●キリスト教と家族型的価値観の関係
次に、西方キリスト教の諸社会に共通してみられるものとして、家族型的価値観の影響がある。
西方キリスト教は、宗教改革後、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ等でそれぞれ独自の政治的・社会的・文化的な展開を見せたが、そこには家族型による価値観の違いが現れている。家族型による価値観が信仰の内容に影響すると見られる。カトリック教会が強大な権威を持っていた中世においては、社会全体が普遍的な教えの下にあり、こうした特殊的な違いは表面に現れることはなかった。宗教改革によって、地域性・民族性が信仰の内容に表れるに伴って、家族型的価値観の違いが表面化することになったと考えられる。
家族人類学者・人口学者のエマヌエル・トッドによると、ヨーロッパの家族には平等主義核家族、絶対核家族、直系家族、外婚制共同体家族の四つの類型がある。これらの家族型は、結婚後の親子の居住と遺産相続の仕方に違いがある。その違いが親子間における自由と権威、兄弟間における平等と不平等という価値観の違いとなって現れる。そして自由と権威、平等と不平等の二つの対の組み合わせによって、四つのパターンに分かれる。すなわち、平等主義核家族は自由と平等、絶対核家族は自由と不平等、直系家族は権威と不自由、共同体家族は権威と平等である。
イギリスのイングランドを中心とする地域では、絶対核家族が支配的である。初期のアメリカも同様である。絶対家族は遺産相続において、親が自由に遺産の分配を決定できる遺言の慣行があり、兄弟間の平等に無関心である。この型が生み出す基本的価値は自由である。自由のみで平等には無関心ゆえ、諸国民や人間の間の差異を信じる差異主義の傾向がある。差異主義とは、人間は同じではなく、本質的な違いがあるという思想である。反対は、普遍主義であり、人間はみな本質的に同じだという思想である。
フランスのパリ盆地を中心とする地域は、平等主義核家族が優勢である。平等主義核家族は、遺産相続において兄弟間の平等を厳密に守ろうとするため、兄弟間の関係は平等主義的である。この型が生み出す基本的価値は、自由と平等である。この家族型の集団で育った人間は、兄弟間の平等から、諸国民や万人の平等を信じる普遍主義の傾向がある。
以上の核家族型の二種とは、異なる型が二種ある。直系家族と共同体家族である。直系家族は、子供のうち一人のみを跡取りとし、結婚後も親の家に同居させ、遺産を相続させる型である。その一人は年長の男子が多い。他の子供は遺産相続から排除され、成年に達すると家を出なければならない。父子関係は権威主義的であり、兄弟関係は不平等主義的である。この型が生み出す基本的価値は、権威と不平等である。一方、共同体家族は、子供が遺産相続において平等に扱われ、成人・結婚後も子供たちが親の家に住み続ける型である。父子関係は権威主義的で、兄弟関係は平等主義的である。この型が生み出す基本的価値は、権威と平等である。共同体家族は、ロシア、シナ等、ユーラシア大陸の大半に分布する。共産主義が広がった地域は、外婚制共同体家族の地域と一致する。共同体家族の権威と平等による価値観は、共産主義の一党独裁と社会的平等という価値観と合致する。
家族制度の違いが、価値観、法律、経済、イデオロギー等の違いにまで、深く影響していることを、トッドは明らかにした。私見を述べると、自由=不平等的個人主義のイギリスにはロック、自由=平等的個人主義のフランスにはルソー、権威=不平等的集団主義のドイツにはヘーゲル、権威=平等的な集団主義のロシアにはレーニンが出た。彼らは、それぞれの家族型に典型的な思想を表現したと思う。ただし、家族制度によって価値観が一元的に決定されるわけではなく、気候・風土・歴史等の様々な要素が複合的に作用するので注意を要する。
さて、イギリスの主要地域は絶対核家族が支配的な社会である。絶対核家族は自由・不平等の対の価値観を持ち、自由を中心とした価値観を持つ。平等には無関心である。ホッブスやロックはそうした社会を背景にして、自由を中心に個人の自由と権利に係る思想を説いた。ピューリタン革命・名誉革命は、新興ブルジョワジーを中心とした集団が自由を確保・拡大しようとした運動だった。
続いて、18世紀後半には、そのイギリスの植民地アメリカが独立した。初期の北米には、イギリス同様、絶対核家族の移民が多く、自由中心の価値観を共有していた。アメリカ独立宣言は「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主(Creator)によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、その中に生命、自由および幸福の追求の含まれることを信ずる」と宣言した。建国の祖の宗教的差異主義は、イギリスの絶対核家族の家族制度を土台としていた。キリスト教の教派のうち、家族型的な価値観に合う教義を信奉したわけである。家族型的かつ宗教的な差異主義は、旧約聖書の神の言葉によって増幅され、インディアンや黒人との混交を禁じることになった。
フランスでは、近代化の先進国イギリスの思想の影響を受け、自由を求める意識が高まった。パリ盆地は平等主義核家族が支配的な地域なので、自由だけでなく自由と平等を価値とする思想が展開された。フランス人権宣言は「人間は、自由で、権利において平等な者として出生し、生存する。社会的な差別は、共同の利益のためにのみ設けることができる」と宣言した。フランス市民革命の普遍主義は、平等主義核家族の価値観に基づくものである。英米と異なり、自由だけでなく、平等を重視する。平等の重視は、政治的にはデモクラティックになり、急進的になる。フランス革命は、またヨーロッパで初めてユダヤ人を解放した。これは普遍主義の理想を追求したものだった。
トッドによると、今日もアメリカ合衆国は、差異主義によって、黒人という不可触賎民が存在する。一方、イギリスは、白人が階級的に分断されていることによって、移民が民族的・人種的に分断されない状態になっている。これに対し、フランスは、市民革命以来、民族性・出自・血統の観念を排除した国民概念が形成された。ただし、フランスには直系家族の有力な地域があり、普遍主義と差異主義の対立と均衡が見られる。フランス革命後のめまぐるしい政体の変化は、こうした社会構造が背景にあると考えられる。
いわゆる人権の思想は、西方キリスト教圏で発生した。英米の自由・不平等を基本的価値とする社会で発達し、フランスの自由・平等を基本的価値とする社会で確立された。人間は生まれながらに自由にして平等であるという思想は、欧米諸国やロシア、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカ等に広がった。だが、家族型的価値観が異なる地域では、容易に浸透していない。最も浸透しないのは、権威・平等を社会の基本的価値とする共同体家族の社会であり、そこは共産主義が浸透することのできた社会である。
今日の世界で最も普遍的な価値とされる自由は、絶対核家族及び平等主義核家族が支配的な社会で発達した価値である。自由と平等という対は、そのうち平等主義核家族の価値観である。フランスは普遍主義であるから、その価値観が人類普遍的であるべきものと主張されるが、英米の価値観に立てば、自由こそが至上の価値であり、平等の重視は自由を規制するものという見方になる。前者の場合は、平等を重視した人権が唱えられ、後者の場合は、自由を至上とする人権が唱えられる。そのこと自体が、人権は必ずしも普遍的な価値ではないことを示している。
そうした人権に普遍性の装いを与えているのが、キリスト教における人間創造説である。だが、また人権の思想は人間創造説の緩みから生じたものでもある。こうした複雑な関係がある。
次回に続く。
次に、西方キリスト教の諸社会に共通してみられるものとして、家族型的価値観の影響がある。
西方キリスト教は、宗教改革後、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ等でそれぞれ独自の政治的・社会的・文化的な展開を見せたが、そこには家族型による価値観の違いが現れている。家族型による価値観が信仰の内容に影響すると見られる。カトリック教会が強大な権威を持っていた中世においては、社会全体が普遍的な教えの下にあり、こうした特殊的な違いは表面に現れることはなかった。宗教改革によって、地域性・民族性が信仰の内容に表れるに伴って、家族型的価値観の違いが表面化することになったと考えられる。
家族人類学者・人口学者のエマヌエル・トッドによると、ヨーロッパの家族には平等主義核家族、絶対核家族、直系家族、外婚制共同体家族の四つの類型がある。これらの家族型は、結婚後の親子の居住と遺産相続の仕方に違いがある。その違いが親子間における自由と権威、兄弟間における平等と不平等という価値観の違いとなって現れる。そして自由と権威、平等と不平等の二つの対の組み合わせによって、四つのパターンに分かれる。すなわち、平等主義核家族は自由と平等、絶対核家族は自由と不平等、直系家族は権威と不自由、共同体家族は権威と平等である。
イギリスのイングランドを中心とする地域では、絶対核家族が支配的である。初期のアメリカも同様である。絶対家族は遺産相続において、親が自由に遺産の分配を決定できる遺言の慣行があり、兄弟間の平等に無関心である。この型が生み出す基本的価値は自由である。自由のみで平等には無関心ゆえ、諸国民や人間の間の差異を信じる差異主義の傾向がある。差異主義とは、人間は同じではなく、本質的な違いがあるという思想である。反対は、普遍主義であり、人間はみな本質的に同じだという思想である。
フランスのパリ盆地を中心とする地域は、平等主義核家族が優勢である。平等主義核家族は、遺産相続において兄弟間の平等を厳密に守ろうとするため、兄弟間の関係は平等主義的である。この型が生み出す基本的価値は、自由と平等である。この家族型の集団で育った人間は、兄弟間の平等から、諸国民や万人の平等を信じる普遍主義の傾向がある。
以上の核家族型の二種とは、異なる型が二種ある。直系家族と共同体家族である。直系家族は、子供のうち一人のみを跡取りとし、結婚後も親の家に同居させ、遺産を相続させる型である。その一人は年長の男子が多い。他の子供は遺産相続から排除され、成年に達すると家を出なければならない。父子関係は権威主義的であり、兄弟関係は不平等主義的である。この型が生み出す基本的価値は、権威と不平等である。一方、共同体家族は、子供が遺産相続において平等に扱われ、成人・結婚後も子供たちが親の家に住み続ける型である。父子関係は権威主義的で、兄弟関係は平等主義的である。この型が生み出す基本的価値は、権威と平等である。共同体家族は、ロシア、シナ等、ユーラシア大陸の大半に分布する。共産主義が広がった地域は、外婚制共同体家族の地域と一致する。共同体家族の権威と平等による価値観は、共産主義の一党独裁と社会的平等という価値観と合致する。
家族制度の違いが、価値観、法律、経済、イデオロギー等の違いにまで、深く影響していることを、トッドは明らかにした。私見を述べると、自由=不平等的個人主義のイギリスにはロック、自由=平等的個人主義のフランスにはルソー、権威=不平等的集団主義のドイツにはヘーゲル、権威=平等的な集団主義のロシアにはレーニンが出た。彼らは、それぞれの家族型に典型的な思想を表現したと思う。ただし、家族制度によって価値観が一元的に決定されるわけではなく、気候・風土・歴史等の様々な要素が複合的に作用するので注意を要する。
さて、イギリスの主要地域は絶対核家族が支配的な社会である。絶対核家族は自由・不平等の対の価値観を持ち、自由を中心とした価値観を持つ。平等には無関心である。ホッブスやロックはそうした社会を背景にして、自由を中心に個人の自由と権利に係る思想を説いた。ピューリタン革命・名誉革命は、新興ブルジョワジーを中心とした集団が自由を確保・拡大しようとした運動だった。
続いて、18世紀後半には、そのイギリスの植民地アメリカが独立した。初期の北米には、イギリス同様、絶対核家族の移民が多く、自由中心の価値観を共有していた。アメリカ独立宣言は「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主(Creator)によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、その中に生命、自由および幸福の追求の含まれることを信ずる」と宣言した。建国の祖の宗教的差異主義は、イギリスの絶対核家族の家族制度を土台としていた。キリスト教の教派のうち、家族型的な価値観に合う教義を信奉したわけである。家族型的かつ宗教的な差異主義は、旧約聖書の神の言葉によって増幅され、インディアンや黒人との混交を禁じることになった。
フランスでは、近代化の先進国イギリスの思想の影響を受け、自由を求める意識が高まった。パリ盆地は平等主義核家族が支配的な地域なので、自由だけでなく自由と平等を価値とする思想が展開された。フランス人権宣言は「人間は、自由で、権利において平等な者として出生し、生存する。社会的な差別は、共同の利益のためにのみ設けることができる」と宣言した。フランス市民革命の普遍主義は、平等主義核家族の価値観に基づくものである。英米と異なり、自由だけでなく、平等を重視する。平等の重視は、政治的にはデモクラティックになり、急進的になる。フランス革命は、またヨーロッパで初めてユダヤ人を解放した。これは普遍主義の理想を追求したものだった。
トッドによると、今日もアメリカ合衆国は、差異主義によって、黒人という不可触賎民が存在する。一方、イギリスは、白人が階級的に分断されていることによって、移民が民族的・人種的に分断されない状態になっている。これに対し、フランスは、市民革命以来、民族性・出自・血統の観念を排除した国民概念が形成された。ただし、フランスには直系家族の有力な地域があり、普遍主義と差異主義の対立と均衡が見られる。フランス革命後のめまぐるしい政体の変化は、こうした社会構造が背景にあると考えられる。
いわゆる人権の思想は、西方キリスト教圏で発生した。英米の自由・不平等を基本的価値とする社会で発達し、フランスの自由・平等を基本的価値とする社会で確立された。人間は生まれながらに自由にして平等であるという思想は、欧米諸国やロシア、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカ等に広がった。だが、家族型的価値観が異なる地域では、容易に浸透していない。最も浸透しないのは、権威・平等を社会の基本的価値とする共同体家族の社会であり、そこは共産主義が浸透することのできた社会である。
今日の世界で最も普遍的な価値とされる自由は、絶対核家族及び平等主義核家族が支配的な社会で発達した価値である。自由と平等という対は、そのうち平等主義核家族の価値観である。フランスは普遍主義であるから、その価値観が人類普遍的であるべきものと主張されるが、英米の価値観に立てば、自由こそが至上の価値であり、平等の重視は自由を規制するものという見方になる。前者の場合は、平等を重視した人権が唱えられ、後者の場合は、自由を至上とする人権が唱えられる。そのこと自体が、人権は必ずしも普遍的な価値ではないことを示している。
そうした人権に普遍性の装いを与えているのが、キリスト教における人間創造説である。だが、また人権の思想は人間創造説の緩みから生じたものでもある。こうした複雑な関係がある。
次回に続く。