ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

脱中国が加速している

2013-10-31 10:17:06 | 国際関係
 中国経済は、相当危なくなってきている。近年わが国では、リスク分散を目指し、中国と別の国の組み合わせる「チャイナ・プラス・ワン」を確保する企業が増加している。中国から東南アジア諸国連合(ASEAN)に生産拠点などを分散し、直接投資を拡大する動きが加速している。平成21年(2009年)以降、対ASEAN投資が今年の上期を含めて連続して中国を上回っている。この傾向は定着し、拡大しつつある。
 中国は安価な労働力を背景に、平成16年(2004)から実質GDP10%増という経済成長を続けた。だが、製造業の1人当たり賃金はこの5年ほどで倍近くに跳ね上がった。「世界の工場」ともてはやされた時期のような進出メリットはなくなった。成長率は8%以下に減速ししている。これに加えて、昨年7月わが国が尖閣諸島を国有化したことをきっかけに、日中間の緊張が高まっていることがある。中国各地で反日暴動が起こり、日系企業が被害を受けた。中国政府は反日姿勢を強め、尖閣諸島への圧力を強めている。
 その一方、ASEANが日系企業を引き付ける要因は、中間層の拡大等による旺盛な購買力や、豊富な労働力と低い労働賃金等である。経済成長に伴って消費市場が拡大しつつあり、さらなる拡大への期待が膨らんでいる。国の頭文字から「VIP」と言われるベトナム、インドネシア、フィリピンへの動きが目立ち、タイが続き、ミャンマーへの関心も高くなっている。労働賃金は、中国を100とすると、フィリピン77、インドネシア70、ベトナム44、ミャンマー16と差が顕著である。
 日本貿易振興機構(ジェトロ)の「世界貿易投資報告」によると、今年上期(1~6月)の日本企業の対外直接投資額は、ASEAN向けが前年同期比55.4%増の102億ドル(約9800億円)で過去最高を記録した。対中国向けの2倍超に膨らんだ。片や中国向け直接投資は31.1%減の49億ドルまで落ち込んだ。生産拠点の「脱中国」が鮮明になっている。
 脱中国の動きは、わが国の企業だけではない。産経新聞の山本勲氏は、10月日の記事で、欧米の有力銀行も脱中国の動きを強めていることを伝えている。ゴールドマン・サックスが中国工商銀行株、クレディ・スイス銀行と英ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドが中国銀行株を、全て売却した。さらに9月初め、バンク・オブ・アメリカが中国建設銀行の持ち株を全面売却した。中国建設銀行は中国4大国有銀行の一つである。この結果、欧米大手銀行は4大国有銀行からほぼ全面撤退となる。この動きは、20兆元(約320兆円)を超える地方政府債務の貸し手である中国国有銀行が今後経営難に陥ることを見越した動きとみられる。
 現代中国の特徴は、外国資本が撤退するだけでなく、中国人富裕層が資金を海外に移していることである。中国から不法に海外に流出した資金は平成23年(2011)の6千億ドルから24年(2012)には1兆ドルを突破し、今年は1兆5千億ドルに達するとみられている。原因には、不動産バブルが破裂寸前になっていることや国家債務の急増が挙げられる。習近平政権は、迫りくる経済危機に対し、思想・言論統制を強め、対外強硬路線を取っており、これに不安を感じる富裕層は、財産を海外に移転させている。
 山本氏は、「政権の前途を危ぶむ内外資本の一斉流出は、今後の米国の金融緩和縮小と相まって人民元急落や不動産バブルの大崩壊を招く恐れがある」と書いている。
 この点は、私のブログで、シナ系日本人評論家の石平氏や拓殖大学教授の藤村幸義(たかとし)氏の観測を書いてきたことでもある。石氏は「今、中国で大規模な移民ブームが起きている」「1千万人民元(約1億6千万円)以上の資産を持つ中国国民の6割はすでに海外へ移民してしまったり、あるいは移民を検討している。さらに、個人資産1億元以上の富豪企業家では27%が移民済みで、47%が検討中」だと述べている。最大の理由は「財産の安全に対する心配」である。莫大な財産を蓄積してきた富裕層や企業家たちは、究極の「安全対策」として海外移民へと走っているらしい。 また藤村氏は、中国での「投資先はリスク分散のために、国内での不動産投資を減らし、海外に投資先を求める動きが目立っている。海外投資先で最大の比率だったのは香港。また、米国への投資も加速している。海外投資と同時に子息を移民させるケースも多い。なんと資産家の6割が投資移民制度を活用して、すでに移民させたり、近い将来の移民を検討しているという」と書いている。
 日本の企業、欧米の有力銀行、そして中国の富裕層による脱中国は、加速しつつある。いまだ中国に固執する企業家や投資家も少なくないが、よく潮時を見極めるべきだろう。
 以下は関連する報道記事。

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●産経新聞 平成25年10月5日

http://sankei.jp.msn.com/world/news/131005/chn13100510300000-n1.htm
【山本勲の緯度経度】
「脱中国」強める欧米有力銀、中国富裕層も     
2013.10.5 10:30

 中国経済の先行きに懸念が強まるなか、欧米有力銀行や中国富裕層らの資金が一斉に“脱中国”の動きを強めている。破裂寸前ともいわれる不動産バブルや国家債務の急増、習近平政権の左傾・対外強硬路線などのリスクが、この流れに拍車をかけている。「大地震を予知した動物さながら」との声も聞かれる。
 先月初め、米銀大手バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)による中国建設銀行の持ち株の全面売却が明らかになった。20億株で約15億ドル(約1460億円)に上る。
 建設銀行は中国の4大国有銀行の一つ。バンカメは8年前に同行株約10%を30億ドルで取得し、買い増しを続けて一時は120億ドルを投入していた。2011年から持ち株売却を本格化し、今回で完全撤退となる。
 これに先立ち米投資銀行ゴールドマン・サックスが中国工商銀行株を、クレディ・スイス銀行と英ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドが中国銀行株を、それぞれ全て売却した。
 今回のバンカメの株売却で、欧米大手行は4大国有銀行からほぼ全面撤退となる。国有銀行は「すでに20兆元(約320兆円)を超えた」(項懐誠・元財政相)地方政府債務の貸し手だけに、今後の経営難を見越した動きとみられる。
 一方で国内資金の流出も昨年来、一段と加速している。共産党中央規律検査委員会が昨年末、関連機関に発した通達によると、中国から不法に海外に流出した資金は11年の6千億ドルから12年には1兆ドルを突破。今年は1兆5千億ドルに達するとみている。
 習政権が腐敗撲滅の号令をかけたことで、腐敗官僚一族らの富裕層が財産の海外移転を加速するとの読みからだ。現に米国やカナダからの報道によると、中国の機関投資家による住宅開発や、富裕層の豪邸購入が各地で大盛況という。
 米ウォールストリート・ジャーナル紙は「中国人の人気投資先がニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコに加え、ヒューストン、ボストンなどへと拡大しつつある」と指摘した。米ラジオ・フリー・アジアは「カナダのバンクーバーで上半期に、200万~400万カナダドル(約1億9千万~3億8千万円)の豪邸が349軒(前年同期比77%増)売れたが、主な買い手は中国の富裕層」と報じている。
 香港最大財閥、長江実業グループ総帥の李嘉誠会長も“脱中国・欧州シフト”の動きを加速している。香港や中国に約300店を有するスーパーや上海、広州のオフィスビルを相次ぎ売却し、資金を欧州諸国のエネルギー、通信などの事業に移転しつつある。
 不動産バブルが頂点に達した中国の資産を売却し、債務危機から回復し始めたコスト安の欧州で事業を拡大しようというわけだ。
 “脱中国”に動く内外資本に共通するのは、盛りを過ぎた中国経済や習近平政権への不安感だ。独裁政権下で経済的な離陸を果たした韓国や台湾は、民主化と法治化を通じて経済の高度化や社会の安定を進めた。
 腐敗や格差矛盾が“沸点”に達した中国に必要なのはこうした政治、経済、社会の一体改革だ。
 しかし習政権は毛沢東時代に回帰するように思想・言論統制を強め、改革には消極的だ。
 政権の前途を危ぶむ内外資本の一斉流出は、今後の米国の金融緩和縮小と相まって人民元急落や不動産バブルの大崩壊を招く恐れがある。来年にかけての中国経済は要注意だ。(北京)

●産経新聞 平成25年9月15日

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130915/asi13091500420000-n1.htm
ASEANへの生産拠点分散加速 直接投資、中国上回る
2013.9.15 00:39

 【シンガポール=青木伸行】「チャイナ・プラス・ワン」と呼ばれ、中国から東南アジア諸国連合(ASEAN)に生産拠点などを分散し、直接投資を拡大する動きが加速している。国の頭文字を取り「VIP」と言われるベトナム、インドネシア、フィリピンへの動きが顕著であり、ミャンマーへの関心も高い。
 日本貿易振興機構(ジェトロ)などによると、今年上期(1~6月)の日本からの直接投資は、対ASEANが1兆200億円、対中国が4900億円。昨年通年は、それぞれ1兆1500億円と1兆700億円だった。2009年以降、対ASEAN投資が今年の上期を含めて連続して中国を上回った。この傾向は定着して、足元で拡大している。
 また、ジェトロの「国・地域別情報」へのアクセス数(12年度)をみると、伸び率は対前年比でミャンマー66%、フィリピン15%、インドネシア13%で、これらへの日系企業の関心がとくに高い。逆に、中国はマイナス8%だ。
 ASEANに進出している日系企業の61・4%が、今後事業を拡大するとしているのに対し、中国進出企業では52・3%で、11年の66・8%から低下した。中国からの「縮小・移転・撤退」は5・8%と、11年の4・4%から増えている。
 この傾向は中国の景気減速や労働賃金の上昇、反日デモ、尖閣諸島問題の影響が要因だ。一方、ASEANでは中間層の拡大などによる旺盛な購買力や、豊富な労働力と低い労働賃金などが、日系企業を引きつけている。中国の賃金を100とした場合、フィリピン77、インドネシア70、ベトナム44、ミャンマー16だ。
 フィリピンでは、ここ1、2年で日系企業の新工場設立が相次ぎ、中国から生産工場の一部を移すケースなどが目立つ。ミャンマーでは縫製、製靴を中心に、ベトナムでは縫製、電機、電子、自動車部品などの分野で、中国から生産の一部が移管されている。
 アナリストは「中国に生産拠点が集中するリスクを軽減するため、ASEANに拠点を開設し中国から生産をシフトする動きは、今後も強まる」と指摘する。
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関連掲示
・拙稿「中国:富裕層6割が海外移民を検討」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/7efd1d7f855e054b99b93123a6a544b8
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米国は中国保有の米国債を無効にできる

2013-10-30 08:50:55 | 国際関係
 経済評論家の渡邉哲也氏によると、米国債はある国が米国および米国の同盟国に軍事行動を行えば、大統領令一発で無効化できるとのことである。米国債は登録制で、しかも米国の安全保障などに敵対する国家の保有分は国際緊急事態経済権限法等により無効化出来る仕組みとなっている。特に米国債の最大の保有者である中国が、米国または日本を攻撃した時の対応として、注目に値する。
 渡邉氏によると、米国債は登録制だから現物はなく、二次流通しない。無効化の前例はないが、国債発行時の規約に入っており、購入時の条件に入っている。基本的に法律行為というのは、後から変えるのは信用毀損の原因となるが、契約時の条件に存在するものを実施することは問題ない。戦時であれば大きな信用毀損の理由とはならない、とのことである。
 上記は、ある国が米国および米国の同盟国を攻撃した場合についてのものだが、国債の売却は、正当な商取引行為だから、どの国であれ、米国債を売却することはできる。日本もイギリスもできる。中国の対米戦略の選択肢は、軍事行動だけではない。中国がどこかの段階で、世界で最も多く保有する米国債を一気に売りに出し、アメリカ経済を潰して、世界の覇権を握ろうと世紀の大勝負をかけるかもしれないという見方がある。これは、武力行使による軍事行動ではない。中国は25年7月末時点で外貨準備高の約3分の1にあたる1兆2773億ドル(約126兆円)を米国債で保有する。中国が仕掛けるなら、本当の意味の通貨戦争となるだろう。上記の中国が軍事行動を起こす場合とは別の可能性として留意しておく必要がある。
 以下は、渡邉氏がツイートしたもの。

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渡邉哲也 @daitojimari
米国債は大統領令一発で無効化できます。登録制ですから現物はなく、二次流通しません。米国および同盟国に軍事活動を行えば無効にできるRT @takataka_land: 間違えなく中国が起こすのでしょう。大量の米国債を持っているので防ぎようがありません。
2013年6月5日 7:30 AM

渡邉哲也 @daitojimari
国債の購入時に条件に入っています。米国と米国の同盟国に軍事行動すれば米国債は無効化 遡及法ではなく問題はない 前例はありませんRT @takataka_land: 信用問題として重大ですね。ところで、前例はあるのでしょうか?
2013年6月5日 7:38 AM

渡邉哲也 @daitojimari
発行時の規約に入っている。契約法上問題ない RT @K_imaginatin: 戦時のお話ですか。それ以前に中国は(損失覚悟で)米国債の売却をほのめかすだけで米国にとって大きな脅威になるのではありませんか?
2013年6月6日 3:56 PM

渡邉哲也 @daitojimari
基本的に法律行為というのは、後から変えるのは信用毀損の原因となるが、契約時の条件に存在するものを実施することは問題ない まして、戦時であれば大きな信用毀損の理由とはならない @K_imaginatin
2013年6月6日 4:09 PM
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安倍政権は対中「遠交近攻」外交を展開~湯浅博氏

2013-10-28 08:56:01 | 国際関係
 産経新聞の「東京特派員」という役職にある湯浅博氏は「世界読解」というコラムに、国際情勢の大局的でかつ鋭い分析を書いている。6月19日の記事では、安倍外交を次のように評価した。
 「安倍外交を俯瞰すると、『遠交近攻』という中国古来の手法を援用し、遠い国と手を組んで、近くの敵に2正面や3正面作戦を強いる戦略が思い浮かぶ。日米同盟を土台として欧州へ筋交いを伸ばし、国家の“耐震性”を強くする考え方である。
 安倍首相はこれまで、東南アジアを経由した海洋国家群の南回りと、ユーラシアの大陸国家群の北回りの外交をもって、中国包囲網を意識させた。とくに、南のインドと北のロシアは中国と国境を接する大国であり、『遠交近攻』外交には欠かせない。
 この広大な空間で、日本は中国とは逆に、自由と民主主義、市場経済と法の支配、人権を尊重する国々を支援し、これらを友邦としてきた。中国が『力による支配』に乗り出せば、日本は断固として『法とルール』で対抗する」のだ、と。
 湯浅氏のいう遠交近攻外交は、着実に進められている。外交による中国包囲網が作られつつある。だが、これに対抗意識をむき出しにしているのが、韓国である。韓国の朴朴槿恵大統領は中国に急接近し、また反日的な姿勢を強めている。アジアの中で反日的な姿勢の国々を、特定アジアと呼ぶ言い方があるが、中国・韓国・北朝鮮の3か国のみが反日的であり、これら3か国を除くアジア諸国は親日的である。
 こうしたなか、自由主義国でありながら、親中的な労働党政権が続いていたオーストラリアで、9月7日保守政権が誕生した。下院選で自由党・国民党の保守連合が圧勝したのである。このことの意義は大きい。アボット政権は米国との同盟強化を唱え、日本との経済、安全保障関係をとりわけ重視する。中国包囲網の南の要は、オーストラリアである。オーストラリアに日米と協調的な政権ができたことにより、日本、ASEAN諸国、インドを結ぶラインは、いっそう強固なものとなるだろう。
 アメリカは、オバマ大統領がシリア問題で国際的な指導力を疑われ、またデフォルト問題で東南アジアでの重要会議を欠席し、アジアでの影響力に陰りが出てきている。わが国は、米国依存の外交・安全保障から抜け出て、積極的な外交・安全保障政策を展開していかねばならない。
 以下は、湯浅氏の記事。

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●平成25年9月11日

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130911/chn13091114050005-n1.htm
【湯浅博の世界読解】
膨張する中国が実は“アジアの結束”を作り出す
2013.9.11 12:30

 世界の目がブエノスアイレスの2020年「五輪の開催都市」決定に注がれていたさなかに、もう一つのドラマがキャンベラで進んでいた。日本時間の7日午後10時過ぎ、オーストラリア下院選で保守連合(自由党、国民党)の圧勝が伝わったのだ。オーストラリアで6年ぶりに政権交代が実現する。
 対中融和派の労働党政権から日米豪協調派である保守政権が誕生し、日本にとっては信頼すべきパートナーが南半球にできた。国際オリンピック委員会(IOC)総会の現地ブエノスアイレスにいた安倍晋三首相にも、選挙結果の一報が届いた。安倍首相はそれから数時間後、IOCのロゲ会長が候補地を告げる「トーキョー」の声を、心地よく聞いたことだろう。
 安倍首相に近い外交評論家の岡崎久彦氏は「保守の豪州指導者が出現すれば、日本のアジア太平洋外交には、インドと豪州の2つの柱ができる」とみる。
 新首相になるアボット氏は声明で、「国境の安全保障があり、経済の安保がある。国民は次期政権が強力で経済を繁栄させると期待していい」と、アベノミクス路線とよく似た目標を掲げた。昨年の北京訪問で、「法の支配と指導者を選ぶ自由を享受できれば、人々はもっと繁栄するはずだ」と直言しており、選挙期間中もギラード政権時代の国防白書を見直す方針を掲げている。
 ウェブ誌「ザ・ディプロマット」でザカリー・ケック編集次長が、「日米比連携はメード・イン・チャイナ」という逆説を指摘していたことを思い出す。力による脅しが、むしろ脅された側を結束させるという比喩である。連携の輪は日米比だけでなく、これに豪も加わることになる。
 領有権で中国と対立するベトナム、マレーシア、ブルネイにも協調が拡大している。シンガポールも米海軍の戦闘艦配備を容認し、インドネシアも「日米同盟はアジアの公共財」(ジュウォノ元国防相)と公言し、中国の拡張主義への警戒を緩めない。
 領土変更は1949年に中華人民共和国が建国して以来、既存国境線に挑戦してインドと旧ソ連との間でも戦火を交えた。その大陸国家が海に出てくると、小刻みに支配海域を拡大していく。
 この手で南シナ海のスカボロー礁を切り取られたフィリピンは、92年に米軍が撤退したスービック湾に海空軍基地を建設し、米軍に対して軍事作戦の拠点を提供する。日本はフィリピンに巡視艇を供与し、小野寺五典防衛相が6月末に海洋権益や離島防衛での協力に合意した。
 安倍政権が集団的自衛権の解釈を変更して日米同盟を強化するのも、防衛費の増額もメード・イン・チャイナである。中国の脅しがなければ、解釈変更も増額もそう簡単ではない。尖閣諸島の国有化1年で、中国公船が領海侵犯し、無人機を飛ばして威嚇しても、免疫力をつけて消耗戦に勝ち抜くだけである。
 中国が日本を「右傾化」と非難し、尖閣諸島を「盗んだ」とネガティブ宣伝をしても、日米離反も日ASEAN(東南アジア諸国連合)分断もさほど成功していない。彼らのいう世論戦で、「日本が第二次大戦後の国際秩序を破壊した」というコピーが荒唐無稽だからだ。ついでにいうと、20年東京五輪開催の決定もまた、揺るぎはなかった。(東京特派員)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130619/chn13061911040003-n1.htm
【湯浅博の世界読解】
「力」の中国に「法」で挑む
2013.6.19 11:04

 ある日、わが政府がお茶の間や居酒屋での「自由な政治談議まかりならぬ」と禁じる布告を掲げたらどうだろう。まるで英国の作家ジョージ・オーウェルが全体主義を風刺した作品「1984年」のよう。寒々しい布告に対し、さすがの日本国民も、自由を守るべく立ちあがるだろう。
 そんな乱暴な政治が、海をはさんだ大陸で姿をみせた。習近平政権がつい5月13日、民主国家では当たり前の7分野について大学などで議論することを禁じる共産党指令を発したという。普遍的価値、報道の自由、市民社会、公民権、党の過去の誤り、縁故主義、司法の独立。とくに立憲主義を「ブルジョア的で破壊的」とし、憲法を共産党支配の下におくキャンペーンを始めた(6月10日付米紙ウォールストリート・ジャーナル)。
 ひと言でいえば、「民主主義は許さじ」という王朝への復古主義である。それが、習国家主席のいう「中国の夢」なるものの正体なのだろう。中国大衆はじっと耐え、日本の左派は「反動勢力とは断固戦う」とは言わない。内心はそんな国に生まれなくてよかったと思っても、口に出せば自己否定になるからだろう。
 他方、安倍晋三首相は英・北アイルランドの主要8カ国(G8)首脳会議(ロックアーン・サミット)に先んじてポーランドに立ち寄り、東欧4カ国首脳の定例会議で「自由、民主主義、法の支配という普遍的価値の重要性」を強調していた。アベノミクスの一環として原発セールスもあるが、安全保障協力という狙いもあった。東欧こそは第1次安倍政権の「自由と繁栄の弧」外交の原点なのである。
 ベルリンの壁が崩壊する直前の1989年夏、日本はポーランドとハンガリーに大規模経済支援を約束した。壁が崩壊した後の翌年1月にも、海部俊樹首相(当時)はベルリンに飛んで、東欧支援の手を差し伸べた。見返りを求める中国とは違うところだ。日本はすでに、現在の「価値観外交」につながる政策を着実に打っていた。
 安倍首相の今回訪問では、欧州連合(EU)が89年6月の天安門事件後、中国に発動した武器禁輸措置を念頭に、東アジア地域での武器輸出管理の維持が重要との認識で一致した。
 安倍外交を俯瞰(ふかん)すると、「遠交近攻」という中国古来の手法を援用し、遠い国と手を組んで、近くの敵に2正面や3正面作戦を強いる戦略が思い浮かぶ。日米同盟を土台として欧州へ筋交いを伸ばし、国家の“耐震性”を強くする考え方である。
 安倍首相はこれまで、東南アジアを経由した海洋国家群の南回りと、ユーラシアの大陸国家群の北回りの外交をもって、中国包囲網を意識させた。とくに、南のインドと北のロシアは中国と国境を接する大国であり、「遠交近攻」外交には欠かせない。
 この広大な空間で、日本は中国とは逆に、自由と民主主義、市場経済と法の支配、人権を尊重する国々を支援し、これらを友邦としてきた。中国が「力による支配」に乗り出せば、日本は断固として「法とルール」で対抗する。
 先の米中首脳会談で、習主席が示した大国主義に、さすがのオバマ大統領も辟易(へきえき)としていた。習主席のいう「新しい大国関係」とは、太平洋を分割する勢力範囲を意味するし、サイバー攻撃批判に「中国も被害者」とは譲歩なしの表明に他ならない。米国も中華帝国化を前に、再びエンゲージ(関与)からヘッジ(備え)政策に転換せざるをえなくなる。(東京特派員)
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人権67~国家を意味する言葉

2013-10-27 08:39:15 | 人権
●国家を意味する言葉

 人権の考察のため、人間・自由・権利・権力について書いてきた。次に、これらと深く関係する国家と主権と国民について検討したい。
 最初に、国家についてであるが、国家は権利の主体であり、人民の権利を保護・保障したり、逆に抑圧・制限したりする。国家の権力は、最も典型的な権力である。「発達する人間的な権利」としての人権は、国家の権利・権力との関係の中で発達してきた。いわゆる人権のほとんどのものは、国家の成員としての国民の権利である。人権は、国民の権利と比較して検討されねばならず、国民の権利は国家を検討することなくして把握できない。国家論なき人権論は内容空虚となる。これが人権論において国家を論じる理由である。
 まず国家について、基本的な事柄を確認しておこう。国家を意味する言葉の語義、国家の起源・本質・分類等について述べ、次に国家と関係の深い主権を論じたい。その後に国家及び主権と人権の関係へと論を進めたい。
 国家は、一般に一定の領域に定住する多数の人民で構成される集団にして、排他的な統治権を持つものをいう。国家にあたる西洋単語の代表的なものは、英語では nation、state、仏語では nation、etat、独語では Nation、Staatである。この語列の前者は政治的・文化的・歴史的な共同体、後者はその共同体が持つ統治機関を意味する言葉である。
 Nationは、英語ではネイション、state は同じくステイトと読む。便宜上、ここでは英語読みで書く。Nation の語源は、古代ローマで用いられたラテン語 natio(ナチオ)である。ナチオは「生まれ」「同郷の集団」を意味した。そのナチオの概念が、17世紀の西欧において近代的なネイションの概念に発展した。以後、ネイションは「国民・民族・国家・共同体」等と訳されるような共通の意識を持つ集団を指すようになっている。
 イギリスの政治学者アンソニー・スミスは、ネイションとは「歴史的領土、共通の神話や歴史的記憶、大衆、公的文化、共通する経済、構成員に対する共通する法的権利義務を共有する特定の人々」と定義している。言語・宗教・歴史・出自等の共有意識を持ち、文化的単位と政治的単位がほぼ一致した集団が、ネイションである。一言で言えば、政治的・文化的・歴史的な共同体である。
 ネイション nation に対する ステイト state は、その共同体が持つ政治的組織及びその統治機構を意味する。「政府・国府・国家・国政」等と訳される。わが国では、これらの nation、state をともに「国家」と訳すことが多いため、少なからぬ混乱を生じている。
 国際連合の場合は、the United Nations であり、nation が政治的統一体としての国家の意味で使われている。米国では、state は政府ではなく、州の意味で使われ、国全体を表すときは nation を用い、national は全国的・全米的の意味で使われる。さらにややこしいのが、「国民国家」である。これは英語の nation-state の訳語であり、この場合、nation は国民、state は政治的共同体としての国家を意味する。
 マルクス=レーニン主義は、国家を階級支配のための「暴力装置」だとする。ここにおける国家は、政府 state の意味である。共同体としての国家 nation が階級支配のための「暴力装置」なのではない。「国家の消滅」という共産主義 communism の目標は、共同体としての国家 nation の消滅ではなく、階級支配を行う政府 state の消滅であり、それによる共同体 commune の回復である。この点の理解不足も、わが国における国家に関する思考に混乱をもたらしている。
 イギリスでは、歴史的に民族支配的な意味のある state ではなく、自治的な意味のあるコモンウェルス commonwealth が多く使われてきた。ホッブスやロックの著書で「国家」と訳されている原語は、多くの場合、commonwealth である。wealthは、もともと「富」「幸福」「財産」を意味する。17世紀にヨーマンリー(独立自営農民)やジェントリー(郷紳)は、「共通善」を求めて、自由と権利を獲得した。この公共の善が commonwealth であり、転じて国家、共和国、国民等を意味するようになった。イギリス人にとっては、共同の富・公共の福祉・共通の財産、それらを共有する政治社会が、commonwealth としての国家である。今日、カナダ、オーストラリア等54カ国が加盟する英連邦は the Commonwealth と呼ばれ、the commonwealth of Nations を意味する。
 国家を意味する言葉は他にもあり、land は自然的な国土、country は人々の集団を主に意味する。ただし、countries を諸国の意味で使うことも多い。世界人権宣言では、諸国の意味で nations とともに、countries が使われ、諸国民の意味では、peoples が使われている。一方、政府を意味する英語には、state 以外に government がある。governmentは、govern から来ており、govern は「舵を取る」を原義とし、「統治する」を意味する。
 国家は、英語では power とも言う。これは国家を力の観念でとらえたものである。この場合、power は「強国(strong country)」を意味し、複数形 powers は「列強」と訳す。power は「権力」を意味するから、一つの単語が権力と国家を意味する言葉として使われているわけである。

●日本語の「くに」と「しらす」

 言語は、歴史的・社会的・文化的に発達してきたもので、自然言語ともいう。自然言語では、単語は慣用的に使われ、明確な定義はなく、また多義的であり、単語の間で意味の重複も見られる。西欧語だけでなく、日本語の方もそうだから、国家を表す言葉も誤認・混同を起こしやすい。
 幕末から明治の初め、わが国では、英語・独語・仏語等における国家・国民・政府に当たる言葉に、今日の「国家」「国民」「政府」という言葉を当てた。それらの言葉のうち、「国家」が中心的な位置を占める。国家はわが国固有の大和言葉では、「くに」である。「国家」という漢語は、「易経」に見え、邦国を意味した。国家は「国」と「家」が結合した漢語であり、その文字が示すように、家族的な共同体が拡大した家族国家の意味と、君主が領土と人民と財産を私有する家産国家の意味を持つ。わが国では、古代から皇室が一貫して国家・民族の中心にあり、家族国家としての国家観が発達した。これに対し、シナでは易姓革命や異民族支配が繰り返され、家産国家としての国家観が発達した。
 明治22年に公布された大日本帝国憲法は、第1条に「大日本帝国ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と定めた。ここにおける「統治」という言葉は「しらす」のことだと公式に解釈された。「しらす」とは「うしはく」に対する言葉である。「うしはく」は「領有」「支配」を意味し、国家を私物化することである。シナの家産国家はこれである。一方、「しらす」は「知る」であり、「神意を知る」が根本の意味である。そこから転じて、「民の暮らしぶりを知る」をも意味する。自分の心を鏡のように明らかにして、神の心を知り、また民の心を知る。そういう姿勢で国を治めるのが「しらす」である。「しらす」を意味する「統治」は、神武天皇が建国の理想として掲げた「八紘一宇」、すなわち国中が一つの家族のように仲良く暮らす国という目標を、歴代の天皇が受け継いできたことを示すものである。そこに家族国家としての国家観が発達したわけである。
 わが国の伝統的な国家観を以て、近代西欧の国家を見た幕末・明治の知識人は、文化・伝統・歴史・国柄の大きな違いを感じた。だが、nation、state 等の西洋語に「国家」の文字を充て、政府の意味の語も「国家」と訳すことによって、しばしば混乱を招くことになっている。

 次回に続く。
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中国で思想教育の総元締から反乱ののろし~石平氏

2013-10-25 10:06:44 | 国際関係
 8月14日の拙稿で紹介したが、中国では、本年新年号の『南方週末』紙の「中国の夢、憲政の夢」と題した社説が、当局の指示によって一部差し替えられた事件がきっかけとなって、5月から憲政論争が起こっている。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/36d645793858ddb8a6f27a71f7999f0c
 近年一部改革志向の知識人が「憲政」という言葉を用いて、「憲法に基づく国づくり」の理念を提唱し、それが知識人階層のコンセンサスとなりつつある。これに対し、本年5月共産党中央が、「憲政」の政治主張に対する批判キャンペーンを始めた。6月10日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルの記事によると、5月13日習政権が、普遍的価値、報道の自由、市民社会、公民権、党の過去の誤り、縁故主義、司法の独の7分野について大学などで議論することを禁じる共産党指令を発した。とくに立憲主義を「ブルジョア的で破壊的」とし、憲法を共産党支配の下におくキャンペーンを始めたのである。この思想統制に対し、中国の一部著名知識人は敢然と立ち向かって憲政擁護の論陣を張った。5月28日、『光明日報』は著名法学者の署名論文を掲載し、「憲政は法治国家の基本」だと主張して、真っ正面から反論をした。石平氏によると、これは「共産党政権史上前代未聞のこと」だという。
 6月25日、新華社の報道によると、習国家主席が政治局会議で、「政治局委員は率先して党中央の権威を守り、党中央との思想的・行動的一致を保たなければならない」と指示した。石氏は、この発言は、政治局の中に思想あるいは行動の面で党中央の方針と違った言動を取っている者がいることを意味すると見ている。そして現在、中国共産党中央は「もはや一枚岩ではなく、内部から大きな亀裂が生じてきている」と指摘している。
 中共の内部分裂のさらなる兆しと見られる出来事を、石氏は、9月12日の産経新聞の記事に書いた。記事によると、「中央党校」という共産党の高級幹部の養成を主な任務とし、党の思想教育の総元締と位置づけられる党中央委員会直属の教育機関から、思想にかかわる重要問題に関し、「党中央の方針に真っ正面から対抗するという前代未聞の動きが起こっている」という。石氏は、その例として、民間企業運営の「共識網」というサイトは、央党校の蔡霞教授が憲政擁護論を展開した講演録を掲載したことを挙げる。また、中央党校機関紙の『学習時報』は、同校の宋恵昌教授が、周王朝きっての暴君の故事を引用して「民衆の口をふさいではいけない」と説いた衝撃的な内容をもつ論評を掲載したという。これは「誰の目から見てもそれは、最高権力者である習近平氏その人への大胆不敵な警告」だと石氏は言う。
 石氏は、「本来なら、自分の親衛隊であるはずの中央党校の教師に指をさされるような形で批判されるようでは、党の最高指導者のメンツと権威はなきも同然である。そして、中央党校の2人の教師が同時に立ち上がって党指導部に反乱ののろしを上げたこの事態は、習近平指導部が党内の統制に失敗していることを示していると同時に、共産党が思想・イデオロギーの面においてすでに収拾のつかない混乱状態に陥っていることを如実に物語っている」と書いている。
 中国は、共産党独裁の体制を維持するのか、憲政による法治国家を目指すのか、重大な岐路に入ってきている。後者の動きは、一定の民主化を実現するものとなるだろう。党の中央や知識人の間で思想的な分裂が顕著になっている一方、その足元では、大陸の各地で民衆による暴動が頻発している。天下大乱の予兆である。
 以下は、石氏の記事。

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●産経新聞 平成25年9月12日

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130912/chn13091208030001-n1.htm
【石平のChina Watch】
思想教育の総元締「中央党校」から反乱ののろし
2013.9.12 07:58

 中国には「中央党校」という特別な学校がある。共産党中央委員会直属の教育機関で、党の高級幹部の養成を主な任務としている。かつて毛沢東もその校長を兼任したことがあり、中央党校は党の思想教育の総元締という位置づけである。
 だが最近、この中央党校から「思想」にかかわる重要問題に関し、党中央の方針に真っ正面から対抗するという前代未聞の動きが見られたのである。
 たとえば今月2日、民間企業運営の「共識網」というサイトが、中央党校の女性教師、蔡霞教授の講演録を掲載した。彼女は講演の中で「憲政こそは国家安定維持の大計」だと訴えて、持論の憲政擁護論を展開した。
 7月18日掲載の本欄が記しているように、中国では今、いわゆる「憲政論争」が巻き起こっている。民間知識人の多くが「憲法を基本とする政治」を求めているのに対して、「党の指導的立場が否定される」と危惧する党直属宣伝機関は批判のキャンペーンを始めた。共産党中央委員会機関紙の人民日報も8月5日から3日連続で「憲政批判」の論評を掲載し、キャンペーンの展開に力を入れている。
 だが、党中央直属の人民日報が「憲政批判」を展開している中で、同じ党中央直属の中央党校の教師が堂々とそれに対抗して憲政擁護論をぶち上げている。共産党のいわば「中枢神経」において、分裂が始まっているのだ。
 同じ今月2日、中央党校機関紙の『学習時報』が衝撃的な内容をもつ論評を掲載した。
 書いたのは中央党校の宋恵昌教授である。中国周王朝きっての暴君の●(=がんだれに萬)王が民衆の不満の声を力ずくで封じ込めた結果、自分自身が追放される憂き目にあったとの故事を引用しながら、「民衆の口をふさいではいけない」と説いた内容。昨今の中国の政治事情を知る者なら、この論評の意図するところが即時に理解できたはずだ。
 習近平国家主席率いる指導部は今、ネット世論を中心とする「民衆の声」を封じ込めようと躍起になっている。
 今月4日、国営新華社通信の李従軍社長が人民日報に寄稿して「旗幟(きし)鮮明に世論闘争を行う」と宣言し、軍機関誌の解放軍報も同じ日に「ネット世論闘争の主導権を握ろう」との論評を掲載した。党と軍を代弁する両紙が口をそろえて「闘争」という殺気のみなぎる言葉を使って、ネット世論への宣戦布告を行っているのだ。
 こうしてみると、上述の学習時報論評は明らかに、党指導部が展開する世論封じ込めに対する痛烈な批判であることがよく分かる。論評は、「いかなる時代においても、権力を手に入れれば民衆の口をふさげると思うのは大間違いだ。それが一時的に成功できたとしても、最終的には民衆によって権力の座から引き下ろされることとなる」と淡々と語っているが、誰の目から見てもそれは、最高権力者である習近平氏その人への大胆不敵な警告なのである。
 当の習氏がこの論評に目を通せば、ショックの大きさで足元が揺れるような思いであろう。本来なら、自分の親衛隊であるはずの中央党校の教師に指をさされるような形で批判されるようでは、党の最高指導者のメンツと権威はなきも同然である。
 そして、中央党校の2人の教師が同時に立ち上がって党指導部に反乱ののろしを上げたこの事態は、習近平指導部が党内の統制に失敗していることを示していると同時に、共産党が思想・イデオロギーの面においてすでに収拾のつかない混乱状態に陥っていることを如実に物語っている。
 習政権発足当時からささやかれてきた「習近平がラストエンペラーとなる」との予言はひょっとしたら、実現されるのかもしれない。
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普天間飛行場を辺野古へ~「沖縄県民の会」が署名活動

2013-10-24 08:44:54 | 時事
 8月18日、沖縄県宜野湾市にある米軍普天間飛行場を、名護市の辺野古沿岸部へ移設の実現を目指す「沖縄県民の会」が発足した。同会は、仲井真弘多沖縄県知事に対し、今年3月政府が沖縄県に提出した辺野古の「公有水面埋め立て承認申請書」を承認するようを求める5万人の署名活動を行っている。
 同会は、「この機会を逃せば、『普天間基地の移設』はなく、実質的な『普天間基地の固定化』に繋がる」「県民の願いである『普天間基地の危険性の除去』と『米軍基地の負担軽減』を一日も早く実現するため、実現可能な現実的対応を」と訴えている。署名は、沖縄の人が対象。同会は「沖縄県在住の方、沖縄に知人がおられる方、是非とも『普天間基地の危険性を一日も早く除去し、経済振興と辺野古の米軍基地に統合縮小を実現するための署名」にご協力ください』と呼びかけている。
http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/5871

 「沖縄県民の会」は、「辺野古移設が、基地問題解決の確かな一歩」だとして、上記ページの付属ページに、明確な主張とわかりやすいイラストを掲載している。
 行き方は、「「沖縄県民の会」のHPはこちら→http://辺野古移設署名.com/」という文からジャンプ→「なぜ「移設」は「統合縮小」なのでしょうか?」という文からジャンプ。

 次に、そのジャンプ先のページを補足する資料の内容を紹介する。テキスト化するにあたって、若干の編集を行ったことをお断りする。

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■辺野古への移設(統合縮小)問題のウソ・ホント

① (反対派)沖縄県に在日米軍施設の74%が集中している

→ウソ。沖縄には在日米軍施設の 22.56%が存在している。

 在日米軍施設(全国)の面積は、10万2709 ヘクタール
 在沖米軍施設(沖縄)の面積は、2万3176 ヘクタール

→従って22. 56%です。

 米軍基地には大きく分けて 「在日米軍専用施設」と「自衛隊との共用施設J があります。 米軍基地の中の「在日米軍専用施設」 のみに限定した場合、日本全体で3万893ヘクタールが存在し、そのうち沖縄には2万2807へクタールが存在しますので73. 83%となりま す。約74%という数字を作り出すために、わざと一項目のみを見ているのです。

→「米軍施設(基地)の74%が沖縄に存在する」というのは明らかな間違いです。

② (反対派)辺野古の新基地建設は許しません

→ウソ。辺野古への移設はもともとある米軍基地への「統合」であり、新基地建設ではない。基地面積が小さくなるため「縮小」でもある。

※普天間基地 481ヘクタールは、辺野古のキャンプ・シュワブの沿海部160ヘクタールを埋め立て、移設します。つまり 面積としては3分の1となり、小さくなります。

 普天間基地 481ヘクタール →  辺野古移設地(埋立地) 160ヘクタール

③日米合意通りに進めば、沖縄の米軍基地は約5000ヘクタール縮小されます

→ホント。普天間基地移設をはじめとする日米合意が実現した場合、約 5000ヘクタールの米軍基地面積が沖縄に返還されます。

○北部訓練場(約4000ヘクタール)
○キャンプ桑江(約80ヘクタール)
○キャンプ瑞慶覧(約 160ヘクタ}ル)
○普天間飛行場(約480ヘクタール)
○牧港補給地区(約 270ヘクタール)
○那覇港湾施設(約60ヘクタール)

→沖縄に返還されるのは5000ヘクタール

◆沖縄の米軍施設 2万3176ヘクタール(現在) → 1万8176ヘクタール

◆在日米軍の中の沖縄の割合 22.56% (現在) → 18. 6% (返還後)

③ (反対派)ジュゴンが死んでしまう!大浦湾の生物を守れ!

→ウソ。藻場の一つが無くなるだけ。ジュゴン 100 頭を養える藻場は確保される。基地の埋め立てよりも隣接するゴルフリゾートの環境破壊のほうが深刻。

ジュゴンの餌場の一つが埋立地に引っかかっているだけでジュゴンは絶滅しません:
 平成20年の調査ではジュゴンの餌となる海草藻場面積503ヘクタールから534ヘクタールあり、そのうち辺野古沖には 170ヘクタール程度です。ジュゴン 100頭を養えるほどの藻場は残ります。現在、北部沿岸で確認されているジュゴンは3頭てやあり、十分養えるだけの藻場は確保されています。また回避している場所は、埋立地と重なっていません(補正アセス参考)。

ジュゴンはどこに住んでいるのか:
 ジュゴンはオーストラリアに約 8 万頭、世界で約10万頭生存してい ます。オーストラリアでは年間 1000 頭の狩猟が認められています。

ゴルフリゾートの水質汚染に反対運動が起きない:
 沖縄県公害衛生研究所発行「沖縄県の赤土汚濁の調査研究」によると、8つのランクに水質汚 染を分類しています。大浦、辺野古の海では、ゴルフリゾート沿海部でランク 5~6(リゾー トの開発が主な原因で赤土を流出してしまった結果)。他方ではランク 8 を計測する部分もある。一番綺麗な場所が、実はキャンプ・シュワプ周辺海域のランク 3 なのです 。しかしゴルフリゾートへの反対運動はありません。

→ジュゴンを守るためではなく、「米軍基地だから」 ジュゴンを口実に反対している

⑤(反対派)地元・辺野古が反対している

→ウソ。反対しているのは県外からの活動家。地元は条件が整えば受け入れ容認。

 埋立地付近で移設反対を訴え、 座り込みをしているテント村には地元の人聞はほとんどいません (※県民の会メンバーが行くと「名古屋から来た」と言う人が対応してくれました)。
 地元では迷惑がられており、テント村撤去を願う区民署名 763 筆が名護市に提出されています。辺野古区では米軍と良好な関係を築いており、恒例の運動会では、キャンプシュワブの隊員は第11班の住民として参加しているとのことです。

辺野古の漁民の意見:
 「早く埋め立ててほしい。保証金が出ると聞いているので、漁師をなかなか辞めることができない老人の漁師が何人もいる。また埋立予定地は米軍管理のもと立入禁止となっているので、 埋めるなら埋め立ててほしい。それにもともと魚がよく取れるところではなかった。」

補足: 県外移設は何故難しいか

 県外移設を主張する人は大勢いらっしゃいますが、安全保障 上の現実を確認してみます。
 左の図(ほそかわ註 省略)でおわかりのように①沖縄県は、東アジアの中心なのです。他府県に置き換えることはできません。また②海兵隊は 地上部隊とへリ部隊等が密接に連携して能力を発揮します。普 天間基地の機能を他府県に置いた場合、まったく連携が取れないのです。だから簡単に県外移設はできないのです。
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関連掲示
・拙稿「尖閣を守り、沖縄を、日本を守れ」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12o.htm
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尖閣:中国人船長釈放、やはり仙谷が指示

2013-10-22 10:38:09 | 尖閣
 平成22年(2010)9月7日に起こった尖閣諸島沖中国漁船衝突事件について、仙谷由人氏は、当時官房長官だった自分が菅直人首相の意向も踏まえ、公務執行妨害の疑いで逮捕された中国人船長の釈放を促す発言を法務・検察当局にしていたことを証言した。
 当時那覇地検は「国民への影響や今後の日中関係も考慮した」として船長を釈放したが、菅首相、仙谷官房長官は検察が独自判断で釈放したとして「政治介入」を否定していた。
 だが、このたび仙谷氏は、「法務事務次官(註 大野恒太郎氏)とはいろいろな話をしていた。私の政治的な判断での要望については当然、話をしたと思う」と自分が関与したことをようやく認めた。
 仙谷氏は、横浜市でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を22年11月に控えていた中で、中国が参加を見合わせれば日本のメンツがつぶれる可能性があると焦った菅氏から解決を急ぐよう指示があったことも認めた。菅政権の岡田克也外相や前原誠司国土交通相が「これはけじめをつけよう」と法的手続きに入るべきだと主張したのに対し、仙谷氏は「政治的な配慮をする必要があるかもしれないと思い、問題提起した」という。また、船長釈放決定に先立ち法務・検察当局からの要請に応じ、外務省の課長を参考人として那覇地検に派遣し、外務省の立場を説明するよう自ら指示を出していたことも認めた。
 私は、尖閣諸島沖中国漁船衝突事件から1年を迎えた平成23年(2011)年9月7日、「尖閣:事件から1年」を書いた。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20110907
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20110908
 そこで私は、次のように述べた。
 「この事件で、わが国政府の中国に対する対応は、まったく弱腰で、世界に恥を晒した。9月7日は、わが国の国辱記念日となった。当時の菅首相、仙石官房長官、前原外務大臣らの責任は極めて重い。だが、事件は解明されぬまま、菅内閣は総辞職し、野田内閣に移った。
 尖閣事件は、日本人に覚醒を迫る事件である。この事件をあいまいのままにしておくと、大きな禍の種になる」
 「最大の問題点は、船長の釈放という判断にあったことは明らかである。今回の一連の事件の本質は、漁船衝突事件に係る中国人船長の責任にある。船長は領海侵犯、公務執行妨害、器物破損等の罪に問われねばならなかった。刑事事件と共に民事事件として、1000万円といわれる巡視船の修理代も請求しなければならないものだった。
 政府中枢は、船長の釈放は地検独自の判断と説明するが、政府中枢が関与したと思われる証言が多数出ている。直接的な指示を官房長官、法相等が行った可能性がある。また、最終判断は、菅首相だろう。だが、この検察に対する政府中枢の介入も、事実関係が明らかになっていない。
 国会議員は、国政調査権に基づき、関係者の証人喚問を実施すべきである。昨秋自民党には証人喚問を求める動きがあったが、その後、目だった展開が見られない。外交・安全保障に係る国会議員がこういう重大問題をあいまいにすると、将来に禍根を残す」
 「尖閣事件は、日本人に覚醒を迫る事件である。自らの魂を失った国民は、自らの国を失う。尖閣を守れなければ、南西諸島、そして沖縄を守れない。沖縄を守れなければ、日本を守れない。日本人は今、精神的に覚醒しなければならない。
 尖閣事件をうやむやに終わらせてはならない。うやむやにすると、尖閣の防衛整備を進めるうえで、大きな支障となる。事件の解明を進めながら、尖閣防衛の整備を急がねばならない。
 日本人が日本精神を取り戻し、憲法を改正し、国防を充実させて、独立主権国家としてまともな外交ができるようにならなければ、わが国の安全と持続的繁栄は決して得られない」と。
 私がこう書いた約3週間後となる23年9月26日、産経新聞は、菅政権で内閣官房参与を務めた松本健一氏のインタビュー記事を載せた。松本氏は、そこで中国人船長を処分保留のまま釈放したのは、当時の菅首相と仙谷由人官房長官の政治判断によるものだったと明らかにした。松本氏は、次のように語った。

―ー―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
--事件発生後の経緯は
 「閣内では事件発生当初、菅氏や前原誠司国土交通相のように『証拠もあるわけで、国内法にのっとり断固として裁くべきだ』との考え方と、『釈放すべきだ』との立場に立つ仙谷氏の2つの意見があった」
--最終的に釈放という判断に至ったのは
「それは裁判が維持できないから。最終的には菅首相が判断したわけだ」
--菅氏が指示を出したのは事実か
「そうでなきゃ、釈放なんかできないでしょ、最終的に。あれだけの外交問題になっていたわけだから。菅氏は国連総会の最中に仙谷氏に電話をかけて、釈放するかしないかでやり合っていた。仙谷氏は官邸から一歩も出ずに夜中に首相と話し合っていた」
--菅氏が仙谷氏に押し切られたということか
「仙谷氏の方に正当性があると。(菅氏も)裁判が維持できないと納得した。電話のやりとりの中で(釈放するとの)2人の合意がなされた。それは船長が釈放される2、3日前だ」
--なぜそうしたのか
「菅さんは自分に責任がかかってくる問題は避けたがっていた」
--釈放は菅氏と仙谷氏の2人で決めたのか
「少なくとも官房副長官くらいはいるかもしれないが、政治家が決めた」
--官邸側の誰が法務省・地検側に釈放しろと命令をしたのか
「少なくとも菅氏はしていないでしょう。仙谷氏の可能性が高い」
--官邸側の指示で検察が動いたといえるか
「それはそうですね」(略)
―ー―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 松本氏の発言は、事件の核心に係る重要な証言だった。国会議員は、国政調査権に基づき、関係者の証人喚問を実施し、尖閣事件の徹底解明を進めてもらいたいと私は要望したが、ほとんど何も進んでいない。
 事件後、3年を経た今日、仙谷氏は自分の関与を認めた。当然、仙谷氏単独の判断ではない。当時の菅首相が最高責任者とし判断したはずであり、彼らの責任は重大である。
 国会議員は改めて、この事件の重大性を理解し、真相を明らかにし、菅政権の中枢部だった政治家の責任を追及してもらいたい。これは単に過去の事件の真相究明、責任追及ではない。尖閣を守り、沖縄を守り、日本を守るには、政治家と国民の意識が変わらねばならない。そのために必要な行動である。

関連掲示
・拙稿「尖閣諸島、6月17日に備えよう」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12i.htm
 補説に「尖閣事件から1年」を所収
・拙稿「尖閣:菅・仙石が『政治判断』との証言が」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/5d290f28754e1331ef7ebb0287104e88
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靖国参拝:古屋圭司国務大臣は発信する

2013-10-21 11:08:03 | 靖国問題
 靖国神社の秋季例大祭に、安倍首相は参拝せず、内閣総理大臣名で真榊を奉納した。参拝の意思は固く、時期を見計らっている模様である。秋の例大祭期間の国会議員の参拝者数は、平成では過去最多となった。閣僚のうち新藤義孝総務大臣と古屋圭司国家公安委員長の2名が参拝した。古屋氏は、参拝に際し、日本語・英語によるコメントを文書で発表した。こういう発信を行うことが大事である。



 メディアは今のところ古屋氏のコメントの全文を報道していないようである。古屋氏の公式サイトも文書の写真を掲載するのみで、テキスト・データを掲載していない。立派な内容なのでもったいなく、ほそかわがテキスト化したものをここに掲載する。

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 靖国神社参拝についてのコメント 国務大臣 古屋圭司

 日本は大戦後自由と民主主義に復帰しただけでなく、法の支配、人権、人道主義の下で、平和主義に徹した国家運営を進めてきた。日本は過去68年間、他国で一発の発砲も行っていないが、これは先の大戦に対する日本政府と国民の深い反省に基づくものである。安倍内閣が「積極的平和主義」を掲げているのも、このような考えに沿ったものである。

 私は、国会議員に当選以来、春の例大祭、8月15日、秋の例大祭での靖国神社参拝を欠かしたことがない。靖国神社とは一部メディアで喧伝されるような戦争を美化するための施設などではなく、明治維新以来、国のために命を捧げた肉親や友人の魂を癒す場所として、過去100年以上にわたり、多くの国民が維持・参拝してきた施設である。

 国会議員が、自らの国のために命を捧げた人たちに哀悼の誠を捧げ、平和への誓いを改めて表することは、国民の代表である我々国会議員の責務であると考えている。
 また、私は国務大臣であると同時に日本人でもあり、一人の日本人として靖国神社に参拝することは当然のことと考えている。

 以上が、今秋の例大祭の期間に私が靖国神社を参拝する理由である。そもそも、近隣諸国を刺激しようなどという意図は全くない。その上で、一国が、その国のために命を捧げた英霊に対しどのような形で追悼の誠を示すかは、専らその国民が考えるべき国内問題である。

 靖国参拝について、日本国内外の一部メディアで過剰な報道がなされている現状は、結果として国益を損ねていると言わざるを得ない。
 

Statement by Minister of State Kenji Furuya on His Visit to the Yasukuni Shrine

After World War 2, Japan not only regained freedom and democracy but has also rebuilt and managed a nation solely dedicated to the principle of the rule of law, basic human rights and humanitarianism. Over the past sixty-eight years, Japan has not shot a single bullet in other countries. This is based on the profound remorse, of both the government and people of Japan, vis-a-vis the war. Prime Minister Shinzo Abe's policy of "proactive pacifism" also emanates from such wisdom and thoughts.

Since I was first elected as parliamentarian, I have been making visits to the Yasukuni Shrine every year, on the occasions of the Spring and Autumn Festivals as well as on the 15th of August. The Yasukuni Shrine is not a place, as widely misunderstood, to "glorify" wars. Rather, it is a place which many Japanese citizens have visited and maintained for more than a century since the Meiji Restoration to console the soul of their kin and friends who devoted their life to the country.

It is a duty for parliamentarians, who represent the Japanese citizens, to extend his or her heartfelt condolences to those who devoted their life to their own country and to solemnly renew the vows for eternal peace. I am at the same time a parliamentarian and Japanese. I consider it natural for a Japanese citizen to visit the Yasukuni Shrine.

The above are the reasons why I visit the Yasukuni Shrine during this year's Autumn Festival. I have no intentions to provoke our neighboring countries in the first place. Moreover, how a nation pays its respect to the soul of the war dead who devoted his or her life to their country is purely a domestic matter which its citizens should address. I must say that some excessive media coverage of the Yasukuni Shrine visit currently witnessed in Japan and overseas are detrimental, as a result, to Japan's national interests.

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関連掲示
・拙稿「慰霊と靖国~日本人を結ぶ絆」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08f.htm

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人権66~フーコー権力論の欠陥

2013-10-20 08:37:35 | 人権
●個人主義的リベラリズムの変種

 フーコーが「新しい主体性」を探求するために関心を集中したのは、性的なもの(セクシュアリテ)だった。フーコーによると、19世紀以降、西欧では女性の身体の管理、子供の性行動への規制、同性愛等の異端的な性行為への取り締まりが行われるようになった。生殖行為の管理を通じて、近代的家族は国家権力にとって性的な欲望を生み出し、支え、根付かせる重要な装置になった。
 近代国家は、住民一人一人を出生のときから管理の対象とする。出産もまたその時代の政策によって、奨励されたり、抑制されたりする。誕生した住民には、健康状態だけではなく、性行動にも管理の目が注がれる。フーコーは、こうした政治の形態を「生―政治(bio-politic)」と呼ぶ。政治が「生―政治」に変ったのは、性的なもの(セクシュアリテ)が、国家の人口管理にとって重要なテーマとなったためであるとする。「正常であること、普通であること」を規範とし、同性愛などの異端の性愛は、管理の対象とされるとして、フーコーは反抗しようとした。彼はその反抗を「身体と快楽」に求めた。
 私見を述べると、フーコーが求めるものは、生命を生み育て、家族や国民、人類の繁栄につながる自然的・生命的な性行動ではなく、生殖を否定して快楽のみを追求する性行動である。そうした性行動を快楽とする個人のあり方に、フーコーは「新しい主体性」を見出そうとした。だが、これは単なる個人主義を出ていない。家族や国家への反発、生命や共同体への距離で、個人の領域を確保しようとするものとしかなっていない。これは、現代のリベラリズムが行き着いたところと同じである。
 古代ギリシャのポリスでは、市民の関心は市民に共通する公共善の実現にあった。公共善が正義とされた。ヨーロッパ文明にはこの考え方が継承された。しかし、近代西欧では、共同体が解体され、独立した個人の観念が生まれ、公共善を正義とする考え方に代わって、私的な善を優先する考え方が支配的になった。個人主義を基本とするリベラリズムでは、共同体の共通目的としての公共善は設定されず、各人がそれぞれ私的な善の追求を保障する枠組みが正義となる。こうしたリベラリズムが行き着いたのが、個人の選好である。フーコーの思想は、個人主義的リベラリズムの変種だと私は思う。個人主義的リベラリズムから「新しい主体性」は出て来ない。

●フーコー権力論の欠陥

 私は、フーコーが国家権力の基礎となる権力関係の分析を行ったことは画期的だと評価する。だが、彼の権力論には欠陥があると思う。
 第一の欠陥は、人権を主題とする本稿において最も重要な点だが、フーコーは権力を権力だけで分析しようとし、権利との関係を考察しなかったことである。彼の権力のミクロ分析は、人権と国家、個人と権力の関係に関わるものだが、権利論を伴わなかったから、人権の考察へと展開されていない。フーコーは人間や社会に関する基本的な理論を持っておらず、権力だけに関心を集中したため、権力と権利の相関性を明らかにできていないと私は考える。
 第二の欠陥は、フーコーがニーチェの「権力への意志」論の影響を強く受けていることによる。その影響によって、権力の協同性を理解できていない。ニーチェは、神や霊や死後の世界、不可視界を否定する一方、現実世界における生を肯定し、生命の本質を「力への意志」であるとする。「力への意志」こそ、生の唯一の原理であると、ニーチェは説いた。これは、ダーウィンやマルクスに共通する闘争の思想である。ダーウィンは種の間の、マルクスは階級や男女の間の、ニーチェは個人の間の闘争を説いた。フーコーは、ニーチェの思想に共感し、権力関係をすべて闘争的な関係ととらえ、権力の協同性を理解していない。家族をはじめとする自然的・生命的な集団も、組合・団体・社団のような何らかの目的のもとに結合して作られた契約による集団も、本来協同的なものであることを見落としている。
 第三の欠陥は、私が本稿で書いてきたような人間の人類学的特徴や人間の個人性と社会性をよくとらえていないことである。フーコーは西欧近代における狂人や囚人、性的異常者等に焦点を合わせて、権力のミクロ的な分析を試みた。だが、この仕方では人間社会の全体をとらえられない。フーコーは権力からの個人的な自由の追求に傾いて、生命の継承と集団の繁栄を推進しようという姿勢がない。フーコーは、生命の維持・繁栄のための性愛を拒絶し、家族の自然的・生命的な関係を拒否し、家族に基づく国民共同体に反発した。フーコーの思想は、彼が同性愛者であることと切り離せない。
 フーコーは左翼的かつ個人主義的であり、その反権力・反国家の姿勢は、左翼系の市民運動や同性愛者の運動等に強い影響を与えてきている。フーコーの権力のミクロ分析は、権力論において画期的だった。フーコーの権力論は、共産主義やフェミニズムに人権の観念を利用する左翼の人権主義に取り入れられてきた。だが、彼の基本にある思想は、あらゆる社会関係に闘争を見る脱家族・脱国家の個人主義的リベラリズムであることを私は指摘したい。

 本章に書いたように、人権の考察には、権利と権力の相関性という見方を加えることが必要である。権力は権利の相互作用を力の観念でとらえたものであり、家族的権力が発生して社会的権力となり、社会的権力が発達して政治的権力となり、政治的な権力の一部が国家的な権力となる。国家的権力は家族的権力、社会的権力を基礎とし、それに支えらえている。またこれを規制したり、保護したりもするという構造がある。また、権力関係の中に、家族や氏族・部族・組合・団体・社団・資本・国家等の集団が存在する。これらの権力関係は重層的・複合的であり、複雑な網の目をなす。権力関係は様々な権利関係と重なり合う。その関係の中で、個人の権利としての人権の意識は発達した。それゆえ、人権を国家との関係のみで理解するのは、視野が狭窄となる。人権は家族・氏族・部族・組合・団体・社団・資本・国家等の関係の中でとらえるべきものである。ただし、これらの集団の中で、人権にとって中心的なものが国家であることはいうまでもない。
 そこで次に本章の権力論を背景として国家及びこれと関連のある主権と国民について述べる。

 次回に続く。
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ぎりぎりで米国がデフォルトを回避、次はすぐ来年1月に

2013-10-19 08:39:21 | 国際関係
 米国は、きわどいタイミングでデフォルトを回避した。連邦議会の与野党が歩み寄り、最悪の事態は土壇場で回避された。
 ワシントンの現地時間10月16日午後8時(日本時間17日午前9時)、米上院は連邦債務上限の引き上げと政府機関再開のための法案を、賛成81、反対18で可決した。続いて、午後10時(同午前11時)、下院も、賛成285、反対144で可決した。あと2時間で日付が変わり、米国がデフォルト(国家債務不履行)に陥るという、ぎりぎりのところでデフォルト回避が確定した。法案はオバマ大統領の署名を経て、すみやかに成立した。デフォルト期限直前に野党共和党が折れたことで、米国発の世界恐慌は避けられた。一部政府機関の閉鎖は17日ぶりに解除された。政府職員の一時帰休は解消し、行政サービスや国立公園等の業務は正常化に向かう見通しである。
 連邦政府の債務は、法定上限の16・7兆ドル(約1640兆円)にほぼ到達し、新規の国債発行ができず、国債の返済や利払いも不能となる寸前の決着だった。
 今回成立した債務引き上げ法律は、デフォルトを当面回避するため債務上限を来年2月7日までの借り入れに必要な分だけ引き上げ、同時に、一部閉鎖された政府機関は1月15日までの支出を予算で手当てするものという。今回手当てできた支出は、債務上限引き上げは4か月弱。政府機関再開は3か月程度に過ぎない。債務上限で1年以上の引き上げを求めたオバマ大統領の要望には程遠い。最大の争点である医療保険改革(オバマケア)については、共和党が当初求めていた大幅な修正は見送られた。その代わりに、個人の所得確認の厳格化など一部の見直しがされたという。
 10月17日に近づくにつれ、米国内外で米国政府及び連邦議会に対する批判は高まった。世論調査では、共和党の対応への不支持が増加し、74%にまで上昇した。2014年の中間選挙に向けて、与野党の前哨戦という意味合いがあったのだろうが、内外への影響はあまりに大きい。
 与野党の財政協議は土壇場で合意に達したが、急場しのぎに過ぎず、来年1月には、同じ危機が繰り返される可能性が非常に高い。合意事項の一つとして、財政赤字削減など抜本的な財政改革を超党派で協議するための委員会が設置される。12月13日までに結論を得ることを目指すという。だが、以前平成23年(2011)7月にデフォルトに陥る危機を回避した直後に、与野党は超党派委員会を設けたが、協議は決裂し、しこりを残したことがあった。同じことの繰り返しだと、政治への信頼は失われ、また米国の国際的威信はさらに低下するだろう。
 米国民は、根本的な価値観の転換が必要である。従来の延長線上には、帝国の衰亡と世界の混乱があるのみである。個人主義的自由主義の弊害を悟り、共存共栄の大調和の精神に転じる以外に、米国民にも世界人類にも安心と幸福はないと識るべきである。
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