因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団7度『dim voices3』

2020-02-15 | 舞台

*マルグリット・デュラス『大西洋のおとこ』原作 小沼純一翻訳 伊藤全記構成 ・演出 (これまでの7度観劇記事はこちらをスクロール)TPAM Fringe参加作品(7度のページはこちら)八丁堀/七針 16日終了
 まず今回の会場である八丁堀の「七針」がおもしろい。最寄駅は地下鉄の八丁堀、茅場町で、迷わずまっすぐたどり着ければ、駅から地上に出るまでの時間を考えても徒歩8分といったところか。オフィスビルやマンションが林立するが、土日はずいぶん静かになり、ドトールなどのファストフードでさえ、昼過ぎに閉店してしまう。七針は大通りから路地を入った角の理髪店の地下にあり、運営者個人が賃貸している作業場、スタジオで、舞台芸術一般の小規模公演や造形美術の展覧会場としても場を提供しているとのこと。急な階段を降りると、ほんとうに小さなスペースだが、床が板敷のためか温かみがあり、心が落ち着く。置かれた椅子は20ほどか。

 次に、注目するのは公演の受付、観客誘導を、出演俳優の女性3人が行っていることだ。出演俳優がスタッフを兼ねるのは珍しいことではない。作・演出・出演の主宰自らが行うこともあり、劇団唐組は、制作、受付、テント設営、上演中の照明や音響まで全ての業務を出演俳優が担っている。しかし今回の7度の場合、創作の戦略のひとつとして、敢えてこのように行ったのではないかと思われるのである。

 当日リーフレット掲載の伊藤全記の挨拶文によれば、『大西洋のおとこ』は、もともと映画として制作され、後にテクストとして発表されたものとのこと。「映画本編のうち、大半を占める映像は―なんと、ブラックアウト」。

 スペースの中央に椅子が一脚置かれ、観客が下りてきた階段も、その下の受付テーブルも演技空間となる。右後ろには高々と花が活けられた花瓶、後方にも空間があるが、暗くてよく見えない。3人の女優が発語するのは、台詞のような詩のようなつぶやきのようなもので、輪郭のわかる物語や人物の設定は最後まで見えてこない。

 途中、「七針」全体が真っ暗になる場面があり、まさにブラックアウト状態なのだが、その中においても女優の言葉は、雫が落ちるように聞こえてくる。繰り返される言葉もあるが、それらが何らかのつながりをもって観客に「理解」「把握」されることを拒むかのように、一音一音発語されるところもあり、伊藤が前述の文に「なかなか観るのに根気のいるもの」である。

 聞こえないこと、見えないこと、掴みにくいことを示そうとしている…といって、「わかった」と思った瞬間、文字通り真っ暗になってしまうところもある。

 3人の女優は、観客を日常から非日常の空間へ穏やかにいざなう。開演直前には、軽い準備運動指導もあり、観客をリラックスさせながら、七針の持つ空気を壊さず、静かに劇空間へ溶け込ませてゆく。やはりこれは「戦略」だ。日常の時空の感覚が次第に遠のき、いくつもの声(音でもある)を聞き、暗闇に目を凝らす。70分の短いようで、永遠に続くとも思われる贅沢な旅であった。

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