ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

キリスト教231~各教派における見解と意見対立

2019-07-30 13:42:06 | 心と宗教
●各教派における見解と意見対立

 PRCが行うような意識調査は、一般の国民に対して意見を問うものだが、その回答の傾向と、キリスト教の各教派やその聖職者、神学者の見解は必ずしも一致しない。
 米国では少数派だが、世界的にはキリスト教の最大の教派であるローマ・カトリック教会から見てみよう。PRCの先の調査では、カトリックの信徒は同性愛に「容認」が70%で、主流派プロテスタントの「容認」66%より、同性愛に対して肯定的な意見が多く、同性結婚に「賛成」が57%で、これは主流派プロテスタントと同率だった。だが、これは米国特有の傾向であり、ローマ・カトリック教会が同性愛・同性結婚に肯定的な教義を打ち出しているのではない。
 ローマ・カトリック教会において、同性愛行為は自然法に反し、性行為を生命の恵みから遠ざける罪深いものである。肛門性交、自慰、姦淫等の性的に逸脱的行為とし、いかなる条件下においても容認されないとする。人間の両性の相補性、すなわち男女の結合を神の意思であるとし、同性愛行為はこの意思に反するものとする。また、同性結婚の法制化に反対している。
 2005年に教皇になったベネディクト16世は、人工妊娠中絶、同性愛、避妊等についていずれも断固反対の立場を示した。彼の指導のもと、教理省は同性愛者が聖職に就くことを禁じるための手引き書を発表し、「根深い同性愛傾向を示す者」「いわゆる『ゲイ・カルチャー』を支持する者」「過去3年間にそうした傾向を示した者」は、神学校への受け容れを禁じ、また聖職にも任じないことを明らかにした。
 ただし、カトリック教会は、同性愛者への迫害や差別には反対している。カトリックのカテキズムに定められた公式の教義は、同性愛行為に及べば宗教上の罪となるが。同性愛の欲求を持っているというだけでは罪ではなく、むしろ尊重されるべきとしている。同性に惹かれる者がいる現実を認め、同性愛者は敬意と憐み、思いやりをもって受け入れられねばならないとし、彼らに対する不当なあらゆる差別が排除されるべきであるとして、同性愛者への迫害や暴力に反対している。現在の教皇フランシスコも同趣旨の発言をしている。
 ヴァチカンの公式見解に対しては、一部の聖職者や神学者などには、同性愛・同性結婚を認める方向に見直しを求める意見もある。公式見解に異論を唱え、同性愛者に対して同性愛行為がカトリックの教義に反しないという誤まった認識を与えているとか、同性愛の問題について教会の立場とは異なった説教を続けていたとの理由で、カトリック教理省によって懲戒を受けた聖職者もいるとされる。
 カトリック教会では、教会の見解は決定的で検討の余地のない、権威ある教義と見なされており、世界的には、カトリック信者の大多数は、同性愛・同性結婚に関する公式見解を支持しているものと見られる。だが、米国では、カトリック信者は、同性愛・同性結婚に肯定的な意見を持つ者が過半数となっている。これは、個人の自由と権利を尊重する米国社会の特徴の現れだろう。
 ロシア正教では、モスクワ総主教キリル1世が、同性愛について、宗教上の罪として反対するが、同性愛者に対する迫害・差別は認めないとする見解を出している。
 主要教派の内で最も意見の対立が見られるのは、英国国教会の系統に属する聖公会である。同性愛について保守派とリベラル派の見解の違いが大きく、組織の大規模な分裂さえ起こっている。米国聖公会やカナダ聖公会では、同性愛を肯定し、同性結婚を祝福したり、公然たる同性愛者に主教が按手したりしている。こうしたリベラルな姿勢に対して、神学的伝統を守ろうとする保守派が反発して多数離脱し、2009年6月に北米聖公会が樹立された。
 こうした時期に、ローマ・カトリック教会は、2009年10月、同性愛者の按手及び結婚祝福、女性聖職者に対して不快感を持つ人を受け入れるという使徒憲章を公布すると発表した。聖公会側は、この発表により、同会の保守的な信徒が、同性愛・同性結婚・女性聖職者を認めないカトリック教会へ移る恐れがあると感じたのだろう。カンタベリー大主教ローワン・ウィリアムズは、急遽同年11月、ローマ教皇ベネディクト16世とヴァチカンで会談を行った。ヴァチカンはこの会談を「心のこもった」とし、ウィリアムズ大主教は「友好的」と評価したが、共同声明は出されなかった。大主教は「憲章の発表の扱われ方に懸念している」「明らかに多くの国教会信徒は、わたし自身を含め、当面やっかいなことになったと感じている」と述べた。バチカン・ウォッチャーのブルーノ・バルトローニは、会談の結果、カトリック・聖公会の双方がエキュメニズムは失敗したと認めたと見て、カトリック教会は女性司祭や司教の問題で決して妥協しないことを明らかにしたことにより、「聖公会の保守派がカトリック教会に行くことになるだろう」と述べた。
 当時、キリスト専門サイト『クリスチャン・トゥデイ』は、「現在、国教会の450小教区(教会)が離脱しローマへの帰属を検討中という」と伝えた。記事は、カトリック教会への移行には、教会堂などの財産問題があり、カトリック教会側が買い取ろうとしても国教会側に売却の意思がなければ賃借という案もあるが、修理や維持の費用をどうするかなども難題だと報じた。
 プロテスタントの教派では、アメリカ福音ルター派教会において、同性愛に対する認識を巡り、分裂が顕在化していると伝えられる。

 次回に続く。

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韓国企業の戦略物資横流しの背後に韓国政府か

2019-07-29 06:44:38 | 国際関係
 7月4日、わが国政府は、韓国への半導体材料の輸出管理の強化を開始した。対象となるのは、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の三つ。わが国は、これらの材料の韓国向けの輸出及びこれらに関連する製造技術の移転について、包括輸出許可制度の対象から外し、個別に輸出許可申請を求め、輸出審査を行うこととした。
 これに対し、韓国政府は徴用工問題への報復行為だとして反発し、WTOで日本を批判する主張をした。だが、この措置は、安全保障上の問題であり、安全保障のための輸出管理は、WTOでも認められている正当な行為である。徴用工問題で日本政府が報復措置をはじめたのではない。
 輸出管理の対象となった半導体材料のうち、フッ化ポリイミドはスマートフォンのディスプレーに使われるもの、レジストは半導体の基板に塗る感光剤、フッ化水素は半導体の洗浄に使うものだという。これらは、日本製が抜群の品質を誇り、世界の市場で70%から100%に近いシェアを持つ。韓国企業ではサムスングループやLGグループなどが、これらの大半を日本から調達している。
 重要なのは、これらの半導体材料は、軍事的な用途に転用が可能であり、しかも核兵器や化学兵器という大量破壊兵器に使い得るという点である。
 日本のマスメディアは、産経新聞6月30日付で報じたのが最初だったが、韓国えでは、5月17日に朝鮮日報が「大量破壊兵器に転用可能な戦略物資、韓国からの違法輸出が急増、第三国経由で北朝鮮・イランに運ばれた可能性も」という記事を掲載していたと伝えられる。
 7月8日付の夕刊フジは、韓国が北朝鮮にフッ化水素を横流ししていると報道した。その後、萩生田光一自民党幹事長代行は「北朝鮮に化学兵器の原料を横流ししている」、新藤義孝議員は「戦闘機、レーダー、VXガス、サリンを作る原料のフッ化水素が韓国から大量発注され、その行く先が分からなくなっている。」、西村官房副長官は「北朝鮮などにフッ化水素が横流しされている。3年間、韓国政府とは連絡がとれていない」などと発言した。また、小野寺五典前防衛相は、次のように語った。「今までウラン濃縮素材について韓国企業が“100欲しい”と言ったら、100渡していた。しかし、工業製品に使うのは70くらいで、残りを何に使うか韓国は返答しなかった。必要な量を渡すために規制した」と。この発言によって、今回輸出管理強化の対象となった物質が、核兵器の製造に必要な極めて重要な戦略物資であることが、国民に対して明らかになった。
 韓国企業が日本から輸入した物資のうち、30%が行方不明なのである。しかも、文在寅政権になってから、それらの輸入量が大量に増加した。
 この問題が明るみに出たのは、韓国政府が行った調査報告による。そのリストが公開され、日本でも報道された。韓国政府は、この大問題に対して、関係企業に厳しい措置を行うとともに、日本政府に謝罪し、日韓の信頼関係の回復に最大限の努力をすべきところである。だが、それをしない。あろうことか、徴用工問題への報復だとして、まったく問題をすり替えて、日本政府への批判を行っている。いわゆる徴用工問題は、当時日本国籍だった韓国人が志望して採用された日本企業との間の雇用契約の話であって、なんの根拠もないものだが、韓国の最高裁が不当な判決をし、韓国政府がこれに適切な対処をせずに、反日的な外交に利用しているものである。
 韓国政府がこのような態度を取り、また日本政府の質問に対して3年間も回答をしてこなかったというのは、大量の戦略物資の行方不明は、私企業が勝手にやっていたのではなく、背後で韓国政府の指示があったのではないかという疑いが生じる。韓国政府は、その疑いを晴らすための努力をしているか。一切ない。そのことが、疑いを一層強めている。もし韓国政府が長期間にわたり、核兵器や化学兵器の製造に必要な戦略物資を北朝鮮やイランに横流ししていたということであれば、韓国政府の行為は、日本はもちろん、米国や国際社会への重大な裏切りとなる。テロ支援国家ということになる。
 私は、今回のわが国政府による安全保障上の理由による輸出管理の強化は、対北朝鮮、対イラン外交を進める米国トランプ政権の動きと連携したものだろうと思う。わが国政府は、さらに韓国を「ホワイト国」から除外する準備をしている。政府は。安全保障上の輸出管理で優遇措置を取っている「ホワイト国」から韓国を除外する政令改正を、8月2日にも閣議決定する方向で調整していると報じられる。政令公布の21日後に施行されるため、8月下旬にも除外される見通しとのことである。これも当然である。粛々と進めてもらいたい。

キリスト教230~キリスト教と同性愛・同性結婚

2019-07-27 08:44:28 | 心と宗教
●キリスト教と同性愛・同性結婚

 キリスト教では、同性愛は禁じられている。『レビ記』18章22節に「女と寝るように男と寝てはならない。それはいとうべきことである。」とあり、同じく20章13節に「女と寝るように男と寝る者は、両者共にいとうべきことをしたのであり、必ず死刑に処せられる。彼らの行為は死罪に当たる。」 と記されている。
 新約聖書の中にも、同性愛に関する記述がある。パウロによる『コリントの信徒への手紙一』6章9~10節に、「正しくない者が神の国を受け継げないことを、知らないのですか。思い違いをしてはいけない。みだらな者、偶像を礼拝する者、姦通する者、男娼、男色をする者、泥棒、強欲な者、酒におぼれる者、人を悪く言う者、人の物を奪う者は、決して神の国を受け継ぐことができません。」と記されている。これらの記述が禁止の根拠とされている。ここで、偶像崇拝、姦通、泥棒等とともに「男色をする者」が挙げられ、神の国を受け継ぐことはできないとしている。
 このパウロの言葉に関して、イエスは特に同性愛について言及していないという指摘がある。この点について、イエスは当時のユダヤ教の聖書すなわち旧約聖書に基づいて教えを説いたので、特に違う見解を明示していないものは、旧約聖書の記述と変わらないと考えられる。
 西方キリスト教の文化圏である欧米諸国では、伝統的に同性愛は聖書において禁じられた性的逸脱であり、宗教上の罪としてきた。しかし、近年、同性愛について、キリスト教では、教派や聖職者、神学者によって様々な見解が現れ、論争になっている。人工妊娠中絶と同様、本件でもキリスト教の教義の順守と個人の自由と権利の尊重の間で、意見の対立がある。
 宗教的・道徳的に絶対容認できないという意見に対し、同性愛行為は罪であって容認できないが、同性愛者の人間としての権利は尊重すべきという意見がある。その一方、同性愛を容認し、同性愛者が不当な扱いをされるべきではないとの意見が広まっている。また、積極的に同性愛を肯定し、同性結婚も可能にすべきとする動きがあり、米国等で同性結婚を可能にする法制化が進んでいる。
 米国では、2003年にマサチューセッツ州の最高裁判所が「同性結婚を認めないのは憲法違反」との判決を下した。翌年、同州はこの判決を受け、米国の州で初めて同性結婚を認めた。これに続いて、2008年にカリフォルニア州最高裁が同様の違憲判決を下した。しかし、同年行われた住民投票の結果、同性愛者の結婚の権利は剥奪された。その後、裁判が行われ、2013年の連邦最高裁判所の判決により、同性結婚擁護派が勝訴する判決が確定した。この間、カリフォルニア州に続いて、わずか約2年の間に、同性結婚は50州のうち30州とワシントンDCで認められることになった。今や米国民の過半数の人々が、同性結婚を認める州に住んでいる。
 だが、こうした傾向に反対し、同性愛・同性結婚に反対する意見は根強く、先に引いたPRCの2014年の意識調査では、同性愛に「非容認」が38%、同性結婚に「反対」が48%という回答だった。福音派プロテスタントでは、同性愛に「非容認」が55%、同性結婚に「反対」が64%であり、同性愛容認・同性結婚賛成が過半数の主流派プロテスタントやカトリックと対立している。
 人工妊娠中絶の問題と同じく同性愛・同性結婚の問題も、アメリカでは選挙における政治的な争点となっている。中絶反対派の保守的な政治家は、ほとんどが同性結婚にも反対している。特に共和党の候補者にとっては、中絶・同性愛・同性結婚に反対するキリスト教右派の票が選挙結果を左右する。一方、中絶を擁護するリベラルな政治家は、同性愛者の権利に対しても理解を示す傾向がある。

 次回に続く。

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MMTの主唱者ケルトンは、積極財政と消費増税不要を説く

2019-07-26 09:35:14 | 経済
 ニューヨーク州立大学教授のステファニー・ケルトン氏が来日した。7月16日に都内で講演を行い、注目を集めた。
 ケルトン氏は、現代貨幣理論(MMT: Modern Monetary Theory)の主唱者である。MMTは、独自の通貨発行権を持つ政府は、インフレにならない範囲で積極的な財政支出を利用すべきという理論である。自国通貨を発行できる政府は、紙幣を印刷すれば借金を返せるため、デフォルト(債務不履行)に陥ることはなく、財政赤字で国は破綻しないと説明するものである。国家の債務とは、見方を変えれば、国民の貯蓄であり、国債という形で持つ国民の資産であって、富の一部であると考える。
 ケルトン氏は、「日本が『失われた20年』といわれるのはインフレを極端に恐れたからだ」と述べ、「日本がデフレ脱却を確実にするには、財政支出の拡大が必要である」と主張している。国債発行によって生じる政府の財政赤字に関しては、「公的債務の大きさに惑わされるべきではない。(社会保障や公共事業などで)財政支出を増やすことで雇用や所得は上昇する」とし、アベノミクスについては、「あまりにも中央銀行(註 日銀)に依存することは支持しない。民間にお金を借りる意欲がなければ金利引き下げは役に立たない」と述べ、金融政策より財政政策の比重を高めるべきだという考えを示した。また、「消費増税の目的は消費支出を減らすことで、インフレを冷やすなら理にかなっている。だが、インフレ問題を抱えていない国にとっては意味がない」と述べている。
 わが国では、デフレの時は積極財政を行うべきと主張してきた経済理論家に、宍戸駿太郎氏、菊池英博氏、 田村秀男氏、三橋貴明氏らがいる。デフレ脱却には金融政策一本やりではなく、財政支出を組み合わせてこそ効果が上がるという考え方である。ケルトン氏が女性であり、また米国人ということで、マスメディアが活発に報道しているが、ケルトン氏の考え方は、基本的に先に揚げた人たちと同じものだと思う。財務省や日銀を厳しく批判してきたエコノミストを再評価すべきである。

★ロイターの記事
https://jp.reuters.com/arti…/japan-ctax-kelton-idJPKCN1UB0Q2
★各種報道のまとめ
https://the-criterion.jp/mail-magazine/m20190718_kelton/

関連掲示
・拙稿「日本経済復活のシナリオ~宍戸駿太郎氏1」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13h.htm
・拙稿「経世済民のエコノミスト~菊池英博氏」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13i-2.htm
・拙稿「アベノミクス総仕上げのため、消費増税は中止すべし~田村秀男氏」
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/2279e906546cc089a6890974b1fd58b0
・拙稿「デフレを脱却し、新しい文明へ~三橋貴明氏」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13f.htm

キリスト教229~日本における人工妊娠中絶

2019-07-25 14:30:32 | 心と宗教
●日本における人工妊娠中絶

 日本では、人工妊娠中絶は政治問題化していない。その理由の一つは、日本では、伝統的に中絶は宗教的タブーとなっていないことによる。神道や仏教では、ユダヤ=キリスト教のように中絶を神が禁じた宗教上の罪としておらず、死罪に定めてもいない。また、もう一つの理由は、旧優生保護法、現母体保護法によって、一定の条件のもとに人工妊娠中絶が認められていることによる。女性の産む生まないの権利に関する主張はあるが、こうした社会状況において、選挙で争われるような国民的な関心事にはなっていない。
 最も注意しなければならないのは、わが国は法律によって堕胎を殺人と定めていることである。1869年(明治2年)に明治政府によって堕胎禁止令が出され、1880年(明治13年)に旧刑法、1907年(明治30年)に現刑法に、堕胎罪が規定された。堕胎とは、自然の分娩期に先立って人為的に胎児を母体から分離することをいう。堕胎罪は、堕胎を殺人とみなすものである。これは宗教的な思想によるものではなく、欧米の法制度の影響や人口増加政策によるものである。現在も母体保護法で指定された医師が行う手術による堕胎以外は、刑法の規定によって罰せられる。自己堕胎罪、同意堕胎及び同致死傷罪、業務上堕胎及び同致死傷罪、不同意不同意堕胎罪、不同意堕胎致死傷罪がある。
 第2次世界大戦後、1948年(昭和23年)に優生保護法が制定された。この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とするものだった。「優生」とは、遺伝的に優良な形質を保存しようとすることである。19世紀末から20世紀前半、欧米で支持を受けた優生学の思想に基づく。優生学は、生物の遺伝構造を改良することで人類の進歩を促そうとする科学的社会改良運動と定義される。だが、大戦後、ナチスの優生政策が断罪されるとともに、優生学は人種差別的な性格があるとして批判されるようになった。 
 わが国では1996年(平成8年)の法改正により、優生保護法は母体保護法に名称が変更され、優生学的思想に基づいて規定されていた条文が削除され、一部文言が改められた。母体保護法は、不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により、母性の生命健康を保護することを目的としている。同法による指定医師は、「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」、または「暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」である場合は、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができると定めている。
 繰り返しになるが、母体保護法の指定医師が行う手術以外の堕胎は、刑法の規定によって罰せられる。またその刑法の規定は、伝統的な宗教思想とは関係がない。

●心霊論的な観点が必要

 私見を述べると、中絶は殺人に等しい行為であると考える。この問題は、単に中絶が道徳的に是か非かとか、女性の権利を認めるか否かという観点だけでは、適切な判断はできない。生命と精神に関する根本的な検討が必要である。
 生命体は、常に新陳代謝をしている。細胞は一個の生命体だが、人体においては、日々あたらな細胞が生まれ、古い細胞は死滅していく。人間という生命体においては、60兆個とも言われる細胞が不断の生と死を繰り返している。個々の細胞のレべルでは、死は永遠の消滅である。だが、人間は、そうした細胞の生と死の上に立って、一個の生命体というシステムを維持し、成長・発達・老化の過程を進んでいる。
 精子、卵子は、一個の細胞である。それらが結合することによって、人間が誕生する生殖細胞である。精子と卵子が合体する受胎の瞬間が重要であって、それ以前の精子・卵子は、人体を構成する他の多数の細胞と変わらない。受精した精子以外の数億個の精子は、死滅する。また、卵子は一定の期間で排卵され、受精する卵子は、数十分の1から数百分の1である。それ以外は死滅する。それゆえ、カトリックのように避妊までも、生命の繁殖に反するからと禁止するのは、生命についての理解が不足しているからである。
 仮に生命と生殖を尊重する考え方を取っても、死後の霊魂の存続を認めない考え方に立てば、死者には権利はなく、生者の権利のみが擁護されることになる。私は、自らの体験をもとに死者の霊魂は存続すると考えている。そして、人間は単に物質的な存在ではなく、心霊的な存在でもあると考える。
 人は死んで終わりなのか、死後も存在しつづけるのか。死の認識で思想は大きく二つに分かれる。私は、死ねば終わりと考えるのを唯物論と呼び、死後も続くと考えるのを、心霊論と呼ぶ。心霊論的人間観では、死は無機物に戻るのではなく、別の世界に移るための転回点である。身体は自然に返る。しかし、霊魂は、死の時点で身体から離れ、死後の世界に移っていくと考える。
 心霊論的人間観に立って人間の生命を考察する時、重要なのは、受胎した後である。私の個人的な経験を含む多くの人々の経験に基づくならば、人間においては受胎後、霊魂が成長する。胎児は霊魂を所有し、誕生せずに死亡した場合や中絶によって生命を断たれた場合も、その霊魂は存続する。こうした経験的な事実に基づくならば、胎児は霊魂を持つ生命体としての保護がされなければならないものである。 
 このように考えると、中絶は単に殺人であるだけでなく、方法によっては胎児に虐殺に等しい苦痛を与え、その苦痛の記憶が、胎児の死後も霊的存在となった胎児において持続することになる。中絶された胎児の霊魂は、母親や兄弟姉妹等に、その苦痛を訴え、救いを求める。それによる霊的な現象が生者に現れることになる。このことは、体験的な事実だが、現代の科学は霊魂の存在を認めていないので研究が進んでいない。今後、科学が霊魂を研究する段階に入ったならば、こうした事実の確認と解明が進むだろう。

 次回に続く。

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参院選の結果を踏まえて、改憲への取り組みを

2019-07-24 09:43:53 | 時事
 自民党が公約に憲法改正を揚げた参院選で、いわゆる改憲勢力は3分の2を割りました。この結果に関して、安倍首相がどう考えているかを産経新聞令和元年7月23日付の記事が伝えています。内容を時系列に整理しなおしてみました。

・参院選前の6月、「3分の2」の維持が困難な情勢について「その方が、かえっていいよ」と肯定的な見方を示していた。国民や無所属議員も加えた改憲勢力の再構築を図ったほうが憲法改正に近づくと考えたのだ。
・21日夕、すでに勝敗の趨勢が判明した中、麻生太郎副総理兼財務相と東京・富ケ谷の私邸で会談。令和3年9月までの党総裁任期中の憲法改正に向け「今後1年が勝負の年になる」との認識で一致した。自身の代で成し遂げなければ「ポスト安倍」が誰であっても実現しない-。脳裏には痛切な思いもよぎった。
・21日夜のフジテレビ番組で「立憲民主党が安倍政権の間は議論をしないというのはおかしい。まずは立民がどう考えるか見ていきたい」と述べた。
・22日の記者会見で、「『少なくとも議論は行うべきである』。これが国民の審判だ。野党はこの民意を正面から受け止めていただきたい」と述べた。淡々とした口調ながら「票につながらない」と言われる憲法改正を国政選挙で正面から掲げ、勝利した自信をうかがわせた。
https://www.sankei.com/politics/news/190722/plt1907220197-n1.htm

 今後、国民民主党の切り崩しや、無所属議員の取り込みなどが行われていくでしょう。

 ジャーナリスト・門田隆将氏は、7月22日のツイートで次のように述べています。 「選挙結果に思わず唸っている。改憲勢力が3分の2の164議席に6足りない158だったことだ。焦点になるのは"分裂待ったなし"の国民民主。静岡選挙区で2議席目を立民と争った同党の榛葉賀津也氏に自民が「票を回した」と言われる所以もそこにある。玉木代表も含め動向が注目。改憲への激闘がいよいよ始まる」と。

 もっとも、いわゆる改憲勢力と言っても、与党の一角をなす公明党は、憲法改正の推進に消極的。維新は、焦点となる9条改正については党内がまとまっていない。これからの3年間、こうした状況において、議論を深め、国家再建・安全保障を必須の課題とする真の改憲勢力を増加していかねばなりません。

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キリスト教228~キリスト教と人工妊娠中絶

2019-07-23 09:35:18 | 心と宗教
●キリスト教と人工妊娠中絶

 キリスト教は、人工妊娠中絶を殺人に等しいものと考える。神から与えられた生命、与えるべき生命を意図的に断つことは、神の意思に反する行為とされる。中絶を禁じる理由は、聖書に神の言葉として「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。」(創世記1章28節)とあり、また十戒の一つに「殺してはならない。」とあることによる。ローマ・カトリック教会は避妊も原則として禁じているが、これも同様の考え方による。
 中絶については、教父時代に書かれたバルナバ書にこれを禁ずる記述がある。同書は1世紀後半から2世紀後半の間に書かれたと見られる旧約聖書解釈にかかわる神学上の論文である,文中に、モーセが食べ物について禁じた『レビ記』11章の解説において、モーセが堕胎を禁じていると述べている。また、光の道について述べた部分でも、「堕胎によって子供を殺してはいけない」と書いている。
 ただし、カトリック教会では、19世紀半ばまで中絶が殺人であることは教義にはなっていなかったと見られる。カトリック教会が堕胎を禁じるのは、1854年以降、教皇ピウス9世による。
 教皇ヨハネ・パウロ2世は、神の永遠の律法は「殺してはならない」と命じていることを根拠に、中絶を否定している。1995年の回勅「エヴァンジェリウム・ヴィテ」(『いのちの福音』)で、中絶や安楽死を「死の文化」であると非難し、「いのちの文化」の必要性を訴えた。
 このようなカトリックの教義に基づけば、人工妊娠中絶は禁止されなければならない。この教義は、個人の自由と権利を確保・拡大しようとする思想とは対立する。特に女性の産む産まないを決める権利の主張と衝突する。
 現代アメリカ社会では、人工妊娠中絶を認めるか否かが、大きな社会的な問題となっている。連邦最高裁判所は、1973年の判決で中絶を女性の権利として認めた。ところが、それを機に、キリスト教の教義に基づいて中絶を罪だとする人々と、女性の自己決定権を主張する人々の対立が激化している。
 1993年にフロリダ州で中絶医が中絶反対派によって殺害されるという事件が起こった。それ以来、たびたび同種の殺人事件が発生している。2009年には、カンザス州ウィチタで中絶専門のジョージ・ティラー医師が射殺された。犯人のスコット・ローダーは、中絶反対運動の参加者で、中絶医こそ「殺人者だ」と糾弾し、「何者かが教室で子供たちを射殺すれば、警備員は力ずくでそいつを止めるだろう」と語った。ティラー医師は、以前にもクリニックの入り口に爆弾を仕掛けられたり、中絶反対派の女性に襲撃され両腕を負傷したことがあった。この事件の後、同じ年にミシガン州オワッソゥでは、高校の前で妊娠中絶に反対する活動を行っていた男性が、走行中の車から数回射たれ、死亡するという事件が起こった。こうした過激な事件が起こる状況を、アメリカでは「中絶戦争」と呼んでいる。アメリカでは妊娠中絶を認めるかどうかが政治的な問題となり、大統領選挙・連邦議会選挙での争点の一つとなっている。
 米国の政治学者マイケル・サンデルは、この問題について、次のように言う。「胎児の道徳的地位に関してカトリック教会が正しいとすれば、つまり中絶が道徳的には殺人に等しいとすれば、寛容や女性の平等という政治的価値観がいかに重要であろうと、それが優位に立つ理由は明確ではない」「中絶するかどうかを決める女性の権利を尊重する議論は、発達の比較的早い段階で胎児を中絶することと、子どもを殺すことの間に妥当な道徳的違いがあると示せるかどうかに左右される」と。

 次回に続く。

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参院選、改憲勢力3分の2に届かず

2019-07-22 10:04:05 | 時事
 参院選は、自公与党は改選124議席の過半数となる63議席を確保したものの、自公維を「改憲勢力」と見た場合、非改選議席と合わせても国会発議に必要な3分の2となる164議席には届きませんでした。実質5議席ほど不足と見られます。大方の予想通りですが、残念な結果です。これが日本の現状でしょう。3年後には、きっちり憲法改正ができるように、国民の意識を高め、また国会での議論を前進させなければなりません。
 選挙区では、改憲勢力が東京で6議席中4議席(うち自民が2)、大阪で4議席中4議席(うち維新が2)、北海道で3議席中2議席(うち自民が2)などとなりました。比例代表では、自民党の和田政宗氏、佐藤正久氏、有村治子氏、衛藤晟一氏が当選したのはよかったです。NHKから国民を守る党の立花孝志氏は当選、れいわ新選組の山本太郎氏は落選となりました。
https://www.sankei.com/politics/news/190722/plt1907220054-n1.html

キリスト教227~妊娠中絶、同性愛、同性結婚の禁止とそれへの反対

2019-07-20 14:20:28 | 心と宗教
●妊娠中絶、同性愛、同性結婚の禁止とそれへの反対

 キリスト教は、性行動については、人工妊娠中絶・避妊・同性愛などを禁止してきた。禁止の理由は、聖書に神の言葉として「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。」(創世記1章28節)とあり、また十戒の一つに「殺してはならない。」とあることによる。中絶を殺人に等しいものと考えるわけである。ローマ・カトリック教会では、避妊も原則として禁じている。同性愛は男女の性愛による生殖に反するものであり、『レビ記』20章13節に「彼らの行為は死罪に当たる。」 と記されており、宗教上の罪と見なされる。
 こうした教えの根底にあるのは、ユダヤ人・ユダヤ教の思想である。古代イスラエルでは、子孫を残すため以外の性行為は、すべて違法とされていた。自慰や同意の上での婚前交渉も死罪とされた。その理由として、古代のユダヤ人は、周囲を大国や有力民族に囲まれ、また、しばしば民族存亡の危機に立たされていたので、民族の純血性を守りながら、人口を維持し増加する必要があったことが挙げられる。受胎した胎児を殺す中絶や、生殖に結びつかない同性愛は、民族の存続や繁栄という目的に反する行為として断罪したものだろう。
 現代のキリスト教社会では、キリスト教の権威の低下や世俗化が進行し、また個人の自由と権利が尊重されるようになってきたことにより、人工妊娠中絶・避妊・同性愛などを認めるべきだという意見が増え、大きな社会問題となっている。
 特にアメリカ合衆国では、人工妊娠中絶、同性愛、同性結婚をめぐる論争が活発に行われており、宗教的・道徳的な価値観の鋭い対立が見られる。大統領選挙・連邦議会選挙でも争点の一つとなっている。
 ピュー・リサーチ・センター(PRC)は、中絶・同性愛・同性結婚について、米国民の意識調査を行っている。PRCの2014年の調査結果では、次のような結果だった。
 まず妊娠中絶については、米国人のキリスト教徒全体では、「すべての場合か多くの場合は合法(legal)」(以下、「合法」)が45%、「すべての場合か多くの場合は非合法(illegal)」(以下、「非合法」)が51%、「わからない」が4%という回答だった。非合法とする意見が過半数である。教派別にみると、主流派プロテスタントでは「合法」が60%、「非合法」が35%で、中絶を認める意見が多い。福音派プロテスタントでは、「合法」が33%、「非合法」が63%で、中絶を認めない意見が多い。カトリックでは、「合法」48%、「非合法」47%と拮抗している。一般に最も保守的と思われているカトリックより、福音派プロテスタントの方が、中絶に対して否定的な意見が多い。
 次に同性愛について、キリスト教徒全体では、「容認されるべき」(以下、「容認」)が54%、「やめさせるか、防がれるべき(should be discouraged)」(以下、「非容認」)が38%、「どちらともいえない」が4%、「わからない」が4%という回答だった。容認する意見が過半数である。教派別にみると、主流派プロテスタントでは「容認」が66%、「非容認」が26%で、同性愛を認める意見が多い。福音派プロテスタントでは、「容認」が36%、「非容認」が55%で、同性愛を認めない意見が多い。カトリックでは、「容認」70%、「非容認」23%で、主流派プロテスタントより、同性愛に対して肯定的な意見が多い。
 次に同性結婚について、キリスト教徒全体では、「強く賛成または賛成」(以下、「賛成」)が44%、「強く反対または反対」(以下、「反対」)が48%、「わからない」が8%という回答だった。同性愛については容認する意見が過半数だったが、同性結婚については反対が賛成を上回っている。教派別にみると、主流派プロテスタントでは「賛成」が57%、「反対」が35%で、同性結婚を認める意見が多い。福音派プロテスタントでは、「賛成」が28%、「反対」が64%で、同性結婚を認めない意見が多い。同性結婚を認めない意見の割合は、同性愛を認めない意見の割合よりより、9ポイント多い。カトリックでは、「賛成」が57%、「反対」が34%で、主流派とほぼ同じ数値となっている。
 この意識調査の結果をもとに、大まかに言うと、キリスト教の内部では、主流派プロテスタントには、中絶を合法と考え、、同性愛を容認し、同性結婚に賛成する人が比較的多い。福音派プロテスタントには、中絶を非合法と考え、、同性愛を容認せず、同性結婚に反対する人が比較的多い。カトリックでは、中絶の賛否は拮抗し、同性愛を容認する人が主流派以上に多く、同性愛に賛成する人は主流派と同程度に多い。政党別にみると、共和党は保守的で、キリスト教の伝統的な規範を守ろうとし、民主党はリベラルで、個人の選好を優先する傾向がある。政治思想においては、保守派は中絶を非合法と考え、同性愛を容認せず、同性愛に反対する傾向があり、リベラルは中絶を合法と考え、同性愛を容認し、同性結婚に賛成する傾向がある。

●個人の選好を優先するリベラリズム

 アメリカは、自由を中心価値とする国家である。自由を中心価値とする思想をリベラリズムという。リベラリズムは、もともと国家権力から権利を守るために権力の介入を規制する思想・運動だった。17世紀から近代西欧科学が発達し、18世紀には自然科学を踏まえた啓蒙主義が展開された。19世紀後半以降は、自然科学をモデルとする科学的合理主義が支配的になり、社会科学では事実と価値が峻別されるようになった。事実の領域では、認識や判断の客観性や合理性が厳格に問われる一方、価値の領域では、価値は状況や判断者によって異なり得る相対的な観念であるとする考え方が現れた。これを価値相対主義という。価値相対主義と結びついたリベラリズムは、価値の領域に対して、政府が介入しないことを求める。そして、近代国家は、価値中立的な政府が統治する国家となった。価値相対主義が支配的になった社会では、価値は主観的なものとされ、道徳も政治も個人の選好の問題へと矮小化される。その結果、現代のリベラリズムは、個人の選好の自由を追求するものとなっている。いわば選好優先的なリベラリズムである。選好優先的なリベラリズムは、あらゆる物事の判断を個人の選好に委ねる。それは、性行動にも及ぶ。
 こうした選好優先的なリベラリズムの思想に強い影響を与えているのが、フランスの哲学者ミシェル・フーコーである。フーコーは、権力のミクロ分析を行い、画期的な権力論を提示した。その基本にある思想は、あらゆる社会関係に闘争を見る脱家族・脱国家の個人主義的リベラリズムである。この個人主義的リベラリズムは、あらゆる道徳的規範より、個人の選好を優先する。フーコーは、性行動においても個人の自由と好みを守る思想を打ち出した。フーコーは、生命の維持・繁栄のための性愛を拒絶し、家族の自然的・生命的な関係を拒否し、家族に基づく国民共同体に反発する。彼の反権力・反国家の姿勢は、欧米の左翼系市民運動やフェミニズム、マイノリティの運動に強い影響を与えてきた。フーコーの思想は、彼が同性愛者であることと切り離せない。
 性行動においても個人の選好を優先するリベラリズムは、家族より個人、民族より個人、国民より個人、人類より個人の自由と権利を優先する。選好優先的リベラリズムの思想を持つ者は、人工妊娠中絶、同性愛、同性結婚を個人の自由と権利として擁護すべきものと主張する。
欧米でこうした主張が現れ、勢いを増している背景には、キリスト教の教義とそれへの反発という宗教的な事情がある。

 次回に続く。

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7・21参院選の真の焦点は、憲法改正

2019-07-19 09:53:18 | 時事
 参議院選挙は、明後日に迫った。今回の各種の選挙予測の多くは、5~6月の時点で、自公で過半数は越えるが、自公維のいわゆる「改憲勢力」は3分の2を割り込むという見方だった。今月半ばに行われた産経新聞社と毎日新聞社の調査結果では、この状況は改善されていないようである。消費増税の10月実施と老後2000万円問題が、相当影響しているのではないかと思う。

●産経新聞 7月14~15日の調査結果
 「自民、公明両党の獲得議席数は73議席前後になる見通しで、改選過半数(63議席)を超える勢いを中盤情勢と変わらず維持している。自民党も60議席前後を獲得する見込みで、終盤になっても衰えがみえない。ただ、自公に日本維新の会などを加えた憲法改正に前向きな「改憲勢力」は、現在確保している国会発議に必要な3分の2(164議席)を割り込む可能性が引き続きある。改憲勢力の非改選は79議席。3分の2の維持には今回85議席が必要だが、終盤情勢では80議席前後にとどまりそうで、6、7日の前回調査(79議席前後)とほとんど変わっていない」
https://www.sankei.com/polit…/…/190716/plt1907160014-n1.html
 
●毎日新聞 7月13~14日の調査結果
 「自民党の獲得議席は53以上となる見込みで、公明党の11以上と合わせると、改選124議席の過半数の63を超える見通しだ。一方で、憲法改正に前向きな日本維新の会を加えた日本維新の会を加えた「改憲勢力」は、改憲発議の条件である参院定数(245)の「3分の2」(164)の議席の維持に必要な85議席を確保するのが厳しい情勢となっている」
https://mainichi.jp/sen…/articles/20190715/…/001/010/197000c

 参院は3年ごとに半数が改選だから、今回もし参院で「改憲勢力」が3分の2を割り込むと、向こう3年間は、何があろうと憲法改正はできないことになる。その3年の間に国際情勢が悪化し、わが国の安全保障が揺らぎ、国家存立の危機に直面する可能性は大きい。米中関係と絡むイラン、台湾、北朝鮮が焦点である。
日本人が存亡の危機に目ざめ、日本の安全と繁栄を願う国民の良識が発揮され、今回の選挙で改憲勢力が健闘し、3分の2以上を維持することを期待する。
 
 以下は、改憲勢力の結集を願う有識者の一人、百地章氏の記事。

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●産経新聞 令和元年7月18日

https://special.sankei.com/f/seiron/article/20190718/0001.html
改憲勢力を結集し今秋に備えよ 国士舘大学特任教授・日本大学名誉教授・百地章
2019.7.18

 参院選も終盤を迎えたが、新聞各紙やテレビが各党の獲得予想議席数を発表している。
 最大の関心事は改憲勢力が3分の2を維持できるかどうかだ。日経新聞と日本テレビは「3分の2に迫る」「改憲勢力を維持する可能性も」(7月14日)と報じている。しかし産経新聞は「改憲勢力3分の2割れか」(同9日付)、毎日新聞も「3分の2厳しく」(同15日付)と述べており、あとひと踏ん張りが必要だ。

≪独断抑え改憲に弾みを≫
 平成28年、安倍晋三内閣の下で戦後初めて衆参両院で改憲勢力が3分の2以上を占めた。
 しかし、立憲民主党の枝野幸男代表の反対のため、国会では改憲論議どころか憲法審査会を開くことさえできない異常事態が続いてきた。憲法審査会で与野党理事の話し合いがついても、枝野代表の「鶴の一声」でストップしてしまう。これは議会制民主主義を否定するものだ。
 枝野氏は「国民は憲法論議など求めていない」というが、本年5月の読売新聞の調査では国民の73%、立憲民主党の支持者でさえ67%もの人が「憲法審査会は国会の状況に影響されず議論を進めるべきだ」と答えている(3日付)。
 したがって安倍首相(自民党総裁)が改憲論議の必要性を強く訴え続けている今回の選挙で改憲勢力が3分の2以上を維持するか、改憲に前向きな国民民主党などを含めて3分の2以上の議員を結集できれば、枝野氏の独断を抑え改憲論議に弾みをつけることができるはずだ。
 そのためには、国民民主党などの改憲派も乗れるような改正草案作りを早急に進めておく必要がある。
 自民党が昨年3月にまとめた憲法改正のたたき台素案は4点あり、その第1が「自衛隊の憲法明記」である。
 すなわち、現在の第9条1項(侵略戦争の放棄)と2項(一切の戦力不保持、交戦権の否認)には手を付けず、その後に「9条の2」という新条文を置き、「前条〔9条1、2項〕の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として…自衛隊を保持する」と規定するものだ。

≪自民たたき台素案の問題点≫
 この草案のうち「前条の規定は…必要な自衛の措置をとることを妨げず」の部分に、筆者は反対してきた。なぜなら、これによって9条1、2項の縛りはなくなり、「必要最小限の自衛権の行使」しか認めないとしてきたこれまでの解釈が否定される、との批判が出てくる可能性があるからだ。
 案の定、この箇所が問題となったのが、7月8日朝放映されたテレビ朝日の番組であった。
 筆者の見解は、たたき台素案の説明にあるように、「9条の2」には「現行の9条解釈を維持した上で」との縛りがかかっており、「9条の枠」からはみ出すことはないというもので、番組ではこのコメントが紹介された。
 しかし、「9条の2」を置くことによって「9条の拘束を離れて自衛権が行使されることになろう」といった反対意見も紹介され、番組の流れはそちらの方向に向かってしまった。
 確かに文言からすれば、このような批判が出てもやむをえない。だから「必要な自衛の措置をとることを妨げず」は削除すべきであり、どうしても自衛権について言及する必要があるならば、従来の政府見解をそのまま条文化し、「前条の規定は必要最小限の自衛権の行使を妨げず」に変更すればよい。そうすれば、「国が自衛権を行使できる限界をあいまいにしたまま、憲法9条に自衛隊を明記すべきでない」(選挙公約)とする国民民主党と折り合いをつける可能性も出てこよう。

≪自衛隊明記だけでも効果大≫
 憲法に「自衛隊を明記」することは、小さな第一歩であっても大きな意義と効果があると考える。
 第1に、自衛隊違憲論の解消である。
 今日でも共産党や憲法学者の多数は自衛隊を違憲としている。しかし憲法に自衛隊が明記されれば、違憲論の余地はなくなる。また、自衛隊員に一層の自信と誇りを持ってもらうことができよう。
 第2に、現在法律にしか根拠を持たない自衛隊を憲法の中に位置づけることによって、法的安定性を高めることができる。
 第3に、自衛隊明記の是非をめぐる国民投票を通じて、全ての国民が防衛問題と真剣に向き合うことで、「他国任せ」の無責任な風潮は改まり、国民の防衛意識が高まると思われる。
 第4に、「自衛隊の保持」を憲法に明記することは「自分の国は自分で守る」との日本国民の決意表明であり、戦後わが国を侮り続けてきた近隣諸国に警告を発し、それが対外的抑止力につながる。
 秋の臨時国会で速やかに改憲論議に着手するため、安倍首相には遺憾なく政治力を発揮し、3分の2以上の改憲勢力を結集していただきたいと念願している。(ももち あきら)
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