ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

今年の10大ニュース

2013-12-31 08:52:48 | 時事
 今年は、わが国の再建に向けて、大きな前進のあった年だった。一昨年12月の衆院総選挙の結果成立した安倍晋三内閣は、アベノミクスによるデフレ脱却への始動、参議院選勝利による国会のねじれ解消、2020年東京オリンピックの招致成功、NSCの創設と特定秘密保護法の成立等を実現した。そのうえ、年末には、安倍首相の靖国神社参拝と沖縄県の仲井真知事の辺野古埋め立て承認を成し遂げた。「危機突破内閣」による、実に目覚ましい1年だった。
 その一方、中国による度重なる領海侵入・防空識別圏の設置、米国における韓国系市民による慰安婦像の建立等により、わが国に対する圧力が高まり、首相の靖国参拝をきっかけに一段と中韓の反発が強まっている。周辺諸国の妨害をはねのけて日本再建の勢いを維持・拡大していくには、国民の団結が必要である。
 米国は年明け早々、再びデフォルトの危機に直面する。欧州経済は出口の見えない混迷の中にある。中国では、不動産バブルが破裂寸前となり、外国資本が撤退し、中国人富裕層が資金を海外に移している。韓国は、大企業が次々に破綻し、また赤字国債の比率が全体の50%を超え、デフォルトに陥りかねない状況になっている。北朝鮮では、張成沢の処刑と親中派の粛清が行われ、東アジアには動乱の兆しがある。こうした中でわが国が平和と繁栄を持続するには、日本人が個々人の私益の追求に偏らず、国民全体の国益の追求に意志を結集しなければならない。
 日本人が日本精神を取り戻し、一致協力することが、国民一人一人の幸福と発展につながる。また、日本を再建することが、世界の平和と発展への貢献となる。日本を愛する人々は、心をつなぎ合って、日本を明るく元気にしていこう。
 皆様、よいお年をお迎えください。

 以下は、時事通信社による今年の10大ニュース国内編及び海外編。

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●時事通信社

http://www.jiji.com/jc/v?p=10bignews-2013domestic01
20131230

<2013年10大ニュース国内編>

第1位 アベノミクス始動、異次元緩和で円安・株高

 安倍政権の経済政策「アベノミクス」が始動。①金融緩和②財政出動③成長戦略―の「三本の矢」を好感した市場では年初から円安・株高が進み、景気回復ムードが高まった。特に黒田東彦総裁を迎えた日銀は4月4日、消費者物価上昇率を2年で2%に引き上げる目標を掲げ、大量の国債買い入れで資金供給量を倍増させる「異次元の金融緩和」を決定。政権交代前に比べ、円相場は1ドル=103円台と20円超も下落し、日経平均株価は一時、約2倍の1万6000円近くまで上昇した。ただ、第3の矢である成長戦略の実行は遅れ気味。デフレ脱却は道半ばで、カギを握る賃金増にも不透明感が残っている。

第2位 特定秘密保護法が成立

 日本列島は台風や大雨の影響で、各地で土砂崩れや増水などの被害が相次いだ。東京・伊豆大島(大島町)で10月16日に起きた台風26号に伴う大規模な土石流災害では、35人が死亡し、4人が行方不明になった。大島町はこの際、住民に避難勧告を出しておらず、対応に批判が集中した。9月16日に上陸した大型の台風18号は西日本から東北にかけて広い範囲で被害をもたらし、6人が死亡、1人が行方不明に。上陸を控え、気象庁は8月30日から運用を開始した特別警報を京都、滋賀、福井の3府県に初めて出した。この他、夏以降の豪雨による土砂災害などで山口、島根、秋田、岩手各県で死者が出た。

第3位 2020年夏季五輪・パラリンピック、東京開催決定

 9月7日にブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京がマドリード、イスタンブールを破り、2020年夏季五輪・パラリンピックの招致に成功した。東京は16年大会に続く2度目の挑戦で、1964年以来56年ぶりの夏季五輪開催にこぎつけた。投票前には、東京電力福島第1原発の汚染水漏れ問題が取り沙汰され、苦戦が予想された。安倍晋三首相は「状況はコントロールされ、東京にダメージはない」と訴え、不安一掃を図った。その真偽には国内から異論も出たが、東京都とスポーツ界だけでなく、政財界を含めたオールジャパン体制で開催を勝ち取った。

第4位 参院選で自民圧勝、「ねじれ」解消

 第23回参院選は7月21日に投開票され、自民党が現行制度下で最多の65議席を得て圧勝した。自民、公明両党は非改選議席を含めて「安定多数」を上回り、衆参両院の多数派が異なる「ねじれ」は解消した。安倍晋三首相は政権基盤を強化し、経済政策「アベノミクス」とともに、特定秘密保護法の制定など保守色が強い政策を推し進めた。自民党は改選数1の「1人区」で岩手と沖縄を除く29選挙区で勝利。民主党は1人区で全敗し比例代表も7議席しか確保できず、結党以来最低の17議席にとどまった。2012年衆院選で躍進した日本維新の会も伸び悩んだ。一方、共産党は選挙区で12年ぶりに議席を得るなど躍進した。

第5位 「徳洲会5000万円」で猪瀬都知事辞職

 東京都の猪瀬直樹知事が、2012年の知事選前に医療法人「徳洲会」グループから現金5000万円を受け取っていたことが11月に発覚した。二転三転する答弁に反発を強めた都議会各会派はより強い権限を持つ百条委員会の設置方針を決定。追い込まれる形となった猪瀬氏は12月19日、「都政を停滞させるわけにはいかない」として、辞職を表明した。作家出身の猪瀬氏は、道路公団民営化推進委員会委員などを務め、知名度を上げた。石原慎太郎都知事(当時)の要請で07年副知事に就任。12年12月の知事選で過去最多得票で初当選し、20年東京五輪招致を実現したが、現金受領問題により、わずか1年での退場を余儀なくされた。

第6位 消費増税、14年4月実施を決定

 政府は10月1日の閣議で、現行5%の消費税率を2014年4月から予定通り8%に引き上げることを決めた。社会保障制度を持続可能なものにするとともに財政健全化を図るためで、税率引き上げは1997年4月以来17年ぶりとなる。消費税増税は民主党政権下で制定された関連法に明記されていたが、実施判断は「景気条項」で条件が付けられていたため、延期を求める声も噴出。最終的には、直前に発表された国内総生産(GDP)や日銀短観などの経済指標を見極めた上で、安倍晋三首相が実施を決断した。12月には、増税による景気落ち込みの緩和を狙う5.5兆円の経済対策がまとまった。

第7位 福島第1原発、汚染水深刻に

 東京電力福島第1原発では放射能汚染水の貯蔵タンクで水漏れが相次ぎ、海への流出も判明した。汚染水問題が深刻化する中、東京五輪招致で安倍晋三首相は「状況はコントロールされている」と明言。政府が対策の前面に立つことになった。原子炉で溶けた核燃料を冷やした水は、汚染水となって増え続けている。貯蔵用の地下貯水槽では4月、遮水シートから汚染水が漏出。継ぎ目をボルトで締めた簡易型タンクからも漏れ、原子炉建屋に近い海側の井戸では地下水から高濃度の放射性物質が検出された。一方、4号機使用済み燃料プールでは11月、核燃料の取り出しが始まった。廃炉に向け前進したが、溶融燃料の取り出し方法など課題は山積みだ。【時

第8位 伊豆大島の土石流など自然災害で被害相次ぐ

 日本列島は台風や大雨の影響で、各地で土砂崩れや増水などの被害が相次いだ。東京・伊豆大島(大島町)で10月16日に起きた台風26号に伴う大規模な土石流災害では、35人が死亡し、4人が行方不明になった。大島町はこの際、住民に避難勧告を出しておらず、対応に批判が集中した。9月16日に上陸した大型の台風18号は西日本から東北にかけて広い範囲で被害をもたらし、6人が死亡、1人が行方不明に。上陸を控え、気象庁は8月30日から運用を開始した特別警報を京都、滋賀、福井の3府県に初めて出した。この他、夏以降の豪雨による土砂災害などで山口、島根、秋田、岩手各県で死者が出た。

第9位 日本、TPP交渉に参加

 高水準の貿易・投資自由化に向け、3年以上前から21分野で進められてきた環太平洋連携協定(TPP)交渉に7月、日本が12番目の国として合流した。参加が大幅に遅れたのは、関税撤廃の例外を事前に認めない原則や米国主導のルール作りを警戒する農業、医療関係者らが反対論を展開してきたためだ。安倍政権はTPPを成長戦略の一つに位置付けているが、国会決議でコメや砂糖など重要農産物5項目の関税維持を求められたこともあって、各国との交渉は難航。知的財産など他の重要分野では米国と新興国の対立が根深く、シンガポールで12月に開かれた閣僚会合は目標の年内妥結を断念した。

第10位 緊張続く日中、日韓関係、首脳会談できず

 日中、日韓関係は2013年も改善せず、緊張が続いた。日本は国際会議を利用して両国との首脳会談を探ったものの、それぞれ立ち話程度で終わり、改善の兆しはなお見えない。日中関係では沖縄県・尖閣諸島の問題が深い影を落とした。1月には中国海軍のフリゲート艦が東シナ海で海上自衛隊の護衛艦に射撃管制用レーダーを照射。中国公船の領海侵犯も常態化した。11月になり中国は東シナ海に防空識別圏を設定、対立の度を強めた。日韓関係では、3月に安倍晋三首相と朴槿恵大統領との電話会談が行われた。しかし、その後は島根県・竹島問題や旧日本軍の従軍慰安婦問題が尾を引き、停滞した。

<2013年10大ニュース海外編>

第1位 スノーデン容疑者、米情報収集活動を暴露

 米情報機関、国家安全保障局(NSA)が秘密裏に個人の通信情報を収集していたことを、元米中央情報局(CIA)職員エドワード・スノーデン容疑者が暴露した。情報提供を受けた英紙ガーディアンなどが6月に報道。米政府はテロ阻止のためだと正当化したが、批判が噴出した。米当局に国防関連情報漏えいなどの罪で訴追された同容疑者は、香港からモスクワへ渡り、中南米への亡命を目指したが、8月にロシアに一時亡命した。ドイツ政府は10月23日、NSAがメルケル首相の電話を盗聴していた疑いがあると発表。盗聴された世界の指導者は35人に上るとも報じられた。ケリー米国務長官は「不適切な行き過ぎがあった」と非を認めた。

第2位 中国が尖閣上空に「防空識別圏」

 中国政府が11月23日、沖縄県・尖閣諸島を含む東シナ海に「防空識別圏」を設定し、圏内で国防省の指令に従わない航空機には「武力で防御的な緊急措置」を取ると警告した。日本政府は「わが国固有の領土を含み、全く受け入れられない」と抗議。ケリー米国務長官も「東シナ海の現状を変えようとする一方的な行動だ」と非難した。中国の狙いは、強硬措置で緊張をあおり、尖閣問題で日本に交渉を迫ることにあるとみられ、既に中国空軍が圏内に入った日米の戦闘機に主力戦闘機が緊急発進(スクランブル)をかけたとされる。一方、韓国も12月15日から防空識別圏を拡大した。その範囲は日中両国と一部重なることになった。

第3位 北朝鮮で張成沢氏粛清、金正恩氏の独裁強化

 北朝鮮は12月12日、金正恩第1書記の「後見人」と呼ばれた実力者の張成沢前国防委員会副委員長がクーデターを企てたとして「国家転覆陰謀行為」により特別軍事裁判で死刑判決を下し、即日執行した。張氏は金第1書記の義理の叔父。北朝鮮で指導者の親類が処刑されるのは異例だ。金第1書記は今後も張氏一派の粛清を続け、独裁体制の強化を図るとみられる。金正恩政権は2月12日に3回目の地下核実験を強行するなど、強硬姿勢で国際社会を挑発してきた。経済重視の「改革派」とされた張氏の粛清によって軍の影響力が強まり、核・ミサイル開発が加速する一方、北朝鮮と友好国・中国の経済関係が停滞するとの見方も出ている。

第4位 アルジェリアで人質事件、邦人10人犠牲に

 アルジェリア南東部イナメナスの天然ガス関連施設を1月16日、イスラム武装勢力が襲撃、日本人を含む多数が人質にされた。アルジェリア軍が17日、施設内に突入、武装ヘリコプターも投入して犯行グループの32人を殺害したが、人質も巻き添えになり、外国人39人が死亡した。日本人の犠牲者はプラント建設大手「日揮」の10人で、国籍別では最も多かった。事件は北アフリカの国際テロ組織、イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)から離脱したベルモフタール司令官率いる過激派「覆面旅団」が実行した。背景にはアルジェリア政府と過激派の長年の対立に加え、この地域で誘拐がテロ組織のビジネスになっている問題もある。

第5位 フィリピン台風、死者・不明7千人

 11月8日、フィリピン中部を超大型の台風30号が直撃し、レイテ、サマール両島を中心に甚大な被害をもたらした。死者と行方不明者は合わせて7500人を超え、被災者総数は1220万人を上回った。両島には日本人133人が居住しているが、外務省は全員の無事を確認した。日本はフィリピンの被災地に自衛隊員約1180人を投入し、物資輸送や医療・防疫など国際緊急援助としては過去最大規模の活動を展開した。米軍も空母「ジョージ・ワシントン」を派遣するなど、多くの国や団体が支援に当たった。しかし、被害の傷痕は深く、フィリピン国家災害対策本部によれば、被災地の完全な復興には3~5年かかる可能性がある。

第6位 エジプト政変、モルシ政権が崩壊

 民主化運動「アラブの春」を受けて誕生したエジプトのモルシ政権が7月3日、軍による事実上のクーデターで崩壊した。政権を支えるイスラム組織ムスリム同胞団への利益誘導や、経済政策の失敗に対する国民の反発を機に、軍は1年前に選挙で選ばれていたモルシ大統領を強制的に排除。エジプト民主化の動きは振り出しに戻った。軍は同胞団への弾圧を強め、治安部隊と同胞団支持者の衝突が各地で続いた。クーデター後の死者は1300人以上に上った。米政府は10月、エジプト軍事支援の一部凍結を発表。軍を後ろ盾とする暫定政権は、2014年半ばまでに議会選と大統領選を実施し、政権移行を実現する方針だ。

第7位 イラン核合意、米との対立に転機も

 イランの核兵器開発疑惑をめぐり国連安保理常任理事国の米英仏中ロにドイツを加えた6カ国とイランは11月24日、ジュネーブでの協議で問題の外交解決に向け「第1段階」の措置で合意した。6カ月間でイランが核開発を縮小し、欧米は経済制裁を一部緩和する。順調にいけば、1979年のイラン革命以降の米・イランの対立にも転機が訪れる可能性がある。核兵器開発疑惑は2002年に発覚、緊張が続いていた。合意によりイランは5%超のウラン濃縮活動を停止、濃縮度20%程度のウランを5%以下にし、国際原子力機関(IAEA)の厳格な査察を認める。イランと敵対するイスラエルは、イランの核兵器保有につながると批判した。

第8位 シリアで化学兵器使用、米は介入断念

 内戦が続くシリアの首都ダマスカス郊外で8月21日、化学兵器を使ったとみられる攻撃があり、毒ガスによる症状で1000人以上が死亡した。国連は9月16日、化学兵器使用を断定する調査団の報告書を公表。国連の委員会は11月、猛毒サリンを積んだ地対地ロケット弾が「政府の支配地域から反体制派地域に撃ち込まれた明確な証拠がある」と指摘した。オバマ米大統領は8月31日、シリアのアサド政権に責任を取らせるため軍事介入を決断したと発表、議会に承認を求めたが、反対論が強く断念。9月14日、ロシアとシリア化学兵器の国際管理・廃棄の枠組みで合意した。2014年6月末を目標に、化学兵器の廃棄作業が続いている。

第9位 中国・天安門前に車突入、不穏な事件続発

 中国で共産党一党独裁への不満が背景とみられる不穏な事件が相次いだ。10月28日、北京の天安門前に車両が突入・炎上し、少数民族ウイグル族とみられる車内の3人を含む5人が死亡。11月6日には山西省太原市の省共産党委員会の建物前で連続爆発が起き、1人が死亡した。当局は天安門前の事件をウイグル独立派のテロと断定したが、弾圧への個人的恨みによる犯行との見方もある。中国では経済成長に伴う格差拡大、役人の腐敗汚職や、民族差別への不満が拡大。11月9~12日の共産党第18期中央委員会第3回総会(3中総会)は治安強化に向けて「国家安全委員会」の新設を決めたが、政治改革が遅れれば習近平体制の安定を脅かしかねない。

第10位 中国で「PM2.5」の汚染深刻化

 中国の大気汚染が深刻化し、白いスモッグの中をマスク姿の市民が歩く光景が各地で頻繁に見られるようになった。原因は車の排ガスや石炭燃焼から発生する微小粒子状物質「PM2.5」。暖房に石炭を多用する冬場は特に汚染が広がり、中国の大気汚染指数(6段階)で最悪の「深刻な汚染」が連日のように記録された。呼吸器系疾患の患者が急増、航空便の欠航や小中学校の休校など市民生活にも影響を与えた。PM2.5は日韓両国などにも一部が飛来。中国を訪れる日本人観光客が減少する一因にもなっている。中国政府は自動車の規制や石炭の使用制限といった対策を打ち出しているが、抜本的な解決の見通しは立っていない。
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「安重根は犯罪者であり、英雄ではない」をアップ

2013-12-30 10:37:05 | 歴史
12月18~27日にブログとMIXIに連載した「安重根は犯罪者であり、英雄ではない」を編集して、マイサイトに掲載しました。まとめてお読みになりたい方は、下記へどうぞ。

■安重根は犯罪者であり、「英雄」ではない
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12r.htm

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人権76~西欧における暴政・圧政

2013-12-29 08:35:39 | 人権
●西欧における暴政・圧政の宗教的な理由

 主権とは統治権であり、統治権とは統治する権利である。権利には協同的権利と闘争的権利があり、権力にも協同的権力と闘争的権力がある。家族的権力が発達した氏族的・部族的権力は本来、協調的だった。それゆえ、統治権にも協同性と闘争性がある。だが、近代西欧に発達した国家主権は、闘争的権利であり、闘争的権力である点に特徴がある。
 西欧では、16~18世紀の絶対王政期に、諸国の国王が主権を保有して無制約の権力を振るい、専制を行った。宗教宗派を弾圧したり、信教を押し付けたり、重税を課したりした。諸国の国王は、王権神授説を援用して王権を強化した。国王は神の代理人にして王権は神授のものとする説の根拠は、ユダヤ=キリスト教の教義である。国王の専制は、ユダヤ=キリスト教の神を模倣するものである。私はそこに地上における神の代理人を自認する諸国の国王が暴政・圧政を行うことになった宗教的な理由があると考える。
 ところで、西欧の近代化は、魔女狩りと有色人種の奴隷化の上に進展した。これらを正当化したのは、キリスト教である。魔女狩りは非キリスト教的なものを排除する社会現象だった。魔女狩りは、ルネッサンス期に嵐のように吹き荒れたが、その最盛期は、宗教改革時代と共に訪れ、1600年を中心とした1世紀がピークだった。魔女狩りはカトリック信者だけでなく、プロテスタントも行った。ドイツのプロテスタントも、アメリカのピューリタンも、魔女狩りに熱狂した。これは、プロテスタンティズムの倫理の暗黒面であり、ユダヤ=キリスト教自体の持つ暗黒面でもある。
 中世の西欧は、農奴制で奴隷は無かった。ところが非西欧を征服・支配した西欧白人種は有色人種を奴隷化・家畜化した。新大陸と呼ばれる北米、南米、そしてアフリカでは、非キリスト教徒である有色人種は、人間とみなされなかった。植民帝国の国王は、その大陸間帝国の頂点にあって、有色人種の奴隷を持つ専制君主だった。カトリック教会は、非キリスト教徒である有色人種を奴隷とすることを、教義的に正当化した。イエス=キリストの教えは、隣人愛を説く。使徒パウロは、神は愛であると説いた。しかし、キリスト教徒の愛は、異教徒には及ばされなかった。
むしろ、ユダヤ教の神の専制性と選民思想が、キリスト教の教義を突き破って、近代西欧に現れたというべきだろう。この構造は、主権の形式にも貫かれている。
 魔女狩りと有色人種の奴隷化を正当化するキリスト教のもとに、西欧の近代主権国家は出現した。主権国家の最初の形態が絶対王政国家である。絶対王政の君主は、しばしば暴政・圧政を行った。その理由の一つは、ユダヤ=キリスト教の神は、「戦う神」「裁く神」であり、「嫉む神」「復讐の神」であることにある。旧約聖書に書かれているヤーウェは、自らと契約する民をのみ守護する。その民に服従を求め、従わねば厳しく罰し、時に大量に滅ぼしさえする。王権神授説に依る西欧の絶対君主は、その地上における神の代理人である。「戦う神」「裁く神」「妬む神」「復讐の神」から無制約の権力を与えられていると考える国王は、権力を恣にすることになるだろう。
 近代西欧において、権利と権力の根源はユダヤ=キリスト教の神に求めた。主権の思想は、ユダヤ=キリスト教が基盤にある。主権の闘争性は、神(ヤーウェ)に発する。西欧諸国における国王は、この神の地上における代理人として、専制を行い、しばしば暴政・圧政を行った。そして、暴政・圧政は、宗教的に正当化された。これへの激しい反発として、市民革命が起こった。専制的な王権の権力を、貴族・市民階級が闘争によって共有または奪取した。主権は君主の主権から君民共有の主権または国民所有の主権へと移行した。そして、人権は、この過程で、国王の主権に対抗するものとして唱えられ、主権に参画した国民の権利として、確保・拡大されてきた。中世以降の西洋の歴史については、次の章で改めて概観する。

 次回に続く。
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安倍首相が靖国神社に参拝

2013-12-27 13:37:23 | 靖国問題
 安倍晋三内閣総理大臣が、12月26日靖国神社に参拝した。立派である。これでこそ、日本国の総理大臣である。



 安倍首相は、本殿に参拝するとともに、鎮霊社にも参拝した。鎮霊社の重要性と発展可能性は、私が10年ほど前から説いてきたところである。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion08f.htm
 「ここに靖国神社に合祀されていない死者の霊と、国籍を問わず、万国の戦死者あるいは戦禍犠牲者の霊が祀られてはいる。また、毎朝奉仕がされ、毎年祭事も行われているという。鎮霊社は、昭和40年7月の創建であり、後から設けられた施設である。そうであれば、こうした施設をさらに充実させ、祭事を盛大にしていくことは可能だろう。それが、靖国神社が、真に日本人全体にとっての慰霊の場となり、世界各国の人々ともに世界平和を祈る場所ともなる道ではないだろうか。そして、いつの日か、わが国の総理大臣と、アメリカ大統領、中国首相、韓国大統領等がともに、万国の戦没者の鎮魂と、世界平和を祈る場所となることを願うものである。」

 安倍首相が靖国に祀られる英霊に対して感謝と尊崇の念を表しただけでなく、鎮霊社に注目し、本殿に祀られないが日本のために命をささげた人々に礼を尽くし、また万国の戦死者あるいは戦禍犠牲者の霊にも祈りをささげたことは、極めて意義深い。これによって日本国首相の靖国参拝が戦争賛美などではなく、恒久平和の願いの表れとして強く世界に向けて発信していける。
 以下は報道のクリップ

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●産経新聞 平成26年12月27日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131226/plc13122611340014-n1.htm
安倍首相が靖国神社に参拝 政権1年 就任後初 「恒久平和の誓い、お伝えした」
2013.12.26 11:33

 安倍晋三首相は政権発足から1年となる26日午前、東京・九段北の靖国神社に参拝した。首相による靖国参拝は平成18年8月15日の小泉純一郎首相以来、7年4カ月ぶり。首相は第1次政権時代の不参拝について、かねて「痛恨の極み」と表明しており、再登板後は国際情勢などを慎重に見極めながら参拝のタイミングを探っていた。首相は参拝後、記者団に「この1年の安倍政権の歩みをご報告し、二度と再び戦争の惨禍によって人々が苦しむことのない時代をつくるとの誓い、決意をお伝えするためにこの日を選んだ」と語った。
 同時に、靖国境内にある世界のすべての戦没者を慰霊する「鎮霊社」にも参拝した。その上で「恒久平和への誓い」と題した「首相の談話」を発表し、「中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは全くない。中国、韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたい」と訴えた。
 「痛恨の極みとまで言った以上、その発言は重い。戦略的にも考えている」
 首相は25日夜、周囲にこう語り、靖国参拝の可能性を示唆していた。10月半ばにも周囲に「年内に必ず参拝する」と漏らしていた。
 首相は昨年12月、いったんは就任翌日の27日に靖国に参拝することを計画したが、当時はまだ中国、韓国や同盟国の米国の反応や出方が見えにくかったこともあり見送った。
 だが、その後も中韓は、首相が「対話のドアは常に開かれている」と呼び掛けているにもかかわらず、首脳会談に応じようとしていない。韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は世界各国で対日批判を繰り返し、中国は尖閣諸島(沖縄県石垣市)を含む東シナ海上空に一方的に防空識別圏を設定するなど、一切歩み寄りを見せない。
 また、戦没者をどう慰霊・追悼するかはすぐれて内政問題であり、東アジア地域で波風が立つのを嫌う米国も表立った批判はしにくい。米国とは安全保障面や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)など経済面での関係を強化しており、反発は一定レベルにとどまると判断したとみられる。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131226/plc13122612220016-n1.htm
首相が靖国参拝、「御英霊に哀悼の誠」「恒久平和の誓い」 安倍首相談話
2013.12.26 12:19 [安倍首相]

 本日、靖国神社に参拝し、国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。また、戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも、参拝いたしました。
 御英霊に対して手を合わせながら、現在、日本が平和であることのありがたさを噛みしめました。
 今の日本の平和と繁栄は、今を生きる人だけで成り立っているわけではありません。愛する妻や子供たちの幸せを祈り、育ててくれた父や母を思いながら、戦場に倒れたたくさんの方々。その尊い犠牲の上に、私たちの平和と繁栄があります。
 今日は、そのことを改めて思いを致し、心からの敬意と感謝の念を持って、参拝いたしました。
 日本は、二度と戦争を起こしてはならない。私は、過去への痛切な反省の上に立って、そう考えています。戦争犠牲者の方々の御霊を前に、今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を、新たにしてまいりました。
 同時に、二度と戦争の惨禍に苦しむことが無い時代をつくらなければならない。アジアの友人、世界の友人と共に、世界全体の平和の実現を考える国でありたいと、誓ってまいりました。
 日本は、戦後68年間にわたり、自由で民主的な国をつくり、ひたすらに平和の道を邁進してきました。今後もこの姿勢を貫くことに一点の曇りもありません。世界の平和と安定、そして繁栄のために、国際協調の下、今後その責任を果たしてまいります。
 靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題、外交問題化している現実があります。
 靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが、私が安倍政権の発足した今日この日に参拝したのは、御英霊に、政権一年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです。
 中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません。靖国神社に参拝した歴代の首相がそうであった様に、人格を尊重し、自由と民主主義を守り、中国、韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたいと願っています。
 国民の皆さんの御理解を賜りますよう、お願い申し上げます。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131227/plc13122703100003-n1.htm
【主張】
首相靖国参拝 国民との約束果たした 平和の維持に必要な行為だ
2013.12.27 03:10 [主張]

 安倍晋三首相が靖国神社に参拝した。多くの国民がこの日を待ち望んでいた。首相が国民を代表し国のために戦死した人の霊に哀悼の意をささげることは、国家の指導者としての責務である。安倍氏がその責務を果たしたことは当然とはいえ、率直に評価したい。

≪慰霊は指導者の責務≫
 参拝後、首相は「政権が発足して1年の安倍政権の歩みを報告し、二度と戦争の惨禍によって人々が苦しむことのない時代をつくるとの誓い、決意をお伝えするためにこの日を選んだ」と述べた。時宜にかなった判断である。
 安倍氏は昨年の自民党総裁選や衆院選などで、第1次安倍政権で靖国神社に参拝できなかったことを「痛恨の極みだ」と繰り返し語っていた。遺族をはじめ国民との約束を果たしたといえる。
 靖国神社には、幕末以降の戦死者ら246万余柱の霊がまつられている。国や故郷、家族を守るために尊い命を犠牲にした人たちだ。首相がその靖国神社に参拝することは、国を守る観点からも必要不可欠な行為である。
 中国は軍事力を背景に、日本領土である尖閣諸島周辺での領海侵犯に加え、尖閣上空を含む空域に一方的な防空識別圏を設定した。北朝鮮の核、ミサイルの脅威も増している。
 今後、国土・国民の防衛や海外の国連平和維持活動(PKO)などを考えると、指導者の責務を果たす首相の参拝は自衛官にとっても強い心の支えになるはずだ。
 安倍首相が靖国神社の本殿以外に鎮霊社を参拝したことも意義深い行為だ。鎮霊社には、広島、長崎の原爆や東京大空襲などで死んだ軍人・軍属以外の一般国民の戦没者や、外国の戦没者らの霊もまつられている。
 これからの日本が一国だけの平和ではなく、世界の平和にも積極的に貢献していきたいという首相の思いがうかがえた。
 安倍首相の靖国参拝に対し、中国外務省は「強烈な抗議と厳しい非難」を表明した。韓国政府も「嘆かわしく怒りを禁じ得ない」との声明を発表した。
 いわれなき非難だ。中韓は内政干渉を慎み、首相の靖国参拝を外交カードに使うべきではない。
 在日米大使館も「近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」と、日本と中韓両国との関係を懸念した。
 繰り返すまでもないが、戦死者の霊が靖国神社や地方の護国神社にまつられ、その霊に祈りをささげるのは、日本の伝統文化であり、心のあり方である。
 安倍首相は過去に靖国参拝した吉田茂、大平正芳、中曽根康弘、小泉純一郎ら各首相の名前を挙げ、「すべての靖国に参拝した首相は中国、韓国との友好関係を築いていきたいと願っていた。そのことも含めて説明する機会があればありがたい」と話した。
 両国は、これを機に首脳同士の対話へ窓を開くべきだ。
 以前は、靖国神社の春秋の例大祭や8月15日の終戦の日に、首相が閣僚を率いて靖国参拝することは普通の光景だった。

≪日本文化に干渉するな≫
 中国が干渉するようになったのは、中曽根首相が公式参拝した昭和60年8月15日以降だ。中曽根氏は翌年から参拝をとりやめ、その後の多くの首相が中韓への過度の配慮から靖国参拝を見送る中、小泉首相は平成13年から18年まで、年1回の靖国参拝を続けた。
 安倍首相は来年以降も参拝を続け、「普通の光景」を、一日も早く取り戻してほしい。
 また、安全保障や教育再生、歴史認識などの問題でも、自信をもって着実に安倍カラーを打ち出していくことを求めたい。
 第2次安倍政権は発足後1年間で、国家安全保障会議(日本版NSC)創設関連法や特定秘密保護法など、国の安全保障のための重要な法律を成立させた。
 しかし、集団的自衛権の行使容認などの懸案は先送りされた。憲法改正の発議要件を緩和する96条改正についても、反対論により「慎重にやっていかないといけない」と後退してしまった。
 これらは首相が掲げる「戦後レジーム」見直しの核心であり、日本が「自立した強い国家」となるための基本である。首相自身が正面から、懸案解決の重要性を国民に説明し、決断することが宿題を片付けることにつながる。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131227/plc13122712090011-n1.htm
 (略)外務省筋はこう明かす。首相就任から1年間にわたり、中韓両国に「対話のドアは常に開かれている」と会談を呼び掛けているにもかかわらず、両国は一切歩み寄りをみせず、対日批判ばかり繰り返してきた。日中、日韓関係は今よりそう悪くはなりようがない。
 また、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で進展があり、「日米関係が底割れする懸念はなくなった」(同省幹部)。そうした情勢から、首相は関係各国との多少の緊張の高まりにも耐えられると判断し、国のリーダーとしての筋を通して参拝した。
 (略)もともと外務省内では、靖国参拝は対中韓問題というよりも対米問題だとの共通認識がある。幹部の一人はあけすけに言う。
 「安倍政権は(順当ならば)まだ3年近くは続く。中韓と直ちに関係改善しなければならない事情はない。対話は当面遠のくが、だからといって日本側に不利益となることもない」
 いずれにしても、首相は利点も不利益も織り込み済みで参拝したのは間違いない。一つの宿題を果たしたが、今まで以上に外交手腕が問われることにもなった

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131227/plc13122703090002-n1.htm
【正論】
首相は今後も堂々と参拝重ねよ 国学院大学名誉教授・大原康男
2013.12.27 03:09

≪政権発足後1年の“壮挙”≫
 正月まで1週間足らずというところで、驚きのニュースが飛び込んできた。安倍晋三首相が靖国神社に参拝したのである。平成18年8月に小泉純一郎首相が参拝して以来、実に7年ぶりであり、第2次安倍政権の発足からちょうど1年という節目である。
 つらつら思い起こせば、平成8年7月の橋本龍太郎首相の例外的参拝を除いて18年間も途絶えていた首相の靖国神社参拝の再開を、小泉首相は目指し、その意を体して再開への道筋を苦労して整えたのが当時、官房副長官の安倍氏だった。そして、小泉氏の後継者となりながら、参拝を中断してしまったことを「痛恨の極み」と嘆いた安倍首相である。第1次政権からの懸案をようやく果たしたことで安倍氏が味わっている安堵(あんど)感もひとしおではないか。
 安倍首相は、今年の春季例大祭には靖国神社に真榊(まさかき)を奉納し、終戦の日の8月15日には、萩生田光一・自民党総裁特別補佐を名代として参拝させて玉串料を奉納するなど着々と参拝への布石を打ってきたにもかかわらず、多くの期待が寄せられた秋季例大祭では、参拝を見送って再び真榊を奉納するにとどまっている。それだけに、年末ぎりぎりになっての参拝には確かに多少の違和感を覚える向きもあるかもしれない。
 しかし、真榊や玉串料の奉納程度のことに対しても、中韓両国からはお定まりの批判が寄せられてきた。しかも、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)加盟交渉や特定秘密保護法の制定といった難題を背負ったりこなしたりして、あれほど高かった内閣支持率が低下しつつある中での参拝である。秋の例大祭直前の本欄(10月11日付)でも、首相の参拝を求める一文を草していた筆者としては、遅ればせながらとはいえ、今回の参拝を“壮挙”として評価することにやぶさかではない。
 ところで、第2次安倍政権を、発足以来一貫して「極右政権」と罵倒してきた近隣2カ国のうち、韓国では朴槿恵大統領の非礼・不見識な反日言動にようやく批判的な声が出始めているという。そうした空気の変化を反映してか、有力紙の1つ、朝鮮日報の日本語版(12月8日付)には次のような注目すべき一節がある。

≪中韓はアジアの「仲間外れ」≫
 〈韓国・中国と同じく第二次大戦で日本の侵略を受け、かつ現在進行形の「従軍慰安婦」問題を抱え「反・集団的自衛権戦線」に加わって当然のフィリピン、タイ、マレーシア、インドネシアなど東南アジア諸国が集団的自衛権を言い換えた「積極的平和主義」を支持しているのは、ショッキングだ。これらの国々すら日本の肩を持っていることから、集団的自衛権の問題で韓国と中国はアジアの「仲間外れ」になった〉
 中国はともかく、韓国が「第二次世界大戦で日本の侵略を受け」たというのは、お得意の歴史の歪曲(わいきょく)といわねばなるまいが、何よりも興味深いのは、戦後に靖国神社に参拝した外国人の中に、フィリピンをはじめ4カ国の人々がそろって入っていることである。
 このほかにも、インド、パキスタン、スリランカ、ミャンマー、さらにはイラン、トルコなど中東諸国からの参拝者もいる。靖国神社参拝の問題でも、「韓国と中国はアジアの『仲間外れ』になっ」ているのだ(ちなみに外国人による靖国神社参拝の歴史で記録上、最も古いのは、明治20年9月のタイ国王の弟、デヴァウォングセ外相の参拝であるという)。

≪「A級戦犯」合祀批判に反論≫
 周知のように、今日、首相や閣僚らによる靖国神社参拝の最大の障害になっているのは、憲法の政教分離問題(最高裁判決で決着ずみ)ではなく、いわゆる「A級戦犯」合祀(ごうし)問題である。これに対する中国の言い分については繰り返し反駁(はんばく)してきたので、これ以上は触れないが、韓国の主張に関しては少し補足しておく。
 韓国が「A級戦犯」合祀を材料に靖国参拝に反対しだしたのは、中国がこの問題を取り上げた昭和60年の中曽根康弘首相の参拝からかなり時間がたってのことだ。そのころだったと思うが、韓国のテレビ局から、この点でコメントを求められたときに、次のように答えたと記憶している。
 「先の大戦で韓国の人々は私たち日本人とともに、後に東京裁判を設ける連合国と戦ったのではないですか。戦時下の朝鮮総督であった小磯国昭元首相はともかく、『A級戦犯』合祀を一括(くく)りに批判するのは納得できませんが…」
 これには一言も返ってこなかった。ささやかな反論だが、政治家の方々は、靖国参拝についてその都度、それ以上にきちんと対応すべきであろう。かつて王毅駐日中国大使にこの点を糺(ただ)されて、安倍氏が、元「A級戦犯」の重光葵外相が復権し国連総会で演説した事実を紹介したところ、大使は絶句してしまったと聞く。
 「痛恨の極み」を晴らした首相に切に望む。どうか今回の参拝を貴重な出発点に今後も堂々と参拝を重ねられんことを。(おおはら やすお)
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安重根は犯罪者であり、「英雄」ではない9

2013-12-27 10:47:39 | 歴史
 最終回。

●真犯人は別にいる(続き)

 伊藤博文暗殺事件は、日露戦争終結の約4年後に起こった。わが国は、大国ロシアに勝利したものの、東アジアにおけるロシアの勢力を一掃しえたわけではなかった。大敗したロシアは依然として満州北部で権益を握っていた。事件が発生したハルピンは、ロシアの租借地であり、そこに伊藤は外交のために出かけて行ったのである。
 伊藤を迎えたハルピン駅のホームには、ロシアの儀仗兵が並んでいた。事件後、安重根を現行犯逮捕し、共犯の容疑者8人を拘束したのはロシア官憲だった。ロシア官憲は、うち5人は無関係として放免し、安とともに朝鮮人3名のみが拘留された。その取り調べを担当した検察官もロシア人だった。ロシア側が事件に関与したり、事件を利用したりすることは、容易な環境だった。
 安重根の背後に、ロシアが浮かび上がってくる。安が抗日活動を行っていたウラジオストクは、ロシアが1860年に清から獲得した沿海州の要所である。ロシア海軍の軍港となったこの街は満州人のほか、出稼ぎの朝鮮人が殺到していた。安はこの街の朝鮮人町で暮らしていた。朝鮮人は外国で必ず徒党を組む。彼らはここでも「韓民会」という組織を作り、安も加入していた。「韓民会」は、ロシア特務機関の強い影響下にあった。
 大野氏は、ミハイロフというロシア人に注目する。ミハイロフは自称・退役軍人で、現地で新聞を発行していた。ミハイロフは「韓民会」と密接な関係にあり、武器の横流しを行なっていた。安ら逮捕された朝鮮人は、シリアルアンバーの近いベルギー製のブローニング拳銃を持っていた。大野氏は、ミハイロフが暗殺計画をセットした人物と見る。さらに事件後に謀殺された楊成春という朝鮮人を、駅舎の2階から伊藤を狙撃し、致命傷を与えた真犯人として推理している。
伊藤暗殺事件の直後、韓国統監・曾禰荒助は、桂太郎首相への電文で、安重根ら25人の韓国人の名を伝えたが、彼らは、ロシア特務機関の影響下にある「韓民会」の連中だった。
 ロシア特務機関がなぜ伊藤を狙ったか。元九州大学大学院客員教授の若狭和朋氏は、大意次のように説いている。日露戦争の前、伊藤はロシアと協商を結ぼうとしていた。だが、その後、日英同盟が結ばれ、日露開戦が予想より早くなった。そのためロシアは敗北した。ロシア側は、伊藤が対露謀略の中心人物だと判断し、裏切り者として復讐したのだ、と。
 この説を受けて推察すると、ロシア側が伊藤を謀殺するには、ハルピンはまたとない場所だった。直接殺害すれば、日露間の大問題となるが、ロシア特務機関の下にある韓国人の組織を使えば、韓国人の犯行となる。ロシア側は、韓国人テロ集団の行動を指導または容認し、伊藤殺害の実行後は、ロシアの関与が知られないように、重要人物は逃亡させるなり、この世から消せばよい。伊藤暗殺は、韓国人による日本の韓国併合への反発という動機だけでなく、ロシアによる対日工作という背景があったと考えられるのである。
 ただし、ロシア側が伊藤暗殺を謀る動機は、裏切り者への復讐という単純なものではないだろう。政治的・戦略的な動機があるはずである。伊藤を暗殺すれば、日本の指導層で日韓併合の動きが止まるだろうとか、韓国人による伊藤の殺害で日韓に対立が生じてロシアが朝鮮半島に介入する機会が生まれるだろうとか、伊藤を除くことで韓国内の反日親露勢力を強化できるだろうとか、何かそれなりの目算に立った目的があったのではないか。
 事件当時、わが国の指導層は、伊藤暗殺へのロシアの関与をどの程度、考察し調査したのか。曾禰統監の報告を受けて「真の凶行担当者」を追及するには、ロシアに協力を求めねばならない。だが、もし安重根らの背後にロシアがおり、安らはロシアの関与のもとに伊藤を暗殺したという疑惑を追求すれば、日露関係は再び緊張を高める。わが国には、当時再度ロシアと矛を交えるだけの余力はなかった。そこで、安重根を犯人ということにし、外交的にも内政的にも幕引きを図ったのではないか。日本はここでロシアとも韓国とも武力で争うことなく、日韓の合意による韓国併合の道を進んだ。それは、韓国の指導層も民衆も望む道だった。ロシア側は、伊藤暗殺の狙いが外れたということではないか。
 伊藤博文暗殺事件の発生時 ロシア側は一部始終すべてを撮影していた。だが、フィルムは、事件の直前までしか公開されてない。フィルムはロシアにある。それが公開されれば 事件の真相を解くカギとなるだろう。
 安重根は、伊藤博文暗殺事件の実行犯の一人ではあるが、真犯人は別にいる。安が撃った弾は伊藤に当たっていない。その可能性があることを考えても、韓国政府が安重根を韓民族の英雄に祀り上げることは、思慮が浅く、また稚拙な演出によるものと言わざるを得ない。いずれ安重根という英雄像は崩落するだろう。(了)

参考資料
・名越二荒之助編著『日韓共鳴二千年史』(明成社)
・黄文雄著『韓国は日本人がつくった』(徳間書店)
・大野芳著『伊藤博文暗殺事件』(新潮社)
・若狭和朋著『続・日本人が知ってはならない歴史』(朱鳥社)
・若狭和朋著「安重根は犯人ではない」(『歴史通』2010年7月号)
・伊藤博文に関する外国人の評価をまとめているビデオ
http://www.youtube.com/watch?v=Wm6tWv8G8JQ
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安重根は犯罪者であり、「英雄」ではない8

2013-12-26 08:46:20 | 歴史
●伊藤・安の息子たちは和解している

 伊藤の死後、伊藤を弔うために、京城(現ソウル)に博文寺が建立された。安重根の息子・安俊生は、伊藤の死後30年となる年、1939年10月15日に博文寺を参拝し、博文に対して焼香した。翌10月16日には、朝鮮ホテルで伊藤博文の息子である伊藤文吉と面会した。
 10月16日付の京城日報は、「亡父の贖罪は報国の誠意で」という題名の下に、「伊藤公の霊前に頭を下げる」「 運命の息子俊生(重根の遺子)君」という副題で、俊生が前日博文寺を訪れて伊藤の霊前に焼香して、 準備した安重根の位牌を奉って追善法要を挙行した という行跡を伝えた。
 面会の席で安俊生は「死んだ父の罪を私が贖罪して全力で報国の最善をつくしたい」という意志を表明した。こうして、伊藤博文と安重根の息子たちは、和解した。


安俊生(前列左)と伊藤文吉(前列右)

 戦後、安俊生は韓国でひっそり暮らした。その息子つまり安重根の孫となる安雄浩は米国に移民し中国系女性と結婚した。さらにその息子つまり安重根のひ孫が今年(平成25年)、伊藤博文暗殺事件104周年記念で韓国を訪れた。ひ孫は50歳で、トニー・アン・ジュニアといい、韓国語もしゃべれない米国人となっていたという。これが韓国の「民族の英雄」の子孫の系譜である。

●真犯人は別にいる

 伊藤博文暗殺事件は、謎の多い事件である。安重根が暗殺の実行犯の一人だったことは間違いない。だが、実際に伊藤を射殺したのは、別の人間と考えられる。安重根が使ったのはブローニング拳銃だが、伊藤が被弾したのはフランス騎馬隊のカービン銃のものだったという証言がある。伊藤に命中した弾丸は、安重根の拳銃から発射されたものではないとすれば、安重根は暗殺の実行犯の一人ではあるが、真犯人は別におり、安が罪を負う形とした可能性がある。
 事件から11日後の1909年(明治42年)11月7日、韓国統監・曾禰荒助(そね・あらすけ)は桂太郎首相に、次のような機密電文を送った。
 「真の凶行担当者は、安重根の成功とともに逃亡したのではないか。今、ウラジオストク方面の消息に通ずる者の言うところに照し、凶行首謀者及び凶行の任に当たった疑のある者を挙げると、左の数人となるだろう」
曾禰は朝鮮人25人を挙げる。安重根の名前もその中にある。だが曾禰は「真の凶行担当者」は逃亡したのではないかとみている。ウラジオストクはロシア領である。安はその地で抗日闘争を行っていた。当然、帝政ロシアの官憲の容認なり保護なりがなければ、テロ活動はできない。伊藤が襲撃されたハルピンは、当時帝政ロシアの租借地だった。まずこのことが重要である。
 事件から30年ほどたってから、真犯人は別にいるという説が現れた。ノンフィクション作家・大野芳氏は、著書『伊藤博文暗殺事件~闇に葬られた真犯人』(新潮社)が、その説をもとに考察を行っている。
 外交官上がりの貴族院議員・室田義文は、伊藤暗殺事件の現場にいた。伊藤の随行員として伊藤から約3メートルという至近距離で事件を目撃した。自分も被弾した。その室田が言う。
 「伊藤公の傷あとを調べると、弾丸はいずれも右肩から左下へ向っている。もし、安重根が撃った弾ならば、下から上へ走ってゆかねばならない」「上から下に向っている弾道を見ると、これはどうしてもプラットホームの上の食堂あたりから撃ったものと想像される」と。
 安重根は、地上で伊藤に近づいて拳銃を撃った。室田は、銃声を聞いた直後、ロシア兵の股ぐらから銃を突き出している者を見た。狙撃者(スナイパー)は、しばしば全体が見渡せる高い位置に陣取って、身を隠す。当時、ハルピン駅の駅舎には2階があった。室田によると、その建物は部屋数が多く、いずれの部屋にも大形の窓があるので、兇徒が紛れ込んで潜伏するには都合がよい作りだった。伊藤射殺の真犯人は、そこから伊藤を狙撃し、テロの混乱に乗じて逃亡したのではないか。
室田は言う。「弾丸を調べてみるとすべて13連発の騎馬銃のものだった。蔵相ココツェフが後で、その前夜騎馬銃をもった韓国人を認めたと言っていることも思い合わせると、安重根のほか意外なところに別の犯人がいるのではないだろうか」と。
 室田は、事件直後の特別列車と移送先で、医師の処置に立ち会った。伊藤には3発の銃弾が命中した。1発は肉を削いで体外に出た。体内に残っていた2発の銃弾はフランス騎馬隊のカービン銃のものだった。安重根が用いたのは、ブローニング拳銃である。銃弾が異なる。これは決定的な証拠となりうる。室田は右肩を砕いて右乳下に止まった弾丸と右腕関節を貫通して臍下(へそした)に止まった弾丸を現認している。盲管銃創の2発は、遺体を傷つけないよう体内に残したという。だが、医師の診断書には銃弾の種類は記載されていない。検事の調書には室田が騎兵銃について述べた記録はなく、安重根を裁いた公判記録のどこにも騎兵銃の文字はない。遺体の処置に当たった医師の談話にも騎兵銃は出てこない。室田の思い込みか、創作か。
 事件において、伊藤が浴びた3発の他に、室田ら随行員5人が計10ヵ所を被弾していた。安重根が握っていたブローニング拳銃は装弾数が7発で、残弾が1発あった。6発しか撃っていないのに、13ヵ所の銃痕は説明がつかない。一人の衣服を貫通した弾が別の人間に当たった可能性を含めて考えても、被害が多すぎる。安重根以外に、凶弾を密かに放った者がいたに違いない。そして、室田が証言するように、伊藤に命中したのは、騎兵銃だったとすれば、別に狙撃者がいたのである。

 次回に続く。
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安重根は犯罪者であり、「英雄」ではない7

2013-12-25 08:44:50 | 歴史
●日韓併合条約は合法的である

 今日韓国では、日韓併合条約は合法的でなかったという主張がある。合法的でない理由として、皇帝の署名がなかったという指摘がある。だが、署名したのは全権大使の李完用首相であり、条約は合法的である。条約は事前に日韓両国の天皇と皇帝によって裁可されていたので、第8条に「本条約は日本国皇帝陛下及韓国皇帝陛下の裁可を経たるものにして、公布の日より之を施行す。」と明記されている。批准条項はなく、批准は行なわれなかった。
 また、平等な条約ではなかったという主張もある。だが、国力の違う国の間で結ばれる条約は多い。双方が合意したから条約が締結されるのである。合意できなければ、結ばなければよいのである。日本は幕末にアメリカに黒船で脅かされ、安政の条約を結んだ。治外法権を認め、関税自主権のない不平等条約だった。しかし、日本はその条約を誠実に守り、国家の建設を進めて、改正を実現した。
 日本と韓国は、1965年に日韓基本条約を結び、戦後処理や賠償金問題について、国家間の正式な約束を取り決めたが、当時の佐藤栄作内閣と韓国の朴正煕政権は、1910年の日韓併合条約を正式な条約と認め、これに代わるものとして日韓基本条約を締結した。日韓基本条約は、日韓併合条約を合法的なものと確認した上で、結ばれたのである。
 日韓基本条約には、過去のことはこれをもって一切解決した、という主旨が明文化されている。朴大統領は、日本に倍賞は求めない、ということで合意した。同条約に付随する「財産及び請求権に関する問題の解決ならびに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」は、両「国民の間の請求権に関する問題」が、「完全かつ最終的に解決された」とうたっている。この協定に付随する議事録には、韓国の「すべての請求が含まれており」、韓国が対日請求について「いかなる主張もなしえないことになることが確認された」と記されている。

●日本の朝鮮開発政策は高く評価されている

 日本の朝鮮開発政策は、戦前の朝鮮事情を知る外国人から高く評価されていた。
 当時上海で「ザ・ファー・イースタン・レビュー」を発行し、社主兼主筆として活躍したG・ブロンソン・レーは、1935年刊の『満州国出現の合理性』に、次のように書いている。
 「日本が1909年に朝鮮を併合して以来、善政が施かれ、法と秩序と平和が保たれ、通貨は安定し、比較的繁栄を見た。日本人の手によって鉄道が敷かれ、道路が作られ、学校や病院が建てられ、水道と下水道工事が行われた。また、日本人は治水事業を行い、広大な荒れ地を開拓し、種痘を実施した。もはや内乱もなければ、匪賊も姿を消し、飢饉もなければ、洪水もなく、疫病もなくなった。そして、何が起こったか。1909年には、9百万人だった朝鮮人は、21年後の1930年には2千万人に達したのである」
 アメリカの歴史学者、ヘレン・ミアーズは、1949年マッカーサーから占領下の日本では発禁とされた名著『アメリカの鏡・日本』に、次のように書いている。
 「1894年7月29日、韓国駐在のシル・アメリカ代表は次のように書いている。『日本は思いやりの態度で韓国に接していると思う。こんどこそ、韓国をシナ(清国)の束縛から解放しようとしているようだ。韓国国民に平和と繁栄と文明開化をもたらすことによって、力の弱い隣国を安定した独立国にしようと考えている。こうした日本の動機は韓国の知識層である官僚の多くが歓迎している』と」
 「今日、私達が日本の韓国『奴隷化』政策を非難するのは、要するに日本の植民地経営が著しく拙劣だったからである。しかし、一般に『進歩』の基準とされている病院、学校、官庁(とくに現地行政機関)に占める韓国人の割合、通信施設の整備、産業化、資源開発でみると、日本の経営は他の植民地主義国に比べて、劣っていなかったばかりか、むしろ勝っていたといえる。今日、日本の韓国経営を否定する人は、日本の主な目的が韓国国民の安寧福祉より自国の安全保障と経済的利益であったことを指摘する。しかし、そうした状況はヨーロッパの植民地では当たり前のことだった」。
 日本は事実、朝鮮で鉄道、道路、学校、病院を作り、水道工事、治水事業、荒れ地開拓等を行った。そのため、韓国の併合は日本にとって、実は経済的に大きな持ち出しとなっていた。併合前の韓国は、日本政府が援助しないとやっていけない赤貧の地だった。日本は日韓併合にいたるまで、崩壊寸前だった韓国財政に絶えず援助を続け、1億円までも送った。その後も毎年2千万円程度の補助金を出し続けて、韓国の経済、財政を支えた。それゆえ、日本が一方的に略奪したというのは、全く事実に反している。逆に、日本が韓国のインフラを整え、そのうえ、教育にも力を入れたことが、戦後の韓国の大発展の基礎になったのである。

 次回に続く。
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安重根は犯罪者であり、「英雄」ではない6

2013-12-24 08:44:46 | 歴史
●伊藤暗殺で日韓併合は促進された

 韓国人・安重根が日本の最高実力者、伊藤博文を殺した。事件の衝撃は大きかった。韓国の指導層は、武力による報復を恐れた。韓国は、シナやロシアなど周辺の大国に従属しようとする事大主義的な傾向が強い。この際、日本に合併した方がよいという運動が起こった。李完用首相や日韓同祖論を説く韓国人・日本人等が日韓併合論を作り上げ、日本の天皇と韓国の皇帝の両帝合意の形の併合案が浮上した。
 李氏朝鮮時代、全権大使としてアメリカに渡った李成玉は、朝鮮人は米国人に軽蔑されているインディアンやメキシコ、インドなどの民族より劣っていることを知り、衝撃を受けた。そして、「李完用侯の心事と日韓和合」に、次のように書いている。
 「現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面をもつことはできない。亡国は必死である。亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。日本は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして、日本人は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外に我が朝鮮民族が豚の境涯から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。日韓併合が問題になるのは、変な話だ。我輩の併合観は欧米人の朝鮮人観を基に考察したのだ」と。
 当時、韓国では一進会という政治団体が活動していた。指導者の李容九は、民衆宗教・東学の信徒で、一進会は東学組織を再建したものだった。李容九は日露戦争を「ロシアによって代表される西洋勢力が、全アジアを侵略する重大な戦争」とみなした。「ロシアの東漸を、韓日同盟をもって防ぎ、アジアの復興のなかに、韓国が発展する道がある」と信じ、日本への積極的協力を行った。そして、韓日合邦を求める百万人の署名運動を展開した。一進会は、上奏文と請願書を、李完用総理、皇帝純宗、曾禰荒助統監に提出した。李容九は今日の韓国では売国奴とされているが、当時の韓国にはその主張に賛同する者が多くいた。併合を求める世論があったのである。
 日本政府は、武力で併合を進めたのではない。極めて慎重な姿勢を取り、列国の意見を十分聴取した。アメリカ、イギリスは東アジアの安定のために日韓併合は必要と賛成した。米英のジャーナリズムも大部分が支持を表した。シナ(清)、ロシア、フランス、ドイツ、イタリア等の意見も聴き、一国も反対が無いことを確認したうえで、併合に踏み切った。併合は、武力による侵略ではなく、両国の政府の合意により、諸外国の賛同を得て、合法的な条約の締結をもって成立した。比較されるべきものは、イギリスにおけるイングランドとスコットランドの合併である。
 併合によって韓国は、朝鮮となった。1910年、韓国併合と同時に発せられた明治天皇の詔書は、李王家の王族を日本の皇族と同等に処遇するとした。戦前日本皇室と韓国王室は友好的な関係を結んでいた。純宗の息子・李垠には、梨本宮方子女王殿下が嫁いだ。方子妃は、日本と朝鮮が一体となる日鮮融和の象徴と敬われた。方子妃は、日韓の懸け橋に努めた。平成元年(1989)に逝去した際、葬儀は韓国皇太子妃の準国葬として執り行われ、わが国から三笠宮崇仁親王殿下夫妻が参列した。今になって、歴史を何もかも否定しようとするのは、無理がある。

 次回に続く。

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安重根は犯罪者であり、「英雄」ではない5

2013-12-23 08:40:46 | 歴史
●伊藤をたたえる韓国人・外国人の言葉

 安重根は、伊藤博文を韓国支配の元凶と思い込んで、殺害に及んだ。だが、伊藤は、今日も多くの人から誤解されているのとは正反対に、朝鮮半島の発展に最大の貢献をした政治家である。それを証すのは、伊藤が同時代の韓国人や欧米人から高く評価されていることである。

 大韓帝国の外交顧問ド-ハム・スチーブンス:1908年3月帰米した時、サンフランシスコでの記者会見で~「韓国の王室と政府は、腐敗堕落しきっており、頑固党は人民の財産を略奪している。そして人民は愚味すぎる。これでは独立の資格はなく、進んだ文明と経済力を持つ日本に統治させなければ、ロシアの植民地にされたであろう。伊藤統監の施策は、朝鮮人民にとって有益で、人民は反対していない」。
 (スチーブンスは、この発言に激高した韓国人に射殺された)

 大韓帝国太皇帝(高宗):伊藤の死を惜しんで~「伊藤を失ったことで、東洋の人傑がいなくなった。公はわが国に忠実正義をもって臨み、骨を長白山(ほそかわ註 白頭山)に埋めて、韓国の文明発達に尽くすと揚言していた。日本に政治家多しといえども、伊藤のように世界の大勢を見て、東洋の平和を念じた者はいない。実に伊藤はわが国の慈父である。その慈父に危害を加える者があるとすれば、物事の理事を解さないこと甚だしく、おそらく海外流浪人であろう」
 同上:明治天皇が、伊藤の後任として韓国皇太子の輔育役に、岩倉具視侯爵を命ずる勅語を発した報に接して~「伊藤を失ったことは、わが国といわず、日本のみならず、東洋の不幸である。その凶漢が韓国人とあっては、赤面のほかない。日本天皇は唯一の重臣にして大師の伊藤をなくされた。それなのに伊藤を害した凶徒を出した国の皇太子を、あくまでも輔育する誠意をみせた。山よりも高く海より深い恩義ある日本皇室にどう感謝の意を表すべきだろうか」
(ハーグ密使事件で伊藤に廃立された高宗は、太皇帝となった。その太皇帝が伊藤を評価し、皇室に感謝している)

 エルヴィン・フォン・ベルツ博士:ドイツの新聞への「伊藤公の追懐」より~「韓国人が公を暗殺したことは、特に悲しむべきことである。何故かといえば、公は韓国人の最も良き友であった。日露戦争後、日本が強硬の態度を以って韓国に臨むや、意外の反抗に逢った。陰謀や日本居留民の殺傷が相次いで 起こった。その時、武断派及び言論機関は、高圧手段に訴うべしと絶叫したが 公ひとり穏和方針を固持して動かなかった。当時、韓国の政治は徹頭徹尾、腐敗していた。公は時宜に適し、かつ正しい改革によって、韓国人をして日本統治下に在ることが却って幸福であることを悟らせようとし、60歳を超えた 高齢で統監という多難の職を引き受けたのである」
(明治時代に来日し東京医学校、現在の東京大学医学部で教えた。同時代の日本を伝える証言者。「ベルツの日記」で知られる)

 東清鉄道長官・ホルワット少将:ロシアの新聞 「ハルピン・ウェストニツク紙」より~「思えば思うほど情けない限りである。最後の大戦争(日露戦争)以前に伊藤公爵が言われたことを、もし、ロシアが聞いていたら、あの悲惨な戦争 も、ロシアの敗戦という不名誉もなかったのである。伊藤公爵のハルピン来訪目的は、わが大蔵大臣との外交上の空しい儀礼的なものでなかったことは、 誰もが知っていた。伊藤公は『ロシアは満州から去れ』などという、一点張りの主張をする人ではない。尊敬すべき老大偉人の逝去は、日本の損失であるばかりで なく、わがロシアの損失であり、韓国が大損失をこうむることは必至である」

 フランシス・ブリンクリー:英字新聞「ジャパン・ウィークリー・メイル」の「伊藤公の性格」より~「公を泰西の政治家と比較するに、公はビスマークの如く武断的でなく、平和的であったことはむしろグラッドストーンに類するところである。 財政の知識が豊富であったことはビールにも比すべく、策略を行うに機敏かつ大胆であったことは、ビーコンスフィールドに似ている。公はすべての 大政治家の特徴を抜萃して一身に集めた観がある。殊に公は驚くべき先見の 明を有し・・・要するに四十余年の永きにわたって終始一貫、国家の指導者たる 地位を占めたのは、実に千古の偉観というべきである」
(明治時代に来日し、熱心な日本研究家として、日本の姿を海外に紹介し続けた英国人ジャーナリスト)

 次回に続く。
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天皇陛下の傘寿をお祝い申し上げます。

2013-12-23 08:27:22 | 皇室
 天皇陛下が満80歳になられ、傘寿を迎えられました。
 心から御奉祝申し上げますとともに、御宝寿の万々歳を祈念いたします。



関連掲示
・マイサイトの「君と民」のページ
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/j-mind10.htm
・マイサイトの「天皇と国柄」のページ
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion05.htm
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