ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

三橋貴明氏の経済成長理論14

2010-07-30 08:52:01 | 経済
●いま日本が取るべき方策(続き)

③財源は国債の発行に求める(続き)

 国債を増発すると、インフレになるという反論がある。長期金利が上がり、住宅ローンの金利も上がると、家計への影響が大きくなる。もちろん国債を際限なく発行すれば、インフレになるが、今の日本ではその心配は要らないと、三橋氏は説く。
 『ジパング再来』では、大略次のように書いている。「日本は国内の需要に比べて、供給能力があまりに過剰」であり、「世界最大級のデフレギャップ(供給過剰、需要不足)を抱えている」。「供給能力が有り余っている日本で、インフレが極度に加速することはほとんど有り得ない」。「中央銀行が国債の買い取り額を増やしても、制御不能なインフレーションに陥る可能性はない」。「ハイパーインフレーションどころか、インフレの心配をするのもナンセンスなのである」と。
 ちなみにハイパーインフレーションとは、インフレ率が1年に1万3千%、つまり物価が130倍になる現象を言う。わが国は、かつて1946年、つまり敗戦の翌年、かつてないインフレを体験した。産業基盤が潰滅し、日本の供給能力が最も落ち込んだ時期である。その時のインフレ率は300%だった。つまり、物価が3倍になる程度のインフレでしかなかった。これは、第1次大戦後のドイツや現代のジンバブエのような天文学的なインフレとは、比較にならない数値である。三橋氏は、敗戦後ですら物価3倍のインフレでしかなかったのだから、今日の供給能力の有り余っている日本で、ひどいインフレになることはありえないと見ている。
 三橋氏は、ポール・クルーグマンが「日本に対して、(というより日本銀行に対して)、4%のインフレターゲットを設定するように提唱している」と言及する。インフレターゲットとは、インフレの目標値である。米英等の主要国は目標値を、2~2.5%に設定している。日本は需要に対して、「他の先進諸国を上回るインフレターゲットを設定しても、問題はないどころか、そちらのほうが望ましいとのことである」と、クルーグマンの意見を紹介する。
 クルーグマンは、三橋氏が最も多く引用するエコノミストである。三橋氏は、かなり信頼しているようである。しかし、クルーグマンは、状況によって意見を変えてきた。かつてわが国にインフレターゲットを勧めていたが、世界経済危機が勃発するとアメリカで財政出動を説いている。ノーベル賞受賞者として著名ではあるが、主張と立場の一貫性を観察したほうがよいだろう。

④公共投資を拡大する

 リーマン・ショック後、アメリカ市場は、大幅に需要が収縮した。わが国の輸出はその影響を受けた。三橋氏は、2008年の名目GDPは「純輸出が何と0.14%にまで縮小してしまった」と指摘する。外需が0.14%ということは、名目GDPの99.86%が内需だということである。三橋氏は、わが国が内需依存国家であると強調するが、2008年はそれが極端なレベルに至った。
 逆にこの年、日本の個人消費は「金額的に過去最高値を更新」した。個人消費がGDPに占めるシェアも「1994年以降の最高値に達した」。「そうである以上、個人消費を刺激する政府最終消費支出、そして公共投資の拡大により、日本経済は継続的な成長路線へと復帰することが可能」であると三橋氏は主張する。
 特に重点を置くのが、公共投資の拡大である。三橋氏は『ジパング再来』で、経済成長のための公共投資の拡大を説く。投資をする分野は、日本のインフラを整備したり、新エネルギー資源に転換したりする分野に集中する案を示す。三橋氏が挙げる主な分野は次のとおりである。

(1)リニア新幹線
(2)ITS(最新の情報通信技術を用いた高速道路交通システム)
(3)スマートウェイ(次世代道路)
(4)太陽光発電
(5)電気自動車
(6)地震対策(電線の地中化、公共建物の耐震対策、耐震住宅の普及)
(7)メタンハイドレート(燃焼時のCO2排出量が少ないエネルギー資源)のビジネス化、等。

 これらへの投資の経済効果は、「自動車や情報通信、半導体、家電など、様々な日本の基幹製造業へと波及していき、国内経済全体を活性化することが可能なのだ」と、三橋氏は説く。

⑤政府の財政政策と日銀の金融政策を一体化する

 方策②に書いたように、三橋氏は、日本がデフレから脱却し、需給ギャップのマイナスが埋まる範囲に金融政策の目標を設定し、その範囲内で、三つの政策パッケージを実行すればよいと説く。すなわち、国債発行、政府支出拡大、国債の日銀引受拡大である。
 政府が積極財政政策を打つとともに、日銀がこれと一体化した金融政策を行なう。日銀は国債買取枠を拡大する。長期金利の上昇を抑制するとともに、デフレ脱却を果たすまで金融緩和政策を継続するか、もしくは拡大すると宣言する。欧米のように、マネーサプライの拡大もしくはインフレ率の目標を掲げることを、日銀に求めている。
 そして、三橋氏は『ジパング再来』に次のように書く。
 「有り余る純粋なるマネー(註 現預金)を活用し、国内のフローを高めるべく政府支出を拡大する。中央銀行たる日本銀行は、政府の財政支出をサポートする。現在の日本に求められているのは、実はこれだけなのである」と。

 次回に続く。
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三橋貴明氏の経済成長理論13

2010-07-29 09:51:52 | 経済
●いま日本が取るべき方策(続き)

③財源は国債の発行に求める

 デフレ脱却のための財源は、国債の発行によるべきだというのが、三橋氏の提案である。なによりわが国には、豊かな資産がある。それを生かすことだという。
 『ジパング再来』に三橋氏は書く。
 「国内の家計が1000兆円を超える純資産を持っている。これほど莫大な金融資産が国内にある以上、日本政府が国債の消化に困るような事態に陥ることは有り得ない」と。同書の引く2008年末のデータでは、家計の資産は1433.5兆円。家計の負債は365.4兆円。資産から負債を引いた純資産は1058.1兆円。これが1000兆円以上ある。
 ここでいう純資産は金融資産である。ただし、金融資産であっても、すぐ国債を購入できるような資産でなければ、国債は消化されない。この点、日本の家計の金融資産の55.2%は現預金である。三橋氏は、現預金を「純粋マネー」と呼ぶ。すぐに国債を購入することのできるマネーという意味である。日本の家計が保有する現預金は、世界最大の792兆円(08年末現在)である。この金額は、アメリカの家計が保有する現預金を上回る。日本の人口はアメリカの4割程度しかないのだから、いかに日本の家計が「純粋マネー」を多く持っているかがわかる。
上記のような莫大な金融資産が国内にある。「だからこそ日本国債の金利は世界最低水準で推移しているのだ」と三つ橋氏は指摘する。また「世界最大の対外純債権国であり、かつ国内の家計が膨大な純資産を保有している日本が破綻するなど、文字通り『不可能』である」と断言する。
 日本は豊かな国であり、日本人はカネ持ちなのである。わが国は貯蓄性向が強く、貯蓄が投資を上回っている。貯蓄が経済の活性化に生かされていない。銀行は過剰な預金を運用しきれず、預金超過となっている。そのうち、およそ8割(09年時点で114兆円)が国債で運用されている。残りのほとんどは、アメリカ国債の購入である。
 私見を述べると、さらになお100兆円くらいの民間の資産が活用されていない。問題は、政府が日本国民のカネを、国民のために使っていないことにある。政策の失敗によってデフレを起こし、財政を悪化させ、そのツケを国民に増税という形で押し付けようとしているのが、自民党であり、民主党である。わが国は需給ギャップが大きいと言っても、35兆円程度である。100兆円の資産をうまく使えば、需給ギャップを埋め、デフレを脱却することはできる。政策次第なのである。先祖が一生懸命働いて貯めてくれたカネをうまく使えず、子供がバカなことを繰り返して、自ら国を滅ぼしかねない状態になっているのが、現代の日本である。
 三橋氏に話を戻すと、三橋氏は国債を増発しても、繰り延べや買取等ができることを強調する。『ジパング再来』から引くと、「そもそも国債の償還期日が到来したら、ロールオーバー(繰り延べ)をすれば済む話であるし、金利が安い時期であるならば、返済のために新たな国債を発行してもかまわない。さらには、(略)中央銀行に国債を大量に購入させてもかまわないし、政府紙幣を発行して国債を償還してしまうことも、特に法的手続きなしに可能だ」と言う。
 国債は最長期が30年物で、期間が来れば書き換えをして60年償還としている。中央銀行による買取については、次のように三橋氏は書いている。「政府が際限なく国債を市場で販売していくと、長期金利が上昇していくという問題が生じる。それに対しては、(略)中央銀行に国債を買い取らせるという解決策」がある。「日銀の国債買い取りとは、(略)中央銀行が印刷した紙幣と市場の国債を交換する行為だ。日銀は金融市場の国債を買い取り、代わりに自らが印刷した通貨を市場に供給していくことになる。すなわち『金融緩和』を継続的に推進していくわけで、現在のように世界的に景気が冷え込んだ状況では、極めて望ましい施策といえる」と。
 最後の政府紙幣については、日本銀行が発行する日本銀行券とは別に政府が合法的に紙幣を発行するという方法である。政府紙幣については、エコノミストの間でかなり見解が分かれる。私見では、政府紙幣は一時的な効果は狙えても、何度も発行したり、金額を多くしたりすることはできない。結果は日本銀行券と政府紙幣が並存し、紙幣の比率が変わるだけになるだろう。こういう奥の手のような方法より、国民の資産を有効に生かすために、政府と日銀が一体となって、財政金融政策を進めるのが、まっとうな方法だと思う。

 次回に続く。
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ロシアが「対日戦勝記念日」を制定

2010-07-28 10:14:55 | 時事
 ロシアで、わが国が第二次大戦の降伏文書に調印した9月2日を「第二次大戦終結の日」とする法案が成立した。事実上の「対日戦勝記念日」の制定である。旧ソ連は、大戦末期、日ソ中立条約を破棄して日本に侵攻した。ロシアは、旧ソ連に引き続き、北方領土の不法占拠を続けている。今回の法案成立は、こうした行為を正当化するものであり、断じて容認できない。
 しかし、岡田外務大臣は、ロシア政府に抗議せず、単に懸念の意を伝えるにとどまった。まことに弱腰の外交である。今後、ロシアでは大戦末期の旧ソ連の行為を正当化した歴史観が国民の間に定着し、北方領土についてもロシア領という意識が堅固に成ることが予想される。北方領土の返還交渉は、いっそう難しくなる。わが国は北方領土の不法占拠を許しているために、竹島や尖閣諸島についても周辺諸国と領土問題を生じるようになった。政府・外務省が、主体的な歴史観を持ち、主権と国益の意識を回復しない限り、わが国はまともな外交ができない。
 「対日戦勝記念日」法の制定について、マスメディアの報道は少ない。共同通信、時事通信は外信ニュースで簡単に伝えたが、全国紙で詳しく報じているのは、産経新聞のみ。産経は今朝の「主張」(社説にあたる)で、社の見解を明らかにした。他の全国紙は、社説で取り上げていない。この状態は、わが国のマスメディアの多くが、東京裁判史観に呪縛され、日本国憲法の下で主権と国益の意識を失っていることを示すものである。

 以下は報道のクリップ。

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●産経新聞 平成22年7月26日

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100726/erp1007260021000-n1.htm
日本の批判封じる戦術 「対日戦勝記念日」法が成立
2010.7.26 00:20

 【モスクワ=遠藤良介】ロシアのメドベージェフ大統領は25日までに、日本が第二次大戦の降伏文書に調印した9月2日を事実上の対日戦勝記念日に定める法改正案に署名し、同法は成立した。新記念日の正式名称は「第二次大戦終結の日」。消息筋によると、大統領府は議員らの法案提出に先だって記念日名から「対日戦勝」を外すよう政界を指導し、日本の反発を封じる戦術をとった。日本外務省も表だった批判を抑えている。
 法改正は「軍の名誉と記念日法」を修正し、9月2日を新たな記念日に加えた。従来の対ドイツ戦勝記念日(5月9日)に加えて対日戦勝記念日を設けるもので、旧ソ連による日ソ中立条約を破っての対日参戦や北方領土の占拠を正当化する狙いがある。有力議員らが今月2日に提出し、下院が7日、上院が14日にスピード可決した。
 消息筋は、この法改正が昨年から政界指導部で協議され、大統領府の意向が強く反映されていることを明らかにした。一部観測筋には、日本で昨年、北方領土を「わが国固有の領土」と明記した改正北方領土特措法が成立したことへの報復だとする見方も出ている。
 対日戦勝記念日の制定は、北方領土を事実上管轄するサハリン(樺太)州の議員らが1990年代から陳情。98年には上下両院で法案が可決されたものの、当時のエリツィン大統領が拒否権を発動して廃案にした経緯がある。
 日本外交筋は今回の法改正について、「日本の立場を理解してもらうため、あらゆる方面に働きかけた」とし、「新記念日は日本を標的としたものではない」との認識を示している。
 他方、露有力議員らは法改正の趣旨を「旧ソ連軍が中国東北部と北朝鮮、南サハリン(樺太)とクリール諸島(日本の北方四島と千島列島)を解放し、第二次大戦の終結を早めた」などと説明。新記念日の制定を機に、ロシアでこうした歪(わい)曲(きょく)された歴史認識が流布され、領土交渉にも悪影響を与えるのは必至だ。
 「国の西部では対独戦勝65年を盛大に祝ったのに、東部で何もないのはおかしい」。露政界筋は対日戦勝記念日が制定された理由をこう説明し、ロシアが「戦勝国」の地位を極東でも誇示していく方針を確認した。戦後65年の節目をとらえ、9月2日には極東部で大々的な「対日戦勝」行事が行われる可能性がある。

●産経新聞 平成22年7月27日

http://sankei.jp.msn.com/world/europe/100727/erp1007271829013-n1.htm
露に遺憾の意を伝達 「戦勝記念日」で外務省
2010.7.27 18:29

 岡田克也外相は27日午後の記者会見で、日本が1945年に第2次大戦の降伏文書に調印した9月2日を事実上の「対日戦勝記念日」とする改正法を成立させたロシアに対して「現在の日ロ関係にとってふさわしいとは思えない」と遺憾の意を伝えたことを明らかにした。
 27日昼、日本外務省の欧州局参事官が在日ロシア大使館の臨時代理大使に電話し「北方領土の元島民らの感情を考えると法改正は残念だ」と強調。「今後の日ロ関係に否定的な影響を及ぼさないよう適切に対応してほしい」と求めた。

●毎日新聞 平成22年7月28日

http://mainichi.jp/select/world/archive/news/2010/07/28/20100728ddm005030070000c.html
ロシア:対日戦勝記念日 外務省が「残念」申し入れ

 外務省は27日、ロシアで9月2日を事実上の「対日戦勝記念日」にする法改正が成立したことに関し「日本国民、特に(北方領土の)元島民の感情にかんがみれば、このような法改正は残念だ」とロシア側に申し入れた。
 兼原信克・欧州局参事官が27日、オベチコ・ロシア臨時代理大使に電話で「法改正は現在の日露関係にふさわしいとは思わない」などと遺憾の意を示した。オベチコ臨時代理大使は「本国に報告する」と述べるにとどめた。【吉永康朗】

●産経新聞 平成22年7月28日

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100728/plc1007280339008-n1.htm
【主張】「対日戦勝日」制定 歴史の歪曲なぜ抗議せぬ
2010.7.28 03:39

 第二次大戦の降伏文書に日本が調印した9月2日を、「大戦終結の日」とする法案がロシアで成立した。旧ソ連による日ソ中立条約を破っての対日参戦や、北方領土の不法占拠を正当化するもので、断じて受け入れられない。
 ところが驚くべきことに、武正公一外務副大臣は「対日戦勝」などの表現がないとしてロシアに抗議しない考えを示した。岡田克也外相も懸念の意を伝えるにとどまった。これではロシアの思うつぼだ。
 ソ連は終戦間近の1945(昭和20)年8月9日、当時有効だった日ソ中立条約を破って日本を攻撃し、さらに8月15日の終戦後には北方領土を不法に占拠した。これらの歴史的事実は、ソ連による明白な国際条約違反であり、侵略行為である。
 武正副大臣は記者会見で「ロシア側が一定の配慮を行った。日露関係に直接影響を与えることにならないよう期待している」と述べた。だが、ロシア側が原案の「対日戦勝記念日」を最終的に修正したのは、日本への「配慮」というより、日本からの批判を封じ込めるのが狙いだった。
 そうしたロシア側の意図があるにもかかわらず、日本政府高官が、日露関係に直接影響が出ないことを期待するというのはあまりに腰が引けている。
 「対日戦勝記念日」をロシアが制定したのは、日本が昨年6月、北方領土を「わが国固有の領土」と初めて明記した改正北方領土問題特措法を成立させたことへの報復との見方が出ている。
 ロシアは今月8日にかけ、ソ連崩壊後では最大規模とされる軍事演習を、北方四島の択捉島で強行した。日本政府の中止要求を無視したばかりか、記念日法案を上下両院でスピード可決し、メドベージェフ大統領が署名した。
 「事を荒立てたくはない」という意見もあるが、歪曲(わいきょく)された歴史観を放置すれば、ロシアがさらに増長してくることは火を見るよりも明らかである。
 第二次大戦開戦直後の1940年春、ソ連軍がポーランド人将校ら約2万2千人を射殺する事件があった。「カチンの森事件」とその後呼ばれた事件を、ロシアは昨年、ソ連の犯罪と認めた。ポーランドの粘り強い抗議と調査要求があったからである。日本外交は学ぶべきである。
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関連掲示
・拙稿「ソ連の不法行為を忘れるな」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20100621
・拙稿「幻の映画『氷雪の門』が一般公開」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20100620
・拙稿「領土問題は、主権・国防・憲法の問題」
 目次の02へ
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12.htm
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三橋貴明氏の経済成長理論12

2010-07-27 09:34:55 | 経済
●いま日本が取るべき方策

 日本経済の抱える「真の問題」を解決するには、どうすればよいか。三橋氏は、問題解決のための具体策を打ち出している。私流に、五つに分けて提示しよう。

①景気回復を優先する

 三橋氏は『ジパング再来』で、「現在の日本に求められるのは、名目GDPを大きく成長させることである。すなわち景気回復こそが求められている」と言う。
 景気回復の方策を打つと、政府の負債が増え、財政が悪化するのではないかという意見に対しては、次のように反論する。経済成長路線を取り、「景気が本格的に回復し、企業の投資が活性化すると、企業の負債が増え始める。そうなると、今度は逆に政府の負債が自然と減り始めることになる。むろん、景気回復により税収が増大し、それまでは必須だった政府支出が不要になるためである」「政府の負債は、好景気で政府の税収が増え、政府支出が不要に成らない限り減ることはなく、減らす必要もない」「政府の借金はそもそも返済する必要がなく、実際に返済している国など世界中に一カ国もないのだ」と。
 三橋氏は、政府が景気回復政策を行ったことで、財政が好転した実例を挙げる。「アメリカのクリントン政権末期、一時的にアメリカ政府が財政黒字になったが、これは別に税金で政府債務を返済したためではない。好景気で政府の税収が増え、政府支出が勝手に減っていったためなのだ」と。
 これは重要な事例である。私なりに補足すると、1980年代、アメリカのレーガン政権は新自由主義の考えに基づき、所得税・法人税の税率を大幅に引き下げた。結果は、理論的予想に反し、税収が激減し、財政赤字が膨らんだ。代ったクリントン政権は、IT産業や教育等の分野に集中的に公共投資を行い、投資減税も行って、景気を回復させた。税収が増し、5年間で財政は黒字に転じた。わが国の昭和恐慌における井上準之助と高橋是清、アメリカの大恐慌におけるフーバーとルーズベルトの政策の違いとともに、わが国が現在、学ぶべき歴史的に重要な事例である。

②デフレを脱却する

 三橋氏は、日本がデフレから脱却するための政策を、『民主党政権で日本経済が危ない! 本当の理由』(アスコム、2009年12月)に掲げる。
 「日本がデフレから脱却し、需給ギャップのマイナスが埋まる範囲に金融政策の目標を設定し、その範囲内」で、次の「パッケージを実行すればよいのである」と説く。
 すなわち、【国債発行】【政府支出拡大】【国債の日銀引受拡大】の三つのパッケージである。この「三つをパッケージとして実行することで、【国債発行&政府支出拡大】→【長期金利上昇】→【日銀引受拡大&長期金利低下】→【マネーサプライ拡大】→【デフレ脱却】→【名目GDP成長率上昇】→【政府負債対GDP比率改善】のプロセスが発生」すると三橋氏は流れを示す。
 同書では、この政策パッケージについて、別の説明もある。そこから補足する。国債の発行については、「国債発行とは、民間貸し出しに向かわない過剰貯蓄分を、政府が代わりに借りているだけである」と「国民は理解する」ことが必要だと三橋氏は説く。国民は銀行に預金している。その国民の資産を政府は銀行経由で借り受ける。国債を発行し、銀行に購入してもらうことで、政府は間接的に国民から資産を借りることなる。政府は国民から借りた資産を景気対策に支出する。三橋氏は「政府が支出を行えば、その分だけGDPが拡大し、国民に行き渡る所得が増える」と言う。私見で補足すれば、国民の過剰貯蓄を政府が代わって運用し、国民に運用益をもたらすことになる。
 政府支出については、「特に将来の経済成長、及び国民の利便性・安全性を目的とした大々的な公共投資の拡大」が必要であり、これによって需給ギャップ分を埋めるべきであると三橋氏は説く。
 国債の日銀の引受拡大については、「日銀の国債買取枠の拡大。長期金利の上昇を抑制するとともに、日本がデフレ脱却を果たすまで金融緩和政策を継続。もしくは拡大すると宣言。日銀は欧米のように、マネーサプライの拡大もしくはインフレ率の目標を掲げる」という説明がされる。
 これらの政策を私なりにまとめると、デフレ脱却のため、政府と日本銀行が一体となって、財政金融政策を行うということである。
 なお、先の三つのパッケージには入っていないが、三橋氏は同書に、四つ目の政策として、「減税、もしくは所得移転による、民間の支出拡大」を挙げている。ただし、その説明がほとんどない。氏の言う減税は企業と家計の両方を対象とするのか片方だけを対象とするか、不明である。私見を述べると、税制全体の改革なくして、デフレの脱却はできない。この点、三橋氏は見解を出していないので、私は不満である。
 まず三橋氏の言う民間の支出拡大のために減税ないし所得移転をするという政策については、私は効果に疑問がある。企業の場合は、法人税の減税とするか、投資減税とするかで効果が違う。確実に民間の資産が投資に向かうようにするには、投資減税を行うべきであり、かつ国家戦略で定めた成長分野における投資に限定すべきである。
 次に、三橋氏は消費税に言及していない。デフレを脱却し、企業の収益が上がり、法人税・所得税の税収が増えることを目指すのであれば、消費税を上げる必要はない。橋本政権は緊縮財政をしただけでなく、消費税を3%から5%に上げた。それがデフレの一要因になった。その後、わが国は、法人税・所得税を下げた新自由主義的な税制のもと、デフレを脱却できず、税収が減少している。税収が激減した結果、消費税が法人税・所得税の収入減を補うような異常な状態になっている。財務省・自民党は、この失政の責任を明らかにせずに、「財政の健全化」のために消費税を10%に上げる政策を打ち出している。デフレ下で増税をすると、わが国の経済は致命的な打撃を受けるだろう。三橋氏は、消費税増税の是非について見解を明らかにすべきである。また日本の「真の問題」を解決する方策を打ち出すのであれば、財政金融政策だけでなく、税制の改革案も提示してもらいたい。税制改革を同時に行うことなくして、デフレの脱却はできないからである。

 次回に続く。
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三橋貴明氏の経済成長理論11

2010-07-26 08:46:32 | 経済
●日本経済が抱える「真の問題」

 わが国では、1989年にバブルが崩壊した。以後、長年にわたり、深刻な不況が続いている。私は、バブルはプラザ合意に始まったと見ている。日本の経済力に脅威を覚えたアメリカがバブルを仕掛け、絶頂において破裂した。日本は大打撃を受け、アメリカは日本の金融資産を食い物にできるようになった。深刻な不況のなかで、1998年橋本政権は緊縮財政を行った。それがデフレを引き起こした。今なおわが国はデフレから抜け出せず、この間、公的債務は膨れ上がった。
 今日わが国は経済成長と財政健全化という二つの課題を抱えている。課題の解決策につき、エコノミストや政治家の間で意見が分かれている。三橋氏の場合は、先に書いた独自の経済理論に基づいて、日本の問題を次のようにとらえる。
 三橋氏は、『ジパング再来』で述べる。
 「日本は1989年に始まるバブル崩壊の過程で、多くの企業が(略)『バランスシート不況』に突入してしまった。各企業が膨れ上がったバランスシートの右上、すなわち負債総額に恐れをなし、借金返済に専念するようになってしまったわけだ。結果、企業の投資が激減し、日本のGDPは大きなハンデを負う羽目になったのである」
 バランスシート不況は、「借金返済型不況」と三橋氏が呼ぶものである。企業が負債返済と投資縮小に専念した結果、名目GDPが縮小してしまう。こうした場合、財政出動により政府支出を増やし、民間の設備投資を促す政策に効果が期待される。しかし、「1994年以降の日本の政府支出」は「110兆円から長年横ばいを続けている」「1998年以降、緊縮財政(増税と政府支出の削減)により名目GDP成長率が低迷し、政府の負債はかえって増大した」と三橋氏は指摘する。
 三橋氏は、橋本政権、小泉政権は「財政健全化志向の緊縮財政路線」を行い、経済を悪化させた。小渕政権、麻生政権は「経済成長志向の財政支出拡大路線」を行って、経済を好転させたと評価する。わが国の政策は、景気がよくなってくるとストップをかけ、景気が悪くなってくるとゴーをかける。三橋氏によれば、こういう政策の繰り返しである。いわゆるストップゴー政策である。
 代表的な物価指数のうち、名目GDPを実質GDPで割ることで求められる指数を、GDPデフレータという。わが国のGDPデフレータは、三橋氏によると、1998年の金融危機以降、前期比マイナスが続いている。すなわち、極度のデフレ状態が長年続いている。
 三橋氏は、日本のデフレの特徴は「日本は国内の需要に比べて、供給能力があまりに過剰」であることにあると指摘する。総需要と総供給の差が、供給過剰、需要不足であるものを、デフレギャップという。わが国は「世界最大級のデフレギャップを抱えている」。三橋氏はこのデフレギャップの克服こそ、わが国の重要課題とする。
 そして、『ジパング再来』で次のように主張する。
 「日本の問題は『名目GDPの成長率低迷』により公的債務対GDP比率が悪化していること。公的債務そのものではない」
 「日本の『真の問題』はストック(金融資産)が莫大で、世界最大の純資産を持ちながら、フロー(名目GDP)が相対的に伸びていないこと、つまり経済の『効率性』が悪いことにあるのである」
 「日本はフローを生み出す『源』たる政府支出が、長期間にわたりゼロ成長を続け、名目GDPの成長率が低迷した結果、公的債務対GDP比率が主要国の中で唯一急速に悪化したのである。これこそが、日本経済の効率性が悪化した真因である」と。

 次回に続く。
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外国人、特に中国人急増の理由

2010-07-25 09:59:00 | 国際関係
私は現在、「トッドの移民論と日本」を連載しているが、日本の移民問について掲載するのは、トッドの移民論を概観してからなので、だいぶ先の予定である。移民問題は、日本という国のあり方、政治・経済・社会・文化の総体に関わるテーマである。まさに国民が大いに議論し、日本人としてのアイデンティティ、日本のグランドデザインを真剣に考えねばならない課題である。しかし、外国人の流入は、そうした課題をよそに、どんどんと進んでいる。
 特に中国人の急増は、大きな社会現象となっている。私も単発では、何度か書いてきた。最近産経新聞にわかりやすく解説した記事が載った。以下にクリップしておく。

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●産経新聞 平成22年7月24日

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100724/plc1007241801011-n1.htm
【社会部オンデマンド】なぜ外国人がこれほど増えたのか? 甘い入管当局の姿勢、“優しい社会”がさらに呼び込み…
2010.7.24 20:20

「最近、身近に外国人の急増ぶりを実感します。ニュースでも大阪市で中国人が生活保護を大量申請した騒ぎがありました。一体、なぜ外国人、特に中国人がこれほど増えたのでしょう。理由があるのでしょうか」=川崎市多摩区の主婦(37)

<政令市を超える規模>
 法務省の出入国管理統計では平成21年にわが国に入国した外国人は758万人。不況の影響で20年の914万人から減少したものの、統計を取り始めた昭和25年の年間1万8000人から、ほぼ一貫してこれまで増加傾向だった。
 日本で暮らす登録外国人数で見ると中国人の動きが突出している。平成10年に外国人登録のトップは韓国・朝鮮人で63万8828人。中国は27万2230人にすぎなかった。ところが、中国人は14年に40万人、17年には50万人とハイペースで増加。19年には60万6889人になり、韓国・朝鮮人を抜きトップに立った。21年には68万518人で70万を超える勢い。人口70万といえば政令市の人口要件を上回る規模だ。
 永住が認められた永住者も全体で年間6~4万人増の53万3472人に。ここでも中国人の伸びは目立っており、10年の3万1591人から、21年には15万6295人にまで急増した。
 こうした背景の大きな要因として、10年2月に永住者の認定要件が大幅に緩和されたことが挙げられる。
 それまで永住者となるには(1)素行が善良である(2)独立の生計を営むに足りる資産または技能を備えている(3)永住認定が日本国の利益になる-とする要件に加えて、おおむね20年の在日歴が必要だった。これを一気に10年に短縮したことを契機に永住者は増加の一途をたどり、10年間で5倍にまで膨れあがった。
 在日中国人の推移を見ると、21年で15万6295人にのぼる永住者に加え、日本人を配偶者に持つ中国人は5万6510人おり、永住者を配偶者などに持つ中国人も7087人。このほか、法務大臣が一定の在留期間を示して在留を認める「定住者」という在留資格もある。就労に制限がなく、永住者と変わらないメリットがある中国人「定住者」も3万3651人にのぼる。

<生活保護の大量申請>
 来日する中国人の場合、観光や出張といった短期滞在より就労や留学など一定の目的のもとに日本を訪れ、長期滞在する傾向が顕著だ。また、日本人や居住資格を持つ者だけでなく、家族を呼んで暮らす来日形態が目立つのも中国人に特徴的な傾向だ。
 これらを合計すると25万人を超える。法務省内で永住資格の認定に必要な在日歴のさらなる短縮が検討される中、いずれ永住者になると予想される永住“予備軍”が約10万人にのぼる点も中国人の急増ぶりを論じる際、見逃せない点だ。
 大阪市で6月、中国・福建省出身の残留日本人孤児姉妹の親族とされる中国人48人が生活保護を大量申請し、区役所幹部の指摘で表面化した。もともと法律では生活保護の支給対象は日本国民に限定。しかし、「永住」と「定住」の外国人に限っては予算措置で準用、生活保護の支給対象とする判断が続いてきた。
 入管難民法ではわが国への入国を認めるかどうかは「国、地方自治体に負担をかけない」ことが条件となっている。大阪市では入国後、わずか数日で生活保護が申請された点を重視。入管難民法に加え、原則として外国人を適用対象としていない生活保護法の趣旨に反するとして厚生労働省に見解を求めた結果、同省は「生活保護の受給を目的とした入国であることが明らかな場合や、そう見なさざるを得ない場合は、生活保護の受給対象から除外できる」と回答した。
 48人の中にはすでに騒動後、申請を取り下げた中国人がいる一方、26人は生活保護が認められて支給を受けているが、8月以降は打ち切りの見通しだ。
 ただ、国会質疑では生活保護を受給している外国人は全国で5万1441人にのぼることが明らかになっており、大阪市で今回発覚した生活保護の大量申請は氷山の一角ともいわれる。
 中国人の急増と、外国人に無警戒なまま門戸開放を続ける入管当局の甘い姿勢は見逃せない。また、性善説に立って書類が調ってさえいれば、受給を認める“お役所仕事”の行政窓口も多く、外国人に“優しい社会”が外国人をさらに呼び込んでいる面は否めない。
 今回の大阪市のケースは本来、国民のために維持されているはずの「社会のセーフティーネット」が脅かされていることを裏付けており、外国人に対するわが国のあまりの無警戒ぶりに警鐘を鳴らしたともいえそうだ。(安藤慶太)
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関連掲示
・拙稿「増え続ける移民の問題」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20100405
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20100406
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トッドの移民論と日本13

2010-07-24 08:41:04 | 国際関係
●夫婦関係と家族的価値

 トッドの家族制度論に関する基本知識を一通り書いたので、ここで私見を挟みたい。
 私が思うに、トッドの家族制度論は、親子関係・兄弟関係が中心で、夫婦関係はあまり記述されていない。婚姻における族内婚と族外婚の違い、女性の地位の高低は指摘されるのだが、夫婦のあり方がその家族型の社会の価値観に関係するかどうかについては、主題的な説明がない。しかし、男女の結びつきによる民族混交は、受け入れ社会と移民の自然的な融合を進めるものゆえ、夫婦のあり方はもっと重要な意味を持っていると私は思う。
 家族とは男女とその子供を中心とし、それに若干の親族が加わり、原則として共同生活をしている集団をいう。家族は、親から子へと生命を継承していくための、すなわち子供を育て、種を維持していくための基本単位である。それゆえ、両親と子供が不可欠の要素である。そして、父・母・子で構成される家族という単位集団を構成したときに、人類は誕生したといえる。それゆえ、家族あっての人類なのである。家族がなければ、人類はなくなるのである。
 「人間はサルから進化した」という説があるが進化論というものは、未だ仮説に過ぎず、検証されたものではない。しかし、人類の特徴を理解するために、他の大型類人猿と比較してみることは有効であろう。大型類人猿の社会構成は、オスとメスがペアをつくるペア型家族か、複数のオス・メスが交尾して群れをつくる乱婚型集団かのどちらかである。前者の例がゴリラであり、後者の例がチンパンジーやボノボである。
 ゴリラのようにペア型家族をつくる類人猿には、オスとメスの体格が各段に違う。また、メスを獲得するためにオス同士の対立が激しく、オス同士が集団をつくって協力することができない。それに対してチンパンジンーのように乱婚型集団をつくる類人猿は、オスとメスの体格はそれほど違わない。また、オス同士が協力し合い、挨拶行動がよく発達している。このように、オス同士の敵対関係を緩和する仕掛けが存在している。ペア型ではある程度安定した「つがい」ができている。これは、父・母・子からなる単婚家族の先駆形態とでもいうべきである。乱婚型では、単婚家族は成立せずに集団を構成している。
 人類の場合は、この両方の型のプラス面を生かす形になっている。男女が性的結合により、「つがい」を作り、ある程度安定した家族が成立している。それと同時に、男同士が敵対し合わず、集団を作り協力し合う社会を構成している。つまり、家族が寄り集まって集団を作り、その集団の中に家族がいくつか含まれているという社会である。人間の社会では、集団の共同性と家族の独立性とが両立している。こうした社会を形成したことが、人類の生存と繁栄に大きな利点をもたらしたのである。人類は、父母が協力して、知能が発達した子供を産み育てながら、集団で狩猟採集を行い、また定住して農耕を行う。複数家族の共同生活が、文明の発達を可能にしたのである。こうした人類文明の基礎は、家族にある。家族あっての人類である。家族がなければ、人類はなくなるのである。
 上記のように、人間の集団の基本的な最小単位は、父・母・子で構成される。このような視点で見れば、夫婦関係が家族における中心的な関係であり、男女の結合によって初めて子供が生まれ、親子の関係が生じる。さらにそれが世代間に及ぶ時、祖父母と孫の間の祖孫関係が広がる。
 親子の関係とは異なり、夫婦は契約による関係である。その契約は、男女の親同士によって結ばれる場合と、男女相互によって結ばれる場合がある。契約によって結ばれた男女関係が、夫婦である。親子は血統による自然的な関係だが、夫婦は合意による人為的な関係である。 

●家族における権威と伝統

 次に、私の理解では、直系家族は父権が強く、男性が支配的であり、女性の地位が低い傾向がある。核家族はそれに比べて父権が弱く、直系家族より女性の地位が高い傾向がある。この違いは、遺産相続や結婚後の居住に関する父親の権限の度合いによる。
 親子の関係を血縁と呼ぶのに対し、夫婦の関係を姻縁(いんえん)と呼ぶことができる。血縁による親族を血族、姻縁による親族を姻族と呼ぶ。親子・祖孫の血縁によって、血族は世代間のタテのつながりを主に広がる。夫婦の姻縁によって、姻族はヨコのつながりを主に広がる。親族は、こうした血族と姻族の係わり合いによって構成される。
 核家族は夫婦中心の単婚家族であるのに対し、直系家族は親子中心の複合家族である。核家族は子供が結婚すると独立し、親と別れて住む。単一世代で家族が解散する。これに対し、直系家族は子供のうち一人(年長の男子が多い)が親と同居することにより、祖父母や孫、曽祖父母や曾孫も同居する三世代ないしそれ以上の複数世代による大家族を構成する。当然、親族間の関係も、核家族の社会より直系家族の社会の方が強い。
 私の見るところ、トッドは世代間の価値観の継承を重視しないけれども、直系家族の場合は、祖先から子孫に伝承される文化が、重要な価値として尊重される。それが伝統である。伝統は、父親の権威を裏付ける価値であり、父親の父親、またその父親というように、世代を貫いて継承される価値である。核家族の場合、単婚家族で一世一代で解散するので、直系家族ほど伝統が重んじられない傾向がある。
 直系家族における伝統は、最初の祖先に起源を持ち、その始原的存在が、古代においては祖先神と仰がれ、伝統が宗教的信仰と一体のものとなっていた。日本でもギリシャでも同様である。しかし現代の世界では、日本は例外的存在であり、ヨーロッパの直系家族社会は、はるか昔に、こうした形態を失っている。直系家族だからといって、日本とドイツを単純には比較できない。

 次回に続く。
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三橋貴明氏の経済成長理論10

2010-07-23 08:51:10 | 経済
●世界はバランスシート不況に陥っている

 2007年のサブプライムローン危機、それに続く08年のリーマンショックによって、世界は1929年大恐慌以来の経済危機に陥った。今日の日本経済を論じるには、この世界経済危機の現状を捉え、危機勃発の原因を分析し、それに立った方策を説くという手順が必要である。
 多くのエコノミストが、世界経済危機の現状・原因・方策を説いている。三橋氏は、どう述べているか。
 まず現状分析については、『ジパング再来』で次のように述べている。
 「サブプライムローン問題に端を発した金融危機により、世界中の様々なバブルが崩壊し、各国は需要不足に喘いでいる」。家計や企業が莫大な借金を抱え、もはや金利をゼロに設定しても誰もお金を借りたがらない状況、すなわち「バランスシート不況」であると。
 バランスシート不況とは、リチャード・クー氏(野村総合研究所)が使っている概念である。三橋氏は、次のように定義する。「バランスシート不況とは、企業が負債返済と投資縮小に専念した結果、金利状況や需要とは無関係に、GDPが縮小していく現象である」。これを「借金返済型不況」と三橋氏は呼ぶ。(『民主党政権で日本経済が危ない! 本当の理由』)
 そして、三橋氏は、次のように言う。バランスシート不況のため、「各経済主体のバランスシートに計上された過剰債務が返済されるまで、景気は大変厳しい状況が続く」「世界経済は人類がこれまで経験したことがないステージに足を踏み入れたのである」と。(『ジパング再来』)
 では、どうしてバランスシート不況にいたるような金融危機が発生したのか。
 三橋氏は、世界的な金融危機の原因について、『ジパング再来』では次のように書いている程度である。
 「2001年から07年までの期間、アメリカの家計は世界経済の屋台骨であった」。アメリカ経済は「双子のバブル」の中にあった。「不動産価格のバブル」及び「将来所得のバブル」である。アメリカの国民は、「不動産価格のバブルを活用し、将来所得を先取りして消費に費やしてしまった」「借金で消費した」ということであり、「借金による過剰消費」だった。
 その結果、2007年にサブプライムローン危機が表面化し、08年にはリーマンショックが世界を襲った。「もはやアメリカ国民の借金を前提とした世界同時好況は、泡となって消えた」と。
 リーマンショック後、世界経済危機について、多数の本が書かれている。資本主義そのものへの反省や新自由主義への批判、ウォール街の貪欲さ、投資銀行やヘッジファンドの行動、サブプライムローンやCDS等の金融商品の仕組み等、おびただしい議論がされている。またその中から、新しい世界経済のあり方やドルに替わる通貨制度の模索等がされている。しかし、三橋氏はあまり問題に深く立ち入っていない。また関心が日本経済の課題に集中している。

●日本は世界の羨望の的、世界経済の希望

 次に、今後の世界経済の見通しについては、『崩壊する世界 繁栄する日本』に次のように書いている
 「サブプライム危機からリーマンショックを経て、世界中の国家モデルは一斉に崩壊した。ここまでの大変動が、これほど短期間に生じたのは、第2次世界大戦以来ではないだろうか。まさに世界経済のパラダイム・シフトだ」
 「世界経済は現在、かつてない混乱に見舞われ、あらゆる国が新たな国家モデルを模索し、試行錯誤を繰り返している。近い将来、パラダイム・シフトが完了した時点の世界経済が、果たしてどのような姿をとるのか。それは現時点では、誰にも分からない」と。
 そして、こうした世界において、三橋氏の関心は日本に集中している。日本は「次の世界を主導する国家モデルを築くために、圧倒的に優位な位置に立っている」として、日本の新しい国家モデルを構築することに、意欲を燃やしている。
 三橋氏は、『ジパング再来』で、現在の世界は世界的なバランスシート不況にあるととらえる。かつて「日本は1989年に始まるバブル崩壊の過程で、多くの企業が(略)『バランスシート不況』に突入してしまった。各企業が膨れ上がったバランスシートの右上、すなわち負債総額に恐れをなし、借金返済に専念するようになってしまったわけだ。結果、企業の投資が激減し、日本のGDPは大きなハンデを負う羽目になったのである」。いま世界的なバランスシート不況の中で、「今後、主要国の企業もかつての日本と同様に、バランスシートの『お掃除』を一斉に開始することになる」「ひらすら投資の絞込みと債務返済に専念するわけだ」。
 「そんななかで、日本はすでに家計も企業もバランスシートの『お掃除』は完了している。バブル期に積み上げてしまった過剰債務の返済が、すでに数年前に終了しているわけだ」。そして主要国が「参考にしているのは、かつてバブル崩壊後の日本が実施したさまざまな対策そのものなのだ」と三橋氏は言う。
 IMFの試算によると、アメリカの不良債権推定値(2013年まで)が2.7兆ドル(約260兆円)、欧州が1.2兆ドル(約115兆円)である。海外に販売されたアメリカの証券化商品の7割は、欧州系の金融機関により購入されている。アメリカ発の経済危機が欧州に深刻な打撃を与えている。米欧が巨額の不良債権を抱えているのに対し、日本はわずか0.15兆ドル(約14兆円)に過ぎない。
 「アメリカ一国で日本のGDPを上回る額の不良債権を抱えている可能性がある」とも三橋氏は言う。別の試算では、アメリカ国内で営業しているすべての金融機関が抱える不良債権の総額は、5兆ドルから6兆ドルにまで及ぶ。この額はドイツの抱える額の4~5倍上る。日本円にすれば450兆円から540兆円に上る。
 「バブルに踊った世界の多くの国が、今後は債務返済や不良債権処理を優先しなければならないなか、唯一日本のみがバランスシートに計上された過剰債務の処理を終えている」「世界中がバランスシート不況に陥ったなか、バランスシートが真っ白な日本は、世界の羨望の的であり、同時に世界経済の希望でもある」と三橋氏は述べている。

 データをもとにした記述はよいが、最後の一文は、世界の誰がどのように羨望しているのか。世界の誰が日本に希望を持っているのか。具体的な引用がない。日本人でも日本のバランスシートを見たことのある人は少ない。まして世界に日本のバランスシートを見ている人がどれだけいるのか。外国人の著名なエコノミストで、日本の財務状況を羨望し、日本に対する希望を表明している者が何人いるのか。むしろ米欧の政府、IMF、経済シンクタンク等は、日本の財政悪化を強調しているのが現状である。
 「世界中がバランスシート不況に陥ったなか、バランスシートが真っ白な日本は、世界の羨望の的であり、同時に世界経済の希望でもある」という一文は、三橋氏の主観的な評価を述べたものであって、世界の現実ではないと私は理解する。

 次回に続く。
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番外:三橋貴明氏と菊池英博氏

2010-07-21 11:10:03 | 経済
 私は現在、三橋貴明氏の経済成長理論について連載を書いている。三橋氏は「成長こそすべての解」と説く積極財政派である。現下の日本は需要不足によるデフレに陥っており、デフレギャップを埋めるために、公共投資を拡大し、積極財政を行うべし、と主張する。
 20~40歳代の若い人たちの中には、こうした主張は三橋氏が初めて説いたものと理解している人がいる。三橋氏は、他のエコノミストの名前を上げ、著書・論文・記事を引用して、論じることがごく少ない。どういうエコノミストを評価したり、継承しているか明らかでない。だから、読者は、三橋氏の説くことは、すべて三橋氏が発見、発想した独創的な主張という印象を受けやすい。一部のネットユーザーは「三橋信仰」などと揶揄されている。
 実際は、積極財政論は、わが国がデフレに陥った1998年前後から、この10数年間、ずっと説かれてきた。なかでも菊池英博氏(元文京女子大学教授、現日本金融財政研究所長)は、積極財政を説くエコノミストの代表的存在である。菊池氏は、わが国の危機は財政危機ではなく政策の誤りによる政策危機だと指摘。橋本政権・小泉政権の緊縮財政を徹底的に批判し、デフレを脱却し、毎年名目GDP成長率4~5%を実現する政策を提言してきた。国会の公聴会で発言、全国紙に寄稿などした氏の提言には、法律として実現したものもある。日本の伝統を尊重し、民利国益を追求する経世済民のエコノミストである。

 私は、三橋氏の基本的な考え方は、菊池氏に学んだものではないかと思っている。三橋の経済成長理論には、菊池氏の主張を一般向けに分かりやすく表現したものと思われるところがある。これは私の想像に過ぎない。何の影響関係もないのかもしれない。
 三橋氏は、数年前まで多くの国民と同様、マスメディアの報道を疑わず、わが国は財政危機にあると思っていたという。だが、中小企業診断士の目で国家のバランスシートを見て、考え方が変わった。韓国経済の分析でネットで注目され、国家モデル論をもって論壇に登場した。エコノミストとしてはキャリアが浅い。もし三橋氏が菊池氏の著書を読むならば、デフレ脱却のための積極財政論を一貫して説いてきた菊池氏を、筋金入りの先達と認めるに違いない。
 菊池氏は銀行マンとして国際金融の第一線で活躍した。その実務経験をもとに大学教授として研究を重ね、政策提言を繰り返し、現在は民間の研究所の長として経済アナリストを続けている。方や三橋氏は一般企業勤めから中小企業診断士となった個人事務所の経営者であり、学界や政府諮問機関等での研究・討論の経験は少ないようである。かくいう私自身は、経済界からも学界、政界からも遠いところにいる、ただの素人だが。

 菊池氏は、小泉=竹中構造改革を厳しく批判した。デフレ下で緊縮財政をした大失敗を満天下に暴露した。金融庁を使って銀行・企業を潰し、失業者増大や家庭崩壊を起こした失策を告発した。小泉=竹中政権を継承した自民党の安倍・福田・麻生の歴代政権は、構造改革を継承した政権だった。麻生氏は積極財政路線を取ったが、政策は構造改革を部分的に修正したものだった。これに対し、菊池氏は一貫して緊縮財政・構造改革を批判している。
 自民党は今も橋本・小泉政権の緊縮財政政策が日本の経済成長を損ない、財政赤字を増大させたことを認めていない。そのツケを消費税の増税という形で国民に押し付けようとしている。それに民主党の菅首相も乗っかっている。その裏にいるのは財務省である。自民党は小泉=竹中政権の従米・売国的な政策の誤りも認めていない。構造改革はアメリカの圧力によって強行されたものだった。構造改革への批判は、わが国の独立主権国家としてのあり方を根底から問うものとなる。
 菊池氏が5年以上前から発表している、日本の伝統を守り、日本経済の体質を踏まえた日本再興策は、今日改めて広く知られるべきものと思う。著書「増税が日本を破壊する」「消費税は0%にできる」(ダイヤモンド社)等は注目すべき提言の書である。

 菊池氏は最近、産経新聞のインタヴューに答えて持論を語った。以下に転載する。

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●産経新聞 平成22年7月9日

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100709/plc1007090846003-n1.htm
【金曜討論】消費税率引き上げ 菊池英博氏、伊藤元重氏
2010.7.9 08:42

 菅直人首相が「消費税10%」に言及したことにより、消費税率の引き上げ問題が参院選(11日投票)の大きな争点になっている。今度こそ政治は増税問題に正面から向き合えるのか、有権者の関心も高い。「日本の財政は危機的な状況にあり、一日も早く消費税率引き上げに向けた議論を始めるべきだ」という東京大学大学院教授の伊藤元重氏と、「まず景気対策を実施し、『強い経済』を復活させれば税収は自然に増える」と主張する日本金融財政研究所長の菊池英博氏に聞いた。(喜多由浩)

≪菊池英博氏≫

「強い経済」復活で税収増

--菅首相が「消費税10%」に言及したが
 「菅首相が掲げた3つの柱(強い経済、強い財政、強い社会保障)には基本的に賛成だ。ただし、順番を間違えてはいけない。日本の経済は平成13年以降、小泉構造改革・自公政権のデフレ政策によって、税収が激減してしまった。今や日本の経済力は20年前、財政力は25年前の水準に戻っている。まずは景気対策をしっかりやってデフレを解消し、『強い経済』を復活させることが先決だ。そうすれば名目GDP(国内総生産)が上昇し、税収は自然に上がる。逆に『財政』健全化と称して、先に消費税を上げると経済が落ち込みマイナス成長になる。(菅首相は)財政出動をしたくない財務省や増税派の政治家に取り込まれてしまったのではないか」

●デフレには需要喚起策

--消費税の問題点は
 「消費税は、すべてにかかわる大衆課税であり、波及が大きい。生鮮食料品から運賃、石油…とみんな上がってしまう。実際アメリカは1930年代のデフレの際に消費税を新設したためにGDPがデフレ前の半分になってしまったことがある。一方、昨年就任したオバマ大統領は就任早々、約70兆円の緊急補正予算を組んで景気対策を取り、同時に法人税、所得税の最高税率引き上げを実施した。日本の民主党政権も、3年間で100兆円規模の緊急補正予算を組んで積極的な投資を行い、需要喚起政策を取るべきだ。デフレは『財政』を使わねば解消しない」

--90年代から2000年代初めの100兆円規模の財政出動は、 「効果がほとんどなかった」と批判されたのではなかったか
 「その評価自体が間違っている。これによって、約100兆円のGDPの押し上げ効果があったことは、平成16年の参院予算調査室の報告にも書いてある。この対策がなければGDPは400兆円程度にまで落ち込むところだった。それをムダにしてしまったのが小泉構造改革の緊縮財政だ」

●財政「危機的」ではない

--積極的に公共投資を行おうにも今の財政状況では難しい
 「そもそも日本の財政は『危機的な状況』などではない。財務省が掲げる『GDP比180%以上』などという債務は実態を表していないからだ。正しくは、(国民の負債ではない)特別会計の債務と社会保障基金の積立金を引いた『純債務』で見るべきで、これなら債務は半分になってしまう。財源もいくらでもある。特別会計のいわゆる“埋蔵金”は昨年度決算で約70兆円。また、日本は世界最大の『債権国』であり、昨年末現在で官民合わせて267兆円の対外債権を保有している。この利息と配当だけで年10兆~15兆円、預金の純増分が10兆円もあり、建設国債の原資になるのだ」

【プロフィル】菊池英博

 きくち・ひでひろ 昭和11(1936)年、東京都出身。東京大教養学部卒。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。ミラノ支店長、豪州東京銀行取締役頭取などを歴任。平成7年、文京女子大(現文京学院大)教授。専門は国際金融、日本経済。19年から、日本金融財政研究所長、経済アナリスト。
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関連掲示
・拙稿「経世済民のエコノミスト~菊池英博氏」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13i-2.htm

■追記

 本項を含む拙稿「デフレを脱却し、新しい文明へ~三橋貴明氏」は、下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13f.htm

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三橋貴明氏の経済成長理論9

2010-07-20 09:50:26 | 経済
●政府負債の増加だけでは国家経済は破綻しない

 先回、三橋氏は日本の財政は破綻するという見方を批判するとともに、積極財政策を説くがプライマリーバランスの黒字は目標としないことを書いた。この点について、三橋氏が挙げる歴史的な事例をもって補足する。
 まず三橋氏は日本財政破綻論を批判し、「日本の財政破綻はあり得ない」と断言する。
 「日本の財政は世界最悪の状況で、借金は天文学的な規模に達し、日本は間もなく財政破綻する。日本の借金はGDPの2倍近くにも達し、国民一位当たり借金は640万円を超える。財政破綻が近いのだから、家計は貯蓄を増やさざるをえない。そんな状況で個人消費が拡大するわけがないし、公共投資など財政破綻を早めるだけだ」というような新聞報道は「支離滅裂」であり「完膚なきまでに間違った論調」だとする。
 三橋氏は、政府負債がGNPないしGDPの3倍近くになっても破綻しなかった例があるとして、イギリスを挙げる。『日本のグランドデザイン』(講談社、22年、2010年6月)から、その記述を要約しよう。
 19世紀初め、ナポレオン戦争期のイギリスは、政府の国債発行残高がGNP(国民総生産)の3倍近くにまで達していた。戦費が嵩んだためである。「しかし別にイギリス政府は破綻などしなかった。なぜならば、現在の日本同様、当時のイギリス政府の国債は、その100%近くがポンド建てだったためだ」。ポンド建てとは自国通貨建てという意味である。「イギリス政府はその後、50年をかけ、国債発行残高の対GNP比率が100%を切るところまで財政状況を改善させていった」。それは「経済成長」により実現されたものだった。「財政支出を絞り込むわけではなく、国家経済のフロー(GDPやGNP)を拡大することで、政府の負債残高を希薄化させていったわけだ」。
 イギリスでは、これと同じことが、1940年代にもあった。当時のイギリスは「やはり国債発行をGDPの3倍近くにまで拡大させていた。が、破綻などしなかった」。つまり、単に政府の債務がGDPの2倍、3倍に増えたとしても、それだけで国家経済が破綻するわけではないというのが、この事例である。
 三橋氏は言う。「『日本の“国の借金”は、GDPの2倍近くにまで達しているのです。破綻しないはずがないじゃないですか!』と、他国の事例やロジックをまるで無視した言説を飛ばす人が少なくない。その手の人々は果たしてイギリスの事例をどのように評価するのだろうか。筆者はぜひ聞いてみたい」と。そして、次のように主張する。「イギリスを見る限り、政府の負債対GDP比率悪化という問題に対するソリューションは、明々白々なのだ。すなわち経済成長である。(略)経済成長こそがすべての解なのだ」と。

●政府負債がGDPの50%前後でも破綻する例が

 今度は、イギリスと対照的な例である。三橋氏は『日本のグランドデザイン』で、まずアイスランドを挙げる。
 アイスランドは2008年10月に経済破綻した。実は同国政府は2007年まで、巨額の財政黒字になっていた。「対GDP比で6%もの財政黒字を誇っていた」。ところが、そのわずか1年後に、アイスランド経済は破綻した。理由は民間の金融機関がGDPの10倍近くにまで対外負債を膨れ上がらせていたためである。対外負債のほとんどは外貨建てだった。主にアメリカの証券化商品を買っていたのである。アイスランドの民間金融機関は、低金利の対外負債と高金利の対外資産(サブプライムローンやCDS等)の金利差でもうけていた。ところが「アメリカの不動産バブルが崩壊し、証券化商品が暴落した途端、一気に国家運営が行き詰まってしまった」。
 ここで重要なのは、「破綻当時のアイスランド政府の負債残高は、GDPの50%前後でしかなかった」ことである。アイスランドは、政府の負債が増えたために破綻したのではない。民間金融機関が外貨建て負債のデフォルトに陥った結果、政府は外貨を手に入れなければならず、北欧諸国やIMFから借り入れた。それによって、2008年にアイスランド政府の負債は前年比で倍増した。それでも、GDPの50%ほどでしかなかったのだが、破綻した。
 三橋氏は、もう一つアルゼンチンの例を上げる。2001年にアルゼンチンが破綻した際にも、同国政府の負債残高はGDPの額を下回っていた。アルゼンチン政府が債務不履行を起こしたのは、外貨建ての政府の負債だった。外貨建て負債の場合、自国通貨の為替レートの暴落などにより、政府や民間のデフォルトがしばしば起こる。アルゼンチンは、アルゼンチン・ペソの暴落が政府の債務不履行の引き金となった。アイスランドの場合は、政府ではなく民間の金融機関が原因だったが、アイスランド・クローネの暴落が債務不履行の引き金となった。
 こうした例を踏まえて、三橋氏は言う。「『政府の負債が絶対額でGDPの○○%に達したから破綻する』などという単純論は成り立たないのだ」「政府の負債がGDPよりも多かろうが、少なかろうが、外貨建て負債を抱えており、そこに通貨危機が到来すると、デフォルトに陥る危険性は高まる。デフォルトする経済主体は、アルゼンチンのように政府の場合もあるが、アイスランドのように民間金融機関の場合もある」と。
 逆に言うと、政府の負債がGDPの2倍なり3倍近くになろうとも、円建ての債務である限り、わが国の財政は破綻しない。破綻は「100%あり得ない」というのが、三橋氏の主張である。上記のイギリス、アイスランド、アルゼンチンはこの主張を裏付けるために、三橋氏が挙げる事例である。
 私見を述べると、こうした事例は過去の一定の環境・条件における出来事である。短期的には妥当だと思うが、中長期的には、環境や条件が変化した場合、異なる結果に至らないとは限らない。経済の現象から導き出される法則は経験則であり、自然科学の法則のように客観性・再現性を満たすものではない。また経済は閉じられたシステムではなく、政治・社会・文化の影響を受ける。過去において重大な経済外要因は、植民地支配と戦争、そして巨大国際金融資本家の組織力だった。現在においては、地球環境と人口変動、中国共産党の政治力が大きな要因に加わっている。中長期的には、経済に関して、理論と歴史的事例だけで、絶対こうこうと断言することはできないと私は思う。

 次回に続く。
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