●英独仏伊の参加でG7の結束に乱れが
本年3月12日、英国がAIIBへの参加を表明した。これに続いて、独仏伊も参加を表明した。これら4カ国は先進7か国(G7)のメンバーである。それまでの参加国は中東、アジアの発展途上国が主だったが、ヨーロッパから先進諸国が参加することになり、形勢に重大な変化が起こった。
英国の参加は、日米に衝撃を与えた。英国の動きは、AIIBが市場で資金調達する際の信用力を高め、経済覇権の動きを強める中国には追い風となった。米国は英国の参加を強く批判している。世界銀行やアジア開発銀行の対抗馬としてAIIBの影響力が強まることを警戒しているためで、米政府高官は、英国から「事実上、米国に相談はなかった」と明かして不快感を表明した。英紙フィナンシャル・タイムズは、「米英が珍しく仲違いした」と書いた。
英国にとっては、巨大市場を抱える中国との関係強化には魅力がある。AIIB参加を決めた背景には、英国はG7でも群を抜いて対中経済関係を強めている事実がある。ヨーロッパでは、ウクライナ問題による対露制裁の長期化等で経済が悪化している。ロシアがウクライナのクリミア半島併合を断念しない中、対露制裁の長期化は避けられない。そうしたなか、キャメロン政権は、中国との関係強化を図り、投資を呼び込むことで経済の活性化を図っている。中国商務省の統計によると、2014年の対中投資実行額は、日本が前年比で約39%減、米国が約20%減、ドイツが約1%減だったが、英国は逆に約28%増やしている。
英政府は「新たなアジアの経済パートナー」として中国との関係を深める一方で、中国の人権や香港等の問題では沈黙を守っている。人権や自由、デモクラシーより、実利を優先する姿勢である。
英国に続いて、フランスやドイツ、イタリアも相次いで参加を表明した。これらのヨーロッパ諸国は、日米と比べて安全保障面で直接中国の脅威にさらされていない。地理的な条件が異なるからである。長期的な安全保障と当面の経済利益を天秤にかけて、AIIBという「バスに乗り遅れるな」と飛び乗った形だろう。だが、AIIBは中国が実質的なオーナーとして50%近くを出資する。ヨーロッパ諸国が預る利益は少なく、ずさんな融資で焦げ付いた際のリスク分散に使われかねないという見方もある。
中国は、カネの力で、G7の結束に風穴を開けた。親米的なカナダも参加を検討している。G7に結束の乱れが生じたことは、今後の国際関係への影響が懸念される。自由主義諸国では、他にニュージーランド、オーストラリア、オランダ等が参加を表明した。東アジアでは、韓国、台湾が参加を決定した。BRICSは、ロシア、ブラジル、ロシア、インドが参加を表明し、南アフリカを除くメンバーが参加する。
こうしたなか、わが国の政府は、AIIBに対して慎重な姿勢を取っている。政府は、中国政府に対し、(1)融資基準を明確に(2)参加国に発言権はあるか(3)ADBと協力はできるか-などを問いただしている。だが、中国から回答はない。AIIBには、次の項目に書くように多くの懸念がある。政府は6月までに参加するかどうかを決める方針だが、私は、AIIBには慎重な姿勢を保つべきだと思う。
中国はADBを補完するためにAIIBをつくるというが、中国はADBから135億ドル(1兆6千億円)もの融資を受けている。これは、ADBの融資資金額の残高25.3%を占める巨額である。わが国は中国に、まず融資金を即刻返済してからにして下さい、と督促請求してはどうか。
●AIIBに募る懸念
AIIBについては、中国が恣意的な組織運営を行い、覇権拡大の道具にするだろうという懸念がある。
中国は法治国家ではない。人治的体質による共産党幹部、人民解放軍幹部の腐敗・汚職が大問題になっている。国名に「人民民主主義」を標榜するが、建国以来一度も選挙が行われていない。自由主義的なデモクラシーは存在しない。5割近くを出資すると見られる中国は、AIIBで巨大な影響力を振るうだろう。圧倒的な資金力を持つ中国の強権的な姿勢に対し、英独仏等の自由主義諸国がリベラル・デモクラシーに基づく組織運営がされるように対抗し得るのか、自由主義の力量が試されるだろう。
現時点でAIIBは、世銀やADBと異なり、理事会を置くのかどうか不透明な状態である。中国は、大きな議決権を確保し、意思決定で有利に立つだろう。融資審査における基準も不透明である。また、AIIBが厳格な審査体制を構築し、担当者を雇用・育成できるかは不明である。融資の判断も中国が独自基準を採用する恐れが強い。低利・迅速さを前面に、十分な審査がなされない融資が増えれば、融資対象事業によって環境破壊につながる乱開発が行われる懸念もある。
中国が経済・外交的な影響力を高めようと、投資銀を使って甘い審査で資金をばらまくならば、発展途上国の健全で持続的な発展は望めない。途上国の政権の腐敗・汚職を見逃し、お手盛りの融資や返済能力を度外視した過剰融資を行うことも予想される。こうした「中国基準」の国際金融機関が、中国の国際社会での存在感を高め、覇権拡大の推進力になるだろう。
ADBは低金利融資だが、AIIBは高金利融資である。伝えられるところでは、AIIBから融資を受ける国は、人民元を1年借りて5%、10年物なら年20%の高い利子を払わねばならないようである。ADBの場合は、ドルで1年借りて0.256%、10年物の金利は0.665%である。大手銀行で借りられない者が、消費者金融に手を出すのに似ていないか。我が国の代表的なサラ金は現在、年利4.5%~18%くらいである。年20%の利子を払って人民元を借りてインフラ工事をして、確実に返せる国がどれだけあるだろうか。
融資金は、中国企業の海外進出を後押しする補助金のように使われるだろう。中国企業というのは、自由主義国のような民間の私企業ではない。第一は「央企」と呼ばれる中央政府が直轄する国有企業である。第二は地方政府だが、これも傘下の国有企業、銀行、開発業者を束ねる利益共同体である。それゆえ、中国企業の進出は、共産党が支配する国家資本の進出であり、共産中国そのものの進出なのである。
習近平指導部は、2013年秋、シルクロード経済ベルトと海洋シルクロードで構成する「一帯一路」構想を打ち出した。中国を起点に中央アジアや東南アジア、中東などを経由して欧州までつなぐ構想であり、鉄道や道路網、送電網、港湾などインフラ建設で欧州にとっても経済的メリットがある。この構想の実現にもAIIBからの資金が活用される見通しである。
この動きをつかむには、経済だけを見ていたのでは駄目である。最も注意すべきことは、中国の経済覇権の拡大は、必ず軍事的な覇権の拡大につながることである。海洋シルクロードは、人民解放軍が先導し、これを「シルクロード基金」とAIIBが支えることになるだろう。海洋シルクロードは、マラッカ海峡からペルシャ湾に至る拠点をつなぐ中国の「真珠の首飾り」戦略と重なり合う。「真珠の首飾り」戦略とは、南シナ海、マラッカ海峡、インド洋、ペルシャ湾までを影響会下に置こうとするものである。中国はパキスタンのグワダル港開発の合意や、スリランカの港への潜水艦の入港等を獲得してきた。AIIBの融資は、中国海軍の艦船受け入れの軍港建設にも投資されることになるだろう。
中国軍国防大学の紀明貴少将は、先の構想によって米国の「アジア回帰」の出ばなをくじくと主張している。中国共産党及び人民解放軍には、西太平洋から米国の排除を目指し、太平洋の西半分以西を、シナの海とする野望があるものと見られる。
だが、最近の中国経済は資本流出が激しく、成長鈍化が先行きの不安を引き起こしている。世界貿易機関(WTO)でさえ不公正取引の対中提訴が多い。新貿易交渉のドーハ・ラウンドを潰したのも中国だった。中国は、AIIBによって、共産党が支配する極めていびつな統制主義的資本主義を世界に広げようとしている。AIIBに参加する国々は、中国型の統制主義的資本主義の害毒が市場と社会に広がっていくのを見ることになるだろう。
中国は、もはやかつてのように高度経済成長を続ける国家ではない。既に不動産バブルの破裂が進みつつあり、破裂はじわじわと広がりつつある。破裂の前から、毎日のように全国各地で激しい暴動が数百件も起こっている。経済成長率は「保八」という絶対目標の8%を死守できず、7%台と発表されているが、統計の信ぴょう性は低い。最も信頼性が高い指標と見られる鉄道貨物輸送量が急激に落ち込んでいるのは隠せず、前年比でマイナス基調に転じている。外貨準備3.8兆ドルを誇ってきたが、ここのところ海外からの借り入れが急増し、外貨準備が過去半年間で4%も減少した。国内にこうした経済危機を抱えているからこそ、中国共産党政府は、AIIBを用いて、過剰生産能力のはけ口を海外に求め、併せて中国企業の海外進出を促進しようとしているのである。
次回に続く。
本年3月12日、英国がAIIBへの参加を表明した。これに続いて、独仏伊も参加を表明した。これら4カ国は先進7か国(G7)のメンバーである。それまでの参加国は中東、アジアの発展途上国が主だったが、ヨーロッパから先進諸国が参加することになり、形勢に重大な変化が起こった。
英国の参加は、日米に衝撃を与えた。英国の動きは、AIIBが市場で資金調達する際の信用力を高め、経済覇権の動きを強める中国には追い風となった。米国は英国の参加を強く批判している。世界銀行やアジア開発銀行の対抗馬としてAIIBの影響力が強まることを警戒しているためで、米政府高官は、英国から「事実上、米国に相談はなかった」と明かして不快感を表明した。英紙フィナンシャル・タイムズは、「米英が珍しく仲違いした」と書いた。
英国にとっては、巨大市場を抱える中国との関係強化には魅力がある。AIIB参加を決めた背景には、英国はG7でも群を抜いて対中経済関係を強めている事実がある。ヨーロッパでは、ウクライナ問題による対露制裁の長期化等で経済が悪化している。ロシアがウクライナのクリミア半島併合を断念しない中、対露制裁の長期化は避けられない。そうしたなか、キャメロン政権は、中国との関係強化を図り、投資を呼び込むことで経済の活性化を図っている。中国商務省の統計によると、2014年の対中投資実行額は、日本が前年比で約39%減、米国が約20%減、ドイツが約1%減だったが、英国は逆に約28%増やしている。
英政府は「新たなアジアの経済パートナー」として中国との関係を深める一方で、中国の人権や香港等の問題では沈黙を守っている。人権や自由、デモクラシーより、実利を優先する姿勢である。
英国に続いて、フランスやドイツ、イタリアも相次いで参加を表明した。これらのヨーロッパ諸国は、日米と比べて安全保障面で直接中国の脅威にさらされていない。地理的な条件が異なるからである。長期的な安全保障と当面の経済利益を天秤にかけて、AIIBという「バスに乗り遅れるな」と飛び乗った形だろう。だが、AIIBは中国が実質的なオーナーとして50%近くを出資する。ヨーロッパ諸国が預る利益は少なく、ずさんな融資で焦げ付いた際のリスク分散に使われかねないという見方もある。
中国は、カネの力で、G7の結束に風穴を開けた。親米的なカナダも参加を検討している。G7に結束の乱れが生じたことは、今後の国際関係への影響が懸念される。自由主義諸国では、他にニュージーランド、オーストラリア、オランダ等が参加を表明した。東アジアでは、韓国、台湾が参加を決定した。BRICSは、ロシア、ブラジル、ロシア、インドが参加を表明し、南アフリカを除くメンバーが参加する。
こうしたなか、わが国の政府は、AIIBに対して慎重な姿勢を取っている。政府は、中国政府に対し、(1)融資基準を明確に(2)参加国に発言権はあるか(3)ADBと協力はできるか-などを問いただしている。だが、中国から回答はない。AIIBには、次の項目に書くように多くの懸念がある。政府は6月までに参加するかどうかを決める方針だが、私は、AIIBには慎重な姿勢を保つべきだと思う。
中国はADBを補完するためにAIIBをつくるというが、中国はADBから135億ドル(1兆6千億円)もの融資を受けている。これは、ADBの融資資金額の残高25.3%を占める巨額である。わが国は中国に、まず融資金を即刻返済してからにして下さい、と督促請求してはどうか。
●AIIBに募る懸念
AIIBについては、中国が恣意的な組織運営を行い、覇権拡大の道具にするだろうという懸念がある。
中国は法治国家ではない。人治的体質による共産党幹部、人民解放軍幹部の腐敗・汚職が大問題になっている。国名に「人民民主主義」を標榜するが、建国以来一度も選挙が行われていない。自由主義的なデモクラシーは存在しない。5割近くを出資すると見られる中国は、AIIBで巨大な影響力を振るうだろう。圧倒的な資金力を持つ中国の強権的な姿勢に対し、英独仏等の自由主義諸国がリベラル・デモクラシーに基づく組織運営がされるように対抗し得るのか、自由主義の力量が試されるだろう。
現時点でAIIBは、世銀やADBと異なり、理事会を置くのかどうか不透明な状態である。中国は、大きな議決権を確保し、意思決定で有利に立つだろう。融資審査における基準も不透明である。また、AIIBが厳格な審査体制を構築し、担当者を雇用・育成できるかは不明である。融資の判断も中国が独自基準を採用する恐れが強い。低利・迅速さを前面に、十分な審査がなされない融資が増えれば、融資対象事業によって環境破壊につながる乱開発が行われる懸念もある。
中国が経済・外交的な影響力を高めようと、投資銀を使って甘い審査で資金をばらまくならば、発展途上国の健全で持続的な発展は望めない。途上国の政権の腐敗・汚職を見逃し、お手盛りの融資や返済能力を度外視した過剰融資を行うことも予想される。こうした「中国基準」の国際金融機関が、中国の国際社会での存在感を高め、覇権拡大の推進力になるだろう。
ADBは低金利融資だが、AIIBは高金利融資である。伝えられるところでは、AIIBから融資を受ける国は、人民元を1年借りて5%、10年物なら年20%の高い利子を払わねばならないようである。ADBの場合は、ドルで1年借りて0.256%、10年物の金利は0.665%である。大手銀行で借りられない者が、消費者金融に手を出すのに似ていないか。我が国の代表的なサラ金は現在、年利4.5%~18%くらいである。年20%の利子を払って人民元を借りてインフラ工事をして、確実に返せる国がどれだけあるだろうか。
融資金は、中国企業の海外進出を後押しする補助金のように使われるだろう。中国企業というのは、自由主義国のような民間の私企業ではない。第一は「央企」と呼ばれる中央政府が直轄する国有企業である。第二は地方政府だが、これも傘下の国有企業、銀行、開発業者を束ねる利益共同体である。それゆえ、中国企業の進出は、共産党が支配する国家資本の進出であり、共産中国そのものの進出なのである。
習近平指導部は、2013年秋、シルクロード経済ベルトと海洋シルクロードで構成する「一帯一路」構想を打ち出した。中国を起点に中央アジアや東南アジア、中東などを経由して欧州までつなぐ構想であり、鉄道や道路網、送電網、港湾などインフラ建設で欧州にとっても経済的メリットがある。この構想の実現にもAIIBからの資金が活用される見通しである。
この動きをつかむには、経済だけを見ていたのでは駄目である。最も注意すべきことは、中国の経済覇権の拡大は、必ず軍事的な覇権の拡大につながることである。海洋シルクロードは、人民解放軍が先導し、これを「シルクロード基金」とAIIBが支えることになるだろう。海洋シルクロードは、マラッカ海峡からペルシャ湾に至る拠点をつなぐ中国の「真珠の首飾り」戦略と重なり合う。「真珠の首飾り」戦略とは、南シナ海、マラッカ海峡、インド洋、ペルシャ湾までを影響会下に置こうとするものである。中国はパキスタンのグワダル港開発の合意や、スリランカの港への潜水艦の入港等を獲得してきた。AIIBの融資は、中国海軍の艦船受け入れの軍港建設にも投資されることになるだろう。
中国軍国防大学の紀明貴少将は、先の構想によって米国の「アジア回帰」の出ばなをくじくと主張している。中国共産党及び人民解放軍には、西太平洋から米国の排除を目指し、太平洋の西半分以西を、シナの海とする野望があるものと見られる。
だが、最近の中国経済は資本流出が激しく、成長鈍化が先行きの不安を引き起こしている。世界貿易機関(WTO)でさえ不公正取引の対中提訴が多い。新貿易交渉のドーハ・ラウンドを潰したのも中国だった。中国は、AIIBによって、共産党が支配する極めていびつな統制主義的資本主義を世界に広げようとしている。AIIBに参加する国々は、中国型の統制主義的資本主義の害毒が市場と社会に広がっていくのを見ることになるだろう。
中国は、もはやかつてのように高度経済成長を続ける国家ではない。既に不動産バブルの破裂が進みつつあり、破裂はじわじわと広がりつつある。破裂の前から、毎日のように全国各地で激しい暴動が数百件も起こっている。経済成長率は「保八」という絶対目標の8%を死守できず、7%台と発表されているが、統計の信ぴょう性は低い。最も信頼性が高い指標と見られる鉄道貨物輸送量が急激に落ち込んでいるのは隠せず、前年比でマイナス基調に転じている。外貨準備3.8兆ドルを誇ってきたが、ここのところ海外からの借り入れが急増し、外貨準備が過去半年間で4%も減少した。国内にこうした経済危機を抱えているからこそ、中国共産党政府は、AIIBを用いて、過剰生産能力のはけ口を海外に求め、併せて中国企業の海外進出を促進しようとしているのである。
次回に続く。