真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「キモハラ課長 ムラムラおつぴろげ」(2021/制作:Production Lenny/提供:オーピー映画/監督・脚本:城定秀夫/プロデューサー:久保獅子/撮影・照明:田宮健彦/録音:弥栄裕樹/助監督:小南敏也・貝原クリス亮/ヘアメイク:唐澤知子/スチール:本田あきら/撮影助手:高嶋正人/監督助手:浅木大/制作応援:別府啓太/編集:城定秀夫/音楽:林魏堂/仕上げ:東映ラボ・テック/劇中歌:『マイ・ビューティフル・フラワー』・『ばかばつかDAYONE』/出演:七海なな・麻木貴仁・きみと歩実・しじみ・山本宗介・久保獅子・矢作マサル・ケイチャン・守屋文雄・森羅万象)。出演者中、ケイチャンは本篇クレジットのみ、劇中歌の情報量に屈する。
 劇中では明示されない家電メーカー「レニー電器」の、こゝは二番手の口から度々公言される窓際部署の第三企画課。このオッサン全体何がしたいのか、両手をノートにかざし「ハーッ!」と念か何か兎に角送る、課長の島ならぬ沼田耕作(麻木)の尋常でないキモさに白川初美(きみと)以下一同が眉を顰める傍ら、蓮見一花(七海)はコソーッと―でもなく―スマホを沼田に向け動画を撮影。キモいのはキモいまゝに、寸暇も惜しむ沼田のキモさに欲情する。大輪の蓮が割と毒々しく咲いた、ヌマーッとした沼の画にタイトル・イン。と、ころで。麻木貴仁を捕まへて“このオッサン”と筆をぞんざいに滑らせてみたが、仮に城定秀夫なり久保和明(a.k.a.久保獅子)と同い年であつた場合、加藤義一世代の当サイトの方が三個よりオッサンである、先頭を走つてゐるのが加藤義一なのか。
 一日の業務終了後の女子手洗、涎もダッラダラ垂れ流し、仕事中に撮影した沼田のキモ動画で豪快に一発ヌいた一花を、さうとも知らず初美が社内の合コンに誘ふ。吹き溜りの誉れ低い第三企画課に対し、花形と称される第一企画課のウルットラ男前、苗字から何だか男前の青山(山本)が、何故かといつては失礼だがカジュアル通り越して、一人思ひきりラフな格好の一花に喰ひつく。一花に逃げられた青山が初美に捕まる一方、蛙のヌマヲ(蛙種知らん)が―餌を―待つ部屋に帰宅した一花は、キャップとサングラスで武装した沼田がスワンプ課長に扮して配信する、コメント機能つきの動画を楽しむ。
 配役残り、クレジットの栄にわざわざ浴するケイチャンは合コン会場、一花が注文したポンテギを持つて来る―だけの―給仕人。しじみは沼田が結構足繁く通ふ、風俗店「ピュオ~ネ」のやさぐれたイメクラ嬢・カスミ。普段は温かい、一花にもその日の動画を下コメで酷評され沼田が逆上、即興ラップで盛大に会社をディスり始める。思はぬ展開が俄かな好評を博するのはいゝものの、勢ひ余つてグラサンが飛び、素顔を晒してゐるのに沼田は気づかなかつた。守屋文雄と森羅万象は、その模様を取引先に偶さか見つけられ面の割れた沼田を、深刻な説教で個室に呼び出す労組の組合長と専務。矢作マサルは馘が飛んだのか一応自己都合なのか、何れにしてもレニ電退職後、思ひのほか早く交通誘導員として再始動した沼田を叱責する多分現場社員。出番自体恵まれず、今回不発気味の久保獅子は延々と一花の後をついて来る沼田を、ガード下にて半殺すカスミのアフロなヒモ・タツヤ。第三企画課のその他女子一般職と男子それぞれ二名づつ―男三人ゐるかも―を始め、合コン会場と、後日一花と青山がサシで入るバー要員。一花宅隣家に、夜明け通り過ぎ普通に朝の往来もものともせず、しかも粉塗れのパン一で熱唱する沼田に汚いものを見るやうな目を向けるカップル、実際汚いんだけど。何処から連れて来たのか、画面(ゑづら)的にも全く遜色ない総勢二十人前後が、ノンクレでそこかしこに投入される。
 自身が先鞭をつけた恋の豚方式で、二ヶ月半先行して一般映画版「花と沼」をフェス上映後、正月痴漢電車を運休か一時廃線させ元日に封切られた城定秀夫大蔵第五作。主演を務める、ピンク的には城定組専属の七海ななは大蔵第三作「汗ばむ美乳妻 夫に背いた昼下がり」(2016/長濱亮祐と共同脚本)以来。更にその前となると当時のエクセスが切札中の切札を里帰りさせた、「人妻セカンドバージン 私を襲つて下さい」(2013)が初陣の実質四年ぶり第三戦。
 とかく城定秀夫といふと、“傑作だらけのジャンル”とかへべれけに賞する類の世評も巷に溢れ返る、やうではあれ。無論意固地を拗らせる当サイトが、さういつた意味の判らない固定観念ないし、人の名前で映画を観る数十年一日の性懲りもない悪弊に与する訳がなく。ジョージョージョージョー、こんなら水が流れゝば涎を垂らす犬か。といふのは思ひついたとて控へておくに如くはない、余計な憎まれ口である、だから控へんか。
 さて、措き。男女分け隔てなく、挙句オフ・オンまで含め隈なく疎んじられる中年男と、そんな男に恐らくこの星の上で唯一人明確な性的関心を懐く、人の万年筆に盗聴器を仕込むはPCをハックするはとラジオライフ的なスキルにも長けた、あれこれ筋金入りの女。結ばれるばかりが、恋ぢやない。さうはいへ、恋愛感情の伴はない―といふか、そもそもそのものを持たない模様―セックスにすら時に興じつつ、己が裡の闇を知るがゆゑに個の輪郭、あるいは他との距離はあくまで守り通す。一花の頑なさは理解に分れ、職人監督と評される例(ためし)の多い割に、城定秀夫が実はコッテコテの古典的な大団円は意外と回避する、余白を残した結末はもしかもしくはやゝもすると、幾分尺を持て余した印象と紙一重であるのかも知れない。尤も始終の順に久保獅子の見せ場を奪ふが如く、規定の時間が来た途端―最早客ではないとする方便で―カスミが沼田をメッタメタに罵り始める件。痛快に沼田を切り刻むカスミの痛罵に際し、しじみの張りのある発声が映える。沼田放逐の功を誇る初美の頬を、激昂した一花が脊髄で折り返して張るシークエンスなんて何てエモい。これをエモいといはずして、何といふくらゐ激越にエモい。ほんのひとつ、首を縦に振りさへすれば成就する告白を受けたにも関らず、良くなくも悪くも沼田一流の「さらばぢや」を拝借した一花が、不格好な腕の振りで走り去る今生の―筈だつた―別れは、涙腺を一撃で決壊させる。ついでにオーソドックス・フォークとEJDばりの戯画的なラップ、全く毛色の変つた二曲を共々予想外の手堅さで歌ひ上げる、麻木貴仁のボーカリストとしてのセンスも地味にでなく煌めく。青山に抱かれながら、山宗に抱かれてゐながら、一花が妄想するのは沼田。都合二度火を噴く、映画史上最も倒錯したクロスカッティングを忘れてゐた。隙のないロケーションは横着をしてゐる連中とは明らかに一線も二線も画し、何時でも何処からでも観客を倒せるエモーションを、間断なく撃ち込み続けた末。念願叶つて一花にありつけた沼田の歓喜と、一花が溺れる官能の渦とが伝はつて来る締めの絡みは、銀幕をも発火させんばかりのアツい名濡れ場。意図的に延焼させると、加藤義一、竹洞哲也、黙つて指咥へて眺めてゐていゝのか、よかねえ。濡れ場で映画を燃やすんだよ、それが裸映画だろ。それが裸映画の、ひとつの理想形ではないのか。旦々舎が一旦?戦線を撤退し、荒木太郎は依然梯子を外されたまゝ。池島ゆたかも塩に漬かるか、天日に曝されたまゝ。どうせ国沢実は終ぞ成熟以前に安定せず、どうもナベが元気なく、関根和美は既に泉下。吉行由実は今上御大の跡目をたをやかに窺ひ、清水大敬は清大。あの人は清大、あの御仁こそさういふジャンル。本隊から城定秀夫を迎へ撃つのは、最早加藤義一か竹洞哲也しか残つてゐない。四年目の、KSUに任すか押しつけるのでなければ。
 話を、戻せ。ヒロインの心が、世界を包む。帰還大切望、森山茂雄が起こした奇跡とは別の形で、より直線的に旧劇ラストをハッピー・エンドに昇華する、案外プリミティブな力技には畏れ入つた。絶妙に含みを持たせた結末は、その後も一花と沼田の関係が、体のいゝセフレ的に継続する可能性も解釈如何によつては窺はせ、キモいオッサンがキモいまゝに愛でて貰へる、比類ないファンタジーが麗しく実を結ぶ。これまで城定秀夫のピンク映画最高傑作といふと、同時に少なくとも今世紀最強の痴漢電車であるにさうゐない、妥協を捨てた緻密な論理と技術、そして情熱とが遂に突入した狂気の領域をも覗かせる、驚愕にして超絶の電車痴漢トリプルクロスを構築した衝撃作「痴漢電車 マン淫夢ごこち」(2016/脚本協力:城定由有子/主演:希島あいり・竹内真琴・松井理子)と当サイトの相場は決まつてゐた。こゝだけの話、これ観て判つたな、もう俺にピンクでやり残したことはないぞ。「マン淫夢ごこち」で城定秀夫は卒業制作を叩きつけたのだと、当サイトは勝手に思つてゐた。思つてゐたものだが、「セカンドバージン」に勝るとも劣らない、七海ななとのコンビで改めて放つたマスターピース。御子を産んだ七海ななの去就が不透明なのと、結局城定秀夫が雌雄の行方を支配する状況に関しては、複雑な心境を覚えなくもないにせよ、何はともあれ、面白いものは仕方ない、クッソ面白いのだから仕方ない。城定秀夫の対抗馬について、本当はエクセスが松岡邦彦といふ、なほ一枚ジョーカー級の切札・オブ・切札を残してもゐるんだけどね。

 帰宅したところ逃げてゐたヌマヲを探しに出た一花が、人の言葉を話すヌマヲと対話する。一花の複雑なエロスの外堀を埋めがてら、量産型娯楽映画に於いて、現代的な価値観の所謂アップデートにも果敢に挑んだ魅力的かつ意欲的な一幕。ともいへ流石に夢でオトすしかない諸刃の剣を、目覚めた一花に「何だそれ」と受けさせる。悪球もとい難局を思ひきり開き直つたカウンターでスタンドまで放り込む、岩鬼のホームランにも似た剛腕には声が出たのと並行して、震へあがるほど感心した。


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