ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

共産中国の覇権主義

2006-10-31 09:49:16 | 国際関係
 21世紀の人類の最大課題――それは、世界平和の実現と地球環境の保全である。これら二大課題への取り組みにおいて、私は日本と中国の緊密な連携が極めて重要になると考えている。もはや近代西洋が生み出した文明は自壊に進むしかない。東洋アジアの文明が、現代文明の欠陥を補い、新たな文明を創造する必要がある。
 ところが、現在、世界平和の実現と地球環境の保全にとって、最大の障害になりつつあるのは、中国である。その原因は、中国を支配している共産主義であり、とりわけ近年、その性格を変貌させてきたファシズム的共産主義にある。
 世界平和の実現と地球環境の保全への取り組みを成功させるには、中国が自由化・民主化され、東洋の伝統的な思想・文化が再興されることが不可欠である。そのために、日本が果すべき役割は大きい。私は、このように考えている。

 現在、世界平和の実現と地球環境の保全の最大の障害になりつつあるのは、中国だと書いた。ここでは、世界の平和と安全保障を揺るがす現代中国の思想と行動について考察したい。

●猛烈な軍拡とその目的

 中国は、軍事費が18年連続で2桁増加という猛烈な軍拡を行っている。軍拡を開始したのは、1980年代の末期である。平成元年(1989)、共産圏では、民主化の波が起こった。中国では6月3~4日、天安門広場に集まった学生・市民による民主化運動は、人民解放軍によって制圧された。約2千人が殺害され、3万人の負傷者が出たという。中国は強圧的な対応で、民主化運動を押さえ込んだ。
 しかし、東欧・ソ連では、巨大な崩壊が起こった。同じ年、ポーランドで自主管理労組「連帯」が選挙で圧勝し、民主化革命が起こった。これをきっかけに、東欧諸国では、次々にソ連型の一党独裁体制が放棄された。11月には、東西ベルリンを隔ててきた壁が取り払われ、翌年(1990)10月、東西ドイツが統一された。共産圏の盟主・ソ連では、この年、ゴルバチョフが共産党の一党独裁を放棄し、翌年(1991)12月、ソ連は崩壊した。

 中国では、小平が昭和53年(1978)に主席になって以来、市場経済の導入が積極的に推進されていた。自由主義諸国の資本が投資されるとともに、自由主義・デモクラシーの思想が中国に流入した。それが天安門での学生達を先頭とする「自由」と「民主」の要求だった。中国共産党は、国内における民主化運動を抑圧しなければ、ソ連・東欧の共産党政権の二の舞になることを、痛感したに違いない。「社会主義市場経済」によって共産主義の原則を曲げているから、共産主義思想では、もはや国内を統治できない。そこで導入されたのが、愛国主義である。排外的な民族主義は、国内の矛盾への目を外に向けさせる常套手段だ。
 平成5年(1993)に国家主席となった江沢民のもと、愛国主義の政策が推し進められ、反日的な教育が徹底された。その教育は、文化大革命の時代に毛沢東が、紅衛兵世代に行ったのと同じような、徹底的な統制の中での洗脳教育である。
 軍拡は、こうした動きと並行して行われてきた。5年間で軍事費が倍増という猛烈さである。単なる軍拡ではなく、国民の意識を排外的・好戦的にさせており、共産党の指導による国家全体のファッショ化と見ることが出来る。

 急激な軍拡は、何が目的だろか。経済的に豊かになれば、中国は民主化し、国際協調路線を歩むようになるという期待があるが、それは疑わしい。経済的に豊かになった国は、その富を守ろうとし、また資源の確保のために、軍事力を増大する。

 地政学の権威、シカゴ大学政治学部教授のジョン・ミアシャイマーは、大意次のように主張する。
 すべての大国、または列強と呼ばれる国々は、本質的に力を拡大する傾向を持っている。ある程度の『パワー(人口力・軍事力・経済力の三位一体)』を得ると、必ず世界覇権国の地位を目指しはじめる。なぜなら世界覇権を手に入れてしまえば、誰も逆らうものがいなくなってしまうからである。ところがどの大国にとっても世界覇権を完全に達成することは不可能だから、せめて周辺国家を服従させて、自国の安全保障を確実なものにしておきたいと考える。だから、大国は、機会があれば他国よりもなるべく多くの力を得ようとして、攻撃的に振舞うようになる、と。

 ミアシャイマーは、中国について、次のように予想する。
 中国が現在の経済の近代化を維持することに成功すれば、世界で最も豊かな大国となり、その富を強力な軍隊を築くために使うだろう。そして、地域内のいかなる国も中国に挑戦できないほどの軍事力を築き、日本や韓国、その他の国々を支配しようとする。アメリカのアジアへの干渉を許さなくなる。中国は、アメリカが20世紀に直面したナチス・ドイツ、ソ連などの大国より、はるかに強大で危険な潜在覇権国になり、北東アジアではアメリカよりも決定的に有利な状況を手に入れることになる、と。
 潜在覇権国とは、ある地域ですべての大国を支配する可能性がある大国をいう。(『諸君!』平成17年9月号、「20XX年―中国はアメリカと激突する」)

 近未来小説『ショーダウン』は、副題を「なぜ中国は米国との戦争を欲するか」としている。同書は中国の猛烈な軍拡が、やがては米国と対決するためのものだという前提に立って、シミュレーションの形で予測されるシナリオを打ち出している。
 『ショーダウン』の著者たちは、中国がアジアからやがては世界覇権を目指し、米国と正面から対決する意思を固めている、と断じている。

●資源の確保と地域覇権をめざす

 米中対決は、まだ先の予想だろうが、中国は、北東アジアでは、地域覇権の取得を目指しつつある。わが国の海洋権益を侵し、東シナ海の石油・天然ガス等を略取しようとしている。大陸では、北朝鮮への影響力を強め、韓国にもそれを広げている。外モンゴルを属国化しつつある。シベリアに大量の移民を送り、豊富な地下資源を取得しようとしている。新疆を前進基地として、中央アジアのイスラム諸国に対し、政治的・経済的・軍事的な影響力を行使しつつある。

 中国は、地下資源が枯渇しつつある。経済成長を続けるためには、大量の資源を輸入しなければならない。平成5年(1993)に石油輸入国に転落した中国は、ますます石油の需要を高めている。
 中国が1980年代以降、兵器を供与している国は、イスラム系中東諸国、産油国と世界の戦略的要衝となる国であり、わが国のシーレーンに沿った国やアメリカの世界政策と抵触する国々である。石油以外にも、経済成長に必要な様々な資源を確保するため、中国はアフリカ、中南米等にも貪欲に手を伸ばし、世界各地で資源確保に躍起になっている。

 石油を中心とする資源の争奪と軍拡によって、中国はアメリカの最大のライバルとなっている。その成長・拡大の勢いは強い。既に米中冷戦の時代に入ったと見る識者は多い。こうした中国が、やがて北東アジアにおける地域覇権の確立のために軍事行動を起こす可能性は、高い。

 展開されつつある中国の覇権主義を把握するには、そのもとにある中国の国家目標・国家戦略を理解する必要がある。

 次回に続く。
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北朝鮮、制裁後のシナリオ5

2006-10-29 08:46:42 | 国際関係
●憲法に国家非常事態条項、そのもとに国家非常事態基本法を

 平成6年(1994)、旧内閣安全保障室が対北朝鮮制裁の対応案を取りまとめていた。その時から現在までの間に、起こりうる「第2次朝鮮戦争」にどれだけの備えがされてきたか。
 平成13年(2001)の9・11同時多発テロ事件以後、有事法制は整備されてきた。安全保障会議設立法と自衛隊法は一部改正された。新設された武力攻撃事態法は、有事おける基本的な対処法を規定した。同法によって先制的自衛権の行使が可能となったものの、専守防衛の方針や集団的自衛権の行使の禁止によって、多くの矛盾を生じている。また国民保護法は、有事において国民の生命・身体、財産を守ることを目的に、国や地方公共団体の役割を規定している。しかし、国民保護計画の策定・実施は、遅々として進んでいない。

 戦争難民の問題もある。草案が作られた翌年の平成7年1月17日、阪神淡路大震災が起こった。5千人以上の死者、3万人以上の被災者が出た。3万人規模でも被災者の収容は容易でなかった。朝鮮戦争の時は200万人の難民が出たというが、その10分の1の20万人が北から押し寄せてきたとしても、対応は相当の難事となるだろう。しかも、わが国自体が北朝鮮の攻撃を受けて多大な被害が出て、多くの死傷者が出ている状態も考えるから、大きな混乱が予想される。

 現在の有事法制は、まだ土台のないまま仮に立てたテントのようなものではないか。
 国家安全保障の根本となる憲法は、依然として改正されていない。第9条は制定当時のままであり、国際環境の変化に対応できていない。憲法に非常事態条項は新設されていない。
 有事法制を支える国家非常事態基本法も制定されていない。一人一人の国民の生命と財産を守るための国防の教育や訓練は、ほとんど進んでいない。
 防衛庁を「省」に格上げすることが国会で審議されるが、単なる格上げではなく、縦割り行政の弊害を除き、国家危機管理の関係部局を統合した「国家安全保障省」を新設することが望ましい。

●核攻撃を想定した防備

 草案に話しを戻すと、一つ重要な点を指摘したいのは、それが作られた時点では、北朝鮮は核兵器を持っておらず、核攻撃の場合は想定されていないことである。平成9年には北朝鮮が核兵器を保有していることがわかった。その後、政府が何らかの対応策を練ってきたのか、不明である。
 帝京大学教授の志方俊之氏は、わが国を指して「無防備列島」と呼んでいる。わが国は、核に関しては、今日ほとんど無防備なまま、北朝鮮への次なる対応を迫られている。

 今この現在、平成18年に迎えた危機は、北朝鮮が核実験を発表したことで生じたものだ。平成6年の草案では、化学兵器弾頭のノドンミサイル攻撃に対する対応までは、考えられていた。大量の死者が出る場合を想定し、埋葬法の改正や棺桶の手配を検討している。しかし、核兵器は、サリンやVXガスとは違い、人命を奪うだけでなく、多くの建物や施設、情報システムを破壊する。また被爆地は長期にわたり、放射能による汚染が続く。
 平成19年度に導入する計画だったMDシステムの構築は、今年度から1年前倒しして開始された。しかし、それが完成するのは5年先、平成23年度(2011)である。また囮(おとり)を含む多数のミサイルを同時に発射されるなどすれば、全部は撃ち落すことはできない。

 広島・長崎で核攻撃を受けた経験のあるわが国こそ、その経験を生かして、万が一の事態に国民が備えられるようにしていなければいけない。私は、国民に何も呼びかけない政府、またこれを国会で議論しない政治家に、大いなる疑問を抱かざるを得ない。

●国民の意思の結集を

 大東亜戦争の際、時の指導層は、計画性のない戦争を始めた。国民は緒戦の勝利に興奮し、マスコミは国民を戦いに煽った。人命は、鴻毛のごとく軽く扱われた。政府は、陛下の赤子を赤紙一枚で戦地に送り、銃後の国民は無差別虐殺の爆撃・猛火にさらされた。
 戦後は、敗戦の反省に立って進んできたはずだが、日本人は新たな愚行を続けている。わが国は、GHQに押し付けられた憲法を放置し、それを堅持しようという人がまだまだ多数いる。その結果、今日国民は自らを守るすべもなく、未曾有の危機にさらされている。人命の尊重が言われていながら、国家的非常事態に関する備えには、いかほどの進歩があったといえるだろうか。

 わが国を立て直すには、国民の自覚によるしかない。大東亜戦争の時のような大惨事を避けるため、国民の意思を結集する必要がある。自分と家族を守るために、そしてこの国を守るために。(了)

参考資料
・憲法の非常事態条項の私案
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20051106
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北朝鮮、制裁後のシナリオ4

2006-10-28 09:48:37 | 国際関係
●軍事的制裁の場合――北朝鮮の反応とわが国の対応

 平成6年(1994)当時、旧内閣安全保障室が取りまとめた対北朝鮮制裁の対応案は、国連が軍事的制裁に踏み切った場合をも、想定している。

◆第3段階となる軍事的制裁

 日本は憲法上、軍事的制裁には参加しないとされ、具体的な作戦は、草案には登場しない。

・軍事的制裁に対する北朝鮮の反応

①水道、電気、ガスなどのライフライン施設への同時多発ゲリラ攻撃
②空港、港湾施設への大規模で、かつ同時多発的なゲリラ攻撃
③通信ラインの破壊
④弾頭に化学兵器が装填された複数のノドンミサイルによる日本国土への直接攻撃
⑤日本海への大量の機雷設置による、漁船と貨物船の被害
⑥弾薬庫の襲撃と略奪
⑦生物兵器攻撃。天然痘ウィルスの人口密集地での曝露

 草案はこうした想定のもとに、日本政府が行うべき対応について詳細に検討してあるという。この草案をスクープした『週刊文春』は、安全保障上の問題もあるからと、軍事制裁の場合の対応案の全体像を掲載していない。具体例として、化学兵器弾頭のノドンミサイル攻撃への対応を掲載するのみにとどめている。それは、次のようなものである。

・化学兵器弾頭のノドンミサイル攻撃への対応

①大量死者発生に伴う埋葬法の改正
②大量死体収容の棺桶の手配は、政府か自治体か
③空襲警報の整備。NHK、地方自治体の防災無線の活用の検討
④外務省海外広報課による国民への広報体制の確立
⑤災害対策基本法適用の是非

 当時は、迎撃という発想がなく、先制的自衛権の行使は正当化されていなかった。すべてやられることを前提とした対応である。

 『週刊文春』の記事は、さらに当時の内閣安全保障室が最も深刻に悩んでいたのは、北朝鮮から押し寄せる大量避難民の対策だったという。10万人規模の戦争難民が日本に来る。現有の収容施設では収容しきれない。難民の中には、避難民か工作員かゲリラ部隊か見分けのつかない者が混じっている。
 また、わが国は政治亡命を受け付けない方針を取っていたが、もし北朝鮮要人が突然日本に到着して亡命を主張したら、現実にどう対応するかも難問である。草案は、この点も検討しているらしいが詳細は、記事に書かれていない。

 想定事項は、すべて今日にも当てはまる内容である。有事立法によって、法的には一部整備が進んでいるものの、現実に起こりうる事態への準備は、まだまだ不十分である。

 次回で終了。
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北朝鮮、制裁後のシナリオ3

2006-10-27 09:44:31 | 国際関係
 北朝鮮への経済制裁によって、今後考えられる展開に関し、海外や民間では、さまざまなシナリオが発表されている。しかし、わが国の政府は、今後起こりうることを国民に示し、理解・協力を求めようとする姿勢が見られない。政府は、具体的な予想をもっていないのだろうか。それとも国民に知らせずに対応するつもりなのか。
 実は10年以上前に、内閣は経済制裁の場合のシミュレーションを作成していた。その内容が、最近一部明らかになった。にもかかわらず、政府は公式には何も国民に呼びかけをしていない。

●平成6年にあった第2次朝鮮戦争の危機

 話は、10数年前にさかのぼる。北朝鮮による核開発疑惑は、昭和63年(1988)に始まった。北朝鮮は前年、寧辺にソ連型原子炉を稼動させ、使用済み核燃料の再処理工場を作った。平成5年(1993)、北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)による核査察実施を拒否し、核拡散防止条約(NPT)からの離脱を宣言した。そして、もし国連安保理が制裁に踏み切るなら「戦争行為」と見なすと通告した。
 翌6年(1994)年5月、北朝鮮の原子炉から8千本の使用済み燃料棒が取り出された。そこに含まれるプルトニウムは、5~6個の原爆を製造できる量に相当した。これに対し、アメリカのクリントン大統領は、国連安保理で北朝鮮を制裁する動議を出したが、北朝鮮は強硬姿勢を変えなかった。北朝鮮は「ソウルを火の海にする」と恫喝した。
 クリントンは6月、5万人の米軍兵力と400機の戦闘機を韓国に送り込む計画に着手した。当時の高官たちは「クリントンは寧辺の核施設を空爆することも辞さない構えだった」と証言している。第2次朝鮮戦争の危機が高まった。
 クリントンは北朝鮮に圧力をかける一方で、カーター元大統領を北朝鮮に派遣し、交渉を行った。その話し合いをもとに米朝協議が行われ、戦争の危機は回避された。この年10月、核開発の凍結に関する「米朝枠組み合意」が締結された。

 しかし、北朝鮮はその後、極秘に核開発を進めていた。平成8年(1996)の時点で、北朝鮮はプルトニウム使用の核爆弾5個を保有していたことが、北の政府高官の証言でわかった。このことは、翌年産経新聞で報道され、大きな話題になった。アメリカ及び国際社会は、北朝鮮の巧妙な外交に振り回され続けてきた。そして、今回の核実験の強行という事態にいたっている。

●旧内閣安全保障室によるシミュレーション

 さて、クリントンが北朝鮮に宣戦布告をする瀬戸際にあった平成6年(1994)、わが国の細川護煕内閣は、対策案を作成した。このたび『週刊文春』は10月26日号で、当時の内閣安全保障室(現在は内閣危機管理室)が取りまとめた極秘文書の内容を明らかにした。「金正日暴発Xデー 日本政府極秘シミュレーション草案」と題した記事である。
 約12年前、東アジアは、今日と似たような北朝鮮の核問題を巡る危機にあった。その際、作られた対策案(以下、草案)は、現在、内閣危機管理チームが参考にしているという。その内容は、平和ボケ、保護ボケにある戦後日本で、ここまで危機管理が検討されていたのか、と思わせるほどのものがある。『週刊文春』の記事から、要点をまとめて、今日の参考にしたい。

 草案は、国連による対北朝鮮経済制裁は、三段階になると考え、それに対する北朝鮮の対応を想定している。

◆第1段階の経済制裁

①大量破壊兵器に関係する科学技術や科学者、技術者の交流禁止
②武器及び武器に関連する物資の禁輸
③文化やスポーツの交流停止もしくは遮断
④北朝鮮外交官や政府関係者の入国縮小措置

 さらに追加的なものとして

①パチンコマネーなどを阻止するための送金停止
②海外資産の凍結

・これらの制裁に対する北朝鮮の反応

①海外にある日本大使館や、日本を代表する大手企業の支店と生産工場を狙ったテロ攻撃
②北朝鮮工作員の日本侵入工作の増加と、化学兵器の日本国内への密かな搬入(人口密集地、日本の重要防護施設、または在日米軍基地への攻撃用として準備)

◆第2段階の経済制裁

①陸上、海上、空路における交通や通信と無線の遮断
②海上における貨物検査。いわゆる海上封鎖(強制措置を伴わない)

・これらの制裁に対する北朝鮮の反応

①重要防護施設等へのゲリラ攻撃
 国会、官邸、皇居、原子力発電所、石油備蓄基地、劇物備蓄施設。
②都市への爆破攻撃と化学兵器使用
 ファッションビル、デパート、テーマパーク、遊園地。
③交通機関へのゲリラ及び爆破攻撃
 新幹線、旅客船、地下鉄、石油タンカー、日本航空と全日空の航空機
④暗殺と誘拐及び殺害(狙撃、爆弾、毒物、サリン等の化学兵器使用)
 大手企業首脳、政界要人
⑤在日米軍と自衛隊の施設へのゲリラ攻撃
 基地、通信設備、基地周辺

●今日の対北経済制裁における覚悟

 この草案は、平成6年(1994)当時のものである。結局、この時は、わが国は経済制裁を行わなかった。これに比し、わが国は現在、経済制裁を実行しており、北朝鮮の核実験後、追加制裁を断行した。当然、北朝鮮の反応を予想し、それに備えねばならない。
 草案の経済制裁第2段階の②は、強制措置を伴わない「貨物検査」を「海上封鎖」と認識している。現在制裁事項となっている「臨検」と比較すべきものである。草案は、この段階で、北朝鮮のゲリラ攻撃・化学兵器使用・無差別テロ等を想定している。
 ところが、今のところわが国の政府は、国民に対して、北朝鮮のテロに対する防備を呼びかけていない。国民に不安・動揺を与えないという考えかもしれないが、私は国民を欺くことになっていると思う。

 9・11以後、戦争の概念は変わった。わが国は国連安保理決議による経済制裁の実施により、テロリズムとの戦いを覚悟しなければならない。そういう段階に近づいていると思う。国民はそのことを早く自覚し、防衛意識を高める必要がある。

 次回に続く。
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北朝鮮、制裁後のシナリオ2

2006-10-26 13:09:40 | 国際関係
 前回の続き。

●5つのシナリオの検討

 週刊『ニューズウィーク日本版』の「北朝鮮崩壊のシナリオ」は、五つのシナリオを挙げている。果たして、今後、どのような展開になるのか。誰も確実なことは予想できないが、多少私見を述べたい。

 5つの選択肢に限定されるなら、私としては、シナリオ1「武力行使」及びシナリオ2「核ボタン」は避けたい。シナリオ3「体制維持」は、解決の先延ばしに過ぎない。望ましいのはシナリオ4または5だと思う。
 ただし、このシナリオの並べ方は、読者心理を考えたなかなか巧妙な配列だと思う。1と2から読めば、それは避けたいと思う。か、と言って3の現状維持は解決にならない。4は理想的だが、5でもよいか、でもやはり4がいいな、と誘導的に並んでいるような気がする。

 それぞれのシナリオについて、考察してみたい。シナリオ1「武力行使」及びシナリオ2「核ボタン」は、わが国にミサイルが発射されて多大な被害が出たり、東京に向けて小型核爆弾を搭載したテポドンが発射されたりすることが予想されている。核兵器が着弾すれば50万人を超える死者が出るとしているが、別の予想では最大130万人の犠牲者が出るというものもある。日本人は、こうした事態への備えを真剣に考え、防備に取り組む必要があると思う。

 シナリオ3「体制維持」では、体制維持のまま、東アジアに核が拡散することが予想されている。かえって、核の拡散した東アジアは、世界の火薬庫になるだろう。各国の核が抑止力として働けばよいが、他国の開発の前に先制攻撃を、という展開になるおそれもある。今日、核先制攻撃という軍事思想を明らかにしている中国が、やがて核を恫喝に用いて、台湾侵攻に動くだろう。

 シナリオ4「経済改革」は、次期大統領選挙で民主党の大統領が勝った場合を想定している。そして対北朝鮮宥和政策がプラスに出る展開を描いている。短期的には、最も平和的なソフトランディングだ。しかし、長期的には、中国が統一朝鮮に強い影響力を及ぼして地域覇権を確立するだろう。そしてさらに強大になった中国が、米中対決に進むおそれもある。
 シナリオ5「内部崩壊」は、経済制裁が最も効果を上げた場合となる。シナリオ1~4との違いは、金正日が死亡する場合を想定している。それには、北朝鮮の内部で、金正に打倒しようという動きがなくてはならない。これまで、少なくとも三度の暗殺やクーデタの試みが失敗している。
 朝鮮人民軍は中国人民解放軍との人的交流が非常に大きい。朝鮮人民軍の幹部の多くは、中国に学ぶ。軍の指導の下での改革経済政策の成果も知っている。朝鮮半島の安定と半島への影響力の増大を求める中国が、北朝鮮軍部の親中派を使ってクーデタを起こし、親中的な統一国家を実現しようとする可能性は高いと思う。

●中国と北朝鮮が連携する事態

 『ニューズウィーク』のシナリオは、北朝鮮が単独で行動した場合のみを想定している。これに対し、北朝鮮が中国の軍事行動と呼応して行動する場合を想定しているのが、先に紹介した近未来小説『ショーダウン』である。

 ‥‥‥平成20年(2008)の大統領選挙で、民主党の女性大統領が当選。同大統領は『対中関係が大切だから中国を刺激したくない』と中国の動きに対するけん制を求める日本の要請を断る。そこに中国が尖閣諸島に侵攻。日中は海戦を開始。靖国神社に巡航ミサイルが撃ち込まれる。証券取引所等へのサイバー攻撃で、日本経済は麻痺状態に陥る。
 この時、北朝鮮が動き、韓国に侵攻する。アメリカが朝鮮半島に気を取られている隙に、中国は沖縄に侵攻する。巡航ミサイルが撃ち放たれ、米中戦争に発展する。そこで、突如、北朝鮮は大坂を核攻撃する。大坂の市街は完全に消滅し、日本は降伏する。
 お返しに、アメリカは、トライデントD5弾道核ミサイルで北朝鮮を攻撃し、北朝鮮は国家としては消滅する。女性大統領は突然、辞任し、大統領が交代。米中は停戦へ。日本は尖閣諸島を中国に提供して完全に屈服。中国が北朝鮮を支配へ。アメリカは日本・韓国から軍を撤退させ、中国が東アジアの全域を支配するようになる‥‥‥

 私見を述べると、『ショーダウン』は、戦争の勃発、核の使用という点では、『ニューズウィーク』のシナリオ1及び2と共通点がある。大統領選挙で民主党の大統領が当選するという仮定は、シナリオ4と共通する。新大統領を『ショーダウン』は、女性とする。
 民主党の新大統領のもとでの展開は、『ニューズウィーク』と『ショーダウン』は、まったく違う。
 シナリオ4は、民主党の政策で北朝鮮は核を放棄し、中国式の経済改革をするという、理想的な展開となる。これは、『ニューズウィーク』が、民主党寄りの論調の雑誌であることの反映だろう。一方、『ショーダウン』は、共和党のレーガン・ブッシュ政権の軍事スタッフが書いた本である。こちらは、民主党女性大統領のもとで、東アジアは最悪の事態となると予想している。こういう点では、両者の予想には、来る11月にアメリカで行われる中間選挙を意識した政治的な狙いがあると思う。

 中間選挙は、4年ごとの米大統領選挙の中間に行われる選挙で、連邦議会の下院の全員と上院の3分の1が改選される。今回の選挙は、イラク戦争に関してブッシュ大統領を信任するかどうかが焦点だが、民主党の相当の優勢が伝えられる。
 その選挙の結果にもよるが、現状では2年後に共和党が大統領選で勝つことは困難だと予想される。ちなみに共和党のチェイニー副大統領は、大統領選への出馬を否定し、民主党のヒラリー・クリントンが大統領選で勝利する可能性は十分あると発言している。

 話を戻すと、東アジアにおいて、非常に対応が困難になるのは、『ショーダウン』の筋書きのように、東シナ海と朝鮮半島で、同時に戦争が勃発した場合だろうと私は思う。さらには台湾海峡と朝鮮半島で、中国・北朝鮮が同時に軍事行動を起こす場合が、最も対応が困難になると思う。当然のことながら、中国と北朝鮮が計画的に連携して軍事行動を起こす場合を検討しておく必要があるだろう。

 一体、わが国の政府は、厳しい経済制裁実行後の展開をどのように予想しているのだろうか。その点は、次回紹介したい。

参考資料
・拙稿「『ショーダウン』~米中対決」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=244917367&owner_id=525191
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北朝鮮、制裁後のシナリオ1

2006-10-25 11:05:25 | 国際関係
 北朝鮮に対し、非軍事的制裁が行われている。国際社会がこの制裁を継続して実施していった場合、今後、どういう展開が考えられるか。
 週刊『ニューズウィーク日本版』2006年10月25日号が、「北朝鮮崩壊のシナリオ」と題した記事で、仮説として5つのシナリオを載せている。ここ数年来出されてきた予想が、よく整理されていると思う。

●『ニューズウィーク』によるシナリオ

 シナリオとは、「武力行使」「核ボタン」「体制維持」「経済改革」「内部崩壊」の5つ。内容は大筋以下の通り。

◆シナリオ1 武力行使
 制裁は半年間に及ぶ。北朝鮮がテロ組織に核技術の売却を試みたことにより、国連で軍事制裁が議論されるが、中ロは拒否権行使。米韓中心の多国籍軍が空爆を開始。北朝鮮が反撃し、在韓・在日米軍の基地、東京など日本の主要都市に3~4百発のミサイルを発射。多大な被害が出る。数万から数十万の難民が発生。
 米海兵隊が北朝鮮に上陸して侵攻。ゲリラ戦に苦戦するも、平壌が陥落し、金正日政権は崩壊。米韓中心のPKFが駐留を始める。

◆シナリオ2 核ボタン
 中国が「人道上の援助」を理由に食料・エネルギー支援を再開。北朝鮮は核開発を継続。日本は特別措置法を成立させ、海上自衛隊が船舶検査を行う。警告射撃により北に死傷者が出たことを受け、金正日が対日宣戦布告。
 突然、北朝鮮が東京に向けて小型核爆弾を搭載したテポドンを発射。MDシステムを使い、パトリオットで迎撃に成功(ただし、着弾すれば50万人を超える死者)。その後、多国籍軍が北朝鮮に侵攻。以下は、シナリオ1と同じ。

◆シナリオ3 体制維持
 アメリカ主導の海上封鎖、韓国からの援助停止で、北朝鮮は苦境に。餓死者も出る。しかし中国の援助により、体制は維持される。北朝鮮が再び核実験を行ったと宣言。アメリカとの2カ国間交渉を要求。数回の交渉の末、核技術の不拡散を条件に、アメリカは核保有を黙認。
 韓国が核実験に踏み切り、台湾も核開発を宣言。日本は非核三原則を部分的に見直し、在日米軍に核ミサイルが配備される。NPT体制は完全に崩壊する。

◆シナリオ4 経済改革
 2008年のアメリカ大統領選で、対北朝鮮外交の転換を訴えた民主党候補が当選。北朝鮮は制裁解除、経済支援、体制の保証を要求。大統領はこれを受け入れる。北朝鮮は、核を手放すことを決定。
 金正日は中国式の経済改革導入を表明。各国の援助と世界銀行の援助で北朝鮮のインフラ整備が飛躍的に進む。中国・南北朝鮮の3カ国はFTAを締結。南北の通貨統一を経て、平和裏に北朝鮮と韓国が統一を果す。

◆シナリオ5 内部崩壊
 経済制裁により、食料不足となった北朝鮮では、多数の餓死者が出る。金正日が、原因不明の死を迎え、暗殺説が流れる。3人の息子・正男、正哲、正雲の誰を指導者にするかで上層部が分裂。数十万を越える難民が中国・ロシア・韓国に。北朝鮮国内は混乱を極め、内戦に突入。地方では軍閥が割拠。
 米中ロの働きかけで国連がPKFを派遣。暫定政権が発足。南北両国で統一を望む声が高まる。両政府は連邦国家を樹立することで合意へ。

 原文は、年月まで入れた予想を提示している。
 私見は次回に述べる。
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冨田メモ~今なお未解決8

2006-10-24 10:13:28 | 靖国問題
●昭和天皇を「諌め」ようとした?

 松平永芳元宮司を批判する論は多くあるが、その一つに『東京新聞』平成18年7月21日号の記事がある。同紙は、次のように書いている。
 「松平氏が、昭和天皇の『内意』を無視してまでA級戦犯合祀にこだわった背景には、戦前、皇国史観(万世一系の天皇が日本を治めることが大切だという考え方)の思想的リーダーだった元東京帝大教授平泉澄氏(故人)との関係が浮かび上がる。
 平泉氏と同郷の松平氏は戦前、海軍機関学校受験のため、東京・本郷の平泉氏宅に下宿し、その薫陶を受けていた。平泉氏は天皇への忠誠を唱える一方、吉田松陰の『諫死(かんし)論』を教え、たとえ主君でも、考えが誤っていたら命がけで諌(いさ)めよと説いた。その教えを受けた旧陸軍の若手佐官らは終戦に反対し、クーデター未遂を起こしている。
 『大東亜戦争は聖戦だった』という立場に立つ平泉氏や松平氏からすれば、合祀に慎重な昭和天皇は間違っており、合祀を強行することでその間違いを諌めようと考えた可能性がある。
 昭和天皇に仕えた入江相政侍従長(故人)の日記には『靖国神社の松平君が「(皇太子さまが)御成年におなりになったのだから靖国神社に御参拝になるべきだ」と言ってきた由。「そんなのほっとけば」といふ』(八〇年五月三十日)、『また靖国神社の松永(松平)宮司が馬鹿(ばか)なこと、浩宮様(皇太子さま)の御留学について反対を云(い)ってきたとか』(八三年三月十四日)との記述があり、松平氏が実際に皇室を諌めていたことが分かる」

 この記事は、松平元宮司は「昭和天皇の『内意』を無視してまでA級戦犯合祀にこだわった」という見方をしている。しかし、私が書いてきたように「ご内意」の有無は不明のままなのである。不明のものを「無視」して合祀したというのは、確かな根拠のない決め付けである。

 記事は、「平泉氏や松平氏からすれば、合祀に慎重な昭和天皇は間違っており、合祀を強行することでその間違いを諌めようと考えた可能性がある」と書いている。『東京新聞』は、松平にそういう意思があったのかどうか、本人に確認していない。記事が引用しているのは、入江元侍従長の日記であって、そこからわかるのは入江の意見と松平の意見の違いだけである。入江の思想や言動への考察を欠いている。入江は宮中祭祀の削減など皇室改革を推進したため、伝統尊重派とは対立的な関係にあったといわれている。

 元「A級戦犯」の合祀は、厚生省援護局による祭神名簿に基づいて、靖国神社の総代会が決定した。その決定につき、合祀の時期は宮司預かりとして保留になっていた。保留の理由は、国会において靖国神社国家護持法案が何度も上程・審議されていた経緯と関係がある。松平氏が何か批判的な意思を表すとすれば、天皇に対してというより、むしろ政治家や官僚に対してだろう。

●松平は憲法問題を理解、政治家・官僚を批判

 当の松平元宮司自身は、どう言っているか。松平は、平成17年7月10日に亡くなっているが、次のような言葉を残している。
 「私の在任中は天皇陛下の御親拝は強いてお願いしないと決めていました。天皇さまに公私はない。天皇陛下に私的参拝も公的参拝もない、陛下は思召しで御参拝になられたんだ、と言えばそれで済むんですが、総理も宮内庁長官も侍従長も毅然とした態度で、天皇陛下に公私はないんだという、それだけのことをキッパリと言い切るとは思えない。そこでモタモタして変なことを言われたら、かえって後々の害となる。変な例を作ってしまうと、先例重視の官僚によって御親拝ができなくなってしまう恐れがある。それで私が宮司の間は絶対にお願いしないことにしてきました。
 その代わり春秋の例大祭には、キチンと勅使の御差遣を戴いてきています。それに御直宮の高松宮・三笠宮を始めお若い皇族様方に極力御参拝に来ていただくようお願いしまして、よくお務めくださっています」(『日本青年協議会』平成5年1月号)

 この発言は、昭和天皇を諌めるというような意図は、述べていない。松平は、天皇ではなく、政治家や官僚を批判している。
 彼は天皇の靖国行啓が憲法上、問題になっていることを理解していたのだろう。天皇のご親拝は、公的行為か、私的行為かという問題に触れている。この点が国会で議論されたのは、昭和50年11月20日である。その問題状況は、元「A級戦犯」合祀の昭和53年においても存在し、現在においても存続している。
 松平は、「天皇さまに公私はない。天皇陛下に私的参拝も公的参拝もない、陛下は思召しで御参拝になられたんだ、と言えばそれで済む」と言う。そして、「総理も宮内庁長官も侍従長も毅然とした態度で、天皇陛下に公私はないんだという、それだけのことをキッパリと言い切るとは思えない」という判断を述べている。
 これは、天皇に対する諫言ではなく、政治家・官僚への批判である。昭和50年11月20日の国会での議論に当てはめれば、社会党議員の執拗な質問に対し、首相も官僚も「天皇陛下に公私はない」と答えるのではなく、内閣法制局長官が天皇ご親拝は憲法上の重大な問題となると答えたことと関連しているだろう。

 上記の松平自身の意見を検討せずに、松平宮司による元「A級戦犯」合祀を「独断」「強行」「諫言」等と批判するのは、根本に存在する問題、現行憲法の問題をあいまいにするものと、私は思う。

 根本問題は、現行憲法をそのまま放置した状態で、靖国問題は解決できないことにある。GHQに押し付けられた憲法を改正することのないまま、天皇と首相の靖国参拝が問題となり、その状況で元「A級戦犯」の合祀が実行された。さらにそれが、中国・韓国の外交カードに利用されている。行き着くところは、憲法の問題であることを、私は主張するものである。
 憲法の改正案は、以前書いた。関心のある方は、以下をご参照願いたい。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=196094849&owner_id=525191

参考資料
・拙稿「冨田メモの徹底検証」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08k.htm
 新しい情報を得るたびに、随時更新していきます。
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冨田メモ~今なお未解決7

2006-10-23 09:27:01 | 靖国問題
●勅使差遣は継続の理由

 昭和50年11月21日以降、天皇は靖国神社にご親拝されていない。しかし、例大祭への勅使差遣は一貫して続けておられる。また、皇族方の参拝も行なわれている。
 私は、この一見、一貫性のない事態は、天皇がご親拝をされると、現行憲法の規定との関係で重大な政治問題を生じてしまうので、ご親拝を控えておられる。勅使差遣や皇族方の参拝は、これまでのところ大きな問題になっていないので、継続されているのだと考えている。

 昭和54年5月22日の参議院内閣委員会で、野田哲議員が質問に立ち、靖国神社への勅使差遣を問題にした。後に徳川を継いで昭和63年から侍従長を務めた山本悟は、この時、勅使差遣を「陛下の私的な行為としてのお使いの御差遣、したがって、それは私的に雇用されておりますところの掌典がつかさどっている」と答弁した。これに対し、野田は、国民には公的か私的かわからないとして、憲法の政教分離のたてまえから問題にする。そのうえで、同年4月22日に、靖国神社に勅使が差遣されたことを取り上げる。
 野田は、4月19日に元「A級戦犯」の合祀が一般に知られた後であるから、合祀を承知の上で勅使が差遣されたのかと追求した。山本は、各年ともに春秋の例大祭には御掌典をして勅使として御代拝をさせているというのが慣例として続いてきている、本年もその慣例のとおりのことが行われたと答えている。野田の追及は、それ以上に続かなかった。

 追求がさほど強くなかったからかもしれないが、国会で問題になった後も、天皇は勅使差遣をやめずに継続されている。皇族方の参拝も続けられている。これは、昭和天皇及び今上陛下のご意思と理解することができると思う。大きな政治問題、憲法論議を呼ぶご親拝は靖国神社及び元「A級戦犯」合祀の護国神社とも控えられているが、靖国神社への勅使差遣・皇族参拝は継続するというご意思かと拝察する。

 今後もし靖国神社への勅使差遣や皇族方の参拝が大きく問題にされたならば、これらも控える方向に官僚が考えることはあり得ると思う。また、現在のところ、伊勢神宮については、天皇も首相・閣僚も問題にされていないが、中国が飛躍的に力を増すと、国内の親中派が憲法問題として問題とする可能性はあると思う。元「A級戦犯」をスケープゴートにして、靖国神社からはずせば、日中関係が安泰になるのではない。譲歩は、徹底した従属の始まりなのである。

 国を守るとは、単に現在の国民の生命と財産を守ることだけではなく、わが国の伝統・文化・国柄・精神を守ることであることに、多くの国民が気づく必要がある。

●松平宮司の強行か深慮か

 さて、ここで話題を変えて、靖国神社側の方に目を移したい。元「A級戦犯」の合祀については、松平永芳元宮司が、昭和天皇の側近の反対を押し切って「強行」したという見方がされている。この点を検討したい。

 最初に述べておくと、靖国神社の祭神合祀は、天皇のご了承を得なければならない、と定めた法規はない。戦後の現行憲法には、天皇は国家的な祭祀に関してどのような権能を持つか、規定されていない。また、戦後、靖国神社は民間の一宗教法人となった。天皇と靖国神社の関係は、戦前からの慣習が続いているものの、合祀が裁可事項か報告事項かについては、あいまいである。かえって、現行憲法の下では、元「A級戦犯」の合祀につき、天皇に可否の判断を求めることは、天皇にご責任を負わせることになりかねない。

 松平は昭和53年7月、靖国神社の宮司に就任すると、再度、総代会が元「A級戦犯」合祀の実行を確認したのを受けて、合祀者の名簿をつくった。それを10月7日に宮内庁に提出した上で、合祀を実行し、例大祭の宮司挨拶で公表した。この間の経緯には不明な点が多いが、昭和天皇のご内意の有無またはその伝達の有無にかかわらず、合祀を実行したのは、松平宮司である。その進め方にも、問題があることが指摘されている。
 たとえば、歴史家の秦郁彦氏は、松平元宮司が合祀を実行したのは、以後、昭和天皇のご親拝がなくなってもいい、という考えがあったからだろうと推察している。氏の事実認識には混乱が見られるが、「ご内意」について「ちょっと時間を置いてですね、いろいろ手を廻してね、調べればいいんですよ」と述べている。この意見のように、松平が慎重な進め方をする余地はあったかもしれない。

 次回に続く。
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冨田メモ~今なお未解決6

2006-10-22 08:54:39 | 靖国問題
●護国神社ご親拝中止の理由も同じ

 『産経新聞』平成18年8月7日号は、靖国神社に元「A級戦犯」合祀の行なわれた昭和53年を最後に、昭和天皇の各地の護国神社へのご親拝が途絶えていたことがわかったと報じた。今上天皇が平成14年栃木県護国神社にご親拝をされた際、宮内庁が元「A級戦犯」合祀の有無を事前に問い合わせていたことも明らかになった。この事実は、靖国ご親拝の中止理由は、元「A級戦犯」合祀であるという説を補強すると思われよう。
 しかし、護国神社へのご親拝に関しても、憲法問題が根本にある。そのことは、昭和54年5月22日の参議院内閣委員会の議事録に明らかである。この日も、あの昭和50年11月20日に質問に立った社会党の野田哲議員が、天皇の護国神社ご親拝を、公的行為か私的行為かという点から追求している。

 野田は、この年、昭和天皇が高知県で行なわれた植樹祭に参加された際、植樹をされる現場の途中で高知県の護国神社へご親拝をされたことを問題にした。「公的行為の途中で神社に参拝される、これは政教分離の精神に少し問題を感じる」と言うのである。
 この時も富田が答弁した。今度は、宮内庁長官としてである。富田は、植樹祭ご参加の間の護国神社へのご親拝は「私的な行為」と考えると答えるが、「詭弁」だと追求される。この質疑によって、護国神社へのご親拝も憲法問題となり、ご親拝は政治問題を引き起こす事柄となった。そのため、天皇は、靖国神社っともに護国神社にもご親拝を控えておられるものと思う。

●元「A級戦犯」合祀も歴史認識以上に憲法問題

 昭和54年5月22日の参議院内閣委員会での野田議員の質問内容は、元「A級戦犯」の合祀にも触れている。この年4月19日、共同通信のスクープ記事で、前年秋、元「A級戦犯」が合祀されたことが報道された。国会でもこのことが取り上げられた。野田は、先ほどの護国神社ご親拝に関する質問の前に、元「A級戦犯」合祀に関することを質問している。野田は、憲法の政教分離規定を厳格分離説に立って理解し、この憲法問題を基本とし、これに「A級戦犯」合祀問題を加えて、政府を追及している。
 元「A級戦犯」合祀についても、単なる歴史認識の問題としてではなく、国家機関の靖国神社への関与に焦点を当てた憲法問題として、野田は取り上げている。ただし、靖国神社は一民間団体であるであるから、合祀をあまり厳しく追及すると政治による宗教団体への干渉となり、厳格な政教分離説で政府を追及することと矛盾してしまう。だから、憲法問題を主とし、また政府を対象として質問の矢を放っているのだろう。

●憲法問題を根本として、合祀・外交が加わる

 昭和60年8月15日、中曽根康弘首相は、靖国神社に公式参拝をした。これは、昭和50年、三木武夫首相が私的参拝を表明して以来の憲法問題を解決しようとしたものだった。三木は首相としてではなく、東京都渋谷区南平台に住む一私人としての参拝であるといい、公用車も使わなかった。そのため、首相の参拝が憲法問題となり、公式か私的かの論議が紛糾した。以後、福田・大平・鈴木の各首相は、この点をあいまいにして参拝を続けた。
 本件に決着をつけようと考えた中曽根首相は、有識者による「閣僚の靖国神社の参拝問題に関する懇談会」(靖国懇談会)を設けた。靖国懇談会は、首相の参拝は「合憲」との見解を答申した。中曽根首相はこの見解を受けて、昭和60年8月15日、首相としての資格で参拝した。三木首相以来10年間途絶えていた公式参拝だった。ただし、中曽根首相は、答申の勧めを入れ、できるだけ神道色を排した参拝を行おうとした。手水(てみず)をせず、お祓いを受けず、本殿に参らず、正式の二拝二拍手をせずに一礼のみとする等の仕方だった。祭神に対しては、非礼である。

 ところが、同年9月20日、中国外務省が抗議した。靖国神社には「A級戦犯」が合祀されており、首相の参拝は「我が国人民の感情を傷つけた」と言うのである。「A級戦犯」とされた日本人の合祀は昭和53年に済んでおり、以後まったく問題になっていなかった。突如として中国の批判を受けた中曽根首相は、以後の参拝を取りやめてしまった。
 取りやめの理由は、中国政府内部の権力闘争に配慮したという。自国の戦没者の慰霊という重要な内政問題を、外国の内部事情に配慮して決めるというのは、愚かであリ、独立国の首相としては失格である。

 8月15日の中曽根首相靖国参拝以降、国会で、本件が何度か問題にされた。12月12日の参議院内閣委員会で、中曽根首相は、公明党の原田立議員から、中国が極めて遺憾だと公式参拝への不快感を表明しているという新聞報道について質問を受けた。
 中曽根氏は「国民の大多数は靖国神社に対する参拝を非常に要望していた、そういうふうに考えております。また靖国懇の議論の跡等もよく調べてみまして、いわゆる社会通念というものも考え、また最高裁の判決等もよく精査いたしまして、ああいうやり方ならば合憲である、そういう考えに立って行ったものでございます」と答弁した。
 ここでも中心は憲法問題にある。しかし、中曽根氏は、中国政府の批判・抗議に耐え切れなかったのだろう。以後、せっかく憲法問題を解決しようとした靖国神社への公式参拝をやめてしまう。参拝の形式を非礼なものとしたうえ、外圧によって参拝を中止した中曽根氏の対応は、一国の首相として重大な過失を犯した。

 私は、これによって、靖国問題は、憲法問題プラス合祀問題プラス外交問題という三重の問題状況になったと理解している。根本は憲法問題である。その上に、元「A級戦犯」の合祀、さらに、中国・韓国による内政干渉を招くという事態になったわけである。

 次回に続く。
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冨田メモ~今なお未解決5

2006-10-21 09:07:41 | 靖国問題
●ご親拝中止の主要因は憲法、合祀は副次因

 天皇は元「A級戦犯」の合祀によって靖国ご親拝を中止されたのか。合祀の事前に上奏なり事後に報告なりがされたとすると、天皇はご親拝が難しくなったと感じられただろう。それは、元「A級戦犯」の合祀への賛否とは別の問題として、天皇の靖国ご親拝が憲法問題として再び国会で論議されることになるだろうからである。

 昭和50年11月21日、昭和天皇・皇后両陛下は、靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者記念墓苑に行幸啓される予定だった。その前日11月20日、国会の参議院内閣委員会で、旧日本社会党の野田哲・秦豊・谷田部理(おさむ)の3名の議員が、これを問題にした。現行憲法に定める天皇の権能、天皇と行政府の関係、いわゆる政教分離規定等の点から、3名は執拗に追及した。
 最初答弁に立ったのは、当時、宮内庁次長だった富田朝彦である。富田は、天皇のご親拝は「私的な行為」と答えるが、公的行為と私的行為には確然と区別しえないところがある。社会党議員は、追及の手をやめない。
 質疑は延々と続き、吉国一郎内閣法制局長官は、天皇のご親拝は「第二十条第3項に直ちに違反するというところまでは徹底して考えることはできないと思います。ただ、第二十条第3項の重大な問題になるという考え方でございます」と答えた。

 現行憲法の第二十条3項は「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と定めている。天皇の靖国ご親拝が、ここに定める「宗教的活動」に当たるかどうかは、一官僚が判断すべき問題ではない。しかし、わが国は、内閣法制局長官の答弁を法解釈の基準とするという倒錯した状況にあるため、この答弁によって、以後、天皇の靖国ご親拝は、重大な憲法問題になるという問題状況が生れた。
 こうした中にもかかわらず、昭和天皇・皇后両陛下は翌21日、予定どおり靖国神社に行幸啓された。そこに、昭和天皇の強いご意思を感じることができる。しかし、その日以後、天皇の靖国ご親拝は行なわれていない。この点につき、櫻井よしこ氏は、その後の靖国ご親拝中止は「参拝をめぐる政治的論争がおさまらないことを懸念した宮内庁が決定したものと思われる」と書いている。

 昭和50年11月以降、天皇が靖国神社にご親拝されると、上記のような追求が国会で再び行なわれる可能性を生じた。しかも、昭和53年10月17日、靖国神社に元「A級戦犯」が合祀された。それによって、天皇の靖国ご親拝が政治問題にされるならば、元「A級戦犯」の祀られている靖国神社へのご参拝ということが強調される事態となったわけである。

 私は、先に書いたことにより、ご親拝中止の主要な原因は憲法問題、副次的な原因が元「A級戦犯」の合祀と考えている。
 元「A級戦犯」が合祀されたから、また特に松岡洋右が合祀されたからご親拝がなくなったのではなく、それ以前の原因として、憲法上の問題が解決していないから、ご親拝をされると政治問題を生じてしまうので、ご親拝を控えておられているのだと思う。現下の課題は、元「A級戦犯」の分祀や合祀取り下げなどではなく、憲法の改正なのである。
 入江も徳川もこのことを深く理解していないように私は思う。入江については理解の程度は未詳だが、入江は宮中祭祀の削減など戦後の「民主的な」皇室改革を推進した人物で、伝統尊重派とは対立的な関係にあった。徳川については、彼自身の元「A級戦犯」への個人的な反発が強く、その感情が先に立って、問題の全体像が見えていなかったのではないだろうか。
 これに対して、富田は、自分が国会で苦しい答弁をした経験があり、天皇の靖国ご親拝が中止されたのは、元「A級戦犯」合祀より前、昭和50年11月以降だったことをよく理解していただろうと思う。

●小泉首相靖国参拝訴訟の判決との関係

 平成13年4月、首相に就任した小泉純一郎氏は、8月13日、靖国神社に参拝した。これに対して全国6ヶ所で訴訟が起こされ、各地方裁判所で様々な判決が出された。しかし、平成18年6月23日、最高裁第二法廷は、大坂韓国人訴訟において。原告側の損害賠償請求及び参拝の違憲確認の訴えをいずれも退ける判決を下した。
 判決は、「法益侵害の有無」を判断し、原告らの法益が侵害されていない以上、首相の参拝が公的参拝か私的参拝か、参拝が違憲か否かについては判断するまでもないとして、原告の請求を退けた。「憲法判断の回避」という手法を取ったわけである。
 百地章日本大学教授によれば、この結果、「有権解釈として現在存在するのは、首相らの靖国参拝を合憲とする『政府見解』だけであり、今回の判決は、結果的にこの政府見解を追認したと同様の効果をもたらしている。つまり、今回の判決によって、首相の靖国神社参拝は事実上、合憲とされたに等しいといえよう」と述べている。(百地章著「靖国参拝最高裁判決」『日本の息吹』平成18年8月号所収)

 これによって、日本国内閣総理大臣は、その資格において靖国神社に参拝しても、憲法上の問題は、司法との関係においては一応なくなった。今後、訴訟を起こす者があっても、今回の判決が踏襲されるから、法廷で争うことに意味がなくなったからである。
 しかし、小泉首相は、訴訟において「私的参拝」を強調した。裁判終結後も、参拝するかどうかは「心の問題」と述べており、首相の靖国参拝が政治問題となる状況は変わっていない。むしろ、政府は今回の裁判の結果、「公的参拝」とは打ち出せなくなった。また、今後の首相の靖国参拝は、その首相の個人的な信条や判断に委ねられることになった。
 天皇の靖国ご親拝について、小泉首相靖国参拝訴訟の判決が、憲法上の問題の解決に前進をもたらしたとは言えない。天皇の場合は、当代の天皇の個人的な信条や判断で、ご親拝のするしないを決めるというお立場ではないからである。また、靖国ご親拝の再開が政治問題となる状況は変わっていない。

 次回に続く。
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