●道徳と経済を一体的に思考
スミスは、『道徳感情論』で、個人の利己的な行動は、「公平な観察者」の共感が得られなければ、社会的に正当であるとは判断されない、個人は「公平な観察者」の共感が得られる程度まで自己の行動や感情を抑制せざるを得ない、との旨を説いた。「公平な観察者」は正邪善悪を厳しく判断する。スミスは「胸中の法廷」「神の代理人」という言い方もしている。
『国富論』にも、この『道徳感情論』における見解は、貫かれている。スミスが「見えざる手」に導かれて市場の秩序が維持されると説いたのは、人々が互いに共感を呼ぶ行動を行うことを想定してのものである。もし人々が利己的一辺倒の行動を取るならば、市場は混乱を免れない、とスミスは予測した。スミスにおいて、道徳哲学と政治経済学は一体のものなのである。
『国富論』で、スミスは次のように書いた。「われわれが食事ができると思うのは、肉屋や酒屋やパン屋の慈悲心に期待するからではなく、彼ら自身の利益に対する彼らの関心に期待するからである。われわれが呼びかけるのは、彼らの人間愛に対してではなく、自愛心に対してであり、われわれが彼らに語りかけるのは、われわれ自身の必要についてではなく、彼らの利益についてである」と。だが、スミスは、利己心の無制約な解放を説いたのではない。スミスは、労働が国民の富の源泉であり、分業と資本蓄積が社会の繁栄を促進するとした。分業が進むためには、市場がなければならない。市場は、「独占の精神」ではなく「フェア・プレイ」を受け入れる正義感、他人とものの交換をしようとする「交換性向」、交換のために人と言葉を交わし理解を得ようとする「説得性向」によって支えられている。正義感、交換性向及び説得性向は、共感の能力に基づいている。それゆえ、市場社会を支える根本は、自愛心とともに共感である、とスミスは考えた。
スミスが「見えざる手」という表現を使ったのは、『国富論』でただ一か所、資本を所有する個人ができるだけ資本を国内に投資しようとすることについての箇所である。ここでスミスは、個人は「見えざる手」に導かれて、「自分の意図の中には全くなかった目的を推進する」「自分自身の利益を追求することによって、個人はしばしば社会の利益を、実際にそれを促進しようと意図する場合よりも効果的に推進する」と書いている。ここで「見えざる手」は、直接的には市場の機能を意味する。私的な利益の追求が、市場の価格調整機能を通じて、公共の利益を促進するというわけだが、ここにおける個人は、共感の能力を持ち、心の中の「公平な観察者」によって、行為の適合性を判断する人間である。利己心のみで行動し、利益拡大のために競争する人間ではない。
スミスは、自国の経済システム及び国際社会の経済システムの理想を、「自然的自由の体系(system of natural liberty)」という。この体系においては、個人が共感と正義感をもって行動し、その制約の中で利己心に基づいた経済行動を行う。政府は防衛、司法、若干の公共活動のみを行い、個人の経済活動には介入しない。自然的とは、物事の自発的・自動的な成り行きである。ただし、スミスは政府の機能の重要性を認めており、自由放任主義ではない。自由放任(レッセ・フェール)は、後年フランスに現れた思想である。スミスを権威づけのため歪曲して利用したのである。
スミスは『道徳感情論』と『国富論』を刊行後、それぞれ死の直前まで繰り返し改訂した。これらは、社会の秩序と繁栄に関するスミスの思想を表した一連の書物である。これらを通じて、スミスは相互の共感に基く市民社会を構想した。市民社会においてデモクラシーが発達すれば、国民国家(ネイション・ステイト)の発展となる。ここで自由主義とナショナリズムが結びつく。私は、スミスは自由主義者であり、かつナショナリストだったと理解する。ヒュームもまた同様である。
スミス以後の古典派経済学・新古典派経済学の主流には、ネイションの概念がなくなってしまう。しかし、本来、経済的な自由を追求することと、ネイションの発展によって国力を増大させることは、矛盾することではない。ヒュームやアダム・スミスは、自由主義者であり、かつナショナリストだった。その主にナショナリズム的な側面を各国において応用・発展させたのが、ハミルトンやリストである。
人権論において、自由主義とナショナリズムの結合は重要である。本稿は、人権を主権・民権との関係でとらえる見方を提示しているが、個人の権利は集団の権利あってのものであり、国家の主権、国民の権利が発達してこそ、個人の権利は拡大・保障される。先進国イギリスでは、自由主義とナショナリズムが結合し、国民経済を成長させ、国民全体の生活が向上する中で、政治的・経済的・社会的・文化的自由が発達した。人権は「発達する人間的な権利」であり、近代世界システム中核部の先進国イギリスにおいては、自由主義的ナショナリズムが、国民の「人間的な権利」を発達させる思想となったのである。
だが、スミスの死後、実際の社会は自由放任の資本主義によって、弱肉強食の競争社会となった。利己的な個人、私益追求的な資本が跋扈し、市民社会的・国民国家的な道徳は衰退していった。ヒュームとスミスは、理性中心の考え方に対して情念を重視し、人間には利己心だけでなく共感の能力があることを主張した。だが、こうした考え方は、思想の領域では細々とした傍流となった。スミス以後の経済学は、合理的に行動するアトム的な個人を仮定した理論を構築するに至った。こうした人間像を「経済人(エコノミック・マン)」という。経済人は「なんらの倫理的な影響を受けず、金銭上の利益を細心かつ精力的に、だが非情かつ利己的に追求しようとする人間」(アルフレッド・マーシャル)である。資本主義の発達により、そうした人間が経済学の理論上のモデルにとどまらず、現実の社会で増加していったことにより、「共感」の能力が低下し、利己的な活動が蔓延していった。そのことが、社会に経済的な格差をもたらし、貧富の差を増大させた。自由という価値に対して、平等という価値が求められるようになっていく。そのことについては、後に功利主義と修正自由主義について書く際に述べることにする。
これでイギリスについてはひとまず記述を終え、次に西欧の啓蒙思想について書く。
次回に続く。
スミスは、『道徳感情論』で、個人の利己的な行動は、「公平な観察者」の共感が得られなければ、社会的に正当であるとは判断されない、個人は「公平な観察者」の共感が得られる程度まで自己の行動や感情を抑制せざるを得ない、との旨を説いた。「公平な観察者」は正邪善悪を厳しく判断する。スミスは「胸中の法廷」「神の代理人」という言い方もしている。
『国富論』にも、この『道徳感情論』における見解は、貫かれている。スミスが「見えざる手」に導かれて市場の秩序が維持されると説いたのは、人々が互いに共感を呼ぶ行動を行うことを想定してのものである。もし人々が利己的一辺倒の行動を取るならば、市場は混乱を免れない、とスミスは予測した。スミスにおいて、道徳哲学と政治経済学は一体のものなのである。
『国富論』で、スミスは次のように書いた。「われわれが食事ができると思うのは、肉屋や酒屋やパン屋の慈悲心に期待するからではなく、彼ら自身の利益に対する彼らの関心に期待するからである。われわれが呼びかけるのは、彼らの人間愛に対してではなく、自愛心に対してであり、われわれが彼らに語りかけるのは、われわれ自身の必要についてではなく、彼らの利益についてである」と。だが、スミスは、利己心の無制約な解放を説いたのではない。スミスは、労働が国民の富の源泉であり、分業と資本蓄積が社会の繁栄を促進するとした。分業が進むためには、市場がなければならない。市場は、「独占の精神」ではなく「フェア・プレイ」を受け入れる正義感、他人とものの交換をしようとする「交換性向」、交換のために人と言葉を交わし理解を得ようとする「説得性向」によって支えられている。正義感、交換性向及び説得性向は、共感の能力に基づいている。それゆえ、市場社会を支える根本は、自愛心とともに共感である、とスミスは考えた。
スミスが「見えざる手」という表現を使ったのは、『国富論』でただ一か所、資本を所有する個人ができるだけ資本を国内に投資しようとすることについての箇所である。ここでスミスは、個人は「見えざる手」に導かれて、「自分の意図の中には全くなかった目的を推進する」「自分自身の利益を追求することによって、個人はしばしば社会の利益を、実際にそれを促進しようと意図する場合よりも効果的に推進する」と書いている。ここで「見えざる手」は、直接的には市場の機能を意味する。私的な利益の追求が、市場の価格調整機能を通じて、公共の利益を促進するというわけだが、ここにおける個人は、共感の能力を持ち、心の中の「公平な観察者」によって、行為の適合性を判断する人間である。利己心のみで行動し、利益拡大のために競争する人間ではない。
スミスは、自国の経済システム及び国際社会の経済システムの理想を、「自然的自由の体系(system of natural liberty)」という。この体系においては、個人が共感と正義感をもって行動し、その制約の中で利己心に基づいた経済行動を行う。政府は防衛、司法、若干の公共活動のみを行い、個人の経済活動には介入しない。自然的とは、物事の自発的・自動的な成り行きである。ただし、スミスは政府の機能の重要性を認めており、自由放任主義ではない。自由放任(レッセ・フェール)は、後年フランスに現れた思想である。スミスを権威づけのため歪曲して利用したのである。
スミスは『道徳感情論』と『国富論』を刊行後、それぞれ死の直前まで繰り返し改訂した。これらは、社会の秩序と繁栄に関するスミスの思想を表した一連の書物である。これらを通じて、スミスは相互の共感に基く市民社会を構想した。市民社会においてデモクラシーが発達すれば、国民国家(ネイション・ステイト)の発展となる。ここで自由主義とナショナリズムが結びつく。私は、スミスは自由主義者であり、かつナショナリストだったと理解する。ヒュームもまた同様である。
スミス以後の古典派経済学・新古典派経済学の主流には、ネイションの概念がなくなってしまう。しかし、本来、経済的な自由を追求することと、ネイションの発展によって国力を増大させることは、矛盾することではない。ヒュームやアダム・スミスは、自由主義者であり、かつナショナリストだった。その主にナショナリズム的な側面を各国において応用・発展させたのが、ハミルトンやリストである。
人権論において、自由主義とナショナリズムの結合は重要である。本稿は、人権を主権・民権との関係でとらえる見方を提示しているが、個人の権利は集団の権利あってのものであり、国家の主権、国民の権利が発達してこそ、個人の権利は拡大・保障される。先進国イギリスでは、自由主義とナショナリズムが結合し、国民経済を成長させ、国民全体の生活が向上する中で、政治的・経済的・社会的・文化的自由が発達した。人権は「発達する人間的な権利」であり、近代世界システム中核部の先進国イギリスにおいては、自由主義的ナショナリズムが、国民の「人間的な権利」を発達させる思想となったのである。
だが、スミスの死後、実際の社会は自由放任の資本主義によって、弱肉強食の競争社会となった。利己的な個人、私益追求的な資本が跋扈し、市民社会的・国民国家的な道徳は衰退していった。ヒュームとスミスは、理性中心の考え方に対して情念を重視し、人間には利己心だけでなく共感の能力があることを主張した。だが、こうした考え方は、思想の領域では細々とした傍流となった。スミス以後の経済学は、合理的に行動するアトム的な個人を仮定した理論を構築するに至った。こうした人間像を「経済人(エコノミック・マン)」という。経済人は「なんらの倫理的な影響を受けず、金銭上の利益を細心かつ精力的に、だが非情かつ利己的に追求しようとする人間」(アルフレッド・マーシャル)である。資本主義の発達により、そうした人間が経済学の理論上のモデルにとどまらず、現実の社会で増加していったことにより、「共感」の能力が低下し、利己的な活動が蔓延していった。そのことが、社会に経済的な格差をもたらし、貧富の差を増大させた。自由という価値に対して、平等という価値が求められるようになっていく。そのことについては、後に功利主義と修正自由主義について書く際に述べることにする。
これでイギリスについてはひとまず記述を終え、次に西欧の啓蒙思想について書く。
次回に続く。