ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

民主対専制8~自由主義的と統制主義的、通常時と非常時

2021-12-31 08:39:06 | 国際関係
●民主主義の諸相(続き)

・自由主義的と統制主義的
 民主主義には、自由主義的な民主主義と統制主義的な民主主義がある。
 自由主義的民主主義は、自由を価値とし、個人の自由を尊重する。個人の権利として政治参加の権利を認める。 自由主義的民主主義の国家では、構成員は基本的に平等の権利を持ち、選挙や投票によって多数決で意思を決定する。ただし、自由主義的民主主義の国家においても、戦時等の緊急事態において一時的に統制を強化する場合がある。
 統制主義的民主主義は、個人の利益より国家や民族等の集団の利益を優先する。そのため、個人の自由と権利に規制をかける傾向がある。統制主義的民主主義な国家では、集団としての統制を重視し、構成員に政治参加の権利はあっても、権利は制限され、選挙は行われないか、民主的と見せかけるための形式的なものとなる傾向がある。また、選挙での不正、投票への妨害などが行われやすい。
 統制主義的な民主主義の思想には、社会主義に親和的な思想と社会主義に反対する思想がある。前者は、社会民主主義と類似的である。
 旧ソ連の共産党は、自由主義国家における民主主義はブルジョワ民主主義であり、資本家による労働者への階級支配の体制だとして批判した。これに対し、社会主義国家における民主主義は、プロレタリア民主主義であり、階級支配をなくすための民主主義だと主張した。またそのためにプロレタリアート独裁を正当化した。
 ウラディミール・レーニンは、プロレタリアート独裁の制度として民主集中制(democratic centralism)を提唱した。民主集中制とは、共産党員による民主主義的な選挙に基づいて選出された指導部を中心として、中央集権主義的に党組織を運営する体制を意味する。民主的中央集権主義ともいう。旧ソ連圏の共産主義政党及び社会主義諸国家は、これを組織原理とした。その実態は、形式的民主主義、統制主義的民主主義、社会民主主義であり、官僚集団が権力を占有する官僚独裁制となった。
 冷戦終焉後、先進国で唯一、共産党という党名を維持し続けている日本共産党は、民主集中制を掲げているが、党の代表である委員長は党員の自由な選挙で選出されてはいない。志位和夫氏は、2000年(平成12年)に日本共産党委員長に就任して以来、21年間、その地位に在任している。この間、共産党以外の政党では、党首や代表が幾度も交代しており、共産党における長期独裁は際立っている。
 中国や北朝鮮は人民民主主義を国名に盛り込んでいる。だが、共産党や労働党が支配する統制主義的民主主義の国家では、党が労働者階級・被支配階級を代表するとして人民の権利を強く制限しており、実態は専制主義と変わらない。

・民主主義国の通常時と非常時
 自由主義的な民主主義の国家は、通常時には、国民による選挙で選ばれた議員が、議会で討論を行って、多数決で意思を決定する。意思決定においては、少数者の意見も尊重される。決定された意思に国民は従う。国民は自由と権利が保障され、様々な形で政治に参加し得る。
 だが、非常時には、権力を一人または少数者に集中して危機を乗り越える。憲法に非常事態の対応を定めてある国がほとんどであり、その規定に基づいて集権体制を採る。国民の私的権利は一定の制限を受ける。非常時が過ぎれば、元の体制に戻す。
 たとえば、戦時には、国家の主権と独立、国民の生命と財産を守るという国家国民の全体の利益のために、戦時挙国内閣に権力を集中して国難に対応する。個人の自由と権利は一定程度、制限される。これは自由への侵害ではなく、自由を守るための措置である。戦争が終結すれば、元の自由主義的な民主主義に基づく政治に戻る。
 また、別の非常時として、内乱・騒擾や経済恐慌、大規模な自然災害等の緊急事態が生じた場合、通常の議会政治を停止して、政府が強い権限を発揮して、事態に対応する。戒厳令を発令する場合もある。
 こうした非常時に一時的に統制を強化する対応の仕方についても、憲法に定め、その規定に則って対応することにしてある国がほとんどである。戦後の日本の憲法には緊急事態条項がなく、世界的に数少ない例外である。憲法に緊急事態条項がないのは民主主義国として大きな欠陥である。非常時に必要な対応が出来ず、混乱に陥る。またもし政府が超法規的な対応をし、非常時の体制を継続するならば、独裁体制になってしまう。最悪の場合、政府が機能しないのを見て、武装勢力がクーデターを起こして政権を掌握して危機突破のための独裁体制を敷く可能性もある。武装勢力の背後に外国勢力がある場合は、外国の影響下に置かれる恐れもある。こうした事態を防ぐには、憲法に緊急事態条項を設けて、非常時の対応を規定しておかねばならない。

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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日本の心44~鉄砲製造で西欧から自衛、国内を統一

2021-12-30 09:07:11 | 日本精神
 ヨーロッパは、15世紀から世界に進出しました。その過程は、白人種による有色人種への暴力と収奪の歴史でした。ヨーロッパ文明と出合う前、中央アメリカの人口は7千万人から9千万人あったと推定されていますが、スペイン人の侵入後、わずか1世紀の間に、350万人に激減したと見積もられます。またアフリカから奴隷として拉致された黒人は、3千万人から6千万人に及び、その3分の2が航海途上で死亡して、大西洋に捨てられたといわれます。有色人種の犠牲者数は、世界大戦の死亡者数さえ上回ります。
 こうした暴力と収奪によって、ヨーロッパ文明は、大陸間の支配構造を作り出しました。アメリカの社会経済史家ウォーラーステインは、これを「近代世界システム」と呼んでいます。「近代世界システム」は、1450年頃から1540年頃までに形成されました。この支配体制は、西欧を中核とし、アジア・アフリカ・ラテンアメリカを半辺境または辺境としています。そして、この構造の中で、近代資本主義が発達し、産業革命によって支配体制を完成させました。
 外に向かって侵略と搾取をし続ける西欧諸国は、お互いの間でも戦争が絶えませんでした。とりわけ17世紀前半の三十年戦争(1618-48)は、キリスト教の新教国・旧教国が参戦して大戦争となり、ドイツの人口が3分の1になるという悲惨さでした。
 川勝平太氏(元国際日本文化研究センター教授)によると、ヨーロッパ文明による「近代世界システム」では「戦争と平和」という観点から世界秩序が構想されました。この構想を最初に体系化したのは、オランダのグロチウスの著書『戦争と平和の法』(1625)でした。時まさに三十年戦争のさなかでした。この理論をもとにして、1648年にウェストファリア条約が結ばれました。以来、ヨーロッパでは、戦争を世界観の柱として国際関係が律せられることとなりました。これが現在に続く主権国家体制です。主権国家同士の戦争は、1480年から1950年までの460年間に278回にのぼります。約1年8ヶ月に1回の割合で戦争が起こっていた計算となります。当然、莫大な軍事支出が必要となり、1650年代のイングランドは歳出の90%を、フランスのルイ14世は75%を軍費に充てていたといいます。 
 こうした侵略的・攻撃的なヨーロッパ文明から自らの文明を守ることは、容易ではありません。力には力で対抗して身を守らないと、虐殺あるいは支配されてしまいます。ラテン・アメリカでマヤ文明・アステカ文明などが滅ぼされ、アフリカやインドの有色人種が家畜のような奴隷労働をさせられたのは、力に対し自らを防衛する能力を欠いていたためでした。
 そのなかで、日本人はヨーロッパ文明に出会った時から、見事に対応し、自衛を行いました。13世紀の元寇の記憶が働いたのかも知れません。天文12年(1543)、ポルトガル人が種子島に鉄砲(火縄銃)を伝えると、領主・種子島時堯(ときたか)はポルトガルから鉄砲を購入し、刀鍛冶に命じて1年後には10挺の鉄砲を作らせています。それから10年もすると、日本中の刀鍛冶が鉄砲を大量に製作し始めました。そして、16世紀後半には、日本は世界最大の鉄砲の生産・使用国となっていました。当時、地球を二分割していたポルトガル、スペインも、日本の軍事力を見て侵略を諦めざるをえませんでした。
 これほど早く鉄砲製造の技術を習得し、また自力生産できた理由は何でしょうか。武士が政治・社会の担い手であり国防意識が高かったこと、戦国時代だったので武器の需要があったこと、高級な刀剣の作成により技術水準が高かったこと、国内で品質の高い銅・鉄を産出していたこと、人口が当時の西欧のどの国より多く教育程度も高かったことなどが挙げられるでしょう。
 日本人は物真似ばかりで独創性がないといわれますが、単にコピーするのではなく、さらに良いものに改良してしまうところに、日本人の真骨頂があります。鉄砲についても、わずかのうちに、発砲装置の改良や、雨の中でも銃を撃てる雨よけ付属装置の考案などをします。
 アメリカの銃砲専門家のロバート・キンブローは、次のように言っています。「この改造銃は、近代の火薬を使っても暴発しなかった。昔の日本の職人の技術は、最高級の賛美に値する」と。 
 鉄砲を使った戦法も世界一でした。天文3年(1575)、織田信長は、長篠の戦いで武田の騎馬武者を駆逐しました。この時、信長は3千人の鉄砲隊を3分隊に分けて、一斉射撃を繰り返す戦法を用います。この戦法は、当時の西欧の数段上を行っており、西欧で同様の戦法が見られるのは、約350年後の第1次大戦のドイツ軍だったといいます。それほど日本の軍事技術は先駆的だったのです。
 豊臣秀吉は、この軍事力をもって戦乱の世を治め、国内を統一しました。さらに朝鮮の役で海外に進出を試みました。しかし、これに失敗すると、徳川家康は対外的な進出を止め、内政充実の政策を取ります。さらに、幕府は「鎖国」をして「近代世界システム」から離脱します。そして、西洋諸国が内では戦争を繰り返し、外へは植民地獲得に明け暮れていたころ、江戸日本は、戦争のない平和な社会を実現していたのでした。
 日本文明は、「鎖国」のなかで、自らの個性を保ち、じっくりと熟成していったのです。

参考資料
・川勝平太著『日本文明と近代西洋』(NHKブックス)
・川勝平太著『文明の海洋史観』(中央公論社)
・ノエル・ペリン著『鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮』(中公文庫)

 次回に続く。

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民主対専制7~直接民主制と間接民主制、形式的と実質的

2021-12-29 10:26:52 | 国際関係
●民主主義の諸相(続き)

・直接民主制と間接民主制
 民衆の政治参加には、直接参加する直接民主制と代表者を通じて間接的に参加する間接民主制がある。
 古代ギリシャの都市国家(ポリス)における民主主義は、市民による直接民主制だった。近代西欧の民主主義は、代表制による間接民主制である。17世紀イギリスでピューリタン革命、名誉革命を通じて実現した。これに対し、フランスのジャン・ジャック・ルソーは、代表制を否定し、直接民主制を主張した。だが、直接民主制は、構成員の少ない集団でのみ可能である。一定規模の人口を持つ国家では、国政に直接民主制を取ることは不可能であり、基本的に間接民主制が採られている。そこに国民投票・住民投票等の限定的な形で直接民主制の要素を採り入れている例がある。
 間接民主制において、政治参加の重要な方法に選挙がある。選挙においては、有権者が自由に立候補できる参政権と自由に投票できる選挙権が保障されねばならない。また投票には、権力による妨害や不正があってはならない。民主主義を標榜する国家であっても、自由な参政権と公正な選挙が行われていない国家は、自由主義的な民主主義の国家ではない。

・形式的民主主義と実質的民主主義
 近代民主主義は、選挙の他に憲法・議会、併せて3つを最低限の要素として持つ。いずれもイギリスで発達した。憲法は、君主の権力を規制するために、君主と貴族や庶民の間で結ばれた約束が法規範となったものである。議会は、君主と貴族の話し合いの場だったところに庶民も参加するようになった。選挙は、有権者が代表者を選ぶ方法として発達した。
 以後、君主制の国家の多くでは、民衆の政治参加を求める運動を抑えきれなくなると、憲法・議会・選挙を制度として採り入れた。その過程で、民衆の運動が過激化した国では、君主制が打倒され、共和制に移った。その結果、現在の世界では、君主制か共和制か、また民主主義か専制主義かに関わらず、ほとんどの国が憲法・議会・選挙を政治制度の要素としている。
 だが、憲法・議会・選挙は、民主主義の形式面である。その形式に実質が伴っているかどうかが重要である。民主主義には、形式的民主主義と実質的民主主義がある。制度として憲法・議会・選挙が存在するだけでは、十分ではない。民衆の政治参加が実質的に実現しているかどうかに、民主化の度合いの違いが現れる。
 民主主義が機能するために不可欠なのは、国民の自由と権利の保障である。西欧における市民革命は、信教の自由を守ることから始まった。宗教的信仰の自由は、思想・良心の自由と関連する精神的自由であり、それが保障されるところに民主主義が発達する。また、表現の自由すなわち言論・集会・結社・出版その他の自由が重要である。表現・言論の自由が抑圧されて政権への批判が許されず、国民に情報を伝える報道が規制されている状態では、民主主義は実質的に機能しない。また、集会・結社の自由が抑圧されて、集団的な話し合いを行うことが出来ず、意思表示(デモ等)が禁止されている状態でも、民主主義は実質的に機能しない。中国・北朝鮮等の国は、民主主義を標榜していても、言論・集会・結社・出版等の自由が抑圧されており、真の民主主義とは言えない。
 特に議会の役割が重要である。憲法に議会の設置が規定され、議員が選挙で選ばれて、議会が運営されているだけでは、形式的である。議会において自由な討議が行われるかどうかで、単に政治への形式的な参加による形式的民主主義と、政治への実質的な参加を伴った実質的民主主義であるかが分かれる。討議においては、政権への批判が許されねばならない。政権への批判を含む「討議による統治」を実現する場が、議会である。
 議会における自由な討議を経たうえで、集団としての意思決定をする際には、多数決を原理とする。一般に発達した民主主義の体制においては、多数者による合意を実現するとともに、少数派の意思への配慮が求められる。ただし、少数者の意見の尊重が行き過ぎて、多数者の権利が侵害される事態になると、民主主義は機能しない。組織として意思決定の出来ない集団になってしまうか、少数者による独裁という逆転現象が起こってしまう。

 次回に続く。

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今年の10大ニュース(令和3年、2021年)

2021-12-28 10:14:20 | 時事
 本年は、新型コロナウイルスの世界的な蔓延と米中の緊張関係の継続が、最も大きな二つの出来事でした。
 世界の新型コロナウイルス感染者は、11月初旬に累計で2億5000万人を超え、死者は500万人を上回りました。インド由来のデルタ株が猛威を振るい、ようやく感染状況の落ち着いた国が出てきたところに、南アフリカ由来のオミクロン株が登場しました。デルタ株よりも感染力が強く、今後の世界的な感染拡大が懸念されています。
 米国では、昨年11月の大統領選挙で勝利した民主党のジョー・バイデンが1月20日、第46代大統領に就任しました。バイデンは、トランプ前大統領の「米国第一主義」から国際協調路線に転換しました。しかし、失政が続き、政権の支持率は急に速低下しています。来年の中間選挙で民主党は劣勢が予想されます。また、3年後の2024年(令和6年)の大統領選挙では、共和党の政権に戻る可能性が大きくなりつつあります。
 バイデンの失政の一つは、20年に及ぶアフガニスタン戦争を終結させ、8月にアフガニスタン駐留米軍を完全撤収した際、大きな混乱を生じたことです。そのうえ、タリバンが8月15日に首都カブールを陥落し、全土をほぼ掌握し、政権に復帰しました。米国の衰退を隠しおおせない事態となっています。
 米中関係は、バイデン政権のもとでも緊張状態が続いています。特に台湾情勢は、中国による侵攻の危機が迫っています。これに対し、米国を中心に日本・オーストラリア・イギリス・フランス・ドイツ等の国々が連携して、抑止力の強化を図っています。中国と連携を強めているロシアは、ウクライナ国境付近に、9万人以上の軍隊を配備し、米国・EUとの間で厳しい交渉が行われています。バイデンは、中国・「民主主義対専制主義」という対立構図を打ち出し、12月9~10日に「民主主義サミット」を開催しましたが、専制主義として中露を名指しせず、専制主義に打ち勝つための理論も戦略も欠いていることが目立ちました。来年2~3月に行われる北京冬季五輪に対して、バイデン政権は、新疆ウイグル自治区などでの人権侵害を理由に「外交ボイコット」を決定しましたが、賛同する国は一部に限られている状態です。
 地球環境問題では、10月31日から11月13日にかけて英グラスゴーで国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開かれました。成果文書「グラスゴー気候合意」を採択し、産業革命前からの世界の気温上昇を1.5度に抑える方向性が初めて明確化されました。しかし、中国は何一つ譲らず、完全に独り勝ちの結果となりました。その一方、米国をはじめとする先進各国は脱炭素で自滅する恐れがあります。
 わが国では、菅義偉首相が9月3日、自民党総裁選に出馬せず、退陣する意向を表明しました。同党総裁となった岸田文雄氏が10月4日召集の臨時国会で首相に就任し、その直後に衆議院を解散しました。10月31日の総選挙の結果、自民党が国会を絶対安定多数の261議席を得ました。また、いわゆる改憲勢力が3分の2以上を占め、憲法改正への取り組みが動き出しつつあります。
 わが国の中心である皇室に関する問題では、秋篠宮家の長女眞子氏が10月26日、皇室を離脱して小室圭氏と結婚し、米ニューヨークで新生活を開始しました。皇位継承に関する有識者会議は、安定的な皇位継承のための方策を検討し、女性皇族が結婚後も皇室に残る案と、皇族の養子縁組を可能にして旧宮家の男系男子を皇籍復帰させる案の2案を中心に政府に報告すると見られます。来年は、この報告を受けて、国会での議論が行われるでしょう。
 わが国は、引き続きコロナ禍への対処と社会経済活動の維持を行いつつ、憲法の改正と皇位の安定的な継承策の確立を進めねばなりません。日本の再建を進めるために最も必要なものは、日本精神の復興です。日本人は日本精神を取り戻し、団結・協力して、危機の時代を生き延びねばなりません。
 
 次に、時事通信社の今年の10大ニュースを掲載します。
 来年も、どうぞよろしくお願いいたします。皆様、よい年をお迎えください。

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時事通信社が選ぶ10大ニュース(2021年)特集
https://www.jiji.com/jc/d4?p=jtn221&d=d4_oldnews

<国内>

【1位】 東京五輪・パラ、1年延期で開催

 新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期された東京五輪・パラリンピックが、7月から9月にかけて行われた。追加費用を多額の公費で賄い、コロナ禍が収束しない中での開催。世論の反対が高まり、会場は原則無観客という異例の大会だった。一方、競技が始まると、日本勢の活躍に人々は熱狂。五輪は史上最多のメダル58個(金27)を獲得し、酷暑の下でパラも混乱なく終わった。
 2月には大会組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視発言で辞任し、橋本聖子氏に交代。開閉会式の責任者も問題発言で去るなど、運営側の不手際が目立った。開催地に大きな負担を強いる国際オリンピック委員会(IOC)の姿勢、インターネット交流サイト(SNS)での選手の誹謗(ひぼう)中傷被害など、祭典の暗部も指摘された。
 
【2位 コロナ長期化、進むワクチン接種

 新型コロナウイルスは、2021年も猛威を振るった。より感染力の強い変異株が世界中で次々と現れ、国内では年初から繰り返し感染拡大の波に襲われた。インドで初確認されたデルタ株は東京五輪期間中の「第5波」を引き起こし、医療提供体制の逼迫(ひっぱく)で入院できずに自宅で死亡するケースが相次いだ。政府は新たに出現したオミクロン株による感染再拡大に警戒を強めている。
 国内では、2月から医療従事者へのワクチン接種を開始し、4月以降は高齢者らに対象が広がった。スタートは海外と比べ出遅れたものの、その後、急ピッチで進み、全国民の約8割が2回接種を完了。接種率は先進7カ国(G7)でトップとなった。12月には医療従事者への3回目接種が始まり、年明けから高齢者へも行われる見通しだ。

【3位】 菅首相1年で退陣、後継は岸田氏

 菅義偉首相は9月3日、自民党総裁選に出馬せず、退陣する意向を表明した。官房長官として支えた安倍政権を引き継ぎ昨年9月に就任。デジタル庁設置や地球温暖化対策、携帯電話料金値下げなどに取り組んだが、新型コロナウイルス対応で「後手」批判を浴び、内閣支持率は低迷。党内の求心力も失い、出馬断念に追い込まれた。
 後継を争う党総裁選は、2度目の挑戦となった岸田文雄前政調会長が、河野太郎規制改革担当相らを破った。10月4日召集の臨時国会で首相に就任すると、直後に衆院解散・総選挙に踏み切り、勝利した。「成長と分配の好循環」を掲げる岸田政権は、新型コロナ対策と経済再生の両立に向け、過去最大規模の2021年度補正予算案を編成。「新しい資本主義」の実現なども目指している。

【4位】 衆院選で自民絶対安定多数

 第49回衆院選が10月31日に投開票され、自民党が国会を安定的に運営できる絶対安定多数の261議席を得て、岸田文雄首相(同党総裁)の続投が決まった。共産党など野党と共闘して政権交代を目指した立憲民主党は公示前の110議席から96議席に減らし、枝野幸男代表が辞任。11月の代表選で泉健太氏を選出した。
 首相は10月4日の就任から11日目で衆院を解散。解散から投開票まで17日間という戦後最短の短期決戦となった。公明党は公示前の29議席を32議席に伸ばした。立民は共産党、国民民主党、れいわ新選組、社民党と213選挙区で候補者を一本化して臨んだが、敗北した。野党共闘と距離を置いた日本維新の会は公示前の11議席から4倍近い41議席を獲得、第3党に躍進した。

【5位】 熱海市で土石流、死者・不明27人

 7月3日午前10時半ごろ、静岡県熱海市伊豆山で大規模な土石流が発生。26人が死亡、1人が行方不明になり、約130棟が被害を受けた。気象庁によると、現場付近では3日未明から朝にかけて大雨が降った。一方、土石流の起点となった場所には大規模な盛り土があり、崩落していた。
 静岡県は崩落した土砂は約5万5500立方メートルに上るとの推計を公表し、多くは盛り土と考えられるとの見解を示した。熱海市が2011年、盛り土を造成した業者に向け、県と相談の上で安全対策を強制的に行わせる「措置命令」の文書を作成しながら、命令を見送ったことも判明した。遺族の告訴を受け、県警は10月、盛り土がされた土地の現旧所有者の男性2人の関係先を業務上過失致死容疑などで家宅捜索。現在も捜査を続けている。

【6位】 眞子さん結婚、NYで新生活

 秋篠宮ご夫妻の長女眞子さん(30)は10月26日、大学時代から交際していた小室圭さん(30)と結婚し、民間人となった。小室さんの母親と元婚約者の金銭トラブルが発覚し、婚約内定から4年が経過。延期されていた結婚式や関連儀式は行わず、皇室を離れる際の一時金も眞子さんの意向で支給が見送られた。女性皇族の結婚は戦後9人目だが、初めて儀式や一時金がない異例の形となった。
 婚姻届提出後、東京都内のホテルでそろって記者会見し、眞子さんは「二人で力を合わせて共に歩いていきたい」と話した。体調を考慮し、口頭での質疑応答から文書回答になった。夫妻は11月、小室さんの勤務先がある米ニューヨークで新生活を開始。小室さんは出発直前に母親の元婚約者と面会し、解決金を渡すことで合意した。

【7位】 真鍋淑郎さんにノーベル物理学賞

 2021年のノーベル物理学賞は、コンピューターを使った地球温暖化などの予測手法を確立した米プリンストン大の真鍋淑郎上席研究員(90)が受賞した。日本人のノーベル賞受賞は19年に吉野彰・旭化成名誉フェローが化学賞を受賞して以来で、米国籍取得者を含め28人目となった。
 真鍋氏は愛媛県出身。1958年に渡米し、米海洋大気局などで研究を続け、75年に米国籍を取得した。60年代から、さまざまな要素が複雑に絡み合う気候変動について、コンピューター上でシミュレーションを可能にする「気候モデル」の基礎を確立。大気中の二酸化炭素の濃度上昇が、温暖化につながることを示した。研究成果は国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が90年に公表した第1次評価報告書にも引用された。

【8位】 将棋の藤井聡太が最年少四冠

 将棋棋士の藤井聡太(19)が今年、四つのタイトルを保持する四冠に駆け上がった。昨年、棋聖と王位の二冠を獲得。今年は双方を防衛した上で、新たに叡王と将棋界最高峰の竜王を奪取した。19歳3カ月での四冠達成は、羽生善治九段(51)が持つ22歳9カ月を28年ぶりに大幅更新する最年少記録。10代での達成は史上初だ。
 藤井四冠は、最高段位の九段までの昇段(18歳11カ月)をはじめ、初タイトルから二冠、三冠、四冠の獲得すべてで最年少記録を塗り替えてきた。来年1月開幕の王将戦7番勝負でも、史上初の10代での五冠達成を懸けて渡辺明三冠(37)に挑戦する。羽生九段がかつての七大タイトルを同時制覇したように、藤井四冠が現在の八大タイトルを独占する可能性も見えてきている。

【9位】 温室ガス、46%削減の新目標

 菅義偉首相は4月22日、米国主催の気候変動サミット(首脳会議)で、国内の温室効果ガス排出量を2030年度に13年度比で46%削減する新目標を表明した。従来目標は同26%減で、大幅に引き上げた。産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑えるには、世界全体で30年に排出量を半減させることが必要とされており、これに沿った形となった。
 政府は10月22日の持ち回り閣議で、46%削減の裏付けとなる新たな「エネルギー基本計画」を決定。30年度の電源構成について、再生可能エネルギーの比率を19年度実績の18%から36~38%に拡大させる一方、火力の割合を76%から41%に減らす方針を示した。ただ、残り8年しかない中で達成へのハードルは高く、実現の見通しは立っていない。
 
【10位】 みずほ銀でシステム障害相次ぐ

 みずほフィナンシャルグループ(FG)傘下のみずほ銀行で2月、現金自動預払機(ATM)にキャッシュカードや預金通帳5244件が取り込まれるシステム障害が発生した。同行では9月末までに計8回も障害を引き起こし、顧客は多大な不便を強いられた。
 金融庁は9月と11月の2度にわたり、みずほFGと銀行に対し業務改善命令を出し、「日本の決済システムに対する信頼性を損ねた」と厳しく批判。9月末の障害時対応をめぐっては、外為法が定める送金時の確認手続きを怠ったとして、財務省も是正措置を命じた。一連の障害を受け、FGの会長と社長、銀行頭取の3トップが来年4月にそろって退任する異例の事態となった。みずほには経営陣刷新で、再発防止と企業改革を成し遂げられるかが問われる。

<海外>

【1位】 新型コロナ、世界の死者500万人超

 世界の新型コロナウイルス感染者は11月初旬に累計で2億5000万人を超え、死者は500万人を上回った。インド由来の変異株「デルタ株」が猛威を振るった。一方、多くの国でワクチン接種が進んだほか、11月には米メルクが開発した飲み薬が初めて英国で承認され、抗体カクテル療法などと共に重症化を防ぐ治療の選択肢が増えた。
 感染状況が落ち着いた国では、移動や経済活動への制限措置が緩和された。ロックダウン(都市封鎖)などの厳しい対策で打撃を受けた景気は、急速に回復した。しかし、世界保健機関(WHO)が11月下旬、「懸念される変異株」に新たに指定した「オミクロン株」は、デルタ株よりも感染力が強いとされる。各国が水際対策を再び強化するなど、警戒態勢を取っている。

【2位】 米アフガン撤収、タリバン政権発足

 アフガニスタン駐留米軍が8月、完全撤収し、20年に及ぶアフガン戦争に終止符が打たれた。2001年の米同時テロを首謀した国際テロ組織アルカイダのビンラディン容疑者を保護したとして、イスラム主義組織タリバン政権を攻撃し、崩壊させた米国は、山岳地帯に逃げ込んだタリバンとの戦闘を継続。「米史上最長の戦争」となったが、1月に就任したバイデン大統領が撤収を決断した。戦争では米兵2300人以上が死亡、約8250億ドル(約93兆円)が投じられた。
 一方、タリバンは米軍撤収の意向が伝えられると、隙を突くように各地を制圧、8月15日には首都カブールを陥落させ、権力を再び掌握した。だが、暫定政権発足後も対立する武装勢力のテロが続き、治安回復のめどは立っていない。
 
【3位】 米大統領にバイデン氏就任

 トランプ前政権下で社会の分断が加速した米国の結束や、新型コロナウイルス禍の克服を訴え、大統領選に勝利した民主党のジョー・バイデン氏が1月20日、第46代大統領に就任した。就任初日から地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」復帰や世界保健機関(WHO)脱退取り下げに動きだし、トランプ前大統領の「米国第一主義」から国際協調路線に転換する姿勢を鮮明にした。
 しかし、国内では新型コロナのワクチン接種率が低迷し、流行収束が依然見通せていない。さらに物価上昇や民主党内の対立に伴う看板政策の予算交渉紛糾から政権の支持率は低下した。自身の「信任投票」になる来年の中間選挙は苦戦が予想されており、大統領として歴代最高齢79歳のバイデン氏の政権運営は厳しさを増している。

【4位】 ミャンマーでクーデター

 ミャンマーで2月1日、国軍がクーデターを強行し、アウンサンスーチー氏ら当時の政権幹部を拘束、全権掌握した。国軍は、国民民主連盟(NLD)が圧勝して政権維持した2020年の総選挙で不正があったと主張し、選挙結果を無効に。暫定首相となった軍トップのミンアウンフライン総司令官は、23年8月までの再選挙を表明した。
 3本指を掲げる反軍政デモは弾圧され、ミャンマーの人権団体、政治犯支援協会によれば、1300人以上が死亡。日本人記者も一時拘束された。国際社会は非難を強め、欧米は制裁を発動。しかし国軍は、事態打開を担う東南アジア諸国連合(ASEAN)の特使を受け入れず、国際会議を欠席し続けた。12月にはスーチー氏に禁錮刑が言い渡され、国軍の民主派排除が鮮明となった。

【5位】 二刀流大谷、満票でMVP

 米大リーグ、エンゼルスの大谷翔平選手が投打の「二刀流」で躍動した。記者投票の満票でア・リーグ最優秀選手(MVP)に選出。46本塁打を放ってタイトル争いを演じ、投げてもチーム最多の9勝。登板前後に休養日を設けず計158試合に出場し、メジャー4年目で初めて投打同時出場の「リアル二刀流」を披露するなどフル稼働した。7月のオールスター戦には、先発投手と指名打者を兼ねて出場した。
 メジャーで本格的な二刀流は1910年代終盤のベーブ・ルース以来。歴史的な活躍で、日本選手では2001年のイチロー以来2人目のMVPを手にした。他にコミッショナー特別表彰、選手が選ぶ年間最優秀選手なども受賞。日本では「リアル二刀流/ショータイム」が新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれた。

【6位】 国際課税見直しで歴史的合意

 経済協力開発機構(OECD)が10月に開いた交渉会合で、多国籍企業の税逃れを防ぐ新たな国際課税ルールについて、130超の国・地域が最終合意した。法人税の最低税率を15%に設定。巨大IT企業などに対するデジタル課税を導入する。課税原則を約100年ぶりに見直す歴史的合意で、各国・地域は2022年に条約の締結や法改正を進め、23年から導入する。
 最低税率の導入で、企業が税率の低い国にある子会社に利益を移し、課税を逃れるのを防ぐ。自国に企業を誘致するための法人税率引き下げ競争に歯止めをかける狙いもある。また、現在は国内に工場などの拠点がないと課税できないが、デジタル課税では、拠点がなくても巨大IT企業などのサービス利用者がいる国・地域が利益の一部に課税できるようにする。

【7位】 米中、続く緊張関係

 米中対立が「新冷戦」と称される中、バイデン米大統領と中国の習近平国家主席の初の首脳会談が11月15日(米東部時間)、オンライン形式で行われた。「民主主義対専制主義」(バイデン氏)の競争が衝突に発展しないよう、双方は「危機管理」が必要との立場を確認。中国の核兵器増強を踏まえ、軍縮などに関する対話を進めることでも一致した。
 会談では、習氏がバイデン氏を「古い友人」と呼んで融和ムードを演出。激しい応酬となった3月の米中高官協議とは様変わりした。ただ、台湾など中国が譲れない問題で立場の隔たりも露呈。バイデン政権は、新疆ウイグル自治区などでの人権侵害を理由に北京冬季五輪に高官らを派遣しない「外交ボイコット」を決定しており、緊張緩和は見通せない。

【8位】 COP26でグラスゴー合意

 10月31日から11月13日にかけて英北部グラスゴーで国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が開かれ、成果文書「グラスゴー気候合意」を採択した。産業革命前からの世界の気温上昇を1.5度に抑える方向性を初めて明確化。地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」は「1.5度」を努力目標に掲げているが、より強い決意で推進する姿勢を打ち出した。
 温室効果ガスの排出削減対策を講じていない石炭火力発電の削減や、化石燃料の無駄な消費を助長する非効率な補助金の段階的廃止に向けた努力を加速することも盛り込んだ。化石燃料の利用が温暖化の原因だと初めて位置付けた格好で、石炭火力を今後も使い続ける方針の日本に対し、国際社会での風当たりが強まる恐れがある。

【9位】 独メルケル首相が引退

 ドイツ首相として16年に及ぶ長期政権を築いたアンゲラ・メルケル氏が12月8日、社会民主党(SPD)のオラフ・ショルツ氏を首相とする新たな連立政権発足を受け、政界を引退した。欧州債務危機など数々の難題に安定した手腕で対処し、「欧州の顔」として活躍。退任式典では「政治的にも人間的にも多くを求められたが、常に充実していた」と振り返った。
 2000年からキリスト教民主同盟(CDU)の党首を務め、05年に首相に就任した。脱原発政策の決定やウクライナ問題での仲介で指導力を発揮する一方、難民への寛容な政策が批判を浴びたこともあった。国際協調を重視し、先進7カ国首脳会議(G7サミット)などの国際会議では米国第一主義を掲げるトランプ前米大統領とたびたび対立した。

【10位】 ゴルフ・マスターズで松山優勝

 ゴルフの祭典マスターズ・トーナメントで、松山英樹が夢をかなえた。4月に米ジョージア州オーガスタで開催された伝統の大会でアジア勢初優勝。日本選手が男子のメジャー大会を初めて制覇した。2017年の全米オープン選手権で2位、全米プロ選手権で5位とメジャー制覇に迫りながら、なかなか勝てなかった松山が出場10度目、29歳にして宿願を達成。勝者の証し、グリーンジャケットに袖を通し、「日本人はできないんじゃないか、というのを覆すことができたと思う」と喜びを語った。
 6月には全米女子オープン選手権で当時19歳の笹生優花が、畑岡奈紗との日本勢同士のプレーオフを制して初優勝。日本女子のメジャー制覇は史上3人目となり、21年は海外メジャーで日本勢の快挙が続いた。
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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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日本の心43~武田流軍学の書、『甲陽軍鑑』

2021-12-27 08:48:27 | 日本精神
 武士道の本には、新渡戸稲造の『武士道』を元にするもの、『葉隠』を中心とするもの、武士個人を列記するものが多いようです。私は、どうもそういうとらえ方では、見方が狭くなると思っています。
 早雲・信玄・信長・秀吉・家康らは、戦国武将として描かれることが多いのですが、彼らを武士道の体現者・実践者として見ることによって、武士道のもつ深さ、豊かさを知ることが出来ます。
 武士には一兵卒・一剣士としての侍もいれば、指導者・為政者としての大将や将軍もいました。「もののふの道」とは、武士の倫理学でもあれば、軍事学でも政治経済学でもありました。その辺もよく掘り起こしたうえで、今日に生かすべき武士道を考えたい、というのが私の観点です。
 さて、徳川家康は、信玄を恐れ、また信玄に学びました。幕府は信玄の軍学を取り入れたので、武田流軍学は江戸時代の武士道の一要素となりました。
 武田流軍学を集大成した書が、『甲陽軍鑑』です。著者は信玄の家臣・高坂昌信と伝えられますが、実際の編著者は小幡景憲(1573-1663)と見られます。景憲は武田家滅亡の後、軍学を修め、徳川幕府に仕えて、軍学を講じました。幕府は景憲が完成した武田流軍学を、官許の学として公認しました。そして、『甲陽軍鑑』は「本邦第一の兵書」といわれ、武士の素養となっていたのです。本書を中心に武田流軍学の主な特質を挙げてみます。

(1)人材を尊重し活用せよ
 武田流軍学は何より、人材を大切にしました。大将には、三つの中心任務があるとし、その第一番に「人の目利(めきき)」をあげています。人材を尊重し、人それぞれの個性を生かして使うことが、一番重要だというのです。信玄は「渋柿も甘柿も、それぞれに役立たせるのが国持大名のつとめ」と言っています。「人は城、人は石垣、人は堀、情けは見方、仇は敵なり」という名文句は、武田流軍学の特質をよく表わすものです。

(2)戦争の目的を忘れるな
 武田流軍学には、「後途の勝を肝要とする」ということがあります。すなわち、個々の戦闘は、あくまで次の、より大きな目標に近づくための手段に過ぎない。目先の現象に目を奪われず、将来の利害、大局の得失にもとづいて判断を下し、行動せよということです。『孫子』の一節にも、「明君名将は、つねに戦争の根本の目的を見失うことがない。だからこそ、かれらは慎重なのだ。有利、確実、かつやむを得ざる場合にのみ兵を動かして戦闘を交える」とあります。

(3)攻撃こそ最大の防御なり
 『甲陽軍鑑』には、「わが国ばかりが長久と思い、他国に攻撃をかけないでいると、他国から逆に攻め込まれてしまう」とあります。自分の国さえ安穏ならばよいと考えて、おとなしくしていれば、必ず他国の攻撃を受けて滅ぼされてしまう。内に蓄えた力によって打って出て、他国の力を弱め、あるいはこちらの領国とする以外に、自らの安全を確保する道はないというのです。

(4)組織を完全に統率せよ
 「疾(はや)きこと風のごとく、静かなること林のごとく、侵掠(しんりゃく)すること火のごとく、動かざること山のごとし」――『孫子』軍争篇にあるこの言葉を、信玄は戦術の基本としました。そして、事前の精密な作戦計画、首脳部の意志の統一、指揮命令系統の整備、全軍に対する訓練等を徹底的に行いました。その結果、全軍が信玄の采配の下に一糸乱れずに行動できたのです。

(5)内政を充実せよ
 もともと甲斐の国(現在の山梨県)は山岳部の僻地です。この甲州を基盤とした武田氏が勢力を振るったのは、信玄の精魂込めた富国強兵策によっているのです。
 信玄は、領国内の統治体制を整備するという点でも、当時の諸大名の中では先頭を切っていました。治山治水、鉱山の開発、商工業の保護育成など多面的な政策を進め、領国の経済力を強めるとともに、領民の心を引き付けました。
 「国の仕置が悪ければ、たとえ合戦に勝っても国を失う」というのが、信玄の警告でした。

 以上、武田流軍学の特質を挙げてみました。そして、その軍学を集大成した『甲陽軍鑑』は、自国の領土を治め、他国を従えるために必要な、政治・軍事・外交等の心得に満ちています。
 武田流軍学を集大成した小幡景憲の門弟に、『武教全書』等の著者・山鹿素行がいます。素行は赤穂浪士に武士の心得を説きました。素行の開いた山鹿流兵学の師範だったのが、吉田松陰でした。また、景憲・素行に師事した軍学者に、『武道初心集』の大道寺友山がいます。信玄の英知は、このように江戸時代の武士道に生かされていったのです。
 『甲陽軍鑑』や『武教全書』『武道初心集』を語らず、『葉隠』や『五輪書』のみで武士道を語るのは、武士道の見方を狭くし、武士道のもつ深さ、豊かさを見失ってしまうと思います。

参考資料
・吉田豊編訳『甲陽軍鑑』(徳間書店)

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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民主対専制6~民主主義の諸相:君主制と共和制

2021-12-26 08:58:51 | 国際関係
●民主主義の諸相

 次に、民主主義及び専制主義の諸相を順に見ていく。

・民主主義国家における君主制と共和制
 民主主義の国家体制には、君主制と共和制がある。また、民主主義には、君主制の民主主義と共和制の民主主義がある。君主制は、王や天皇が存在する体制である。共和制は、君主が存在しない体制である。
 国家の最高権力を意味する主権の所在については、主権が君主にあるとする君主主権と、主権が国民にあるとする国民主権がある。
 フランスは、18世紀後半まで君主主権の君主制国家だったが、王を廃止し、共和制に移行した。主権は国王から国民に移った。アメリカは、もとはイギリスの植民地だったが、イギリスから独立し、共和制の国家を建設した。これらフランス・アメリカは国民主権の国である。戦後のわが国では、フランス・アメリカのような国家体制を民主主義の典型と考える傾向がある。だが、主権の所在については、もう一つ、君主と国民の全体にあると見るべき形態がある。これを君民共治主権という。
 近代民主主義の発祥の地・イギリスは、17世紀半ばまで君主主権の君主制国家だったが、市民革命を経て、君主制のもとで国民が政治に参加する議会政治が行われるようになった。この体制は単なる君主主権ではない。君主と国民が主権を共有すると考えられる。西欧にはこうした君民共治主権の民主主義の国家が多くある。みなイギリスの体制の変形である。オランダ、スウェーデン、スペイン、デンマーク、ノルウェー、ベルギーがこの例である。
 日本は、明治維新後、近代国家を建設するにあたって、西欧の君主制国家を参考にした。イギリスは、国王は「君臨すれども統治せず」といわれるように、国王は直接政治を行わず、政治は議会によって行われる。議会は貴族院と庶民院の二院制である。貴族は中世以来の身分であり、王の下で貴族と平民が協力して政治を行う。議院内閣制を採り、内閣は議会に対して責任を負う。首相も同様である。成文憲法を持たない国であるので、慣習法によってこのような体制が採られている。
 これに比し、日本は、明治時代中ば、成文憲法を制定し、天皇を統治権者とする君主主権を規定した。また議会を設け、内閣が行政を担った。議会は貴族院と衆議院の二院制だった。イギリスの貴族に当たる華族が存在し、皇族・有識者とともに貴族院の議員を構成した。この体制は、君主と国民が主権を共有する君民共治主権の君主制民主主義と見ることができる。
 大東亜戦争の敗戦後、GHQの占領下において、憲法が改正され、天皇は国政に関する権能を失い、象徴と規定された。また国民主権すなわち主権在民が規定された。華族が廃止され、議会は参議院と衆議院の二院制となった。戦前の日本では、内閣は議会に責任を負うのでなく、天皇に責任を負った。総理大臣も同様だった。それゆえ、イギリス型の議院内閣制とは異なっていた。戦後は、内閣と総理大臣は議会に対して責任を負うイギリス型の議院内閣制に近いものになっている。
 戦後日本は、君主が存在する主権在民の国家である。君主が存在する点ではイギリスに似ており、主権在民である点ではアメリカに似ている。イギリス型とアメリカ型の中間と見ることが可能である。君主制と国民主権は矛盾しない。国民主権という時の国民には、天皇・皇族を含むと考えることができるからである。それゆえ、私は、戦後の日本は、主権が君主と国民の全体にある君民共治主権の民主主義国家であると考える。この点では、戦前の日本と現在の日本は、民主主義国家のあり方としては根本的に変わっていない。

 次回に続く。

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日本の心42~徳川家康が恐れ、学んだ武田信玄

2021-12-25 10:09:34 | 日本精神
 戦国時代の武将は、戦いに強くなければ、生き続けることができませんでした。それとともに、政治の力量を求められました。人心をつかみ、経済政策を実施し、領国経営に成功しないと、乱世に勝ち残ることができなかったからです。
 この軍事と政治という両面において、最も優れた一人が、武田信玄でした。信玄は単に勇壮な武将であっただけでなく、学問を愛し、その教養を実際に生かすことに長けていました。彼が『孫子』などシナの古典を愛読し、その真髄を軍事や政治に活用したことはよく知られています。
 軍事面では、信玄は、完璧なまでの組織力・統率力を持っていました。信玄の指揮下、武田の騎馬軍団は勇猛・果敢を誇り、戦国最強とうたわれました。なびく軍旗は、「風林火山」。「疾(はや)きこと風のごとく、静かなること林のごとく、侵掠(しんりゃく)すること火のごとく、動かざること山のごとし」。『孫子』の一節です。『孫子』は、必勝の条件はなかなか作り出せないが、不敗の態勢を築くことは可能だと説いています。また、百回戦ってことごとく勝つよりも、戦わずして勝つことこそ最善としています。信玄は「孫子」に従い、不敗の態勢を構築し、最小限の犠牲で勝利を得る方法で、領国を拡大していきました。
 政治面でも、信玄は優れた手腕を発揮しています。何より信玄は人材登用の名手でした。人の技量をよく見極め、能力に合った仕事を与え、その技能を余すことなく活用しました。「人は城、人は石垣、人は堀、情けは見方、仇は敵なり」という名句は、信玄の人材に対する考え方をよく表しています。信玄に発掘され、登用されたさまざまな人材が知恵を出し合い、信玄の政治を支えたのです。
 その政策で特筆されるのは、釜無川に「信玄堤」を築いて氾濫を抑え、新田の開発を可能にした点です。貨幣制度は信玄の甲州金が始まりといわれ、江戸時代の貨幣制度の母胎となっています。そのほか、信玄は、甲州法度という法律の制定、金山の開発、軍用道路・棒道の普請、狼煙による情報伝達方式の構築等を推進し、優れた領国経営を行いました。このことが、信玄の軍事力の裏づけとなっているのです。
 さて、この信玄を模範と仰いだ武将に、徳川家康がいます。家康は、若い頃から武田信玄を研究し、甲州金や甲州法度、思想・戦術から民政まで、多くのことを学び取りました。それは信玄の凄さを誰よりもよく知っていたからです。
 家康は一度、信玄と戦いを交えたことがあります。元亀3年(1572)12月22日、三方ヶ原でのことでした。家康は、京をめざす信玄と激突。戦いは武田軍の勝利に終わりました。家康も必死の奮戦を見せましたが、老獪(ろうかい)な信玄の采配の前に、若い家康は為すすべもありませんでした。負けを悟った家康は自刃しようとしますが、夏目次郎左右衛門が止め、家康を無理矢理、馬に乗せて、その馬の尻を槍でつついて逃したといわれています。
 ところが、信玄は、折角勝利したにもかかわらず、病に倒れてしまいます。信州の駒場城まで引き返し、療養に努めますが、病状思わしくなく、とうとう4月12日、息を引き取りました。天下統一という一代の夢は、あえなく費えたのです。
 一方、家康は、軽卒と慢心を反省し、惨敗した自分の姿を絵師に書かせて、己への教訓としました。その後、家康は生涯、信玄を模範とし、徹底的に研究しました。そして、信玄の政治、軍事、経済等、各方面における業績を、大いに摂取しました。家康が、信玄の旧臣・大久保長安を登用して、各地の鉱山開発に当たらせたり、甲州流築堤法によって全国の水防工事を進めたりしたことなどが、よく知られています。それゆえ、徳川260年の礎は、武田信玄にありと言っても過言ではないのです。

参考資料
・笹本正治著『武田信玄』(中央公論新社)
・百瀬明治著『信玄と信長 天下への戦略』(PHP文庫)

 次回に続く。

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民主対専制5~民主主義・専制主義・権威主義等の定義

2021-12-24 10:17:20 | 国際関係
2.民主主義と専制主義の比較

●基本的な概念の定義

 民主主義と専制主義という対比を行うには、まず基本的な概念の整理が必要である。
 民主主義と専制主義の違いは、政治参加の権利の所有者と集団の意思決定の仕方にある。
 人類は集団生活を行う動物である。人間の集団は、集団の存続と繁栄のために意思決定をしなければならない。集団の構成員は、その決定に従って生活・行動する。集団の意思決定は、一人の指導者の判断で決定するか、少数者の合議で決定するか、多数者の合議で決定するかのどれかでなされる。
 集団のうちの一人または少数者が政治参加の権利を占有し、一人または少数者が集団の意思を決定する制度・体制が、専制主義(autocracy、オートクラシー)である。絶対主義的な君主や独裁者が統治する国家や、革命で権力(註2)を掌握した共産党、クーデターで政権を奪取した軍部が支配する国家がその典型である。
 オートクラシー(専制主義)の語源は、ギリシャ語の autos(アウトス、一人)と kratia (クラティア、権力) とが結びついたautokratía、アウトクラティア)である。オートクラシーとは、一人または少数者の集団が強大な権力を持つ政治体制をいう。独裁主義、独裁制等とも訳される。ここで独裁は、一人による個人独裁に限らず、少数者による集団独裁を含む。
 これに対し、集団のうちの多数者が政治参加の権利を保有し、多数の合議によって集団の意思を決定する制度・体制が、民主主義(democracy、デモクラシー)である。集団の意思決定を多数決で行い、指導者や代表者を選挙で選ぶ制度がその典型である。権利の所有者は性別・年齢・財産等によって一定の制限がされることが多い。
 デモクラシー(民主主義)の語源は、ギリシャ語の demos (デモス、人民) と kratia (クラティア、権力) とが結びついた demokratia(デーモクラティア)である。デモクラシーとは、民衆が政治に参加する制度である。民主政治、民主制、民衆参政主義等とも訳される。
 民主主義は古代ギリシャに先例を持つが、今日世界に広がっている民主主義は、近代西欧で発生・発達したものである。この近代民主主義と深い関係のある概念に、自由主義(liberalism、リベラリズム)がある。リベラリズムは、国家権力から自由と権利を守るために権力の介入を規制する思想・運動である。デモクラシーは、これと異なり、民衆が政治に参加する制度である。ともに近代西欧諸国で発達したもので、発達の過程でリベラリズムとデモクラシーは一体化した。デモクラシーは、民衆が自由と権利を守り、それらを拡大することを目的として政治に参加する運動を起こし実現した制度である。
 それゆえ、米英等の指導者が説く民主主義は、自由を価値とし、自由と権利の擁護や実現・拡大を目指すための民主主義という性格を持つ。その民主主義は、自由主義的な民主主義、自由民主主義(liberal democracy、リベラル・デモクラシー)である。これに対し、共産主義者が説く民主主義は、階級闘争を通して政治権力を獲得し、社会的な平等を実現するための民主主義という性格を持つ。その民主主義は社会主義的な民主主義、社会民主主義(social democracy、ソーシャル・デモクラシー)である。
 民主主義は、今日、あらゆる形態の政治権力を根拠付けるために正統性を付与できるほとんど唯一の概念となっている。正統性を主張できない政治権力は、むき出しの力による支配になる。支配を正当化するために、あらゆる政治権力が、みずからの正統性の根拠として、民主主義を標榜している。政治学者カール・シュミットは言う。「民主主義は、軍国主義的でも平和主義的でもあり得るし、進歩的でも反動的でも、集権的でも分権的でもあり得る」と。まさに今日の世界における民主主義は、そのような多様性を示している。
 自由主義的な民主主義を以て真の民主主義と信奉する勢力から見れば、社会主義的な民主主義は自由や権利を規制したり、抑圧するものであって、独裁者や共産党が権力を掌握する専制主義が、民主主義を詐称しているに過ぎない。一方、社会主義的な民主主義を掲げる勢力は、国家によってさまざまな民主主義があるとして、米英等による批判は民主主義の押し付けだと反発する。
 実際、注意すべきこととしては、例えば中国は共産党の実質的な独裁のもとで人民民主主義を標榜し、人民の代表者による議会を運営している。また、ロシアは旧ソ連の共産主義を否定した結果として生まれた国であり、大統領を民衆による選挙で選んでいる。それゆえ、単に民主主義ではないと批判するだけでは、有効な批判にはならない。


(2) 権力と訳される西欧単語は、英語の power、独語の Macht、仏語の puissance 等である。これらはどれも力を表す言葉である。力は物事を生起させる原因に係る概念である。日常的な言語では、目には見えないが人やものに作用し、何らかの影響をもたらすものを力という。こうした力の概念に基づく権力とは、他者または他集団との関係において、協力または強制によって、自らの意思に沿った行為をさせる能力であり、またその影響の作用ということができる。詳しくは、拙稿「人権――その起源と目標」第1部第3章(1)「権力とは何か」をご参照ください。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i.htm

●権威主義と全体主義

 次に、専制主義に類似の言葉として、権威主義(authoritarianism、オーソリタリアニズム)と全体主義(totalitarianism、トータリタリアニズム)がある。
 権威主義は、もともと社会心理学の用語であり、ナチス・ドイツを支持し追従した人々の性格と行動を分析するために使われた概念である。それゆえ、政治体制を表わす言葉としては適当ではない。また権威(註3)は、宗教や伝統、制度、人格等に基づいて、人々に広く受け入れられて集団の求心力として働くものであり、必ずしも否定すべきものではない。すべての権威を否定することは、あらゆる価値の破壊になる。だが、今日では、専制主義的・独裁的に権力を行使する強権政治を批判する時に、しばしば使われている。
 権威主義は、authoritarianismの訳語である。authorityを「権威」と訳すのが通例ゆえ、権威主義と訳すものである。だが、authorityは「権威」だけでなく、「権力(power)」「影響力」の意味を持つ。そこから、複数形のthe authoritiesは「当局」「官憲」を意味する。それゆえ、authorityを「強権」と訳し、その訳語に権威と権力を含ませることが可能である。そして、authoritarianismの訳語を「強権主義」として、権力を独裁的に行使する専制主義や、強い権力に裏付けられた権威主義の両方を含むものとするとよいと思う。なお、本稿では、私見と区別するため、報道で一般に使われている訳語「権威主義」を使用する。
 全体主義は、個人の利益よりも全体の利益を優先し、全体に尽すことによってのみ個人の利益が増進するという論理に基づく政治体制である。特に一つの政党・結社が絶対的な権力を国家の全体あるいは人民の名において独占する制度・思想をいう。
 C・J・フリードリッヒとZ・K・ブルゼンスキーの共著『全体主義的独裁と専制』によると、全体主義には、次のような特徴がある。①首尾一貫した完成したイデオロギー(世界征服を目指す千年王国論)、②独裁者の指導による単一大衆政党、③物理的・心理的テロルの体系、④マスコミの独占、⑤武器の独占、⑥経済の集中管理と指導――これらの6点である。旧ソ連やナチス・ドイツが全体主義の典型である。
 米英等の指導者は、民主主義と専制主義を対比する際、民主主義には自由主義的な民主主義と社会主義的な民主主義があることを考慮しない。また専制主義の同義語のようにして、しばしば権威主義・全体主義を使う。主要なマスメディアやジャーナリストも、これらの概念を吟味せずに、同じような使い方をするので、理解に混乱を生じやすい。この点に注意して基本的な概念を整理することが必要である。


(3)権威とは、他者を内面的に信服させる作用を持つ社会的な影響力や制度、人格をいう。権威という言葉も、西欧言語の翻訳のために作られた。もとの西欧単語は、英語 authority、独語 Behorde、仏語 autorite等である。英語の authority は「権威、権力、影響力」を意味する。権威とともに権力をも意味することに注意したい。権力と権威の概念は、一部重なり合うものなのである。詳しくは、拙稿「人権――その起源と目標」第1部第3章(1)「権力とは何か」をご参照ください。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i.htm

 次回に続く。

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 『人類を導く日本精神~新しい文明への飛躍』(星雲社)
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日本の心41~二十一箇条が家訓の原型に:北条早雲2

2021-12-23 10:11:53 | 日本精神
 徳川家康は、北条氏が滅亡した後、次のように語ったと伝えられます。
 「武田信玄は近代の良将であったが、自分の父信虎を追い出した報いが、子に表れた。勝頼は猛将であったが運が傾いて、譜代の恩顧ある者まで離れていき、はかなくも滅びてしまった。これは、天道が、武田氏は親に対して当然持たねばならぬ恩義に欠ける点を、憎まれたためである。
 これに対して小田原の北条氏は、百日ほどの長い包囲戦の際に、松田尾張のほかは、反逆した者は一人もいない。またその時、一命を助けられた氏直が高野山に行った時も、命を捨ててお伴をしようと願い出た者が多かった。これは早雲以来、代々受け継がれてきた方針が正しく、諸士もみな節義を守ったためである」と。
 北条早雲は教訓を残し、北条家は代々それを守りました。そこに五代百年の繁栄の秘訣がありました。この『早雲寺殿廿一箇条』は、戦国時代・江戸時代につくられた武家の家訓の原型ともいえます。そこには、当時の武士の生き方や価値観、つまり武士道が表現されています。
 早雲の二十一箇条は、「なによりも神仏を信じること」で始まります。この点は、やはり「神仏を大切にすべき」ということから始まる貞永式目に通じています。
 続いて、第2条は“早起きをせよ”、第3条は“夜更かしをせず、朝は身支度を整え、定時前に出仕せよ”、第4条は“朝は手洗いの前に見回りをし、家人に掃除させよ”等々、武士が日常生活で実行すべきことを、事細かく説いています。
 また、第5条は“信仰は正直に勤めよ”、第6条は“見栄を張るな”、第11条は“まず、他人を立てよ”、第17条は“良き友を求めよ”などと、心の在り方についても具体的な教訓が並んでいます。
 次に武士の心得として、特に興味深いものを挙げてみましょう。

第14条(嘘をつくな)
 上下万人に対し、一言半句にても虚言を申べからず。かりそめにも有のままたるべし。そらごと言つくれば、くせになりてせらるる也。人に頓てみかぎらるべし。人に糺され申ては一期の恥心得べきなり。
 (大意:身分の上下にかかわらず、万人に対して、一言半句もうそをついてはならない。わずかなことも、ありのままに言うべきである。うそを言っていると、それが癖になってしまう。そしていつしか人から見放されることになる。自分のうそを人から追求されることがあれば、一生の恥と思うべきである)

※古代から、嘘をつかず正直であることは、日本人が大切にしてきた徳ですが、武士の間においても重んじられたことがわかります。

第15条(歌道を学べ)
 歌道なき人は無手に賤しき事也。学ぶべし。常の出言に慎み有るべし。一言にて人の胸中しらるる者也。
 (大意:和歌のたしなみのない者は、ひどくいやしい感じがする。是非学ぶようにせよ。それによって普段の発言も慎み深くなるだろう。たった一言の言葉によって、人の心の中がわかってしまうものである)

※武士にとって和歌を詠むことは、大切な教養でした。古くは源平の武将、八幡太郎源義家、平忠度(ただのり)、鎌倉三代将軍源実朝らも、名歌を残しています。皇室から分かれた貴族出身だった武士は、和歌を通じて、朝廷のみやびの文化とつながっていたのです。

第21条(文武は平常の心がけ)
 文武弓馬の道は常なり。記すにおよばず、文を左にして武を右にするは古の法、兼て備へずんば有べからず。
 (大意:文武・弓馬は当然のことであるから、特に記す必要はない。文と武をともに身に付けることは古くからの掟である。日ごろから心がけておかねば、できないことである)

※文武両道ということも、古くから言われていたことがわかります。

 以上のように、北条早雲は、武士のなすべきことを、具体的また詳細に説いて、教訓としています。北条家では、創業者の精神を受け継いで、これらの教訓を守り、実践しました。徳川家康も謙虚に先人・早雲に学んだことが、徳川十五代の繁栄をもたらしたといえましょう。

参考資料
・岡谷繁実著『名将言行録』(ニュートンプレス)

 次回に続く。

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民主対専制4~民主主義は専制主義を押し返せるか

2021-12-22 09:10:45 | 国際関係
●民主主義は専制主義を押し返せるか

 民主主義については、イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルは、「これまでも多くの政治体制が試みられてきたし、またこれからも過ちと悲哀にみちたこの世界中で試みられていくだろう。民主主義が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが」と述べた。(1947年11月11日、英下院演説)
 チャーチルの逆説的な表現のように、民主主義は完全なものではない。だが、近代西洋文明の影響を受けた社会では、多くの人が独裁制や専制政治よりはましなものと考えている。第2次世界大戦後、植民地から解放された国々をはじめ、多くの国が民主主義の政治制度を取り入れたのは、それなりの魅力があったからだろう。特に米ソ冷戦の終結後、ソ連が崩壊し、東欧諸国が共産主義を放棄すると、共産主義が世界の多くの地域で後退し、自由主義的な民主主義が優勢になった。アメリカの政治経済学者フランシス・フクヤマは、1989年刊行の著書『歴史の終わり』で、国際社会において民主主義と自由経済が最終的に勝利し、以後、社会制度の発展が終結し、社会の平和と自由と安定を無期限に維持するという説を主張した。米国が唯一の超大国となった時期には、自由民主主義が人類の到達した最高の思想・制度として永続すると予想する楽観的な見方が流行した。
 だが、近年、逆転現象が起こっている。2019年、スウェーデンの調査機関V―Demは、世界の民主主義国・地域が87カ国であるのに対し、非民主主義国は92カ国となり、18年ぶりに非民主主義国が多数派になったという報告を発表した。その後も民主主義は劣勢を続けており、非民主主義の国家の台頭・増加が目立っている。
 この背景には、21世紀に入ってから、米国の衰退が目立つようになり、他方、中国の台頭が目覚ましくなっていることがある。第2次大戦後、自由、民主主義、人権、法の支配を普遍的な価値と称して世界に広めたのは、米国を中心とする国々だった。だが、米国が徐々に衰退するに従って、逆転が生じた。現在は、自由、民主主義、人権、法の支配といった近代西洋文明が生んだ価値の実現よりも、国家的・民族的・政治的・経済的な利益の実現をよしとする考え方が世界的に優勢になってきている。その国々の中心にあるのは、中国である。中国は、急速に経済的・軍事的に国力を増し、政治的・外交的な影響力を広げている。
 私は、現在から21世紀半ばにかけての米中関係は、米中の対決であると認識している。バイデン政権は中国との「対決」を避け、米中関係を「競争」ととらえているが、中国政府は米国の覇権に挑戦し、これを奪取しようとし、攻勢を強めている。中国側は、「100年マラソン」(ピルズベリー)といわれる超長期的な戦略を持って、2049年の世界覇権確立を目指している。劣勢にある民主主義が、勢いを増す専制主義を押し返せるか、これは今後、20~30年の間、人類世界の重大な課題となる。(註1)
 バイデン政権は、2021年12月9~10日に「民主主義サミット」をオンライン形式で開催した。約110の国・地域の代表が参加した。この首脳会議は、民主主義の価値観を共有する国々の連携を強化し、専制主義とみなす中国・ロシア等に対抗することを狙いとするものとみられた。だが、目的や主旨がはっきりせず、専制主義の増勢に抗して民主主義の価値観を広げるための理論も戦略も欠けていた。招待した国・地域についても、何を基準に選別したのかはっきりしない。バイデン政権の米国は、リーダーシップの弱さを自らさらし、威信を下げるばかりになるのではないかと案じられた。
 バイデン政権が世界の構図を「民主主義対専制主義」ととらえているので、現在、メディアの報道や政治学者の分析は、「民主主義対専制主義」という構図に基づくものが多い。だが、バイデン政権のいう民主主義と専制主義は定義が定かでなく、この対立構図に基づくのであれば、まず基本的な概念の定義と比較が必要である。次の項目でこの点について述べる。

(1)中国の超長期戦略については、下記の拙稿をご参照ください。
 「中国共産党は『100年マラソン』で世界覇権奪取を狙っている」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-19.htm

 次回に続く。

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