風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「長いお別れ」

2016-04-04 | 読書

認知症を描く短編小説集。
若い世代の人々には
夫婦と子どもの生活や仕事、恋愛などの日常に侵食してくる
親の認知症と介護というある意味お荷物的事態だし
長年連れ添った夫婦にとっては
パートナーがゆっくりとパートナーでなくなっていく状況を理解しつつ
とにかく思いもよらない事態への対応に追われる日々なのだが、
小説という形をとっているせいか
あるいは当事者のことだけではなく周辺の人たちが抱える
その人の身の回りの問題も同時に取り上げているせいか
コミカルなタッチに読めなくもない。
実はその分深刻さがより際立つのだが・・・。

自分もこの先、実母や義母の介護があるかも知れない。
しかもそれほど遠くない未来において。
そう考えると身につまされる内容ではあるのだが
一方で自らが介護を受ける日のことも強く思いながら
しんみりと読み進めた。
それすらそんなに遠い未来ではない気がするから。
良かれと思って周囲に人たちが世話することに対して
この父親は「嫌だ!」と拒否の姿勢を見せる。
世話する側にしてみれば厄介だろう。
しかしそれが本人の少なくなった意思の表れ・・・という表現に
「はっ」と目がさめる気がした。
記憶や判断力がスポイルされても、意思はある。
その発露が拒否や反発だとしても・・・だ。
ま、頭で考える以上に周囲の人間は大変だと思うんだけど。

相手を家族や妻と認識できなくても
長い間連れ添った相手として築いた目に見えない絆は
目で訴える言葉や仕草で理解でき、思いやる気持ちになるのだろう。
疲れた妻の肩を優しく叩くシーンに涙が出た。

「長いお別れ」中島京子:著 文藝春秋
コメント
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