ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ジョン・F・ケネディ暗殺事件の闇4

2013-11-30 08:39:09 | 国際関係
●JFK暗殺後のアメリカ

 ジョン・F・ケネディが暗殺された後、弟のロバートも暗殺された。ロバートは、ジョンが大統領だった時、司法長官として兄の指示を受けて、活動した。兄の死後は、大統領候補として人気があった。次の大統領選挙で大統領になる可能性が高かった。ロバートは、兄の遺志を継いでアメリカを変えようとしていた。
 しかし、彼までもが、1968年(昭和43年)夏、暗殺されてしまう。ジョンだけではなく、ロバートも暗殺されたということは、ケネディ兄弟が目指していたものを絶対に望まない勢力が、彼らの暗殺を首謀したことをうかがわせる事実である。
 アメリカは、自由とデモクラシーの国であることを標榜している。確かにアメリカには言論の自由、表現の自由、経済活動の自由等がある。しかし、その国家を実際に支配している支配層の中核にいるのは、巨大国際金融資本であり、その資本と結びついた軍産複合体だろうと私は思う。
 私は、9・11、つまり2001年(平成13年)9月11日に起こったアメリカ同時多発テロ事件にも、軍産複合体の関与があると見ている。
 たとえば、ハリバートン社は、9・11後のイラク戦争で軍需関連の仕事を多く受注し、多大な利益を上げるようになった。かつて同社のCEO(最高経営責任者)をしていたのが、チェイニー副大統領である。チェイニーがハリバートン社に仕事をもたらし、チェイニーも利益を得ただろうことは、想像にかたくない。
 またアメリカ最大の軍需関連企業カーライル投資グループと、ブッシュ(子)大統領の関係は深く、彼がテキサス州知事から大統領になるのを同社は後押ししている。またブッシュ父は、自分のスタッフだったジェームズ・ベイカー元国務長官とともに、公共事業をカーライル社に発注し、同社を巨大企業に育て上げた。現在のカールッチ社長は、9・11当時のラムズフェルド国防長官と大学が同窓で、関係が深い。
 今日に至るこうした政府と軍需産業の関係が確立されたのは、ケネディの暗殺後である。私はケネディ暗殺事件の真相究明なくして、アメリカ合衆国の深層構造は解明されないと思う。そして、その深層構造の中に、9・11とアフガン=イラク戦争の隠された原因もあるだろうと考えている。
 アメリカ合衆国では、軍産複合体、及びそれと深く結びついた巨大国際金融資本の権益を侵さない範囲であれば、政治や報道は自由に民主的に行われ、人権も擁護される。だが、その権益を犯す行為に対しては、あらゆる手段をもって徹底的な抑圧や排除が行われる。アメリカの国家社会には、そういう構造が出来ているのだろうと私は思う。
 ケネディ暗殺事件を調査したウォーレン委員会は、オズワルドの単独犯行として1964年に報告書をまとめた。ケネディを後継したジョンソン大統領はその証拠資料を75年後の2039年まで非公表と決めた。ジョンソンは繰り返しこの事件は謀略ではないと語ったが、証拠を75年間非公表にしたということは、それだけ長期間公表できない重大なことがあるということを意味している。証拠資料は1992年にCIAによって一部が開示されたが、ほとんど読む価値のないものばかりだった。重要な部分は非公表のままである。しかも、米国国立公文書記録管理局に保存された証拠の一部が火事で焼けたり、何者かに盗まれたことが明らかになっている。それによって既に重要な資料が消却または隠ぺいされている可能性もある。
 ケネディ家の人間がケネディ暗殺事件の証拠書類の開示を求めて、公に米国政府と争ったことはないようである。このたび駐日米国大使となったキャロライン・ケネディも同様だろう。彼女には遺族として政府に情報の公開を求める権利があるが、ケネディ家には自制または政府との間に何らかの合意があるのかもしれない。
 ケネディ暗殺事件の真相が解明されなければ、アメリカの権力構造の実態は把握できない。ケネディ暗殺事件の真相が暴露されたとき、アメリカ合衆国という国家の威信、信用、権力の正統性は大きく揺らぐかもしれない。だが、その課題を乗り越えないと、アメリカ合衆国は、世界を指導する国家としての地位を維持し続けることはできなくなるだろう。(了)

関連掲示
・拙稿「9・11~欺かれた世界、日本の活路」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12g.htm

■追記

 本稿を含む拙稿「現代の眺望と人類の課題」は、下記に掲示しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09f.htm
 「ケネディ暗殺事件の闇」は、第7章(3)
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ジョン・F・ケネディ暗殺事件の闇3

2013-11-29 08:43:31 | 国際関係
●ケネディの挑戦とそれへの反発

 なぜケネディは暗殺されたのか。誰が何の目的で大統領を暗殺したのか。暗殺の首謀者にはいろいろな説があるが、事実はどうなのか。21世紀の今日も、はっきりしていない。
 犯行を計画したり、または関与したりしたという疑いが出ているのは、リンドン・ジョンソン副大統領、CIA、軍産複合体、大統領選でケネディに敗れたニクソン、ブッシュ(父)、イスラエルの諜報機関モサド、ギリシャの大富豪オナシス等である。彼らのうちの単独犯という説もあれば、複数による共謀説もある。

 事件の原因を考えるには、ケネディの行っていた政策と暗殺後のアメリカの変化を検討してみる必要があるだろう。
 最初に概略を述べると、ケネディは、軍産複合体の肥大・暴走を防ぎ、軍産複合体の諜報部のようになっているCIAを抑えようとした。ベトナム戦争では早期撤退を進めようとした。また彼は、軍産複合体と結合した巨大国際金融資本から通貨の発行権を政府に取り戻そうとした。イスラエルの核保有への協力を拒否した。マフィアを一掃し、彼らに有罪を宣告しようとした。これらを通じて、ケネディは、大統領の権限を強め、非政府集団からリベラル・デモクラシーを守ろうとした。ケネディの死後、こうした彼の試みは次々に覆され、政府が背後の非政府集団によって動かされる構造がアメリカ合衆国で出来上がっていったと私は考える。
 以下、この点を具体的に述べたい。

①ケネディは、肥大化し、独自の動きをするCIAを潰そうとし、反発を受けた。

 ケネディは、CIAの影響力を徹底的に弱めようとした。創立者で初代長官のアレン・ダレスを辞めさせ、CIAの犯罪を調査する委員会を設置したり、CIAの権限を制限しようとしたりした。
 ケネディに罷免されたダレスは、ウォーレン委員会の委員となった。事件の真相究明を封じることのできる立場にいたわけである。
 暗殺事件へのCIAの関与は、多くの研究者から疑われている。たとえば、ケネディの乗っていた車は、暗殺直前に防備が解除または手薄にされた。それができたのは、CIAしかないと考えられる。
 ケネディの死後、CIAは一層肥大化した。CIAが世界最大の麻薬取扱い組織であることは、公然の秘密である。ベトナム戦争が長期化した理由の一つには、麻薬の生産地である黄金の三角地帯をめぐる争いがあった。
 当時インドシナ半島には、「黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)」と呼ばれる地域があった。ラオス・ビルマ・タイにまたがるこの地域は、世界最大のアヘンの産地だった。1960年代の世界で、アヘンの70%を生産していたのである。ベトナム戦争によりこの地域の麻薬生産の支配権を手に入れることによって、CIAは世界最大の麻薬ディーラーになった。
 どうして麻薬なのか。麻薬は、CIAの重要な資金源なのである。世界的に諜報活動を展開するには、莫大な資金がいる。国家予算として公表される費用以外に、自由に使える資金が必要である。その秘密資金を生み出すのが、麻薬取引と見られる。ベトナム戦争で、CIAは三角地帯を支配し、そこから大量のヘロインをアメリカに運び、多額の利益を生んだ。兵士の遺体を移送するとき、体内に麻薬を詰めて、本国に運んだ。ベトナムで麻薬におぼれた兵士たちは、帰国してからも麻薬を続けた。アメリカは、ベトナム戦争によって麻薬が蔓延する社会となった。
 ちなみにブッシュ(父)は、大統領になる前、1970年代にCIAの長官をしていた。彼が大統領だった1989年(平成元年)、アメリカは、パナマのノリエガ長官を急襲・逮捕した。これは、CIAの麻薬の利権にかかわる事件だったことが、アメリカ議会で明らかにされている。

②ケネディはベトナム戦争では早期撤退を進めようとして、軍産複合体の不利益を招いた。

 アメリカは、ベトナムの共産化を防ぐため、南ベトナムの反共政権を支援していた。しかし、ケネディは、ベトナムには直接軍隊を派遣せず、またベトナムから軍隊を早期に撤退させ、戦争マシンを止めると誓った。CIAの縮小とともにこうした政策は、軍産複合体にとっては、不利益だった。
 ケネディ暗殺後、副大統領から大統領に就任したジョンソンは、軍産複合体の意思を体現した人物だった。彼は、トンキン湾事件を捏造し、1965年(昭和40年)、北爆開始により、戦争を拡大した。アメリカは以後、73年(48年)に撤退し、戦争終結が宣言されるまで、泥沼のような戦争を続けた。その間、戦争特需により、軍産複合体は、さらなる成長を続けた。
 今日アメリカでは軍産複合体が一層強大化し、巨大国際金融資本ともども、アメリカ政府を動かすようになっている。ペンタゴン、CIAと軍需産業が一つのグループをなし、相互に人事交流している。軍需産業から政府首脳となり、ペンタゴンから民間企業に天下ったりする。アメリカの歴代首脳の多くが、軍需産業の幹部を歴任している。
 軍産複合体と巨大国際金融資本は、ビジネスで結びついている。1967年(昭和42年)、ジョンソンは、ベトナム戦争の最中に、ソ連に対する経済封鎖の解除を行った。北ベトナムとべトミンの背後にはソ連がいるのだから、経済封鎖の解除は、ソ連の軍需物資の入手を手助けするようなものである。しかもソ連が軍需工場を設立したり、ベトナムに送る軍需物資の購入を行う資金は、当時ロックフェラー財閥が支配していたチェイス銀行(現JPモルガン・チェイス銀行)が融資していた。

③ケネディは通貨の発行権を民間から政府に取り戻そうと考えたが、暗殺で頓挫した。

 アメリカでは通貨発行権は政府にはない。連邦準備制度(FRB)という民間銀行が通貨発行権を握っている。ケネディは、連邦準備制度に対抗し、財務省に銀行証券を発行するよう行政命令を出した。これは、通貨の発行権を政府に取り戻そうとする試みだろう。連邦準備制度に集う巨大国際金融資本にとっては、権益を侵す挑戦である。
 ケネディが発行させた銀行証券は、暗殺により頓挫した。発行した40億ドル分は、市場から回収された。以後、ケネディのような試みをする大統領は出ていない。

④ケネディはイスラエルの核保有への協力を拒否した。

 ケネディは、イスラエルが核開発をすることを認めなかった。イスラエルの初代首相ダビッド・ベングリオンは、こうしたケネディに激怒した。ベングリオンは、イスラエルの諜報機関モサドに大統領暗殺の陰謀に関与するよう指示したことを疑われている。
 ケネディが暗殺された後、アメリカはイスラエルの核保有を黙認するようになった。事件の4年後、1967年(昭和42年)に、アメリカはイスラエルへの主要武器供給国となった。また、1960年代から、イスラエルはアメリカの政界・議会へのロビー活動を活発に行い、アメリカ指導層をイスラエル支持に固めた。以後、アメリカの政府・議会は、アメリカの国益よりイスラエルの国益を優先するような判断・行動を多くしている。
 なおケネディの考えが改まらないことを悟ったベングリオンは、共産中国と組むことを決め、ひそかに共同取引を開始した。そしてイスラエルと中国は協力して核開発を進めた。中国は、その後、パキスタン、イラン等のイスラム諸国にも核技術を提供している。

⑤ケネディはマフィアを一掃しようとし、暗黒街の怒りを買った。

 ケネディは、マフィアを一掃しようとし、彼らに有罪を宣告しようとした。マフィアは怒った。ユダヤ系マフィアの大物マイヤー・ランスキーもその一人だった。オズワルドを殺害したジャック・ルビーは、ランスキーの手下だった。ルビーもユダヤ人だった。
 アメリカのマフィアといえば、イタリア系マフィアというイメージがあるが、これはユダヤ人が支配するハリウッド映画界によって作られたイメージである。実際はアメリカ最大のマフィアはユダヤ系である。そのユダヤ系マフィアとイスラエルとの間には、宗教的・民族的なつながり、共通の利害関係もあるだろう。

 次回に続く。

■追記

 本稿を含む拙稿「現代の眺望と人類の課題」は、下記に掲示しています。
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 「ケネディ暗殺事件の闇」は、第7章(3)
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ジョン・F・ケネディ暗殺事件の闇2

2013-11-27 08:43:14 | 国際関係
●ケネディ暗殺のなぞ

 アイゼンハワーの後任は、ジョン・F・ケネディだった。ケネディは、アイクの警告をよく理解し、積極的な対応を試みた。
 しかし、ケネディは1963年(昭和38年)11月22日、テキサス州ダラスでパレード中に暗殺された。テレビで生中継されている間の衝撃的な出来事だった。自由とデモクラシーの国・アメリカで、現職の大統領が白昼、大衆の注視の中で暗殺されたのである。
 政府はすぐ、連邦最高裁長官のウォーレンを委員長とする真相究明委員会を設置した。委員会は、事件の約10ヵ月後、オズワルドの単独犯行だとする最終報告書を出した。報告書には矛盾が多く、この事件には不可解な点が多い。今日もなお証拠が公開されておらず、真相は不明なままである。そして、ケネディの死後、軍産複合体は一層強大化し、アメリカのみならず世界の動向に重大な影響を及ぼしている。
 私は、ケネディ暗殺事件の真相が解明されなければ、アメリカ合衆国の重大部分を把握することができないと思う。またアメリカという覇権国家の深部が明らかにならなければ、現代世界の諸問題を根底からとらえることには難しい点があると思う。そういう意味で、封印されたケネディ暗殺事件の真相解明は、人類にとって重要な課題の一つだと私は思っている。
 ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件には、なぞが多い。その主なものを挙げる。

①ウォーレン委員会の報告書は、ケネディの乗った車が、オズワルドが隠れていたビルの前を通り過ぎた後に、狙撃がされたと明記している。
 しかし、暗殺現場を撮影したザプルータ・フィルムによると、ケネディは前方からの銃撃によって前頭部を撃たれ、脳の一部が後方に飛んでいる。また頭が後ろにのけぞるほどの衝撃だった。
 このことは、後方のビルにいたオズワルドの単独犯行説では説明できない。

②オズワルドがいた教科書ビルの窓からは、木の葉が邪魔して狙撃しにくい。単独犯なら確実に狙撃できる場所を選ぶはずである。

③オズワルドは「射撃の名手」とされるが、海兵隊時代の記録からは名手とは言えない。なにより、オズワルドには銃を撃った後に検出される硝煙反応が検出されなかった。

④大統領を討った1発目の銃弾はそれたが、2発目は首、3発目は頭部に当たり、ケネディは民衆の前で倒れた。
 報告書は、犯人は5秒程度で3発発射したとしている。しかし、オズワルドが使用したボルトアクション方式のカルカノ銃では、5秒程度の間に3発発射し、うち2発を命中させるのは至難である。

⑤大統領に致命傷を与えた最も正確な射撃は3発目とされる。しかし、通常は1発、2発、3発と撃つごとに照準に狂いを生じる。

⑥大統領と同乗者の他の被弾箇所は、5箇所ある。報告書は1発の銃弾というが、それでは、ほぼ説明不可能である。多方向から撃たれていると考えられ、複数犯である可能性が高い。

⑦報告書は、ケネディ大統領の頭蓋骨に銃弾が命中したとしている。銃弾は骨に当たると少なからず変形する。しかし、公表された銃弾には、変形がなく、新品のようだった。

⑧オズワルドは「やったのは俺じゃない。俺は身代わりにされた。そう、はめられたのだ」と述べた。その後、彼は取調べの始まらないうちに殺害された。場所は、こともあろうにダラス警察署内だった。通常警察署内に武器は持ち込めない。警察が殺人を容認していた可能性がある。

⑧オズワルド殺害の犯人ジャック・ルビーは、ユダヤ系マフィアの大物マイヤー・ランスキーの手下だった。ルビーもユダヤ人だった。ウォーレン委員会でウォーレン委員長は、ルビーに証言させないことを決定した。真相解明のためには、ルビーの証言は不可欠なのにである。

⑨大統領の車が通るルートは、突然変更になった。通常、シークレット・サービスなどによりあらかじめ通る場所が綿密に選定され、緊急事態などの状況以外にはルートを突発的に変更する可能性は低い。

⑩2006年(平成18年)3月、暗殺直前の現場を撮影した動画がネットに掲示された。ケネディの乗ったオープンカーの動きを後ろから取った映像である。大統領の乗った車の後ろから警護する車の中で、背広姿の男が立ち上がる。その男が合図をすると、ケネディの車のすぐ脇にいたシークレット・サービスが車の側から離れる。指示をされた警護員は、手を広げてどうしてだというポーズを取る。大統領の乗った車は、無防備な状態でパレードを続け、銃弾を浴びた。

⑪事件の目撃者、関係者は21人いた。その全員が事件後4年以内に亡くなっている。死因は変死、交通事故などとされている。21人もの目撃者、関係者が全員4年以内に亡くなることは、確率的に極めて低く、特異な現象である。

 以上、事件の不可解な点のうち、主なものを挙げた。
 事件直後、何者かが真相を隠そうとしているという疑いが広がった。しかし、マスコミは、報告書の矛盾を暴露し、異議を申し立てることをしなかった。事件は、うやむやになっていった。
 現職の大統領が白昼公然と暗殺されるという重大事件だというのに、事件の真相は、21世紀の今日もなお解明されていない。証拠物件は、政府によって、2039年まで公開されないことになっているからである。なぜそうしなければならないのか。極めて不自然であり、真相を隠蔽する必要あってのことだろう。

 次回に続く。

■追記

 本稿を含む拙稿「現代の眺望と人類の課題」は、下記に掲示しています。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion09f.htm
 「ケネディ暗殺事件の闇」は、第7章(3)
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ジョン・F・ケネディ暗殺事件の闇1

2013-11-26 10:30:48 | 国際関係
●はじめに

 米国大統領ジョン・フィッツジェラルド・ケネディが1963年(昭和38年)11月22日に暗殺されてから、50年がたった。暗殺50年の今年、時もまた11月の下旬に、長女のキャロライン・ケネディが駐日米国大使として赴任した。
 ケネディ暗殺事件には謎が多い。米国政府の方針により、2039年まで証拠資料は非公開とされ、真相は封印されたままである。この事件の闇について書きたい。



●アイゼンハワーの警告

 ジョン・F・ケネディ暗殺事件を振り返るには、ケネディの前に大統領だったアイゼンハワーの言葉に注目しなければならない。そこに事件の背景があるからである。
 第2次世界大戦終結から5年を経た1961年(昭和36年)の1月、アイゼンハワー大統領は、全米に中継放送された辞任演説で、軍産複合体の危険性を国民に語った。「この巨大な軍隊と軍需産業の複合体は、アメリカが経験したことのない新しいものである。(略)大変な不幸をもたらす見当違いな権力が増大していく可能性がある。軍産複合体が我々の自由と民主主義の体制を危険に陥れるのを、手をこまねいて待っていてはいけない」と。
 アイゼンハワーは、第2次世界大戦で連合国軍総司令官としてノルマンジー作戦を成功させた英雄である。その軍人上がりの大統領が、軍産複合体が政治に介入し、政府を動かそうとしていることを国民に警告した。当時、巨大化した兵器工業界、軍事技術開発機関、軍事関係議員、軍事ロビイスト等が連携し、それぞれの利益のために軍拡路線を推進しようとしていたのである。
 第2次大戦を通じて、アメリカでは軍需産業が大いに繁栄した。その中から軍産複合体が出現する。軍産複合体は、その後のアメリカの政治に大きな影響を与え、政府の政策を左右するようになる。
 軍需産業は、産業資本である。産業資本と金融資本は、共通利益で結ばれている。産業資本が金融資本を潤し、金融資本は産業資本を支える。これらの資本にとって、最大のビジネスチャンスは戦争である。戦争は、一大公共事業であり、多大な需要を生み出す。また雇用も生み出す。ケインズは、完全雇用は戦争以外では実現できないことを認識していた。ニューディール政策は、戦争によって初めて限界を破り、戦争によってアメリカは未曾有の好景気に入った。
 大戦後のアメリカは、軍事的にも経済的にも世界最大の強国となった。戦争で成長した軍需産業の中から、戦争で利益を上げる大規模な企業集団が出現した。その企業集団と国防総省、軍、CIA等が結びつき、巨大な勢力となった。それが軍産複合体である。
 軍産複合体は、核兵器の開発の中で形成された。アメリカは、世界に先駆けて原子爆弾の開発を進め、これに成功した。原爆の開発には、最先端の科学が応用され、大規模な新施設や多くの人員が必要である。開発費も莫大である。軍需産業にとっては、通常兵器とは規模の違うビジネスが、核兵器の開発・生産だった。そこに軍産複合体が形成された。
 いったん肥大化した軍需産業は、利益を維持するため、需要の継続を求める。戦後のアメリカには、ソ連による世界の共産化を防ぎ、自由とデモクラシーを守る使命があった。そのため、軍事力を増強し、世界各地に広く軍隊を派遣した。アメリカ軍が世界各地に駐屯することにより、アメリカの軍需産業は政府から多くの受注を受けた。
 しかし、軍需産業にとって最も大きなビジネスチャンスは、戦争である。戦争は、武器・弾薬を始め、兵隊の食糧・生活物資等、膨大な需要を生む。恩恵を受ける企業は多くの分野に及ぶ。自国が戦場にならない戦争は、大いに儲かる。だから軍需産業は、新たな戦争を求める。そしていったん戦争が始まると、これを可能な限り長引かせようとする。戦争が長く続くほど軍需産業は潤う。アメリカに出現した軍産複合体は、自らの利益のため、政府に働きかけ、政策を左右するようになっていった。
 アイゼンハワーは、辞任演説で軍産複合体の危険性を国民に訴えたのである。

 次回に続く。
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人権71~国家の分類

2013-11-24 08:32:31 | 人権
●国家の分類

 次に国家の歴史・機能・統治形態による分類について述べる。
 まず国家の歴史的な分類としては、マルクスの説が代表的である。マルクスは、近代西欧の国家が形成される以前に、アジア的国家、奴隷制国家、封建制国家、絶対主義国家が存在したとする。マルクスは、19世紀的な進歩の観念のもとに、単線的な発展を想定する歴史観に立っていた。だが、奴隷制国家は、古代ギリシャ=ローマの文明の国家であり、封建制国家・絶対主義国家はその文明が滅亡した後に興隆した西洋文明の国家である。これらの文明は、文化要素の継承は見られるが、単純に連続してはいない。またアジア的国家は、非常に大雑把な仮説であって、果たして一個の類型とし得るか、多くの論議がされてきた。文明学の研究は、この仮説を斥ける。
 次に西欧発の近代国家には、政治的には市民国家(社会契約説的国家)・国民国家、経済的には資本主義国家・社会主義国家があるとするのが、通説となっている。しかし、非西欧社会には、西欧における封建制が存在せず、封建制国家から資本主義国家へという発展図式が当てはまらない社会がほとんどである。例外は日本だけである。また西欧における市民革命を経ずに、資本主義が移植されて発達している国々が、非西欧では大半である。軍事政権による経済的近代化が一定の成功を見せている国も多い。いわゆる社会主義国家については、資本主義国家と全く経済原理の異なる国家とは私は認められない。資本主義国家と社会主義国家の違いは、自由主義的な資本主義と統制主義的な資本主義の違いであり、後者はこれをマルクス・レーニンらの思想で粉飾しただけである。思想は社会主義だが、実質は官僚集団の所有による国家資本(政府資本)を主とした統制経済体制である。旧ソ連は、ブレジネフ書記長の時代に、ソ連は共産主義の段階に到達したと発表した。しかし、その後、ソ連は経済的な停滞を主たる原因として崩壊した。それゆえ、通説に基づいて国家を類型的に分類する試みは、うまくいかないのである。
 次に、国家の機能的な分類について、通説では、近代国家において、国家(政府)の機能が最も小さいものが夜警国家(消極国家)、最も大きいものが福祉国家(積極国家)とされる。夜警国家とは、17世紀から19世紀にかけての主要な国家観であり、政府の役割は、国防と治安の維持だけでよい、経済については自由放任で、市場の機能に任せたほうがよいという考え方である。古典的なリベラリズムの国家観である。これに対し、20世紀には政府の経済への積極的な関与を求める福祉国家という国家観が発達した。福祉国家観は、政府が市場に一定の管理を行うもので、修正リベラリズムの国家観である。これが今日の国家観の主流になっている。
 福祉国家観に対抗する思想に、古典的リベラリズムの伝統を継ぐリバータリアニズムがある。米国には根強い支持者がおり、国家の機能を最小限度にすべきだという消極国家を提唱している。リバータリアンの消極国家観は、自由を最高価値とする思想から生じる国家観である。一方、自由と平等のバランスに配慮する思想からは、積極国家観が生じる。さらにもっと平等を重視する思想は、社会主義及び共産主義の国家観に近づく。社会主義を標榜する国家は、自由主義的な資本主義の福祉国家以上に政府の機能が大きい。とりわけ共産主義国家は、計画経済を試みるため、政府が極限的に肥大する。
 次に、国家の統治形態による分類としては、西欧では古代ギリシャのアリストテレスによる分類が原型となっている。アリストテレスは、国家を統治権者の数によって、君主政治、貴族政治、民主政治の三種に区分した。統治権者が一人、数人、多数として分けられる。アリストテレスは君主政治は堕落すると暴君政治になり、同じく貴族政治は寡頭政治、民主政治は愚民政治になると説いた。
 15~16世紀イタリアの政治思想家マキァヴェリは、国家の分類の基準を国家意思の構成に置き、君主制と共和制に分類した。君主制には専制君主制と立憲君主制がある。立憲君主制とは、憲法を制定し、君主の権利・権力を制限する制度である。君主が統治権を保有しているが、その運用は憲法に従う。共和制とは、君主が存在せず、人民が統治を行う制度である。共和制には、民主政治と独裁政治がある。民主政治(デモクラシー)は、国民が直接・間接に政治権力に参加している政治であり、独裁政治は独裁者または独裁集団が権力を掌握している政治である。
 近代西欧では、君主制・共和制を問わず、民主政治が主流となっている。だが、共産主義革命によって20世紀に出現した国家もまた民主政治を標榜する。社会民主主義または社会主義的な民主主義の名のもとに、階級闘争による民主集中制を唱えるが、その実態は共産党による独裁政治を偽装したものである。
 ここで、わが国で「民主主義」と訳されるデモクラシーについて述べたい。民主主義という訳語は、デモクラシーが「国民主権」及び「人民主権」と同義であるという誤解を招く。デモクラシーは、古代ギリシャ語のデモス(demos、人民)とクラティア(kratia、支配)を合わせたデモクラティア(democratia)を語源とする。民衆が政治権力に参加する制度を意味する。またその制度を実現・拡大しようとする思想・運動を意味する場合もある。
 民衆が一応国政に参加できる仕組み、つまり議会なり選挙なりの形式さえあれば、どのような政体でもデモクラシーと呼び得る。君主制のイギリスも、共和制のアメリカも、民主集中制の名のもと実は共産党官僚独裁の旧ソ連も、デモクラシーを自称できる。共産党が事実上の独裁を行っている中国や、金一族が三代世襲を続けている北朝鮮では、建国以来、一度も民主的な選挙が行われていないのに、「人民民主主義」を国名に入れている。経済体制については、資本主義でも社会主義でも、自由経済でも統制経済でも計画経済でも、デモクラシーと主張できる。それゆえ、デモクラシーというだけでは大して価値はない。デモクラシーを真に価値あるものにするには、国民の自由が保障され、権利が行使される体制が形成されなければならない。すなわち、リベラル・デモクラシーであってこそ、デモクラシーは真の価値を発揮する。ただし、このことは、共和制が理想の政治体制であることを意味しない。西欧には、君主制を伝統的な政治体制とするリベラル・デモクラシーの国が多数ある。その代表がイギリスである。非西欧社会では、日本がその代表的な国である。これらの君主制リベラル・デモクラシーの国家は、伝統を保ちつつ、比較的安定した政治を行っている傾向がある。人権が最も発達し、保障されているのは、こうした国々である。

 次回に続く。

■追記

本項を含む拙稿「人権ーーその起源と目標」は、第1部を下記に掲示しています。
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion03i.htm
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韓国の慰安婦戦略の過熱と破綻3

2013-11-23 08:42:19 | 慰安婦
 先に、戦後韓国では政府が売春を公認・運営していたことが国会で追及され、被害者女性が政府を相手に損害賠償請求訴訟を起こす動きがあると書いたが、このことは、昨年から世界的に報じられていることである。
 24年1月8日、米紙「ニューヨーク・タイムズ」が、「元売春婦らが、韓国と米国が基地付近の売春を可能にしたと述べる」という見出しの記事を掲載したからである。同じ記事は翌日、同紙傘下の「ヘラルド・トリビューン」にも掲載された。どちらも国際面と1面で半分近くを占める分量の記事だった。執筆者は、両紙のソウル特派員である崔相薫(チエ・サンフン)である。私は、「週刊新潮」平成24年1月22日号で知った。
 「週刊新潮」によると、「ニューヨーク・タイムズ」の記事は、次のような書き出しで始まる。
 「韓国は長年にわたって、旧日本軍向け売春施設で韓国やその他の地域の女性が働かされていた戦時下の最も醜い歴史の一章、いわゆる従軍慰安婦問題について、日本政府がその責任範囲を曖昧にしていることを厳しく批判してきた」。そして、下記のように続く。
 「そしていま、今度は、韓国の元売春婦グループが、北朝鮮から韓国を防衛していた米軍兵士を相手に、自分たちにセックスをするよう奨励するという、別種の虐待を行なったとして、自国の元指導者を告発した。彼女たちはまた、韓国の歴代政権および米軍が、1960年代から1980年代にかけてセックスビジネスに直接かかわり米軍兵士が性病に罹らないように売春が行なわれるよう、性病検査および治療体制を共に構築したとして、利用者を告発している」
 「これらの女性たちは、(中略)韓国自体の歴史を厳しい目で検証することをせずに日本からの賠償を求めるのは偽善だと、歴代韓国政府を非難している」
 崔記者に対し、米兵士相手の「慰安婦」だったという金愛蘭(キム・エラン)さん (58)は、次のように語った。「韓国政府は、米軍相手の大手売春斡旋業者でした」「政府はGI相手にできるだけたくさん商売するよう熱心に奨励し、私たちを“ドルを稼ぐ愛国者”として賞賛したのです」と。
 他にも7名の元「慰安婦」らに取材した崔記者は、次のように書く。
 「米韓当局は、番号札を用いて女性を識別し、兵士達がセックスの相手をより容易に見分けられるよう、売春宿に番号札の着用を強要していたと女性たちは述べる」「性病に感染していると見なされた売春婦たちを韓国警察が連行し、女性たちによれば、窓に鉄格子がはまったいわゆる“モンキーハウス”と呼ばれる監視施設に監禁したという。この施設で、売春婦らは性病が治癒するまで治療を受けることを強要されたという」。
 ここで「モンキーハウス」というのは、朴正熙元大統領が直筆署名した公文書にある「性病管理所」のことと思われる。姓労働を通じて性病に罹った女性を「猿」呼ばわりする侮辱的な通称だろう。
 「ニューヨーク・タイムズ」は独自に韓国および米国の公文書を調査した結果、「これら公文書の中に、女性たちの主張の多くを裏付けるものが見つかった」「韓国では売春は違法であるにもかかわらず、基地付近での売春を韓国も米軍も容認していた、何十年にもわたり明らかであった」とも指摘している。崔記者は、記事の最後をジョンさん(71)という元慰安婦の悲痛な叫びで締め括っている。「自分の人生について考えれば考えるほど、私のような女性は、わが国と米国との同盟関係の最大の犠牲者だという気持ちが強くなってきます。振り返ってみれば、私の身体は私のものではなく、韓国政府、そして米軍のものであったと思います」と。
 この記事を紹介した「週刊新潮」は、崔記者に取材している。在韓米軍のために韓国政府が「慰安婦」を提供していたことは、当時韓国のマスコミで話題になったことはなく、タブー視されていた。崔記者は次のように語る。
 「確かに報道では触れられてきませんでしたが、これまで研究者による書籍や論文では書かれていたので、実は何も新しい話ではないのです」
 「60年代の韓国議会議事録には、米兵が休暇中にわざわざ日本に行って女性を買っている実態について議論され、これでは韓国にドルが落ちないから、外貨獲得の為に慰安施設を設置するべきと話し合われた内容が詳細に記録されている。韓国政府が積極的に米軍向け売春行為に関与したことは明らかです」
 「元慰安婦たちは口々に“自国の問題を棚に上げ、韓国政府が日本を非難するのは 偽善だ”と言ってましたが、私自身もまったく同感です」と。
 私は、先の項目に、本年11月被害女性支援団「セウント」の申英淑(シン・ヨンスク)代表が「政府が米軍を相手に事実上慰安婦を運営したという証拠が続々と現れている。早い時期に被害事例と証拠を集めて民主社会のための弁護士会と共に被害を賠償せよとの集団訴訟を起こす計画だ」と明らかにしたことを書いた。この動きは、既に24年1月の「週刊新潮」が伝えている。
 崔記者は、「セウント」副委員長の申英淑氏が、「我々の団体には、元慰安婦の女性が165名加入しており、このメンバーで集団訴訟を起こします。請求する金額や提訴の日付はこれから協議で詰めますが、在韓米軍の関与もあったわけですから、韓国政府だけではなく米国政府も被告とする方針です。我々以外の支援団体も今後、歩調を合わせることになれば、原告団はかなり大規模なものになるでしょう」と語ったと述べている。
 そのときから1年10か月ほどたち、韓国政府相手の集団訴訟の準備が進んでいるのだろう。
 24年1月、米紙「ニューヨーク・タイムズ」は「元売春婦らが、韓国と米国が基地付近の売春を可能にしたと述べる」という見出しの記事を掲載した。本年11月、韓国のユ・スンヒ国会議員は、朴正煕大統領が直筆で署名した公文書を示し、韓国政府が米軍兵を相手に売春する女性らを直接管理していたことを明らかにして、政府の対応を追及した。
 戦後韓国政府が使役した元慰安婦による集団訴訟が始まる。訴訟の展開は、戦前日本の慰安婦問題に少なからぬ影響をもたらすものと思う。その動向に注目したい。
 以上書いてきたように韓国では米国各地に慰安婦像を建設するなど反日的な慰安婦戦略が過熱する一方、韓国内からその戦略を揺るがすような動きが出ている。元慰安婦被害者は推定8~20万人とされていながら、被害者登録は243人しかいないことが国会で問題になっていること。韓国人学者が、女性たちを騙して虐待・搾取したのは大部分が同胞の朝鮮人の民間会社だった事実等を慰安婦の証言によって明らかにしたこと。戦後韓国では政府が売春を公認・運営していたことが国会で追及され、被害者女性が政府を相手に損害賠償請求訴訟を起こす動きがあることである。韓国の慰安婦戦略は過熱の中で、やがて破綻するだろう。問題はわが国政府の対応である。河野談話の撤回なくして、問題の解決と日本人の名誉の回復はできない。(了)

関連掲示
・拙稿「李明博大統領に謝罪と発言の撤回を求める~竹島・慰安婦・歴史認識」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12n.htm
コメント

韓国の慰安婦戦略の過熱と破綻2

2013-11-22 08:46:50 | 慰安婦
 次に、戦後韓国では政府が売春を公認・運営していたことが国会で追及され、被害者女性が政府を相手に損害賠償請求訴訟を起こす動きがある。
 韓国人は、戦前の日本軍の慰安婦問題について、日本の責任を追及し、これを国際問題として拡大することに熱心だが、戦後及び現在の自国の問題については、異なる対応をしてきている。
 だが、戦後、韓国政府が米軍を相手に事実上慰安婦を運営した証拠が続々と表れている。朴槿恵大統領の父・朴正熙元大統領が直筆署名の文書で許可していた公文書が発表された。賠償請求のため、韓国政府を相手にした集団訴訟が準備中である。http://japan.hani.co.kr/arti/politics/15985.html
 本件について伝える11月6日「ハンギョレ」及び11日「サーチナ」の記事によると、韓国の野党・民主党の兪承希(ユ・スンヒ)
議員は、同月6日に行われた女性家族部(註 わが国の省に当たる)の国政監査で、朴正煕(パク・チョンヒ)時代に国が米軍兵を相手に売春する女性らを直接管理し、女性らを「慰安婦」を呼んでいたことを示す資料を提示した。
 この国政監査で兪議員は、「米軍慰安婦という言葉を聞いたことがあるか」と発言し、「国が(米軍慰安婦を)組織的に主導した証拠がある」と述べ、国家記録院から提出を受けた「基地村浄化対策」という公文書を発表した。



 この文書は、1977年4月に作成され、表紙に朴正煕大統領が直筆で署名している。当時、淪落行為防止法(註 売春防止法のこと)によって厳格に禁止されていた性売買を国家が容認し管理したという証拠となる。文書は、当時政府が全国62カ所の基地村に9935人の女性が暮らしていたことを把握していたことを示し、基地村女性たちにとって問題であった性病対策と基地村区域再整理、水の供給などの内容を含んでいる。また、基地村女性たちに専用アパートを建てる計画があったことが記されている。兪議員は被害者の証言に基づき、専用アパートの建設は、公娼として認めることになるとの論争が起きたことで「白紙化された」と説明した。
 韓国では戦後、基地村の女性に対して「慰安婦」という用語を使用した。兪議員はまた、各地域に基地村の女性を強制的に収容する「性病管理所」があったとし、関連する条例や登記簿謄本を公開した。この中の議政府市の条例改定案には、「国連軍駐屯地域の慰安婦のうち、性別保菌者を検診、探し出して収容治療や保険・教養教育を実施する」との記述があった。
 兪議員は韓国政府に「軍独裁時代に行われた人権侵害や過ちを認めるべきだ」とし、被害女性の実態調査に乗り出すよう求めてきた。だが、当局は基地村被害女性に対する実態調査要請を受けても調査さえしていないことが明らかになった。
 兪議員が「当時性病にかかった基地村女性は強制的に収容生活をさせられた。事実上、国家が組織的に性売買を管理したわけだ」と指摘すると、趙允旋(チョ・ユンソン)女性家族部長官は「該当文書を初めて見る。 被害者支援の次元で文書が作成されたと見られる。 資料を見て全般的な考証作業を行う」と答えた。これに対し兪議員は 「昨年、金錦来(キム・グムレ)前長官に同じ質問をし、調査するという答弁を得た。1年間何の調査もしなかったということか」と問い質した。論難が交わされるとキム・サンヒ委員長が直接立って、「昨年の国政監査でも状況を把握して政策を樹立しろと要求した。 進展がないようだ。 長官がこの部分と関連して報告もまともに受けておらず、把握も出来ていないことに問題がある」と指摘したという。強制収容治療では性病が完治するまでペニシリン注射が行われ、この過程でペニシリン・ショックを起こして死亡する女性は多かったという。
 韓国政府は、自国の戦後慰安婦への対応をしていない。これに対し、基地村被害女性は国家政策のために被害を被ったとし、韓国政府を相手に損害賠償を請求する訴訟を起こす準備をしているという。被害女性の支援団体である「セウント」の申英淑(シン・ヨンスク)代表は「政府が米軍を相手に事実上慰安婦を運営したという証拠が続々と現れている。早い時期に被害事例と証拠を集めて民主社会のための弁護士会と共に被害を賠償せよとの集団訴訟を起こす計画だ」と明らかにしたと伝えられる。
http://www.hani.co.kr/arti/society/women/610074.html
 戦前の日本の慰安婦問題について、官憲が韓国人女性を強制連行したという公文書は見つかっていない。だが、韓国の戦後慰安婦には政府が米軍を相手に事実上慰安婦を運営したという公的証拠がある。大統領が署名している。
 慰安婦問題が国際人権問題だというのであれば、この際、ソウル市やグレンデール市等の慰安婦像の横に、米軍相手・韓国大統領公認の慰安婦像も建ててみてはどうか。

 次回に続く。
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韓国の慰安婦戦略の過熱と破綻1

2013-11-20 08:50:29 | 慰安婦
 7月30日米カリフォルニア州グレンデール市に、韓国以外で初めて慰安婦像が設置された。11月10日付の産経新聞の記事によると、この問題に関連して、韓国国会外交統一委員会に所属する国会議員らが、米国西部を対象に国政監査を行うため、在ロサンゼルス韓国総領事館に、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトルの総領事を集め、慰安婦問題を国際人権問題として扱うよう指示したという。議員らは「日本は慰安婦の歴史を歪曲し、慰安婦を韓日間の問題で収めようとしている」「この問題は人権と人類に反する国際問題だ」と主張し、米国社会で慰安婦問題を積極的にアピールしていくよう指示。議員らは、グレンデール市のウィーバー市長が日本のインターネットテレビに、語った発言を批判し、「領事館の立場を同胞(在米韓国人)社会にしっかり説明し、理解を求めなければならない」と強調したという。また議員らは、現地の在米韓国人や韓国系米国人のコミュニティーと連携しながら、「米国市民レベルでの草の根運動」を促すとともに、親韓派の養成も求めているという。
 韓国では、外交に係る国政監査を担う国会議員が、在米総領事に政策的な指示をする権限があるのか、私は存じないが、韓国側にとって、アメリカにおける慰安婦問題は、もはや「カリフォルニア州韓国系米国人フォーラム(KAFC)」のような民間団体の慰安婦像設置運動にとどまらず、国挙げて国政レベルで推進・拡大する問題となっていることはわかる。国際的な人権問題として戦略的に進めようとしているものだろう。
 これに対するわが国の政府の姿勢は、はなはだ弱い。河野談話を放置したまま、韓国の戦略的な攻勢に対抗するのは、不可能である。官房長官談話という根本原因を除かねば、多少外務省が慰安婦問題の広報に力を入れたところで、焼け石に水であることを、国家指導層は知らねばならない。
 韓国で反日的な慰安婦戦略が企図される一方、韓国内からその戦略を揺るがすような動きが出ている。第一は、韓国では元慰安婦被害者は推定8~20万人とされていながら、被害者登録は243人しかいないことが国会で問題になっていることである。第二は、韓国人学者が、女性たちを騙して虐待・搾取したのは大部分が同胞の朝鮮人の民間会社だった事実を慰安婦の証言によって明らかにしたことである。第三は戦後韓国では政府が売春を公認・運営していたことが国会で追及され、被害者女性が政府を相手に損害賠償請求訴訟を起こす動きがあることである。
 はじめに、韓国では元慰安婦被害者は推定8~20万人とされていながら、被害者登録は243人しかいないことが国会で問題になっている。8万人としても、0.03%とは呆れろ程の低さである。
 サーチナは11月5日の記事で、次のように伝えた。韓国国会の女性家族委員会に所属する野党・民主党、イン・ジェグン議員は同月5日、韓国政府が推定する日本軍慰安婦の被害者は8~20万人だが、そのうち確認できているのは243人のみだと、女性家族省の資料を基に明らかにした。イン議員は同省の「日帝強占下に日本軍慰安婦として動員された韓国政府が推定する人員ならびに真相調査現況」「対象者登録申請書」、及び委員会の「被害申告書」の資料を比較・分析して、登録者が少ない理由について、韓国政府が被害者を積極的に探していないからだと指摘。平均年齢が88歳に達する元慰安婦が自ら登録を申請することは困難であり、改善策を模索する必要があると主張した。
 イン議員によると、元慰安婦として登録されている237人のうち149人は慰安婦として動員された当時の年齢が不明で、10人の出身地が間違っていた。慰安婦被害者の登録手続きも一部進んでいなかった。イン議員は「日本軍慰安婦に関する記録を整理・管理すべき女性家族省が、基本的な資料管理すらできていない」と批判し、「(このような状況では)歴史的な真相究明はもちろん、正しい歴史教育もできない」と同省に根本的な対策をまとめるよう求めたという。
 次に、韓国人学者が、女性たちを騙して虐待・搾取したのは大部分が同胞の朝鮮人の民間会社だった事実を慰安婦の証言によって明らかにした。
 韓国人女性で世宗(セジョン)大学日本文学科教授である朴裕河(パク・ユハ)氏は、元慰安婦に調査をし、本年著書『帝国の慰安婦』を発表した。「ソウル新聞」の書評記事として伝えられるところによると、朴氏は「韓国人が持っている慰安婦のイメージは慰安婦の‘記憶と経験’の半分に過ぎない」と批判する。彼女は韓国人が既に知っていることとは少し違った慰安婦問題の隠された半分の真実、聞きにくく敬遠したい話を掘り起こす。
 第一に、朴氏は慰安婦らの証言を通じて韓国人の恥部を率直に表わす。女性たちをだまして戦場に引っ張っていき虐待と搾取を日常的に行った主体は大部分が同胞の朝鮮人の民間会社だった事実を慰安婦の証言を通じて明らかにしている。
 第二に、韓国人がイメージする慰安婦は「日帝が14~25才の女性労働力動員のために女子学生を中心に募集した挺身隊と混同した結果」であり、「こういう錯綜したイメージが日本に対する憎しみを強化し、本来、同族を売り飛ばした私たち(註 韓国人)の罪に目をとじさせているのではないか」と朴氏は問い直している。
 第三に、朴氏は慰安婦に向かって固定された民族主義的に偏向した認識を変えることが、かえって過去の歴史清算と東アジア平和の近道になると主張している。
http://www.imaeil.com/sub_news/sub_news_view.php?news_id=40792&yy=2013
 このように書評記事は「帝国の慰安婦」の主張を整理している。邦訳・英訳の待たれるところである。
 朴裕河氏は慶応大学、早稲田大学大学院で学んだ日本文学の研究者ということだが、著書発刊によって、激しい非難を受ける可能性が高い。韓国では「親日」とみなされる学者、有識者が公職を失ったり、自説を撤回させられたりしている。盧武鉉(ノム・ヒョン)政権時代には親日反民族行為者財産調査委員会を設け、「親日反民族行為者」及びその子孫の財産を没収する法律が作られた。拓殖大学教授の呉善花(オ・ソンファ)氏は、日本国籍を取得しているが、朴槿惠(パク・クネ)政権の本年7月甥の結婚式に参列するために韓国に行った際、仁川空港で入国拒否を言い渡された。こういう状態だから、朴裕河氏への圧力は相当のものとなるだろう。韓国人の中から勇気を以て真実を語る者が続かないと、事態は決して好転しない。

 次回に続く。
コメント (2)

慰安婦像:グレンデール市からの波紋4

2013-11-19 10:25:35 | 慰安婦
 11月4日の拙稿「慰安婦像:グレンデール市からの波紋1」に、本年7月30日にソウルの慰安婦像と同じ像が設置された米国カリフォルニア州のグレンデール市からの波紋について書いた。その後の展開について書く。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/76e0f55a08f62ba32b0e94903466612b
 グレンデール市の姉妹都市である東大阪市が7月25日付でグ市に抗議文を送ったところ、デイブ・ウィーバー市長から10月1日付で回答書が来た。この件に関し、グ市の地元紙や韓国メディアは、市長は「謝罪文」を送付したとし、市長は猛攻撃を受けている。


チャンネル桜のインタビューを受けるウイーバー市長

 11月7日のJ-CASTニュースによると、最初は同月2日に地元紙「グレンデール・ニュース・プレス」がこの回答書について報じた。すると、韓国の大手テレビ局MBCが6日、「日本のインタビューで慰安婦像を設置したくなかったなどと述べた米グレンデール市長が、今度は日本に謝罪文まで送ったことが明らかになりました」「韓国系住民たちは強く反発しています」と伝えた。
 回答書においてウィーバー市長は、「本件は日本と韓国の間の国際的な事項であり、グレンデール市がどちらかに偏った形で関与するべきではない」という立場から、慰安婦像の設置に自身は反対しているという以前からの立場を繰り返すとともに、東大阪市側からの上記の抗議に対し釈明し、「今回のような問題が、東大阪市および日本とグレンデール市の間に深い溝を作ってしまった事を残念に思っています。なんとかしてこの状況を変えたいのですが、私にはその権限が与えられておりません」と書いた。原文では「regret(残念、遺憾)」といった表現で、ただちに謝罪といえるかは微妙だが、韓国メディアでは「謝罪」と決めつけられてしまっている、とJ-CASTニュースは伝えている。
 グ市の市議たちはウィーバー市長の「スタンドプレー」だなどとして、「市長の意見は、ほかの議員の立場と正面から対立する。(慰安婦像の存在ではなく)それこそが葛藤を起こす原因だ」「すべてを満場一致で決めることはできないとはいえ、いったん決まったことは尊重されねばならない」などと市長を批判。5日には、韓国系住民などが市内で「ありがとうグレンデール」などといったプラカードを掲げてデモを行い、その後開かれた議会でも反対派議員と一緒になって市長の「吊るし上げ」をした。ウィーバー市長は、「ただ黙って聞いていた」と報じられた。
http://topics.jp.msn.com/wadai/j-cast/article.aspx?articleid=2195827
 この日の市議会について、産経新聞は11月17日号で詳細を伝えた。当日の市議会の模様は、録画が下記に掲載されている。案件6の「オーラル・コミュニケイションズ」の部分、1時間15分過ぎからが慰安婦像に関する部分である。
http://glendale.granicus.com/MediaPlayer.php?view_id=12&clip_id=4429
 市議会では発言を許された韓国系市民らしき男性が「正しい歴史を認識し、戦争犯罪の被害を経験した女性を尊重する議員のみなさんに感謝の気持ちでいっぱいだ」と述べ、「最近、市長のオフィスや日本のメディアから、市議会が誤ったことをしたような混乱したメッセージが発せられている」と語った。録画で確認すると市長はこの男性をチャン・リーと呼んだ。同姓同名の人物がグレンデール市の計画委員にいる。「コリアタウンの名誉市長」と自称するほど、ロサンゼルス一帯の韓国系社会に顔が利く人物だと報じられているから、その人物の可能性がある。産経の記事が書いているように、市議会では、別の男性が「ウィーバー市長は戦争の悲劇をちゃんと勉強されていないようなので、書類を準備した」と言って、ノートを手に発言した。フリードマン市議は、「韓国コミュニティーに感謝している。この像が市にあることを誇りに思う。戦争の被害者のためにも、歴史を教えることは大切だ」と、またシナンヤン市議は「コミュニティーとともに真実と歴史的な公正を守る。日本も同じようにして、謝ってほしい」と発言。産経の記事は、市議会に韓国側の意向が浸透していることが分かると報じた。
 またその記事は、近隣地区の日本人生徒の母親の言葉として、「慰安婦像が設置されてから子供の通う学校はぎくしゃくした空気が漂っている」「それまでは仲が良かったグループでも日本系と韓国系に分かれてしまった。韓国系の生徒が竹島のことを『韓国領だ』と突然主張しだしたらしいのですが、日本系は黙っているようです」と心配そうに語ったと伝えている。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/131117/waf13111710500005-n1.htm
 この市議会の後となる15日、東大阪市の樽本丞史(たるもと・じょうじ)市議、グレンデール市庁舎で同市の市議らと面会し像設置に抗議した。樽本氏が面会したのは、慰安婦像設置の採決に賛成したの市議2人や市幹部ら。産経新聞11月17日の記事によると、樽本氏は、慰安婦像は一方的な情報を受けて設置された、この問題は国際的な問題で地方行政が関わるべき問題ではない、像の維持費は姉妹都市などが負担するとしているが東大阪市は一切同意していないなどといった内容の抗議文を示した。これに対し、グレンデール市議側は慰安婦像の維持費に東大阪市が同意していないということを受け入れ、ホームページに記載されている内容に「東大阪市は無関係」と分かるようにすると表明したという。しかし慰安婦像設置が決まった当時、市長だったクィンテロ市議は「南京大虐殺」などといった言葉を使って日本の戦争責任に言及するなど、韓国側の主張に沿った認識を繰り返したという。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/131117/amr13111710480001-n1.htm
 韓国側の宣伝工作は強力に行われていることが分かる。わが国が官民を挙げて韓国側の主張の虚偽を暴き、慰安婦問題の真相を積極的に伝えないと、形勢を変えることは困難な状況である。最大の障害は、河野談話にある。河野談話を維持したままでは、効果的な対応はできない。安倍首相、菅官房長官は慰安婦問題に関する方針を即刻改めるべきである。まず、ずさん極まりない元慰安婦報告書を公開し、国会に河野氏及び当時の政府関係者を招致し徹底した質疑・検証を行ってもらいたい。元慰安婦を自称する外国人のプライバシーより、日本国民の誇りと名誉、また在米日本人・日系人の生活の安全を守ることが、日本国政府の責務である。
 続いて本稿とは別の題名で、韓国の慰安婦戦略の過熱と破綻について書く予定である。

関連掲示
・拙稿「慰安婦像:グレンデール市からの波紋1~3」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/76e0f55a08f62ba32b0e94903466612b
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/bc3247188f7d7eb4c7063f7c3a607e96
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/84bd1aaa492119dff91a68ac4949a906
・拙稿「ひどすぎる! 元慰安婦報告書」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/c2f09d6322d6550d50d5a98e80add610
コメント

慰安婦:河野洋平氏への公開質問状

2013-11-17 08:42:55 | 慰安婦
 行動する団体「なでしこアクション」は、河野洋平氏宛てに11月4日付で慰安婦問題に関する公開質問状を出した。立ち上がった日本女性による素晴らしい活動である。
 「なでしこアクション」の団体紹介は次の通り。

 「正しい歴史を次世代に繋ぐネットワーク Japanese Women for Justice and Peace なでしこアクション

 なでしこアクションは女性有志中心のネットワークです。(男性参加も歓迎)
 “戦時中、日本軍が慰安婦を強制連行・性奴隷にした” という事実無根の歴史の歪曲が、真実であるかのように世界中に広まっています。この慰安婦問題を私達の世代で終わらせようと「なでしこアクション」と称して2011年初めから活動始めました。会員制はとっていません。活動毎に、賛同者を募り、団体・個人に協力いただいています。保守系諸団体との連携・協力と、ネット宣伝を活用。海外在住の方々とも連携しています。特定の宗教や政治団体とは関係ありません。」
 
 以下、河野氏への公開質問状。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●なでしこアクションのサイト

http://nadesiko-action.org/?page_id=5157
河野洋平氏への公開質問状

 カルフォルニアで立ち上がった「日本人の子どもを守る母の会」の抗議文を添付し、なでしこアクションから河野洋平氏宛てに11月4日付で以下の内容の公開質問状を出しました。
 ※「日本人の子どもを守る母の会」は、ジャーナリスト大高未貴氏アメリカ慰安婦問題レポートPart2でインタビューを受けた女性達とは別の方々です。

 ***********************************

         公開質問状

                 平成25年 11月 4日
  河野 洋平 様 
           なでしこアクション 代表 山本優美子

 「戦時中、20万人の婦女子が日本軍に強制連行され、慰安婦として性奴隷にされた」という事実無根の捏造歴史が世界中に広まっています。強制連行の証拠は、日本政府はもとより、韓国政府ですら未だに出せていません。 そうであるにも関わらず、我が国がこの慰安婦問題で謂れ無き抗議、非難、中傷を受け続けている大きな元凶となっているのは、貴方様が平成5年8月4日、「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」(以下、河野談話)を発表した事に起因します。平成25年10月16日付産経新聞の報道によると、河野談話の根拠となった韓国元慰安婦16人の聞き取り調査は、証言の事実関係が曖昧で別の機会での発言と食い違いが目立つ他、氏名や生年並びに住所等も不正確な例が多く、歴史資料としては通用しない杜撰な調査であったことは明白であり、河野談話の正当性は根底から崩れています。
 私達は戦後、満州や朝鮮半島引揚の際に多くの日本女性がロシア人や朝鮮人に強姦され強制堕胎したこと、そしてアメリカ占領軍の暴行により多くの日本女性が性的被害者となった歴史的事実を知っています。このような戦争に纏わる女性の悲劇は、二度と繰り返されてはなりません。しかし、慰安婦問題は全く次元の違う問題です。何故、日本だけが事実でないことで非難され続け、私達の子どもの世代までもが、その捏造された負の遺産を背負い続けなければならないのでしょうか。
 今年7月、カルフォルニア州グレンデール市に韓国人慰安婦像が建ちました。米国の「日本人の子どもを守る母の会」から寄せられた貴方様への抗議文をこの質問状に添付いたしましたので、是非お読みいただき、現地の母親達の悲痛な声に耳を傾けて下さい。
貴方様には、河野談話を発表した官房長官としての大きな説明責任があります。よって平成25年12月4日迄に、下記の質問5項目について御回答下さい。
 尚、この質問状と貴方様からの御回答は、多くの日本国民の関心事と考え、公開させていただく所存です。
 衆議院議長を務められ桐花大綬章をも受賞された貴方様より、誠意ある御回答を頂きたく、心よりお願い申し上げます。

       記 (質問)

1.河野談話について、貴方様が国会や公開の記者会見などで国民に説明する義務と責任があるという声が高まっています。これに応じられるご意思の有無をお答え下さい。
2.韓国人元慰安婦に関する調査が、歴史資料としては通用しない、裏付け調査に基づかない内容であったことを事前にご存知であったのかどうか、お答えください。ご承知の上で談話を発表したのであれば、その理由をご説明下さい。
3.河野談話の白紙撤回を求める意見が増えています。これに賛同されるか否かとその理由をご説明下さい。
4.多くの国民が、河野談話は過去のみならず、現在と未来の日本人の名誉と尊厳をも傷付けるものと考え、それ故、貴方様を国賊と批判する人も少なからずおります。この現状をどのように思われるのか、お答え下さい。
5.「河野談話」の中に、「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。」と有りますが、上記文中の「官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」証拠をお示し下さい。
以上

[添付]
                平成25年 11月 4日
  河野 洋平 様
              日本人の子どもを守る母の会
                   代表  豊田育代

             抗議文

 本年7月にロサンゼルスに隣接するグレンデール市中央公園に多くの在米日本人の反対を押し切り韓国人慰安婦像が設置されました。その1ヶ月後に近郊のブエナパーク市議会で慰安婦像設置計画が討議されましたが、在米日本人の必死の署名活動等により設置は見送られました。他市にも同様の慰安婦像設置の動きがあり、予断を許さぬ状況です。
 私達がお伝えしたいのは、グレンデール市に慰安婦像が建ったことで米国に暮らす日本人の子ども達に被害が及んでいる現状です。慰安婦像台座に刻まれた「私は日本軍の性奴隷でした」で始まる過激な碑文を鵜呑みにした米国人から「レイピスト(強姦魔)」呼ばわりされる等の被害があります。韓国系の多い地区に住む日本人の中には、外で我が子に日本語で話しかけるのを、子どもの安全を考え躊躇する人もいます。これが、韓国人慰安婦問題で揺れ動く今の米国に住む日本人の現状です。私達は、既に国が解決済みであるとする慰安婦問題で、何故これほどまでに屈辱的な悲しい思いをしなければならないのかと、やるせなさを抱きながら暮らしています。
 私達が最も困惑したのは、グレンデールに慰安婦像設置を推進したキンテロ市議が、設置正当化の理由として河野談話に基づく日本政府の姿勢を指摘したことです。同様に、2007年米下院で可決された従軍慰安婦対日非難決議も、河野談話を根拠としています。慰安像設置に唯一反対票を投じたグレンデールのウエーバー市長は、日本のテレビ局の取材に応じて、「慰安婦像設置は間違っていた」と発言しただけで、「日本から賄賂を貰った」「暗殺してやろうか」等、韓国系設置推進派からの誹謗中傷を受けていると聞きます。
 米国は様々な民族が住み分けして暮らす多民族国家です。これまで平和に共存していた韓国系と日系住民の間に無用な摩擦や軋轢を生み出した慰安婦像は、平和な地域コミュ二ティーにとって「百害あって一利なし」です。
 河野談話を根拠として全ての慰安婦問題が発生しているのですから、海外の日本人が大打撃を受けているこの現状を真摯に直視して下さい。私達は、河野談話を発表した当事者である貴方様が、未だに説明責任を果たされていないことに対し、抗議いたします。そして、日本人の子ども達の未来の為にも、国民に対する迅速なる釈明と談話の撤回を要望いたします。
 以上
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関連掲示
・拙稿「慰安婦問題で河野洋平氏を提訴へ」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/6def1b5c1d4cbb0027e54911674648d1
・拙稿「ひどすぎる! 元慰安婦報告書」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/c2f09d6322d6550d50d5a98e80add610

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