●誤謬に満ちた風説の数々
これまで、丹羽春喜氏が平成6年(1994)から今日まで、全国紙に寄稿した記事、歴代首相に送った「政策要求書」「建白書」、内閣の政策立案担当者に出した提言書を紹介してきた。これらを通じて、丹羽氏の「救国の秘策」とそれを提言してきた丹羽氏の活動の概要を知ることができる。
現在のところ、丹羽氏の提言は、国民に広く知られていない。丹羽氏の説くケインズ的政策を知る人々の中では、否定的な見方が多い。これに対し、丹羽氏は「過去30年近く、とりわけ平成不況が始まってからの十数年というものは、マスメディアや論壇を大規模に動員して、わが国の経済について、いかがわしい風説がきわめて数多く広範に流布されてきた」と言う。丹羽氏は、その風説の主なものを列挙し、経済学的な説明を行い、「全て誤った内容のものばかり」だと言う。
この風説、及び丹羽氏の説明は、『謀略の思想「反ケインズ主義」 誰が日本経済をダメにしたのか』(展転社、平成15年8月刊)、『政府貨幣特権を発動せよ。』(紫翆会出版、平成21年1月刊)に掲載されている。本稿に転載させていただく。挙げられた風説は29ある。便宜上、ほそかわが番号を振る。3回に分けて掲載する。
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誤謬に満ちた風説の数々
(本表では、アカデミックなステートメントではなく、世に流布されている風説のままに近い通俗的表現での言説を収録し、列挙した。)
1.従来の理論(ケインズ理論)とそれによる政策は役に立たなくなった。
誤りである理由: 国民所得勘定(GDP勘定)に基づく分析、とくに、支出面からの分析とそれによる政策策定は、現在でも、いささかも重要度を減じていないことは明らかである。これこそが、まさに、ケインズ経済学である。
2.乗数効果は、働かなくなった。
誤りである理由: 乗数効果が働かなくなったとすれば、そのことは、人々が、食べるものも、着るものも、その他あらゆる商品をも、いっさい購入しなくなったことを意味する。だとすれば、文明は消失し、人々は全て死亡するはずである。
〔註 この説明は補足が必要と思うので、ほそかわなりに補足する。
一国の経済全体においては、投資の増加があると、その何倍かの所得の増加が生まれる。この倍数を「乗数」という。
所得のうち消費に充てる割合を消費性向という。それが80%なら0.8と表す。乗数は、1÷(1-消費性向)である。消費性向が0.8なら乗数は5となる。乗数は、消費性向が大きければ大きいほど、大きくなる。0.9なら10となる。
乗数効果が働かない状態とは、乗数がゼロに近い状態を意味する。乗数がゼロとは、人々がまったく消費をしない状態と考えられる。それは、経済が完全に麻痺し、生産・流通が行われず、物々交換のみになった状態である。平成20年(2008)世界経済危機のような大不況の状態であっても、商品貨幣経済は機能している。それゆえ、現代社会では乗数効果が働かなくなったというのは、理論的にも実際的にも極端な主張である。
ちなみにわが国の場合、GDPは約500兆円だが、そのGDPを生み出す投資(厳密には自生的有効需要支出)の総額は約200兆円である。投資の約2.5倍のGDPが生み出されている。これは、乗数が2.5前後であることを意味する。デフレの続く日本でさえ、乗数効果は明確に働いている。〕
3.大規模な総合経済対策の効果無しは、乗数効果が作動しなくなったせいだ。
4.公共投資は効果を失った。
誤りである理由(上記2風説): 乗数効果が作動しなくなったとする見解が誤りであることは上述した。公共投資を含む政府支出がGDPを創出する効果を失っていないことは、次の簡単な統計数字を見れば、たちどころに判明する。
1980→2000年度: 実質GDPの伸び1.66倍、実質政府支出の伸び1.51倍、すなわち、政府支出の伸びをGDPの伸びが上回っており、政府支出が効果的であることを物語っている(『国民経済計算年報』平成12年版、38~41頁、および、内閣府のホーム・ページ、平成13年6月21日公表「1990年基準」GDP勘定の数値)。
5.消費性向が下がったから不況になった(だから財政出動でも無効果だろう)。
誤りである理由: わが国の家計所得に占める消費支出の割合、すなわち消費性向は、1985年度61.8%、90年度62.1%、93年度62.4%、95年度63.1%、97年度63.6%、98年度63.9%というように、むしろ、上昇してきている(『国民経済計算年報』、平成10年版、11年版、12年版、各16~17頁)。
6.資産価値の大幅減価があるからケインズ的政策でも景気は回復しない。
誤りである理由: 平成不況期に入ってから現在まで、わが国の大多数の家計は、多かれ少なかれ、資産価値の大幅減価に曝されているが、にもかかわらず、前記のごとく、消費性向は下がっていない。ゆえに、ケインズ的政策は、有効である。
7.金融混乱を鎮めさえすれば景気は回復する(ケインズ的内需拡大策は不要だ)。
誤りである理由: 金融の混乱を鎮めることは必要であるが、それが鎮まったからといって、一般企業の投資の予想利潤率(いわゆる「資本の限界効率」)が高まるわけではない。したがって、民間投資が増えて景況が回復する必然性は無い。
8.悪事を働く企業経営者が居るから不況になった。
誤りである理由: 違法・背任行為を犯す経営者が続出しているのは、その大部分が、不況による経営危機に迫られてのことである。その逆ではない。
9.不健全バブルはケインズ的政策で生じた(だから、そんな政策は止めよ)。
誤りである理由: 1980年代、ケインズ的内需拡大政策の実施が不十分で、内需不足が続いたため、わが国の輸出超過は過大になり、しかも、国内企業設備投資が低調でそのための資金需要も弱かったために、いちじるしい「金あまり」現象が発生した。結局、このような余裕資金は設備投資のような有効需要支出(生産される財貨・サービスを購入する需要)には向けられず、投機的マネー・ゲームの盛行となった。これが、「不健全バブル」であった(したがって、バブル期においても、実体経済の回復はそれほどではなかった)。
もしも、当時、わが政府が、国債の大量市場消化によってそのような民間余裕資金を吸い上げ、それを財源としたケインズ主義的財政出動で、社会資本や防衛力の整備で有効需要支出を大規模に行なっていたとすれば、わが国は「健全な」高度経済成長を達成しえていたはずである。ゆえに、「不健全バブル」は、ケインズ的政策が不在であったからこそ生じたと見るほうが、妥当である。
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次回に続く。
これまで、丹羽春喜氏が平成6年(1994)から今日まで、全国紙に寄稿した記事、歴代首相に送った「政策要求書」「建白書」、内閣の政策立案担当者に出した提言書を紹介してきた。これらを通じて、丹羽氏の「救国の秘策」とそれを提言してきた丹羽氏の活動の概要を知ることができる。
現在のところ、丹羽氏の提言は、国民に広く知られていない。丹羽氏の説くケインズ的政策を知る人々の中では、否定的な見方が多い。これに対し、丹羽氏は「過去30年近く、とりわけ平成不況が始まってからの十数年というものは、マスメディアや論壇を大規模に動員して、わが国の経済について、いかがわしい風説がきわめて数多く広範に流布されてきた」と言う。丹羽氏は、その風説の主なものを列挙し、経済学的な説明を行い、「全て誤った内容のものばかり」だと言う。
この風説、及び丹羽氏の説明は、『謀略の思想「反ケインズ主義」 誰が日本経済をダメにしたのか』(展転社、平成15年8月刊)、『政府貨幣特権を発動せよ。』(紫翆会出版、平成21年1月刊)に掲載されている。本稿に転載させていただく。挙げられた風説は29ある。便宜上、ほそかわが番号を振る。3回に分けて掲載する。
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誤謬に満ちた風説の数々
(本表では、アカデミックなステートメントではなく、世に流布されている風説のままに近い通俗的表現での言説を収録し、列挙した。)
1.従来の理論(ケインズ理論)とそれによる政策は役に立たなくなった。
誤りである理由: 国民所得勘定(GDP勘定)に基づく分析、とくに、支出面からの分析とそれによる政策策定は、現在でも、いささかも重要度を減じていないことは明らかである。これこそが、まさに、ケインズ経済学である。
2.乗数効果は、働かなくなった。
誤りである理由: 乗数効果が働かなくなったとすれば、そのことは、人々が、食べるものも、着るものも、その他あらゆる商品をも、いっさい購入しなくなったことを意味する。だとすれば、文明は消失し、人々は全て死亡するはずである。
〔註 この説明は補足が必要と思うので、ほそかわなりに補足する。
一国の経済全体においては、投資の増加があると、その何倍かの所得の増加が生まれる。この倍数を「乗数」という。
所得のうち消費に充てる割合を消費性向という。それが80%なら0.8と表す。乗数は、1÷(1-消費性向)である。消費性向が0.8なら乗数は5となる。乗数は、消費性向が大きければ大きいほど、大きくなる。0.9なら10となる。
乗数効果が働かない状態とは、乗数がゼロに近い状態を意味する。乗数がゼロとは、人々がまったく消費をしない状態と考えられる。それは、経済が完全に麻痺し、生産・流通が行われず、物々交換のみになった状態である。平成20年(2008)世界経済危機のような大不況の状態であっても、商品貨幣経済は機能している。それゆえ、現代社会では乗数効果が働かなくなったというのは、理論的にも実際的にも極端な主張である。
ちなみにわが国の場合、GDPは約500兆円だが、そのGDPを生み出す投資(厳密には自生的有効需要支出)の総額は約200兆円である。投資の約2.5倍のGDPが生み出されている。これは、乗数が2.5前後であることを意味する。デフレの続く日本でさえ、乗数効果は明確に働いている。〕
3.大規模な総合経済対策の効果無しは、乗数効果が作動しなくなったせいだ。
4.公共投資は効果を失った。
誤りである理由(上記2風説): 乗数効果が作動しなくなったとする見解が誤りであることは上述した。公共投資を含む政府支出がGDPを創出する効果を失っていないことは、次の簡単な統計数字を見れば、たちどころに判明する。
1980→2000年度: 実質GDPの伸び1.66倍、実質政府支出の伸び1.51倍、すなわち、政府支出の伸びをGDPの伸びが上回っており、政府支出が効果的であることを物語っている(『国民経済計算年報』平成12年版、38~41頁、および、内閣府のホーム・ページ、平成13年6月21日公表「1990年基準」GDP勘定の数値)。
5.消費性向が下がったから不況になった(だから財政出動でも無効果だろう)。
誤りである理由: わが国の家計所得に占める消費支出の割合、すなわち消費性向は、1985年度61.8%、90年度62.1%、93年度62.4%、95年度63.1%、97年度63.6%、98年度63.9%というように、むしろ、上昇してきている(『国民経済計算年報』、平成10年版、11年版、12年版、各16~17頁)。
6.資産価値の大幅減価があるからケインズ的政策でも景気は回復しない。
誤りである理由: 平成不況期に入ってから現在まで、わが国の大多数の家計は、多かれ少なかれ、資産価値の大幅減価に曝されているが、にもかかわらず、前記のごとく、消費性向は下がっていない。ゆえに、ケインズ的政策は、有効である。
7.金融混乱を鎮めさえすれば景気は回復する(ケインズ的内需拡大策は不要だ)。
誤りである理由: 金融の混乱を鎮めることは必要であるが、それが鎮まったからといって、一般企業の投資の予想利潤率(いわゆる「資本の限界効率」)が高まるわけではない。したがって、民間投資が増えて景況が回復する必然性は無い。
8.悪事を働く企業経営者が居るから不況になった。
誤りである理由: 違法・背任行為を犯す経営者が続出しているのは、その大部分が、不況による経営危機に迫られてのことである。その逆ではない。
9.不健全バブルはケインズ的政策で生じた(だから、そんな政策は止めよ)。
誤りである理由: 1980年代、ケインズ的内需拡大政策の実施が不十分で、内需不足が続いたため、わが国の輸出超過は過大になり、しかも、国内企業設備投資が低調でそのための資金需要も弱かったために、いちじるしい「金あまり」現象が発生した。結局、このような余裕資金は設備投資のような有効需要支出(生産される財貨・サービスを購入する需要)には向けられず、投機的マネー・ゲームの盛行となった。これが、「不健全バブル」であった(したがって、バブル期においても、実体経済の回復はそれほどではなかった)。
もしも、当時、わが政府が、国債の大量市場消化によってそのような民間余裕資金を吸い上げ、それを財源としたケインズ主義的財政出動で、社会資本や防衛力の整備で有効需要支出を大規模に行なっていたとすれば、わが国は「健全な」高度経済成長を達成しえていたはずである。ゆえに、「不健全バブル」は、ケインズ的政策が不在であったからこそ生じたと見るほうが、妥当である。
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次回に続く。