因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団フライングステージ第49回公演『こころ、心、ココロ 日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語』

2024-03-10 | 舞台
 舞台と客席がともに歩む
*座・高円寺 春の劇場29 日本劇作家協会プログラム 関根信一作・演出 公式サイトはこちら 座・高円寺 10日終了 (1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25) 
 サブタイトルの通り、日本のゲイとその家族や友人の物語を100年と少しの年月に渡り、オムニバス形式で描いた舞台である。劇団は1992年の旗揚げから32年、自分が同劇団の公演に初めて足を運んだのは2005年だ。A、Bプログラムが交互上演され、劇団の活動の集大成であると同時に再編成であり、新たなる劇世界の始まりを予感させる好企画となった。
  
 A 第一部 名も無き時代(1914年~1970年)・・・夏目漱石の『こころ』がぜんたいを貫く大きなモチーフになっている。
 1,漱石の手紙(1914年)―漱石を訪ねてくる二人の男子学生と語り合う書生(小林祐真)は、穏やかな中に別の心を抱えているように見える。
 2,震災のあとで(1923年)―関東大震災直後の東京のある一家。一人息子正一(福正大輔)は自由な魂の持ち主。女のようだと級友から虐められる勇(石関準)を堂々と守る。混乱の中、別れた二人は二度と会うことはなかった。
 3.再会(1948年)―敗戦の傷跡がまだ生々しく残る東京の上野で、下宿屋の息子和夫(野口聡人)は、仲の良かった次郎(中嶌聡)と再会する。「特攻崩れ」と非難され、傷ついた次郎の秘密とは?
 4,本物と偽物(1958年)―「シスターボーイ」と人気絶頂の丸山明宏(美輪明宏)に心酔する茂(モイラ)と英雄(福正)が銀座で本人と遭遇する。
 5.骨の行方(1964年)―自ら命を絶った弘(小林)の火葬に立ち会う兄たちとその家族。長男の息子(野口)は優しかった叔父さんの骨を散骨するため、もう一人の叔父(中嶌)と力を合わせる。
 6,別れる理由(1970年)―政治家としてこれからという時、夫(若林正)は妻(山西真帆)に離婚を切り出す。その理由とは?政治家の娘であり、父が見込んだ夫とあくまで別れないという妻の主張と心意気。
 2008年の『新・こころ』と、2016年再演『新・こころ』をさらに進化(深化)させ、10人の俳優が複数役を次々に演じ継ぐ形式でLGBTQという言葉や概念もなかった時代の市井の人々の喜びや悲しみ、苦悩や葛藤を描く。

 関根信一は男性とも女性ともわからぬ浮浪者を通しで演じる。舞台ではチェーホフの『三人姉妹』の終幕の台詞「生きていきましょうよ」が繰り返されるが、浮浪者はそれに対して「どうせみんな死んじまうんだ」と悪態をつく。舞台の人々は皆既にこの世に居ない。それでもどのように生きてきたか、どんな生き方をしたかったか、あるいはできなかったかが「生きていきましょうよ」と「どうせみんな死んじまうんだ」というやりとりの繰り返しのなかに濃厚に炙り出されるのである。

 B 第二部 名づけること、名付けられること(1970年~2023年)
 劇作家が第一部の上演台本を残して死ぬ。残された劇団員たちは、「この続きを作ろう」と立ち上がった。
 1,手の記憶(1970年)―溺れかけた幼い自分を救い出してくれた男性の手の感触が忘れられない語り手(石関準)。あれが男性を好きになった最初の記憶だと。
 2,文通欄の出会い(1971年)―商業誌としては初のゲイの男性に向けて作られた会員制雑誌「薔薇族」の文通欄に届くさまざまな思い。
 3,ゲイという言葉―関根信一の中学時代の自伝的挿話。
 4,エイズとネコ―エイズという病気がいかに誤解され、関わる人々が傷ついてきたか。
 5,ゲイの劇団(1992年)―フライングステージ旗揚げにまつわる物語。「府中青年の家事件」(Wikipedia)のことも詳しく。
 6,平田さんのこと(1994年)―性交渉によりエイズ感染を日本で初めて公表した歌人「平田豊」(岸本啓孝)。
 7,新木場にて(2000年)―ある人の墓前で偶然出会ったふたり(詳細失念)。
 8,はじめてのパレード(2010年)―「さっぽろレインボーマーチ」にやってきた二人の母。関根演じる母の「おにぎり、いかがですか?」という一言にこもる思いの深さ。石関の母のたたずまいも懐かしい(2011年『ハッピー・ジャーニー』、そして2014年『PRESENT』も)。
 9,リーディング「ピンク」―小学一年生になるけんとは、ピンクのランドセルが欲しいのだが、おばあちゃんもお母さんも渋い顔。けんとが見た夢に登場したのは?
  「ハッピーウェディング」―同性婚が認められた日本。けんと(野口)とひろかず(岸本)は結婚式の準備をしている。まだ両親にカミングアウトしていないけんとが見た夢にはオスカー・ワイルドやハーヴェイ・ミルクなど歴史上の著名人が続々登場する。だが最後に出会った「男」(関根)は?

 1970年代から現在までのゲイシーンが次々に描かれていくが、関根が演じた「男」は周囲に強い影響を与えたり、作品を残したり、名を知られているわけではない市井の人である。しかし彼がひっそりと登場することによって舞台により強い生命力が生まれた。

  10, 演じること、演じられること―リーディング2本で温かくほのぼのと終えるかと見せて最後の最後に、最もリアルな物語が提示された。まだ駆け出しの俳優健斗(野口)は、宏和(岸本)と同棲している。夏目漱石の『こころ』を現代にリンクさせる映画の「先生」役に抜擢された健斗は、マネージャーから自分がゲイであることを言わないよう釘を刺され、映画のプロデューサーに会いに行く。健斗が出した結論は?

 カミングアウトしてもしなくても、健斗自身が考えて出した結論であれば構わない。「何が何でも真実を告げて貫くべき」とも、「しばらくは無難に乗り切るのが賢明」とも思わない。その人の判断や選択を尊重する。この心持に至ったのは、20年近くフライングステージと関根信一の舞台に触れてきたことが、自分にもたらした「実り」であろう。

 一つひとつは短いが、第一部は6話にエピローグ、第二部にはプロローグがあり、合わせると20編近い物語が次々に展開していく。関根は当日配布の「ご挨拶」に、「歴史には全く残っていないけれど、こういう人がきっといたはずだと思えるような、歴史でも歴史の裏側でもない、歴史のちょっとした横で生きて来たような人たちの物語を書いてみたのが今作」と記している。関根が演じた第一部の浮浪者、第二部の男がそれを象徴する人物であろう。

 今回の100年と少しの物語の傍らに、自分自身も観客という立場で、今のこの国に暮らす一人の人間として共に歩いていることを実感した。舞台と共に歩む人生。幸せである。
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