ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ユダヤ56~フロイトは唯物論に基づいて無意識を研究

2017-05-31 09:34:11 | ユダヤ的価値観
●フロイトは唯物論に基づいて無意識を研究

 マルクスに次いで、19世紀末から20世紀にかけて欧米を中心に大きな影響を与えたユダヤ人に、ジークムント・フロイトがいる。
 フロイトは精神分析学者・精神科医であり、1856年にオーストリア=ハンガリー二重帝国に生まれた。家系は白人系ユダヤ教徒のアシュケナジムだった。
 フロイトは、精神病者の治療を行う中で、人間の心には、意識だけでなく、容易に意識化し得ない無意識の領域があることを発見した。そして、人間の諸行動を規定する真の動機は無意識である場合が多いと考えた。無意識の存在は、ただ推論されるか、本人自らの抵抗を克服してはじめて意識化されるものであり、日常では失錯行為と夢とにその片鱗をのぞかせるにすぎない。フロイトは、ヒステリーや神経症の治療において、性欲の抑圧が病気の重要な原因となっていると考えた。そして、人間の心理的行動を、自己保存本能と性本能をもとに説明し、独自の理論を展開し、人間の意識と無意識の解明を試みた。
 フロイトは、1939年にロンドンで亡くなった。後半生におけるフロイトの考察は、精神分析の分野を超え、社会・文化・宗教等にまで及んだ。その理論と洞察は、19世紀末から20世紀初頭の欧米の人々に強い衝撃を与えた。近代西洋文明を根底的に問う点において、フロイトはしばしばマルクス、ニーチェと並べ評される。
 フロイトの人間観は、唯物論的だった。フロイトは、精神分析において、ニュートン物理学をモデルとした。フロイトは唯物論者であると自称し、人体を物体として扱う外科医のように、患者に接することを理想とした。19世紀の機械論的唯物論に基づき、エネルギー保存の法則を生物学の分野にもあてはめ、精神現象にも当てはめた。そして、性本能の基底となるエネルギーをリビドーと名づけた。
 フロイトは精神障害の根幹にリビドーの流れの異常があることを発見した。彼は、リビドーは対象と自我との間を往来すると考え、そのエネルギーの移動と増減によって、すべての精神現象を説明しようとした。リビドーの発達を妨げる障害物は、さまざまな葛藤を生む。その障害物を取り除いて、性エネルギーを解放すれば、病気は治ると考えた。
 フロイトは、乳幼児にも性欲があるという汎性欲論を唱えた。彼は乳幼児期の性欲活動のことを幼児性欲と呼んだ。幼児性欲は、生物学的な源泉に発する性欲動、つまりリビドーに由来し、口唇愛、肛門愛、男根愛の段階に分かれる。幼児性欲はしだいに発達して、自分以外の対象をも性欲の対象とするようになる。主な対象は、前エディプス期では、男女いずれにとっても母親であり、エディプス期に入ると、異性の親が対象となり、エディプス・コンプレックスが起こると考えた。
 エディプス・コンプレックスは、フロイトの精神分析論の核心である。社会・文化・宗教・芸術等がすべてこれを巡って論じられる。幼児は、男根愛の段階(男根期)に入ると性の区別に目覚め、異性の親に性的な関心を抱くようになる。とくに男の子は、母に対して性欲の兆しを感じ、父を恋敵とみなして父を嫉妬し、父の不在や死を願うようになる。反面、彼は父を愛してもいるために、自分の抱いている敵意を苦痛に感じ、またその敵意のせいで父によって処罰されるのではないかという去勢不安を抱くに至る。このような異性の親に対する愛着、同性の親への敵意、罰せられる不安の三点を中心として発展する観念複合体を、フロイトはエディプス・コンプレックスと名づけた。エディプスは、知らずに父を殺し、母と結婚していたというギリシャ悲劇の主人公の名である。
 1910年代にフロイトは、無意識の心理学の体系をほぼ完成した。この段階では、人間の心を「意識」「前意識」「無意識」という三層に区分した。前意識とは、容易に思い出して意識化できる内容である。無意識は、通常に意識化できない内容である。この場合、無意識内容の意識化を妨げているのが、抑圧の作用である。
 フロイトは、無意識を生物学的・衝動的なものととらえ、意識によって洞察され、打ち克たれるべきものと考えた。意識としての自我とは理性であり、フロイトは、理性的な自我を中心とし、意識が無意識を支配すべきものとした。この点で、フロイトの思想は、近代西欧の理性的自我に基づく、啓蒙主義的合理主義の立場に立っている。
 フロイトは、1923年に『自我とエス』を著し、それまでの意識、前意識、無意識の局所論に加えて、人間の心が「エス(イド)」「自我」「超自我」という三つの心的な組織から成るという構造論を提示した。それまでは、「抑圧するもの=意識=自我」、「抑圧されるもの=無意識=欲動的なもの」と考えていたが、自我の働きの多くはそれ自体、無意識であるという認識に変わったためである。
 フロイトの心の構造論において、エスは、生まれたばかりの新生児のような、未組織の心の状態である。その時、その時の衝動で動く本能のるつぼである。このエスが外界と接触する部分は、特別な発達を示し、エスと外界とを媒介する部分となる。これが自我と名づけられる。自我は、母体であるエスとは正反対の性質を備えるにいたる。すなわち、合理的・組織的で、時空間を認識し、現実を踏まえた動きをする。
 この自我の一部として形成されるのが、超自我である。子どもはエディプス期に入ると、父親の存在に対しての葛藤を経験する。この時期を通じて、両親像が心の中に摂取されて内在化して、超自我が形成される。超自我は、両親を通じて内面化された社会的な道徳や規範の意識に相当する。エスは本能、自我は理性、超自我は良心にあたると言えよう。この心の三層構造においては、快楽原則に支配されているのが、無意識的なエスであり、現実原則に従うのが、意識的な自我である。フロイトは、現実原則に従う理性的な自我意識が、快楽原則に支配される本能的・衝動的な無意識を制御すべきものとした。そしてフロイトは、人間の発達上、現実原則の支配を重要視し、現実原理の確立こそ成人の健康人の条件であるとした。
 フロイトは、この理論を、人類の文化にあてはめ、自然人としての人間の社会化・文明化の過程を、快楽原則の支配から現実原則の支配への移行としてとらえた。フロイトは、理性的な自我を中心として、意識が無意識を支配すべきものとする。合理化を担う心の機能は自我であり、合理的な自我意識が非合理的な無意識を支配していくのが、合理化の過程といえよう。それゆえ、フロイトの考えは、近代西欧の合理主義の枠内にある考え方である。フロイトは性本能を理性や道徳で自制し、昇華つまり社会的に価値ある行動に変化させることによって、文化が発展すると説いた。

 次回に続く。

沖縄で、良識的な第3の県民紙が健闘

2017-05-30 06:25:59 | 時事
 沖縄では、沖縄タイムス、琉球新報の2紙が圧倒的なシェアを占め、県民を反米、反基地、反自衛隊に誘導している。この状況を打ち破るべく、沖縄本島に八重山新報が果敢に進出し、健闘している。

 平成29年5月22日産経新聞が、次のように報じた。
「沖縄県石垣島を拠点とする日刊紙「八重山日報」が沖縄本島版の発行を始めて2カ月近くになる」「「沖縄タイムス」「琉球新報」の2紙が君臨する沖縄にあって、「中立公正な報道の実現」を掲げる“第3の県紙”は硬直化する報道姿勢に風穴を開けた」。
本島に進出した背景には「反米・反基地イデオロギーに染まる2紙の扇動的、プロパガンダ的報道は異常だ。主張が異なる新聞が切磋琢磨するのが真の光景で、2紙しか知らない県民に事実を客観的に伝えたい」との思いがある。
「公称6000部にすぎない八重山日報の挑戦の反響は大きかった。年内に本島での新規購読5000部を目標にしているが、1カ月で2000部に達した。申し込みが殺到し「配達員の確保ができない」という悲鳴が漏れる」
http://www.sankei.com/politi…/…/170522/plt1705220012-n1.html

 頑張れ、八重山新報!

ユダヤ55~共産主義は人類に大災厄をもたらした

2017-05-29 08:55:22 | ユダヤ的価値観
●唯物論的共産主義は人類に大災厄をもたらした

 マルクスは、資本主義の発展によって共産主義社会が実現することを歴史的な必然と説いた。資本主義が発達した国では、生産力の増大により生産関係の矛盾が高じ、階級闘争が激化して革命が起ると考えた。だが、西欧先進国では革命は起らず、実際に彼の理論に基づく革命が成功したのは、後進国のロシアにおいてだった。そのロシアでは、共産党官僚が労働者・農民を支配・搾取する社会が生まれ、自由は抑圧された。マルクス=エンゲルスは、共産主義を科学的社会主義と自称した。彼らによる共産主義こそ、啓蒙思想の一つの帰結だった。無神論・唯物論・物質科学万能の思想は、合理主義を極端に推し進めたものである。極度の合理主義としての共産主義を実行したソ連では、社会的・経済的矛盾が高じて、革命の70年後に共産主義体制は崩壊した。20世紀の世界で、共産主義は、最盛期には世界人口の約3分の1が信奉するほどだった。また、その共産主義によって、革命・内戦・弾圧を通じて、約1億人が犠牲になった。そうした思想が、ユダヤ人マルクスを中心として生み出されたのである。
 こうした結果を招いたのは、マルクス=エンゲルスの思想に欠陥があったからと言わねばならない。私は主な欠陥は、次の点にあると考える。

 第一に、マルクスの唯物論的な世界観は、自然と人間を物質ととらえ、神・霊魂などの観念を否定する。そのことによって、人間の人格的・道徳的欲求が見失われた。
 第二に、マルクスが定式化した唯物史観は、経済を中心に社会をとらえ、経済的土台が人間の思想や観念を制約するとする。そのため、社会の分析が一面的となり、将来の予想にも大きな狂いを生じた。
 第三に、共産主義は、階級闘争を社会発展の原動力とする。社会を対立・抗争という面からのみ見るため、物事には調和・融合という方向もあることを忘れている。
 第四に、マルクス=エンゲルスの思想は、近代西欧の合理主義・啓蒙思想を極度に推し進めたものである。理性への過信によって、理性の限界に気づかず、また情念の暗黒面を見落としている。
 第五に、マルクス=エンゲルスは、近代を貫く「全般的合理化」についての認識が浅く、プロレタリア独裁が「官僚制的合理化」を極端化することを予想できなかった。

 こうした欠陥のうち最大のものは、マルクスの人間観が唯物論的人間観だったことにある。唯物論的人間観は、人間を単に物質的な存在ととらえる。共産主義は communism の訳語であり、コミュニズムとは、commune(コミューン)という共同体の回復を目指す思想である。共同体という人的結合体を考えるには、人格という概念が必要になる。だが、唯物論的人間観では、人間の人格的・道徳的欲求が見失われてしまう。人格的成長、精神的向上は、親子・夫婦等の家族関係の中で、基礎が作られるものだが、マルクス=エンゲルスは、私有財産制に基づく近代家族を憎むあまり、家族が人格形成に対してもつ意義をも否定してしまった。人格形成のための基本的な場所を消してしまったならば、新しい人的結合体を構想することもできなくなる。家族がバラバラになり、自由になった個人とは、愛と生命の共同体を失った孤独な人間である。その人間に、どういう社会の建設が可能だというのか。マルクス=エンゲルスは、まったく間違った方向に、理想を求めたのだった。
 マルクス=エンゲルスの共産主義は、しばしばユダヤ教の終末思想に比較される。ユダヤ教では、世の終わりに救世主が出現し、ユダヤ民族が苦難から解放され、地上天国が実現すると説く。共産主義の理論では、プロレタリアートが救世主に似た役割を担い、自らを解放するとともに人類を解放し、人類が理想とする共産主義の社会が実現すると説く。マックス・ウェーバーは、宗教とはエートス(ethos)であると説いた。エートスとは「生活態度、生活信条または道徳的性格」を意味する。心理学的に言えば、人間の行動を意識的及び無意識的に突き動かしている行動様式である。このような理解によれば、神、仏、霊等を認めない世界観でも、宗教と呼びうる。そこから、共産主義とユダヤ教の類似性を指摘し、共産主義を一種の宗教ととらえる見方がある。ただし、それは本来の宗教とは異なる疑似宗教や、疑似的な宗教性を持った世界観である。近代西洋文明では、本来の宗教が衰退し、社会が世俗化したことによって、それに代わって人々を信奉させる世界観が出現した。これをしばしばイデオロギーという。共産主義は、その典型である。
 マルクスの理論を継承・実行したマルクス主義者・共産主義者には、ユダヤ人が多い。この点については、後にロシア革命の項目に書く。

関連掲示
・マイサイトの「共産主義」の項目の拙稿
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion07.htm

ロシア疑惑でトランプ政権が揺らぐ

2017-05-27 14:39:37 | 国際関係
 ロシア・コネクションの疑惑で、トランプ米政権が大きく揺らぐ可能性が出てきている。昨年の選挙期間中、トランプ氏の異常なプーチン讃美、ロシア寄り発言が問題になった。政権発足直後には、就任1ヶ月も経たないマイケル・フリン大統領補佐官が、ロシア疑惑に包まれる中で、更迭。フリン氏以外にも選挙期間中のトランプ陣営には、ロシアに情報を流すなどの行動をした可能性のある人間が複数いると見られる。
 FBIは本件の捜査を続けていたが、トランプ大統領は、5月9日突然、ジェイムズ・コミーFBI長官を解任した。
 解任の理由として、米国司法省はコミー氏が前FBI長官として大統領選挙中、ヒラリー・クリントンを起訴しないと言ったことを挙げた。司法省は検察であり、すべての起訴権を持つ。FBIは警察である。コミー氏の起訴しないという発言は権限外である。だから、司法省がこの点についてコミー氏の責任を追及するのは、当然である。だが、トランプ大統領は、コミー氏の解任について、司法省とは違う理由を述べた。報道によると、トランプ氏は10日ホワイトハウスでロシアのラブロフ外相らと会談した際、コミー氏解任に触れ、「ロシアに関して強い圧力に直面していたが、それは取り除かれた。私は捜査対象ではない」と述べたとニューヨーク・タイムズが伝えた。これが事実なら、大統領がコミー氏を解任したのは、都合の悪いことを隠したいという心理の表れと疑われる。長官解任は、ロシア疑惑の捜査が理由という見方を裏付けることになる。
 コミー前長官は、米上院情報特別委員会の公聴会で証言することに同意。今月末以降に公開の形で実施される予定と伝えられる。ここでコミー氏が何を語るか。発言内容によっては、解任は司法妨害とされ、大統領の弾劾要件となるだろう。既にアメリカの主要メディアは、ニクソン大統領のウォーターゲイト事件になぞらえて、ロシアゲイトと呼び、両者の原因、経緯等を比較している。ニクソンは弾劾による罷免確実という状況で、辞任を選んだ。米国政治史上、唯一の事例である。
 こうした状況で、米国司法省は、special counsel(司法省の特別顧問)にロバート・モラー元FBI長官を指名。民主党の求めていた同職の設置によって、捜査の独立性が一定程度確保されると期待される。モラー氏は10年が最長とされるFBI長官職を共和党ブッシュ子政権から民主党オバマ政権にかけて12年間務め、全米で「最も信頼されている検察官」といわれる。モラー氏は、司法副長官から「ロシア政府とトランプ陣営に関係する個人のつながりや調整」の捜査を命じられ、連邦犯罪を起訴する権限も与えられたとのこと。
 モラー氏が法の正義を貫くか、それともトランプ大統領及びその背後の勢力におもねるか。氏がどういう姿勢を取るかが、トランプ政権の命運を左右しそうである。もっともモラー氏は、ブッシュ子政権の時に起った9・11ことアメリカ同時多発テロ事件の前にFBI長官に就任し、同政権の期間中、その職にあったが、9・11に関する米国政府高官の関与の疑惑を追及していない。9・11の真相隠ぺいに貢献したともいえる。その点に氏の限界があるだろうと私は見ている。
 捜査は、1年以上から数年かかるだろうと見られる。もしトランプ大統領の弾劾ということに発展したら、国際社会の中心軸である米国が揺らぐことで、世界の混乱、混迷が一層深刻化すると懸念される。

関連掲示
・拙稿「トランプ時代の始まり~暴走か変革か」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion12-3.htm

ユダヤ54~マルクスは痛烈にユダヤ教を批判した

2017-05-26 12:31:08 | ユダヤ的価値観
マルクスは痛烈にユダヤ教を批判した

 19世紀後半から20世紀にかけて、世界に最も大きな影響を与えたユダヤ人の一人が、カール・マルクスである。
 資本主義の発達は、貧富の差を拡大し、社会的な矛盾を増大させた。サン・シモン、フーリエ、オーエンなどの社会主義者が改革・変革の思想を説き、バクーニンらの無政府主義者が破壊的な行動を起こした。そうした思想・運動を主導していったのが、カール・マルクスとその盟友フリードリッヒ・エンゲルスだった。
 マルクスは、1818年にユダヤ人弁護士の子として、プロイセン(現ドイツ)に生まれた。祖父はユダヤ教指導者のラビだった。だが、父が1817年にキリスト教に改宗したので、マルクスは、非ユダヤ教的な教育を受けた。
 マルクスは、脱ユダヤ教化したユダヤ人として、政治的・社会的な活動を行った。1844年刊の『ユダヤ人問題によせて』で、マルクスはユダヤ人問題を論じた。そこで、大略次のように述べている。
 ユダヤ教の現実的な基礎とは何か。実際的な欲求つまり私利である。ユダヤ人の「世俗的な祭儀」は何か。あくどい行商である。彼らの世俗的な神は何か。貨幣である。「貨幣はイスラエルの嫉妬深い神であって、他のどんな神もそれとは共存できない。貨幣は人間のあらゆる神々の品位を貶め、それらを商品へと変えてしまう」。ユダヤ人は、この神を崇める宗教を広めて、「キリスト教徒を自分たちとそっくりに変えてしまっている」。ユダヤ人は資金力を使って自らを解放し、次にキリスト教徒を虜にした。ユダヤ教崩れのキリスト教徒は、隣人よりも金持ちになること以外にはこの世に何らの使命もなく、「現世は株式取引所」だと確信している。政治は資金の奴隷となっている。それゆえに「市民は自らの内部から、絶えずユダヤ人を生み出す」。「貨幣に対するユダヤ的な態度を廃止すれば、ユダヤ人とその宗教、ユダヤ人が世俗世界に押し付けてきたこのキリスト教の改悪版は消えてなくなるだろう」。
 このように述べるマルクスは、「ユダヤ人の解放は、ユダヤ教からの人類の解放なのである」「あくどい商業主義と貨幣、つまり現実的で実践的なユダヤ教から自らを解放すれば、われわれの時代はおのずと解放されるだろう」と書いている。脱ユダヤ教化したユダヤ人による痛烈なユダヤ教批判である。
 当時のドイツでは、カント以来のドイツ観念論哲学を究極まで進めたゲオルグ・W・F・ヘーゲルの哲学が権威を誇っていた。ヘーゲルはキリスト教に依拠し、神は実体にして主体であるとしてその疎外(外化)と環帰の弁証法の論理による絶対的観念論を体系化した。これに対し、ルートヴィッヒ・フォイエルバッハは、キリスト教の神は人間の類的本質を対象化したもので、人間の自己疎外を示しているという説を打ち出した。マルクスはその説を受けて観念論を批判し、史的唯物論を唱導した。宗教については、「宗教は、悩める者のため息であり、心ある世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。それは民衆の阿片である」として、現実の変革を主張した。(『ヘーゲル法哲学批判序説』) 
 マルクスは、近代西欧に発生した資本主義が生み出した貧富の差の拡大、苛酷な労働、不平等・不自由、疎外などの問題に取り組んだ。そして、究極の原因は、生産手段の私的所有にもとづく他人の労働の搾取と領有にあると考えた。マルクス=エンゲルスは、1848年に『共産党宣言』を出した。彼らの理論によれば、生産手段の私的所有を撤廃して、社会的所有とするならば、階級的不平等は消滅し、万人に自由と平等が保障される無階級社会が到来することになる。
 ヘーゲルは、絶対的観念論の哲学において、歴史を絶対精神の自己展開とした。マルクスはこれを批判し、実際の歴史は人間の階級闘争の歴史であるとする唯物史観を打ち出した。『経済学批判』(1859年)の序言で、マルクスは唯物史観を、次のように定式化した。
 「人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意志から独立した諸関係を、つまり彼等の物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係を取り結ぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、政治的生活諸過程一般を制約する」。「人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである。社会の物質的生産諸力は、その発展がある段階に達すると、今までそれがそのなかで動いてきた既存の生産諸関係、あるいはその法的表現にすぎない所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏へと一変する。そのとき社会革命の時期がはじまるのである」と。
 こうした歴史観を以て、マルクスは、社会的不平等の根源を私有財産に求め、私有財産制を全面的に廃止し、生産手段を社会の共有にすることによって経済的平等を図り、人間社会の諸悪を根絶しようとする理論を説いた。
 ロックは、所有権を自然権とした。だが、マルクスは、所有権が自然権であることを否定する。私有財産制は、生産力の発達段階において現れたものとする。ロックの説く普遍的・生得的な権利はブルジョワジーの階級意識の表現として、これを批判した。権利は階級闘争によって発達してきたものであり、人間一般の権利を認めない。権利は、共産革命によってプロレタリアート(無産階級)が戦い取るべきものとした。
 マルクスは、「万国の労働者は団結せよ」と呼びかけ、1864年に国際労働者協会の設立を実現した。これは第1インターナショナルと呼ばれ、以後社会主義・共産主義の運動を国際的に進める中心的な組織となった。
 マルクスとエンゲルスは、プロレタリアートとなった労働者階級を組織し、革命を起こすことによって、共産主義社会を実現することを目標とした。共産主義とは communism の訳語である。コミュニズムとは、コミューン(commune)をめざす思想・運動を意味する。コミューンとは、私有財産と階級支配のない社会であり、個人が自立した個として連帯した社会であるとされる。それは、新しい人的結合による社会だという。エンゲルスは、『反デューリング論』(1878年)で、建設すべき共産主義社会について、「人間がついに自分自身の社会的結合の主人となり、同時に自然の主人、自分の自身の主人になること――つまり自由になること」。「必然の王国から、自由の王国への人類の飛躍である」と書いた。マルクス=エンゲルスは、その社会について、具体的には語っていない。むしろ語れなかったというべきだろう。想像の中にしかない社会であり、空想に近いものだったからである。
 マルクスは、資本主義社会の経済的運動法則を解明すべく『資本論』を書き、第1部を1867年に刊行した。第2部の執筆中、1883年にロンドンで死去した。遺稿は、エンゲルスによって、1894年に刊行された。

 次回に続く。

ユダヤ53~帝国主義をロスチャイルド家が推進

2017-05-24 09:26:46 | ユダヤ的価値観
●帝国主義をロスチャイルド家が推進
 
 19世紀末から20世紀前半にかけて、近代世界システムを帝国主義(インペリアリズム)が席巻した。
 帝国主義という言葉は、1870年代から英国で使われ始めた。イギリス植民帝国の拡大強化を意味した。帝国主義は過去の諸文明における世界帝国にもみられた政策だが、大英帝国の帝国主義は近代資本主義国家が取った政策である点が特徴的である。また当時の資本主義は、金融資本が中心となった金融資本主義の段階に達していた。産業に利用する科学技術も重化学工業化していた。
 1900年ごろには、重点は政治的な植民主義から、市場・原料資源・投資のはけ口のための経済的な浸透と支配へ移った。この経済政策の最大の推進力となったのが、ロスチャイルド家だった。そして、イギリス王室とロスチャイルド家の共通利益を政策的に追求したのが、大英帝国の帝国主義である。資本と国家の相互依存の典型がここにある。
 イギリス自由党員で経済学者のジョン・アトキンソン・ホブソンは、1902年に初版を出した『帝国主義論』で、当時のヨーロッパの状況を描き、帝国主義政策による植民地獲得や戦争の背後にいるのは、主として国際資本勢力だと主張した。ホブソンは、次のように書いている。
 「銀行、証券、手形割引、金融、企業育成などの大型ビジネスが、国際資本主義の中核を形成している。並ぶもののない強固な組織的絆で束ねられ、常に密接かつ迅速な連絡を互いに保ち合い、あらゆる国の商業の中心地に位置し、ヨーロッパに関して言えば過去何世紀にもわたって金融の経験を積んできた単一の、そして特異な民族によってコントロールされている。こうして国際金融資本は、国家の政策を支配できる特異な地位にある。彼らの同意なくしては、また彼らの代理人を通さずには、大規模な資本移動は不可能である。もしロスチャイルド家とその縁者が断固として反対したら、ヨーロッパのいかなる国も大戦争を起こしたり、あるいは大量の国債を公募したりできない。この事実を疑う者は一人としていないのである」と。
 上記引用において、「過去何世紀にもわたって金融の経験を積んできた単一の、そして特異な民族」とは、言うまでもなくユダヤ人のことである。そして、ホブソンは、その代表格としてロスチャイルド家を挙げているのである。
 1904年までに、ロスチャイルド家は、ヨーロッパ諸国に13億ポンドの債権を持つにいたった。ホブソンが、彼らなしに、戦争を起こすことも、国債を募集することもできない、といっているのは、そのような状況を指す。
 帝国主義政策は、1870年代のイギリスに始まり、フランス、ドイツ、ロシア等でも行われるようになった。資本主義の発達の度合いは、各国によって違うが、互いに資源と市場を求めて争った。イギリスは、インドを植民地とし、さらにシナの清朝を破り、半植民地とした。フランス、ドイツ、ロシア、アメリカ等も東アジアに進出した。アフリカや中東等で、帝国主義諸国による再分割の争奪戦が繰り広げられた。
 ホブソンの『帝国主義論』に続いて、ユダヤ人経済学者のルドルフ・ヒルファーディングが1910年に『金融資本論』を出し、1916年にウラディミール・レーニンが『帝国主義論』を出した。レーニンは、ホブソンの『帝国主義論』を種本にし、経済分析の多くをホブソンに負っている。レーニンは、「ホブソンの著作を細部にいたるまで使わせてもらった」と記している。
 レーニンは帝国主義を資本主義の最高段階とし、また独占資本主義とした。帝国主義における独占は、四つの大きな特徴を持っている。独占は、第一に、生産の集積の高度な段階で、カルテル、シンジケート、トラストという形をとる。第二に、石炭や製鉄という中心的な原料資源のカルテル化として現れる。第三に、銀行から生じたもので、三つか五つほどの巨大銀行による金融支配が現れる。第四に、植民政策の産物である。
 帝国主義が支配的だった19世紀末から20世紀前半の時代を、帝国主義の時代という。この時代において、ロスチャイルド家をはじめとするユダヤ人金融資本家が生産と戦争の両方において大規模に富の追求をしていたことは、言うまでもない。

 次回に続く。

天皇陛下譲位特例法案が6月に成立の見込みに

2017-05-23 09:27:46 | 皇室
 政府は5月19日、天皇陛下の譲位を可能にする特例法案を閣議決定し、国会に提出した。陛下のお気持ちや国民の共感を踏まえて譲位を実現するとの趣旨を盛り込んだ。天皇の国政への関与を禁じた憲法に注意を払いつつ、新旧天皇の併存による「二重権威」の懸念払拭に努める困難な作業だったと思われる。
 法案名は「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案」。根拠規定は、皇室典範付則に「この法律と一体を成すものである」と新たに明記した。皇室典範の一部改正案となる。
 譲位に至る事情に関しては、陛下が高齢に伴って今後の公務などの活動継続が困難となることを「深く案じておられる」とし、「国民は陛下のお気持ちを理解し、これに共感している」と書き込んだ。
 天皇陛下の譲位後の呼称は「上皇」、皇后陛下は「上皇后」となる。
 天皇の活動は国事行為と公的行為、私的なその他の行為に区分される。宮内庁は政府の有識者会議で譲位後のご活動について「象徴としての行為は、基本的に新天皇に譲られる」と説明。国事行為だけでなく、公的行為に区分される象徴としてのご活動についても引き継がれるとの見解を示している。一方、私的ご活動は増える可能性があり、職員数を維持することで活動に支障がないよう配慮する必要がある。
 譲位に伴い、皇位継承順位1位となる秋篠宮さまは「皇嗣」とする。呼称は定めないが、「皇嗣秋篠宮」などが候補としてある。待遇は皇太子と同等とし、「皇嗣職」を新設するほか、皇族費も現行の3倍に増額する。
 譲位の期日は、公布日から3年を超えない範囲内で、皇室会議の意見を聞いた上で政令で定める。恣意(しい)的・強制的な譲位を防ぐため、首相が皇室会議の意見を聴くことを義務づけた。
 特例法案の審議は、衆院は議院運営委員会、参院は特別委員会で行う。与野党は今後、法案の採決時に想定される付帯決議案に書き込む安定的な皇位継承策について調整を進める。民進党は女性宮家の創設を主張しているが、神武天皇以来の男系継承の堅持のため、安易な書き込みをすべきでない。
 法案は6月18日に会期末を迎える今国会で全会一致での成立を目指す。譲位が実現すれば江戸時代後期の光格天皇以来、約200年ぶりとなる。
 譲位後の両陛下のお住まいは、皇太子ご一家が生活される東宮御所とする方向で検討が始まっている。皇太子ご一家は入れ替えで皇居・御所に入られる。
 譲位及びそれに伴う行事の時期については、「平成31年元日の即位・改元」であれば、「30年12月末の即位、31年元日の改元」や「31年4月に即位・改元」などの選択肢も浮上していると報じられる。
 私見を述べると、天皇陛下が国民にビデオメッセージで語られたお気持ちにどのようにお応えするかについては、皇室や日本の伝統に詳しい有識者の間で多くの意見があり、私は伝統的な方法である摂政を置くことが最善と今でも考えている。しかし、政府は譲位のご希望を容れる対応を決めた。この対応の場合は、一度限りの譲位を認める特例法ではなく、皇室典範の本文の改正による制度化が望ましいと私は考えている。だが、政府は特例法の制定を進めてきた。法制度を決めるのは、立法府の役割である。立法府では、与野党の多くが特例法の制定で合意している。それゆえ、一国民としては、最善とも次善とも思わないが、予想される立法府の審議の結果を受け入れるしかない。ただ一点、今回の特例法案は、「退位」という文言を使っているが、正しくは「譲位」と称すべきである。政府や多くのマスメディアが「退位」の表現を改めようとしないのは、姿勢に問題がある。国会議員は、今からでもこの文言の修正に努力すべきである。
 次に、特例法案の要綱を掲載する。

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天皇の退位等に関する皇室典範特例法案要綱 全文
毎日新聞2017年5月11日 東京朝刊

<第1>趣旨
 この法律は、天皇陛下が、昭和64(1989)年1月7日のご即位以来28年を超える長期にわたり、国事行為のほか、全国各地へのご訪問、被災地のお見舞いをはじめとする象徴としての公的なご活動に精励してこられた中、83歳とご高齢になられ、今後これらのご活動を天皇として自ら続けられることが困難となることを深く案じておられること、これに対し、国民は、ご高齢に至るまでこれらのご活動に精励されている天皇陛下を深く敬愛し、この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること、さらに皇嗣である皇太子殿下は57歳となられ、これまで国事行為の臨時代行等のご公務に長期にわたり精勤されておられることという現下の状況に鑑み、皇室典範第4条の規定の特例として天皇陛下の退位及び皇嗣の即位を実現するとともに、天皇陛下の退位後の地位その他の退位に伴い必要となる事項を定めるものとすること。

<第2>天皇の退位及び皇嗣の即位
 天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位するものとすること。

<第3>上皇
1 第2により退位した天皇は、上皇とするものとすること。
2 上皇の敬称は、陛下とするものとすること。
3 上皇の身分に関する事項の登録、喪儀及び陵墓については、天皇の例によるものとすること。
4 上皇に関しては2及び3の事項を除き、皇室典範に定める事項(皇位継承資格及び皇室会議の議員資格に関する事項を除く)については、皇族の例によるものとすること。

<第4>上皇后
1 上皇のきさきは、上皇后とするものとすること。
2 上皇后に関しては、皇室典範に定める事項については、皇太后の例によるものとすること。

<第5>皇位継承後の皇嗣
 第2による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に関しては、皇室典範に定める事項については、皇太子の例によるものとすること。

<第6>付則
1 施行期日
 (1)この法律は、公布の日から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するものとすること。ただし、第1並びに第6の1の(2)、2、8及び9は公布の日から、第6の10及び11はこの法律の施行の日の翌日から施行するものとすること。
 (2)(1)の政令を定めるに当たっては、内閣総理大臣は、あらかじめ、皇室会議の意見を聴かなければならないものとすること。
2 この法律の失効
 この法律は、この法律の施行の日以前に皇室典範第4条の規定による皇位の継承があったときは、その効力を失うものとすること。
3 皇室典範の一部改正
 皇室典範の付則に、次の規定を新設するものとすること。
 この法律の特例として天皇の退位について定める天皇の退位等に関する皇室典範特例法は、この法律と一体を成すものである。
4 上皇に関する他の法令の適用
 (1)上皇に関しては、次に掲げる事項については、天皇の例によるものとすること。
 (1)刑法の名誉に対する罪に係る告訴及び検察審査会法の規定による検察審査員の職務
 (2)(1)の事項のほか、皇室経済法その他の政令で定める法令に定める事項
 (2)上皇に関しては、(1)の事項のほか、警察法その他の政令で定める法令に定める事項については、皇族の例によるものとすること。
 (3)上皇の御所は国会議事堂、内閣総理大臣官邸その他の国の重要な施設等、外国公館等及び原子力事業所の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律の規定の適用については、同法第2条第1項第1号ホに掲げる施設とみなすものとすること。
5 上皇后に関する他の法令の適用
 上皇后に関しては、次に掲げる事項については、皇太后の例によるものとすること。
 (1)刑法の名誉に対する罪に係る告訴及び検察審査会法の規定による検察審査員の職務
 (2)(1)の事項のほか、皇室経済法その他の政令で定める法令に定める事項
6 皇位継承後の皇嗣に関する皇室経済法等の適用
 (1)第2による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に対しては、皇族費のうち年額によるものとして、定額の3倍に相当する額の金額を毎年支出するものとすること。
 (2)4の(3)の規定は、第2による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族の御在所について準用するものとすること。
7 贈与税の非課税等
 第2により皇位の継承があった場合において皇室経済法第7条の規定により皇位とともに皇嗣が受けた物については、贈与税を課さないものとすること。
8 意見公募手続き等の適用除外
 次に掲げる政令を定める行為については、行政手続法第6章の規定は、適用しないものとすること。
 (1)第2による皇位の継承に伴う元号法第1項の規定に基づく政令
 (2)4の(1)の(2)、4の(2)、5の(2)及び9に基づく政令
9 政令への委任
 この法律に定めるもののほか、この法律の施行に関し必要な事項は、政令で定めるものとすること。
10 国民の祝日に関する法律の一部改正
 国民の祝日である天皇誕生日を「12月23日」から「2月23日」に改めるものとすること。
11 宮内庁法の一部改正
 宮内庁法の付則に、次の規定を新設するものとすること。
 (1)宮内庁は、第2条各号に掲げる事務のほか、上皇に関する事務をつかさどるものとすること。
 (2)(1)の所掌事務を遂行するため、宮内庁に、上皇職並びに上皇侍従長及び上皇侍従次長を置くものとすること。
 (3)上皇侍従長及び上皇侍従次長については、国家公務員法第2条に規定する特別職とし、給与等所要の規定の整備をするものとすること。
 (4)第2による皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族に関する事務を遂行するため、宮内庁に、皇嗣職及び皇嗣職大夫を置くものとすること。
 (5)皇嗣職が置かれている間は、東宮職を置かないものとするものとすること。
 (6)皇嗣職大夫については、国家公務員法第2条に規定する特別職とし、給与等所要の規定の整備をするものとすること。
<注>一部、毎日新聞の表記に変えた。
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関連掲示・拙稿「天皇陛下のお気持ち表明にどのようにお応えするか」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/732796749bb6a9a5d8c82b0671b1ddb2
・拙稿「日本の国柄と天皇の役割~今上陛下の譲位のご希望について」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion05.htm
 目次から20へ
・拙稿「譲位を容認・否認が拮抗~有識者会議の意見聴取結果」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/cf1e0ea3f40ef8295e1a8efe30561e21

ユダヤ52~アメリカ=ユダヤ文化が発達

2017-05-21 08:52:50 | ユダヤ的価値観
●アメリカの発展と南北戦争
 
 19世紀後半の世界において、めざましい出来事は、アメリカ合衆国の発展だった。ここでもユダヤ人が重要な関与をしている。
 アメリカ合衆国は、植民地時代、イギリスのジョージ3世から、植民地独自の通貨の発行を禁止され、代わりにイングランド銀行の通貨を利子つきで購入し、それを使うように命令された。これに植民地の人民は反発した。本国イギリスからの独立は、ポンド・スターリングに代わる独自の通貨を発行する権利を獲得することをも意味していた。独立後のアメリカは、1792年にドルを公式に採用した。
 合衆国憲法は、通貨の発行権は連邦議会にあることを定めた。第1条立法府の第8節(5)に「貨幣を鋳造し、その価値および外国貨幣の価値を定め、また度量衝の標準を定めること」とした。
 建国の功労者で第3代大統領となったトマス・ジェファーソンは、「もしアメリカ国民が通貨発行を私立銀行にゆだねてしまったら、最初にインフレが起き、次にデフレが来る」と警告した。こうしたアメリカの指導層に対し、ロスチャイルド家を中心とするヨーロッパの金融資本は、強大な資金力でアメリカを金融的に支配しようと試みた。一旦中央銀行が出来たことがあったが、第7代アンドリュー・ジャクソン大統領の拒否権によって期限切れとなった。20世紀の初頭までに、彼らによる中央銀行の設立が計8回計画された。だが、設立の危険性を理解するアメリカの政治家は、これに対抗し、その都度廃案にした。このアメリカの中央銀行は、1910年代に、連邦準備制度(FRS:Federal Reserve System)という形で実現することになる。
 この間、最大の山場の一つは、南北戦争だった。西部開拓が進み、新たな州が誕生すると、新しく出来た州に奴隷制の拡大を認めるか否かで南北の対立が深まった。1860年に奴隷制に反対する共和党のエイブラハム・リンカーンが大統領に就任した。これを機に、翌61年南部7州がアメリカ南部連合を結成した。イギリスは、アメリカ南部からの綿花輸入を禁止し、不満を持った南部に対し、連邦から離脱して独立国になるように働きかけ、この南部連合を誕生させた。南部連合は合衆国からの脱退を宣言し、アメリカ連合国を結成して、北部諸州に対して武力抗争を開始した。北部諸州は分離独立を認めず、ここに南北戦争が始まった。開戦後、連合国に4州が加わり、計11州となった。
 この戦争は今日、内戦(シヴィル・ウォー)とされているが、南部諸州は独立国家を結成したのだから、国際紛争と見るべきである。北部側は、かつて米国がイギリスから独立を勝ち取った国でありながら、分離・独立は認めないというわけである。 最初は南部の連合国が優勢だった。しかし、リンカーンは62年に、国有地に5年間居住・開墾すれば無償で与えるという自営農地法(ホームステッド法)を発布し、これによって、西部農民の支持を獲得した。さらに、63年に奴隷解放宣言を発し、内外世論を味方につけた。イギリスはカナダに軍隊を送り、北軍に対する圧力を強めた。リンカーンは資金の調達に苦労しながらも、北軍を率いた。ゲティスバーグの戦いで北部が優勢になり、65年北部が南部に勝利した。南北戦争は、北部側から言えば南部の独立を阻止した戦争であり、南部側から言えば独立に失敗した戦争である。 北部が南部に勝利した直後、リンカーン大統領はピストルで暗殺された。犯人のジョン・ウィルキンス・ブースは、アメリカ連合国の財務長官ユダ・ベンジャミンに雇われていた。ベンジャミンはイギリスのディズレーリ首相の側近であり、ロスチャイルド家とも親しかった。
 リンカーン暗殺は、後のケネディ暗殺とともに、米国史上最大級の謎となっている。暗殺の最も有力な理由は、リンカーンが南北戦争の戦費をまかなうために、アメリカ財務省の法定通貨を発行したことである。リンカーンは、イギリスのロスチャイルド家らの銀行家たちの融資の申し出を断った。その融資は利子が24~36%という法外なものだった。それに手を出せば、戦争に勝っても、膨大な債務を抱え、金融的に支配されることになる。リンカーンは、連邦政府自らがアメリカ政府の信用のみに基づく紙幣を発給することにした。この紙幣は、銀行が発行する通貨と違って、政府が銀行に債務を負わずに発行された通貨だった。ロスチャイルド家らにとって、政府が独自に通貨を発行することは、巨大な利権を犯されることになるから、絶対に許しがたいことだった。そこで最後の手段に出たと思われる。暗殺である。
 ロスチャイルド家は、奴隷解放に共感を抱く反面、南部の地主たちに大きな利害関係があり、ワシントンの連邦政府を支持しなかった。そのことで、北部のアメリカ人たちの反感を勝った。そのため、戦後、ロスチャイルド家のアメリカでの勢力は下り坂になった。
 ロスチャイルド家は、1837年からユダヤ人オーギュスト・ベルモントを在米代理人としていた。だが、ベルモントはユダヤ人社会から離れ、ペリー提督の娘と結婚した。南北戦争では、民主党員として北部を支持し、リンカーン大統領に忠誠を尽くした。
 リンカーン暗殺の主犯格は、アメリカ連合国を財政的に支えたテキサスの豪商トマス・ウィリアムス・ハウスだった。トマスは「ロンドンの匿名の銀行家の在米代理人」として、財を成した。その銀行家はロスチャイルドだったと考えられる。ベルモントに代わって、在米代理人を務めたものだろう。トマスの子、エドワード・マンデル・ハウスは、ロスチャイルド家の意思を受けて、アメリカの中央銀行である連邦準備制度の実現を成功させた。法定通貨を発行したリンカーンの暗殺と連邦準備制度の設立は一貫した出来事であり、二代に渡って関与したハウス父子の背後にはロスチャイルド家があったのである。

●アメリカ=ユダヤ文化が発達

 アメリカ合衆国は南北戦争の結果、工業国として歩むこととなり、めざましい発展を遂げた。ヨーロッパからの移民によって人口も急増した。1869年には、最初の大陸横断鉄道が開通し、広大な国土に存在する豊富な資源の輸送、工業製品・農業製品の流通、労働者・消費者の移動等が可能になった。1890年代には、アメリカはイギリスに勝る世界最大の工業国となった。
 この間、イギリスの財閥は、アメリカの新興資本家に出資し、製鉄・鉄道・石油等の基幹産業を育て、そこから利益を吸い上げた。イギリスの支配集団は、アメリカがイギリスから独立して以後、アメリカへの影響力を回復・増強しようとしていたのである。アメリカ経済を発展させたヴァンダービルト、ピーボディ、モルガン、デュポン、アスター、グッケンハイム、シフ、ハリマン、カーネギー、ロックフェラー、ゴールドマン等の繁栄は、ロスチャイルド家を初めとする西欧の資本家とのつながりなしに考えられない。
 新興国家アメリカが急速に発展したことにより、19世紀末には、近代世界システムの中核部は、西欧から北米へと拡大した。北大西洋地域ということも出来る。そして、アメリカの資本家が、逆に西欧の資本家と連携するようになった。それが、モルガン、ロックフェラー、デュポン、メロン等の財閥である。こうして西欧及び北米の支配集団が、近代世界システムの中核部を支配するようになった。別の言い方をすれば、近代西洋文明は、西欧・北米の王族・貴族・資本家が、富と権力を所有する体制となった。そして、白人諸民族が構成するその支配集団に、ユダヤ民族が参入していたのである。
 また、近代世界システムの中核部に、アメリカというイギリスに並ぶ有力国家が確立した。イギリスでは、アングロ・サクソン文化とユダヤ文化が融合し、アングロ・サクソン=ユダヤ的な文化が発達した。イギリスから独立したアメリカでは、アングロ・サクソン=ユダヤ文化にアメリカ独自の要素が加わったアメリカ=ユダヤ文化が発達することになる。近代西洋文明は、イギリス、次いでアメリカを中心として世界化していった。その過程で、アングロ・サクソン文化及びアメリカ文化に深く浸透したユダヤ的価値観が世界に浸透・普及していったというのが、私の見方である。

 次回に続く。

韓国大統領選は「左偏向教育」の結果~西岡力氏

2017-05-20 08:51:07 | 国際関係
 私は昨年11月25日に「韓国・朴大統領退陣で親北左派政権誕生の恐れ」と題した文章をブログに書いた。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/b2e179f27657cd161fb5c1e7ac06f7ea
 その文章で、現在麗澤大学客員教授となっている西岡力氏が、11月23日の産経新聞「正論」に書いた記事を紹介した。要所を再度抜粋する。
 「韓国の自由民主主義体制が揺れている。親北左派政権が誕生し、韓米同盟が解消されて米軍が撤退し、半島全体が中国共産党と北朝鮮世襲独裁政権の影響下に入る可能性もゼロではない」
 「大規模なデモを主催している勢力が過激な親北反体制派であることがほとんど伝えられていない」「2015年11月に、過激な反体制運動を行ってきた労組である全国民主労働組合総連盟や、農民団体など50以上が集まって民衆総決起闘争本部が結成された。国家保安法に基づき利敵団体と規定された北朝鮮とつながる3つの極左団体(略)が含まれている」。闘争本部は「運動方針が北朝鮮の煽動とほぼ一致している」
 「今後は憲法秩序の下で、特別検事の捜査と国会での弾劾審議が進むだろう。その間に保守陣営が、朴槿恵大統領の崔順実被告との非正常な関係は批判するが、政権の保守的政策は維持発展させるという立場を整理できるかが勝負だ。それができれば、落ち着きを取り戻した国民に親北左派か自由民主主義派かという選択を示して次期大統領選挙で勝てる可能性も十分ある。焦点は親北左派が政権を握ることを韓国の保守が阻止できるかだ」

 結果としては、韓国の保守派は、親北左派が政権を握ることを阻止できなかった。5月9日に行われた韓国大統領選挙の前、西岡氏は、文氏が勝利した場合の危険性を最も明確に警告した。曰く「親日派を総入れ替えするだろう。彼の歴史観は大韓民国の否定であり、北朝鮮主導による朝鮮半島統一を目論む」と。だが、事前の大方の予想通り、親北左派、反日反米の文在寅氏が当選した。
 選挙後、西岡氏は、「私が心配するのは韓国の反共自由民主主義体制の弱体化である。それが進めば韓米同盟が崩れ、日本の安保にも悪影響を与えるからだ。」と5月12日の産経新聞の記事に書いた。その記事の中で、韓国のある保守派のりーダーが今回の選挙を「世代間の争い」だとして語ったことを掲載している。「今回の大統領選挙は若年層の反乱という意味がある。彼らは全教組などから大韓民国の現代史の成功の基盤である自由民主主義や法治、市場経済を否定する左偏向教育を受けた。今回の結果は80年の光州事件以後、継続している37年間の左偏向教育の結果だ。新政権は各界に布陣した左派運動勢力の指令塔になるかもしれない」と。西岡氏によると、1980年代「韓国の学生運動活動家らは左傾民族主義を媒介にして急速に北朝鮮に近づいていった。いわゆる主体思想派が韓国の左派運動の中核になるのがこの頃だ。彼らは韓国の現代史を徹底的に否定する『反韓史観』に心酔している」。
 文在寅新大統領は、朴槿恵前大統領の大スキャンダルへの憤りの勢いだけで誕生した指導者ではない。40年近く続けられてきた左傾偏向教育が背景にあり、彼の主な支持層を生み出してきている。これに新たに加わったのが、韓国の現状に絶望している若い世代である。韓国の若者たちは、自国を「ヘル朝鮮」と呼ぶ。ヘルは地獄を意味する英単語であり、「地獄朝鮮」を意味する。1昨年から社会にて着している。財閥10社と中小企業との間に中間層の無い極端な2極分化。財閥系企業に入るための過酷な受験競争。一流大学を出ても、親のコネがなければ、財閥企業には就職出来ず負け組になるコネ社会。負け組になった若者たちの将来展望の喪失。OECD(経済協力開発機構)加盟の先進国でワースト1位となっている自殺率(10万人あたり29・1人、日本は18・7人)。これらの現象などの社会の現状を表す言葉が「ヘル朝鮮」である。
 文大統領は、こうした韓国の社会を改革するために、公務員を81万人増加することを公約の一つにしている。確かにそれによって雇用は増えるが、彼らの給与は税金で支払われる。一度職員を雇えば、数十年の雇用を保障しなければならない。財政負担を重くし、ギリシャのような事態を招きかねない。文氏はまた最低賃金時給を1万ウォン(約1000円)に引き上げることも公約している。これは労働組合の要求を取り入れたものだが、韓国企業の99%は中小企業であり、そこで働く者が全労働者の88%を占める。現在7000ウォンの賃金を約1.5倍にふやすならば、中小企業への負担は甚大であり、多くの企業が労働者を解雇するか、倒産するだろう。その結果として予想されるのは、現在の経済危機のさらなる深刻化である。
 文政権のもと、「ヘル朝鮮」に出口を見出すことは、難しい。
 以下は、西岡氏の記事の全文。

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●産経新聞 平成29年5月12日

http://www.sankei.com/column/news/170512/clm1705120004-n1.html
2017.5.12 10:00更新
【正論】
韓国大統領選は「左偏向教育」の結果 「自由主義」後退が心配だ モラロジー研究所教授、麗澤大学客員教授・西岡力

 韓国の新大統領に文在寅氏が当選した。日本では、日韓関係の悪化を心配する声が高まっている。しかし、私が心配するのは韓国の反共自由民主主義体制の弱体化である。それが進めば韓米同盟が崩れ、日本の安保にも悪影響を与えるからだ。

≪新政権は左派運動勢力の指令塔に≫
 次点となった「自由韓国党」の洪準杓候補は選挙最終日、ソウル徳寿宮前で「今回の選挙は韓国の自由民主主義体制を守るための内戦だ」と声をからして叫び、支持者らは韓国国旗である太極旗と米国国旗の星条旗を激しく振って賛同の声を上げた。車道を埋め尽くしたのは年長者ばかりだった。
 洪候補の絶叫を聞く前、私は徒歩5分の距離にある光化門広場で文在寅陣営の演説を聞いた。聴衆は、幼い子供を連れた夫婦など、若い層がかなり多い。元警察庁長官や退役将軍らが「文候補は従北左派ではない。自分たちが保証する。いまだに相手候補をアカ呼ばわりする洪陣営は時代錯誤だ」という演説を続けた。文候補はテレビ討論で北朝鮮を「主敵」と規定することを最後まで拒否したが、支持率は下がらなかった。
前回、朴槿恵大統領当選の原動力になったのは50歳以上の高齢層の圧倒的な支持だった。ところが今回、文候補は50歳代でも得票率1位だった。洪候補が1位だったのは60歳以上だけだ。1980年代に大学に入学した世代が今50歳代中盤となったことがその理由だ。ある保守派リーダーは今回の選挙を「世代間の争い」だとして次のように語った。
 「今回の大統領選挙は若年層の反乱という意味がある。彼らは全教組などから大韓民国の現代史の成功の基盤である自由民主主義や法治、市場経済を否定する左偏向教育を受けた。今回の結果は80年の光州事件以後、継続している37年間の左偏向教育の結果だ。新政権は各界に布陣した左派運動勢力の指令塔になるかもしれない」

≪親日勢力を指弾していた文氏≫
 80年代、韓国の学生運動活動家らは左傾民族主義を媒介にして急速に北朝鮮に近づいていった。いわゆる主体思想派が韓国の左派運動の中核になるのがこの頃だ。彼らは韓国の現代史を徹底的に否定する「反韓史観」に心酔している。ソウル大学の李栄薫教授はその歴史観を次のように要約する。
「日本の植民地時代に民族の解放のために犠牲になった独立運動家たちが建国の主体になることができず、あろうことか日本と結託して私腹を肥やした親日勢力が、アメリカと手を結んで国を建てた。そのせいで民族の正気がかすんだのだ。民族の分断も親日勢力のせいだ。解放後、行き場のない親日勢力がアメリカにすり寄り、民族の分断を煽(あお)った」
 文在寅氏は今年1月に出した対談本(『大韓民国が聞く』)で次のように語っている。
 「親日勢力が解放後にも依然として権力を握り、独裁勢力と安保を口実にしたニセ保守勢力は民主化以後も私たちの社会を支配し続け、そのときそのとき化粧だけを変えたのです。親日から反共にまたは産業化勢力に、地域主義を利用して保守という名に、これが本当に偽善的な虚偽勢力です。
 (親日勢力清算の)もう1回の機会を逃したのは1987年6月抗争(大規模な街頭デモにより大統領直選制が実現)のときでした。それ以後、すぐに民主政府が樹立していればそのときまでの独裁やそれに追随した集団をしっかりと審判して軍部政権に抵抗して民主化のために努力した人々に名誉回復や補償をしたはずであり、常識的で健康な国になっていたはずです。しかし、盧泰愚政権ができて機会をまた逃したのです。私が前回の大統領選挙で国民成長ビジョンを提示して腐敗大掃除という表現を使ったではないですか。腐敗大掃除をしてその次に経済交代、世代交代、過去の古い秩序や体制、勢力に対する歴史交代をしなければならないのです」(翻訳・傍点筆者)
「すぐに民主政府が樹立していれば」という表現に注目したい。現行の韓国憲法下で最初に行われた大統領選挙の結果生まれたのが盧泰愚政権だが、今年1月の時点で文在寅氏はその政権を「民主政府」とは思っていなかった。

≪左派大統領しか認めない危うさ≫
 文在寅氏は5月9日夜、党関係者に対して「自信を持って第3期民主政府を力いっぱい、推し進めていく」と語った。文在寅氏は現行憲法下で誕生した7人目の大統領だが、自分は3番目だと言うのだ。その言葉を生放送で聞きながら私は、新大統領は金大中氏、盧武鉉氏だけが民主政府で、韓国の主流勢力を代表する盧泰愚、金泳三、李明博、朴槿恵各氏は違うと言いたいのではないかという疑問を抑えることができなかった。
 以上のような分析は的外れで、新大統領の本心を見誤っているのであれば大変うれしい。大統領就任後、現実政治に直面して選挙戦での主張をやわらげたり撤回したりすることもよくある。韓国現代史の成功の延長線上で文在寅政権が成功することを祈っている。(モラロジー研究所教授、麗澤大学客員教授・西岡力 にしおかつとむ)
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ユダヤ51~ユダヤ資本がアジア進出の先頭に

2017-05-19 08:48:12 | ユダヤ的価値観
●ユダヤ資本がアジア進出の先頭に

 ところで、イギリスは1600年に東インド会社を設立し、ポルトガルやオランダに続いてインド洋交易に参加していた。東インド会社は、インド大陸で1757年にプラッシーの戦いに勝利してフランス勢力を駆逐した。以後、イギリスはインドの諸国を次々に征服した。1840年代後半にはシク戦争に勝って、パンジャブ地方を併合し、インド征服を完成した。
 1820年代以降、産業革命の進むイギリスから、機械生産による綿布がインドに大量に流入した。インドの手工業者は圧迫され、インド経済は打撃を受けた。インド人の不満は高まり、57年セポイの反乱が勃発した。セポイとは、東インド会社が雇ってインド征服の手足としていた傭兵である。反乱は大規模化したが、59年イギリス軍はこれを鎮圧した。この間、イギリス政府は、東インド会社の機能を停止し、直接支配に切り替えた。そしてムガル皇帝を廃して帝国を滅亡させ、77年にはヴィクトリア女王が皇帝を兼ねるインド帝国を創建した。
 こうしてインドは実質的に植民地化された。これは非常に重大な出来事だった。近代西洋文明が、初めてアジアの文明のひとつを完全に支配下に置いたのである。
 イギリスのアジア進出は、ロスチャイルド家等のユダヤ人資本家が関わる銀行・商社等によって推進された。ユダヤ人はインドやシナへの進出でも活躍した。その代表的存在として、サッスーン家が挙げられる。
 サッスーン家は、もともとは18世紀にメソポタミアに台頭したユダヤ人の富豪家族だった。オスマン帝国治世下では、財務大臣を務めるほどの政商だった。イギリスとの関わりは、デイヴィッド・サッスーンによる。バグダード生まれのデイヴィッドはインドに進出し、1832年にムンバイでサッスーン商会を設立した。そして、イギリスと結んで、アヘンの密売で莫大な富を築き、アヘン王と呼ばれた。イギリスの紅茶の総元締めでもあった。
 1840年、シナの清国とイギリス等の列強の間で、アヘン戦争が起こった。清国がアヘン輸入禁止令を出したのが、きっかけだった。イギリスをはじめ列強の近代化された軍事力の威力の前に、清国はあえなく敗れた。戦後、列強は競ってシナに進出した。中でもロンドンに本部を置くサッスーン財閥の進出は、目覚ましかった。上海に営業所を設け、英・米・仏・独・ベルギーなどのユダヤ系の銀行・商社を組合員に持ち、鉄道・運輸・鉱山・牧畜・建設・土地売買・為替・金融保証を主な営業科目として、インド、東南アジア、シナに投資を行った。
 今日も続く香港上海銀行(HSBC)は、1868年にデイヴィッドの息子アーサーが最大の株主となって設立された。ほかにベアリング商会、マセソン商会、ロスチャイルド家等が出資した。アーサーの義理の弟は、ネイサン・ロスチャイルドの孫レオポルド・ロスチャイルドだった。サッスーン財閥は、デイヴィドの死後、アルバート、次いでエドワードが相続し、三代の間に巨富を築いた。エドワード・サッスーンの妻は、ロスチャイルド家のアリーン・ロスチャイルドだった。このようにサッスーン財閥は、ロスチャイルド家と婚姻を含む深い関係を築き、ロスチャイルド系列の財閥として、巨富を成した。それは言い換えれば、ロスチャイルド家が、中東系ユダヤ人のサッスーン家を系列化し、親族関係を結んで、勢力を広げたということなのである。
 イギリスのアヘン貿易には、アメリカのラッセル・アンド・カンパニーも参入していた。同社は、ウィリアム・ハンチントン・ラッセルが所有する会社で、ロスチャイルド系の商社であるジャーディン=マセソン社と提携して、太平洋と大西洋を股にかけて巨富を得ていた。ジャーディン=マセソン社はユダヤ系の商社で、幕末維新期のわが国に武器・機械等を売って繁栄した。彼らのアヘン貿易には、第32代大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトの母方であるデラノ家も参入していた。
 ラッセルは、アルフォンソ・タフトとともに、スカル・アンド・ボーンズという団体を創った。この結社は、1832年にイェール大学に結成された秘密結社である。アメリカ支配層の主流であるWASP、つまりホワイト=アングロ・サクソン=プロテスタントを中心とした学閥集団である。メンバーには、17世紀に最初に北米に来たピューリタンの名家や、18~19世紀に成功したハリマン、ロックフェラー、ペイン、ダヴィソン、ピルスベリー、ウェイヤハウザー等の富豪が多い。アメリカ社会に秘密結社の数ある中で、最も強い社会的影響力を持ち、政界・財界・法曹界・学界やCIA等に強力な人脈を広げていった。こうしたWASPの秘密結社のもとにはアヘン貿易で得た富があり、その人脈はもともとロスチャイルド家ともつながっていたのである。そして、後に述べるように、やがてWASPとユダヤ人が協力・融合するようになっていく。

 次回に続く。