ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

韓国が認めないベトナムでの残虐非道6

2014-01-31 08:46:49 | 慰安婦
●朴槿恵大統領の身勝手な姿勢

 今日、韓国とベトナムはお互いを「戦略的協力パートナー」に位置づけ、政治的にも経済的にも緊密な関係にある。戦争に関する賠償問題は、韓国・ベトナム間の1992年の国交正常化の際に法的には解決している。日本と韓国の場合と同様、政府が個人補償の問題に関わることは、政府間の合意を反故にするものとなる。だが、韓国では日本に対して、個人補償を求める政治的な動きが強くなっている。その一方、韓国政府は今日まで、ベトナムでの虐殺や強姦等について調査したり、正式に謝罪したりしていない。自国軍がベトナムでやったことを、全く認めようともしていない。
 韓国の国定歴史教科書には、日本軍が、慰安婦として若い朝鮮人女性を無理矢理連れ去ったという根拠のないことが大々的に書かれている。その一方、ベトナム戦争のことはほとんど記述されていない。韓国がわが国の歴史教科書について批判しているのとは、全く対照的である。極端なダブル・スタンダードであり、その姿勢は矛盾がはなはだしい。
 朴槿恵氏は、本年(平成25年)2月、大統領に就任以来、「加害者と被害者の立場は1000年経っても変わることはない」、「日本は慰安婦を侮辱している」などとことあるごとに、日本に対して謝罪を求めている。5月には、『ワシントン・ポスト』紙に「日本は鏡を見て責任ある歴史認識を持て」と話した。だが、朴大統領は自国軍がベトナムで行ったことに対して、「責任ある歴史認識」を持とうとしていない。
 朴槿恵大統領は、本年(平成25年)9月にベトナムを訪問した。朴槿恵氏はベトナム派兵を決めた朴正煕元大統領の実の娘である。そうした朴槿恵氏が就任後初のベトナム訪問で歴史問題にどう向き合うか、内外の注目が集まった。ところが朴大統領の選んだ選択肢は、「沈黙」だったとして、J-CASTの2013年9月10日付は、次のように報じた。
 「朴大統領は9日、ベトナム建国の父ホー・チ・ミン元国家主席の廟を訪れ、型どおりに献花は行ったものの、チュオン・タン・サン国家主席らとの会談も含め、歴史問題については一切言及しなかった。過去に廟を参拝した金大中元大統領、盧武鉉元大統領がベトナム戦争参戦を謝罪したのとは対照的だ。
 そもそも朴大統領はベトナムへの『謝罪外交』に批判的で、金大中元大統領による初の公式謝罪時にも『朝鮮戦争について金正日総書記に謝罪するのと同じ』『参戦勇士(元兵士)らの名誉を傷つける』などと厳しく攻撃している。こうした前歴とあわせて考えれば、今回の沈黙は意図的な『謝罪拒否』だったと取られても仕方あるまい。
 中央日報などはこの『沈黙』も両国和解への意志を示したものと強弁するが、ライダイハン問題などを積極的に追及していることで知られる新聞・ハンギョレは社説で、日本への『歴史を直視せよ』との要求を引き合いに、朴大統領の態度を糾弾した。
 『これは私たちが日本に歴史直視を要求していることと矛盾する。自分が受けた被害は是正を要求しながら、自分が負わせた加害は知らんふりする態度ではどこの誰からも本心からは信頼を得られない』」と。

●結びに

 朴槿恵大統領を中心とする反日的な韓国人は、自らの国民の蛮行は一切認めず、他国民の行為に対しては、極度に誇張し、捏造さえ行って非難する。自己本位で身勝手このうえない。しかも悲劇的な被害者であることを強調しながら、実は凶悪な加害者であることは狡猾に隠している。およそ人類に広く見られる道徳の基本に反し、儒教の教えにも仏教の教えにもキリスト教の教えにも反した行為である。反日的な韓国人に対し、人間としての道徳性を疑わざるを得ない。
韓国政府は、韓国軍がベトナムで行った大虐殺と性的暴虐を認めるとともに、日本に対する根拠なき非難をやめるべきである。
 われわれ日本人は、韓国側からの根拠なき批判や悪宣伝に対しては、史実を以て反論し、また日本とベトナムに対するダブル・スタンダードを明確に指摘し、相手側の矛盾した姿勢を徹底的に批判しなければならない。(了)

関連掲示
・拙稿「慰安婦問題は、虚偽と誤解に満ちている」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12f.htm
・拙稿「現代の眺望と人類の課題」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09f.htm
 第7章を中心にベトナム戦争に関する記述がある。
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韓国が認めないベトナムでの残虐非道5

2014-01-30 08:46:03 | 慰安婦
●今も残るライダイハン問題

 韓国軍がベトナムで行ったのは、民間人多数の虐殺だけではない。ベトナム各地の韓国軍による虐殺、暴行事件の生存者の証言に共通する点に、婦女子の強姦がある。ベトナム戦争当時、南ベトナム解放民族戦線は、韓国軍による拷問や虐殺事件、あるいは婦女子への暴行事件を連日、放送によって報じていた。戦闘終了後の治安維持期に入ると、韓国軍は兵士の行動への規律を強めたが、その後も兵士が村の娘を強姦して軍法会議にかけられる事件が頻発した。
 ベトナム戦を経験した退役軍人の中には当時の非人道的行為を悔いる者もいた。元韓国海兵隊員の金栄萬氏は、次のように証言している。「越南に到着して、私が聞いた話は、『強姦をしたら必ず殺せ、殺さなかったら面倒が起きる、子供もベトコンだからみな殺さねばならない』といったものでした」と。(金賢娥著『戦争の記憶 記憶の戦争─韓国人のベトナム戦争』三元社刊)
 この証言から、暴行の後に婦女子を虐殺した例が多くあったことが推察される。その一方、婦女子を捕まえて、売春婦にするということも多く行われた。
 元朝日新聞サイゴン支局長の井川一久氏は、次のように言う。
  「当時、軍と共にベトナムに入ったのが約1万5000人の民間の韓国人です。彼らが何をしたかというと軍が村を襲ったあと、命からがら逃げてきた少女らを捕まえて今度は売春婦にしたのです。今も覚えていますが、彼女たちは15分5ドルで兵士の相手をさせられていた。彼女たちの手元に残るのはそのうちせいぜい3ドルぐらい。韓国政府が問題にしている日本軍の慰安婦は、2~3年も働けば今の金額にして2000万~3000万になったというから、比べ物になりません」と。(『週刊新潮』平成25年12月12日号)
 本年(平成25年)8月、韓国国防部の報道官は、米・ニュースサイト『グローバル・ポスト』の取材に対し、「韓国軍が組織的に民間人を虐殺することは不可能だ。わが軍隊は厳しい規律と命令系統の下で任務を遂行しており、ベトナム人女性の性的搾取もまったくない」と答えた。だが、それを裏付ける調査資料を示さなかった。
 実際にはベトナム戦争の時期、強姦されて生き延びた婦女子や、売春婦にされた婦女子の中には、望まぬ妊娠しを子供を産んだ者が多数いる。また韓国人の兵士や労働者がベトナム女性の間に作った子供を捨てて帰国した場合もある。こうして生まれた混血児を「ライダイハン」という。
 ライダイハンは蔑称である。ベトナム語で「ライ」は混血、「ダイハン(大韓)」は韓国を意味する。ライダイハンの人数には諸説あるが、『釜山日報』は最小5千人、最大3万人としており、概数を示すものと見られる。
 ライダイハンは、ベトナムで大きな社会問題となっている。だが、韓国政府は積極的な支援をしていない。ライダンハンは1960年代後半から70年代前半の生まれゆえ、もはや年齢層は40歳代が中心となっている。米国は米国人との混血児を国内に受け入れる政策を取ったが、韓国は全く対処をしなかった。ライダイハンが韓国人の父親に対して認知を求める訴訟を起こし、判決により韓国国籍を取得した例もあるが、多くは父親がわからないか、父親に捨てられたままである。
 韓国軍は、ベトナムにあまりも深い傷跡と多くの問題を残した。それを象徴するものの一つが、ライダイハンの存在である。

●韓国政府は謝罪していない

 ベトナム戦争に派兵を決めた朴正煕大統領は、1976年(昭和51年)10月26日に暗殺された。政治家の崔圭夏(チェ・ギュハ)が後を継いだが、5・17クーデターによって軍部が政権を掌握し、ベトナム参戦の軍人・全斗煥(チョン・ドゥファン)、盧泰愚(ノ・テウ)が大統領職に就いた。その後、金泳三(キム・ヨンサム)が政党人で大統領となり、1998年(平成10年)に金大中(キム・デジュン)が大統領となった。その年、金大中は韓国大統領として初めてベトナムを訪問した。
 ベトナム訪問中、金大中大統領は遺憾の意を表明した。これに対し、韓国政府の外交部(註 わが国の省に当たる)は「謝罪ではない」とコメントした。2001年(平成13年)8月24日、金大中は、ベトナム大統領として初めて訪韓したルオン大統領に対し、「我々が不幸な戦争に参加し、不本意ながらベトナム国民に苦痛を与えたことを申し訳なく思う」と一歩踏み込んだ発言をした。だが、野党や軍人が反発すると、金大中は自分の発言を取り消した。この時、野党ハンナラ党の副総裁だった朴槿恵氏(現大統領)は、金大中の発言は「(韓国軍)戦士の名誉を傷つけるものだ」と激しく批判した。
 李明博(イ・ミョンパク)大統領の時代の2009年(平成21年)、ベトナム戦争の解釈をめぐって、韓国政府はベトナム政府と衝突した。韓国の国家報勲処が国家報勲制度に係る法案改正の趣旨説明文書を国会に提出した。文書はベトナム戦争参戦者を「世界平和の維持に貢献したベトナム戦争参戦勇士」と表現していた。これに対し、ベトナム政府は、「我々は被害者である。ベトナム戦争の目的が、なぜ世界平和の維持なのか」と強く反発した。また予定されていた李大統領のベトナム訪問を拒否する方針も伝えた。韓国側は、柳明桓外交通商相をベトナムに派遣し、外相会談で「世界平和の維持に貢献」の文言を削除することを約束した。それによって、李大統領のベトナム訪問は予定通り行われた。この一連の外交交渉で、ベトナム政府は「侵略者は未来志向といった言葉を使いたがり、過去を忘れようとする」と韓国政府を批判した。だが、ベトナム政府は、その後も、韓国政府に対して、ベトナム戦争時代の韓国軍の虐殺や強姦に関して、正式に謝罪を求めてはいない。

 次回に続く。
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韓国が認めないベトナムでの残虐非道4

2014-01-28 08:40:02 | 慰安婦
●韓国兵はベトナム民間人を多数虐殺

 『週刊新潮』2013年(平成25年)12月12日号は、韓国兵がベトナムで行った虐殺を詳しく報じた。長文だが貴重な内容なので、虐殺に関する部分を転載する。

 ベトナムに派遣された韓国の精鋭部隊は、主に拠点防衛を任された。
 「元朝日新聞サイゴン支局長の井川一久氏が言う。
 『拠点防衛とは耳当たりの良い言葉ですが、要するにベトコンを帰討するため農村の“無人化”を行うのが韓国軍の任務だったのです。そうした場合、村に対して“何月何日までに村から出ないと攻撃する”と前もって通知するのが普通です。実際、米軍は飛行機から退去を命じるビラを撒いていた。ところが、韓国軍は事前予告なしに攻撃を加えることが多かったのです』
 韓国軍の手口は有無を言わせないものだった。
 『まず、誰も逃げ出せないように村を包囲して砲撃を加える。その後、歩兵が村に入り防空壕に逃げ込んだ村民を引っ張り出して片っ端から射殺する。村がゲリラの拠点だったとしても、男(兵士)は出かけていますから残っているのは女子供、そして老人ぐらい。それでも韓国軍は容赦なく虐殺したのです』
 井川氏が取材したベトナム中部のトイホア県では9つの村すべてで韓国軍による虐殺が行われていた。
 『一つの村で数十人から百数十人単位で殺されており、合わせた犠牲者は900人を数えていたと思います。日本でいう“郡”ぐらいの広さでこれだけの犠牲者ですから、全体で何人の村民を殺したのか見当もつきません』
 とりわけ酷かったのが、同じく中部のビンディン省ビンアン村で66年2月に起こった『ゴダイの虐殺』だといわれている。そのことを詳細に報じた地元紙『ビンディン新聞』(07年2月26日付)によると、
 『韓国兵たちのスローガンは「すべて燃やす、すべて壊す、すべて殺す」というものだった(中略)2月23日には、韓国兵によりビンアン村のチョン・ネンさんの家の庭に90人の住民が集められ、5連銃ですべての人が射殺された。その中には、一家全員が虐殺されてしまった家族が何組もあった。さらに26日に起きた酷い事件が、ゴダイ集落の虐殺である。これはビンディン省の歴史を振り返っても、最も多くの血と涙が流れた事件といってよい』
 『韓国兵に捕まった380人の村民はすべて1カ所に集められ、人間とは思えないほど野蛮で、まるで猛獣のような仕打ちを受けた。女性たちはレイプされた後、女性器に剣を突き付けられて殺された。さらに、子供たちは藁をかぶせられると、韓国兵は火をつけてそのまま焼き殺してしまった』
 また、ベトナム人ジャーナリストがビンアン村の生き残った住民に聞き取りをした08年12月30日付のレポートによると、
 『ダン・ヒュルク(男性)。韓国兵は家に入ると容赦なく銃を撃ち、家族を次々に射殺しました。とりわけ酷かったのがランさんとチュッさん(2人とも女性)の殺され方です。彼女たちは妊娠していたのですが、韓国兵はわざとその膨らんだお腹にむけて発砲したのです』
 『ゲン・バンスン(男性)。赤ん坊(妹)が大声で泣き出し、近くにいた韓国兵がこちらに気がつきました。すぐさま、1人の兵が母親の背中を撃ち、飛び散った血が私の顔にべったりと付きました。続いて兵士は赤ん坊も撃ち殺したのです』
 証言者たちは死んだふりをしたり、死体に隠れて奇跡的に難を逃れることができたというが、韓国兵の中には、敬虔なクリスチャンもいて良心の呵責にさいなまれ、自殺する者もいた。
 『虐殺命令に抗う兵士もいました。ただ、命令に背けばその場で上官から射殺されてしまうのです』(井川氏)
 こうした韓国軍による犠牲者は、分かっているだけでも9000人にのぼるというが、ビンディン省タイビン村で『猛虎部隊』の虐殺を取材したフォトジャーナリストの村山康文氏が言う。
 『タイビン村には今でも虐殺された50余名の名前が刻まれた慰霊塔が建っています。いわば“韓国憎悪塔”とでもいうべき碑ですが、そこには“韓国軍が行った非道は忘れない”という内容の文字が書かれている。こうした虐殺の記念碑は他の村にもあって、1つや2つではない。生き残ったベトナム人に当時のことを聞いても“あの時のことは思い出したくもない”と言う人が多いのですが、ようやく話を聞き出すと“韓国人の顔は二度と見たくない”“韓国という国は無くなればいい”と口を揃えて言いますよ』
 先述のゴダイ集落にも、当時の虐殺の様子を描いた大きな記念碑が建っている」

 次回に続く。
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韓国が認めないベトナムでの残虐非道3

2014-01-27 10:25:30 | 慰安婦
●韓国人が自国軍の所業を明らかに

 コンデが伝えたような韓国軍による蛮行は、ベトナム戦争当時は国際的にあまり注目されなかった。特に韓国では無視されてきた。その事情につき、ジャーナリストの佐藤和氏は、『SAPIO』2001年(平成13年)9月26日号に掲載された「被害者史観韓国を揺るがすベトナム民間人虐殺の加害責任」に、次のように書いた。
 「アメリカ軍によるソンミ事件などの虐殺行為がベトナム戦争当時から国際的に批判を受け議論の的となったのとは対照的に、韓国軍による虐殺行為については、こと韓国国内では長く沈黙が保たれてきた。
 冷戦時代、反共産主義が優先された韓国では、自国の恥部となり得る問題は隠されてきた。それどころか自国民が被害者となったケースでも、問題は隠されてきた。例えば朝鮮戦争下での米軍による韓国避難民大量虐殺の事実でさえ、韓国メディアで報道されたのは金泳三政権になってからの94年(註 1994年)である。
 また全斗煥・盧泰愚両大統領がベトナム戦争で武勲を挙げた軍人であったという政治事情もあり、ベトナム戦での過去は、韓国では幾重にもタブーであり続けた」

 ベトナム戦争は1973年(昭和48年)に和平協定が成立し、76年に南北ベトナムが統一された。韓国では87年から民主化が進められ、91年には世界的な冷戦が終結した。こうした変化の中で、ベトナム戦争における韓国軍の蛮行に関するタブーは破られていった。
 佐藤氏によると、最初にタブーを破ったのは、韓国の民主化の中で生まれたハンギョレ新聞社が発行する週刊誌『ハンギョレ21』だった。同誌は1999年(平成11年)5月6日号に、韓国軍がベトナム戦争で行った虐殺事件の記事を掲載した。
 「通信員」として記事を書いたのは、当時、ベトナム留学中だった大学院生のク・スジョン氏。ク氏はベトナム当局から韓国軍の残虐行為が記された資科を入手し、韓国の市民団体の一行とともにベトナム現地で検証を行った。徹底した現地取材と生存者へのインタビューを重ね、韓国軍による無差別殺戮の実態を報じた。
 記事は、ベトナム中部のビンディン省の村々で起きた凄惨な虐殺事件を生々しく伝えた。
 「1966年1月23日から2月26日までの1か月間、猛虎部隊3個小隊、2個保安大隊、3個民間自衛隊によってこの地域だけで計1200人の住民が虐殺され、その中には1人残らず皆殺しにされた家族が8世帯もあった」
 生存者の証言を元に韓国軍の民間人虐殺方式を整理すると、いくつかの共通したパターンが見られるという。

・大部分が女性や老人、子供たちである住民を一か所に集め、機関銃を乱射。
・子供の頭を割ったり首をはね、脚を切ったりして火に放り込む。
・女性を強姦してから殺害。
・妊産婦の腹を、胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す。
・トンネルに追い詰めた村人を毒ガスで殺す。

等々である。
 ク氏は、『ハンギョレ21』1999年9月2日号では「ベトナム戦争では韓国軍は4万1400名の敵軍を射殺した。そして、公式の統計では集計されたことがないベトナム民間人の犠牲があった。ベトナム文化通信部(註 日本の省に当たる)は、韓国軍によって集団虐殺された民間人の数をおよそ5000人あまりと見ている。私は、最終的に韓国軍により引き起こされた80件あまりの民間人虐殺事件で9000人あまりが犠牲になったと推定している」と語った。
 翌年、米誌『ニューズウィーク』は、2000年(平成12年)4月21日号で、「暴かれた英雄の犯罪」と題してベトナム戦争での韓国軍の虐殺問題を取り上げた。ク氏らの調査を紹介し、「8000人以上の民間人を殺した韓国軍の虐殺行為の数々」が明らかにされつつあると、7ぺージにわたり大々的に報じた。それによって、韓国軍の暴虐は、国際的に注目を受けるようになった。
 ちょうど同じ時期、『ハンギョレ21』は、2000年4月27日号に、住民虐殺を行なったという元軍人による加害証言を掲載した。その元軍人は、「戦争当時、一般住民とゲリラを区別するのは難しく、我が身を守るためには仕方なかったのだ」と語った。しかし同時に、今やその行為に罪悪感を感じており、「韓国政府がベトナムに謝罪し被害者に補償することを望む」と述べた。
 ベトナム戦争における韓国軍の暴虐が伝えられると、韓国社会に衝撃が走った。戦争被害者だと思っていた自分たちが、一方ではベトナムで残虐非道の限りを尽くしていたからである。
 『ハンギョレ21』の記事に対して激しい反発も起こった。2000年6月27日、韓国・ソウルの『ハンギョレ新聞』本社が2000人を超える迷彩服姿のデモ隊に包囲された。彼らは「大韓民国枯葉剤後遺症戦友会」の会員だった。この会は米軍が散布した枯れ葉剤の被害に苦しむ退役ベトナム参戦軍人の団体である。ベトナム戦争では約5000人の韓国人が死んだ。彼らは、国のために闘った戦友を冒涜されたとハンギョレ新聞社に激しく抗議した。社屋に侵入したデモ隊の一部は暴徒化し、同社幹部らを監禁し、暴行を加え、コンピュータや地下駐車場の車を破壊した。 

 次回に続く。

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人権80~国益追求は国民の権利

2014-01-25 08:41:19 | 人権
●国民の権利としての国益の追求

 前項において、マズローの欲求5段階説と生命的・物質的・精神的価値の関係について述べた。これらの価値のうち、特に精神的な価値について補足したい。わが国では、この精神的な価値があまりにも軽視されているからである。日本国民に生まれたことへの誇り、先祖への感謝、子孫への希望を持てること、それらも国民の幸福追求に欠かせないものであり、国益の要素である。そして、日本人が、歴史を独自に解釈し教育する権利、英霊の名誉を顕彰し自らの伝統に従って慰霊する権利なども、国益の一部となる。国益とは、単に領土の保全・拡張や、経済的権益の維持・拡大等といったものだけではないのである。
 国家とは、政治的・文化的・歴史的な共同体である。そして、国家を構成する国民とは、現在の国民だけでない。過去・現在・未来の世代を含む。この観点に立つと、国益は、現在の世代だけではなく、先祖や子孫の世代をも含めた国民の利益となる。
 この点が重要である。上記の生命的・物質的・精神的価値は、先祖が願ったことであり、我々が自らのため、また子孫のために努力し、子孫もまた求め続けることであろうものである。国益にいう利益とは、こうした意味での国民の幸福を実現し、また増大するものである。
 最低限、生存と安全が保障され、生命的な繁栄また経済的な発展が得られ、さらに国家に所属することによる安心や誇り、個人の自由や名誉、固有の伝統・文化・価値の保守と継承、さらに個人が自己実現のできる環境にあること等が、その利益の内容であり、目標ともなる。
 こうした生命的価値、物質的価値、精神的価値を実現すること。それが国益の追求であると私は考える。そこに、政治、国防、外交、経済、教育等の目標がある。
 国益の追求のためには、国家は自ら意思決定をすることができなくてはならない。他に依存せずに、自己の自由意思によって、自分の態度や運命を選択できるということである。これは他国に対しては主権を維持し、行使することとなる。それなくしては、国際社会において、国民の権利を守り、追及することができない。国益の実現のためには、主権が保持されねばならない。また、その行使として、政治、国防、外交、経済、教育等が重要となる。
 とりわけ、対外的に生存と安全が脅かされる場合は、国内に利害の相違・対立があっても、外敵への対応が優先される。国益の決定的な損失は、個人の利益、企業等の団体の利益にとっても決定的な損失となる。だから、究極的には、個人や集団の社益を守るためには、国益を守らねばならない。
 集団としての国家が確かな意思決定をするためには、国民一人一人が国益を考え、国民全体の幸福を考えて行動しなければならない。国益を実現できていない国家では、政府は国民の権利を十分保障できない。国民は自らの権利を国家・集団を通じて十分実現できない状態となる。集団の権利あっての個人の権利である。
 第2章の自由の項目に、現代のリベラリズムについて書いた。現代のリベラリストの多くは、自由の基本原理は、他者への寛容にこそあるという。その行きつく先は、個人の選好の尊重となる。個人の自由の優先は、伝統的な社会道徳や公共の利益と対立する。また、個人の欲望を制限なく解放するものとなりかねない。個人主義の極端化を招く恐れがある。自由を中心的な価値とし、それに傾いた議論は、集団の権利や国益を説明できない。国民による国民の権利の相互保障、特に国防の義務を基礎づけられない。基本的な人間観を掘り下げ、人間には人格があることを認め、自由は個人の人格の成長・向上のための条件であり、国民が自己実現を共同的相互的に促進する社会を目指すという目標が国家的に掲げられねばならない。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「国家と国益を考える」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion13.htm
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韓国が認めないベトナムでの残虐非道2

2014-01-24 08:38:48 | 慰安婦
●ベトナム戦争時代の告発

 ベトナム戦争における韓国軍の暴虐は、戦争の最中から、海外に伝えられていた。アメリカのジャーナリスト、デビッド・コンデは、1969年(昭和44年)刊の著書『朝鮮――新しい危機の内幕』(新時代社)で、韓国軍の蛮行を伝えた。

 「1965年の9月と10月に猛虎部隊と青竜部隊の両師団がベトナムへ上陸した。『索敵殺害――"殺し尽くし、焼き尽くし、破壊し尽くせ"という作戦―』のなかでも最も残忍無比なことをやってのけたのは、他ならぬこれら両部隊だったのである。次に掲げる詳細なリストは、ハノイの日刊紙ニャンザン(人民)を含む、ハノイを通じて中継された解放民族戦線の報道に基づいたものである。
 1965年から1966年の間、プウエン省のタオ村で、韓国軍は、ほとんど大部分が婦人の村人42人を狩り立て、やがて小火器を浴びせ、全員を殺害した。1966年1月11日から19日の間、ジェファーソン作戦の展開されたビンディン省では、韓国軍は300人以上の住民を捕まえ、拷問を加え、更にまた400人以上のベトナム人を殺した。1965年12月から1966年1月の間に、韓国軍は、ビンディン省のプレアン村では数百戸の家々を炎上させ、一方キンタイ村を完全に掃討した。同じ省の九つの村々で韓国軍は、民間人に対して化学兵器を使用したのである。
 1966年1月1日から同月4日までの間に、ブン・トアフラおよびヨビン・ホアフラ地方で、韓国軍は、住民たちの所有物を残らず略奪したうえ、住民の家やカオダイ教の聖堂を焼き、さらに数千頭の家畜を殺した。彼らは、また仏教寺院から数トンもの貨幣をくすね、それから人民を殺したのである。『ある村が、わが軍の支配下に陥ると、その次の仕事はベトコンから村人たちを分け離すことなのだ』こう言ってのけたという韓国軍将校の話しが引用された。ナムフュン郡で、韓国軍は4人の老人と3人の妊婦を、防空壕の中へ押し込め、ナパームとガスで殺した。アンヤン省の三つの村では110人を、またポカン村では32人以上を、こうしたやり方で、殺したのである。  1966年2月26日、韓国軍部隊は、137人の婦人、それに40人の老人と76人の子供も一緒に、防空壕の中へ押し込めて、化学薬で殺したり、全員を盲にさせたりした。
 1966年3月26日から28日にかけて、ビンディン省で、韓国軍は、数千におよぶ農家と古寺院を炎上させ、若い女性や年老いた女性を集団強姦した。8月までに、勇猛な朝鮮人たちは、ビンディン省における焦土作戦を完了した。ブガツ省では、3万5千人の人たちが、死の谷に狩り立てられ、拷問を完膚なきまで加えられてから全員が殺された。10月には、メコン河流域では、裸で両手ないしは両足の19人の遺体が川から引揚げられた。これらは、いずれも陵辱された少女たちの遺骸であった。この事件に先立って、同じ地域で共同作戦中の米軍と韓国軍が、昼日中に結婚の行列を襲い、花嫁を含め7人の女性を強姦した、との報道もあった。かれらは、結婚式に呼ばれた客の宝石を残らず奪ったうえ、3人の女性を川の中へ投げ込んだ。
 放火、銃剣による突き殺し、拷問、強姦、強奪こんな記事は、ほとんど毎日のように続いている。母親の胸に抱かれたいたいけな乳幼児でさえも、非人間的な殺人行為を免れることができないのだ。これは、たった一都市に起きた南京大虐殺どころの話ではないのだ。これこそ、アメリカの新聞の力をもってしても、中国の南京で起こった話を語ることのできない、今日のベトナム民族大虐殺なのである。つまり今日では米軍および韓国軍の検閲官が全強権を発動し、事実が明るみに出るのを妨げているのである。
 (中略)なぜ在ベトナム韓国軍がかくも攻撃的で残酷であるかという理由は、彼らが、アメリカが与えてくれた援助に対してお返しをするためであり、さらにまたそれは韓国民に対して彼らが、アジアにおいて平定の役割を演ずることができるのだという誇りと確信の感情を与えるためである、と1967年5月、ソウル政府当局は日本人記者に説明した」

 後ろから2番目のパラグラフに「たった一都市に起きた南京大虐殺どころの話ではないのだ」とあるのは、著者コンデが「南京大虐殺」を史実と誤解しているものだが、東京裁判で捏造された「南京大虐殺」が一つの都市で一回行われた事柄であるのに対し、ベトナムでは数年間にわたり、広い地域で虐殺が何度も行われ、それを現地の報道機関が繰り返して報道していた。そのことが重要である。
 『週刊新潮』2013年(平成25年)12月12日号は、当時毎日新聞の特派員だったジャーナリストの徳岡孝夫氏の言葉を伝えている。徳岡氏は、サイゴンが陥落した1975年(昭和50年)4月のことを次のように述べている。
  「陥落の日、サイゴンの日本大使館に韓国の外交官が駆け込んできて、“我々はもともと日本国の一部だったんだから匿ってくれ”と言うわけです。結局、断ったのですが、ベトナム人に対して残虐行為を繰り返していた韓国人にすれば、北ベトナム軍に復讐される恐怖は並大抵のものではなかったでしょう」と。

 次回に続く。
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韓国が認めないベトナムでの残虐非道1

2014-01-22 08:43:53 | 慰安婦
●はじめに
 
 旧日本軍の慰安婦の実態は、超高給取りの売春婦だった。だが、河野談話が慰安婦の強制連行を何の根拠もなく認めたため、韓国政府は慰安婦を「性奴隷(Sex Slave)」だとして国際社会に虚偽の宣伝を行っている。米国議会や国連の人権機関までが、その宣伝によって日本への誤解を膨らませている。
 朴槿恵氏は、本年(平成25年)2月、大統領に就任以来、「加害者と被害者の立場は1000年経っても変わることはない」、「日本は慰安婦を侮辱している」などとことあるごとに、日本に対して謝罪を求めている。今年5月には、米紙『ワシントン・ポスト』に「日本は鏡を見て責任ある歴史認識を持て」と話した。11月にイギリス、フランス、ベルギーを訪問した際にも、日本を貶める発言を繰り返している。
 だが、朴大統領は韓国軍がベトナムで行ったことを知らないはずはない。韓国人研究者が、ベトナム戦争に参戦した韓国軍による大虐殺や現地婦女子への性的暴行を報告している。またベトナムには、韓国軍が無辜の民を多数虐殺したことを刻んだ記念碑が今もしっかり残っている。
 わが国では、ベトナムにおける韓国軍の暴虐を、いくつかの雑誌・書籍が伝えてきた。このたびは、『SAPIO』が2013年(平成25年)12月号で「韓国が背負う『嘘の代償』」と題した特集の中でこの問題を取り上げ、『週刊新潮』が同年12月12日号に、韓国が目を背ける不都合な真実 朴槿恵大統領が認めないベトナム戦争の大虐殺 老若男女を皆殺しにした『韓国軍』残虐非道の碑」と題した記事を掲載した。
 本稿は、韓国がベトナムで行った虐殺と性的暴虐等について書き、韓国政府は残虐非道の所業を認めるとともに、日本に対する根拠なき非難をやめることを求めるものである。全6回の予定である。

●韓国はベトナム戦争で30万人派兵

 ベトナム戦争は、第2次世界大戦後の民族独立闘争が国際的な戦争に拡大したものだった。同時に米ソの冷戦下で、自由主義と共産主義のイデオロギーが激突した戦争でもあった。韓国は、ベトナム戦争に軍を送った。
 朝鮮半島では、大戦に続く朝鮮戦争の結果、南北の分断国家が生まれた。朴槿恵大統領の父・朴正煕氏は、大統領として1961年ケネディ大統領(当時)にベトナム戦争への自国軍の派兵を提案した。朴正煕政権は北朝鮮に対抗するため、反共を国是としていた。米韓首脳会談から3年後の64年、韓国から最初の軍隊が南ベトナムに送り込まれた。医療部隊とテコンドーの教官だった。権力を握ったばかりの朴氏にとって、ベトナム派兵はアメリカに軍事独裁政権を認めさせ、なおかつ外貨を獲得する切り札だった。
 1964年から73年(昭和39~48年)までの20年間、韓国からベトナムに延べ約30万人の兵が派遣された。米国に次ぐ規模の派兵だった。ダナンに海兵隊第2旅団、クイニョンに首都ソウル防衛師団、ニンホアに第9師団が駐屯した。これらはそれぞれ「青龍部隊」「猛虎部隊」「白馬部隊」と名付けられた精鋭軍団であり、最も戦闘の激しいベトナム中部に送り込まれた。白馬部隊の第29連隊長は全斗煥、猛虎部隊の大隊長は盧泰愚だった。彼らはともに後に韓国の大統領になった。
 南ベトナムに派兵された韓国軍は最盛期には約5万名を数えた。産業資本の進出や出稼ぎにより技術者、ビジネスマン、労働者など、最盛期には約2万人の民間人がベトナムに進出した。兵士らにアメリカから支給された手当や労働者らの賃金、韓国企業の得た利益などは約10億ドルにものぼった。1969年には韓国の外貨収入の2割に達した。ベトナム特需は、アメリカによる軍事・経済援助、日韓基本条約による資金援助と合わせて、「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国の驚異的な経済発展を可能にした。
 だが、韓国軍は、ベトナムにあまりも深い傷跡と多くの問題を残した。民間人多数の虐殺、婦女子の強姦、売春の強要、韓国人との混血児の遺棄等である。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「韓国の反日的な慰安婦戦略は破綻する」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12q.htm
・拙稿「戦後韓国の慰安婦制度こそ、真の国際人権問題」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12s.htm
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アベノミクス始動1年での課題~田村秀男氏

2014-01-21 08:53:12 | 経済
 1か月半ほど前になるが、田村秀男氏が昨年12月8日に産経新聞に書いた「アベノミクス1年 円安・株高だけでは安心できない」と題した記事は、いつものように秀逸だった。
 田村氏は次のように書いた。
 「ほぼ1年前、『大胆な金融緩和』を掲げた自民党の安倍晋三総裁が衆院選で圧勝し、『アベノミクス』を打ち出した。その『第1の矢』、日銀の量的緩和を受けてマーケットでは一時の波乱はあっても円安・株高基調が続いてきた。物価も上がり始めた。だが、安心してはいけない。長期デフレに倦み切った家計や企業は円安・株高だけでは動じなくなっている」
 家計については、「日銀の政策委員会の大勢は来年の消費者物価上昇率を消費税率引き上げの影響分を含め3%前後とみているが、銀行の1年定期預金の利率はたった0・025%。インフレ分を勘案すると家計資産はかなり目減りする」。また企業については、「勤労者は3%前後以上賃上げがないとフトコロ具合は悪くなる計算だが、企業雇用の3分の2を担う中小企業の多くは(略)賃上げも消費増税分の価格転嫁も容易ではない」。すなわち「家計資産と賃金の双方から見ても、消費税増税はかなりのデフレ圧力を呼び込む」。そこで「過去1年間ではっきりしたのは金融頼みの限界である」。これからについては、「今後の焦点は『第2の矢』財政出動と『第3の矢』成長戦略だが、いずれも迫力不足だ。5・5兆円の経済対策では消費税増税による家計負担8兆円を補えない。ならば、残る成長戦略の重みが増すが、これまでの戦略案は官僚の作文にとどまり、成長を担うべき主人公たちの顔が見えない。男、女を問わない。日本の今後を支える若者や現役世代、野心的な企業家、農業者たちの主導で、新たな消費ブームや国内投資を沸き起こす。規制緩和も法人税率引き下げもそのためならば、大胆すぎるほど大胆であってよい」と田村氏は書いている。
 さて、この記事の後、田村氏は本年1月12日に「トルコとの経済連携協定を考える」という記事を書いた。趣旨は、先に引いた記事を基調として、親日新興国とは高次元の合意をすることで、アベノミクスを強力に進められるというものである。
 「日本としては、刷り出されるマネーではなく、実体経済の成長を確実にする戦略が急がれる。(略)成長の担い手となる中小企業を政府は後押しすべきだ。他方、新興国には、日本の卓越したモノづくり、インフラ関連技術を提供し、それらの国々がグローバル・マネーに翻弄されずに済む経済体質に変革できるよう貢献すべきだ。中国のようにいくら技術貢献しても、日本の脅威となって跳ね返ってくるような相手には距離を置き、政治・安全保障・外交を含めて日本の真の国益となるような新興国との連携を密にすればよい。特にトルコとは、かつてない高次元で戦略性を帯びたEPAモデルを構築すべきだ」と。
 私はトルコのような親日新興国との連携に賛成である。東南アジア、インドとの連携はもちろん、さらにトルコへと連携を戦略的につなげるべきである。
 以下は、田村氏の記事。

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●産経新聞 平成25年12月8日

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/131208/fnc13120810300004-n1.htm
【日曜経済講座】
アベノミクス1年 円安・株高だけでは安心できない 編集委員・田村秀男 
2013.12.8 10:30

 ほぼ1年前、「大胆な金融緩和」を掲げた自民党の安倍晋三総裁が衆院選で圧勝し、「アベノミクス」を打ち出した。その「第1の矢」、日銀の量的緩和を受けてマーケットでは一時の波乱はあっても円安・株高基調が続いてきた。物価も上がり始めた。だが、安心してはいけない。長期デフレに倦(う)み切った家計や企業は円安・株高だけでは動じなくなっている。
 量的緩和とは、中央銀行が継続的に大量におカネを増発することだ。「刷ったカネをヘリコプターからばらまけば」と思う向きもいるだろうが、それではお札の信用がなくなる。かつて革命家レーニンは国の体制を崩壊させる手っ取り早い方法は通貨価値の破壊だと、喝破したそうな。
 現実には金融市場を活用する方法をとる。中央銀行は金融機関から国債などの金融資産を買い上げる。金融機関はそのカネで株式を買えば、株価が上がる。銀行から融資を受ける消費者は住宅や車を買う。企業は株式市場から資金調達しやすくなり、設備投資を増やす。需要がこうして増える。他方、発行量が多い通貨の値打ちは、量の少ない通貨よりも落ちるので、通貨安となる。すると輸出が有利になる。通貨レートが安くなれば、物価が上がる。デフレはこうして止まるし、景気もよくなる、というシナリオだ。
 問題はその通りコトが運ぶかどうかだ。米国は2008年9月の「リーマン・ショック」後、現在までの3次にわたる量的緩和でドル資金を4倍も発行し、1930年代のような「大恐慌」は避けられた。景気のほうは遅々としながらも、次第に上向いている。だが、日本は米国とは金融構造が大きく異なる。
 今年6月末現在、日本の家計金融資産の54%は現預金で、株式など証券資産は14%にすぎない。米国とは逆で株高による資産増効果は小さい。日銀の政策委員会の大勢は来年の消費者物価上昇率を消費税率引き上げの影響分を含め3%前後とみているが、銀行の1年定期預金の利率はたった0・025%。インフレ分を勘案すると家計資産はかなり目減りする。
 円安効果の波及も遅い。勤労者は3%前後以上賃上げがないとフトコロ具合は悪くなる計算だが、企業雇用の3分の2を担う中小企業の多くは今でも円安に伴う仕入れ原材料コストの上昇を販売価格に転嫁できない。大企業は別としても、賃上げも消費増税分の価格転嫁も容易ではない。家計資産と賃金の双方から見ても、消費税増税はかなりのデフレ圧力を呼び込む。



 グラフは昨年10月を100とした各種経済指標である。円安で株価はグンと押し上げられている。ところが、家計消費水準はアベノミクスの恩恵は及ばず、消費税増税前の駆け込み需要のある住宅を除けば1年前より悪い。株高による巷(ちまた)の高揚感は東京・銀座の欧州製高級車店をブランド物で着飾ったセレブでにぎわせてるだけのようだ。
 円安は進むが、一向に輸出が伸びず、貿易収支赤字額が増え続けている。量で見ると、輸出は東日本大震災後、最近に至るまで下落基調が止まっていない。輸入量は2010年初めから増加の一途をたどったあと、アベノミクス開始後は伸びが止まったものの、高水準のまま推移している。リーマン後、さらに東日本大震災後の超円高局面で、日本企業は海外生産拠点を増強し、そこからの部品・完成品の輸入を増やしている。日本からの現地への輸出型から、現地から日本への輸出型へとビジネスモデルを切り替えたのだ。それを元にもどすには、さらに円安を促進し、定着させるしかない。
 過去1年間ではっきりしたのは金融頼みの限界である。マーケットでは、今後の景気下降に備え、日銀の追加緩和を期待する向きが多い。日銀が動けば確かに株価は一時的に上昇しようが、欲深い海外の投資ファンドは次には日本株売りの口実を探すに違いない。それに追加緩和の余地は大きくない。
 今後の焦点は「第2の矢」財政出動と「第3の矢」成長戦略だが、いずれも迫力不足だ。5・5兆円の経済対策では消費税増税による家計負担8兆円を補えない。ならば、残る成長戦略の重みが増すが、これまでの戦略案は官僚の作文にとどまり、成長を担うべき主人公たちの顔が見えない。
 男、女を問わない。日本の今後を支える若者や現役世代、野心的な企業家、農業者たちの主導で、新たな消費ブームや国内投資を沸き起こす。規制緩和も法人税率引き下げもそのためならば、大胆すぎるほど大胆であってよい。安倍さんの出番だ。

●産経新聞 平成26年1月12日

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140112/fnc14011210310000-n1.htm
【日曜経済講座】
トルコとの経済連携協定を考える 編集委員・田村秀男
2014.1.12 10:31

親日新興国とは高次元合意を

 「わが国の親日感は国民性そのもの。いらっしゃい」との、トルコの友人の言葉は誇張ではなかった。昨年末に訪ねた同国の保養地のホテルで、トルコ式蒸気風呂のドアを開けた。地元の善男善女で満員。「ジャポン(日本人)か」と一斉に声が上がる。「イエス」と答えると、ただちにスペースができた。座ると握手と質問攻めの嵐だ。
 そのトルコのエルドアン首相がこのほど来日し、安倍晋三首相と日本・トルコの経済連携協定(EPA)交渉開始など経済関係強化で合意した。欧州とアジアの結節点で人口が毎年約100万人も増えている同国を市場として限定するのは矮小(わいしょう)すぎる。



 グラフを見てほしい。ドル標準株価指数「MSCI」でみるトルコなど新興国と日米の株価の推移だが、トルコの急落ぶりが際立っている。実質経済成長率が年4~5%も伸びているのに、なぜか。
 最大の原因は米連邦準備制度理事会(FRB)の量的緩和(QE)縮小である。QE縮小の観測が出始めた昨年前半から、欧米の投資ファンドが一斉にトルコ企業株を売り始めた。資本流出に歯止めがかからず、通貨「リラ」は下落し続ける。リラ安でも自動車など付加価値の高い産業規模は小さく輸出は伸びない。
 市場不安は同国の政情不安による、との見方が市場アナリストの間で多い。確かに盤石に見えたエルドアン政権は最近、イスラムの支持勢力で仲間割れが起き、側近の汚職騒ぎなどで揺さぶられている。しかし、政局は国際投機筋の「売り逃げ」の口実にすぎない。その証拠に、トルコに限らず、株や通貨の不安は新興国全体に及んでいる。政情が比較的安定しているインドネシアもトルコに連動する形で株価が下落している。
 ニューヨーク・ウォール街やロンドン・シティに拠点を持つ投資ファンドはグローバルな資産運用を行い、米国市場がだめなら新興国での運用比率を引き上げるが、米市場が回復してくれば、さっさと手じまいする。これまでの「新興国ブーム」はいわば、ドルの洪水に浮かぶバブル(泡)なのだ。
 日本は株高で浮かれてもいられない。新興国株の急落に加速がかかるようだと、世界の投資家たちも次第に疑心暗鬼になり、株安の波が一挙に米国や日本を襲うかもしれない。6日付の英フィナンシャル・タイムズ紙社説は「(米国株式に)バブルの前提条件が整っていると考える根拠がある」と警告した。
 日銀は「異次元緩和」で円安を呼び込んできた。米欧の投資ファンドを中心にした外国投資家は円安=日本株買いという自動売買プログラムを稼働させるので、株高が導き出される。外国投資家の投機に左右される点では、東京市場もイスタンブール市場も同じなのだ。
 日銀は昨年11月までの1年間で資金供給量を65兆円増やしたが、銀行の貸出増加額は16兆円にとどまっている。つまり、実体経済に流れ込むカネの流れは依然として弱々しい。消費のほうは、4月の消費税率引き上げ前の駆け込み需要が一段落しつつあるうえに、4月からは一挙に反動減に陥る恐れが強い。安倍首相は企業に賃上げを求め、消費刺激、設備投資増の好循環実現を狙っているが、容易ではない。
 今年は消費税率引き上げの影響で消費者物価は3%前後上昇するのが日銀の見通しだが、雇用の3分の2を引き受けている中小企業の大半は仕入れコスト高の販売価格転嫁に四苦八苦する有り様だ。賃上げの浸透は難しい。すると、消費にはデフレ圧力が加わってくる。株価は実体経済から遊離し、バブル懸念が生じる恐れがあるのだ。
 中央銀行が供給源になった投機性の高いマネーに翻弄される状況こそは、日米、新興国を含めたグローバル経済の実相なのである。
 どうすべきか。日本としては、刷り出されるマネーではなく、実体経済の成長を確実にする戦略が急がれる。本欄の5日付で触れたように、成長の担い手となる中小企業を政府は後押しすべきだ。
 他方、新興国には、日本の卓越したモノづくり、インフラ関連技術を提供し、それらの国々がグローバル・マネーに翻弄されずに済む経済体質に変革できるよう貢献すべきだ。中国のようにいくら技術貢献しても、日本の脅威となって跳ね返ってくるような相手には距離を置き、政治・安全保障・外交を含めて日本の真の国益となるような新興国との連携を密にすればよい。特にトルコとは、かつてない高次元で戦略性を帯びたEPAモデルを構築すべきだ。
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人権79~国益とは何か

2014-01-19 08:43:18 | 人権
●国益とは何か

 集団の権利が確保されてはじめて、個人の権利が保護され、保障される。集団としての国民の権利は、国民個人の利益に係る権利であるとともに、国民全体の利益に係る権利でもある。このことを抜きにして、人権は論じられない。そこで、次に国益について考察したい。
 国益とは「国家の利益」であり、「国民の利益」である。共同体としての国家の利益であり、そこに所属する国民の利益である。国民は個人としての利益を追求するとともに、国民全体としての自分たちの利益を追求する。前者の利益は私的な利益であり、後者の利益は公的な利益である。公共の利益としての国益を追求することは、国民固有の権利である。政府は国益を追求する権利を持ち、国民は国家の一員として国益の実現を要求する権利がある。国民はまた国益の実現に寄与する義務を負う。国民が相互に義務を果たしつつ、国民全体の利益を追求するところに国益は実現する。
 国益には、政治的・経済的・軍事的・外交的の利益がある。わが国では、国益について政府を主体に考える傾向があるが、国益は national interests の訳語である。国益は state またはgovernment の利益ではなく、nation の利益である。すなわち共同体としての国家の利益であり、国民共同体の利益である。この意味をより明確に表す言葉に、「国利民福」がある。国家の利益と人民の幸福を表す言葉である。national interests としての国益は、政治的・経済的・軍事的・外交的の利益であり、かつ国民の幸福を実現し、増大するものである。
 幸福の追求は、今日多くの国で国民の権利と認められているものである。わが国の憲法も、国民の基本的な権利として、生命及び自由の権利とともに幸福追求の権利を規定している。この幸福追求を、国民個人ではなく、国民全体で追求するところに、国民の幸福の追求がある。国民の幸福の実現は、国民の利益としての国益の実現と一体のものである。
 そこで私は、国益について、国民の幸福の追求という観点を入れる考え方を提唱している。この考え方において、私はマズローの欲求段階論を応用し、これに価値論を組み合わせる。マズローは、人間の欲求は、生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、そして自己実現の欲求の5段階に大別されるとした。国民の幸福は、これらの欲求が満たされるときに実現される。そして、政府の役割は、これらの欲求が満たされるように、国家の統治を行うところにある。
 国民の幸福の実現の条件は、第一に、生理的欲求という最低限の欲求を満たすことである。とりわけ食欲が満たされ、国民が食っていけることが必要である。また性欲が満たされ、国民が家族を構成し、子孫が繁栄できることである。
 第二に、安全の欲求を満たすことである。国民の身の安全が確保されていることである。他国の侵攻に対する国防や、暴力や革命に対する治安維持が、これにあたる。また、生活が保障され、自分の財産が守られ、維持・増加できるよう、社会秩序が維持されていることである。
 一般に政府の役割は国民の生命と財産を守ることだといわれるのは、国民のこうした生存と安全の欲求を満たすことである。生存と安全は、幸福の実現の最低条件である。
 ここで価値の概念を適用すると、価値とは「よい」と思われる性質である。生理的欲求、安全の欲求は、価値の実現を求める欲求であり、生命的価値と文化的価値の実現を求めるものである。文化的価値は、物質的価値と精神的価値に分かれる。生命的価値と物質的価値が、ある程度、実現しているとき、次の幸福の実現の条件となるのが、精神的価値の追及である。所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求は、精神的価値の実現を求める欲求である。
 精神的価値の追求は、マズローの段階説においては、まず第三の所属と愛の欲求を満たすことである。人間は、生存と安全が確保された環境では、社会や集団に帰属し、愛で結ばれた他人との一体感を求める欲求が働く。国家に所属することによる安心、集団において何か役割を持っているというやりがいなどがこれに当たる。国民または民族としてのアイデンティティを持つことは、各個人が自己のアイデンティティを保持するために、重要な要素である。国民的・民族的なアイデンティティの混乱や喪失は、個人に深刻な危機をもたらす。アイデンティティという用語を精神医学・心理学にもたらしたのは、エリック・エリクソンだが、彼自身、自己の民族的な出自に悩んだことが、アイデンティティ論のはじまりだった。
 次に第四の承認の欲求を満たすことである。人間には他人から評価され、尊敬されたいという欲求がある。その欲求が満たされるためには、個人の自由や名誉等が得られることが必要である。国際社会において、国民としての誇りを持てることは、これに当たる。国家や民族の固有の伝統・文化・価値を保ち、子孫に教え、受け継ぐことによって、国民としての誇りを保つことができる。国民としての誇りを持てない場合、国民は欲求不満に陥る。欲求不満は、健全な形で解決されないと、自信喪失によって自虐・自滅への傾向に進んだり、自信回復を目指し、独善的・排外的な傾向に進んだりする。
 さらに、高次の条件として、第五の自己実現の欲求が発揮できるようにすることである。それには、国民の個人個人が自己実現をめざすことのできるような環境を維持または創造することが必要である。自己実現の欲求は、まず個人の才能、能力、潜在性などを充分に開発、利用したいという欲求である。さらに、この欲求がより高次になると、自己の本質を知ることや、宇宙の真理を理解したいという欲求となり、人間がなれる可能性のある最高の存在になりたいという願望となる。それは悟り、宇宙との一体感などといったより高い目標に向かっていく。自己実現とは、自己の成ることのできる最高のものを目指そうとする精神的・心霊的な成長の欲求である。
 これらをまとめると、国益とは、生命的・物質的・精神的価値の実現によって、国民の幸福を実現し、増大することである。政府は、こうした重層的・複合的な価値を理解して、国益の実現に努めなければならない。

 次回に続く。


(1)アブラハム・マズローについては、下記の拙稿をご参照下さい。
「人間には自己実現・自己超越の欲求がある~マズローとトランスパーソナル学」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion11.htm
 目次から06へ

■追記
 本項を含む拙稿「人権ーーその起源と目標」第1部は、下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i-1.htm
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韓国は世界的な「売春大国」である2

2014-01-18 08:44:34 | 慰安婦
 韓国人売春婦は、アメリカにも積極的に進出している。韓国中央日報の2006年6月21日号は、ロサンゼルスでは、「毎月逮捕される70~80人の売春婦の9割が韓国人」との警察関係者の証言を報道した。ロサンゼルス警察が一斉摘発すると、韓国人売春婦たちはニューヨークに転戦した。
 「SAPIO」2012年12月号は、次のように伝えた。「米国では、最近5年間にニューヨークなど東部地域だけで200人以上の韓国人が売春容疑で摘発された。2011年には看護師資格で入国した韓国人女性が『ポドバン』(売春を斡旋する出張マッサージ店)を営業して、FBIに逮捕された」と。
http://www.news-postseven.com/archives/20121122_155298.html
 「ニューヨークでも規制が厳しくなると、韓国人売春婦たちは米国南部に移動した。しかし、マッサージ店が売春の温床になっているとして、米国南部でも韓国人街にあるマッサージ店の取り締まりが強化されている」、と「サーチナ」2012年6月17日号は伝えている。
 韓国人女性たちは、春をひさぐために、オーストラリアにも渡っている。
 オーストラリアでは、2003年までは減少していた売春婦が、2004年から急増した。これは韓国が性売買特別法を実施したことで、韓国人の売春婦たちがオーストラリアへ流れたためと見られる。
 オーストラリアの市民団体は 2011年、オーストラリアの歓楽街で売春に従事する韓国人女性が1000人以上に達することを報告した。オーストラリア政府は、同年、ワーキングホリデー・ビザで滞在していた韓国人3万5000人のうち、1000人超の女性が売春しているとして、韓国政府に抗議して大問題になった。
 「サーチナ」2012年6月21日号は、次のように伝えた。
「中国国際放送局が2012年6月20日付で報じたところでは、韓国の釜山警察は、韓国で売春に従事するすべての女性のうち約10%が米国や日本、オーストラリアなど海外で活動しており、近年ではドバイに出国する売春婦が急増していると発表した。
 海外で売春に従事する韓国人女性のほとんどが2カ月有効の旅行ビザで出国するという。韓国人売春婦が海外で身体を売り、手にする1カ月あたりの収入は2000万ウォン(約134万円)から3000万ウォン(約202万円)にのぼる」と。年収に換算すると、1600~2400万円にもなる。
 「サーチナ」の記事によると、釜山警察庁国際犯罪調査科の責任者は「海外へ出稼ぎに行く韓国人売春婦の半分は借金返済が目的だ。われわれの計算ではおよそ2万人の韓国人女性が日本で売春に従事しているほか、1万人がオーストラリアで売春を行っている」と述べたほか、米国での人数については「メキシコから密入国するために具体的な人数を調べるのは難しい」と述べている。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0621&f=national_0621_018.shtml
 このように米国やオーストラリア等で韓国人女性を中心とした売春組織が相次いで摘発されるなど、韓国の売買春問題が国際的に注目を集める中、国際的な非政府団体「ノット・フォー・セール(Not For Sale、NFS)」は韓国に支部を設立することとした。NFSは2006年に、児童労働力の搾取や売買春を根絶するために設立された非営利団体である。
 「チョソン・オンライン」は、2012年7月22日、NFSのデビッド・バストン代表(米国サンフランシスコ大学教授)へのインタビュー記事を掲載した。
 バストン教授は、同紙に対し、「今年中に韓国支部を立ち上げ、韓国はもちろんアジア全域の売買春被害者を救い出し、自立できるようにしたい」「特に韓国では違法なヤミ金融と連携した国際的な売春の予防を優先させたい」と述べた。
 記事は、次のように書いている。
 「バストン教授が売春に携わる韓国人女性と最初に関わったのは2007年。バストン教授は『当時はロサンゼルスでFBIと協力し、あるマッサージショップで働いていた売春目的の韓国人女性100人を摘発した。女性たちは全員が国外退去となったが、後にほとんどが韓国に戻ってから再び売春をしたり、家族に見捨てられたりしていると聞いた』と述べた。
 韓国政府が最近打ち出した違法ヤミ金業者の根絶対策に注目しているというバストン教授は『韓国では女子大生がヤミ金から学資金を借り、これを返済できず売春を始めるケースが増えている。一度違法ヤミ金業者に関わってしまうと、売春をすればするほど逆に借金が増え、最終的に抜け出すことができなくなる』と指摘した。
 バストン教授はさらに『韓国は1人当たりGDP(国内総生産)が2万ドル(約158万円)を上回る先進国なのに、世界で売春を行う女性が多いのは非常に特殊な現象だ』とも述べた。海外に出てまで金のために売春を行うのは、開発途上国の貧しい女性がほとんどだというのだ」と。
 続いて、「チョソン・オンライン」は、次のように報じている。
 「韓国人女性による海外での売春問題は非常に深刻だ。米国とオーストラリアの両政府によると、米国で売春目的で働く外国人女性の4人に1人(23.5%)、オーストラリアでは5人に1人(17%)が韓国人で、そのため韓国は『売春婦輸出国』という汚名を着せられているほどだ。韓国国内での風俗業の市場規模もおよそ15兆ウォン(約1兆300億円)と推定され、関係する風俗店の数は4万6000件以上に上り、ここで働く女性の数は27」万人に達する」と。
http://www.chosunonline.com/site/data/img_dir/2012/07/22/2012072200159_0.jpg
 バストン教授がいうように、韓国は1人当たりGDPが2万ドルを超える先進国でありながら、これほど売春を行う女性が多いのは非常に特殊な現象である。そこには19世紀末で身分制度による売春婦がいた歴史や、性道徳の低さ、悪質な売春業者の存在がうかがわれる。
 韓国は、戦前日本軍によって多くの女性が強制連行され、慰安婦にされたといって、根拠なく日本を非難しているのだが、今日の韓国人女性は自ら求めて日本に来て、売春をして金を稼いでいるのである。さらには、アメリカはオーストラリア等に進出してまで違法な売春をして、多数摘発されている。
 韓国は、世界的な「売春大国」である。朴槿恵(パク・クネ)大統領は、自国の女性たちが多数海外に渡って違法な売春をしていることを恥じ、売春婦・売春業者をしっかり取り締まるべきだろう。

 韓国国民は、67年以上前の戦前の日本軍の慰安婦の問題を、ことさらに取り上げる。今や大統領が先頭に立って、慰安婦の個人補償を要求するまでになっている。だが、根拠のないものをいくら宣伝しても、歴史的な事実は変わらない。韓国に真の愛国者がいるならば、世界に知られる現代の韓国の売春事情をこそ恥じ、自国の改善を図るべきだろう。(了)
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