因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

アロッタファジャイナ第12回公演『溺れる家族』

2009-07-26 | インポート
*松枝佳紀作・演出 公式サイトはこちら 新宿タイニイアリス 27日まで
 アロッタファジャイナが「家族」の話をやると知って、少し意外な気がした。これまでみたものは実在の人物の評伝風や時空間を自在に行き来する壮大な群衆劇で、「家族」というこぢんまりした、それだけにどこまでも深く踏み込めるテーマをどのように描くのだろうか。松枝佳紀のアリスインタビューを大変おもしろく読む。演劇にたどりつくまでに、そしてたどりついてからもいろいろなことがあったのですね…。
 ただでさえ小さなタイニイアリスの場内が対面式の客席に作られている。7つの家族、合計13人の登場人物が少しずつ絡み合いながら物語が進む。登場人物は皆白いペンキで汚されたような衣裳を身につけており、現代の話ではあるが、ベタなホームドラマとは異なる空気を作っている。四角い箱が椅子やテーブルになる以外は道具もなく、舞台袖に飲み物や食器類が少しだけあって、場面に応じて「ほんもの」が出てくる。まったくの無対象演技よりも実感がでて、この使い方は成功している。物語の設定に近い、年配の俳優さんが出演していることも珍しい。

 昨年の大河ドラマ『篤姫』の決め台詞は「そなたはわたしたちの家族じゃ」であった。血縁はないが、かけがえのない大切な存在であることを象徴する「家族」の一言に、みるものはぐらっとする。それは一方で血のつながりがあり、一緒に暮らしてきた者同士であっても支えきれないことがあり得る現実を示す。いったい「家族」って何?

 正直に言えば、もう少し人物を絞ってもよかったかと思う。秋葉原無差別殺傷事件の話が出てくるのも、いささか取って付けたようである。アリスの空間で休憩なし2時間15分の上演時間はかなり長く感じられ、場面が変るたびに暗転するのも致し方ないとはいえ、時折集中を欠きそうになる。しかしこれは「できるだけ多くの劇団員にこの作品に触れて、俳優として人間として家族について考えてほしい」、「できるだけ多くの観客に、登場人物の誰かを通して劇世界を実感してほしい」という作者の気持ちの表われかもしれない。当日リーフレット掲載のキャスト紹介には、たったひとりの人物であっても「村山家」「霧島家」と家族の名前がいっしょに記されている。舞台にでてくるのはひとりでも、その人の背後には両親やきょうだいはじめ、いろいろな人が存在し、関わっていることを感じてほしい願いがあるからではないだろうか。

 溺れかけた家族は、すんでのことで難を免れた。新しく家族を作ろうと出発した幾組かの男女がいる。悩みつつひとりで歩き続ける若者もいる。いろいろな生き方があるが、ひとり切りで生きている人はいない。アロッタの新作はそのことを控えめに教えてくれる。この控えめなところが、既成の「家族もの」の舞台にはない、地味な新鮮さを感じさせる。
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