●移民国家オーストラリアの失敗
坂中英徳+浅川晃広著『移民国家ニッポン』は、日本が学ぶべき移民国家のモデルとしてオーストラリアを挙げる。
オーストラリアに関しては、浅川氏が執筆した第5章「移民先進国オーストラリアに学ぶ『社会統合』の重要性」に主に書かれている。
浅川氏は、「数多くの移民が国家を形成してきた豪州は、世界有数の「移民国家」であり、毎年一定数の移民枠を設定して、移民を受け入れる政策を展開している。豪州は、我が国と同様に、陸上で接する国がなく、また地域的にも同じアジア太平洋地域にあることからも、大いに参考とすべき国であると言える」と言う。そして「『移民国家ニッポン』を目指す上で参考となる『移民先進国』とも言える豪州」と述べている。
果たしてそうか。オーストラリアは、イギリスを中心に白人が移住して、原住民(アボリジニー)を駆逐して作った正真正銘の移民国家である。わが国は長い歴史を持った国であり、由来がまったく違う。オーストラリアはもともとの移民国家が、近年さらに移民を多く受け入れてきたのである。
オーストラリアは、白豪主義を方針としていた。白人以外の人種、特に黄色人種の入国・定住を排斥するのが、白豪主義である。しかし、1970年に政策を転換し、白豪主義が名実共に撤廃されるようになった。替わって、1970年代から導入されてきたのが、多文化主義だった。浅川氏は、その政策を「人種による選別は行わないとする無差別移民政策」と呼んでいる。
1996年、自由党のジョン・ハワード政権は、1983年から13年間続いてきた労働党政権から政権を奪取した。ハワードは国民党と保守連合を組み、2007年まで長期にわたって首相を務めた。
ハワード政権も、多文化主義を継続した。ところが、2005年12月11日、シドニー郊外のクロナラ海岸で人種暴動事件が起こった。レバノン系集団による暴力事件に抗議する集会で、一部が暴徒化し、中東系の人々に暴行を行ったのである。この年は、10月にフランスでアフリカ系移民2世、3世による暴動事件が発生するなど、多文化主義の問題点が表面化した年だった。
浅川氏は「移民やその子孫の社会統合に失敗すれば、単に失業や福祉依存、犯罪問題となるだけではなく、テロ事件や暴動の遠因ともなり、国家の屋台骨に関わる決定的な事態に陥りかねない」と書いている。オーストラリアのハワード政権は、浅川氏によると、「社会統合の失敗の象徴的事件例がクロナラ海岸での事件であったという認識から、移民の国籍取得における『市民権試験』によって、英語能力を高めるインセンティブを提供し、単に法律上で国民とするだけでなく、実質的な『社会統合』を実現しようとしている」。市民権試験とは、「英語の実用的能力や、オーストラリアの価値、慣習、制度、法律、歴史の総合的理解を求める」ものである。市民権試験の導入は、多文化主義政策からの大きな方向転換だった。
オーストラリアの移民政策には、主に配偶者を受け入れる「家族移民」、英語能力や専門知識・技術のある者を受け入れる「技術移民」、海外の難民キャンプにいる者などを受け入れる「人道移民」といったカテゴリーがある。ハワード政権は、技術移民を大幅に増加させた。技術移民は英語能力と専門知識・技術を持ち、雇用などにより社会参加・貢献しており、社会統合において大きな問題は生じないとされる。移民政策の変化は、「どういった移民を積極的に受け入れるべきかどうかの範囲設定の問題」であり、「その基準として社会統合能力を設定」しようというものである。浅川氏は「ハワード政権下の豪州の移民政策における最近の『社会統合』を重視する傾向は、人口減少を踏まえたうえで、『移民国家ニッポン』を目指す中で重要な示唆を含んでいると言えるだろう」と言っている。
坂中氏・浅川氏は、『移民国家ニッポン』で、「人材育成型移民政策」を提唱している。これは「基本的には社会統合能力を重要視するもの」だという。「人口減少の日本が必要とする外国人」は、「若さ、専門知識、日本語能力の三拍子を兼ね備えた人材」であり、「こうした要素の有無が社会統合に直結する重要なもの」であるとする。国際社会は英語が主ゆえ、「英語圏である豪州においては、英語と専門技術を持つ移民を集めることは可能だろう。しかし、日本語圏がない我が国においては、そうした能力を兼ね備えた人材を積極的に育成していかねばならないことは明らかだ。移民先進国・豪州の事例を参考としながら、我が国の現状に適した政策を構築し、『移民国家ニッポン』を目指す必要がある」と説く。
私も、オーストラリアにおける多文化主義からの転換は、わが国が注目すべきものだと思う。ただし、坂中氏・浅川氏は、目標が「移民国家ニッポン」である。その目標をめざすために、他国から参考になる点を採ろうとしている。だが、オーストラリアの事例が示しているのは、日本が他国を真似て移民国家をめざすこと自体に、問題があることである。また、一度多文化主義を導入すると、後で問題があるからと方針を転換しても、もはや遅いということである。そして、ポイントは中国人移民への対応である。その点を次回に書く。
次回に続く。
坂中英徳+浅川晃広著『移民国家ニッポン』は、日本が学ぶべき移民国家のモデルとしてオーストラリアを挙げる。
オーストラリアに関しては、浅川氏が執筆した第5章「移民先進国オーストラリアに学ぶ『社会統合』の重要性」に主に書かれている。
浅川氏は、「数多くの移民が国家を形成してきた豪州は、世界有数の「移民国家」であり、毎年一定数の移民枠を設定して、移民を受け入れる政策を展開している。豪州は、我が国と同様に、陸上で接する国がなく、また地域的にも同じアジア太平洋地域にあることからも、大いに参考とすべき国であると言える」と言う。そして「『移民国家ニッポン』を目指す上で参考となる『移民先進国』とも言える豪州」と述べている。
果たしてそうか。オーストラリアは、イギリスを中心に白人が移住して、原住民(アボリジニー)を駆逐して作った正真正銘の移民国家である。わが国は長い歴史を持った国であり、由来がまったく違う。オーストラリアはもともとの移民国家が、近年さらに移民を多く受け入れてきたのである。
オーストラリアは、白豪主義を方針としていた。白人以外の人種、特に黄色人種の入国・定住を排斥するのが、白豪主義である。しかし、1970年に政策を転換し、白豪主義が名実共に撤廃されるようになった。替わって、1970年代から導入されてきたのが、多文化主義だった。浅川氏は、その政策を「人種による選別は行わないとする無差別移民政策」と呼んでいる。
1996年、自由党のジョン・ハワード政権は、1983年から13年間続いてきた労働党政権から政権を奪取した。ハワードは国民党と保守連合を組み、2007年まで長期にわたって首相を務めた。
ハワード政権も、多文化主義を継続した。ところが、2005年12月11日、シドニー郊外のクロナラ海岸で人種暴動事件が起こった。レバノン系集団による暴力事件に抗議する集会で、一部が暴徒化し、中東系の人々に暴行を行ったのである。この年は、10月にフランスでアフリカ系移民2世、3世による暴動事件が発生するなど、多文化主義の問題点が表面化した年だった。
浅川氏は「移民やその子孫の社会統合に失敗すれば、単に失業や福祉依存、犯罪問題となるだけではなく、テロ事件や暴動の遠因ともなり、国家の屋台骨に関わる決定的な事態に陥りかねない」と書いている。オーストラリアのハワード政権は、浅川氏によると、「社会統合の失敗の象徴的事件例がクロナラ海岸での事件であったという認識から、移民の国籍取得における『市民権試験』によって、英語能力を高めるインセンティブを提供し、単に法律上で国民とするだけでなく、実質的な『社会統合』を実現しようとしている」。市民権試験とは、「英語の実用的能力や、オーストラリアの価値、慣習、制度、法律、歴史の総合的理解を求める」ものである。市民権試験の導入は、多文化主義政策からの大きな方向転換だった。
オーストラリアの移民政策には、主に配偶者を受け入れる「家族移民」、英語能力や専門知識・技術のある者を受け入れる「技術移民」、海外の難民キャンプにいる者などを受け入れる「人道移民」といったカテゴリーがある。ハワード政権は、技術移民を大幅に増加させた。技術移民は英語能力と専門知識・技術を持ち、雇用などにより社会参加・貢献しており、社会統合において大きな問題は生じないとされる。移民政策の変化は、「どういった移民を積極的に受け入れるべきかどうかの範囲設定の問題」であり、「その基準として社会統合能力を設定」しようというものである。浅川氏は「ハワード政権下の豪州の移民政策における最近の『社会統合』を重視する傾向は、人口減少を踏まえたうえで、『移民国家ニッポン』を目指す中で重要な示唆を含んでいると言えるだろう」と言っている。
坂中氏・浅川氏は、『移民国家ニッポン』で、「人材育成型移民政策」を提唱している。これは「基本的には社会統合能力を重要視するもの」だという。「人口減少の日本が必要とする外国人」は、「若さ、専門知識、日本語能力の三拍子を兼ね備えた人材」であり、「こうした要素の有無が社会統合に直結する重要なもの」であるとする。国際社会は英語が主ゆえ、「英語圏である豪州においては、英語と専門技術を持つ移民を集めることは可能だろう。しかし、日本語圏がない我が国においては、そうした能力を兼ね備えた人材を積極的に育成していかねばならないことは明らかだ。移民先進国・豪州の事例を参考としながら、我が国の現状に適した政策を構築し、『移民国家ニッポン』を目指す必要がある」と説く。
私も、オーストラリアにおける多文化主義からの転換は、わが国が注目すべきものだと思う。ただし、坂中氏・浅川氏は、目標が「移民国家ニッポン」である。その目標をめざすために、他国から参考になる点を採ろうとしている。だが、オーストラリアの事例が示しているのは、日本が他国を真似て移民国家をめざすこと自体に、問題があることである。また、一度多文化主義を導入すると、後で問題があるからと方針を転換しても、もはや遅いということである。そして、ポイントは中国人移民への対応である。その点を次回に書く。
次回に続く。