ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

米海軍、イージス艦を南シナ海の人工島12カイリ内に派遣

2015-10-31 08:50:44 | 国際関係
 米海軍がイージス艦を、南シナ海の中国による人工島12カイリ内(約22キロ以内)に派遣した。今年5月に米国防総省は人工島の12カイリ以内に米軍の艦艇が入る可能性に言及していたから、ようやく5か月後に実行されたものである。9月に習近平ら国家主席が訪米し、オバマ大統領と首脳会談を行ったが、南シナ海問題では、全くの平行線だった。そこで米国は、今回の行動を実施することで意思を表示したのだろう。
 歴史を振り返ると、大東亜戦争の終戦の時点で、日本は南沙諸島を占領していた。サンフランシスコ講和条約まで、南沙諸島は日本の占有地だった。日本の敗戦後の昭和22年(1947)に中華民国が地図上で南シナ海に11本の線を引いて「11段線」と名づけ、その内側を領海だと主張した。全く一方的なものだった。日本はサンフランシスコ講和条約で南沙諸島を放棄したが、帰属先は決定されなかった。昭和28年(1953)、中華人民共和国は、中華民国による「11段線」から2線を除去し、「九段線」とした。地図上に断続する9つ線の連なりにより示される。中国共産党はこの「九段線」の内側を自国の主権の及ぶ範囲としている。主権が及ぶ範囲と主張するなら、その区域に領有する島がなければならない。だが、共産中国はその区域に島を領有していない。だから、「九段線」の内側を「領海」とは表現せず、主権の及ぶ範囲というあいまいな表現をしている。領海と主張すると、国際法と矛盾するからあいまいに、主権の及ぶ範囲と言っている。
 1988年、中国はベトナムとのスプラトリー諸島海戦に勝利し、南沙諸島の岩礁を獲得した。しかし、それらは岩礁であって島ではないので、周辺海域を領海とは主張できない。1991年、米軍がフィリピンから撤退すると、中国は翌92年に領海法を作った。同法は、尖閣諸島、西沙諸島、南沙諸島を中国の領土であると規定したものである。日本、ベトナム、フィリピンが領有する島嶼を勝手に自国の領土だと、国内法で定めたのである。国際法では、このような勝手な主張は認められない。
 だが、共産中国は、南シナ海の実効支配を目指し、この海域から米軍を追い出そうとしている。このたび共産中国は南沙諸島の岩礁を埋め立てて、七つの人工島を作った。3千メートル級の滑走路が完成している。3千メートルあれば、戦闘機、輸送機等、ほとんどの軍用機が発着陸できる。巨大な軍事基地である。
 中国が南シナ海で人工島を作り、これを軍事基地としていることを、米国は問題視し、習政権に強く抗議してきた。だが、習政権はまったくこれを受け入れない。そこで、10月27日、米国はイージス駆逐艦「ラッセン」を派遣し、中国が主張する人工島から12カイリ以内の場所を通行させた。
 中国がスプラトリー諸島で埋め立てをした人工島は、あくまで島ではなく岩礁である。国際法上、満潮時に水没するものは島とは認められない。岩礁に人工の建造物を追加しても、島とは認められない。そのように国際法に定めている。島であれば、周囲の一定区域は領海と認められるが、島ではないので、領海と認められない。それゆえ、米国としては、島ではないのだから、周辺海域を通行して何が悪い、というわけである。
 仮にこの人工島が国際法に定める島だったとしても、国際法上、無害通航権が認められている。無害通航権とは、いずれの国の船舶も他国の領海において,その平和、秩序、安全を害することがないかぎり領海を通航することができる権利である。民間の船だけでなく、軍艦も、国旗を立てるとか潜水艦であれば浮上するとかすれば、自由に無害通航をすることができる。中国は国内法に過ぎない領海法で、許可なく領海内を他国の軍艦が通行することを認めないとしているが、これは国際法を無視した勝手な決め事である。他国にはまったく通用しない。
 このたび米軍がイージス艦を派遣したのは、軍事上、高度な判断によると見られる。派遣したのは、1隻のみであり、艦隊ではない。また、もし空母を派遣した場合は、空母は艦載機を飛ばせるので、相手に攻撃を仕掛けるというメッセージと受け止められる可能性がある。これに比べ、イージス艦は巡航ミサイル等で攻撃もできるが、何より守りに強いのが特長である。対空、対水上、対潜水艦などすべてにおいて相手の攻撃を防ぐことができる。イージス艦が問題の海域を通行したことは、相手を攻撃する意思はないが、相手が攻撃してくれば受けて立つというメッセージとなる。中国に対して、「やれるものならやってみな」的な示威行為となったわけである。
 また、米国は、イージス駆逐艦「ラッセン」の派遣を、特別の行動ではなく、通常の行動であることを強調している。2日前には、「ラッセン」のフェイスブックに、ヘリを整備する写真を掲載した。情報をオープンにして、普通の通行であることを強調することで、自由に航行できることを主張している。このことは、中国が主権の及ぶ範囲と主張している海域が、自由に航行できる場所であることを、中国及び周辺諸国に示す行動となった。
 中国共産党政府は、激しく反発している、だが、言葉は激しいが、実際の対応は米艦船の航行を妨害せず、追尾したのみだった。
 今後の展開について、専門家の見方は、大きく分けると、米中とも武力衝突を避けるため協議を行って収束するという見方と、米国または中国が対抗のレベルを上げ緊張が高まるという見方に分けられる。米国側については、オバマ政権はシリア、イラク、アフガニスタン、ウクライナ情勢への対応に追われており、南シナ海での中国との衝突は極力避け、話し合いで収束を図るだろうという見方がある。その反対に、米国は早ければ今週末、あるいは数日内に艦隊、場合によっては空母機動部隊を派遣するだろうという見方もある。中国側については、中国は米国との軍事衝突は何としても避けたいので、水面下で米国側に働きかけて収束点をを探るだろうという見方がある。ただし、中国は南シナ海で譲歩の姿勢を見せることもできない事情があり、消極的な対応に対して国内で反発が強まると、中国指導部が対抗手段を講じるだろうという見方がある。場合によっては、中国が仕掛けるかたちで、小競り合いが起こる可能性もあるという見方もある。
 今後の展開が注目される。
 以下は関連する報道記事。

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●産経新聞 平成27年10月28日

http://www.sankei.com/world/news/151027/wor1510270075-n1.html
2015.10.28 08:25更新
【米イージス艦南シナ海派遣】
ようやく重い腰あげたオバマ政権 軍事拠点化に危機感 問われる示威行動の継続性

 【ワシントン=青木伸行】オバマ米大統領は、中国が南シナ海に建設している人工島の12カイリ(約22キロ)内に米海軍の艦船を航行させ、ようやく重い腰を上げた。今後はこうした示威行動の継続性が問われる。
 米軍の対中示威行動は2013年11月、中国が東シナ海上空に防空識別圏を設定したと宣言した直後、グアムから2機のB52戦略爆撃機を急派して以来。これまで米軍艦船はオバマ氏の指示により、12カイリ内に入ることを自制してきた。
 オバマ氏がこのタイミングで示威行動に踏み切ったのは、強い危機感を背景にした国防総省からの突き上げが大きい。
 国防総省は人工島の一つで3千メートル級の滑走路が完成したとみているなど、軍事拠点としての運用開始が切迫しており、中国が南シナ海上空に防空識別圏を設定することも現実味を帯びてきたと認識している。
 また、フィリピン北部ルソン島の西220キロに位置し、中国艦船がなお居座っているスカボロー礁でも、人工島を建設する可能性が高いとみている。
 外交上の要因もある。9月末にワシントンで行われた米中首脳会談は、南シナ海問題をめぐる膠着(こうちゃく)状態を打開する糸口が見いだせず「失敗」に終わった。
 これに加え、11月にはマレーシアで、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国や米中などが参加する東アジアサミットが開かれることもあり、そこへ向け強い姿勢を打ち出す必要に迫られたとみられる。
 一方、同盟国フィリピンは米軍の「12カイリ作戦」を強く待望し、米国内では大統領選も絡み共和党から、オバマ氏の「及び腰」に対する批判が高まっていた。このまま行動による抵抗を示さなければ、南シナ海問題は確実にオバマ政権の「負の遺産」になる。
 米政府はこれまでにフィリピンやベトナム政府から、自国が実効支配する島々での埋め立て工事などについて、中国が人工島の建設をやめることに同意した場合は中止するとの言質を得ているという。こうした外交努力を実らせる上でも、中国の活動を少しでも阻止する必要がある。
 今回の決断はオバマ政権の一定の「本気度」を示すものとして評価できる。ただ、遅きに失した感は否めず、また継続的に「12カイリ作戦」を実施しなければ意味をなさない。本気度が問われるのは、むしろこれからだといえよう。

http://www.sankei.com/world/news/151028/wor1510280012-n1.html
2015.10.28 08:30更新
【米イージス艦南シナ海派遣】
「必要があればいつでも活動する」米国防長官 航行の自由作戦を継続 

 【ワシントン=青木伸行】カーター米国防長官は27日、上院軍事委員会の公聴会で、南シナ海での米海軍による「航行の自由作戦」について「国際法が許すあらゆる場所で、必要があればいつでも飛行、航行、活動する。今後数週間から数カ月、作戦があるだろう」と証言し、継続する意向を示した。(略)
 また、カービー国務省報道官は記者会見で「公海における航行の自由は基本原則であり、(これを守る)義務が米海軍にはある」と強調。「公海での国際法にのっとった米軍の活動が、いかなる国との関係に負の影響を与える理由はない」と述べ、作戦に強く反発している中国を牽(けん)制(せい)した。
 一方、マケイン上院軍事委員長は作戦を歓迎しながらも、「遅きに失した」とオバマ政権を批判した。

http://www.sankei.com/world/news/151027/wor1510270070-n1.html
2015.10.28 08:50更新
【米イージス艦南シナ海派遣】
習政権に突きつけられた難題 指導部の責任問題も 全面衝突避け、どう対抗

 【北京=矢板明夫】米海軍の駆逐艦が南シナ海で中国が建設している人工島の12カイリ内を航行したことは、中国の習近平政権に大きな難題を突きつけたといえる。中国は、米国と全面対決したくないのが本音だが、これまで国内外に「主権問題は絶対に譲れない」と主張してきたため、口頭抗議だけで済ますのは難しい。中国当局は今後、国内の民族主義勢力と国際情勢の両方をにらみつつ、米国への「報復措置」を探るが、対応を誤れば習指導部の責任を問う動きに発展する可能性もある。
 9月に公式訪米した習近平国家主席は、総額4兆6000億円を使ってボーイング製旅客機300機を購入し、講演では「中国人は米国人の創造の精神を尊敬する」と述べるなど“親米”ぶりを懸命に演出した。中国の官製メディアは「緊張を緩和させ、信頼関係を築いた旅」と宣伝した。
 しかし、帰国からわずか1カ月後、米中が南シナ海で軍事的な対立状況に突入したことは、習主席が訪米中、南シナ海問題で米国側の説得に失敗したことを明白に示すもので、習主席の権威は大きく傷ついた。
 国際法上、人工島の周辺12カイリは「領海」とは見なされず、米軍艦艇が人工島の12カイリ以内を航行したとしても実力行使に踏み切る法的根拠はない。しかし、共産党機関紙の人民日報傘下の環球時報は今月15日の社説で「中国の海空軍の準備を整え、米軍の挑発の程度に応じて必ず報復する」と主張。外務省報道官も27日の会見で、人工島の建設は続けると宣言する一方、「中国は対抗措置をとる権利を留保する」と語った。
 今後、中国海軍は付近を航行する米軍艦艇に接近したり、周辺海域で軍事演習を行う可能性がある。しかし、中国軍当局者は「軍事衝突に発展することを絶対に避けたい」と強調する。そうなると、中国が具体的にとれる報復措置は米軍との軍事交流の中止など、それほど多くはない。
 中国の外交関係者は「9月に中国海軍の艦艇が米アラスカ州沖のベーリング海に進出したように、中国軍が対抗措置として再び米国の領海に進入する可能性もある」と指摘する。
 一方、北京では現在、共産党の重要会議、5中総会(10月26~29日)が開かれている。共産党の改革派と保守派が真っ向から対決する時期でもあり、反習派勢力が会議で主導権を握れば、南シナ海問題を含む執行部の外交方針に対する批判が噴出しかねない。

http://www.sankei.com/world/news/151027/wor1510270070-n1.html
2015.10.28 08:30更新
【米イージス艦南シナ海派遣】
韓国、米中の狭間で対応苦慮 「事実関係を把握中」論評避ける

 【ソウル=藤本欣也】韓国の外務省報道官は27日の記者会見で、米駆逐艦がスプラトリー(中国名・南沙)諸島の人工島付近を航行したことについて「事実関係を把握中だ」と論評を避けた。事実と確認された場合に関する質問にも答えず、慎重な対応に終始した。
 朴槿恵(パク・クネ)大統領は先の米韓首脳会談で、オバマ大統領から、中国が国際規範を順守しなかった場合には「米国と同じ(非難の)声を上げることを期待する」と求められた経緯がある。最大の同盟国・米国と、最大の貿易相手国・中国の間で対応に苦慮する韓国の現状を如実に示した形だ。
 26日付の韓国紙、朝鮮日報によると、韓国大統領府関係者はオバマ発言に関連し、「『国際規範による紛争解決』というわが国の立場を堅持する」と指摘した上で、「新たな立場を打ち出す状況ではない」との考えを表明。韓国政府関係者も「米中が軍事衝突する状況になれば、米側を支持するほかないが、その前に中国の神経を逆なでする必要はない」との見解を示していたという。
 今後、中国海軍は付近を航行する米軍艦艇に接近したり、周辺海域で軍事演習を行う可能性がある。しかし、中国軍当局者は「軍事衝突に発展することを絶対に避けたい」と強調する。そうなると、中国が具体的にとれる報復措置は米軍との軍事交流の中止など、それほど多くはない。
 中国の外交関係者は「9月に中国海軍の艦艇が米アラスカ州沖のベーリング海に進出したように、中国軍が対抗措置として再び米国の領海に進入する可能性もある」と指摘する。
 一方、北京では現在、共産党の重要会議、5中総会(10月26~29日)が開かれている。共産党の改革派と保守派が真っ向から対決する時期でもあり、反習派勢力が会議で主導権を握れば、南シナ海問題を含む執行部の外交方針に対する批判が噴出しかねない。
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人権219~ロシア革命と自由・権利の抑圧

2015-10-30 08:54:23 | 人権
●ロシア革命と共産党による自由と権利の抑圧

 大戦末期の1917年10月、ロシアで革命が起こり、共産主義国家が出現した。19世紀半ば、西欧に共産主義が登場して以降、共産主義は西欧では極く一部の地域を除いて浸透しなかった。この理由の一つは、西欧は世界的な資本主義システムの中核部であり、周辺部からの収奪をもとに、資本主義が発達を続け、国民全体の権利が拡大・強化されていったことがある。また別の理由は、西欧は平等主義核家族、絶対核家族、直系家族が多く、共産主義とは相いれない家族的な価値観を持っていたことである。共産主義は西欧に誕生したにもかかわらず、共産主義が深く浸透し、定着したのは、共同体家族が支配的なロシアにおいてだった。共同体家族は権威/平等を価値観とし、共産主義と親和的だったのである。
 ロシアでは10月革命の翌年、「勤労・被搾取人民の権利宣言」が採択された。これは社会主義革命の人権宣言ともいわれる。宣言は、人間による人間のあらゆる搾取の廃止、社会の階級的分裂の完全な廃絶および社会主義的な社会組織の確立をめざすとした。そして、土地を全人民の財産とし、地下資源・農園などの国有化を宣言した。
 その後、公布されたロシア共和国憲法 (1918年) 及びソビエト連邦憲法 (1936年と1977年)には、イギリス・アメリカ・フランスなどの自由主義国家と同様な権利が規定された。しかし、そこには、ロックやルソー、百科全書派等が強調した、人間が生まれながらに平等に持つ権利という観念はない。階級闘争史観のもと、権利は神与のものではなく、独自の理論によって歴史性を付与された。革命によって獲得した権利は、労働者・農民を中心とする人民のものとされ、貴族や地主など旧支配階級は権利を剥奪される。それゆえ、この権利は、「すべての人間」の権利ではなく、階級的な権利だった。そのうえ、権利の行使は、個人の自由と責任によるのではなく、勤労者の利益および社会主義制度の強化という目的に沿わねばならないという制約が課せられた。
 階級間における権利の制限は、共産主義社会の実現を目指すという目的によって正当化された。共産主義の低い段階としての社会主義社会から、高い段階としての共産主義社会に到達するまでの過渡期のあり方とされる。最終的には、「国家の死滅」(政府の廃止)を目指す。階級支配の実力装置としての国家権力を死滅させるために、国家権力を強化するという論理が用いられた。権利の実現のために、権利の制限を行うというのも同じ論理である。
 ところがソ連で実際に成立したのは、共産党による労働者・農民への独裁だった。国家的な教説と現実とは、全く異なっていた。ソ連の実態は、労働者の国家ではなく、共産党官僚が労働者や農民を支配する官僚専制国家だった。革命によって人民が獲得したはずの権力は、共産党官僚の手に集中し、官僚による支配体制が構築された。強大な権力の裏づけによって、様々な特権を得た官僚は、新しい階級となった。秘密警察が人民を管理し、政権を批判する者は強制収容所に入れられた。絶対王政の君主の再来のような個人崇拝が行われ、反対派は大量に粛清された。

●所有と支配の構造

 どうしてこのような結果に陥ったのか。その一因は、マルクス=エンゲルスが、所有関係で社会を分析し、支配関係の重要性を軽視したことにある。生産手段を私有から集団的所有にすれば、社会の不平等が解消するのではない。所有には管理・運営という行為が伴う。所有権が国家や集団にあるとされても、実際にはそれを管理・運営する者が支配権を持つ。すなわち官僚支配である。マルクスはこの官僚支配の出現の構造をとらえていない。そのため、革命後の国家は強大な官僚支配国家となったのである。知識人が労働者大衆を支配するために、あえてこのからくりを隠したという見方も成り立つ。
 旧ソ連は、政策としては、思想的には共産主義、特にその中のマルクス=レーニン主義だが、経済体制としては社会主義である。旧ソ連の社会主義体制は、資本主義を脱却し、原理的に別のものになったわけではなかった。所有の形態は、一部私的所有から社会的所有に変わった。しかし、所有は支配という行為と関連付けて考えなければいけない。所有者が資本家から国家に変わったといっても、その国家を支配しているのが、権力を握る特定の集団であれば、その集団は、多くの富を領有することができる。旧ソ連で共産党の官僚が新たな特権階級となり、新しい貴族となったのはそのためである。
 社会主義を標榜する国家において、貴族的な共産党官僚と貧しい労働者・農民という分化が起こったのは、支配集団と労働者・農民との権力関係による。共産党が権力を独占し、国民大衆には政治的自由がない。こうした社会では、自由主義的資本主義の社会におけるよりも、労働者・農民は弱い立場に置かれた。所有の形態より、支配の実態が重要なのである。
 それゆえ、旧ソ連の社会主義は資本主義を変形したものであって、資本主義とまったく別のものではなかったことがわかる。所有の形態が変わったとしても、資本主義の本質は維持されている。マルクスは、資本とは、貨幣や商品や生産手段ではなく、一方に生産手段を私有する少数の資本家、他方に生産手段を奪われ自分の労働力を商品として売るしかない多数の労働者がいるという生産関係が、貨幣や生産手段等を資本たらしめるとした。ここにおける資本家が共産党官僚に置き換えられた社会が、旧ソ連の社会主義体制であり、そこにおける生産関係は、本質的には変わっていない。生産関係は、生産の場における権力関係であることに注意したい。
 このような体制においては、国民の権利は極度に制限される。自由も平等もない社会で、国民の権利は、共産党政府によって侵害された。社会主義が人権の発達をもたらしたというのは、虚偽の主張である。

●共産主義とユダヤ人

 ところで、共産主義とユダヤ人との関係は深い。共産主義は、キリスト教社会で宗教的・人種的差別を受けるユダヤ人が祖国の回復を目指すシオニズムとは対照的に、主権国家による国際秩序を破壊し、国境を超えた社会を実現しようとする思想・運動である。マルクス主義の創始者であるカール・マルクスはユダヤ人だった。マルクス思想を継承したベルンシュタイン、ローザ・ルクセンブルク、ルカーチ、フランクフルト学派の主要学者等もユダヤ人だった。彼らは、ユダヤ教を信奉するユダヤ人ではなく、脱ユダヤ教的なユダヤ人である。
 ユダヤ人は、一枚岩ではない。排外的・独善的なユダヤ教徒から宗教否定の唯物論者まで、資本主義社会で富と権力を掌中にする国際金融資本家から私有財産制廃止を目指して階級闘争を指導する共産主義者までがいる。
 共産主義とユダヤ人の関係において、とりわけロシア革命で多くのユダヤ人が革命運動に参加したことは、特異な現象である。19世紀末ロマノフ朝圧制下のロシアで、ユダヤ人は「ポグロム」と呼ばれる虐待・虐殺を受けた。多数のユダヤ人が、国外に出国してアメリカ等に移民するか、国内に残って帝政打倒の政治運動に参加した。ロシアではユダヤ人の解放は、帝政を打倒する以外には、不可能だった。ボルシェヴィキの幹部には、ユダヤ人が多かった。トロツキーやジノヴィエフ、カーメネフ、ブハーリン、ウリツキーらがそうである。レーニンは、母方の祖母がユダヤ人だったといわれる。そのことによって、共産主義はユダヤ人が世界を変革しようとする陰謀だという説がある。また、マルクスはロスチャイルド家から生活資金を提供されていたといわれる。レーニンやトロツキーらにユダヤ人大富豪が資金を提供したり、ドイツや米国から国境を超えた革命活動を行うのに便宜を図ったりした。だが、ソ連では、レーニン死後、スターリンはトロツキーを惨殺し、他のユダヤ人幹部を次々に粛清した。その後も、ソ連におけるユダヤ人差別は続いた。共産主義とユダヤ人の関係は単純ではない。また、共産主義が人種問題・民族問題を解決するというのは、虚偽の宣伝である。人権論という本稿の主題について言うと、共産主義はユダヤ人の自由と権利の確保・拡大に寄与するものではない。そこが、フランス革命におけるロック・ルソー・フリーメイソンの思想とは違う。また、諸国民の自由と権利の確保・拡大に寄与するものでもない。人権と呼ばれる権利が発達したのは、リベラル・デモクラシー(自由民主主義)の国家においてのみである。

 次回に続く。

関連掲示
・マイサイトの「共産主義」の項目
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion07.htm
コメント

中国は尖閣での武力衝突を回避し南シナ海に集中?

2015-10-29 10:08:02 | 時事
 中国人民解放軍の上将で、習近平国家主席の側近として知られる国防大学政治委員の劉亜州氏が最近、共産党機関紙、人民日報が運営する人民ネットなどで発表した日中関係に関する論文が注目を集めていると報じられている。
 劉氏は、「中国は武力衝突を極力避けるべきだ」と主張。尖閣諸島周辺の海域で中国が日本と武力衝突すれば、「中国は勝つ以外に選択肢はなく、退路はない」と強調し、「敗北すれば、国際問題が国内問題になる可能性がある」として、現在の共産党一党独裁体制を揺るがす事態に発展しかねないとの危機感を示している。劉氏は一方で、武力衝突で日本が負けても、尖閣諸島の実効支配の主導権を中国に渡すだけで実質的損失はほとんどないと見ているという。この論文について、二正面作戦を避け、南シナ海に集中したい習指導部の考えを反映している可能性もあるという見方も伝えられている。
 その記事には書いていないが、9月19日に成立した平和安全法制整備法の効果かもしれない。わが国が集団的自衛権の限定的行使を行えるようにし、日米同盟が強化されたことによって、こうした主張が出てきた可能性がある。
 習指導部が東シナ海・南シナ海の二正面作戦を避けて後者に集中したいという考えを持っているとすれば、その野望を挫き得るかどうかは、オバマ大統領が南シナ海で米軍を動かすかどうかにかかっている。
 こうしたなか、ようやく米海軍は10月27日、横須賀基地所属のイージス駆逐艦「ラッセン」を、南シナ海のスプラトリー諸島で中国が建設している人工島の12カイリ内に派遣した。12カイリ内への派遣は「航行の自由作戦」という。この作戦の実行は、人工島と周辺海域を中国の「領土、領海」とは認めないという米国の姿勢を示威行動で示し、強く牽制するものである。これが一回限りでなく継続的に行われ、さらにわが国、オーストラリア、フィリピン、ベトナム、シンガポール等による合同海洋パトロールが行われるようになれば、中国の覇権主義的な行動を一層効果的に抑止するものとなるだろう。
 以下は、関連する報道記事。

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●産経新聞 平成27年10月22日

http://www.sankei.com/world/news/151022/wor1510220036-n1.html
2015.10.22 20:30更新
「中国は武力衝突避けるべき」習主席側近の論文が波紋 尖閣めぐり日中衝突すれば「中国に退路はない」

 【北京=矢板明夫】中国人民解放軍の上将で、習近平国家主席の側近として知られる国防大学政治委員の劉亜州氏が最近、共産党機関紙、人民日報が運営する人民ネットなどで発表した日中関係に関する論文で「中国は武力衝突を極力避けるべきだ」と主張し、中国国内で波紋を広げている。専門家の間では「習政権が従来の対日強硬策を改めた兆しかもしれない」との見方が浮上している。
 劉氏は論文の中で、近年の日中関係の悪化について「北東アジアだけの問題ではなく、米国が裏で糸を引いている」との認識を示した。その上で、安倍晋三首相を「日本の右翼勢力」と決めつけ、「中国との対立を深めることを通じ、憲法改正につなげようとしている」と推測した。
 尖閣諸島(沖縄県石垣市)の現状について、劉氏は「1980年代までのような、日本による単独支配の状況でなくなった」と主張。同海域で中国が日本と武力衝突すれば、「中国は勝つ以外に選択肢はなく、退路はない」と強調した。さらに「敗北すれば、国際問題が国内問題になる可能性がある」とし、現在の共産党一党独裁体制を揺るがす事態に発展しかねないとの危機感を示した。
 劉氏は一方で、武力衝突で日本が負けても、尖閣諸島の実効支配の主導権を中国に渡すだけで実質的損失はほとんどないとした。
 劉氏は日本と対抗するために「まず米国との関係を改善すべきで、韓国や台湾とも連携しなければならない」と主張する一方、日本国内の「平和勢力」と提携する必要性にも言及した。
 2012年に発足した習近平政権は当初、「領土問題で妥協することは絶対にない」と繰り返し強調し、尖閣諸島を念頭に「戦争の準備をせよ」との通達を全軍に出したこともあった。しかし、昨年から南シナ海で東南アジア諸国や米国との対立が先鋭化して以降、中国要人が尖閣問題に言及することが少なくなった。
 北京の共産党関係者は論文について「二正面作戦を避け、南シナ海に集中したい習指導部の考えを反映している可能性もある」と指摘した。

●産経新聞 平成27年10月21日

http://www.sankei.com/column/news/151021/clm1510210009-n1.html
2015.10.21 11:00更新
【湯浅博の世界読解】
「南シナ」で後れとれば米は失墜

 米海軍の艦船と航空機はいつ、中国がつくる南シナ海の人工島周辺12カイリ以内に入るのか。今月9日付の英紙フィナンシャル・タイムズが、米艦船は中国が領有権を主張している海域に「2週間以内に入る」と報じて以来、沿岸国の緊張が続いている。
 ちょうど先週末からは、インド洋で日米印の3カ国海軍が軍事演習を展開した。3カ国は19日まで、艦艇や航空機を使って敵の潜水艦を追跡する訓練を行った。3カ国の海軍幹部は記者団に、特定の国名を避けながら「世界中で『航行の自由』を確保するのが狙いだ」と説明した。
 米国による南シナ海への兵力投入は、文字通り「航行の自由」作戦と呼ばれ、幹部らの発言は中国が念頭にあることを示す。中国は南シナ海でいくつもの岩礁を埋め立て、3千メートル級の滑走路を持つ人工島を出現させている。
 南シナ海は資源が豊富な上に、世界の海上貿易の半分が通過する。習近平国家主席は中国が南シナ海を一度も支配したことがないのに、先の米中首脳会談で「南シナ海の島々は古代から中国の領土だった」と他国の関与を退けた。
 中国は南シナ海から中東湾岸へ抜けるインド洋でも、脅威を振りまく。インドのモディ政権は、中国が沿岸国に「一帯一路」を名目に、経済援助で近隣国に影響力を増していることに不満を抱く。中国からの投資は歓迎でも、ユーラシア地域で彼らが突出することは望まない。
 フィナンシャル・タイムズ紙は、「インドにとって、中国の欧州に向けたシルクロード再開や、インド洋への進出はインド包囲網に感じられる」のだと指摘する。
 すでに中印は1962年に軍事衝突しており、昨年はヒマラヤの国境付近で2千人の陸軍兵力が対峙(たいじ)した。にらみ合いは、習近平主席の訪印とほぼ同時に発生している。モディ首相が昨年、日本を訪れた際に、暗に中国を指して「拡張主義的な志向」を非難したのもうなずける。
 中国の地域的な野望が、モディ政権をして「インド太平洋戦略」へと押しやり「対米軸足移動」につながっているという。さらに、非同盟国家だったインドは、日豪やベトナム、フィリピン、インドネシアなどとの新たな関係強化も模索している。
 オバマ米大統領は米中衝突を過度に恐れるあまり、口で「アジア回帰」を語りながら、沿岸国の期待に応えてこなかった。中国にためらうあまり、常態の航行であるべき「航行の自由」を議論の的にしてしまった。米国内には、日本とオーストラリア、フィリピン、ベトナム、シンガポールからなる合同海洋パトロールをすべきだとの声があがる。これにインドが参加する可能性もでてきた。
 しかし、オバマ政権はそれを待つことなく現状の決定を実行すべきであろう。とかく弱腰を非難される同政権は、ウクライナやシリアへの対処でも後れをとった。習主席訪米前に「サイバー乱用で中国に制裁する」と言ったがやらず、相互に企業秘密を搾取しないとの合意にとどまった。
 南シナ海で「航行の自由」作戦が不発に終われば、中国やロシアが一挙に拡張主義を加速させ、逆にアジア沿岸国の失望が重なる。米国の失墜は世界に拡散して、世界は指導国のない「Gゼロ」のまま新しい冷戦を迎えよう。(東京特派員)

●産経新聞 平成27年10月27日

http://www.sankei.com/world/news/151027/wor1510270031-n1.html
2015.10.27 12:45更新
米海軍、イージス艦「ラッセン」を南シナ海・人工島12カイリ内に派遣 中国は猛反発「軽挙妄動すべきでない」

 【ワシントン=青木伸行】米国防当局者は26日(米東部時間)、米海軍が横須賀基地所属のイージス駆逐艦「ラッセン」を、南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)諸島で中国が建設している人工島の12カイリ(約22キロ)内に26日夜(日本時間27日午前)、派遣したことを明らかにした。複数の米メディアなどが報じた。中国は強く反発しており、緊張が高まることは必至だ。
 12カイリ内への派遣は「航行の自由作戦」と名付けられ、米CNNテレビによると、当局者は作戦が完了したとしている。ラッセンの哨戒行動は、日米関係筋も確認した。
 ロイター通信は、哨戒機P8AとP3が同行した可能性にも言及しており、そうであれば12カイリ内の上空での飛行活動も実施されたことになる。
 ラッセンなどの派遣先は、滑走路の建設が進むスービ(渚碧)礁とミスチーフ(美済)礁としている。
 国防総省によると、中国が実効支配する岩礁の12カイリ内における米軍の活動は、2012年以来。人工島の造成後は初めてで、12カイリ内での航行は、人工島と周辺海域を中国の「領土、領海」とは認めないという米国の姿勢を示威行動で示し、強く牽制(けんせい)するものだ。
 これに先立ち国防総省のデービス報道部長は26日の記者会見で、「海洋権益を過度に主張する国(中国)に対抗する」と強調し、スプラトリー諸島周辺海域での米軍の活動について、中国へ通告する義務はないとの認識を示していた。
 カーター国防長官もこれまでに「米軍は航行の自由を確保するため、世界のあらゆる場所で活動し、南シナ海も例外ではない」と、派遣をためらわない考えを示していた。
 国防総省は5月ごろから12カイリ内での航行を検討しオバマ大統領に進言。オバマ氏は自制してきたが、今月に入り承認し、中国を除く関係各国に派遣方針を伝達していた。
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人権218~人権の国際的保障の萌芽

2015-10-28 08:47:28 | 人権
●人権の国際的保障の萌芽

 国際連盟では、欧米中心に国際平和を維持しようという取り組みがされる一方、人権を国際的に保障しようとする動きが現れた。
 国際連盟規約は、国際の平和と安全の維持に関する条項を置くとともに、人道的、社会的、経済的な国際協力に関する条項を設けた。加盟国は、男女及び児童のために公平で人道的な労働条件を確保することに努め、このために必要な国際機関を設立・維持すること、自国管轄内の土着住民に対して公正な待遇を確保すること、婦人及び児童の売買に関する取極めの実行について一般的な監視を連盟に委託することが規定された。しかし、また先に書いたとおり、人種差別の廃止も規定されなかった。また人権の保護に関する規定や少数者の保護に関する規定も盛り込まれなかった。
 国際的人権保障に係る動きとしては、少数民族保護条約、国際労働機関の設立、不戦条約等が挙げられる。
 第1次大戦の主な連合国は、国内の少数者の権利を定め、これらを国際機関の保護の下に置くことで、少数者問題を口実に隣国が国内問題に干渉することを回避しようとした。そこで締結されたのが、少数民族保護条約である。少数者保護制度は敗戦国に対する戦後処理の一貫として、中・東欧地域に誕生した新国家または独立回復国並びに敗戦諸国など限られた国に対して適用されるように作られた制度である。
 すなわち、少数民族の保護は、戦勝国によるヴェルサイユ体制の維持を目的として行われたものであり、少数者民族を保護の対象とするのではなく、少数者問題が発端となって再び欧州の安定秩序が揺るがされないようにするための制度だった。またヨーロッパという地域に限定されていた。連盟規約には少数者の保護に関する規定が設けられなかったので、少数者保護は新たな国家の独立の承認や連盟加盟の条件とした。
 このように、戦勝国及びヨーロッパ中心のものではあったが、国家を超えた国際機関による監視制度を導入した点で、後の国際人権保障制度の樹立に影響を与えた。
 次に、国際労働機関(ILO)は、1919年に国際連盟の一機関として設立された。第1次世界大戦後、国際の平和・協調を危うくするような労働状態の改善は急務だった。1917年ロシア革命の勃発により、社会主義革命の防止のため、労働問題への国際的な取り組みが必要となり、ILOの誕生を促す一つの歴史的要因となった。また激しい国際経済競争の中で、労働条件を低く押さえることによって自国の産品を有利な条件下に置こうとするソーシャル・ダンピングを抑制することが、公正な国際経済秩序を維持するために必要となった。
 ILOは、労働は商品ではないこと、表現及び結社の自由は不断の進歩のために不可欠であること等を根本原則とした。そして労働時間、女性や児童労働の最低年齢及び母性の保護を含む労働条件、強制労働の禁止等に関する国際労働立法を行った。またILOの労働条約勧告制度も国際機関による監視制度であり、国際人権保障制度の樹立に影響を与えた。
 わが国は1919年にILOに加盟し、33年に国際連盟を脱退するまで加盟していた。ILOは第2次大戦後、「連合国=国際連合」の専門機関となった。
 次に、1928年にパリで、仏外相ブリアンの提唱を受けた米国務長官ケロッグの呼びかけにより、不戦条約が調印された。初めは15か国が加盟した。この条約は国際紛争の解決はすべて平和的手段によるものとし、一切の武力使用禁止を約した。
 西欧では17世紀から国際法が発達したが、戦時に関する条約としては、第1次世界大戦前から、人道的見地から戦闘方法を規制し、あるいは戦闘外に置かれた個人を人道的に取り扱うことを求める戦争法規が発達した。1899年に国際紛争の平和的処理に関する条約が成立し、1907年には戦争の惨害を軍事上の必要の許す限り軽減することを目指し、戦闘手段や方法及び中立法を規定する陸戦法規が成立した。これらをハーグ法という。また、1929年には捕虜となった者に対する人道的待遇や文民の保護等を定めた捕虜待遇条約等が成立した。こちらはジュネーブ法という。ハーグ法・ジュネ―ブ法を総称して戦時国際法という。
 不戦条約は、これらに比べ、国策の具としての戦争放棄を約した最初の条約として大きな意義がある。だが、各国が行う戦争が侵攻戦争か自衛戦争かを解釈する権利はその国にあることを認め、制裁条項もなかった。そのため、世界恐慌に続く1930年代以降の国際情勢の悪化に対処し得なかった。
 少数民族保護条約、国際労働機関の設立、不戦条約等は、人権の国際的保障の萌芽となった。ただし、その萌芽が成長するのは、第2次世界大戦という第1次大戦に遥かに勝る惨事を経てのことだった。

 次回に続く。
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山場に来た人民元のSDR通貨認定~田村秀男氏

2015-10-27 09:21:03 | 経済
 10月26日付のロイター通信の記事によると、国際通貨基金(IMF)は中国の通貨・人民元を11月中にも、特別引き出し権(SDR)と呼ぶ準備通貨に採用する方針を固めた。IMF関係者は人民元のSDR採用について好意的な結論を盛り込んだ報告書原案をまとめたという。IMFは早ければ11月下旬にも理事会を開き、人民元をSDRに採用する可否を正式に決めるようである。人民元をSDRに採用する最終的な決定はIMFの理事会が行い、総議決権の7割以上の賛成が必要。正式に採用が決まれば、来年10月にも人民元がSDRに組み入れられるとみられる。
 本ブログで紹介してきたように、エコノミストの田村秀男氏は、SDR通貨認定を阻止すべきだという意見を一貫して主張している。
 中国は、IMFに対して人民元を国際準備通貨に認定させようとしてきた。田村氏は、次のように見る。「習政権はアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立に続いて、人民元を国際通貨基金(IMF)の仮想通貨『SDR(特別引き出し権)』の構成通貨組み込みを狙う。元がドル、ユーロ、円、英ポンドと同じ国際準備通貨となると、元での貿易や投融資が世界で受け入れられやすくなり、対外的影響力がぐっと増す。AIIBもドルに頼らなくても済む」と。IMFが元を自由利用可能通貨として認定した場合、元はIMFが持つ合成通貨「SDR(特別引き出し権)」を構成する主要国際通貨の一角に組み込まれることになる。そうなれば、人民元の信用力が高まり、金融による覇権の実現に近づく。 中国は人民元の国際準備通貨認定という野望に燃えている。その実現のために、金融市場の対外開放を進めた。それが、上海株式市場の空前の好況を生んだが、その株バブルは破裂した。中国はIMFに対して通貨の変動に関する柔軟な姿勢を見せるため、人民を切り下げた。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/5bc94b1c954244ed55f22b9e51c5c55f
 田村氏はそもそも「元にSDR通貨の資格はあるのか」と問うている。 田村氏は、その資格はないと断じる。不適格である第一の理由は、「人民元の正体とはしょせんドルのコピーである」「中国人民銀行はドルの増量に合わせて元を発行している」「コピー通貨が、変動相場制であるユーロ、円やポンドと対等の国際準備・決済用通貨であるはずがない」という。また、第二の理由は「中国は管理変動相場を堅持するために、上海などの金融市場への外からの資本流入を厳しく規制している」「ロンドン市場などでの元取引は中国系銀行が介在し、元マネーの大部分を本国に還流させるようにしている」「国際的に自由に流通する元建ての金融資産の規模も種類も限られる。そんな通貨が『国際利用可能通貨』と定義されるなら、他の国だって通貨の自由変動相場を見直し、金融市場を規制してもよい、ということになる」という。 そこで田村氏は、IMF最大のスポンサーである日本は、人民元の国際準備通貨認定という中国の野望を阻止すべきだと主張している。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/5bc94b1c954244ed55f22b9e51c5c55f

 さて、本件につき、田村氏は産経新聞9月28日付に、次のように書いた。
 「習近平中国共産党総書記・国家主席は今回の訪米を通じて、人民元の国際通貨認定にすさまじい執念を見せた。国際金融の総本山、国際通貨基金(IMF)に元を国際通貨として認定させ、自前でふんだんに刷れる元を世界のどこでも使えるようにする道を付け、党指令の経済体制の延命を図る。IMFで拒否権を持つ米国の出方が鍵になるが、習主席は実利をちらつかせて、ワシントンを篭絡(ろうらく)する戦術を展開している」
 訪米とは、9月下旬に行われたたもので、米財界人・投資家等との集会。オバマ大統領との首脳会談や国連総会での演説等が行われた。
 田村氏は言う。「習政権は6月の上海株暴落以降、党・政府指令による経済支配を強化している。元が国際的に自由利用可能な通貨というSDR条件とは真逆である。8月には、上海市場の統制を当面は容認すると同時に、元をより大きく市場実勢を反映させる改革案を示せば、元を来年9月からSDR通貨に加えてもよい、というシグナルを送った。市場自由化をうたいながら小出しの自由化でよしとする、国際社会でよくありがちな対中国だけの二重基準である。ワシントンの甘さにつけ入るすきを見逃さない。習主席の訪米時の発言は強気一辺倒だった」と。
 そして、次のように主張している。「瀬戸際の中国金融を救うのは、元の国際通貨化しかないと習政権は必死だろうが、半端な金融自由化、元の小幅変動は国際金融市場を不安定にさせる。オバマ政権とIMFが安易に妥協しないよう、安倍晋三政権はしっかりとチェックすべきだ」と。
 以前にも書いたが、私は、人民元を国際準備通貨に認定することは、中国経済危機の世界的な波及を拡大する恐れが高いので、やめるべきだと思う。通貨はその国の経済の実力を表す。中国経済は、土台が既に崩れ始めている。土台の崩壊はまだ始まったばかりである。そういう国の通貨を国際準備通貨に加えることは、世界経済を大いに不安定にすることになるだろう。IMF及びIMFを金融による世界支配の手段としている巨大国際金融資本家たちは、共産中国への幻想から目覚め、シナを舞台とした強欲のギャンブルを止めるべきである。
 以下は、田村氏の記事の全文。

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●産経新聞 平成27年9月27日

http://www.sankei.com/world/news/150927/wor1509270005-n1.html
2015.9.27 11:00更新
【日曜経済講座】
人民元のSDR通貨認定ヤマ場に 瀬戸際の中国金融にワシントンの二重基準 編集委員・田村秀男

 習近平中国共産党総書記・国家主席は今回の訪米を通じて、人民元の国際通貨認定にすさまじい執念を見せた。国際金融の総本山、国際通貨基金(IMF)に元を国際通貨として認定させ、自前でふんだんに刷れる元を世界のどこでも使えるようにする道を付け、党指令の経済体制の延命を図る。IMFで拒否権を持つ米国の出方が鍵になるが、習主席は実利をちらつかせて、ワシントンを篭絡(ろうらく)する戦術を展開している。
 元が国際通貨になるためには、ドル、ユーロ、円、ポンドと同様、IMFの仮想合成通貨、特別引き出し権(SDR)に組み込まれる必要がある。最終的にはワシントンの政治判断次第だ。
 エピソードを紹介しよう。
 2001年1月に発足したブッシュ共和党政権はクリントン前民主党政権の露骨なばかりの親中国路線を撤回し、発足当時は強硬姿勢をあらわにしたが、中国市場重視の米産業界やウォール街から修正を求める声が出る。
 そこで北京に飛んだのはオニール財務長官(当時)で、「9・11」同時中枢テロの前日、10日にオニール氏は人民大会堂で江沢民国家主席(同)らと会談。ドルに固定している人民元制度の改革を求めるオニール氏に対し、中国側は「いずれ変動させるとしても、幅はちょっとだけで」と。オニール氏は「しょせん中国はまだ統制経済だ。市場資本主義の力に任せると中国は分裂してしまう」と内心思った。
 そこで、オニール、江の両氏は口をそろえて言った。「忍耐強くしましょう、そして一緒にやりましょう」(オニール氏の回想録『The PRICE of LOYALTY(忠誠の代償)』)。以来、共和、民主両党の政権とも中国と「戦略対話」を繰り返し、北京が元をわずかに変動させる管理変動相場制を容認してきた。
 1998年のアジア通貨危機当時、インドネシアのスハルト政権に政府介入を撤廃させ、崩壊に追い込んだ市場原理主義のIMFも中国に対しては柔軟だ。
 習政権は6月の上海株暴落以降、党・政府指令による経済支配を強化している。元が国際的に自由利用可能な通貨というSDR条件とは真逆である。8月には、上海市場の統制を当面は容認すると同時に、元をより大きく市場実勢を反映させる改革案を示せば、元を来年9月からSDR通貨に加えてもよい、というシグナルを送った。市場自由化をうたいながら小出しの自由化でよしとする、国際社会でよくありがちな対中国だけの二重基準である。
 ワシントンの甘さにつけ入るすきを見逃さない。習主席の訪米時の発言は強気一辺倒だった。
 「中国は輸出刺激のための切り下げはしない。元を市場原理により大きく委ねていく改革の方向性は変わらない」
 「中国政府は市場安定策を講じて市場のパニックを抑制した。今や中国の株式市場は自律回復と自律調整の段階に達した」
 「外貨準備は潤沢であり、国際的な基準では依然、高水準にある」
 「人民元国際化に伴って、外貨準備が増減することは極めて正常であり、これに過剰反応する必要はない」
 さすがと言うべきか、中国伝統の黒を白と言いくるめてみせるレトリックである。
 8月11日の元切り下げは過剰設備の重圧にあえぐ国有企業が背後にあるが、4%台半ばの元安にとどめざるをえなかったのは、資本逃避が加速したためだ。元相場を市場実勢に反映させると言うなら、外国為替市場への介入を抑制すべきなのだが、実際には元買い介入によって元の暴落を食い止めるのに躍起となっている。株式市場は自律的に回復しているというが、当局が市場取引を制限しているために、上海株の売買代金は6月のピーク時の4分の1まで雌伏したままだ。
 外準減少が正常、というのも詭弁(きべん)である。資金流出は加速、元買い介入のために外準を大幅に取り崩す。国内の資金不足を背景に対外債務は膨張を続け、「高水準の外準」を大きく上回る。外からの借金で外準を維持しているのだが、逃げ足の速い華僑・華人が引き上げると外準は底をつくだろう。(グラフ参照)



 瀬戸際の中国金融を救うのは、元の国際通貨化しかないと習政権は必死だろうが、半端な金融自由化、元の小幅変動は国際金融市場を不安定にさせる。オバマ政権とIMFが安易に妥協しないよう、安倍晋三政権はしっかりとチェックすべきだ。IMFのSDR判定期限は11月中という。
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人権217~国際連盟と人種差別・民族紛争の継続

2015-10-26 10:02:27 | 人権
●国際連盟と人種差別・民族紛争の継続

 第1次世界大戦後の混乱を収拾するため、1919年1月から連合国によるパリ講和会議が開かれた。講和会議を通じて、国際連盟が設立された。国際連盟は国際平和の維持と多方面にわたる国際協力を目的とし、紛争処理手続や主権侵犯国に対する制裁行動等を規定した。国際連盟の設立には、カントの永遠平和論が思想的な影響を与えた。国際連盟は、ヨーロッパが世界大戦の主要舞台となり、キリスト教の諸国・諸民族が殺戮・破壊を繰り広げた大戦争の後に、平和維持のための機関として作られた。だが、戦後世界の秩序維持にはほとんど役立たず、むしろ新たな大戦の原因ともなった。
 講和会議で国際連盟の設立を提案したのは、アメリカ合衆国のウィルソン大統領だった。ウィルソンは、国際連盟の設立のほか、秘密外交の廃止や軍備縮小、民族自決等を唱える「14か条の平和原則」を提案した。しかし、英仏はドイツへの報復を主張し、平和原則は実現を阻まれた。採用されたのは、国際連盟の設立のみだった。その提案も、自国の議会の反対を受けたため、ウィルソンはアメリカの国際連盟加入を実現できなかった。
 ここで特筆すべきことがある。パリ講和会議において、わが国が画期的な提案をしたことである。日本代表・牧野伸顕は、人種差別を廃止する人種平等案を規約に盛り込む提案をした。当時、アメリカに移民した日本人は、この自由の国で、人種差別を受けていた。日本政府は、そうした人種差別の廃止を望んだのである。アメリカの黒人をはじめ、世界各国の有色人種が、日本の提案を歓迎し希望を抱いた。
 講和会議において、日本は提案に関する採決を求め、挙手が行われた。賛成が11、反対が5。多数決の原則によれば、可決のはずである。しかし、議長のウィルソンは、全会一致でないので提案は否決とした。「このような重要な問題は、全員が賛成しなければ認められない」というのである。もし人種平等案が国際連盟の規約の中に盛り込まれたら、アメリカ国内の人種問題が激化することを、ウィルソンは恐れたのである。実現しなかったとはいえ、有色人種で初めて近代化を成し遂げた日本が、人種差別を廃止する人種平等案を提案した意義は大きい。
 当時近代世界システムの周辺部では、植民地の住民たちがパリ講和会議で、民族自決の要求が実現することを期待していた。しかし、宗主国は植民地の独立要求を無視した。独立要求を無視された植民地では、各地で民族主義運動が起こった。朝鮮の3・1運動、中国の5・4運動、エジプトのワフド党による反英運動、インドのガンディーの非暴力抵抗運動などである。ヴェルサイユ体制は、こうした有色人種のナショナリズムを抑圧するものだった。その一方、白人種の住む東欧諸国だけは、民族自決の原則が適用された。ここにも人種差別がはっきりと見られる。言い換えれば、有色人種に対しては、民族自決という「人間的な権利」を抑圧したのである。植民地諸民族にとって、人民の自決権の獲得は、白人種によって奪われた統治権の回復だった。
 国際連盟は、国際平和を維持する方法として信託委任統治制度を創始した。だが、その実態はドイツの旧植民地やオスマン帝国等の領土を、国際連盟の委任統治領という形で戦勝国の間で分配するものだった。
 大戦後、ドイツ、オーストリア、ロシアの各帝国が崩壊し、ポーランド、チェコスロヴァキア、バルト三国、ユーゴスラビア等の諸国が誕生した。白人種であることで民族自決の原則が適用されたとはいえ、東欧は民族分布が複雑で、国民国家の形成は困難を極めた。これらの地域にはドイツ系住民が多数居住しており、民族紛争の火種となる可能性があった。ドイツでナチスが台頭すると、これらの国々は、ドイツ系住民の保護を理由に掲げるヒトラーによって、併合または侵攻されることになる。民族自決権を得ても、それを守る実力を持たなければ、集団の権利は剥奪され、個人の権利は喪失するのである。

 次回に続く。
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産経・加藤元ソウル支局長の不当裁判に抗議する

2015-10-25 09:29:09 | 時事
 10月19日、ソウル中央地裁で、韓国の朴槿恵大統領の名誉をコラムで傷つけたとして在宅起訴された産経新聞の加藤達也前ソウル支局長に対する第10回公判が開かれ、検察側は、懲役1年6月を求刑した。今後、弁護側による最終弁論や、加藤前支局長の最終意見陳述が行われ、結審する見通しであり、来月に行われる次回公判で判決が言い渡される予定である。
 日韓の間での報道の自由を巡る裁判のきっかけは、昨年4月16日、304人の死者・行方不明者を出したセウォル号沈没事故である。事故への対応に関して、被害者家族をはじめ国民多数が韓国当局に非難の声を挙げた。とりわけ朴槿恵大統領の責任が追及された。
 韓国大手紙、朝鮮日報は、昨年7月18日付のコラム「大統領をめぐる噂」で、沈没事故当日、7時間にわたり誰も朴大統領に対面報告をしていない、世間では「大統領は某所で秘線と一緒にいた」との噂が作られた、その噂に大統領側近の鄭(チョン)ユンフェ氏が出てくることを書いた。
 この記事を引用したコラムを書いたのが、産経新聞ソウル支局長(当時)の加藤達也氏である。加藤氏は、昨年8月3日、「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」と出したコラムを書き、産経新聞ウェブサイトに掲載された。加藤氏のコラムは、朝鮮日報の記事を引用し、朴大統領の所在が分からなかったとされる7時間がある、その間に、大統領が元側近の鄭氏と会っていたとの噂がある、そのような真偽不明の噂が取り沙汰されるほど、朴政権のレームダック(死に体)化は進んでいるようだという内容を書いた。
 これを問題視した韓国の右翼団体リーダーらが朴大統領への名誉毀損で加藤氏を告発した。告発を受け、ソウル中央地検は昨年8月7日に加藤氏の出国を禁止し、昨年10月8日、「朴大統領を誹謗(ひぼう)する目的で虚偽事実を広めた」として、情報通信網法における名誉毀損で在宅起訴した。これと対照的に、元になった朝鮮日報のコラムを書いた韓国人記者は不問に付されており、韓国検察は不公正な姿勢を露わにしている。
 加藤氏が問われているのは、情報通信網法における名誉毀損である。韓国では、他人を誹謗する目的によりインターネットを通じて虚偽の事実を広め、名誉を傷付けた場合、7年以下の懲役、10年以下の資格停止または5千万ウォン(約530万円)以下の罰金を科すと定められている。
 本年10月19日の裁判では、検察側の論告求刑に先立ち、加藤前支局長に対する被告人質問が行われた。
 弁護側が「朴槿恵大統領の噂を取り上げたコラムの目的は」と質問したのに対し、加藤氏は「大統領や首相は公人中の公人。日本の国民はその朴大統領に非常に関心をもっている」「重大な関心事である朴大統領の情報を分析し、解説するという公益性のために書いたものだ」と答えた。
 検察側は、被告人質問及び論告求刑において、「虚偽と知りながら、朴槿恵大統領をめぐる男女関係をことさら報じた」と強調する一方、加藤前支局長が訴えてきた「記事の公益性」をめぐる論証はほとんど行われなかった。また、検察側は、コラムが掲載されたのが韓国大統領府から産経新聞社が出入り禁止を通告された後であることから、「抗議のために誹謗記事を書いた」とも主張した。
 検察側は「男女関係があったか否かはプライバシー侵害と思わなかったのか」と質問し、加藤氏は「男女関係とは書いていない。大統領は公人中の公人で、読者が非常に高い関心を持っている」と答えた。また、大統領を「誹謗・中傷する意図は全くなかった」と証言した。論告では、検察側は「(加藤)被告は男女関係は虚偽と知っていた」と断じた上で、「セウォル号事故とは関係なく、報じる必要のない男女関係」をことさら取り上げており、「誹謗する目的は明らかだ」と強調した。
 検察側は「被害者は強い処罰を求めているが」と質問し、加藤氏は「朴大統領が強い処罰を求めていると初めて聞き、驚いている」と答えた。この最後の質問は、異例のものである。朴大統領自身は、処罰感情について公の場で明言していない。加藤前支局長も「朴大統領の処罰感情について初めて聞いて驚いている」と答えた。もし大統領本人が名誉棄損と感じているなら、本人が告訴すべきところであり、加藤氏は告訴が朴大統領自身によるものでないことに疑問を呈した。
 韓国の一部には、この裁判への疑問の声があり、大統領の意向に沿うよう強引な起訴を行ったとして、検察当局に対する批判も出ていると報じられる。だが、現在の韓国は、民主主義の根幹となる報道の自由、表現の自由が大統領の個人的な感情によって規制され、大統領の意思に従って検察が恣意的な起訴を行うような国家なのである。
 このたびの韓国検察当局の懲役1年6月の求刑に対し、産経新聞社は10月21日の「主張」(社説)で社としての見解を述べ、韓国検察に起訴の撤回を求めるとともに、韓国司法に独立性と矜持を示すように訴えている。以下にその全文を掲載する。

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●産経新聞 平成27年10月21日

http://www.sankei.com/column/news/151021/clm1510210002-n1.html
2015.10.21 05:02更新
【主張】
前支局長に求刑 韓国司法は正常な判断を 民主国家の真贋が問われる

 韓国の朴槿恵大統領に関するコラムをめぐり、名誉毀損(きそん)で在宅起訴された産経新聞の加藤達也前ソウル支局長に対する裁判で、韓国検察当局は「コラムは誹謗(ひぼう)目的で書かれた」などとして、懲役1年6月を求刑した。
 産経新聞はこの問題で、一貫して起訴の撤回を求めてきた。
 公人中の公人である大統領に対する論評が名誉毀損に当たるなら、そこに民主主義の根幹をなす報道、表現の自由があるとはいえない。報道に対して公権力の行使で対処する起訴そのものに、正当性はなかった。憲法で言論の自由を保障している民主国家のありようとは、遠くかけ離れている。

≪異様な状態に終止符を≫
 日本新聞協会や国境なき記者団など内外の報道団体や国際機関からも、批判は相次いでいた。そうしたなかでついに論告求刑に至ったことは、極めて残念だ。重ねて11月26日の判決当日までに、起訴を撤回するよう求めたい。
 とはいえ、韓国の検察側に起訴を撤回する考えは全くないようだ。
 そうであるなら、ここは韓国司法の正念場である。大統領府や政権の意向におもねることなく、法治国家における司法の独立性や矜持(きょうじ)を世界に示す絶好の機会ととらえてほしい。
 韓国という国家は、自由と民主主義、法の支配といった価値観を共有するグループに属する。そう胸を張ることができる判断を、司法当局が毅然(きぜん)として下す。判決公判が、そのような場になることを期待する。
 問題とされたコラムは、旅客船「セウォル号」沈没事故当日の朴大統領の所在が明確でなかったことの顛末(てんまつ)について、韓国紙の記事などを紹介し、これに論評を加えたものだ。
 加藤前支局長は最終意見陳述でも「大惨事の当日の朴大統領の動静は関心事であり、韓国社会において朴大統領をめぐる噂が流れたという事実も、特派員として伝えるべき事柄であると考えた」などと述べた。当然である。
 これに対し検察側は論告求刑でコラムを「誹謗目的」と断じ、その動機を「別の報道が原因で大統領府から出入りを禁じられており、抗議の意味で報道したと考えられる」とした。これは、明らかな言いがかりだ。
 また検察側は被告人質問で唐突に「被害者は強い処罰を求めている」と述べた。
 「被害者」とは、朴大統領のことである。加藤前支局長は「初めて聞き、驚いている」「被害者に名誉を毀損されたとの自覚があるのなら、本人自ら訴えてほしい」と答えた。
 加藤前支局長を告発したのは韓国の政治団体のリーダーであり、朴大統領自身はこれまで一度も、公の場で被害感情や処罰意思について明らかにしていない。被害者による被害感情の明示がないまま求刑公判を迎えたこと自体、異様な名誉毀損裁判といえる。
 加藤前支局長に対する出国禁止措置は今年4月まで、8カ月を超えた。ソウル中央地裁の公判では傍聴席から怒声が飛び、廷外では暴漢グループに卵を投げつけられ、車が傷つけられた。警官や警備員はこれを傍観した。
 産経新聞のソウル支局前では、威圧的な抗議デモや集会が一時は連日のように繰り返された。およそ民主国家にはふさわしくない光景が繰り広げられてきた。
 異様で異常な状態に、そろそろ終止符を打ってほしい。
 外務省は今年3月、韓国との関係を紹介するホームページから「基本的な価値を共有する」との文言を削除した。

≪「普遍的価値」の共有を≫
 共有できなくなった基本的な価値とは、「法の支配」「言論、報道の自由」のことだろう。加藤前支局長への起訴や出国禁止措置が外務省の判断に影響したものとみられる。
 11月はじめに予定される日韓首脳会談でも、この裁判への言及があるだろう。朴大統領には「司法の場に委ねている」といった従来通りの口上は許されない。
 求刑公判で検察側が「被害者の強い処罰意思」を明らかにした以上、公人である大統領として、本当に報道に対して強い処罰を求めているのか、自ら明らかにする必要がある。
 民主国家の最高指導者としてとるべき行動は何か。ぜひ再考してほしい。
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人権216~世界大戦と人権の変動

2015-10-24 07:39:05 | 人権
●世界大戦と人権の変動

 第2部では、西欧の中世・近代から20世紀のはじめにかけて、主権・民権との関係で人権の歴史を書き、近代西欧発の人権思想史について書いた。人権は、西欧において、「人間的な権利」として、歴史的・社会的・文化的に発達してきた。だが、20世紀に入り、世界規模の戦争や革命、恐慌、環境破壊等が発生する時代になって、「発達する人間的な権利」は、深刻な課題に直面することになった。第3部では、これまで書いた人権の歴史と人権の思想史を踏まえて、20世紀初頭以降の人権をめぐる歴史と人権の発達を述べたうえで、人権の現状と課題について書く。
 19世紀後半から20世紀のはじめにかけての世界は、帝国主義の時代となり、先進国のイギリスと後進国のドイツの対立を中心に国家間の植民地争奪戦が世界各地で展開された。1800年の時点では、欧米諸国は地球の陸地の35%を支配したに過ぎなかったが、1914年になると実に84%がその支配下に入っていた。激化した列強の勢力争いは、第1次世界大戦へとエスカレートしていった。
 戦争は、集団と集団の意志のぶつかり合いである。実力行使による権力と権力の衝突である。国民の権利は、戦争によって拡大されもし、または制限されもする。一方の集団における権利・の獲得・伸長は、他方の集団における権利の抑圧・喪失となる。個人の権利は、所属する集団の状況に大きく左右される。人権は、世界規模の戦争において、最大の変動を示す。
 英仏と独の戦いを中心として欧州を主戦場とする戦争は、誰もの予想を裏切って長期化した。国民全体の協力体制を必要とする史上初の総力戦となり、女性や植民地の住民までもが動員された。社会主義者の多くも自国の戦争に賛同したので、各国で挙国一致体制が成立した。莫大な人員と物量が戦場に投入されることにより、犠牲者の数は飛躍的に増大した。機関銃、毒ガス、戦車、飛行機などの新兵器が開発され、戦い方が大きく変化した。しかし、果てしない消耗戦が続くと、各国の国民の間に厭戦気分が広がった。1917年ドイツは西部戦線で最後の攻勢に出たが、アメリカの参戦後、戦局を打開できず、国内の政情は悪化した。4月ドイツ革命が起こり、ヴィルヘルム2世が退位し、休戦条約が結ばれた。
 第1次世界大戦によって、ヨーロッパは疲弊した。終戦の年、オズワルド・シュペングラーが『西洋の没落』を刊行した。その書名が象徴するように、西洋文明は衰亡の兆しを示した。戦争の悲惨は、キリスト教的な価値観に揺らぎをもたらした。啓蒙や進歩を無条件によしとする思想に、懐疑が生まれた。欧州列強による近代世界システムの支配は揺らぎ出した。米国が躍進し、欧州中心的な見方が相対化されはじめた。
 第1次世界大戦の期間から戦後にかけて、近代世界システムの中核部では、覇権国家がイギリスからアメリカに移動した。半周辺部では、東方正教文明の中心であるロシア帝国で革命が起こり、共産主義国家が初めて実現した。周辺部の諸文明では、植民地・従属国でナショナリズムが勃興し、独立運動が広がった。
 第1次大戦後、人権の歴史における新たな展開が生まれた。人権に関する主な動きとして、国際連盟の設立とその人権に関する取り組み、ロシア革命と社会主義における人権の抑圧、ドイツ・ワイマール憲法における社会権の規定、シオニズムとナショナリズム、世界恐慌と失業者の権利問題、ナチスによるユダヤ人の迫害がある。次項からこれらについて、書きたい。

 次回に続く。
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「人権――その起源と目標」第2部に思想篇を追加

2015-10-23 09:36:31 | 人権
 連載中の拙稿「人権――その起源と目標」は、第2部「人権の歴史と思想」の掲載を終えました。第2部前半の歴史篇は既にマイサイトに掲示していますが、これに思想篇をまとめて追加しました。
 通してお読みになりたい方は、下記のアドレスへどうぞ。第7章が追加した部分です。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion03i-2.htm
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「TPPは本当に国益になるのか」をアップ

2015-10-22 09:30:42 | 国際関係
  10月15日から20日にかけてブログとMIXに連載した拙稿をまとめて、マイサイトに掲載しました。通しでお読みになりたい方は、下記へどうぞ。

■TPPは本当に国益になるのか
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion13.htm
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