馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

メラノーマ 黒色腫 melanoma

2007-01-23 | その他外科

教科書的記載 Equine Internal Medicine から

Melanoma 黒色腫P5110014

 メラノーマは皮膚のメラニン細胞やメラニン芽細胞から派生することがあり、良性であったり悪性であったりする。これらの腫瘍は、アラブやペルシュロン種の高齢馬に最もよく認められる。メラノーマの発達と芦毛の毛色の関係は広く認められている。メラノーマは、もっぱら芦毛馬や、年とともに斑に白くなる馬に起こるように思われる。15歳以上の芦毛馬の80%以上はメラノーマを持っていると考えられている。

 病変部は単発だったり複数だったりし、会陰部や尾の腹側表面に最もよく発生する。腫瘍は普通硬く、結節性で、毛に覆われておらず、自潰することもある。ほとんどいつも黒い。白斑が病変の発達に先立つこともある。3つの発育パターンが報告されている。①ゆっくり成長し、転移もしない。②ゆっくり成長し、突然転移する。③成長が早く、最初から悪性。

 診断は臨床症状に基づいて行われる。病変が外見上異様でない限り、診断を確かめるために生検はたいてい必要ない。

 メラノーマが機能障害を起こさない限り治療は必要ない。8時間ごと2.5mg/kgのシメチジン(タガメット)が、ある程度の、あるいは完全なメラノーマの退行を引き起こしたことが報告されている。メラノーマの数と大きさは3ヶ月間治療した馬の50%から90%で減少した。腫瘍が退行したら、毎日の維持治療として1日1回1.6mg/kgが推奨されている。

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一般的には P5110013_1

 芦毛で年をとってくると、メラノーマが目立つようになる。「15歳以上の芦毛馬の80%以上はメラノーマを持っている」というのは、調査で確認されて報告されている。

「長く生存すれば、ほとんどの芦毛馬がメラノーマを発症する」と記述した文献もある。

しかし、ほとんどの発育パターンは上に書かれている「①ゆっくり成長し、転移もしない」バターンである。

 教科書に書くのはどうかとも思うが、実際問題としては「生検(生体組織学的検査)は必要ない」。

ああ、芦毛のメラノーマだ。で済むわけだ。

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人のメラノーマとの比較、混乱

 メラノーマ(黒色腫)は人では、皮膚にできる悪性腫瘍の代表のようなものだ。

人病理学から学んできた家畜病理学では、馬のメラニン形成細胞腫は病理組織学的にもまだ整理されていないように思う。

人のメラノサイトーマは私のステッドマン医学英和辞典によれば、「①褐色細胞腫。ブドウ膜実質の色素性腫瘍。②視神経円板の良性メラノーマ。」となっている。

(これについて人医者さんからご指摘をいただいた。褐色細胞腫とは違うもので、やはり良性黒色腫だそうだ。私のステッドマンは、20年前のもので間違っているのかもしれない。誰か新しいステッドマンを持っていたら、どうなっているか教えてください。別にステッドマン医学英和が正しいと言うわけでもありませんが。)

 一方、馬のメラノサイトーマ(メラニン形成細胞腫)は良性の腫瘍で、6歳以下の頚部、体幹、四肢の皮膚に見られることが多い。できるのは、芦毛とは限らない。

馬のメラノサイトーマは典型的な非侵襲型で、外科的切除により容易に完治する。

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非メラニン性メラノーマP5110012

 ややこしい話なのだが、メラニン非形成性メラノーマというのも馬で報告されている。

メラニンも作らず、黒くもないのにメラノーマだというのは、わけがわからないが、組織病理学的には腫瘍中の円形、紡錘形、あるいは類上皮細胞によって非メラニン性メラノーマが疑われる。

そして、特殊な細胞マーカーを用いる免疫組織学的検索によりプレメラノソームが確認されれば、非メラニン性メラノーマということになる。

馬ではわずかな症例報告があるだけだが、犬の口腔内には好発するそうだ。

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高齢芦毛馬のメラノーマ

 しかし、われわれが馬で最もよく見るのは、やはり芦毛のメラノーマだ。

世界保健機関(WHO)は、家畜におけるメラニン細胞腫を melanocytoma( メラニン形成細胞腫)、melanoacanthoma (メラニン棘細胞腫)、 malignant melanoma (悪性黒色腫)に分類している。

この分類で行くと、高齢芦毛馬のメラニン形成腫瘍は悪性メラノーマと言うしかない。

しかし、高齢の芦毛馬のメラノーマは、予後についての観点から、他の動物種のメラニン形成細胞性腫瘍の分類に当てはまらない。

高齢の芦毛のメラノーマでも、1個あるいは数個までの腫瘍塊が比較的孤立して発症し、外科的切除が可能であるものと、複数個の比較的隣接した腫瘍塊が発症し、黒色腫症 melanomatosis へ悪化するため外科的切除が有効でないものとがある。

 発育パターンを見ても、③成長が早く、最初から悪性。であることはまれで、ほとんどの芦毛馬も寿命をまっとうする。

しかし、②ゆっくり成長し、突然転移するパターンはときどき見られる。

この点から、「馬のメラニン形成細胞性腫瘍に”悪性”という用語をもちいると混乱する」とValentineは書いている。

通常の高齢芦毛馬のメラノーマには細胞退化が認められないので、混乱を防止するため局所を侵襲し、早期から転移するものには「退形成性or退化性 anaplastic 悪性メラノーマ」という用語が用いられている。

 Valentineは次のような(分類)システムを提案している。

(1)Melanocytic nevi (melanocytoma) ;メラノーマ 

(2)Dermal melanoma and dermal melanomatosis ;皮膚メラノーマと皮膚メラノーマ症

(3)Anaplastic malignant melanoma ;退形成性(退化性)悪性メラノーマ

ほとんどの芦毛馬のメラノーマは(2)に分類されるべきだろう。

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 馬のメラニン形成性腫瘍は人や他の家畜とは違っていて、高齢芦毛馬のメラノーマを他の動物での印象から悪性メラノーマとするのは間違っている。

しかし・・・馬のメラノーマについて整理しておきたいという私の試みは、成功しただろうか・・・・・・・・

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参考文献

C.Fintl and P.M.Dixon   A revie of five cases of parotid melanoma in the horse.  Equine Vet. Educ. 13(1) 17-24, 2001

(全公獣協ニュース No300 12-20)

B.A.Valentine  The specturum of equine melanocytic tumours. Equine Vet. Educ. 15(1) 24-25, 2003

(全公獣協ニュース No320 13-14)

R.J.Tyler and R.I.Fox   Nasopharyngeal malignant amelanotic melanoma in a gelding age 9 years.  Equine Vet. Educ.15(1) 19-26, 2003

(全公獣協ニュース No319 21-25)

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Equine Veterinary Education は良い雑誌だ。

公獣協ニュースも素晴らしい。

感謝。

 

 

 


12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
うまく整理できていました。よく分かりました。 (癒し系獣医師)
2007-01-24 05:48:22
うまく整理できていました。よく分かりました。
人間の「メラノーマ」から想像される病理とは違う印象をうけました。
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 解りやすく整理していただいて、ありがとうござ... (零細馬医師)
2007-01-24 10:03:18
 解りやすく整理していただいて、ありがとうございます。 自分の中でも整理する、いい機会になりました。 自分も馬の臨床においては、メラノーマについて極端な話"疣"程度の認識しかありませんでした。 今、犬猫の臨床が中心になって、メラノーマの捕らえ方の違いに、ものすごいギャップを感じています。 先生のお話の中にもありますが、犬の悪性口腔内腫瘍のなかでも、扁平上皮癌、繊維肉腫などを超えて悪性黒色腫の発生率が最も高く、更に全身的な転移が非常に早いので、予後も最悪です。 早い時期に下顎骨の全摘出手術と言う大手術をしたとしても、手術から1年後の生存率は20%にも満たないといわれています。 本当に戸惑うばかりです。 シメチジンの効果はヒトや馬では報告がありますが、犬や猫ではまだキチンと評価した報告がないようです。 
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先生、先日の重種の未経産馬は双子を流産してしま... ()
2007-01-24 16:54:37
先生、先日の重種の未経産馬は双子を流産してしまいました。昨日と今日、子宮洗浄をしてもらいました。まさか、双子とは思いませんでしたが、この馬には思い入れがあるのでこのまま何事もなく過ぎてくれればいいと思っています。ちなみにこの馬は青毛です。
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>癒し系獣医師さん (hig)
2007-01-24 20:03:05
>癒し系獣医師さん
 人のメラノーマと、芦毛によく見るメラノーマとは違うようですね。芦毛馬のように年とともに白くなるという動物は他の動物種でもあるのでしょうか?犬も牛も年がいくと白い毛がでてきますが、あれは単なる老化ですよね。
 芦毛馬のメラノーマは、色が白い人にホクロが多いとか、白人にソバカスが多いという機序と似ているようです。それを書き出すとまた何がなんだかわからなくなるのでやめました。
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>零細獣医師さん (hig)
2007-01-24 20:08:13
>零細獣医師さん
 今度は小動物の先生としての考察ありがとうございます。メラノーマは恐ろしい腫瘍のようですね。以前、世界獣医歯科学会で、犬の口腔腫瘍の講演を聴きましたが、下顎骨を完全に失っても犬は生きていけるというのが、私には驚きでした。肉食獣のたくましさ、草食獣の弱さを感じました。
 シメチジンは高い薬ではないので、効くならいいんですけど・・・・・海外の馬獣医師の評価は、教科書に書かれているものほど良くないようです。
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 >華さん (hig)
2007-01-24 20:15:04
 >華さん
  双子でしたか。残念です。
 流産は、徴候があっても抑えようとしないほうが良いという考えもあります。
 胎盤炎、双胎、胎膜水腫、etc.流産したいのに抑えると、
 無理がかかって良くない。という考えです。
  双子を無事に産むことがほとんどないとは、馬は弱い動物ですよね。
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melanocytomaは私の辞書(チクサン出版社)でも (sutemaru)
2007-01-26 00:40:21
melanocytomaは私の辞書(チクサン出版社)でも
褐色細胞腫
(1)ブドウ膜実質の色素性腫瘍のこと。
(2)円板の縁に生ずる色素の強い小腫瘍で、通常は視神経円板の良性メラノーマのこと。悪性化はまれで、ときには、脈絡膜や網膜に及ぶこともある。
と書かれています。
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三度目の正直で全部直しました(;_:) (sutemaru)
2007-01-26 00:41:48
三度目の正直で全部直しました(;_:)
前の2コメントは消せないのですみませんm(__)m
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>sutemaru先生 (hig)
2007-01-30 12:28:10
>sutemaru先生
 このmelanocytomaは眼についてのもののようですね。
 チクサン出版の辞書も、私のステッドマンも、その眼のmelanocytomaについての記載のようです。
 ご指摘いただいた「人医者さん」は眼科医ではないのでと書いておられました。
 
 sutemaru先生、人医者さん、勉強になりました。
 ありがとうございます。
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葦毛馬、セン、13歳、ホルシュタイナーにタガメ... (sniibe)
2010-01-12 11:29:56
葦毛馬、セン、13歳、ホルシュタイナーにタガメット錠を投与したところ、約1ヶ月でメラノーマ、腫瘍の大きさが7割程度減少しました。
他への転移や副作用も今のところでていません。
症例報告というほどの立派なデーターではありませんが、写真や投与記録等もつけましたので、おってアップしたいと思います。
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