことですし、日本はそうした非難を恐れる必要はありません」と。(「週刊現代」2013年2月9日号)

 次回に続く。
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アベノミクスの金融政策を指南9~浜田宏一氏

2013-04-22 09:01:44 | 経済
●金融緩和を十分にやれば財政政策も有効

 もう一点、私見を述べると、わが国の現行法の規定では、わが国の通貨は政府貨幣と日銀券で成っており、政府は、独自に政府貨幣を発行することができる。このことを踏まえ、丹羽春喜氏は、デフレ脱却のため、政府貨幣発行特権を発動せよ、と提案している。丹羽氏によると、巨大なデフレ・ギャップが存在するわが国の場合は、「政府の貨幣発行特権」を理想的な財政財源の調達手段として使うことができる。政府貨幣は、理論的には、生産能力の余裕がある限り、デフレ・ギャップの枠内で発行可能である。
 浜田氏は政府貨幣発行特権の発動について触れていないが、「マクロ的に生産能力の余裕がある場合には、政府の貨幣発行特権の発動に依拠すべきだ」とする政策提言は、20世紀の半ばごろより現在まで、ラーナー、ディラード、ブキャナンといったノーベル賞受賞者級の巨匠経済学者から繰り返しなされてきた。政府紙幣の発行は、バーナンキFRB議長の持論でもある。
 また、ノーベル経済学賞受賞者のスティグリッツは、平成15年(2003)4月14日、日本経済新聞社、及び日本経済研究センターの共催によって東京で開かれたシンポジュウムで、日本は政府の財政財源の調達のために、「政府紙幣」の発行に踏み切るべきだとする提言を行った。当時日銀理事の白川方明氏(現在日銀総裁)は、政府紙幣も日銀券も紙幣であることには変わりはないから、スティグリッツ提案は無意味であると、批判した。しかし、丹羽氏は白川氏の意見は、「政府紙幣と日銀券の間における、造幣益の有無という決定的な違いをまったく見逃してしまっている」と指摘している。政府貨幣の発行は、政府の造幣益をもたらす。また日銀券の発行額は日銀の負債勘定に計上されるが、わが国の現行法のもとでは、政府貨幣の発行額は政府の負債としては扱われない。スティグリッツも、政府紙幣の発行は「債務としては扱われず、政府の財政赤字には含まれない」と述べている。日銀が政府に協力的でなく、上記の金融政策によるデフレの脱却がうまく進まなければ、政府貨幣発行特権を発動すべきである。これこそ、救国のための究極の方法である。詳しくは、丹羽春喜氏の理論と提言に関する拙稿をご参照願いたい。
 浜田氏は、デフレ脱却において、本来金融政策だけで十分、財政政策をやるなら金融政策を全開で行なうことが必要、金融緩和を十分にやっている時は財政政策も有効という見解である。
 具体的には、次のように述べている。
 「本来私も金融政策だけで十分ではないかと思っています。ただ、政府内には『最後の一押しは財政政策が必要』という意見がある。一方、『金融政策で財政危機を救えるのに、財政で大盤振る舞いすると救えなくなるのではないか』と不安を持つ人もいて、私はどちらかと言えばそちらの意見に賛成です。それでも財政政策をやるならば、金融政策を全開で行なう必要があります。財政拡大で国債を大量に発行し、金利が上昇すると、海外資金の流入を招き、円高につながります。円高で輸出減、輸入増が起きると、外需が縮小し、財政出動で喚起した内需を相殺してしまう。これは、マンデル・フレミング・モデルの考え方です。そうならないために、金融政策による金利の安定化を同時に図る、つまり金融緩和を十分にやっているときは、財政政策も効いてきます。その意味でも、私は金融政策が主で、財政政策を従と考えています」(ダイヤモンド・オンライン 2013.1.20)

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「『救国の秘策』がある!~丹羽春喜氏1」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion13j.htm
・拙稿「救国の経済学~丹羽春喜氏2」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion13n.htm
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人権41~権利の個人性と集団性(続)

2013-04-20 08:35:08 | 人権
●権利の個人性と集団性(続き)

 家族・氏族が自然的・生命的な集団であり、部族もまたそうした性格を保持した集団であるのに対し、組合・団体・社団は何らかの目的のもとに結合して作られた契約による集団である。組合は、主に商工業者の相互扶助の職業的な結合による集団である。団体は、共同の目的を達成するために結合した集団である。社団は団体のうち構成員を超越した独立の存在を有するものである。組合では構成員個人の色彩が強く現れるのに対し、社団では団体が単一体として現れ、構成員個人は重要性を持たない。
 近代資本主義が発達した社会では、さまざまな社団が形成されてきた。資本主義社会に特徴的な社団は、資本家と労働者の雇用契約による企業や、資本が証券化されて所有者に株主が加わった株式会社である。資本主義の発達によって、社会的な権利はそれまでと大きく性格を変えた。社会関係が血縁的・生命的な共同性を失い、経済的利益の追求を主とする社会関係に変わった。経済的な権利を追求する闘争が、社会活動の日常となった。生産力が発達し、経済成長によって、生活が豊かになるにつれて、人々の権利意識が発達し、個人及び集団の権利の拡大が追求されてきた。
 近代西欧法は、個人だけでなく集団にも法的権利を付与する。法的権利を付与された集団を、法人という。法人とは、自然人以外で権利能力を有するものである。組合・団体・社団は法人格を得て、集団としての法的な権利を主張・拡大するようになった。
 さて、これまで述べてきた集団に比べ、より上位にある集団が、国家である。近代西欧において、近代国家が形成される過程で、初期には国王が個人として王権を主張した。国王個人の権利が国家の権利と一致していた。その権利は、国王が神から授かったものと主張され、絶対的・専制的な性格を持っていた。国王は、領域における主権すなわち最高統治権を持つに至った。これに対し、貴族や新興階級が国王から権利を守るために抵抗し、王権を制限するとともに、自分たちの権利を確保し拡大しようとしてきた。
 国王・貴族・新興階級が政治参加する国家は、一個の集団として権利を持つようになった。その権利は決して国家を構成する個人の権利に還元できないものである。さらに国民が広く政治に参加するようになった国家、すなわち国民国家においては、国家の統治機関である政府が、集団としての国家の権利を行使する。政府は、国家の構成員である国民に対し、権利を付与し、または制限する。国内の諸集団に対しても同様である。そこに、国家の権利と個人または集団の権利の対立や強制、抵抗と反発等が生じる。政府は、他の国家との間では、権利の相互承認や相互不承認をする。この外交の場で、政府の機関は、国家を代表して、集団としての権利を主張し、交渉を行う。外交で決着の得られない問題については、武力が行使される場合がある。
 近代西欧では、国家間の外交と戦争に関する取り決めが発達し、国際法が形成された。国際法の主な部分は、集団としての国家の権利に関する条約や慣習国際法である。だが、国際法は、個人の権利を定めるものとしても発達してきている。それが国際人権法と呼ばれるものである。
 国際人権規約の共通第1条は、個人の人権を述べる前に、人民の自決権についての定めを置いた。人民の決定権とは、民族・国民・集団の自己決定権である。集団が自らの意思で物事を決定できる権利である。こうした集団の権利を規定したことは、人民の自決権が認められないところに、個人の人権の実現はありえないことを示している。権利には個人性と集団性があり、集団の権利が個人の権利を保障するための前提条件であることが明確にされた。いわば人民の独立なければ個人の人権なし、という原則を打ち立てたものと理解される。集団の権利が確保されてこそ、個人の権利が保障される。翻って考えれば、家族・氏族・部族・組合・団体・社団、そして国家において、それぞれのレベルの集団が自己決定権を行使し得る状態においてこそ、成員の権利が保障される。集団の権利の最大のものは、統治権である。統治に関して人民が自己決定できる権利を、自治権という。
 近代西欧では、個人の権利が強調され、個人の権利を集団の統治機構による干渉から守ることが課題とされた。しかし、その集団が集団としての権利を確保できていなければ、成員の権利を保護できない。またその権利を保護するという集団的な関与なくして、個人の権利は維持・発達できない。個人の権利は集団の権利が保持し得る範囲で行使を認められる。先に自由について、自他の関係における条件と限界を述べたが、集団においては、そうした自他の関係が構成員の間に多数存在する。そして、個人の権利は集団の権利のもとに成り立つものである。これが権利の個人性と集団性の構造である。
 今日の世界は、一個の国家において、国防が整備されていて、初めて国民の権利が保障される。国家安全保障が個人の権利の保障の前提である。他国に侵攻され支配される状態となれば、政府は国民の権利を保護することができない。集団としての国家の権利が確保されていて初めて、成員としての国民の権利を守ることができる。主権と独立が守られて初めて、生命と財産が守られる。
 ロックは、生命・身体・財産の権利を普遍的・生得的な権利と考えたが、それらの権利は、国家が主権と独立を確保できていてこそ、保障されるものである。もしロックの時代のイギリスが、どこかの国に侵攻され、支配されていたとするならば、個人の自由と権利は、大きく制限され、または剥奪されていただろう。
 現代の米英的リベラリズムは、個人の自由と選好を無制約に追及しようとする。しかし、その思想では国民による国防の必要性を説明できない。個人の自由と選好を無制約に追及すると、その権利を相互に守るという集団の機能が低下する。
 国民の自由と権利、生命と財産を守るには、国家は主権と独立を確保しなければならない。国民国家においては、国民自ら国家の主権と独立を守るために、国防の義務を負い、命を懸けるのでなければならない。それは集団としての権利を守り得てこそ、国民個々の権利を互いに共同で守り得るからである。この国家安全保障の問題を抜きに、ただ個人の自由と権利を主張する者は、集団の権利を弱め、極端にその傾向が広がれば、亡国に至るだろう。他国の支配を受け、国民が自由と権利、生命と財産を失うということである。その状況において、個人の自由と選好を主張しても、保障は受けられない。

 次回に続く。
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アベノミクスの金融政策を指南8~浜田宏一氏

2013-04-19 09:35:06 | 経済
●インフレ目標の下で大胆な金融緩和を

 浜田氏は、インフレ目標のもとでの大胆な金融緩和こそ、わが国が取るべき政策だと主張する。しかし、日銀はこれまでこの政策を取ろうとしなかった。その点について、浜田氏は次のように批判する。
 「日銀は『金融緩和策を取るとハイパーインフレがやって来る』などと狼少年のように触れ回った。あげく、『デフレの要因は人口減少である』という摩訶不思議な理論を構築しました。そんな理論は、世界の経済学者たちのモノ笑いのタネです」(「週刊現代」2013年2月9日号)
 実際、現在世界の多くの国が金融緩和策を取っているが、ハイパーインフレになどなっていない。ハイパーインフレとは、物価が1万3千%以上になるとてつもない現象をいう。数十%、数百%程度のインフレにしても、敗戦や革命、天候異変を除くと、通常はいきなり爆発的に進むものではない。インフレが昂進してきたら、金融引き締めでさらなる昂進を抑止すればいい。3%を超える指標が出たら、少しブレーキを踏む。そのために中央銀行がある。
 人口デフレ論は藻谷浩介氏が『デフレの正体』(角川書店)で説いた説によるものだろうが、私見ではこの説は経済学的にも人口学的にもおかしい。人口が減少していてデフレになっている国は、先進国で日本以外にない。むしろ、西欧諸国や韓国は、インフレになっている。人口減少で重要なのは、生産労働人口の減少である。それによって予想されるのは、働き手が少なくなるための供給不足である。また働かずに消費だけする高齢者が増える。そこで起こるのは、需要過剰・供給不足の状態としてのインフレである。需要不足・供給過剰のデフレではない。しかもわが国で今後ますます少子高齢化と人口減少が進む一方、世界的には人口増加とそれによる食糧・資源・エネルギーの需要拡大が進む。世界的傾向の予測は、インフレである。それゆえ、人口が増加する世界の中で少子高齢化・人口減少が進む日本は、中長期的に需要過剰・供給不足でインフレになる可能性が高い。
 藻谷氏は、デフレを個々のものの価格の下落のことととらえている。だが、一部のものの価格が下がることがデフレはではない。デフレは、すべてのものの価格の平均である物価が、継続的に下落することを言う。これは常識の範疇である。藻谷氏は経済学の基本的な点の理解が怪しい。そのような人の説を、よりによって日銀が利用するとは、噴飯ものである。
 浜田氏は、インフレ目標の下で大胆な金融緩和をすべきと説く。この点をより具体的に述べる。
 「円高はドルに対して円の価値が高過ぎ、デフレはモノに対して貨幣の価値が高過ぎる。それを是正するには、他の要因も副次的には関係しますが、お金を刷って円の量を増やすのが第一歩です」(ダイヤモンド・オンライン 2013.1.20)
 「お金を刷って円の量を増やす」――これなのである。単純なようだが、まずこれである。浜田氏がお金というのは、経済学的にはマネタリーベースつまり日本銀行が供給する通貨、ベースマネーのことである。現金通貨と民間金融機関の日銀当座預金つまり法定準備預金を合計したものである。まず取るべき方策は、広い意味での通貨の供給量を増やすことである。それには、日銀が銀行等の持っている国債や手形を買って、当座預金口座に入れ、銀行から市中に日銀券が回るようにするとよい。
 金融緩和をしてゼロ金利になった場合は、どうすればよいか。浜田氏は次のように言う。
 「緩和が続きゼロ金利になってしまったときには金融緩和の仕方も考えて、国債以外別の資産を買うとか考えなくちゃいけない」(現代ビジネス 2011.3.10)
 方法はいろいろある、日銀はやろうと思えばかなりのことができる。
 「伝統的な短期債を買う手段に比べて、日銀はやろうと思えばかなりのことができます。長期債券を買えば長期金利が下がり、経済にそれなりのインパクトを与えられるし、もっとドラスティックにやるならCP(社債)を買ってもいいでしょう。個別株式の購入はモラル的に問題がありますが、ETF(上場投信)を買ってもいいし、場合によっては外国通貨や外国債券を買ってもいい。また、後でちゃんと売却(市中から資金を吸収)できるなら、国債を直接引き受けてもいいのではないか」(ダイヤモンド・オンライン 2013.1.20)
 日銀は、短期国債だけでなく、長期国債、コマーシャル・ペーパー(社債というより、その一種である無担保割引手形)、上場投信(エクスチェンジ・トレイデッド・ファンド)、外国通貨、外国債等を買ってもいい、と浜田氏は言う。
 私見を述べると、満期まで期間の長い長期国債を買えば、長期的なインフレ期待が高まる。社債や上場投信を買えば、企業の資金調達を支援し、投資を喚起することができる。外国通貨や外国債券の購入は円安効果があり、輸出を後押しするものとなる。
 浜田氏は、さらに日銀が国債を直接引き受けてもよいという。昭和恐慌の時、高橋是清蔵相は、新規発行の赤字公債を発行して、日銀に直接引き受けさせ、それを財源として政府投資を行った。マンデル=フレミング理論によると、変動相場制の下では、政府による大量の国債の市中消化は、金利を上げ、円高が進み、輸出が不振になり、景気対策の効果を減殺するという。だが、日銀の直接引き受けであれば、この恐れがない。
 私見を述べると、国債は超長期債いわゆる永久国債とすることもできる。歴史的には、大英帝国時代のイギリスがこれをやっている。藤井厳喜氏がその研究をしている。また100年債なら償還のための各年度の負担は、100分の1に分散される。増税はその時の世代に大きな負担となるが、100年に分ければ、将来の世代と分担できる。この策は、高橋洋一氏が提案している。もっとも私は、永久国債より、政府貨幣発行特権の発動が上策と考える。巨大なデフレ・ギャップを持つわが国は、強力な政治的指導力と国民の一致団結があれば、この究極の救国策を打つことも可能である。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「東日本大震災からの日本復興構想」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion13l.htm
 永久国債については第3章「藤井厳喜氏の提言」、政府貨幣については、第4章「丹羽春喜氏の提言」をご参照下さい。
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北朝鮮の戦争政策への備えを

2013-04-17 10:33:24 | 国際関係
 北朝鮮の金正恩政権は、朝鮮戦争の休戦協定を白紙化した。それによって、南北朝鮮は国際法上は戦時状況に戻った。北朝鮮は、対米核先制攻撃を唱え、日本の米軍基地と東京・大阪等の主要都市へのミサイル攻撃も辞さぬなどと、国際社会に向けた論調はエスカレートしている。
 果たして、金正恩は、スカッド、ムスダン、ノドンの発射を実行するつもりなのか。本気で戦争を仕掛けるつもりなのか。それとも権力基盤の強化、国内の引き締め、アメリカと交渉の駆け引き等を目的としたものなのか。その本意は、非常に読み取りにくく、日米中韓の各国政府は対応に難儀しているところである。軍事専門家、外交研究者、北朝鮮の専門家等の見方もさまざまであり、現時点で確実な予測は立てにくい。

 ところで、平成6年(1994)ビル・クリントン米大統領は、北朝鮮に宣戦布告をする瀬戸際にあった。当時わが国の細川護煕内閣は、対策案を作成した。内閣安全保障室が取りまとめたものである。 その際、作られた対策案(以下、草案)は、その後、内閣危機管理チームが参考にしてきたという。
 草案は、国連による対北朝鮮経済制裁は、三段階になると考え、それに対する北朝鮮の対応を想定した。

◆第1段階の経済制裁

①大量破壊兵器に関係する科学技術や科学者、技術者の交流禁止
②武器及び武器に関連する物資の禁輸
③文化やスポーツの交流停止もしくは遮断
④北朝鮮外交官や政府関係者の入国縮小措置

 さらに追加的なものとして

①パチンコマネーなどを阻止するための送金停止
②海外資産の凍結

・これらの制裁に対する北朝鮮の反応

①海外にある日本大使館や、日本を代表する大手企業の支店と生産工場を狙ったテロ攻撃
②北朝鮮工作員の日本侵入工作の増加と、化学兵器の日本国内への密かな搬入(人口密集地、日本の重要防護施設、または在日米軍基地への攻撃用として準備)

◆第2段階の経済制裁

①陸上、海上、空路における交通や通信と無線の遮断
②海上における貨物検査。いわゆる海上封鎖(強制措置を伴わない)

・これらの制裁に対する北朝鮮の反応

①重要防護施設等へのゲリラ攻撃
 国会、官邸、皇居、原子力発電所、石油備蓄基地、劇物備蓄施設。
②都市への爆破攻撃と化学兵器使用
 ファッションビル、デパート、テーマパーク、遊園地。
③交通機関へのゲリラ及び爆破攻撃
 新幹線、旅客船、地下鉄、石油タンカー、日本航空と全日空の航空機
④暗殺と誘拐及び殺害(狙撃、爆弾、毒物、サリン等の化学兵器使用)
 大手企業首脳、政界要人
⑤在日米軍と自衛隊の施設へのゲリラ攻撃
 基地、通信設備、基地周辺

 この草案が作られた平成6年(1994)当時は、わが国は経済制裁を行わなかった。草案の経済制裁第2段階の②は、強制措置を伴わない「貨物検査」を「海上封鎖」と認識している。「臨検」と比較すべきものである。草案は、この段階で、北朝鮮のゲリラ攻撃・化学兵器使用・無差別テロ等を想定した。国連が軍事的制裁に踏み切った場合をも、想定していた。

◆第3段階となる軍事的制裁

 日本は憲法上、軍事的制裁には参加しないとされ、具体的な作戦は、草案には登場しない。

・軍事的制裁に対する北朝鮮の反応

①水道、電気、ガスなどのライフライン施設への同時多発ゲリラ攻撃
②空港、港湾施設への大規模で、かつ同時多発的なゲリラ攻撃
③通信ラインの破壊
④弾頭に化学兵器が装填された複数のノドンミサイルによる日本国土への直接攻撃
⑤日本海への大量の機雷設置による、漁船と貨物船の被害
⑥弾薬庫の襲撃と略奪
⑦生物兵器攻撃。天然痘ウィルスの人口密集地での曝露

 草案はこうした想定のもとに、日本政府が行うべき対応について詳細に検討していたと伝えられる。軍事制裁の場合の対応案としては、具体例として、化学兵器弾頭のノドンミサイル攻撃への対応が報じられた。それは、次のようなものである。

・化学兵器弾頭のノドンミサイル攻撃への対応

①大量死者発生に伴う埋葬法の改正
②大量死体収容の棺桶の手配は、政府か自治体か
③空襲警報の整備。NHK、地方自治体の防災無線の活用の検討
④外務省海外広報課による国民への広報体制の確立
⑤災害対策基本法適用の是非

 当時は、迎撃という発想がなく、先制的自衛権の行使は正当化されていなかった。すべてやられることを前提とした対応である。

 当時内閣安全保障室が最も深刻に悩んでいたのは、北朝鮮から押し寄せる大量避難民の対策だった。10万人規模の戦争難民が日本に来る。現有の収容施設では収容しきれない。難民の中には、避難民か工作員かゲリラ部隊か見分けのつかない者が混じっている。また、わが国は政治亡命を受け付けない方針を取っていたが、もし北朝鮮要人が突然日本に到着して亡命を主張したら、現実にどう対応するかも難問である。
 想定事項は、すべて今日にも当てはまる内容である。有事立法によって、法的には一部整備が進んでいるものの、現実に起こりうる事態への準備は、まだまだ不十分である。

 平成6年(1994)、旧内閣安全保障室が対北朝鮮制裁の対応案を取りまとめていた。その時から現在までの間に、起こりうる「第2次朝鮮戦争」にどれだけの備えがされてきたか。
 平成13年(2001)の9・11同時多発テロ事件以後、有事法制は整備されてきた。だが、専守防衛の方針や集団的自衛権の行使の禁止によって、多くの矛盾を生じている。また国民保護法は、有事において国民の生命・身体、財産を守ることを目的に、国や地方公共団体の役割を規定している。しかし、国民保護計画の策定・実施は、遅々として進んでいない。

 戦争難民の問題もある。草案が作られた翌年の平成7年1月17日、阪神淡路大震災が起こった。5千人以上の死者、3万人以上の被災者が出た。3万人規模でも被災者の収容は容易でなかった。平成23年3月11日、東日本大震災と福島原発事故が起こり、いまなお約31万5千人が避難生活を送っている。朝鮮戦争の時は200万人の難民が出たというが、その10分の1の20万人が北から押し寄せてきたとしても、対応は相当の難事となるだろう。しかも、わが国自体が北朝鮮の攻撃を受けて多大な被害が出て、多くの死傷者が出ている状態も考えるから、大きな混乱が予想される。

 現在の有事法制は、まだ土台のないまま仮に立てたテントのようなものである。国家安全保障の根本となる憲法は、依然として改正されていない。第9条は制定当時のままであり、国際環境の変化に対応できていない。憲法に非常事態条項は新設されていない。有事法制を支える国家非常事態基本法も制定されていない。一人一人の国民の生命と財産を守るための国防の教育や訓練は、ほとんど進んでいない。

 草案に話しを戻すと、一つ重要な点を指摘したいのは、それが作られた時点では、北朝鮮は核兵器を持っておらず、核攻撃の場合は想定されていないことである。平成9年には北朝鮮が核兵器を保有していることがわかった。その後、政府が何らかの対応策を練ってきたのか、不明である。
 現在、北朝鮮は4回目の核実験を強行し、核戦力を強めつつあると見られる。平成6年の草案では、化学兵器弾頭のノドンミサイル攻撃に対する対応までは、考えられていた。大量の死者が出る場合を想定し、埋葬法の改正や棺桶の手配を検討している。しかし、核兵器は、サリンやVXガスとは違い、人命を奪うだけでなく、多くの建物や施設、情報システムを破壊する。また被爆地は長期にわたり、放射能による汚染が続く。
 広島・長崎で核攻撃を受けた経験のあるわが国こそ、その経験を生かして、万が一の事態に国民が備えられるようにしていなければいけない。
 大東亜戦争の際、時の指導層は、計画性のない戦争を始めた。国民は緒戦の勝利に興奮し、マスコミは国民を戦いに煽った。人命は、鴻毛のごとく軽く扱われた。政府は、陛下の赤子を赤紙一枚で戦地に送り、銃後の国民は無差別虐殺の爆撃・猛火にさらされた。
 戦後は、敗戦の反省に立って進んできたはずだが、日本人は新たな愚行を続けている。わが国は、GHQに押し付けられた憲法を放置し、それを堅持しようという人がまだまだ多数いる。その結果、今日国民は自らを守るすべもなく、未曾有の危機にさらされている。人命の尊重が言われていながら、国家的非常事態に関する備えには、いかほどの進歩があったといえるだろうか。
 わが国を立て直すには、国民の自覚によるしかない。幸い現在わが国は安倍晋三という国家安全保障にしっかりした認識と姿勢を持った政治家を首班とする政権を持つことができている。この機会に、日本人は、北朝鮮からの国防を真剣に考え、あらゆる事態に対応できる体制の整備を急ぐ必要がある。
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