銚子・角巳之・三代目

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調理師講習会

2011年11月12日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_7164Img_7176 Img_7168 先日、中堅調理師の技能向上、地域食材の発掘および地域住民への啓蒙を目的とした、調理師技能講習会が銚子駅前、桔梗屋さんで開催されました。今回は千葉県の健康推進事業の一環として、千葉県や保健所の方々も参加。折しも、千葉県が注目する県内に眠る未利用資源(未利用の名前は好きではありませんが...今のところ代案がないもので...)の活用ということで、あのギンアナゴ君、小型のホウボウ君の出番となりました。さすがはプロ集団。どれも見事に変身し、プロの技と味に酔いしれた2時間となりました。写真左は小型ホウボウの燻製とギンアナゴの蒲鉾。真中は柿を器にした小型ホウボウのマリネ。右は小型ホウボウとヤマサ醤油さんで製造しているシメジの釜飯....。わざわざ小型と書くのは必要なかったのかもしれません。小型も大型も調理や食べ方の工夫でいかようにも...。それを一つのモノサシだけで評価しようとし、大きいのは高い、小さいのは安いと人間様が勝手に思い込んでいただけですから....。燻製など、ややもすればパサつき感が出る淡白なホウボウにひと手間、ふた手間...。完成品はしっとりとして、濃厚な後味がいつまでも続く。それをビールで、またホウボウ、またまたビール...この連鎖が止まらない。真ん中の柿は一番人気。特に女性陣から。釜飯?...。これで不味いはずがないじゃないですか....。結局、茶碗4杯...であります。点の話はやがて線になり、枝葉が伸びてやがて面に....。面が立体になって異空間に達すると....。ギンアナゴの発展形を鑑みるに、またいつもの訳の分からぬ締め方でありますが、自分の頭の小宇宙の中で、点が線になりつつあるのを感じております。


日野市にて②

2011年11月09日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_7150Img_7145 日野市のイベントに持参するサンマは、いわゆる規格外...。通常スーパーなどで販売されているサンマは1尾・150g~180gくらいでしょうか。 これに対して規格外...。概ね1尾・220g以上で、首が曲がり、背中が張り出したヤツを選別して持参しております。自分の勝手な経験則から、こういうサンマは間違いなく美味で、せっかく銚子から持っていくのだから、普段なかなか手に入れないものを....。と思っている次第であります。時々、選別面倒だな~、と思う時もありますが、そこには味に最もシビアで、遠慮のない ちびっ子軍団がいるわけです。すぐに見透かされるゆえ、選別はいつも以上に慎重に...。こういう緊張感があります。前日の土曜日に水揚げされたサンマを持参しましたが、土曜日はちょうどワラサ(ブリの幼魚)の大量水揚げがあり、サプライズで何本か持っていこう....と。プロの料理人の方も登場し、即席の解体ショー&刺身・ブリ(ワラサ)大根食べる会となりました....。刺身は、すでにお酒の入っている大人のツマミになるのだろうと思っておりましたが...。何が、何が....。ちびっこ軍団、美味い、美味いと食べること食べること....。地域の食材のみを使った豚汁あり、いつもの手打ちうどんあり、本年も非常に楽しい時間となりました。久しぶりにあのフレーズ、人間は食べなければ生きていけない。故に、いつ、どこで、誰と、何を食べるかは、どう生きるかと同義語である....。横文字使うと地域コミュニティーとでもいうのでしょうか。こういう交流の継続が、人間を人間たらしめる大きな要因であり、いかな人口減少局面に入ろうと、人間らしい人間が育まれ、育もうとしている地域には無限の可能性が....と思う次第であります。


日野市にて①

2011年11月08日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_7142 Img_7136 参加させて頂いてから6年となります...。いつも好天で、雨が降ったのは一度もありませんでした。今年は生憎の...と思いきや...。イベントの最中だけ雨が止むという奇跡的な状況に遭遇した訳であります。到着時にはすでにテントが張られ、その他、万が一の準備は完璧。何事も周到な準備を怠らなかった人に天は味方する。その好例であろう...と思った次第であります。このイベントは行政主催ではなく、あくまでも地域住民主導。各自治会長さん方が中心になって、足りない、あるいは出来ないことを行政等がサポートする...。誰が上でも下でもなく、みんなで参加、協力し、みんなで楽しむ...。今始まっている急激な人口減少局面を、今は若いから、健康だから、安定した企業に勤務しているから、子供がいるから?....等々と、見て見ぬふりをしていると....。かつて夢のマイホームであったと言われる、多摩、高島平、戸山...の今はどうなっているんだ...ということであります。むろん、みなそれぞれ事情があるわけでありますが、すでに世界でも類を見ない急激な人口減少局面にあたり、血の繋がり、墓守などの言葉がすでに死語になってしまったかのような感のある昨今、自らの来し方と、小さな瞳の行く末を鑑みるに、人間が人間として生きていくとはどういうことか?を真剣に考えねばならないなあ~と。銚子から3時間かけて持って行ったサンマを心待ちにしていてくれたお子さん方...。俺が手伝う...とサンマに塩ふって....。美味しい、美味しい...と。すべての疲れが吹き飛ぶ瞬間であります。模範回答のない時代、理屈の前に何か感じろ!具体的に動け!と思う昨今であります。


明日!

2011年11月05日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_7132 2日ぶりであります....。明日は恒例の東京日野市・収穫祭...。いつものように水揚げされたばかり(写真)のサンマ持参で参加させて頂きます。元は東京千代田区の持ち物であったといわれる、日野市の落川交流センター...。当事者意識、責任感の強い住民がいて、行政がしっかりとバックアップして、ビオトープが出来て....、塩漬けのようになっていた場所が、市民の憩いの場に留まらず、ごみの細分類、地域食材の学校給食への積極的利用...などなどが相まって、昨今は多様な生き物が住む森となり、ホタルまで復活している....。できない理由を探すより、こうであったらいいな!を地域みんなで考え、当事者意識を持って参加し、協力する...。まさに参協運動であります。孫にホタルを見せてやりたい....。6年前にそう言って、実際そうなって....、小さなお子さんの笑顔はもちろん、誇らしげな大人の顔が印象的でありました。そんな皆さんのところに今年も参ります。どうぞよろしくお願いいたします。


底引き・農業論②

2011年11月03日 | 海へ!

Img_7133 千葉県では農産物の慣行的な生産方法によるものより、概ね半分以下の農薬、化学肥料で生産されるものに“千葉エコ野菜”の称号を付け認証する制度があります。銚子はもちろん、お隣の旭、香取等もそれらへ果敢に挑戦してきた地域...。田んぼの生き物調査が主にJAの主導によって始まったのが今から10年前...。今では全国100産地以上、韓国、中国にもその輪が広がっておりますが、その最初の産地は銚子のお隣、旭市であります。何度か掲載させて頂いておりますので、詳細は省略しますが、ここの田んぼの用水路には実に様々な生物がいる....。千葉エコ野菜の、たんに農産物の優位性確保のみならず、それが故に、環境保全に多大に貢献してきた結果だろうと思います。この用水路は、新川という川に流れ、最終的に太平洋・九十九里に注ぐ訳ですが、その海域...、漁師さんの間では有名な、多様な魚の獲れるポイントになっているようであります。科学的な証明には至っておりませんが、間違いなく上流で行っている千葉エコ野菜への取り組みや、田んぼの生き物調査による関心の輪が導き出した当然の結果であろうと思います。底引き船は、魚を求めて千葉沿岸から遠くには行けませんので、沿岸に魚がいないと、商売あがったり...であります。沿岸の底引き漁は、陸上の生活雑排水など、人間の生活に多大な影響を受けております。底引きは魚を根こそぎ取ってしまい、海底を傷つける行為であるとと断罪する意見も聞こえて来るのですが、休漁期間を設けたり、選択制漁具と言われる小さな魚を逃がしながら漁獲する漁網を使用したり...、やはり田んぼをいたわり、生育を見守るかのような日常があるわけです。しかも、上流域の人間生活に大きな影響を受ける...。私、作る人、私、食べる人...。これまた、作る(獲る)と食べるが乖離してしまった弊害でしょう。底引き=農業に関しては思うところが多々あります。いずれまた詳述を。


底引き・農業論①

2011年11月02日 | 海へ!

Img_7124 最近、水産物の漁獲、水揚げ履歴に関するお問い合わせが非常に多くなっております。あの、~ベクレルですか?から始まって北緯何度、東経何分ですか?...まで。現実的に対応可能かどうか?とか...。感情摩擦もかなり起きております。私もかつては流通業に携わっておりました、商社、メーカー、流通の方々が意地悪して聞いてくるのではなく、やはりお客様が、不安で...ということでありましょう。それは理解しているつもりであります。いくつか思うことがあります。そこで、水産業、特に漁法に関し、少々ご説明をと思っております。魚を獲る方法はいくつもあります。巻き網、底引きに、刺し網、はえ縄、定置網.....。それぞれ、その海域や地域の特性に合致したものを選択し、それぞれに発展をして参りました。銚子地区における主力は“巻き網”であり、次いで“はえ縄”、“底引き”...と続きます。巻き網、はえ縄は伝統的な漁師=ハンターの世界。魚を追い求めて、(許可の範囲内で)どこまでも。巻き網は八戸沖~銚子沖のいわゆる三陸沖を中心に、主にサバなどを求めて漁が行われております。実際、最近の銚子港水揚げ・サバの漁場は八戸沖付近。そこから10時間近くかけて銚子に戻り、水揚げしている訳であります。はえ縄は、宮崎・高知船籍が中心で、黒潮を北上する主にマグロを追いかけ、銚子港に入港して参ります。それに対して、底引きは漁獲範囲が細かく定められており、千葉県の船は基本的に千葉県沿岸のみで操業することになっております。要するに魚を追いかけるというより、農業者が田んぼを耕す如く、毎回(範囲内の)異なったところに網を入れる。田んぼのように目に見えないけれど、漁師は知っている。この海域ばかり網を入れたら将来魚が獲れなくなってしまうので、次はここ、次はここ....、と同じところに入れないように....。あたかも農業者が、土の感触を確かめながら、稲の生育を見守るように....。続きは次回に。写真は市内某所の地魚天丼。ホウボウ、ネズッポ(コチの一種、江戸前天ぷらの最高峰です)、そしてギンアナゴ...。すべて底引きの魚...。何だ、なんだ、“地”魚って言うじゃねえか...ということでありまして....。


天保二年

2011年11月01日 | インポート

Img_7130生物学的に見て、人間がこの世に生まれて果たすべき責任の一つは、生命の連続性。要するに子孫を残すこと...。 そういう意味において私はその責任を果たしておらず、全くの論外でありますが、望んでもできない方々など、人間みな何らかの事情がある訳であります...。しかしながら生きとし生けるものすべて、その生に意味はあり、果たすべき責任の形はそれぞれ...。田んぼの生き物調査で明確に見えて参りました。子孫を残すとは、生物学的な現象に留まらず、その家のたどってきた道を知り、伝え、託す、その経済的、精神的・・・すべてを指すのではないか?最近そう思うに至ります。やらねばならないことは山ほどある。しかも限られた時間の中で...。今までの感覚でいえば、ほとんどのことが煩雑で無意味でバカらしく、どうやってその責任を回避してやろうか?と、ない知恵を振り絞ったことでしょう。しかしながらやはりあの家系図。天保二年の昔より、紐解いていくと、私の祖先が家を残すために実に様々な手を打ってきた。それが鮮明に見える。200年近い歴史の中で、10歳まで生きられなかった方々多数、戦死者、親類や従業員との養子縁組....で、今があるわけであります。目に見えないものへの畏(おそ)れ...。感じ方は人それぞれでありましょうが...。さてさて、天保二年は西暦だと1831年になるようです。江戸時代後期、時代の変化が目に見え、その後に起こる明治維新を前に、その原動力たる地下マグマが沸点に向かって上昇していくその胎動期....。年表で見ると、良寛和尚がなくなった年とありました。良寛和尚に象徴される穏やかさから、好むと好まざるとに関わらず、戦いに向かっていく変化の年...。銚子に紀州・和歌山から先達が本格的な入植を始めたのは1600年代中頃なのだそうです。ちなみにヤマサ醤油の創業は1645年(正保2年)で、ヒゲタ醤油は1616年(元和2年)ともにHP参照。みな、変わらない(生き残る)ために勇気を持って変わり続けてきた方々...。江戸時代から続く連続性...。これから時間を見つけて続きを掲載してまいります。