ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ほそかわ版「冨田メモの徹底検証」

2006-09-30 12:07:29 | 靖国問題
 7月20日に、昭和天皇のお言葉だとされる富田メモが報道されて以来、約2ヶ月、私は、様々な見解・情報を読み解きながら、検証を試みてきました。
 その試みを集成して、マイサイトに掲載しました。手探り状態で書いてきたものを、現時点で見直し、全体をまとめ直しました。冨田メモについて現在公表されているものでは、最もボリュームがある論稿かも知れません。ネット上でのみ公開します。

ほそかわ版「冨田メモの徹底検証」

 第1章 昭和天皇がA級合祀に「不快感」?
 第2章 冨田メモ公開の経緯と報道の結果
 第3章 昭和天皇のお言葉か
 第4章 他の史料との比較
 第5章 徳川元侍従長の発言かも
 第6章 4月28日に何があったか
 第7章 徳川元侍従長の虚言?
 第8章 改憲を提案する
 補説1 靖国問題と元「A級戦犯」合祀の経緯
 補説2 松本健一氏に説明を求める
 補説3 立花隆氏に反論する

http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion08k.htm

 検証の過程で貴重な情報を提供してくださった方々に、この場を借りて、御礼申し上げます。
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『フランス敗れたり』に学ぶ3

2006-09-30 10:55:40 | 国際関係
 モーロワは、祖国の敗因を分析した上で、「救済策」を提示している。救国の対策である。フランスはナチス・ドイツに占領されている。その状況にあって、モーロワは、祖国が自由と独立を回復するために、何をなすべきかを自国民に呼びかけた。それが以下の9つの対策である。
 便宜上、番号を振ることにする。

●祖国の救済策

1.強くなることーー国民は祖国の自由の為にはいつでも死ねるだけの心構えがなければ、やがてその自由を失うであろう。

2.敏捷に行動することーー間に合う様に作られたる1万の飛行機は、戦後の5万台に優る。

3.世論を指導することーー指導者は民に行くべき道を示すもので、民に従うものではない。

4.国の統一を守ることーー政治家というものは同じ船に乗り合わせた客である。船が難破すればすべては死ぬのだ。

5.外国の政治の影響から世論を守ることーー思想の自由を擁護するのは正当である。しかし、その思想を守るために、外国から金を貰うのは犯罪である。

6.非合法暴力は直接的かつ厳重に処罰すべきであるーー非合法暴力への煽動は犯罪である。

7.祖国の統一を撹乱しようとする思想から青年を守ることーー祖国を守る為に努力しない国民は自殺するに等しい。

8.治めるものは高潔なる生活をすることーー不徳はいかなるものであれ、敵につけ入る足掛かりを与えるものである。

9.汝の本来の思想と生活方法を熱情的に信ずることーー軍隊は、否、武器をすら作るものは信念である。自由は暴力よりも熱情的に奉仕する値打ちがある。

●フランスの解放

 フランスは、起ちあがった。レイノー内閣の国防次官だった将軍シャルル・ド・ゴールは、パリが陥落すると、イギリスに亡命し、ロンドンからレジスタンスを呼びかけた。「自由フランス国民委員会」を結成し、「自由フランス」を指揮して北アフリカ戦線で戦い、対独抗戦を指導した。
 アメリカにあって救国の対策を示したモーロワは、国民に勇気を与え、また米英等の国民に助力を促しただろう。
 幾多の困難を経て、1944年6月、連合軍によるノルマンディー上陸作戦は成功した。8月25日、パリが解放され、フランスは自由と独立を回復した。

 フランスは、まだ幸いだったのかもしれない。英米との同盟があったからである。旧ソ連の侵攻を受けた東独等の東欧諸国は、40年以上の支配と搾取を受けた。中国の侵攻を受けたチベットは、徹底的な虐殺と破壊により、民族絶滅の危機に陥っている。国防力が弱く、また強力な同盟を持たない国は、なすすべなく蹂躙される。

●日本のための予防策

 モーロワの書『フランス敗れたり』は、日本に今後起こりうることを、不気味なほどに暗示している。それとともに、それを避けるための方策を読み取ることもできる。
 モーロワの「救済策」は、祖国が他国に蹂躙されてしまってからの対策だった。我々日本人は、前車の轍を踏まぬよう、これを予防策に読み替えて、教訓としたい。
 以下、救済策の下に、私の所感を書く。

1.「強くなることーー国民は祖国の自由の為にはいつでも死ねるだけの心構えがなければ、やがてその自由を失うであろう」
 フランス国民は、自由と独立を守るために戦うことを怠った。その結果、全体主義の侵攻に敗れ、自由と独立を失った。日本国民は、フランスの教訓に学ぶべきである。

2.「敏捷に行動することーー間に合う様に作られたる1万の飛行機は、戦後の5万台に優る」
 国防は、相手があってのもの。変貌する東アジアの事情に対応できる国防政策を行うことが必要である。なにより憲法の改正なくして、日本は守れない。現行憲法は亡国憲法である。自らの手で新憲法を作り、安全保障を整備することが急務である。

3.「世論を指導することーー指導者は民に行くべき道を示すもので、民に従うものではない」
 デモクラシーは、指導者と国民に道徳があってのもの。道徳が崩壊すれば、デモクラシーは堕落する。堕落したデモクラシーは、独裁か愚民政治に至る。大衆が愚民と化し、指導者がその大衆に迎合するとき、国は危殆に瀕する。国政に当たる者は、このことを肝に銘じてほしい。

4.「国の統一を守ることーー政治家というものは同じ船に乗り合わせた客である。船が難破すればすべては死ぬのだ」
 日本丸が沈没すれば、国民は家族の生命や財産を失って漂流する。政治家は個人的な争いにとらわれて、民利国益を見失ってはならない。自国より他国の利益に奉仕する者は、国民を裏切り、遂には自らも破滅する。

5.「外国の政治の影響から世論を守ることーー思想の自由を擁護するのは正当である。しかし、その思想を守るために、外国から金を貰うのは犯罪である」
 戦後、わが国は米ソの影響に支配されてきた。近年は中国・韓国・北朝鮮の影響が強くなっている。利権に執着し、脅しに屈服し、他国に買収され、国を売る行為は、厳罰に処すべきである。

6.「非合法暴力は直接的かつ厳重に処罰すべきであるーー非合法暴力への煽動は犯罪である」
 本項は、共産主義やファシズムについて言うものだろう。わが国は過激派やオウム真理教に対して、破防法の適用をせず、破壊活動を許した。日本人拉致に関与した在日朝鮮人組織にも、有効な規制をかけていない。非合法暴力には、断固たる対応が必要である。

7.「祖国の統一を撹乱しようとする思想から青年を守ることーー祖国を守る為に努力しない国民は自殺するに等しい」
 戦後日本には、米・ソ・中・韓・朝等の思想が大量に流入している。それどころか、反日的・反国家的な思想が、公教育で青少年に教えられ、マスメディアによって国民に吹き込まれている。良識ある国民は、これ以上、亡国自滅の行為を許してはならない。

8.「治めるものは高潔なる生活をすることーー不徳はいかなるものであれ、敵につけ入る足掛かりを与えるものである」
 政治家・官僚のモラルが低下した国は、外交でも軍事でも外国の工作に敗れる。為政者は、国の運命を担っている。その自覚を持って、国政にあたってほしい。皇室における「仁」の伝統を仰ぎ、為政者における武士道の精神を取り戻したい。

9.「汝の本来の思想と生活方法を熱情的に信ずることーー軍隊は、否、武器をすら作るものは信念である。自由は暴力よりも熱情的に奉仕する値打ちがある」
 どの国、どの民族にも「本来の思想と生活方法」がある。それは、フランスであればフランス精神であり、日本であれば日本精神である。その「本来の思想と生活方法」を守り、信念をもって国難にあたることが、最も大切である。
 日本人は、自己本来の日本精神を取り戻そう。

 次回に続く。
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『フランス敗れたり』に学ぶ2

2006-09-29 09:31:35 | 国際関係
 モーロワは、著書『フランス敗れたり』で祖国の敗因を分析する。以下、私なりに要点を整理してみよう。

●フランスの敗因

1.軍備を怠っていた
 モーロワがまず指摘するのは、戦争準備の不足である。フランスは、仏独国境に、防御陣地であるマジノ線を完成していたが、他には多くの欠陥を抱えていた。
 ドイツに対して宣戦布告した後、約8ヶ月もの間、フランスは戦争のための準備をほとんどしていなかった。軍備のために必要な兵器の対外発注を行わず、生産水準の極めて低調な内国産業の生産拡大で対応しようとした。そのため、航空機、戦車、対戦車砲、高射砲、機関銃、トラックなど、前線ではあらゆる物が不足していた。
 一方、ドイツは1933年の再軍備から7年かけて戦争の準備をしていた。開戦後も着々と侵攻計画を進めていた。そのため、彼我の戦力に大きな差が出来ていた。

2.平和至上主義が戦争を引き起こした
 フランスには、第1次大戦後、厭戦気分が蔓延していた。国民は、「あんな馬鹿げた戦争」など二度と起こるはずがないという幻想を抱いていた。そして、いかなる戦争も軍隊も悪という平和至上主義が広がっていた。しかし、平和至上主義こそが、ドイツへの対応をにぶらせ、ドイツの侵攻を招いた。

3.社会主義が敵国を有利にした
 ロシア革命後、マスコミ・知識層・労働者・学生たちに社会主義が浸透した。社会主義は国内に思想的・階級的な対立を生み、国民がまとまらなかった。ソ連への幻想が、国内の団結より、他国への連帯を意識させた。社会主義の思想は、常に外国の利益に奉仕する結果となった。

4.国際連盟に期待しすぎていた
 国民の間に、国際連盟があれば地上から戦争はなくなるという過度の期待があった。
 事情はイギリスでも同様だった。モーロワは書く。「英国は国際連盟というものに過大なる重要性を与えていて、半ばは真面目な理想主義と、半ばは国際連盟というものが、お説教の一斉射撃で大砲を圧倒するだろうという誤れる考えとによって動かされていたのだ」と。

5.専守防衛の誤りを侵した
 フランスは、ドイツに対し、専守防衛に徹した。敵国が攻めてくるまで待ち、それを迎え撃つことしか考えていなかった。
 宣戦布告後、約8ヶ月もの間、相手に、攻撃の準備をする時間を与えてしまった。戦争は前大戦と同じく膠着戦になるという前提で、長期戦の戦略が立てられた。ドイツが取っている新しい戦術、電撃戦への対応が全くできていなかった。

6.希望的観測に陥り、現実を見なかった
 フランスは、ヒトラーが政権をとっても、正確な情報を得ようとしなかった。ドイツは攻めてはこないだろうという希望的観測によって、国際社会の現実を見ようとしていなかった。
 フランスは、最後の瞬間までドイツとの戦争は交渉によって避けうるものと思っていた。ナチス・ドイツは虚勢を張っているだけで実際は弱体であると考えていた。

7.首脳部に不協和があった
 当時、交互に首相・蔵相・外相を務めたダラディエとレノーは、権力争いのためにお互いを非常に嫌悪していた。互いの愛人が政治に口を出したこともあり、個人的な争いを行なっていた。開戦時の首相レノーと総司令官ガムラン元帥との間にも攻勢論と守勢論とで軋轢があった。
 これらフランス首脳部の不協和は、イギリスをして、「彼らはドイツと戦争する暇がないのだ。お互い同士の間で戦争をするのに忙しいから」と言わしめるほどだった。

8.敵国の宣伝工作にやられた
 仏英は、かつて百年戦争を戦った。フランスには、その記憶による反英感情があった。ドイツの宣伝戦は、英仏を離反させることを狙っていた。これに、国内の「第5列」つまりナチ・シンパが呼応していた。
 仏英の離反は、大戦直前まで高い成果を上げていた。ドイツの情報操作により、フランスが強大化するという妄想を抱いたイギリスは、ドイツに軍事的な援助を与えていた。同盟国より、敵国を強大化させる愚を犯した。

●前車の轍(わだち)

 モーロワの挙げるフランスの敗因は、ドイツに侵攻される前のフランスの事情である。それを現代日本の事情と照らし合わせてみよう。1930年代~1940年における仏英独の関係は、現代の日・米・中に対比できる。
 以下の1~8は、先ほどの敗因である。下にそれぞれつけた文章は、現代のわが国の事情である。

1.軍備を怠っていた
 わが国は、第1次大戦後の欧州における歴史的教訓に学ぶことなく、軍備を怠っている。憲法第9条によって、国防に大きな制約がかけられている。国民に国防の義務がなく、国防の意識が極度に弱い。防衛・防災の訓練もされていない。

2.平和至上主義が戦争を引き起こした
 現行憲法は、平和至上主義の法典である。もう戦争は起こりえないという思い込みも、国民に広がっている。それが周辺諸国の侵攻意欲を刺激し、冒険主義を助長している。

3.社会主義が敵国を有利にした
 かつてわが国の社会主義運動は、旧ソ連に奉仕した。現在では、中国・北朝鮮を利する行動になっている。国境を越えた連帯は、現在の東アジアでは、中華共産主義の拡大を促進するものとなっている。

4.国際連盟に期待しすぎていた
 第1次世界大戦後、国際連盟への過度の期待が、仏英に惨禍を招いた。第2次大戦後、わが国はその教訓に学んでいない。国際連合への誤認と幻想が、政治家にも広く見られる。

5.専守防衛の誤りを侵した
 専守防衛主義の誤りは、仏独戦も証明している。国防の自制は、他国の侵攻を容易にする。自らの身を守るには、自らの手を縛ってはいけない。

6.希望的観測に陥り、現実を見なかった
 わが国には、中国・北朝鮮は攻めてこないだろうという主観的願望が広がっている。東シナ海での領海侵犯や竹島占拠、テポドン乱射の現実を、国民は本気で見ようとしていない。

7.首脳部に不協和があった
 わが国では、政党の間の党利党略、政治家の間の私利私略が横行している。政敵を攻めるために、他国の容喙を呼び込む者がいる。しかも、歴史認識、教科書、靖国神社等、国家の根幹に関わることを、政略に使っている。

8.敵国の宣伝工作にやられた
 ドイツは、仏英を離間しようとした。中国は、日米を離反させる工作をしている。親中派の政治家・財界人や共産主義者・朝日新聞等が、その工作を助長し、時に中国を扇動している。

 これらをまとめると、フランスで敗北の原因となったのと共通の要素を取り除くことが、わが国に国家の安泰、民族の繁栄をもたらし、東アジア及び世界の平和に寄与することともなるだろう。

 次回に続く。

参考資料
・国防に関する拙稿は、以下のページに掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion08.htm
 07-10の項目をご参照のこと。

■追記

本稿を含む「『フランス敗れたり』に学ぶ~中国から日本を守るために」は、以下のページに掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion08l.htm
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『フランス敗れたり』に学ぶ1

2006-09-28 10:18:17 | 国際関係
 安倍政権の課題の中に、国防の整備と外交の自尊がある。特に中国に対する外交・防衛が重要である。これからの数年または十年ほどの間に、わが国は戦後初めての対外危機に直面する可能性が高い。主たる相手は中国である。そういう事情を直視するため、一冊の本を取り上げたい。

 『フランス敗れたり』――つい最近まで私は、この本を知らなかった。著者は、アンドレ・モーロア。フランスの文芸評論家、歴史家である。
 本書は昨年、実に約65年ぶりに復刊された。そして、現在のわが国に、重大な問題を突きつけている。5回ほどにわけて、本書及びそれが突きつけるものについて書く。

●日本と日本人に重大問題を突きつける本

 昭和15年(1940)5月、ナチス・ドイツがフランスに侵攻し、わずか6週間弱でフランスは敗北した。どうしてフランスはあっけなく、敗北したのか。著者モーロアは、亡命先のアメリカで、痛恨の反省を込めて祖国の敗因を書いた。
 10月にアメリカで刊行されると、翌月には日本語訳が発行された。刊行後3ヶ月で200版を重ねる記録的な大ベストセラーとなった。わが国は、それに先立つ9月に日独伊三国同盟を締結していた。欧州を席捲するドイツの勢いに幻惑されて、「バスに乗り遅れるな」と、同盟に走ったのである。ヒトラーは、世界制覇の野望のために、日本を利用しようとしていた。しかし、比類ない洞察力を持つ大塚寛一先生以外、当時の日本人のほとんどは、ヒトラーのたくらみに気づかなかった。
 昭和15年当時、本書を読んだ人は、現在80歳代半ばを越えるだろう。本書の刊行後、わが国は、三国同盟が災いして、アメリカに敵対視され、ついに大東亜戦争に突入して、大敗北を喫した。日本の敗因は、フランスとは大きく異なっていた。戦後の国情も異なっていた。そのため、本書は戦後、忘れられた本となっていたようだ。私などは寡聞にして存在すら知らなかった。ところが、現代になって、本書には、日本の将来を暗示するようなことが書かれていることが再発見された。

 昨年5月、本書は、株式会社ウェッジから再刊された。巻末に中西輝政氏(京都大学大学院教授)が解説をつけ、「本書に描かれている内容は、実は現代の日本と日本人に非常に重大な問題を突きつけている」と強調している。
 「ドイツを遥(はる)かに上回る経済力と政治力、そして国民の大きな可能性を秘めていた当時のフランスが何故かくもあっけなく崩壊したのか。これこそ繁栄を享受する民主主義国家、現代日本が持っているのと同質の脆弱(ぜいじゃく)性とストレートにつながっている」と中西氏は警告する。

 現在の日本は、ドイツに敗れる前のフランスに似てきているのである。私見によれば、かつてのナチス・ドイツに当たるのは、今の中国である。日中関係は現在、1930年代から1940年にいたる仏独関係に、ぞっとするほど似てきている。私は、米中冷戦が始まった現在、近いうちに日中間に紛争が起こりうることを、深く憂慮している。
 そこで、まず本書の概要をまとめ、その後、現代日本の重大問題について考察したい。

●大国フランスが敗れた経緯

 『フランス敗れたり』でモーロワが書くフランスは、第三共和制の時代にあった。
 1871年、フランスは、普仏戦争で敗れた。ビスマルクの率いる新興軍事国家プロシアに大敗したのである。 第三共和制は、敗戦によって誕生したデモクラシーの国家体制だった。当時の為政者も国民も敗戦の原因は圧政にあったとみなし、良い風習も悪い風習も含めてすべて戦前を否定し、極度の「平和至上主義」になってしまった。
 第1次世界大戦では、フランスはドイツと戦って勝利した。しかし、150万人もの兵士が戦死し、勝利で得たものは少なかった。戦後のフランスには、厭戦気分が蔓延した。欧米全般にも、国際協調による理想主義が高まっていた。その一方、ドイツは敗戦による痛手に加えて、ベルサイユ条約による過酷な報復を受けていた。その屈辱と反発の中から、ナチスが台頭した。

 1933年(昭和8年)、ナチスは、ドイツの国家権力を掌中にした。ヒトラーは36年、オーストリアを併合し、38年にはチェコからズデーテン地方を割取した。英仏の宥和政策は、裏目に出た。39年9月1日、ドイツは突如ポーランドに侵攻し、第2次世界大戦が開始された。3日にはイギリス・フランスが対独宣戦布告を行った。しかし、その後、約8ヶ月、双方とも積極的な動きのないまま、時が経過した。
 冬が過ぎた翌年5月10日、ドイツは電撃的な作戦を開始し、中立国ベルギーに侵攻した。想定外のことだった。対独防衛のために構築していたマジノ線は、やすやすと突破された。フランス兵は、なすすべもなくもなく殲滅(せんめつ)され、フランスは国防力の大部分を失った。
 6月18日、まさかのパリが占領された。追い詰められた英仏連合軍は、ダンケルクから撤退し、22日、独仏休戦協定が成立した。侵攻後、わずか6週間弱で、大国フランスは、あっけなく敗れたのである。フランス革命によって自由・平等・博愛の理想を掲げたデモクラシーの国・フランスは、全体主義の支配を受けるはめになった。その後、4年4ヶ月にわたって、フランスはナチスに占領された。フランス人は、鉤十字(ハーケン・クロイツ)に服従を強いられた。

 敗因は自国にあった。モーロアは、そう自覚した。彼は英国軍との連絡将校をつとめ、レノー、チャーチルといった当時の仏英の指導者と交流があった。そこで見聞したことや、国内の諸事情、国民の心の動きなどをもとに、モーロワは、祖国は敗れるべくして敗れたのだ、と敗因を分析している。
 その内容は、現在のわが国にとって、非常に参考になる。

 次回に続く。
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安倍政権に保守の再生を期待する

2006-09-27 19:44:03 | Weblog
 安倍晋三内閣が誕生した。産経新聞27日朝刊は、一面トップの記事で、以下のように伝えている。政策部分にしぼって抜粋する。

――――――――――――――――――――――――――――――
◆産経新聞 9月27日朝刊
http://www.sankei.co.jp/news/060927/sei001.htm

安倍内閣発足 集団的自衛権解釈見直し
 (略)安倍首相は会見で、「小泉内閣で進めた構造改革はむしろ加速し補強する」と新政権の抱負を述べた。また、集団的自衛権の解釈見直しが持論の安倍首相は、この会見でも、「日米同盟では(双務性を高めることが)きわめて重要。(集団的自衛権の)研究をしっかり進め、結論を出してゆきたい」として、解釈の変更に積極的に取り組む考えを強調した。
 憲法改正についても「政治スケジュールに載せるべくリーダーシップを発揮する」と強調した。このほか、教育改革の要の組織として10月上旬に「教育再生会議」を新設、来年初めに中間報告を出す。歳出削減のために報酬を首相は30%削減し、閣僚も一律10%削減することが明らかになった。
 皇室典範改正については、「安定的な皇位継承は重要な問題であるからこそ国民に納得されるものでなければならない。慎重に議論を重ねていくことが必要だ」と述べ、女系天皇を容認する現行の皇室典範改正案を事実上差し戻して、議論し直す考えを示した。
 また、自民党内で賛否が分かれ、宙づりになっている人権擁護法案についても「自民党内の議論を踏まえ、法務省で慎重に議論を進める」と述べ、自民党内の慎重論に基づき、法案を議論し直す可能性に言及した。(略)
――――――――――――――――――――――――――――――

 近年、わが国では、「経済優先的な保守」や「リベラル」が主導的になり、「伝統尊重的な保守」が後退している。特に昨年の9・11郵政民営化選挙以後は、「伝統尊重的保守」が大きく後退した。私は安倍政権の顔ぶれを見て、この傾向が是正され、わが国の保守が再生することを期待する。

 安倍氏は小泉内閣の官房長官をしていたが、小泉元首相とは異なり、わが国の伝統・歴史・国柄にしっかりした認識を持っている。わが国の課題は、憲法の改正、教育の改革、皇室の維持・繁栄の三つを最重要とする。これらの最重要課題の取り組みには、日本人の精神的な再生が不可欠である。いかなる改革も精神の改革なくしては成功しない。安倍氏は、こうした精神的な再生を理解することができる数少ない指導者の一人だろうと私は思う。

 わが国が取り組まねばならない課題は、他に国防の整備、外交の自尊、財政の再建、脱少子化の実行、フェミニズムの害悪の除去、格差拡大の是正等、多数ある。一方、小泉政権下で強行されたアメリカ追従的な諸政策、すなわち郵政民営化、裁判員制度等については、修正を要する。また、立法化が画策されている外国人参政権付与法案、人権擁護法案等については、廃案に押さえ込む必要がある。
 安倍内閣の陣容には、こうした課題についても期待できるものがある。是非、日本丸の舵取りをしっかりやってほしいと思う。


・「伝統尊重的な保守」「経済優先的な保守」等の定義については、以下の拙稿をご参照のこと。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion13a.htm
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皇位継承に関するアンケート

2006-09-26 10:09:06 | 皇室
 以前、9月7日放送のテレビ朝日「ワイド・スクランブル」の電話アンケートの結果について書いた。「男系男子のみが天皇に」が34%、「女性天皇を認める」が66%。女帝容認が約3分の2だった。
 このアンケートは設問に問題があり、「女性天皇を認める」には、さらに男系継承を堅持することを根本として女帝も認めるという考え方と、女系継承への移行もよしとして女帝を認めるという考え方にわかれる。男系男子のみ、男系継承堅持での女帝容認、女系移行もよしでの女帝容認、と最低選択肢を三つに増やさないと、有効な調査にはならない、と指摘した。
 今回は、違うアンケートについて紹介したい。

●『AERA』のアンケート結果

 週刊『AERA』(朝日新聞社)の平成18年9月25日号が、皇位継承に関するアンケート結果を載せた。「さまよう皇太子」と題した記事の中である。
 このアンケートは、「朝日マリオン・コム」を通して、1,205人から集めたものだという。テレ朝のアンケートが、回答数8万以上であるのに比べて、規模はぐっと小さい。
http://www.asahi-mullion.com/

 朝日マリオンの会員は、東京・神奈川・千葉・埼玉で、73%を占める。それゆえ、首都圏の1都3県を中心としたローカルな調査である。また、おそらく会員の多くは、朝日新聞の購読者と考えられる。
 調査方法はインターネットによる。回答者の内訳は、性別は女性63%、男性37%で、女性が多い。年代別は50代が28%、40代が26%、30代が21%。これらで75%を占める。40代以上だと71%となるから、中壮年が多い。
 つまり、回答者は、首都圏在住で、朝日購読者・中壮年・女性が多いという傾向を持つアンケートである。

 さて、『AERA』によるこのアンケートは、9月6日悠仁親王殿下がご誕生された後に、意識調査をしたものである。9つの設問のうち、皇位継承に関することが2問ある。便宜上、この二つに番号を振り、回答結果を示す。

Q1 皇太子さま、秋篠宮さまの次世代の天皇には誰がなってほしいか

 秋篠宮家に誕生した親王  41%
 皇室典範を改正し、愛子様  34%
 皇太子家に男児誕生を期待  16%
 その他  9%

Q2 現在の皇室典範で、皇位継承は「男系の男子」に限ると定めていることをどう思うか

 女性・女系も認めるべき  41%
 男系であれば男女どちらでもいい  23%
 男系男子に限るべき  23%
 考えたこともない・わからない  7%
 その他  6%

 この結果に関して、記事は次のように書いている。
 「ネット調査で、将来の天皇として、悠仁さまか愛子さまか、それとも皇太子ご夫妻に期待する愛子さまの弟か、だれを望むかを聞いてみた。悠仁さまを望む人が41%で、最も多かった。一方で、男系男子に限られた皇位継承については、「女性・女系も認めるべきだ」が最も多く41%。数字の上では人々の気持ちも、複雑に揺れている」と。

●角度を変えた分析

 『AERA』のこの記事は、回答内容の分析が浅い。記事は、「人々の気持ちも、複雑に揺れている」と書いているが、「親王殿下がご誕生されたので、皇太子さま、秋篠宮さまの次世代の天皇は悠仁さまになってほしい。しかし将来のことを考えると、女性・女系も認めるべきだ」と考えている人が多いのかもしれない。
 悠仁さまがご誕生されてもなお、「皇室典範を改正し、愛子様」を天皇にという人が、34%いる。「女性・女系も認めるべき」の41%には、この34%の人が多く含まれているのだろうが、個々の回答の内訳は公表されていない。「女性・女系も認めるべき」の41%のうち、女帝・女系を積極的に推進すべきという人が34%程度(ポイントの意味で)、やむをえない場合は女帝・女系も認めるという人が7%程度なのかもしれない。女帝・女系積極派は、全体の3分の1程度にすぎない、と見ることも可能だろう。

 私が注目するのは、Q1において、「秋篠宮家に誕生した親王」と答えた人が41%、「皇太子家に男児誕生を期待」という人が16%。合わせると、男系男子による継承を希望する人が57%、と過半数いることである。
 また、Q2において、「男系であれば男女どちらでもいい」が23%、「男系男子に限るべき」が23%。合わせると、男系継承の維持を希望する人が46%となる。この数字は、「女性・女系も認めるべき」の41%を上回っている。
 男系継承を維持すべきか、女系継承を認めるべきかという二択ではないので、単純に男系維持46%、女系容認41%とはならないものの、男系継承の維持を希望する人が、女系容認を上回っているのである。

 これを整理すると、以下のようになる。

Q1の別集計

 男系男子による継承を希望する  57%
 皇室典範を改正し、愛子様  34%
 その他  9%

Q2の別集計

 男系継承の維持を希望する  46%
 女性・女系も認めるべき  41%
 考えたこともない・わからない  7%
 その他  6%

 『AERA』の記事の書き方では、こういうことがまったくわからない。もし私がしたような分析を載せたら、読者の印象は大きく変わるだろう。記事は「人々の気持ちも、複雑に揺れている」とぼかした書き方をしているが、自分たちの期待と異なる調査結果はあいまいにして、世論を誘導しようという意図があるのではないか。

●テレ朝の調査との比較

 テレビ朝日「ワイド・スクランブル」のアンケート結果と比較すると、次のようなことがわかる。
 『AERA』は「男系男子に限るべき」が23%だが、テレ朝は「男系男子のみが天皇に」が34%。テレ朝のほうが5割増近く多い。
 女性天皇については、『AERA』は「女性・女系も認めるべき」41%と「男系であれば男女どちらでもいい」23%を合わせると、女帝容認は64%。テレ朝は「女性天皇を認める」が66%。こちらは、ほぼ近い数字である。テレ朝のアンケートでは、男系継承の維持を前提とした女帝容認が、どれくらいいるかはわからない。

 『AERA』のアンケートについては、最初に回答者の地域性、購読しているだろう新聞、性別、年代構成について書いた。回答者は、首都圏在住で、朝日購読者・中壮年・女性が多いという傾向がある。この傾向を補正するようなアンケートを行ったら結果はどうだろうか。
 つまり、回答者が男性を半分に、年代別は若者と高齢者をもっと多く、首都圏に偏らずに地方都市・農村部を4分の3に、購読紙は朝日以外の読者もバランスよく、と補正したアンケートを行なったら、どういう結果になるか。私の予想では、男系継承の維持を希望する人は過半数となり、男系男子のみによる継承を希望する人は3割を超えるのではないかと思う。

 上記のアンケートが国民意識の現状をどの程度、反映しているかわからないが、悠仁親王殿下のご誕生により、大きな流れが変わりつつあることは、つかめると思う。
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冨田メモ~まだまだ未解決10

2006-09-25 10:15:47 | 靖国問題
●奥野発言と冨田メモの関係

 前回引用した奥野発言と冨田メモに関して私見を書く。
 発見者の主張とは異なり、奥野国土庁長官は、4月22日にも2月16日の発言と同じ主旨のことを述べている。このことは、ある方から私のブログへの書き込みで教えていただいた。

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・朝日新聞 昭和63年4月22日夕刊

奥野氏、参拝批判を批判
占領軍の亡霊に振り回されるな
だれが侵略者か・・・白人人種こそ

 奥野国土庁長官は22日の閣議後の記者会見で、靖国神社参拝問題について「戦後43年たったのだから、もう占領軍の亡霊に降り回されることはやめたい」と述べ、閣僚の参拝を問題視する傾向を批判した。
 奥野氏はまた、中国への外交的配慮については「小平氏が言っていることを無視することは適当ではないが、日本の性根を失ってはならない。中国とは国柄が違う。占領軍は国柄、国体という言葉を使わせず、教科書からも削除したが、教科書で神話、伝説をもっと取り上げた方がよい」と所信を語った。
 奥野氏は自民党の「みんなで靖国神社に参拝する会」会長を務めたこともあり、閣僚の公式参拝を控えることにはかねて批判的な立場。この日の会見では「占領軍は昭和20年に『公務員の資格でいかなる神社も参拝してはならない』と指令を出した。
 憲法とともに、日本が二度と米国に立ち向かえないよう、日本の団結力を破壊したい、ということだった。しかし、(戦前は)白人人種がアジアを植民地にしていたのであり、だれが侵略者かといえば、白人人種だ。それが、日本だけが悪いということにされてしまった」との歴史観を展開した。
http://d.hatena.ne.jp/sppaiman/searchdiary?word=%2a%5b%b1%fc%cc%ee%c0%bf%ce%bc%5d
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 記事によると、奥野は「占領軍は国柄、国体という言葉を使わせず、教科書からも削除したが、教科書で神話、伝説をもっと取り上げた方がよい」と所信を語ったという。
 国会会議録によると、その後国会で、以下のようなやり取りがされている。

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・昭和63年4月25日、衆議院・土地問題に関する特別委員会にて

○中島(武)委員 (略)日本は天皇を中心に団結している、神話教育をきちんとやれ、こういうふうに言ったとか報道されておるわけであります。これは事実なのかどうか。(略)
○奥野国務大臣 (略) 神道にかかわりあるような記事は教科書から全部抹殺しろと命令を下したのですよと、そしてその結果は、神話や伝説も教科書から消えていったのですよ、こういうことも申し上げたわけでございました。(略)
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 この命令をしたのはGHQである。朝日の報道と同趣旨のことを、本人が語っている。
 それゆえ、2月16日の発言記事の発見者の捏造説は、成り立たない。冨田メモの「=」で始まる部分は、4月22日の奥野発言に関して述べたものと考えられる。
 なお、発見者は、城岡辰夫氏という方であることが、私の調査でわかった。ブログ・アドレスなどがわからないので、この記述をもって、誤認を指摘したい。
 
 こうした捏造悦が根強く存在するのは、そもそも富田メモは、史料としての科学的な文書鑑定がされていないことによる。7月20日の報道後、有識者やネット利用者からこの指摘が上がった。現在まで検証のされないまま、日経の打ち出した昭和天皇のご発言説が既成事実化されている。

●国会に冨田メモの調査を求む
 
 冨田メモは、精査すべきことが放置されたままであり、第3者がメモ自体に何か手を入れている可能性は排除できない、と私は思っている。以下のような指摘が、どれも未解決のままなのである。

①紙の変色具合
 日記のページは黄色く変色しているが、メモの用紙は真っ白であり、書かれた時期が違う可能性がある。富田夫人によると、メモのほうは輪ゴムでまとめてあったという。紙の質や保存状態の分析が必要である。

②インクの変色具合
 ブルーインクで書かれた文字が、経年劣化で退色したり、かすれたせず、綺麗なままである。インクの専門家によると、日経が7月21日に掲載した写真の左側のページは、ブルーブラック・インキが経年劣化でブルーからブラックに変色した状態。右側のページは、書いて日が浅く、ブルーのままで、まだ何年かしないとブラックに変色しない。左頁と右頁の時間は、相当の年数の開きがある可能性があるという。

③筆跡鑑定
 史料として、専門家による筆跡鑑定が必要である。仮に富田自身の筆跡だとしても、氏の筆圧はかなり高く、次の紙に跡がつくはずだが、その跡がないよに見える。本来そこに別の紙があって、それが切り取られた可能性がある。

④数字の筆跡
 4枚目の右上にある数字は、書き直しをしたように見える。もともと書いてあった数字を直して、④と書いた可能性がある。4の字の特徴が、富田の癖と違うように見える。

⑤貼り付けた者
 日経の7月20日の記事は、「靖国神社についての発言メモは88年4月28日付けで、手帳に貼り付けてあった」という。ところが、富田夫人は、自分も読んだことのない「輪ゴムのメモ」を手渡したという。今回の昭和天皇の発言と報道されたメモは、その中にあったという。そのため、4月28日のメモは、日経の記者が貼り付けたのではないかという疑惑が生じている。私はこの点が最大のポイントだと思っている。

⑥貼り付けの方法
 経年劣化で接着剤は変色する。セロテ-プは変色する上に、溶けて切れやすくなる。その形跡が一切無い。後日貼り付けたものである可能性がある。本来別のメモがあったのにそれを切り取り、代わりにあのメモを貼り付けた可能性もある。

 何度も言うが、国会は、各分野の専門家を入れた調査委員会をつくり、徹底的な検証を行なってほしい。日本経済新聞社及び富田家は、それに応じて、富田資料一式を提供すべきである。それができないのであれば、富田メモは、史料として価値のないものと見なさざるを得ず、今後、これを政治や歴史研究・皇室論議等に利用すべきでないと思う。

追記
・H18/9/25 18:05
「●奥野発言と冨田メモの関係」の項目は、新しい情報を得たので、大幅に書き直した。
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富田メモ~まだまだ未解決9

2006-09-24 11:14:25 | 靖国問題
●奥野発言に関する発見?

 冨田メモの4枚目の上半分に、次の文言がある。最重要の元「A級戦犯」に関する文言のすぐ上にある。

「前にあったね どうしたのだろう
中曽根の靖国参拝もあったか
藤尾(文相)の発言
=奥野は藤尾と違うと思うが
バランス感覚のことと思う
単純な復古ではないとも」

 ここに出てくる奥野誠亮元国土庁長官のことについて、新たな事実が発見されたという情報が流れている。

 まず、引用した文言について言うと、昭和天皇のご発言とする説、徳川元侍従長の発言とする説、「=」の部分は富田の意見・感想とする説がある。
 私は、現在のところ、昭和63年4月28日に行なわれたらしい徳川の記者会見または富田の取材対応において、徳川が発言したことを富田が書きとめ、「=」の部分に自分の意見を書いたという可能性が最も高い、と考えている。

 この「=」の部分には、「奥野は藤尾と違うと思うが バランス感覚のことと思う 単純な復古ではないとも」とあるが、それが具体的に奥野のどういう発言に対して言うものかの確認が必要である。
 今回の発見なるものは、その奥野発言内容に関するものである。私は私のBlogへの書き込みによって知った。発見者はどなたかわからない。ネット上にコピペがされている。発見とされるのは、次の新聞記事である。

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・昭和63年2月16日の日本経済新聞夕刊 

神話教育復活を、郵政相ら強調――公式発言、野党の追及必至
 「十六日の閣議後、建国記念の日の式典に関連し奥野国土庁長官、中山郵政相らが神話教育の復活や「君が代」「日の丸」の定着の必要性を強調した。形式上は閣議終了後にせよ公式の場でのものであり、今後の国会審議などで野党側が「問題発言」として追及しそうだ。
 これらの発言は小渕官房長官が閣議終了を告げたあと、さる十一日の「建国記念の日を祝う国民式典」への各閣僚の出席にお礼を述べたのに関連して飛び出した。奥野長官は「建国記念の日の式典が様々な形に割れているのは、どこの国でもやっている神話や伝承について教科書で取り上げていないからではないか」と指摘。「戦後、占領軍が神話教育を否定したのはやむを得ないとして、独立後復活させるべきだった。復活しなかったのが問題だ」と強調した。
 中島文相は「地理や歴史の中で教えているが、検討させてもらいたい」と答えた。また、郵政相は「国旗や国歌を否定したのが問題だ。もっと定着させるべきだ」と主張すると同時に、「今後はできるだけ閣僚全員が出席した方がいい」と式典への全閣僚の出席を求めた。
 これに対し式典に欠席した石原運輸相ら四閣僚が「所用があり出席できなかった」などと説明した。ただ、この一連の発言についてはかん口令が敷かれたようで、「官房長官が記者会見でまとめて話す」と申し合わせたものの、小渕長官は会見で内容を明らかにしなかった。
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 記事によると、奥野長官は「建国記念の日の式典が様々な形に割れているのは、どこの国でもやっている神話や伝承について教科書で取り上げていないからではないか」と指摘し、「戦後、占領軍が神話教育を否定したのはやむを得ないとして、独立後復活させるべきだった。復活しなかったのが問題だ」と強調したという。
 冨田メモには、「バランス感覚のことと思う 単純な復古ではないとも」とある。この文言は、記事が伝える奥野の発言、つまり神話や伝承について教科書で取り上げることに対する言葉であったとしたら「ぴったり合う!」と発見者は書いている。そして、次のように続けて言う。
 「1988年4月22日の奥野国土庁長官の発言をどう読んでみても、靖国神社参拝の批判に対する批判、中国への批判であり、「バランス感覚のことと思う 単純な復古ではないとも」という言葉は合わない。しかし、1988年2月16日の奥野国土庁長官の発言ならぴったり合う!」

 このような情報がネット上に流れている。この件に関して、情報を提供していただいた方があり、私も調べてみた。その結果を次回書く。

追記
・H18/9/25
新たな情報を得たので、それを元に書き直した。
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9・17セミナーでの講演3

2006-09-23 09:37:16 | 日本精神
●皇室の伝統は生命の法則にかなっている

 悠仁親王殿下のご誕生によって、日本人は貴重な時間を与えられたのではないか。この間に、日本の国柄、皇室の伝統について、私たちは理解・認識をもっと深めていく必要がある。
わが国は、「万世一系」といわれる。「万世一系」とは、歴代天皇が一つの家系で一貫していること。これは、単に血筋がつながっているのでなく、男系継承によってのみ可能なことである。神武天皇以来、一度も途切れることなく皇位が男系で継承されてきたから、「皇統連綿」と言いうる。

 大塚寛一先生は、ガンも切らずに治し、厚生省指定難病も救う力を持つ方で、生命の本質、生命の原理を把握されている。そうしたお立場から、大塚先生は、皇位の男系継承は「ものの道理」にかない「生命が永遠に続いて行く原則」にのっとっている、と説いている。その男系継承を2千年以上、125代にわたって続けてきた人類唯一の家系が、日本の皇室である。

 男系継承を続けてきたことには、科学的にも意味があるという科学者がいる。京都大学の蔵琢也氏。男性はXY染色体、女性はXX染色体を持つ。Y染色体は男から男にしか伝わらない。皇室の場合、男系継承を堅く守ってきたから、その結果、神武天皇が持っておられたY1染色体を、歴代天皇がみな受け継いできて、今上陛下も皇太子殿下・秋篠宮殿下、悠仁親王殿下もお持ちであると理論的には考えられる。(XY-XXの図で示す)
 伝統は、伝統としてそのまま受け継いでいくから伝統である。それ自体に深い意義がある。しかし、私たちの先祖が、皇位の男系継承にこだわって努力してきたことには、遺伝学から見ると、科学的にも意味があるらしく、興味深い。
 
●比類ない伝統を守るには

 皇室の存続と皇位の安定的な継承のために、男系継承を維持できるような方策を考え、検討・実施していく必要がある。
いろいろな意見が出ているが、皇族のお一人である三笠宮寛仁(ともひと)親王殿下が皇位継承問題について発言され、反響が起こった。「毎日新聞」平成18年1月3日号のインタビュー記事から紹介する。
 「(註 皇室のあり方に関する問題)この問題は、政治を超えたものだ。多くの国民が歴史を理解したうえで大いなる論議がわき上がって、国会で、審議に審議を重ねて結論が出ればと思う。男系で継いできた歴史は、一度切ってしまえばつなげないことを分かってほしい。
 皇位継承をめぐってはいくつかの危機があったが、これまで回避してきた。10親等ぐらい離れた傍系から皇女に婿入りしたり、宇多天皇のように臣籍降下したのに復活して皇太子になり、その後天皇になったケースもある。
 1947年に臣籍降下した11宮家の当主にカムバックしていただいたり、養子ができるようにするなどの方法がある」と殿下は述べておられる。

 歴史的には、直系の男系の男子がおられない危機が何度かあり、傍系の男子を探して男系継承を守った例があり、例えば、第26代継体天皇は、武烈天皇の次に男子の継承者がなく、地方から男系男子を探し出した。応神天皇の子孫で、10親等離れている方が継体天皇となった。また、第119代光格天皇は、現在の天皇の直接の先祖となる方だが、江戸時代後期にやはり男系男子の継承者が近くにおられず、7親等の隔たりから即位された。江戸時代に創設された閑院宮家の出である。(「天皇歴代系図」で説明)

 戦後、臣籍降下した11宮家のうち、現存しているのは6家。うち5家に、皇太子より若い男子が14名おり、うち8名は独身という。愛子様の年代の男子も3名いらっしゃるという。もとは皇族の方々だが、敗戦後、GHQによって半ば強制的に皇籍離脱した家の方々だ。こういう方々に、皇族に復帰していただいてはどうかという意見がある。
 また、今のままでは、高松宮、三笠宮、高円宮等を継ぐ方がいないので、次々に絶家になるが、皇室典範を改定して養子を取れるようにすると、宮家を存続させることもできる。あるいは、祭祀のみ継承するという方法もある。
 旧皇族の復帰には、反対論・慎重論もあり、またそれへの反論もある。これから本格的な議論が行なわれるだろう。皇室の伝統を維持するために、慎重な上にも慎重な検討を重ね、国民の叡智を集め、適切なあり方を求めていくべきである。

 今上天皇がこの先、数十年も御位におられるわけにいかず、やがて皇太子が即位されるだろう。皇太子殿下に男子がお誕生される可能性はあるが、今のままであれば、次は秋篠宮殿下が即位され、悠仁親王殿下が天皇になられるだろう。それは、おそらく30~40年先のことだろう。
 現在何もしないでいれば、その時、宮家はみな絶家になっており、愛子様、眞子様、佳子様等の方々もご結婚によって皇室を離れている。悠仁さまが、たったお一人になっているということになりかねない。
 現在の皇室典範は、国会で改正がされることになっている。国民が日本の国柄、皇室の伝統を理解し、皇室のあり方について、真剣に考えていかなければ、皇室の存続・繁栄はあり得ない。

●皇室の問題をきっかけに日本精神に目覚めよう

 建国以来続いてきた皇位継承の伝統を守れるか。日本の最大の特徴を維持できるか。こうした日本の国の重要な事柄に取り組むには、国民がまず、日本精神を取り戻すことが先決である。
 大塚先生は、「日本人は日本精神に返れ」と説かれている。日本人が日本精神を取り戻し、日本の伝統・歴史・国柄を理解して、日本のあり方を考えていかねばならない。

 皇室の問題は皇室の問題だけの取り組みで、解決するのではない。最も根本には、憲法の問題がある。天皇・皇族についても、憲法に元が定められている。国の根本を定める憲法をしっかりしたものに変えていく必要がある。これから、新政権のもとで憲法改正が議論されていくだろう。
 次に、教育が重要である。日本の伝統・歴史・国柄を教える教育がされるようにしないと、日本人とは名ばかりの日本人が増える一方となる。与党は今秋、国会で教育基本法の改正を目指している。
 憲法、教育など、日本弱体化政策によって変えられたものを、日本人が自力で改正し、日本の再建に努力すること。できることを一つ一つやっていくこと。その結果として、皇室の維持・繁栄も得られる。

 大塚先生の著書『真の日本精神が世界を救う』は、日本精神の神髄を解き明かした本である。国柄、憲法、教育等についても、具体的に説いておられる。是非、この機会にご一読いただきたい。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4872576896/qid=1148518544/sr=8-1/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/250-4833362-4169033
 日本の再建・発展のために、ともに力をあわせて進ませていただこう。(了)
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9・17セミナーでの講演2

2006-09-22 10:47:46 | 日本精神
●皇室典範改定への動きと紀子様ご懐妊

 秋篠宮殿下のお誕生以後、このたびの悠仁親王殿下ご誕生まで約41年間、皇室には男子が誕生されていなかった。9方女子が続き、次世代の皇位継承者について懸念が出てきた。
 そのような中で一昨年、平成16年12月、小泉首相の私的諮問機関として、「皇室典範に関する有識者会議」が設立された。
 実は、その7年も前、平成9年に、秘密裏に宮内庁で今後の皇位継承のあり方について検討が始められていた。官僚と学者が皇位継承の伝統を見直す方向で画策した。愛子様のご誕生は、平成13年ゆえ、それより前から、女性天皇・女系継承を認める方向が打ち出されていた。研究会のメンバーには、共産党に人間やフェミニズムの影響を受けた者がいた。そこでつくられた青写真を実現するために、有識者会議が設立された。秘密研究会の中心メンバーが、有識者会議のメンバーに入っていた。

 有識者会議は、わずか10ヶ月ほどの短期間の審議で、昨年11月皇室典範改定案を提出した。その報告内容は、①女性天皇を容認する、②第一子(長子)優先とする、③女性宮家を設立するというもの。この案は重大な問題を孕んでいた。この案は、皇室に今後、男のお子様が誕生される可能性があるのに、愛子様が天皇となるよう決めてしまうものだった。

 皇室は、125代、男系継承を一環して守ってきた。過去に8方10代、女帝がいた。(神社本庁の「天皇歴代系図」で説明) 女帝は、男系男子が継承するための中継ぎのような役割だった。みな独身か寡婦だった。仮に愛子様がその伝統に従えば、ずっと独身でいていただいて即位し、生涯独身でいていただかねばならない。それではあまりにしのびないということで、仮に伝統を変えて、ご結婚のできるようにすると、大きな問題を生じる。
 相手が民間人であれば、そこに生れたお子様は、母方でしか天皇につながらない。その方が次の天皇となれば、皇統は女系に移ってしまう。仮に相手が佐藤姓であれば、その時点で日本の皇室は断絶し、佐藤王朝に変わったとみなされる。(皇族系図で説明)

 昨年秋、国民の大多数は、皇室の伝統を知らず、女性天皇と女系天皇の区別も知らなかった。今もまだその深い意味を知らない人が少なくない。知識不足のまま、世論は女性天皇を支持し、女系継承でもよいという方向に傾いていた。
 これを背景に、小泉首相は今年1月からの通常国会で、有識者会議の答申内容に基づいて、皇室典範を改定するという強硬な姿勢だった。政治家の多くは、有識者会議の答申内容をよく吟味することなく、多数決によって皇室典範の改定を決めようとしていた。
 稲田朋美さんのような人でも、議員になった最初のころは、女性天皇でよいと考えていた。ところが、自民党の勉強会で専門家の話を聞き、拙速に決めてはならない問題だと知ったという。

 こうした危機的な状況において、皇室の伝統、日本の国柄を守ろうという人々から、拙速な改定に反対し、慎重な審議を求める運動が起こった。しかし、国会で採決を取れば、皇室典範が改定されるという極めて厳しい状況にあった。
 いよいよ国会で本格的な審議が始まろうとしていたところに、2月7日、秋篠宮妃紀子様のご懐妊のニュースが伝えられた。このニュースにより、さしもの小泉首相も慎重な姿勢に変わり、皇室典範改定案の提出は見送りとなった。御懐妊とその知らせは、絶妙なタイミングだった。

 その1ヵ月後、3月7日、日本武道館で、「皇室の伝統を守る1万人大会」が開催された。その際、金美齢氏(台湾、総督府国策顧問)が次のようなことを述べた。
 「紀子様ご懐妊と聞いたとき、一瞬、神風が吹いたと思った。大戦の時、私は台湾にいたが、日本人として生きていた。2600年の歌を歌った。必ず神風が吹くと信じていた。しかし、その時は、神風は吹かなかった。どうして今、その神風が吹いたのか。皇室典範の改定は、大戦よりも日本の骨格を揺るがす国家的危機だからではないかと思った」

 神風が吹いたとは、心に刻むべき言葉だろう。そして、7ヶ月。幸いこのたび、待望の男子がご誕生された。国民は、喜びをともにすることができた。何か不思議な力がわが国には働いていると感じられた方が多いのではないか。

●親王殿下ご誕生でも女帝・女系容認論

 ところが親王殿下のご誕生によっても、決して安心はできない状況にある。
 というのは、小泉首相は、ご誕生後のテレビインタビューで、「これからは女系の天皇も認めるべき」と発言した。女性天皇ではなく、「女系の天皇」とはっきり言っている。ご懐妊発表の2月7日から7ヶ月もの時間がありながら、小泉氏は何を勉強したのだろう。もしかすると単なる勉強不足ではなく、もともと女系移行論者なのかもしれない。
 また、お誕生の翌日7日、テレビ朝日の昼の番組「ワイド・スクランブル」で電話アンケートをやっていた。回答者は8万人以上だから、新聞社によるサンプル調査より、大規模である。
 結果は「男系男子のみが天皇に」が34%、「女性天皇を認める」が66%。女帝容認が約3分の2だった。実はこのアンケートは、設問に問題がある。「女性天皇を認める」には、さらに男系継承を堅持することを根本として女帝も認めるという考え方と、女系継承への移行もよしとして女帝を認めるという考え方にわかれる。
 最低選択肢を増やして、男系男子のみ、男系継承堅持での女帝容認、女系移行もよしでの女帝容認と三つにしないと、正確な調査にはならない。むしろテレ朝には、世論を誘導する意図があって、二択の設問をしているのだろう。
 そういうことはあるものの、「女性天皇を認める」が66%で約3分の2と答えていることは、軽視できない。そう回答した人たちには、小泉首相のように女系継承もよしと考える人が相当いるだろう。
 親王殿下ご誕生の翌日、喜びの最中でこれである。日本の伝統と皇位継承のあり方について、国民がもっと深い認識を持てるよう活動していくことが必要だと思う。

 今朝のテレビ番組「報道2001」(フジテレビ、関西テレビ等)に、次の自民党総裁選候補の3名が出ていた。総理にほぼ確実とみられる安倍氏は、「ずっと男系の伝統で来たから、慎重になるのは当然。旧宮家の復活、旧皇族による現在の現宮家の継承を含めて検討していきたい」と語っていた。
 他の麻生氏、谷垣氏も、女系継承には反対であり、伝統を尊重したいと言っていた。

 次回で終わり。
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