ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

人権397~人権発達のための実践で重要なこと(続)

2017-01-04 10:32:45 | イスラーム
●人権発達のための実践で重要なこと(続)

(8)現実を踏まえ、漸進的な改善を目指す
 次に、人権発達の実現は、世界の現実を踏まえ、漸進的な改善を目指すべきである。ミラーは、「複数のネイションからなる世界」のための国際的正義は、「基本的人権の普遍的擁護を要請する」と説く。またミラーは、人権は「全人類に共通の基本的ニーズ」という観念を通じて最もよく理解され正当化されると説く。人権の内容については、先に書いたが、私は、人権は主に国民の権利として発達してきたものであり、権利の付与と保障は各国の政府が行い、権利に伴う義務は各国の国民が負うと考える。基本的人権についても、その内容は、まずそれぞれの国民が決めればよいと考える。国によって規定が違ってよい。国際間で様々な考え方が併存している状態で協議をして、基本的人権について合意を作っていけばよいと考える。その際、合意を図るべき最低限保障の権利については、私見を述べたとおりである。
 世界的に基本的人権について合意を作るには、センのいうケイパビリティとしての主体的な能力、ミラーのいう基本的ニーズとしての環境的な条件について検討し、ケイパビリティを具体化し、基本的ニーズを絞り込むことが必要だろう。ヌスバウムはケイパビリティのリストを提示しておりミラーは充足すべき基本的ニーズを揚げている。私は私の考えを書いたが、こうした素案をもとにして協議を行い、かつ目標を数量化しなければならない。
 ここで注意したいのは、ミラーが「すべてのニーズが直接的に権利を基礎づけ得るわけではない」と言っていることである。彼は、「人権は、人間の生活における道徳的緊急性の局面を表現しなければならないだけでなく、ある種の実現可能性の条件にも合致しなければならない」とし、「すべてのニーズが直接的に権利を基礎づけ得るわけではない」と述べる。
 すべての社会のすべての人に基本的条件を提供することを、一挙に実現することはできない。国際社会の現実を踏まえた現実主義的な考え方が必要である。基本的条件の充足は、政府間・国民間の合意を積み重ねながら、漸進的に実現していくしかないだろう。

(9)必要な費用を算出し、分担・管理・運用の仕方を決める
 次に、最低限保障を目指すべき権利を保障するために必要な費用を試算して総額を出し、費用の分担・管理・運用の仕方を決める必要がある。ミラーは、基本的ニーズの充足に必要な費用について、具体化できていない。まず国際的支援が必要な国を絞り、人口・年齢構成等を調査することが必要である。基本的ニーズを仮に人類に一律のものとするなら、例えば食糧は1日あたり、カロリーがどれだけとか、必要な栄養素がどれだけとか、水は飲料用に1日何リットル、それ以外の生活用に何リットルなどと計算し、各国の物価や人口構成の違い等を考慮したうえで、要支援国について全体的なコストを試算しなければならない。国連はミレニアム宣言で2015年までに1日1ドルという生活水準の人々を半減するという目標を掲げた。1日1ドル以上で、どれだけの食糧や水を確保できるかは、物価や人口構成等によって異なるだろう。
 国連のミレニアム宣言は、2015年までの世界の貧困の半減だけでなく、教育・医療等にも係る8つの目標に対して、先進国にGNIの0.7パーセントの拠出を義務付けるものだった。結果は達成できなかったが、今後も、その拠出義務をネイションとしての責任で履行する仕組みを補強すれば、現在よりは状態を改善できるだろう。
 費用を集めるには、集金の仕組みを設計し、資金の管理・運用・評価の主体を決める必要がある。その実行については、これまでのミレニアム宣言に基づく拠出は多くが政府間援助(ODA)だったので、どの国にどれだけ出すかは各国の判断に任されていた。この仕方では、支援国の国益と要支援国の要望とが合致する部分としない部分が出てくる。これを改善するため、国際機関で統一的に行う方を採用すべきである。

(10)国家間の過度な不平等の是正に取り組む
 次に、国家間の過度の不平等を是正する措置が必要である。今日国際社会で期待されているのは、富裕国の国民及び発展途上国の富裕層による道徳的な義務の実行である。その際、資源や機会、所得等の全面的な平等ではなく、過度の不平等の是正を進めるという考え方が現実的である。
 私は、近現代の世界史において、支配―服従の権力関係によって、形式的には等価交換に見えるが、実質的には不等価交換となり、一方的に価値が移動する国際間の構造が存在してきたと考える。この不等価交換の構造を明らかにしてのみ、過度の不平等を是正することができる。不等価交換の構造は、国際間の権力関係による。経済外的な権力関係において優勢な側が、劣勢な側から富を収奪する。かつては植民地支配がこの構造を形成していた。第二次世界大戦後は、IMF・GUTT・WTO・世銀等の国際的経済機構が、金融や貿易の仕組みを通じて、不等価交換による富の収奪を合法化してきた。経済力・軍事力の差が不等価交換の原因となっている。また、それが世界的な貧困と過度の不平等を生む構造を作り出している。そこで、先進国主導の国際的経済機構を改革し、発展途上国の意見・要望を反映し、発展途上国が「発展の権利」を実現できるようにする必要がある。
 これに対して当然、巨大国際金融資本による強い抵抗が起こるだろう。その抵抗を押し返していくには、世界各国でデモクラシーが発達するとともに、共存共栄の指導原理が世界の指導者層に浸透し、富と権力を持つ階層の精神を大きく向上させることができなければならない。

 次回に続く。

トランプ時代の始まり~暴走か変革か2

2016-12-06 10:20:18 | イスラーム
●異端児・暴言王の勝因は何か

 トランプは、米国政界の異端児であり、選挙期間中、共和党内でも反発が多く上がった。暴言王であり、セクハラの常習者であり、大統領に品格を求める米国民の顰蹙を買った。だが、そのトランプが大統領選を制した。ヒラリーよりはましという選択をした人々も多かったようである。超大国・米国は長期的な衰退を続け、社会は混迷し、人心は荒廃している。それとともに明らかに指導者の質も低下している。
 どうしてこのような人物が、大統領選に勝てたのか。

 トランプは、米国人口の約35%を占める高卒以下の低学歴の白人労働者に目をつけた。オバマ政権下で、彼らは、不法移民を含む有色人種の移民に仕事を奪われたり、移民の存在によって給与が下がったりしている。そのことに対する不満が鬱積しているのを、トランプ陣営は読み取った。
 本来共和党は富裕層に支持者が多く、主に大企業・軍需産業・キリスト教右派・中南部の保守的な白人層などを支持層とする。民主党は労働者や貧困層に支持者が多く、主に東海岸・西海岸および五大湖周辺の大都市の市民、ヒスパニック(ラティーノ)、アフリカ系・アジア系など人種的マイノリティに支持者が多い。ユダヤ系には民主党支持者が多い。民主党にはニューヨークのユダヤ系の金融資本家から多額の資金を得ているという別の一面がある。またロックフェラー家が民主党最大のスポンサーとなっている。
 貧困層に支持を訴えるのは民主党の定石だが、トランプは共和党でありながら貧困層に訴えた。白人と有色人種の人種的な対立を刺激し、白人の支持を獲得しようとしたのである。トランプは、低学歴の白人労働者の鬱憤を代弁し、また煽り立てた。君たちの生活が苦しいのは、君たちが悪いのではない、悪いのはあいつらだ、と敵を作って大衆に示す。それによって大衆の怒り、不満、憎悪等の感情を描き立て、その感情の波に乗って権力を採るという手法を取った。マスメディアを信用せず、批判を繰り返し、直接大衆に訴えた。一種のポピュリズム(大衆訴求主義)である。そうすることによって、トランプは白人と黒人、ヒスパニック等の有色人種、キリスト教徒とイスラーム教徒等の間を分断し、自分の支持者を獲得していった。
 民主党の候補者ヒラリー・クリントンは、大統領夫人、上院議員、国務長官等を歴任し、米国の支配層を象徴する人物と大衆から見られている。民主党の指名選挙では、貧困層に社会民主主義的な政策を説いたユダヤ系のサンダースが善戦したが、サンダースの支持者にすれば、ヒラリーこそ批判すべき支配者集団の一員である。政界で巨額の富を築き上げただけでなく、クリントン財団への不正献金が追求された。だが、ヒラリーは高い知名度と、豊富な資金力によってサンダースを打ち破った。
 ヒラリーが民主党の候補者となっても、民主党支持者の中にヒラリーは受け入れられないという者が多数いた。また、当然共和党支持者の多くは、ヒラリーを支持しない。だが、アメリカのマスメディアは、選挙期間中、ヒラリーがトランプより優位という予想を流し続けた。マスメディアの関係者には民主党支持者が多く、メディアの大半が民主党寄りである。またメディアの多くはユダヤ系または親ユダヤである。投票日直前の段階で、ニューヨーク・タイムス紙は、ヒラリーが勝つ可能性は80%以上と予想した。投票当日にもABCテレビは、開票1時間後にヒラリーが勝つ可能性は71%、トランプのそれは28%と予想した。それが開票が進むにつれ、全く予想と逆の展開となり、開票5時間後には、ABCテレビはトランプ78%、ヒラリー20%と真逆の予想を流す羽目になった。

 米国大統領選挙は直接選挙ではなく、勝者は州ごとの選挙人団をどれだけ確保できるかで決まる。支持率で下回っても、選挙人団を多く獲得すれば勝利する。逆に支持率で上回っても、獲得する選挙人団が少なければ、破れる。勝利に必要なのは、選挙人数539人の過半数となる270人の獲得である。総得票数を伸ばすよりも、各州の選挙人を獲得する戦術が重要になる。特にスイングステーツと呼ばれ、選挙の度に、共和党が勝ったり、民主党が勝ったりする州で勝つことが、勝敗を大きく左右する。
 トランプ陣営は、それまで大統領選挙の投票にあまり行かなかった約白人500万人の票に狙いを定めて、選挙運動を行った。彼らの多くは、新自由主義とグローバリズムによって、職を失ったり、収入が激減したりして、既成の体制に最も強い不満を持っている人たちである。もともと投票に行かなかった集団ゆえ、従来の選挙予測の方法では行動が読みにくい。マスメディアは、彼らの動向をとらえることが出来ていなかった。世論調査では出てこない「隠れトランプ支持者」が多数伏在していた。激戦州では、彼らの票が勝敗に大きく影響したと見られる。
 ただし、トランプが306人の選挙人を獲得したと言っても、ヒラリーに圧勝したとは言えない。得票数では、ヒラリーが200万票以上、上回っているからである。トランプは、得票数で負けて選挙人数で勝った5人目の大統領となる。だが、ヒラリーへの票がトランプへの票を上回ったということは、投票した過半数の有権者はトランプに反対しているということである。彼らが選挙結果に対して抱く不満は、容易に鎮静しないだろう。
 また、低学歴の白人労働者の票がトランプに投じられ、勝敗を左右したと見られる一方、ABCニュースが投票日当日行った出口調査では、世帯年収3万ドル以下の世帯のうちトランプに投じたのは41%、ヒラリーに投じたのは53%だった。また、世帯年収5万ドル以上の世帯では、すべての層でトランプが上回った。大卒でもトランプが49%、ヒラリーが45%だったという。この調査結果がどの程度正確なものかわからないが、この数字に拠る限り、伝統的に共和党の支持者は富裕層に多く、民主党の支持者は貧困層に多いという基本的な傾向は変わっていないことになる。過去の大統領選挙の時の調査と比較対象する詳細な分析結果を待つ必要があるだろう。
 もう一つは、11月8日に同時に行われたほかの選挙の結果と合わせてとらえることである。4年に1回の米国大統領選挙は、連邦議会の上下両院の選挙を伴う。大統領と連邦議会議員が同時に全部選び直される。今回の選挙では大統領に共和党のトランプが選ばれるとともに、連邦議会では上下両院とも共和党が多数を占めた。共和党が権力を掌握し、政策を強力に進めることが可能な状況となった。州知事や州議会でも、共和党が躍進した。
 オバマ大統領自身は2期8年の最後に至っても、50%以上の支持率を維持している。しかし、彼が率いる民主党は、国民多数の支持を失ってきた。それが今回の結果にはっきり出た。ヒラリー・クリントンの敗北は、彼女の敗北だけでない。民主党が大統領選挙でも連邦議会選挙でも州議会選挙でも、大敗北を喫した。ヒラリーが嫌われただけでなく、民主党離れが起こっていたのである。これから、トランプ大統領のもとで、オバマ政権時代に実施された多くの政策が否定され、米国の政府は正反対の方向に政策を転換するに違いない。民主主義社会の大衆は、長く一つの政権が続くと不満が蓄積し、とにかくいままでと違う政治を望み、変化を求める傾向がある。特に米国は二大政党の間で政権交代が起こりやすい社会ゆえ、その傾向が強い。

●分断による勝利のため統合は困難

 トランプは共和党の異端者で、主流ではなく非主流ですらない特異な存在だった。もとは民主党の支持者でクリントン夫妻を支援していた。共和党は選挙期間中、この異端者をめぐってトランプ支持と不支持に分かれ、有力者多数がヒラリーを支持すると公言したことにより、分裂のモーメントをはらんでいる。こうした共和党のとりまとめは、トランプ政権の大きな課題の一つである。
 また、トランプVSヒラリーの選挙戦は、互いに相手を激しく罵り合い、米国は大きく二つに分かれた。米国の大統領選挙ではいつものことだが、今回は史上最低の選挙戦といわれる中で、かつてなく対立が激しく、熱くなった。トランプは、意図的に白人と有色人種、キリスト教徒とイスラーム教徒等を分断した。この分断は、米国社会全体の分断である。人種差別や性差別等をなくし、社会の統合を図ってきた米国の長年の取り組みを、逆方向に戻すような分断である。米国社会を分断し、主に白人労働者の不満をエネルギーとすることで、権力を握ったと見られる大統領が、米国を一つの国家に統合していくのは、容易なことではないだろう。自分が国民を分裂させて対立感情に火をつけ、煽った人間が、大統領の座を手に入れると、大衆に向かって、選挙は終わった、一つになろうと訴えても説得力がないだろう。
 トランプの熱心な支持者の一部は、トランプをただの破壊者ではなく、アメリカ社会の変革者だと仰ぐ。トランプは言う。「Make America great again(アメリカを再び偉大にしよう)」と。彼らは、トランプは、ヒラリーが象徴する既成の支配者集団(エスタブリッシュメント)に挑み、これまでの体制を変革してくれる指導者だと信じているようである。だが、トランプは、ゴールドマン・サックス幹部出身者のスティーブン・ムニューチンを財務長官に指名したり、資産家で著名投資家ウィルバー・ロスを商務長官に指名するなどの閣僚人事において、エスタブリッシュメントとの関係保持を示している。トランプは、新たなメンバーとして、支配者集団に迎え入れられたのである。
 アメリカ合衆国には、国王がいない。君主制国家の英国から独立した国だからである。だが、人間には国王のような象徴的で権威的な存在を、集団の中心として求める心理傾向がある。米国の大統領は、平等な個人の中から選ばれた政治的指導者だが、国王の心理的な代替物のような性格を持つ。政治の実務を担う首相と、国家・国民統合の象徴性を担う大統領の両方を定めている国が少なくない中で、米国では、大統領の一身に政治的指導者と象徴的指導者の両面を凝集している。それゆえ、4年に一度の大統領選挙は、選挙によって国王の代替者を選ぶのに似た機能を持つ。民主的に合法的に国王が交代し、王朝が交替するようなものである。トランプ大統領の誕生は、いわばトランプ王朝の誕生であり、トランプ家は、アメリカの新たな王家に成り上がる。オバマ家の黒人王朝から、トランプ家の白人王朝への交替である。政治家である大統領が国王のごとき存在となる証に、その妻が「ファースト・レデイ」という名の王妃のごとき存在となり、その子たちが大統領夫妻とともに、大衆の前に姿を現す。子らは、国王と王妃を取り巻く王子や姫君のような存在となる。そのため、新たな王家のごとき集団は、おのずと支配者集団(エスタブリッシュメント)の一角を占める存在となっていく。ドナルド・トランプを変革者と仰ぐ支持者たちの期待は、やがて裏切られることになるだろう。

 次回に続く。

ヒラリー・クリントンのEメールから浮かび上がった重大事実

2016-11-20 09:39:39 | イスラーム
 米国大統領選挙でドナルド・トランプに敗れたヒラリー・クリントンは、選挙期間中、国務長官時代の私的メールアカウントの使用、クリントン財団への献金を見返りとした口利き、夫ビルの女性問題での相手女性への脅し等の問題が噴出した。とりわけ、意図的に国家の重要機密を外国に流していたのではないかという疑惑は、最も深刻である。11月4日米国の国土安全保障省長官のマイケル・マッコールが、FOX news に「ヒラリー・クリントンは国家反逆罪を犯した。国土安全保障省は反逆罪のヒラリー・クリントンを公式に起訴する」と述べた。
 ヒラリーが今後起訴されるとすれば、理由の核心にベンガジ事件が挙げられるだろう。ベンガジ事件とは、ヒラリーがリビアのカダフィー大佐の殺害を指示し、それを実行したクリス・スティーブンス米リビア大使が報復を受けて惨殺された事件である。
 2011年(平成23年)1月、チュニジアの民衆運動をきっかけに「アラブの春」と呼ばれる民衆の反政府運動が起った。リビアでは同年2月、最高指導者で国家元首であるカダフィー大佐の退陣を求める反政府デモが発生した。カダフィーは武力によって民衆の運動を弾圧しようとしたが、軍の一部が反乱を起こし、10月20日カダフィーは射殺され、42年間続いたカダフィー政権は崩壊した。
 ヒラリー・クリントンは、カダフィーを暗殺指示し、リビアの国家財産200億ドルを奪い、その資金を用いて、いわゆる「イスラーム国」(ISIL)に武器・資金を提供したという疑いが起っている。だが、これら一連の行為は、彼女個人の判断とは思えない。背後関係があるはずである。ヒラリーは、欧米の所有者集団に仕える経営者の一人であり、彼らの意思を実現するための政治・外交をやっていたと思われる。
 起訴によってその背後関係が明らかになる可能性があるので、起訴が取りやめになったり、あるいは起訴理由をごく限定したものにして、責任追及が背後に及ばないようにしたりする可能性があると思う。
 私は、所有者集団はヒラリーを大統領にするシナリオで選挙戦を進めていたが、ヒラリーの重要機密に関わるメールが大問題になり、かばいきれなくなったので、トランプに乗り換え、彼の抱き込みを図ったのではないかと推測している。
   
 ベンガジ事件は、アラブの春、アラブ・アフリカ金本位制度、ドルの防衛等に係る巨大な事件の一端である。戦略リスク・コンサルタントで作家のウイリアム・エングダールが、「ヒラリー電子メール、ディナール金貨と、アラブの春」という記事をオンライン誌“New Eastern Outlook”に寄稿し、その巨大な事件について書いている。和訳がネット上に掲示されている。長文なので、要所を抜粋する。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/…/post-cc58.html

 「今にして思えば、アラブの春のタイミングは、膨大なアラブ中東の石油の流れだけではないものを支配しようとする、アメリカ政府とウオール街の取り組みと緊密に繋がっていたことが益々見えてくる。新たな主権国家資産ファンドに集積された、彼らの何兆ドルものお金を支配することも、同じ位重要な狙いだったのだ。
 ところが、最新の2011年4月2日のクリントン-ブルーメンソール電子メールで、今や確認された通り、ウオール街とシティー・オブ・ロンドンの“お金の神様”に対し、アフリカとアラブ産油国世界から、質的に新たな脅威が出現しつつあったのだ。リビアのカダフィ、チュニジアのベン・アリと、エジプトのムバラクは、アメリカ・ドルから独立した金に裏付けられたイスラム通貨を立ち上げようとしていた。」

 「2009年、当時、アフリカ連合議長だったカダフィは、経済的に窮乏したアフリカ大陸に“ディナール金貨”を採用するよう提案した。(略)ウオール街とシティ・オブ・ロンドンが、2007年-2008年金融危機で、ひどく厄介な状態にあった時に、もしもそういうことが起きていれば、ドルの準備通貨としての役割に対する影響は、深刻というだけでは済まされなかったはずだ。アメリカ金融覇権とドル体制にとって、弔いの鐘となっていたはずだ。」

 「カダフィを破壊するためのヒラリー・クリントンの戦争の最も奇妙な特徴の一つは、石油豊富なリビア東部のベンガジでアメリカが支援した“反政府派”、戦闘のさなか、彼らがカダフィ政権を打倒できるどうかはっきりするずっと前に、“亡命中の”欧米式中央銀行を設立したと宣言した事実だ。(略)
 戦闘の結果が明らかになる前に、金に裏付けされたディナールを発行していたカダフィの主権ある国立銀行におきかわる欧米風中央銀行創設という奇妙な決定について発言して、ロバート・ウェンツェルは、経済政策ジャーナル誌で“民衆蜂起から、わずか数週間で作られた中央銀行など聞いたことがない。これは単なる寄せ集めの反政府派連中が走り回っているだけでなく、かなり高度な影響力が働いていることを示唆している”と言っている。
 今やクリントン-ブルーメンソール電子メールのおかげで、こうした“かなり高度な影響力”は、ウオール街と、シティー・オブ・ロンドンとつながっていたことが明らかになった。」

 「もしカダフィが、エジプトやチュニジアや他のアラブのOPECと、アフリカ連合加盟諸国とともに- ドルではなく、金による石油販売の導入を推進することが許されていれば、世界準備通貨としてのアメリカ・ドルの未来にとってのリスクは、明らかに金融上の津波に匹敵していただろう。
 ドルから自立したアラブ・アフリカ金本位制度というカダフィの夢は、不幸にして彼の死と共に消えた。ヒラリー・クリントンの身勝手な“保護する責任”論によるリビア破壊の後、現在あるのは、部族戦争、経済的混乱、アルカイダやダーイシュやISISテロリストによって引き裂かれた修羅場だ。カダフィの100%国有の国家通貨庁が持っていた通貨主権と、それによるディナール金貨発行はなくなり、ドルに結びつけられた“自立した”中央銀行に置き換えられた。」

 今後の真相解明を待ちたい。

関連掲示
・拙稿「現代世界の支配構造とアメリカの衰退」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09k.htm
・拙稿「イスラームの宗教と文明~その過去・現在・将来」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-2.htm
 第2部第3章「現在(2011年以降)」

「外国人土地取得の規制を急げ」改訂版をアップ

2016-10-09 09:23:36 | イスラーム
 ようやく政府が外国人土地取得の規制に動き出しました。先ず実態調査、次に法整備の立案という手順と報じられます。過去数年間の不作為が悔やまれます。この間に北海道を始め全国各地が中国等の外国資本に侵されてきました。安倍首相は強力なリーダーシップを発揮して、関係省庁を横断した取り組みを推進してほしいものです。
 最近の国会での質疑や産経新聞の「北海道が危ない」シリーズ第3部等を踏まえ、拙稿「外国人土地取得の規制を急げ」を改訂し、マイサイトに掲載しました。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion13w.htm

人権340~ヌスバウムはケイパビリティによるグローバル正義を構想(続き2)

2016-08-17 09:15:29 | イスラーム
●ヌスバウムはケイパビリティによるグローバル正義を構想(続き)

 ヌスバウムは、ケイパビリティによって人権と正義を結合し、人権の発達によるグローバルな正義の実現を目指している。
 ヌスバウムは、ケイパビリティ・アプローチをグローバル化する際に、制度の役割を重視する。この点は、ポッゲに通じる。そしてケイパビリティ・アプローチに基づくグローバルな正義の原理として、次の10個を提示している。

(1)責任の所在は重複的に決定され、国内社会も責任を負う。
(2)国家主権は、人間の諸々の可能力を促進するという制約の範囲内で、尊重されなければならない。
(3)豊かな諸国はGDPのかなりの部分を比較的貧しい諸国に供与する責任を負う。
(4)多国籍企業は事業展開先の地域で人間の諸々の可能力を促進する責任を負う。
(5)グローバルな経済秩序の主要構造は、貧困諸国及び発展途上中の諸国に対して公正であるように設計されなければならない。
(6)薄く分散化しているが力強いグローバル公共圏が涵養されなければならない。
(7)すべての制度と(ほとんどの)個人は各国と各地域で、不遇な人々の諸問題に集中しなければならない。
(8)病人、老人、子ども、障害者のケアには、突出した重要性があるとして、世界共同体が焦点を合わせるべきである。
(9)家族は大切だが「私的」ではない領域として扱われるべきである。
(10)すべての制度と個人は、不遇な人々にエンパワーする(能力・権限を与える)際の鍵として、教育を支持する責任を負う。

 これらの原理から、ヌスバウムは、グローバルな正義をケイパビリティ・アプローチのグローバル化として考察していることが見て取れる。ヌスバウムは、ベイツ、ポッゲよりはるかに急進的に諸個人の実質的自由の拡大を求める。そして、女性、障害者、外国人、さらに動物へと正義の対象を広げようとする。
 ヌスバウムのケイパビリティ・アプローチの特徴は、「重なり合う合意」と言っていながら、結果志向であることにある。ヌスバウムは、人間の尊厳に必要なものとして、特定の内容を直観的に把握して、結果から始める。その後に手続きを追求する。この点で、コスモポリタニズムの持つ一元的で独善的な傾向を最もよく表しているのが、ヌスバウムである。それだけに、ヌスバウムは地球市民論やフェミニズム、動物愛護運動等に強い影響を与える一方、国際社会の現実を政治、経済、外交、安全保障等の観点から多角的にとらえる人々からは、厳しい批判を受けている。
 ヌスバウムは、一人ひとりのケイパビリティの向上を目標とし、グローバルな正義の10原理を提示しているが、現実の国際社会の制度秩序の分析を欠いており、グローバリゼイションとグローバル制度秩序という現実に対して、それらの原理でどの程度の改革を為し得るかについては、明確でない。
 コスモポリタンの中には、正義の実現を目指すより、ひどい不正義を除くという考え方に立って最低限、貧困死をなくすという目標を掲げる論者がいる。これに比べ、ヌスバウムの場合は、正義の原理を多く示すことで、目標が多くなり、また分散している。しかも主体が国家ではなく個人ゆえ、諸個人が非力でいながら、あれもこれもめざす傾向に陥り、どれも中途半端に終わることが懸念される。人類の社会はグローバル化しつつあるが、まだ地球共同体を形成する段階には程遠い。仮に正しい目標であっても、急いては事を仕損じる。超長期的な構想と段階的な戦略が必要である。
 また、仮に動物にまで正義を広げるのであれば、「人間の尊厳」ではなく「生命の尊厳」を説く必要があるだろう。その際には、動物だけでなく植物を含む「生きとし生けるもの」を対象としなければならないだろう。日本人及びアジア人の多くには、なじみ深い考え方だが、そこに感謝や慈悲の心ではなく、正義の概念を持ち出すのは、西洋人特有の発想である。
 ヌスバウムはアメリカ人だが、ヌスバウムという姓は、ユダヤ人である彼女の夫の姓である。ヌスバウムはコスモポリタンの思想を説くが、脱国家的なコスモポリタニズムは、迫害されたユダヤ人が西欧で発展させた思想である。同時にユダヤ教は近代西洋文明における選民思想と自然征服思想の源泉でもある。ヌスバウムの思想には、こうした複雑な背景がある。国際的正義またはグローバル正義の観点から、ユダヤ思想及びシオニズムをどのように評価するかということは、世界的に重要な政治的・倫理的な課題だが、ヌスバウムの理論と主張を検討する際には、こうした背景と課題にも留意する必要がある。

 次回に続く。

英国のEU離脱決定と日本のあり方2~中西寛氏

2016-08-13 07:39:59 | イスラーム
 英国のEU離脱決定と日本のあり方について、次に京都大学大学院教授の中西寛氏の見解を紹介する。中西氏は、産経新聞7月5日付に次のように書いた。
 「EUからの脱退については、EUの基本枠組みを規定するリスボン条約第50条の手続きに従うこととなっているが、それ以外のことはほとんど何も決まりがない。その手続きは、加盟国がEUからの脱退を通告した後、脱退に関する協定を交渉し、2年間で協定がまとまらなければ、EUが延長を認めない限り、その時点で脱退が決まるというものである。単純化すれば、脱退の通告権は加盟国(この場合、英国)にあり、脱退時期の確定権はEU側にある。
 現在起きているのは、この規定の下で離脱条件を巡る英国とEU側との条件闘争である。EU側は脱退が連鎖的に広まることを恐れて、早期に交渉を開始し、他国への見せしめとなるよう厳しい脱退条件を課すことを望んでいる。
 英国はできるだけ有利な条件、具体的には「ヒト、モノ、サービス、カネ」の自由化を条件とするEU単一市場に対して「ヒト」、すなわちEU域内の移民の自由だけを外して、他の自由を享受するという条件を勝ち取るべく、脱退の通告をカードとして用いようとしている。
この行方は現時点では読み切れないが、大別すれば、英国とEUが理性を保って協議離婚に成功するか、混乱が広がって離婚協議どころではなくなるかのいずれかである。後者は望ましくないシナリオだが、推移を見つめる他ない」と。
 中西氏は、今回の国民投票について、イングランド地方在住の中高年層や低学歴で社会的に劣位にある層の不満、特に東欧からの移民の大量流入やEUによる一方的な決定に対する不満を、キャメロン首相率いる残留派が軽視していたことを原因とする説に異議を唱える。そして、イギリスの保守勢力の分裂に根本原因があると指摘する。
 中西氏は、言う。「根本的な原因はEUを巡って長く水面下にあったアンビバレンツが、保守勢力の分裂状況によって表面化したことにある。前回総選挙の際に英国独立党の得票数の伸びや保守党内部の分裂に耐えかねて、キャメロン首相が国民投票を公約したことが今の事態の原因である。さらに遡れば、保守政治の分裂の起源は1980年代から90年代にかけてのサッチャー時代に由来する。サッチャー首相は労働組合や既得権益を打破するために規制緩和を推進したが、それによって伝統的な保守勢力と対決した。その際に利用したのが浮上していた欧州単一市場の理念であった。しかし、単一市場化は次第に規制や通貨の統合へと向かうことになった。サッチャー首相はこうした方向に国家主権の喪失として激しく反対したが、最後には保守党内でも孤立して退陣した。英国のEU離脱運動は、市場主義と保守主義を結合しようとしたサッチャー首相が残した亀裂に端を発して、20年を経て政治的帰結をもたらしたのである」と。

 私見を述べると、一般に保守と呼ばれる政治的勢力には、大きく分けて伝統尊重的な保守と、経済優先的な保守がある。わが国で言えば、伝統尊重的保守は、日本主義的・共同体主義的であり、経済優先的保守はアメリカニズム的・グローバリズム的である。共通するのは、資本主義、自由主義、デモクラシー、人権等の肯定である。だが、前者は、歴史・伝統・国柄を保守しようとし、そのために国家主権の回復・強化を目指す。後者は、経済的な利益・発展を追求し、国家主権を超えた市場の普遍性を追求する。その点では基本的な方向が異なる。
 ヨーロッパ諸国の場合、わが国と違うのはEUによるヨーロッパの統合が進められ、また共通通貨ユーロが使用されていることである。EUやユーロに見られるリージョナリズムは、経済優先的な保守の思想が広域的に現実化しているものである。イギリスでは、前者の伝統尊重的な保守はEUからの離脱を求め、後者の経済優先的な保守はEU残留をよしとして、異なった方向に国家を進めようとする。イギリスでは、それを国民投票とする大衆に判断を委ねる方法を取った。
 今後わが国で、伝統尊重的な保守と経済優先的な保守が強く対立し、大きく分裂する事態になったならば、戦後日本でかつてない混乱を生じるだろう。その際、国民が何を以て団結するか。私は、何より中国・北朝鮮の侵攻から日本を守るという国家安全保障においてと考える。ヨーロッパは、2度の世界大戦を経て、独仏不戦を軸として統合を目指し、今日に至っている。ヨーロッパでは、域内の諸国間の戦争が、極めて起こりにくい社会を作ってきている。だが、東アジアはそうではない。むしろ、まったく逆である。年々、中国は軍事力を増大し、覇権主義的な行動を強めている。北朝鮮は核・ミサイルの開発を進めている。こうした国際環境にあることをしっかり踏まえて、日本の国家の進路を考えることが最も必要だと思う。
以下は、中西氏の記事の全文。

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●産経新聞 平成28年7月5日

http://www.sankei.com/column/news/160705/clm1607050012-n1.html
2016.7.5 10:00更新

【正論】
「保守分裂」が招いた英離脱…日本の政治的将来に人ごとでない 京都大学大学院教授・中西寛

 英国の国民投票の結果、欧州連合(EU)離脱派が勝利したことは、事前の予想を裏切るものであり世界を驚かせた。金融、為替市場でのパニックは収束しつつあるが、今後の見通しに対する霧はむしろ深まっている。

≪協議離婚か混乱の拡大か≫
 EUからの脱退については、EUの基本枠組みを規定するリスボン条約第50条の手続きに従うこととなっているが、それ以外のことはほとんど何も決まりがない。
 その手続きは、加盟国がEUからの脱退を通告した後、脱退に関する協定を交渉し、2年間で協定がまとまらなければ、EUが延長を認めない限り、その時点で脱退が決まるというものである。単純化すれば、脱退の通告権は加盟国(この場合、英国)にあり、脱退時期の確定権はEU側にある。
 現在起きているのは、この規定の下で離脱条件を巡(めぐ)る英国とEU側との条件闘争である。EU側は脱退が連鎖的に広まることを恐れて、早期に交渉を開始し、他国への見せしめとなるよう厳しい脱退条件を課すことを望んでいる。
 英国はできるだけ有利な条件、具体的には「ヒト、モノ、サービス、カネ」の自由化を条件とするEU単一市場に対して「ヒト」、すなわちEU域内の移民の自由だけを外して、他の自由を享受するという条件を勝ち取るべく、脱退の通告をカードとして用いようとしている。
この行方は現時点では読み切れないが、大別すれば、英国とEUが理性を保って協議離婚に成功するか、混乱が広がって離婚協議どころではなくなるかのいずれかである。後者は望ましくないシナリオだが、推移を見つめる他ない。
 そもそも今回の国民投票に至った背景はどのように理解できるだろうか。直接的には離脱票を投じたイングランド地方在住の中高年層や低学歴で社会的に劣位にある層の不満、特に東欧からの移民の大量流入やEUによる一方的な決定に対する不満を、キャメロン首相率いる残留派が軽視していたことが原因と説かれる。

≪サッチャー首相が残した亀裂≫
 しかし結果は投票者の4%以内の差で決まったのであり、離脱派が上回ったのはたまたまだと言ってもよい。根本的な原因はEUを巡って長く水面下にあったアンビバレンツ(相反した感情を同時に抱くこと)が、保守勢力の分裂状況によって表面化したことにある。前回総選挙の際に英国独立党の得票数の伸びや保守党内部の分裂に耐えかねて、キャメロン首相が国民投票を公約したことが今の事態の原因である。
 さらに遡(さかのぼ)れば、保守政治の分裂の起源は1980年代から90年代にかけてのサッチャー時代に由来する。サッチャー首相は労働組合や既得権益を打破するために規制緩和を推進したが、それによって伝統的な保守勢力と対決した。その際に利用したのが浮上していた欧州単一市場の理念であった。
 しかし、単一市場化は次第に規制や通貨の統合へと向かうことになった。サッチャー首相はこうした方向に国家主権の喪失として激しく反対したが、最後には保守党内でも孤立して退陣した。
 英国のEU離脱運動は、市場主義と保守主義を結合しようとしたサッチャー首相が残した亀裂に端を発して、20年を経て政治的帰結をもたらしたのである。
 このように理解すると、今回の国民投票の意味は英国やEUに限定されない。とりわけ、離脱の結果と並んで驚くべきことは、オバマ米大統領が明確に残留派を支援したにもかかわらず、英国民への説得力がほとんど感じられなかったことである。

≪次期米大統領が行方左右≫
 サッチャー首相と並んで保守的市場主義を追求したレーガン路線を引き継いだ米共和党は、ブッシュ息子時代に分解状態に陥り、大統領の座を民主党のオバマ氏に明け渡した。しかし、オバマ外交の成果は少なく、英国民の離脱選択はオバマ政権へのさらなる打撃となって、米国の威信低下を象徴している。
 その間、ドナルド・トランプという政治の埒外(らちがい)にいた人物が共和党大統領候補者の座を手中にした。今回の国民投票が米大統領選にどういう影響を与えるかは未知数だが、大統領選でトランプ氏、クリントン氏のいずれが勝つかが、ヨーロッパの行方を左右することは間違いない。
 日本では今のところ安倍晋三政権下で保守勢力の分裂は回避され、第三極は一時の勢いは失っている。大きな要因は中国の台頭や中韓との歴史摩擦、北朝鮮の軍事的脅威が国民の危機感と結集力を高めている点にあるのだろう。
 しかし、アベノミクスの金融緩和策はほぼ限界に来たとの見方も強まっており、次の焦点は事実上の財政ファイナンスになりつつある。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の先行きも楽観できない状況であり、沖縄や東京の混乱は新たな第三極運動の芽となるかもしれない。英国の国民投票は日本の政治的将来にとっても、人ごとではないといえる。(京都大学大学院教授・中西寛 なかにし ひろし)
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関連掲示
・拙稿「日本的な「保守」の役割と課題~右翼・左翼・リベラル等との対比を踏まえて」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion13a.htm

都知事選2~浮かび上がった自民党都連の問題体質

2016-07-22 06:28:22 | イスラーム
 東京都知事選まで、あと10日を切った。東京都知事選について、私は、7月15日ブログに拙稿「大混戦の東京都知事選~どう考えるか」を掲載した。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/31761c969116c059f864b360dd56d635
 その後、SNSに書いたものに編集・加筆をして、短期集中連載する。

 今回の都知事選を通じて、自民党都連の問題体質が浮かび上がってきた。7月11日自民党都連は、所属議員だけでなく、その親族も含めて、推薦候補以外を応援したら除名等の処分を下すと通達した。共産党でもあるまいに、と有権者の反発を買った。



 通達後、都連会長の石原伸晃氏の弟、石原良純氏がテレビ番組で、反自民の鳥越俊太郎氏を評価する発言をした。有名人がテレビで発言したのだから、影響は少なくない。都連は通達に則り、会長の石原伸晃氏を除名にしないと、通達は事実上、空文化する。
 だいたい自民党は、小池百合子氏を除名にしていない。都連等に相談せず、また党からの推薦を受けずに出馬した小池氏を除名せずに、その応援をした者を除名するというのは、矛盾している。小池氏を除名処分にすると、有権者の反発や同情を呼ぶのが怖いからだろう。
 都連の石原伸晃会長、内田茂幹事長は、愚かなことをやったものである。都連の体質を自ら露呈し、有権者の批判を巻き起こしただけである。
 自民党は、都連の改革をしないと、真に国民の信頼を得られる政党に改善されないだろう。

 自民党都連が先の通達を出した翌々日の7月13日元都知事の猪瀬直樹氏が衝撃発言を行った。夕刊フジと産経新聞が次のように報道した。

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●産経ニュース 平成28年7月15日

http://www.sankei.com/politics/news/160715/plt1607150009-n1.html
 猪瀬直樹元東京都知事がインターネット上のインタビューで、「都議会のドン」に関する衝撃的な発言を炸裂(さくれつ)させた。2011年に自殺した自民党都議が、ドンのいじめに遭っていた-というすさまじい内容だ。猪瀬氏は自身のツイッターで、遺書ととれる「殴り書き」の公開にまで踏み切った。都知事選を直撃しかねない、強烈な「爆弾」が投げ込まれた格好だ。(夕刊フジ)

 インタビューが掲載されたのは、ニュース共有サービス「NEWS PICKS」(ニューズピックス)で、13日に公開された。
 猪瀬氏は、自民党都議の樺山卓司(かばやま・たかし)氏(当時)が、11年7月1日に自宅で自殺した原因について、「(都連実力者の)A氏にあります(中略)。A氏に何をされたかというと、都議会議員の集まりの中で嫌がらせ的に罵倒されたり、議長になれたのにならせてもらえなかったり、ギリギリといじめ抜かれた(中略)。『反A氏』の声を上げると粛清されてしまう-そんな世界が都議会にはあるわけです」と語っているのだ。
 猪瀬氏が名指ししたA氏は、都知事選に出馬した小池百合子元防衛相も「都議会のドン」と呼び、注目を集めたことでも知られる。
 猪瀬氏は先日、樺山氏の親族から「父は憤死した」との連絡を受け、遺書を見せてもらったという。猪瀬氏は証拠を示すかのように自身のツイッターで遺書を公開した。
その遺書には、《これは全マスコミに発表して下さい。Aを許さない!!人間性のひとかけらもないA。来世では必ず報服(原文ママ)します!御覚悟!!自民党の皆さん。旧い自民党を破壊して下さい》という壮絶な殴り書きが確認できる。
 なお、産経新聞は11年7月2日付朝刊で、樺山氏が1日未明に死亡したとの記事を掲載し、「警視庁は、自殺の可能性が高いとみて調べている」と報じている。
 猪瀬氏が投げ込んだ「爆弾」は、都知事選を「A氏ら自民党都連に支援された増田寛也元総務相」と「A氏らと戦う小池氏」という構図にするのか。猪瀬氏はインタビューの中で、小池氏について「期待したい」と語っている。(略)
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 文中でA氏として名が伏せられているは、都議会のドンこと内田茂都議である。自民党都連幹事長である。自殺した樺山卓司氏の遺書とは、次のものである。



 選挙期間の序盤に、問題の核心部分が鮮やかに浮かび上がった。ここで正邪善悪を明らかにして、大きな膿を出さないと、東京都は健全化されないだろう。
 猪瀬氏の衝撃発言のもとの記事は、下記に開催されている。
https://newspicks.com/news/1663515/

 元都知事であり都議会の実態を知る人物の発言だから、重みがある。また都知事選の序盤で公表したのは、発言のタイミングがよかった。猪瀬氏はお金の問題で辞めたが、東京都の浄化に貢献することで、責任を果たしてほしいものである。

 自民党の推薦を受けずに立候補した小池百合子氏は、こうした自民党都連のあり方を変えようと改革の意思を明らかにしている。7月10日小池氏はツイッターで、次のように決意表明していた。

 「7月10日: 今夜8時参議院選挙の終了とともに、自民党都連への推薦願いを取り下げに党本部へ参りました。14日からの都知事選には推薦なしで出馬いたします。「都議会のドン」やひと握りの幹部による都政運営を改め、都民のための「東京大改革」を進めます。」
https://twitter.com/ecoyuri/status/752102006597165058

 このツイートが7月10日であったことに注目したい。自民等都連の除名等通達や猪瀬元都知事の爆弾発言で、都連の問題点が、世に知られるようになる前である。なぜ彼女が都連幹部に対して無礼とも映る行動をあえてしたのか。今は多くの人が理解している。この決意を生かさなければ、都政の改革はなしえないだろう。
 その心意気は立派である。一方、自民・公明・こころが推薦する増田寛也氏は、この問題に取り組もうとしていない。これは、候補者の誰に一票を投ずるかの選択において、重要なポイントである。

 都知事選で小池百合子氏がたった一人で戦いを挑んだ「都議会のドン」こと内田茂自民党都連幹事長については、暴力団との関係が噂されてきたが、次のような情報が広がっている。
 ――警視庁は、内田茂自由民主党東京都連幹事長を指定暴力団山口組の組員と義兄弟の契りを交わしたとして、現在、徹底捜査中である。余罪有り。内田氏の姉の夫が工藤会のヤクザだったーーー。
 真偽の解明が待たれる。

 次回に続く。

「イスラームの宗教と文明」をアップ

2016-05-11 09:34:34 | イスラーム
 1月18日から5月9日にかけてブログとMIXに連載したイスラームに関する拙稿をまとめて、マイサイトに掲載しました。私は世界の諸宗教はいずれ発展的に解消すべきものと考えますが、そのうち最大の課題がイスラームだろうと思います。これは人類の運命にも関わる課題だと思います。通してお読みになりたい方は、下記へどうぞ。

■イスラームの宗教と文明~その過去・現在・将来
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12-2.htm

イスラーム53~「昼の時代」に向かう世界での日本文明の役割

2016-05-09 08:51:34 | イスラーム
 最終回。

●セム系一神教文明は脱皮すべき時にある

 先に書いたピュー・リサーチ・センターの予測では、2050年ころには、イスラーム教徒の人数がキリスト教徒の人数に迫る状態になっている。特にヨーロッパでは、移民政策に大きな変更がない限り、イスラーム教徒が全人口の20%までに激増している。イギリス、スペイン、オランダでは人口の過半数をイスラーム教徒が占め、ヨーロッパの社会と文化に大きな変化を産み出しているだろう。米国とイスラーム教国の関係についても、イスラーム教徒の人口による圧力が現在より、はるかに大きくなっているだろう。
 こうしたキリスト教徒とイスラーム教徒の関係は、西洋文明とイスラーム文明の関係でもある。西洋文明とイスラーム文明の対立は、世界の不安定の要因の一つである。この対立は、より大きな枠組みでは、ユダヤ教を含むセム系一神教の文明群における文明間の対立である。
 イスラーム教諸国は、イスラエルの建国後、イスラエルと数次にわたって戦争を行い、またアメリカと湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争等で戦っている。また東方正教文明の中核国家だった旧ソ連とはアフガン戦争で戦い、今日は旧ソ連圏のイスラーム教徒が中央アジア各地で、ロシアと戦っている。これは、イスラエルやロシアを含めたユダヤ=キリスト教系諸文明とイスラーム文明の対立・抗争である。アブラハムの子孫同士の戦いであり、異母兄弟の骨肉の争いである。
 中東では、争いが互いの憎悪を膨らませ、報復が報復を招いて、抜き差しならない状態となっている。そして、現代世界は、イスラエル=パレスチナ紛争を焦点として、ユダヤ教・キリスト教・イスラーム教のセム系一神教の内部争いによって、修羅場のような状態になっている。
 今後、ユダヤ=キリスト教系諸文明とイスラーム文明の対立・抗争が今よりもっと深刻化していくか、それとも協調・融和へと向かっていくか。このことは、人類全体の将来を左右するほどの問題である。その影響力の大きさは、米国と中国の関係が世界にもたらす影響力の大きさと比較されよう。
 中東に平和と安定をもたらすことができないと、世界平和は実現しない。平和を維持するための国際的な機構や制度を作っても、中東で対立・抗争が続いていると、中東における宗教戦争・民族戦争に世界全体が巻き込まれるおそれがある。最悪の場合は、一神教文明群における対立・抗争から核兵器を使用した第3次世界大戦が勃発する可能性がある。
 いかに中東で平和を実現するか。ユダヤ教とイスラーム教の争い、イスラーム教のスンナ派とシーア派の争い、ユダヤ人・アラブ人・イラン人・クルド人等の民族間の争い等を収め、地域の共存共栄を実現する道が求められている。
 私は、セム系一神教に基づく文明そのものが、新たな段階へと脱皮しなければならない時期にあるのだと思う。その脱皮に人類の運命の多くがかかっている。
 科学が未発達だった千年以上も前の時代に生まれた宗教的な価値観を絶対化し、それに反するものを否定・排除するという論理では、どこまでも対立・闘争が続く。果ては、共倒れによる滅亡が待っている。自然の世界に目を転じれば、そこでは様々な生命体が共存共栄の妙理を表している。人智の限界を知って、謙虚に地球上で人類が互いに、また動植物とも共存共栄できる理法を探求することが、人類の進むべき道である。宗教にあっても科学・政治・経済・教育等にあっても、指導者はその道を見出し、その道に則るための努力に献身するのでなければならない。

●「昼の時代」に向かう世界での日本文明の役割

 残念ながら現状において、私は、一神教文明群の宗教・思想の中から、対立・抗争の昂進を止め、協調・融和へと向かう指導原理が現れることを期待できない。一神教文明群の対立・抗争が世界全体を巻き込んで人類が自壊・滅亡に至る惨事を防ぐには、非セム系多神教文明群が、あい協力する必要があると思う。私は、セム系一神教文明を中心とした争いの世界に、非セム系多神教文明群が融和をもたらすために、日本文明の役割は大きいと思う。日本文明には対立関係に調和を生み出す原理が潜在する。その原理を大いに発動し、新しい精神文化が興隆することが期待される。
 ハンチントンは、文明は衝突の元にもなりうるが、共通の文明や文化を持つ国々で構築される世界秩序体系の元にもなりうる、と主張した。文明内での秩序維持は、突出した勢力、すなわち中核国家があれば、その勢力が担うことになる、と説く。また、文明を異にするグループ間の対立は、各文明を代表する主要国の間で交渉することで解決ができるとし、大きな衝突を回避する可能性を指摘している。そして、日本文明に対して、世界秩序の再生に貢献することを、ハンチントンは期待した。
 ハンチントンは「日本国=日本文明」であり、一国一文明という独自の特徴を持っていることを指摘した。アメリカ同時多発テロ事件の翌年である2002年(平成14年)に刊行した『引き裂かれる世界』で、ハンチントンは日本への期待を述べた。
 「日本には自分の文明の中に他のメンバーがいないため、メンバーを守るために戦争に巻き込まれることがない。また、自分の文明のメンバー国と他の文明との対立の仲介をする必要もない。こうした要素は、私には、日本に建設的な役割を生み出すのではないかと思われる。アラブの観点から見ると、日本は西欧ではなく、キリスト教でもなく、地域的に近い帝国主義者でもないため、西欧に対するような悪感情がない。イスラーム教と非イスラーム教の対立の中では、結果として日本は独立した調停者としての役割を果たせるユニークな位置にある。また、両方の側から受け入れられやすい平和維持軍を準備でき、対立解消のために、経済資源を使って少なくともささやかな奨励金を用意できる好位置にもある。ひと言で言えば、世界は日本に文明の衝突を調停する大きな機会をもたらしているのだ」と。
 日本文明は、非セム系多神教文明群の中で独自の特徴を示す。その特徴は、セム系一神教文明群にも非セム系多神教文明群の他の文明にもみられないユニークなものである。
 宗教には一神教、多神教等の違いの他に、陸の影響を受けた宗教と海の影響を受けた宗教という違いがある。ユダヤ教・キリスト教・イスラーム教や道教・儒教・ヒンズー教・仏教は、どれも大陸で発生した。これに比べ、神道が他の主要な宗教と異なる点は、海洋的な要素を持っていることである。大陸的な宗教が陰の性格を持つのに対し、海洋的な宗教である神道は陽の性格を持つ。明るく開放的で、また調和的・受容的である。これは、四方を世界最大の海・太平洋をはじめとする海洋に囲まれた日本の自然が人間の心理に影響を与えているものと思う。
 21世紀の世界で対立を強めている西洋文明、イスラーム文明、シナ文明、東方正教文明には、大陸で発生した宗教が影響を与えている。これに比べ、神道は、日本文明に海洋的な性格を加えている。こうした日本文明のユニークな性格が、文明間の摩擦を和らげ、文明の衝突を回避して、大いなる調和を促す働きをすることを私は期待する。
 また、日本文明には、さらに重要な特徴として、人と人、人と自然が調和して生きる精神が発達した。それは、四季の変化に富む豊かな自然に恵まれ、共同労働によって集約的灌漑水田稲作で米作りをしてきた日本人の生活の中で育まれた精神である。この大調和の精神は、日本民族だけのものではなく、世界の諸民族にも求められるものである。
 21世紀の人類は核戦争と地球環境破壊による自滅の危機を乗り越えて、物心調和・共存共栄の新文明へと飛躍できるかのどうか、かつてないほど重要な段階にある。わが国は、核戦争を回避し、地球環境破壊による自滅の危機を乗り越えて、物心調和・共存共栄の新文明を実現するために、中東におけるイスラエルとアラブ諸国の対立を和らげるように助力しなければならない。世界的にユニークな特徴を持つ日本文明は、西洋文明とイスラーム文明の抗争を収束させ、調和をもたらすためにも重要な役割があることを自覚すべきである。
 人類は、この地球において、宇宙・自然・生命・精神を貫く法則と宇宙本源の力にそった文明を創造し、新しい生き方を始めなければならない。そのために、今日、科学と宗教の両面に通じる精神的指導原理の出現が期待されている。世界平和の実現と地球環境の回復のために、そしてなにより人類の心の成長と向上のために、近代化・合理化を包越する、物心調和・共存共栄の精神文化の興隆が待望されているのである。そして、その新しい精神文化の指導原理こそ、「昼の時代」を実現する推進力になるに違いないと私は確信する。この点は、別の拙稿に書いたところであり、下記をご参照願いたい。

拙稿「“心の近代化”と新しい精神文化の興隆」の「結びに~新しい精神的指導原理の出現」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion09b.htm
拙稿「人類史の中の日本文明」の「第3章 新しい指導原理の出現~日本文明への期待」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion09c.htm


(了)

イスラーム52~イスラーム文明と人類の将来

2016-05-07 08:46:52 | イスラーム
結びに

●イスラーム文明と人類の将来

 イスラーム文明は世界で最も人口が増加している地域に広がっている。人口増加とともに、イスラーム教徒の数も増加している。そのため、イスラーム教は、今日の世界で最も信者数が増加している宗教である。世界人口のおよそ4人に1人がイスラーム教徒と言われる。今後、ますますイスラーム教徒は絶対的にも相対的にも増えていく。
 2015年(平成27年)4月、米調査機関ピュー・リサーチ・センターが、次のような予測を発表した。世界の宗教別人口は2015年現在、キリスト教徒が最大勢力だが、2070年にはイスラーム教徒とキリスト教徒がほぼ同数になり、2100年になるとイスラーム教徒が最大勢力になる、と。
 同センターは世界人口をキリスト教、イスラーム教、ヒンズー教、仏教、ユダヤ教、伝統宗教、その他の宗教、無信仰の8つに分類し、地域別などに人口動態を調査して、2010年から2050年までの40年間の変動予測を作成した。
 2010年(平成22年)の時点で、キリスト教徒は約21億7千万人、イスラーム教徒は約16億人であり、それぞれ世界人口の31・4%と23・2%を占めた。イスラーム教徒が住む地域の出生率が高いことなどから、2050年になるとイスラーム教徒は27億6千万人(29・7%)となり、キリスト教徒の29億2千万人(31・4%)に人数と比率で急接近する。そして、2070年にはイスラーム教徒とキリスト教徒がほぼ同数になり、2100年になるとイスラーム教徒が最大勢力になると、同センターは予測している。
 予測の精度はともかく、これから21世紀が進むにしたがって、イスラーム教徒の人口が増加し、人類の中での比率が上昇していくことは、間違いない。世界的に増加するイスラーム教徒と、発展途上国の集団として成長するイスラーム文明に対して、どのように対応するか。これは、単にそれぞれの国家や地域だけでなく、全世界的な関心事である。
 ところで、私は、2050年前後に人類は未だかつてない大変化を体験するだろうと考えている。これは、我が生涯の師にして神とも仰ぐ大塚寛一先生の言葉に基づく予測である。大塚先生は、人類は長い「夜の時代」を終え、21世紀には「昼の時代」を迎えると説いている。「夜の時代」とは対立・抗争の時代であり、「昼の時代」とは共存共栄・物心調和の新文明が実現する時代である。「昼の時代」の到来は、21世紀の半ばぐらいだろうと語っておられた、と私は伝え聞いている。大塚先生の21世紀を導く指導原理に関する言葉を、本サイトの「基調」(その3)に掲載しているので、ご参照願いたい。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/keynote.htm
 「昼の時代」への転換は、人類が過去に体験したことのない大変化となる。ちょうど胎児が暗黒と不自由な母親の胎内を出て、この世に生まれると、それまでの胎内生活の段階とは、全く違う生き方を始めるように、2050年前後に人類は現在、想像のできないような新たな段階に入っていく、と私は期待している。
 これに符合するように、情報通信の分野では、2045年に特異点的な変化が起こるという予測が出されている。テクノロジーの進歩は、指数関数的な変化を示してきた。たとえば、コンピュータの演算速度は、過去50年以上にわたり、2年ごとに倍増してきた。これを「ムーアの法則」という。「ムーアの法則」によると、2045年に一個のノートパソコンが全人類の脳の能力を超えると予測される。人工知能が人間の知能を完全に上回るということである。そのような時代を未来学者レイ・カーツワイルは「シンギュラリティ(特異点)」と呼んでいる。カーツワイルは、人間とコンピュータが一体化し、「人類は生物的限界をも超える」と予測している。カーツワイルは、その時、人類の「黄金時代」が始まるという。
 世界的な理論物理学者ミチオ・カクは、今から約30年後に迫るこの「黄金時代」について、次のように予測する。

・ナノテクノロジー・再生医療等の発達で、寿命が延び、平均100歳まで生きる。
・遺伝子の研究で、老化を防ぐだけでなく、若返りさえ実現する。
・退屈な仕事や危険な仕事は、ロボットが行う。
・脳をコンピュータにつなぎ、考えるだけで電気製品や機械を動かせる、など。

 これ以外にも、新DIY革命、テクノフィランソロピスト(技術慈善活動家)の活躍、ライジング・ビリオン(上昇する数十億人)の勃興等で、次のようなことも可能になると予想されている。
 
・新種の藻類の開発で石油を生成
・水の製造機でどこでも安全な水を製造
・垂直農場やバイオテクノロジーで豊富な食糧生産
・太陽エネルギーの利用で大気中の不要なC02を除去

等である。
 こうしたテクノロジーの爆発的な進歩は、人類の生活と社会に想像を越えた変化をもたらすだろう。あまりにも変化が早く、この変化についていくことのできない人も多くなるだろう。だが、若者は、既成観念に縛られず、過去の伝統・慣習・発想から自由である。若い世代は、新しい時代を抵抗なく受け入れ、自然に、来るべき「黄金時代」に入っていくことができるだろう。これは、イスラーム文明においても同じである。既に「アラブの春」では、民主化を求める若い世代がフェイスブックやツイッターなどのSNSを活用していた。
 かつてヨーロッパでは、近代科学の発達によって天動説から地動説に転じ、中世キリスト教の世界観に閉じ込められていた人々の世界観が大きく変わった。21世紀の人類は、これから世界観の大変化を体験することになるだろう。だが、人類が過去の歴史で生み出し、受け継いできた宗教・国家・制度等は非常に堅固であり、それらによって生じている弊害は大きい。とりわけ宗教による対立・抗争は、非常に深刻である。この障害をどう乗り越えるかに、人類の将来の多くがかかっている。私は、従来宗教による障害を乗り越えていくのもまた、若者だろうと考える。若い世代は、過去の世代を呪縛してきた既成観念から自由であり、従来宗教の矛盾・限界を見抜いて、新しい指導原理を求め、また受け入れるようになるだろう。これは、イスラーム文明においても同様だろう。

 次回は最終回。