ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ユネスコ記憶遺産問題は断固対応すべし2

2015-11-17 10:23:44 | 南京事件
 10月10日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が中国が登録申請していた「南京大虐殺文書」を記憶遺産に登録したと発表すると、わが国政府は遺憾の意を表した。
 菅義偉官房長官は13日の記者会見で、ユネスコに対し「中立公正であるべき国際機関として問題だ。政治利用されるような制度、仕組みの改正を強く求めたい」と語り、中国が提出した資料について「本物か検証できないし、政府として文書を見ることもできない」と不透明な審査の問題点を指摘した。また、歴史的事実の認識に日中間で違いがあることを述べ、「一方的に決めて政治問題にすべきではない」とユネスコを牽制した。
 また政府は、対応策として、ユネスコの制度上の問題の是正を促すため、分担金拠出の停止や一時凍結、削減等の具体的な対応の検討を開始した。
 平成26(2014)年度のユネスコ予算の日本の分担率は米国の22%に次ぐ10・83%で、金額は約37億1800万円だった。米国が支払いを停止しているため、事実上、最も多い。分担金以外でも、さまざまな事業に対する任意拠出金を出し取り、26年度のユネスコ関係予算は計約54億3270万円に上る。
 これに比し、中国の分担率は6位の5・14%で、日本のほぼ半分であり、任意拠出金も日本より少ない。しかし、中国は記憶遺産の周知を図る名目で関係者を中国に招待するなどしていると伝えられる。また、記憶遺産事業だけでなく、アフリカでの女子教育等にも積極的に支援を行っており、中国はさまざまな形でボコバ事務局長の思いに応えていると指摘される。
 わが国の対応としては、分担金の拠出を停止して、断固とした抗議を行うべきである。微温的な対応では、軽く受け流される。この点、自民党では、外交部会などが10月14日午前の合同会議で、本件について議論し、分担金の停止などを求める決議を採択したと伝えられる。
 決議では、中国が登録を申請したことについて「国際機関の政治利用で、断じて容認できない」と批判し、ユネスコの対応についても、「中国側の一方的な主張に基づく申請を我が国の意見を聞くことなく登録したことに強く抗議する」とした。そのうえで、ユネスコに登録撤回を提案する、世界記憶遺産制度の改善を働きかける、分担金や拠出金の支払いを停止するなど、ユネスコとの関係を早急に見直すという3点を政府に求めたと報じられる。国民の多数から、この決議と同趣旨の意見がネット等に書きこまれた。
 だが、政府の姿勢は弱い。11月6日、馳浩文部科学相がユネスコの総会で演説した。この演説は、ユネスコが中国が申請した「南京大虐殺文書」を記憶遺産に登録したことに異議を唱える絶好の機会だった。登録の撤回を求め、ユネスコの政治利用は許さないという、日本の断固たる立場を表明し得るまたとない場だった。だが、馳氏は審査の「透明性の向上」等を訴えるばかりで、中国への直接的な言及を避けた。この新任の大臣は「摩擦を生まないよう穏便に申し上げた」と釈明したが、相手の反発を恐れる事なかれ主義の姿勢が、南京事件にせよ、慰安婦問題にせよ、日本の名誉を損なう誤解を広げてきたのである。まったく外交の場で身を挺して国益を守ろうとする覚悟も、熱意も感じられなかった。これでは、ユネスコ総会に参加した国々の代表者に、この問題に関する日本の決意の強さは伝わらなかっただろう。
 馳氏は、ボコバ事務局長と会談し、審査の透明性の向上という問題意識を共有できたとし、ボコバ氏のリーダーシップを期待する旨を述べ、同氏も制度改善を検討するというが、これでは、「南京大虐殺文書」の登録を日本政府が容認し、今後、改善してもらえればよいという姿勢だと誤解されよう。
 だが、わが国の政府は、この登録が撤回されるまで、断固として対応しなければならない。今後、中国側が登録申請した具体的な文書が公表される。日本側はその文書が歴史的事実に即した真正の文書であるかを検証し、徹底的に反論していかねばばならない。
 また、もう一つ慰安婦問題がある。韓国が次回の審査に向け申請の動きを見せている。中国は、韓国と連携し、北朝鮮や台湾、インドネシアやオランダを巻き込んで登録を目指す計画があると伝えられる。わが国は、今回、「南京大虐殺文書」の記憶遺産登録がなされてしまった失敗を反省し、慰安婦問題では決して登録をさせないように、事実関係を国際社会に周知する活動を積極的に展開する必要がある。
 「南京」で負け、「慰安婦」で負けたならば、わが国の名誉は地に落ちる。捏造と歪曲に屈して、日本人の誇りを失ってはならない。(了)

関連掲示
・拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion06b.htm
・拙稿「南京事件の真実を伝える写真」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion06d.htm
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ユネスコ記憶遺産問題は断固対応すべし1

2015-11-16 10:06:59 | 南京事件
 10月10日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、中国が登録申請していた「南京大虐殺文書」を記憶遺産に登録したと発表した。同時に申請されていた「慰安婦関係資料」は登録されなかった。
 記憶遺産への登録は、2年に1回行われる。新規登録の可否は、国際諮問委員会(IAC)が申請案件を審査し、その結果を事務局長に勧告する。「南京大虐殺文書」の登録は、IACが10月4~6日の審査結果として、ユネスコのイリナ・ボコバ事務局長に勧告され、ボコバ氏が承認したことにより決定された。
 記憶遺産は、人類にとって歴史的価値のある貴重な文書の保護などを目的とするものである。中国が反日宣伝工作のために利用する「南京大虐殺文書」の登録は、記憶遺産の目的にそぐわない。そうした文書が登録されたのは、中国の反日宣伝工作にユネスコが政治利用されたものである。
 どうしてこのような政治利用が実現してしまったのか。今回の「南京大虐殺文書」の登録で、ユネスコの記憶遺産の審査の仕組みの問題点が浮かび上がった。同じユネスコの世界遺産や無形文化遺産では登録の可否が公開の場で議論される。これに対し、記憶遺産の登録決定のプロセスは不透明さである。非公開のIACの委員会で審査され、ユネスコ事務局長が追認する仕組みだからである。
 今回の登録審査において委員会は非公開のため、日本側に反論する機会はなかった。そのため、日本政府はこれまで外交ルートで中国側に繰り返し抗議し、申請の取り下げを要請するしかなかった。
 登録へのプロセスが透明性に欠ける要因として、まず世界遺産や無形文化遺産と異なり、根拠となる国際条約がないこと。政府に限らず自治体や団体、個人でも登録を申請できること。世界遺産や無形文化遺産は条約締約国の代表によって議論されるのに対し、記憶遺産は事務局長が選んだ専門家によって行われることなどが挙げられる。そのため、政治利用を想定した枠組みとなっていない。
 特にIACの委員の選任には、大きな問題がある。委員は14人で、事務局長が任命する。その委員の選考基準が明確でない。「公文書保管の専門家」というのが表向きの説明だが、実際はユネスコの事業職出身者のような門外漢もいるという。委員就任にあたっては、出身国からの推薦もない。委員には、歴史学者が含まれていない。そのため、IACが資料の内容を歴史的事実かどうか見極めるのは困難とみられる。
 しかも、IACは、委員の半分は2年で交代する決まりとなっている。今回は8月に半数が交代したばかりだった。新任の委員は10月4~6日の会議までの2か月弱で約90の申請案件に目を通さなければならなかった。これでは、審査らしい審査はできないだろう。まして、南京事件のような日中の国家間においても、また学者や研究者の間でも、多くの議論があるような問題をまともに検討できるものではない。
 IACは「南京大虐殺文書」を認め、「慰安婦関連資料」は認めなかった。「慰安婦関係資料」が却下されたことで、南京との2件の登録という最悪の事態は回避された。だが、もともと日本側は、中国の本命は南京事件で、慰安婦問題は捨て駒とみていたと伝えられる。中国は、慰安婦問題を韓国と連携して登録申請する道が残されているからであり、委員もこの認識を共有していたとみられる。ユネスコに詳しい関係者には「IACが中国の意向を汲んで、中国と日本の双方の顔を立てるために一勝一敗とした」という見方がある。中国がIACを政治利用したとともに、IACの側も政治的な判断をしたのである。
 「南京大虐殺文書」の登録を最終的に決めたのは、ボコバ事務局長である。ボコバ氏は、日中双方から働きかけを受けており、自身の判断がもたらす影響を理解していたと見られる。保留することもできたが、結局は事務局長の判断で登録が決まったということであり、ボコバ氏の承認もまた政治判断だったと見られる。
 ボコバ氏は、ブルガリアの元外相である。ブルガリアが共産国だった時代に、共産圏で育った人物である。父親はブルガリア共産党機関紙の編集長だった。ボコバ氏が中国と良好な関係にあることは国連関係者の間では有名だという。9月3日には、中国共産党が行った抗日戦争勝利70年記念行事に出席した。その際には、習近平国家主席夫人と会談し、中国がアフリカなどでの女子教育普及を積極的に支援していることに謝意を伝えたと報じられる。国際機関の資金繰りが厳しい状況で、中国は資金提供で貴重な存在となっているようであり、そこに中国が政治利用し得るポイントがある。
 ボコバ氏は次期国連事務総長の有力候補と見られる。事務総長の座に就くには、国連安保理常任理事国の中国の支持が不可欠である。事務総長の選出は、国連憲章で、安保理の勧告に基づいて総会が任命すると定められている。立候補者は総会での質疑を経て、安保理で一人に絞られる。常任理事国のうち一カ国でも反対すれば承認されない。南京事件を外交に利用しようとする中国と、事務総長を目指すボコバ氏の個人的な動機が合致したと考えられる。
 審査過程で、日本政府が何もしなかったわけでない。政府は、中国からの2件の申請について、ユネスコ関係者に「ユネスコの政治利用になりかねない」として慎重な審査を求め、中国に対しても申請の取り下げを求めていたという。
 中国が「南京大虐殺文書」として申請した資料には、捏造が確認された写真や、「大虐殺」があったことを証明するには不適切な文書、所有者の許可がないまま使用された写真等が多数含まれていることが、日本人の歴史学者らの検証によって明らかになっている。日本政府は検証の機会を再三求めたが、中国は応じなかったと報じられる。
 「南京大虐殺文書」がユネスコの記憶遺産に登録されたことによって、中国は歴史認識問題において日本攻撃の新たな材料を得たことになる。今回の登録を成果として大々的に国際的に宣伝するだろう。
 わが国の国内では、ユネスコの記憶遺産になったとして、「南京大虐殺」を児童・生徒に教える偏向教育が広がることが懸念される。現在、小中高校の教科書は、南京事件」について、中国側の主張を一方的に記述されてはいない。だが、学校現場で一部の教師が中国側の主張を強調する恐れがある。

 次回に続く。
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南京「大虐殺」を反日に使う「下心」は中国国民に見透かされている~石平氏

2015-01-20 08:55:44 | 南京事件
 南京事件から77年を迎えた26年12月13日、中国江蘇省の「南京大虐殺記念館」で初の国家主催の追悼式典が開かれた。昨年までは南京市が中心となって式典が行われてきたが、中国は昨年2月、12月13日を「国家哀悼日」と定め、国家的な行事を行うことにしたものである。
 追悼式典に参加した習近平国家主席は「30万人の同胞が痛ましく殺戮された」と誇大な数字をあげ、「人類史上の暗黒の一ページで虐殺の事実の改竄は許されない。13億人の中国人民は事実の否定を受け入れない」と日本を非難した。また8年間の日中戦争で中国に3500万人の死傷者が出たと、これも根拠のない数字を挙げて日本を糾弾した。
 また習氏は「侵略戦争を美化する一切の言論は平和と正義に危害を与える」と日本を牽制すると同時に、「少数の軍国主義者が侵略戦争を起こしたことを理由に、その民族を敵視すべきでなく、罪は国民にはない」「戦争責任は人民にはなく、両国民は友好を続けるべきだ」と述べた。これは、毛沢東や周恩来らが、軍国主義者と一般国民を区別するという二分論で、政府と人民を分断し対立させようとした戦術を継承するものである。
 中国では、昨秋以降、南京事件に関して、南京市の小中高校で新たな「読本」を使った南京事件に関する特別授業が義務づけられている。中国中央テレビは事件に関連するとされる残忍なシーンを多数含んだニュースや番組を繰り返し放送している。中国国営新華社通信も、日本での新たな証言の取材の結果とする記事を繰り返し配信している。各種官製メディアは「34万人」という犠牲者数をあげて報道しているなど、反日教育や対日宣伝戦が一段と強化されている。
 シナ系評論家の石平氏は、産経新聞平成26年12月25日の記事で、この問題について書いた。石氏は、まず中国共産党指導部の意図について、次の旨を書いている。
 「不動産バブル崩壊が確実となり、経済の低迷がさらに深まる中、国民の不満をそらすためには反日という『伝家の宝刀』を抜く以外にない。それがために南京式典を皮切りに『終戦70周年』に当たる」27年の「1年を通し習政権は節目節目の反日キャンペーンを展開していく予定である」と。
 だが、政権のこのやり方に対し、国内からは早くも疑問の声が上がっている、として、南京式典開催2日後の12月15日の環球時報の社説の内容を紹介する。その社説は「中国のネット上で南京の式典に対する奇怪な意見が現れた。『今になってこのような式典を催したことの意味は一体どこにあるのか』とする疑問もあれば、『中国では内戦から“文革”までに殺された人の人数は南京よりはるかに多いのでないか』とする意見もある。このような声はまったくの耳障りだ」と厳しく批判するものである。石氏は「重要なのは、一部の国民が政府肝いりの南京式典を冷ややかな目で見ていることだ。しかも、天下の環球時報がわざと社説まで出して批判しているのならば、批判的意見は決して『一握り』の少数派意見ではないことも推測できよう」と分析している。
 石氏はまた、中国における「知乎」というサイトに書きこまれた質問とそれへのユーザーの意見を紹介している。――「民族主義をあおることで政権の失敗と無能から人民の目をそらすのはいつも政治屋にとっての万能の薬だ」「国内情勢が悪くなっているから、民族主義の旗印を高く掲げるのだ。国家規模の式典の開催はやはり、国内の矛盾を外に転嫁させるための世論的準備ではないか」などである。
 そして、次のように書いている。「『反日』を利用して国内問題を外部に転嫁させようとする習政権の『下心』が一部の国民によって簡単に見破られていることがよく分かる。今の中国国民はもはや、この程度の手品にだまされるほどのバカではない。むしろ、20年前に江沢民政権の開発した手法をそのまま踏襲する習政権の方が愚かなのである」「賢くなった中国人民を前にして、『反日』をもって2015年を乗り越えようとする習政権の戦略は出足からつまずいたようだ。彼に残された次の手は一体何であるのか」と。
 昨年9月朝日新聞が慰安婦問題に関する記事について謝罪したことで、ようやくわが国政府は慰安婦問題に関する事実を積極的に対外的に発信する姿勢を見せている。だが、慰安婦問題が喧伝されるようになるはるか以前から、「南京大虐殺」という虚報が世界に向けて発信されてきた。開始点は東京裁判である。東京裁判で、南京での「大虐殺」が持ち出され、わが国は一方的に断罪された。この問題を放置してきたことが、慰安婦問題の虚報の前例となっている。中国共産党があらためて、「南京大虐殺」を反日宣伝に使っている今こそ、わが国は政府が主導的に、南京事件の虚偽を明らかにし、汚名をそそがねばならない。
 以下は、石氏の記事の全文。

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●産経新聞 平成26年12月25日

http://www.sankei.com/column/news/141225/clm1412250008-n1.html
2014.12.25 08:47更新

【石平のChina Watch】
習政権「反日の下心」は中国国民に見透かされている 早々につまずいた中国2015反日戦略

 今月13日、中国の「南京大虐殺記念館」で催された初の国家主催追悼式典に習近平国家主席が出席し、演説を行った。その中で彼は、根拠の乏しい「30万人虐殺」の数字を持ち出して日本軍の「大罪」を糾弾しながら「日中友好」をも口にした。
 しかしそれは本心からの言葉であるとは思えない。全国で生中継された国家規模の式典において「大虐殺」が強調されることによって、国内の反日ムードはむしろ高まってくる恐れがあるからだ。
 あるいはそれこそが習政権が狙うところかもしれない。来年の不動産バブル崩壊が確実となり、経済の低迷がさらに深まる中、国民の不満をそらすためには反日という「伝家の宝刀」を抜く以外にない。それがために南京式典を皮切りに「終戦70周年」に当たる来年1年を通し習政権は節目節目の反日キャンペーンを展開していく予定である。
 だが、政権のこのやり方に対し、国内からは早くも疑問の声が上がっている。
 南京式典開催2日後の15日、人民日報系の環球時報は式典に対するネット上の議論を社説で取り上げ、「中国のネット上で南京の式典に対する奇怪な意見が現れた。『今になってこのような式典を催したことの意味は一体どこにあるのか』とする疑問もあれば、『中国では内戦から“文革”までに殺された人の人数は南京よりはるかに多いのでないか』とする意見もある。このような声はまったくの耳障りだ」と厳しく批判した。
 環球時報の批判はどうでも良いが、重要なのは、一部の国民が政府肝いりの南京式典を冷ややかな目で見ていることだ。しかも、天下の環球時報がわざと社説まで出して批判しているのならば、批判的意見は決して「一握り」の少数派意見ではないことも推測できよう。
 それでは一体どのような批判意見があったのか。たとえば中国国内で「知乎」というサイトがあり、誰でも質問を書き込んで回答を求めることができる。13日、ある匿名の人がそこに次のような質問を書き込んだ。
 「毛沢東やトウ小平の時代は南京大虐殺にほとんど言及されなかった。江沢民・胡錦濤の時代でも国家主催の式典をやったことはない。今の政府がナショナリズム的感情を刻意にあおり立てるのは一体なぜなのか。歴史問題は国内の矛盾を外に転嫁させるための道具になってよいのか」
 このような「超意地悪」の鋭い意見が提起されると、それは当然全国で大きな波紋を呼び、批判と賛成の意見が続々と上がってきた。
 賛成意見にはたとえば次のようなものがあった。
 「民族主義をあおることで政権の失敗と無能から人民の目をそらすのはいつも政治屋にとっての万能の薬だ」
 「国内情勢が悪くなっているから、民族主義の旗印を高く掲げるのだ。国家規模の式典の開催はやはり、国内の矛盾を外に転嫁させるための世論的準備ではないか」
 「いかなる集団や党派や政権でも、人民を虐殺すればすなわち犯罪だ。目くそが鼻くそを笑うのはおかしい!」
 このような意見を並べてみると、「反日」を利用して国内問題を外部に転嫁させようとする習政権の「下心」が一部の国民によって簡単に見破られていることがよく分かる。今の中国国民はもはや、この程度の手品にだまされるほどのバカではない。むしろ、20年前に江沢民政権の開発した手法をそのまま踏襲する習政権の方が愚かなのである。
 いずれにしても、見破られた手品に期待されたほどの政治的効果はもはやない。賢くなった中国人民を前にして、「反日」をもって2015年を乗り越えようとする習政権の戦略は出足からつまずいたようだ。彼に残された次の手は一体何であるのか。
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関連掲示
・拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion06b.htm
・拙稿「南京事件の真実を伝える写真」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion06d.htm
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南京事件:教科書の記述と新聞広告の掲載拒否

2012-05-21 07:32:24 | 南京事件
 20日に掲載した安倍代議士の記事では触れられていないが、今春の高校教科書の検定において、南京事件に関する記述に関し、一部注目すべき変化があった。
 報道によると、山川出版社の「日本史A」の現行版は、近年の研究成果を踏まえ、「数千人から30万人(現在の中国の公式見解)まで、いろいろな説があるが、その実情は明らかではない」としている。今回の検定ではその後に「学者のあいだでは、30万人説は誇大な数字と考えられている」と付け加え、中国側の主張に対し初めて否定的な記述をした。これは注目すべき変化である。
 だが、今回検定に合格した日本史教科書6冊のうち4冊は、中国政府の主張する「30万人」や「20万人」といった犠牲者数を従来通り記述。例えば、第一学習社は本文で「南京大虐殺」という言葉を使い、犠牲者数を「多数」「20万人以上」と記述。注釈で「十数万人以上」「4万人前後」「30万人」と諸説を列挙した。実教出版の日本史Aは、本文で「大虐殺」を使い、犠牲者数は「約20万人」、注釈で「30万人以上」と記述。「諸説を考慮していない」として検定意見が付き、「なお、日本国内では虐殺数について『十数万人』など他の説もある」と加筆して合格したという。
 各社の教科書でこれだけ記述内容が違うのは、南京事件についてそれだけ議論があるからである。もし教科書に掲載するなら、大虐殺説からまぼろし説まであるという全体的な状況を記すべきである。私は高校教科書の場合、囲み記事で扱って、この状況を生徒に考えさせる材料にするとよいと思う。
 ところで、南京事件について、新聞に自由な議論を呼びかける意見広告を掲載しようとした有識者団体が、新聞社から掲載を拒否されたという。意見広告を掲載しようとしたのは、渡部昇一氏が代表を務める有識者の団体「河村発言を支持し『南京』の真実を究明する国民運動」。掲載を拒否したのは、中日新聞社。有識者団体は、河村名古屋市長の「南京事件」否定発言に関し、南京事件について自由な議論を呼びかける意見広告を同紙に掲載しようとした。ところが、中日新聞社から「社論に合わない」と拒否されたという。
 河村発言については、支持する意見もあれば、批判する意見もある。中日新聞社は「『河村発言は不適切』という社論を展開している以上、たとえ広告といえども、発言を支持する内容のものを掲載することはできない」と説明したというが、新聞は両方の意見を掲載した上で、社の見解を主張すべきもの。社論に合わないと言うなら、河村市長の発言自体が社論に合わないことになる。市長の発言を掲載したのであれば、それに賛成の意見も反対の意見も広く載せるべきである。
 有識者団体は15日、広告の掲載などを求める仮処分を東京地裁に申請したという。新聞界には倫理綱領があり、意見広告には新聞社各社に広告掲載基準の規程があると聞く。私は有識者団体の広告原稿を見ていないが、自由な議論を呼びかけるという内容だったとすれば、その掲載を拒否することは、メディアとしての姿勢が問われるところである。だが、新聞社から広告主に表現の修正を求められれば、最終的に承認を得られる表現に到達しないと広告の掲載はできない。広告原稿の責任校了がされていたのかどうか。その掲載内容を含めて契約が成立していたといえるのかどうか。裁判所で広告掲載命令の仮処分が認められるかどうか注目したい。
 南京事件を巡って、方や教科書の記述、方や新聞の意見広告。ともに根本は、事実認識の問題である。事件の事実認識については、専門の研究者がきちんとした検証を積み重ねてきている。教科書やメディアを変えていくには、南京事件についてこれまで以上に議論を巻き起こしていく必要がある。
 以下は関連する報道記事。

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●産経新聞 平成24年5月12日

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120512/edc12051201300000-n1.htm
「南京事件」意見広告で対立 有識者「自由な議論を」、中日新聞「社論に合わず」
2012.5.12 01:30

 名古屋市の河村たかし市長の「南京事件」否定発言に対するバッシングに疑問を持った有識者らが、東海地区で最大の発行部数を誇る中日新聞(名古屋市)に、南京事件について自由な議論を呼びかける意見広告を掲載しようとしたところ、「社論に合わない」と拒否されていたことが11日、分かった。一旦、掲載の了解を受けた有識者側は、複数の雑誌に広告代金の寄付を募る広告を掲載しており、「金銭的処理や社会的信用など大きな損害を受ける」として法的措置に訴える構えだ。
 意見広告を掲載しようとしたのは、有識者でつくる団体「河村発言を支持し『南京』の真実を究明する国民運動」(代表・渡部昇一上智大名誉教授)。
 意見広告は「私たちは河村たかし名古屋市長の『南京』発言を支持します!」「自由な議論で『南京』の真実究明を!」との見出しの下、南京事件についてさまざまな見解があることを踏まえた上で、議論が広がることを期待するという内容。呼びかけ人には石原慎太郎東京都知事や安倍晋三元首相らが名を連ね、超党派の国会議員58人の氏名を掲載する予定だった。
 同団体は今年3月、広告代理店を通じて中日新聞側に掲載を打診。4月10日に見本刷りを送り、同19日にメールで「掲載の了解」を得た。その後、代金や掲載日などの交渉が行われ、広告の最終送付が約1週間後に迫った5月2日、突然、中日新聞側から「掲載できない」と通告されたという。
 同団体によると、掲載拒否の理由について「『河村発言は不適切』という社論を展開している以上、たとえ広告といえども、発言を支持する内容のものを掲載することはできない」と説明された。
 同団体副代表で拓殖大学の藤岡信勝客員教授は「中日新聞の社論とは南京事件の議論自体を否定することなのか」と話している。
 中日新聞東京本社の吉川克也広告局次長の話  「先方が法的手続きを進めていると聞いているので現段階ではお答えできない」

●産経新聞 平成24年5月15日

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120515/trl12051520010013-n1.htm
「南京事件」意見広告の掲載求め仮処分申し立て 中日新聞拒否で
2012.5.15 20:00

 名古屋市の河村たかし市長の「南京事件」否定発言にからみ、中日新聞(名古屋市)が自由な議論を呼びかける意見広告の掲載を拒否した問題で、有識者団体「河村発言を支持し『南京』の真実を究明する国民運動」(代表・渡部昇一上智大名誉教授)は15日、広告の掲載などを求める仮処分を東京地裁に申請した。
 同団体副代表で拓殖大学の藤岡信勝客員教授らは同日、東京・霞が関の司法記者クラブで会見し、「新聞社の編集権は当然認めるが、今回はいったん掲載が認められている。後から『社論に合わない』と言ってくるのは異常」と批判。意見広告掲載のため募った寄付はすでに約500万円に達しているといい、「広告が掲載されない場合、社会的信用が失墜するなど深刻な被害が生じる」と訴えた。
 申立書によると、意見広告は「私たちは河村たかし名古屋市長の『南京』発言を支持します!」「自由な議論で『南京』の真実究明を!」との見出しの下、南京事件についてさまざまな見解があることを踏まえた上で、議論が広がることを期待する内容。今年4月、中日新聞社側から広告代理店を通じ「掲載の了解」を得たが、今月に入り突然「社論に合わないので掲載できない」と通告されたとしている。
 中日新聞東京本社の吉川克也広告局次長は「意見広告の掲載契約が成立したとは認識していない。今回は弊社の広告掲載基準にしたがってお断りした」とコメントしている。
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関連掲示
・拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion06b.htm
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河村発言~信念を持って発言

2012-03-16 08:54:03 | 南京事件
 河村たかし名古屋市長は、2月20日「南京大虐殺」を否定する発言をした。一部には河村氏は軽いノリで「大虐殺」否定発言をしたという見方があるが、そうではない。
 河村氏は2月23日、記者団に対して、「撤回したら(政治家として)生きていられない」などと述べ、撤回しない姿勢を改めて示した。また「衆院議員時代にまとめた政策集『河村ビジョン』に書いている」と、一連の発言は従来の自身の外交論に基づいていると説明した。3月8日も再度撤回を否定した。
 「河村ビジョン『庶民革命』」は平成20年に発表したもので、ネット上にPDFファイルが掲載されている。その第4章「外交・安全保障」に次のように記されている。

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○ 直接ものを言う外交を展開
 犬の遠吠えのように、これまでの外交は「注意しました、指摘しました」で終わっており、単なるポーズに過ぎない。「南京大虐殺記念館」(中国側名称:侵華日軍南京大(屠)殺遇難同胞紀念館)や「盧溝橋記念館」(中国側名称:盧溝橋中国人民抗日戦争記念館)などにも行き、言うべきことは言う。主張しなければ外交は成り立たない。
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 私は、河村氏は信念を持ってこの政策を打ち出していると思う。当時も今も、自分の政策・ビジョンを公表する文書に、これだけはっきり南京事件について意見と方針を打ち出している政治家は、ごく少ない。
 拓殖大学客員教授・藤岡信勝氏は、産経新聞3月13日号「正論」に、河村氏が衆議院議員時代に「いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書」を政府に提出したと書いている。この質問主旨書は、当時南京事件に関心を持つ者の間で話題になった。私も記憶している。河村氏は当時最新の研究成果も踏まえて、要所を突いた質問をしている。ただの思いつきで質問したような内容ではない。
 河村氏は、父親が終戦直後に南京に到着し、南京に滞在した際、温かく処遇され、それによって生きながらえることができたという話を、父親から聴いていたという。その話が、河村氏に「南京大虐殺」への疑問を生んだ。
 たまたま私の同僚に、昭和50年代から10数年、名古屋勤務をした時期に、河村氏の父親を知っていた人がいる。氏の父親は、日本精神の復興促進運動に賛同していた。父親は、日本人としての精神を失わず、息子のたかし氏に「南京大虐殺」への疑問を語っていたのだろう、と私は思う。
 藤岡氏は、先の寄稿記事に、河村氏の父親についても書いている。河村発言の背景を知るのに、貴重な一文である。藤岡氏は、フェイスブックに、「10年前なら、マスコミの袋だたきにあってつぶされていただろうとも思います。朝日新聞が未だに社説でたたけない、というところに時代の変化を感じます。大問題にすればするほど、世論が逆転する恐怖感を持っている証拠です」とも書いている。
 以下、藤岡氏の寄稿記事。

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●産経新聞 平成24年3月13日

【正論】
拓殖大学客員教授・藤岡信勝 河村氏への反響に時代の変化が
2012.3.13 03:18

 名古屋市の河村たかし市長は2月20日、市役所を訪れた中国共産党南京市委員会の幹部に「通常の戦闘行為はあったが、いわゆる南京事件はなかったのではないか」と語った。さらに、「歴史に関する討論会をしてもいい。互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」と呼びかけた。この河村発言をめぐって、さまざまな反響が、日中双方に生まれている。

≪人気取りの思いつきに非ず≫
 河村氏が人気取りの思いつきを口にしたかのように受け取られるコメントも、日本の新聞に載ったりしたが、実は、氏の問題意識の原点には、父親から体験談を聞かされていたということがある。
 河村氏は衆議院議員時代の平成18年6月13日に、「いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書」を政府に提出している。この質問主意書によれば、氏の亡父、河村●男(かねお)氏は歩兵伍長として、終戦直後の昭和20年8月16日に、南京に到着し、翌年1月まで同じ部隊の約250人のメンバーと同市郊外の寺に滞在した。●男氏はこの間、彼(か)の地で大変手厚く遇されて、それによって生きながらえることができたと感謝していた。
 そこで、戦後50年の年に、戦友たちは当時の南京市民のもてなしへの感謝の気持ちとして寄付金を募り、同市に1000本の桜を寄贈した。その植樹から10年目に当たる平成18年には、河村たかし氏自身が南京を訪れ、改めて感謝の思いを伝えている。その際に南京事件記念館も訪問したという。
河村氏の疑問はそんな自身の経験から発している。「彼の地において(昭和12年に)大虐殺が行われていたのであれば、そのわずか8年後にこのような心温まる交流が実在し得るとは思えない。そこで、いわゆる南京大虐殺事件について再検証すべきではないかと思うに至った」というのである。

≪国会での質問主意書の成果≫
 質問主意書では次の7項目にわたり疑問点が述べられている。

 (1)歴史教科書のほとんどが南京虐殺を記載し、中には20万人虐殺という記述もあるが、これは日本政府の見解と理解してよいか
 (2)東中野修道著『南京事件-国民党極秘文書から読み解く』では、市民虐殺を告発した西洋人の著書は、国民党中央宣伝部の制作した宣伝本だったことなどが示されているが、このような新たな研究成果を、政府は把握し歴史の再検証作業を行っているか
 (3)「非戦闘員の殺害は否定できない事実」という政府見解や教科書記述の根拠は何か
 (4)当時の関係者の聞き取り記録を政府は取得しているか
 (5)政府見解には再考の余地はないか
 (6)証拠写真として通用するものは1枚もないとの指摘があるにもかかわらず、記念館にそれらの写真が展示されていることをどう考えるか
 (7)記念館を利用した反日感情増大政策は日中友好に悪影響をもたらすと考えるが、それを取り除くための努力をしているか

 これに対する政府答弁書は、(1)について、「非戦闘員の殺害又は略奪行為等があったことは否定できない」としつつ、教科書検定は「国が特定の歴史認識や歴史事実を確定するという立場」ではなく「検定の時点における学説状況等に照らして」行うとした。
 (2)、(3)、(5)についても、同趣旨を繰り返している。ただ、(6)と(7)については、記念館に展示されている「写真の中に、事実関係に強い疑義が提起されているものが含まれている旨を指摘している」と回答した。わずかながらもこのような政府答弁を引き出したことは成果と見なしてよい。

≪国会議員も声を上げる時だ≫
 河村氏は、自身の見解を直ちに受け入れることを相手方に求めたのではなく、かねて討論を呼びかけていたもので、南京市側も「議論するのはいいこと」だと回答していた。ところが今回、南京市は名古屋市との姉妹都市交流を一時中止するという報復措置に出た。中国共産党機関紙の人民日報は「必ず代償を払うことになる」(2月23日付)と恫喝(どうかつ)した。山下泰裕氏らの柔道交流も中止され、中国紙は、観光客の「名古屋ボイコット」まで呼びかけている。
 3月7日、南京市幹部が発言を撤回し謝罪しなければ交流再開はないと表明したのに対し、河村氏は8日、撤回を拒否している。
 平成6年、永野茂門法相は「南京大虐殺」に疑問を表明して即座に辞任させられた。当時、永野氏をかばう発言はほとんどなかった。河村発言については石原慎太郎都知事と上田清司埼玉県知事が支持を表明し、マスコミも袋だたきにできなくなっている。あるネットの世論調査では、71%が河村市長の政治姿勢を支持している。
 この10年の「南京」研究の成果と教科書問題などの進展、そしてネット世論の成立によって、時代は大きく変わりつつある。今こそ「自虐史観」の最大のテーマである、「南京」について、史実による検証と国民的な議論を巻き起こすときだ。何よりも国会議員が声を上げることを強く求めたい。(ふじおか のぶかつ)
●=金へんに心
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コメント

河村発言~支持集会と東京大虐殺

2012-03-15 08:43:49 | 南京事件
 去る3月6日「新しい歴史教科書をつくる会」の主催で、「『河村発言』支持・『南京虐殺』の虚構を撃つ緊急国民集会」が、東京・文京シビックセンターで開催された。私は参加できなかったが、複数の参加者の報告によると、400人以上が参加した。
 名古屋市会議員・藤沢忠将氏他2名が基調報告で河村市長が発言に至った経過を報告し、「30万人の大虐殺が真実でないなら、日本人として率直な意見表明が必要。様々な意見、立場があり、率直な話し合いをしたいというのが真意だ」と、河村市長から預かったメッセージを読み上げた。
 引き続き リレートークに移り、評論家・潮匡人氏、稲田朋美衆議院議員、ジャーナリストの西村幸祐氏ら約20人が次々に登壇して発言した。最後に参加者は河村市長を支持する決議文を採択した。今後は、署名活動などを通じて事件の真実を究明する国民運動を展開していくという。
 当日、電報で河村発言に支持を表明した国会議員は、下記の通り。

 平沼赳夫(衆院議員・たち日) 安倍晋三(衆院議員・自民) 有村治子(参院議員・自民) 山谷えり子(参院議員・自民) 大江康弘(参院議員) 高市早苗(衆院議員・自民) 向山好一(衆院議員・民主) 笠浩史(衆院議員・民主) 鷲尾英一郎(衆院議員・民主)

 南京での「大虐殺」はあリ得ない。「大虐殺」を証す事実はどこにもない。目撃者がいない。フィルムもない。写真1枚ない。これに比し、東京大空襲には多数のフォルムがあり、写真がある。遺骨があり、遺品がある。東京では「大虐殺」が間違いなく行われた。このことを忘れてはならない。
 昭和20年(1945)3月10日、午前0時8分。約300機のB29が東京に飛来し、焼夷弾の雨を降らした。この「東京大空襲」によって、無辜の一般市民、老若男女8万人以上が、火の海の中で亡くなった。米軍による組織的・計画的な非戦闘員への攻撃であり、無差別大量殺戮だった。「東京大空襲」は「東京大虐殺」とこそ呼ばねばならない事件である。
 東京への空襲は、昭和20年3月10日だけではなかった。東京には約100回の空襲が行われた。木造建築の弱点を突き、人口密集地域を狙った執拗な攻撃が続けられた。東京だけではなく、全国66の主要都市に空襲が行われた。約40万人がその攻撃によって亡くなった。戦争だからそうなったのではない。戦時国際法違反である無抵抗の一般市民への攻撃によって、日本人が虐殺されたのである。そして、こうした空襲による「大虐殺」の作戦の延長上に行われたのが、広島・長崎への原爆投下である。
 東京裁判の終結期となる昭和23年、米国で科学者、聖職者、ジャーナリスト等から広島・長崎への原爆投下に対する批判が高まった。原爆による無差別大量殺戮は、史上前例のない非人道的なもので、死亡者は当時20万人以上となっていた(広島で14万人以上、長崎で7万人以上)。良心的なアメリカ人にとっては、自国の戦争犯罪は絶えがたいものだった。民主主義の国、アメリカでは世論による政府批判は、政権をゆるがす。米国政府は原爆投下を正当化し、罪悪感をぬぐうために、原爆に匹敵するような日本による20万人規模の「大虐殺」を必要とした。そこで、「南京大虐殺」として誇張され、ねつ造されたのが、南京事件だったのではないか、と私は考えている。
 「人道に対する罪」は、ニュルンベルグ国際軍事裁判で、初めて出されたものだった。それが東京裁判にも適用された。だが、これは事後法であり、近代法の原則に反するものだった。その後、両裁判の反省を踏まえて、今日の国際法では、「人道に対する罪」は、文民たる住民に対して行われる広範または組織的な攻撃と定義されている。仮にこの定義をもって、東京大空襲、広島・長崎への原爆投下を評価するならば、作戦を指示命令した指導者は、「人道に対する罪」によって断罪されねばならない。
コメント

河村発言~上田埼玉県知事

2012-03-07 10:24:13 | 南京事件
 私は2月23日のMIXIのコメントに次のように書いた。
 「河村市長には、南京に乗り込んで、堂々と論じてもらいたいものです。 いったん口を切った以上、政府や諸勢力の圧力に屈せず、持論を貫いてほしいです。 また、この機会に、河村氏を孤立無援にすることなく、普段から同様の意見を持っている首長・国会議員・地方議員・有識者等が、活発に発言することを期待します」と。
 占領下における「南京大虐殺」の喧伝は、日本人の誇りを損ない、絆を打ち砕いた。だが、「大虐殺」を証す事実はどこにもない。目撃者がいない。フィルムもない。写真1枚ない。ねつ造と誇張の事件が、日本人の精神を罪悪感と自虐意識で呪縛している。特に青少年への悪影響は、底知れない。
 石原都知事は期待にたがわず持論を述べたが、他の政治家は発言がごく少ない。そうしたなか、埼玉県の上田清司知事は、2月29日のブログに河村「南京」発言について見解を書いた。埼玉県のホームページの「知事の部屋」に開設されている知事ブログに載せたものである。私は上田知事の発言を支持する。本件において、橋下大阪市長とは大きな違いである。
 橋下氏は、上田知事の下記発言を熟読し、猛省すべきである。ここで姿勢を改めないと、将来日本を率いるリーダーにはなれない。
 以下、知事の発言の転載。

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●上田知事のブログ記事

2月29日(水曜日)の一打 「河村発言」
http://www.pref.saitama.lg.jp/site/room-taiko/room-taiko-2402.html

 県議会で拉致問題と絡めて、名古屋の河村市長の南京事件を巡る発言に関係する質問が私にもありました。河村市長の発言は、虐殺があったのか、それともなかったのかということについてきちんと調査をすればよいというのが趣旨で、虐殺がないという話ではなかったのではないかと私は思っております。
 中国が言う南京事件で虐殺された人数は30万人ないし40万人という数字ですが、かつては4万人とも言われておりました。南京事件が起こったのは、日中戦争当時の1937年でありましたから、普通はそういう大事件があれば、各国の従軍記者が世界に配信をして、そうした記録が当時世界中に残っているわけでありますが、そうした記録はありません。当然、対日戦争中でありました蒋介石や毛沢東も何らかの抗議声明などを出したりするものであります。しかし、それもその時はなかったと思います。また当時は国際連盟もあったわけですから、そこへ訴えるという方法もあったわけです。中国の教科書も1977年まで南京事件を扱っていなかった事実もあるそうです。1980年代になって南京大虐殺の話が出てきています。そういう意味で、中国が言うような数字には必ずしも真実味が感じられないというところにこの問題の発端があると思います。
 河村発言を受けて中国側も、もう名古屋に観光客は行かないとか、友好はおしまいだなどと言わず、政治と文化・スポーツ交流は別に考えて、こうした疑問に答え、真相を明らかにする努力をすればよいことですし、日本政府も疑問点をどんどん出していけばよいと思っています。
 私も南京事件の写真を見たことがありますが、影が完全にクロスしていたりして、合成写真だなという疑いを持ちます。そうしたことについて、きちっと中国側が答えれば済むことだと思います。
 かつて中国は社会主義国家として国交がない国に対しても、ピンポン外交などと言ってスポーツ交流などをしながら、窓口を開けている大人の国でありました。いわんや今や経済大国であり、まさに世界経済における主要プレーヤーでありますから、そういう意味でも大人の対応をしていただきたいなというふうに思っております。
 河村発言をきっかけに、単に非難合戦するのではなく、真実にどこまで迫れるかは別としてもできるだけ真実を追いかける、そういう真摯な対応が両国間に求められているのではないかと思っております。
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関連掲示
・拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion06b.htm
コメント

河村発言~石原都知事・橋下市長

2012-03-06 12:51:31 | 南京事件
 河村名古屋市長が2月20日「南京大虐殺」を否定する発言をしたのに対し、大村愛知県知事は、同月22日河村市長に発言の訂正乃至撤回を示唆した。石原都知事、橋下大阪市長は、どう対応するか、注目していたところ、石原氏は、同月24日の定例記者会見で、「河村君の言うことが正しいと思う」と語り、「あれだけの期間に40万人なんて物理的に殺せるわけがない」と持論を述べたという。下記の読売の記事が伝えた。

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●読売新聞 平成24年2月24日

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120224-00001110-yom-pol
「正しいと思う」石原知事、河村市長発言を擁護
読売新聞 2月24日(金)23時3分配信

 東京都の石原慎太郎知事は24日の定例記者会見で、旧日本軍が多数の中国人を殺害した「南京事件」を巡って名古屋市の河村たかし市長が「虐殺はなかった」と発言したことについて、「河村君の言うことが正しいと思う」と語り、同市長を擁護した。
 石原知事は「あれだけの期間に40万人なんて物理的に殺せるわけがない」と持論を展開。市民感情が大きく傷つけられたなどとする中国側の主張に対し、「戦争のどさくさで、殺したこともあったかもしれないが、それをもって『大虐殺』というのは違う」などと語った。
最終更新:2月24日(金)23時3分
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 一方、橋下市長は、「公選の首長は歴史家ではない。歴史的事実について発言するなら知見も踏まえ、慎重にすべきだ」と河村氏を批判し、自らは南京事件についての事実関係を論ずる考えはない、「(発言することで)日本にとってプラスになるようなことがあるとは感じない」と述べたと報じられる。媒体は朝日新聞である。

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●朝日新聞 平成24年2月27日

http://www.asahi.com/national/update/0227/OSK201202270108.html

「歴史巡る発言、慎重に」 橋下氏、河村氏を批判関連トピックス橋下徹 河村たかし

 橋下徹大阪市長は27日、名古屋市の河村たかし市長が南京事件を否定する発言をしたことについて、「公選の首長は歴史家ではない。歴史的事実について発言するなら知見も踏まえ、慎重にすべきだ」と批判した。記者団の質問に答えた。
 橋下氏は一方で、中国側が批判を強めていることに対して「中国側も過剰な反応はすべきでない。堂々と河村市長に抗議をすればいい」と主張。また、自らは南京事件についての事実関係を論ずる考えはないとし、「中国と日本は隣国。どう考えてもうまく付き合っていかないといけない。(発言することで)日本にとってプラスになるようなことがあるとは感じない」とも述べた。(山崎崇)
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 私は、橋下氏の現状打破への情熱、改革への意思を高く買う者だが、本件に関する限り、橋下氏には見識も気概もない。河村「南京」発言への対応を通じて、橋下氏らの「維新版・船中八策」は、坂本龍馬にあやかるだけかと疑う。
 教育改革については、橋下氏らは国旗掲揚・国歌斉唱時の起立等、評価できることを進めているが、南京事件等に関する誤った教育を正すところまで踏み込まないと、大きな改革にはならない。 南京事件は東京裁判で、日本の指導者を断罪するとともに、米国の原爆投下を正当化するために、一つのポイントとなった。日本の政治家にとって、南京事件への態度は、日本の再興に関する根本姿勢に関わる。橋下氏は、南京事件について、しっかり研究・検討したことがないのではないか。
 総じて橋下氏の国家観・歴史観は底が浅い、と私は感じる。龍馬の「船中八策」を「維新版」などと気楽に使っているが、龍馬は黒船来航による幕末日本の存亡の危機にあって、当時の志士たちが皆そうだったように、わが国の歴史や国柄について確固たる知識を身につけ、またわが国を取り巻く情勢をしっかり認識し、そして、なにより民族の存亡に係る危機感を持っていた。そこから、「船中八策」という大構想は、生み出されている。
 龍馬の時代同様、今日においても、伝統・文化・国柄を深くとらえたところからでなければ、日本再建のための大策は策定し得ない。橋下氏は、南京事件を題材として、そのことをよく認識すべきである。「船中八策」については後日改めて書きたい。
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河村「南京」発言の報道姿勢

2012-02-24 11:15:47 | 南京事件
 河村名古屋市長が「南京大虐殺」を否定する発言をした。中国政府は激しく反発しているが、わが国内でこれに呼応するような発言が出ている。なかでも藤村修官房長官は「非戦闘員の殺害、略奪行為は否定できない」と河村発言を否定し、「村山談話以来、政府の姿勢は変わっていない」と述べた。だが、村山談話は「南京事件」について言及していない。
 河村氏は問題を提起し、公開の場で議論しようと呼び掛けているのであって、それを回避したり封殺したりしようとする発言は、自由民主主義の国家の政治家や言論人が取るべき姿勢ではない。
 マスメディアでは、毎日新聞が積極的に河村発言に係る事情を伝える記事を書いている。それによると、河村氏は「南京大虐殺」を否定した理由について「姉妹都市だから『真実』を言わなくてはいけない。社会的使命を感じる。この問題だけはきちんとして、日本の将来の子どもたちのためにプレゼントしたい」と説明している。単に個人的な持論を述べているのではなく、「社会的使命」を感じ、「将来の子供たち」のことを考えて、歴史認識の問い直しをしているわけである。
 河村氏は発言を「撤回したら(政治家として)生きていられない」と述べ、「衆院議員時代にまとめた政策集『河村ビジョン』に書いている」と、一連の発言は従来の自身の外交論に基づいていると説明している。「河村ビジョン」は08年に発表されたもので、「『南京大虐殺記念館』や『盧溝橋記念館』などにも行き、言うべきことは言う。主張しなければ、外交は成り立たない」と記しているという。
 河村市長の発言の前に、名古屋市議の藤沢忠将氏と山本久樹氏が2月7~9日に南京市を訪問し、南京事件についての議論を呼び掛ける市長の親書を渡した。市の担当者らとの面会で「南京事件について考え方に違いがある。友好親善を図るためにもぜひ意見交換したい」と提案し、市長の親書を渡した。南京市側は「我々の認識が間違っているとは思わないが、議論は大いに結構」と和やかなムードで答えた。河村市長はそのやりとりを踏まえて20日に「南京事件はなかったのではないか。いっぺん討論会を開きたい」と発言した。こういう経緯があったという。
 全国紙4紙のうち現状、河村発言を社説で取り上げているのは、産経のみである。他紙は社説で取り上げるほどの問題ではないという判断なのか、また社の見解を明らかにせずに推移を観察しようという姿勢なのか分からないが、南京事件をはじめとする対中国の歴史認識の問題で、事実の検証さえ避けようとする態度は、メディアの役割として許されるものではない。
 以下は関連する報道記事。

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●毎日新聞 平成24年2月21日

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120221k0000m040097000c.html
河村名古屋市長:「社会的使命」…南京事件否定発言で説明

 名古屋市の河村たかし市長は20日の定例記者会見で、姉妹友好都市の中国・南京市の共産党市委員会常務委員らの訪問団に対し1937年の南京事件を否定した理由について「姉妹都市だから『真実』を言わなくてはいけない。社会的使命を感じる。この問題だけはきちんとして、日本の将来の子どもたちのためにプレゼントしたい」と説明した。(略)

●毎日新聞 平成24年2月23日

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120223k0000e010187000c.html
河村名古屋市長:南京事件発言、改めて撤回否定

 河村たかし名古屋市長は23日午前、南京事件を否定する発言について「撤回したら(政治家として)生きていられない」などと報道陣に述べ、撤回しない姿勢を改めて示した。また「衆院議員時代にまとめた政策集『河村ビジョン』に書いている」と、一連の発言は従来の自身の外交論に基づいていると説明した。
 「河村ビジョン」は08年に発表。「『南京大虐殺記念館』や『盧溝橋記念館』などにも行き、言うべきことは言う。主張しなければ、外交は成り立たない」と記している。【福島祥】

●毎日新聞 平成24年2月24日

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120224k0000m040095000c.html
河村名古屋市長:南京事件発言 「交流中止残念」と市議ら

 名古屋市と姉妹都市提携を結ぶ中国・南京市が河村たかし名古屋市長の南京事件否定発言に抗議して交流停止を発表したことに対し、名古屋市議会からも困惑の声が起きている。市長発言の前に南京市を訪問し、南京事件についての議論を呼び掛ける市長の親書を渡した市議は「その時は『議論するのは結構だ』と言われたのに、いきなり交流停止になるのは残念でならない」と、南京市の対応を疑問視した。
 親書を手渡したのは藤沢忠将市議(自民)と山本久樹市議(民主)で、2月7~9日に南京を訪問。市の担当者らとの面会で「南京事件について考え方に違いがある。友好親善を図るためにもぜひ意見交換したい」と提案、河村市長の親書を渡した。南京市側は「我々の認識が間違っているとは思わないが、議論は大いに結構」と和やかなムードで答えたという。河村市長はそのやりとりを踏まえて20日に「南京事件はなかったのではないか。いっぺん討論会を開きたい」と発言した。
 藤沢市議は「こちらは両市が未来志向でやっていく前に一度議論しましょうと言っただけ。一方的に友好ストップというのは残念」と厳しい表情。山本市議は「話が違うという印象で、議論さえダメというのはおかしい。友好と言いながら南京には日本人が少ない。歴史認識の問題がうまくいけばもっと企業も進出する」と話した。
 中国政府関係者は23日、毎日新聞の取材に「南京事件については日中両政府の間で研究を進めている。議論は専門家同士でやるべきだ」と話し、地方政府同士で議論するテーマではないとの立場を示した。【三木幸治、福島祥、丸山進】(略)
(毎日新聞 2012年2月23日 23時28分 最終更新 2月24日 2時04分)

●産経新聞 平成24年2月24日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120224/lcl12022403050000-n1.htm
【主張】
河村氏の南京発言 これで問題視されるとは
2012.2.24 03:05

 南京事件をめぐる河村たかし名古屋市長の発言をめぐり、姉妹都市関係にある中国南京市が名古屋市との交流を当面中止すると発表した。「河村市長は南京大虐殺の史実を否定、南京人民の感情を著しく傷つけた」との理由からだ。
 中国外務省のアジア局長も、杉山晋輔外務省アジア大洋州局長に「歴史の歪曲(わいきょく)」と強い不満を表明した。
 歴史問題をめぐる中国の理不尽な対応は今に始まったことではないが、日本の政府やメディアまでが中国側に立って河村氏を批判しているのは理解に苦しむ。
 問題にされたのは河村市長が20日、名古屋市で南京市訪問団との面談で発言した内容である。
 河村氏は南京で終戦を迎えた父親が南京の人々から温かいもてなしを受け、お礼に桜の木をプレゼントしたことなどを話し、その背景について「南京事件はなかったのではないか」と述べた。
 断定的な表現を避け、極めて穏当な発言である。
 しかし、藤村修官房長官は「非戦闘員の殺害、略奪行為は否定できない」と河村市長の発言を否定し、「村山談話以来、政府の姿勢は変わっていない」と述べた。
 村山談話とは村山富市元首相が平成7年、先の大戦の要因を「植民地支配と侵略」と断じ、閣議決定もされた。だが、あくまで当時の内閣の歴史認識を表明したものであって、今回の河村氏の発言とは無関係である。
メディアの中には、「南京事件については、日中共同の歴史研究がある。市長としての発言にはもっと慎重であるべきだ」「配慮が足りなすぎる」などと、まるで河村氏が重大な失言をしたかのような社説もあった。
 2年前に発表された共同研究では「南京虐殺」があったとの認識が示された。だが、それは研究に参加した日中の一部の学者の意見が一致したにすぎない。
 南京事件は昭和12年暮れから13年にかけ、旧日本軍が南京で多くの中国軍の捕虜や市民を殺害したとされる事件だ。中国は「30万人虐殺」を主張している。
 最近の研究で、「南京虐殺」や「南京大虐殺」は当時の中国国民党の一方的な宣伝だったことが分かってきた。政治的妥協の中で生み出された日中歴史共同研究などにとらわれない、実証的な学問研究の積み重ねが必要である。
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コメント

河村市長「南京大虐殺」を否定

2012-02-23 08:54:21 | 南京事件
 河村たかし名古屋市長が、中国共産党南京市委員会の劉志偉常務委員らとの会談で、いわゆる「南京大虐殺」について「通常の戦闘行為はあったが、南京事件はなかったと思っている」と発言した。「南京で歴史に関する討論会をしてもいい。互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」とも述べたという。私は、よく言ってくれたと河村氏を支持する。
 中国南京市は、名古屋市と姉妹都市関係を結んでおり、「河村市長は南京大虐殺の史実を否定して、南京人民の感情を著しく傷つけた」として、名古屋市との交流を当面中止すると発表した。
 日本政府は3月9日から11日まで、南京市で「南京ジャパンウイーク」の実施を予定している。日中国交正常化40周年を記念する企画である。河村氏の発言がこの時期に合わせて行われたものであれば、日本政府に対して姿勢を問うものでもあるだろう。
 河村氏の提案のように南京市で公開討論会を実施するとよい。公開の場で大虐殺説への疑問を呈し、最新の研究成果も加えて大虐殺説を論評し、その討論の内容が世界に報道されるようにするとよいと思う。
 河村氏は、いわゆる「南京大虐殺」を「南京事件」と呼んでいる。だが「南京事件」イコール「南京大虐殺」ではない。私は、日本軍が南京を陥落した際の出来事を「南京事件」と呼んでおり、ある程度の民間人の殺傷はあったとしても、それは極少数であり、10万人単位の「大虐殺」はあり得ない、と判断する。主な理由は、拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない」に書いているので、ご参照願いたい。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion06b.htm
 以下は関連する報道記事。

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●産経新聞 平成24年2月20日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120220/lcl12022011410001-n1.htm
「南京事件なかった」と河村名古屋市長 中国共産党の市常務委員に「互いに言うべきこと言おう」
2012.2.20 11:35

 名古屋市の河村たかし市長は20日、同市役所を表敬訪問した中国共産党南京市委員会の劉志偉常務委員らとの会談で、旧日本軍による「南京大虐殺」について「通常の戦闘行為はあったが、南京事件はなかったと思っている」と発言した。
 河村氏は、終戦時に父親が南京市にいたことを挙げて「事件から8年しかたってないのに、南京の人は父に優しくしていただいた」と指摘。「南京で歴史に関する討論会をしてもいい。互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」とも述べた。

●産経新聞 平成24年2月22日

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120222/chn12022209250003-n1.htm
日中国交40周年記念行事にも影響か 河村名古屋市長「南京大虐殺」否定発言の波紋
2012.2.22 09:20

 【上海=河崎真澄】中国江蘇省の南京市は21日、姉妹都市関係を結んでいる名古屋市の河村たかし市長が20日、旧日本軍による、いわゆる「南京事件」を否定する発言を行って住民感情が傷つけられたとして、同市との交流を当面中止すると発表した。河村市長への反発が広がれば、日中両国が今年、国交正常化40周年を記念して計画している行事や民間交流への影響も懸念される。
 南京市はミニブログ「微博」上で外事弁公室報道官の談話として、「河村市長は南京大虐殺の史実を否定して、南京人民の感情を著しく傷つけた」などと批判して、名古屋市との交流停止が事実上の報復措置であることを明らかにした。
 河村市長は先に、中国共産党南京市委員会の劉志偉常務委員らとの会談で、1937年のいわゆる南京事件に関し、「通常の戦闘行為はあったが南京事件はなかったのではないか。真実に関し討論会を開いてはどうか」と発言していた。
 これに対し中国外務省の洪磊・副報道官は20日の定例会見で、河村市長の発言に関して、「南京大虐殺には動かせない確かな証拠がある」などと反論。中国のインターネット上も、河村市長を強く非難する若者らの発言であふれている。
 両市は1978年12月に姉妹都市となっていた。
今回の措置では当面、日本政府が3月9日から11日まで、南京市で実施を予定している「南京ジャパンウイーク」に暗雲が漂う。
 この交流イベントには名古屋発の人気アイドルグループ「SKE48」も招かれている。だが反日の動きなど混乱が予想されれば、安全性が確保できないとして南京市側から会場の提供を断られる可能性がある。
 日中国交正常化40周年を迎えた今年、16日には北京市で「2012日中国民交流友好年」の開幕式が行われたばかり。開幕に合わせて東日本大震災からの復興をアピールする「元気な日本」展示会が同市で19日まで開かれたほか、上海市でも24日、同様の催しが開幕する予定となっている。
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