風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

私のテーマソング

2009-04-15 | 風屋日記
少しテーパードした尾錠付のコットンパンツと
プルオーバーのBDシャツはなかなか売っていなくて
見つけるのに苦労した。
普通のコットンパンツとは違う、綾織りの厚手生地でできた
当時まだ珍しかったチノパンツもなかなか手に入らず、
あちこちの店を探したものだった。
今でこそ普通に合わせて着ているが
ブレザー仕立てのジャケットとジーンズを合わせるという
いわゆる「プレッピー」スタイルは当時の私は気に入っておらず
多少崩しながらも正当な「アイビー」スタイルを好んでいた。

トップサイダーのデッキシューズは甲が低い欧米人向けデザインで
履いていると足が痛くなるので
厚いゴム底に憧れながらもリーガルで我慢していた。
革靴なんぞ履かない田舎の高校を出たので
コインローファーはちょっと大人のキブンで履いたものだった。
高校時代はバンカラで生やしていたヒゲは、大学入学後もそのまま
メンズクラブモデルの北上純さんのノリで生やし続けていたが、
2年時からは口ヒゲだけにしていた。
それも社会が見えてきた大学3年の後半には剃り落したのだが。

  僕は無精ヒゲと髪を伸ばして
  学生集会へも時々出かけた
  就職が決まって髪を切って来た時
  もう若くないさと君に言い訳したね
  君も見るだろうか「いちご白書」を
  二人だけのメモリー どこかでもう一度
             (詞:荒井由実)

大学のキャンパスへ行くと、女の子達はみんなハマトラ。
パステルカラーのトレーナーにタータンチェックの巻スカート。
紺のハイソックスにはローファーやデッキシューズを合わせていた。
ニュートラのお姉さん方は知人にはあまりいなかったかな。
本当に海に行っていたのかわからないがサーファーもたくさんいた。
茶色に変色したサラサラの長髪と裏地プリントのシャツ。

大学3年を過ぎた頃には男達の雰囲気が少し変わってきた。
男達はカウボーイブーツを履き、白いTシャツにショットのボマー。
デカいバイクに乗るヤツらも増えてきて、必ずジッポを持っていた。
Tシャツの袖にショートホープをくるくると巻き込むのも流行り、
要は当時大流行りだった片岡義男スタイル(笑)

かくいうワタシも8万円のトニーラマのブーツのローンを組み、
(今でも履ける状態で押し入れに仕舞ってある)
バイクではなくアメリカンスタイルのピックアップトラックに憧れ、
白いTシャツか、素肌にアロハを着たものだ。
とはいえ生活そのものはアメリカンスタイルとは遠く離れた
6帖風呂なしのボロアパートに住む典型的な日本の貧乏学生。
中古品屋で安く買ってきたやたらデコラティブなシングルベッドを置き、
それが部屋の中で存在感を主張していた。

  流行の唄も歌えなくてダサいはずのこの俺
  お前と離れ1年が過ぎ いい男になったつもりが
  それでもこの歳まで俺が育てた裸の心は
  オシャレをしても車替えても結局変化もないまま
  早く忘れるはずのありふれた別れを
  あの時のメロディーが思い出させる
  シングルベッドで夢とお前抱いてた頃
  くだらないことだって2人で笑えたね。
             (詞:つんく)

あのボロアパートの2階のあの部屋は
いろんな思い出を内包しながら無くなってしまったんだなぁ。
コメント (15)
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