因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

パラドックス定数 第24項『5seconds』

2011-03-10 | インポート

*野木萌葱 作・演出 公式サイトはこちら アートコンプレックス・センター 13日まで(1,2,3,4,5,6,7,8,9)
 このスペースに来るのは今回が2度め。今日は信濃町から歩いてみた。閑静な住宅街にある瀟洒な建物。階段を上がって狭い廊下を突きあたりまで歩く。途中に展示室がいくつかあるのも楽しい。中央にデスクと2脚の椅子が置かれ、パイプ椅子の客席が緩く囲む作りで、演じる俳優も見守る観客も逃げ場はない。本作は1982年に起きた日航羽田沖墜落事故を扱ったもので、登場人物は「機長」と「弁護士」の2名である。大事件を起こした機長と弁護士の接見に立ち会うことになる客席は開演前のざわめきも皆無に近く、早くも息をひそめて開演を、いや機長と弁護士が接見室にやってくるのを待つ。

 タイトルの「5seconds」は、航空機が墜落する直前の5秒のことを指す。事故当日の様子、機長の心情を懸命に聞き出そうとする若い弁護士(井内勇希)と、正気と狂気のあいだを揺れ動く機長(小野ゆたか)の4回にわたる接見を描くものである。劇場入り口側に鏡や水などが置かれた一角があり、登場人物は1回の接見が終わるとそこにはけ、水を飲んだり衣服を整えたりして次の場に出てくる。また演出の野木萌葱がスペース奥に、おそらく照明や音響のオペレーター作業も兼ねているのだろう、芝居の一瞬も見逃さない厳しい演出家の姿でしっかり立っていて、芝居であることはわかっているが、非常に緊張度の高いリハーサル現場に居合わせたようでもある。

 本作の初演は1999年、再演は2004年で、今回は3演めになるとのこと。自分は今日が初見であるが、作者は「どの作品も再演の度に台本を一から書き直さなくては気が済まない」のだそう。作者にとって本作、そして事件のことは並々ならぬ磁力をもつものらしい。今回の上演をみて、「心身症」「逆噴射」ということばが当時さかんに言われたことを思い出した。心を病んだ人による取り返しのつかない事件は枚挙にいとまがなく、いま改めてこの羽田沖の墜落事故が提示されることにやや戸惑いがある。ふたりの俳優は観客の目によく耐え、立派に応えて健闘した。小さな空間の、目の前でそれをみること、ともに体験する至福はじゅうぶんに得られた。しかしそこから事件そのものを自分がどうとらえるかはこれからの課題になるだろう。

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