8月12日中国の天津で爆発事故が起こった。猛毒のシアン化ナトリウムをはじめ硝酸アンモニウム・硝酸カリウム・炭化カルシウム等が貯蔵されている危険物取り扱いの倉庫が爆発したものである。死者は100名以上と発表された。世界第4位の港湾がマヒ状態に陥った。爆発現場では、24トンまでしか保管できないと法律で規定されている危険物が、700トンも置かれていたらしい。あまりにもずさんな保安体制、国民に実態を隠そうとする政府の態度、工場関係者・消防士・周辺住民等の人権の軽視等を見て、中国に幻滅した人々は多いだろう。そのうえ、行方不明者が多数いるにもかかわらず、事故現場を巨大な公園にする計画が発表された。多数の死者ごと事故現場を埋めて隠蔽し、人々の記憶から消し去ろうとするものだろう。共産党が支配する中国は、GDP世界2位の経済大国になったとはいっても、政治、社会、国民の心性は、今も開発独裁の発展途上国と変わらない状態にある。
石平氏は、産経新聞8月27日付でこの事故を取り上げ、「この処理に際し、中央テレビや新華社、そして国務院と規律検査委の取った一連の行動には『一元的指導』のかけらも感じられない。むしろ、政権内部の乱れと習氏自身の統率力の欠如が露呈されている」と指摘している。
中央テレビ、新華社の行動というのは、中国中央テレビは現場に出動した北京公安消防総隊幹部の話として、「爆発が起きた付近の大気から神経ガスの成分が検出された」と伝えたのに対し、天津市環境保護局は「検出されていない」と否定し、さらに、新華社通信は専門家の話として「爆発現場では神経ガスは生成できない」と報じたこと。共産党宣伝部直轄の中央テレビが伝えた重要情報を、同じ宣伝部管轄下の新華社が否定し、打ち消すという「前代未聞の異常事態」が起きた。不都合な情報に対する隠蔽工作の疑いもある、と石氏は観測する。
国務院と規律検査委の行動とは、爆発事故直後に、国務院は「事故対応チーム」を編成し、楊棟梁・国家安全生産監督管理総局長をチーム責任者として現場に派遣した。楊氏は、17日まで現場で事故処理の指揮をとっていたが、ところが、18日になって共産党中央規律検査委員会が突如、現場で事故処理の指揮をとっていた楊氏について「重大な規律違反と違法行為で調査している」と発表し、楊氏はただちに現場から連れ去られ、拘束されたこと。石氏は、事故発生後、「国務院が彼を責任者として現場に派遣したということは、規律検査委の調査が中国政府の中枢であり、楊氏所属の国務院にすら知らされていないということ」である、と指摘する。
これら2件は、「政権内部の乱れと習氏自身の統率力の欠如」が露呈したものと石氏は、主張する。「成立から3年足らず。一時に強固な権力基盤を固めたかのように見える習近平体制は早くも綻びを見せて、転落への下り坂にさしかかっているようである」と石氏は、述べている。
以下は、記事の全文。
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●産経新聞 平成27年8月27日
http://www.sankei.com/column/news/150827/clm1508270009-n1.html
2015.8.27 12:50更新
【石平のChina Watch】
天津事故に見た習近平体制の綻び
中国発の株安が世界経済にパニックを引き起こした。中国経済の自壊が始まるなかで、私が注目したのが、今月12日に起きた天津市の大爆発事故の処理に当たっての政権側の混乱ぶりである。
たとえば「神経ガス検出」の一件、中国中央テレビは現場に出動した北京公安消防総隊幹部の話として、「爆発が起きた付近の大気から神経ガスの成分が検出された」と伝えたのに対し、天津市環境保護局は「検出されていない」と否定した。さらに、新華社通信は専門家の話として「爆発現場では神経ガスは生成できない」と報じた。
中央テレビの報道に対する天津市当局および新華社の否定と反論は、「不都合な情報」に対する隠蔽(いんぺい)工作の疑いもあるが、問題は「不都合な情報」であるなら、同じ政権側の中央テレビがなぜそれを出してしまったのか、である。結果的には共産党宣伝部直轄の中央テレビが伝えた重要情報を、同じ宣伝部管轄下の新華社が否定し、打ち消すという前代未聞の異常事態が起きたのである。
政権内部の乱れが見えてきた別の出来事もある。
爆発事故直後に、中国政府(国務院)は「事故対応チーム」を編成し、楊棟梁・国家安全生産監督管理総局長をチーム責任者として現場に派遣した。楊氏は天津市の副市長を長く務めた人物で国家の「安全生産」の総責任者だから、この人事は妥当と見るべきであろう。そして楊氏は実際、17日まで現場で事故処理の指揮をとっていた。
ところが18日になって共産党中央規律検査委員会は突如、楊氏に対し「重大な規律違反と違法行為で調査している」と発表した。楊氏はただちに現場から連れ去られ、拘束されたという。
規律検査委が楊氏の「違法行為」を調べているなら当然、天津事故以前から始まっているはずだ。つまり事故発生後、国務院が彼を責任者として現場に派遣したということは、規律検査委の調査が中国政府の中枢であり、楊氏所属の国務院にすら知らされていないということだ。
そして、事故処理の最中に現場の責任者をいきなり失脚させるとは、あたかも政府が急ぐ事故処理を、党の規律検査委が横から妨害しているようにも見える。
習近平国家主席が自ら「事故の迅速かつ円満な処理」を指示したにもかかわらず、規律検査委はなぜこのような唐突な「妨害行動」に出たのか。
真相は不明だが、少なくとも、「国家的危機」ともいうべき天津爆発事故への処理に当たって、党の機関と政府が歩調を合わせず、むしろバラバラになって互いを邪魔し合うような状況となっているのは明らかである。
共産党政権成立以来、何事に当たっても中央指導部の「一元的指導下」で党と政府、宣伝機関などが一枚岩となって行動することは「優良なる伝統」であった。習近平政権になって、習氏自身が指導部に対する全党幹部の「無条件従属」を求め、毛沢東並みの権限集中を図ってきたことも周知の事実である。
しかし、今回の天津爆発事故の処理に際し、中央テレビや新華社、そして国務院と規律検査委の取った一連の行動には「一元的指導」のかけらも感じられない。むしろ、政権内部の乱れと習氏自身の統率力の欠如が露呈されているだけである。
こうした中で、政権が全力を挙げて展開してきた「上海株防衛戦」も既に敗色濃厚となっている。習氏肝いりで政権の浮揚策としていた「9月3日反日行事」も世界の主要先進国からソッポを向かれそうな状況である。
成立から3年足らず。一時に強固な権力基盤を固めたかのように見える習近平体制は早くも綻(ほころ)びを見せて、転落への下り坂にさしかかっているようである。
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石平氏は、産経新聞8月27日付でこの事故を取り上げ、「この処理に際し、中央テレビや新華社、そして国務院と規律検査委の取った一連の行動には『一元的指導』のかけらも感じられない。むしろ、政権内部の乱れと習氏自身の統率力の欠如が露呈されている」と指摘している。
中央テレビ、新華社の行動というのは、中国中央テレビは現場に出動した北京公安消防総隊幹部の話として、「爆発が起きた付近の大気から神経ガスの成分が検出された」と伝えたのに対し、天津市環境保護局は「検出されていない」と否定し、さらに、新華社通信は専門家の話として「爆発現場では神経ガスは生成できない」と報じたこと。共産党宣伝部直轄の中央テレビが伝えた重要情報を、同じ宣伝部管轄下の新華社が否定し、打ち消すという「前代未聞の異常事態」が起きた。不都合な情報に対する隠蔽工作の疑いもある、と石氏は観測する。
国務院と規律検査委の行動とは、爆発事故直後に、国務院は「事故対応チーム」を編成し、楊棟梁・国家安全生産監督管理総局長をチーム責任者として現場に派遣した。楊氏は、17日まで現場で事故処理の指揮をとっていたが、ところが、18日になって共産党中央規律検査委員会が突如、現場で事故処理の指揮をとっていた楊氏について「重大な規律違反と違法行為で調査している」と発表し、楊氏はただちに現場から連れ去られ、拘束されたこと。石氏は、事故発生後、「国務院が彼を責任者として現場に派遣したということは、規律検査委の調査が中国政府の中枢であり、楊氏所属の国務院にすら知らされていないということ」である、と指摘する。
これら2件は、「政権内部の乱れと習氏自身の統率力の欠如」が露呈したものと石氏は、主張する。「成立から3年足らず。一時に強固な権力基盤を固めたかのように見える習近平体制は早くも綻びを見せて、転落への下り坂にさしかかっているようである」と石氏は、述べている。
以下は、記事の全文。
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●産経新聞 平成27年8月27日
http://www.sankei.com/column/news/150827/clm1508270009-n1.html
2015.8.27 12:50更新
【石平のChina Watch】
天津事故に見た習近平体制の綻び
中国発の株安が世界経済にパニックを引き起こした。中国経済の自壊が始まるなかで、私が注目したのが、今月12日に起きた天津市の大爆発事故の処理に当たっての政権側の混乱ぶりである。
たとえば「神経ガス検出」の一件、中国中央テレビは現場に出動した北京公安消防総隊幹部の話として、「爆発が起きた付近の大気から神経ガスの成分が検出された」と伝えたのに対し、天津市環境保護局は「検出されていない」と否定した。さらに、新華社通信は専門家の話として「爆発現場では神経ガスは生成できない」と報じた。
中央テレビの報道に対する天津市当局および新華社の否定と反論は、「不都合な情報」に対する隠蔽(いんぺい)工作の疑いもあるが、問題は「不都合な情報」であるなら、同じ政権側の中央テレビがなぜそれを出してしまったのか、である。結果的には共産党宣伝部直轄の中央テレビが伝えた重要情報を、同じ宣伝部管轄下の新華社が否定し、打ち消すという前代未聞の異常事態が起きたのである。
政権内部の乱れが見えてきた別の出来事もある。
爆発事故直後に、中国政府(国務院)は「事故対応チーム」を編成し、楊棟梁・国家安全生産監督管理総局長をチーム責任者として現場に派遣した。楊氏は天津市の副市長を長く務めた人物で国家の「安全生産」の総責任者だから、この人事は妥当と見るべきであろう。そして楊氏は実際、17日まで現場で事故処理の指揮をとっていた。
ところが18日になって共産党中央規律検査委員会は突如、楊氏に対し「重大な規律違反と違法行為で調査している」と発表した。楊氏はただちに現場から連れ去られ、拘束されたという。
規律検査委が楊氏の「違法行為」を調べているなら当然、天津事故以前から始まっているはずだ。つまり事故発生後、国務院が彼を責任者として現場に派遣したということは、規律検査委の調査が中国政府の中枢であり、楊氏所属の国務院にすら知らされていないということだ。
そして、事故処理の最中に現場の責任者をいきなり失脚させるとは、あたかも政府が急ぐ事故処理を、党の規律検査委が横から妨害しているようにも見える。
習近平国家主席が自ら「事故の迅速かつ円満な処理」を指示したにもかかわらず、規律検査委はなぜこのような唐突な「妨害行動」に出たのか。
真相は不明だが、少なくとも、「国家的危機」ともいうべき天津爆発事故への処理に当たって、党の機関と政府が歩調を合わせず、むしろバラバラになって互いを邪魔し合うような状況となっているのは明らかである。
共産党政権成立以来、何事に当たっても中央指導部の「一元的指導下」で党と政府、宣伝機関などが一枚岩となって行動することは「優良なる伝統」であった。習近平政権になって、習氏自身が指導部に対する全党幹部の「無条件従属」を求め、毛沢東並みの権限集中を図ってきたことも周知の事実である。
しかし、今回の天津爆発事故の処理に際し、中央テレビや新華社、そして国務院と規律検査委の取った一連の行動には「一元的指導」のかけらも感じられない。むしろ、政権内部の乱れと習氏自身の統率力の欠如が露呈されているだけである。
こうした中で、政権が全力を挙げて展開してきた「上海株防衛戦」も既に敗色濃厚となっている。習氏肝いりで政権の浮揚策としていた「9月3日反日行事」も世界の主要先進国からソッポを向かれそうな状況である。
成立から3年足らず。一時に強固な権力基盤を固めたかのように見える習近平体制は早くも綻(ほころ)びを見せて、転落への下り坂にさしかかっているようである。
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