ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

トッドの人口学・国際論16

2009-10-31 08:44:03 | 文明
●イラク戦争がアメリカへの反発を強めた

 トッドの著書「帝国以後」は、2001年(平成13年)9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件の約1年後に刊行された。本書は、トッドのアメリカ論であり現代世界論であるが、その中でトッドは9・11以後のアメリカの行動を批判している。
 一方、ハンチントンは、9・11同時多発テロが起こる5年前に刊行した著書「文明の衝突」で、アメリカ国民に警告していた。アメリカが現代世界を唯一の超大国が支配する一極体制であると誤認し、自国の思想や文化を普遍的なものと考えて、他の文明に押し付けないようにすべきだと言うのである。トッドは「帝国以後」でハンチントンの理論や主張を批判しているが、この二人のアメリカに対する見方には、共通する点が多くある。
 ハンチントンは、トッドより早い時期から、冷静にアメリカの衰退を観察している。現在の世界は超大国アメリカと複数の地域大国による一極・多極体制であるが、やがて世界は真の多極体制に至るとハンチントンは予想した。こうした長期的な予想のもとに、アメリカが西欧という自分の文化的な根を自覚し、西欧と連携して、西洋文明として団結することを提案した。
 ブッシュ子政権は、ハンチントンの警告・提言を無視するように、9・11の翌月、アフガニスタンに侵攻した。ハンチントンは、事件の約1年後、「2001年9月11日以降、『文明の衝突』で示した理論で、国際社会が直面する問題をより明確に説明できるようになったと私は確信している」「世界貿易センタービルとペンタゴンへの攻撃は、ある意味で『文明の衝突』で述べたことの証明になった」と著書「引き裂かれる世界」(ダイヤモンド社)に書いている。ただし、この事件は、西洋文明とイスラム文明の文明単位の衝突ではなく、アメリカとイスラム諸国の一部、イスラム過激派の争いとハンチントンは認識していた。そして、イスラム世界全体を敵対化させてはならないと警告した。
 ところが、ブッシュ政権は、9・11の2年後、2003年(15年)3月にイラク戦争を開始した。アメリカは多数の国々に参戦を求め、戦争を拡大した。その行動は、イスラム文明諸国の激しい反発を買った。これはハンチントンの主張とは、反対の行動だった。イラク戦争は、正規軍同士の戦闘はその年のうちに終了したが、今もイラク国内では戦闘が続いている。
 ハンチントンの警告・提言がブッシュ子政権に受け入れられなかったのは、政権の中枢をネオコンが占めていたからである。冷戦の終結後、アメリカは世界で唯一の超大国となった。このとき、アメリカの世界的な覇権を確立するために、その圧倒的な軍事力を積極的に使用すべきだという戦略理論が登場した。それが、ネオ・コンサーバティズム(新保守主義)、通称ネオコンである。ネオコンの多くはユダヤ系であり、親イスラエルの軍事強硬論者である。
 ハンチントンは、ネオコンの戦略と行動を批判した。ハンチントンは「文明の衝突」を避けるように提案したのだが、ブッシュ子政権は「文明の衝突」を自ら作り出したのである。

●ネオコンがドイツを離脱させた

 トッドは、「帝国以後」の出版後、各国のメディアに自著について書いたり、識者との対談に応じたりした。日本にも来て、講演や対談を行なった。それらをまとめたものが、「『帝国以後』と日本の選択」(2006年、藤原書店)である。本書(以後、「日本の選択」)において、トッドは、9・11以後のアメリカとヨーロッパの関係について、意見を述べている。
 トッドは、次のように言う。「ハンチントンの文明の衝突論は西洋文明とイスラムの間の衝突が問題でしたが、アメリカとヨーロッパの間に衝突が起こったのは皮肉です」と。イラク戦争は、米欧の間に反目を引き起こした。もっともそれはハンチントンの言う「衝突(clash)」にまではいかない。またアメリカの行動によって米欧が対立することのないように、ハンチントンは警告していた。しかし、ハンチントンの警告を無視して独仏連合の離脱を招いたのは、ネオコンである。
 トッドは、ネオコンについて「日本の選択」で次のように言う。「アメリカは単に金融の上で世界に依存しているだけでなく、もはや世界の周辺になってしまった。つまり金融的に世界に依存し、そして世界の片隅、周辺に位置している。もはや世界の中心ではない。それをいかにイデオロギーとして、アメリカこそが世界の中心だという言説をでっち上げるのかが、ネオコンの役割だったのです」と。
 ハンチントンは、1998年(平成10年)に日本で行った講演「21世紀における日本の選択」で、アメリカが共通の文化を持つヨーロッパとの健全な協力関係が、超大国アメリカの「孤立を防ぐための最も重要な手段」であると説き、特にドイツとの関係が「対ヨーロッパの鍵」となることを指摘していた。しかし、ブッシュ子政権によるイラク戦争は、フランスの反発を買い、さらにドイツの離反を招いた。これを見た非西洋文明の諸国が、反米的な姿勢を強め、アメリカは苦境に立った。
 ハンチントンが対ヨーロッパの鍵としたドイツについて、トッドは次のように言う。
 「第2次大戦の敗者であり、アメリカによって負かされ、そしてアメリカによって改造された二つの国、そして経済大国になったのはドイツと日本です」「大戦で負けた二大大国ドイツと日本は、アメリカ・システムの二本の柱でした。ドイツも日本も主要な輸出工業国です。この二国を支配している限り、合衆国は本当の意味で世界の主人でした。したがってドイツの支えを失ったことは極めてつらいことでした」と。
 トッドは、根っからの感情的反米主義者ではない。戦後のアメリカについては、自由主義的民主主義を守り、広めた国として高く評価している。しかし、経済的に他国に依存する略奪者となったアメリカ、弱小国に侵攻して存在を誇示するアメリカ、イスラム諸国を力で変革しようとするアメリカを厳しく批判するのである。

 次回に続く。

関連掲示
・9・11については、拙稿「9・11~欺かれた世界、日本の活路」をご参照ください。トッドやハンチントンは、同時多発テロ事件に関する米国政府の公式発表内容を疑っていないが、私は、ブッシュ政権が事件に関与した可能性が高いという見方をしている。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12g.htm
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友愛を捨てて、日本に返れ3

2009-10-30 08:50:04 | 時事
●今日の日本では「共生の経済社会」を目指す

 鳩山由紀夫氏が旧民主党を結党してから、政権を奪取し、首相の座に着いた本年(平成21年、2009年)までの間に13年が経過した。鳩山氏は本年、雑誌「Voice」の論文に次のように書く。
 「この間、冷戦後の日本は、アメリカ発のグローバリズムという名の市場原理主義に翻弄されつづけた。至上の価値であるはずの『自由』、その『自由の経済的形式』である資本主義が原理的に追求されていくとき、人間は目的ではなく手段におとしめられ、その尊厳を失う。金融危機後の世界で、われわれはこのことにあらためて気が付いた。道義と節度を喪失した金融資本主義、市場至上主義にいかにして歯止めをかけ、国民経済と国民生活を守っていくか。それがいまわれわれに突き付けられている課題である。
 この時にあたって、私は、かつてカレルギーが自由の本質に内在する危険を抑止する役割を担うものとして『友愛』を位置づけたことをあらためて想起し、再び『友愛の旗印』を掲げて立とうと決意した」と。
 鳩山氏は、冷戦終結後、「自立と共生の原理」と再定義した友愛を、ここで再び持ち出す。
 「現時点においては、『友愛』は、グローバル化する現代資本主義の行き過ぎを正し、伝統のなかで培われてきた国民経済との調整をめざす理念といえよう。それは、市場至上主義から国民の生活や安全を守る政策に転換し、共生の経済社会を建設することを意味する」と言う。
 友愛は、グローバル化した資本主義と国民経済の調整、「共生の経済社会」の建設の理念とされる。「共生の経済社会」は、「共生の社会」とも言われる。具体的には、次のように鳩山氏は言う。
 「冷戦後の今日までの日本社会の変貌を顧みると、グローバルエコノミーが国民経済を破壊し、市場至上主義が社会を破壊してきた過程といっても過言ではないだろう。(略)この間、日本の伝統的な公共の領域は衰弱し、人々からお互いの絆が失われ、公共心も薄弱となった。現代の経済社会の活動には『官』『民』『公』『私』の別がある。官は行政、民は企業、私は個人や家庭だ。公はかつての町内会活動やいまのNPO活動のような相互扶助的な活動を指す。(略)われわれが真に豊かな社会を築こうというとき、こうした公共領域の非営利的活動、市民活動、社会活動の層の厚さが問われる。
 『友愛』の政治は、衰弱した日本の『公』の領域を復興し、また新たなる公の領域を創造し、それを担う人々を支援していく。そして人と人との絆を取り戻し、人と人が助け合い、人が人の役に立つことに生きがいを感じる社会、そうした『共生の社会』を創ることをめざす」と。

●所信表明で「友愛政治」の実現を訴える

 首相となった鳩山由紀夫氏は、10月26日、衆院本会議で就任後初の所信表明演説を行った。この演説において、鳩山氏は2箇所で友愛について述べた。
 「社会の中に自らのささやかな『居場所』すら見つけることができず、いのちを断つ人が後を絶たない、しかも政治も行政もそのことに全く鈍感になっている、そのことの異常を正し、支え合いという日本の伝統を現代にふさわしいかたちで立て直すことが、私の第一の任務であります。
 かつて、多くの政治家は、『政治は弱者のためにある』と断言してまいりました。大きな政府とか小さな政府とか申し上げるその前に、政治には弱い立場の人々、少数の人々の視点が尊重されなければならない。そのことだけは、私の友愛政治の原点として、ここに宣言させていただきます」
 「地震列島、災害列島といわれる日本列島に私たちは暮らしています。大きな自然災害が日本を見舞うときのために万全の備えをするのが政治の第一の役割であります。また、同時に、その際、世界中の人々が、特にアジア近隣諸国の人々が、日本をなんとか救おう、日本に暮らす人々を助けよう、日本の文化を守ろうと、友愛の精神を持って日本に駆けつけてくれるような、そんな魅力にあふれる、諸国民から愛され、信頼される日本をつくりたい。これは私の偽らざる思いであります」と。
 鳩山氏はここで、弱者・少数者の尊重が「友愛政治の原点」と宣言し、後者では災害時に近隣諸国が「友愛の精神」をもって駆けつけてくれるような日本をつくりたいと語っている。弱者・少数者の尊重は、「友愛」というより「平等」を追求する立場だろうし、自然災害に台湾や中国等に駆けつけて感謝されているのは、「日の丸」をつけた日本の救助隊である。また、これら所信表明での発言が、フランス革命のスローガン、ヨーロッパ統合の理念、「自立と共生の原理」「共生の社会」とどのように関係するのかも、分かりにくい。
 はっきり言えるのは、「友愛」は「鳩山家の旗印」であり、鳩山氏は自家の紋所のもとに、折々の思いをどれも「友愛」と言っていることである。何でも「友愛」と言えばよいのだから、まことに都合が良いのだろう。そして、鳩山氏はこの「鳩山家の旗印」を民主党の旗印にし、さらに日本の旗印にして、世界に広めようとしているのである。

●「友愛」の矛盾・偽善・破綻を明らかにする

 鳩山氏は、自分にとって友愛は「政治の方向を見極める羅針盤」であり、「政策を決定するときの判断基準」だと言う。「そして、われわれがめざす『自立と共生の時代』を支える精神たるべきものと信じている」と鳩山氏は「Voice」論文で述べている。
 このように「友愛」は、まさに鳩山氏の政治哲学の中心となる概念であり、鳩山氏は「友愛」を日本国民に訴え、国の内外に説き広めている。そこまで、友愛を強調するのであれば、民主党は党名を改称して、「友愛民主党」としてはどうか。民主党という党名は、自由民主党、社会民主党に比べ、名前だけでは、党の理念がわかりにくい。自由民主党は自由主義、社会民主党は社会主義を標榜していることが分かる。価値で言えば「自由」と「平等」をそれぞれ掲げているわけである。これに対し、鳩山氏の民主党が「友愛」を価値として掲げるのであれば、党名を「友愛民主党」とするのが妥当だろう。略して「友民党」。どこかで聞いたようでまずいだろうか。
 それはともかく、「友愛」は鳩山氏の政治哲学の中心概念であり、「羅針盤」にして「判断基準」だという。それだけに、「友愛」という思想に矛盾・偽善・破綻があれば、これは単に鳩山氏個人の声望を危うくするだけでなく、日本の針路を誤らせることになる。そこで、続いて鳩山氏の「友愛」について、様々な角度から批判的な考察を行ないたい。まず定義や主旨について検討し、その後、「友愛」から導き出される政策を批判する。

 次回に続く。
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東アジア共同体構想への提言

2009-10-29 09:12:57 | 時事
 桜井よしこ氏が理事長を務める国家基本問題研究所(JINF)は、国策に関するわが国最高級の民間シンクタンクである。
http://jinf.jp/
 JINFは、鳩山政権成立以来、環境政策・日米関係・外国人参政権問題・経済政策について、具体的な政策提言をしてきた。10月26日には、東アジア共同体構想に関する提言を行った。提言は、「理念なき『共同体』論で同盟国の不信を煽るな」「非民主主義国とは一線を画せ」「中国中心の『華夷秩序』を警戒せよ」「米国を構想から排除するな」の4点を主張している。
 大いなる共感を持って、以下に紹介する。

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●国家基本問題研究所の提言

http://jinf.jp/suggestion/archives/2047

新政権への提言(東アジア共同体)
平成21年10月26日

[提言]
1、理念なき「共同体」論で同盟国の不信を煽るな
2、非民主主義国とは一線を画せ
3、中国中心の「華夷秩序」を警戒せよ
4、米国を構想から排除するな

1、理念なき「共同体」論で同盟国の不信を煽るな
 鳩山由紀夫首相が唱える「東アジア共同体」論には理念が全くない。自由と民主主義の理念を重視する国内外の人々が不信感を抱き、怒りや軽蔑すら覚えるのは当然であろう。
 鳩山氏は「Voice」2009年9月号に寄稿した論文「私の政治哲学」で、東アジア地域こそ「わが国が生きていく基本的な生活空間」であると強調し、この地域に安定した「経済協力と安全保障の枠組みを創る努力を続けなくてはならない」と述べた。つまり、日本が「アジアに位置する国家」であるという一点をもって、日中が「共同体」を形成すべきだと単純に考えているらしい。
 米国には、鳩山論文の「覇権国家でありつづけようと奮闘するアメリカと、覇権国家たらんとする中国の狭間で、日本は、いかにして政治的経済的自立を維持し」というくだりに強い反発がある。
 鳩山氏は米中両国を「覇権国家」という言葉で同一視しているが、これは旧ソ連、中国共産党のような全体主義勢力と対抗してきた日米同盟の意義を理解しない発言と言わざるを得ない。このような姿勢は日米同盟の根幹を揺るがしかねない危うさを持つ。
 鳩山首相は、自由と民主主義という基本的価値観を共有し、全体主義勢力を脅威ととらえる国々との連携強化を、日本外交の基本として銘記すべきだ。

2、非民主主義国とは一線を画せ
 鳩山首相が東アジア共同体構想の手本にしていると思われる欧州の地域統合は、キリスト教を共通の基盤とし、民主主義を共通の理念として進展を遂げてきた。これに対して東アジアは、こうした共通の基盤がない。また、共産党一党独裁の中国を抱え、共通の理念が欠落している。
 域内の貿易を自由化する自由貿易協定(FTA)を含む経済連携協定(EPA)の締結、域外との共通関税を設ける「関税同盟」への移行、さらには単一通貨を導入する「経済共同体」への発展といった経済統合のプロセスは、理念の共有がなければ難しい。ましてや、次の段階の「政治・安全保障共同体」の形成となると、理念や価値観の共有がなければ実現不可能である。
 鳩山首相は中国を共産党一党独裁体制のままで東アジア共同体に受け入れる意向のようだが、理念の共有が欠落したままで共同体の形成がいかにして可能になるのかを内外に説明しなければならない。
 また、経済共同体の段階で、ヒト、モノ、カネが自由に移動できる環境がつくられる可能性がある。中国は日本の10倍以上の人口を擁する。民主党は外国人への参政権付与に「前向きに取り組む」と公言している。全体主義政党の統治下に置かれた人々が大量に日本に流入し、参政権まで持てば、中国による日本への「内政干渉」がさらに強まりかねない。最低限「民主主義国家であること」を共同体の参加要件とすべきではないか。

3、中国中心の「華夷秩序」を警戒せよ
 中国は建国100周年に当たる2050年前後に「中華民族の偉大な復興」を成し遂げることを長期的な国家戦略としており、東アジア共同体自身が中国中心の東アジア秩序(華夷秩序)に転化しかねない危うさをはらんでいる。
 2050年ごろといえば、米国の中国軍事力専門家リチャード・フィッシャー氏が「中国の究極的目標は21世紀半ばに世界の支配的な軍事大国になることだ」と警鐘を鳴らしている時期と重なる(フィッシャー氏の発言は、櫻井よしこ編『日本よ、「戦略力」を高めよ』文藝春秋刊161ページに収録されている)。
 鳩山首相は、東アジア共同体構想の推進が中国の長期的国家戦略に利用される可能性があることを警戒すべきだ。

4、米国を構想から排除するな
 岡田克也外相は10月7日、日本外国特派員協会で講演し、東アジア共同体について「日本、中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、インド、オーストラリア、ニュージーランドの範囲で(構成を)考えたい」と述べ、米国を加えずに創設を目指す考えを表明した。
 オバマ米政権はこの発言に懸念を強めている。10月14日にはカート・キャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が北京での記者会見で、「安全保障、経済、商業問題に関する重要対話は米国を含めるべきだ」と述べ、米国抜きの共同体構想を牽制した。
 中国は一時期、「東南アジア諸国連合(ASEAN)+3(日中韓)」を核とする(つまり米国を排除する)東アジア共同体創設に意欲を見せていた。しかし、中国の影響力拡大を警戒する日本の主導でASEAN+3にインド、オーストラリア、ニュージーランドの3有力民主主義国を加えた「東アジア・サミット」(EAS)が2005年に初めて開かれたころから、東アジア共同体創設を目指す中国の熱意は冷めてきたように見える。
 それと相前後して、胡錦濤国家主席の外交ブレーンといわれる鄭必堅・中国改革開放フォーラム理事長が、権威ある米外交専門誌フォーリン・アフェアーズ(2005年9―10月号)に寄稿し、「(東アジア共同体形成の)プロセスから米国を排除することは中国の利益にならない」と、米国の共同体参加を歓迎する意見を発表した。
 数年前からの中国のこうした微妙な変化を知ってか知らずにか、鳩山首相は北京で10月10日に行われた日中韓3カ国首脳会談で、東アジア共同体構想の核となるのが日中韓の3カ国だと協力を求めた。これに対し、温家宝中国首相は「東アジアでは既存メカニズムの協力が進んでいる。積み重ねが大事だ」と指摘し、慎重な対応に終始した。
 鳩山政権は、米国も参加するアジア太平洋経済協力会議(APEC)と別の地域限定的な多国間機構をつくる必要性について説明すべきだ。
 このほか、鳩山政権は、東アジア共同体構想で台湾をどう位置づけるのかを明確にすべきだ。そもそも、域内では日本、中国、韓国、インドネシアに次ぐ経済力を持ち、民主主義体制の台湾を排除した共同体は考えにくい。台湾は、APECには加わっている。
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友愛を捨てて、日本に返れ2

2009-10-28 08:48:29 | 時事
●鳩山一郎がヨーロッパ産の「友愛」を移植

 鳩山由紀夫氏の祖父・一郎は、クーデンホーフ=カレルギーの著書を翻訳し、「自由と人生」と題して出版した。クーデンホーフ=カレルギー著、鳩山一郎訳の「自由と人生」は、「ソ連共産主義とナチス国家社会主義に対する激しい批判と、彼らの侵出を許した資本主義の放恣に対する深刻な反省に満ちている」と鳩山氏は言う。
 そして、祖父を通じて受け継いだ友愛について、鳩山氏は次のように書いている。
 「カレルギーは、『自由』こそ人間の尊厳の基礎であり、至上の価値と考えていた。そして、それを保障するものとして私有財産制度を擁護した。その一方で、資本主義が深刻な社会的不平等を生み出し、それを温床とする『平等』への希求が共産主義を生み、さらに資本主義と共産主義の双方に対抗するものとして国家社会主義を生み出したことを、彼は深く憂いた」と。そしてカレルギーの言葉を引用する。
 「友愛が伴わなければ、自由は無政府状態の混乱を招き、平等は暴政を招く」。
 鳩山氏は続ける。
 「ひたすら平等を追う全体主義も、放縦に堕した資本主義も、結果として人間の尊厳を冒し、本来目的であるはずの人間を手段と化してしまう。人間にとって重要でありながら自由も平等もそれが原理主義に陥るとき、それがもたらす惨禍は計り知れない。それらが人間の尊厳を冒すことがないよう均衡を図る理念が必要であり、カレルギーはそれを『友愛』に求めたのである」と。
 祖父・鳩山一郎は、カレルギーの著書を翻訳・出版するとともに、カレルギーの友愛を自らの政治活動の旗印とした。孫の由紀夫氏は、祖父について、次のように書く。
 「彼の筆になる『友愛青年同志会綱領』(昭和28年)はその端的な表明だった。『われわれは自由主義の旗のもとに友愛革命に挺身し、左右両翼の極端なる思想を排除して、健全明朗なる民主社会の実現と自主独立の文化国家の建設に邁進する』」と。
 「左右両翼の極端なる思想」とあるのは、左翼は共産主義、右翼は国家社会主義を指すものだろう。鳩山一郎は、これらの思想を排除しつつ、戦後の日本で「健全明朗なる民主社会の実現と自主独立の文化国家の建設」を目指そうとした。その際に提唱されたのが、「自由主義の旗のもとでの友愛革命」だった。「友愛革命」とは、カレルギーが提唱したものである。
 鳩山一郎は、昭和29年(1954)に日本民主党を結成し、その年から2次にわたって首相を務めた。30年11月22日、保守合同で自由民主党を結成し、翌31年12月まで第3次鳩山一郎内閣を率いた。その彼の政治信条が、ヨーロッパ産の「友愛」だった。そして、「友愛」をヨーロッパから日本に移植しようとしたのである。

●孫の由紀夫氏が「自立と共生の原理」と再定義

 鳩山一郎が「友愛青年同志会綱領」を発表した43年後の平成8年(1996)9月11日、孫の由紀夫氏は、旧民主党を結党した。今日の民主党の母体となった政党である。鳩山氏は、祖父・一郎の「友愛」を受け継いでいた。旧民主党の「立党宣言」に、鳩山氏は、次のように書いた。
 「私たちがこれから社会の根底に据えたいと思っているのは『友愛』の精神である。自由は弱肉強食の放埒に陥りやすく、平等は『出る釘は打たれる』式の悪平等に堕落しかねない。その両者のゆきすぎを克服するのが友愛であるけれども、それはこれまでの100年間はあまりに軽視されてきた」と。
 鳩山氏がこのように書いたのは、平成3年(1991)に、米ソ冷戦の終結によりソ連が解体し、アメリカが唯一の超大国となって5年後のことである。平成8年(1996)は、サミュエル・ハンチントンが「文明の衝突」を出版した年である。ハンチントンはこの世界的な名著で、冷戦後、世界が初めて多極化し、多文明化したことを指摘し、文明の衝突を避け、世界秩序の再生を図るべきことを説いた。
 鳩山氏は、そのような時代に、自由と平等の「ゆきすぎを克服する」ものとして、友愛を「旗印」に掲げた。鳩山氏は、次のように「立党宣言」を続ける。
 「私たちは、一人ひとりの人間は限りなく多様な個性をもった、かけがえのない存在であり、だからこそ自らの運命を自ら決定する権利をもち、またその選択の結果に責任を負う義務があるという『個の自立』の原理と同時に、そのようなお互いの自立性と異質性をお互いに尊重しあったうえで、なおかつ共感しあい一致点を求めて協働するという『他との共生』の原理を重視したい。そのような自立と共生の原理は、日本社会の中での人間と人間の関係だけでなく、日本と世界の関係、人間と自然の関係にも同じように貫かれなくてはならない」と。
 鳩山氏は本年、雑誌「Voice」に書いた論文で、自分は「カレルギーや祖父一郎が対峙した全体主義国家の終焉を見た当時、『友愛』を『自立と共生の原理』と再定義した」と記している。
 友愛は、フランス革命のスローガンの一つだった。またヨーロッパの統合運動の理念となった。その友愛を、鳩山氏は「自立と共生の原理」と再定義したわけである。

 次回に続く。

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友愛を捨てて、日本に返れ1

2009-10-26 09:32:37 | 時事
 本日から、鳩山由紀夫氏の「友愛」を徹底的に検討するための小論を連載する。「友愛を捨てて、日本に返れ~鳩山政治哲学の矛盾・偽善・破綻」と題する。20回以上になる見通しである。

●はじめに

 平成21年(2009)8月30日に行われた衆議院議員総選挙で、民主党が大勝し、鳩山由紀夫氏が内閣総理大臣になった。選挙前の8月27日、ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)に、鳩山氏の論文が掲載され、アメリカ国内に波紋が広がった。
 鳩山氏は論文のなかで、「冷戦後、日本はアメリカ主導の市場原理主義、グローバリゼーションにさらされ、人間の尊厳が失われている」と指摘し、自ら掲げる「友愛」の理念のもと、地域社会の再建、東アジアの通貨統合と共同体の構築をめざすことを主張した。これに対し、アメリカの専門家らが、日米関係の今後に懸念の声を上げた。
 この論文は、月刊「Voice」9月号(PHP研究所)に掲載された論文を英訳したものだった。もとの論文は、鳩山氏(当時民主党代表)が政治哲学として掲げる友愛への理解を広げようと、鳩山氏側がPHP研究所に持ち込んだ。それが欧米のジャーナリストの目に留まり、アメリカの記事配信サービス会社が英訳して配信した。英訳は部分訳の上、前後を入れ替えるなどの加工がされた。そのため、鳩山氏がアメリカ主導の市場原理主義、グローバリゼーションに批判的であることが強調される、刺激的なものとなった。
 私は、もとの「Voice」誌掲載の原文を読み、論文全体の検討が必要だと感じた。この論文は、直接的には日本人を対象に、氏の政治哲学である友愛と、氏の考える政策を知らしめようとしたものである。アメリカ主導の市場原理主義、グローバリゼーションへの批判は、内容の一部であって、そこが注目されただけでは、論文の主旨は見逃される。
 私は、鳩山氏の掲げる友愛に、理念としての限界を感じる。またそれゆえに、友愛から導き出される政策のいくつかに危険性を感じる。そこで、本稿において、鳩山論文を内容に沿って詳しく見ながら、友愛という理念、及びそこから導き出される政策について批判的な考察を行ないたいと思う。また鳩山氏が依拠するヨーロッパ産の友愛に対し、それを超えるものとして、日本独自の理念を提示したい。

●鳩山由紀夫氏の「友愛」

 月刊「Voice」9月号に掲載された鳩山由紀夫氏の論文は、「祖父・一郎に学んだ『友愛』という戦いの旗印」と題されている。この論文は、「私の政治哲学」と改題されて、鳩山氏のサイトに掲載されている。
鳩山氏は「私にとって『友愛』とは何か。それは政治の方向を見極める羅針盤であり、政策を決定するときの判断基準である」と言う。すなわち、鳩山氏の政治哲学の中心にあるのが、友愛である。それゆえ、鳩山氏の政治思想を理解するには、友愛なるものを理解しなければならない。
 「私の言う『友愛』は(略)フランス革命のスローガン『自由・平等・博愛』の『博愛=フラタナティ(fraternite)』のことを指す」と鳩山氏は言う。
 友愛は、鳩山氏が祖父・鳩山一郎から受け継いだ理念である。鳩山一郎は、この理念をヨーロッパ統合運動の父と呼ばれるリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーから受け継いだ。本稿では単純化のため、主にカレルギーと称する。
 カレルギーは、大正12年(1923)に「汎ヨーロッパ」という著書を刊行し、今日のEUに至るヨーロッパ統合運動の提唱者となった。カレルギーは昭和10年(1935)に、「全体主義国家対人間(Totalitarian State Against Man)」と題する著書を出版した。原題は「人間に敵対する全体主義国家」という意味だろう。戦後、鳩山一郎は本書を読み、自ら翻訳して、「自由と人生」という書名で出版した。この時、鳩山一郎は、カレルギーが掲げた「博愛=フラタナティ」というフランス革命の理念を「博愛」ではなくて「友愛」と訳した。
 鳩山由紀夫氏は、こうした祖父・一郎の事績を紹介し、一郎がカレルギーから受け継いだ「友愛」について、「柔弱どころか、革命の旗印ともなった戦闘的概念なのである」と書いている。
 最初に注目したいのは、鳩山氏の政治哲学の中心となる友愛は、フランス革命のスローガンの一つだということである。またクーデンホーフ=カレルギーの思想を継承したものだということである。このことは、友愛とは、わが国の文化・伝統・国柄に根ざした理念ではなく、ヨーロッパに生まれた思想を、鳩山一郎・由紀夫祖孫が、日本に移植しようとしているものであることを示している。

 次回に続く。
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トッドの人口学・国際論15

2009-10-24 08:41:05 | 文明
●文明と宗教

 第三に、文明と宗教について述べる。
 トッドは、家族構造の分析によって、家族的価値観とイデオロギーの関係について、重要な発見をした。トッドは、文化や宗教の違いよりも、人類の普遍性に重点を置く。文化や宗教に関わらず、どの社会も近代化することを強調する。しかし、家族的価値観が及ぶ範囲は、人間関係に限定される。それに対し、宗教は自然や宇宙や来世を含む総合的な世界観を表す。私は、それぞれの文明の中核的な文化要素に宗教があると考える。ある文明で世俗化ないし脱宗教化が進んでいる場合でも、その文明の精神文化の根底には、もとの宗教の価値観や思考様式が存続する。
 日本人及びアジア人としての私の目で見ると、ユダヤ=キリスト教系の諸文明には明らかな独自性があり、米欧には相違点より相似点が多い。またユダヤ教、キリスト教とイスラムには、セム系一神教としての共通性がある。
 私は、世界の諸文明を、大きく二つのグループに分ける。二つのグループとは、セム系一神教文明群、非セム系自然教文明群の二つである。
 セム系一神教文明群とは、ハンチントンのいう西洋文明、東方正教文明、イスラム文明を中心とする。宗教的には、ユダヤ教、キリスト教、イスラムである。これらの宗教では、超越神によって創造された人間の子孫であり、共通の啓典におけるアブラハムを祖先とすると信じられている。その超越神は、観念的な存在であり、神との契約が、これらの宗教の核心にある。地理学的・環境学的には、砂漠に現れた宗教という特徴を持つ。砂漠的な自然が人間心理に影響したものと考えられる。
 これに対し、非セム系自然教文明群とは、ハンチントンのいう日本文明、シナ文明、ヒンズー文明を中心とする。いわゆる東洋文明はこれである。これらの文明では自然が神または原理であり、人間は自然からその一部として生まれた生命体である。文明の担い手は、自然が人間化したものとしての人間である。宗教的には、日本の神道、シナの道教・儒教、インド教、仏教、アニミズム、シャーマニズムである。地理学的・環境学的には、森林に現れた宗教という特徴を持つ。森林的な自然が人間心理に影響したものと考えられる。なお自然教といって多神教といわないのは、多神教もあるが、多即一的な構造のものや汎神論・万有在神論と見たほうがよいものがあるからである。
 私は、西洋文明の基礎はキリスト教というより、ユダヤ=キリスト教と見る。またユダヤ=キリスト教のユーラシア西方での表れが西洋文明、東方での表れが東方正教文明ととらえる。そして、イスラエル建国後のユダヤ教社会をユダヤ文明とし、ユダヤ=キリスト教系諸文明の周辺文明の一つと位置づける。トッドの所説では、こうした文明学的な構図が浮かび上がってこない。

 私の見方では、西洋文明、ユダヤ文明、イスラム文明は、同じセム系一神教文明群の諸文明である。西洋文明、ユダヤ文明、イスラム文明の対立は、同じ文明群の中での対立なのである。アブラハムの子孫同士の戦いであり、異母兄弟の骨肉の争いである。
 そして、現代世界は、イスラエル=パレスチナ紛争を焦点として、ユダヤ教・キリスト教・イスラムのセム系一神教の内部争いによって、修羅場のような状態になっている。
 イスラエルの建国後、アラブ諸国はイスラエルと数次にわたって戦争を行い、またアメリカと湾岸戦争、アフガン=イラク戦争で戦っている。また旧ソ連とはアフガン戦争で戦い、今日は旧ソ連圏のムスリムが中央アジア各地で、ロシアと戦っている。こうした出来事を、私は第2次大戦後という現代において、イスラエルやロシアを含めたユダヤ=キリスト教系諸文明とイスラム文明の対立・抗争ととらえた方がよいと思う。
 ユダヤ=キリスト教系諸文明とイスラム文明との関係という視点で見ると、中東には、第1次大戦後、西洋文明の覇権国家イギリスによって文明間の対立がもたらされた。続いて、第2次大戦後、西洋文明の覇権国家アメリカと東方正教文明の対抗国家ソ連によって、その対立は冷戦構造の中に組み込まれた。その結果、争いが憎悪を生み、報復が報復を招いて、抜き差しならない状態となって、今日に至っている。ここには、宗教及び宗教に基づく思想の対立が存在する。その点をとらえるには、文明と宗教の関係に注目する必要がある。
 トッドも、そして現代世界の大局観を提示する点で彼と並ぶ巨人ハンチントンも、ユダヤ=キリスト教、ユダヤ=キリスト教系諸文明、及びセム系一神教文明群が、世界人類にもたらしている災厄とその原因を十分、対象化して把握・批判できていない。そこに西洋人としての彼らの立場と視野の限界を、私は感じている。

 以上、文明と国家、国家と資本、文明と宗教について述べた。それを前置きとして、トッドの国際関係論の個別的内容に入りたい。

 次回に続く。

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参政権の問題は日本人自らへの問い

2009-10-18 10:37:03 | 時事
 永住外国人への地方参政権付与については、反対する意見を何度か書いた。今朝の産経新聞「土・日曜日に書く」に、阿比留瑠比記者が「参政権付与を早まるな」という記事を書いている。要点が明確に出されており、参政権付与についてよく知らない人に、この問題点を理解してもらうには、とてもよい記事だと思う。後に転載して利用に供したい。

 外国人への参政権付与については、ただ反対だとか慎重にとか言うだけでは、だめである。参政権の問題とは、参政権を持つ一人一人がどう考えるかの問題である。日本の国民であるとはどういうことか、自分は日本の国民として何をなすべきかを、日本人の一人一人が考えねばならない。自分の国をよくしたい、そのために何かをしたいと思い、行動する国民がいなければ、どんな国でも衰え、滅んでいく。

 デモクラシーのあり方について、しばしばアメリカのJ・F・ケネディ大統領の言葉が引用される。昭和36年(1961)1月20日、大統領は就任演説で次のように語った。
 「わが同胞のアメリカ人よ、あなたの国家があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたがあなたの国家のために何ができるかを問おうではないか」
 “My fellow Americans: ask not what your country can do for you. Ask what you can do for your country.”

 この言葉には確かにデモクラシーのあり方がよく現れている。しかし、ケネディがアメリカ国民に問うた心構えは、日本人が戦後初めてアメリカ人から教えられたものではない。
 ケネディはある記者会見で、「尊敬する日本人は?」と質問され、「ヨーザン・ウエスギ」と答えた。ケネディはおそらく内村鑑三の名著「代表的日本人」で上杉鷹山を知ったのだろう。
 今年のNHKの大河ドラマは「天地人」。上杉家を支えた直江兼続が主人公である。上杉家は徳川時代の後期には破産寸前に陥った。上杉鷹山は、上杉家に養子に入り、藩の建て直しに尽力して、見事これを成し遂げた。
 鷹山は35歳の若さで隠居し、治広に家督を譲る。その時、治広に贈った「伝国の辞」に、国を治めるための心得が記されている。

一、国家は先祖より子孫へ伝候国家にして、我私すべき物にはこれ無く候
一、人民は国家に属したる人民にて、我私すべき物にはこれ無く候
一、国家人民の為に立ちたる君にて、君の為に立てる国家人民にはこれ無く候

 この言葉は、デモクラシーの精神に通じるもので、ケネディは感銘を受けたことだろう。同時にこの言葉は、わが国の伝統をよく表してもいる。伝統というのは、歴代の天皇は国民を「おおみたから」と呼んで、国民の幸せを願い、仁政に努めたからである。
 国民もまた君主の思いに応え、自分が国のため、公のために何ができるかを考え、行動した。内村鑑三が英文で書いて世界に伝えた「代表的日本人」には、吉田松陰と西郷隆盛も含まれている。松蔭や西郷は、幕末、わが国が西洋列強に攻め入られる危機にあって、自分が日本のために何が出来るかを考え、行動した。そういう彼らの志が、明治の日本という国家を生み出した。
 わが国には、古来の伝統と維新の志士たちの志を踏まえたデモクラシーが、戦前から存在した。学校では、公徳心や愛国心が教えられ、世界の人々への博愛もまた教えられたことを、私たちはよく知るべきである。

 今日、日本人が参政権について考える時、日本とは何か、日本人とは何か、自分はこの日本の国民として何をなすべきか、という問いから、心底考える必要がある。
 そのために私は、まずわが国の戦後の歴史を知ること、そして日本人としての本来の精神を知ることをお勧めしたい。戦後の日本の歴史を知るには、拙稿「日本弱体化政策の検証」を、日本人としての精神については、マイサイトの「日本精神」のページをご参考に願いたい。

 「日本弱体化政策の検証」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08b.htm
 「日本精神」のページ
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion04.htm
 上杉鷹山は「人物」のページの06、吉田松陰・西郷隆盛は「武士道」のページの40以降に拙稿がある。

 最後に、冒頭に書いた阿比留瑠比氏の記事を転載する。

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●産経新聞 平成21年10月18日

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091018/plc0910180206001-n1.htm
【土・日曜日に書く】政治部・阿比留瑠比 参政権付与を早まるな
2009.10.18 02:05

≪鳩山首相の「約束」≫
 民主党が選挙対策上からか、衆院選のマニフェスト(政権公約)から外していた永住外国人への地方参政権付与法案が、いよいよ動きだしそうだ。結党時からの基本政策であり、「悲願」(岡田克也外相)なのだそうだが、これはとても看過できる話ではない。
 鳩山由紀夫首相は9日、ソウルで韓国の李明博大統領との共同記者会見に臨み、参政権付与を求めている韓国側に「時間はかかる」としながらもこう“約束”した。
 「私はこの問題に対して前向きに結論を出していきたい。ただ、国民の思いと感情が統一されていない。これから、しっかりと内閣としても議論を重ねて政府として結論を出したい」
 内閣としての前向きな取り組みを表明したわけだ。だが、鳩山首相は事前に国民に参政権付与に関して説明し、理解を得るプロセスはきちんと踏んでいただろうか。衆院選で勝利したからといって、国民から白紙委任状を受け取ったと勘違いしないでもらいたい。
 確かに、鳩山首相は民主党幹事長時代も「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」などと語り、参政権付与に意欲を示していた。だが、首相自身が言及しているように、この問題で国民の意思統一はなされていないし、包含する問題点も周知されていない。
 私は、マニフェストで参政権問題に触れなかった民主党の手法について、7月26日付当欄で「国民の目など、何とでもごまかせると考えているようにも映る」と書いたが、その危惧(きぐ)が的中した。
 憲法15条1項は公務員の選定・罷免を「国民固有の権利」と明記している。また、93条2項は「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」と定める。
 この「住民」の解釈をめぐっては議論があったが、平成7年の最高裁判決は「日本国民を意味するもの」と結論を下した。つまり、外国人への参政権付与はそもそも憲法違反だと押さえておきたい。

≪増え続ける中国人≫
 今年2月には、韓国での公職選挙法などの改正で、在日韓国人は母国の大統領選など国政選挙に投票できるようになった。本国の選挙権があるのに日本でも地方参政権を行使できるとなれば、「異例の二重投票権」(百地章・日大教授)であり“特権”といえる。
 また、民主党の参政権付与法案は対象を在日韓国人など「特別永住者」に限定せず、法相が許可を与えた「一般永住者」にも地方参政権を与えるというものだ。
 実は、韓国・朝鮮籍の特別永住者は平成18~20年の3年間で約2万2600人も減り、20年12月現在で約41万6300人となっている。一方で、中国籍の一般永住者は同期間に約2万5100人増え、約14万2400人にも達し、今後も増加する見込みだ。
 在日韓国人の多くは3世、4世と世代を経るにつれ言語や生活習慣、メンタリティーの面で日本人と変わらなくなり、帰化も進んでいる。参政権付与問題は、歴史的経緯に伴う「在日」の処遇問題から、日本社会で新たに勢力・基盤を築き始めた中国人らとどう向き合うかに焦点が移りつつある。

≪小沢幹事長の錯誤≫
 やはり参政権付与に熱心であり、「来年の通常国会で目鼻をつけよう」と唱える民主党の小沢一郎幹事長は、平成12年9月17日付の夕刊フジのコラムで次のように主張している。
 「僕は、地方参政権を付与することによって彼ら(在日韓国人)のわだかまりを解き、帰化を促進させられると考えている」
 参政権付与が帰化促進につながるというのは小沢氏の持論のようだが、甚だ疑問だ。参政権を付与せずとも、現在でも年間数千人の在日韓国・朝鮮人が帰化を選んでいる。またむしろ、参政権を得ると帰化の動機が希薄となり、在日韓国人の不透明な立場を固定化するのではないだろうか。
 鳩山首相は、過去には「定住外国人に国政参政権を与えることも真剣に考えてよい」とも発言しているが、憲法の規定を読んだことがないのだろうか。
 また、「定住外国人は税金を納め、地域に根を生やし、一生懸命頑張っている」とも語っているが、母国での国政参政権を手にした在日韓国人は、韓国国内での所得がない限り、韓国での納税の義務はないのだ。
 国会では、民主党のほか公明党や社民党も参政権付与に賛成しており、鳩山首相や小沢氏がいったん前のめりになれば流れは止めようがない。首相は、8月11日の記者会見では「慎重に進めなければいけないテーマだとも理解している」とも述べていた。ここは一歩退き、広く国民の声に耳を傾けてほしいと願う。(あびる るい)
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・関連掲示
拙稿「外国人参政権より、日本国籍取得を」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion03f.htm
拙稿「民主党に日本を任せられるか~外国人参政権付与・地域主権・東アジア共同体」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion13b.htm

<追記>
 外国人参政権付与問題に関し、憲法学の立場から明確な見解を出している百地章氏が、10月28日の「正論」に一文を寄稿した。これも参考になるものなので、以下に転載する。

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http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091023/plc0910230314003-n1.htm
【正論】日本大学教授・百地章 外国人参政権で危惧されること
2009.10.23 03:13

≪マニフェスト原理主義か≫
 民主党政権が誕生して1カ月が過ぎたが、相変わらずマニフェスト狂想曲が続いている。
 鳩山由紀夫首相は、党のマニフェストに書かれた「2020年までに温暖化ガスを25%削減する」との政権公約をもとに、国内的合意ができていないにもかかわらず、早々と国連で宣言をしてしまった。前原誠司国土交通相は、地元住民や流域諸県の知事らが強く反対しているのを尻目に、マニフェストを根拠として八ツ場(やんば)ダムの工事中止を断言し、てこでも動きそうにない。
 しかし民主党があくまでマニフェスト原理主義を貫こうとするのであれば、敢(あ)えて問いたい。「マニフェスト」に載っていない、というよりも同党の政策集「INDEX2009」に掲載されていながら選挙対策用に意図的にマニフェストから除外したとしか思えぬ「外国人参政権」。これを積極的に推進しようとするのは、国民に対する背信行為であり「マニフェスト違反」ではないのか。

≪国家意識の希薄な政権幹部≫
 民主党では結党時の「基本政策」の中に「定住外国人の地方参政権などの早期実現」を明記しており、何度も法案を提出してきた。しかも鳩山代表や小沢一郎幹事長をはじめ、菅直人副総理、岡田克也外相、前原氏ら幹部はいずれも積極的な推進論者である。
 小沢氏は代表時代の昨年夏、若手議員に「民主党が政権を取ったら、しっかり対応する」と語っており(読売新聞、昨年8月10日)、幹事長当時の岡田氏も「幹部の間では意思統一ができている」といってはばからない(日経ネット、7月20日)。さらに、鳩山代表はインターネット上で「日本列島は日本人だけの所有物ではない」「定住外国人の参政権ぐらい当然付与されるべきだ」「外国人参政権は愛のテーマだ」(産経新聞、4月25日)と言い出す始末である。これでは、民主党幹部らの国家意識を疑いたくもなる。
 国家とは政治的な運命共同体である。それ故、わが国の運命に責任を持たない外国人に対しては、たとえ地方選挙権であっても認めることはできない。国政と地方政治は密接で不可分の関係にあるからである。それに、もしも外国人に選挙権を付与した場合、さまざまな事態が危惧(きぐ)される。
 例えば、地方選挙権を手にした定住外国人が大挙して国境の島、対馬(市)で住民登録を行い、市長選や市議選においてキャスチングボートを握るようになったら、どうなるだろうか。すでに韓国資本による土地の買い占めが進行しているという対馬の現状に鑑(かんが)みれば、これは決して杞憂(きゆう)とは思われない。
 日本国憲法は、選挙権が「国民固有の権利」(15条1項)であることを明記している。これについて最高裁は、「憲法15条1項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右権利の保障は、わが国に在留する外国人には及ばない」とした。また、「国」と「地方」は不可分一体であるとの認識のもとに、地方自治体の選挙について定めた憲法93条2項の「住民」も「日本国民」を意味しており、外国人に選挙権を保障したものではない、としている(最高裁平成7年2月28日)。
 それゆえ外国人に参政権を付与することは、たとえ地方政治であっても許されない。推進論者が引き合いに出す、「地方選挙権の付与は禁止されない(許容)」とした部分はあくまで「傍論」に過ぎず、しかもその内容は「本論」と矛盾しており、まったく意味をなさない。それどころか、むしろ有害といえよう。

≪在日韓国人に二重の選挙権≫
 ところが、在日韓国人組織の「民団」は外国人参政権の実現に全力を挙げており、昨年暮れには、総選挙で推進派の民主党と公明党を支援することを決定し(朝日新聞、昨年12月12日)、全国で候補者のポスター張りなどの支援活動を活発に行ってきた(民団新聞、8月26日)。
 選挙権を有しない外国人がわが国の選挙活動にかかわるのは公職選挙法違反である。それに、外国人には「わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす」政治活動の自由は認められていない(マクリーン事件、最高裁昭和53年10月4日大法廷判決)。それゆえ民団による組織的な選挙支援活動は明らかに内政干渉であって、憲法違反の疑いさえある。にもかかわらず、民主党は民団に選挙の応援を求め、政権奪取と外国人参政権の実現を目指してきた。
 在日韓国人の人々は本国で国会議員となる資格(被選挙権)を有する上に、今年から選挙権まで認められるようになった。それも国政選挙だけでなく、居所登録さえすれば韓国での地方選挙さえ可能である。その彼らがもし日本でも選挙権を行使することになれば、本国とで二重選挙権が認められてしまうことになるが、これも極めて問題であろう。
 従って、民主党政権が次期通常国会で通そうとしている外国人参政権は、何としても許すべきではない。(ももち あきら)
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トッドの人口学・国際論14

2009-10-17 08:56:01 | 文明
●文明と国家

 ここから本稿の後半に入る。後半では、トッドの国際関係論について述べる。トッドは、これまで書いたように、家族構造の分析や人口学の統計を用いて、人類の歴史と将来を論じる。彼は、自らの理論に基づき、現代世界の国際関係について、活発に発言している。アメリカとイスラム諸国について前半でしばしば書いたが、後半では、併せてイスラエル及びユダヤ人社会、日本、中国等に関するトッドの発言を整理し、検討を行う。
 そのトッドの国際関係論の個別的な内容に入る前に、前置きとして、三点述べておきたい。第一に文明と国家の関係、第二に国家と資本の関係、第三に文明と宗教の関係についてである。

 まず文明と国家について述べる。
 基本的にトッドは、文明学の理論を評価しない。トッドは、家族構造の違いによって社会を分類する。分類された社会は、国家より小さい集団となる。その一方、国際社会は文明を単位に動いてはいないという見方に立ち、国家を中心に国際関係を見る。
 しかし、人類の歴史と将来を考えるには、文明と国家のどちらも軽視せず、文明という単位と国家という単位の両方から、世界をとらえる必要がある。トッドの批判の的であるハンチントンは、もともとは国際政治学者であり、国家を単位とする国際関係をいささかも軽視していない。ハンチントンは、現在の世界は、一極・多極体制だととらえ、諸国家を一つの超大国(アメリカ)と、七つまたは八つの地域大国、第二の地域大国、そのほかの国々との四つの群に分ける。また各国は文明に対して、構成国、中核国、孤立国、分裂国、そして引き裂かれた国家として関係していると位置づけて、諸国家の関係を分析する。また世界的な覇権国家と地域的な覇権国家の争いについては、それらの国家と第二の地域大国や他の文明の大国との関係を加えて分析する。
 これに比べ、トッドは、国際関係を論じる際、国家間の構造的な関係については、見方が平板である。またそのために、諸国家の文化的な集団の最大のものである文明という単位で世界を見ることの有効性がつかめていない。しかし、それでもなおトッドの国際関係論には、耳を傾けるべきものがあると私は評価している。
 トッドは、現在の世界では、西洋文明とイスラム文明の対立より、旧大陸と新大陸の対立が生じていると主張する。端的に言えば、ヨーロッパとアメリカの対立である。トッドは、自国フランスとアメリカが、同じ西洋文明としてひと括りにされるのが嫌なのだろう。
 ハンチントンは、西洋文明には現在、「二つの中核」がある。つまりアメリカとフランス・ドイツであると見る。その中核同士の対立である。私の見方では、西欧文明がアメリカ大陸に広がった。この段階から、私は西欧発の文明を近代西洋文明と呼ぶ。西洋文明では、アメリカ文明という下位文明が内部に発達した。トッドのいう対立は、西洋文明内部での西欧文明とアメリカ文明の対立と理解できる。このように文明という単位で見ることは、欧米人にとっても有効なのである。
 そもそもヨーロッパの統合は、単なる地域的・空間的な国家連合ではなく、もともと一つの文明として発達したヨーロッパが、近代国家に分かれて抗争を繰り返した後に、文明としての一体性を回復したものである。同時に西欧文明は、西方キリスト教の文化圏を境界線として、ロシア正教文明・イスラム文明との違いを示し、文明単位の並存関係を明徴した。さらに西洋文明の内部で西欧文明から派生したアメリカ文明に対しても、違いを明らかにする傾向が出ているのである。トッドには、彼自身の理論を整備するために、文明学的な見方が必要である。

●国家と資本

 次に国家と資本について述べる。
 トッドは、経済学者ではないが、家族構造の分析と人口学のデータをもとに、経済活動を含む社会全体をとらえている。経済については、「帝国以後」を刊行する前に、独立した著書「経済幻想」(藤原書店)を出している。グローバリズムに対して、国民経済の重要性を説くところに主張の眼目がある。
 トッドによれば、資本主義は多様性を持っている。絶対核家族が主であるアメリカやイギリスでは、アングロ・サクソン型の個人主義的資本主義が発達し、直系家族が主であるドイツや日本では、統合的資本主義が発達した。資本主義をグローバリズムの名のもとで、一律に論じるべきではない。
 「帝国以後」では、資本主義の多様性に関する研究が紹介され、「アングロ・サクソン的な自由主義モデルと対比されるラインラント・モデルがドイツに存在する」「ラインラント・モデルとは、社会的団結、安定性、労働力の養成、長期的な科学技術的投資を特に尊重する、工業的な資本主義であり、それに対してアングロ・サクソン・モデルは、利潤、労働と資本の移動性、短期的なものを奨励する」と言い、日本はドイツに近いとする。
 こうしたトッドの見方は、資本主義を国家の単位でとらえるものである。その場合、私が指摘したいのは、国家と資本の関係である。国家の論理と資本の論理は異なる。国家間の関係だけでは、資本主義をとらえられない。経済には、一定の自律的な法則があるからである。しかしまた、資本主義は、経済原理論だけではとらえられない。経済外的な政府の政策や介入があるからである。それゆえ、権力と富の相関関係を総合的に考察しなければならない。そして、権力と富の関係は、具体的な人物や家族、集団を挙げて見ていかないと、抽象論に終わる。
 トッドの所論には、現代世界の主要な政治家は登場するが、政治家の背後で強い影響力を振るっているロスチャイルド家・ロックフェラー家等の巨大国際金融資本の活動は、具体的に書かれていない。ハンチントンもそうだが、マルクス、ウェーバー、レーニン、ケインズ、ハイエクらも同じ姿勢だった。トッドは、また政治家と資本家を結ぶ組織であるイギリスの王立国際問題研究所(RIIA)、アメリカの外交問題評議会(CFR)、ビルダーバーグ・クラブ(BC)、三極委員会(TC)等の超国家的な活動についても分析しない。この点は、ハンチントンも同様である。
 政治や学術に職業を持つ欧米の知識人にとって、ロスチャイルド家・ロックフェラー家・CFR・BC等を解明と批判の対象とすることは、大きなリスクを負うことになるのだろう。しかし、巨大国際金融資本や世界に重要な影響を与える所有者・経営者の行動と組織の分析なくして、権力と富の関係は浮かび上がらず、現代世界の実像に迫ることはできない。

 次回に続く。
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保守とは「家族・郷土・日本」を守るもの

2009-10-16 10:42:57 | 時事
 昨夕は、保守を自認する政治家A氏と懇談した。惜しくも先の衆議院選挙で議席を失った人だが、自民党の再生と政権奪回をめざして、元気に活動している。A氏は旧通産省出身で経済・外交に強く、地方首長の経験もあり行政全般に明るい。非常に優秀な政治家である。明朗率直な人柄で、人望が厚く、人脈も広い。私は以前、ある講演会のパネリストとしてご一緒して以来のお付き合いである。

 自民党は、もともと日本的な保守の政党だが、結党の精神を失い、近年は政権を守るだけの「政権保守」に堕落した。敗戦後、占領期を終え、独立を回復した後に日本人が立てた決意の実行を怠ってきた。その結果、自民党は遂に選挙で大敗し、下野することになった。
 A氏は、「保守とは何を守るのか、保守というからには守るものがなければならない」と語る。「それは家族だ。また家族を守るために日本を守りたいのだ」とA氏は言う。選挙の時は、「私には守りたいものがある。家族、郷土、日本だ」と政見放送で訴えた。残念ながら、その訴えは、票にはつながらなかった。街頭で訴えても、人々に響かず、民主党への風を感じたという。
 これに対し、民主党は「生活が第一」と唱え、子ども手当て、高速道路無料化、暫定税率廃止等の生活本位の政策と、国民の自民党への不満を吸い上げた「政権交代」のスローガンを掲げた。国民は目先の利益と変化への期待に飛びつき、マスメディアは民主党への風を煽った。
 しかし今、政権交代から1ヶ月経ち、民主党連立政権は、迷走・蛇行を続けている。何を守るのかということを明確に持った保守の政治家が出直し、結集して、日本の軌道を修正しなければならない。

 明確な保守の思想を持つA氏は、自分と考えの近い政治家として、石破茂氏を挙げる。石破氏は、自民党総裁選に出馬しなかった。総裁選に出た3人の候補は、リベラル色の強い政治家ばかりで、保守の政治家は誰も立候補しなかった。私は、保守の理念と政策を訴える候補が立って、堂々と所信を述べ、論争をしてほしかった。
 総裁選の過程で、一時稲田朋美氏の名前がメディアで報じられたが、立候補にはいたらなかった。今朝の産経新聞「正論」欄に、稲田朋美氏が一文を寄せている。保守として、家族と郷土と日本を守ると主張している点は、A氏と同じである。
 自民党が結党の精神に返り、日本的な保守が再起・結集するためには、30~50歳代の政治家に活躍してもらわねばならない。稲田氏やA氏のように、日本人としての精神を持つ政治家の志に期待したい。
 
 下記は、稲田氏の「正論」。その後に、自民党の立党宣言等を掲載する。私自身は、自民党を政党として支持する者ではなく、政治家は人物本位で選ぶという考えである。ここに自民党の資料を掲載するのは、もともと自民党とはどういう理念・政策を掲げる政党なのかということを確認するためである。

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●産経新聞 平成21年10月16日

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091016/stt0910160315000-n1.htm

【正論】衆議院議員、弁護士・稲田朋美 保守の旗を立て道義大国めざす
2009.10.16 03:14

≪「国民政党」自民の自覚が…≫
 今回の選挙は民主党が勝ったのではなく、自民党が負けたのである。国民は民主党がよいと思ったのではなく、自民党がだめだと判断したのだ。私事で恐縮だが、私も選挙戦前半は民主党の政策のでたらめさを訴えていた。しかし有権者の反応はいまひとつで、地元紙、地元テレビは、すべてわが陣営不利という調査結果を伝え、一体何と戦っているのかわからない不安があった。
 戦う相手が自民党への不信感であり、政治に対する信頼の失墜だと気づいたとき、訴えるべきことは民主党の悪ではなく、私の政治信条であり、ふるさと福井とこの国に対する思いだと悟った。後半戦は、「私には守りたいものがある。それは家族であり、ふるさと福井であり、愛する日本だ」という一点を愚直に訴え続けた。
 もともと政治の根本は人への信頼である。時々刻々と変わっていく国際情勢や経済状況のなかでマニフェストだけで政治はできない。危機に臨んで瞬時に正しい判断ができる人か、全身全霊を傾けてまじめに政治に取り組む政治家かどうかを有権者はみている。
 国民が自民党にこの国をまかせられないと思った理由もここにある。「一体政治家は永田町で何をやっているのだ」という怒りであり、不信感である。選挙に勝って政権を維持することにのみ目を奪われ「国民政党」であることを忘れ、人気取りに走った自民党に「否」をつきつけたのが今回の選挙だった。
 選挙期間中、私の選挙カーを地域の人々が神社の前で待っていてくれた。農作業の途中で田んぼから上がってきてくれた人、ごく普通のおっかさんたち、そして地域の活動を支える人々。自民党はこういった地域の人々に支えられ、「国民政党」として戦後を歩んできた。地域に根ざした、まじめに生きている人々に支持された本来の自民党の姿を取り戻さなければならない。
≪立党精神に立ち返ること≫
 そのために、1つは立党の精神に立ち戻って「道義大国」をめざすと宣言すること、2つ目はポピュリズム(大衆迎合主義)からの決別、そして3つ目は「伝統と創造」の理念に基づいた保守の旗を立てることである。
 民主党になくて自民党にあるものが1つだけある。それは立党の精神だ。自民党の立党宣言には、真の改革の続行、自主独立、国民道義の確立が謳(うた)われている。なかでも国民道義の確立は、日本が市場原理主義、拝金主義から本当の豊かさを求める国に生まれかわるための答えである。日本は単に経済大国というのではなく道義大国をめざすと宣言をするのだ。小さくても強く、高い倫理観と社会正義が貫かれていることで世界中から尊敬される国「道義大国日本」をめざす、と。
 人も政党も国も、めざすべき目標があれば、たとえ苦しくてもそのために努力をすることを厭(いと)わないし、それを不幸とも思わない。自民党が「国民政党」として再生するためにも国民全体の進むべき大きな目標を掲げることが不可欠なのだ。昨年の総裁選では、衆参で当選1回の有志19人で、4人の総裁候補に立党の精神に基づいた理念を語れと申し入れたが、そのときは党全体が下野を予想しておらず、今ほどの危機感がなかったからか、総裁候補の心を動かすことはできなかった。

≪まず政治家自身がまじめに≫
 しかし、今はちがう。政権与党という看板がなくなった今、何を国民に訴えるのか。政治理念しかない。谷垣禎一新総裁のいう「みんなでやろうぜ」は、自民党国会議員に対してだけでなく、今回惜しくも落選した元議員、全国の党員・党友、そしてまじめに生きるすべての国民に向けられたものでなければならない。もっとも、今の自民党に「道義大国」を国民に訴える資格があるのかを、まず自問しなければならない。国民に訴える前に自民党内の道義の再構築が必要である。まじめに生きている人々に支持されるには政治家自身がまじめでなければならない。国民からどう思われるかマスコミにどう取り上げられるかを気にして媚(こ)びるのではなく、真剣に政策を議論し、各政治家が信念に基づいて行動することが必要だ。
 下野した原因を謙虚に反省し、地道に有権者と対話する。政治は国民の幸福のためにあるという政治の原点に立ち戻り、地に足の着いた政治活動に専念する以外に自民党再生の道はない。
 そして保守の旗をたてることだ。保守とは特別のことではない。家族と地域共同体に価値をおき、まじめに生きる人々の生活を守ることが私のいう保守である。夫婦別姓や外国人参政権など家族や国民の絆(きずな)を弱める法案には党として反対の論陣を張る。そして伝統を守りつつも新しい自民党、新しい日本を創造する保守の旗をたてることである。道は険しくて遠い。しかし、だからといって私たちの代で唯一の保守政党である自民党を終わらせるわけにはいかない。そのための闘いはすでにはじまっている。(いなだ ともみ)

■自民党の立党宣言(同党のサイトから転載)

● 立党宣言

 政治は国民のもの、即ちその使命と任務は、内に民生を安定せしめ、公共の福祉を増進し、外に自主独立の権威を回復し、平和の諸条件を調整確立するにある。われらは、この使命と任務に鑑み、ここに民主政治の本義に立脚して、自由民主党を結成し、広く国民大衆とともにその責務を全うせんことを誓う。
 大戦終熄して既に十年、世界の大勢は著しく相貌を変じ、原子科学の発達と共に、全人類の歴史は日々新しい頁を書き加えつつある。今日の政治は、少なくとも十年後の世界を目標に描いて、創造の努力を払い、過去及び現在の制度機構の中から健全なるものを生かし、古き無用なるものを除き、社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない。
 われら立党の政治理念は、第一に、ひたすら議会民主政治の大道を歩むにある。従ってわれらは、暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃する。第二に、個人の自由と人格の尊厳を社会秩序の基本的条件となす。故に、権力による専制と階級主義に反対する。
 われらは、秩序の中に前進をもとめ、知性を磨き、進歩的諸政策を敢行し、文化的民主国家の諸制度を確立して、祖国再建の大業に邁進せんとするものである。
 右宣言する。

 昭和三十年十一月十五日

●綱領

 昭和三十年十一月十五日

一、わが党は、民主主義の理念を基調として諸般の制度、機構を刷新改善し、文化的民主国家の完成を期する。

一、わが党は、平和と自由を希求する人類普遍の正義に立脚して、国際関係を是正し、調整し、自主独立の完成を期する。

一、わが党は、公共の福祉を規範とし、個人の創意と企業の自由を基底とする経済の総合計画を策定実施し、民生の安定と福祉国家の完成を期する。

●党の性格

 昭和三十年十一月十五日

一、わが党は、国民政党である
 わが党は、特定の階級、階層のみの利益を代表し、国内分裂を招く階級政党ではなく、信義と同胞愛に立って、国民全般の利益と幸福のために奉仕し、国民大衆とともに民族の繁栄をもたらそうとする政党である。

ニ、わが党は、平和主義政党である
 わが党は、国際連合憲章の精神に則り、国民の熱願である世界の平和と正義の確保及び人類の進歩発展に最善の努力を傾けようとする政党である。

三、わが党は、真の民主主義政党である
 わが党は、個人の自由、人格の尊厳及び基本的人権の確保が人類進歩の原動力たることを確信して、これをあくまでも尊重擁護し、階級独裁により国民の自由を奪い、人権を抑圧する共産主義、階級社会主義勢力を排撃する。

四、わが党は、議会主義政党である
 わが党は、主権者たる国民の自由な意思の表明による議会政治を身をもって堅持し発展せしめ、反対党の存在を否定して一国一党の永久政治体制を目ざす極左、極右の全体主義と対決する。

五、わが党は、進歩的政党である。
 わが党は、闘争や破壊を事とする政治理念を排し、協同と建設の精神に基づき、正しい伝統と秩序はこれを保持しつつ常に時代の要求に即応して前進し、現状を改革して悪を除去するに積極的な進歩的政党である。

六、わが党は、福祉国家の実現をはかる政党である
 わが党は、土地及び生産手段の国有国営と官僚統制を主体とする社会主義経済を否定するとともに、独占資本主義をも排し、自由企業の基本として、個人の創意と責任を重んじ、これに総合計画性を付与して生産を増強するとともに、社会保障政策を強力に実施し、完全雇用と福祉国家の実現をはかる。

●党の使命

 昭和三十年十一月十五日

 世界の情勢を考え、国民の現状を省み、静かに祖国の前途を思うに、まことに憂慮にたえぬものがあり、今こそ、強力な政治による国政一新の急務を痛感する。
 原子科学の急速な進歩は、一面において戦争回避の努力に拍車を加え、この大勢は、国際共産勢力の戦術転換を余儀なくさせたが、その終局の目標たる世界制圧政策には毫も後退なく、特にわが国に対する浸透工作は、社会主義勢力をも含めた広範な反米統一戦線の結成を目ざし、いよいよ巧妙となりつつある。
 国内の現状を見るに、祖国愛と自主独立の精神は失われ、政治は昏迷を続け、経済は自立になお遠く、民生は不安の域を脱せず、独立体制は未だ十分整わず、加えて独裁を目ざす階級闘争は益々熾烈となりつつある。
 思うに、ここに至った一半の原因は、敗戦の初期の占領政策の過誤にある。占領下強調された民主主義、自由主義は新しい日本の指導理念として尊重し擁護すべきであるが、初期の占領政策の方向が、主としてわが国の弱体化に置かれていたため、憲法を始め教育制度その他の諸制度の改革に当り、不当に国家観念と愛国心を抑圧し、また国権を過度に分裂弱化させたものが少なくない。この間隙が新たなる国際情勢の変化と相まち、共産主義及び階級社会主義勢力の乗ずるところとなり、その急激な台頭を許すに至ったのである。
 他面、政党及び政治家の感情的対立抗争、党略と迎合と集団圧力による政治、綱紀紊乱等の諸弊が国家の大計遂行を困難ならしめ、経済の自立繁栄を阻害したこともまた反省されねばならぬ。
 この国運の危機を克服し、祖国の自由と独立と繁栄を永遠に保障するためには、正しい民主主義と自由を擁護し、真に祖国の復興を祈願する各政党、政治家が、深く自らの過去を反省し、小異を捨てて大同につき、国民の信頼と協力の基盤の上に、強力な新党を結成して政局を安定させ、国家百年の大計を周密に画策して、これを果断に実行する以外に途はない。
 わが党は、自由、人権、民主主義、議会政治の擁護を根本の理念とし、独裁を企図する共産主義勢力、階級社会主義勢力と徹底的に闘うとともに、秩序と伝統の中につねに進歩を求め、反省を怠らず、公明なる責任政治を確立し、内には国家の興隆と国民の福祉を増進し、外にはアジアの繁栄と世界の平和に貢献し、もって国民の信頼を繋ぎ得る道義的な国民政党たることを信念とする。而して、現下政治の通弊たる陳情や集団圧力に迎合する政治、官僚の政治支配、政治倫理の低下の傾向等を果敢に是正し、国家と国民全体の利益のために、庶政を一新する革新的な実行力ある政党たることを念願するものである。
 わが党は右の理念と立場に立って、国民大衆と相携え、第一、国民道義の確立と教育の改革 第二、政官界の刷新 第三、経済自立の達成 第四、福祉社会の建設 第五、平和外交の積極的展開 第六、現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、もって、国民の負託に応えんとするものである。

●党の政綱

 昭和三十年十一月十五日

一、国民道義の確立と教育の改革
 正しい民主主義と祖国愛を高揚する国民道義を確立するため、現行教育制度を改革するとともに教育の政治的中立を徹底し、また育英制度を拡充し、青年教育を強化する。
 体育を奨励し、芸術を育成し、娯楽の健全化をはかって、国民情操の純化向上につとめる。

ニ、政官界の刷新
 国会及び政党の運営を刷新し、選挙制度、公務員制度の改正を断行して、官紀綱紀の粛正をはかり、政官界の積弊を一掃する。
 中央、地方を通じ、責任行政体制を確立して過度の責任分散の弊を改めるとともに、行財政の簡素能率化をはかり、地方自治制度の改革を行う。

三、経済自立の達成
 通貨価値の安定と国際収支の均衡の上に立つ経済の自立繁栄と完全雇用の達成をはかる。
 これがため、年次計画による経済自立総合政策を樹立し、資金の調整、生産の合理化、貿易の増進、失業対策、労働生産性の向上等に亘り必要な措置を講じ、また資本の蓄積を画期的に増強するとともに、これら施策の実行につき、特に国民の理解と協力を求める。
 農林漁業の経営安定、中小企業の振興を強力に推進し、北海道その他未開発地域の開発に積極的な対策を講じる。
 国際労働憲章、国際労働規約の原則に従い健全な労働組合運動を育成強化して労使協力体制を確立するとともに、一部労働運動の破壊的政治偏向はこれを是正する。
 原子力の平和利用を中軸とする産業構造の変革に備え、科学技術の振興に特段の措置を講じる。

四、福祉社会の建設
 医療制度、年金制度、救貧制度、母子福祉制度を刷新して社会保障施策を総合整備するとともに、家族計画の助長、家庭生活の近代化、住宅問題の解決等生活環境を改善向上し、もって社会正義に立脚した福祉社会を建設する。

五、平和外交の積極的展開
 外交の基調を自由民主主義諸国との協力提携に置いて、国際連合への加入を促進するとともに、未締約国との国交回復、特にアジア諸国との善隣友好と賠償問題の早期解決をはかる。
 固有領土の返還及び抑留者の釈放を要求し、また海外移住の自由、公海漁業の自由、原水爆の禁止を世界に訴える。

六、独立体制の整備
 平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正をはかり、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う。
 世界の平和と国家の独立及び国民の自由を保護するため、集団安全保障体制の下、国力と国情に相応した自衛軍備を整え、駐留外国軍隊の撤退に備える。
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「友愛民主党」の危うい外交5

2009-10-15 09:56:03 | 時事
 鳩山氏の「友愛」は、フランス革命のスローガンの一つ「フラテルニテ」から来ている。「フラテルニテ」の原義は兄弟愛、同胞愛。鳩山氏は、この「友愛」を、ヨーロッパ統合運動の提唱者、クーデンホーフ・カレルギーから学んだ。祖父の一郎が翻訳して出版した本を通じてである。
 カレルギーにとって、「友愛」は自由と平等の行き過ぎを正し、均衡を図る理念だった。鳩山氏は、その「友愛」を「自立と共生の原理」と独自に再定義した。

 「友愛」が「自立と共生の原理」だとすると、それを外交に当てはめるとどうなるか。
 国家が「自立」していると言えるためには、独立と主権が守られ、国益の追求がなされていなければならない。そのようにして「自立」した国家が、他の国家と共存している状態が、「共生」である。
 国益とは「国家の利益」であり、「国民の利益」である。国家とは、政治的・文化的・歴史的な共同体である。国民とは、現在のわれわれだけでなく、過去・現在・未来の世代を含む歴史的な総国民である。
 国益にいう利益とは、こうした意味での国民の幸福を実現し、また増大するものである。最低限、生存と安全が保障され、生命的な繁栄また経済的な発展が得られ、さらに国家に所属することによる安心や誇り、個人の自由や名誉、固有の伝統・文化・価値の保守と継承、さらに個人が自己実現のできる環境にあること等が、その利益の内容であり、目標ともなる。
 こうした生命的価値、経済的価値、精神的価値を実現することが、それが国益の追求である。そこに、外交の目標がある。国防、財政、教育等の目標も同様である。

 外交においては、国益の認識をもって、「自立」と「共生」を図らねばならない。外交は、個人の交際と同じく、利己主義はいけないが、利他主義もいけない。自国の利益だけを一方的に追求することは、他国の利益を害し、対立・抗争を引き起こす。利己でも利他でもなく、自利と利他の一致を、交渉によって実現するのが、外交の目的である。場合によっては、国際社会全体または人類全体の利益を追求する中で、自国の利益を追求する必要が出てくる。その場合も、まず自国が存立することが先決である。そのうえでの国際協調となる。この価値基準が逆になった国家は、衰退する。
 「自立」あっての「共生」である。自立した国家として、独立と主権を保ちながら、他国と共生する。それが「自立と共生の原理」でなければならない。わが国が歴史的に使ってきた言葉で言えば、共存共栄である。

 ところが、鳩山氏の東アジアでの外交は、利他主義に偏っている。中国や韓国を利する外交となっている。これは氏が説く「自立と共生の原理」に外れている。説いていることとやっていることが違う。そうした外交の典型が、東シナ海を「友愛の海」にしたいという、鳩山氏の発言である。
 「友愛」を理念とする鳩山氏の政治思想を「友愛主義」と呼ぶとしよう。「友愛主義」は、中国に対して、事大主義の傾きがあると私は思う。事大主義とは、大に事(つか)えること、すなわち自主性を欠き、勢力の強大な者に付き従って自分の存立を維持するやり方である。
 かつては自民党が、アメリカに従属し、追従する姿勢を取ってきた。軍事的・政治的に加えて、金融的にもわが国はアメリカに深く従属してしまった。これに対し、民主党は、アメリカへの追従から、中国への追従へとシフトしようとしていると私は見ている。衰退しつつある超大国から離れ、強大化する新興の地域大国に付こうという切り替えである。
 こうした事大主義的な傾向を、鳩山氏は「友愛」という言葉で粉飾している、と私は思う。

 鳩山氏の「友愛」は、中国に対しては、「中華友愛主義」とでもいうべきものとなっている。中国共産党は「友好親善」を打ち出して、他国を取り込もうとする。これに対し、民主党は「友愛」と唱えて、永住外国人参政権付与や東アジア共同体構想を進める。「自立と共生」を掲げながら、逆にわが国は「自立」を失い、「共生」ではなく、中国の勢力圏に参入し、中国の地域的拡大に協力するものとなる。鳩山氏の「友愛」は、こうした中国追従的な姿勢を隠すための美辞麗句となっている。

 鳩山氏には、日本文明は世界の主要文明の一つであり、日本は「一国一文明」の国家であるという認識がない。多極化、多文明化する21世紀の世界にあって、文明学を踏まえた日本外交を構想できていない。鳩山氏には地球市民的な発想が根底にあり、国民的なアイデンティティを欠くとともに、文明的なアイデンティティも欠いている。「一国一文明」の日本の外交を担うのに、まったく不適格な政治家である。
 鳩山氏の「友愛主義」は、文明学的に言えば、シナ文明が歴史上かつてなく拡大することを助け、日本文明が自立性を捨てて、シナ文明の周辺文明に堕す道である。「友愛」を理念とする民主党の外交は、日本文明を衰滅に向かわせる危うい外交であり、わが国の針路を軌道修正することが、国民の急務である。

 国家と国益については、拙稿「国家と国益を考える」をご参照ください。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion13.htm
 「経済・社会」の項目の07

 下記の記事は、一部に関連の内容があるので、参考に掲載する。

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●産経新聞 平成21年10月15日
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091015/plc0910150116000-n1.htm
鳩山政権発足1カ月 成果急ぎ 続く混乱
2009.10.15 01:11

 16日に発足1カ月を迎える鳩山内閣では自民党からの「政権交代」を印象づける政策を矢継ぎ早に打ち出したが、外交や予算編成など性急な政策転換の混乱は続いており、経済政策のちぐはぐさも浮き彫りになりつつある。一方、マニフェスト(政権公約)への記載を見送ったリベラル色の強い政策も動きはじめた。鳩山由紀夫首相の今後のかじ取りが注視されている。
 
■外交
 外交面ではマニフェストに掲げた個々の政策が「重荷」となり、思うような成果を挙げていない。野党時代の主張の延長線上にある公約の実現を目指せば、首相が掲げる「緊密で対等な日米関係」の構築が遠のく悪循環に陥っている。
 首相が「最低でも県外移設」と訴えてきた米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題は、米軍の世界戦略に直結する問題だけに米政府は再交渉するつもりはないとの姿勢を貫く。政府は11月のオバマ米大統領来日後に結論を先送りする方針だが、首相が県外移設先を真剣に検討した様子はなく、県内移設容認に含みを残す発言を繰り返すなど迷走が続いている。
 インド洋で補給活動にあたる海上自衛隊は根拠法となる新テロ対策特別措置法の期限が切れる来年1月で撤収させる方針。代わりにアフガニスタンへの民生支援を模索するが、閣内でも不協和音が続く。東アジア共同体構想も米側は「米国排除ではないか」と警戒感を抱いており、アジア諸国にも当惑が広がる。

■経済
 鳩山政権は無駄な公共事業を減らし、子ども手当の支給や、高校授業料の実質無償化などの家計支援策に動いた。「企業への再分配」から「家計への再分配」へと、景気対策の枠組みは大きく転換した。
 こうした財源の確保に向け、鳩山政権は平成21年度補正予算の見直し作業を進めるが、一部事業の凍結で、実質国内総生産(GDP)を0・4%押し下げるとの民間予測もあり、日本経済は「二番底」に陥る危険性がある。
 また、亀井静香金融相が中小企業の借金返済を猶予する「モラトリアム法案」を打ち出す一方で、公約には最低賃金引き上げなどが盛り込まれている。零細企業からは「これ以上経費が増えるのは耐えられない」と悲鳴も上がり、政策のちぐはぐさもぬぐえない。
 「成長戦略を示せていない」と民間エコノミストの多くは口をそろえる。デフレ対策、為替政策、財政再建、新産業育成の一つでも欠ければ、「内需主導への経済転換」(首相)も、景気回復も望めない。
 
■左派色
 衆院選対策上、民主党が政策集「INDEX2009」では明記しながら、マニフェストに載せなかった左派・リベラル色の濃い政策が早速動き出した。背景には、政権内の旧社会党勢力や民主党の支持団体である日教組、自治労などの意向が透けてみえる。
選択的夫婦別姓制度の導入について、千葉景子法相が民法改正案を来年1月の通常国会に提出する考えを表明。福島瑞穂消費者・少子化担当相が賛意を示す。
 憲法違反の疑いが強い永住外国人への地方参政権付与法案に関しては、首相が9日の日韓共同記者会見で「しっかり議論を重ね政府として結論を出したい」と表明した。通常国会での法案提出するかどうかは微妙な情勢だが、岡田克也外相、小沢一郎民主党幹事長らも参政権付与に熱心だ。
 マニフェストで「教員免許制度を抜本的に見直す」とぼかされていた教員免許更新制度の廃止方針も明らかになった。道徳教育補助教材「心のノート」も廃止の方向で、政権は日教組の要請通りに動いている。
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