ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ユダヤ95~ユダヤ的価値観の世界的普及

2017-08-31 09:25:15 | ユダヤ的価値観
●ユダヤ的価値観の世界的普及
 
 ユダヤ教は、現世における利益の追求を肯定し、金銭の獲得を肯定する。ユダヤ教的な価値観が非ユダヤ教徒の間にも広く普及したものこそ、今日に至る資本主義の精神だと私は考えている。
 そして、資本主義世界経済の発達によって、ユダヤ教の価値観がヨーロッパ文明のみならず、非ヨーロッパの諸文明にも浸透した。ユダヤ人だけでなく、ユダヤ的な価値観を体得した諸国民が、地球規模の資本主義経済を推進しているのである。
 ここにいうユダヤ的価値観が経済機構として現実化したものの一つが、ヨーロッパ各国につくられた中央銀行である。1913年には、アメリカにも連邦準備制度という名のもとに中央銀行がつくられた。また中央銀行制度を核心として、第2次世界大戦後に作られた世界銀行(IBRD)や国際通貨基金(IMF)、世界貿易機関(WTO)等の国際経済機構も、ユダヤ的価値観が経済機構として現実化したものだろう、と私は考えている。「国際連合=連合国」は、こうした国際経済機構が世界的に機能するための政治的・軍事的な調整機関となっていると思われる。
 第2次大戦後、ドルが基軸通貨となったことにより、アメリカ連邦準備銀行(FRB)は、先進国諸国の中央銀行の中で中心的な存在となった。すなわち基軸通貨ドルを発行し、金利を決定する世界の金融の要となったのである。
 世銀やIMFは、巨額の資金を対象国に融資し、戦後の復興の事業で利益を出した。また、その国が経済発展の段階に入ると、中央銀行を設立したり、または傘下にしたりして、その国の経済を管理下に置く。そして金融を通じて国家を支配する活動をしているものと思われる。その世銀にしてもIMFにしても、アメリカからドルの供給を受ける。世銀やIMFは、アメリカの連邦準備銀行がその国際業務を、国際社会の経済機構に担わせたものとも考えられる。そして、連銀は、純粋にアメリカの銀行ではなく、ユダヤ系を中心とする米欧の巨大国際金融資本が共同出資した世界中央銀行的存在と考えられる。
 アメリカの連邦準備制度とは、ロスチャイルド家が成し遂げたヨーロッパの金融による支配をアメリカにも拡大したものである。さらに、その制度を基礎とする世銀・IMF等は、それを世界に拡大するものだろう。こうした金融による世界支配は、ユダヤ的な価値観に基づくものだと私は考える。その推進主体は、ユダヤ人に限らない。ユダヤ的価値観を体得した非ユダヤ人が、多数いる。ユダヤ系かどうか、ユダヤ教徒どうかは、本質的ではない。ユダヤ的な価値観を体現しているかどうかがポイントである。言い換えれば、巨大国際金融資本が、金融による世界支配を進めているのであり、その所有者や経営者の中には、ユダヤ人もいれば非ユダヤ人もいるということである。
 資本は欲望の権化であり、欲望の物質化・機構化にほかならない。欲望を解放し、欲望が欲望を刺激して、自己増殖するシステムが資本主義である。その欲望の解放・増大を肯定し、促進するのが、ユダヤ的価値観である。
 国家間の対立、イデオロギーや体制の違いに関りなく、資本は双方に投資し、国家間の競争を利用して価値増殖運動を続ける。戦争も平和も、好景気も不景気も、すべてビジネス・チャンスであり、諸国家の興亡も、諸文明の隆衰も、資本の成長にとってはすべてが栄養となる。この資本と決定的に対立するもの。それは、自然である。地球の自然こそ、資本の暴走の前に立ちはだかる、もの言わぬ警告者である。自らの欲望を制御できずに突き進む人類に対し、地球の自然は、自滅の危機を黙示している。中でも重大な警告が、地球の温暖化であり、それに伴う気象の異変や生態系の崩壊である。
 人類社会を大きく変貌させてきた近代西洋文明の重要要素に、ユダヤ的な価値観がある。その価値観を転換し、人と人、人と自然が調和して生きる価値観を確立し、世界に普及すること。それが、現代人類の重要課題である。

●ロスチャイルド家とロックフェラー家の勢力の変化

 ところで、私は、20世紀以降、ヨーロッパの財閥とアメリカの財閥の力関係は、ヨーロッパの国家群とアメリカ合衆国の優劣と相関していると思う。第2次世界大戦後、イギリス、フランス、オランダ、ベルギー等は植民地を失い、国力を下げた。逆にアメリカは、戦時中の軍需生産によって、圧倒的な経済力と軍事力を獲得した。
 ロスチャイルド家は、大戦中、ヒトラーによってフランクフルトとウィーン、またムッソリーニによってナポリのロスチャイルド家が滅ぼされた。生き残ったのは、ロンドンとパリの二家のみとなった。
 その一方、ロックフェラー家は、躍進したアメリカにおいて、全米の富の半分以上を所有する巨大財閥となった。その結果、ロスチャイルド家は相対的に力を弱め、ロックフェラー家が勢力を伸ばした。
 ただし、ロスチャイルド家は、大戦で痛手を受けたとはいえ、なお巨大である。戦後もイギリス王室の繁栄は、ロスチャイルド家の富で支えられ、フランスの国家経済はロスチャイルド家の影響下にある。ウィンストン・チャーチルは戦後も常にロスチャイルド家に忠実であり、ジョルジュ・ポンピドゥーはロスチャイルド銀行の頭取からフランスの首相となった。ユダヤ人を同化したイギリスやフランスは、逆に経済的にはユダヤ人の特定集団に支配される国になったのである。
 イギリスは、アラブ対ユダヤの対立に手を焼き、1947年(昭和22年)、パレスチナの委任統治権を「国際連合=連合国」に返上した。以後、ユダヤ人国家を建設しようとするシオニズムの後ろ盾となる国家は、アメリカに替わった。ここで重要な役割を担うことになったのが、ロックフェラー家である。
 ロックフェラー財閥は、スタンダード・オイル社の創業者一族であり、代々アメリカの石油、金融、不動産、軍事産業、マスコミなどあらゆる産業を支配してきた。その富をもって、国際政治に強い影響力を発揮してきた。ロックフェラー家はユダヤ系ではないが、ロスチャイルド家とは深い関係にあり、ユダヤ的価値観を体得・体現した財閥である。
 アメリカは、イスラエル以外で、世界で最も多くのユダヤ人が住む国家である。アメリカのユダヤ人の6~7割はニューヨークに住む。ニューヨークの人口の3~4割はユダヤ人といわれ、世界の金融を支配するウォール街は、ロンドンのシティとともに、ユダヤ人が活躍する舞台である。それゆえ、英米両政府は、ロスチャイルド家をはじめとする巨大国際金融資本の要望と支援を受けて、ユダヤ人の権利が保障されるような国際社会を実現しようとしてきたと考えられる。

 次回に続く。
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北朝鮮のミサイルが日本上空を飛行

2017-08-30 09:32:14 | 時事
 8月29日5時58分、北朝鮮がミサイルを発射し、6時6分、北海道上空を通過。6時12分に襟裳岬より東1180kmの太平洋上に落下しました。この間、わが国は6時3分にJアラートで速報を流し、地域自治体は即応体制を取りました。6時24分に安倍首相が官邸でぶら下がり会見をし、6時40分には菅官房長官が緊急会見しました。政府の対応は敏速です。
 ただし、発射から探知まで約3分かかり、Jアラートで伝達するのに1分~1分30秒かかります。アラートが鳴ってから回避行動を取れる時間は、2分~3分です。普段から万が一のための心構えと訓練が必要です。

 もし日本の領土を狙った発射であれば、イージス艦及びPAC3の迎撃システムで迎撃しています。今回のミサイルを迎撃しなかったのは、米軍及び自衛隊がその必要がないと判断したからでしょう。迎撃の必要がある体制はしっかりできていると見られます。

 北朝鮮は、現在実施中の米韓合同演習に対抗するため、今回のミサイル発射を行ったと考えられます。米国を直接刺激するグアム方面ではなく、北日本方面に向けたものでしょう。何か新たな能力を試す実験だったのかどうかは、不明です。飛行距離は2700キロでグアム周辺までは600キロ足らず、グアム攻撃の実力を示すには至りませんでした。それが失敗だったのか、計画的に距離を抑制したものだったのかも、不明です。

 北朝鮮のミサイルが日本上空を飛行したのは、今回が初めてではなく、19年前の1998年に「テポドン1号」が日本列島を越え、三陸沖に落下したのが最初です。また、北朝鮮は1990年代に日本のほぼ全域を射程に入れる中距離弾道ミサイル「ノドン」を開発し、実戦配備していると見られます。

 米国と違い、日本は北朝鮮から本土を攻撃される脅威に、既に20年以上前からさらされています。北朝鮮は、日本向けの弾道ミサイルの弾頭に、核兵器ないしサリン等の毒ガスを搭載する技術も確立していると見られます。北朝鮮だと話題になりますが、中国の核ミサイルには、さらに前から、また遥かに多数かつ強力な破壊力による脅威に、日本はさらされてきています。これに対し、わが国の防衛体制は、あまりにも遅れています。核シェルターは普及せず、国民にガスマスクも支給されていません。真剣に防衛体制の強化を実施しなければなりません。それを妨げる政治家を、国政選挙で国会から駆逐しましょう。
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中国爆撃機が紀伊沖を飛行

2017-08-28 09:03:06 | 時事

 8月24日、中国空軍のH6爆撃機6機が、沖縄本島と宮古島の間を通過して紀伊半島沖まで飛行。航空自衛隊の戦闘機が緊急発進しました。中国空軍は「実戦能力を高め、強軍事業を推進するものだ」「どのような妨害に遭おうとも、中国空軍はこれまでと少しも変わらない。これからも頻繁に飛行訓練を行う」と主張しています。

 対北朝鮮の米韓合同軍事演習の最中、今回の焦点となっているB1B爆撃機に対抗するかのように、爆撃機を沖縄と宮古の間という中国が太平洋へ出るための最短ルートを通って飛ばし、米軍をけん制し、日本を威嚇するーーーぬけぬけとやってくれたものです。

 本件につき、シナ系日本人評論家の石平氏は、ツイッターに次のように書いています。

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石平太郎‏ @liyonyon · 8月24日
朝起きて中国軍の爆撃機六機が紀伊沖に飛来したニュースを見て愕然とした。それは明らかに、いずれか京阪神に爆弾の雨を降らせ「火の海」にするぞという赤裸裸の脅しであった。中国からの軍事脅威が目の前に迫ってきている。日本人はそれでも、「平和」を叫べば戦争がやってこないと信じるのか。

石平太郎‏ @liyonyon · 8月24日
中国軍の爆撃機六機が紀伊沖に飛来した一件、その意味するところは要するに、中国はもはや、日本に対する軍事侵略の意図を隠さなくなったことだ。昨年に百田尚樹先生と「カエルの楽園が地獄と化す日」の対談本を出して、中国の日本侵略のシナリオを警告したが、それは早くも、目の前の現実となった。

石平太郎‏ @liyonyon · 47分47分前
北朝鮮はまたもや日本海に向けてミサイルを撃ってきた。それ自体は日本にとっての脅威だが、さらに厄介なことに、中国の爆撃機が紀伊沖まで飛んで来るような重大ニュースも北朝鮮の動きに埋没され注目されないのだ。北朝鮮危機に乗じての中国の火事場泥棒、それこそがもっとも警戒すべきだ。
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 以下、参考記事。

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●産経新聞 平成29年8月25日

http://www.sankei.com/politics/news/170825/plt1708250007-n1.html
2017.8.25 01:14更新
【中国爆撃機・紀伊沖飛行】
中国空軍報道官「実戦能力高め、強軍事業を推進する」「頻繁に飛行する」



 【北京=西見由章】中国国防省は24日、中国空軍が同日に遠海(飛行)訓練を実施したと発表した。申進科・空軍報道官は声明で「中国空軍が遠海訓練を常態化させているのは国際法と国際慣例に合致している」と主張。訓練は「実戦能力を高め、強軍事業を推進するものだ」とし、「どのような妨害に遭おうとも、中国空軍はこれまでと少しも変わらない。これからも頻繁に飛行訓練を行う」と主張した。
 防衛省によると、中国のH6爆撃機6機は24日、沖縄本島と宮古島の間を通過して紀伊半島沖まで飛行し、航空自衛隊の戦闘機が緊急発進(スクランブル)した。領空侵犯はなかった。
 防衛省統合幕僚監部によると、このルートで中国機の飛行が確認されたのは初めて。
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ユダヤ94~各種人権条約の締結

2017-08-27 09:04:02 | ユダヤ的価値観
各種人権条約の締結

 国連は創設以来、個別的な人権の保障を目的とした条約を数多く採択している。広範な問題についておよそ80件の条約や宣言が国連の枠組みの中で締結されてきた。こうした条約の中で最も早い時期に結ばれたのが「集団殺害罪に関する条約」「難民の地位に関する条約」「無国籍者の地位に関する条約」である。
 第2次大戦後、戦争による惨禍を振り返る中で、ユダヤ人への迫害、大量殺戮、多数の難民の発生等が国際社会で大きな問題となった。それらの問題に対処し、ユダヤ人への迫害・殺戮を防止し、難民を救済することが求められた。これをユダヤ民族という特定の民族だけでなく、他の民族にも適用・拡大する形で、ジェノサイド条約、難民条約、無国籍条約が制定された、と私は考える。
 個別的人権条約は、すべてが世界人権宣言に触発されて成立したのではない。世界人権宣言は、1948年(昭和23年)12月10日に国連総会で採択されたが、その前日の12月9日に「集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約」すなわちジェノサイド条約が成立している。世界人権宣言で普遍的な人権基準を定める前に、また特定の事案について宣言という理念的な打ち出しを経ることなく、集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約が締結された。世界人権宣言の起草・協議が進められ、まだ総会で採択される前に、この条約は先行して実現したのである。ここに、第2次世界大戦後の人権保障におけるユダヤ人を主な対象としたジェノサイドへの対応の重要性が現れている。ジェノサイド条約は、1951年に発効した。
 集団殺害は、第2次世界大戦がはじまる前から、ナチスによって行われていた。ナチスによるユダヤ人への迫害は、戦争が原因ではない。平時から行われていた。ジェノサイド条約は、集団殺害罪を国民的、人種的、民族的、または宗教的な集団を破壊する意図を持って行われる行為であると定義付け、それを犯した者は法に照らして処罰することを国家に義務付けるものである。
 1951年に、「難民の地位に関する条約」すなわち難民条約が、国連総会で採択され、1954年に発効した。難民は refugees の訳であり、refugeesは亡命者とも訳す。難民条約は、難民の権利、特に迫害の恐れのある国へ強制的に送還されない権利を定めており、また労働、教育、公的援助よび社会保障の権利や旅行文書の権利など、日常生活のいろいろな側面について規定している。これも主にユダヤ人難民への対応を目的とし、それを他の民族に拡大したものである。ただし、ここにはイスラエルの建国とパレスチナ難民の問題が絡んでいる。
 先に書いたように、1947年の国連におけるパレスチナ3分割案の可決、48年の第1次中東戦争でのイスラエルの圧勝、49年の休戦協定によるイスラエルのパレスチナ全土80パーセントの支配――これらの過程で、パレスチナ人130万人のうち100万人が難民となったとされる。ユダヤ人は一方で難民として国際社会で救済されながら、一方ではイスラエル建国を通じて他民族に難民を生み出している。背景には、ユダヤ民族を神に選ばれた民とし、他民族を蔑視する選民思想があり、この宗教思想が複雑な民族問題を醸成している。
 1967年には、「難民の地位に関する議定書」が採択され、同年発効した。条約は本来第2次世界大戦による難民を対象にしたものだったが、この議定書によって条約の適用範囲が拡大され、戦後に生じた難民にも適用されるようになった。
 難民及びこれに準ずる国内避難民は、現在世界で4,300万人ほどいるといわれている。
国家を喪失した民族は、ある国の国民となっていても、国内で自由と権利を差別されたり、迫害を受けたりする。ユダヤ人はその最も深刻な例である。1930~40年代、ナチスの支配するドイツで虐待を受けたユダヤ人の中には、国外に逃避して無国籍状態となり、保護を受ける国家を失った者がいた。
 国際社会において、人間の権利を守るものは、その人間が所属する国の政府である。無国籍者は、自分の権利を守ってくれるものがない。国籍を喪失して他国に亡命しようとしても、その国の政府が受け入れなければ、権利を保護されない。国籍とは、国際社会において自分の権利を維持するために、最も大切なものである。それを剥奪されたり、喪失したりした人間は「人間的な権利」を失う。
 ディアスポラ、特に無国籍者と主権国家の関係は、20世紀に現れた新たな人権問題となった。ユダヤ人に限らず、自分が国籍を失ったり、あるいは祖国が消滅したりした無国籍者は、居留している国の政府から強制退去を命じられると、受け入れる国がないということが起きる。第2次大戦後、無国籍は個人の重大な不利益を招くため、無国籍者に関する条約が結ばれるなど、国際社会の取り組みがされてきている。
 1954年には「無国籍者の地位に関する条約」が国連総会で採択され、60年に発効。1961年には「無国籍の減少に関する条約」が採択され、75年に発効した。これらも私は主にユダヤ人を対象とし、それを他の民族に拡大したものと見ている。
 国際労働機関ILOは、1919年のヴェルサイユ講和条約に基づき国際連盟の一機関として設置された。第2次大戦後、「連合国=国際連合」の専門機関となった。国際連盟の機関から、国際連合の機関へと所属は変わったが、国際労働機関として一貫して活動している。
 ILOは、設立以来、移住労働者の権利保護のための条約を採択し、移住労働者の国際的保護に取り組み、第2次大戦後もその取り組みを続けた。私は、この動きも、主にユダヤ人移住労働者の便宜を図ることが動機と考える。労働問題とユダヤ人問題は深いつながりがある。労働問題や社会主義の指導者に、ユダヤ人が多くいることが思い合わせられよう。

 次回に続く。
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ユダヤ93~ユダヤ人の人権

2017-08-26 08:48:50 | ユダヤ的価値観
●第2次大戦後の世界とユダヤ人の人権
 
 人権は、普遍的生得的な「人間の権利」ではなく、歴史的・社会的・文化的に発達する「人間的な権利」である。人権については、拙稿「人権――その起源と目標」で、社会思想史、政治哲学、倫理学、国際法、国際人権法、文明学等を踏まえて総合的な考察を行った。詳しくはそれを参照していただくこととして、私は、近代西欧における人権思想の発達は、ユダヤ人の存在と深い関係があると見ている。「発達する人間的な権利」としての人権は、主に国民の権利として発達したが、同時にユダヤ人等の権利としても発達した。
 第2次世界大戦後、人権を国際的に保障する制度や機構が発達した。人権の発達を推進したのは、「連合国=国際連合」だった。いわゆる国連は、連合国が戦後の世界秩序を維持するために制定した国際機関である。第2次大戦中に結成された連合国が、国際機関に発展したものである。英語名は、連合国も国際連合も“the United Nations”である。
  「国連=連合国」は、「国連憲章=連合国憲章」に、人権に関する規定を設けた。その背景として3点が挙げられよう。
 第1に、ナチス・ドイツの暴虐によって、人権を各国の国内法で保障するだけでは不十分であり、国際的に保障する必要性が認識されたことである。第2に、大西洋憲章に「恐怖及び欠乏からの解放」と「生命を全うすることを保障するような平和の確立」を掲げて、人権の尊重を戦争目的に掲げた連合国が勝利をおさめ、戦後の世界秩序を形作ったことである。第3に、資本主義諸国にとって、経済活動の自由を保障するため、人権を保障することが、資本と国家の利益になったことである。
 私は、これらの3点には、ユダヤ人が自らの生存と利益の確保のために、国際的に働きかけをしたことが重要な作用をしただろうと推測する。ユダヤ人にとっては、国家や民族を否定し、個人や市場を強調することが有利だからである。
 国連憲章に続く世界人権宣言による世界的な人権の実現は、ユダヤ人の自由と権利を保障することを、一つの目的とするものだったと私は考える。
 人間の尊厳という観念の背景には、キリスト教及びイマヌエル・カントの哲学があると私は考えている。近代西欧から世界に広がった人権の観念のもとにあるのは、ユダヤ=キリスト教の教義である。ユダヤ民族が生み出した宗教では、人間は神ヤーウェが創造したものであると教える。神が偉大であるゆえに、神の被造物である人間は尊厳を持つ。しかも、人間は神の似姿として造られたとされる。人間は他の生物とは異なる存在であり、地上のすべてを支配すべきものとされる。この人間をユダヤ民族に限定せず、キリスト教を通じて人類一般に広げるところに、人間一般の権利の思想として人権の思想が発展する。
 ユダヤ教を信じるユダヤ人にとって、18世紀以降啓蒙化されてきたキリスト教は、許容できるものである。ユダヤ教徒とキリスト教徒は、共通の神を信じ、共通の書物を啓典とし、共通の場所を聖地とする。キリスト教徒にユダヤ人を迫害させない仕組みをつくれば、人権思想はユダヤ人にとっても有益なものとなる。人権の思想を国連の組織や「憲章」「宣言」に浸透させることによって、彼らの経済力や科学・思想・芸術等に示す優れた能力を発揮できる社会を実現することができる。
 ユダヤ人の生命と尊厳、自由と権利を守るにはどうすべきか。外国に亡命を希望する者、国籍を失った無国籍者の権利は誰がどのように守るか。これらの課題について、ナチスの脅威を体験したユダヤ人は、大戦後の国際社会で自己防衛のために行動しただろうと推測する。
 私の思うに、働きかけは二つの方向で行われた。一つは、シオニズムが目的の地としたパレスチナに、ユダヤ人国家を建設すること。もう一つは、主権国家による国際社会の相対化を図り、ユダヤ人の生命と安全、財産と経済活動が守られるように、世界を変えることである。これら二つは、どちらも欠かせないものだった。
 イスラエルの建国は、ユダヤ民族の集団としての権利の決定的な実現となった。国家なき流浪の民が、希望の土地に国家を建設し、定住地を得た。大戦後、世界各地からユダヤ人がイスラエルに移住した。また各国に居住し続けるユダヤ人は、イスラエルを故国として連携した。
 ここで私が重要な役割を果たしたと考えるのが、ユダヤ人最高の実力者ロスチャイルド家である。欧州の支配集団の構成員であるロスチャイルド家は、英国政府等に働きかけ、イスラエル建国を推進した。ロスチャイルド家は、イスラエル建国に多額の資金を提供し、イスラエルの盟主のような存在となっている。ロスチャイルド家は、またユダヤ人の生命と安全、財産と経済活動が守られるように、国連の設立や世界人権宣言の実現を図り、働きかけをしたと思われる。
 だが、ロスチャイルド家が資金を出したイスラエルの建国は、パレスチナ住民の権利を侵害し、中東に深刻な対立構造を生み出した。ユダヤ人の自由と権利の拡大は、ユダヤ人の利益実現を中心としており、人類全体の人間的な権利の発達に、十分つながってはいない。
もともと「ディアスポラ(diaspora、離散民)」だったユダヤ人は世界各地に広がっており、文明間・ 国家間を自由に行動し、ネットワークを広げている。ユダヤ民族には、他の民族と同様、生存と繁栄の権利がある。しかし、彼らが中東でアラブ民族との和解・共存に努めない限り、彼らの行動はアラブ民族の自由と権利を侵害する。また、ユダヤ的価値観による強欲的な利益の追求は、世界の調和的な発展の阻害となっており、価値観の転換が求められている。21世紀の世界で人類が人権を世界的に拡大するには、人類全体のためにユダヤ民族が自己中心主義を打ち破ることが必要なのである。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「人権ーーその起源と目標」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i.htm
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北海道に“中国人自治区”誕生の可能性が

2017-08-25 09:24:58 | 時事
 産経新聞の「北海道が危ない」シリーズは、中国資本が北海道の森林や水源地などの買収を進め、北海道が危ない状態にあることを、日本国民に明らかにしてきた。
 そのシリーズの特別篇が、7月31日の紙面に掲載された。この特別篇は、7月23~24日に行われた現地視察ツアーの様子を伝えるもの。山谷えり子元拉致問題・領土問題担当相、山田宏参院議員が駆けつけたという。
 ツアーは、2日間で8市町村を中型バスで走破し、住宅地、ゴルフ場跡地、大学、山林など10カ所以上を訪ね歩き、外資による「国土侵食」が加速している事実を確認したとのこと。記事のなかから注目すべき発言を抜粋する。
 宮本編集委員:「ゴルフ場は開墾する必要がないから利用しやすい。宅地、農地にも転用でき、水の確保も容易だ。『自給自足の自己完結型集落』、すなわち中国人による『自治区』になる可能性がある」「これは『武器を持たない戦争』だ。われわれは武器を持たない戦争を仕掛けられている。政府の責任は重い」。
 山田宏氏:「今日は1人1人が志を持って参加したと知り、感服した。みなさんの国を愛する思いは大事にしなければならない。法案をつくってなんとしても対応したい」。
 山谷えり子氏:「米国では外国資本が土地を自由に購入できないようにしている。何年もこの問題に取り組んでいるがまだ結果が出ていない。一刻も早く対応していきたい」。
 以下、記事の全文。

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●産経新聞 平成29年7月31日

http://www.sankei.com/premium/news/170731/prm1707310005-n1.html
2017.7.31 06:00更新
【北海道が危ない・特別編】

外資の「国土侵食」が加速 “中国人自治区”誕生の可能性も「武器を持たない戦争を仕掛けられている」

 産経新聞の連載「異聞 北の大地」(産経ニュースでは「北海道が危ない」で掲載)の筆者、宮本雅史編集委員が案内役として同行し、外国資本に買収された北海道の森林や水源地などをめぐる特別ツアー(産経新聞社主催)が7月23、24の両日開催された。

 8市町村を中型バスで走破し、2日間の総移動距離は約900キロに達した。住宅地、ゴルフ場跡地、大学、山林など10カ所以上を訪ね歩き、外資による「国土侵食」が加速している事実を確認した。
 ツアーは記事と連動した新しい試み。募集期間は実質20日間と短かったが、最終的に計20人が応募。定員を満たし、出席率は100%だった。
 年齢層は30~70代と幅広く、職業も、自営業、公務員、地方紙社長、住職、タクシー運転手、主婦などさまざまだ。国会議員も「個人」で申し込み、山谷えり子元拉致問題・領土問題担当相、山田宏参院議員が駆けつけた。男女の内訳は男性13人、女性7人だった。

■謎の大型アンテナ 
 23日午前8時半、羽田空港を出発し、午前11時前に最初の目的地である新千歳空港に近い千歳市内の中国人専用別荘地に到着した。
 別荘地は高台にあり、航空自衛隊千歳基地が一望できる。基地まで直線距離で5キロ。安全保障上、極めて重要な場所だ。
 ここに中国人名の表札がある住宅17棟(敷地面積約6500平方メートル)が建っている。この一角は家具・インテリア大手の「ニトリ」の子会社が中国人向けに分譲し、2010年に完成したが、不気味なほど人気がない。
 千歳市は誰が住んでいるのか把握していない。たまに中国人が泊まりにくるが、ほぼ空き家状態が続いているという。
 ツアー一行は公道から別荘地を観察した。目をひいたのは、中庭にあった大型アンテナだ。
 衛星放送視聴用のアンテナとみられるが、不自然なたたずまいといえる。参加者らは「本当にテレビ視聴用なのか」と首をかしげていた。

■苫駒大の「中国化」
 次に向かったのは苫小牧市内にある苫小牧駒澤大学だ。苫駒大は中国と関係の深い京都市の学校法人に無償で移管譲渡することを決めた。この学校法人の理事の1人が中国共産党員であると指摘する駒大関係者もいる。移管譲渡は国の認可が必要だが、このままでは苫駒大が「中国化」する可能性は否定できない。
 公道にバスを止め、一行は15ヘクタールもの敷地を誇るキャンパスや野球グラウンドを眺めた。
 参加者からは「かつて東京都小平市の朝鮮大学校は『トランジスタラジオの製造工場』と偽装して移転した。苫駒大も、朝鮮大学校の二の舞になるのでは」との意見が出た。

■「ゴルフ場が…」
 3カ所目は、登別市上登別町にある中国風テーマパークの跡地だ。周囲が森林で、通行量も少なく、外からは中の様子がほとんど見えない。中国系企業が70ヘクタールも買収しており、2018年の稼働を目指し、太陽光パネルの設置を進めている。
 一行は重機が見える入り口で、掲示されている看板を確認した。すると、新たに73ヘクタールの森林に宅地を造成する計画があることが判明した。
 工事期間は「平成29年7月3日から平成30年6月30日まで」と記されていた。この付近は豊かな水源地だ。太陽光パネルができ、宅地ができれば森林内で「自活」できる。工事は着々と進んでいる様子だった。
 続いて訪れたのは、伊達市内の山林内にあるゴルフ場「トーヤレイクヒルゴルフ倶楽部」跡地だ。2010年に中国資本が買収したが、ほぼ手つかずで放置されている。一行は廃墟のようなクラブハウス周辺を歩き、給油施設のみが稼働している実態を確認した。中国人の出入りがあるのは間違いなさそうだ。
 宮本編集委員は「ゴルフ場は開墾する必要がないから利用しやすい。宅地、農地にも転用でき、水の確保も容易だ。『自給自足の自己完結型集落』、すなわち中国人による『自治区』になる可能性がある」と解説した。

■洞爺湖畔の温泉で夕食
 初日の最後の視察地である洞爺湖町では、不動産投資を展開する中国関連企業が買収した同町月浦地区の温泉施設跡地に足を踏み入れた。森林を含め7・7ヘクタールもの土地が買われた現場だ。
 跡地駐車場に一行が到着すると、測量の際に使用したとみられる紙の印が残っていた。中国系資本の「侵食」の加速化を目の当たりにした瞬間だ。
 洞爺湖畔の宿泊先では、宮本氏を囲んだ夕食会も行われ、リラックスした雰囲気で参加者が親睦を深めた。
 山田宏氏は「今日は1人1人が志を持って参加したと知り、感服した。みなさんの国を愛する思いは大事にしなければならない。法案をつくってなんとしても対応したい」とあいさつ。
 山谷えり子氏も「米国では外国資本が土地を自由に購入できないようにしている。何年もこの問題に取り組んでいるがまだ結果が出ていない。一刻も早く対応していきたい」と語った。

■中国人青年が凝視
 2日目最初の視察先は、喜茂別町の中国人専用ゴルフ場「一達国際 Private Golf 倶楽部」だ。奥深い山の中にあり、石が敷き詰められた砂利道を進んだ。
 入り口付近でバスを降りると、「これより先、私有地につき関係者以外立ち入り禁止」の赤い看板が目に入る。視察中、中国人らしき青年が運転する乗用車が通過、山奥に突然登場したわれわれを奇異の目でみつめていた。
 ゴルフ場は210ヘクタール(東京ドーム45個分)もある。塩漬け状態のゴルフ場を2011年に中国企業が買収したが、開発計画の全貌など詳細はは明らかになっていない。
 ゴルフ場付近はやはり豊かな水源地だ。一行は羊蹄(ようてい)山の雪解け水が湧く京極村の「道の駅」にも立ち寄り、名水を堪能した。道の駅は中国人や韓国人の観光客でにぎわっていた。道の駅内の灰皿にはビニールシートがかけられていた。売店の女性店員によると、中国人観光客らがゴミを灰皿に突っ込んで使えなくしてしまうからだという。
 次に訪れた赤井川村では、270ヘクタール(東京ドーム58個分)あるキャンプ場を公道から視察した。このキャンプ場はシンガポール企業が昨年買収した。貴重な水源地の森林が「まるごと」外資に購入された典型例といえる。
 同村でも、一行は驚きの事実を発見した。キャンプ場そばの森林も、新たに買収された形跡を見つけたのだ。
 そばの森林にはキャンプ場のロゴマークの入った看板が立てられており、「私有地につき立入禁止」の文字が掲げられていた。
 参加者たちは「これほど森林を購入する目的がわからない」「やはり自治区をつくるつもりではないか」などの声を上げた。

■必要不可欠な法規制
 最後の視察地は小樽市の観光名所「平磯公園」そばの日本料理レストランだ。この場所は小樽市街、米軍艦船が出入りする小樽港が一望でき、「重要眺望地点」にも指定されている。この場所を中国系企業が購入し、昨年6月からレストランの営業を始めた。
 3方を崖と森林に囲まれているため、中の様子はよくわからない。一行は車窓からレストランを眺めたが、営業している雰囲気はなかった。 
 一行は今回のツアーで、想像以上に「国土侵食」が進んでいる実態を目の当たりにし、改めて法規制の重要性を痛感していた。
 アンケートでは、「産経新聞しかできない企画だった」「大変な社会問題なのに世間は無関心過ぎる」「次回は対馬ツアーを希望」といった意見があった一方、「国、政府の無策ぶりに驚いた」との感想もあった。
 宮本編集委員は「これは『武器を持たない戦争』だ。われわれは武器を持たない戦争を仕掛けられている。政府の責任は重い」と繰り返し警鐘を鳴らした。
 ツアーでは宮本編集委員の著書「爆買いされる日本の領土」(角川新書)をガイドブックとして使用した。(新プロジェクト本部 山本雄史)
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関連掲示
・拙稿「外国人土地取得の規制を急げ~北海道の事例を踏まえて」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13w.htm
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ユダヤ92~ホロコースト説の政治的機能

2017-08-24 08:53:49 | ユダヤ的価値観
●戦後世界でのホロコースト説の政治的機能

 戦後、ホロコースト説は、イスラエル建国の正当性を証し、イスラエルへの支持を集めるために、不可欠のものとして機能してきた。ユダヤ人が欧米社会で政治的な活動する際、ホロコーストを語ることは、彼らの活動への批判を封じる決まり手となっている。それと同時に、ホロコースト説は、第2次世界大戦の勝者として、長く世界を二分支配したアメリカとソ連にとっても役に立ったと思われる。アメリカがドイツを押さえ込むには、いかにナチスがユダヤ人に残忍なことをしたかを強調することが有効だった。また、ポーランド、チェコスロバキア等の東欧諸国を勢力圏に組み込んだソ連は、ナチスの支配から解放したことを、共産党支配の当性の根拠とした。そのため、ホロコースト説は、戦後の世界秩序において、疑念を許さないドグマの一つとなった。イスラエル及び各国のユダヤ人団体は、この米ソ主導の秩序を自らの生存と繁栄に利用したと考えられる。
 とりわけユダヤ教の過激派は、定説を検証しようとする者に対して、反ユダヤ主義者・ネオナチなどのレッテルを貼り、言論や表現に強い圧力をかけてきた。だが、定説を検証する者の中で、反ユダヤ主義者やネオナチは、ごく少数に過ぎない。異論を述べるものには、ユダヤ人もナチス批判者もいる。ちなみに私は、ヒットラーの野望を見抜き、日独伊三国同盟の締結に強く反対した大塚寛一先生を深く尊敬している。ユダヤ人を組織的に虐待していたドイツと提携した昭和戦前期のわが国の指導層は、日本精神から外れていた、と厳しく批判している。
 ホロコースト説は、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが圧勝してから声高に唱えられるようになった。ユダヤ人のノーマン・フィンケルスタインは、著書『ホロコースト産業』で、この戦争までユダヤ人は被害者意識をそれほど出さなかったが、イスラエルが圧勝してその価値が上がると、アメリカのイスラエル・ロビーは、ドイツをはじめとする世界に対し、ホロコーストの犠牲者性を強く主張するようになったと分析している。さらに、同胞の苦しみを売り物にし、ビジネスにしたと批判している。
 ナチスのユダヤ人虐待は、決して忘れられてはならない。それととともに、現在のイスラエルのパレスチナ住民への抑圧も、見逃されてはならない。イスラエルの建国は、西欧において迫害を受けてきたユダヤ人に、住む土地を与えて、自らの国を作る権利を認めたものだった。ユダヤ人の多くは、イスラエルの建国を正当化するために、ナチスによるユダヤ人大虐殺を語る。しかし、だからと言って、イスラエルによるパレスチナ住民への抑圧が正当化されるものではない。

●ホロコースト説と南京大虐殺説の連携

 ホロコースト説は、様々な異論に対して合理的・実証的に反証を示せていないが、この点で、南京大虐殺説と好対照である。
 戦勝国がナチスの指導者を裁いたニュルンベルク裁判におけるユダヤ人大虐殺説と、同じく日本の指導者を裁いた東京裁判における南京大虐殺説は、相似した位置にある。後者は前者の筋立てから派生したものと考えられる。南京大虐殺説が捏造・虚構であることは、多くの研究によって明確になっている。私は、拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない」をマイサイトに掲示している。だが、南京での大虐殺を否定する者に対しては、「歴史修正主義者」という批判がされる。そのレッテルは、ホロコースト見直し論者につけられる言葉と同じである。誰がそういうレッテルを貼っているのか。ユダヤ人シオニストだけではない。おかしなことに左翼、特に共産主義者が多いのである。
 南京大虐殺説は、米国と中華民国が東京裁判で日本断罪のために作り上げたものである。それを、中国共産党が喧伝してきた。北京の指示のもとに、アメリカでは在米の中国人団体が活発に広報活動をしている。アメリカで成功を収めた中国人の指導者で構成する「百人委員会」というグループがあり、このグループを代表的存在として、中国人は組織的にロビー活動をし、また反日活動を行ってきた。その活動のかなめの一つが、南京大逆説説の宣伝・普及である。
 1997年(平成9年)にシナ系アメリカ人、アイリス・チャンの著書『ザ・レイプ・オブ・南京』が発刊された。本書の発行を、在米中国人の団体が様々な形で支援をした。支援団体の一つに「南京大虐殺の犠牲者を追悼する連帯」(本部・ニューヨーク)があった。この団体は、チャンを通じてジョン・ラーベの日記を知り、これを『南京の真実』として刊行し、2000年には「ラーベの日記」という映画にした。その後も、南京大虐殺説を浸透させるためのハリウッド映画が数本製作され、各地で上映されてきた。
 ハリウッドの映画界を支配するのは、ユダヤ系の富豪である。ユダヤ人にも親日的な人間と反日的な人間、反共的な人間と容共的な人間がいる。そのうちの反日的かつ容共的な部分が、中国の共産主義者と連携を強めている。ユダヤ人によるホロコースト説と、中国人による南京大虐殺説が、お互いを補強する関係になっているようである。
 中国共産党が支配する国際組織は、南京大虐殺という虚構を最大限に利用している。一部のユダヤ人は、これと結託している。だが、ユダヤ人が、ナチスによるユダヤ人迫害を糾弾するのであれば、中国共産党によるチベット人やウィグル人への迫害をも糾弾しなければならないはずである。
 私は、ユダヤ人の一部が中国の共産主義者と結びつくことは、中国共産党に利用されることになり、ユダヤ人全体にとって災いを招くことを警告したい。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion06b.htm
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ユダヤ91~ホロコースト説は、かなり破綻している

2017-08-22 09:05:29 | ユダヤ的価値観
●ホロコースト説は、かなり破綻している

 私は、ホロコースト説は、かなり破綻していると考える。様々な異論に対し、合理的・実証的に反論できていない。
 ホロコースト説は、証言に多くを負っている。ニュルンベルク裁判には、ドイツのプーヒェンヴァルトやダッハウのガス室を目撃したという証言が証拠として提出された。だが、1960年にドイツの収容所にはガス室はなかったというプロサット声明が発表されると、以後、それらの証言は取り上げられなくなった。ということは、最初から証言は虚偽だったと疑わざるを得ない。
 証言のうち最も重要なのは、アウシュヴィッツ収容所長ルドルフ・ヘスのものである。ヘスには、自白とされる調書や、処刑される前に書いたされる回想録がある。その回想録には、ガス室でユダヤ人多数を殺した後、ドイツ兵が中に入って物を食べたり、タバコを吸ったりしながら死体を運び出したと述べられている。しかし、部屋には人間の致死量を超える濃度の青酸ガスが充満しているはずだから、ガスマスクを付けずに入れるはずがない。また青酸ガスは爆発性の気体だから、タバコを吸うと爆発してしまう。回想録の筆者は、あり得ないことを書いている。その上、ヘスの証言は、イギリス軍やポーランド当局が一方的に発表したものであって、ヘス自身が述べたという裏付けはない。
 次に、ホロコースト説の物証は、証拠としては非常に弱い。ポーランドのアウシュヴィッツとマイダネックには、ガス室が展示されている。だが、その部屋は、処刑用ガス室に必要な構造を備えていない。アウシュヴィッツに展示されている半地下式のガス室には窓がなく、換気扇をつける場所がない。処刑に使われたのであれば、処刑が終わると、換気ができるようになっていなければならない。換気をしなければ、次の被収容者をシャワーだとだまして、中に入れることができない。また、出入口と天井の小さな穴から換気したのでは、一日に一回しか処刑が行なえず、非常に非効率的である。とても3年ほどの間に、600万人もの被収容者を大量殺戮できる施設になっていない。
 ガス室で使われたという毒ガスは、チクロンBという殺虫剤から発生する青酸ガスである。ガス室には、処刑用ガス室で必要な高い気密性がなく、青酸ガスを充満させた場合、外部に青酸ガスが濡れる。外にいるドイツ兵が青酸中毒になってしまう。
 ガス室に投げ込まれたチクロンBは、青酸ガスを遊離する。5度以下では32時間、加熱した場合でも最低6時間は遊離し続けるという。その間は、換気することも、扉を開けることもできない。また青酸ガスには、壁などに吸着し易いという特性があるから、換気には20時間くらいかかるとされる。これでは、一日に何回も多数の人間を次々に殺戮することはできない。また、青酸ガスは空気より軽いので、ガス室の屋根の穴からチクロンBを投げ込んでも、下にいるユダヤ人らに拡散しない。
 上記の検討によって考えられるのは、いわゆるガス室は、人間を処刑するための部屋ではなかったということである。では、いったい何のための部屋だったのか。
 アウシュヴィッツ等の強制収容所では、戦争末期に衛生状態が著しく悪化し、発疹チフスなどの感染症の発生が大問題となっていた。それらの病原体を媒介するシラミの駆除が大きな課題だった。シラミは被収容者の衣服に付着することが多かったので、ドイツ軍当局は、被収容者の衣服を青酸系の殺虫剤で燻蒸・消毒していた。その場所が、その部屋だったと考えるのが、合理的だろう。人間の殺戮ではなく、シラミの駆除のためのガス室だったと理解される。

●計画は絶滅ではなく、強制移住だった
 
 ホロコーストに関する定説では、ナチス・ドイツはユダヤ人絶滅を計画し、組織的にユダヤ人を多数虐殺したとされる。この点も確かな裏付けがない。
 ナチスは、第2次大戦の前から、ユダヤ人を差別・虐待していた。1939年9月にポーランドに侵攻し、大戦の火ぶたが切られた。もし、ユダヤ人の絶滅がヒトラーの終始一貫した計画だったならば、ポーランドを占領するや、そこにいるユダヤ人を大虐殺し始めただろう。だが、ホロコーストは、ポーランドの絶滅収容所が稼働し始める1942年1月以降に始まった。それまでの2年4か月もの期間、ユダヤ人絶滅作戦は行われなかった。それゆえ、ユダヤ人絶滅計画は、いつ作られ、いつどのように命令されたのかが検証されねばならない。
 戦後、連合軍はドイツで大量のドイツ政府の公文書を押収した。その中に、ユダヤ人絶滅を命令した文書は、なかった。ヒトラーまたは他のナチス高官がユダヤ人絶滅を決定して、命令した文書は一枚も発見されていない。実際、連合国はニュルンベルク裁判で、ユダヤ人絶滅を決定・命令した証拠となる文書を提出していない。ないものは出せない。
 これに関しては、ヒトラーはユダヤ人絶滅を命令していなかったという説、絶滅命令書はすべて焼却等で処分されたという説、命令は口頭で行われ記録もされなかったという説等がある。これらの証明は、難しい。だが、私は、多くの研究者たちの考察に基づき、最も可能性が高いのは、次のようなことだろうと考える。
 ヒトラーが計画したのは、ユダヤ人の絶滅ではなく、強制移住だったということである。ナチス指導部は、ポーランド領内の収容所に収容したユダヤ人を戦争中は労働力として利用していた。ソ連を撃破した後に、ソ連領内などの「東方地域」に強制移住させることを計画した。これをユダヤ人問題の「最終的解決」と名付け、実行する予定だったと考えられる。
 ユダヤ人問題を統括したハインリヒ・ヒムラーは、収容所でユダヤ人が多数死亡していることに関し、「死亡率は、絶対に低下させなければならない」という命令を出していた。収容所の医師には、これまで以上に被収容者の栄養状態を観察し、関係者と連携して改善策を収容所司令官に提出するようにという命令が出された。絶滅が目的であれば、もっとやれ、だろう。その正反対の命令である。ユダヤ人を絶滅するのではなく、労働力として利用するという意図と考えられる。
 ドイツ政府が計画したユダヤ人問題の最終的解決は、強制移住だったことを明快に示す文書が、押収されたドイツの公文書の中に多数発見されている。それらの文書は、アウシュヴィッツ収容所等へのユダヤ人移送が、ドイツ政府にとっては一時的措置だったことを記している。また、一時的措置の後に、ユダヤ人を「東方地域」に移送する計画だったことをはっきり述べている。
 ところが、ドイツは、ロシアの冬に難儀し、東部戦線で敗退した。そのため、ユダヤ人東方強制移住計画は頓挫した。戦争末期の混乱の中で、収容所の衛生状態が悪化し、チフス等の疾病が発生した。その結果、多くの被収容者が所内で死亡した。戦後、それらの収容所で病死したユダヤ人らの死体を撮影した連合軍は、それらの死体をガス室の犠牲者であるかのように発表した。そして、ホロコースト説が作り上げられ、世界に流布されていった。このように考えられる。
 犠牲者の数にも異論がある。アウシュヴィッツ等の絶滅収容所で、600万人のユダヤ人が虐殺されたというのが、ホロコーストに関する定説である。だが、この数字にも確かな根拠がない。ドイツが最も占領地域を広げた時でも、その範囲にいたユダヤ人は400万人もいなかったという指摘がある。ナチスによる収容所でユダヤ人が虐待・強制労働・不衛生・チフス等によって、多数犠牲になったことは事実であり、人類史上類例のない蛮行である。その犠牲者数が600万人ではなく、仮に300万人であったり、100万人であったりしても、ナチスの罪業はいささかも軽くなるものではない。だが、あえて600万人と主張するなら、その根拠を示し、どのようにしたらそれほど多くの人間を計画的・組織的に殺戮し得るのかを立証しなければならない。
 
 次回に続く。
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頻発する車両テロとISILの暗躍

2017-08-21 08:56:16 | 国際関係
 8月17日スペイン北東部バルセロナの観光客でにぎわう通りに、ワゴン車が群衆に突っ込み、少なくとも14人が死亡し、約100人が負傷した。翌日バルセロナ南西のカンブリスでも、車が通行人に突っ込み、1人が死亡し、警官は容疑者5人を射殺した。両事件はテロ事件として関連すると見られる。
 イスラーム教スンニ派過激組織「イスラーム国」(ISIL)傘下の通信社は、「実行者はISILの戦士だ」と伝え、事実上の犯行声明を出した。事件が、ISILと直接つながりがあるのか、単に呼びかけに触発されて行われたのかは不明である。
 今回のテロ事件は、7月10日にイラク北部モスルにおけるISIL掃討作戦の終了宣言が出て以降、欧州で初めて起きた大規模な組織的テロとなった。
 7月10日、イラクのアバディ首相は、モスルを奪還する戦闘に勝利したと公式に宣言した。モスルはISILが2014年夏に占拠し、指導者のバグダーディ容疑者が自らを「カリフ」だと宣言した場所である。イラク軍などは昨年10月に奪還作戦に着手し、約9か月の激戦の末に制圧に成功した。イラク軍及び米国等の有志連合にとって大きな成果となった。
 モスルは、約9カ月に及ぶ戦闘で数千人の住民が命を失い、旧市街が廃虚と化す壊滅的な被害を受けた。モスル攻防戦は、「第2次世界大戦以降で最も激しい市街戦」(米軍主導の有志連合の司令官ら)といわれる。ISILは、北部の都市タルアファルや西部アンバール県などにも支配地域を有しており、イラクにおける戦闘は続く見通しである。 
 モスル攻防戦が終結に向かいつつあった時期に、ISILの組織の弱体化を示すデータが発表された。英情報調査会社IHSマークイットによるもので、同社の調査結果によると、6月下旬の時点で、ISILは2015年に比べて6割の支配地域を失い、8割の収入を失った。イラクとシリアにおけるISの支配地域は、15年1月の9万800平方キロから、今年6月下旬には3万6200平方キロまで減った。また、15年には毎月平均で8100万ドルあったISの収入は、今年は1600万ドルまで減った。原油を産出するシリア北部ラッカや中部ホムスを失ったことで、石油売買による収入が88%減少したほか、人口密集地のモスルの支配力を失ったため、「税金」や略奪による収入も79%減ったという。
 最終的にモスルを失ったことで、ISILは相当のダメージを受けているに違いない。最高指導者のバグダーディは、シリア北部ラッカの南郊で空爆作戦により殺害された可能性があるとロシアは発表している。ISILの幹部も多数死亡し、指揮命令系統は寸断されていると見らえる。
 ISIL掃討作戦の焦点は、ISILが「首都」だと一方的に宣言したシリア北部ラッカの奪還に移った。ラッカでは、アラブ人と同国の少数民族クルド人からなるシリア民主軍(SDF)が米軍などの支援を受け、市街地に進入して着実に攻略を進めていると伝えらえる。
 ただし、ISILとの戦いは、仮に一定地域を支配する「面」の戦略を封じ得たとしても、ピンポイントのテロという「点」の戦術を封じ込めることはできない。インターネットを駆使して、各地の若者たちをジハード(聖戦)へ勧誘するISILのメッセージは、それを受けた者の間に浸透を続ける。ISILをモスル・ラッカ等の拠点で掃討しても、それに対する反感から新たなテロが決行される懸念は排除できない。
 8月17日のバルセロナでのテロ事件が、そうした展開の中で起こされた可能性がある。欧州では昨年7月に仏南部ニースでトラックの突進テロが起った。それ以降、車両を凶器とする犯行が頻発している。昨年12月にベルリン、今年3月と6月にはロンドンで同様の事件が起きた。今回はバルセロナである。ISILは、車両突入テロを同調者に煽動している。この方法は、車の準備が簡単にでき、繁華街など警備が手薄な「ソフトターゲット」を襲うことで、多くの人々を殺傷し得る。各国当局にとっては、準備段階での把握は難しく、繁華街などでは警備に限界がある。
 今回はバルセロナで起こった。たまたまその地で起こったということで、欧米のどこの主要都市で起こっても不思議ではない。
 日本にとっても、対岸の火事ではなくなっている。ISILはシリアやイラクでは劣勢に立たされているが、東南アジアでは勢力拡大が顕著であり、日本への影響が懸念される状況になっている。
 フィリピンでは、5月下旬にISILに忠誠を誓う「マウテグループ」を軸とする武装組織がミンダナオ島のマラウイを占拠した。シリアやイラク以外での都市の制圧は、初めてである。武装勢力側には、中東出身者が参加している。またインドネシアやマレーシアから多数の戦闘員が流入しているとされる。8月7日米NBCテレビは、国防総省がミンダナオ島を拠点とするISIL系武装勢力に対する空爆を検討していると報じた。空爆が実行されれば、トランプ政権は、東南アジアでもISILを相手とするテロとの戦いの関与を拡大させることになる。
 フィリピンに限らず、東南アジアでテロ対策は「地域最大の課題」(シンガポールのウン・エンヘン国防相)となっている。東南アジア各国は多数のイスラーム教徒を抱え、特にインドネシアは世界最大のイスラーム国家で、人口約2億5000万人のうち約9割がイスラーム教徒である。このインドネシアでもテロが絶えない。首都ジャカルタでは、2016年1月にショッピングモールで爆発が発生し、4人が死亡した。ミンダナオ島の武装組織から武器が供給された形跡がある。同市では今年5月にもバスターミナル付近で爆発が起き、警察官3人が死亡した。東南アジアでテロネットワークが形成されていることがうかがえる。
 日本の公安関係者は、「東南アジアは距離的にも近く、日本ののど元近くまでISILが迫っている。対岸の火事ではない」と警戒し、情報収集に乗り出すと伝えられる。
 森友・加計・PKO日報問題等に関する左翼やマスメディアの政府批判は、北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の尖閣諸島周辺等の領海侵犯を、国民の目からそらすだけでなく、ISIL系の国際的なテロについても、国民の意識を妨げるものとなっている。根底にあるのは、日本の滅亡を願う自滅または破壊の衝動だろう。衝動の主体が日本人であれば、個人における自殺や自傷の心理に通じる集団の心理であり、それを誘引し煽動しているのは、外国勢力である。その心理と構造を踏まえて、対応する必要がある。

関連掲示
・拙稿「イスラームの宗教と文明~その過去・現在・将来」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-2.htm
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ユダや90~定説への異論と封殺

2017-08-19 09:42:26 | ユダヤ的価値観
ラッシニエの異論とドイツのガス室の否定

 どうして当初の定説が修正されたのか。それは、否定しようのない異論が出たからである。
 1948年、大戦終了の3年後に、その異論は出された。ポール・ラッシニエというフランス人の歴史家の指摘である。ラッシニエは、ナチスに対するレジスタンス活動を行って、ゲシュタポに捕らえられ、ドイツのブッヘンヴァルト及びドーラ強制収容所に入れられた。戦争末期には、収容所でチフスにかかった。自らそういう経験をしていた。戦後、レジスタンス活動の功績により、フランス政府から勲章を授与された。
 ラッシニエは、ドイツで複数の強制収容所に入れられていた。だが、どの収容所でもガス室を見たことはなかった。ところが、戦後、ニュルンベルク裁判で、ドイツの収容所にガス室が存在し、多くの人々が殺されたという証言が出された。欧米のマスメディアが証言を事実として報道した。それに驚いたラッシニエは、「ガス室などなかった」と主張したのである。
 しかし、フランスのマスコミは、ラッシニエを非難し、その証言を無視した。ラッシニエは、ナチスの収容所政策全体を調査・研究し続けたが、その主張は無視されていた。
 ラッシニエが異論を出した12年後、突然定説に修正が加えられた。1960年8月26日、旧西ドイツの歴史学者マーチィン・プロサットが、ドイツ国内にはガス室はなかったという声明を発表した。プロサットは、ミュンヘンの現代史研究所という政府機関の所長だった。この研究所は、それまでガス室の存在を証明するために多くの発表を行ない、西ドイツ政府の歴史に関する見解を代弁する団体となっていた。プロサット自身、第2次大戦やホロコーストに関する西ドイツ政府のスポークスマン的な立場にあった。そうした人物が突然、ドイツ国内にはガス室はなかったという主旨の発表をしたのである。プロサットは、声明の中で、このような修正がされた理由を一言も説明していない。だが、これを機に、定説は修正された。ドイツの収容所にガス室は無かったということになった。旧連合国が右ならえした。そして、ナチスのガス室は、ポーランドの収容所にのみ作られたという修正版の定説が世界的に定着した。
 この修正は、ラッシニエの異論を、どうやっても否定できなかったからに違いない。だが、修正した側は、そのことを認めていない。そこから分かるのは、ドイツ国内の収容所のガス室の話は、大戦中の心理作戦としてのプロパガンダの一つだったことである。宣伝工作で捏造されたことが、そのまま事実として伝えられていたのである。

●出続ける異論と、それへの封殺の動き

 異論は、ポーランドのガス室に関しても出されるようになった。
 1988年、アウシュヴィッツのガス室の実地検証に基づくロイヒター報告が発表された。 アメリカのガス室専門家フレッド・ロイヒターは、アウシュヴィッツのガス室には、処刑用ガス室に要求される高い気密性がなく、殺戮に使われたという青酸ガス(シアン化水素)で内部を充満させた場合、外部にガスが濡れてしまう、と指摘した。それゆえ、そのガス室では技術的な問題からガスによる殺人は不可能であるという結論を出した。ロイヒターは工学の学位を持たなかったため、専門家の証言とはみなされなかった。しかし、最も重要な点を指摘した。
 1993年、アウシュヴィッツのガス室の化学的な検証に基づくルドルフ報告が発表された。マックス・プランク研究所の博士課程で化学を専攻するゲルマー・ルドルフは、青酸ガスの特性から、そのガス室で大量処刑を行うことは不可能であることを論証した。そして、化学を用いてもホロコーストの存在を科学的に立証することはできないと主張した。以後、化学者による学術的反論はほぼ皆無といわれる。
 他にも、様々な論者が異論を唱えた。ところが、こうした異論を封殺する動きが執拗に行われてきた。その一例が、わが国におけるマルコポーロ事件である。
 1995年1月、雑誌『マルコポーロ』(文芸春秋社)が、内科医・西岡昌紀の「ナチ『ガス室』はなかった」という記事を掲載した。ロイヒター報告、ルドルフ報告等を踏まえ、科学的・医学的に定説を検証したものだった。これに対し、米国ロサンゼルスに本部のあるユダヤ人団体サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)とイスラエル大使館が文藝春秋社に抗議した。前者は内外の企業に対して、同社発行の雑誌の広告をやめるよう呼びかけた。企業存続の危機に追い込まれた同社は『マルコポーロ』の廃刊を決め、花田紀凱編集長を解任し、田中健五社長は辞任した。
 西岡の論文には、反ユダヤ主義を扇動したり、ナチスを賛美したりするような文言は一切なく、客観的な検証を試みたものだった。ところが、アメリカの一民間団体の呼びかけで、多数の優良企業が広告を一斉に取りやめた。そして、一流出版社が雑誌を自主廃刊した。異常な事態だった。多数の企業が経営に重大な支障を感じるほどの強力な圧力がかけられたのだろう。
 だが、ホロコーストの定説には、いくつもの疑問が上がっている。これに対して、科学的な真理の追究を妨げ、定説を絶対化しようとする意思が働いている。中世のカトリック教会は、地動説を説いたガリレオ・ガリレイを異端尋問で有罪にしたが、ホロコーストに関して働いているのは、公の権力ではない。表に出ない力である。マルコポーロ事件から、その力は、とてつもない財力に裏付けられたものであることが推測される。

 次回に続く。
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