
*公式サイトはこちら 歌舞伎座 25日終了
「彦山権現誓助剱」杉坂墓所、毛谷村の段・・・毛谷村六助を片岡仁左衛門の回を観劇した。主人公の六助は、男前で剣の達人、心優しく母親思い、無礼な仕打ちにも相手を思いやってじっと耐えるが、裏切りや邪悪な行為には敢然と立ち向かう等々、ヒーローが必要とする全てを兼ね備えた上に、成り行き上引き取ってきた子どもを不器用にあやしたり、突如現れた許嫁お園の猛アタックにたじたじしたりなど、可愛らしい面も見せて親しみやすい。観客すべてを虜にしながら、嫌みが全くない。何度観ても胸がすく男ぶりで気持ちが良い。しかし本作の魅力には女武者のお園を演じた片岡孝太郎の技芸が大きな役割を果たしていることに気づいた。器量よしだが、剣の腕前は一流、おまけに力持ちという設定である。細身の女形では無理があり、孝太郎は容貌や体格、体型の点でもまさにはまり役なのだ。
新歌舞伎十八番の内「春興鏡獅子」・・・福地桜痴作 二代目尾上右近が、曾祖父である六代目尾上菊五郎の映像を観て歌舞伎役者を志したのは、3歳の時だという。血筋が導いた芸道の宿命であろう。はじめて披露したのは10年前の自主公演(未見)。以来研鑽を積み、満を持して歌舞伎座での上演となった。右近は本作に対するれと畏れ、喜びと心意気をさまざまな媒体で語っており、いささか語り過ぎではないかと懸念したが、開幕以来評判は上々。客席はある程度の安心感とともに、それでも緊張感を以て幕開きを待った。
舞踊についてはまことに不案内な自分であるが、このたびの右近の「鏡獅子」にはゆとりがあった。余裕綽々ということではなく、研究と試行錯誤を重ねた末に、今の右近がたどり着いた成果をじっくりと見せる踊りであると思う。2025年4月の歌舞伎座で尾上右近の「鏡獅子」を観たことが、自分の観劇歴にとっても重要な一歩であり、これからも歩みを重ねていきたい。
新作歌舞伎「無筆の出世」神田松鯉口演より
竹柴潤一脚本 西森英行演出・・・「荒川十太夫」(2022年10月)、「俵星玄蕃」(2023年12月)に続く講談シリーズの第3弾。自分は今回が初となった。治助(尾上松緑)は文字が読めない(無筆)であるがゆえに、あるじ佐々与左衛門(中村鴈治郎)の心無い行動であやうく命を落とすところを大徳寺住職日栄(中村吉之丞)に助けられ、やがて幕府勘定方祐筆の夏目左内(市川中車)の中間として働きながら文字を学び、学問に精進して、ついには勘定奉行にまで出世する。
映画『ドライビング・ミス・デイジー』のある場面を思い出した。元教師の女主人デイジー(ジェシカ・タンディ)の墓参りの共をしたお抱え運転手のホーク(モーガン・フリーマン)が、自分は字が読めないので、墓標がわからないと告白する。デイジーは「アルファベットはわかる」というホークに「Bauer 」のBとRを発語して音からヒントを与え、ホークは「Bauer 」という墓へ自力でたどり着く。左内が「いろはのい」から手を取って治助に指南する様子、奥方も的確な助言で夫を助け、治助を励ます。本気で教え、本気で習う人のあいだに生まれる喜ばしい交わりの場面である。
恩には恩返しだが、恩を仇で返すことは珍しくなく、仇をさらなる仇で返す倍返しもある。しかし本作は仇を恩で返すという人間の希有な魂の物語だ。治助役の松緑は、無筆の中間時代の実直な仕事ぶり、文字を覚え、学問に精出してみるみる出世して(ここは描かれない)勘定奉行として再登場すると、上級職の武士らしい貫禄、かつてのあるじに名乗りを上げるところも不自然ではない。場面ごとに松鯉の講談が入る構成にも無理がなく、温かく気持ちの良い幕切れであった。
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