ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

誇りを育てる教育3~皇室

2006-03-31 09:28:49 | 教育
 日本人としての誇りを育てる教育を実行するには、歴史教育を改めることが必要だと書いた。その中で最大のポイントとなるのは、皇室について教えることだと私は思う。

 日本文化をよく知る外国人の中には、日本の最大の特徴として、皇室の存在を挙げる人が多い。彼らには、これは大きな驚きなのである。古代から今日まで王室がずっと続いているということなど、彼らの国では考えられないことだからである。
 わが国の皇室は、古代から今日まで、一筋の家系で続いている。その起源は、神話の時代にさかのぼる。神話の中に現れる神を祀る神社が現存し、多くの人々が参拝し、今日も祭りが行われている。また、その神話の神が、皇室の祖先として信じられている。その神の子孫が、現代に生きており、国の象徴として仰がれている。これは日本人が誇りとすべき随一のものである。
 国柄についての事実を教えることが、日本人としての誇りを育てる。そして重要なことは、皇室について触れなければ、日本の国のことも、日本の歴史についても、肝心なことは伝わらないということである。

 私はこの春休みに、名古屋周辺の小学生に、日本の話をする機会があった。
 最初に「日本」という国の名前について話した。「日ノ本」という名は、太陽の下の国という意味である。そこで、「日の丸」の旗を見せると、太陽をかたどったものであることは、みな知っている。しかし、国の名前と国旗が、同じく太陽を表していることは知らなかった。
 「日の丸」が世界の国旗のうち、一番古い旗であると言うと子どもたちは驚きを示す。「日の丸」は古くから天皇が使っていた。戦国武将にも愛用された。幕末に西洋から外国の船がたくさん来るようになったとき、日本の船のしるしとすることになった。それが、国の旗として使われるようになった。

 次に、「君が代」について訊いてみた。子どもたちは最近、卒業式で歌ったと言う。学校で練習をしたとも言う。「この歌はどういう意味の歌か、教えてもらったかな」。歌の意味については、誰も習っていない。意味も分からずに歌っているわけだ。そこで、歌詞を板書して説明した。
 「君」とは、天皇のことを意味する。「千代に八千代に」とは、いつまでもいつまでもという意味である。「さざれ石」の話しをすると、子どもたちはとても興味を示した。小さい石が寄り集まって大きな岩に成長するという不思議に、いきいきした反応が返ってくる。その後、伴奏入りのCDを使って、歌唱練習。私が大きな声で歌うと、みんなの声も大きくなる。

 こんな風に進めながら、次に天皇について質問した。「日本の最初の天皇は誰かな」。知っている子は、誰もいない。「じゃあどんな名前の天皇がいただろうか」と訊くと、まず聖武天皇があがった。修学旅行で奈良の東大寺に行ったという子だった。
 最初の天皇は、神武天皇という、と板書して、振り仮名を振る。日本では神武天皇に始まって、いまの天皇まで、ずっと一つのお家が天皇を受け継いで続いている。そういう国は、世界中探しても他にない。世界一だ。子どもたちの目がきらめく。
 「いったい何年くらい、続いているのだろう」と訊く。私は、よく三択式のクイズを出して、手を挙げさせる。5百年と2千年以上の二つに分かれた。どういうわけか、千年という子はいない。「正解は2千年以上」と言うと、500年に手を挙げた子は、「エーッツ」と驚きの声を上げる。

 ここで、歴代天皇の系図を見せた。今回は神社本庁が出している『皇室典範改定 本当にこれでいいのですか』というチラシを使った。1枚の紙に125代の天皇の系図を載せ、継承関係までわかるように描いている優れものだ。子どもたちは、食い入るように系図を見る。神武天皇と今上天皇の書いてある場所を確認し、その間が、ずっとつながっていることを確認した。「すげー」「ほんとだ」という声が上がる。
 その後、「天岩戸」と「ヤマタノオロチ」のビデオを見せ、名古屋あたりにゆかりの深い日本武尊(やまとたける)の話しをした。オロチの尻尾から出てきた剣、タケルが草をなぎ倒した剣が、いまも熱田神宮に祀られている。小学校2年生の女の子までが目を丸くして驚いていた。みなこういう話に、興味津々なのである。

 子どもたちに日本の国の話しをすると、子どもたちが実に生き生きした反応を示す。目が輝く。私はそれを何度も体験している。子どもたちには、自分の国のことについて、また先祖のことについて知りたい、という本能のようなものがあるのではないか。私は、そう思っている。
 特に日本は皇室の存在を一大特徴とする国であることを教えること。そのことが、日本人の誇りを取り戻し、また青少年に誇りを育てる重要なポイントだと思う。
 学校で教えてくれないと嘆くばかりではいけない。お子さんのいる人は、日本の国のことを、自分の子どもに話してみていただきたい。地域の子どもに接する機会のある人は、子どもたちに話してみていただきたい。話しをする自分の方も、大きな感動を味わうに違いない。

 次回に続く。

■追記

・本稿を含む拙稿「日本人の誇りを育てる教育」は、下記に掲載しています。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion02d.htm
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誇りを育てる教育2~歴史

2006-03-30 10:21:56 | 教育
 敗戦によって、日本人は自信を失った。また占領政策によって、勝者の歴史観を押し付けられた。戦後約60年、日本の国について、良いところを教えず、過去の行いの悪いところを誇張して教えられてきた。悪いことばかり聴かされると、誇りは育たない。また、誇りは傷つけられ、失いもする。
 誇りを失った人間は、恥を知らず、名誉を大切にしない。周囲の目や他者の評価に無頓着になり、だらしのない人間になる。無責任で自己中心ともなる。または自虐的で、自嘲的ともなる。

 戦後教育を受けた世代は、二代目から三代目となってきている。戦後最初の世代が祖父母、次の世代が親となっている家庭が多い。二代目である両親は、家庭において、子どもに誇りを育てる教育ができなくなっている。学校でも家庭でも、子どもたちは、日本人としての誇りを教えられない。その結果、日本人として生まれたこと、日本人であることに誇りを持てない青少年が多くなっているのではないか。
 財団法人日本青年研究所は、定期的に青少年の国際世論調査を行っている。平成16年9~12月、日・米・中の3カ国の高校生、合計3,649名に対してアンケートが行われた。その中で、「国に対する誇りを持っているか」という質問がなされた。
 その結果によると、「強く持っている」と答えた者が、日本は15.4%、米国は29.4%、中国は29.3%だった。
 誇りを強く持っていると答えたのは、日本は米国・中国の半分程度なのである。「やや持っている」と答えたのは、日本が35.5%、米国が41.5%、中国が50.1%である。「強く」と「やや」という答えと合わせると、米国は約7割、中国は約8割と多数であるのに対し、日本は50%程度にとどまる。
 この一方、「余り持っていない」と答えた者は、日本が32.7%、米国が17.9%、中国が15.7%である。わが国の高校生は、国に対する誇りを「あまり持っていない」と答えた者が3割以上いるのである。
 こうした現状を踏まえ、日本人としての誇りを取り戻すには、どのようにすればよいか。私は、歴史教育の建て直しが最も必要だと考える。

 戦後のわが国では、誇りある歴史が教えられてこなかった。占領下でそれまで日本人が持っていた歴史観が否定された。その歴史観とは、神話の時代から2千年以上もこの国で生きてきた民族の歴史である。ある民族を滅ぼすには、その民族の記憶を奪えばよい。ここにいう記憶とは歴史である。民族固有の歴史観を奪えば、その民族はやがて滅亡する。
 戦後の日本人には、占領後すぐ、アメリカの立場による「太平洋戦争史観」が植え付けられた。新聞に連載され、全国の学校に本が配付されて教え込まれた。ラジオ・ドラマ化されて、『真相はこうだ』という番組で全国に放送された。東京裁判の判決を是とする東京裁判史観が、それを補強した。これが、戦後の歴史教育のもとになっている。
 この占領下の教育が、今なお日本の教育を支配している。それは、占領下で作られた教育基本法による。昭和22年制定後、半世紀以上たっているのに、教育基本法は一言も変えられていない。根本方針が変らないまま、教育が行われてきたことによって、日本人の精神が低下・退廃してしまった。

 それゆえ、これまでの歴史教育の内容を改め、誇りある歴史を教えることが、教えることが必要である。
 国の歴史のよいところを教え、誇りをもてるようにしないと、国民は精神的にだめになってしまう。自国の歴史や伝統に誇りを持つことは、祖先への尊敬や感謝を持つことにつながる。子供たちは、自分の命が祖先から受け継がれてきたものだと感じる。自分の存在は、祖先のおかげだと気づく。それによって、自分が生まれてきた意味、生きていく目的、自分の担うべき役割を理解することができる。そこに、人への思いやりや、助け合いの心が育つ。
 だから、私は誇りある歴史の教育は、子供たちの心を育てる教育となり、子供たちの心を救う教育になると思う。それは、また国全体で見れば、日本を再建する教育ともなると思う。

 
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誇りを育てる教育1~誇りとは

2006-03-29 13:09:11 | 教育
 3月11日、埼玉県川口リリアで行われたフォーラムの内容について概略、ご紹介した。当日のテーマは、「日本人の誇りを育てる」だった。この機会に「日本人の誇りを育てる教育」について、私見を述べたい。

 今日の日本人は、国に対する誇りを失い、日本人としての誇りを持っていない人が多いのではないか。
 誇りとは何だろう。『広辞苑』を引くと、次のような語義が載っている。

●誇る=得意のさまを示す。自慢する。いい気になる。光栄とする
●誇り=ほこること。自慢に思うこと。また、その心。

 この説明によれば、誇りとは、自慢に思うこと、得意に思うことである。それは得意ぶっていい気になるという場合もあれば、光栄に思うという場合もある。
 光栄については、次のような説明がある。

●光栄=はえあること。ほまれ。名誉。
 
 そこで、誉れについて引くと、次のような説明がある。

●誉れ=ほめられて光栄あること。評判のよいこと。また、そのような行い。名誉。名声。

 この誉れとか評判という言葉を使って、最初の誇りの語義を見直してみよう。すると、誇りとは「得意のさまを示すこと。自慢すること。光栄とすること。評判がよく、ほまれ、名誉とすること」と定義することが可能だろう。

 誇りは、何かについての誇りである。それは、家や先祖や国についての誇りであり、会社や職業や、場合によっては自分自身についての誇りである。そして、こうした誇りには、家や先祖や国等について、良いと思い、喜びや満足を感じること。また、その良いところを失わないようにしたいと思う心という意味が含まれていると思われる。
 また誇りは、「自分は○○である」というアイデンティティと関わる。それは「○○である自分」を肯定的にとらえる評価に裏づけされている。また「○○である」ことは、良いこと、うれしいこと等の感情が伴っている。そして、「○○であること」に恥じることのないようにしたい、評判を落としたくない、名誉を汚したくないという気持ちが含まれているのだと思う。
 日本人としての誇りは、「自分は日本人である」というアイデンティティと関わる。日本人としての誇りを感じるというときは、日本に生まれてよかった、日本人でよかったというように、「日本人である」ことは、良いこと、うれしいこと等の評価が、そこになされている。

 国に対する誇りは、先祖や国の良いところを学ばないと育たない。伝統や文化や国柄を学ぶこと。さらに、それが単なる「知識」にとどまらず、喜びや満足を感じる「感情」にまでなったときに、誇りとなる。
 日本に生まれてよかった、日本人に生まれてよかったという感情を持つにいたると、誇りが生まれる。そして、日本及び日本人のよさを保とう、誉れを保とう、名を汚してはならないという「意思」が生まれる。
 この「知識」⇒「感情」⇒「意思」という深まりが重要である。

 ところが今日、多くの日本人は、日本人としての誇りを失っている。いやむしろ、日本人としての誇りが持てないような教育を受けえてきたため、誇りそのものが育っていないのだ。誇りを持つことは、すなわちおごりであり、他者への思い上がりだというような意識を植え付けられている。誇りという評価や感情が持てないような規制が心の中に働くようになってしまっている。「知識」が与えられず、「感情」を抑えられ、「意思」がくじかれている。
 その原因をとらえたうえで、方策を考えることが、日本の教育の課題である。

 次回に続く。
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3・11中條高徳氏らとのパネル5

2006-03-28 12:37:49 | 教育
 前回の続き。家庭教育のまとめから、最後まで。

【細川】 人間は一種の動物だから、きちんと教育をしないと、人間らしく育たない。犬猫とそう変わらない状態になってしまう。しつけが大切なのは、子供が大きくなって社会に出ていったときに、社会のルールや仕組みにちゃんと適応して生活ができ、社会に役に立つ人間になれるようにすることにある。つまりしつけとは、家庭で行う「公の教育」なのだ。
 個と公ということでは、公は「おおやけ」ともいい、「おおやけ」という言葉には、「朝廷」つまり皇室という意味があった。皇室は、日本における公共性の中心とされてきたわけだ。皇室の存在が見失われると、「おおやけ」つまり公が忘れられるのだ。
 教育勅語は、明治天皇の御言葉だが、決して天皇の個人的な創作ではない。わが国に長くずっと伝わってきた伝統を、言葉に表したものであって、日本人が古来ずっと持ち続けてきた伝統的な精神、この国の素晴らしさ、美しさを集約して表しているものだ。
 教育勅語は戦前、家庭教育における指針ともなっていた。「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し」とあるように、親を大切にし、兄弟姉妹が助け合い、夫婦が調和を持って、円満な家庭に努めて来た。ところが戦後、教育勅語が失われた。家庭における教育の基準、規範が無くなった。家庭での「公の教育」も、なされなくなってきたのだ。
 私たちはもう一度失われたものを学び直し、取り戻していくべきだ。今日からでも実行できる。自分の家庭また私たちの社会そしてこの国を立て直すことは可能だと思う。

【司会】 最後に一言ずつ、どうそ。

【中條】 特に若い人にお話ししたい。この国は絶対に行ける。絶対行けるから自信を持って、大きな夢を持って進んでください。

【勝岡】 日本という国は非常に恵まれている。天皇陛下を頂いている素晴らしい国だということに気付くこと、そうすれば日本はすぐに立ち直るのではないかと期待している。

【細川】 戦後の日本人が失ったもの、それを一言に要約すれば、日本精神である。日本人がこの国で古来受け継いできた美しい、素晴らしい精神を私たちは失ってきている。
しかし、日本精神は決して死滅したわけではない。皆さんの心の底に今も脈々と生き続けていると思う。昨今、皇室典範の改正という問題が生じ、多くの人が皇室の存在、そして日本の国柄について関心を持つようになってきた。これは、日本人が日本精神に目を向ける好機だと思う。
 真の日本精神を説く大先生は次のように言っておられる。「日本の国は親は子を大切にし、子は親に孝行を尽くす。そして、親子一体、夫婦一体、国家と国民が一体の日本精神によって共存共栄していく国なのである」「日本人は日本精神に帰れ」と。
 私たちが心の奥底にある日本精神を取り戻すとき、家庭に調和がよみがえり、社会に公共性がよみがえり、国に確かな背骨、理念がよみがえると思う。
 この国を立て直していかないと、私たちの子供、また孫が、この国の抱えているさまざまな問題をそのまま背負ってしまうことになる。今ここでしっかりと日本精神を取り戻し、国を立て直していくこと、それは私たちの責任だと思う。ぜひ皆さんに日本精神復興促進運動にご協力をお願いしたい。

【司会】 皆さんとともにこの国を良くしていきましょう。どうもありがとうございました。(完)
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3・11中條高徳氏らとのパネル4

2006-03-27 10:29:31 | 教育
 前回の続き。学校教育から家庭教育へと、話しは移る。

【司会】 次に家庭教育については、どう思うか。

【勝岡】 日本の教育学は、家庭教育をほとんど無視して、学校教育のことばかりやっている。ところが今いろいろな問題が起こっている根は、家庭にある。先生が必ずしも悪い先生ではないのに小学校一年生から学級崩壊を起こす。これは家庭のしつけ自体が崩壊しているからだ。だから、私は教育学の講義のうち、前半期は家庭教育を教えている。
 今の親の世代が良くないから、子供に問題があるのではなくて、そのお母さん、お父さんの世代が問題だ。なぜそうなるのか、私はよく分かる。というのは私自身がちゃんとした価値観・倫理観・道徳観を、親から教わっていないからだ。私は親から、戦争のことを全然教わっていない。
 私が研究しながら気付いたことは、占領軍によって価値観をひっくり返され、私の親の世代は自信を失っているのだ。だから子供をしつける価値観が無かったのだ。私は教育勅語なども自分で勉強して、自分の中で価値観・倫理観・道徳観をつくっている。残念ながら親から教わっていない。
 戦争に負けたことによってこうなっている。今気付いたところで、私の世代も含めて立て直していけばまだまだ遅くはないと思う。

【中條】 しつけが大切だ。全国的に見て、団塊の世代の人たちの病が一番重い。お父さんたちがだいたい戦いに行っている。戦友が死んでいくのを助けられなかったという切なさもある。だから戦争を語れなかったのだ。そして勝った方が正しいと盛んに宣伝工作するものだから、お父さんたちは黙ってしまった。
 学歴が子供の方が上になったことにも一因がある。お父さんたちは日本人の教育が染み付いているから、しばらくたって気が付いて「おまえ、間違っているよ」と子どもに言った。すると「そんな古いこと言うのはうちだけだよ」と子どもに言われた。大学へ行っていないお父さんたちは、そこで口をつぐんだというのが現実のほとんどだ。
 なぜ私が自信をもってこう言うかというと、この本(『おじいちゃん、戦争のことを教えて』)を読んだ人から感動の手紙が、二千通超えるほど来た。なかに団塊の世代のお父さんの切ない手紙、感動の手紙があるから分かるのだ。
 ここで親子同士が責め合っているひまはない。戦争に負けたこと、占領軍の巧みさに原因がある。いろいろ手の打ち方はあるが、一番の基本は、家庭のしつけをしっかり行うことだ。それには、お父さんもお母さんも自信を回復しなければいけない。しつけを徹底することは、親子ともしっかりすることだ。そのことが皆さんに一番言いたいことだ。

 次回に続く。
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3・11中條高徳氏らとのパネル3

2006-03-26 09:51:59 | 教育
 前回の続き。主題である教育の改革へと、話しは進む。

【司会】 教育を変えていくには、どうしたらよいか。まず学校教育については、どうか。

【細川】 近年、大きな問題になっているものに、ゆとり教育がある。弊害が大きくなり、ようやく軌道修正がされているが、ここ五年ほどの間に授業内容が三割、授業時間が二割削減された。ゆとり教育は、始める時点で既に、学力が低下して大変なことになると、一部の専門家が警告していた。ところが政府はそれを強行した。結果として、学力が驚くほど低下した。子供たちの基本的な生活習慣とか規範意識までが崩れている。
 日本青少年研究所の国際意識調査を見ると、日本の高校生は、アメリカや中国等と比べて、「覇気がない」「意欲がない」という結果が出ている。ゆとり教育は、青少年の精神力の低下を招いた点があると思う。
 戦後の教育全体のゆがみの上に、ここ近年の教育の間違いが上乗せになるような形で、大きな地盤低下を招いたのだ。
 ゆとり教育の基にあるものは何か。子供中心という考え方だ。子供の個性を尊重するという理念の下で、子どもと親や教師が平等だという。それは、個人主義を徹底していくものだ。しかし、親も教師も一定の権威があればこそ、子供にものを教え込んだり、身に付けさせたりできる。ある程度強制的な要素がないと、実りある教育はできない。
 日本は資源のない国だ。ここで教育の在り方を根本的に立て直さないと、現在の豊かさ、繁栄は守れないだろう。人材育成について国民が真剣に考えて、やり直さなければならないと思う。

【勝岡】 私は十年くらい前から大学で教えている。教壇に立って思うのは、試験の答案がまともな日本語でないということだ。小学生が書いたのか中学生が書いたのか、それくらいのレベルで、到底大学生とは言えない。
 また、年を追うごとに私語が多くなっている。公ということが日本人の中で忘れられている。それでは、近所付き合いもできないし、国家というものが成り立たない。公について分からくなっていることは、日本の国家が崩壊しかけていることと一緒の意味だと思う。
 日本の歴史を見れば、聖徳太子のころから、公は十七条憲法に出ている。背私向公つまり「私に背いて公に向かう」というのが、聖徳太子の教えのキーワードになっている。それが日本人の確固たる伝統となっているのに、教えられていない。だから、身の周りの利益、自分だけのことになってしまい、今の現象につながっていると思う。

【中條】 学校で校長先生の権限が無くなったことが、一番の災いだ。職員組合が支配している。日教組が私に「先生、国旗と国歌について講義してください」と言ってきたので、喜び勇んでいたら、うちの秘書たちが「そんな危ない所に行かないで」って言う。「法治国家じゃないか」って言ったのだが、二人ボディーガードが来た。それを日教組の諸君に教えてあげた。「二人がガードに来るくらいのイメージなんだよ」って。講義が終わってから「先生、ご高齢ですが二次会に出てくれますか」って言ってきた。
 講義に呼ばれたきっかけは、おばさんの日教組の幹部が、定年になって市会議員になった。先生をしていたときより、社会性がでてきたようで、私の本(『孫からの質問状 おじいちゃん戦争のことを教えて』)を読んだらしい。そして日教組へ行って、「あなた方、だまされたと思って読んでみて」って、私の本を紹介したそうだ。それで、読んだ彼らが私を講演に呼ぼうということになったという。

 次回に続く。
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3・11中條高徳氏らとのパネル2

2006-03-24 08:56:02 | 教育
 前回の続き。話は憲法から教育基本法へと展開する。

【司会】 教育基本法については、どうか。

【細川】 教育基本法が戦後の教育の枠組みを決めてきた。教育基本法には、日本国憲法の精神を実現するものという前文が付けられている。もとにある憲法がゆがんでいれば、教育基本法の方もゆがむ。
 憲法の前文には、日本の国はどういう伝統や歴史を持っているのか、日本国民はどういう由来を持っている国民なのかということが、何も書いていない。戦争を起こして、他国に迷惑をかけた、二度といたしませんといった、わび証文のようなものになっている。
 だから、教育基本法にも、日本の伝統・文化・歴史を学ぶことが十分盛られていない。 まず欠けているのが愛国心である。国を愛する精神が育っていかないような内容になっている。公共心や伝統の尊重も盛られていない。
 現在の基本法のまま、教育を続けていけば、日本人の精神が低下していくのは火を見るより明らかだ。きちんと改正して、子弟を健やかに育てていけるものに作り直さないと、ますます日本は大変なことになる。

【勝岡】 教育勅語がなくなって、教育基本法になっていったのか、長らく分からなかった。占領終了後、二十五年か三十年くらいたって、占領文書をアメリカが公開した。それで、初めて当時の状況が明らかになった。
 私は戦後の生まれだが、戦後は素晴らしい、民主主義は素晴らしいというものの見方しか教わっていない。ところが疑問を持って調べてみると、占領軍がいろいろ工作し、占領軍の手のひらの上で操られていたことが分かってきた。担当は、CIE(民間情報教育局)だった。教育と情報がセットになっていた。
占領軍のやり方を見ると、大東亜戦争になぜ至らなければならなかったのかという情報を、検閲で徹底的に削除させた。電話盗聴、私信の開封、新聞、雑誌、ラジオ、映画等、当時のありとあらゆるところに検閲の目を張り巡らせて、都合の悪いことを一切除去させた後に、プロパガンダとして、民主主義は素晴らしいと思い込まされた。そこには、二度とアメリカに立ち向かわせないように、精神的な武装解除をするという、目的があった。

【司会】 これからの教育基本法はどうあるべきか。

【勝岡】 教育基本法は法律だ。法律には、法律としての限界がある。教育勅語が悪かったからそれを否定して教育基本法がある、といまだに教育学会で定説のようになっているが、これは間違いだ。
 教育勅語は、戦前世代には、倫理観・道徳観のバックボーンとして、ゆるぎないものだった。教育勅語は道徳を説いたもの、教育基本法は法律だから性質が違う。
 道徳は、人間の内面に働きかけて、自分の行動を正したり、他人の悪いところを見ればそれを正すもの。法律は、社会的なルールに対する外面的な権力作用。だから、道徳と法律では、働きが違う。
 教育基本法ができた当時は、教育勅語があった。その両方でやろうと思っていたら、教育基本法ができた後、占領軍が指令でもって教育勅語を強制的に排除させた。基本法ができた一年後の昭和二十三年のことだ。

【中條】 憲法は国家の基本法、不磨の大典だ。しかし、最高法規といえども国民のためにある。憲法のために国民が不利益を受けているときは、変える勇気の方が正しい。
 だから、昭和三十年に保守が合同して、自民党が誕生した。占領下でつくられた憲法のままでいるのは、日本人として恥ずかしい。自民党の綱領の第一は憲法改正だったのに、それを怠って、今日に及んでいる。
 教育基本法も最初は日本人がつくっていたが、占領軍が間に入ってきた。法律は、すべて憲法がもとだ。個の尊重も人権の尊厳も、隣の人を認めてはじめて成り立つ。この隣の人を公という。個と公とバランスが大切だ。一番の課題は、教育基本法はこの点を欠いていることだ。なぜ、昭和二十七年から直さなかったのか、この怠慢が問われる。
 生んだ親と生まれた子では、個の尊厳、人権の尊さでは全くイコールだ。しかし、産んだ親と産んでいただいた子は、永久に追いつけない価値の差がある。それを、同等だ、同等だと言うのは、間違いだ。学校では、教える先生と教わる生徒に差が大きければ大きいほど、先生の教えが染み込む。

 次回に続く。

参考資料
・拙文「教育基本法を改正しよう」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion02b.htm
・拙文「教育勅語を復権しよう」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion02c.htm
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3・11中條高徳氏らとのパネル1

2006-03-23 16:50:15 | 教育
 3月11日「明けゆく世界フォーラム」について、基調講演に続いて、パネルディスカッションの内容をご紹介したい。
 主題は「日本人の誇りを育てようー教育の荒廃、精神文化を見失った国家の危機」。パネリストは、基調講演者の中條高氏、明星大学戦後教育史研究センターの勝岡寛次氏と私である。
 以下に、大要を掲載する。発言は要旨を記すものであって、細部は必ずしも正確な文言ではない。その点はご容赦願いたい。掲載は5回に分けて行う予定である。

【司会】 最初に、先日のトリノオリンピックについて、お聞きしたい。

【細川】 スポーツの祭典に世界各国の人々が集まって力と技を競い合うことは、素晴らしいことだ。それぞれの選手は、単に個人としてではなく、国の代表として、国の名誉や誇りを懸けて競うところに、十二分に力が発揮されるのではないか。その点で、日本の選手には、国の代表という意識が少し弱かったのではないかと気にかかった。

【勝岡】 オリンピックは、国力の一つのバロメーターだ。結果的には少し寂しい。ある意味で日本人の形の表れだと思う。

【中條】 されどスポーツだが、国を背負っている意識が薄すぎると強く感じる。豊かさが邪魔していると思う。豊かになると目指すエネルギー、耐える力が弱くなる。それが結果に現れた。その中で、荒川選手には涙が出た。国内での恥をそそごうという気持ちが強かったのではないか。

【司会】 この国を立て直し、真の独立国家になるにはどうすればよいか。憲法については、どう思うか。

【勝岡】 他の国は割と簡単に憲法を変えているのに、日本だけが何でこんなに変えられないのか? このことを考えるには、憲法の成り立ちを見ることが大切だ。今の憲法は日本人が自分で作ったものではない。占領下で主権が無い時代に、アメリカのマッカーサー草案を基にできたものだ。背後に絶対的な力が働いて、アメリカが決めさせたものだ。
 日本人が決めたのでない限り、日本の憲法の体を成していない。日本人が決めないと日本の憲法ではない。このことがうやむやにされて、内容が良いから、押しつけ憲法でもいいのではないか、平和憲法だからいいのではないかという議論がある。これは根本的におかしい。このことに疑問を持てば、主権や国家の在り方に、日本人が少しずつ目覚めて、状況は変わると思う。

【細川】 大東亜戦争の敗戦によって、日本人は自信を失ってしまった。そのうえに6年8カ月もの占領を受け、日本を弱体化する政策が次々と行われた。その総仕上げとなったのが、憲法だ。
 本来、占領期間は、その国の法令を変えてはいけないとハーグ陸戦法規に定められている。にもかかわらず、戦勝国によって憲法まで変えられてしまった。そして、押し付けられた憲法を60年近く、一字一句変えることなく、今日まで来ている。この日本人の在り方を、根本的に考え直さなければならない。
 大一先生は、「いまの日本の憲法は、戦争直後に戦勝国がつくって日本に押しつけた憲法なのだ。だから、その憲法はひとりでに国家が崩壊するような仕組みになっている」と、こういうことを早くから言っておられる。その影響があらゆるところに出ている。

【中條】 占領軍は、憲法作成のプロセスは、一切日本人に教えてはならないと、二重に網を掛けた。国民は、食うもの着るものに一生懸命だったからつゆ知らなかった。また新聞では、自分たちの国会で憲法を作っていると見えた。鬼畜米英と教わってきたのに、憲法までも作らせてもらっていると逆に取った。ほとんどの日本人は、疑うことなく魂を抜かれてしまった。しかし、憲法は、国家の基本法だから、自らの国民の手でつくってこそ、国の誇りとなる。

 次回に続く。

参考資料
・勝岡寛次著『抹殺された大東亜戦争』(扶桑社)
・勝岡寛次著『韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する』(小学館)
・拙稿「日本国憲法は亡国憲法~改正せねば国が滅ぶ」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08c.htm
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3・11中條高徳氏の講演

2006-03-22 12:26:36 | 教育
 3月11日、埼玉県川口市にある川口リリアで「明けゆく世界フォーラム」が行われた。基調講演は、アサヒビール名誉顧問の中條高徳氏。私は、中條氏、勝岡寛次氏(明星大学戦後教育史研究センター)とともに、パネル・ディスカッションに出演した。

 このフォーラムは、日本精神復興促進運動本部が主催したものである。日本精神の復興促進運動とは、私が生涯の師にして、また神とも仰ぐ大塚寛一先生が創始した運動である。

 大塚先生は戦前、時の指導層に建白書を送付し、日独伊三国軍事同盟に反対し、米英と開戦すれば必ず大敗を喫するとして警告をされた。このまま進めば、新型爆弾が投下され、日本の大都市は焦土と化すと予見した。言論統制厳しい時代にもかかわらず、大塚先生は、逮捕されることも投獄されることもなかった。これは、実に驚異的なことである。
 大塚先生は戦後、日本が再びこうした誤りを繰り返さないよう、真の日本精神を伝える活動を推進された。昭和40年代には、いち早く共産主義が崩壊することを予見し、一大啓蒙運動を展開された。
 さらに、真の日本精神は、日本だけでなく、世界を導く指導原理であることを、明らかにされている。
http://www.nsfs.jp/sousai_sousai.htm

 日本精神復興促進運動本部が主催するフォーラムやセミナーでは、大塚先生が創始した運動に賛同する人々が協力をしてくださっている。

 このたびのフォーラムにおいては、賛同者の一人、中條高徳氏が基調講演をされた。以下、要旨にて講演内容をご紹介したい。

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演題「日本人の誇りを育てよう」

 私は職業軍人の道を歩み、敗戦時、十九歳でしたが、わが国は、私の友人が三人気が狂ったほどの価値の転換を経験しました。
 大塚先生はそうした国の行く末を見通していました。
 大塚先生という方について知れば知るほどびっくりしています。

 現在、皇室典範改定問題が起こっていますが、「有識者会議」で女系天皇を認めるなど拙速な改定への動きが進められる中、秋篠宮妃紀子さまのご懐妊はまさに吉報でした。天の岩戸が開いて、神様が光を届けてくれた感じがしました。
 郵政改革と皇室典範の問題を同じレベルで考えていた小泉首相が、吉報が入ったとたん、「ゆっくり国民の意見を聞いて」というように、変わってきたんですね。本当に、この国は神の国だという感じが致します。
 ところが、最近、親が子を殺したり、子が親を殺すような事件が起きています。どうしてこんな日本になってしまったのか、その理由をお話ししたいと思います。

 一つは、日本人が「戦争の勝敗は、正義とは全く関係ない」という戦争の本質を知らなかったためです。戦争の勝敗は、正しいかどうかではなく、力が強いかどうかで決します。
 国連(国際連合)に参加している国は今、百九十一カ国ですが、その多くが、日本の立ち上がりで戦後、独立を果たしたアジア・アフリカの国です。また国連には敵国条項が未だに残っています。国連の正しい意味は連合軍なのです。
 戦後、占領軍は、「ウォーギルト・インフォメーション・プログラム」により「真相はこうだ」などの番組で日本の戦争犯罪を大々的に取り上げ、3S(スクリーン・セックス・スポーツ)政策で日本人の精神を弱体化しました。

 二つ目は、占領軍の政策が極めて巧妙であったことです。白人が、アジア・アフリカを侵略し、植民地にしていることに気付いた明治の日本人は、立ち上がり、自らの手で国を作り上げたのです。明治国家は、国民の作品でしたから、愛着を持つのは当然です。
 日清戦争に勝利した日本は、露仏独の三国干渉で臥薪嘗胆、ちょんまげを切って三十七年目に日露戦争を戦います。日露戦争は、不凍港を求めて南下するロシアと対面する国家の運命の戦いでした。そして、オスマントルコのあの輝かしい歴史を持つトルコさえ破った強国のロシアに勝利したのです。
 日本勝利の報に接して世界中が驚嘆しました。特に、アジアの人々は狂喜しました。トルコでは、トーゴー通りがあるし、トルコ大使に伺いましたが、現在でも子供にノギ、トーゴーという名前を付けているそうです。
 ところが、米国はこうした日本を良く思いませんでした。わが国は対米戦争に追い込まれて敗北し、巧妙な占領政策により自分たちが悪かったと思い込んでしまったのです。

 三つ目は、富が日本を狂わしているということです。日本人は豊かになった反面、心の形がきちんとしていないのです。個人主義になり、家庭の教えが崩れているので、しつけをきちんとする必要があります。

 さて、日本は、資源が無いと言われますが、環境資源が世界に誇るほど豊かです。四方海に恵まれていますし、水がきれいで、四季があります。
 夢を持ってください、若い人たち。日本は、素敵な国であり、歴史を通じて、世界をリードしうる資格を持っているんです。
 どうか、この道を精進していただきたい。
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参考資料
・中條高徳著『おじいちゃん、戦争のことを教えて』(致知出版社)
・中條高徳+渡部昇一共著『子々孫々に語り継ぎたい日本の歴史』(致知出版社)
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ある経営者セミナーにて

2006-03-21 00:24:51 | 皇室
 先週のはじめから今週末にかけて、私は皇室典範をめぐる問題に関して、東京、仙台、西宮で都合4回の講話を行っている。
 その中間にあたる17日、都内で、ある業界の経営者の人たちのセミナーがあった。知り合いの女性社長から、そのセミナーで講演をするので応援に来てほしいと頼まれ、丸の内の会場に行ってきた。

 その女性社長を仮にA子さんとしよう。A子さんは、自分の生い立ちから始まって、主人との出会い、結婚、主人の仕事での活躍等を語った。働き者の主人は40歳で突然、末期の肝臓ガンと宣告されて亡くなった。A子さんは、主人を失った悲しみから立ち上がり、事業を継いだ。
 その業界は、男の世界だ。女性が現場に立って、男と同じ仕事をするのは、珍しい。しかし、A子さんは、3人の子供を育てながら、その仕事をやり抜いてきた。常にお客さんに感謝の心で接し、また「負けてたまるか」という気持ちで働いてきた。事業は引き継いだ時よりも発展し、顧客も増えている。
 そんなA子さんは、「前ばかり見て、お金を追うと、お金は逃げます。人は、自分の後ろを見ているんです」と言う。「お客さんを大切にして仕事をし、固定費を抑えて経営をしていけば、自然にお金は残ります」とA子さんは言う。

 A子さんは、事業の傍ら、少年スポーツの後援をしている。自分が事業を引き継いで忙しかったため、家で子供たちの世話をできなかった。その時、子供たちが曲がらずに成長できたのは、スポーツでお世話になった監督やコーチのお陰だったという。今度は、その恩返しのつもりで、A子さんは自分が少年野球と少年サッカーの後援をしているのだ。それぞれ県の大会の時は、必ず試合に行き、応援をし、トロフィーや記念品を出している。各チームの優秀選手に、それぞれカップを出してやっている。
 小学校4年生以下の子供たちなのだが、負けるとみな泣くのだという。今の子供たちは、あまり泣かない。A子さんが後援する大会に出る子供たちは、それだけ一生懸命やっているのだろう。サッカー大会に参加した子供たちの中から、プロの選手が6人、日本代表が1人出ているという。

 実はこの講演は、「A子が吼(ほ)える」と題されていた。A子さんの話は、迫力がある。同業者の社長さんたちが、是非聴きたいというのは、A子さんの吼える話なのだ。私は、A子さんの話に感動しながら、いつ吼えるのかな、とその時を待っていた。
 講演の持ち時間が終わりに近づいたころ、A子さんは言った。
 「今日は、『A子が吼える』ということですので、この辺で吼えさせてもらいます」。A子は、吼えた。「皆さん、この日本という素晴らしい国に生まれて、その上、男に生まれて、何の不足があるんですか! 女の私がこれだけやっているんです。男の皆さんなら、もっともっとできるはずです。社会のため、日本のためを考えて、頑張りましょう!」と。

 それから、A子さんは、講演の応援に一緒に行っていた私の友人を、参加者に紹介した。友人は、奥さんを亡くしてから、男手一つで3人の子供を育ててきた。子供たちが学校に上がり、「日の丸」も揚がらず、「君が代」も歌わない、教育の現状に触れた。それから、彼はPTAの活動をするようになり、小・中・高でそれぞれPTA会長をしてきた。今も現職だ。その経験をもとに、もっと大人が学校教育に関心を持ち、教育を変えていこうという話をした。

 最後に、A子さんは、参加者に皇室典範についての話をし、「皆さんも皇室典範の問題について関心があるでしょう」と言って、私を紹介した。
 予定時間が残り少ないので私は、簡単な説明をしただけで下がろうとしたのだが、参加者から次々に質問を受けた。「女性天皇なら何が問題か」「旧皇族の復帰しか、方法はないのではないか」「女系継承になると、何が起こるのか」「男系継承をしてきたことに、どういう意味があるのか」等。
 皆さんの質問に答えているうちに結局、予定時間を30分ほど過ぎていた。一般の経営者の人たちが、これほど皇位継承や皇室典範の改正問題について関心を持っていることを、うれしく思った。

 セミナーの終了後、懇親会にも参加した。たまたまその日、神社本庁が出している資料を持っていた。歴代天皇の系図を一枚の紙に描いたものだ。3月7日に日本武道館で行われた「皇室の伝統を守る1万人大会」で、関岡英之さんが話したものである。その系図を、酒席で近くにすわった人たちに見せたところ、今度はそれを見ながらの話となり、先ほどの説明や質疑応答の続きをするような形となった。さらに教育の話や、国旗・国歌のことなど、日本の現在と将来を語り合う場となった。

 普段は、自分の会社や業界の仕事に没頭している人たちが、国や社会のことを考えている。それがとても快かったし、とりわけ今、皇室をめぐる問題について、多くの人々が関心を高め、もっともっと知りたいと求めているということを、改めて感じる機会となった。

参考資料
・「皇室典範改定 本当にこれでいいのですか?」(神社本庁)
 ※歴代天皇の系図の載ったちらし
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