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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

関根信一短編戯曲リーディング『アナグラム~ユルスナールの恋~』

2018-05-20 | 舞台

*関根信一作・演出 公式サイトはこちら 綜合藝術茶房 喫茶茶会記 20日のみ
 アナグラムとは、単語または文中の文字を入れ替えて全く別のことばを作ること。ことば遊びのひとつであり、ペンネームや小説などに登場する地名や人名を作る際、しばしばこの手法が用いられる。日本語ならどんな風になるのか、あまり実感がないのだが。劇団フライングステージ主宰の関根信一が、劇団の本公演とは別に、自作の短編戯曲のリーディング公演を行った。今後シリーズとして継続の予定があるとのことで、今宵はその第1回である。

 マルグリット・ユルスナールは、フランスの文学者である(Wikipedia)。父はフランス貴族の末裔、母もベルギー貴族の末に連なる血筋の持ち主だ(「ユルスナール」は本姓のクレイヤンクールからのアナグラム)。「ハドリアヌス帝の回想」や「黒の過程」をはじめとする多くの著作があり、女性初のアカデミー・フランセーズ会員となった。しかしインターネットで得られるこれらの事項はいずれもごく表層的な情報であり、彼女の内面に深く迫るものではない。たとえば彼女がレズビアンであることは、Wikipediaには記されていない。

 関根とユルスナールとの係わり、本作執筆のプロセスは、当日リーフレットに簡潔に記されている。高校時代、友人のすすめでユルスナールのことを知ったこと。自身のセクシュアリティに葛藤を抱えていた当時、ユルスナールの作品に登場する人々を知って、孤独から救われたこと。やがて須賀敦子の「ユルスナールの靴」を読み、彼女自身の生涯について興味を持つようになったこと。今回の戯曲を執筆するにあたり、分厚い原書にアプローチしたり、ユルスナール作品の翻訳家の訳文はじめ解説からも示唆を得たことなど、この挨拶文と読むだけでも、今回の短編戯曲リーディング公演に対する熱い気持ちが伝わる。

  出演は小林将司、宍泥美、そして関根信一の3名である。小林と宍が、ユルスナールが出会う人々と語り手を演じ継ぎ、関根は若き日から晩年までのユルスナールを演じる。音響や照明などは開場したときのまま、女性3人を演じる宍はストールを使って人物の違いを示すのみで、ほとんど俳優の朗読によって進行する、シンプルなリーディングであった。

  マルグリット・ユルスナールの半生を描きながら、そこから浮かび上がるのは作り手である関根信一自身の来し方である。そして本作の題名が「アナグラム」であることはまことに味わい深く、示唆に富む。十代で出会った小説と、須賀敦子の「ユルスナールの靴」が結びつけたものを、今度は劇作家関根信一がみずからの視点で編み直し、新しいマルグリット・ユルスナールを作り上げること。まさに「アナグラム」である。

 劇作家・関根信一とフライングステージ公演に出演する俳優陣双方の力量、信頼関係の強さをもってすれば、この短編戯曲を2時間の作品にし、本式上演することは十分に可能であろう。しかし敢えて1時間弱のリーディング公演として、大切に受けとめたい。フランスの文学者と日本の劇作家は、現実に接することはなかった。しかし2018年の今、二人は確実に相まみえることができたのだ。そのことをわたしは客席から祝福したい。

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