真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「痴漢女便所」(1990『痴漢と覗き 穴の開くほど』の1999年旧作改題版/製作:新映企画/提供:Xces Film/監督:新田栄/脚本:夏季忍/企画:伊能竜/撮影:千葉幸夫/照明:百合明/編集:酒井正次/助監督:青柳一夫/音楽:レインボー・サウンド/監督助手:古谷卓/撮影助手:水野勝也/照明助手:田中雄一郎/効果:蒔田グループ/現像:東映化工/録音:銀座サウンド/出演:真野舞花・川奈忍・和ひさ美・初見美沙・石神一・吉岡市郎・工藤正人・久須美欽一)。出演者中初見美沙に、ポスターでは括弧新人特記。脚本の夏季忍は、久須美欽一の変名。あと効果の時田でなく蒔田グループは、本篇クレジットまゝ、器用な真似しやがる。
 ビル外景に軽快な劇伴を鳴らし、女便所のピクトグラムと、洗面台挿んで使用禁止の個室。下に開けた隙間から上目遣ひに覗く、久須美欽一の鋭い視線にタイトル・イン。和式便器を跨ぐ女の足下にクレジット起動、排尿を始めて俳優部、水を流して新田栄の名前といふある意味完璧なのか、匂ひさうなのかよく判らないタイトルバック。花菱商事の清掃員(久須美欽一/役名不詳につき以下久須りん)は覗きが日課で、本篇最初に用を足す川奈忍に対し、毛深いだ凄いデカマンだ随分な悪口を叩く。そんな久須りんに、高卒の新入社員・山吹千里(真野舞花/仲山みゆきのアテレコ)は温かくフランクに接し、相好を崩させる。ある日、公園を歩いてゐた女子大生(二戦するビリング推定で和ひさ美)に目をつけた久須りんは、ベンチでエロ本『ウルフGUY』を読み耽るひさ美(仮名)に物理的接触。ひさ美の体験告白音読に乗じて、その通りに久須りんが実際に触つてみる。とかいふ最早神々しいまでに天才的なシークエンスを通し、要は黙つて見てゐればいい覗きに比べ難易度のより高い痴漢をも敢行、滅多に両立しない“痴漢と覗き”を完成させる。晴れて偉業を成し遂げた久須りんの肩を、恐らく探偵の石神一が叩く。畜生専門から趣向を替へた石神一の、目下の稼業は初恋の人捜し。尻にデカい黒子のある、花菱商事女子社員を捜してゐる石神一が久須りんに協力を要請する一方、呼称も先生先生と痴漢の弟子入りする。ある意味、何て長閑な物語なんだ。つか、またアメイジングな手懸りの人捜しだな。
 配役残り、覚束ない消去法で初見美沙は久須りん初恋の人にして、筆卸して貰つた山吹マチコ。載せたのか植ゑたのか兎も角何某か手を加へる以前の髪量で、久須りんが詰襟を着てゐる回想パートの一昨日な破壊力がヤバい。吉岡市郎は久須りんがアップアップの初体験に、藪蛇に介入する痴漢師。そして激しい疑問も禁じ得ない吉岡市郎と和ひさ美?のそれぞれ二役目が、アルバイトの応募者に無造作なセクハラ面接を施す課長―画質が低く長万部支店に飛ばされる辞令の氏名判読不能―と、それをまるで意に介さない風俗経験者。体験告白女子大生は当人いはく未体験で、久須りん在りし日の吉岡市郎と長万部課長(符丁)が同一人物であるとすると、当然の如く時空が歪む。土壇場まで温存される工藤正人は、千里が久須りんに仲人を頼む婚約者・南城シンヤ。ところで―今作に於いては―絵に描いたやうな好青年に徹する工藤正人が、どう調べても1991年までの活動しか見当たらない件。果たして今はどうされてゐるのか、三十年経つてゐるとはいへ、精々還暦前後だらう。
 油断してゐるとツイッターでのアナウンスもないまゝに、エク動に飛び込んで来てゐた未見かつ未配信の新田栄1990年第五作。これまで観るなり見てゐるのは全十三作中六本の、本家「痴漢と覗き」第二作に当たる。その他通つてゐるのは改題した結果のセルフ傍系のほか、北沢幸雄坂本太に大御大・小林悟
 首から下はそこそこ美しくはあれ、垢抜けない馬面の主演女優を擁し、相対的にこの面子だと大女優にも映りかねない川奈忍が、へべれけに間を繋ぐ前半は右往左往に終始。久須りんが久須りんもマチコ捜しを石神一に依頼するに及び、漸く物語らしい物語がおづおづと起動する。尤も後半も後半で、和ひさ美?と吉岡市郎は不用意な一人二役×2の二人四役で茶を濁し、川奈忍も川奈忍で相変らず、しかも終盤の常識的に考へると大概重要な時間帯に差しかゝつてなほ、女の裸を見せるためだけに女の裸を見せるワンマンショーで豪快に木に竹を接いでみせ、つつも。見え見えな久須りんの正体と、秀逸と力技で評価の割れさうなミスリーディングとでエモーションを案外順調に醸成。千里の誕生日自宅に招かれた久須りんが、南城の存在に愕然としての帰途は、止(や)みはしたものの、雪の残る冬の夜道。他愛ない下心は空振りしながらも、街灯に照らされ、千里の幸福を静かに願ふ久須美欽一の満ち足りた背中のロングは、確か俺が今見てゐるのは新田栄の「痴漢と覗き」の筈なのに、何処の名画かと目を疑ふ一撃必殺のエクストリーム・ショット。遂に久須美欽一脚本による、真の傑作に巡り会へた、だなどと感涙に咽びかけたのは、まあ浅墓な早とちりかどうかした勇み足だ。石神一が惚けた面相でミスリーディングをケロッと引つ繰り返すと、結局誰の初恋なのか掠りさへせず触れられないまゝの“尻にデカい黒子のある女”に関しても、ぞんざいに明かすばかりで実質的な扱ひとしては等閑視。久須りんが同じ作業服の石神一と便所覗きに勤しむ、頭数は増えた変らない日常ラストは矢張り何時も通りの「痴漢と覗き」。いゝ映画を普通に撮るのを、恥づかしがる必要なんて別にないんだぜ。新田栄と久須美欽一、シャイな男達が作つた爪弾くほどではないにせよ、琴線を優しく撫でる一作、なんて辺りにでもしておくか。
 備忘録< 久須りんの正体は花菱社長、左尻にデカい黒子のある千里の、母親では別にないマチコも存命


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