因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

the PLAY/GROUND vol.0 『背信|ブルールーム』より『背信』

2016-01-07 | 舞台

*ハロルド・ピンター作 井上裕朗翻訳・演出 公式サイトはこちら シアター風姿花伝 10日まで
 2016年の初芝居がハロルド・ピンターである。初日の今夜は満席とのこと。通路に補助椅子が出て、ただでさえ小さな劇場はますます熱気に溢れそうである。ピンター作品でこれほどの盛況とは、主催者も出演者、スタッフとも熱心な営業努力をされたのであろう。
 公式サイトや当日リーフレットには、主宰である井上裕朗によるPLAY/GROUND Creation立ちあげのいきさつや活動内容、どんな目的、志であるかなどが詳細に記されており、既存の劇団やユニットではできないことに挑戦し、俳優一人ひとりが力をつけることによって、演劇界ぜんたいの底上げ、変容までも視野に入れていると想像される。
 作り手が自分たちの舞台を「見に来てほしい」と声をかけるのはあたりまえのことだが、新しい試みを一人でもたくさんの人に届けることで、よいスタートを切り、今後ますます活動の幅を広げていこうとする意欲が感じられる。客席までやる気の出てくるような熱気である。

 『背信』はこれまで2度観劇したことがある。最初は1993年TPT公演、デヴィッド・ルヴォー演出の舞台で、佐藤オリエ(エマ)、木場勝己(ロバート)、塩野谷正幸(ジュリー)、春海四方(ウェイター)による端正で整った舞台であった。そのつぎが2014年の長塚圭史演出の舞台で、長塚自身がロバート、松雪泰子のエマ、田中哲司のジュリーの座組みであった。
 今回は、松本みゆきのエマ、芦塚諒洋のロバート、森尻斗南のジェリー、ウェイターは女優の坂本なぎの布陣で、寡聞にしておそらくどなたも今回はじめてお目にかかる俳優さんばかりである。物語第一場のエマ38歳、ロバートとジェリーが40歳という設定にくらべると、やや、いやずいぶん若い配役だ。初日の緊張もあるのだろう。3人とも台詞が固く、舌足らずに聞えた箇所は少なからずある。ロバートはオックスフォード、ジェリーはケンブリッジ卒、会話にイェイツやフォード・マドックス・フォードが出てくるような、インテリのエリート、アッパーというより、失礼だが大学のサークルの男女の三角関係あたりに見えてしまう。

 しかしながら、自分は気が緩むことなく、冒頭から過去に遡る形式で、劇作家の意図や企みが随所に張り巡らされた舞台を楽しむことができた。なぜだろう。

 ピンター作品を見るとき、欠かせないのが喜志哲雄著「劇作家ハロルド・ピンター」である。観劇の前後に必ず読みかえし、頼りにしている。この本のおかげでピンターが味わえるのであり、ときには舞台そのものよりも楽しんでしまうことすらある。となると指南書の域を超えて、一種の教本であり、「この本がないと芝居が見られない」という状況に陥る可能性もある。

 今回の若い演劇人の挑戦は、ある意味でわたしをこの呪縛から解き放ってくれたのではないだろうか。ベテランの俳優と経験豊かな演出家による舞台は、「この俳優があの台詞をどのように発するか」や、「どんな舞台美術をつくるのか」といった、技巧面を見ることに注力してしまうことがある。しかし若い俳優がそうとうに高いハードルを懸命に乗り越えようと取り組むすがたを見ることによって、かえって戯曲の構造を明確に感じとることができたのである。
 何気ない台詞のやりとりや間の取り方には、俳優の技巧よりも、不器用でぎこちない、だからこそ生身の人間の息づかい、体温が伝わってくる。
 現実には過去に戻ることはできない。それだけに、互いに倦み、信頼と愛情を喪失するプロセスを描く場面のあとに、パーティのさなか、寝室で熱烈に愛を告げるジェリーとそれをかわそうとするエマ、もしかしたらこの夜から妻と親友のことを察したのではないかとも思われるロバートの場面が生き生きと躍動感すら感じさせる。部屋を出ようとするエマの腕をジェリーが掴む終幕の図に、思わず息をのんだ。『背信』の物語が、いままさにここから始まろうとしている。

 ピンターは難解であるとよく言われる。これで理解できたと思った瞬間に、べつの謎に絡めとられ、達成感や充実感が持ちにくい作家である。しかし今夜の『背信』の舞台から、自分は希望を受けとることができた。思い切って指南書から離れ、自分の目と耳、心で味わい、考え、楽しもうという希望であり、夢でもある。いい初芝居の夜になった。

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