ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

憲法改正~天皇の3(国事)

2005-10-31 09:44:32 | 憲法
 新憲法の天皇条項について検討すべき点の六点目は、天皇の国事行為についてである。昭和憲法に規定された事項のほか、いくつか追加する必要があると思う。

・憲法・法律等の公布には、皇室典範を加える
 皇室典範は、一般の法律とは違うので、別に明記する。
・文化、芸術、自然環境保全の奨励助長を行なうこと。
 文化・芸術は、元総理大臣・中曽根康弘氏の案による。これに環境保全を加える。
・元号の制定を公布すること。
 皇室制度と結びついた元号に関して明記する。
・儀礼については、伝統に基く祭祀を行うことを加える。
 昭和憲法では、単に「儀礼」と書かれている。これでは漠然としている。わが国及び皇室に伝わる伝統に基づく祭祀及び儀礼を行い、国民の安寧と世界の平和を祈ることを、天皇の国事行為として明記する。また、この項目の位置は、他の国事行為より前に置く。

 次に、以上を反映した私案を記す。

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●ほそかわ案

(天皇の国事行為)
第五条 天皇は、統治権の象徴的な行使として、次に掲げる国事に関する行為を行う。
一 伝統に基く祭祀及び儀礼を行い、国民の安寧と世界の平和を祈ること。
二 憲法及び皇室典範の改正、並びに法律及び政令を公布すること。
三 国会を召集すること。
四 第○○条第○項の決定に基づいて衆議院を解散すること。
五 衆議院議員の総選挙及び参議院議員の通常選挙の施行を公示すること。
六 国務大臣及び法律の定めるその他の公務員の任免を認証すること。
七 内閣の指名と国会の承認に基づいて、全権委任状並びに大使及び公使の信任状に親署し、並びにこれを授与すること。
八 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
九 栄典を授与すること。
十 文化、芸術、自然環境保全の奨励助長を行なうこと。
十一 元号の制定を公布すること。
十二 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
十三 外国の大使及び公使を接受すること。
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 次に、前条に定めた以外に、天皇が、元首として対外的に日本国を代表し、日本国の伝統、文化、国民統合を象徴するために行為については、準国事行為とする規定を設けておきたい。

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●ほそかわ案

(天皇の準国事行為)
第六条 前条に規定する国事行為の他、天皇が、元首として対外的に日本国を代表し、または日本国及び日本国民の統合を象徴するために必要な一切の行為は、国事行為に準ずるものとする。
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 摂政と皇室財産に関する規定は、昭和憲法の規定を一部修正し、他は現行どおりとする。

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●ほそかわ案

(摂政)
第七条 天皇が成年に達しない場合、もしくは皇室典範の定めるところにより、摂政を置くことができる。摂政は、天皇の名で、その国事に関する行為を行う。
2 第三条の規定は、摂政について準用する。

(皇室への財産の譲渡等の制限)
第八条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、法律で定める場合を除き、国会の議決に基づかなければならない。
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 第三条とは、(天皇の権能)の条のことである。
 以上で天皇に関する条項を終える。
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憲法改正~天皇の2(役割)

2005-10-30 09:49:36 | 憲法
 新憲法の天皇の条項について検討すべき点の二点目は、元号についてである。元号は、皇室制度と結びついたわが国の重要な伝統文化である。これを憲法に規定しておきたい。発想は、愛知和男氏による。
 検討点の三点目は、天皇の尊厳の遵守についてである。私は、天皇の元首及び象徴としての尊厳は守られるべきことを規定すべきであると思う。天皇の尊厳が損なわれることは、即ち日本国及び日本国民の名誉や誇りが損なわれることである。日本国及び日本国民の名誉や誇りを守るために、天皇の尊厳は守られなければならない。
 ここで、検討点の第一から第三をひとまとめにした私案を、以下に記す。

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●ほそかわ案

第1章 天皇

(天皇)
第一条 天皇は日本国の元首であり、日本国の象徴及び日本国民統合の象徴である。

(天皇の地位と継承)
第二条 天皇の地位は、統治権の存する日本国民の総意に基づく。
2 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
3 皇位の継承に際しては、元号を定める
4 天皇の元首及び象徴としての尊厳は守られなければならない。
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 第二条の「統治権」については、後日具体的に述べるが、ここでは「主権」の意味と取っていただいてかまわない。(詳しくは18日~21日の日記をご参照のこと)

 次に四点目の検討点は、天皇の権能についてである。昭和憲法は、天皇は憲法に定める国事行為のみを行い、国政に関する権能を持たないとしている。そのうえで、内閣の助言と承認、及び内閣の責任が、第三条と第四条4項・5項に分かれて書かれている。これらは一括して一条にしたほうがわかりやすいと思う。

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●ほそかわ案

(天皇の権能)
第三条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、皇室典範の定めるところにより、その国事に関する行為を世嗣の資格を有する者に委任することができる。
3 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣がその責任を負う。
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 第2項の内容は、愛知和男氏の案による。誰に委任するかを明示するものである。「世嗣(せいし)」とは、皇位継承の有資格者を意味する。

 五点目の検討点は、天皇の任命権についてである。現行憲法においては、天皇は、国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命し、内閣の指名に基づいて最高裁判所の長たる裁判官を任命すると規定している。それはそのままで良いのだが、これに衆議院議長、参議院議長の任命を加えるべきだと思う。
 わが国の統治権は、天皇を統合の象徴とする国民に存する。国民に発する国家権力は、引き続き三権分立制を取るのがよく、立法権、行政権、司法権の三権による相互牽制を行う。この仕組みを踏まえれば、昭和憲法において「国権の最高機関」とされてきた国会の長が、国会における選任だけであるのは、おかしい。天皇が任命権者として任命するのは、三権の長とするのがふさわしいと思う。

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●ほそかわ案

(天皇の任命権)
第四条 わが国は、統治権を立法権、行政権、司法権に分立し、天皇は三権の長を任命する。
2 天皇は、国会の指名に基づいて、衆議院及び参議院の議長並びに内閣総理大臣を任命し、また内閣の指名に基づいて、最高裁判所長官及び憲法裁判所長官を任命する。
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 憲法裁判所については、後にその項目の際に説明する。ここでは、司法権の長という意味で列記している。
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憲法改正~天皇の1(元首)

2005-10-29 10:00:33 | 憲法
 昨28日、自民党の新憲法案の全文が発表された。前文については、私が今月24日の日記に掲載した原案から、日本の伝統・文化・歴史に触れた部分は削除された。現在の自民党が「経済優先的な保守」が多数を占め、「伝統尊重的な保守」が大きく後退していることの表れだろう。

 さて、天皇についての条項の検討に入りたい。わが国の憲法は、明治憲法・昭和憲法とも、天皇に関する条項で始まった。これは、わが国の伝統・文化・国柄を踏まえたことであって、新しい憲法においても第一章は、天皇に関する章とすべきである。
 自民党の新憲法案(2005年10月28日発表)は、第一章を天皇としている。その内容は、昭和憲法と、ほとんど変わりない。
 昭和憲法を内容的に修正しているのは、第六条2項の3号「衆議院を解散すること。」に、第何条何項の決定に基づいてと補ったこと、第七条4項の「国会議員の総選挙の施行」を「衆議院の総選挙及び参議院の通常選挙の施行」に改めたこと、第八条の皇室財産の譲渡等に関し、「法律で定める場合を除き」と補っただけである。あとは、条文の順序や位置を一部整理したのみで、内容的な改正ではない。天皇に関する規定は、これまでどおりとしたいということだろう。仮名遣いは現代かなに直してある。

 では、昭和憲法の天皇に関する規定が完璧なまでに熟慮されたものなのか。そうは言えない。昭和憲法は占領下で制定された。昭和27年4月28日に独立を回復すると、さまざまな憲法改正案が提示された。その中の一つに、昭和29年11月に、自由党憲法調査会が出した「日本国憲法改正要綱」がある。自由党とは、日本民主党と合併して、現在の自由民主党となった政党である。同党は、天皇の条項に関して、次のような案を出していた。
 第一は、「天皇は日本国の元首であって、国民の総意により国を代表するものとする。」う規定する。第二は、「天皇の行う行為に左の諸件を加える。」として数項目追加する。第三は、「皇室財産の規定は法律に譲る。」、第四は「憲法改正の発議に天皇の認証を要するものとする。」と規定するというものである。
 これらの修正案は、昭和憲法の規定は、改正すべき点があるという判断に立っている。これに比べ、約50年後の今の自民党は消極的であり、過去の議論を十分踏まえているとは言えない。

 私の意見としては、天皇の条項については、検討すべき点が5点ある。
 一点目は、天皇の根本的な地位についてである。現行憲法は、現代かな遣いに直すと、以下のように定めている。

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●現行憲法
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

第二条 皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
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 天皇が日本国の象徴及び日本国民統合の象徴であることは、このとおりでよいと思う。課題は、天皇を元首とするかどうかである。元首は、対外的に国家を代表する存在である。欧州の多くの君主国の憲法では、国王は単なる象徴ではなく、元首であることが明記されている。昭和憲法では、これがはっきりしていない。この点を新憲法では、明確にする必要がある。
 天皇は日本国の象徴であり、日本国を対外的に代表して、外交上の国事行為を多く行っている。元首にふさわしい存在は、天皇をおいてない。また天皇を元首と規定しても、それは天皇が政治にかかわることにはならない。天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、その行為の責任は、内閣が負うからである。それゆえ、新憲法には、天皇を元首と規定するのがふさわしい。

 以下の三つの案では、そのように規定している。愛知案とは、愛知和男氏(元環境庁長官)の案(改訂第4版)である。

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●愛知案
①天皇は、日本国の元首である。
②天皇は、対外的に日本国及び日本国民を代表するとともに、日本国の伝統、文化、及び国民統合の象徴である。

●日本会議案
 天皇は日本国の元首であり、日本国の永続性及び日本国民統合の象徴である。

●JC案
 天皇は、日本国の元首であり、日本国民統合の象徴である。
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 私もこのように、元首であり象徴であるという規定とする必要があると思う。他の検討点については、次回書く。
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憲法改正~前文の4(私案)

2005-10-28 09:32:19 | 憲法
 わが国は、立憲君主制の民主主義国家と規定するのが適当と前回書いたが、昭和憲法において、統治権は天皇から、天皇を含む国民に移っている。天皇の専有から君民の共有となった。
 新憲法においては、この点をより明確に、わが国の統治権は、天皇を含む国民に存すると明記すべきと思う。具体的には、天皇を統合の象徴とする国民に存すると表現する。この国民には、現在の世代だけではなく、過去及び将来の世代を含む。つまり祖先から現世代、子孫までを含む歴史的な総国民である。そのことも明らかにすべきと思う。

 国家と国民の関係については、わが国の国政は、代表制民主主義をとる。国政は国民の信託に基づき、国民代表が担い、その成果は国民が受ける。国民は自由と権利を享受するとともに、その責任を自覚し、家族を尊重し、社会の一員として公共の利益に尽くす。また、我々は、国を愛し、国際社会におけるわが国の責任を担うことを記したいと思う。

 日本と国際社会の関係については、わが国は国際社会の一員として、世界の平和を願い、諸国諸民族の共存共栄、地球環境の保全、物心調和の人類文化の創造に資する国際責任を果たす決意であることを述べたい。

 先行憲法との関係については、明治憲法・昭和憲法との連続性が記されねばならない。また、また改正は昭和憲法の改正規定にのっとって正当に行われたことを銘記する必要があり、この点は、先に書いた天皇の勅語に含むのが良いと思う。
 以上の考えに基づき、以下に私案を記す。

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●ほそかわ案
 我々日本国民は古来、四季の恵みあふれる豊かな自然の中で、人と人、人と自然の調和を尊びながら、独自の文明を築いてきた。多様な価値の共存を認め、伝統を尊重しながら、天皇と国民が一体となって国の繁栄に努めてきた。我々は、このような日本の国柄に基づき、さらなる発展を目指したいと思う。

 わが国は、明治以来、立憲君主制の民主主義国家である。統治権は、天皇を国民統合の象徴とする国民に存する。ここに国民とは、過去・現在・将来にわたるすべての国民を意味する。 国政は国民の信託に基づき、国民の代表が担い、その成果は国民が受ける。国民は自由と権利を享受するとともに、その責任を自覚し、家族を尊重し、社会の一員として公共の利益に尽くす。また、国民は、国を愛し、世界の平和を願い、諸国諸民族の共存共栄、地球環境の保全、物心調和の人類文化の創造に資する国際責任を果たしたいと思う。

 我々日本国民は、わが国の伝統と大日本帝国憲法及び日本国憲法の歴史的意義を踏まえ、新たな国づくりのために国の根本規範として、この憲法を制定する。
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憲法改正~前文の3(私見)

2005-10-26 12:00:13 | 憲法
 新憲法の前文について、ここで私の考えを記したい。
 憲法の前文には、日本の伝統・文化・歴史、基本的な国柄と現在の政体、法源、国家と国民の関係、日本と国際社会の関係、先行憲法との関係を、明確に記す必要があると思う。

 日本の伝統・文化・歴史については、その特徴を簡潔に記し、また基本的な国柄を明らかにしたい。古来、日本人は、四季に恵まれた豊かな自然の中で、すべてのものにいのちを感じ、大自然との調和を心がけて生活してきた。他国の文化が入ってくると、固有の文化と共存させ、また争いを避け、人との調和を保つ心を持ってきた。
 家庭にあっては、親子一体・夫婦一体・家族一体の生き方を心がけ、祖先から子孫への生命のつながりを重んじてきた。こうした家庭をもとに、皇室を中心として一大家族のような社会を構成し、歩んできたところに日本国の特徴がある。
 私たちには、こうした伝統を受け継ぎ、またこれを発展させて健全な社会を作り、世界の平和に貢献していきたいと思う。

 次に、国の形について述べる必要があると思う。わが国の政体は、明治憲法においては、立憲君主制の民主主義国家であった。主権は統治権とされ、天皇に存した。日本国憲法においては、統治権は主権とされ、主権在民とされた。また、天皇を日本国及び国民統合の象徴とした。君主制か共和制か、主権者である国民に、天皇を含むか否かが明快でなかった。
 新憲法では、この点を明らかにする必要がある。私は、わが国は、立憲君主制の民主主義国家と規定することが適当であると思う。これは、昭和憲法下の政府見解でもある。

 次に、前文及び憲法の全体において、主権という概念を用いることについては検討を要すると思う。立憲君主制の民主主義国家には、君主主権、議会主権、国民主権の三種があるとされる。このうち、わが国は、天皇を含む国民が主権を有するものであり、「象徴天皇制国民主権」というべき特殊な政体である。私は、「君民共有主権」、より正確には「統治権の君民共有制」と呼ぶのが適当と思う。

 主権の概念の核は、統治権である。そこで、憲法においては、主に統治権を用いるのが適当と考える。明治憲法においては、主権という概念を使わず、統治権と称した。統治権は、天皇が有した。昭和憲法においては、主権と言い換えられ、国民に存するとされた。
 主権とは、最高権力を意味する言葉であり、統治権の最高性を形容するものである。それとともに、西欧の歴史では、専制君主の絶対的な権力を、人民が闘争によって奪取したという例があり、主権は専制性と闘争性を含んだ概念である。
 これに対し、統治は、明治憲法において、わが国の伝統に基づき、「知らす」の意味であるとされた。天皇がこの国を「知らす」ことを、統治という漢語に置き換えて表現したものである。「知らす」としての統治には、人民を私物化して支配するという意味がなく、人民を「大御宝」と呼んでその安寧を願って仁政を行うという意味がある。

 こうしたわが国の国柄と伝統にのっとるとき、主権という概念は不適当であり、統治権を用いるのがふさわしいと思う。ただし、国際社会においては、主権国家間の外交・防衛等の文脈で、主権という概念も使用しなければならない。そこで、憲法においては、主に統治権を用い、補助的に主権も用いるのがよいと思う。
 続きを次回書く。
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憲法改正~前文の2(比較)

2005-10-25 10:38:20 | 憲法
 新憲法の前文に関し、自民党案以外にもいろいろな案が、出されている。そのうち、私は、日本会議の「新憲法の大綱」(平成13年版)と、参議院議員の山谷えり子氏、日本青年会議所(JC)のものに注目している。

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●日本会議案
 我々日本国人は古来、人と人の和を尊び、多様な価値の共存を認め、自然との共生のうちに、伝統を尊重しながら海外文明を摂取・同化することにより、独自の文化を築き、天皇と国民が一体となって国家を発展させてきた。
 我々は、このような我が国固有の国体に基づき、民意を国政の基礎に置く明治以来の立憲主義の精神と歴史を継承発展させ、国民の自由と権利を尊重するとともに国家の一員としての責任を自覚して新たな国づくりへ進むことを期し、併せて世界の平和と諸国民の共存互恵の実現に資する国際責任を果たすために、この憲法を制定する。

●山谷案
 四季のめぐり、恵みあふれる大八州(おおやしま)、豊葦原瑞穂(とよあしはらのみずほ)の国に生まれ育ったわたくしたち日本国民は、睦(むつ)み和らぎ、徳を高め、勤め励んで、平和の国、文化の国、道義の国として歩んできました。
 美しい日本の国柄を誇り、喜びとして、これからも正直、親切、勤勉、節度、品位、調和(大和)、献身、進取の気性をもって、諸国民との協和の中で輝く自由と民主主義の国として歩みます。
 長い歴史と伝統、家族の絆の中で、豊かに育まれたわたくしたちは、一人一人に与えられた賜物(たまもの)に感謝し、法にしたがい、国を富ませ、心を世界に開いた政治、経済、外交を展開し、尊い生甲斐を互いに尊重する社会をつくります。
 人類の恒久平和、自然との共生に心を一つにして国際社会の中で名誉ある国づくりにつとめます。
 愛と一致と希望の中で、力をつくし、誠をつくし、明き清き理想に向かって進んでいくことを誓います。

●JC案
 日本国民は、四方を個性ある海に囲まれた、四季の移り変わりの美しい日本国のもとで、自然の恵みに感謝し、祖先を敬い、家族を大切にし、人の和を尊重する精神をもって豊かな社会を築き上げてきた。
 われらは、この悠久の歴史と伝統、誇りある精神を受け継ぎ発展させる。
 われらは、議会制民主主義を手段として国民の英知を結集し、基本的人権が尊重され、かつ、自律した個人の幸福と社会の利益とが豊かに調和する国家の実現を目指す。
 われらは、世界の人々の多様性を尊重するとともに、国際社会における責任を自覚し、恒久平和の実現、人道支援および地球環境保全のために、率先して行動する。
 日本国民は、国家の主権者として、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。
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 これら三つの案は、自民党案より簡潔である。自民党案より盛り込む要素が少ない。また、日本語の文章として、自民党案より、自然な感じがする。
 三案ともそれぞれ立派な案だと思うが、共通点を確認するとともに、相違点を突き合わせてみると次のようになる。

 共通点は、わが国の歴史・伝統に触れ、和や自然との共生について述べていること。地球環境保全、平和、諸国民との共存互恵または協和などを盛り込んでいること。主語に「我々」「わたくしたち」「われら」と二人称複数が使われていることなどである。
 相違点は、統治権の根源、天皇、政体、自由、権利または人権、民主主義、家族、国際的な責任、人道支援、明治憲法・昭和憲法との関係等を入れるか否かである。

 個々については、日本会議の案は、三案の中では、憲法典に付す法律的な文章として、完成度が高い。細かい点では、海外の文明とわが国の文化という対比となっており、日本文明の自立性が表現されていない。家族に触れていない。明治以来の立憲主義を言いながら、昭和憲法との関係が明記されていない。
 山川氏の案は、日本語としてとても美しい。しかし、文学的な表現が多く、法律的な文章として重要な要素を多く欠いている。国柄のとらえ方において、天皇が明記されていない。統治権の根源、政体、先行憲法との関係が明記されていない。権利・人権に触れていない。道徳的・倫理的な言葉が多く、憲法より国民憲章か教育基本法にこそふさわしいと感じられる部分がある。
 日本青年会議所の案は、全体に意欲的な内容だが、天皇を明記せず、政体についても触れていない。基本的人権を書いて自由には触れていない。明治憲法・昭和憲法との関係が明記されていない。新憲法を制定するという文言もない。そのため、憲法典に付す文章としての重要な要素をいくつか欠いている。

 これらに比べると前回引用した自民党の案は、要素が多い分だけ、かなり網羅的ではある。また、わが国の政体を「国民が主権を持つ民主主義国家」と規定し、「自由、民主、人権、平和、国際協調を国の基本」とし、また「国を愛する国民の努力によって国の独立を守る」ことを明記していること。また、大日本帝国憲法及び日本国憲法との関係に触れ、憲法を「日本国の根本規範」と定義していることに、特徴がある。

 以上、四案とも一長一短があるが、いずれの案を元にしても、欠けているものを補うならば、充実したものとなると思う。そのためには、国民的な議論が必要である。
 次回は、私の案について述べたい。
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憲法改正~勅語と新しい前文1

2005-10-24 09:54:02 | 憲法
 憲法改正の時が熟しつつある。すでに自由民主党、政治家個人、読売新聞社、日本会議、日本青年会議所等から、さまざまな改正案が出されている。これらの改正案を検討しつつ、新しい憲法の実現をめざし、私も国民の一人として条文の具体案を提示してみたい。

1.勅語
 
 新憲法が制定される場合、天皇は日本国の象徴および日本国民統合の象徴として、日本国憲法(以下、昭和憲法ともいう)の規定に従い、新しい憲法を公布する役目をになう。昭和憲法第九十六条2項に次のように規定されている。
 「憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。」
 前項の承認とは、国民投票の結果を言う。
 日本国憲法の場合は、次のような昭和天皇の勅語が付されている。
 「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」
 これに日付と御名御璽が記されている。そして、憲法制定当時の国務大臣の副署がされている。
 新憲法の公布に当たっても、今上天皇から勅語を賜ることとなろう。勅語の内容は、新憲法と昭和憲法との関係および制定の過程を明確にするものとなるだろう。この度の主語は、「朕」ではなく、「私」が用いられることと思う。まことに僭越だが、たとえば以下のようなお言葉をいただくことになろうかと思う。

――――――――――――――――
●ほそかわ案
 私は、日本国憲法の改正が、憲法第九十六条により、国会が各議院の総議員の三分の二以上の賛成で議決して発議され、国民投票において過半数を得て承認されたことをよろこび、ここにこれを公布する。
――――――――――――――――

 最後に、日付と御名御璽、国務大臣の副署が必要となろう。

2.前文

 一国の基本法である憲法に、前文を設けるとすれば、その国の成り立ちや歴史・伝統・文化を記し、その中に憲法制定に寄って立つ法源を明らかにし、国の理念・目標を提示するものでなければならない。
 自由民主党の新憲法第1次案では、次のような前文を提示している。

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●自民党案
 日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に、天皇を国民統合の象徴として戴(いただ)き、和を尊び、多様な思想や生活信条をおおらかに認め合いつつ、独自の伝統と文化を作り伝え多くの試練を乗り越えて発展してきた。
 日本国は国民が主権を持つ民主主義国家であり、国政は国民の信任に基づき国民の代表が担当し、その成果は国民が受ける。
 日本国は自由、民主、人権、平和、国際協調を国の基本として堅持し、国を愛する国民の努力によって国の独立を守る。
 日本国民は正義と秩序による国際平和を誠実に願い、他国と共にその実現の為(ため)協力し合う。国際社会に於(お)いて圧制や人種の不法な侵害を絶滅させる為の不断の努力を行う。
 日本国民は自由と共に公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実をはかり教育の振興と文化の創造と地方自治の発展を重視する。自然との共生を信条に豊かな地球環境を護(まも)るため力を尽くす。
 日本国民は大日本帝国憲法及び日本国憲法の果たした歴史的意味を深く認識し現在の国民とその子孫が世界の諸国民と共に更に正義と平和と繁栄の時代を内外に創(つく)ることを願い、日本国の根本規範として自ら日本国民の名に於いて、この憲法を制定する。
――――――――――――――――

 昭和憲法と違い、日本人自ら起稿した文章であり、立派な内容だと思う。ただし、私の感想としては、少し盛り込む内容が多すぎると思う。まだ文章が生硬で日本語としての自然な流れが感じられず、読んで難しく聞いてわかりにくい。主語は「日本国民」で一貫しているが、「我々」「わが国日本」というような二人称複数を用いたほうがよいと思う。今後、少し要素を絞り、日本語としての自然さを求めて推敲を願いたいと思う。
 次回は、自民党以外の案も見てみたい。
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昭和憲法の改正~新憲法へ(下)

2005-10-23 10:23:28 | 憲法
昭和憲法は、制定された事情が特異なので、これを無効とする論がある。
 無効論の理由は、主に三点である。第一に、明治憲法の改正は、わが国の統治権が連合国最高司令官に従属し、強く制限されている時期になされた。第二に、昭和憲法は成立過程の全般にわたって占領による脅迫・強要が存在した。第三に、明治憲法の改正は、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法を尊重すべきことを明記するハーグ陸戦法規に違反している。これらの理由は、概ねそのとおりである。
 しかし、戦後、今日に至るまで、昭和憲法は一貫して法的拘束力をもって機能している。国民の大多数がこれを受け入れている。こうした厳然たる事実がある以上、法理論だけで現行憲法を無効と説くのは、無理がある。

 昭和憲法の有効論としては、宮沢俊義の「8月革命説」が有名である。宮沢は、昭和20年8月、ポツダム宣言を受諾したと同時に、法学的意味でいう「革命」が起こって、正当な法的手続を経ずに主権者が代わり、天皇主権から国民主権に変わったとする。昭和憲法は、新たに主権者となった日本国民により有効に制定された憲法であるとする。この見解が、わが国の憲法学会に強い影響を与えてきた。
 しかし、「8月革命説」は、事実関係を捻じ曲げている。敗戦と占領によって、主権は天皇から国民へ移行したのではなく、連合国最高司令官に移行したのである。ポツダム宣言に関するわが国の質問に対するバーンズ回答は、「降伏ノ時ヨリ、天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ‥‥連合国最高司令官ノ制限ノ下ニ(subject to)置カレ」たと記している。国家意思を最終的に決定する権限という意味での主権が国民に移ったとは、言えない。それゆえ、「8月革命説」は理論的に破綻している。
 宮沢理論を部分修正した説もあるが、私には勝者による押し付けを正当化するために、学者が作り出した欺瞞でしかないと思われる。

 これに対し、佐々木惣一は、昭和憲法は明治憲法の全面的な改正憲法であり、有効に成立したとする。
 佐々木は、改正手続による憲法改正には何ら限界がないという立場に立つ。明治憲法改正説である。そして、昭和憲法は明治憲法第73条の定める天皇の発議、帝国議会の議決、天皇の裁可という手続によって成立したものであるから、内容的に明治憲法を全面的に変更したとしても、革命によって成立した憲法ということはできないとする。佐々木は、昭和憲法は天皇が制定されたものであるから「欽定憲法」とする。

 私は、無効論の挙げる理由を認めつつも、佐々木の見解のように、改正は有効とせざるを得ないと考える。
 昭和憲法には、GHQの銃砲と検閲の下とはいえ、帝国議会で審議され、天皇によって公布されたという形式を取っている。そして、次のような天皇の「上諭」が付せられている。
 「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる」。
 これに、御名御璽と各大臣の副署がある。GHQによって威嚇的強制が行われたとはいえ、明治憲法の規定によって帝国議会が議決し、天皇が裁可して公布した以上、これを有効と認めざるを得ない。「帝国憲法の改正」と天皇が明記をされている。
 いかに制定過程に矛盾・不正があろうとも、明治憲法違反・国際法違反ゆえ、現行憲法は無効を宣言すべしという主張は、天皇の権威を否定するものとなると思う。

 また、公布後、国民による承認手続きの機会はなかったが、無効破棄の宣言は行われていない。施行後、日本の立法・行政・司法はすべてこの憲法にそって行われてきた。そして、60年近くたっている。この事実にも、憲法の有効性を認めざるを得ない。

 私見としては、統治の本質は、法にあるのではなく、力にある。法は力の行使に関するルールである。敗戦・占領という状況は、明治憲法の規定を超えていた。想定していなかった。また、国際法といえども、勝者の力は法を超えて振り回される。こうした基本認識に立って、私は考える。法を超えた統治が行われる状況では、違法・不当な行為も力によって正当化される。いくら明治憲法に言葉で定めてあったとしても、力による支配の下では、いっぺんの紙切れに過ぎない。
 GHQ案を受け入れざるを得なかったのは、天皇を訴追・処刑から守り、「国体護持」をするための苦慮の末のことだった。問題は、法を超えた力によって押し付けられ、やむを得ず受諾したという経緯を踏まえ、独立回復後に即改正すべきだったということにある。それを実行しなかった日本人こそ、反省しなければならない。

 今日、この課題は、できるだけ早く実行しなければならない。GHQによって、日本弱体化のために押し付けられた憲法は、それが機能し続ければ、日本が立ち行かなくなるようにできている。放置すれば、国が滅ぶ。この点は、別に書いたものがあるので、ご参照願いたい。(註)

 改正において取るべき方法は、無効破棄や明治憲法の復元改正等ではない。昭和憲法の規定に従って、改正を行うことである。
 現行憲法は、第96条に次のようにある。「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」
 この規定は、改正を非常に難しいものにしている。しかしながら、改正は、憲法の規定に従って、両議院の3分の2以上で発議し、国民投票で過半数を得て改正する手順を踏むものでなければならないと私は考える。一部に主張されている無効宣言という方法は、一種のクーデタであり、国の内外にわたり禍根を残すと思う。
 まず、第9条と改正条項のみを改正し、最低限の修正を行ったうえで、諸条項に関し、段階的に改正を進めていくと方法もあると思う。

 日本国民が、自分の国のことを真剣に考え、自らの手で、国の運命を切り開こうという意思を持つならば、改正は必ずなしうると思う。
 これから私は新憲法の改正案検討を検討し、具体的に条文の提示を行いたいと思う。


・拙稿「日本国憲法は亡国憲法ーー改正せねば国が滅ぶ」をご参照のこと。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08c.htm
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明治憲法の限界~新憲法へ(上)

2005-10-22 15:38:59 | 憲法
 わが国は独自の伝統・文化・国柄を持つ国である。文明論的に見れば、古代よりシナ文明の影響を受けながらも早くから自立の道を進み、独自の日本文明を確立し、それを熟成させた。
 こうしたわが国は、幕末に近代西洋文明と遭遇した。この時、国を防衛し、改革を進める原動力となったのは、尊皇心や国体観念というわが国固有の思想だった。
 幕府からの大政奉還と王政復古が行われると、「五箇条のご誓文」が発せられた。ご誓文は、日本の伝統・文化・国柄をもとにして、西洋文明を取り入れ、近代国家を建設する基本方針を示した。以後、ご誓文がわが国の国是となる。

 わが国が参入した19世紀後半の世界は、西洋列強が世界の大半を分割し、植民地として支配・収奪していた。わが国は、列強の圧倒的な軍事力・技術力・経済力に屈して、不平等条約を結ばざるをえなかった。
 維新後、独立を守り、一部失った主権(治外法権の許可と関税自主権の喪失)を回復するには、列強に認められるような近代国家としての体裁を整えなければならなかった。ここに必要となったものが、西洋式の成文憲法の制定である。

 大日本帝国憲法は、日本人自らわが国の国柄を表現したものだった。
 起草の推進役となった伊藤博文は、自ら西欧を訪れて、プロイセン・オーストリア等に行って近代憲法を学習してきた。彼は単なる模倣・翻訳で速成せずに日本の伝統を踏まえ、またさまざまな意見の者とよく議論して合意をつくり、立案を行った。起草の実務的な中心となった井上毅は、西欧の法学の研究だけでなく、日本の古典、記紀・祝詞・詔勅等の研究を行った。
 彼らの努力により、明治憲法は、維新の原動力であった尊皇心や国体観念を踏まえ、わが国の国柄を近代法の形に表現したものとなっている。

 明治憲法は、非西洋世界、有色人種初の近代憲法である。ここにわが国は、天皇を元首とする立憲君主制の議会制デモクラシーを定めた。この憲法の下、近代的な議会政治が開始され、日本的なデモクラシーが発達した。国民の権利に関する規定も、当時の欧米に劣らないものだった。
 しかし、明治憲法の規定には、不備もあった。最大の問題は、統帥権の独立である。第11条に「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」とある。統帥権とは軍隊の最高指揮権である。これを天皇の統帥大権と言った。軍の指揮は政府や議会と関係なく行われるため、軍事と政治が二分され、ただ天皇御一人が両方を統括する形となっていた。
 また、憲法の条文に、内閣や総理大臣という言葉がなく、首相の地位や権限が弱く、内閣を統括できない規定になっていた。明治・大正期には明治の元勲がおり、統帥権が他の権限から独立したものではないことは熟知していた。憲法には規定のない元老会議が指導性を持ち、条文の不足を補っていた。
 ところが、元老が一人減り二人減りし、昭和まで生き残ったのは西園寺公望だけとなった。天皇の側近に明治以来の有力者がいなくなると、憲法の欠陥が隙を生じ、軍の横暴を許してしまった。

 昭和5年から、軍部が統帥権干犯を唱えて政治に介入し始めた。また、神兵隊事件、5・15事件などのクーデタ未遂事件が続発し、これに勢いを得た軍部が、政治を左右するようになった。とりわけ2・26事件後の軍部大臣現役武官制の復活によって、軍の意向一つで、天皇に首相の任命を受けた宇垣一成が組閣できずに終わったり、軍部大臣一人のために内閣が辞職せざるを得なくなったりするという異常な事態となった。
 こうしたなかで、シナ事変の勃発・泥沼化、日独伊三国同盟の締結、アメリカによる経済制裁、日米交渉の難航、ハルノートの手交等が続いた末、わが国は、英米等を敵とする無謀な戦争に突入した。

 大東亜戦争の敗戦において、わが国はポツダム宣言を受諾した。宣言には、わが国の「民主的な傾向の復活強化」が要望されており、また最終的な政治形態は国民の自由意思で決定すべきことが記されていた。この内容は、わが国には「民主的な傾向」があったという評価が含まれている。それが、明治以来の立憲議会制によるデモクラシーであることは、明らかである。
 ポツダム宣言のとおりに、戦後の日本の復興が行われたならば、わが国は自主的に、自らの手で明治以来の日本的デモクラシーの伝統を取り戻して、国の復興に努めたはずである。

 ところが、マッカーサーは、わが国に憲法改正を要求してきた。これは、ポツダム宣言の内容を越え、また国際法に違反するものである。軍事占領のもとにあるわが国は、これに応じざるを得ず、憲法問題調査会を組織し、国務大臣・松本烝治を中心に、自主的な憲法改正案を作成した。この時、日本人は開戦と敗戦の原因を反省し、自らの手で憲法の欠陥を正し、国の再建に取り組もうとしていた。
 しかし、マッカーサーは、この日本人自身による明治憲法の改正案を退け、GHQ民政局の職員に秘密裏に憲法を起草するように命じた。そして、この占領者による英文の憲法案を、わが国に受け入れるように押し付けてきた。受け入れない場合は、天皇の身命に保障がないことが暗示されたらしい。
 こうして、銃砲による脅迫と徹底的な検閲のもとで作られたのが、昭和憲法である。
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