因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

風琴工房code.28『葬送の教室』

2010-10-06 | 舞台

*詩森ろば作・演出・宣伝美術 公式サイトはこちら 下北沢ザ・スズナリ 13日まで(1,2,3,4,5,6,7,89)
 1985年に起こった日航機墜落事故をベースにした詩森ろばの最新作。 航空機事故で娘を失った父親が事故原因を追及すべく遺族や航空会社に働き掛け、改善を訴える。企業の研究職にあった彼は、あたかも新しい仕事を得た如く活動を続ける。公演チラシやHPの紹介文を読むと、この父親が主人公のようにも思えるが、実際は複数の家族、航空会社の社員、検死に立ち会った医師など、さまざまな立場の人の悲しみや苦悩が示される重苦しい作品であった。

 不慮の事故、それも明らかな犯罪行為や防げたはずの事故で大切な家族を失った方々の心情は、いくら想像しても実際に自分も同じ体験をしなければ理解や共感はできないと思う。しかし多くの人が亡くなった悲惨な事件ののち、悲しみと絶望の淵から立ち上がり、遺族会を作って、意見を取りまとめ企業や国に対して原因追究を訴えて奔走する方々の姿を報道で知るとき、その方々の表情や語ることばから、不謹慎な表現になるが「この方々は事件によって新しい人生を生きていらっしゃるのだ」と感じることが多い。事件で大切な家族を失うことは不幸以外の何ものでもない、しかし想定外の不幸に襲われて打ちのめされても、そこから行動を起こし、企業を変え、国を動かすエネルギーに驚嘆し、何もできない自分が情けなくなるのである。

 舞台は冒頭と終幕を除いて一場のみ、遺族会の議論の場が約100分続く。多くの資料を読み込み、関わった方々と語らい、圧倒的な事実の重さと悲しみから、詩森ろばは11人の登場人物を生みだし、それぞれにかけがえのない物語を与えた。内容からしてともすれば説明台詞になりがちなところを、人物の血肉の通ったことばとして客席に伝わってきた。

 詩森ろばの作品は、実際の事件や事象、社会問題を扱ったものが多い。対象に向き合う姿勢の真剣さがあまりに強いゆえだろうか、俳優の演技が必要以上に大仰に感じられたり、「何かがどうも違う」と感じることが多かった。もしかしたらそれが特徴なのかもしれないとすら思い、実を言えば本作の劇中何箇所か、「あ、惜しいな」と思う場面があって、それはほとんどが俳優が大声を出したり、泣き叫んだりする演技に対してであるが、本作ぜんたいを感じ取ることを妨げるものではなかった。

 実際に起こった事件を舞台作品として描くのには、さまざまな障害があり、制約が伴うものと想像する。事件の重みに負けない劇作家としての力量だけではなく、良心が問われ、勇気や品格が必要とされるだろう。『葬送の教室』は、詩森ろばの力作、秀作である。

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