ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

救国の秘策がある23~丹羽春喜氏

2011-01-31 08:54:32 | 経済
●誤謬に満ちた風説の数々

 これまで、丹羽春喜氏が平成6年(1994)から今日まで、全国紙に寄稿した記事、歴代首相に送った「政策要求書」「建白書」、内閣の政策立案担当者に出した提言書を紹介してきた。これらを通じて、丹羽氏の「救国の秘策」とそれを提言してきた丹羽氏の活動の概要を知ることができる。
 現在のところ、丹羽氏の提言は、国民に広く知られていない。丹羽氏の説くケインズ的政策を知る人々の中では、否定的な見方が多い。これに対し、丹羽氏は「過去30年近く、とりわけ平成不況が始まってからの十数年というものは、マスメディアや論壇を大規模に動員して、わが国の経済について、いかがわしい風説がきわめて数多く広範に流布されてきた」と言う。丹羽氏は、その風説の主なものを列挙し、経済学的な説明を行い、「全て誤った内容のものばかり」だと言う。
 この風説、及び丹羽氏の説明は、『謀略の思想「反ケインズ主義」 誰が日本経済をダメにしたのか』(展転社、平成15年8月刊)、『政府貨幣特権を発動せよ。』(紫翆会出版、平成21年1月刊)に掲載されている。本稿に転載させていただく。挙げられた風説は29ある。便宜上、ほそかわが番号を振る。3回に分けて掲載する。

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誤謬に満ちた風説の数々

(本表では、アカデミックなステートメントではなく、世に流布されている風説のままに近い通俗的表現での言説を収録し、列挙した。)

1.従来の理論(ケインズ理論)とそれによる政策は役に立たなくなった。
 誤りである理由: 国民所得勘定(GDP勘定)に基づく分析、とくに、支出面からの分析とそれによる政策策定は、現在でも、いささかも重要度を減じていないことは明らかである。これこそが、まさに、ケインズ経済学である。

2.乗数効果は、働かなくなった。
 誤りである理由: 乗数効果が働かなくなったとすれば、そのことは、人々が、食べるものも、着るものも、その他あらゆる商品をも、いっさい購入しなくなったことを意味する。だとすれば、文明は消失し、人々は全て死亡するはずである。
〔註 この説明は補足が必要と思うので、ほそかわなりに補足する。
 一国の経済全体においては、投資の増加があると、その何倍かの所得の増加が生まれる。この倍数を「乗数」という。
 所得のうち消費に充てる割合を消費性向という。それが80%なら0.8と表す。乗数は、1÷(1-消費性向)である。消費性向が0.8なら乗数は5となる。乗数は、消費性向が大きければ大きいほど、大きくなる。0.9なら10となる。
 乗数効果が働かない状態とは、乗数がゼロに近い状態を意味する。乗数がゼロとは、人々がまったく消費をしない状態と考えられる。それは、経済が完全に麻痺し、生産・流通が行われず、物々交換のみになった状態である。平成20年(2008)世界経済危機のような大不況の状態であっても、商品貨幣経済は機能している。それゆえ、現代社会では乗数効果が働かなくなったというのは、理論的にも実際的にも極端な主張である。
 ちなみにわが国の場合、GDPは約500兆円だが、そのGDPを生み出す投資(厳密には自生的有効需要支出)の総額は約200兆円である。投資の約2.5倍のGDPが生み出されている。これは、乗数が2.5前後であることを意味する。デフレの続く日本でさえ、乗数効果は明確に働いている。〕

3.大規模な総合経済対策の効果無しは、乗数効果が作動しなくなったせいだ。
4.公共投資は効果を失った。
 誤りである理由(上記2風説): 乗数効果が作動しなくなったとする見解が誤りであることは上述した。公共投資を含む政府支出がGDPを創出する効果を失っていないことは、次の簡単な統計数字を見れば、たちどころに判明する。
 1980→2000年度: 実質GDPの伸び1.66倍、実質政府支出の伸び1.51倍、すなわち、政府支出の伸びをGDPの伸びが上回っており、政府支出が効果的であることを物語っている(『国民経済計算年報』平成12年版、38~41頁、および、内閣府のホーム・ページ、平成13年6月21日公表「1990年基準」GDP勘定の数値)。

5.消費性向が下がったから不況になった(だから財政出動でも無効果だろう)。
 誤りである理由: わが国の家計所得に占める消費支出の割合、すなわち消費性向は、1985年度61.8%、90年度62.1%、93年度62.4%、95年度63.1%、97年度63.6%、98年度63.9%というように、むしろ、上昇してきている(『国民経済計算年報』、平成10年版、11年版、12年版、各16~17頁)。

6.資産価値の大幅減価があるからケインズ的政策でも景気は回復しない。
 誤りである理由: 平成不況期に入ってから現在まで、わが国の大多数の家計は、多かれ少なかれ、資産価値の大幅減価に曝されているが、にもかかわらず、前記のごとく、消費性向は下がっていない。ゆえに、ケインズ的政策は、有効である。

7.金融混乱を鎮めさえすれば景気は回復する(ケインズ的内需拡大策は不要だ)。
 誤りである理由: 金融の混乱を鎮めることは必要であるが、それが鎮まったからといって、一般企業の投資の予想利潤率(いわゆる「資本の限界効率」)が高まるわけではない。したがって、民間投資が増えて景況が回復する必然性は無い。

8.悪事を働く企業経営者が居るから不況になった。
 誤りである理由: 違法・背任行為を犯す経営者が続出しているのは、その大部分が、不況による経営危機に迫られてのことである。その逆ではない。

9.不健全バブルはケインズ的政策で生じた(だから、そんな政策は止めよ)。
 誤りである理由: 1980年代、ケインズ的内需拡大政策の実施が不十分で、内需不足が続いたため、わが国の輸出超過は過大になり、しかも、国内企業設備投資が低調でそのための資金需要も弱かったために、いちじるしい「金あまり」現象が発生した。結局、このような余裕資金は設備投資のような有効需要支出(生産される財貨・サービスを購入する需要)には向けられず、投機的マネー・ゲームの盛行となった。これが、「不健全バブル」であった(したがって、バブル期においても、実体経済の回復はそれほどではなかった)。
 もしも、当時、わが政府が、国債の大量市場消化によってそのような民間余裕資金を吸い上げ、それを財源としたケインズ主義的財政出動で、社会資本や防衛力の整備で有効需要支出を大規模に行なっていたとすれば、わが国は「健全な」高度経済成長を達成しえていたはずである。ゆえに、「不健全バブル」は、ケインズ的政策が不在であったからこそ生じたと見るほうが、妥当である。
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 次回に続く。

救国の秘策がある22~丹羽春喜氏

2011-01-30 08:53:39 | 経済
●600兆円計画マニフェスト(続き)

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(4)言うまでもなく、上記(2)の総需要拡大政策は、確実に「有効需要」(生産されたモノやサービスを実際に買う需要)を増加させることになりうるか、それとも、同じく確実に国民の「所得」を増やすことになるような財政政策支出として実施されるべきである。この意味で、自然環境の改善のための公共投資や防衛力整備のための支出といった有効需要支出を増やすとともに、国民への給付政策、年金など社会保障の充実・確保、といった政策に力点が置かれるべきである。
 したがって、このような政策運営が行なわれるようになれば、国民は年金システムの将来などを心配しなくてもよくなる。当然、わが国の人口は増加傾向を回復しうるであろう。

(5)上記のような経済の回復によって、いわゆる不良債権・不良資産の大部分は、優良債権・優良資産に一変しうる。

(6)過去四半世紀、わが国の総需要政策はきわめて不十分──というよりは、マイナス方向への暴走──であった。その結果、上述のごとく、国民も政党も国会議員も知らないあいだに、わが国は、5000兆円という超膨大な潜在実質GDPを空しく失ってしまったのである。この苦い経験を反省するならば、どうしても、総需要政策(上記で提言したような政策をも含 めて)の不十分や、上方あるいは下方への暴走を防止するための「歯止め」が要る。
 この「歯止め」は、デフレ・ギャップやインフレ・ギャップを常にモニターしつつ(これまで、わが政府はそれを怠ってきた)、それに立脚して年々の総需要政策を合理的に国会で審議・決定するという制度、すなわち、いわゆる「国民経済予算」の制度を確立することによって行なわれるべきである。「市場経済」にこの「国民経済予算」の方式を結び合わせた制度こそが、人智のおよぶかぎり、最善の経済システムなのである。

 要するに、今日のわが国の経済についての、上述のような政策提言マニフェストは、政策担当者に対する

1.デフレ・ギャップの巨大さと、その意味を知れ!
2.乗数効果ならびに有効需要の原理が健在であることを認識せよ!
3.「国の貨幣発行特権」の大規模発動で財政財源を確保せよ!
4.国民経済予算の制度を確立せよ!

という相互に密接に関連し合った4項目の要請に集約されるわけである。
 この4項目こそが、急所である。実は、これまで、私(丹羽)が、数多くの論作において、幾度も指摘してきたように、わが国では、奇怪な社会的マインド・コントロール状況が作り出されていて、この4つのポイントは巧妙に隠蔽され、わが国民は(政党や政治家諸氏も)、これに気付くことができないようにされてきた。まさに、このことによってこそ、わが国の経済は、衰亡への道に陥れられてきたのである。しかし、この4項目を認識・確認することによる理論武装を行なえば、そのような社会的マインド・コントロール状況を形成させてきた思想謀略を破砕することが可能となるであろう。
 一般庶民に対する経済政策的アピールとしては、簡潔に、

①国民にまったく負担をかけない新規財政財源を数百兆円確保!
②国の負債の大量償還! 国の負債を半減!
③3~5年間250兆円を投入、年率5パーセント以上の経済成長率を10年!
④年金アップ! 社会保障の画期的充実! 防衛力も整備!
⑤デフレやインフレを防ぐ真の「歯止め」の確立!

といったことをうたっておけばよいであろう。

以上
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次に、補論を掲載する。

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●[補論]わが国の経済・財政の現状を、どう見るべきか?
 平成18年10月19日(平成19年6月に加筆)

<謎!名目値の低成長と実質値の高成長の不自然なアンバランス>
 平成18年8月の内閣府発表では、2005年度(平成17年度)GDPは名目値1.8% (18年12月の発表では1.0%に改定された)の低成長、実質値では3.2%(同じく 2.4%に改定された)の高成長という、大幅なアン・バランスであった。
 この謎を解く鍵は、貿易収支黒字が名目値では大幅減、実質値では大幅増、すなわち、対外交易条件の悪化ということにある。

<デフレ・ギャップと需給均衡の共存、そして、景気失速の危険をはらむ跛行現象>
 民間企業投資の高成長、GDPと国内総需要の低成長という跛行性。これは、2006年度においてはさらに激化し、民間企業投資の伸び8.4%に対してGDPは1.4%、国内総需要は1.3%(名目値ベース)の伸び率にすぎなかった(平成19年6月11日の内閣府発表)。
 このような跛行性は、長くは続きえない! 景気失速の危険はきわめて大きい。
 ただし、日本経済の市場メカニズムの効率は高く、需給はみごとに均衡している(45度線モデルにおけるケインジアン・クロス点という意味でのマクロ均衡状態)。
 乗数効果も顕在だ。しかし、総需要水準の不足により、厖大なデフレ・ギャップ が居座っているということも、冷厳な現実である。しかし、このことは、わが国の経済がマクロ的に巨大な生産・供給能力の余裕を持っているということをも、意味している。

<ゼロ・サム・ゲーム経済では格差拡大が不可避>
 GDPおよび国内総需要の伸び率が年率1%内外といった状況は、事実上、ゼロ・サム・ゲームの経済である。そのようなゼロ・サム経済ないしネガティブ・サム経済が慢性化した状況の市場経済では、貧富の格差の拡大が不可避である。格差の是正のためには、右肩上がりのポジティブ・サム経済の実現こそが、根治療法である。

<財政破綻の実情は深刻だ!>
 国の一般会計赤字額は「プライマリー・バランス」赤字額の3倍に達している。歳出削減や増税では財政再建は不可能! しかも、経済の低迷を招くことが不可避! 自暴自棄的な政策──国家破産や超々巨額の財産税徴収(全国民の財産剥奪)──が選択される危険が大きい!
 
 以上のことを認識するならば、財政再建と経済の興隆、民生水準の向上、自然環境の改善、そして、防衛力の充実といった重要政策目的の達成をなしえないことが明らかな現在の混迷した政策立案パターンから脱却して、上述マニフェストのようなオーソドックスな経済学理論を踏まえた政策の立案によって、わが国の財政と経済の再建・再生を迅速かつ100パーセント確実に達成するという政策運営が、ぜひとも、必要であろう。
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 以上が、丹羽春喜氏が、平成18年(2006)10月19日、安倍内閣の経済政策担当者に提示した「600兆円計画マニフェスト~財政再建と『右肩上がり』高度成長経済および防衛力整備の実現へ!~」、及びその補論である。

 なお、「600兆円計画マニフェスト」は『政府貨幣特権を発動せよ。』にも掲載されているが、本書では、内容が多少更新されている。主な部分は下記の通り。
 (2)と(6)においては、過去四半世紀のあいだに、失われた潜在実質GDPは6000兆円とされる。
 (2)において、国債は、国の長期債務残高748兆円(財務省推計による平成21年3月末の国家長期債務残高見込み額615兆円に、「財政融資資金特別会計」に計上見込みの国債残高133兆円を加算)とされる。
 (5)において、増やすべき有効需要支出は、「ハブ空港や森林資源再生のための林道網といった社会資本の整備と、代替エネルギー源開発など自然環境の改善のための公共投資、そして、なによりも、防衛力拡充のための支出といった有効需要支出」とされる。
 上記の点を修正することで、「600兆円マニフェスト」は、ほぼ最新版(2009年版)に更新される。

 次回に続く。

中野剛志氏のTPP反対論

2011-01-29 10:31:51 | 時事



 1月25日の日記に、TPPに関する中野剛志氏の意見を掲載した。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1662698925&owner_id=525191
 その後、中野氏がTPPについてわかりやすく語っているビデオを知った。TPPに疑問を持っている人にお勧めする。

●「中野剛志先生のよくわかるTPP解説―日本はTPPで輸出を拡大できっこない!」
http://www.youtube.com/watch?v=nRmNJpUj5sI&feature=related

●「【日本刀の如き】 現役官僚 中野剛志 【経済論客】 TPPが2分でわかる」
http://www.youtube.com/watch?v=klGTVNJrObw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=y272PJrXdbw
 ※25日の日記でリンクしたチャンネル桜の番組の中での中野氏の発言のみを編集したもの

トッドの移民論と日本40

2011-01-29 08:53:18 | 国際関係
●アメリカにおける多民族化

 アメリカは、大英帝国を上回る21世紀の世界帝国である。そのアメリカにも、イギリスと似たような展開が予想される。メキシコ等からヒスパニックが流入し、中国・ベトナム等のアジア人が渡海する。帝国の中心部には、富も仕事もある。周縁部は、貧困と政治的抑圧が覆っている。その周縁部から中心部へと、多数の移民が流入する。
 アメリカはもともと移民の国である。ヨーロッパから移住した白人が、先住民のインディアンを駆逐し、アフリカから連行した黒人を奴隷に使用した。東欧・アジア・南米等からの移民を受け入れ、アメリカは世界で最も多民族化した国家となっている。白色人種に対する有色人種の割合が多くなり、特に近年、ヒスパニックが増加している。人種の坩堝というより、融合しないまま混在する「諸民族のサラダボール」というべき状態である。
 アメリカで平成21年(2009)1月、建国以来、初めて黒人の大統領が誕生した。このことはまだアメリカが有色人種の優位な国になったことを意味しない。アメリカは貧富の差が大きく、社会保障が発達していない。新生児死亡率が高い。国民全体をカバーする医療保険制度がない。その面では、先進国とはいえない。こうしたアメリカにおいて、旧移民である黒人は依然として、普遍主義の下層にある無意識的な差異主義の対象である。「領主民族のデモクラシー」によって、白人/黒人の二元構造の一方の側にある。オバマ大統領は、黒人ではあっても、まだ数少ない白人指導層の中に入った「黒い白人」である。しかし、長期的には、アメリカは一層、多民族化し、白人の優位は後退していくだろう。ただし、社会の最上層は、アングロ・サクソン=ユダヤの富裕層が占め、その下の階層が多民族化するという構造が予想される。

●ヨーロッパとアメリカの比較

 アメリカは建国の理念として、自由の国という国家像がある。またデモクラシーとキリスト教がある。そうした建国の理念に従うように移民を教育し、アメリカ国民にしていっている。これに対し、ヨーロッパには、アメリカのような、明確な統合の理念がない。EUは広域共同体だが、その実態は歴史・文化・伝統の異なる国家の連合である。アメリカは共和主義だが、ヨーロッパは君主制国家が多くあり、政治的にも多様である。各国の移民に対して、アメリカほどの文化的思想的な感化力はない。
 ヨーロッパでは、なにより文明の中核である宗教が活動を弱め、キリスト教の信仰が後退している。知識層や若い世代を中心に脱キリスト教化が進んでいる。アメリカがキリスト教を保持し、キリスト教が自由とデモクラシーとともに、建国の理念を構成しているのと対象的である。私は、統一ヨーロッパは、アメリカほど非ヨーロッパからの移民を同化させることは、できないと思う。

 次回に続く。

救国の秘策がある21~丹羽春喜氏

2011-01-28 08:49:27 | 経済
●600兆円計画マニフェスト

 「600兆円計画マニフェスト」を2回に分けて掲載する。データはサイトから転載するものである。

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600兆円計画マニフェスト
 ~財政再建と「右肩上がり」高度成長経済および防衛力整備の実現へ!~

(1)税金でも国債でもなく、また紙幣を刷りまくるわけでもなく、国民にはまったく負担をかけない方式で、600兆円の新規の追加的な国家財政財源を確保して、わが国の財政を再建し、景気を回復させて経済を逞しい「右肩上がり」の成長軌道に乗せることを、政策の基本とするべきである。

 〔注1〕600兆円の新規財源の調達方式について質問を受けたときには、国(政府)がきわめて巨額(事実上は無限)に所有している「無形金融資産」のうちの650兆円ぶんを、50兆円値引きし、600兆円の代価で政府が日銀に売ることによって調達することにするが、そうすることによって、日銀の資産内容もいちじるしく改善され、わが国の金融システムや信用秩序を確固としたものとすることにも役立つと、答えればよいであろう。
 その「無形金融資産」とは何かと尋ねられた場合には、日銀券とは別個の「政府貨幣」(政府紙幣および記念貨幣をも含む)についての「国(政府)の貨幣発行特権」(seigniorage、セイニアーリッジ権限)であると答えればよい。法的根拠を問われた場合は、基本的には「通貨の単位および貨幣の発行等に関する法律」(昭和62年、法律第42号)第4条、および、「日銀法」第38条であると答えればよい。
 なお、総需要政策としての財政政策のためのマネタリーな財源調達には、マクロ的に生産能力の余裕がある場合には、「国(政府)の貨幣発行特権」の発動に依拠すべきだとする政策提言が、20世紀の半ばごろより現在まで、ラーナー(A. P. Lerner)、ディラード(D. Dillard)、ブキャナン(J. M. Buchanan)、スティグリッツ(J. E. Stiglitz)といったノーベル賞受賞者級の巨匠経済学者たちからも繰り返しなされてきており、経済学的にはきわめてオーソドックスな政策案であるということを、銘記するべきである。 

(2)現在、わが国の経済では、生産能力の余裕は十二分にあり、企業は需要に応じてきわめて敏速・的確に商品を供給しうる能力を持っている。にもかかわらず、総需要の不足のゆえに、せっかくの生産能力の余裕を生かしえず、膨大なデフレ・ギャップの発生という形で、年々、400兆円もの潜在実質GDPが実現されえずに空しく失われている。
 過去四半世紀のあいだに、このようにして、実に総額5000兆円(1990年価格評価の実質値)もの潜在実質GDPが失われてしまったのである。これこそが、わが国の経済の弱体化と国民の経済的苦しみ、ならびに、国威の衰退の根本原因である。したがって、上記の600兆円の追加的な新規財政財源のうちの250兆円程度を3~5年間に投入して、大々的な総需要拡大政策を実施し、わが国の経済を一挙に再生・再興させることが必要である。
 このことは、「乗数効果」が健在で、「有効需要の原理」がゆるぎなく作用しているわが国の経済では、きわめて簡単・確実、かつ、安全・容易に達成しうることである(わが国経済における「乗数効果」が微弱であるとする通説は、まったく根拠の無い虚節である)。生産能力の余裕が十二分にあるのであるから、物価安定下での高度経済成長の実現という、理想的な状況をわが国民は享受しうるはずである。そのように、ゼロ・サム・ゲーム状況を脱却することによって、格差問題も解決されうる。

 〔注2〕このような高度経済成長政策の実施にともなって、きわめて過大な量の「紙幣が刷りまくられる」ことになるのではないかと危惧するむきもあるかもしれないが、その心配は無用である。
 エコノミストたちにはよく知られているように、GDPの増加額に「マーシャルのk」(マクロ・ベースでの現金通貨流通速度の逆数)と呼ばれる係数を乗じた額として、現金通貨量の増加額は決まる。この「マーシャルのk」の値は、だいたい0.08 ~ 0.16 くらいのものである。つまり、かりにGDPの水準が100兆円上昇したとしても、それにともなう現金通貨量の増加額は8~16兆円程度ですみ、心配するほど過大な量にはならない。

(3)上記の新規財源の残余350兆円を用いて、現在の国の長期債務残高746兆円(財務省推計による平成18年度末の国家長期債務残高見込み額605兆円に、「財政融資資金特別会計」に計上見込みの国債残高141兆円を加算)のうちの半分に近い350兆円を、ここ1~2年のあいだに償還し、経済成長の回復にともなう財政収入の大幅な増加ともあいまって、わが国家財政を根本的に再建する。

 〔注3〕国債の大量償還は、過剰流動性現象を惹起するおそれがあるが、それを回避するためには、政府が、円高の防止・是正をもかねて、あらかじめ、米国など外国の公債を大量に購入しておき、その外国公債との等価交換で、国内の投資家から日本政府発行の国債を政府の手元に回収する(国内投資家には代償として外国公債を渡す)という方式を、適宜、併用すればよいであろう。
 わが国の経済が、上述のような政策の断行によって急速に回復し、高度成長軌道に乗りはじめれば、外国の投資家は競ってわが国に投資しようとし、海外から、きわめて大量の資金がわが国に流入しはじめ、そのことが非常に大きな円高要因になる惧れがあるが、わが政府が上記のような国債償還方式を実施すれば、外国資金の大量流入による円高圧力に打ち勝って、むしろ、かなりの円安をもたらすことが可能となり、そのことによって、わが国は「産業空洞化」の悪夢から解放されうることになろう。
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 次回に続く。

救国の秘策がある20~丹羽春喜氏

2011-01-27 08:42:15 | 経済
●安倍内閣の政策立案者への「建白書」(平成18年)

 平成18年(2006)9月、小泉首相の後を継いで安倍晋三氏が政権を担うようになると、丹羽氏はすぐさま翌10月19日に、安倍内閣の経済政策担当者に提言を行った。
 それが「経済政策立案担当マシーン諸氏への建白書~簡潔・明瞭でインパクトのある政策案マニフェスト提案!~」である。この建白書は、丹羽氏の政策提言の最新版である。加瀬英明氏との連名で発表された。
 丹羽春喜著『政府貨幣特権を発動せよ。』(紫翆会出版、平成21年(2009)1月刊)に収録されているほか、丹羽氏のサイト「新正統派ケインズ主義宣言」に収録論文の10番として掲載されている。
http://www.niwa-haruki.com/p010.html
 
 この建白書は、政府の政策担当者に、政策の骨子を提案するものである。その政策は、国民には、次の5項目として打ち出されるものとなる。

①国民にまったく負担をかけない新規財政財源を数百兆円確保!
②国の負債の大量償還! 国の負債を半減!
③3~5年間250兆円を投入、年率5パーセント以上の経済成長率を10年!
④年金アップ! 社会保障の画期的充実! 防衛力も整備!
⑤デフレやインフレを防ぐ真の「歯止め」の確立!

 そして、この政策提言マニフェストは、政策担当者に次の4点を訴えるものである。

1.デフレ・ギャップの巨大さと、その意味を知れ!
2.乗数効果ならびに有効需要の原理が健在であることを認識せよ!
3.「国の貨幣発行特権」の大規模発動で財政財源を確保せよ!
4.国民経済予算の制度を確立せよ!

 続いて、建白書の全文を転載する。サイトの掲載文には、補論が付いている。これは『政府貨幣特権を発動せよ。』には載っていないものゆえ、併せて最後に転載する。

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経済政策立案担当マシーン諸氏への建白書
 ~簡潔・明瞭でインパクトのある政策案マニフェスト提案!~

 日本経済再生フォーラム 理事長 加瀬英明(国際問題評論家)
  会長 丹羽春喜(経済学博士・大阪学院大学名誉教授)

拝啓、経済政策立案担当マシーン各位殿

 今まさに、各位におかれましては、自民党の総裁選挙の結果、ならびに、新内閣(註 安倍内閣)の発足、さらに、衆議院の総選挙も行なわれるといった情勢を踏まえて、政策案の立案と、それについての有権者へのアピールに、鋭意、ご努力のことと存じます。ただ、各位も、実際にはご理解くださっているところだと存じますが、平成17年ごろに、わが国論を二分したかの感がありました郵政改革の賛否といったことは、実のところ、現下のわが国にとっての最重要問題であったとは、とうてい言えませんし、今では、わが国民の大多数もそのように感じているようです。また、平成19年の夏の参院選で問題にされたような閣僚の政治資金会計の不明瞭の問題などは、なんといっても、ミクロ的な、預末なことでしかありませんでした。きわめて多人数についての国民年金支給データが、よくわからなくなってしまっているという事態も、たしかに大問題ではありますが、時間をかけて丹念に調査して処理すれば、それで済むことですから、度を失うほどにまでに心配するようなことではないはずです。
 なんといっても、現在のわが国にとっての最も差し迫って重大な課題は、膨大な政府負債の累積で破綻しきっている国家財政を、国民に負担をかけることなしに再建し、経済を不況・停滞の状況から脱却させてわが国をたくましい興隆軌道に乗せ(そうなれば、自ずと貧富の較差も縮小します)、年金制度などを中心とする社会保障システムを充実・整備し、ハブ空港の建設など社会資本のいっそうの完備や自然環境の改善を推進し、そして、なによりも、防衛力を拡充して外国からのあなどりをうけることのないようにするということであるはずです。国民(庶民)も、それを強く望んでいます。
 しかしながら、わが国の近年ならびに現在の経済・財政の現状をありのままに直視しますと、緊縮財政と増税といった従来の型の経済政策立案スタンスのままで、このような重要な諸国策を達成するなどということは、まったく不可能な状況であると判断しなければなりません。しかも、米国の土地・住宅投資ブームの終焉にともなう、サブ・プライム・ローン・ファンド関連の資金運営の行き詰まりから触発された金融大混乱と全世界ならびにわが国の株価暴落、大不況の顕在化必至という、容易ならぬ客観情勢の悪化を考え合わせるならば、なおさら、絶望的であると考えねばなりません。まさに、真に憂慮すべき「亡国の危機」であると言わねばならないわけです。
 だとすれば、このように、重要な諸種の国家政策の達成が不可能に終わるということが明らかな旧来の政策立案パターンから脱却して、オーソドックスかつ信頼の十分に置ける経済学理論を踏まえた新しい視角からする政策の立案によって、わが国の財政と経済の再建・再生をはじめ、前述の緊急・重要な諸国策を、迅速かつ現実的には100%と言ってよいほど確実に、達成・実現するという政策運営が必要となりましょう。
 もちろん、各位のお手元には、各方面より、様々な政策提案が寄せられてきていることと存じます。しかし、総じて言いますと、あまりにも多項目におよぶ総花的な政策案は、いずれの政党の党員・党友たちにも、一般の国民にも、まったくアピールしえなくなってしまっているのが、現状です。
 したがって、各位におかれましては、今後の政策運営について、前記のような現在のわが国にとっての「最も重大な課題」の達成のための現実的に可能な方策ということに焦点をしぼって、私たちのフォーラムがこれまでも提言してまいりました下記の「600兆円計画」のような簡潔・明瞭でインパクトのある基本政策のマニフェストを、各党の党員・党友ならびに全国民に、声を大にしてアピールしていただかねばならないと存じます。今や、わが全国民が、そして、全世界が、それを熱望しているのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 このような前文の後に、「600兆円計画マニフェスト~財政再建と『右肩上がり』高度成長経済および防衛力整備の実現へ!~」が提示される。

 次回に続く。

救国の秘策がある19~丹羽春喜氏

2011-01-26 08:50:52 | 経済
●小泉首相への「建白書」(平成14年)

 平成13年(2001)4月、小泉純一郎氏が首相となり、構造改革を強力に推進した。翌14年(2002)1月20日、丹羽氏は、新首相に「建白書」を出した。構造改革を真っ向から批判し、その結果を正確に予測し、日本と世界のために「救国の秘策」を建言したものである。
 この「建白書」は、日本経済再生政策提言フォーラムの理事長・加瀬英明氏(国際問題評論家)と、同会長・丹羽春喜氏(大阪学院大学教授、当時)の二人の連名である。この「建白書」は、『謀略の思想「反ケインズ」主義 誰が日本経済をだめにしたのか』(展転社、平成15年8月刊)に収録されているほか、「新正統派ケインズ主義宣言」のサイトにも掲載されている。長文なので、要約にて内容を概観する。

 「建白書」は、次のように始まる。
 「拝啓 総理におかれましては、国民の絶大な期待を受けられて、日夜、国務にご精励のご様子、私ども、深く感銘いたしております。
 総理ご自身もよくご承知のことと存じますが、いまや、わが国の経済・財政の危機は深刻をきわめています。とりわけ、平成13年の夏以降は、わが国の経済の地すべり的な崩落が急激に進行しはじめたものと見なければなりません。すなわち、鉱工業生産の大幅な低落、倒産と失業の顕著な増大、産業空洞化の激化、株価の低迷、等々、憂慮にたえない指標が目白押しの状況です。わずかに、過去約1年にわたる貿易収支黒字の縮小傾向を反映して為替レートの円高がいくらか是正され(相対的にやや円安となった)、それが、わが国の輸出産業に若干の有利さをもたらしたということぐらいが、ささやかながら、唯一の『救い』であったと言えましょう。しかし、最近では、内需不足によりわが国の貿易収支黒字が再び拡大しはじめましたので、近いうちに、為替レートが円高趨勢に戻り、わが国の輸出産業が、またまた、苦しめられることになるのは必至です。不良債権の整理を強行することにともなう倒産や廃業の激増と、それによる景況の悪化は、むしろ、これからが本格化の局面に入ることになるでありましょう。
 そのうえ、平成14年度以降は、政府(ならびに地方自治体)の緊縮財政による景気冷却効果も非常に大きくなると見積らねばなりません。このように悪条件が山積しているわけですから、今後は、わが国の経済の落ちこみと政府・地方自治体の歳入の減少は、きわめて激甚なものになると予測せざるをえないわけです。このような状況は、ただ単なる『痛み』などといった程度のものではなく、まさに、わが国の経済と財政の全面的かつ決定的な壊滅そのものとなる危険性がきわめて濃いものであると、厳しく受け止めねばなりません」
 このように述べた後、「建白書」は、小泉首相に直言する。
 「ここで、あえて直言させていただきますが、構造改革政策でこの危機を打開しようという小泉内閣の政策姿勢は、実は、全くの見当違いだと言わねばなりません。なぜならば、構造改革政策なるものをいくらやってみても、それによって総需要が増えるという確実な因果メカニズムは何も無いからです。それどころか、上記でもふれましたように、現在の小泉内閣が構造改革政策として実施しようとしている諸施策では、むしろ、総需要の大幅な低下が惹起されることが不可避です。総需要が増えないかぎり、経済は成長しえず、景気が回復することもありえません。これは、経済の最も基本的な鉄則です」と。
 続いて、「建白書」は、丹羽氏が提言し続けてきている「救国の秘策」を提示する。その内容は、これまで本稿に掲載してきたものと、基本的に同じ主旨である。これは割愛し、結論部に移ろう。
 「上記のような政策案こそが、私どもが声を大にして提言し続けてきました『救国の秘策』なのです。誰であろうと、先入主的な偏見を棄てて、虚心担懐に考えてみさえすれば、この『秘策』こそが、現在のわが国経済の窮境を打開しうる国家政策としては、ほとんど唯一の『決め手』であるということが、わかるはずです。いま、わが国民(庶民)が心の底から待ち望んでいるのは、まさに、このような『打ち出の小槌』の活用による『救国の秘策』の策定と断行なのです。
 総理、いまこそ、『この打ち出の小槌を振ることこそが、真の構造改革だ!』と叫んでください。
 そして、その実行に踏み切ってください。わが国民も、全世界も、それを熱望しているのです。
 邦家のため、そして、全人類文明のため、総理のご決断を、お願いするしだいです」
 このように、「建白書」は、結んでいる。

 小泉首相が「建白書」に耳を傾けた形跡はない。平成14年(2002)1月にこの「建白書」が出された後も、小泉=竹中政権は、新自由主義・市場原理主義による構造改革を推進し続けた。その政治は、平成18年(2006)9月に小泉氏が辞任するまで、約5年5ヶ月続いた。この間、わが国の経済は悪化し、深刻な状態に陥った。「建白書」の予測どおりだった。

●丹羽氏と山家氏・菊池氏の活動の比較

 ここで別稿「構造改革を告発したエコノミスト」で紹介した山家悠紀夫氏、菊池英博氏と、丹羽氏の言論活動を時系列に沿って比較しておこう。
 丹羽氏は「正統派ケインズ主義」を自称しているが、私の見るところ、山家氏・菊池氏もケインズ主義的な経済政策を提言するエコノミストである。
 山家氏は、平成9年(1997)10月に『偽りの危機 本物の危機』(東洋経済新報社)を刊行した。山家氏は、本書で、構造改革論を「偽りの危機」を煽るものとして指弾し、かえって「本物の危機」を招く恐れがある、と警鐘を鳴らした。この年1月、丹羽氏は、産経新聞に「財政破綻の回避へ秘策、『政府紙幣」なぜ使わぬ」を書き、11月には「経済・財政の再建に『政府紙幣』発行の手も」を掲載した。当時、山家氏が政策批判にとどまっていたのに対し、丹羽氏は救国のための具体的な政策提言をしている。
 丹羽氏は、さらに平成10年(1998)9月小渕首相に「政策要求書」、平成11年(1999)3月同首相に「建白書」を提出した。そして、これらを収録した『日本経済再興の経済学 新正統派ケインズ主義宣言』(原書房)を11年1月、『日本経済繁栄の法則』(春秋社)を同年10月に公刊した。丹羽氏は、本書で自らの理論と主張を広く世に訴え、また国家指導者に提言した。
 菊池英博氏は、平成13年(2001)2月27日の衆議院予算委員会、及び3月15日の参議院予算委員会公聴会で、「日本の財政は純債務でみるべきであり、財政支出余力は十分ある。日本は積極財政をとらないと、財政赤字は拡大し、政府債務は増加するばかりだ」と公述し、政府を批判した。一方、山家氏は、同年9月に『構造改革という幻想』(岩波書店)を発刊した。この年4月より、小泉内閣のもと構造改革論による改革が進められていた。山家氏は、本書で改めて構造改革を厳しく批判した。
 丹羽氏は、14年(2002)1月小泉首相に「建白書」を提出した。それまでの政策提言と同じく、一貫した理論と主張に基く具体的な提案だった。平成15年(2003)8月には『謀略の思想「反ケインズ」主義 誰が日本経済をだめにしたのか』(展転社)を刊行し、「救国の秘策」を訴え続けた。
 小泉政権が続くなか、菊池氏は、平成17年(2005)12月に、『増税が日本を破壊する』(ダイヤモンド社)を出版した。本書で「日本は財政危機ではない。『政策危機』だ」として構造改革を告発し、増税は政策の失敗のツケを国民に回すものであり、日本経済を破壊すると強く反対した。菊池氏が政策提言として「日本復活5ヵ年計画」を発表したのは、21年(2009)7月刊行の『消費税は0%にできる』(ダイヤモンド社)においてである。丹羽氏が「救国の秘策」を掲載した『日本経済再興の経済学 新正統派ケインズ主義宣言』『日本経済繁栄の法則』は、その10年前、平成11年(1999)の公刊である。
 このように見てくると、丹羽氏の言論活動は、山家氏・菊池氏と比べて、時期的に早く、内容が具体的、行動は積極的である点で、際立っていることが分かるだろう。

関連掲示
・拙稿「構造改革を告発したエコノミスト~山家悠紀夫氏と菊池英博氏」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion13i.htm

TPPはトロイの木馬~中野剛志氏

2011-01-25 11:17:13 | 経済
 TPPの参加問題は、あまりに唐突である。TPPは環太平洋パートナーシップ協定。環太平洋戦略的経済連携協定ともいう。昨年10月、ほとんど経済学の基礎知識の無い菅首相が突然、言い出した。そして、アメリカ主導である。オバマ大統領は、輸出を5年間で2倍に増やすと公約したが、成果が上がっていない。TPPで日本を食い物にして、生き延びようとしているのではないか。
 私には、プラザ合意、金融ビッグバン、長銀の買収、郵政民営化等の流れの先端に、TPPがあると思われる。アメリカは日本を金融的に従属させる体制が、あと一歩で完成するところまで来ていた。しかし、アメリカでは、サブプライム・ローンが破綻し、金融危機が始まった。平成20年(2008)9月15日、リーマン・ショックが起こり、大恐慌以来の世界的な経済危機となった。日本は、アメリカの自失によって、かろうじて土俵際で踏みとどまった。
 日本は、逆転のチャンスを得た。しかし、この2年4ヶ月、わが国は有効な政策を実行できていない。わが国は、深刻なデフレが続いている。政府は、デフレの脱却を目指して、積極的な経済成長政策を推進すべきである。だが、麻生政権は小規模な財政出動で中途半端な政策に終わった。リーマン・ショックの1年後、政権に就いた民主党は、鳩山政権、菅政権とも、わが国の経済を一層低迷させてきた。そのため、逆転のチャンスは生かされていない。日本は再びアメリカの攻勢に押されている。それが、TPPの参加問題ではないか、と私には思われる。
 わが国は長年、農業を軽視してきた。そのため、農業の再建なくTPPに参加すると、農業は深刻な打撃を受ける。食糧危機の迫っているこの時代に、自国の農業を潰す政策を取るのは、自滅行為である。農業だけではない。デフレのままTPPに参加して関税を下げれば、アメリカ等からの安い輸入品が大量流入し、日本経済全体が大打撃を受けるだろう。しかも為替の傾向は円高ドル安である。日本に断然不利、アメリカに圧倒的に有利である。
 私はこのような懸念を抱いてきた。先日、マイミクの熊五郎さんから、中野剛志氏の主張を紹介していただいた。私の懸念するところを、中野氏は明確に説いている。中野氏は経済産業省の若手官僚で、現在は京都大学大学院の助教。政府・マスコミが昨年10月以降、「開国」論を展開する中、「日本はすでに開国している」「TPPで輸出は増えない」「TPPは日米貿易だ」という持論を展開してきたという。「NEWS SPIRAL」というブログ・サイトに、TPPに関する中野氏へのインタビュー記事が掲載されている。
 関心のある方は、そのサイトで全文を読んでいただくことにして、以下、中野氏の主張の要点を抜書きする。

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●《インタビュー》中野剛志:TPPはトロイの木馬──関税自主権を失った日本は内側から滅びる
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/01/tpp_5.html

 「TPPの議論はメチャクチャです。経団連会長は「TPPに参加しないと世界の孤児になる」と言っていますが、そもそも日本は本当に鎖国しているのでしょうか。日本はWTO加盟国でAPECもあり、11の国や地域とFTAを結び、平均関税率は米国や欧州、もちろん韓国よりも低い部類に入ります。これでどうして世界の孤児になるのでしょうか。ではTPPに入る気がない韓国は世界の孤児なのでしょうか」
 「環太平洋というのはただの名前に過ぎません。仮に日本をTPP交渉参加国に入れてGDPのシェアを見てみると、米国が7割、日本が2割強、豪州が5%で残りの7カ国が5%です。これは実質、日米の自由貿易協定(FTA)です」



 「(註 昨年10月横浜APECで菅首相は)TPPで関税自主権を放棄するつもりであることを各国首脳の前で宣言したのです」
 「(註 TPPに)中国はおそらく入りません。韓国はというと、調整交渉の余地がある二国間の米韓FTAを選択しています。なぜTPPではなくFTAを選んだかというと、TPPの方が過激な自由貿易である上に、加盟国を見ると工業製品輸出国がなく、農業製品をはじめとする一次産品輸出国、低賃金労働輸出国ばかりです。韓国はTPPに参加しても利害関係が一致する国がなく、不利になるから米韓FTAを選んでいるのです。日本は米国とFTAすら結べていないのに、もっとハードルが高く不利な条件でTPPという自由貿易を結ぼうとしています。戦略性の無さが恐ろしいです」
 「日米間で関税を引き下げた後、ドル安に持って行くことで米国は日本企業にまったく雇用を奪われることがなくなります。他方、ドル安で競争力が増した米国の農産品が日本に襲いかかります。日本の農業は関税が嫌だからといって外国に立地はできず、一網打尽にされるでしょう」
 「米国の関税は自国を守るためのディフェンスではなく、日本の農業関税という固いディフェンスを突破するためのフェイントです。彼らはフェイントなどの手段をとれるから日本をTPPに巻き込もうとしているということです」
 「関税が100%撤廃されれば日本の農業は勝てません」
 「物価が下がって困っている現状で、安い製品が輸入されてくるとデフレが加速します。安い製品が増えて物価が下落して影響を受けるのは農業だけではありません。デフレである日本がデフレによってさらに悪化させられるというのがこのTPP、自由貿易の問題です」。
 「デフレの時はデフレの脱却が先なのです。インフレ気味になり、食料の価格が上がるのは嫌なので農業構造改革をするということはアリだと思います。日本は10年以上もデフレです。デフレを脱却することが先に来なければ農業構造改革は手をつけられません」
 「(註 TPP参加に)デメリットは山ほどありますが、メリットはないんです」
 「デフレを脱却し、内需を拡大し、経済を成長させれば、関税を引き下げることなく輸入を増やすことができます」
 「尖閣や北方領土の問題を抱え、軍事力強化は嫌だなと思っているときにTPPが浮かび上がってきて、まさに『溺れる者は藁をもつかむ』ようにTPPにしがみつきました。でもこれにしがみついたって何の関係もないです。もし米国が日米同盟を重視していないのであれば、TPPに入ったって日本を守ってくれません」
 「この程度の議論は、私みたいな若輩者が言わなくても、偉い先生が言うべきなのに誰も声を上げません、もはや民主主義国家じゃないですよ」
 「(註 TPP参加で困るのは)国民全体です。農業界だけじゃありません。あるいは日本でデフレが進行すれば日本が輸入しなくなり、世界全体も困ります」
 「欧州では『トロイの木馬』の教訓があります。それは『外国からの贈り物には気をつけよう』という言い伝えです。外国から贈り物を受け取るときはまず警戒するものですが、日本はTPPという関税障壁を崩すための『トロイの木馬』を嬉々として受け入れようとしているのです」
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関連掲示
・拙稿「アメリカに収奪される日本~プラザ合意から郵政民営化への展開」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion13d.htm
参考資料
・「中野剛志先生のよくわかるTPP解説―日本はTPPで輸出を拡大できっこない!」
http://www.youtube.com/watch?v=nRmNJpUj5sI&feature=related
・チャンネル桜「5/5【経済討論】TPPと世界経済の行方[桜H23/1/15]
http://www.casttv.com/video/1gl6fss/5-5-h23-1-15-video
 中野氏の発言あり(三橋貴明氏、田村秀男氏、東谷暁氏らとの討論会)


救国の秘策がある18~丹羽春喜氏

2011-01-24 09:40:13 | 経済
●小渕首相への「建白書」(平成11年)

 丹羽氏は、平成11年(1999)3月3日にも、小渕首相に「建白書」を出した。内容は『日本経済繁栄の法則』(春秋社、平成11年10月刊行)に掲載されている。丹羽氏のサイトには載っていない。
 この「建白書」は、丹羽氏が加瀬英明(国際問題評論家、以下肩書きは当時のもの)、三宅久之(政治評論家)、宮崎正弘(経済・政治評論家)、永安幸正(麗澤大学教授)、尾上洋一(市場新聞社社長)、佐野博持(神戸地域産業フォーラム理事長)、宍戸駿太郎(環日本海経済研究所所長)の各氏と連名で、提出したものである。丹羽氏が幹事として、これら8名の意見を集約して執筆の任にあったという。長文なので、要約にて内容を概観する。
 「建白書」は「内閣総理大臣 小渕恵三殿」に当てて、次のように進言する。
 「わが中央政府の負債額は、長期債務だけでも、実際には500兆円を大きく超えるほどの巨額にのぼるものと考えねばならないような状況です。宮沢蔵相が『‥‥‥財政としては、もう、後がない!』と語っておられるほどですから(『日本経済新聞』夕刊、平成10年12月21日号)、事態はきわめて深刻で、国民が不安の念を持つのも当然です。
 だとすれば、もう、このあたりで、わが国の政府の政策担当者諸氏も、虚心に事態の真の状況を直視し、現実的かつ合理的に危機打開策を策定することに踏切らねばなりますまい。すなわち、このさい、貴台をはじめ、政策担当者諸氏は、少なくとも以下の六つの重要な事柄を、勇気を持って明確に認識することから、出直していただきたいと存じます」
 六つの重要な事柄とは、要旨次のようなものである。

(1)わが国の経済を不況・停滞から脱却させ、力強く成長させていくためには、総需要を十分に伸ばすことこそが必要。思いきったケインズ的積極財政による画期的に大規模な政府支出の拡大を。
(2)わが国経済の不況・停滞は、ひとえに、マクロ的な総需要の不足にこそ、その原因がある。「まず構造改革をやれ! それがすむまでは、総需要拡大政策などはやるな!」といった意見は、根本的に間違っている。
(3)積極的財政政策のためのマネタリーな財源を国債発行に求めることは、もはや、現在においては、適切ではない。
(4)財政再建を、大幅な増税や歳出の徹底的な緊縮といったやりかたで達成することは、とうてい不可能。無理に強行すれば、不況を極度に激化させて、経済と民生に甚大なダメージを与えるだけではなく、税収を大幅に落ちこませ、政府財政の破綻をますます絶望的に深刻化させる。
(5)現在のわが国経済においては、『デフレ・ギャップ』がGDPベースでの総生産能力の30~40パーセントに達している。
(6)このデフレ・ギャップという形の巨大な生産能力の余裕こそがわが国の『真の財源』である。ひとたび、この『真の財源』を活用することができるようになれば、わが国は、国民も政府も、ほとんど無尽蔵ともいうべき『打ち出の小槌』を持つことができるようになる。

 「いまこそ、わが国の政府も国民も、以上の(1)から(6)までのきわめて重要な疑う余地のまったく無い客観的な条件を、はっきりと冷静に見すえるべきときです。そして、その意味するところを明確に理解しさえすれば、そこから、自ずと、現在の危機的な難局を打開して日本経済を再興させるための、決定的・即効的な方策が割り出されてくるはずです」
 すなわち、「『国(政府)の貨幣発行特権』を大規模に発動し、『政府貨幣』としての『政府紙幣』の発行によって大々的な内需拡大政策のためのマネタリーな財源とするという決断を、下すべきときでしょう」

 「建白書」は、このように提案した後、現状への憂慮を述べる。
 「ここで、私たちにとって、憂慮にたえないことを、ぜひとも、申し添えておかねばなりません。それは、貴台がひきいておられる現在のわが国の政府が、われわれが論述してきましたような経済学的にオーソドックスな『正しい』政策体系とは正反対の、むしろ、非常に『間違った』方向の経済政策をあえて推進しようとしておられるように思われるという点です」。
 たとえば、平成11年1月21日に大蔵省が出した2003年までの「中期財政試算」は、「ただ、ことさらに、日本経済の低迷・衰退が宿命的かつ不可避なものだと示されているのみ」。同年2月26日経済戦略会議が出した「日本経済再生への戦略」と題する報告書は、「『潜在成長率』の概念をはなはだしく曲解したうえで、それに基づいて、今後のわが国経済に極端な低成長の停滞状態を強要しようとするきわめてミス・リーディングな政策提言を行なっている」。
 同年1月29日に閣議決定された「産業再生計画」は、「それ以上に、きわめて破壊的な危険性」を内含しており、「貴重な『真の財源』である余裕生産能力の破棄を推進しようとさえするような政策姿勢」が盛り込まれている。「現在においてであれば、生産能力に大きな余裕があるおかげで、総需要を増やしさえすれば、きわめて容易に、日本経済を力強く回復・再生させていくことができますが、ひとたび、この『真の財源』である余裕生産能力を破棄させてしまおうとするような『供給サイド政策』が強行されてしまえば、もはや、万事休すで、そうなってしまえば、その後、日本経済は、おそらく百年から二百年といった超長期にわたって、悲惨な困窮・低迷の状態に坤吟しなければならなくなるものと思われます」。
 このように述べた後、「建白書」は、最後に次のように要請する。
 「小渕総理、上記のごとく、私たちが、るる述べてきましたように、いまや、総理のひきいておられる政府は、根本的に間違った経済政策の運営によって、わが国の経済を決定的に破壊しようとしておられるように思われます。どうか、この、私たちの書簡を熟読され、よくお考えになって、そのような不条理な暴挙を思いとどまってくださるよう、お願いいたします。そして、われわれが上記で提言しましたような、簡潔明瞭な、そして、決定的かつ即効的で、容易に実行しうるところの真正のケインズ的総需要拡大政策を断行し、わが国の経済を隆々たる再興の道程に導かれるよう、強く要請いたします」と。

 残念ながら、小渕首相は、平成12年(2000)5月14 日に急逝した。「建白書」の提言は生かされることなく、森政権、そして小泉政権へと移行した。この間、わが国の政府は、新自由主義・市場原理主義的な構造改革政策を策定した。丹羽氏らのケインズ主義的な提言とは、正反対の方向へ日本を進めるものだった。

 次回に続く。

尖閣事件を起訴猶予で終わらせるな

2011-01-23 08:46:26 | 時事
 1月21日、尖閣沖中国漁船衝突事件のビデオをネットに掲載した一色元保安官は、起訴猶予となった。一色氏は刑事処分の前に辞職を願い出た。しかし、海上保安庁の内規に則り、秘守義務違反によって停職12か月の懲戒処分を受け、その後、辞職が認められた。私は、自ら辞職した一色氏が、そのうえ起訴・裁判とならなかったのは、良かったと思う。一色氏には、今後の人生を誇りを持って生きて欲しいと思う。
 一色氏と同時に、中国人船長も起訴猶予となった。検察及び政府としては、これで終結にしたつもりだろうが、事件そのものは重要部分が何も解明されていない。漁船拿捕・船長逮捕のシーンを含むビデオは、公開されておらず、検察に対する政府中枢の介入も、事実関係が明らかになっていない。

 国会で関係者にのみ限定公開されたビデオは、わずか6分間だった。ビデオは全体で2時間あるというのに、録画の全体は公開されていない。120分のものを6分にしたとは、20分の1にしたということである。意図的に内容をカットした可能性がある。カットされた部分に何があるのか。
 逮捕時、船長は酒を飲んでいたようだ、と海保の職員が証言している。酒気おび程度かと想っていたら、中国人乗組員14人が、船長は酒を大量に飲んでいたと証言した、と中国当局者が明らかにした。海保の職員が漁船に乗り込み、船長や乗組員ともみ合いになり、逮捕した過程を撮っていないのか。私には、尖閣沖衝突事件で、速度を上げて海保の巡視船に衝突した中国漁船の乗組員が、おとなしくわが国の海保職員に従ったとは思えない。衝突後の追跡はどう行われたのか。逮捕はどう行われたのか。船長の酩酊状態は映っていないのか。これらの確認のために、未編集の全記録を国民に全面公開すべきである。

 今回の一連の事件の本質は、漁船衝突事件に係る中国人船長の責任にある。ビデオの流出事件は、尖閣沖中国漁船衝突事件の派生的な出来事にすぎない。船長は領海侵犯、公務執行妨害、器物破損等の罪に問われねばならなかった。刑事事件と共に民事事件として、1000万円といわれる巡視船の修理代も請求しなければならないものだった。この問題が、ビデオ流出事件の影に隠れてしまった。
 最大の問題は、船長の釈放という判断にあったことは明らかである。政府中枢は、地検独自の判断と説明するが、政府中枢が関与したと思われる証言が多数出ている。ビデオ流出に関する海保長官、国交相等の責任は監督責任というかなり形式的なものに過ぎない。しかし、船長の釈放に関しては、直接的な指示を官房長官、法相等が行った可能性がある。国会での審議やマスメディアの報道は、派生的な事件の方に論点が流れてしまった。

 わが国の現政権では、政治家は日本人としての誇りを持たず、国を守る気概が無く、自らの言動に無責任で、その場しのぎの対応を繰り返している。尖閣事件は、そうした日本の現状をさらけ出した。これを見た中国指導層は、これまで以上に、日本を見下げている。日中関係は、日本にとって危険な状態にある。
 今後、中国漁船衝突事件とビデオ流出事件は、一連の出来事として尖閣事件を呼ばれるとよいだろう。尖閣事件は、日本人に覚醒を迫る事件である。自らの魂を失った国民は、自らの国を失う。尖閣を守れなければ、沖縄を守れない。沖縄を守れなければ、日本を守れない。日本人は今、精神的に覚醒しなければならない。
 元保安官と中国人船長の起訴猶予で、尖閣事件を終わらせてはならない。うやむやにしてしまうと、尖閣の防衛整備を進めるうえで、大きな支障となる。事件の解明を進めながら、本年6月17日を充分警戒して、尖閣防衛の整備を急がねばならない。この点は、拙稿「尖閣諸島、6月17日備えよう」をご参照願いたい。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12i.htm

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●産経新聞 平成23年1月21日

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/486945/
元海上保安官、中国船船長とも起訴猶予
2011/01/21 20:45更新

 沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突をめぐる映像流出事件で、東京地検は21日、国家公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検された一色正春・元海上保安官(44)=依願退職=を不起訴(起訴猶予)処分とした。那覇地検も同日、公務執行妨害容疑で逮捕され、処分保留のまま釈放された中国人船長(41)を起訴猶予処分とした。一連の事件の捜査は事実上終結した。
 東京地検は流出映像について、刑事事件の証拠であり、同法の「秘密」に当たると認定。しかし、海上保安庁の映像管理が不十分で入手は偶発的なことや、利益目的ではないことなどから、犯行は悪質ではないと判断した。
 東京地検によると、一色元保安官は動機について「衝突事件の状況を広く一般社会に知ってもらいたかった」と説明。「軽率だった」と反省していたという。投稿時に名乗った「sengoku38」の意味は供述しなかった。
 一方、那覇地検は船長について、衝突された巡視船の損傷は航行に支障を生じるものではなく、負傷者がいなかったことなどを起訴猶予の理由に挙げた。今月20日に石垣海上保安部から追送検を受けた外国人漁業規制法違反容疑についても起訴猶予とした。
 那覇地検は勾留期限前の昨年9月25日、「日中関係を考慮する」などとして処分保留で釈放し、船長は帰国していた。
 両地検によると、船長は昨年9月7日、海保の巡視船が停船を命じながら追跡してきた際、漁船を巡視船2隻に衝突させ、海上保安官の職務執行を妨害。一色元保安官は昨年11月4日、神戸市内のインターネットカフェから、衝突場面を含む映像を動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿し、職務上知り得た秘密を漏洩(ろうえい)させたとされる。

●産経新聞 平成23年1月22日 主張

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110122/plc11012202540022-n1.htm
尖閣事件不起訴 映像公開と捜査検証急げ
2011.1.22 02:53

 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で検察当局は、中国人船長と、衝突ビデオを流出させた神戸海上保安部の元海上保安官を不起訴(起訴猶予)処分とした。あまりに遅く、不自然な事件処理だ。
 不起訴により刑事訴訟法の「証拠」ではなくなった衝突ビデオは、政府が自らの責任でそのすべてを公開すべきである。
 最高検察庁は、船長の不起訴処分について、衝突された巡視船の損傷が航行に支障をきたすほど大きくはなく、人的被害もなかったことや、計画性が認められないことなどを理由にあげた。
 那覇地検は昨年9月、船長を処分保留で釈放した際、「わが国国民への影響や今後の日中関係を考慮した」と、その理由を述べた。検察が外交的背景を考慮して政治判断を行ったことになる。
 最高検は不起訴の理由に外交的配慮は含まれず、釈放時の那覇地検の判断は、あくまで身柄拘束を継続するか否かについてのものだったとした。一方で、「(船長を)釈放して事実上起訴することが困難になったことは否定できない」とも述べた。船長の釈放時点で、不起訴処分は決まっていたも同然だったのだ。
 衝突時に海保が撮影したビデオ映像の公開を求める声に政府は、初公判前の証拠公開を禁じた刑訴法を理由に拒み続けた。事実上、捜査は終了していたこの事件で、もっと早く船長を不起訴としていれば、ビデオは非公開の根拠をなくしていたはずだ。
 ずるずると処分保留のまま引き延ばしてきたことが、ビデオの流出事件を誘発した。中国漁船の側に非があることを明白に物語る映像は、本来、とっくに公開されているはずのものだった。
 海上保安官の起訴猶予は、海保側の映像の管理が不十分だったことや、私利私欲の目的がなかったことなどが理由にあげられており、妥当な判断といえる。
 対照的に、那覇地検の捜査をめぐっては那覇検察審査会に不起訴不当の審査開始が申し立てられ、「不起訴処分が存在しない」として却下された経緯もある。
 逮捕、釈放、不起訴と進んだ事件処理に政府の関与、干渉はなかったのかなど、解明されるべき問題は多い。検察審査会の場などで捜査の検証を進めることも重要だ。不起訴処分を事件の幕切れにしてはならない。
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■追記

 事件の真相解明、責任追及、再発防止の方法としては、一般的な言論活動のほかに、国会で国会議員が証人喚問を行うこと、国民が検察審査会に審査申立をすることが考えられる。昨秋自民党には証人喚問を求める動きがあったが、その後、目だった展開が見られない。外交・安全保障に係る国会議員があいまいにすると、将来に禍根を残す。司法と政治の関係についても同様である。検審に対しては、1月25日に審査申立があった。有権者の代表による公正な審査に期待する。以下に追加掲載する。

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●TBSニュース 平成23年1月26日

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4634514.html
「中国船長不起訴は不当」審査申し立て

 尖閣諸島沖の漁船衝突事件で中国人船長が不起訴となったことを受け、25日、ジャーナリストら5人が不起訴は不当だとして、沖縄の那覇検察審査会に審査を申し立てました。
 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件を巡り、那覇地検は船長が帰国したことや計画性がなかったことなどを理由に船長を不起訴としました。これを受け、東京などに住むジャーナリストら5人が「計画性が無かったとは言えない」などとして、25日、那覇検察審査会に審査を申し立てました。
 「不起訴自体が非常に恣意的で政治的なものと断じざるを得ないと。真摯に証拠に向き合っていただいて、ビデオを見て、本当に検察の不起訴が正しかったのかどうか、判断していただきたいと思っています」(ジャーナリスト・山際澄夫さん)
 申し立てを受け、今後は市民から選ばれた11人が審査することになります。(26日02:45)

●産経新聞 平成23年1月25日

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110125/trl11012511070041-n1.htm
尖閣事件で中国人船長起訴猶予 「納得できない」ジャーナリストら検察審査会に申し立てへ
2011.1.25 11:06

 沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、処分保留のまま釈放され、不起訴(起訴猶予)処分となった中国人の船長(41)について、千葉県内に住むジャーナリストの男性ら5人が25日午後、「不起訴は全く納得できない」として、那覇検察審査会に申し立てを行う。
 男性らは「自ら船長を釈放しておいて、船長が帰国しているので不起訴だというのは論理的にも矛盾している」と指摘した上で、「不起訴は事件を矮小(わいしよう)化した結果で到底受け入れがたい」としている。(略)
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