ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

参院選 民主、最悪29議席

2010-05-31 07:33:13 | 時事
 民主党が参院選の世論調査を行なった。結果は40議席を割り込むという惨憺たるものだった。小沢氏はこれを首相に伝えていないらしい。「週刊文春」4月29日号の予測は47議席。最悪で36議席だったが、民主党の調査では最悪29議席だったという。
 共同通信が29、30両日実施した全国電話世論調査。普天間基地問題で鳩山首相は「辞めるべき」が過半数の51・2%。内閣支持率は20%台を割る19・1%に。政党支持率は自民が21・9%で民主20・5%を上回った。比例投票先でも自民20・9%、民主19・9%と逆転。
 朝日新聞社が29、30の両日実施した緊急世論調査。鳩山内閣の支持率は17%と初めて10%台に。不支持率は70%。民主支持率は21%で自民支持率は15%だが、参院選比例区の投票先は民主20%、自民20%と並んだ。

 以下は報道のクリップ。

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●産経新聞 平成22年5月31日

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100531/stt1005310132002-n1.htm
民主調査、参院選、最悪で29議席
2010.5.31 01:30

 民主党が5月中旬に党独自の参院選情勢に関する世論調査を実施し、獲得議席が最少のケースでは選挙区と比例代表を合わせて29議席にとどまり惨敗に終わるという分析結果を出していたことが30日分かった。民主党幹部が明らかにした。この場合、民主、国民新の与党両党が参院で過半数を獲得するのは絶望的だ。調査は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)移設問題での社民党の連立離脱以前の段階のもので、現時点で再調査すればさらに厳しい結果が出る可能性がある。
 この分析は、世論調査の結果に基づき、民主党選挙対策委員会などが持つ情報を加味して、参院選の獲得議席を予測したものだ。調査結果と分析内容は極秘扱いとされており、「小沢一郎幹事長ら数人しか知らない」(党幹部)という。結果を知る数少ない党幹部は、「最も良くて40議席台後半だが、最悪の場合は29議席だ」と述べた。
調査結果の内訳をみると、選挙区では、中国、四国、九州などの西日本や関東で特に劣勢が目立つ。
 全国に29カ所ある改選1の選挙区(1人区)で、民主党が確実に獲得できそうなのは岩手、奈良など数議席にとどまった。平成19年の参院選では、当時与党だった自民党が6勝23敗で惨敗したが、今回の民主党調査は、前回参院選とまったく逆の傾向を示している。
 また、民主党は小沢氏の主導で2人区に候補者2人を擁立してきたが、福島などを除き、共倒れが「続出」するという結果が出た。5人区である東京でも1議席しか獲得できない。
 比例代表は、民主党は19年の参院選で20議席だったが、今回は「最悪で10議席」に落ち込む可能性があるとされた。
 民主党の石井一選対委員長は27日の講演で、参院選について「選挙区では30議席、比例代表で17、18議席はとれる」と、計48議席との見通しを語ったが、最も楽観的な観測に沿って分析した発言とみられる。
 民主党は、参院選で大敗しても衆院で圧倒的多数を占めており、衆院での首相指名選挙に勝つことはできる。だが、参院選敗北が政権崩壊につながった例は珍しくない。19年7月の参院選では、37議席だった自民党の安倍晋三首相(当時)が同年9月に辞任に追い込まれた。10年参院選でも、44議席だった同党の橋本龍太郎首相(当時)が退陣している。
 一方、民主党幹部は30日、都内で記者団に、党内から鳩山由紀夫首相の退陣論が出ていることに関し、「参院(民主党)の人たちが鳩山さんではダメだと言っている状況で、『あくまで鳩山さんで行きます』と言うのはとても難しい」と語った。
 今回の調査結果は、民主党内の鳩山首相退陣論に拍車をかける可能性がある。また、仮に参院選まで鳩山首相が続投できたとしても、民主党の参院選での獲得議席が、調査結果の最少のケースに近い結果となった場合、首相退陣は不可避とみられる。
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自民党の立党の精神に帰れ9

2010-05-31 07:05:25 | 時事
 自民党立党時の文書は、次に「党の使命」という項目に入る。この文章は、新綱領の「現状認識」を上回る長文である。これも展開に沿って、内容を見てみよう。
 
 「党の使命」は、下記のように始まる。
 「世界の情勢を考え、国民の現状を省み、静かに祖国の前途を思うに、まことに憂慮にたえぬものがあり、今こそ、強力な政治による国政一新の急務を痛感する。
 原子科学の急速な進歩は、一面において戦争回避の努力に拍車を加え、この大勢は、国際共産勢力の戦術転換を余儀なくさせたが、その終局の目標たる世界制圧政策には毫も後退なく、特にわが国に対する浸透工作は、社会主義勢力をも含めた広範な反米統一戦線の結成を目ざし、いよいよ巧妙となりつつある」。
 昭和30年(1955)当時の世界情勢、及び共産主義国の対日工作を記している。
 そして、「国内の現状を見るに、祖国愛と自主独立の精神は失われ、政治は昏迷を続け、経済は自立になお遠く、民生は不安の域を脱せず、独立体制は未だ十分整わず、加えて独裁を目ざす階級闘争は益々熾烈となりつつある。」と日本の現状を述べる。

 私は、これに続く部分が重要だと思っている。
 「思うに、ここに至った一半の原因は、敗戦の初期の占領政策の過誤にある。占領下強調された民主主義、自由主義は新しい日本の指導理念として尊重し擁護すべきであるが、初期の占領政策の方向が、主としてわが国の弱体化に置かれていたため、憲法を始め教育制度その他の諸制度の改革に当り、不当に国家観念と愛国心を抑圧し、また国権を過度に分裂弱化させたものが少なくない。この間隙が新たなる国際情勢の変化と相まち、共産主義及び階級社会主義勢力の乗ずるところとなり、その急激な台頭を許すに至ったのである。
 他面、政党及び政治家の感情的対立抗争、党略と迎合と集団圧力による政治、綱紀紊乱等の諸弊が国家の大計遂行を困難ならしめ、経済の自立繁栄を阻害したこともまた反省されねばならぬ。」
 ここには、昭和20年8月の敗戦から30年11月までの約10年に及ぶわが国の歴史と実態が、端的に表現されている。そして、30年時点の立党宣言の「自主独立の権威を回復」、綱領の「自主独立の完成」という文言の意味が、ようやく明らかになる。「自主独立の権威を回復」「自主独立の完成」は、自民党の立党宣言・綱領において、唯一、日本の政党であることを示唆する文言であった。だから、「党の使命」におけるこの部分は、自民党の日本の政党としてのアイデンティティにおいて、非常に重要な部分なのである。なぜ立党50年の「新綱領」が「新しい憲法の制定を」を第一に挙げ、平成22年新綱領の「政策の基本的考え」が「日本らしい日本の姿を示し、世界に貢献できる新憲法の制定」を第一に掲げるかの理由も、ここにある。

 「党の使命」は、続いて決意を述べる。「この国運の危機を克服し、祖国の自由と独立と繁栄を永遠に保障するためには、正しい民主主義と自由を擁護し、真に祖国の復興を祈願する各政党、政治家が、深く自らの過去を反省し、小異を捨てて大同につき、国民の信頼と協力の基盤の上に、強力な新党を結成して政局を安定させ、国家百年の大計を周密に画策して、これを果断に実行する以外に途はない。」と。
 この大同団結が、保守合同による自民党の誕生だった。
 自民党の立党者は、ここで自らの信念と決意を述べる。「わが党は、自由、人権、民主主義、議会政治の擁護を根本の理念とし、独裁を企図する共産主義勢力、階級社会主義勢力と徹底的に闘うとともに、秩序と伝統の中につねに進歩を求め、反省を怠らず、公明なる責任政治を確立し、内には国家の興隆と国民の福祉を増進し、外にはアジアの繁栄と世界の平和に貢献し、もって国民の信頼を繋ぎ得る道義的な国民政党たることを信念とする。而して、現下政治の通弊たる陳情や集団圧力に迎合する政治、官僚の政治支配、政治倫理の低下の傾向等を果敢に是正し、国家と国民全体の利益のために、庶政を一新する革新的な実行力ある政党たることを念願するものである。」
 最後に、実行すべき六つの政策課題を掲げる。
 「わが党は右の理念と立場に立って、国民大衆と相携え、第一、国民道義の確立と教育の改革 第二、政官界の刷新 第三、経済自立の達成 第四、福祉社会の建設 第五、平和外交の積極的展開 第六、現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、もって、国民の負託に応えんとするものである。」と。
 「国民道義の確立と教育の改革」「政官界の刷新」「経済自立の達成」「福祉社会の建設」「平和外交の積極的展開」「現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備」。これら六つの政策課題のうち、第一の「国民道義の確立と教育の改革」と第六の「現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備」が重要である。平成22年の新綱領は、この第六を受け継いで、「政策の基本的考え」の第一に「日本らしい日本の姿を示し、世界に貢献できる新憲法の制定」を挙げているのである。そして、その裏づけは、先に私が「党の使命」において重要だと指摘した部分、「思うに」から「反省されねばならぬ」という部分にある。新綱領をもって、現在の自民党の理念・方針だと理解している人は、立党時の「党の使命」、とりわけ「思うに」から「反省されねばならぬ」という部分を熟読すべきだろう。

 次回が最終回。
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普天間基地問題 首相は責任を取れ

2010-05-29 09:09:35 | 時事
 日米両政府は、普天間基地の移設先を沖縄県名護市辺野古周辺と明示した共同声明を発表した。鳩山首相は、日米合意に反対し、閣議での政府対処方針への署名を拒否した福島消費者相を罷免した。福島氏は社民党党首ゆえ、連立解消は必至の情勢である。
 そもそも民主党は、昨年の衆議院選挙において、党内で安全保障政策がまとまっておらず、政権に就いた場合、日米関係、防衛問題が悪化することが懸念されていた。そのうえ、社民党との連立を組んだのだから、外交や安全保障がうまくいくわけはなかった。今回の結果は、最初から目に見えていた。もっと早く判断をしなかった鳩山首相の責任は重い。
 鳩山氏は、国家最高指導者の地位にありながら、国防に関してほとんど知識がなく、日米安保の抑止力についての理解もないことが、満天下に示された。これも当初からほぼ明らかだったことだが、基地移設問題がいよいよ切羽詰ってきた段階になって、全面的に暴露された。国政を任せられるような人物ではないことを、国民大多数は痛感したことだろう。
 日米交渉の結果は、もともと唯一の現実的な案である現行案への元戻りである。この8ヶ月、鳩山政権は基地移設問題で、日米の信頼関係を傷つけ、沖縄県民に過剰な期待をもたせて失望と怒りを買い、国民に不安と落胆を与えた。国際的に失った信頼の回復は容易でなく、国民の間に生じた亀裂を修復するのは相当困難である。
 もはや退陣しかない。鳩山氏は責任を取って、即刻辞職せよ。
 
 以下は、報道のクリップ。

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●読売新聞 平成22年5月29日

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100528-OYT1T01139.htm
普天間日米合意 混乱の責任は鳩山首相にある(5月29日付・読売社説)

 日本政治と日米関係を混乱させた末、「国民との約束」を簡単に破る。一応謝罪はするが、責任はとらない。これが鳩山首相の本質だろう。
 日米両政府は、米軍普天間飛行場の移設先を沖縄県名護市辺野古周辺と明示した共同声明を発表した。日米合意に反対し、閣議での政府対処方針への署名を拒否した社民党党首の福島消費者相を、鳩山首相は罷免した。
 連立与党の一角を担う党首とはいえ、政府方針に同意しない以上、罷免は当然である。

◆福島氏罷免は当然だ◆
 鳩山政権が、展望のない県外移設を断念し、辺野古沿岸部に代替施設を建設する現行計画にほぼ回帰したのは、現実的判断だ。
 だが、方針転換がいかにも遅すぎた。昨年までは現行計画を容認していた地元が反対に転じており、実現のハードルは高い。辺野古移設は迷走の末、元に戻ったというより、政権発足前より悪い状況に陥ったにすぎない。
 政府は、日米合意の実現に向けて、沖縄県や名護市の説得に全力を挙げるべきである。
 共同声明は、沖縄の負担軽減策として、米軍訓練の分散移転や、自衛隊と米軍による米軍施設の共同使用など8項目を掲げた。
 ただ、その多くは、代替施設建設の進展に応じて「検討」するとされているだけだ。負担軽減がどの程度実現するかは不透明だ。
 政府は当初、県内移設に反対する社民党に配慮し、日米の共同声明にある移設先の「辺野古」を、対処方針には明示しない方向で調整していた。だが、福島党首の罷免に伴い、対処方針にも「辺野古」を明記した。
 「二重基準」をとらなかったのは当然のことだ。民主党には、社民党が政権を離脱し、参院選での選挙協力ができなくなる事態を避けたい思惑がある。だが、選挙目当てで、安全保障にかかわる問題をあいまいにすべきではない。
 社民党は、「日米安保条約は平和友好条約に転換させる」「自衛隊は違憲状態」との見解を維持している。そもそも、民主党が、基本政策の異なる政党と連立を組んだこと自体に無理があった。
 鳩山首相自身が、「常時駐留なき安保」を持論とし、“米国離れ”志向を見せていたことも、混乱を招く一因となった。

◆社民との連立解消を◆
 社民党は、県内移設に反対するばかりで、実現可能な対案を出さなかった。普天間問題の迷走への責任は免れない。
 社民党との連立が続く限り、外交・安保政策をめぐり、対立が繰り返されるだろう。首相は、この際、社民党との連立解消をためらうべきではあるまい。
 首相は、問題決着に「5月末」の期限を自ら設けた。それまでに沖縄県、移設先の自治体、米国、連立与党の同意を得ると「大風呂敷」を広げたうえ、最近まで「職を賭す」などと言い続けた。
 ところが、実際は、米国との合意を得ただけで、沖縄も移設先も社民党も反対している現状は、これらの発言を裏切るものだ。
 政府の最高責任者が「国民との約束」を反故(ほご)にすれば、政治への信頼は地に落ちる。
 鳩山首相は28日夜の記者会見で「誠に申し訳ない思いでいっぱいだ」と謝り、「今後も粘り強く基地問題に取り組むことが自分の使命だ」と強調したが、単なる謝罪で済まされるものではない。
 これは、鳩山政権が、普天間問題に詳しい官僚を外し、知識と経験、洞察力の乏しい首相と担当閣僚がバラバラで場当たり的に取り組んだ結果である。
 名ばかりの「政治主導」で、重大な失政を犯しながら、首相も担当閣僚も責任をとらず、民主党内から強い批判も出ないのは、あまりにお粗末だ。
 鳩山首相は、その資質に深刻な疑問符が付いている。首相発言は日替わりのように変わり、指導力も決断力も発揮できなかった。
 政治で問われるのは結果責任だ。努力したが、できなかったでは、誰も評価しない。
 首相に求められるのは、自己流の「思い」を語ったり、会談相手に迎合したりすることではない。着地点を見極めつつ、閣僚と官僚を使いこなし、最後は自ら決断して問題を解決する実行力だ。

◆同盟強化が緊急の課題◆
 鳩山首相の力量不足により、日本政府と米国や沖縄県、関連自治体との信頼関係は、大きく損なわれてしまった。
 北朝鮮の魚雷攻撃による韓国軍哨戒艦沈没事件で、朝鮮半島情勢は緊迫している。中国軍の増強や示威的活動の多発など、不透明な東アジア情勢を踏まえれば、日米同盟の強化は緊急の課題だ。
 政府は、その視点を忘れず、道半ばの普天間問題の解決に真剣に取り組まなければならない。
(2010年5月29日01時14分 読売新聞)

●産経新聞 平成22年5月29日

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100529/plc1005290304008-n1.htm
【主張】普天間日米合意 国益損なう首相は退陣を 逃れられぬ迷走と失政の責任
2010.5.29 03:03

 目を覆うばかりの失政が続いている。米軍普天間飛行場移設に関する日米共同声明がようやく発表され、「辺野古」が明記された。当然だが、遅きに失した。
 昨秋以来、鳩山由紀夫政権は迷走を続け、現行計画とほぼ同じ内容を沖縄県などが受け入れるのは当面絶望視されている。「最低でも県外」と鳩山首相が県民感情をあおったためである。これでは閣議決定された政府対処方針も画餅(がべい)にすぎないではないか。
 「5月末までに決着させる」とした首相の約束は果たせなかった。その政治責任は極めて重大だ。しかも首相は尖閣諸島の領有権に関して、日中間の当事者が話し合いで結論を出すと表明した。尖閣諸島が日本固有の領土であることへの認識すらない。
 一国の平和と繁栄の責務を担う最高指導者として不適格と言わざるを得ない。国益を損なう「愚かな首相」は、一刻も早く退陣すべきである。
 問われる政治責任の第一は、4月の党首討論で「米政府、地元、連立与党との合意をすべて達成する」と約束しながら、米との一定の合意しか取り付けられなかったことだ。首相は28日夜、「申し訳ない思いでいっぱいだ」と国民に謝罪したが、進退に関して責任をとる姿勢は見せなかった。
 首相は沖縄県などの負担軽減に努力したことを会見で強調していたが、政治は結果責任である。結果が伴わないことの政治責任に向き合わず、自己の立場を正当化するのは開き直りである。
 しかも、日米関係もこれまでにないほど悪化させた。昨年11月の日米首脳会談でオバマ米大統領に約束した早期決着を果たしていれば、首相や日本政府への米側の不信感はこれほど強まっていなかっただろう。首脳間の個人的な信頼構築には程遠く、4月の首相訪米時には公式首脳会談を設定できず冷え込んだ関係を象徴させた。

◆「尖閣」守れるのか
 安保改定50周年を迎えた今年、海上自衛隊への中国海軍の挑発行為や北朝鮮による韓国哨戒艦沈没事件は、同盟の深化と日米安保体制強化を喫緊の課題としている。にもかかわらず、普天間問題がそのための協議を阻害してきた。
 キャンプ・シュワブ沿岸部(名護市辺野古)に移設する現行計画を首相が白紙に戻したことで、仲井真弘多知事や県民らは実現可能性を疑いながらも、いたずらに県外移設への期待を強めた。1月の名護市長選では受け入れ容認派の前職が敗れ、4月には県内移設に反対する大規模反対集会が開かれて問題をさらに難しくした。
 安易なスローガンや口約束を乱発したあげく、期待を裏切った首相が県民の心をもてあそんだといえる。最終的には、地元も受け入れた経緯があり最も現実的な「辺野古」移設案に戻ったとはいえ、実現の困難さを考えれば移設は大幅に後退したとみるべきだ。
 さらに看過できないのは、27日の全国知事会議での尖閣諸島をめぐる発言だ。首相は「米国は帰属問題は日中間で議論して結論を見いだしてもらいたいということだと理解している」と述べた。
 「領有権問題は存在しない」というのが尖閣諸島に関する一貫した政府見解である。それなのに、中国と話し合う必要があるかのような発言は主権意識を欠いており、耳を疑う。

◆遅すぎた福島氏罷免
 共同声明は、普天間移設が海兵隊8千人のグアム移転や嘉手納基地以南の返還と連動していることを改めて確認した上で、代替施設の工法などの詳細を「いかなる場合でも8月末まで」に決定すると明記している。あと3カ月で地元の理解を得るのは困難にせよ、作業を加速し、何としても合意を達成しなければならない。
 基地の環境保全、漁場の使用制限の一部解除など米側が日本の要望に応える内容も盛り込まれた。双方が迅速かつ誠実に合意内容を実現していくことが、同盟の維持・強化に欠かせない。
 首相は「辺野古」明記を容認しない福島瑞穂消費者・少子化担当相を罷免した。安保政策が一致しない以上、当然の措置だが、あまりに時間をかけすぎ、国民の信頼を損なう結果となった。
 社民党の連立離脱論が強まる中で、与党議員ら180人が「将来の国外・県外移設」を政府対処方針に盛り込むよう求める声明を出したのも理解し難い。国家の安全保障よりも、選挙協力のための連立維持に奔走する政権与党の姿勢は極めて問題である。
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トッドの移民論と日本5

2010-05-29 08:15:55 | 国際関係
●ヨーロッパ統合に向けた困難さ

 トッドが、先に書いたようなヨーロッパ統合反対論を述べたのは、1990年代から2000年にかけてだった。その後、ヨーロッパは様々な問題を孕みながら、統合への困難な歩みを続けている。2005年(平成17年)の5~6月に、欧州憲法条約に関する投票が行なわれた。欧州憲法条約は、ローマ条約、マーストリヒト条約、ニース条約などの条約を集約し、複雑な法体系を整備しようとするものだった。しかし、フランスとオランダでは、国民の多数が条約の批准に反対した。フランスはドイツとともにEUの中核をなす国であり、オランダは自由主義的な伝統と宗教的寛容で知られる。そうした国々で、多数の国民が条約に反対を投じた。ここに統合問題の複雑さが垣間見られる。
 欧州憲法条約は、EUの全加盟国(当時25か国)が批准しなければ発効しない。特に独仏連合の片割れであるフランスで否決されたことは、条約案の見直しを迫るものとなった。協議を重ねて条約案に修正が加えられた。文面から「憲法」という表現を削り、単なる「改革条約」という呼称に変えた。通称リスボン条約である。
 リスボン条約は、理念的なヨーロッパ統合の将来像を掲げることを回避したところに特徴がある。内容は、EU大統領というべき欧州理事会の常任議長を創設。欧州委員会の副委員長を兼任するEU外交・安全保障上級代表を新設。外交・安全保障、税制、社会保障政策などの分野の案件は全会一致とし、各国に拒否権を認める。少数派を尊重し、一定数以上の国が反対する場合は議論の継続を可能とする。人権保障規定などを定めた「欧州基本権憲章」の順守義務を定めるが、各国法の優位性を認める。旗、歌などEUの象徴に言及しない、等の内容となっている。総じて統一より連合という緩やかな組織体となっている。
 ヨーロッパ連合の全加盟国で批准がされるのに時間がかかったため、リスボン条約は予定より1年近く遅れて、2009年(平成21年)12月1日に発効した。こうしてヨーロッパは、様々な課題を抱えながら、統合への困難な歩みを続けている。
 この点でトッドの予想は否定的に過ぎたという見方もできるだろう。だがその一方、ヨーロッパの内部では、トッドが指摘する諸問題が、徐々に大きくなってきていることも事実である。前回書いたギリシャの財政危機による信用不安のヨーロッパ全体への広がりがそうである。経済的な面での単一通貨の弊害が増大することにより、政治的な統合が滞ったり、対立・摩擦が生じたりする可能性がある。

●トッドは今日の欧州で国家の役割を再評価する

 これまで書いたような、統合に向かうヨーロッパの抱える政治的・経済的な問題は、国家というものを今日どう評価するかという判断に集約される。ヨーロッパの統合は、ヨーロッパが生み出した近代国家の枠組みを超え、広域的な組織、市場、単一通貨を作ることが、ヨーロッパ諸国民の利益と考えるものである。しかし、こういう考え方に、トッドは疑問を投げかける。そして、トッドの疑問が最も大きく膨らむのが、移民への対応という問題に関してなのである。
 トッドは、1990年(平成2年)に『新ヨーロッパ大全』のフランス語版原書を出版した時には、自分は「ヨーロッパ信奉者」だったという。「国家の主権を委譲し、ヨーロッパが統一されることに全く賛成」だった。しかし、92年(4年)には次のように見解の変化を明らかにした。
 「実際にヨーロッパとしての統一政策が可能かどうかということを考えるにあたって、国家の役割を私は見直した。2年前には国家は必要でないと思っていたが、今は真に社会政策、労働政策を行なう際には、国家という枠組みは重要ではないかと考えている。そして統一された国家、統一された言語、民主主義にとって統一された枠組みとなる国家があってはじめて社会政策、労働政策が機能するのではないかというふうに考えが変わったのである」(『新ヨーロッパ大全』所収、セミナー「ヨーロッパの真実――人類学的視点から」)
 トッドが国家の役割を再評価したのは、社会政策、労働政策の検討による。私見によれば、トッドの言う社会政策、労働政策は、移民政策と関係するものである。ヨーロッパ諸国は、人口動態の変化による労働力不足を補うために、移民労働者を受容してきた。その移民の対処を含む社会政策、労働政策は、国家という枠組みがないと、有効に機能しない。
 国家の役割と移民への対応は、非ヨーロッパ世界に存在するわが国にとっても、重大な問題である。先例となるヨーロッパの実情を知るとともに、人類学に基づくトッドの分析・洞察に、日本人が学ぶべきことは多いと私は考えている。それが、本稿「トッドの移民論と日本」を書く動機である。

 次回に続く。
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「同化せぬ移民」の危険性

2010-05-28 09:41:28 | 国際関係
 比較文化史家で東大名誉教授の平川祐弘氏が、産経の「正論」に、移民問題について書いた。ヨーロッパでは、急増するイスラム移民が、受け入れ社会との軋轢を強めていることを述べ、「グローバリゼーションは『文明の衝突』を加速する。よそごとではない。日本も移民の受け付けは上限を設け、社会への同化をはからないと只事ではすまなくなる」と警告している。
 わが国でヨーロッパにおけるイスラム移民に当たるのは、中国人移民である。現在はまだわが国の中国人移民の数は、ヨーロッパのイスラム移民に比べ、少ない。しかし、このまま行けば、中国人移民が急増し、日本はヨーロッパの二の舞になる。イスラム移民は、多くの受け入れ社会で融合しない。中国人移民も同様である。むしろ、イスラム文明には中核国家がなく、様々な地域から来るイスラム移民は集団としての統合力が弱いのに対し、中国人移民は共産党が支配する巨大国家から流入する。定住後も中国共産党の管理のもとにあり、時にはその指示によって行動する。また華僑のネットワークは、世界各地に張り巡らされ、連携を取って行動する。移民増大論者や多文化共存論者は、中国人移民が増大した場合の危険性をよく理解すべきである。
 カナダ、イタリア、フランス等の各地で重大な問題となっている中国人移民については、河添恵子氏の『中国人の世界乗っ取り計画』(産経新聞出版)を、多くの人にお勧めしたい。

 以下はその記事のクリップ。 

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●産経新聞 平成22年5月28日

【正論】「同化せぬ移民」別世界の危険性
2010.5.28 04:15

比較文化史家、東大名誉教授・平川祐弘

 西洋へのイスラム移民の急増で現地社会との軋轢(あつれき)がにわかに強まっている。西欧では約4億の総人口のうち1700万人がイスラム教徒の移民と子孫である。人口に占める割合はフランスのマルセイユで25%に達し、パリでも10%を占める。数は増大する一方で、ロンドン生まれの2人に1人は母親が外国人といわれている。

≪妻帯しても溶け込まず≫
 西欧は労働者移民の入国は打ち切ったが、家族の合流は認めた。その人道主義が裏目に出た。それで外国人花嫁がドイツだけで年に3万人近く入国する。北アフリカから複数の妻を呼び寄せる者もいるらしい。教育は低く言葉は通ぜず、西洋を祖国と思わない。イスラム同胞に連帯感を抱き、イスラム教を大事にし、これだけが真の宗教で、改宗は許さず、改宗者は死刑に価すると考える者もいる。
 当局は当初は若者も妻帯すれば同化するだろうと予測したが、イスラムの人たちは、なかなか西欧社会に溶け込まず、国内国家ともいうべき社会の別階級を形成しつつある。そうした家庭に生まれた子供も社会に溶け込みにくい。それが各国で大問題となり、ついに選挙の争点となった。日本における朝鮮学校は北朝鮮の金父子の肖像を掲げる異質の別世界だが、もしもその人口が年々増大したら、不安に思うだろう。

≪オペラの上演まで自粛して≫
 西欧では住みついた女たちがベールで顔を覆うことが問題となった。フランスは市民の平等をうたう。平等とは、国家が人種・宗教により人を別扱いしない世俗主義が公教育の基本であり、イスラム教徒の女子生徒の校内でのベール着用を認めない。着用にこだわれば非宗教性の原則違反で退学になる。半面、同様の原則で、公共建築物から古くからついていたキリスト教の十字架も取り外している。
 オランダでは「公共の場所ではイスラム教徒もベールを取るように」と移民相が言明した。しかし移民の半数以上はベール着用が望ましいとしており、「ベールを取れ」と最初に提案した議員は「殺すぞ」という脅しを何度も受けた。ベルギー議会はベールの禁止を可決した。
 イタリアのテレビ討論で女性議員が「ベールは宗教的シンボルでもなくコーランで定められたわけでもない。女の顔を隠すベールが自由のシンボルであったためしはない」と発言するや、同席したイタリア在のイスラム教導師が「無知なる者の不信心な発言だ。あなたにコーランを解釈する権利はない」といきりたち、他の導師は「憎悪の種を播(ま)く女」ときめつけた。この宣告はイスラム社会では死刑に相当する。
 イタリア内務省は同議員に警官を常時つけて身辺保護に当たらせた。1988年に『悪魔の詩』を刊行したインド生まれの英国人小説家ラシュディは「教祖マホメットを諷刺しイスラム教を冒涜(ぼうとく)した」としてイラン当局によって死刑を宣告され、その訳者の五十嵐一筑波大学助教授は学内で殺された。そんな宗教テロが思いだされる。「触らぬ神に祟(たた)りなし」で言論表現の自由は萎縮(いしゅく)する。
 ベルリンではモーツァルトのオペラの上演も自粛した。メルケル独首相は、劇場関係者のそんな自己規制を「まだ脅迫もされないうちから白旗を掲げたようなもの」と批判した。

≪恐ろしい「国内国家」形成≫
 西洋の女の裸の露出度に眉を顰(ひそ)める非キリスト教国民は多い。イスラム系男性が故国から花嫁を迎えるのは、西洋社会の道徳的頽廃(たいはい)に「汚されていない」女性と結婚するためと主張する。「うまそうな生の肉を外に出しておけば、猫が来てさらって食う。女も家の中にとどまりベールで顔を覆っていれば、問題は起きない」とイスラム教のお偉いさんが発言した。だがこんな主張はイスラム圏の外ではもはや通用するまい。
 ところが欧米左翼のフェミニストは排外主義者と呼ばれたくないから、腰がひける。米国の女性小説家エリカ・ジョングは「イスラム教徒が西洋でもベールをつけるのは、1960年代にヒッピーが長髪をしたようなものでしょう」と答えた。記者が「ベールをつけるのはイスラム人コミュニティーの圧力のせいではないか」と問い詰めると、「欧米の病院でお産すればベールへのこだわりも減るでしょう」とかわした。出産となれば、ベールも服も脱いで医師に肌を見せるからの含意だろう。だがイスラム女性を治療しようとしたイタリア人男性医師は診察室に押し入った夫に殴打された。
 グローバリゼーションは「文明の衝突」を加速する。よそごとではない。日本も移民の受け付けは上限を設け、社会への同化をはからないと只事ではすまなくなる。移民が集団で国内国家を形成し、旧態依然たるアイデンティティーにすがりつき、「差別された」と騒ぐことほど恐ろしいことはない。先ごろニューヨークの中心部に爆薬をしかけたのは米国に帰化したパキスタン系の男で、イスラム原理主義に感化された一児の父だった。(ひらかわ すけひろ)
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自民党は立党の精神に帰れ8

2010-05-28 09:17:45 | 時事
 次の部分に進む。ここでは、昭和30年立党時の自民党の「綱領」として、三つの文章が並ぶ。

「一、わが党は、民主主義の理念を基調として諸般の制度、機構を刷新改善し、文化的民主国家の完成を期する。
一、わが党は、平和と自由を希求する人類普遍の正義に立脚して、国際関係を是正し、調整し、自主独立の完成を期する。
一、わが党は、公共の福祉を規範とし、個人の創意と企業の自由を基底とする経済の総合計画を策定実施し、民生の安定と福祉国家の完成を期する。」

 三つとも○○の「完成を期する」という文章である。この場合の「期する」は「前もって決心する」とか「めざす」という意味だろう。「完成を期する」のは、「文化的民主国家」「自主独立」「民生の安定と福祉国家」である。ここでもわが国の独自性を感じさせるのは、「自主独立の完成」のみである。それ以外の目標や要素は、自由主義圏ないし資本主義圏で他の国でも多くの政党が掲げそうなものである。

 次に、「党の性格」という文章が続く。自民党はここで党の性格を、6点をもって規定する。「国民政党」「平和主義政党」「真の民主主義政党」「議会主義政党」「進歩的政党」「福祉国家の実現をはかる政党」の6点である。平成22年の新綱領では、党の性格規定は、ただ一つ、「常に進歩を目指す保守政党」というだけだった。これに比し、自民党は、立党時には次のように多面的または重層的に自己を規定していた。

「一、わが党は、国民政党である
 わが党は、特定の階級、階層のみの利益を代表し、国内分裂を招く階級政党ではなく、信義と同胞愛に立って、国民全般の利益と幸福のために奉仕し、国民大衆とともに民族の繁栄をもたらそうとする政党である。

ニ、わが党は、平和主義政党である
 わが党は、国際連合憲章の精神に則り、国民の熱願である世界の平和と正義の確保及び人類の進歩発展に最善の努力を傾けようとする政党である。

三、わが党は、真の民主主義政党である
 わが党は、個人の自由、人格の尊厳及び基本的人権の確保が人類進歩の原動力たることを確信して、これをあくまでも尊重擁護し、階級独裁により国民の自由を奪い、人権を抑圧する共産主義、階級社会主義勢力を排撃する。

四、わが党は、議会主義政党である
 わが党は、主権者たる国民の自由な意思の表明による議会政治を身をもって堅持し発展せしめ、反対党の存在を否定して一国一党の永久政治体制を目ざす極左、極右の全体主義と対決する。

五、わが党は、進歩的政党である。
 わが党は、闘争や破壊を事とする政治理念を排し、協同と建設の精神に基づき、正しい伝統と秩序はこれを保持しつつ常に時代の要求に即応して前進し、現状を改革して悪を除去するに積極的な進歩的政党である。

六、わが党は、福祉国家の実現をはかる政党である
 わが党は、土地及び生産手段の国有国営と官僚統制を主体とする社会主義経済を否定するとともに、独占資本主義をも排し、自由企業の基本として、個人の創意と責任を重んじ、これに総合計画性を付与して生産を増強するとともに、社会保障政策を強力に実施し、完全雇用と福祉国家の実現をはかる。」

 平成22年の新綱領の「党の基本的性格」より、遥かにしっかり書かれている。ただし、これら「国民政党」「平和主義政党」「真の民主主義政党」「議会主義政党」「進歩的政党」「福祉国家の実現をはかる政党」の6点は、日本の政党に限らず、他の国の政党でも掲げることのできる自己規定ばかりである。
 平成22年の新綱領は「日本らしい日本の確立」を立党の目的の一つに挙げる。その目的は、立党時の「党の性格」では、明瞭ではない。立党宣言の「自主独立の権威を回復」や綱領の「自主独立の完成」は、党の性格規定には、表現されていない。戦後日本の政党としての独自性はなく、ましてや悠久の歴史と伝統を持つ日本の政党ならではの規定、一個の文明としての日本を担う政党だからこその自己規定は、見出せないのである。

 次回に続く。
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自民党は立党の精神に帰れ7

2010-05-27 10:30:03 | 時事
 ここからこの短期連載は後半に入る。

 自民党はもともとどういう考えをもって結成されたのだろうか。昭和30年、左右の社会党が統一し、護憲、再軍備反対の勢力を形成した。これに対抗するため、自由党と日本民主党の保守合同が実現し、同年11月15日自由民主党が結成された。この時、米ソ冷戦に照応する形で、自民党対社会党という55年体制が、わが国に生まれた。
 以後、自民党は、わが国の政治を約半世紀にわたって担った。敗戦後、独立を回復してからのわが国の内政・外交は、自民党政治のもとでほとんどが行われた。こうした自民党の政治の根底にあるのは、昭和30年に発した立党宣言、また綱領、党の性格・使命・政綱に盛られた思想や政策だった。

 自民党の「立党宣言」は、次のようなものである。
 「政治は国民のもの、即ちその使命と任務は、内に民生を安定せしめ、公共の福祉を増進し、外に自主独立の権威を回復し、平和の諸条件を調整確立するにある。われらは、この使命と任務に鑑み、ここに民主政治の本義に立脚して、自由民主党を結成し、広く国民大衆とともにその責務を全うせんことを誓う。
 大戦終熄して既に十年、世界の大勢は著しく相貌を変じ、原子科学の発達と共に、全人類の歴史は日々新しい頁を書き加えつつある。今日の政治は、少なくとも十年後の世界を目標に描いて、創造の努力を払い、過去及び現在の制度機構の中から健全なるものを生かし、古き無用なるものを除き、社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない。
 われら立党の政治理念は、第一に、ひたすら議会民主政治の大道を歩むにある。従ってわれらは、暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃する。第二に、個人の自由と人格の尊厳を社会秩序の基本的条件となす。故に、権力による専制と階級主義に反対する。
 われらは、秩序の中に前進をもとめ、知性を磨き、進歩的諸政策を敢行し、文化的民主国家の諸制度を確立して、の大業に邁進せんとするものである。
 右宣言する。
 昭和三十年十一月十五日」

 この宣言は紛れもなく、わが国の自由民主党の立党宣言である。しかし、自民党という前提で読んでいるから、そう理解するのであって、内容は、自由主義圏ないし資本主義圏であれば、どこの国の政党であっても当てはまる。ためしに宣言全体を翻訳して英文で読んでみるとよい。”Liberal Democratic Party” という党名は、他の国にもありそうな名前であり、宣言もまた日本以外の政党が、ほぼそのまま使えそうな内容である。
 こんなことを指摘した者が他にいるかどうか知らないが、ただ一点、「自主独立の権威の回復」という一句が、この政党は敗戦国であり自主独立を失った国家の政党であることを示している。逆に言うと、この一句に、わが国の自由民主党が、日本の政党である所以が凝縮しているのである。言い換えれば、「自主独立の権威の回復」という一点を失えば、自民党は、どこの国にもありそうな政党に変容してしまう。国家を自由主義化・民主主義化し、西洋化・近代化する政党になってしまうのである。
 自民党の立党宣言は、その文言の範囲では、日本の伝統・文化・国柄の復興を謳ってはいない。宣言が第3段に挙げる二つの政治理念も、「議会民主政治の大道」「個人の自由と人格の尊重」であり、左右の全体主義との対決を打ち出すのみである。前者は民主主義、後者は自由主義。併せて自由民主主義の理念を示すものである。
 平成22年の新綱領は、立党の目的は「反共産・社会主義、反独裁・統制的統治」と「日本らしい日本の確立」の2つとする。政治学の概念で言い換えれば、第1の目的は自由民主主義、第2の目的はナショナリズムである。立党宣言に限るならば、第1の目的は何に反対するかという仕方で自由民主主義を規定したもので明示的だが、第2の目的は暗示的である。日本的な保守としての色合いは、意外に薄い。そして、第2の目的は、先ほど指摘した「自主独立の権威の回復」という一点に係っているのである。

 次回に続く。
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「みんな」が民主との連立否定?

2010-05-26 16:10:42 | 時事
 私は、みんなの党は「第2民主党」的な政党であり、参議院選挙の結果によっては民主党との連立があり得るという見方をしている。4月26日の日記にもそう書いた。
 その後、党代表の渡辺喜美氏は、同党のアジェンダ(政策課題)と民主党は「根本的に反する」と述べ、江田幹事長も連立は「絶対ない」と否定したと報じられる。24日にも渡辺氏は、民主党を「グロテスクな自民党のクローン」と批判し、「みんなの党は民主党から(連立を)誘われても、ひょいひょい乗る政党ではない」と述べたという。
 これは本音なのか。民主党への世論の批判が強くなっているから、民主党との距離を示すことで選挙を有利に進めようとしているのか。本音ならば歓迎するが、みんなの党は、昨年9月、民主党との連立に意欲を見せ、首相指名選挙では、民主党の鳩山由紀夫氏に投票した。鳩山内閣の成立を支持したのが、みんなの党である。そのことの反省はどうなっているのか。小沢氏が幹事長を辞職し、鳩山氏が退陣した場合は、民主党との連立を考えるのか。
 いずれにしても、渡辺氏は民主党から連立を「誘われても、ひょいひょい乗る」ことはしないだろう。相当の条件を出すはずである。渡辺氏が重要閣僚となることはもちろん、首相の座を要求するという可能性もある。政策においても、みんなの党の重点政策を飲むように強く求めるだろう。私は、連立否定という報道には「?」をつけておきたい。

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●時事通信社 平成

2010年05月16日14時42分 / 提供:時事通信社

 みんなの党の渡辺喜美代表は16日、仙台市内で記者会見し、参院選後の民主、公明両党との連立の可能性について「われわれはアジェンダ(政策目標)を掲げており、安易な妥協は絶対にしない。(両党は)われわれのアジェンダに根本的に反する」と否定的な見解を示した。
 また、みんなの党の江田憲司幹事長も同日のフジテレビの番組で、参院選後の民主党との連立に関し「公務員改革や、市場経済への根本的な見方が民主党とは全然違う。絶対にない」と強調した。 

●産経新聞 平成22年5月25日

みんなの党・渡辺代表「民主は自民のクローン」 連立も否定
2010.5.25 10:36

 みんなの党の渡辺喜美代表は24日、参院選福岡選挙区(改選数2)に擁立する福岡県議、佐藤正夫氏(55)とともに福岡市や北九州市で街頭演説した。
 福岡市・天神の繁華街で渡辺氏は、民主党を「グロテスクな自民党のクローン」と批判し、「みんなの党は民主党から(連立を)誘われても、ひょいひょい乗る政党ではない」と党の存在感をアピール。
 佐藤氏は、県議として天下り問題を追及してきた実績を強調したうえで「組織、団体に支援を受けている民主党には公務員制度改革はできない」と訴えた。(略)
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自民党は立党の精神に帰れ6

2010-05-26 08:53:56 | 時事
自民党新綱領は「政策の基本的考え」に基づく政策を通じて「目指すべき国家像」を、3で打ち出す。

「3.我が党は誇りと活力ある日本像を目指す
(1)家族、地域社会、国への帰属意識を持ち、自立し、共助する国民
(2)美しい自然、温かい人間関係、「和と絆」の暮し
(3)合意形成を怠らぬ民主制で意思決定される国と自治体
(4)努力するものが報われ、努力する機会と能力に恵まれぬものを皆で支える社会。その条件整備に力を注ぐ政府
(5)全ての人に公正な政策を実行する政府。次世代の意思決定を損なわぬよう、国債残高の減額に努める
(6)世界平和への義務を果たし、人類共通の価値に貢献する有徳の日本」

 これらの項目に、私は概ね賛成である。また、こうした「誇りと活力ある日本像」は、立党目的の「日本らしい日本の確立」にいう「日本らしい日本」の姿を目指すものとして共感できる。
 ただ、3の6項目と、2の「政策の基本的考え」の7項目の関係が、よく整理されていないと思う。3の(1)は2の(3)、3の(2)は2の(5)と結びつくだろうが、3の(3)は2の中に結びつくものがなく、1の(1)が最も関連がある。また3の(4)は2の(3)(6)と結びつきそうだが、明確でない。3の(6)は2の(1)(2)と関係するのだろうが、2では最上位に置かれたものが、3では最下位に置かれている。
 このように、新綱領は、全体の構成が弱く、推敲と整理が不十分という印象を私は覚える。

 新綱領はそれだけでは、よく理解できないところがある。そのためかどうか分からないが、新綱領の理解を助けるものとして、伊吹文明氏の「解説」がある。「解説」で伊吹氏は、綱領の全体について、補足・説明を加えている。関心のある方は、ご一読をお勧めする。確かにこれを読めば、綱領が言わんとするところの理解は、一定程度得られる。ただし、私が先に述べた印象は「解説」を読んでも解消しない。綱領自体の構成が弱く、推敲と整理が不十分という印象がぬぐえない。綱領というものは、解説などなく、理念や思想が強く直接伝わってくるものでなければ、ならない。そうでなければ、多くの人々の心を動かすものとはならないだろう。
 伊吹氏は「綱領は、いわば政党の憲法」だと言う。そして、新綱領に従って、自民党は党の運営をし、政策を取捨選択し、党員が協力・努力するよう呼びかけている。
 新綱領は平成22年1月24日の自民党の党大会で、満場一致で決定されたという。自民党の党員の人たちは、新綱領に満足しているのだろうか。自民党を支持する人たちは、党の理念や政策、目標を自分の心に明確に抱くことができているのだろうか。
 自民党には、昭和30年の立党宣言等による綱領、平成17年の立党50年宣言等による綱領がある。こうした従来の綱領に比べ、平成22年の新綱領は何が変わったのか。伊吹氏は言う。「経済が大きくなり、国民生活が向上し、国際化が進み、長寿化を達成し、少子化が避けがたい日本国の現状、変化を見据え、如何なる政治理念で我が党は国民に貢献できるか、現時点での基本方針を述べたのが大きく変わった点」だと述べる。そして、「今までの綱領を増補という位置付け」と言ってよく、「今までの綱領の精神を受け継ぎ、時代に合わぬところを補い、未来に備えたと理解してほしい」と言う。
 「増補」とは、過去の綱領を破棄して、新しい綱領に代えたということではない。過去の綱領からその精神を受け継ぎ、内容を補足・補充したということになる。増補改訂であれば、前のものを全体的に書き換え、書き足したものとなるが、そうではないわけである。しかし、増補といいながら、一部を継承して一部を棄捨している。増補した後の全体像は何なのか、それを端的につかむことは出来ない。過去の綱領を読み、新綱領と読み比べないとつかめないし、それらを通しで読んでも、確固としたものはつかめない。
 平成21年9月政権を民主党に奪われた自民党は、解党的な出直しをするという方針を発表した。本気で出直しをするのであれば、「増補」ではなく増補改訂をし、一個の文書で全体が理解できるものにすべきだったと思う。

 次回に続く。
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自民党の立党の精神に帰れ5

2010-05-25 10:17:02 | 時事
前回は自民党新綱領の「基本的性格」について書いた。基本的性格は保守政党だとしたうえで、自民党は「政策の基本的考え」を示す。

「2.我が党の政策の基本的考えは次による
(1)日本らしい日本の姿を示し、世界に貢献できる新憲法の制定を目指す
(2)日本の主権は自らの努力により護る。国際社会の現実に即した責務を果たすとともに、一国平和主義的観念論を排す
(3)自助自立する個人を尊重し、その条件を整えるとともに、共助・公助する仕組を充実する
(4)自律と秩序ある市場経済を確立する
(5)地域社会と家族の絆・温かさを再生する
(6)政府は全ての人に公正な政策や条件づくりに努める
  (イ)法的秩序の維持
  (ロ)外交・安全保障
  (ハ)成長戦略と雇用対策
  (ニ)教育と科学技術・研究開発
  (ホ)環境保全
  (へ)社会保障等のセーフティネット
(7)将来の納税者の汗の結晶の使用選択権を奪わぬよう、財政の効率化と税制改正により財政を再建する」

 「政策の基本的考え」の(1)に新憲法の制定、(2)に主権の護持を掲げていることを私は支持する。憲法については、「日本らしい日本の姿を示し、世界に貢献できる新憲法」としている。新綱領は、立党の第2の目的に「日本らしい日本の確立」を挙げているが、この目的のもとに、自民党は新憲法の制定を目指すと理解できる。憲法の制定は主権の行使であり、主権の護持とも関係する。自民党は「日本らしい日本の確立」のために新憲法の制定を政策の基本的考えの第一に挙げる政党である。この点をはっきり出したところに、新綱領の特徴の一つがある。
 続く(3)から(6)は、つながりがとらえにくい。(3)の自助自立・共助・公助という考え方は、日本社会の伝統的な原則を表している。人間の個人性と集団性の統一による人倫を、端的に表現しており、私は賛成である。だが、(3)と(4)(5)(6)はどういう関係にあるか。(6)の「全ての人に公正な政策や条件づくり」という考えにも私は賛成だが、その下に並んでいる(ロ)外交・安全保障や(ホ)環境保全は「公正」とどういう関係にあるのか。よくつかめないところがある。
 「政策の基本的考え」の最後となる(7)に、自民党は財政再建を挙げる。これは、過去の綱領にない課題である。現在の自民党が、わが国の財政は重大な問題を抱えていると認識していることを示す。私も同感だが、表現には難がある。「将来の納税者の汗の結晶の使用選択権を奪わぬよう」という文言は、もっと平易に表現できるのではないか。この表現を読んで、これは自分たちの世代のことを考えているのだとすぐ理解できる若者は、相当優秀である。

 立党時、この「政策の基本的考え」に当たるものは、「党の政綱」だった。「国民道義の確立と教育の改革」「政官界の刷新」「経済自立の達成」「福祉社会の建設」「平和外交の積極的展開」「独立体制の整備」の六つの項目が並んでいた。また立党50年の時には「新綱領」という題目のもとに、「新しい憲法の制定を」「高い志をもった日本人を」「小さな政府を」「持続可能な社会保障制度の確立を」「世界一、安心・安全な社会を」「食糧・エネルギーの安定的確保を」「知と技で国際競争力の強化を」「循環型社会の構築を」「男女がともに支え合う社会を」「生きがいとうるおいのある生活を」という10の項目が並んでいた。
 立党時と立党50年の間には半世紀の歴史があった。政策の一部を時代に合ったものに変えたのは当然だろう。しかし、立党50年の平成17年から新綱領の22年までの間は、5年しか経っていない。新憲法の制定を第一に掲げる点は同じだが、それ以外の政策がこの5年でかなり変化している。重点政策の取捨選択や組み換え、練り直しは必要だろうが、過去の取り組みをどのように総括したからなのか。どういう展望のもとに、今回の「政策の基本的考え」を打ち出したのか。ここでも、とらえにくい。
 とはいえ、こういう検討は、綱領があるからできることであって、自民党は立党の時点から今日まで、政党としての綱領を掲げている。これに対し、民主党には綱領そのものがない。だから、検討の仕様もない。これは、民主党の致命的な欠陥である。
 
 次回に続く。
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