●イギリスのグローバル・ブリテン構想
EU離脱後、イギリスは世界の舞台でどのような役割を果たすべきかについて、イギリス首脳部はかなり前から検討していたようである。2016年6月23日の国民投票で離脱が決定的になると、テリーザ・メイ首相(当時)は、離脱後の構想を発表した。それがグローバル・ブリテン構想である。メイを後継したジョンソンは、この構想を継承している。
グローバル・ブリテン構想とは、イギリスがEUの規制から自らを解き放ち、活動の場を地球規模に広げ、世界各国との連携を通じて経済成長や影響力拡大を図ろうとする構想である。EU離脱によって国力が低下するのを防ぎ、自由貿易協定(FTA)や安全保障協力を通じて、新たな発展を目指す。経済・外交・安全保障に渡る総合的な戦略を以って、国家の針路を半世紀ぶりに大陸から海洋へ向け、特にインド太平洋地域に積極的に進出する構想である。
メイ自身は、以前は離脱反対の立場だったが、国民投票で離脱が決まると、一転して積極的な構想を打ち出した。国民投票のわずか3カ月ほど後、10月2日の保守党大会で、メイは、首相の立場でグローバル・ブリテン構想について、イギリスが「自信と自由に満ちた国」として「ヨーロッパ大陸にとどまらず、幅広い世界で経済的・外交的な機会を求める」構想だと説明した。そして国民投票の結果は、イギリスが「内向きになる」ことではなく、「世界で野心的かつ楽観的な新しい役割を担う」ことへの決意の表れなのだと主張した。発想の転換は見事である。
メイの言うイギリスの「新しい役割」には、安全保障上の役割が含まれる。具体的には、イギリス海軍がインド太平洋地域で「航行の自由」を守り、航海路と航空路の開放を維持するという役割がそれである。2016年に当時外相としてオーストラリアを訪問したジョンソンは、イギリス海軍が2020年代に空母クイーン・エリザベスとプリンス・オブ・ウェールズの2隻を南シナ海に派遣すると述べた。その後、首相となったジョンソンは、本年2月、クイーン・エリザベスの南シナ海への派遣を発表した。南西諸島を含む西太平洋に長期滞在するという。クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群は、空母の他、駆逐艦や補給艦などで構成され、世界最強の米海軍に次ぐ戦闘能力があり、一国の海軍力に匹敵するといわれる。西太平洋で米国または周辺国以外の国の空母打撃群が長期間活動するのは異例である。プリンス・オブ・ウェールズは、建造中で本年中に就航する予定である。
2018年末、ギャビン・ウィリアムソン国防相は、2年以内に極東に軍事基地を設置する計画を明らかにした。ブルネイとシンガポールが候補地と伝えられる。また、近年イギリスは、イギリス、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国が1971年に結んだ防衛協定を根拠として、東南アジア・オセアニアにおける防衛活動を拡大している。
●イギリスの日本への期待
グローバル・ブリテン構想において、イギリスが特に期待するのが、日本である。
2017年(平成29年)8月30日、メイ首相は、日本を訪問した。アジア諸国を歴訪するのではなく、安倍首相と会談するために来日したものだった。
両首脳は、「日英共同ビジョン声明」、「安全保障協力に関する日英共同宣言」、「繁栄協力に関する日英共同宣言」を発表した。安倍首相は、自由、民主主義、人権、法の支配という基本的価値を共有する「グローバルな戦略的パートナー」としてイギリスを重視していると述べた。両首脳は、安全保障・防衛協力については、「自由で開かれたインド太平洋」の確保のための協力を含め、共同訓練,防衛装備品・技術協力、発展途上国の能力構築支援、テロ対策、サイバー等の分野で具体的協力を引き続き推進することを確認した。経済協力については、政治レベルの強い関与の下、EU離脱後の日英経済関係の強化に向けて緊密に連携していくことで一致した。世界の繁栄と成長のための協力については、少子高齢化、保健、女性の活躍の推進等の日英共通の課題への対応に関し、知見の共有のための国際的な取り組みを日英が連携して主導していくことで一致した。
メイ首相は、安倍氏に対し、日本を「アジア最大のパートナーで、“like – minded” の国」と評した。like-minded は、「同じ心の」「同志の」を意味する。
「英国人が『like-mindedの国』という表現を使うのは、オーストラリアやニュージーランド、カナダなど、英連邦の中でも英国と関係が深い『兄弟国』に対してだけだ。メイ前首相が日本を『like-mindedの国』と呼んだことは異例だった」と産経新聞論説委員・前ロンドン支局長の岡部伸氏は述べている。(『イギリスの失敗』PHP新書)
岡部氏は、「安全保障協力に関する日英共同宣言」について、日英の安全保障協力を新段階に押し上げ、「日英関係をパートナーの段階から『同盟』の関係に発展させることを宣言した」と理解する。岡部氏によれば、メイはイギリスがグローバルパワーとして日本との「同盟関係」を活用し、インド太平洋地域の安定に関与していく方針を明確にした。「日英が互いを『同盟国』と公式に呼び合ったのは、1923年に日英同盟が破棄されて以来、初めてのことだった。すでに英政府は、2015年の国家安全保障戦略で、戦後初めて日本を『同盟』と明記した。日英関係を『同盟』という言葉を使って表現し始めたのは、英国側が先である。つまり日本側ではなく、英国主導で『日英同盟』が復活されたことを明記したい」と書いている。(同上)
2015年とは、イギリスがデーヴィッド・キャメロン政権だった時である。岡部氏は、イギリスが日本を「同盟国(ally)」と明記したことを重視し、現在の日英関係を「新日英同盟」と表現する。私は、これには異論がある。旧日英同盟は、英語では Anglo-Japanese Alliance という。私が調べた限り、2017年の「安全保障協力に関する日英共同宣言」の英語版で、alliance(同盟)という言葉が使われているのは、世界の繁栄と成長のための協力に関する項目において、イギリス政府が主導しているネット上の児童への性的虐待を終わらせるための the WePROTECT Global Alliance においてのみである。これは、日英の同盟関係についていうものではない。またally(同盟国)という語もない。軍事同盟は、基本的に共通の仮想敵国を持つ国々が相互の安全保障のために締結するものである。だが、日英の安全保障協力は、そこまで確固たるものではない。準同盟であり、英語では quasi-alliance という。
岡部氏は、2020年10月に刊行された著書『新・日英同盟 100年後の武士道と騎士道』(白秋社)に、次のように書いている。
「日本の指導者は、中国にすり寄るよりも、イギリスとの関係をさらに強固にすべきである。『新・日英同盟』が構築されれば、日米に日本とイギリスを加えた日米英の連携で、グローバルかつパワーバランスが安定する海洋同盟が誕生する。さらに『新・日英同盟』に太平洋・インド洋に位置する英連邦加盟国との連携も組み合わせれば、ロシアや中国という強権的な大陸国家を囲い込んで、世界平和を担う史上初の『グローバル海洋同盟』が生まれる」と。
この記述では、新日英同盟は、既に構築された同盟ではなく、これから構築されるべきものとされている。それが適切な認識である。
日本は米国と安全保障条約を締結している。1952年(昭和27年)発効の日米安保条約は、第2次世界大戦の直後に戦勝国と敗戦国という特殊な関係のもとで、日米が結んだ条約である。対等の独立主権国家同士が結んだものではない。根本的には、日本は米国に基地を提供するだけだが、米国は日本に対して防衛の義務を負うという片務的な契約である。1960年(昭和35年)の改定によって、片務性はある程度改善され、さらに2015年(平成27年)に日本が集団的自衛権を限定的に行使するための法整備が行い、相互性が一定程度、強化された。ただし、日本国憲法は、第9条に戦力不保持と交戦権否認を定めているので、現行憲法のもとでは日米安保条約は十分な双務性を確立し得ない。
日本は現時点で、イギリスとの間で、日米安保条約のような安全保障条約を締結していない。岡部氏の言う「新日英同盟」は、目指すべき目標であって、現在は安全保障協力関係を強化している段階である。私は、この協力関係を発展させて、対等の独立主権国家同士の安全保障条約を締結すべきと考える。その締結の前提として、現行憲法を改正し、日本人が自ら国を守る自主国防体制を構築することがある。この国防の基本を実現してはじめて、他国と安全保障条約を結ぶことに真の意義が生じる。
次回に続く。
************* 著書のご案内 ****************
『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1
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EU離脱後、イギリスは世界の舞台でどのような役割を果たすべきかについて、イギリス首脳部はかなり前から検討していたようである。2016年6月23日の国民投票で離脱が決定的になると、テリーザ・メイ首相(当時)は、離脱後の構想を発表した。それがグローバル・ブリテン構想である。メイを後継したジョンソンは、この構想を継承している。
グローバル・ブリテン構想とは、イギリスがEUの規制から自らを解き放ち、活動の場を地球規模に広げ、世界各国との連携を通じて経済成長や影響力拡大を図ろうとする構想である。EU離脱によって国力が低下するのを防ぎ、自由貿易協定(FTA)や安全保障協力を通じて、新たな発展を目指す。経済・外交・安全保障に渡る総合的な戦略を以って、国家の針路を半世紀ぶりに大陸から海洋へ向け、特にインド太平洋地域に積極的に進出する構想である。
メイ自身は、以前は離脱反対の立場だったが、国民投票で離脱が決まると、一転して積極的な構想を打ち出した。国民投票のわずか3カ月ほど後、10月2日の保守党大会で、メイは、首相の立場でグローバル・ブリテン構想について、イギリスが「自信と自由に満ちた国」として「ヨーロッパ大陸にとどまらず、幅広い世界で経済的・外交的な機会を求める」構想だと説明した。そして国民投票の結果は、イギリスが「内向きになる」ことではなく、「世界で野心的かつ楽観的な新しい役割を担う」ことへの決意の表れなのだと主張した。発想の転換は見事である。
メイの言うイギリスの「新しい役割」には、安全保障上の役割が含まれる。具体的には、イギリス海軍がインド太平洋地域で「航行の自由」を守り、航海路と航空路の開放を維持するという役割がそれである。2016年に当時外相としてオーストラリアを訪問したジョンソンは、イギリス海軍が2020年代に空母クイーン・エリザベスとプリンス・オブ・ウェールズの2隻を南シナ海に派遣すると述べた。その後、首相となったジョンソンは、本年2月、クイーン・エリザベスの南シナ海への派遣を発表した。南西諸島を含む西太平洋に長期滞在するという。クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群は、空母の他、駆逐艦や補給艦などで構成され、世界最強の米海軍に次ぐ戦闘能力があり、一国の海軍力に匹敵するといわれる。西太平洋で米国または周辺国以外の国の空母打撃群が長期間活動するのは異例である。プリンス・オブ・ウェールズは、建造中で本年中に就航する予定である。
2018年末、ギャビン・ウィリアムソン国防相は、2年以内に極東に軍事基地を設置する計画を明らかにした。ブルネイとシンガポールが候補地と伝えられる。また、近年イギリスは、イギリス、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国が1971年に結んだ防衛協定を根拠として、東南アジア・オセアニアにおける防衛活動を拡大している。
●イギリスの日本への期待
グローバル・ブリテン構想において、イギリスが特に期待するのが、日本である。
2017年(平成29年)8月30日、メイ首相は、日本を訪問した。アジア諸国を歴訪するのではなく、安倍首相と会談するために来日したものだった。
両首脳は、「日英共同ビジョン声明」、「安全保障協力に関する日英共同宣言」、「繁栄協力に関する日英共同宣言」を発表した。安倍首相は、自由、民主主義、人権、法の支配という基本的価値を共有する「グローバルな戦略的パートナー」としてイギリスを重視していると述べた。両首脳は、安全保障・防衛協力については、「自由で開かれたインド太平洋」の確保のための協力を含め、共同訓練,防衛装備品・技術協力、発展途上国の能力構築支援、テロ対策、サイバー等の分野で具体的協力を引き続き推進することを確認した。経済協力については、政治レベルの強い関与の下、EU離脱後の日英経済関係の強化に向けて緊密に連携していくことで一致した。世界の繁栄と成長のための協力については、少子高齢化、保健、女性の活躍の推進等の日英共通の課題への対応に関し、知見の共有のための国際的な取り組みを日英が連携して主導していくことで一致した。
メイ首相は、安倍氏に対し、日本を「アジア最大のパートナーで、“like – minded” の国」と評した。like-minded は、「同じ心の」「同志の」を意味する。
「英国人が『like-mindedの国』という表現を使うのは、オーストラリアやニュージーランド、カナダなど、英連邦の中でも英国と関係が深い『兄弟国』に対してだけだ。メイ前首相が日本を『like-mindedの国』と呼んだことは異例だった」と産経新聞論説委員・前ロンドン支局長の岡部伸氏は述べている。(『イギリスの失敗』PHP新書)
岡部氏は、「安全保障協力に関する日英共同宣言」について、日英の安全保障協力を新段階に押し上げ、「日英関係をパートナーの段階から『同盟』の関係に発展させることを宣言した」と理解する。岡部氏によれば、メイはイギリスがグローバルパワーとして日本との「同盟関係」を活用し、インド太平洋地域の安定に関与していく方針を明確にした。「日英が互いを『同盟国』と公式に呼び合ったのは、1923年に日英同盟が破棄されて以来、初めてのことだった。すでに英政府は、2015年の国家安全保障戦略で、戦後初めて日本を『同盟』と明記した。日英関係を『同盟』という言葉を使って表現し始めたのは、英国側が先である。つまり日本側ではなく、英国主導で『日英同盟』が復活されたことを明記したい」と書いている。(同上)
2015年とは、イギリスがデーヴィッド・キャメロン政権だった時である。岡部氏は、イギリスが日本を「同盟国(ally)」と明記したことを重視し、現在の日英関係を「新日英同盟」と表現する。私は、これには異論がある。旧日英同盟は、英語では Anglo-Japanese Alliance という。私が調べた限り、2017年の「安全保障協力に関する日英共同宣言」の英語版で、alliance(同盟)という言葉が使われているのは、世界の繁栄と成長のための協力に関する項目において、イギリス政府が主導しているネット上の児童への性的虐待を終わらせるための the WePROTECT Global Alliance においてのみである。これは、日英の同盟関係についていうものではない。またally(同盟国)という語もない。軍事同盟は、基本的に共通の仮想敵国を持つ国々が相互の安全保障のために締結するものである。だが、日英の安全保障協力は、そこまで確固たるものではない。準同盟であり、英語では quasi-alliance という。
岡部氏は、2020年10月に刊行された著書『新・日英同盟 100年後の武士道と騎士道』(白秋社)に、次のように書いている。
「日本の指導者は、中国にすり寄るよりも、イギリスとの関係をさらに強固にすべきである。『新・日英同盟』が構築されれば、日米に日本とイギリスを加えた日米英の連携で、グローバルかつパワーバランスが安定する海洋同盟が誕生する。さらに『新・日英同盟』に太平洋・インド洋に位置する英連邦加盟国との連携も組み合わせれば、ロシアや中国という強権的な大陸国家を囲い込んで、世界平和を担う史上初の『グローバル海洋同盟』が生まれる」と。
この記述では、新日英同盟は、既に構築された同盟ではなく、これから構築されるべきものとされている。それが適切な認識である。
日本は米国と安全保障条約を締結している。1952年(昭和27年)発効の日米安保条約は、第2次世界大戦の直後に戦勝国と敗戦国という特殊な関係のもとで、日米が結んだ条約である。対等の独立主権国家同士が結んだものではない。根本的には、日本は米国に基地を提供するだけだが、米国は日本に対して防衛の義務を負うという片務的な契約である。1960年(昭和35年)の改定によって、片務性はある程度改善され、さらに2015年(平成27年)に日本が集団的自衛権を限定的に行使するための法整備が行い、相互性が一定程度、強化された。ただし、日本国憲法は、第9条に戦力不保持と交戦権否認を定めているので、現行憲法のもとでは日米安保条約は十分な双務性を確立し得ない。
日本は現時点で、イギリスとの間で、日米安保条約のような安全保障条約を締結していない。岡部氏の言う「新日英同盟」は、目指すべき目標であって、現在は安全保障協力関係を強化している段階である。私は、この協力関係を発展させて、対等の独立主権国家同士の安全保障条約を締結すべきと考える。その締結の前提として、現行憲法を改正し、日本人が自ら国を守る自主国防体制を構築することがある。この国防の基本を実現してはじめて、他国と安全保障条約を結ぶことに真の意義が生じる。
次回に続く。
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『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cc682724c63c58d608c99ea4ddca44e0
『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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