●第2の動向:発展途上国でのプロテスタント福音派の拡大とその後の衰退
島田氏は、現在の世界における宗教の状況の第2の動向として、発展途上国におけるプロテスタント福音派等の新宗教の拡大を挙げる。
島田氏によれば、この現象は、戦後の日本社会で起こった日蓮系新宗教の拡大と共通した現象であり、産業構造の転換による都市化が決定的な要因となっている。だが、経済成長に歯止めがかかると、新宗教の伸びが止まる可能性が高いと島田氏は予想する。
韓国では、戦後経済成長が進み、地方から都市部への人口の移動が起った。経済成長が始まる1960年から2000年の間に、ソウル首都圏の人口が519万人から2135万人へと4倍近くに増えた。同地域は総人口の46.3%を占めるようになり、地方出身者が圧倒的多数を占めるに至った。
当時韓国の地方では、社会道徳としては儒教の影響が強く、信仰としては仏教が主体だった。仏教は地域共同体の中で信仰されたものであり、それを個人が都市に持ち込むことは難しかった。そのような状況で、都市に流入した地方出身者を信者として取り込んでいったのが、キリスト教だった。
韓国では、キリスト教はシャーマニズムの文化と融合し、習合することによって、知識層だけでなく庶民層にまで広がった。島田氏は「とくにプロテスタントの宣教師の中には、説教壇で神憑りする、日本で言えば新宗教の教祖に当たるような人間たち少なくない。あるいは、宣教師の熱狂的な説教によって、信者たちが神憑り状態に陥ることもある。そうしたシャーマニズムと習合したキリスト教は、病気治癒などの現世利益の実現を約束して庶民の信仰を集めていった。
「日本の戦後社会においては、現世利益の実現をうたい文句に新宗教が勢力を拡大したように、韓国では、同じような主張を展開したカリスマ的聖職者に率いられた庶民的なキリスト教が急成長したわけである」と島田氏は解説する。ここで庶民的なキリスト教とは、シャーマニズムと習合したプロテスタントの福音派のことである。
私見を挟むと、日本は、1971年(昭和46年)のニクソン・ショック、73年(48年)のオイル・ショックによって高度経済成長の時期が終り、安定成長期に移った。ニクソン・ショック、オイル・ショックの影響は、外力によるものである。86年(61年)からバブル景気となったが、1991年(平成3年)2月にはバブルが崩壊した。大打撃を受けた日本経済が回復途上にあった1998年(平成10年)、今度は財政金融政策の誤りによって、デフレに陥った。その後も失政が続き、デフレが約20年続いた。島田氏のいうように単に高度成長から低成長の時代に移行したのではない。人間が年を取って、青年期・壮年期から老年期に自然と移っていくような変化とは違う。
韓国の場合は、1997年(平成9年)のアジア通貨危機で経済危機に陥り、IMFの管理下に置かれるようになった。以後、経済の低迷期に入った韓国では、戦後急成長したキリスト教の伸びが止まった。島田氏は、韓国のプロテスタント福音派は驚異的な経済成長による都市部への人口集中によって巨大化したものであるとし、「経済成長が限界に達して、低成長の時代に入れば、それまでと違って信者を増やしていくことができなくなる」と述べている。だが、これも単に経済成長が限界に達して、低成長の時代に入ったわけではない。アジア通貨危機は、欧米の機関投資家らが人為的に仕掛けたものであり、外圧による出来事である。
島田氏は、プロテスタント福音派の拡大は、共産主義を標榜する中国にまで及んでいるという。中国は、共産党が支配する国である。唯物論的共産主義によって、宗教に対して否定的な思想が教育されている。また、日本の内閣に相当する国務院直属の組織である国家宗教事務局を設けて、宗教管理政策を行っており、国家が認めた宗教しか活動が許されない。
中国は、1990年代から改革開放政策により、急激な経済成長を続けている。それによって、資本主義社会以上に経済格差が拡大している。島田氏は、経済格差の拡大によって、「社会の発展から取り残された人々が存在する」と指摘し、「政治に期待することができないときには、宗教に頼らざるを得ない」と述べている。
そのような状況で勢力を拡大しているのが、「地下教会と呼ばれる、政府に公認されていないキリスト教の教会」である、と島田氏は言う。それらの教会は「指導者がカリスマ性を発揮し、病気治しなどを行う福音派」である。
だが、中国では、これまでの驚異的な経済発展にブレーキがかかる状況が生まれている。島田氏は、そのことが宗教にも大きな影響を与えるだろうと予想する。ここでも島田氏は、「低成長の時代に入れば、今度は宗教の衰退という局面が待っているのだ」と持説を繰り返している。だが、再び私見を挟むと、共産国の場合、経済が行き詰まると、それまで政府によって抑えられてきた宗教への信仰心が高まり、それが体制を揺るがすことが起り得る。ポーランドがその良い例であり、労働組合「連帯」による民主化運動は、国民の大多数を占めるカトリックへの信仰の高揚に裏付けられたものだった。
次に、島田氏は、中南米の動向を挙げる。島田氏によると、世界に12億人いるとされるカトリック教徒のうち、4割を中南米の信者が占めている。中南米は「カトリックの牙城」である。ところがその中南米において、「カトリックの信仰を捨ててプロテスタントの福音派に転じる人間がかなり増えており、牙城も危機の様相を呈しているのである」。その事例として、島田氏は、中南米最大の国家・ブラジルの例を挙げる。ブラジルでは、カトリック教徒の割合が1980年には90%を超えていた。だが、プロテスタントの福音派に改宗する人間が多く、現在カトリックは60%に低下しているという。3分の2への減少は、劇的な変化である。
第1の動向の項目で、アメリカではヒスパニックの人口の増加の割に、カトリックの割合が増えていないことを書いた。ヒスパニックの間でさえ、若年層を中心にプロテスタントの福音派に宗派替えする例が増え、信者の老齢化を招いていると島田氏は補足している。
島田氏は、中南米と北米におけるプロテスタント福音派の増加を、戦後日本における日蓮系・法華系の新宗教団体の拡大と同じパターンのものと見て、今後、経済成長に歯止めがかかると、新宗教の伸びが止まる可能性が高いと予想している。
なお、なぜキリスト教内で、カトリックからプロテスタント、それも福音派への改宗が、発展途上国で激増しているのか、その原因・理由について、島田氏は具体的に書いていない。ここでいう福音派は、主にアメリカにおけるキリスト教の信仰復興運動の中で生まれた新しい教派を意味するはずである。アメリカでは、プロテスタントは、主流派(mainline)と福音派(evangerical)に分けられる。主流派は、宗教改革以来の伝統的なプロテスタントであり、福音派はこれに対する反主流派である。新興宗教的な教派といわれることがある。アメリカでは、福音派の方が主流派を信者数で上回り、勢いを増している。発展途上国において経済発展が進み、格差が拡大する過程で、どうしてカトリックから福音派への改宗が多く起こるのかという点には、カトリック、伝統的プロテスタント、新興的プロテスタント、それぞれの教派の教義や社会経済問題への姿勢等が関係してくるが、本書ではこの点は、論述されていない。また島田氏は、中国に関して福音派が拡大していると書いているが、地下教会には、政府支配下のプロテスタント系教会への協力を拒否するものだけでなく、共産党の統制管理に反抗しローマ教皇に忠誠を誓うカトリック系のものがあり、後者の信徒も増加していると見られる。
次回に続く。
島田氏は、現在の世界における宗教の状況の第2の動向として、発展途上国におけるプロテスタント福音派等の新宗教の拡大を挙げる。
島田氏によれば、この現象は、戦後の日本社会で起こった日蓮系新宗教の拡大と共通した現象であり、産業構造の転換による都市化が決定的な要因となっている。だが、経済成長に歯止めがかかると、新宗教の伸びが止まる可能性が高いと島田氏は予想する。
韓国では、戦後経済成長が進み、地方から都市部への人口の移動が起った。経済成長が始まる1960年から2000年の間に、ソウル首都圏の人口が519万人から2135万人へと4倍近くに増えた。同地域は総人口の46.3%を占めるようになり、地方出身者が圧倒的多数を占めるに至った。
当時韓国の地方では、社会道徳としては儒教の影響が強く、信仰としては仏教が主体だった。仏教は地域共同体の中で信仰されたものであり、それを個人が都市に持ち込むことは難しかった。そのような状況で、都市に流入した地方出身者を信者として取り込んでいったのが、キリスト教だった。
韓国では、キリスト教はシャーマニズムの文化と融合し、習合することによって、知識層だけでなく庶民層にまで広がった。島田氏は「とくにプロテスタントの宣教師の中には、説教壇で神憑りする、日本で言えば新宗教の教祖に当たるような人間たち少なくない。あるいは、宣教師の熱狂的な説教によって、信者たちが神憑り状態に陥ることもある。そうしたシャーマニズムと習合したキリスト教は、病気治癒などの現世利益の実現を約束して庶民の信仰を集めていった。
「日本の戦後社会においては、現世利益の実現をうたい文句に新宗教が勢力を拡大したように、韓国では、同じような主張を展開したカリスマ的聖職者に率いられた庶民的なキリスト教が急成長したわけである」と島田氏は解説する。ここで庶民的なキリスト教とは、シャーマニズムと習合したプロテスタントの福音派のことである。
私見を挟むと、日本は、1971年(昭和46年)のニクソン・ショック、73年(48年)のオイル・ショックによって高度経済成長の時期が終り、安定成長期に移った。ニクソン・ショック、オイル・ショックの影響は、外力によるものである。86年(61年)からバブル景気となったが、1991年(平成3年)2月にはバブルが崩壊した。大打撃を受けた日本経済が回復途上にあった1998年(平成10年)、今度は財政金融政策の誤りによって、デフレに陥った。その後も失政が続き、デフレが約20年続いた。島田氏のいうように単に高度成長から低成長の時代に移行したのではない。人間が年を取って、青年期・壮年期から老年期に自然と移っていくような変化とは違う。
韓国の場合は、1997年(平成9年)のアジア通貨危機で経済危機に陥り、IMFの管理下に置かれるようになった。以後、経済の低迷期に入った韓国では、戦後急成長したキリスト教の伸びが止まった。島田氏は、韓国のプロテスタント福音派は驚異的な経済成長による都市部への人口集中によって巨大化したものであるとし、「経済成長が限界に達して、低成長の時代に入れば、それまでと違って信者を増やしていくことができなくなる」と述べている。だが、これも単に経済成長が限界に達して、低成長の時代に入ったわけではない。アジア通貨危機は、欧米の機関投資家らが人為的に仕掛けたものであり、外圧による出来事である。
島田氏は、プロテスタント福音派の拡大は、共産主義を標榜する中国にまで及んでいるという。中国は、共産党が支配する国である。唯物論的共産主義によって、宗教に対して否定的な思想が教育されている。また、日本の内閣に相当する国務院直属の組織である国家宗教事務局を設けて、宗教管理政策を行っており、国家が認めた宗教しか活動が許されない。
中国は、1990年代から改革開放政策により、急激な経済成長を続けている。それによって、資本主義社会以上に経済格差が拡大している。島田氏は、経済格差の拡大によって、「社会の発展から取り残された人々が存在する」と指摘し、「政治に期待することができないときには、宗教に頼らざるを得ない」と述べている。
そのような状況で勢力を拡大しているのが、「地下教会と呼ばれる、政府に公認されていないキリスト教の教会」である、と島田氏は言う。それらの教会は「指導者がカリスマ性を発揮し、病気治しなどを行う福音派」である。
だが、中国では、これまでの驚異的な経済発展にブレーキがかかる状況が生まれている。島田氏は、そのことが宗教にも大きな影響を与えるだろうと予想する。ここでも島田氏は、「低成長の時代に入れば、今度は宗教の衰退という局面が待っているのだ」と持説を繰り返している。だが、再び私見を挟むと、共産国の場合、経済が行き詰まると、それまで政府によって抑えられてきた宗教への信仰心が高まり、それが体制を揺るがすことが起り得る。ポーランドがその良い例であり、労働組合「連帯」による民主化運動は、国民の大多数を占めるカトリックへの信仰の高揚に裏付けられたものだった。
次に、島田氏は、中南米の動向を挙げる。島田氏によると、世界に12億人いるとされるカトリック教徒のうち、4割を中南米の信者が占めている。中南米は「カトリックの牙城」である。ところがその中南米において、「カトリックの信仰を捨ててプロテスタントの福音派に転じる人間がかなり増えており、牙城も危機の様相を呈しているのである」。その事例として、島田氏は、中南米最大の国家・ブラジルの例を挙げる。ブラジルでは、カトリック教徒の割合が1980年には90%を超えていた。だが、プロテスタントの福音派に改宗する人間が多く、現在カトリックは60%に低下しているという。3分の2への減少は、劇的な変化である。
第1の動向の項目で、アメリカではヒスパニックの人口の増加の割に、カトリックの割合が増えていないことを書いた。ヒスパニックの間でさえ、若年層を中心にプロテスタントの福音派に宗派替えする例が増え、信者の老齢化を招いていると島田氏は補足している。
島田氏は、中南米と北米におけるプロテスタント福音派の増加を、戦後日本における日蓮系・法華系の新宗教団体の拡大と同じパターンのものと見て、今後、経済成長に歯止めがかかると、新宗教の伸びが止まる可能性が高いと予想している。
なお、なぜキリスト教内で、カトリックからプロテスタント、それも福音派への改宗が、発展途上国で激増しているのか、その原因・理由について、島田氏は具体的に書いていない。ここでいう福音派は、主にアメリカにおけるキリスト教の信仰復興運動の中で生まれた新しい教派を意味するはずである。アメリカでは、プロテスタントは、主流派(mainline)と福音派(evangerical)に分けられる。主流派は、宗教改革以来の伝統的なプロテスタントであり、福音派はこれに対する反主流派である。新興宗教的な教派といわれることがある。アメリカでは、福音派の方が主流派を信者数で上回り、勢いを増している。発展途上国において経済発展が進み、格差が拡大する過程で、どうしてカトリックから福音派への改宗が多く起こるのかという点には、カトリック、伝統的プロテスタント、新興的プロテスタント、それぞれの教派の教義や社会経済問題への姿勢等が関係してくるが、本書ではこの点は、論述されていない。また島田氏は、中国に関して福音派が拡大していると書いているが、地下教会には、政府支配下のプロテスタント系教会への協力を拒否するものだけでなく、共産党の統制管理に反抗しローマ教皇に忠誠を誓うカトリック系のものがあり、後者の信徒も増加していると見られる。
次回に続く。